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41話

【バジリスク幼体退治】

 エルフ先生がライフル杖を軽く回して、〔空中ディスプレー〕を森の中に出現させた。既にこの時には、警察署長と軍警備隊長もいたので早速、作戦会議を始める。

 パリーが文句を言いながらも、エルフ先生の指示で邪魔な草や潅木を退けて、会議に適した空間を森の中に確保していく。ようやくこれで、全員の顔と姿が楽に視認できるようになった。


 軍警備隊長と警察署長が共に安堵の表情になり、狐顔の鼻先と口元のヒゲの緊張を抜いた。彼らも戦闘服に身を包んでいて、校長とは違う頑丈な軍用ブーツを履いている。

「おお。我々の言語で表示されているのですか。これは助かります」

 エルフ先生が少し頬を緩めて、空色の瞳を向けた。

「翻訳精度は完全ではありませんので、分からない点は遠慮なく質問して下さい。ウィザード文字では読解が面倒ですからね」


 そして、〔空中ディスプレー〕画面に、敵目標であるバジリスク幼体の画像と情報が『狐語』で洪水のように流れ始めた。視覚を介した高速〔情報入力〕魔法である。見たままの情報を、直接脳に短期記憶で焼きつけるウィザード魔法の幻導術の1つだ。非常に効率的に記憶できる。欠点としては脳への負荷がかかるので、眠くなることだろうか。

 しかし、ここにいる隊長や校長に先生たちはこういった記憶魔法をよく使用しているので慣れており、眠くはならない様子だ。


 ものの1分間で、全ての情報を〔共有〕したのを確認したエルフ先生が、ノーム先生に顔を向けた。

「ラワット先生。このバジリスク幼体の〔石化〕術式ですが、〔解析〕して対抗術式を編むことはできますか?」

 ノーム先生が銀色の口ヒゲをさすりながらニコニコと笑って答えた。

「これだけの情報があれば造作もないな。ソーサラー魔術のバワンメラ先生と共同で編めば、1分ほどで作成できるよ。やはり僕だけでは〔石化〕の術式ってのは厄介でね」

 さすが、ノームは大地の精霊魔法に詳しいだけのことはある。


 エルフ先生がうなずいて、軍警備隊長と警察署長に空色の視線を向けた。

「その対抗術式を乗せた遠隔攻撃魔法で、〔結界〕の外からバジリスク幼体を攻撃、消滅させようと思います。測位はどの精度で出来ますか? それと、〔マジックミサイル〕のような、遠隔攻撃魔法は用意できますか?」


 隊長と署長の2人が、目を交わして同時にうなずいた。顔のヒゲと耳が、再び緊張でピンと張る。

「もちろん。既に、校舎上空に測位小隊を4隊配置してあります。敵の位置測定の誤差は数ミリ以下ですよ」

「〔マジックミサイル〕魔法も、この森から敵標的に向けて発射できます。この魔法は自動追尾機能がついていますが、十字砲火もできるように部隊を配置済みです。近接格闘の必要はありませんか?」


 エルフ先生がノーム先生と目を交わして視線を戻した。

「必要ありません。敵が有する生命の精霊場が強くありませんから、〔蘇生〕や〔再生〕〔復活〕は数回が限度でしょう。このバジリスク幼体は、霧や液状、影になったり、微生物化して攻撃を回避する術式は、まだ幼体なので有していません。ですので、単純に物理的に破壊して消し去ればよいですよ」


 そして隣でまだ文句を垂れているパリーを、横目で見て話を続けた。

「ここにいるパリーみたいな魔力の持ち主が敵でしたら、厄介ですけどね。この森全体と地面の下数メートルまでの土壌全てを一度に消し去らないと、私たちが次の瞬間に森に食べられて全滅するでしょうね」

 そう言われたパリーは、まんざらでもないような表情になってヘラヘラ笑いを復活させた。機嫌が直ったようだ。

「私の~森の木を~傷つけたら~、食べちゃうぞ~うへへへ~」


 エルフ先生が微笑みながら、ノーム先生がソーサラー先生と早速編んだ対抗魔法の術式を、隊長2人に渡した。

「では、この対抗術式を〔マジックミサイル〕魔法の術式に乗せて撃ち込んで下さい」


 エルフ先生がまっすぐな視線を、ソーサラー魔術とウィザード魔法と法術の先生に向けた。口調が完全に警官のそれだ。

「申し訳ありませんが、ご協力をお願いします。力場術のタンカップ先生は、警備隊の放つ〔マジックミサイル〕の強化支援をお願いします。幻導術プレシデ先生には、バジリスクを攻撃予定座標まで幻を使って誘導して下さい。ソーサラー魔術のバワンメラ先生は、〔石化〕している先生と生徒たちの術式〔解除〕を、お願いします。法術のマルマー先生は、その後の体力回復支援をして下さい」


 渋々承諾した先生方が、重い腰を上げて作業に入り始めた。それを軽いジト目で見送る、エルフ先生とノーム先生である。

 特にソーサラー先生が「何でノームが編んだ術式を使わなくちゃいけないんだよ」とか何とかブツブツと、文句を呪文のように垂れ流している様には、かなり呆れたジト目視線を送っている。

 ジト目ついでに、森の中をキョロキョロと見回すエルフ先生が口を尖らせた。

「そういえばティンギ先生の姿が見えないわね」


 代わりにラヤンが紺色の目を閉じて答えた。

「先生は「散歩の時間だ」とか言って、どこかへ行ってしまいましたよ」

 ノーム先生が呆れた表情で、銀色の口ヒゲを引っ張った。その癖に、近くの森に仕込んでいた酒の樽をマライタ先生が持ち込んできたので、それを開けて早くも一緒に飲み会を始めている。

「やれやれ。こんな時でも散歩を忘れないとは、さすがセマンだな。まあ、彼は放置しておいてよいだろう。クモ先生もどこかに隠れていることだしな。カカクトゥア先生も一杯どうだね? 魔法で発酵熟成を1日で終わらせた新酒だが、出来はそこそこ良いぞ」


 呆れているエルフ先生だ。

「この小人どもは……」


 ミンタ、ムンキンを先頭にしてレブン、ペル、そしてラヤンが駆け寄ってきた。まずミンタが口を開く。

「カカクトゥア先生! 私たちも何か協力したいです!」

 ムンキンも興奮気味に頭と尻尾の細かい柿色のウロコを逆立たせて、尻尾を振り回した。2人ともまだ細かい石の粉を、全身から振りまいている。

「僕も同意見です! 今の僕たちなら警察部隊以上の仕事ができますよ!」

 後方で足をパタパタさせて同意しているのは、ペルとレブンである。ラヤンは彼らに仕方なく付き合っているという感が漂っているが、それでも作戦参加への意思はあるようだ。彼らも粉っぽい。


 しかしエルフ先生は、優しくミンタを振りほどいて諭した。

「ここは私たち大人に任せなさい。〔石化〕の被害がまだ残っているでしょう?」

 しかし、そんなことで大人しく引き下がるようなミンタたちではなかった。なおもしつこく食い下がるうちに、酒盛りしているマライタ先生が上機嫌な声でエルフ先生に声をかけてきた。

「おい。そろそろシステムのエネルギーが切れるぞ。あの蛇をさっさと片付けてくれや」


「まったく……」と、つぶやいたエルフ先生が、ついに折れてミンタたちの参加を許可した。

「仕方がないわね……もう。じゃあ、軍警備隊が放つ〔マジックミサイル〕が飛行する線上にある障害物を、光と闇の精霊魔法で『除去』してくれるかしら。ラヤンさんは法術で、負傷者の〔治療〕をお願いします」


「やったあ!」

 はしゃぐミンタたちである。同時に〔念話〕で、展開を完了した軍警備隊長と、駐留警察署長から作戦開始が可能だという知らせが入った。

 隣でひっそりと邪魔にならないように控えていた校長に、エルフ先生が顔を向ける。

「シーカ校長先生。作戦を開始してよろしいですか? いつの間にか、私が作戦指揮官みたいな立場になっていますけど」


 校長が緊張しながらも力強くうなずいた。体中についている土汚れや泥汚れはそのままだ。

「はい。お願いします」

 エルフ先生もうなずいて、〔念話〕で一斉送信して作戦開始を告げた。

(攻撃開始!)


 次の瞬間。森の中に展開している各部隊から一斉攻撃が開始され、初弾50発の光の玉が森の上空に撃ち上げられた。それらは正確に寸分違わず、目標である校舎内の敵バジリスク幼体に向けて殺到していく。

 確かにミサイルと呼ばれるだけあって、空気を切り裂くジェット音が森の中まで鳴り響いてきた。エルフ先生が半分呆れた表情で、森の中から〔マジックミサイル〕群を見上げる。

「加速度的に武装が強化されているわね。そろそろ、私たち雇われ先生の手助けも必要なくなるかな」


 上空高く撃ち上げられた〔マジックミサイル〕群は森の上空を一瞬で越えて、校舎の開口部から器用に突入していく。半開きの窓の隙間や、バジリスク幼体が放った光線で空いた大穴などから進入して、その体に命中して閃光を放った。

 爆弾ではないので、光を放つだけで爆音や衝撃波などは出さず、意外な程に静かである。まるで、音声をミュートにして切った、何かの映像のようだ。


 ミサイルが命中して炸裂し、まばゆい閃光が発せられると、バジリスク幼体の巨体が大きく削られる。すぐさま〔回復〕魔術を自身にかけて体を〔修復〕させるが、次の瞬間には別の〔マジックミサイル〕が命中して炸裂する。

 破壊と再生が高速で繰り返されているのだが、次第に〔修復〕が追いつかなくなり始めたようだ。バジリスク幼体の巨大な口から、怨嗟と苦痛の絶叫がほとばしる。


 その口の中にも容赦なく〔マジックミサイル〕が命中し、無音ながら派手に閃光を放って、ごっそりと口の組織を削り取った。瞬く間にバジリスク幼体の体が、容赦なく破壊されて消滅していく。血肉や石片が無数に飛び散って、かなり凄惨な状況になってきている。その血ノリも瞬時に〔分解〕されて消滅する。文字通り、一片も残さずに滅する勢いだ。


 ミンタ、ムンキン、ペルとレブンも〔浮遊〕魔術を使って森の上空に上昇し、校舎を視認できる位置につくと、魔法を放ち始めた。

 ミンタとムンキンは光の精霊魔法による〔レーザー〕狙撃だ。〔マジックミサイル〕群が校舎内にすんなり入ることができるように、校舎の壁に大穴を開けていく。

 上空4ヶ所に浮遊している、帝国軍の測位部隊からの位置情報の支援を受けての攻撃となる。そのおかげで、校舎内に潜んでいるバジリスク幼体の位置が、数ミリ以下の誤差で把握できている。

 ペルは生命と光の精霊魔法を交互に使っているが、当然ながら破壊力はミンタたちには及ばない。


 レブンは自身が所有するシャドウを動員して、バジリスク幼体の動きを誘導して〔マジックミサイル〕の攻撃が当たりやすいようにしている。ちょうどウィザード魔法幻導術のウムニャ・プレシデ先生が〔幻影〕を使って誘導していることと同じ作戦だ。しかし、シャドウは〔幻影〕とは異なり、誘導効果もかなり高いようである。


 そんな攻撃を観察しているラヤンは、少し離れた場所に浮かんでいた。森の中に避難している生徒たちや、職員が負傷した際に備えている。バジリスク幼体の〔結界〕の外なので安全ではあるのだが、万全を期す必要はある。


 生徒たちはバジリスク幼体が張った〔結界〕の外に避難しているので、バジリスク幼体自身は敵を〔察知〕できず、何も攻撃することができないようだ。あの〔怪光線〕も射程外なのか放っていない。


 バントゥ党は一般生徒たちと一緒に、森の中の避難所で〔防御障壁〕の維持に尽力していた。だが、(後でミンタたちがバジリスク攻撃を許可されていたと知れば、文句を言いだす事は目に見えているな)と確信しているラヤンである。リーパット主従はそもそも魔力が弱いので、為す術もなく〔防御障壁〕の中にいた。周辺の生徒たちに難癖をつけて絡んでいるようだ。


「興奮しているのは分かるけど、それで他の生徒たちを攻撃するのはマイナスね。リーパット君」

 ラヤンが手元の〔空中ディスプレー〕画面の中で、竜族や魚族の生徒たちに蹴りを入れて回っているリーパット主従を見て、ため息をついた。

「今は、全ての生徒が〔防御障壁〕の強化に専念するべきなんだけどな。邪魔してどうするのよ、この純血主義者は」


 確かに、〔防御障壁〕の維持をしている生徒たちに、蹴りを入れているのはよろしくない。ラヤンが紺色の瞳をジト目にして、簡易杖を画面の中で暴れているリーパットに向けた。そのまま、力場術の〔電撃〕魔法を放つ。

 魔法は、〔空中ディスプレー〕を介して現地のリーパットに命中した。「ぎゃあ」とか何とか悲鳴を上げて全身の毛皮を逆立たせている。


「邪魔せずに、大人しくしていなさい」

 冷たい瞳で睨みつけるラヤンである。が、その紺色の瞳がちょっとした驚きの色に変わった。リーパットが〔電撃〕の直撃を受けたにも関わらず、倒れず踏ん張っている。隣の腰巾着狐のパランは、地面に倒れて泡を吹いて痙攣しているのだが。

 ラヤンが思わず首をかしげた。

「あれ? 倒れないな。〔テレポート〕経由の魔法だったから、威力が弱まったのかな」


「うがあああっ」とか何とか叫んで怒り狂っているリーパットの顔が、手元の〔空中ディスプレー〕画面に大きく映し出された。その瞳の色が『赤いザクロ色』になっている。いつもは黒茶色なのだが。攻撃者を文字通りの血まなこになって探しているようだ。


「余計な手間をかけさせないでよね、この純血狐」

 ラヤンが構わずに再度〔電撃〕魔法を撃ち込んだ。さすがに耐えきれなかったようで、くぐもった声を上げて、朽木が倒れるようにバタリと地面に崩れ落ちるリーパットである。


「フン」

 冷徹な鼻息をしてラヤンが画面を消去しようとしたが、そこにバントゥの真面目な顔が映り込んできた。さすがにリーパットよりは魔法の成績が上なので、すぐにラヤンの攻撃だったと見破ったようだ。

 そのまま画面越しに、ラヤンに真面目な顔のままで指摘してきた。赤褐色の大きな瞳が、ややきつい光を放っている。

「法術専門クラスのラヤン・パスティさんですね。あまり過激な行動は慎んで下さい。僕に伝えてくれれば、すぐに対処に向かいますよ」


 既にバントゥ党のメンバーたち数名が、気絶しているリーパット主従を担架に乗せて、救護所へ向かっている様子が画面に映っていた。魔法工学のベルディリ級長とチューバ、幻導術のウースス級長に、ミンタの悪友のコンニーと他数名のバントゥ党員だ。


(迅速な対応だな)と思うラヤンだ。迅速すぎる。誰かがこうする事を予想して準備していたのだろう。ここは素直に謝ることにしたようで、ペコリと頭を下げた。

「勝手なことをして申し訳ありませんでした、バントゥ・ペルヘンティアン先輩。私も何かお手伝いしましょうか?」


 バントゥがにこやかに余裕を持った表情で、ラヤンの申し出を断った。後ろの取り巻きたちを指さして、赤褐色の瞳を煌めながら優雅に尻尾を振っている。

「ご心配なく。人手はもう充分ですよ。ラヤンさんは法術のマルマー先生と共に、負傷者の手当を手伝って下さい。僕たちはこの〔防御障壁〕の維持と、〔石化解除〕の支援をしなくてはいけません。ラグ君がバワンメラ先生に協力しているので、間もなく〔石化解除〕の作業が本格化するでしょう」

 ラヤンは既にその仕事をしているのだが……まるでエルフ先生と同等の立場であるような物腰になっている。

「〔石化〕されているレタック・クレタ級長は、彼の友人ですからね。さらに、360名もの全校生徒たち全てを守らなくてはいけませんから、大仕事ですよ」


 そして、背後のバントゥ党員に振り返って両腕を高く突き上げた。

「皆さんの力を合わせる時が来ました! 頑張りましょうっ」

「おおおっ!」

 バントゥに合わせて腕を高く突き上げて、応えるバントゥ党の面々。いつの間にか、その人数が20人弱に増えている。


 バントゥが早速、指示を下した。校長や軍警察に相談している様子は微塵も感じられない。

「マスック・ベルディリ君とチューバ・アサムジャワ君の班は、〔防御障壁〕の維持に専念して下さい。プサット・ウースス君とコントーニャ・アルマリーさんの班は、術式の混線防止を担当して下さい。ラグ・クンイット君の班は、ソーサラー魔術のバワンメラ先生と協力して〔石化〕された生徒たちの解除支援を続行して下さい。頑張りましょう!」

「おおおおっ!」

 再び雄叫びが上がって、チューバとウーススが仲間の生徒たちを引き連れて、森の中へ駆け去っていった。


 それを自慢気に見送るドヤ顔のバントゥと、それを冷ややかな目で眺めるラヤンである。他の生徒たちは、それぞれの専門クラスの担任先生の支援をするようだ。

(いつも思うけれど、どうしてこうバントゥ先輩って、演技がかった動きしかできないのかしらね)

 内心で毒づくラヤンである。が、顔には出していない。


 バントゥが画面を通してラヤンに軽く手を振った。

「では、僕も忙しいのでこれで。『暴徒』の鎮圧に感謝するよ」

 そのまま、バントゥも森の中へ入っていき姿が見えなくなった。「暴徒かあ……」と、紺色の目を細めるラヤンである。


 そこへ、法術専門クラスのバタル・スンティカン級長の顔が画面に割り込んできた。背後には担任のマルマーの雄姿が見える。ゴテゴテした飾りがついた大きな杖を振り回して、生徒たちに指示を下している。級長にも当然のようにマルマー先生からの指示が次々に飛んで来ている。

 級長がその対処をする合間に、画面越しにラヤンに告げた。竜族特有の渋い柿色のウロコが、緊張で少し逆立っている。

「ラヤンさん。君はミンタさんたちの補佐を頼む。こちらは、我々だけで充分だ。バジリスクからの攻撃はなさそうだしね。バントゥが勝手に仕切り出しているが、まあ適当に無視するさ」


 ラヤンが素直に頭を下げた。

「すいません、スンティカン級長。何とか、ミンタやムンキンの暴走を抑えてみます」

 スンティカン級長が鉄紺色の瞳を細めた。

「頼むよ。奴らにこれ以上校舎を破壊されては大変だ。ああ、そうだ。ラワット先生の専門クラスのビジ・ニクマティ級長が、ミンタさんとムンキン君たちの遊撃行動を聞きつけたようだ。今、血相を変えて何か喚きながら、そちらへ向かったという情報が入った。よろしく対応を頼むよ」


 ガックリと肩を落とすラヤン。

「……分かりました。また、ティンギ先生の仕業ね、まったく……」

「ははは。気負わずにな。では、そろそろマルマー先生が怒り始めたので、これで切るよ。健闘を祈る」

 スンティカン級長がウインクして画面から消えた。


 ため息をついたラヤンが、気持ちを切り替えて背伸びをした。〔空中ディスプレー〕画面を切り替えて、システム情報を呼び出す。

「あ。ちょうど今、ドワーフ製のシステムがダウンした。でも、もう大丈夫かな」


 ラヤンが簡易杖を避難場所に向けながら、視線だけを画面に映っている校舎に向けて、システムダウンをミンタたちに知らせた。システムで使用されている術式が、法術の〔結界〕術式に準じているせいもあるが、〔運〕の良さのおかげで、いち早く〔察知〕できたのだろう。

 そのまま、森の高木の枝に降下して足場を固める。ラヤンの魔力量はそれほど大きくないので、〔浮遊〕魔術といった魔法は使わずにいた方が良いからである。ミンタたちのヒャッハーな魔法攻撃を見物しているのに飽きたせいもあるようだが。


 足場となる高木の枝で、軽くジャンプして強度を確認する。

「さて……私は地味な仕事に専念しましょう。ミンタにムンキン、あまりケガなんかするんじゃないわよ」


 ラヤンからの知らせを受けて、続いてミンタとムンキンがシステムダウンを確認した。彼らも選択科目だが法術を修得している。しかし、ミンタは楽観した顔のままだ。

「そうね。でもまあ、バジリスク幼体はもうバラバラの小片になったし、心配無用よ」

 ムンキンも頭の柿色のウロコを日差しに反射させて尻尾を振る。

「そうだな。バジリスク幼体が撒き散らした〔石化〕ガスも、そろそろ〔浄化〕が完了する。あと数分もすれば片がつくだろ。さすがラワット先生が編んだ対抗術式だな。効果バッチリだ」

 これにはソーサラー魔術のバワンメラ先生も関わっているのだが……無視されているようである。


 レブンもムンキンの感想に同意している。部活動で〔飛行〕魔術をさんざん練習しているおかげか、安定した〔浮遊〕状態を維持できているようだ。ただ、〔飛行〕そのものはまだ苦手にしているみたいだが。

「凄いよね。僕らじゃ、どうやっても魔法が無効化されてしまっていたのに。一斉攻撃だったけど、一撃で死んじゃった」

 ペルもあっけにとられている様子である。彼女はまだ〔浮遊〕魔術が苦手なようで、フラフラしている。〔飛行〕もまだかなり苦手にしているようだ。

「そうよね……おっとと、風に流されるう」


 測位部隊からの映像情報で、バジリスク幼体の最期が克明に映し出されていた。最初の〔マジックミサイル〕一斉攻撃ではバジリスク幼体は10秒間ほど耐えたが、結局あっけなく爆散してしまった。破片も以降の〔マジックミサイル〕攻撃で、全て気化して消滅している。鈍いオレンジ色のガスだ。そのガスも消滅していき今は文字通り、欠片も残っていない。

 〔石化〕ガスも成分が〔解析〕されているので、〔マジックミサイル〕に乗せた〔浄化〕魔術で急速に中和されており、正常な空気に戻ってきている。同時に〔石〕にされた机やイスなども、〔石化解除〕されて元通りになりつつあった。バジリスク幼体が死亡したせいもあるが、術式が〔解読〕されて対抗魔法を編み出されたのが大きい。


 その1分後。エルフ先生から皆に〔念話〕で作戦終了の合図が届いた。上空の帝国軍測位部隊の観測で、敵バジリスク幼体の完全消滅を細胞単位で最終確認し、全ての〔石化〕されていた物品が元通りになったのを受けての終了合図であった。

 本来、雇われ先生に過ぎないエルフ先生なのだが、今やすっかり警察と帝国軍の作戦指揮官になってしまっている。手当や補償は一切出ないようだが。


 〔石化〕したジャディが属する飛族は、結局1人も作戦に参加しに飛んでこなかった。ノリだけで生きているような種族なので、「熱が冷めるとこのようになるのだろう」というムンキンやラヤンの見解である。

 ペルやレブンも、大筋でそれに同意していたのだが、実は、それどころではなかったというのが『本当』の理由だった。しかし、この時点では誰も知らない。


 ミンタたちが上空から森に降りて避難所に戻る頃には、〔石化〕されていた先生と生徒たち30名にジャディも元通りに回復していた。〔石化解除〕についてはソーサラー先生と、ラグを始めとした専門クラス生徒たちによる活躍のおかげだ。


 最後に、招造術専門クラスのレタック・クレタ級長が無事に〔石化解除〕を果たして、元の竜族の姿に戻った。

 ラグが尻尾で地面をバンバン叩きながら「フン」と鼻を鳴らす。

「貴様が最も〔石化〕ガスを吸い込んでいたな。手間をかけさせるなよな、まったく」

 クレタ級長はまだ回復したばかりで、目を回したまま足元も定まっていない。「やれやれ……」と、ため息をつきながらも肩を貸して支えてやるラグだ。


 クレタ級長が目を回しながらも気丈に振る舞う。この辺りは勇猛な竜族らしい。

「うるさいな。もっとマシな〔石化解除〕をしろってんだ、このバカラグ」

 ラグがクレタ級長の肩を支え直して、ニヤリと笑った。

「何にせよ、『生き返りおめでとう』だな。〔蘇生〕して良かったぜ」

 クレタ級長も不敵な笑みを浮かべて睨み返した。ようやく意識がはっきりとしてきたようだ。

「おう。そうそう簡単にくたばるかよ」


 そのような2人の竜族のやり取りを眺めていたソーサラー魔術の、バワンメラ先生の機嫌も良くなったようだ。

 無造作に首の後ろで束ねている銀灰色の長髪を尻尾のように振り回して、頬から顎を覆う盗賊ひげを右手で撫でている。服は全身泥と土に石の粉まみれで大変な有様になっているが、すっかりドヤ顔だ。

「オレにかかれば、こんな〔石化〕魔術なんか、チョチョイのチョイだぜえ」


 その専門クラスの竜族ラグも、ソーサラー先生と似たような挙動をしてドヤ顔になっている。青藍色の瞳がギラギラと輝き、黄赤色の細かいウロコが金属光沢を放って膨らむ。クレタ級長を離して胸を張った。

「ソーサラー魔術の偉大さを見たか! 情報さえあれば、ラワット先生の手なんか不要なんだよ!」

 他の専門クラスの生徒たちとともに雄叫びを上げて、勝利宣言を始めている。


 ……が、〔石化〕を〔解除〕しただけでは体力が回復していないので、瀕死状態のままである。クレタ級長のように。

 それを〔回復〕させたのは、言うまでもなく法術専門クラスの生徒たちとマルマー先生であった。級長のバタル・スンティカン3年生を筆頭にして、彼らも疲れた表情ではあるが満足そうだ。

 そのマルマー先生が白い桜色の顔を興奮で赤らめて、無駄に豪華な杖を振り回して得意になっている。

「見たか、精霊魔法の連中どもめ。もう、切り傷しか治せない法術ではないぞっ。これで信者数も確実に増えるだろう、賞与が楽しみだ」


 級長と顔を見合わせて、和やかに笑っているのはラヤンであった。法術専門クラスの手伝いに、急いで駆けつけたようだ。紺色の目を細目にしながらも、どこか嬉しそうである。回復したばかりのジャディの頭を容赦なくバンバン叩いた。

「ジャディ君、アナタもよく死ぬわよね。何度目よ、もう、感謝しなさいよね」


 ジャディは風の精霊魔法を使うための魔力の回復が遅れているようで、飛べない鶏状態になっていた。シャドウは無事で使えるのだが、しばらくは大した戦力にならないだろう。それでも、精一杯の虚勢を張ってはいるが。

「う、うるせえよ。あんな化け物相手にどうしろって言うんだよ。ま、まあ、生き返らせてくれたことには礼を言うけどよ!」

 そう言って、恥ずかしくなったのか、「ぐは」とか何とか呻いて、さっさと森の奥へ駆けこんで逃げてしまった。今は飛べないので走っているのが鶏っぽい。


 リーパット主従も気絶状態から気がついたようで、不機嫌な表情をしながらキョロキョロと辺りを見渡している。まだ起き上がることはできないようなので、そのまま放置する法術専門クラスの生徒たちだ。

 犯人のラヤンも、素知らぬ顔をして負傷者の手当を手伝っている。警官や軍警備隊員で何名か負傷者が出ていたためだ。


 校舎被害としては今回、石になった教室が4つほどで済んでいた。それも「〔石化解除〕に成功しているので、建て替えする必要にはならない」というマライタ先生の見立てだった。ただ、バジリスクが〔光線〕を放って開けた大穴と、ミンタとムンキンが光の精霊魔法で壁に開けた大穴は、修理しなくてはいけないが。


 校長が校舎の大穴を見上げながら、ため息混じりでつぶやいた。

「〔修復〕魔法では追いつきませんかね、やはり。また、費用がかかるなあ……」

 気が重くなる校長である。


 しかし、ドワーフのマライタ先生は全く気にしていない様子で、校長の近くでガハハ笑いを続けている。

「〔修復〕魔法ってのは、小物や杖なんかを想定しているからな。こんな規模には対応できないさ。ここはドワーフに任せろ。この程度の修理なら一晩で終わるよ。心配すんなガハハ」

 ドワーフのマライタ先生がそんなことを言って大酒を飲んでいるので、まあ……大丈夫なのだろう。微妙な表情ながらも、口元を緩めて微笑む校長であった。


 サラパン羊も要領良く避難していて、校長の強い要請でサムカの再〔召喚〕を行っていた。が、バジリスク幼体が無事に退治されたことを聞いて、その〔召喚〕を途中で止めてオヤツを食べだしていた。牧草だが。校長にやんわりと指摘されたのだが、こちらも全く気にしていない。

「え~、だってもう不要でしょ。危険手当も支給されていないし、残業代だって出るかどうか。私は効率主義なんですよ、あっはっは」

 こいつも「ジャディ並みに役に立っていない」と、文句を爆発させている、ミンタとムンキンにラヤンである。


 校長も事件が解決したので、無理強いして〔召喚〕する必要はなくなったと思ったのだろう、サラパン羊にはそれ以上は特に何も言わず、他の仕事に集中し始めた。

 ハグ人形だけは愉快そうにしている。しかし彼も特に何も言わず、サラパン羊のモコモコ頭の中に潜り込んで姿を消してしまった。




【打ち上げ飲み会】

 駐留警察部隊が現場検証を始めたのを見守りながら、エルフ先生がライフル杖を消去した。帝国軍警備隊は一言挨拶をして、すぐに詰所へ撤収してしまった。今はもう誰も残っていない。

 ウィザード魔法やソーサラー魔術、法術の先生たちも興奮気味ではあるが、教員宿舎へ戻っていく。母国への報告をするのだろう。


 生徒たちも避難解除されて寄宿舎へ戻っていく。バントゥ党の面々数十人ほどが、気勢を上げて行進しているのが見える。森の中にあった避難所の〔防御障壁〕維持や、負傷者の〔治療〕、それに生徒たちの〔石化解除〕といった仕事を成し遂げたことを誇っているのだろう。

 もちろん、そのすぐ後で、ミンタたちの活躍を知って、大いに不満を先生方にぶつけることになったのであるが。

 リーパット主従はコソコソと背を丸めて、生徒の集団の中に隠れていた。


 ミンタとムンキンは確信犯的なニヤニヤ顔を浮かべながら、バントゥ党に近寄っている。引きずられて一緒にいるペルとレブンは、「余計な火種をわざわざ作ることはない」と反対しているのだが……そんな忠告に耳を貸すようなミンタとムンキンではない。

 しかも、ムンキン党で狐族のバングナン・テパが早速、仲間を引き連れていた。バントゥ党のクレタ級長とウースス級長らと衝突して、口論を始めている。バントゥ党からはベルディリ級長が応援に加わって、口論が白熱するばかりだ。


 そんな彼らを冷ややかに見つめているのは、アンデッド教徒のライン・スロコックであった。口元を魚に戻しながら、隣のレブンに何か煽っている。教徒数も増えて、今は4人になっていた。

 皆、レブンよりも裕福な名家の子息ばかりなので、気が重くなるレブンである。深緑色の瞳には、疲れも加わってか全く精彩がない。


 そんなミンタたちに手を振って見送り、ほっと一息つくエルフ先生。パリーはいつの間にか姿を消していた。飽きたのだろう。そのまま森の中を1人歩いて、ノーム先生とマライタ先生の酒盛り現場へ顔を出した。


「お疲れさま。カカクトゥア先生。どうだね一杯」

 ノーム先生が上機嫌な声で、ジョッキにたっぷりと注がれた新酒をエルフ先生に差し出す。

「ありがとうございます。いただきます」

 エルフ先生も酒樽を真ん中にして座り込んでいる小人2人に参加して、腰を下した。

「警察も軍も、かなりサマになってきましたね。私たちがお手伝いすることは、次第になくなってくるでしょうね。生徒たちも〔防御障壁〕維持や魔力支援でかなり頑張ってくれましたし、良い傾向です」

 微笑みながらエルフ先生がそう言って、新酒をぐいっと飲む。エルフは酒に酔わない体質なので、ジュース感覚で飲んでいる。空色の瞳がキラリと輝いた。

「あら。おいしい」


 ノーム先生はこの3人のうちでは最も酒に弱い体質なので、チビチビと酒を飲んでいる。が、既に顔が赤くなっている。しかし彼に言わせると、『マライタ先生よりは、酒に強い』という事だそうだ。恐らくは、単なる思い込みだろう。

「そうですな。カカクトゥア先生。強力な魔法生物であるバジリスクを、幼体とはいえ圧倒できる兵力に育ちましたからね。生徒たちも卒業後は軍や警察、研究機関などへ進みますから、非常に良い傾向でしょうな」


 マライタ先生もにこやかに笑いながら、酒をがぶ飲みしている。

「ワシたちドワーフの政府も喜んでいるよ。これで色々な商品を売り込むことができるってな。校舎の保安警備システムも、これでまた改善されて組み直しをするはずだ」


 エルフ先生とノーム先生が顔を見合わせて、微妙な顔になった。元々警官の身分なので、商売の話には仕事柄、身構えてしまうようだ。

「エルフ世界からこの世界へ売るような商品はあまりありませんが、精霊魔法に通じてくれば、業務提携の話も多く出てくると思います。エルフ世界の人口は少ないですから、常時人手不足なのですよ」

 ラワット先生が銀色の口ヒゲの先についた酒の雫を、手袋で拭いた。

「ノーム世界も期待しているようだね。魔法世界からの魔法具の注文が増えてきていてね、多様な魔法に詳しい人材が不足しているんだよ。この魔法学校の生徒は魔法適性の範囲が桁違いに広いからね、下請けとして期待されているようだよ」


 そんなエルフ先生とノーム先生の話を、ガハハ笑いを浮かべながら聞いているマライタ先生だ。ふと手元に出現した小型の空中ディスプレー画面を見て、さらに豪快な笑い顔になった。

「おお。ソーサラーのバワンメラ先生がスクランブル発進みたいに、大慌てでどこかへ飛んでいったぞ。奴の秘密基地でも何か起きたな、これは」


 ノーム先生が銀色の眉を上下させながら、酒をチビチビすする。

「良からぬことをしてるんでしょうなあ。まあ、手に負えなくなれば、我々に救援を求めてくるでしょう。それまでは新酒を楽しみましょう」

「おう、そうだな!」

「ガハハ」と笑うマライタ先生を、呆れた顔で眺めるエルフ先生である。しかし彼女も、酒をクイクイ飲むばかりで完全に寛ぎモードであった。



 そんな酒の話をしていると、ひょっこりとセマンのティンギ先生が森の中から現れた。散歩の途中なのか、スニーカー靴に半ズボン、長そでシャツの気楽な服装だ。

「おや。これは先生方。酒盛りですか。今日の授業はもう終了ですかね?」


 ジト目で出迎える3人の先生である。エルフ先生が早速文句を言い放った。

「ティンギ先生。今頃出てきて。先生としての自覚をもう少し持って下さいな。今回、何もしていないでしょう?」

 ティンギ先生が明るく笑いながらパイプに火をつけて、マライタ先生の隣に座った。すぐさまマライタ先生が、酒が入った巨大なジョッキをティンギ先生に押し付ける。それを受け取って1口飲みながら、にこやかにエルフ先生に答えた。

「散歩は大事ですからね。他に〔召喚〕されたバジリスクがいないかどうか、森の中を確認して回っていたのですよ。幸い、見当たりませんでしたので、こうして酒を頂きに戻って来たのです」


「はっ」とするエルフ先生とノーム先生であった。確かに、〔召喚〕されたバジリスクが1体だけという保証はどこにもない。

 目を点にしている2人の先生の顔を愉快そうに眺めながら、ティンギ先生がもう1口飲んだ。

「聞いた話では、ウィザード魔法招造術の〔召喚〕魔法の実習で、ええと……起こりえないはずの、異世界からの魔法生物〔召喚〕になったのですよね? ええと『世界改変の影響』でしたっけ?」

 どうやらティンギ先生にも『世界改変前』の記憶が少し残っているようだ。

「まあ、私1人であれば〔運〕が働きますから、バジリスクとご対面して攻撃を受けても、逃げることができるでしょうし。皆さん方は忙しいようでしたから、散歩がてらに森の中を回ってきたのですよ。ちょうど森の守護者のパリーさんも不在でしたからね」


 エルフ先生が両耳をしゅんと下げて反省している。

「そうでしたか。すいませんでした。そこまで考えが及びませんでした。そうですよね、他にバジリスクが〔召喚〕されていたら、この作戦の成功も危うかったかもしれませんね。森の中の避難所に別のバジリスクが〔結界〕を張って、〔石化〕ガスと〔光線〕を放ったら、大変なことになっていたと思います」


 が、当のティンギ先生は早くもすっかり酔ってしまったようだ。焦げた干し藁色の顔を緩ませて、かなり上機嫌で1人笑っている。

「あはは。気にすることはありませんよう、エルフ先生い。この酒おいしいですな!」


 マライタ先生がすかさずティンギ先生の背中を、丸太のような太い腕で《バンバン》叩いて、ガハハ笑いを森の中に響かせた。彼も酔っぱらったようだ。

「そうだろう、そうだろう! ティンギ先生! このノーム印の〔発酵熟成〕魔法は、素晴らしいな! めちゃくちゃに酔いが早く回るぞっ、ラワット先生!」

 ノーム先生もかなり酔って頭をフラフラさせている。

「そうでしょう、そうでしょう。最新型の〔酒造用補助〕魔法ですからね! 実用化前ですが!」


 ドワーフ語とノーム語、それにセマン語で勝手に歌い始める小人3人衆を、呆れた表情で見つめるエルフ先生である。そういえば、大きな酒樽の半分ほどを、もう飲み干しているようだ。

「お酒弱いのに、そんなに飲むからですよ、もう」

 そして、ぐいっと酒をあおってジョッキを半分ほど空けてから、視線を上空に向けて声をかけた。

「さて……聞きたいことがあるんだけど。墓さん、出てきなさい」


「ひょい」と墓が森の茂みの中から顔を出した。全く血色が無いので、この暗い森の中の陰の一部になっているような印象だ。

「呼ばれると思っていましたよ。エルフ先生」


 アンデッドのくせに、やたら人間臭い仕草である。服装は相変わらずの用務員の作業服なのだが、少し土汚れがついていた。

「見事なお手並みでした。幼体とはいえ魔法生物であるバジリスクを消滅できるとは予想外でしたよ」

 アンデッドらしからぬヘラヘラ笑いを口元に浮かべて、腰を低くして揉み手までしている。薄くなった白髪交じりの頭髪の動きが、揉み手の動きに同調している。 

 ついでに、だらしなく弛んだ腹回りの脂肪肉も同調して、用務員服の下でタユンタユン動いている。がに股なので、かなり魅力的では『ない』容姿だ。ただ、死者であるゾンビなので血の気は全くなく、瞳にも全く精彩がない。


 エルフ先生がジト目になって、とりあえず嫌味を言う。

「凄い学習能力だわ。もう、媚びへつらうことを覚えたのね」

「おかげさまで、どうも。私の製造理由は、この世界の情報収集ですからね。あなた方に敵対すると遂行できませんので」

 墓が明け透けに理由を述べるので、苦笑するエルフ先生とノーム先生である。マライタ先生とティンギ先生は酔っ払っているので、それどころではない。


 墓が汚れた自分の作業服を軽くはたいて、土汚れを落とした。

「サンプル採集のために〔マジックミサイル〕が炸裂する教室内の現場まで飛び込んできましたので、ちょっと汚れております。ご容赦を」

 そう言って、墓がポケットからバジリスクの肉片を1つ取り出して、先生たちに見せた。すぐにライフル杖を呼び出して、墓に向けるエルフ先生とノーム先生である。 

 ノーム先生は既に酔っ払っているので、役に立つ状況ではなさそうだが。エルフ先生が、ジョッキ片手に杖を向けたまま凄む。

「何をするつもり? 返答次第によっては撃つわよ」


 墓用務員はヘラヘラ笑ったままである。

「ご心配なく。墓所の保安と警備の向上のためにサンプルとして使うだけですよ。〔石化〕罠の術式に応用できるかもしれませんからね。墓所以外では使いません」

「本当?」

 エルフ先生の詰問に、ヘラヘラ笑いのままでうなずく墓である。

「現場では他にも数人が組織片を採集していましたので、彼らについては分かりませんが。帝国軍の情報部や警察、魔法協会からの人でしょうね」


 エルフ先生が大きなため息をついた。ある程度は予想していた様子である。

「火事場泥棒がたくさん湧いたのね。まったく……。ブトワル警察の上司に報告しておきます。そのサンプルですが、本当に墓所以外では使わないと約束できますか?」

 墓用務員が穏やかな笑みを浮かべて、締まりのない腹と胸を張った。

「そりゃあもう、約束できますよ。当然じゃないですか、ははは」


 その全く信用を置けない態度にイライラしている様子のエルフ先生だったが、本題に入ることにしたようだ。「コホン」と咳払いをして、もう1口だけ酒を飲む。

 ついでに、顔が真っ赤になっていて頭と体を揺らして酔っぱらっているノーム先生に手を伸ばした。彼が構えているライフル杖を下して、酒樽の方へノーム先生の顔を向かせる。これで当面は安全になった。

 ノーム先生がライフル杖を投げ出して、酒樽に抱きついてノーム語で歌い始める。


 それを確認してエルフ先生が再び、墓の方へ鋭い空色の視線を向けた。

「今回のウィザード魔法による〔召喚〕魔法の失敗だけど、先日の世界〔改変〕の影響よね?」

 墓用務員も酒宴の車座に加わって腰を下し、あっけなく肯定した。

「そうですね。ああ。私はアンデッドですので、酒は飲めません」

 マライタ先生がニコニコしながら差し出してきたジョッキを、やんわりと断る墓である。しかし、マライタ先生が機嫌を悪くしたのを見て、すぐに言い直した。

「仕方がありませんね。……はい、食事ができるように体を〔改造〕しました。これで酒が飲めます。頂きますよ」


「おお、そうこなくてはな! 飲め飲め」

 マライタ先生がジョッキを墓に押し付けて、ガハハ笑いを始めた。墓がジョッキに入った酒を、ぐいっとあおって飲む。

「味覚の調整がまだ不充分ですが、良い酒ですね。さすがマライタ先生とラワット先生の力作です」


「そうだろう、そうだろう! もっと飲め飲め、ガハハ」

 既に酔っぱらっているので、マライタ先生とノーム先生とが墓と肩を組んで、何やら歌い始めた。それに巻き込まれて一緒に肩を揺らしている墓用務員に、エルフ先生が呆れた視線を送る。

「墓さん。もしかして、また世界〔改変〕を行ったのではないでしょうね。飲食できるゾンビって……」


 墓が穏やかな顔のまま、エルフ先生にウインクした。全く精彩が無い瞳なので、お茶目な仕草が台無しになって、不気味さを増幅させている。

「ご心配なく。一時的な〔改変〕ですよ。この酒盛りが終われば、元に戻します。この先生たちの記憶を〔操作〕すれば、それで問題ありませんから」


「ずいぶん軽々しく言うのね」と呆れているエルフ先生に、墓が話を切り出した。

「それで、ウィザード魔法による〔召喚〕魔法の失敗の件ですが、世界と世界の間に働く魔法場に、異常が出てしまったようです。そのうちに〔復旧〕しますよ。この世界でも太陽や土星、金星で天変地異が起きましたが、まあここは放置しても構わないですよね。怒るのは現地の精霊だけですし」

 思ったよりも広範囲で迷惑をかけた様子である。

「魔法世界でも島の沈没などが起きていて、メイガスたちが総出で世界〔復旧〕をしています。彼らの魔力はイプシロン並に強力ですから、任せておけば大丈夫ですよ」


 エルフ先生がジト目になった。マライタ先生から酒のおかわりを注がれて、それをガブ飲みする。

「あなたね……この騒動を起こした『元凶』なのに、よくもまあ平気でいられるものね。まあ、世界〔改変〕や歴史〔改変〕されたと記憶しているのは、私たち限られた者だけだけど。いくらメイガスといえども、墓所の住人のあなたたちのせいだとは分からないでしょうね」


 墓が酒をぐびぐび飲みながら、愉快そうに微笑んだ。 

 もう完全に仕草がそこらのオッサンである。頬を生意気にも赤く染めて、頭をゆっくりと振り始めた。カルト派の貴族が見たら、感動と嫉妬で卒倒するような光景だ。

「そうですね。メイガスやイプシロンたちも、300万年前の魔法が発動したと思い当たることはないでしょうね。ひっく。まあ、それでも続けて2度は騙せないでしょう。彼らもそこまで愚かではありませんし。ひっく」


 エルフ先生も酒をぐいっと飲み干した。この座でシラフなのは、エルフ先生だけになっている。まさかアンデッドまで酔っぱらうとは。ノーム印の酒の意外な効果に内心複雑な思いを抱きながら、エルフ先生が空色の瞳を墓に向けた。

「まったく……それで、〔復旧〕にはどのくらいかかりそうなの?」


 墓がマライタ先生から更に満々と酒をジョッキに注がれながら、ご機嫌な表情で答えた。

「それが……ひっく。私たちにも何とも予測できません」

「は?」

 あっけらかんと答えた墓に、目が点になるエルフ先生である。


 ノーム先生とマライタ先生は楽しげに肩を組んで、喚き散らしながら何か歌っている。セマンのティンギ先生はニヤニヤしながら、顔を酒酔いで赤くして黙って聞いていた。彼は記憶〔改変〕を受けているはずなのだが、またもや得体の知れない〔運〕とやらで思い出してしまったようだ。


 墓も酒を飲み干してジョッキを地面に置き、変わらないヘラヘラ笑いで話を続けた。

「〔復旧〕作業をしているのが先ほど話したメイガスたちで、私たちではありませんからね。私たちは墓所の住人なので、安らかに眠り続けることが最優先目標です。他の世界がどうなろうと関知することではありませんよ。この世界が地味なままで、目立たずひっそりと存在し続けていれば、それで充分なのです」


 エルフ先生がジト目のままで、深いため息をつく。

「はあ……私に大量の魔力があれば今この場で、あなたたちを〔消滅〕させる魔法を使っているわね」

 墓用務員がヘラヘラ笑いながら、エルフ先生に向けて降参のポーズをとった。

「私はただのゾンビですから、貴方の光の精霊魔法で簡単に〔消滅〕させることができますよ」


 エルフ先生が「フフ」と鼻で笑う。

「あなたはただの『通話器』でしょ。あなたを破壊したところで何も意味はないわよ。それにゾンビは、生ゴミから生まれたりはしないものだと思うけど」

 それはそうだ。

「それにサムカ先生によると、ゾンビって食事ができないそうじゃないの。平気で会話もしているし。そういう意味であなたはゾンビじゃないわよ。もっと得体の知れない化け物ね」


 そして、エルフ先生も空になったジョッキを地面に置いた。

「しかし、そうか……当面の間、世界間ゲートを使う際には用心した方が良いのかな」

 そして、死霊術場の流れを目で追って、森の木陰に視線を向けた。

「状況はだいたい分かったから、そろそろ出てきても差し支えないんじゃない? ハグさん」

 と、同時にハグ人形が木々の枝の間から現れた。そのまま「ポトリ」と落下して、腐葉土と下草の茂る地面に頭から落ちた。

「そうだな。では邪魔するとするか」


 そのまま地面をテクテク歩いて墓の足元に辿り着くと、そのまま猿のように墓の頭に向けて登り始めた。墓も特に何もすることなく、ハグ人形がよじ登るのをそのまま見守っている。

 エルフ先生が新たに注ぎ足したジョッキの酒を1口飲んでから、墓を登山中のハグ人形に話しかけた。

「今はパリーが警戒中だから、派手な動きはしないようにね。森に『食べられてしまう』わよ。ええと、サムカ先生の〔召喚〕のことなんだけど、この世界〔改変〕の影響ってどうなの?」


 ハグ人形が墓の肩で一息ついて、汗をふく仕草をしながらエルフ先生に答えた。当然これは人形で、ハグ本体ではない。疲れたり息切れしたりすることはないのだが、そこは趣味なのだろう。

「うむ。確かに墓所の連中のせいで、世界間の魔法場が不安定になっておるよ。時空の裂け目の数も急増しておる。まあ、魔法使いのメイガスどもが頑張って〔復旧〕作業をしておるし、リッチー協会も作業に協力しておるから、明日までには元通りになるだろう」

 リッチー協会も何かと面倒事に巻き込まれている様子である。

「だが。完全に元通りになるような、都合の良い魔法なんかない。突発的なバグというか魔法場の異常は当面の間、起き続けるよ。応用古代語魔法というのは、そういうものだ」


 エルフ先生が小人先生3人と墓に酒を注ぎ足して回りながら、ハグ人形の説明を聞いて険しい表情になった。

 小人先生たちは早急に酔い潰してしまって、『無力化』した方が都合が良いと判断したのだろう。実際、ドワーフのマライタ先生は相当に酔っぱらっていて、酒を注ぎ回る余力はなさそうだ。今はもう、割れた鐘を叩くようなドラ声で、何か喚き歌っている。


 エルフ先生が〔防音障壁〕を調節しながら、ハグ人形に空色の瞳を向けた。

「メイガスやリッチーって世界最高峰の魔法使いでしょ。束になっても完全復旧は見込めないなんて、大したことないわね。墓所の連中の方が、優れた魔法使いってことじゃないの」


 無事に頭頂部に登頂成功したハグ人形を落とさないように、墓が頭の動きを極力抑えながらエルフ先生に微笑んだ。腹と顔が弛んだゴマ塩頭のオッサンの姿だが、微笑むとそれなりに少しだけ可愛く見える。

「壊す方が、直すよりも簡単ですからね。明日には〔復旧〕できそうですか。それは有益な話を聞きました。墓所の皆も安心するでしょう」


 酔い潰れ始めている3人の小人先生たちを、ハグ人形が墓の頭の上から見下ろしながら口をパクパクさせた。

「クーナ先生の心配も、もっともなんだがね。サムカちんは、これまでと同じように〔召喚〕してもらうよ。召喚ナイフの販売促進のためにやっている〔召喚〕だからね。これで〔召喚〕を止めたり制限したりしたら、製造元や販売元から、ワシに苦情と損害賠償請求がやってくる」


 エルフ先生がひどく呆れた目になってハグを見つめる。

「あなたね……でも、〔召喚〕予定に変更なしだったら、これまで以上に安全性に留意することね。〔召喚〕失敗が重なったら、それはそれで製造元が頭を抱えることになるだろうし」

 ハグ人形が大げさな身振りでうなずき、胸を張った。

「それは任せておけ。〔召喚〕術式の調整作業とその術式提供は、ワシの契約事項でもあるからな。だが……」

 ハグ人形が偉そうに胸を張ったままで、腕をエルフ先生の顔に向けて差し出した。


「〔召喚〕魔法を使うのは、ウィザード魔法招造術のスカル・ナジス先生もいるだろ。奴にもしっかりと説明して納得させておくことだな。今回の直接の原因は、奴の〔召喚〕失敗のせいだぞ」

 彼の場合は本来、同じ獣人世界の中での〔召喚〕になる。今回は酷い事になったが。

「異世界の怪物を〔召喚〕するには、大量の魔力を必要とする。召喚ナイフによるサムカちんの〔召喚〕で、ヤツの魔力を9割削っているのも、魔力消費の節減のためなんだよ。しかし、今回は幼体とはいえ、魔力損失があまりない状態で〔召喚〕されておる。この点が少々気になってな。どこぞの魔神かメイガスがイタズラ心でバジリスク幼体〔召喚〕に必要な魔力を供給したのかも知れぬな」


 うんざり顔になるエルフ先生だ。

「もしそうなら、私ではどうにもできませんよ。一応、その懸念も上司に伝えておきますね」

 ハグ人形が愉快そうに頭を前後左右に振る。

「異世界移動には多くの者が興味を抱いている様子だからなあ……容疑者は無数におる。とりあえずはまず、ナジス先生が勝手な事をしないように首輪でもつける事が先決だろうて」


 エルフ先生もこの指摘には同意せざるを得ないようだ。ジト目ながらもうなずく。

「そうですね。エルフの私が彼に意見しても、聞き入れてくれないでしょう。シーカ校長先生から諭してもらうようにします。何度もこのような騒ぎが起きては、私の授業に支障が出ますからね」


 ハグ人形が口をパクパクさせてサタデーナイトフィーバーか何かのキメポーズをしながら、エルフ先生にぬいぐるみの顔を向けた。かっこいいポーズのつもりなのだろうか。

「ワシとしては実は、こんな騒動が起きた方が、召喚ナイフの検証と修正がはかどる。なので、歓迎ではあるのだがね。クーナ先生もそうではないのかな?」

 エルフ先生は何も答えずに微笑んだだけであった。そして、酔い潰れて地面に寝そべって、イビキをかいている3人の小人先生を見下ろして、少しだけ肩をすくめる。

「さて、酒宴もおしまいにしましょう」


 エルフ先生がノーム先生のライフル杖を彼のポケットに戻した。自身のライフル杖も同じようにポケットの中へ戻す。そして、酔いつぶれて寝ているマライタ先生たちを、教員宿舎まで〔テレポート〕させようとした。

 ……が。その手が不意に止まった。視線をマライタ先生たちに向けたままで、冷や汗が大量に噴き出ている。


「ん? どうかしたかね? クーナせんせ……」

 ハグ人形が首をかしげてエルフ先生を見上げて尋ねかけたが、彼も〔察知〕したようだ。急激にハグ人形から、濃い闇の魔法場が漏れ出す。

 墓用務員も気がついたようだ。森の奥に顔を向けてヘラヘラ笑いを浮かべる。

「おお……数は1万羽というところですかね。アウルベアから分離した大フクロウの大群が空中戦をしていますな」


 エルフ先生が急いでライフル杖を呼び出して、錠剤型のカートリッジの残り数を手早く数えた。

「ちょ、ちょっと行ってきます!」

 すぐに〔空中ディスプレー〕を出して、ソーサラー魔術の〔テレポート〕魔術を起動させる。転移座標を手早く入力し、そのまま術式を走らせて姿を消した。


 ハグ人形が無言で、墓用務員に顔を向けた。黄色いボタンの目が鈍く光っている。墓用務員が穏やかな笑みを浮かべながら手を振る。

「いやだなあ……私ではありませんよ。世界〔改変〕の影響で、アウルベアの〔錬金〕魔術が解除されたせいです。最初からアウルベアという存在も単語も『無かった』事になってしまいましたからね。一気に解除されたのでしょう。あ、彼らの記憶はもう〔修正〕しておきましたよ」


 そんな事はハグ人形にも分かっている。酔い潰れているマライタ先生たちを片手間に〔テレポート〕させて飛ばしながら、墓用務員に口を開いた。

「分かっておる。問題はだな……」


 不意に、数メートル先の森の中に巨大な熊が数頭出現した。そして、ハグたちを見つけるや否や、猛ダッシュで襲い掛かってきた。熊の前面に多重〔防御障壁〕が展開され、側面と後方に直接攻撃を支援するための魔法陣が発生する。

 直径1メートルはある両熊手の先には、長さ50センチに達する鋭利で無骨な爪が5本ずつ生えていて、それらが光を帯び始めた。エルフ先生とノーム先生が格闘戦で用いた攻撃〔支援〕魔術と同じようなものだろう。


 突撃の進路上にある、胸高での直径が2メートルほどある大木が『熊パンチ』を受けて粉砕され、大岩や灌木も殴られて全て粉になっていく。かなりの破壊力だ。猛ダッシュで蹴り上げる大地も、見事にえぐれて土煙と化している。

<バーン、バーン>と、何かの炸裂音のような鼻息をさせて、熊群が一斉に大口を開けて咆哮した。衝撃波を伴った爆音に瞬時に変換されて、15センチほどのハグ人形と、冴えない中年デブ男に襲い掛かる。


 《ペペン、ペン》

 ハグ人形が上着からほつれている余り糸を2回『つま弾いた』。

 それだけで、衝撃波も咆哮も熊群も全て〔消去〕された。残ったのは静寂だけである。ハグ人形が何事もなかったかのように、墓用務員に顔を向けたままで話を続けた。

「この熊どもが、『どこからか〔テレポート〕して来ておる』ということだな。しかも、前もって攻撃行動術式を仕込まれている。この混乱に乗じた『誰かの仕業』だろうな。心当たりはないかね?」


 また、次の熊群が出現した。今度は400頭超になる。

 これも、すぐにハグ人形たちを〔ロックオン〕して、突撃を開始してきた。また、森の中が地鳴りと咆哮に包まれる。


「『心当たり』……と言われましてもね。私たちは墓所で寝ていましたから、外世界の様子には詳しくないのですよ」

 墓用務員がのんびりした声でハグ人形に答えた。既に、400頭超の熊は全て〔消滅〕していた。再び静寂が戻っている。


「そうかね……まあ、魔法場の残滓から見てカルト派貴族だろうな。サムカが危惧していた通りになったか」

 迎撃するのが面倒になったのか、ハグ人形がクルリと片足回転した。空間が一瞬暗くなって、《ギシリ……》と歪んだが、すぐに元に戻る。

「……ふむ。〔攻撃性の逆探知〕魔法をかけたら、早速、貴族を1匹〔ロスト〕できた。やはりカルト派だな。ワシらを足止めする目的か? 無駄だと思うのだが……あ」


 ハグたちのいる空間が、火花を散らして崩壊した。そのまま、直径10メートルほどの球形の空間が〔ロスト〕して消滅する。その中にあった森の木々や岩、土に空気までもが巻き込まれて、一緒に消えていく。


 それを確認する、数羽のカラス型の使い魔である。500メートルほど離れた上空から旋回飛行して、〔念話〕で主へ報告し始めた。

(リッチー人形と、ゾンビを因果律崩壊にて排除することに成功。熊群の残存数は200。これより学校強襲隊に合流する)


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