表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/124

47話

【カルト派からのお願い】

「救国の英雄様なんだから、タカパ帝国の軍や警察に応援要請すれば良いじゃないの。そもそも、私もラワット先生も精霊魔法使いよ。どうして森の妖精や、世界の守護者の『化け狐』と戦わないといけないのよ」

 当然すぎる主張を真顔でするエルフ先生である。隣のノーム先生も同じような表情だ。

「戦力としても、熊と大フクロウのゾンビが100万もあれば、森の妖精や、下っ端の『化け狐』を相手にするならば余裕をもって対処できるだろう? 我々が駆けつけても、戦力としては大したものではないよ」

 レブンも全くの同意見で、先生たちの言い分にセマン顔に戻ってうなずいている。


 しかし、ハグ人形は運動場の上で新体操の床種目もどきな演技をしながら、即座に否定してきた。

「残念だが、事態は予想以上に逼迫しておる。ワシも本来ならば、違法で獣人世界へ侵入して跳梁跋扈ちょうりょうばっこしておったカルト派貴族の1匹からの厚顔無恥な要請など、歯牙にもかけずに無視するのであるがな……」

 ハグ人形も相当に嫌な気分なのだろう。2呼吸ほどの間があく。新体操の演技は続くが。

「……問題は、先ほどから言っておるように、ゾンビが100万も1ヶ所におる……ということだ。パリー氏、そんなアンデッドの大群と貴族が森に居座っていれば、森の妖精はどうするのかね?」


 パリーは運動場に座って首を揺らしながら居眠りしていたが、ハグ人形からの呼びかけに松葉色の片目を開けて答えた。彼女も相当に面倒そうな顔をして頬を膨らませている。

「そうね~。問答無用で排除かな~。100万もいるから~周辺の森の妖精も~駆けつける~」


 レブンとエルフ先生の顔がこわばり始めた。次第に何が起きそうなのかが分かってきたようだ。

 ノーム先生は既に察している様子だ。手元に〔空中ディスプレー〕を出して、何やら演算を開始している。彼の表情も先ほどまでの真顔状態が、さらに深刻味を増していた。


 そんな先生たちを横目で見ているのか見ていないのか……ハグ人形が、とりあえず床種目もどきの決め技を披露した。伸身の前方三回転二回ひねりで、「ポフッ」と地面に着地。生意気に、ここだけ真面目な技を使っている。

「やはり、そうなるか」

 ハグ人形が床種目を終えて、運動場にあぐらをかいて座り込んだ。

「ワシの予想では……貴族と100万のアンデッド対、森の妖精群と『化け狐』群との大衝突が起こる。恐らく、森の1つや2つの消滅程度では済まないだろう。当然、強烈な魔法場汚染が漏れなく付いてくるオマケつきだ。帝国軍や警察でも対処はできないだろう。最終的には相当な面積の帝国領土が、100年単位で使い物にならない荒れ地になるだろうな」


 ハグの予想を聞いていたノーム先生がちょうど演算を終了した。大きなため息をついて、ハグ人形に顔を向ける。

「そうですね……我々ノームのシミュレーション結果も、それを支持しますよ。初期条件と各種変数を変えた3万ほどのパターンのうち、2万3千ほどでタカパ帝国の『維持不可能』を示唆しています。学校再開どころの話ではなくなりますね」


 ハグ人形が空中に浮かんで、ノーム先生の〔空中ディスプレー〕画面を確認する。ノーム語なのだが理解できるようだ。

「ふむ……召喚ナイフの販売促進も続行不可能になるか。まったく……墓所の連中が起きなければ、こんなことにはならなかったのだが。ともかく、そういうことだ。ワシや墓が出張ると、余計に事態を悪化させるのでな。闇の眷属だから、森の妖精や『化け狐』どもを、さらに刺激して呼び寄せてしまう。君たちエルフやノームであればその心配はないので、こうしてカルト派貴族が要請しているのだよ」


(なるほど、だから墓用務員の姿がここにないのか……)と理解するレブンであった。ゾンビなので、ここにいるパリーが切れて怒って暴れ出しかねない。ただの人形であるハグ人形にすら、相当に不快な表情をしている状況では、正しい判断だろう。


 それでもエルフ先生は、嫌そうな顔をしたままだ。髪も10本単位で逆立って、先端から青い静電気の火花を散らしている。

「だったら、ウィザードやソーサラー、法術の先生の方が適任ではないですか? 彼らの背後には、本国から送られた特殊部隊がいて、どこかに潜伏しているはずですよ。組織戦闘になるのですから、専門家に任せるべきではな……」

 エルフ先生が真顔のままでハグ人形に文句を言っている最中に、背後の東西校舎と教員宿舎、奥の寄宿舎から警報が鳴り響き出した。

 エルフ先生が抗議を中断して、校舎を振り返る。その横のノーム先生の表情が一気に緊迫した。

「うは……これは緊急事態だ」

 ノーム先生が少し掠れた声を出して、〔空中ディスプレー〕画面をもう1つ出した。高速スクロールで画面上のノーム語の数値や座標データが表示されていく。


 それを見ながら、ノーム先生がエルフ先生に説明した。

「ここの先生方はそれぞれが、秘密の魔法場サーバーや施設を森の中に隠しておる。その〔ステルス障壁〕と保安警備システムが一斉に『無効化』されたようだな。これは、それを知らせる警報音だよ。ノーム世界の秘密研究所も無効化されてしまったか。とりあえずここは別部署だから、僕への出動命令は『今は』出ないと思うが」


 エルフ先生が心底呆れた表情をする。さすがにここまでくると、髪も元に戻って静電気の火花も飛ばなくなってしまった。

「……薄々、そうだろうとは思っていましたが。よりによって、学校の保安警備システムに組み込んでいたのですか。しかも、これドワーフ製システムですよ。裏でどんな交渉があったのか、考えたくもありませんね」


 間髪を置かずに校舎や教員宿舎から、先生たちが血相を変えて空中へ飛び出してきた。〔飛行〕魔術を使っているが、よく見ると杖の底部に大量の魔力パックが差し込まれている。サーバーの魔力を使うのではなく、このパックからの魔力供給で飛んでいるのだろう。

 運動場にエルフ先生とノーム先生の姿を確認するが、飛んでいく先生たちは特に何も反応を見せない。そのまま学校の敷地から飛び出して、森の上空彼方へと高速で飛び去って行った。


 演算中のノーム先生がチラリと視線を向けて、飛び去っていく先生たちの後ろ姿を見送る。

「どうやら……マライタ先生とティンギ先生以外は、『全員』が秘密の施設を管理運用していたようですな。学校は今『もぬけの殻』ですか。ん。演算が終わったようだ」

 演算が終了した画面を確認しながら、軽く肩をすくめる。

「……ふむ。我がノームの研究所は、しばらくの間は持ちこたえそうかな。僕に緊急出動の命令が下りないことを願うよ。カカクトゥア先生にも、本国からこれといった命令や指示は出ていないようだね」


 エルフ先生がやや呆れたような含み笑いをしながら、うなずいた。パリーが面白がって、飛んでいく先生たちを〔レーザー光線〕魔術で撃墜しようとしているのを何とか抑える。いつの間にか、こんな物騒なソーサラー魔術を習得していたようだ。

 それにしても……先日から飛んで行ったり、戻って来たりを繰り返している先生たちである。余程、本国からの指示がきついのだろう。

「エルフ世界のブトワル王国としては、この地の森の妖精と友好協定か何かを結んで、様々な事業を行うことが目的ですからね。怒りを買うような真似はしませんよ。他のエルフ王国は分かりませんけど」


 そして、ハグ人形に視線を戻した。かなり不満度が低減されている表情になっている。

「ハグさん。仕方がないですね。本国の警察と相談してみます。教師以外の仕事は、全て本国からの許可がないと行えない規則ですので」

 先日のヒドラ狩りなどはどうなのだろうか……


 隣のノーム先生も「仕方がない」と言わんばかりの表情で、銀色の口ヒゲを片手でかく。

「そうですな。私も本国警察に伺いを立ててみましょう。エルフ警察が動かなければ、ノーム警察も静観するつもりだったのですがね。大地の精霊ってのは『世界間ネットワーク』を独自に有しているので、獣人世界の森で大地の精霊にケンカを売ると、他の異世界で色々と面倒なことになるのですよ」


 ハグ人形が、「ポン」と膝を手で打った。

「おう、そういうことか。ドワーフやセマンどもが、気軽に世界間移動をしているのが不思議だったんだよ。いくらドワーフの科学力とセマンの〔運〕があるとは言え、普通はそれでも無理だからな。なるほど。ノームも一枚噛んでおったのか」

 次に両手を合わせて「ポン」と叩く。

「大地の精霊は、重力を司る未知の力の末端だからな。生命とも真空とも違う第三の理。魔神どもが何も文句を言わないことも、これで納得がいく」


 レブンにはあまり理解できなかった様子だ。セマン顔のままで目をパチクリさせている。パリーとエルフ先生も同様だ。

 ノーム先生は曖昧な笑みを浮かべたままだ。少々ボサボサになった、あごヒゲを整えている

「私もほとんど何も理解できていないんだけどね。さて、と。本国から『許可』が出たよ。ただし、『魔法の行使は必要最低限に留めること』という条件付きだけどね」


 エルフ先生の手元にも小さな〔空中ディスプレー〕画面が出現した。彼女がエルフ語の文章を確認する。

「私にも『許可』が出ました。ノーム先生と同じですね。最小限度の魔法行使しか認められていません」

 そう言って、ライフル杖を呼び出す。

「これの使用はできませんね。簡易杖だけの使用です。魔力カプセルの使用も不可。ですが、パリーからの魔力提供は認められましたので、何とかなるでしょう」


 パリーは既に戦闘モード全開のようだ。無邪気にピョンピョン飛び跳ねて、ウェーブかかった赤い髪がダイナミックに同調している。

「きゃはは~。一度やってみたかったの~森の妖精にケンカ売るの~。う~。ぶちのめすぞ~ひゃっはー」

 物騒な物言いを始めたパリーに、エルフ先生が軽く脳天チョップをかました。

「コラ。妖精大戦争なんか見たくありませんよ。あくまで私たちの『任務』は、糞カルト貴族の英雄が100万のゾンビを無事に死者の世界まで持ち逃げするまでの間、代わりに光と生命の精霊魔法で〔ステルス結界〕を張ることです。他の森の妖精や『化け狐』たちに〔探知〕させず、カルト貴族の施設を攻撃しないように『時間稼ぎ』をするだけですよ」


 ノーム先生も同意する。

「左様。僕は大地の精霊が施設やゾンビを〔探知〕できないように、〔ステルス結界〕を張ることにしましょう。闇の因子が強いでしょうから、大深度地下の大地の精霊も活発化するでしょうし」


 ハグ人形が腕組みをして、口をパクパクさせた。彼も決心を固めたようだ。

「うむ。助かるよ。ワシが〔ステルス結界〕を張ると、どうしても闇の精霊場と死霊術場が高まるのでな。かえって森の妖精と『化け狐』を呼び寄せることになってしまう。では、ワシは、連中がカルト貴族の施設に集中しないように、撹乱工作と陽動工作をすることにしよう」


 エルフ先生がうなずいた。すぐに手元に通信用の〔空中ディスプレー〕を出す。

「分かりました。それでは、それで作戦申請をします。あて先は、私の世界のブトワル警察と、ノーム世界のラワット先生が所属する警察、それと、タカパ帝国警察と軍情報部で充分でしょう。帝国軍は上層部が混乱しているようですし、事後報告で構いませんね。多分、すぐに許可が下ります。少々待って下さい」

 そう言ってエルフ先生が、ウィザード語と狐語で作戦内容と許可申請を作成して送信した。


 それを見て、メモをする衝動を何とか抑えていたレブンがハグ人形に質問してきた。

「あの、ハグ様。100万ものゾンビをどうやって死者の世界まで輸送するのでしょうか。世界間の亀裂をたどってエネルギーを送り、送った先で実体化させる手法ですよね。マライタ先生やティンギ先生の話では、相当に費用がかかると聞きました。ゾンビ群をエネルギー化するだけで、大変な事になると思うのですが」


 それはエルフ先生とノーム先生も疑問に思っていた点である。ハグ人形に視線が集まった。しかし、当のハグ人形は至って気楽そうな仕草のままである。

「心配無用だ。ナウアケ卿が既に『正規の空間転移ゲート』を使う許可を得ている。施設内に古代遺跡はないが、そこは古代遺跡への〔テレポート〕迂回路を間に挟めば済む」

 口調に毒が混じり始める。

「何せ、奴はタカパ帝国公認の『英雄』だからな。タカパ帝国と、死者の世界の母国であるオメテクト王国連合の双方の許可を受けておるよ。堂々と、盗人が正規のルートで凱旋できるという運びだ」


 ジト目になって聞くエルフ先生とノーム先生である。パリーは興味がないようで大あくびをしている。レブンもさすがに呆れるしかない。

「さすがというか何というか……利用できるものは、遠慮なく利用するんですね。そのカルト派貴族さん」


 運動場の向こう側の校舎から、ミンタやムンキン、ペルにラヤンが飛び出してこちらへ向かっている姿が見えた。上空にはジャディがいて、彼もこちらへ高速飛行して来るのが見える。

 全員、〔飛行〕魔術を身につけているので駆けずに空中を飛んでいる。ただ、ペルだけは遅くて、早歩き程度の速度しか出ていないようだが。


 彼らに軽く手を振ったレブンが、もう一点だけハグ人形に提案する。

「ハグ様。可能であればなのですが、テシュブ先生を〔召喚〕することはできませんか?」

 ハグ人形がかぶりを振った。

「ちょっと無理だな。羊がいないし、儀式〔召喚〕の準備にも相当の時間がかかる。サムカ卿が〔召喚〕される頃には、ナウアケ卿が100万のゾンビを全て輸送し終えているよ」

(使えない羊だな……)と思うレブンであるが、もちろん口にも顔にも出さない。


 ハグ人形が別の考えを思いついたようだ。

「だが、そうだな……声だけであれば、問題ない。君たち生徒の魔法実習と位置づければ、若干ではあるが、魔法による関与もできる。ワシがサムカ卿の魔法を召喚ナイフを経由して、君たち生徒に届けることでな。無論、大した魔力ではないが。君たちの戦闘への助言や、軽い魔力支援程度だろう。しばし待て」

 そう言って、ハグ人形が何か歌いだした。単純な動きのダンスも始める。待ち受けモードなのだろう。

「はーぐさま、はぐさま、かっこいいよ、はあぐさま。りっちーなのに、がいこつじゃない~。おしゃれなおしゃれな、はぐさまステキー。はーぐさま、はぐさま、かっこいいよ、はあぐさま……」


 エルフ先生が眉間に深いシワを刻んで、簡易杖の先をハグ人形に向けた。しかし、辛うじて破壊することは我慢したようである。その間にミンタが文字通り飛び込んできて、エルフ先生に抱きついた。

「カカクトゥア先生っ。自習になったので、きちゃいましたー。今日はこの後、授業全部休みですっ」


 ミンタの金色の縞模様が走る頭のフワフワ毛皮を、エルフ先生が優しく撫でて微笑んだ。クリンとした巻き毛部分が所々あるので、エルフ先生の指が少し絡まる。

「あら、そうなったのね。確かに先生方がほとんど全員、授業を放棄して出払ってしまいましたしね」


 ミンタもすぐに、待ち受け状態のハグ人形に気がついた。簡易杖を向けて威嚇するが、エルフ先生がそれを抑える。

 ジャディが次に到着したが、彼もハグ人形を見つけて警戒している。上空を旋回するばかりで運動場へ降りてこない。彼もミンタ同様に簡易杖をハグ人形に向けて、自分の鳥型シャドウを出して攻撃態勢になっている。

 レブンが両手を振って、ジャディを落ち着かせた。彼もジャディに習って、自身のアンコウ型シャドウを出す。

「ジャディ君、今は危害を与えないよ。安心して降りていいよ。何が起きているのか説明するから」


 ジャディが凶悪な顔のまま、凶悪な目つきでレブンに琥珀色の鋭い瞳を向ける。なおも簡易杖をハグ人形に向けたままだ。

「レブン、オマエが呼ぶから来たんだぞ。何だよ。くだらない話だったら攻撃魔法をぶっ放して、故郷へ遊びに戻るぞ」

 パリーの姿もあるので、なおさらに警戒しているようだ。パリーの方は、ジャディを見てもヘラヘラ笑いをしたままだが。

「ん~? 飛族の生き残りか~。まあ、君ならいいや~。森の中の残留思念掃除~やってくれてるし~」


 レブンがほっとした表情になった。今は余計な騒動は起こさない方がいい。

「多分、ジャディ君にも喜んでもらえる話だと思うよ」


「ほう」と凶悪そうな目を輝かせたジャディが、ようやく着地態勢に入った。運動場に風が巻き上がり始めたが、その土埃を突っ切るように飛んできたムンキンが到着する。

「何だよ、レブン。何か起きたのか? 先生どもは大慌てで飛び出していったし、警報は鳴るし。でもニュース番組も速報も何もないし。何か知っているなら教えろ。もしかして、またコイツが何か悪さしたのかよ」

 そして、やはり簡易杖をハグ人形に向けた。ジャディと反応が全く同じである。

 レブンが慌ててムンキンのそばに駆け寄り、杖の先に両手を広げて立ち塞がる。どさくさに紛れてジャディも簡易杖の先をハグ人形に向けてきたので、その射線も塞ぐ。

「また、帝国存亡の危機が起きたかも。その解決の手伝いをすることになりそうなんだよ、ムンキン君、ジャディ君」


 次に到着したのはラヤンだった。紺色のジト目のままで尻尾を地面に打ちつけている。

「危機の大売出しね。聞いてあげるから、さっさと説明しなさい、レブン君。マルマー先生が半分パニック気味で、どこかへ飛び出していくし。ティンギ先生は愉快そうに浮かれているし。良くない事が起きているのは分かるわよ」

 相変わらずの上から目線なラヤンだが、レブンもかなり慣れてきたようだ。セマン顔のままで、特に不快に感じたりはしていない。

「いきなり呼び出して、すいません。ラヤン先輩。事件がまた起きました。〔回復〕や〔蘇生〕法術が得意な先輩のお力が必要だと思いまして。間もなくペルさんがここへ到着しますので、それから説明しますね」


 ハグ人形が待ち受け状態を終了して、普通に動き出した。

「待たせたな。サムカ卿も、音声のみの参加になったぞ。奴が使える魔法は今は〔索敵〕と〔幻術〕程度だ。攻撃魔法や〔防御障壁〕は使えないから、大して期待はするなよ」


 サムカの声だけが、ハグ人形の背中から聞こえてくる。

「テシュブだ。状況はハグから聞いた。非常にもどかしい制限だが、仕方あるまい。助言は惜しまぬので、遠慮なく聞いてくれ」


「殿おおおおおおっ! ジャディっす! 自分は学校辞めてないッスよ。すぐにまた会いたいッス、殿おお」

 早速、ジャディが涙を両目からこぼしながら、ハグ人形の背中に転がり込んできた。

「ジャディ君か。元気そうで良かった。今回、空中戦もあるだろう。頼むぞ」

 サムカの声に、感無量なジャディが背中の羽と尾翼を派手に広げてバサバサさせる。

「了解ッス、殿! このジャディにお任せあれ!」


「今回の作戦の司令塔は、クーナ先生かね?」

 サムカの声がジャディの叫びにかき消され気味になっているが、エルフ先生にはしっかり聞こえたようだ。

「そうなりますね。このような大規模な組織戦闘は、私も経験がありません。助言、よろしくお願いしますね。先程、関係各所からの作戦許可が下りました。シーカ校長も渋々ですが承諾してくれました。教育研究省と軍情報部と警察上層部からの『命令』ですから、断ることはできないのでしょうけれど」

 ノーム先生も同意している。

「そうですな。私にもノーム警察からの制限事項はあるけれど、基本的にはカカクトゥア先生の指揮下に入りますよ。組織は別だが、階級は私よりも先生の方が上ですからな」


 そこへ、ようやくペルが息せき切って到着した。

「す、すいませ……ん。遅れ……ました」

 ミンタがペルの小さな肩を抱き上げて支える。

「まったく。もっと体力をつけないとね、ペルちゃん。これで全員そろったわね。じゃあレブン君。何が起きているのか、きちんと説明してよ」



 レブンが順序立てて状況を説明して、エルフ先生発案の作戦も説明している。

 その間にノーム先生がエルフ先生に、パリーからの魔力供給『方法』を確認していた。パリーが大あくびをしながら、エルフ先生の背中に背負われている。その状態で、簡易杖の先をエルフ先生の簡易杖につけ、術式を走らせて安堵した。

「……ふむ。これで私もパリー氏からの魔力提供を受けられるようになったよ。といっても、今回限りの処置だけどね」


 エルフ先生も術式の状況を確認して、微笑む。

「パリーから私に接触方式で送られる生命の精霊場を、私の杖で〔変換〕処理して光の精霊場にして、それをラワット先生の杖に光通信で〔供給〕する術式……ですね。近紫外線なので、効率は結構落ちますが。うん、良かった。問題なく作動してる。これで、戦力がかなり上がりました」


 ノーム先生が三角帽子の縁と、あごヒゲの先をいじりながらエルフ先生にうなずく。既に魔力供給が始まっているのだが、目に見えない波長の光なので特に何か行っているようには見えない。

「済まないね。ノームも生命の精霊場を扱えるんだが、パリー氏はエルフ先生と私との『二重契約』はできない決まりだからね。こんな迂回路になってしまった。だがこれで、私も少しは役に立てそうだよ。自前の魔力だけでは、すぐに尽きてしまいそうな作戦だからね」


 エルフ先生がキリリとした表情になっていく。

「期待していますよ、ラワット先生。さて……サムカ先生。この作戦ですが、どう思いますか」

 サムカの声が今度は、エルフ先生の簡易杖の先からする。安物のイヤホンから聞こえるような音だ。

「うむ。良いと思う。ナウアケ卿の魔力は、ゾンビを100万も生み出せるほどだ。が、ハグが指摘した通り、ハグやナウアケ卿が魔法を使うと、さらに森の妖精や『化け狐』を多く呼び寄せることになるだろう。従って、彼らの魔力支援は期待しない方が良いな」


 エルフ先生が呆れたような表情で首を振る。

「そうでしょうね。まったく……学校を襲撃した際の魔力は相当な脅威でしたが、味方になると足手まといになるとは思いませんでしたよ。本当に、アンデッドはこれだから……あ。失礼」

 サムカも声が少し笑っているように聞こえる。

「いや、私も現にこうして役に立っていないからね。批判は甘んじて受けよう」

 本当に、このところ役に立っていない。

「さて。当座の敵戦力だが、パリー型妖精が3体、見習い騎士型『化け狐』が20体だな。連携攻撃はしないだろう。〔索敵〕能力も〔ステルス障壁〕に気がつかない程度だから、大したものではない。ただ、カルト派貴族の隠れ施設が〔ロックオン〕されてしまうと、魔力量から見て、防御することは不可能だ」

 エルフ先生とノーム先生が素直に同意する。サムカが話を続ける。

「従って、クーナ先生の作戦通り〔ステルス障壁〕を用いて、敵の〔探知〕能力を阻害することに全力をつぎ込む方針で問題ないだろう。見つかったら、即時撤退すればよい。下手に抵抗すれば、さらに『化け狐』と妖精が増えるだけだからね。撤退の手配は済んでいるのだろう?」


 エルフ先生がうなずいた。

「ええ。各自の杖で、緊急脱出用の〔テレポート〕魔術を常時スタンバイしています。万一の際に備えて、各自の〔蘇生〕や〔復活〕用の生体情報と組織サンプルの最新版も準備していますよ。死んでしまっても指一本残っていれば、保管してある組織サンプルと照合できるので〔復活〕できます。それでも記憶の欠損や、意識障害等は起きますけれどね」


「なるほど」とサムカ。もう一点だけ確認する。

「パリーさんだが……彼女は森の外には『原則として出る事は出来ない』と、聞いた覚えがあるのだが」


 パリーがヘラヘラ笑いながら、エルフ先生の肩越しに顔をのぞかせて答えた。

「だ~いじょうぶ~。今回は~カルト貴族の討伐依頼が~その森の妖精から出てるの~行けちゃうのよ~。まあ、それがなくても~行けちゃうけど~」

 エルフ先生がパリーを背負い直しながら、サムカに補足説明する。

「そういうことです。結構、適当な『自主規制』なんですよ。私もつい最近、それを知りました」


 自主規制に過ぎないことを知ったサムカが、驚きの声を上げている。

「そ、そうだったのか。ふむ……つまり、我々貴族と同じで、1ヶ所に集まると、魔力場が強くなりすぎるから、普段は避けているだけか」


 ノーム先生がエルフ先生の近くにやってきて、彼の簡易杖の先をマイクのように使って口を挟んできた。彼の杖にもサムカの声が届くようになっている。同様の処理は、他の生徒たちの簡易杖にも施されているようだ。

「タカパ帝国軍と警察が機能していれば、彼らに任せるんだけどね。まだ帝都とその近郊都市の治安出動だけで精一杯のようだ」

 機能していても、地方都市しか守っていなかったようだが……

「僭越ながら、私からもテシュブ先生に一言いいかな。100万ものゾンビが1ヶ所に固まっている上に、強力な闇の魔法場を撒き散らす貴族までいる。これって、森の妖精や『化け狐』だけじゃなくて、大深度地下の大地の精霊も、引き寄せられる恐れがあるんだよ。僕は会った事がないのだが、『大地の妖精』がやって来る恐れもないとは言えない」

 口調が大真面目になっていく。


「僕も注意しておくけれど、テシュブ先生の方でも注意してくれると助かる。連中を〔探知〕することは、かなり困難だからね」

 サムカが同意した。大地にも妖精がいると知って、内心驚いている様子である。

「う、うむ……了解した。それでは、気をつけてな」



 エルフ先生がサムカとの会話を終えて10秒ほど経ってから、レブンによる説明も終了した。早速憤慨しているミンタ、ムンキン、ラヤンにジャディである。

 さんざんナウアケ卿に対して文句を言い放つ4人だったが、何とかエルフ先生とノーム先生が彼らを納得させた。特にミンタとムンキンにとっては、学校襲撃の際に危うく殺されかけた相手であったのだが……何とか落ち着いたようだ。


 頭と尻尾のフワフワ毛皮を渦巻き状に逆立てながら、ミンタがエルフ先生にぎこちない笑みを返した。

「ふー……。分かりました、大丈夫ですよ、エルフ先生。大丈夫です。その作戦は成功させないと、大変な事になりますものね。分かってます。分かってますよ」

 隣ではペルがミンタの右手を両手でつかんで、アワアワしている。一緒になって毛皮を逆立てているが、ミンタよりは落ち着いているようだ。

 白い魔法の手袋も、このところの騒動続きのせいで洗濯が間に合っていないのだろうか。土汚れが残っている。白い長袖シャツや紺色のベストにも、土汚れが目立ち始めていた。


 ムンキンは無言で背を向けて、近くの地面を《ガスガス》と音を立てて殴りつけて掘り返している。


 ジャディも気絶させられた相手なので、相当な敵意を凶悪な顔と両目に現している。しかしここにはハグ人形とパリーまでいるので、何とか暴れるのを我慢しているようだ。

 全身を覆う鳶色の羽毛が全て逆立って、まん丸くなって膨らんでしまっているが。タンクトップシャツと半ズボンが膨らんだ羽毛に押されてパンパンになっている。何となく、サラパン羊を彷彿とさせる姿だ。


 ラヤンは冷静そうな表情である。暴れてもいないが、尻尾だけは別のようだ。16ビートのドラム音が続いている。紺色の両目が据わっているので、相当に不快なのだろう。体操着ではなく、今は制服姿になっている。


 そんな生徒たちをキリリとした顔のまま見回すエルフ先生である。もうすっかり警察官の顔だ。

「では、これより作戦を開始します。作戦中は、先生と生徒の関係は『放棄』します。私の命令は絶対です、いいですね。命令違反をした場合は、ブトワル王国機動警察の規則に従って『処罰』します。数回ほど苦痛をもって死んでもらいますから、そのつもりで。ただし、自身の身が危険に曝された場合は即時、戦線離脱するように」

 隣ではノーム先生も厳しい顔になっている。彼もすっかり警察官の顔だ。

「私が副官になる。作戦内容は頭に入れたか?」

 生徒たち6人が口をそろえて一斉に返答した。

「はい! 副隊長!」


 エルフ先生が簡易杖を掲げた。パリーを背負っているので、それほど威厳は感じられないが。

「その前に、皆さん。汚れても破損しても構わない服装に着替えてきなさい。その学生服のままでは、後でシーカ校長先生や事務職員さんたちに怒られてしまいます。私も着替えておきたいですしね」

 テンションが上がってきていた生徒たちは、肩透かしになってガックリしているが、当然すぎることなので素直に従うようだ。ラヤンも制服姿になっていたので、渋々従う。

「体操服の予備がないのよね……仕方ない、借りるか」


 次々に〔飛行〕魔術を使って寄宿舎へ飛んで戻っていく。

 ジャディも戻るようだ。彼の場合は、あまり変わらないと思うのだが……そこは気分の問題なのだろう。


 生徒たちを見送ったエルフ先生が、隣のノーム先生に促した。2人とも、特に機動警察の制服が汚れたり破損したりはしていないが。

「さて、私たちもできるだけの準備を整えておきましょうか、ラワット先生。携帯食もいくつか用意した方が良いでしょうね」

 ああは言ったものの、結局は『先生』呼びをしている。


 ノーム先生も気楽な表情に戻ってうなずいた。銀色のあごヒゲを軍用手袋でいじり始める。

「そうですな。今回の相手は森の妖精と『化け狐』ですからな。ストレスが溜まりそうだし、私もタバコを持っていくか。アンデッド用装備は不要でしょう」

 しかし、それを即座に否定するサムカ声だ。エルフ先生とノーム先生の簡易杖の先から同時に、彼の声が発せられた。

「いいや。『対貴族』用の装備をした方が良いだろう。アンデッドを信用してはいかんぞ」


 それを聞いて、思わず吹き出す2人の先生である。

 ちょっと不満そうなハグ人形が地面の上でフワフワと浮遊しながら、両手足をパタパタと動かす。

「サムカよ。召喚ナイフの販促目的を忘れているだろ。我々アンデッドの評判を、自ら落としてどうする」



 そこへリーパット主従とバントゥ党10余名、それにムンキン党の数名が、校舎から走ってやって来た。


 リーパットが黒茶色の瞳を『怒り』と『興奮』で燃えたたせて、両手に握った攻撃用魔法具を振り回して誇示する。エルフ先生が使うようなライフル型の杖で、底部にはいくつかの魔力パックが装填されている。

「貴様らあっ! 我に隠し事が通用すると思っているのかあっ。今こそ、我らブルジュアン家の威光を示してやろうぞ」


 腰巾着のパランが100リットル級の大きなバックパックを背負って、主人のリーパットの後ろを懸命に付き従っている。

「はい! リーパットさまっ。今度の魔法具は更に強力です。魔力パックも充分に用意していますから、思う存分、腕を奮って下さいっ」


 一方のバントゥもリーパットと並走して先を争いながら、こちらへ〔飛行〕魔術で飛んで来ている。魔力の温存を今から始めているようで、飛行速度もリーパット主従が走る速度に抑えているようだ。

 その彼の鼻先のヒゲがピンと前を向いた。両耳もぴったりとエルフ先生に向けられている。

「学校最下位の2人は『後方』に下がっていた方が身のためだぞ、リーパット君。ここは、学校上位の成績保持者の集まりである、我が党に任せなさい」


 リーパット主従が必死で走りながら、それでもバントゥに抗議してライフル型の杖を向ける。

「何だと、この野郎っ」

 しかし、バントゥは全く眼中にない表情で、そのまま「スイッ」とリーパット主従を追い抜いて、飛び去ってしまった。視線はなおも、エルフ先生とノーム先生に向けられたままだ。

「警察と軍からの取り調べなど、我が家の一言で終了できるのですよ、先生方。僕も本格的にソーサラー魔術の研鑽に励んでいますからね、既に実戦にも対応できますよ」


 そう言って、バントゥが簡易杖を頭上に向けて〔火炎放射〕魔術と〔レーザー光線〕魔術を同時に放った。青空に向かって、直径2メートルの真っ赤な炎の竜巻と、直径10センチほどの赤い〔レーザー光線〕が何本か飛んでいく。その輻射熱がエルフ先生とノーム先生にも届いた。かなりの熱量だ。


 ドヤ顔になったバントゥが〔飛行〕しながら、後ろで編隊飛行をしている党員を紹介した。

「僕だけではありませんよっ。ラグ君とチューバ君も相当の実力者です!」

 竜族のラグが吼えて、尻尾を振り回した。

「ソーサラー魔術なら、俺の方が上手ですよっ」

 いきなり簡易杖を頭上に掲げて、バントゥの倍の威力の〔炎の竜巻〕5本と、赤い〔レーザー光線〕を10本上空に放った。

 その〔炎の竜巻〕がチューバの放った水の精霊魔法で消火されて、かき消された。彼の黒い紫紺色の瞳が自信満々に光を放つ。

「後始末も万全にしますよっ」


 バントゥが口元のヒゲをピコピコ動かして上機嫌になる。さらに、2人の側近の後方で編隊飛行している党員も紹介した。

「まだまだ、これだけではありませんよっ。我が党には、魔法工学のマスック・ベルディリ級長、幻導術のプサット・ウースス級長、それに招造術のレタック・クレタ級長も控えているのですからね! さあ、一言ご挨拶をして下さい」


 狐族のベルディリ級長がクルミ色の瞳を細めて、理知的な笑みを浮かべた。周囲に数台の紙製の円盤を浮かべている。

「測位や環境観測などは、この紙製偵察機に任せて下さい。魔力を気にせずに使えますよ」


 彼の隣で飛行している招造術のクレタ級長も、同じような紙製の飛行機をいくつか取り出した。紙製の円盤を見て、鼻で笑う。瑠璃色の瞳が強く光って、竜族特有の頭と尻尾の渋柿色のウロコが日差しを反射した。

「フフン。性能は私のゴーレムの方が上ですよ。これは偵察だけではなくて攻撃もできますからねっ」


 その紙飛行機が、両翼からいきなり上空に向けて〔マジックミサイル〕を数発発射した。音速を超える速度のようだが、実体がない魔法弾なので衝撃波が発生しない。そのまま上空100メートルほど上がって、大爆発を引き起こした。真っ赤な火球が数個発生して、運動場を焼く。クレタ級長がドヤ顔になる。

「どうですか! バジリスク騒動では後手に回ってしまいましたが、今回は……あちちちっ」

 クレタ級長が自ら撃った〔マジックミサイル〕の火球の輻射熱に、体を焼かれて悲鳴を上げた。


 彼の後方、編隊飛行の最後尾を飛ぶ幻導術のウースス級長が、露草色の瞳を細めた。彼も同じく竜族だ。上空の火球で頭と尻尾のウロコが橙色に輝いている。

「〔防御障壁〕の術式は入念に記述しましょうね、クレタ君。でないと、こんな風に自爆してしまいますよ」


 ケンカを始めたクレタとウーススを放置して、バントゥがドヤ顔になった。

「どうですか、先生方! 我々バントゥ党は役に立ちますよっ」


 そんなバントゥ党とリーパット主従の後方から、〔飛行〕魔術で飛んで来ているムンキン党のバングナン・テパが、狐耳と尻尾をパタパタさせて鼻先のヒゲを動かした。他に党員は4名いるが、皆、竜族の1年生だ。

「何だよ、ただの力自慢じゃないか。そんなの組織戦闘じゃ邪魔になるだけだぞ。とっとと帰れ。集団戦闘だったら、俺たちムンキン党が一番だぜっ」

 4名の党員が気勢を上げた。先程まで乱闘していたはずなのだが、まだ足りないようだ。


 予想された事態にため息をつきながら、ジト目になって出迎えるエルフ先生とノーム先生。簡易杖を共に生徒たちへ向ける。

「うーん……やっぱり来たか」

 エルフ先生が凛とした大声で、駆けてくる生徒たちに告げた。

「残念ですが、作戦は既に『受理』されてしまいました。追加の増員は許可できませんよ。さっさと寄宿舎へ戻りなさい!」

 ノーム先生も口ヒゲをいじりながら警告した。内心で(面倒事になるから来るな……)と思っているのが明らかな口調だ。

「左様。作戦変更の届を出すのは面倒臭いのだよ。余計な仕事をさせるでない」


 ……が。当然そんな言い訳を素直に聞く生徒たちではない。口々に非難や糾弾に脅し文句を叫びながら、走ったり飛んだりして来る。


 エルフ先生が無造作に簡易杖を振った。空色の瞳が鋭く光り、腰まで伸びている金髪が静電気で青白く発光する。

「うるさいな、もう。寄宿舎へ戻っていなさい!」

 いきなり、光の精霊魔法を撃った。銃声も爆音も光の軌跡も生じていない。


 次の瞬間。呻き声を上げて、生徒たち全員が運動場にもんどりうって倒れてしまった。そのまま口から泡を吹いて痙攣している。


 ノーム先生が若干、非難めいた視線をエルフ先生に投げる。あくまで若干だが。

「カカクトゥア先生。〔麻痺〕攻撃にしたら、彼らは寄宿舎へ歩いて帰ることはできませんよ」

 エルフ先生は平然としたままだ。真っ直ぐな金髪を風になびかせる。

「構いませんよ、これで。あれ? 意外ね。まだ動ける生徒がいるなんて」


 確かに、1人だけ立ち上がってフラフラしている。リーパットだ。ノーム先生も、これには少々驚いた様子である。

「ほう。意外ですな。赤点ギリギリの子なのに、耐えたとは」

 エルフ先生がジト目を深めて、ため息を1つする。

「もう……面倒ね。ほら、もう倒れなさいよ」

 遠慮なく、もう1発光の精霊魔法をリーパットに撃ち込んだ。

「ぐぺっ……」

 さすがに、人形が倒れるように《バタリ》と倒れて動かなくなった。痙攣すらできないようだ。


 ハグ人形はエルフ先生の頭の上で、あぐらをかいて口を開けたまま無言でリーパットの姿を見ていた。

「……ふむ。ちと、頑丈過ぎるな。変な魔法適性でも有しておるのかね、このトカゲは」

 エルフ先生が呆れた口調で、ハグ人形の言い間違いを指摘する。

「ハグさん。リーパット君は狐族ですよ。竜族ではありません」

 そのセリフだと、竜族はトカゲだと言っているようなものだが……誰も今は気にしていない。


 ハグ人形も全く悪びれる様子は無かった。

「ん? そうだったかね? ちょいと、トカゲっぽく感じたのでな。今は、ただの狐だが」

 何か変な言い訳をしているハグ人形だ。エルフ先生が怪訝な表情になる。

「ハグ人形に、機能障害が起きてませんか? 暴走事故は、起こさないでくださいね」

 そのハグ人形は、エルフ先生の頭の上で今も何か踊っている。これは機能障害ではないのだろうか。


 すぐに新手の生徒たちが駆けてきたので、ハグ人形がそちらに黄色いボタン目を向けた。

「ずいぶんと人気者だな、カカクトゥア先生とラワット先生は」


 ハグ人形の冷やかしに、少し肩を落とす2人の先生である。今度飛んで来ているのは、エルフ先生とノーム先生の精霊魔法専門クラス生徒だった。

 先頭をきって飛んでくるのは、言うまでもなくノーム先生クラスの級長のビジ・ニクマティ3年生だ。黒茶色の瞳をキラキラさせて、狐耳と尻尾をパタパタ振っている。

「ラワット先生! 私たちも参加しますっ。準備は万全ですよ!」

 彼らの背後には、さらにエルフ先生とノーム先生の専門クラスの有志生徒が10名余りも続いている。


 ラワット先生が首を振りながら簡易杖を向けた。

「だから、申し込みは『終了』したと何度も言っているだろ。来てはいけないよ」

 いきなり、ニクマティ級長たちの目の前に『大きな土の壁』が出現した。

「ぎゃ……!」

 あっけなく土壁に全員が激突した。走っていれば小回りができたのだろうが、〔飛行〕していたので為す術もない。衝撃音がまとめて上がって、運動場に響く。

 それっきり、静かになってしまった。土壁の向こう側なので先生たちからは見えないのだが、全員気絶してしまったようだ。


 とりあえず簡易杖を土壁に向けて、生徒たちの状態を〔診断〕するラワット先生。その銀色の口ヒゲが優雅に動いた。

「各自の〔防御障壁〕が適切に作動していますな。ただの気絶です。放置しておけば、すぐに気がつくでしょう」


 運動場の隅には、黒いローブを頭から被っている怪しい一団が見えた。アンデッド教徒のライン・スロコックたちだろう。しかし、運動場の惨状を見て「そそくさ……」と校舎内へ撤退していく。信者数はさらに増えて5名になっていた。

 一抹の不安を感じるエルフ先生とサムカであった。サムカの声が、エルフ先生の簡易杖の先から漏れる。

「……ゴーストも使役できないようでは、とてもナウアケ卿の頼みは引き受けられないだろうな。合理的な撤退判断だ」


 エルフ先生も半分程度はサムカの言葉に同意している。

「……でしょうね。でもまあ、これで血の気の多い生徒は門前払いできましたね」

 パリーがニヤニヤ笑いながら、運動場で倒れて動かなくなっている生徒たちを見回す。

「いいわね~。とってもいいわ~。『ぶちのめす』って最高よね~私もやっちゃおうかな~。トドメさしても良いかな~ね~クーナあ~」

 エルフ先生がパリーを押さえつけながらノーム先生に顔を向け、その空色の瞳をキラリと輝かせた。

「じゃあ、私たちも戻って準備してきましょうか。ここに留まっていたら、死傷者が出そうですし」




【ナウアケ卿の森】

 服を着替えて準備を整えたミンタたちと先生が〔テレポート〕した先の森は、同じ亜熱帯の森だった。

 より内陸にあるために、樹種や草の種類が若干異なっている。湿度がより低いせいだろう、葉の大きさもやや小さめで、樹木の枝もそれほどコケや地衣類で覆われていない。

 しかし、それ以外はパリーの森と大差ない。樹木の高さも同等で、高木層の樹高は20メートルほどある。亜高木、中層木、低木、灌木に草とツタの層と、幾重にも重なる多層構造の森である点も同様だ。


 森の獣や原獣人族も多く棲んでいるのだろうが……危険を〔察知〕したのか一頭も姿が見えない。ここの森の妖精が、彼らに避難命令を下したのだろう。鳥の鳴き声もしないので、一種異様な雰囲気である。虫やクモの類だけは居座っているようだが。


 先生と生徒たちの背後には、土を焼き固めた土饅頭のようなドーム型の施設がある。そのドーム壁の1ヶ所だけに、石を強引に集めて型にはめて固めたような扉があった。窓や煙突、換気口などは全く見当たらない。

 攻撃を受けた痕跡が見当たらないことを、最初に確認するエルフ先生とノーム先生である。エルフ先生の整った眉が、明らかにひそめられた。悪臭でも感じているかのようだ。

「……不細工な建物ね。さすがアンデッドというか何というか」


 一方のノーム先生は、大きな三角帽子を少し被り直しただけである。エルフ先生と視線を共にして、ドームを見上げた。

「周辺が生命の精霊場で充満しているから、急ごしらえで作って『こうなった』のだろうね。それにしても、もう少し見栄えを考えれば良さそうなものだが」

 一通り文句を言う先生たちだ。生徒たちも同じような感想のようだが、ここは黙っている。

 ハグ人形は(これのどこが不細工なんだ?)とでも思っているようだが、彼もとりあえず黙っている。サムカも同様だ。


 パリーはエルフ先生の背中におぶさりながら、周辺を嬉しそうな顔でキョロキョロと見回していた。土饅頭施設には全く興味がなさそうだ。

「うひゃあ~。戦闘準備万端じゃないの~本気よ本気~すっごい本気~ひゃっはー」

 エルフ先生は、反対にジト目になっている。

「うわ……大変な現場に来てしまったわね、これは。ちょっと来るのが遅れたかも」


 ノーム先生が簡易杖を四方八方、上空と地面にも向けていたが、ほっとした表情になる。

「カカクトゥア隊長。幸いなことに、まだ完全には〔探知〕されておらんな。ギリギリ間に合ったか」

 生徒たちとハグ人形もそろってキョロキョロしていたが、ノーム先生の先ほどの言葉を聞いてエルフ先生に一斉に視線を向けた。

 エルフ先生がキリリとした表情で簡易杖を掲げる。

「予定通り、作戦を開始します。各自、持ち場について! これ以降は〔念話〕での通信に切り替えますよ」

(了解!)


 ハグ人形を含めた生徒たちとノーム先生が無言で、森の中に消えていった。エルフ先生が杖を軽く振ると、それだけで光を帯びたバリアのような〔防御障壁〕が発生する。

 数秒ほどしてから、施設の反対側からも光のバリア状の〔防御障壁〕が発生する。これはノーム先生の精霊魔法だろう。

 それを契機にしたかのように、次々に光の〔防御障壁〕があちこちから発生して、土饅頭施設を多重構造で包み込んだ。これらはミンタ、ムンキン、ラヤンの精霊魔法だ。


 次いでエルフ先生の視界の隅に、影が≪サッ≫と動くのが認識できた。これらはペル、レブン、ジャディの所有するシャドウだろう。敵をここへ集結させないための陽動工作である。ハグ人形も同様の陽動工作を行い始めたようだ。


 エルフ先生が手元に〔空中ディスプレー〕画面を表示させて、位置情報を確認する。

「よし。配置完了ね。パリーからの魔力供給も順調だわ」

 ノーム先生はエルフ先生から見て土饅頭施設の向こう側にいるので、このままでは光による魔力送信はできない。しかし、施設直上の空中に、水の精霊と風の精霊とを組み合わせた『鏡』のような雲が浮かんでいる。これにより近紫外線が反射中継されて、ノーム先生の杖に魔力が供給できているようだ。



 準備がほぼ整った頃合いを見計らったかのように、土饅頭施設の石扉が音もなく開いた。

 その中から、古代中東風の衣装と豪華なマント姿の貴族が1人、姿を現す。途端に石扉の中から、高濃度の闇の魔法場が漏れ出てくる。反射的に顔をしかめるエルフ先生と、背中のパリーである。

「これはこれは。わざわざの御支援、感謝の至り。私はトロッケ・ナウアケ。オメテクト王国連合の領主貴族である。君たちには、確か前に一度会ったことがあるな。元気そうで何よりだ」

 やはり、今回も芝居がかった仕草をする貴族である。


 サムカとはまた違った古代中東風のスーツ姿で、豪華な刺繍と文様が施された赤いマントを肩からかけている。

 スーツ自体も良い生地を用いているようで、サムカの服よりも上質だ。革靴もピカピカの新品で、品の良い装飾が施された腰ベルトには、これまた豪華な装飾で埋め尽くされた長剣が吊るされている。


 ただ、サムカやハグが指摘していた通り、顔は陶器の人形のような印象ではなく、本当に生きている人間のようだ。

 サムカと会った際には、周囲に他の貴族の目があったのか化粧をしていたそうであるが、ここでは、その必要はないのだろう。茶褐色の肌に枯草色の癖のない髪が上品に整えられている。それでも七三分けの変形ではあるのだが。

 瞳にも生気が宿っているように見え、辛子色で沈んだ茶色がかった黄色の瞳が細められた。生きているせいなのか、瞳の色合いが刻々と微妙に変化している。


 仏頂面のエルフ先生にとっては、姿を見るのは今回が初めてだ。しかし、声を聴いて想像していた姿と、大体一致しているので内心では苦笑していた。特に、サムカよりも豪勢な衣装なので、さらに笑いのツボに嵌ったようだ。

 口元と両耳を不自然にピクピクさせながら、エルフ先生がナウアケに会釈する。『友達ある・なし口論』も思い出したが、これも指摘せずに黙ることにした。

「ナウアケさんですね。私はカタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク。ブトワル王国機動警察からの出向で、タカパ帝国立魔法高等学校の教師をしているエルフです」

 小さく咳払いをしてから、任務内容を知らせる。

「今回は、タカパ帝国軍と警察からの要請により、貴方がゾンビ100万を無事に死者の世界へ転送するまでの間、護衛します。他の部隊員の情報と作戦内容は、既に帝国から得ていると思いますので、それを参照して下さい」


 ナウアケが優雅な所作で施設の外に出た。

「エルフの部隊長、ノームの副長とは有り難い。なぜかリッチーもいるようだが。先日の学校で邂逅かいこうした面々であるな。君たちの実力は私も認めるものだ。よろしく頼む」

 そして、光の壁を興味深く見上げた。

「これが、光の精霊魔法による〔防御障壁〕か。先の学校でも使用していたようだが、直接見るのは初めてだ。確かに、私が常時展開している〔防御障壁〕に障るようだな。早々に施設内へ戻るとしよう」


 そそくさと石扉の中へ戻ろうとするナウアケに、エルフ先生が質問をした。

「ナウアケさん。ゾンビの転送完了まで、あとどのくらいかかりますか?」

 ナウアケが足を止めて振り返り、微妙に口元を緩めて微笑んだ。かなり表情が多彩だ。

「……そうだな。残り5分ほどであろう。『正規ゲート』を使用しておるので、転送速度が速い。ゲート管理人も協力的だから、転送ミスも起きておらぬよ」


 エルフ先生は軽いジト目でナウアケを見ている。背中のパリーに至っては、敵意がかなり表面化しているようだ。松葉色の瞳に炎のようなものが浮かび始めている。

「そうですか。1秒でも早く撤退を終えてくれると、非常に助かります」

「ね~クーナあ。こいつ気に食わない~サクッと滅していい~?」

 早速パリーが何かしようとしているのを、止めるエルフ先生である。

「ダメよ、パリー。5分だけ我慢して。今、コイツを滅したら、ゾンビで森が溢れかえるからダメ」

「う~」


 そんなやり取りを、にこやかな笑顔で聞いていたナウアケが、何か思い出したようだ。

「そうそう、エルフの部隊長殿。1つ質問するが、この施設の〔ステルス障壁〕や防御システムが、全ていきなり機能消失したのだ。何か心当たりはないかね? 何度も再起動を試みたのだが、うまくいかぬ」


 墓所の連中のせいなのだが、黙っているエルフ先生である。パリーが余計なことを口走らないように先手を打って、風の〔遮音障壁〕をパリーの口元に張ることも忘れない。

「さあ。私は一介の出向警官の教師ですので、何も知りません」

 両耳の先がピコピコ上下運動をしているので、何か隠していることはバレバレではある。さらに、パリーが口をパクパクさせているのも、それに輪をかけている。


 ナウアケも何となく察した様子であったが、話題をそこで切り上げた。

「そうかね。では、私はこれで失礼する。転送作業が終了し次第、合図を君に送ろう」

 そのまま石扉を閉じるナウアケである。やはり音もなく閉じていく。それと共に、施設内部から漏れ出てきていた闇の魔法場が途絶えていった。


 それに安堵しながら、エルフ先生が顔を森に向ける。

「5分か。パリー。魔力支援をお願い。しかし、さすがは貴族ね。名前を呼ぶだけで、悪寒が走りまくりになるわね。まったく……」

 パリーの口元に張っていた、風の〔遮音障壁〕を解除するエルフ先生。背中におぶさっているパリーは特に文句を言うでもなく、ヘラヘラ笑いを再び始めだした。

「ね~、クーナあ。土饅頭の中なんだけど~……」

「? どうかしたの?」

 エルフ先生が振り向いてパリーに目を向けたが、パリーはヘラヘラ顔のままで顔を振った。

「べつに~。どうでもいいことだった~。早速、森の妖精さんが近づいてきたよ~」


 エルフ先生の顔に緊張が走った。そのまま光の〔防御障壁〕を踏み越えて森側に出る。まだ、妖精らしき姿は〔察知〕できないが、パリーの言うことを信じたようだ。目を凝らして見て、両耳をピコピコ動かしている。その森の上空では、既に時折『化け狐』が飛んでいく。

「……まあ、来るわよね。闇の精霊魔法の〔防御障壁〕じゃなくて、光の精霊魔法の〔防御障壁〕だけど……いきなり森の中に出現したら不審に思うわよね」



 ハグ人形はその頃、森の中を猛ダッシュで駆け回っていた。体長が15センチほどしかないくせに、かなりの機動力である。時速換算では100キロ台に達するだろうか。

 彼の後ろでは、数匹の『化け狐』が同じ速度で追跡してきていた。森の木々や草を巧みにかわして、風のように滑らかな飛行でハグ人形を追いかける。

 一方のハグ人形は実体を有するので、草の葉や枝に引っかかっている。ぬいぐるみボディのあちこちが切れてしまい、中の綿が見え隠れしている。

「……ふむ。陽動工作は上々の首尾だわい。このまま連中の注意を逸らしておけば……おっと」


 ハグ人形が駆けながら、不意に数メートルほど上空へジャンプした。そのすぐ下の空間を、三日月型の刃のような形をした〔魔法刃〕が飛び去っていく。十字砲火だったようで、2方向からの同時攻撃だ。


 ハグ人形がすぐに木の枝を蹴って地面に着地し、そのままの速度で駆け抜ける。『化け狐』の断末魔の声が、三日月が飛び去っていった方角から聞こえてきた。

「森の妖精どもの攻撃か。生命の精霊魔法のくせに破壊力も相当じゃないか」


 確かに、三日月の〔魔法刃〕が切りつけた岩や草木は、全て問答無用でミミズに一括〔変換〕されている。無機物の岩までミミズにしてしまうところを見ると、ハグ人形も当たればミミズにされてしまうだろう。


「しかぁーし! しょせんは素人だな。そんな愚鈍な攻撃がワシに……げ」

 《バクン!》と、突如、木の幹がワニの咢に〔変化〕して、ハグ人形を食べてしまった。


 後ろから追いついてきた『化け狐』数匹が、そのワニの咢に食らいついた。そのまま《メキメキ》と音を立てて、ワニの咢ごと食いちぎって食べて飲み込んでしまう。


「やれやれ……罠もあるのか。しかしそんな程度じゃ、ワシには効かんぞお」

 ハグ人形がいきなり『化け狐』群の直上空間に出現した。そのままぬいぐるみの両足を、ヘリコプターの回転翼のように振り回す。

 それだけで、下の『化け狐』群が切り刻まれて〔消去〕されてしまった。ついでに、他の木の幹から発生してきた『ワニ頭』群も切り刻んで消し去る。


「ポテ」と、何もなくなった森の腐葉土の地面に着地したハグ人形が、再び高速で走り出す。再び襲い掛かってきた三日月型の〔魔法刃〕の群れを華麗に回避し、湧き上がるミミズの波しぶきを突っ切った。

「楽しくなってきたぞ。どうしてくれようかね。妖精どもを消し去ったら、それはそれで禍根を残しそうだしな、難しいところだわい」



 ハグ人形と同じく、土饅頭施設から妖精や化け狐群を引き離す『陽動工作』を行っていたペルとレブン、ジャディであったが、彼らは2分ちょっとしか持たなかった。 

 3人のシャドウは高度なステルス機能を有しているので、森の妖精や『化け狐』といえども発見される恐れはない……はずだったのだが。


「シャドウが発する死霊術場の『痕跡』を、追跡されちゃったかあ……見えなくても、臭いで分かってしまった……というようなことか。シャドウ自身には、臭いも何もないけど」

 ガックリしてセマン頭をかくレブンである。


 レブンの簡易杖の先からサムカの声が届いた。

「残念だったね、レブン君。私も妖精には疎くてね。死者の世界では見かけないから、勝手が分からない。君たちのシャドウが全滅してしまっては、これ以上の作戦継続は無理だな。カルト派貴族の拠点施設に退却した方が良いだろう。君たちの魔力では、森の妖精や『化け狐』と直接戦闘しても負けるぞ」


 シャドウは実体を持たないアンデッドだ。そのためゾンビやスケルトンと違って、依代が必要になる。以前に、サムカが授業で使用したゴーストの場合では、手鏡であった。

 ペルやレブンたちのシャドウの場合は〔結界ビン〕だ。言い換えれば、〔結界ビン〕がシャドウの本体となる。なので、シャドウが攻撃を受けて消滅しても、本体である〔結界ビン〕が破壊されない限りは、〔再生〕ができる。


 ただ、その〔再生〕には死霊術場の補給が必要になる。獣人世界では死霊術場が弱いので、〔再生〕までに必要な時間がかなりかかるのだ。〔再生〕を果たすのは翌日になる。これでは、事実上使えない。

 サムカが指摘したのは、そういう事である。


 レブンが自身の周囲にステルス強化型の〔防御障壁〕を展開しながら、了解した。

「分かりました、テシュブ先生。では、死霊術場や闇の精霊で覆った〔マジックミサイル〕を、囮としてばら撒きます。その間に〔テレポート〕で土饅頭施設へ退却します」


 サムカの声も、それに同意する。

「うむ。それが良いだろうな。囮をばら撒けば、時間稼ぎもできるだろう」

 レブンが〔念話〕でペルとジャディに撤退を指示する。ジャディも意外に素直に応じてくれた。さすがにケンカの場数を多く経験しているだけはあるようだ。エルフ先生に状況報告を手早く済ませ、撤退を伝える。

「では、囮を発射。逃げるよっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ