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39話

【パリー先生】

 サムカがキョトンとした表情になり、エルフ先生に尋ねた。

「クーナ先生。もしかして、パリーも先生になったのかね?」


 エルフ先生が苦笑してうなずいた。警察制服の腰ベルトに両手を引っかけて、肩を少しすくめる。

「そうですよ。先日、正式に決まりました。『生命の精霊魔法』の授業の担当です。ラワット先生がこれまで担当していたのですが、ノームよりも妖精が先生になった方が良いと強力に提案していまして、それが実現したという形です。と、いっても、まだまともに授業を行っていませんけれどね」


 ミンタがすかさず文句をつけてきた。頬を膨らませて、金色の毛が交じる両耳を尻尾と共にパタパタ動かしている。

「そうなのよね。授業内容だけだったら、ラワット先生の授業で充分理解できるのよ。どうして、こんな得体の知れない森の妖精に任せるのかしら」


 そのラワット先生はパリーを説得していて忙しそうだったので、代わりにエルフ先生がミンタの質問に答えた。

「精霊魔法はね、この教育指導要綱を作成した偉い人たちも、詳しく知らない分野なのよ。ウィザード魔法使いやソーサラー魔術師ばかりで作成してしまったみたいなのよね、これ。エルフやノームも一応加わっているけど、色々あったみたいで基礎的な内容ばかりなのよ。応用編については、ほとんど触れていない有様だし」


 パリーの駄々に影響されたのか、エルフ先生の口調もかなり砕けた印象になっている。しかし、エルフ先生はその事に気がついていない様子だ。口調を変えないままで話を続けた。

「精霊魔法はウィザード魔法や法術、ソーサラー魔術と違って、理論が厳密じゃないの。生まれつきの魔法適性に大きく影響されるし、経験を積むことで魔力を高めて、術式を高度にしていく魔法なのよ。だから、生命の精霊魔法の魔力が強いパリーを先生にして、彼女に実際に様々な魔法を使って、生徒に見てもらう。それ自体は良い事ね。生徒たちが効率的に経験を積んでいけるわ」


「なるほど」と納得しているミンタとムンキンたちに、エルフ先生が微笑みながらサムカの顔を横目で見た。

「サムカ先生も期せずして同じ方法で、生徒たちに魔法を教えているわよね」

 サムカが鷹揚にうなずいた。偉そうにしている作業員の風貌だ。

「うむ、そうだな。私の場合は新兵の訓練に準じているが、確かに似ているな」


 そして、そのまま首をやや傾けたままで、エルフ先生に聞いた。

「妖精が先生か……適任だという理由はやはり、生命の精霊場に強く依存するためなのかね?」

 エルフ先生が曖昧な笑みを口元に浮かべた。

「そうですね……妖精は生命の精霊場との関わりが非常に強い存在ですね。エルフ世界にも妖精はたくさんいます」

 そう言われても、サムカにはピンとこない様子であるが……

「私たちと異なる点は、特定の肉体を有していないということでしょうか。虫や獣などの生き物を自在に変化させて、自らの体にしているのですよ。本体は魔力そのもので『思念体』ですからね」


 サムカが少し理解したようだ。

「なるほど。ゾンビを動かすために必要になる『残留思念』のような、『思念体』が妖精の本体で、死体の代わりに生物を寄り代として使うのか」

 パリーが少々いらついたような口調でサムカに反論してきた。聞こえていたらしい。

「ちょっと~。アンデッドなんかと~一緒にしないでよね~。あ、今~借りているのは~ネズミさんの体だよ~哺乳類だから~人型に~変化しやすいの~」


 サムカが「ふむふむ」とうなずいて、「そういえば……」と別の話を始めた。パリーの説明を理解するのは難しい様子である。

「以前、この学校を襲撃したカルト派の貴族なのだが、ハグから少し説明があったそうだな。私もあれから少し調べてみた。派閥も国も異なるので大した収穫はなかったが、私のような古典的なアンデッドとは、かなり異なる思想のようだ」


 パリーが「またアンデッドの話かよ」とでも言いたそうな表情になっている。とりあえず、エルフ先生がパリーをなだめて、サムカに話の続きを促した。

「どうぞ、続けて下さい。サムカ先生」


 サムカが錆色の短髪をかいて、エルフ先生にうなずいた。

「うむ。私と異なる点は、死体を使うのではなく『瀕死の状態の生体』を使う点だ。皆も知っての通り私の体は、他人の死体に私の思念を〔憑依〕して動かしている。ゾンビと基本的には同じだ。そのままでは死体は経年劣化して崩壊してしまうが、それを遅らせるために様々な死霊術を駆使している。それでも、平均して100年ごとに、体を新しい死体に更新する必要があるがね」

 レブンがうなずく。

「はい、そうですよね。ゾンビは数年程度しか体を維持できないと習いました」


 パリーが「フン」と鼻息を鳴らして、上から目線の口調になった。

「効率が悪いわねえ~。〔妖精化〕の精霊魔法だったら500年単位なのに~私のこの体なんか~多分このままでも~1000年くらい~更新なしでいられるわよ~」

 エルフ先生が微妙に微笑みながら、パリーの小さな肩に片手を乗せた。

「パリー。〔妖精化〕は、生きている細胞の活動だもの。毎日細胞が新しいものに入れ替わっていくのよ。アンデッドは死んでいる細胞を維持しているだけだから、長く保たないわ」


 サムカが素直にうなずいた。

「その通りだ。そして、その100年ごとに行わなくてはならない新しい死体への『更新作業』が、我々貴族にとっては、最も憂鬱で油断ならないのだよ」

 サムカの口調が沈んだものに変わった。レブンがメモをガシガシ取りながら、その明るい深緑色の瞳をサムカに向けている。何か不穏な気配を感じ取ったようだ。ラヤンも同様の反応を示している。


 サムカが勘の鋭い生徒たちに感心しながら、穏やかな口調に戻って話を続けた。

「死体といえども、個体差があるのだ。受容できる魔力量にも差がある。不適合を起こすことが、少なからず起きているのだよ。つまり、『思念体の消滅』だな。ただの意識のないゾンビになってしまう。無論、ただのゾンビだから、数年後には体が維持できずに崩壊して、塵に還る事になる」


 驚く一同である。レブンは何とか理解しようと努めているが、ペルとジャディは目を白黒させて混乱している。

 ペルの黒毛交じりの尻尾を伴ったパタパタ踊りと、ジャディの背中の鳶色の大きな羽が不規則に羽ばたくバサバサ踊りが、一斉に始まった。

 思わずペルが発生させた無数の蛍の光のような〔闇玉〕が、ジャディが起こした旋風に巻き込まれて、教室中にばら撒かれる。幸い、サムカがこの教室に配している使い魔が〔防御障壁〕を展開しているので、大惨事には至っていないが。さらに、これまでの教室の強化も功を奏したようであった。床や天井や机などには被害は出ていない。


 が、空中を机とイスが乱舞するのは、法術クラスのラヤンには珍しかったようだ。目を大きく見開いて、空中を飛び交う机とイスの軌道を追っている。他の生徒と先生方は、いつものことなので気にもしていないようだ。


「と、殿! 貴族ともあろう存在が、100年ごとに『試練の時を迎える』って言うんスか!?」

「せ、先生! 100年って、私たちと同じような寿命じゃないですか!?」


 サムカが平然と肯定した。

「近頃は死体不足なので、より深刻だな。まあ、事前に移り先の死体を用意して加工しておくから、不適合を起こす確率はかなり低いがね。それでも、私は4000歳だがこのような数千歳の貴族が最も多く、それ以上の年齢の貴族は少なくなっている。我が国王陛下でも9000歳だ。私の知る限りでは、最高齢の貴族は1万歳程度だな。厳格派と呼ばれる、融通の利かない石頭の集団だが」


 新事実が次々に明るみに出たので、生徒たちとノーム先生が色めき立ってきた。エルフ先生だけは、「やはりそうだったのか」とでも言いたげな表情をしている。マライタ先生は、最初から興味がない様子だ。


 そんな様々な様子を見て、サムカが山吹色の瞳を細めて頬を緩ませた。

「ちなみにハグは、確か90万歳だったかな。魔力の桁が違うせいもあるが、リッチーは体の更新を行わないのだよ。結果としてミイラ状態になるのだが、その膨大な魔力で外見を〔操作〕して生者のような姿を見せているのだ。魔力エネルギーを〔物質化〕しているから、幻ではないぞ」

 エルフ先生が興味深そうに軽く腕組みをする。

「私たちエルフには1人1人に『守護樹』という魔法生物がつくのだけど、最終的に年老いたエルフは、その守護樹に取り込まれて一体化するのよ。精霊同化って呼ばれているけど。そういうことにはならないのね」


 サムカがうなずいた。

「うむ。生命の精霊場とは無縁だからな。最終的には貴族は皆、塵となって消える。アンデッドになった理由が『解脱』であるから、この結末には特に異論のある貴族はいない……ものだとばかり思っていた。カルト派貴族は違うようなのだよ」


 微妙な空気が教室の中を流れ始めた。サムカが構わずに話を続ける。

「カルト派は先ほど言ったように『死体』ではなく、瀕死だが『生きている体』に乗り移ることで体を更新していく。先ほどパリーさんが話していたように、生きてさえいれば細胞の更新は容易い。死霊術ではなく、ソーサラー魔術の何かを使うことで長寿を実現できる。それこそパリーの言うとおり、1000年程度は更新しなくて済むとも聞いた。だが……」


 ここでサムカの表情が険しくなった。教室の気温も連動して1度ほど下がったようだ。

「『食事』をする必要があるのだよ。つまり君たちの言う『吸血』や『食人』だな。体自体は瀕死状態なので、普通の食事では消化吸収できない。従って、『効率的で完全な内容の食事』を摂る必要がある。食事というか、自身の体の構成組織そのものを直接補給するイメージだな」


 サムカが1呼吸おいた。やはり、貴族にとっては食事行為そのものが忌避の対象なのだろう。

「まあ、私もここまでの情報は知っていたのだが……連中はさらに思考を進めたようなのだ。何とかして、『瀕死の状態から脱したい』と、な」


 軽くため息をついてから話を続ける。

「私が得た情報では、人造生命体を体の中に寄生させる手法を確立しつつあるようだ。この寄生生物に代理で体を管理してもらって、いわば共同管理という形にするという考えだな。もちろん、貴族の思念体もその寄生生物に〔憑依〕するので、体の主導権は貴族のものだ。そうなると、どういうことが起きるか分かるかね? レブン君」


 レブンが冷静な口調で答えた。が、内心は相当に呆れているのか、口元が魚のそれに戻ってしまっている。

「恐らく、生きている私たちと外見は『何も変わらない』かと。体温も脈もある、赤くて温かい血が流れている貴族……ですね。僕たちと同じ食事をして排泄もして汗もかき、垢も出る。息もする」


「な!?」と、激高し始めたパリーとエルフ先生を、必死でなだめるノーム先生とミンタ、ムンキンである。そんな罵声とドタバタを伴う反応を無視して、サムカがレブンの答えにうなずいた。

「うむ。良い洞察だな。我々貴族から見ても、それは『異常』に見える。生が邪魔なので、死んで『解脱』を目指しているのに、体の更新を減らしたいばかりに生者に逆戻りするというのは理解の外だ」

 レブンがジト目になって、さらに呆れた表情になりながらサムカに同意した。

「そうですね、テシュブ先生。ハグさんの説明を聞いた時もそうでしたが……生きている私たちから見ると、滑稽極まりないです、それって」


 ジャディも笑いを必死で噛み殺しているようだ。背中の大きな翼が不規則に開いたり閉じたりを繰り返している。尾翼も連動して、閉じたり開いたりしながら上下運動をしている。

「と、殿……申し訳ないっスけど、バカじゃねえっスか、そいつら。だったら、最初から死ぬなってんだ」


 極めつけの反応をしているのは、当然ながら法術クラスのラヤンであった。声を上げずに、お腹を抱えて机の上にうつ伏せになって、背中を震わせて笑っている。 

 が、そこはさすがに気持ちの切り替えが早い竜族である。1分ほどで立ち直って、厳しい視線をサムカに向けた。

「生命への冒涜ですね。見かけたら、問答無用で〔浄化〕しても構いませんよね」

 パリーとエルフ先生も、即座に同じ視線をサムカに向けた。反論など『一切許さない』という気迫が感じられる。


 サムカがあっけなく認めた。

「うむ。我々貴族としても、一向に構わない。見つけ次第、滅ぼしてくれて結構だ。死者の世界で国家連合間の国際問題にも発展しかねないが、この世界には関係ないことだからね。遠慮も配慮もする必要はない。こちらの法では、単なる誘拐殺人なのだからな」


 パリーがニヤニヤ笑いを浮かべて、サムカに告げた。

「さすがは貴族様ね~。心配は無用よ~私が灰にしちゃうから~」

 エルフ先生も不敵な笑みを浮かべている。

「そうね。パリーなら造作もないでしょうね。私も装備を更新したから、今度は不覚をとらないわよ」

 だが、ノーム先生は危機感を感じているようで、この好戦的な2人を牽制した。ついでにミンタとムンキンにも。

「そんな、魔法大戦争みたいなことはしない方が良いと思いますよ。あの『化け狐』たちが喜んで乱入してくるでしょうから」


「あ……」と、我に返って、困った顔になる好戦派であった。確かに、前回みたいに校舎をごっそり食われては、復旧費がかさんで校長が卒倒するだろう。


 サムカは当時その場所に居合わせていない。後から話を聞いて、記録映像を見た程度であった。その後、死者の世界で実際にそのカルト派貴族と会っていたので、おおよその魔力は把握している。『化け狐』も南極で遭遇したので、これもおおよそ把握できているようだ。

 そのサムカも難しい顔になって、軽く腕組みをして答えた。

「確かに。貴族の制限なし魔法と『化け狐』の全力攻撃がこの校舎で起きたら、何も残らないほどに破壊されるだろうな。まあ、そこはこのハグに任せた方が良かろう」


 話を振られたハグ人形が面倒臭そうな仕草で空中を平泳ぎしながらも、サムカの提案に同意した。

「仕方があるまいな。カルト派貴族の固有魔法場はワシも把握しておる。なので、奴がこの世界へやって来る際に、移動先を別の世界に強制変更することはできる。そもそも私的な世界間移動は禁止されておるから、文句を聞く必要もないしな。うまくごまかして連中がこの世界へ移動を果たした場合も、ワシを呼んでくれれば対処しよう」

 ハグ人形が空中でやる気の全く感じられない平泳ぎをしていたが、話している間に少しだけやる気が湧いてきたようだ。泳ぎが少しだけ機敏になった。

「なに、時間〔操作〕して移動前に戻せばよいだけの話だ。その際に発生する因果律崩壊の衝撃波は、奴に負担してもらえば済むしな。最悪でも奴を〔ロスト〕させれば問題ないだろう」


「はあ、やれやれ……」とでも言いたげなハグ人形のセリフであるが、話の内容はさすがにリッチーならではの高度な魔法の話である。

 それを聞いている先生と生徒たちは、時間〔操作〕の魔法を使うと因果律崩壊を起こすのか、と内心で驚いている。そもそもサムカやパリーを含めて、どうやって魔法で時間〔操作〕するのかすら知らない。


 にわかに注目を浴びたので、さらに機敏な平泳ぎを見せつけ始めるハグ人形だ。

「だが、ワシの『本体』がこの世界に現れたり、魔法を使ったりすること自体が、この世界にとって好ましくないのだよ。闇と死の塊だからな、ワシは」

 サムカが深くうなずいているのを見て、ヤバイのだと生徒たちも想像している様子だ。ハグ人形が平泳ぎを更にマジメに泳ぎ始めながら、話を続ける。

「とりあえず、連中が移動を果たしてやってきてしまった際には、ワシを呼び出す前に戦うなり、説得して退散してもらうなりしてくれ。サムカちんを代わりに送っても、ナマクラとはいえやはり貴族だからな。半端に魔力が大きいから、これまた世界の安定を脅かす恐れがあるのだよ」


 空中でキビキビと平泳ぎをしながらのドヤ顔返答なので、パリーとエルフ先生の機嫌も全く改善していないようだ。そもそも、誰もハグ人形の泳ぎを褒めていない。


 それでも、「コホン」と咳払いをしたエルフ先生が、ハグ人形とサムカを交互に見ながら口を開いた。イライラしている口調だが、それでもまだ自制しているのがよく分かる。

「ええと……死者の世界からの支援は、それで充分です。『化け狐』と戦う事はパリーの説明では、この世界そのものと戦う事ですからね。彼らを刺激しないように戦場全体を〔結界〕で封鎖して、その中でカルト貴族を攻撃する戦術になりますね。〔結界〕封鎖の作業は、地元警察にお願いすれば良いでしょう」


 そして、ノーム先生の顔を見て話を続けた。

「私たちと警察や帝国軍の特殊部隊は、こうする事で敵貴族の攻撃に専念できるはずです。サムカ先生の説明で、敵貴族は『生体』であることが確定しましたから、通常の攻撃魔法でも効果が期待できますね。軍や警察の武装でも通用すると分かれば、戦術に余裕が生まれます」

 ノーム先生がうなずいた。

「そうだな。寄生生物を破壊すれば、体の〔操作〕を満足に行えなくなる。依代の体も生命活動をしているから、これも破壊することができるだろう。そうなれば、残るは『思念体』だけだ。攻撃力は格段に低下する」


 それまでじっと聞いていたサムカがペルに視線を向けた。穏やかではあるが、迫力が感じられる。

「ペルさんの魔力であれば、貴族であっても『思念体』ならば攻撃できるだろう。どうかね? ハグ」

 ハグが空中水泳を止めて、ヨガポーズで浮遊しながら同意した。

「そうだな。確実に貴族を消滅できる保証はないが、有効な技ではあるな。了解したよ」




【2つめの対貴族魔法】

 ハグの反応を横目で確認したサムカが、そのままペルに話を続ける。

「私のような死体に憑依している貴族には有効ではないが、むき出しになった思念体であれば効果が期待できる術式を授けよう。前回教えた〔エネルギードレイン〕魔法は、必殺というものでもないし、それだけでは攻撃が一辺倒になってしまうからね。闇の精霊場の本来の源泉は真空だが、それと似たようなサブ供給源がある。何だったかな?」


 ペルがかなり緊張した面持ちで即答した。背筋と尻尾がピンと直立している。

「はい! 『暗黒物質』が存在する場です。私たちの存在する世界と隣接したり一部重なっていたりしています。術式を用いて、この場からエネルギーを得ることで発動させても、闇の精霊魔法を使うことができます!」


 サムカとハグ人形が同時に微笑んだ。そのままサムカが話を続ける。

「うむ、良い答えだ。さて、この暗黒物質だが、基本的には『我々の体』や『世界』を構成するような性質のものではない。光を含めてな。だから、一般の物質や場と置き換えることで、何もない空間や場と『見なして』〔操作〕することができる。この点が真空と共通しているので、闇の精霊魔法を使う際に利用できるわけだな。結果として、物体に穴をあけたり、他の魔法を〔消去〕したりできる。さて、ここからが本題だ」


 ペルの緊張が一段階上がる。闇の精霊魔法の仕組みを聞いた他の先生や生徒たちも、好奇心の宿った瞳を輝かせた。

「暗黒物質は、魔力源として使用できる。つまり、暗黒物質を用いて我々の世界に〔干渉〕する事が、魔法を通じてできる……ということだ。実際、闇の精霊魔法として具現化している。それは同時に、闇の精霊魔法を通じて暗黒物質を〔破壊〕することもできる……ということだな。相互作用している以上、そうなる」


 ペルが深くうなずいた。尻尾がパサパサと不規則に大きく動いて、床を掃いている。

「そうですよね。私も予想はしていました。相互作用していないと、私が闇の精霊魔法を使うことで、体調の悪化や手足の痺れなどが起きるはずがありません。現状では、私の魔法の成分に真空が含まれる割合は非常に少ないですから、この暗黒物質の成分で実質上、魔法が起動しています」


 サムカがうなずく。

「うむ。これから授ける術式は、その暗黒物質を〔消去〕することに特化したものだ。アンデッドが存在している空間や場には、必ず暗黒物質が高密度で存在しているからね。特に、思念体は暗黒物質に乗っているという表現をしても良いくらいだ」

 ソーサラー魔術の原理と一部共通しているため、サムカの表現も似たようになっている。

「暗黒物質由来の魔力はサブでしかない。しかしそれでも、これが消滅すると大きな悪影響が出るのは避けられない。ちなみに、暗黒物質が〔消去〕される際には、一部が破壊されて紫外線やエックス線などの電磁波を放つ。その有無で魔法が成功したかどうかが判別できるぞ」


 そう言いながら、サムカが作業服のような服のポケットから中古の杖を取り出して、それをペルの簡易杖に重ねた。

「術式を渡そう。今のペルさんの魔力に合ったモノだから、それほど体にかかる負荷は高くないはずだ。が、それでも連続使用はしないようにな。一応、安全回路も組み込んであるので多用しても全身麻痺にはならないが、1回で決めるように。片腕麻痺が1日くらい続く羽目になるからね」

 ペルが力強くうなずいた。

「はい。テシュブ先生」


 ハグ人形が空中ヨガを続けながら補足説明する。もはや誰もヨガにツッコミを入れる気にならないようだ。

「暗黒物質が〔消去〕される前に、ごく一部が崩壊してエックス線やガンマ線などの電磁波を発する。空気や水がそれを浴びて放射性物質になり、魔法場汚染も起きるようになるぞ。距離をしっかりとって、体内に吸い込んだり飲み込んだりして取り込まないことだ」

 そう警告してから、チラリとエルフ先生を見る。

「まあ、そうなっても電磁波による毒だから、光の精霊魔法や生命の精霊魔法、法術などで〔治療〕や〔無毒化〕ができる。ワシらアンデッド以外の君たちには、それほど深刻ではないだろうよ」


 ほっとするエルフ先生である。

「良かった。そうですね、放射線被害でしたら光の精霊魔法で〔治療〕できますし、細胞損傷も生命の精霊魔法で〔治療〕できますね」

 ラヤンも同じようにほっとしている。

「法術が効くなら問題ないわね。アンデッドは知らないけど」


 一方でノーム先生は少し肩をすくめているようだ。

「杖や衣服は非生物だね。放射線による劣化の影響を受けたら自己〔修復〕するように、術式を更新しておく必要があるかな。ちょっと面倒だな、これは」

 マライタ先生も同調してうなずいている。

「だな。闇の精霊魔法由来の劣化現象だから、データバンクの量も少ない。試行錯誤することになりそうだ」


 ミンタとムンキンは、この術式を得られないので『かなり』悔しがっていた。しかし、文句も言わないようになったのは、成長した証だろう。


 ペルがサムカから術式を受け取り、杖に導入して最適化する。

「ぴ……」

 そのまま机の上に伏して、動かなくなってしまった。さすがに負荷がかなりかかったようだ。


 ミンタが慌ててペルに駆け寄ってきて、素早くペルの状況をスキャンする。特に何も異常はなかったようで安堵するミンタであるが、次の瞬間、サムカに厳しい視線を投げかけてきた。でも、それだけである。サムカも特に何も反応していない。


 そのまま何もなかったかのように、レブンとジャディにもサムカが簡易版の術式を渡す。

「ぎゃ」

「う……」

 そのまま電池が切れたようになって、机の上にパタリと伏せて動かなくなる2人であった。


 今度はムンキンとラヤンが慌ててレブンとジャディに駆け寄って、先ほどミンタが行った事を繰り返した。今回もサムカは無反応のままだ。エルフ先生とノーム先生の、サムカを見るジト目もいつも通りである。


 そんなやり取りを見ていたハグ人形が、口をパクパクさせてサムカを冷かしてきた。

「オイ、サムカちん。教え子らが全員、大人しくなりすぎてしまったじゃないか。本当にお前さんのやり方は、新兵訓練だな。しかも、今日は『授業をしない』はずだったのではないかね?」


「うう……」と何も反論できないサムカである。彼としては、これでも充分すぎるほどの配慮をしているつもりなのだが。いかんせん全く血の気のない顔なので、傍から見ると無表情で無関心、冷血に見えてしまうのだろう。


 まあ、さすがにエルフ先生たちやミンタたち生徒にも、無反応に『見えるだけ』だという認識は共有できてきているので、サムカをジト目で睨むだけで済んでいる。本来なら生徒虐待の現行犯で、サムカと一戦開始していてもおかしくない。


 パリーの機嫌もようやく回復したようだ。彼女がここへ来た『当初の目的』も思い出したようで、ヘラヘラ笑いを口元に浮かべながら話し始めた。

「そうだ~。世界〔改変〕の影響でね~、森に棲んでいる~アウルベアが~融合解除しちゃったのよ~。ど~しようか~」




【アウルベア消滅】

 いきなりの発言に、ハグ人形も含めた全員が一瞬呆然としてしまった。ほとんど気絶状態だったペルたちもすぐに飛び起きて覚醒した。良い目覚まし効果になったようだ。

 エルフ先生も、とっさには理解できていない様子である。

「は? パ、パリー、今、何て言ったの?」


 レブンが半分ほど魚顔になって、パリーに確認した。

「え、ええと。『アウルベア』って、熊の体にフクロウの頭を持つ、キメラ型の融合『魔法生物』ですよね。大昔に発生したので、現在では世界中で繁殖して森の生態系の一部になっている……というアレですよね。先日、ヒドラの一斉駆除で全部片付けたはずですが……また、新たな渡りの群れが森に入ってきたんですか?」


 パリーがヘラヘラ笑いながらうなずいた。

「そう~それ~。またきたのよ~う」

 パリーのヘラヘラ笑いがそのまま続いている。その横でエルフ先生がこめかみを押さえて、考え事をし始めた。

「パリーに聞いても意味がなさそうね。『世界改変』って言ったよね、パリー」


 パリーがヘラヘラのままでうなずいた。

「私だって記憶〔改変〕されてないし~。世界が変わったことくらい~知ってるわよ~。魔法のいくつかは使えなくなってるし~。北の森の妖精が~気温と気候〔操作〕に失敗したみたいで~、大寒波になっちゃったって~。ついでに~アウルベア合成魔法も~使えなくなったみたい~」


 ノーム先生がようやく理解し始めたようだ。

「つまり……この間の歴史〔改変〕魔法の影響で、他の魔法にエラーが出たということか。この事例は、アウルベアを合成する魔法の存在が『最初から消えた』んだな。元の熊とフクロウに戻った。記憶のある我々以外にも、間もなく修正作用が及ぶはずだな、校長とか。アウルベアという『単語』そのものが、この世界から『消える』ことになる」

 そしてちょっと考えて、ノーム先生が苦笑いした。ついでに、ボサボサになっていた銀色の口ヒゲを整えた。

「だけど、アウルベアが〔消滅〕しても、特に困ることはなさそうだな。熊とフクロウが増えるだけだよ」


 エルフ先生もちょっと考えてから、ポンと両手を叩いて同意した。

「……そうね。熊やフクロウの縄張り争いがしばらくの間、激しくなるだけ……かな。別に放置しても構わないと思うわよ。パリー」


 パリーがヘラヘラ笑いながら同意した。

「わかった~。放置する~。どうせ、渡ってきたヒドラが~余分な熊やフクロウを~食べちゃうだろうし~」

 エルフ先生が空色の瞳を微妙に細めながら、ぎこちなくうなずいた。

「そうね。でも、どうせなら、ヒドラが融合解除になれば良かったのにな」


 マライタ先生とノーム先生も激しく同意している。特にドワーフのマライタ先生は、ずっと魔法の話ばかり続いていたせいで半分居眠りしていたのだが、ようやく目が覚めたようだ。

「まったくだ。まあでも、これで酒を盗み飲みされる危険性は更に下がったから良しとするか」

 ノームのラワット先生もキラリと小豆色の瞳を光らせて同意する。

「左様ですな。ヒドラもこれから冬眠状態に入ります。完全に眠りはしませんが、活動はかなり鈍くなりますからね。酒の被害もかなり減るでしょう」

 やはり、小人2人にとっては、最重要事項は『酒の安全確保』だったようだ。


 ペルに細かい説明をしたサムカが、懐中時計をポケットから取り出して時刻を確認した。

「……ふむ。そろそろ戻る時刻だな。今回は酔っ払い羊のせいで突発的な〔召喚〕だったが、次回の〔召喚〕は予定通りで頼みたいものだ」


 ペルが簡易杖を〔結界ビン〕の中に収納して、それをポケットに収めた。強化された杖の魔法回路には当然ながら、より強い魔法場が流れている。ペルやレブン、ジャディの場合、『化け狐』を呼び寄せる恐れがあるからである。

 ミンタやムンキン、エルフ先生の場合は、光と生命の精霊場の流れが強化されているが、これも月にいる『化け狐』の興味を引く恐れがあるために、同じような封印処理を施している。


 法術のラヤンと、大地の精霊魔法メインのノーム先生の場合は、特に問題ないだろうということになった。そのため〔結界ビン〕などに収納せずに、そのままポケットに簡易杖を突っ込んでいる。


 ジャディは奇声を発しながら窓から飛び出して、森の方向へ飛び去っていった。早速試し撃ちでもするつもりなのだろう。途端に静かになる教室である。

 ペルとレブンが杖の封印状態を確認してから、サムカに笑顔で答えた。

「シーカ校長先生にお願いしておきますね。テシュブ先生っ」




【誤召喚】

 その時。下の1階教室から生徒たちの悲鳴が上がったかと思うと、轟音と共に爆発音がした。サムカたちがいる2階の教室全体が大きく揺れる。


 マライタ先生が即座に状況を知覚して、すぐにサムカたちに報告した。さすがに〔探知〕魔法よりも早い。

「ウィザードの招造術、スカル・ナジス先生の教室で爆発だ。時空震が発生してるってことは、何かを〔召喚〕したのかね。よし、映像が来た。出そう」

 すぐに空中ディスプレーを教壇の上に発生させて、下の階の状況を映像で映し出した。これは魔法ではなく、ドワーフ製の機械によるものだ。本当にここまでくると魔法と区別がつかない。


 ノーム先生が感心している。

「さすがドワーフ製の早期警戒システムだな。魔法を使うよりも早いとは」

 空中ディスプレーに映し出されたものは、何と巨大な蛇であった。胴回りは3メートル、体長は10メートルにも達するだろうか。教室の中がガスと埃で充満しているので明瞭に映っていないが、かなり凶暴そうな面構えをしている。しかし、その映像は間もなく途絶えてしまった。


「蛇?」

 この世界の住人は巨大な蛇はヒドラなどで見慣れているので、驚きはしていない。しかし見たことのないタイプの蛇なので、互いに顔を見合わせて困惑している。見たことがないのは、先生たちも同様のようである。


 エルフ先生が首を少し傾けた。

「こんな蛇、この世界にいたかしら。エルフ世界でも見かけないわね」

 空中平泳ぎをしているハグ人形が教壇側とは反対側の壁にタッチして、こちらへテレテレと戻ってきた。そして、他人事のような口調で忠告する。

「逃げた方が良いぞ、お前たち。死ぬぞ。桁違いの魔力を持つ蛇のようだ」


 ……が、ハグの信用がまるで無いので、生徒と先生たちが一斉にサムカの顔を見つめた。サムカが内心苦笑しながらも、大真面目な表情でうなずく。

「残念だが、ハグの言う通りのようだ。正体は分からないが、魔力だけでも〔召喚〕時の私とほぼ互角だ。闇や死霊術の属性はなさそうだが、私も初めて知覚する珍しい魔法場を発している」


 そのサムカの考えを無言で受け取って、直ったばかりのライフル杖を即座に〔召喚〕するエルフ先生とノーム先生である。

 生徒たちもすぐに〔結界ビン〕やポケットの中から自分の簡易杖を取り出して、各種魔法を起動させた。


 まずは、魔法支援系統の術式を展開していく。高速圧縮術式への自動〔変換〕、各種〔防御障壁〕、〔浮遊〕魔法と高速〔移動〕魔法、複数の術式を同時に起動させるための術式詠唱支援エンジンの起動、自身の〔分身〕の〔作成〕と、その〔分身〕が担当する魔法の〔設定〕、自動〔蘇生〕、緊急避難用の強制〔テレポート〕などなどである。系統の異なる強力な魔法や魔術、精霊魔法に法術を、複数同時に発動させるための準備というところか。


 ムンキンが濃藍色の目を輝かせて、自身の簡易杖を見つめた。

「すげえ。大出力魔法を4つ同時に走らせても、魔法場が詰まらないぞ」

 マライタ先生も簡易杖を取り出して、校舎内に張り巡らせている警戒システムを次々に実行している。その彼がムンキンからの賛辞に分厚い胸板を張って、たっぷりある赤毛のあごヒゲに指を突っ込んでかき回した。

「そりゃあ、どうも。下の教室内のセンサーやカメラは全部壊れたけど、廊下と隣の教室のセンサーは生きてる。解析終了、出すぞ」


 マライタ先生が呼び出した空中ディスプレー画面に、蛇の全体像と骨格、それから魔法場のデータが一斉に表示された。

 ……が、マライタ先生が赤いゲジゲジ眉をひそめた。

「何だこれは。解析結果がエラーだらけだ。情報遮断の障壁なんか張っていないくせに、どういうことだよ」


 すぐにノーム先生がライフル杖の先を空中ディスプレーに重ねる。が、これも何も変化しない。

「おいおい……ノーム世界のデータベースに照合させてもダメかね」

 先生と生徒たちに一気に緊張が走った。


 そこへ、ようやく泳いでやってきたハグ人形が、天井から空中ディスプレーを見下ろして他人事のような口調で正答した。

「なんだ。第6世界のバジリスクじゃないか。まだ成体ではないから蛇みたいな体に見えたのか」

「は?」


 サムカを含めた全員が、ハグ人形を見上げて一瞬思考停止になった。

 数秒ほどしてから、ようやくノーム先生が口を開く。かなり動揺しているのが、口調から丸分かりである。しきりに口ヒゲと、あごヒゲを手で撫でさすっている

「……ま、魔神やドラゴン、巨人などが住む世界じゃないですか、それって。そもそも、そ、そんな大魔力の塊なんか、〔召喚〕魔法で呼び寄せることなんかできませんよ」


 マライタ先生も、ノーム先生のようにクシャクシャな口ヒゲを両手で撫でつけながら同意した。彼も相当に動揺している。

「そ、そうだぞ。学校の授業で使うようなウィザード魔法の〔招造〕魔法じゃ、この世界のヒドラ〔召喚〕程度が関の山だ。現に、〔召喚〕術式の〔ログ〕痕跡はヒドラになっている」


 しかし、空中遊泳しているハグ人形は乾燥した口調で答えた。

「『世界改変』の影響だろうな。理屈は分からぬが結果として、異世界の化け物を〔召喚〕してしまう術式に誤〔変換〕されてしまったんだろうよ。時空の亀裂も通常より増えていて活性化しているし、つながりやすいんだろ。ほれ、やっぱりバジリスクだ。〔石化〕ガスと〔石化〕光線を放っているじゃないか」


 空中ディスプレー画面の表示では現場解析が進んで、化け物蛇が出現した教室内部の状態が明らかになってきた。その教室では相変わらずガスに覆われているので、可視光線での視認は無理だ。しかし、他のセンサーによる情報の統合によって、擬似的に視覚化が進んでいた。


「う……」

 エルフ先生が思わず呻いた。生徒たちも小さな悲鳴を上げている。

 ディスプレーで視覚化された教室内部は、文字通りの石だらけになっていた。

 招造術の先生であるスカル・ナジスが、教壇に立ったまま〔石〕になっている。垂れ気味の細い目が、恐怖と驚愕で見開かれて、肩までかかる髪が盛大に跳ねたまま、凍りついたように〔石〕になっていた。衣服や杖までも〔石〕になっている。

 30名ほどいる生徒たちも全員が凍りついたように〔石〕に変わっていた。級長のレタック・クレタが先生と生徒たちを守るようにバジリスクの前に飛び出していて、両手を広げたまま〔石化〕している。

 竜族特有の尻尾がピンと伸びていて、ウロコが見事に全て逆立って〔石〕になっている。手には簡易杖を握っていたのだろうが、強力な魔力を受けて粉々に破壊されてしまったようだ。


 いつもは、バントゥにくっついてミンタやペルたちに暴言を吐いている奴なのだが、責任感は立派なものだ。少しだけ見直す生徒たちである。ジャディとラヤンだけは「フン」と鼻で笑っているが。


 教室は机やイス、床に天井までもが〔石〕に変わっていた。窓ガラスまでもが〔石〕にされていて、太陽光が遮断されてしまっている。そのせいで、教室内は真っ暗だ。

 〔石〕にされたナジス先生は、授業中にゴーレム製造の実演もしていたようだ。土と金属でできた、身長2メートルほどのゴーレムが数体、制御を失って暴走して〔石〕だらけになった教室の中を駆け回っている。そのゴーレム群も、すぐに〔石〕にされて動かなくなった。


 ノーム先生がデータベースからの情報を参照しながら、苦虫を噛み潰したような表情で呻く。

「むう……セマン冒険家たちによる、第6世界探検記録に残っている複数の情報と90%ほど一致するね。ハグさんの指摘した通りのようですな。避難を最優先にしましょう」


 その時。階下のバジリスクが地響きのような咆哮を放った。校舎全体が地震に遭ったようにグラグラと揺れる。ハグ人形の空中遊泳が停止して、床の上に「ポトリ」と落ちた。それをサムカが片手で拾い上げる。かなり険しい表情になってきている。

「バジリスクが〔結界〕を張ったか。外部からの〔念話〕や信号が、〔遮断〕されたようだ。恐らくは、北極や南極にいる『化け狐』に感づかれないようにするためだろう。だが、情報〔遮断〕だけの〔結界〕だから、脱出は容易だ。急いでここから離れなさい。そして作戦を立てて対処するように」


 他の教室もこの咆哮でようやく異変に気がついたようだ。一気に校舎内が騒々しくなってきた。

 サムカが冷徹な視線を、生徒たちとエルフ先生、パリーに向けた。山吹色の瞳が冷たい光を帯びる。

「時間がない。今すぐに〔テレポート〕で学校から脱出しなさい。階下のバジリスクが放っていた〔探知〕魔術が消えた。我々全員を特定し、測位も終わったとみて良いだろう」

 生徒と先生たちが冷や汗をかいていく。サムカが階下を警戒しながら警告を続ける。

「敵は生物無生物問わずに〔石〕にする、物質〔変換〕魔術の使い手だ。しかし既知のソーサラー魔術ではない。現状では対応できる〔防御障壁〕がない。私も今の手持ちの装備では対抗できな……危ない!」


 サムカがとっさにエルフ先生とパリーを抱き寄せて、そのまま窓のある側へ飛んだ。

 同時に、エルフ先生とパリーが立っていた場所の床が真っ赤に溶けて、階下から散弾のような赤い色の〔光線〕が噴出してきた。〔光線〕はそのまま天井も溶かして上空へ消えていく。大きな穴が天井に開いて、秋の澄んだ青空が見えた。

 〔石〕にされたサムカの使い魔が教室に出現して、そのまま溶けた穴に落下する。次の瞬間、階下のバジリスクの部屋に落ちて、あっけなく砕けた。


 サムカがエルフ先生とパリーを抱いたまま床に着地する。その場所に、再び階下から〔赤い光線〕の束が襲い掛かってきた。

「ぐは」

 サムカが呻いた……が、作業服がボロボロになっただけで済んだようだ。

 サムカが着地した床は既に溶けて消えており、サムカが〔防御障壁〕を展開しながら〔浮遊〕して、エルフ先生とパリーを抱きかかえている状態になっていた。そこに一瞬も休む暇なく、下から〔赤い光線〕の束がぶち当たり続けている。完全に〔ロックオン〕されてしまったようだ。


「せ、先生!」

 ペルとレブンが近寄ろうとするのを、ノーム先生とマライタ先生が押さえつけた。それを見ながらサムカが、〔赤い光線〕の集中砲火の隙間から微笑む。かなり不安定な〔浮遊〕でフラフラしている。

「大丈夫だ。今は魔術を〔解析〕できているよ。先程〔石〕にされた私の使い魔が、身を挺して私に〔石化〕魔術の術式を伝えてくれたのでな」


 そう言いながらも空中でバランスを崩して、エルフ先生やパリーと一緒にひっくり返りそうになっている。それでも山吹色の瞳を辛子色にしながら、平静を装うサムカである。

「今は私の〔防御障壁〕で防御できているから安心しなさい。もう未知の魔術ではないからね。しかし、困ったな。このままでは〔召喚〕時間切れになる。パリーとクーナ先生と一緒に『死者の世界』へ戻ってしまうことになるぞ」


 エルフ先生がサムカの腕の中で、軽くため息をついて微笑んだ。サムカの体との間に盛大に火花が飛び散っている。魔法適性が正反対なので、当然だ。

「仕方がありませんね。不本意ですが、死者の世界まで同行しますよ。ね、パリー」

 パリーも頬を膨らませて不機嫌になっていたが、何とか納得してくれたようだ。

「しかたないわね~も~。っていうか~私たちに触れてて~体大丈夫~? サムカちん」


 サムカが苦笑しながらうなずいた。〔赤い光〕に包まれているので、燃えているようにも見える。

「大丈夫ではないな。まあ、腕の損壊は死者の世界に戻った後で、すぐに魔法で〔修復〕できる。心配は無用だ」

 そして、そのまま〔浮遊〕しながら、顔をペルとレブンに向けた。

「済まないが、急いでシーカ校長と羊に頼んで、私を再〔召喚〕してくれ。敵がバジリスクだと分かれば、対処の方法もあ……」

<パパラパー!>

 どこからかラッパ音が鳴り響き、サムカが水蒸気の煙に包まれて姿が消えた。〔召喚〕終了である。

 エルフ先生とパリーの姿も一緒に消えていた。エルフ先生の〔分身〕も教室内に出来上がっていたのだが、本人からの魔力が途絶えたので崩壊して消滅してしまった。


「はい! 先生」

 ペルとレブンが口を合わせて叫んで返事をした。


 ノーム先生が集団〔テレポート〕術式を発動させながら、後方のミンタとムンキン、ラヤンに告げた。

「いったん退却する。忘れ物はないかね?」

「ジャディ君が〔石化〕されています!」

 バジリスクが乱射した〔石化〕光線に運悪く当たって〔石〕にされたジャディの肩を抱いて、レブンがノーム先生に叫んだ。

「僕が彼を抱えて〔テレポート〕しますが、よろしいですか」


 ノーム先生がこめかみに軽く指を当てて、口元を緩めた。

「とっさに空中に飛び上がったのか。そりゃあ、的にされるよな……よし、では彼の保護は任せたよレブン君」

「はい! ラワット先生」


 レブンがジャディ石像を抱えて力強く答える横で、ジト目のムンキンとミンタ、ラヤンである。何も言わないが、(まったく、このバカ鳥は肝心な時に役に立たないな!)と思っていることが顔に出ている。一方のペルは苦笑するだけであった。


 同時に、階下から噴出していた〔赤い光線〕の束が変化して、青い色になった。すぐにノーム先生が生徒たちに指示を出す。

「ほう、こりゃ凄いな。魔法を切り替えたよ、この蛇。テシュブ先生の〔召喚〕終了が先に来て幸運だったな。さて、我々も逃げるぞ」




【サムカの居城を囲む森の中】

「むう……やはり帰還時の座標もずれたか」

 サムカが周辺を見回してつぶやき、抱いていたパリーとエルフ先生を放して数歩離れた。

 用務員の作業服のような服装で、肘当てパッチ付きの長袖の丈夫なシャツを着ていたのだが、そのシャツを通して中から白い煙が立ち上っている。当のサムカは平然とした表情であるのが、また不自然であるが。


 パリーが嬉々としてその場で駆け出しながら、周囲をキョロキョロと見回している。

 同じ亜熱帯の森林ではあるが、乾燥した気候のせいで枝ぶりはコンパクトかつ緻密だ。茂っている葉の大きさも、引き締まって小ぶりである。分類としては、いわゆる『硬葉樹林』となり、枝ぶりがよく目立つ。

 下草もそれほど多く生えていないが、それでもパリーの腰までの高さはある。木々の高さも、獣人世界と比較すると低い。樹冠の隙間から降り注ぐ太陽の光が、森の中で縞模様の光の綾をなしている。


 一見すると、かなり豊かな森林のようだが……たちまちパリーの顔が不機嫌になった。

「何ここ~。死にかけてる森じゃない~。ひっどーいわね~」

 エルフ先生も眉間のシワを深くして、すぐに同意する。空色の瞳が急速に曇った。

「そうね、パリー。もの凄い濃度の死霊術場と闇の精霊場だわ。反対に、生命の精霊場がほとんど感じられない。他の属性の精霊場も弱いわね。うーん、さすがは死者の世界」


 そして、ひとしきり文句を言った後で、エルフ先生がサムカの両腕を心配そうに見つめた。

「……それで、その腕は大丈夫そうじゃないみたいだけど。痛くないの? サムカ先生」

 そう言われたサムカが思い出したように、白い煙を立ち上らせている両腕を持ち上げて、長袖服の上から眺めた。

「大丈夫ではないが、動作には支障ない。痛覚も今は〔遮断〕しているからね。煙が収まったら、魔法で〔修復〕することにしよう。さて、どうやら我が領地の森に出たようだ。これからどうするか……」


 煙が出ている右腕を軽く振って、〔空中ディスプレー〕を出現させた。すぐに執事のエッケコの禿げ頭が映し出される。ハグから連絡が入っていたようで、既に城門の外に待機していたようだ。

「これは旦那様。無事、ご帰還なされまして、ようございました。〔石化〕された使い魔殿も、無事に〔復活〕なされました。〔石化〕直前までの記憶とも〔同期〕済みでございます。ご安心ください。そちらの場所も把握いたしましたので、これから出迎えに参ります。少々、お待ちください」


 報告を聞いたサムカが鷹揚にうなずく。エルフ先生も使い魔が無事だと知れてほっとしたようだ。実際に見たことはないのだが。シャドウ以上に魔力が高くてステルス状態だったので、〔察知〕できないのも当然ではある。初めて見たのが、空中で〔石化〕されて階下に落ち、粉々になって壊れた『何か』だった。


 サムカも安堵している表情になっている。

「うむ。そうしてくれ。客人が2名いる。エルフと妖精だ。来賓用の馬車を1台寄こしてくれ」

「かしこまりました。早速そのように手配いたします」


 サムカと執事の会話を横で見ていたエルフ先生が、申し訳なさそうにしながらもキッパリと告げた。

「サムカ先生の城の中に入ったら、私たちの体に良くありません。死霊術場や闇の精霊場が、ここよりも確実に高濃度ですよね?」

 パリーがエルフ先生にニヤリと笑う。

「平気よ~。城ごと生き返らせてあげちゃえば良いもの~。この森もついでに~生き返らせちゃうし~」


 その指摘を受けて、サムカが腕組みをして軽く呻いた。両腕からの白煙も急速に弱まってきているようだ。

「むう……そうか。確かに城の中は、この森よりも君たちの体に悪そうだな。茶でも振舞おうかと考えていたのだが」

 そして、〔空中ディスプレー〕画面の向こうで馬車を引いて、森の中へ小走りで入ってきている執事に聞いた。執事は馬には乗らず、たずなを引いて馬を誘導している。この馬もアンデッドなので、生者である執事が乗馬すると魔法場汚染を受けてしまうためである。

「エッケコ。聞いての通りだ。客人を城で休ませる事は避けた方が良いだろう。この森で茶をてることにするか」


 しかし、執事が申し訳なさそうな表情になってサムカに謝った。見た目は中年なのだが、森の中を馬を引いて小走りしていながらも息が全く乱れていない。

「申し訳ありません、旦那様。現在、魔族討伐のために騎士殿はじめ、ほとんどの兵が出払っております。城の警備兵しか残っておりませぬ。オーク兵らも討伐に駆り出されておりますれば、森を『整地』して茶会ができるようにするには、人手不足でございます」


 そういえばそうだった。指示したのは他ならぬサムカである。軽く短髪をかいて、口をへの字に曲げた。

「そうであったな。さて、困ったな。〔召喚〕が終わって元世界へ戻るまで、経験上では1時間ほどかかる。その間、この森の中にいてもらうというのも心苦しい。どうしたものか」


 パリーがヘラヘラ笑いながら、片手を真上に差し出した。

「だったら~この森を~生き返らせちゃう~」

 それを慌てて押さえつけて阻止するエルフ先生である。文句をブーブー垂れているパリーをなだめながら、サムカに顔を向けた。

「私たちは、このままここで待機していますよ。この死霊術と闇の精霊場の濃度だと、歩いて移動するだけで、魔法場の衝突が連鎖して予期しない事態になりそうですから」


 パリーが頬を不満で膨らませて抗議してきた。

「いいじゃないの~森の1つや2つ~」

 エルフ先生がまるで子供を諭すような口調で、パリーを説得する。

「だめよ、パリー。あまり暴れると、この世界を管理している死者の世界の主マズドマイニュの逆鱗に触れることになるわ。いくらパリーでもイプシロンには歯が立たないわよ。ハグどころの魔力の持ち主じゃないんだからね」

 そこまで言われると、さすがのパリーも「ゴニョゴニョ」と口ごもった。



「旦那。お困りの様子ですな」

 声がしたのでサムカたち3人が森の奥に顔を向けると、セマンの男たちが数名ニヤニヤした顔で近寄ってきた。全く足音も気配も立てていないのは、さすがである。

 身長はティンギ先生と同じ130センチ台なので、パリーと同じくらいだ。エルフ先生よりは頭半分ほど背が低い。


 サムカたちを警戒させないためなのか、ヘルメットや銃器などを一切装備していない。

 しかし、派手な衣装である事は変わっていない。例えると、甲冑を外した近衛兵の服装を派手に目立つ色合いにして、フリルやモール等でゴテゴテ装飾したような感じか。学芸会に出る小学生のようにも見える。


 ただ、大きな黒い瞳は鋭い光を発していて、3人の動きを確実に捉えている。よく音を拾えそうな幅広い両耳と、自己主張がかなり激しい大きなワシ鼻が、癖の強い短めの黒髪の下に鎮座している。そのために、油断ならないピリピリした空気を身に帯びていた。

 引き締まったボクサー体型で、手足の動きにも全く無駄や隙が見られない。気の抜けた印象が強いティンギ先生と違い、さすがは警備を仕事としている現職である。


 サムカが感心した表情でセマンの警備隊隊長を出迎えた。

「ほう。セマンの警備会社の隊長か。さすがに目ざといな」

 彼の派手な肩モールと、胸ポケット上の階級章みたいな身分証明タグで、判別しているサムカとエルフ先生であった。


 ほぼ同時に、城のゴーストとシャドウも到着して周辺警備を開始した。空中を飛ぶことができるゴーストやシャドウと、同等の機動力を有するセマンの警備員に、内心舌を巻くサムカである。

 ちなみに、このゴーストやシャドウは獣人世界のそれとは魔力の点で桁違いに強力な別物だ。飛行速度は音速を優に超えつつも、レブンたちのシャドウと同じく衝撃波を発生させない。

 そのシャドウを超える移動速度の警備会社の連中……間違いなく、何かの魔法を使っている。それが何なのか、サムカにも〔解析〕できない。


 さて、このゴーストやシャドウであるが、表情も雰囲気も発する音も何もかもが、生者であるエルフ先生に本能的な恐怖を与える……はずなのだが、さすがに今までさんざん経験したせいか平然としている。慣れとは恐ろしいものである。当然、セマンやエッケコにとっては日常の風景の一部である。


 そのセマンの隊長が遠慮ない足取りでサムカの前まで歩いてきて、ニヤニヤしながらパイプで一服した。彼の服装は警備会社らしく、エルフ先生が着ている機動警察官の服装にも少し似ている。目立つことも必要な服装なので、エルフ先生よりも派手な色合いとデザインであるが。

 パイプから立ち上った紫煙が、森の中を穏やかに流れる気流に乗って、木々の梢の間に入り込んで消えていく。

「エルフと妖精かよ。また面倒な連中が来たもんだな。確かに、動くだけで連中は消耗しちまうな」


 パリーがジト目になるが、その通りなのだろう。特に文句も攻撃もしてこない。エルフ先生も不快そうな表情になっているのだが、そこはパリーと違って物腰は柔らかめである。

「セマン族ですか。エルフ世界でも騒動ばかり起こす厄介者ですね。勝手に密入国して、探検という名の泥棒をして、得意げに記録を残して逃げ帰っていくのですものね」


 が、そんなエルフ先生の嫌味には、耳を貸さないセマンの隊長である。サムカに紫煙を吹いて、提案してきた。

「こんな森の中で1時間も寝てもらっちゃ、警備するこちらとしては迷惑だ。余計な人員を、こいつらのために割くのはコストもかかる。どうだね、我々の『ステルスマント』をこいつらに貸してやろうか? 魔法場も保護されるから、消耗することなく好きなように動き回れるぜ?」


 執事が馬車を引いて、サムカたちがいる場所までやってきた。サムカの両腕から白煙が立ち上っているのを見て、大慌てになる。

「だ、旦那様っ。煙が立ち上っておりますっ」

 サムカが両腕を上げて、エッケコに愛想笑いを返した。

「この程度であれば〔修復〕できる。心配は無用だ。それよりも、服をまた台無しにしてしまったな」


 執事がサムカの平然とした表情と口調で安心したのか、執事服で包まれた胸をほっとなで下ろした。大急ぎだったのか心肺機能に負荷がかかったようで、今になって息切れしている。

「い、いえ。そのような御心配は無用でございます、旦那様。しかし、そうですか、大丈夫でございますか……安堵いたしました」


 ここで、ようやくサムカ以外に注意を向ける余裕ができたようだ。杏子色の目で周囲を見回してキョロキョロした。

「おや? お客人2名様の姿がありませんね」

 既にセマンの警備隊は去ってしまった後であった。シャドウですらセマン警備隊の行動を〔認識〕できなかったようで、何の反応もせずにフワフワと森の中をゴーストと一緒に浮遊している。執事は味方だと〔認識〕しているので、これにも反応はしない。


 そんなゴーストとシャドウ群を見上げて何か考え事をしていたサムカであったが、執事が来たので思考を中断し、何もいない空間に視線を向けて話しかけた。

「紹介しよう。我が執事のエッケコだ。オーク族なので、私と異なり生きている。ステルス効果は確かなようだな」

「これは失礼しました、執事様。エルフ族の、ええと……クーナとお呼び下さい。こちらは、森の妖精のパリー」

 突然サムカが話しかけていた空間に、エルフ先生とパリーの姿が現れた。

 頭からレインコート型の雨合羽のような何かを被っていたようで、それを頭から外して、前を開いた形である。なので、頭から胴体、足までは見えるのだが、レインコートに隠れたままの肩と両腕は、依然として透明で見えないままである。


「これは、はるばるようこそお越し下さいました。旦那様がいつもお世話になっております」

 執事が丁寧に薄い赤柿色の禿げ頭を下げ、それから興味深そうな表情になって2人を杏子色の瞳で見つめた。彼の身長が150センチなので、エルフ先生よりも少しだけ背が高い。

「エルフ族と妖精は、話では聞いたことがありましたが、実際にお目にかかるのは、これが初めてでございますよ」


 エルフ先生も細長い両耳をパタパタさせて照れながら、執事に同意する。

「そうですね。私も戦闘員以外のオーク族を目にするのは、これが初めてです。ゴブリン族やオーガ族も、この世界にいるのですか?」

 執事が柔和に微笑みながら否定した。地味だが上品な仕立ての執事服の裾が揺れる。

「いいえ、お客様。この世界では、私どもオーク族だけでございます」


 パリーがこらえきれずに吹き出して、容赦ない笑い声でエッケコを指差した。パリーは身長130センチの子供体型でラフすぎる服装なので、悪ガキがふざけているようにしか見えない。ステルスマントの中から見える赤髪の毛先が、笑い声に同調して跳ねている。

「きゃはは~。ハゲてる~ハゲてるよ~。豚鼻も可愛い~」


 慌ててパリーの口を両手で押さえるエルフ先生である。が、エッケコは意に介していないようだ。

「構いませんよ。禿げているのは種族の証ですから。旦那様。これからいかがいたしましょうか」


 サムカがエルフ先生とパリーに重ねて質問してみる。

「どうかね? 体調のほうは」

 パリーがレインコート姿のままでピョンピョン跳ねて、ガッツポーズをサムカに示した。

「完璧!」

 エルフ先生もレインコートを羽織ったままで、優雅にクルリとターンしてサムカに微笑んだ。ドレス姿ではなく無骨な警察制服のままなので、威圧感もあるが。

「驚いたわ。嘘みたいに楽になりました。さすがセマンね。こういった才能だけは凄いのよねえ」


 サムカが2人の返答を聞いて、藍白色の白い表情を和らげた。

「そうか、それは良かった。しかし、ステルスマントを被ったままでは、我が城で茶会をする雰囲気ではないな。いくらステルス効果や魔力保護効果があるとはいえ、わざわざ闇の魔力場の強い城内へ入ることは賢いとは言えないだろう」

 そして、エッケコが引いてきた馬車に視線を移した。

「では、我が領内を観光でもするかね? 生徒たちには悪いが」


 エルフ先生も肩をすくめながら微笑んだ。肩自体は見えないが、レインコートの動きでそれとなく分かる。

「そうね。生徒たちには悪いわね。でもまあ、ここで突っ立ったままというのも意味がないし。サムカ先生、時間まで案内して下さるかしら」

 そしてワクワクして松葉色の目を輝かせているパリーに釘を刺した。

「パリー。いたずらは止めてね」

「ちぇ~」


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