表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/124

38話

【国宝ゾンビ】

 見た目は、どこにでもいそうな冴えない普通の人間型中年男である。背丈はサムカよりも頭1つ分だけ低いくらいか。エルフ先生よりも少し背が高い。脂肪太りのガニ股で、力はそれほど強くはなさそうだ。顔も筋肉がたるんで脂肪が巻いている。頭髪もかなり薄くて、白髪が全体の半分以上を占めている。

 当然ながらゾンビで死んでいるので血色は全くなく、何かの人形にも見える。それでも、墓所の代表が〔創造〕した時点と比較すると、人形らしさは緩和されている。それなりに改良されているようだ。


挿絵(By みてみん)


 が、サムカはゾンビ用務員の登場に、かなり驚いた様子である。その黄色い瞳が好奇心の光で包まれている。

「ほお……これは興味深いゾンビだな。本当に、普通に会話ができるのか」


 サムカの反応を食い入るように見ながら、エルフ先生とノーム先生が改めてゾンビ用務員に対して警戒した。

「サムカ先生。やはり通常ではないゾンビですか。破壊した方が良いのでしょうか」

 エルフ先生がいつでもゾンビを破壊できるように身構えた。腰のホルダーケースから簡易杖を取り出して攻撃魔法を繰り出すよりも、直接格闘攻撃をした方が良いと即断したのだろう。ノーム先生も全く同じ判断をしているようだ。実際、前回は杖を使った魔法では効果がなかった。


 校長とアイル部長が慌てて2人の先生たちを制する。

「ちょ、ちょっとお待ちください。国宝ですから、破壊は許可できません。初代皇帝陛下の所有品なのですよ!」

 エルフ先生はそんな警告には耳を貸さない主義のようだ。微動だにせず、両拳と両足、それに肘と膝に光の膜が生じている。全身からは静電気の火花が散っている。それは隣のノーム先生も同様だ。


 サムカが軽く咳払いをした。

「脅威ではないよ。能力はごく普通のゾンビだ。攻撃能力はない。ただ、太陽光には完璧な耐性を有しているがね。それとゾンビの癖に、自我をはっきりと有している点も興味深いかな」

 努めて明るい口調になり、緊迫してしまった校長室の空気を和らげる。


 そして改めて用務員ゾンビの墓を、山吹色の瞳を好奇心で輝かせながら『しげしげ』と眺める。

「……ふむ。術式も古風ではあるが、真っ当なものだ。悪意のある術式の記述は見受けられない。装備している魔法リストも、通信系だけはかなり高度だが、それ以外は用務員の雑役用に組み立てられているものばかりだ。通信系の術式だけは暗号化されているが、その他はされていない。警戒する必要はなかろう」


「当然です」と言わんばかりに自信満々の表情を浮かべる校長とアイル部長、その下に組み敷かれたままのサラパン羊である。羊の形をした大きなクッションの上に、狐が2人で座っているようにも見えてきた。


 エルフ先生とノーム先生もサムカの評を聞いて、ようやくほっとして安堵の表情になった。格闘の構えを解く。

「貴族がそう言うのでしたら、そうなのですね。安心しました」

 ハグ人形を横目で見ながら、エルフ先生がサムカに微笑んだ。ハグへの信頼は、今でもゼロからマイナスあたりなのだろう。当のハグ人形は、一向に気にしていない様子であるが。

「では、校長。この墓さんを業務に戻して下さっても構いませんよ」


 校長も安堵の表情になった。国宝ゾンビの破壊の危機を、無事に脱したことが嬉しいようだ。

「分かりました。墓用務員さん、通常業務に戻って下さい」

「はい。シーカ校長先生」

 一礼をしてからゾンビ用務員が校長室から出て行った。

 校長がそれを見送り、鼻先と口元のヒゲ先に浮かんだ汗の玉をハンドタオルで拭く。それを済ませてから、視線をサムカに戻した。

「いつもでしたら、彼が退出すると気温が戻って暖かくなるのですが……今はテシュブ先生とハグ様がいますから変わりませんね。さて、では次の用件に移りましょう。アイル部長、どうぞ」




【古代遺跡の発掘品】

 待ちかねた様子で、考古学部のアイル部長が部屋の隅に置いていた発掘品を『いそいそと』持ってきて、サムカに見せた。今回も骨董品のような刀剣に鎧兜、アクセサリーが数点である。

「テシュブ先生。古代遺跡の発掘ですが、やはり今回も怪しげな発掘品が出土しました。テシュブ先生のご指導で危険を〔察知〕できるようになりましたので、触れてしまう者はいませんでしたよ。どうでしょうか、やはり『呪い』がかかっていますか?」


 サムカが鷹揚にうなずいて、白い手袋をとって発掘品を手に取る。作業着に高級そうな事務用手袋をしているのだが、誰も指摘しない事にしているようだ。

「……うむ。確かに君たちの言うところの『呪いの道具』だな。闇魔法がかなり高度にかけられている。ペルさん以外の者は、触れると精神汚染をきたす恐れがあるな」


 アイル部長が落胆しながらも安堵の表情になった。

「そうでしたか……幸い、発掘スタッフには被害は出ませんでしたので良かったですよ。しかし、先生方の話を聞く限りでは、このような骨董品をあえて古代遺跡の中に埋めている理由がよく分かりません」

 日焼けした耳の片方をパタと震わせる。

「古代遺跡の保安警備システムが、我々をこれでおびき寄せて情報収集するという目的だそうですが、それでも今ひとつ理解が及びません。刀剣よりも銃器の方が警備効果が高いでしょうに」


 サムカが錆色の短髪をかきながら、微妙な笑みを口元に浮かべた。

「そうだな。我ら貴族も、いい加減に刀剣ではなく銃器を使うべきなんだろうな。まあ実際は、以前にも話したように、『単純な構造』の武器や道具でないと、闇魔法や死霊術の術式の副作用で機能しなくなるためなのだよ。刀剣は銃と異なり、暴発したりする恐れは少ないのでね」


 そして、発掘品をお手玉のように片手でポイポイと放り上げ始めた。ジャグリングのようだ。

「恐らくは、古代遺跡の気遣いだろう。魔法に耐性のある者が装備しても、すぐに壊れてしまっては意味がないからね」

 その時、ジャグリングして宙を舞っている兜が、塵と化して消えた。


 目が点になるサムカである。アイル部長の目も点になっている。

 すかさずハグ人形が含み笑いをしながら、サムカを冷やかしにかかってきた。

「言い忘れておったが、その道具が帯びている術式は『化石のように』古い。今の貴族が使う魔法術式では、制御できない場合もあるぞ」


 サムカがジト目になってハグ人形を見下ろした。またもう1つ、宝飾のついた刀剣が塵となって消えた。

「……ハグよ。そういうことは最初に言え。私はそれほど古代の魔法に詳しくないのだぞ。発掘品がいくつか消滅してしまったではないか」

 しかしそのままジャグリングをし終えて、全ての発掘品を床に静かに置いた。

「アイル部長。闇魔法の術式は私が今、書き換えて無害化しておいた。もう、誰が触れても大丈夫だろう」


 アイル部長が早速素手で触ってみる。2つも消滅して塵になってしまったので、かなり動揺しているようだ。 

 手元と日焼けした両耳に尻尾がフルフルと細かく震えている。

「は……はい。大丈夫ですね。わざわざの術式解除、ありがとうございました。美術価値があるかどうか鑑定を行ってから、博物館に展示することになると思います。異世界からの観光客も増えてきているようですので、展示品は多いほうが良いですからね」


 サムカが謝ってから、改めてアイル部長に告げた。

「セマンの泥棒どもには注意しておくことだな。しかし、古代遺跡の思惑とは外れてしまっているな。展示品にしてしまうと、目立ってしまうだろう。本来は、遺跡の警護を魔法で〔強制〕するためだったのだろうが……」


 床に押しつぶされていた羊が、太々しく『いびき』をかき始めた。校長が押さえつけるのを止めて、鼻の汗をハンドタオルで拭きながら一息つく。

「なるほど、強制警護ですか。確かに、古代遺跡から出土したゴーレムや巨人ゾンビばかりでは、魔法属性が偏ってしまいますからねえ。実際、今回はペルさんたち生徒によって、古代遺跡が暴かれてしまったわけですし。遺跡荒らし専門のセマンや魔法使いにかかっては、もっと容易く突破されてしまうでしょうね」


 ハグ人形が口をパクパクさせて、出土品のペンダントを振り回して遊んでいる。

「まあ、ペル嬢の場合は特殊だよ。これまで300万年間、1度も発見されずにいた実績があるからな。多分、この前の『化け狐』どもと異常接近遭遇したせいだろう。3匹のうちの2匹と一度に会ったからな。それだけの経験をすれば、遺跡への扉も開くだろうよ」

 振り回す速度が周期的に変動していく。速くなったり遅くなったり……

「遺跡の連中が作った、世界を守る守護者3体のうち2体を退けたのだからな。さらに毎週、サムカちんのような貴族や、ワシのようなリッチーと顔を合わしているような環境ではなおさらだろ。そんな経験を積んでいる奴は、そうそういないぞ」


 ハグ人形が振り回しているペンダントを、サムカが怪訝そうな表情で注意した。

「おい、ハグ。せっかく私が無害化したアイテムに、また魔法をかけてどうする気だ」


 それを聞いて、エルフ先生とノーム先生が瞬時にライフル杖を出現させて、ハグ人形に杖の先を向けた。ライフル杖も新品になっている。形状もかなり変わっていて、より攻撃的な印象の杖だ。

 軽い悲鳴を上げて校長室の隅に避難するのは、校長とアイル部長である。羊は床に放置されたままだ。


 ハグ人形が口をパクパクさせて、ペンダントを振り回すのを止めた。

「ちぇ。1つくらい魔法がかかったままの方が、面白いだろ。分かったよ。無害化するよ。まったく、貴族はどうしてこう融通が利かないのかね。ユーモアのセンスもないし」

 ぶつぶつ文句を垂れながら、ハグ人形がペンダントを改めて無害化した。『ユーモア』という単語を口にしたことに、内心驚いているサムカとエルフ先生たちであるが、当然ここでは指摘しない。


 アイル部長が校長室の隅から、サムカにおずおずと視線を送ってきた。サムカが錆色の髪を軽く片手でかきながらアイル部長に告げる。

「ああ、もう大丈夫だ。無害化されたよ」


 恐る恐るアイル部長がやってきた。慎重な手つきで発掘品を全て抱え、手持ちの袋に押し込んでいく。〔結界ビン〕の一種なのだろう。一抱え程度の大きさの袋なのだが、全て納まってしまった。

 鑑定と安全処理を終えて「ほっ」とした表情になったアイル部長が、サムカとエルフ、ノーム先生に頭を下げた。

「で、では、私はこれで失礼いたします。早速、鑑定課に提出しなくては」

 そう言い残して、いそいそとアイル部長が校長室から退出していった。


 その後姿を見送った校長が、サムカに聞く。

「テシュブ先生。闇魔法の『無害化』というものは、我々には自作できる類のものなのでしょうか? 発掘のたびにテシュブ先生にお願いするのは、どうも気が引けます」

 サムカがハグ人形と目を交わして、否定した。

「いいや、止めた方が良かろう。いわゆる『呪い』だが、それは闇魔法や闇の精霊魔法、死霊術が強力なために、それら魔法適性のない者が触れると、精神汚染を引き起こす現象のことだ。君たちはそれらの魔法適性が乏しいから、対処できず危険なのだよ」


 エルフ先生が申し訳なさそうに手を挙げた。

「それって……サムカ先生が私とパリーに触れた時に起きたような、現象が起きるという事ですか?」

 サムカが山吹色の瞳を優しく細めた。

「まあ、現象の1つとしてはそうだな。あの時は、私の体に一方的に起きるように誘導していたが、逆の場合も当然あるという事だ」

 サムカが話を続けた。

「我々貴族やリッチーにとっては、いわゆる『呪いの道具や武器』は、呪いでも何でもない。それどころか、魔力を強く帯びているほど強度も高まって、我々にとっては使い勝手が良くなる。だから、私が触れても何ら問題は起きないのだよ」


 ここでハグ人形が無言で意味深な口パクをした。それを横目で見たサムカが錆色の髪をかきながら、訂正する。

「ただ、〔呪い〕という闇魔法は、別に存在している。これは、君たちには非常に厄介な闇魔法だから後日、機会があれば、説明と実演をしてあげよう」

 ハグ人形がさらにご機嫌な様子で口をパクパクさせた。

「厄介どころか、貴族と貴族との決闘で使うくらい、効果が強烈だろ。サムカちん」


 エルフ先生とノーム先生が驚きと好奇心の視線をサムカに投げかけてきた。それを、「コホン」と小さく咳払いして受け流すサムカだ。

「……話が少々脱線してしまったな。元に戻そう。先程の発掘物にかけられていた魔法だが、ハグによると術式が古すぎるようだ。確かに、我々貴族が使っているような系統の術式ではなかった。そうなると先ほどのように、時々エラーを起こして消滅してしまうこともあるようだな。気をつけることにするよ」


 ハグ人形がサムカの説明を補足説明する。床にあぐらを組んで座ったままなので、説得力という面では心もとないが。

「我々が使用している品であれば、術式を書き換えて、安全装置や緊急停止装置を組み込むこともできるがね。この出土品は大昔の術式でな。魔法の基本思想が異なるから、普通のウィザードやソーサラーに精霊魔法使いとっては『未知の魔法』と同じだ。防御も制御もできない恐れが高い」

 あぐらの足を組み替える。座り心地が今一つだったようだ。

「我々であれば、古くて異質な術式であっても一応は起動したり修正したりできるが。まあ、完全ではないから、先ほどのように消滅させてしまうことも起きるがね。こうして仕事が増えれば、召喚ナイフの需要も増えるだろう。それは歓迎だから気にすることはない。なあ、サムカちん」


 サムカがジト目になってハグ人形を見下ろす。……が、特に何か文句を言うということはなかった。召喚ナイフ契約者のネットコミュニティで渦巻いている愚痴や不平について、(今ここで議論しても意味がない)と思ったのだろう。

 そのまま顔を先生と校長たちに向けた。

「うむ。もう1つ指摘しておこう。墓とか言うゾンビ用務員も危険性は低い。それでも念のために、各種光魔法による消滅手段を、常備しておいた方が良いだろう。精霊魔法だけではウィザードやソーサラーの先生と生徒が苦労するだろうから、力場術の〔光線〕魔法やソーサラー魔術の〔光線〕でも対応できるような工夫だな。法術についてはマルマー先生に適当に頑張ってもらえれば、それで足りるだろう」


 サムカの提案に同意するエルフ先生である。ライフル杖を消去して、校長の執務机にもたれかかる。

「サムカ先生の言うとおりですね。先生方にそう提案しておきます。あのゾンビ用務員を動かしている死霊術の術式は、教育研究省から公開されましたし。呪いの発掘品とは違って、対抗術式を組み立てるのは簡単でしょう」

 空色の瞳が穏やかながらも鋭い光を帯びていく。

「私は、光の精霊魔法を充填した爆弾をベルトにして、あのゾンビに装備させましょう。それから、警察や軍にもゾンビの破壊魔法を配布しておくべきでしょうね。いくら国宝級といえども、暴走しないという保証はないのですから」


 起き上がったサラパン羊の手を校長が取って、フワフワ綿毛の表面についた埃を払い落としながら、渋々同意した。

「……そうですね。国宝といえども、生徒や先生方の身の安全が最優先です。では、ベルト爆弾の作成については、カカクトゥア先生とラワット先生にお願いして構いませんか? 他の法術やウィザード魔法、ソーサラー魔術については、それぞれの先生方にお願いしましょう。安全装置は多重である方が良いですからね。帝国の上層部に対しての説明も、私が行いますよ」


 同意するエルフ先生とノーム先生である。マライタ先生も白い大きな歯を見せて笑った。黒褐色の瞳がキラキラと輝いている。今まではひたすら魔法の話ばかりだったので、退屈して半分居眠りをしていたようだ。

「じゃあ、ワシも手伝うよ。ベルトの魔法回路も堅牢な方が良かろう。回路がショートして誤作動なんか起きてもつまらないしな」

 そして、その勢いでサムカに聞く。

「なあ、テシュブ先生。ワシにもゾンビやゴーストを分けてもらえないかね。ティンギ先生のアンデッドを使った実習授業がことのほか好評でね。オレも使ってみたくなった」


 しかし、サムカは難しい表情で断るばかりである。

「申し出は嬉しいのだが……その材料となる死体や残留思念が、ここ獣人世界では不足しているのだよ。私の魔法では、生ゴミから人体を〔練成〕して、それを殺してゾンビにするような芸当は無理だ。ハグでも無理だろう」

 ハグ人形がふてくされた。サラパン羊のふわふわ頭の上にチョコンと乗って、そっぽを向く。

「どうせ、ワシは出来の悪いリッチーですよ、っだ」


 が、そんな言い訳を受け流すサムカである。構わずマライタ先生に話を続けた。

「森の中から残留思念をかき集めて、ゴーストやシャドウにまとめ上げるしかないな。パリー殿の許可を得れば可能だ」

 エルフ先生が空色の瞳を細め、腰ベルトに両手を当てながら固い笑みを浮かべた。

「無理でしょうねえ。古代遺跡が発見されたから、結構怒ってるのよ。新たなアンデッド作成を黙認するとは考えられないわね」


 校長も申し訳なさそうに、マライタ先生とサムカに頭を下げた。

「医療用の人工生命体も、この世界的な死体不足のせいで注文が殺到しているそうなのです。型落ち品や、旧型を含めて、買い漁られてしまっている状況でして……相場が高騰しています。この学校の予算では、とても手が出せません。ただでさえ、校舎の修理で出費がかさんでおりまして。すいません」


 サムカが初めて聞く情報であったが、予想をしていたので特に驚きはしていない様子だ。

 その一方で、あからさまに落胆するマライタ先生である。

「うう、そうか。ワシやティンギ先生のような現地製造のクローン体を、殺してゾンビにするのには許可が下りないんだよ。このクローン体を合成するのに、ドワーフ世界やセマン世界の税金が結構な額で使われていてね。ゾンビ作りには、納税者が納得するとは思えない。言っちゃ悪いが、ここ獣人世界での活動に割り当てられているワシの国の予算は、微々たるものなんだ」


 サムカが少し首をかしげて聞いた。錆色の短い前髪がパラリと垂れる。

「しかし、魔法工学の授業でアンデッドを使うような実習があるのかね? アンドロイド制作の方が活用範囲が広いと思うのだが」

 エルフ先生とノーム先生も同じ疑問を抱いたようだ。


 サラパン羊はまた性懲りもなくキノコ鍋を再開すべく、土鍋に出汁を追加している。まあ、これ以上キノコでトリップしても、サムカの〔召喚〕には影響が出ない。時間がくればサムカは自動的に死者の世界へ戻るので、もう誰も注意しようとはしていない。

 それどころか、校長が新たな土鍋を持ち出してきたので、彼らも参加するつもりなのだろう。床に描かれていた〔召喚〕儀式の魔法陣は、供物も含めてきれいに消されて片付けられていた。さすが校長である。手際が良い。


 マライタ先生が少し照れたような表情になった。顔がくしゃくしゃの赤いヒゲで覆われているので、なかなか表情は詳しく読み取れないのだが、基本的なアクションが大きい。

「アンドロイドなんだが……闇の精霊場や死霊術場が濃い場所で動かすと、回路が〔侵食〕されて機能しなくなるんだよ。多分、闇魔法場が濃い場所でも同じだろうな。自動修復機能はあるけど、繊細な作業ができなくなったりする」

 手の指を曲げ伸ばししている。

「ましてや、アンデッドに抱きつかれたりしたら、それだけで〔侵食〕されて、異常行動を起こしてしてしまうんだ。一般的な対処方法では、光や生命の精霊魔法の回路を組み込んで〔侵食〕を防ぐんだが……そうすると、回路が複雑になって余計なエネルギーを消費してしまう。光による回路への〔干渉〕も起きるしな。でもまあ、授業で使うというよりワシの研究用といったところかね」


(なるほど……確かに個人の趣味に使うような、国の予算はないだろう)と思うサムカである。他の先生方も同意見のようだ。それについての指摘はしないことにしたサムカが、少し困ったような顔をする。

「うむむ。では、私が城で勉強しているアンドロイド作成の内容は、無駄なのかね?」


 それについては、即座に否定するマライタ先生である。丸太のような太い腕から続く、小さな座布団のような分厚い手がブンブンと振られる。

「いや。テシュブ先生が作ろうとしているアンドロイドは、普通の人間程度の動作だ。死者の世界でも問題なく作動するよ。ワシが危惧しているのは、もっと繊細な作業を行うアンドロイドだよ。原子配列や分子装飾なんかの制御を自動で行うやつだ」


 どうやら、レベルが違った悩みだったようである。サムカが軽く両目を閉じて納得した。

「……そうか。アンデッドと戦いながら、外科手術や薬の調合をするようなアンドロイドか。確かに、そういう仕事は、私の城ではないな」


 ノーム先生もサムカと同じように呆れている。

「まったく……これだから工学ドワーフは」

 そして、サムカに微笑みかけた。

「僕も、実はアンデッドに興味が湧いてきていますよ。だけど、パリーさんを怒らせてまでして使う勇気は、さすがにないなあ。ああ、そうだ、マライタ先生。頼んでいた修理の件なんだが……」


 残念がっていたドワーフのマライタ先生が、すぐに反応した。

「ああ、ラワット先生、分かってるよ。時間を空けておいた。この間の洞窟探検で壊れた杖の修理だろ。せっかくだから、テシュブ先生の教室でやろう。ワシの部屋は片付けが済んでいないのだ」


 校長が土鍋に火をかけて、出汁の灰汁すくいをしながらサムカに説明した。

「洞窟騒動の際に、生徒たちや先生の杖が過負荷で破損したらしいのですよ。ペルさんが大出力で闇の精霊魔法を長時間使いましたので、その影響も受けてしまったそうです。私たちには記憶がなく、記録にも残されていませんが……これも歴史改変の影響なのでしょうかね」

 サムカがうなずいた。

「なるほどな。『騎士見習い』程度の魔力だからな、ペルさんは。魔法防御の回路や術式を組み込んでいない一般の魔法具は、〔侵食〕されて使い物にならなくなるだろう」


 エルフ先生とノーム先生が目を交わして、肩をすくめた。腰ベルトの簡易杖ホルダーケースをポンと叩く。

「まったくだわ。結構高価なのよ、あの長い杖って。記録にも残っていないから、私が勝手に壊したという扱いにされちゃったし。始末書の枚数が、ひどいことになったんだから。新しく支給された杖は新型で、おかげで講習を受け直さないといけなかったし」


 口を尖らせているエルフ先生に、ノーム先生も銀色の口ヒゲをボサボサ状態にしながら深く同意している。しかし、すぐに気持ちを切り替えたようだ。

「しかしまあ……おかげで貴重な情報を得たよ。異質な闇魔法の使用痕跡までは消せないからね。魔術研究部は喜んでいるよ。次回からは、こんな事故は起きないはずだ」


 マライタ先生がポケットの中をごそごそ探って、資材や道具を確認し、サムカに呼びかけた。歴史改変うんぬんには関心がないらしい。

「じゃあ、早速だが、テシュブ先生の教室まで行こうか。どうせなら闇の精霊場や、死霊術場が強い環境で調整した方が、作業効率も良いからな。それに修理に使う金属も、この間の大深度地下の大地の精霊がもたらしたやつだ。こいつも闇の精霊場が強い場所の産だしな」

 サムカがうなずく。

「なるほど……理にかなっているな。私も今回は授業を行う必要はなさそうだし、見学させてもらおう」


 意気揚々としているマライタ先生を先頭にして、サムカ、ノーム先生、エルフ先生の順番で校長室を出る。校長が微笑んで見送った。

 その隣でキノコ鍋を再開して、早くも食べ始めていたサラパン羊もキノコを口の中に放り込みながら、のん気な声で見送った。

「いってらっさ~い」

 間違えてというか、キノコを食べた勢いでサムカを呼び出した張本人なのだが、反省は全くしていない態度である。




【運動場】

 サンサンと太陽が照る秋の空の下を、サムカたちが校舎に向かって歩いていく。運動場を横切るのが近道なので、今回もそのルートである。サムカにも当然容赦なく太陽の光が当たっているのだが、相変わらず全く気にしていない。

 そんなサムカの姿を最後尾から空色の瞳で見つめながら、エルフ先生が肩をすくめてつぶやいた。

「本当に太陽に当たっても平気なのですね。エルフ世界の私の国の図書館でアンデッドのことを少し調べてみましたが、《ガガピピピ》などと分類される……ああ、失礼。エルフ語からの自動翻訳が、うまくいきませんでした。『太陽の下に立つ死者』という意味合いです。相当高位のアンデッドなのですね。私がいつも退治しているアンデッドは、直射日光に曝されると塵になるのに」


 サムカが山吹色の視線だけを後ろのエルフ先生に投げて答えた。墓用務員が日中平気で動いているのに、「何を今更」という感じだが、そんな指摘はしない。

「そうだな。恐らく、君たちが通常退治しているのは、下級のアンデッド兵あたりか。ゾンビやスケルトン、ゴーストにスピリットだな。基本的には、意識を有しないゴーレムのようなものだ。魔法使いどもが使う死霊術では、その程度のアンデッドを扱うのが便利なのだろうな。もちろん、私のような貴族よりも、あのハグのようなリッチーの方が強力だがね」


 エルフ先生が固い笑みを口元に浮かべて同意した。べっ甲色の金髪を腰のあたりでヒョイヒョイ揺らして、慎重に距離を測りながら、サムカの横隣り1メートルまで近づく。それ以上寄ると、互いの魔法場による〔干渉〕が始まってしまうようだ。

「そうですね。図書館や魔術研究所で調べてみましたが、ハグさんのようなアンデッドを退治する魔法はないと分かってガッカリしました。〔結界ビン〕のような簡易異世界に〔封印〕しても、すぐに世界間移動してしまい、意味がないみたいですね」


 サムカも頬を緩めて、錆色の髪を風に揺らせてうなずき返した。が、サムカの服装が用務員過ぎて、警官と作業員の会話にしか見えない。白い事務用手袋だけが異質だが。

「そうだな。私もハグを退治できる魔法が存在すると分かれば、50年以上かけてでも習得するよ。城と領地は国王陛下から賜ったものだから、習得の代金として差し出すことはできないがね」

 それを聞いて、エルフ先生とノーム先生もクスクス笑い出した。マライタ先生は魔法の話なので、あまり関心がない様子である。


 サムカがエルフ先生について気になっている事を聞いてみた。

「クーナ先生。先程の遺跡発掘物の検査の場では『古代遺跡』という単語しか出ていなかったな。『墓所』という単語が出なかった。これも、歴史〔改変〕の影響かね? 一応、私も墓所という単語は使わないように控えてみたが」


 エルフ先生とノーム先生が真面目な表情になって視線を交わした。すぐにサムカに空色の瞳を向ける。

「気づきましたか。墓用務員が帝国の国宝という事になりましたからね。古代遺跡の墓所の代理人という真実が、真実でなくなってしまったんですよ。関連して、墓所という『存在』も闇に葬られてしまいました」

 ノーム先生も真面目な表情で同意している。大きな三角帽子のつばを持って、少しうつむいた。

「左様ですな。公文書や歴史から変わってしまいましたし、墓所自体も〔探知〕不可能になっていますからね。我々が真実を叫んだところで、誰も信じてはくれないでしょうな。今の仕事を首になるだけでしょう」


 サムカが呻きながら腕組みをした。

「うむむ……そこまで強力なのかね。歴史〔改変〕の影響は想像を超えるものなのだな。分かった、私も言葉には注意する事にしよう」

 そこで、この話をすっぱりと終わるサムカであった。貴族なので、このような事件は時々起きているのだろう。次の話題に切り替えた。

「そういえば……」

 サムカが校舎に向けて歩きながら、エルフ先生たちを改めて見た。

「今は、授業時間中ではないのかね? 休講や自習、テストでもしているのかな?」


 サムカの質問に微笑むエルフ先生たちである。エルフ先生が両耳をピコピコ上下して答えてくれた。

「実は、『分身』を使って授業を行っていますよ。使用できる魔力量がかなり増えましたから、意識を〔共有〕させた〔分身〕を作り出すことも、できるようになっています。まだ今は、短時間だけですけれどね」

 以前にティンギ先生が〔分身〕を用いて授業をしていたが、彼の場合は学校内になる『魔法場サーバー』による魔力支援を受けている。エルフ先生とノーム先生の場合は精霊魔法なので、サーバーがない。


「サムカ先生の教室には、既にあなたの教え子全員と、私の教え子のミンタさんとレブン君、それから法術クラスのラヤンさんが待っていますよ。あのキノコ酔っぱらい羊が、いきなり〔召喚〕儀式を始めたので少々慌てましたけどね」

 ノーム先生も気楽な声でサムカに答えた。

「テシュブ先生は、1週間に1回しか、原則として〔召喚〕されない決まりだからね。羊さんの間違いであっても、〔召喚〕は貴重だ。こちらとしても可能な限り対応して、生徒たちを出席させる方針になったんだよ」


 サムカが恐縮した。元々は『罰ゲーム』だったのだが。

「すまないね。いやはや……私のような者に対する配慮、感謝するよ」

「気にすんなよ」とマライタ先生がガハハ笑いをする。 

 勢いでサムカの作業服の背中を、その座布団のような大きな手で叩こうとしたのを、スルリと回避するサムカであった。身長差が50センチ以上もあるのに、素早い身のこなしだ。

「すまないね。今は、私の〔防御障壁〕の調節が上手く機能していないのだよ。私にむやみに触れると、ショックを起こしてしまう恐れがある。次回からは〔修正〕しておくから、今は容赦してくれ」


 マライタ先生が再びガハハ笑いをした。両手をブンブン振って誤魔化す。

「おう、気にすんなって。じゃあ、次回からは遠慮なく叩かせてもらうぜ」


 サムカが太陽を仰ぎ、それから森の一角に視線を転じた。

「季節が移ろっているのが私でも分かるな。亜熱帯の森とはいえ、木々の色が変わってきている。上空を飛んでいる、あの渡り鳥の群れもそうだが……死者の世界と比べると赤い色がよく目立つ。『鮮やかな暖色』という表現が適切なのかな」


 サムカが見上げる秋の青空には、北からの渡り鳥の群れがいくつも飛んでいるのが確認できた。言われてみれば確かに、鮮やかな赤や黄色、緑色の羽毛で覆われている種類の鳥ばかりである。


 ノーム先生が一緒に見上げてサムカに答えた。

「『亜熱帯の森』という環境のせいでもありますが、ここはパリーのような妖精が割拠している世界です。生命の精霊場が、非常に強いのが主な理由でしょうね」


 死霊術場や闇の精霊場が強い環境では、生物は遺伝子や細胞組織をその〔侵食〕から保護するために、抗酸化物質を多量に生成しなくてはならない。そのために、色素生成に使う分の抗酸化物質が、他の用途に回されてしまう。ピンク色が典型的で、死者の世界ではこの色素を有する生物はオークの国にしかいない。


 同じ理由でオークの皮膚の色も、赤系統になっている。彼らオークの生命の精霊場が強く、闇魔法場に対して抗酸化作用による耐性があるおかげで、こうして貴族の近くに住む事ができているのだ。


「鮮やかな暖色の色素を生成するためには、他の色に比べて多くの抗酸化物質を必要としますからね。ですから、テシュブ先生のいる世界の生物は、地味な色合いになりがちなのでしょう」

 ラワット先生が説明を続けながら、森の上空を見上げた。

「生命の精霊場が強いここのような環境では、抗酸化物質を使って体を保護する必要があまりありません。ですので色素生成に回せる割合が増えて、このような色の洪水になるのですよ」


 さすがノームである。エルフ先生までサムカと一緒に聞いて感心している。マライタ先生は何かの鼻歌を始めながら、マイペースで先頭をのっしのっしと歩いているが。

 しかし、ノーム先生とマライタ先生も身長は120センチ台しかないのだが、180センチあるサムカの歩幅に完璧に合わせて、無理なく歩いている。


 サムカが視線を森の中に下して、少し整った眉を寄せた。

「確かに色の種類が多い。おかげで〔察知〕も容易くなるな。狼族の一党が我々に用事があるようだ」


 サムカに指摘されて、ようやく他の先生たちも彼らを森の中に発見した。『殺気』とかいう物騒な思念体は、残留思念を使う死霊術と親和性が高い。そのためサムカが真っ先に〔察知〕できたのだろう。

 森の中の狼族たちも、発見されたと思ったのだろうか。次の瞬間。怒声と喚声をあげて、森の中から運動場へ飛び出してきた。そのまま四つ足になって土煙を上げて、こちらへ高速で駆けてくる。


 エルフ先生がジト目になった。狼族には視線を向けずに、その奥の森の中を見据える。

「あら。パリーがいる。けしかけたのはアイツか。まったくもう……」

 森の奥に留まってニヤニヤ笑いをしているパリーに、文句を言いながら睨みつけるエルフ先生だ。


 狼族は総勢20名ほどか。特に魔法具での武装はしていない。ダイナミックな動きに対応できるような、充分に余裕のあるシャツとズボンに素足である。両手足の指には狼族の象徴である鋭い爪が、秋の日差しを反射して鈍く輝いている。全身は深くてゴワゴワした黒褐色の剛毛で覆われて、それが高速疾走の風切りで乱雑にたなびいている。


 その先頭を走る狼族が、大きな口を開けて大音声で告げた。ズラリと並んだ牙が見事である。が、固いものを噛んだのか損傷した歯もいくつか見え、それらが歯科治療を受けて詰め物が施されているのもよく見える。

「やい! そこのエルフ! 我が牙と爪に引き裂かれて、くたばれや!」

「私!?」

 エルフ先生が思わず素っ頓狂な声を上げた。全くの想定外だったようだ。サムカの顔を一瞬見たので、サムカ関連の遺恨だろうと思っていたのだろうか。


 そんな一瞬の逡巡の間に、狼族たちが距離を完全に詰めた。

 サムカもろともにエルフ先生目がけて、一斉に鋭い爪が並んだ両腕を四方から振り下ろす。さすがは狼族、狩りには慣れている。見事な連携一斉攻撃で、逃げ場は土中方向しかない。が……


 爆風が突如発生して、20名ほどの狼族たちが吹き飛ばされて宙を舞った。

 恐らくは時速100キロほどの速度で突入してきた狼族が、その運動エネルギーをそのまま自身に食らい、さらに追加の運動エネルギーを食らって空中高く吹き飛ばされた。

 そのまま為す術もなく、運動場の地面に落下激突して動かなくなる。


 普通なら、それだけの衝撃と運動エネルギーを食らうと、体がバラバラになって即死しかねないのだが……そこは狼族である。気絶だけで済んでいるようだ。

 やはり犬の系統なのだろう「キューンキューン」と可愛く鼻を鳴らして痙攣しながら、運動場の土を噛んで気絶している。


 サムカも当然爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた……のだが、〔防御障壁〕を展開していたのだろう、何事もなかったかのように、平然と数メートル先の運動場に着地した。



 10秒ほどして爆風が収まり、土埃も収まると、爆心地に立っているエルフ先生の姿が見えてきた。さすがに土埃を全身に浴びているので、かなり不機嫌な表情である。

 ライフル型ではない通常の形状の杖の先を運動場に突き立てていたので、これでも手加減したのだろう。 

 マライタ先生も含めたサムカたちは、〔防御障壁〕を自動展開していたので、この爆発の被害は全く受けていない。吹き飛ばされてはいるが。


 エルフ先生が杖を運動場から引き抜いて、倒れている狼族たちに向けた。

「何? こいつら」

 警告もせずに、容赦なく光の精霊魔法をぶっ放してトドメをさしていく。「キャイン、キャイン」と断末魔の鳴き声が運動場にこだました。一応サムカとマライタ先生に、説明するエルフ先生である。

「コホン。ええと、戦意というか敵意を作り出している神経回路を、光を介した精神の精霊魔法で強制〔解除〕しているのよ。戦う気力を消してるの。虐待行為ではないわよ。暴徒鎮圧の定石ね」


 ノーム先生が銀色のあごヒゲと口ヒゲの先についた土埃を、片手ではたいて落としながら補足説明してくれた。

「光の精霊魔法との併用だから、光速で神経回路に直接〔干渉〕するんだ。対抗魔法なんか光速の前には無力だよ。エルフの魔法の恐るべき点だよね。事前に〔防御障壁〕を展開していないと防御もできない」


 エルフ先生がサムカに空色の瞳を向けた。かなり呆れているような目つきだ。

「貴族やハグさんにも効けば良いんだけど。この程度の魔力じゃ、中和されて届かないのよね……」

 とりあえず無言でいたほうが良いだろうと考えるサムカである。藍白色の白い顔も、見事なお澄まし表情になっている。


 エルフ先生もサムカが無反応なので、それ以上は突っかからなかった。代わりに、運動場に散り散りになって倒れている狼族を杖で小突き回して、リーダー格が誰か尋ねる事に専念するようだ。

 狼型の大きなぬいぐるみについた埃を、棒で叩き払って掃除しているようにも見える。そんな無慈悲な行いなので、再び「キャインキャイン」悲鳴が、運動場に鳴り響いた。


 マライタ先生が丸太のように太い両腕を組んで、赤毛の太いゲジゲジ眉をひそめた。顔を覆う赤いモジャモジャヒゲには土埃が大量に付着しているのだが、大して気にしていないようだ。

「まったく。これだからエルフは。心が冷たいと、行いも冷たくなるってのは真理だよな。どう見ても虐待行為だろ」


 そんな悪口を聞き流すエルフ先生である。

 やがて、狼族のリーダーを聞き出したようだ。一際甲高い悲鳴が秋の空にこだました。エルフ先生が倒れ伏している狼族リーダーの鼻先を、簡易杖で容赦なく叩く。座布団に付いた埃を棒で叩いて払うような、手慣れた手つきである。腰まである真っ直ぐな金髪の表面が、静電気で薄く光り始めた。

「さて、リーダーさん。私に何か用事があるのかしら?」


「あ、あるともさ!」

 リーダーが大粒の涙を両目からこぼしながらも気丈に答えた。四肢は精神の精霊魔法による〔麻痺〕と、暴風攻撃による衝撃とで、ピクピクとしか動かせないようだ。見事な牙がズラリと並んだ大きな口も、だらしなく開いていて、舌も口からはみ出て垂れている。エルフ先生の杖攻撃のせいなのか、鼻水とヨダレも結構な量である。 

(なぜか喜んでいるようにも見えるようだが……)と思うサムカであるが、ここは空気を読んで黙ることにした。

「ま……前に〔バンパイア化〕した狼族が、お前にやられただろ。奴は俺たちのリーダーでもあったんだ。奴が死んでから、狼族は後継者争いが勃発して大変な騒ぎになったんだよ。で、ようやくオレがリーダーになったんで、意趣返しにお前らを『討伐しに来た』ってことだ。この悪党め!」

 ろれつが回らない状態であるが、おおよそこのような内容の話であった。


 パリーが森の中から出て来て、エルフ先生の前でニヤニヤ微笑んでいる。身長が130センチほどしかない小学生体型をクネクネとねじって、赤いウェーブ髪をヒョイヒョイと同期させて揺らしている。 

 寝間着のような『ずぼらな』服装に加えて、変なリズムで踊っている。草で編んだサンダルがパタパタと音を立てて、相当にウザい。

「まあ~、大変ねえ~。耳長の悪党だって~、まあ~こわいわ~」


「パリー、あなたね……」

 ジト目になって簡易杖を肩に担ぎ、パリーを見つめるエルフ先生である。金髪に走る静電気の量も増えているが、すぐに狼族リーダーに視線を戻した。

「訳の分からない逆恨みということだけは、理解できました。っていうか、〔バンパイア化〕してるんだから既に死体でしょ。それじゃあ、あなたたちも先代リーダーみたいに、光に〔分解〕してあげましょうか」


 ここで高笑いでもしようものなら、完璧な悪役である。パリーもその展開を大いに期待して、赤髪の下の松葉色の目をキラキラ輝かせてワクワクしている。しかしノーム先生が真面目な口調で、エルフ先生に告げた。

「カカクトゥア先生。もう彼らには戦意も敵意もありませんよ。その証拠にほら、彼ら全員が顔を右に向けながら、尻尾を右方向に盛んに振っているでしょう? それ以上の仕打ちは無意味です」


 そう言われてみれば、確かに20名ほどの狼族全員が、地面に倒れていながらそんな仕草で尻尾を振っている。

 サムカも内心で(なるほどそうか)と思うが、やはり澄ましたままで表情には出さない。少し首を傾けた程度だ。


 エルフ先生がサムカと同じように少し首をかしげて、両耳を軽く上下にピコピコ動かした。静電気がビリビリと走っていた腰まである真っ直ぐな金髪も、重力に従って垂れ始めていく。そのまましゃがんで、リーダーに顔を近づけて尋ねる。

「そうなの?」

 途端に、黒褐色の剛毛で覆われた顔を、真っ赤にさせるリーダーである。尻尾の振り回しが激しくなったので、図星だったようだ。

「が、が、ぐ、んなわけあるか! てめえは仇敵だ、ぶっ殺す!」


「あ、そ」

 エルフ先生がすっくと立ち上がって、足元に転がっているリーダーを冷ややかな空色の瞳で見下ろした。秋の空の色によく似合っている。腰まである真っ直ぐな金髪も秋の空に透けて見えるようで、≪パリッ≫と火花を散らした。

「それじゃあ、再起不能にしてあげましょう」

 無造作に、杖をリーダーの目の前に突き出した。空色の瞳が、成層圏の空のような色に変わっていく。


「うひいいい!! ご勘弁をおおお! ごめんなさい、もう悪いことしませんから殺さないでえええっ」

 リーダーの悲鳴に、これ以上ないほどの素晴らしい笑みで答えるエルフ先生であった。狼リーダーの目には、神々しくすら見えただろう。

「そう。じゃあ、もう用はないから、どこかへ立ち去りなさい」

 そのまま、再び暴風魔法を発動させた。


 突如、巨大な竜巻が発生して、運動場に転がっている狼族全員を巻き込み吸い上げて、そのまま上空へ飛んでいった。森の木々には全く被害を出していないあたり、さすが魔法といったところか。


 先生たちは〔防御障壁〕を展開したおかげで巻き込まれずに済んでいるが、やはり面倒そうな表情になっている。

 飛ばされなかったパリーも同じ表情だ。ウェーブのかかった枝毛だらけの赤毛を竜巻の風に揺らして、つまらなそうな顔をしている。そして頬を膨らませて、東の空に去っていく竜巻を見送りながら文句を垂れ始めた。

「もう~、全然ダメじゃないの~。狼族のくせに~子犬みたいに~キャンキャン泣き喚くなんて~興醒め~」


 さすがにエルフ先生が空色のジト目のままで、パリーに文句を言う。簡易杖で自身の右肩を「ポンポン」と叩く。

「パリー。私も仕事で忙しいのよ。暇つぶしにチンピラたちをそそのかして、けしかけるとか、止めてくれないかしら」

 が、パリーには、あまり効果はなかったようだ。すぐにニコニコして、エルフ先生に微笑むパリーである。

「大丈夫~。こんなことも~あろうかと~、他の連中も~呼んでるから~! いいわよ~、出ていらっしゃいな~」


「おー!」

 野太い声が森の中から複数響いて、新手の挑戦者たちが姿を運動場に現した。

 牛の頭を持ち身長3メートル弱に達する、オーガ並みの筋肉隆々とした体躯の牛族が10名、それと、ジャディとは別の種族の飛族が20名だ。戦う気満々の彼らが意気揚々として、乱闘前の準備体操をしながらやってきた。

 パリーが晴れやかな笑顔になって、エルフ先生に紹介する。

「ジャディ君の~飛族を~打ちのめして~手下にした話が~世界中に広まってね~。腕試しをしたい~という申し込みが~殺到してるのよ~。まずは~、牛族と~飛族ね~。がんばって~、きゃ~」


(まず間違いなく、パリーの仕業だな)と確信するエルフ先生である。サムカや他の先生も、エルフ先生に同情している。

「うるさい。邪魔よ。消えなさい」

 蚊かハエの群れを殺虫剤で退治するような仕草で、エルフ先生が感情もなく簡易杖を一閃させた。


 再び巨大な竜巻がいくつも発生して、牛と鳥を飲み込んで空の彼方へ運び去っていく。運動場には塵一つ残っていない。

 頬を膨らませてブーブー文句を言うパリーを無視して、エルフ先生がサムカたちに振り返った。その拍子に長い金髪に、オレンジ色や青色光の静電気が≪パリパリッ≫と散る。

「時間を無駄にして、すいませんでした。サムカ先生の教室へ向かいましょう」


 そのサムカの目には、空間に亀裂が何本も走ったのが見えた。

(世界間移動魔法である召喚ナイフ魔法を何度も経験しているせいで、『時空の亀裂』と呼ばれるものが〔知覚〕できるようになったのかな)と思う。

 手元のハグ人形にも同じように見えているようで、何やら深刻そうな口調でサムカにささやいた。

「ううむ……この程度の精霊魔法ですら、空間〔干渉〕を起こすかね。とりあえず、魔法災害が発生してもすぐに復旧できるように定期的に〔ログ〕をとっておくか。ちょっと手伝えサムカ卿」

 サムカも即答で応じた。

「心得た。確か、先日の報道番組では、どこか他の魔法世界では突如魔法が使えなくなった上に、地殻変動が起きて島が沈没したのだったな。〔ログ〕の記録は、私の城内で保管しても構わないぞ」

「うむ。そうしよう。まあ、一時的なものだろうがね」


 そんなサムカとハグ人形の真面目なやり取りは、他の先生方には感づいていないようである。エルフとドワーフとノームの冷やかし合いが微笑ましい。パリーだけは無言でヘラヘラ笑いをサムカとハグ人形に向けているが、それだけで何もしてこなかった。




【西校舎2階のサムカの教室】

 校舎に入り、2階のサムカの教室へ到着するとそこには既にペル、レブン、ジャディの他に、ミンタ、ムンキン、そしてラヤンが席についていて出迎えた。警官と軍人の研修生は、まだ派遣されていないようだ。今回は正規の〔召喚〕ではないので、机とイスがまだ出来ていないためだろう。


「こんにちは! テシュブ先生っ」

 元気な声でサムカを歓迎するのはペルである。黒毛交じりの尻尾がクリンクリンと床を掃く。


「殿おおおおっ! お久しぶりッス! お元気そうで何よりッス!」

 ジャディは相変わらず大仰な物言いをしながら、背中の大きな翼と尾翼を広げて「バッサバッサ」と羽ばたかせた。当然、暴風が発生して教室の中を吹き荒れるが、そこはドワーフ製の机とイスである。天井や床、壁に窓ガラスに衝突しようが壊れない。

 生徒たちはもちろん〔防御障壁〕を自身の周囲に展開しているので、この暴風の中でも余裕で席に座っている。

 教室の作りも強化済みなので、この程度の暴風では天井の蛍光灯や窓ガラスも割れない。しかし、うるさいのは変わらないが。


 ミンタとムンキンにラヤンが一斉に非難の文句をジャディに投げかける。が、当然そんなことで大人しくなるようなジャディではない。凶悪な悪人顔に似合う凶悪な琥珀色の両目から大粒の涙をふりこぼして、構わずにサムカに飛びかかり、膝に抱きついて大泣きし始めた。「ヲンヲン」うるさい。


 そんな暑苦しいジャディを無視して、レブンが冷静なセマンの表情と声でサムカに聞いた。

「テシュブ先生。墓所の騒動のことは、お聞きになりましたか?」

「うむ、校長室で聞いた。歴史まで変わったようだな。無事で良かったよ。ハグの話では、死者の世界にはこれといった影響は出ていないそうだ。恐らくは闇魔法の系統の歴史〔改変〕魔法だろうな」

 サムカが教壇に立って答える。そして、膝に抱きついているジャディに席へ戻るように促した。


「今回は定期〔召喚〕ではないので、授業は行わない。その代わりドワーフのマライタ先生に頼んで、破損した君たちの杖を修理することになった。私も見学することにしよう。では、マライタ先生。よろしく頼む」

「よしきた」

 サムカに代わって、教壇に立つマライタ先生である。サムカ始め、他の先生は、入り口付近に立って見守っている。

「では、早速だが。君たちの杖を出して、ワシに見せてくれ」


「はい。先生」

 6人の生徒たちが一斉に答えて、机の上にそれぞれの『壊れた杖』や、『杖だった物体』を置いた。確かにどれも派手に割れたり欠けたりしている。

 一番マシな状態なのはレブンとペルで、他の杖は粉々だ。回収できた粉の量が少なかったようで、盛り塩みたいに見える。一方で、ジャディの杖は無傷であった。


 サムカが思わず呻いた。特に、『盛り塩』状態のミンタとムンキン、それにラヤンの3つに注目している。

「むう……これは、見事に壊れたものだな」

 エルフ先生とノーム先生も、粉になった元ライフル杖を取り出していた。これらも見事な盛り塩状態だ。


 マライタ先生がそれら壊れた杖と、盛り塩をざっと見て腕組みする。

「テシュブ先生の感想の通り、大破してるなあ。本当にフルパワーで使ったんだな」


 エルフ先生が少し肩をすくめてうなずいた。

「まあね。全然効果なかったけど。それで、どうかしら? 修理できそう? 警察本部から、新型の杖を支給してもらったから、そんなに無理して直さなくても構わないわよ」

 マライタ先生が下駄のように大きな白い歯を見せて笑った。ここでようやく、顔を覆うモジャモジャヒゲや髪に付いている土埃に気づいたようで、無造作に両手で払い落とす。

「大丈夫だ。塵でも修理できるわい。さて、それでは講義しながら修理を進めるとしようか。一応、授業時間だしな」


 そう言って、生徒と先生たちの破損した杖と盛り塩を全部受け取って、教壇の上に並べて置いた。騒動に参加していなかったジャディの杖だけは無傷なので目立っている。


 そしてマライタ先生が腰に下げている袋の中から、いかにも危険そうな魔法場を出している金属塊を何個か取り出して、教壇の隅に置いた。作業用のごつい手袋をはめ、サンバイザーのような帽子一体型のサングラスをかける。

 何かの力場が発生したのか、先生の体にまだ付いていた埃や汚れが全て弾かれて落ちた。一種の簡易クリーンルームを形成したようだ。


「まずは、杖の強度を上げる作業から始めるか。おっと、あんまり近寄るなよ」

 思わず近寄って見ようとするエルフ先生とノーム先生に、手袋をはめた手で制するマライタ先生である。

「この金属鉱石は大深度地下の産だ。闇の精霊場を強く帯びているから、防具なしで近寄ると体や神経を〔侵食〕されるぞ」

 サムカもうなずいたので、仕方なく後に下がる先生と生徒たちである。ただ、ペルとレブン、ジャディの3人は平気な様子なので、そのまま教壇の近くに陣取って作業を見ている。


「金属ってのは、形にする工程で熱を加える。その際に、金属中に含まれている水素なんかが熱で膨張して、微細な球状の穴が無数にできるんだ」

 マライタ先生がごつい手袋とサンバイザーの設定をしながら、話を始めた。

「地表に多い軽金属のアルミだと、穴の数は単位面積当たり5万個から50万個になる。こいつは地下深い所の産物だから、1桁ほど少ないけどな。それでも、かなり数があることには変わりがない」


 魔法工学に詳しくないサムカにとっては、初めて聞く内容だ。そもそも金属中に泡が生じて、それが冷えると小さな空隙になるというのも初耳であった。

 ジャディはサムカと同じように、琥珀色の目をキラキラさせて聞き入っているが、他の生徒にとっては基礎知識のようである。特に、魔法工学が得意なペルは平然とした顔だ。

「コホン」と小さく咳払いをして、サムカも平静を装う事にする。


 マライタ先生がそんな様々な反応を見ながら、サンバイザーの奥の黒褐色の瞳をキラリと輝かせた。早くも諸設定が完了したようである。

「冷却後、穴はその数と大きさを減らすんだが、それでも結構な数の穴が残ってしまう。それで無茶な使い方をすると、金属中の微粒子が応力で破壊されて亀裂が生じる。その亀裂と穴がつながって、亀裂が大きくなる。で、最終的に金属が破壊されるんだよ。割れ砕けて、はく離する。こんな風にな。まあ、金属結晶の宿命みたいなもんだ」


挿絵(By みてみん)


 アナログ好きのレブンが明るい深緑色の目を輝かせてノートを取っている。もちろん、簡易杖の先に取りつけたダイヤモンド結晶を通じて発生させた紫外線の円偏光で、自身の〔空中ディスプレー〕画面にも自動〔記録〕をしているが。

 本来はエックス線での〔記録〕なのだが、サムカがいるので紫外線にしているようだ。簡易杖は自律起動中なので、レブンの手を離れて勝手に〔記録〕を続けている。ジャディとラヤン以外の他の生徒もダイヤを使った〔記録〕をしているが、ミンタだけはダイヤを使わずに〔記録〕していた。


 レブンがガシガシとメモを取りながら聞く。

「なるほど。金属の内部は実は空隙だらけなんですね、マライタ先生」

 マライタ先生が壊れた杖の状態を調べ終わった。次いで、何かの演算を手元の〔空中ディスプレー〕画面で行いながら軽くうなずく。

「その通りだ。穴や亀裂の連結現象は、金属が破壊されないような小さな力でも多く起きる。だから、金属結晶を形にする工程では何よりもまず、穴や亀裂の数を減らして連結が起こりにくいような空間配置を導入するんだ。それだけで、金属の強度や破壊靭性、成型性などを倍以上も飛躍的に伸ばすことができる」


 そして、手袋をはめた手で金属塊をいくつか持って、まるで粘土細工のように『こねて』一まとめにした。ペースト状になった金属を、慎重に杖になすりつけていく。


 ……と、その金属が杖に吸収されていった。盛り塩状態の杖の塵には、このペーストで練り込んでいく。すると、どちらも勝手に元の杖の形状に変形し始めた。

「おお……」

 低いどよめき声が、作業を見ている生徒と先生の間から起きた。その声を、赤いゲジゲジ眉を上下させて聞くマライタ先生だ。かなりご機嫌の様子である。

 外見上では、すっかり復元された簡易杖とライフル杖を前にして、ドヤ顔で説明した。

「魔法のようだが、魔法ではないぞ。自己組織化という物理化学反応だ。これで金属結晶中の穴と亀裂の数を、元の100分の1以下まで抑えた」


 マライタ先生がごつい手袋の設定を再び変更した。

「さて。これで杖の補強は終わりだ。闇の性質が強い金属もこうやって杖と混じり合うことにより、杖の使用者への悪影響もなくなる。ペル嬢とレブン君は闇の精霊場への耐性もかなり強いから、他の皆と比べて多めに金属をなじませておいた。これで、この杖は金属と土類、木材由来の有機物の混合物になったな。手触りが変わったが、すぐに慣れるだろう」


 サンバイザーの設定を変更したマライタ先生が生徒と先生たちに視線を向けて、白い歯を見せて笑った。

「次いで、魔法属性の強化を行う。魔法といっても、要は魔力というエネルギーの流れだ。その流れに引っかかりや抵抗が生じると負荷がかかって、そこから杖の破壊が始まるんだ。そのエネルギーの流れの損失をゼロに近づけることが、魔法属性の強化ということになる。君たちがかけた魔力を損失なく杖に流して、術式を発動させるということだな」

 そう言いながら、マライタ先生が別の鉱石をいくつか一まとめにした。それを先ほどと同じように、慎重に杖に擦りつけていく。

「この金属は内部だけは絶縁状態なんだ。金属ってのは電気を通す物質のことだから、これは変な金属だよな。さっきまとめた金属鉱石の中に磁性元素が含まれていてね、これによって外部から磁場をかけることなく金属表面に抵抗ゼロ、質量ゼロの電気を流すことができるんだ。ここに魔法の術式を刻んで、電気だけではなくて、魔法場も抵抗ゼロで流すことができるようにする」


 簡易杖とライフル杖の表面の色や質感が、急速に変化してきた。ノーム先生が身を乗り出して観察しようとして、エルフ先生に制止されている。


 マライタ先生が手袋の設定を微調整して、杖の表面を手袋で磨いて滑らかにしていく。

「流す魔力の制御は、この磁場の向きを反転させるだけの『ごく小さな』エネルギーでできる。慣性がかからない質量がゼロの場だからね。それに使うのは魔力ではなくて、君たちの思念のエネルギーという弱いエネルギーで充分だ。これで『思うだけ』で魔力制御ができる。よし、こんなもんだろう」


 そして最後にマライタ先生が、腰の袋の中からダイヤモンドを人数分だけ取り出した。

「ここまでで、『杖自体の強化』、『術式回路の強化』までは終了した。最後に術式を演算して魔法を発動させる『コアの強化』をしようか。レブン君たちはダイヤモンドを使った高密度〔記録〕魔法を使えるから、〔記録〕については特に説明はしなくてもよいかな」

「はい!」

 元気な声で返事をするレブンたち生徒だ。ジャディだけは不服そうな顔をしているが、後でレブンから聞くつもりなのだろう。特に暴れたりしていない。


 マライタ先生がサンバイザー越しにダイヤモンドを念入りに調べていく。

「このダイヤモンドはワシが人為的に作ったものだ。高純度で高結晶性のダイヤモンドを成長させる時に、空孔・センターを極微量に……まあ、炭素原子1千億から1兆個に1個の割合だな。そう制御して導入した。これで、ダイヤモンドの複数の位置から、同じ波長の光子を多数同時に発生させることができる」

 専門用語が多数飛び交い始めた。

「光魔法の場合は、それを直接魔法に〔変換〕するし、他の魔法でも術式回路を通して〔変換〕されるってことだ。もちろん、異なる属性の魔法を同時に演算して発動させることもできるぞ。まあ、杖の脳みそが1つから無数に増えた、ってことだな。よし、強化完了だ。試運転をやってみな」


 サムカが非常に残念そうな表情になった。

「うむむ……さすがドワーフの魔法工学だな。私の杖は強化できないのが残念だ」


 マライタ先生が完成した杖を生徒と先生たちに返却しながら、ガハハ笑いをする。

「テシュブ先生の杖は、闇の精霊魔法と死霊術に特化しているからなあ。それと意味不明な闇魔法もだな。この鉱石では拒否反応が出てしまうんだよ。なんだかんだ言っても、生命の精霊場が強いこの世界の鉱石だからね。まあ、死者の世界の鉱山で、目的の鉱石を探して使うしかないな」


「うむむ……」と唸っているサムカを、ニヤニヤした含み笑い顔で見つめながらパリーが「えへん」と胸を張った。 

 マライタ先生の講義と杖の修理に、意外にも興味を抱いているようだ。理系脳なのかもしれない。

「そりゃそ~ね~、サムカちん~。私たち妖精がいるんだから~アンデッドに~都合の良い~鉱石なんて~あるわけない~わよね~」

 そして、マライタ先生の顔をヘラヘラ笑い顔のままで見つめた。松葉色の瞳がキラキラしている。

「それ~面白そうね~。わたしも~先生になったし~学校に行く用事が~できたわ~」


 ノーム先生がかなり呆れた表情になって指摘する。

「パリー先生。そうですよ。先生になったのですから、授業サボリは止めて下さいね。結局、私が代わりに生徒たちに生命の精霊魔法の授業をすることになるんですから」

 パリーが面倒臭そうな顔に戻って、パタパタと片手を振って答える。

「わかったわよ~。人に教えたことなんか~今までないんだもの~ちょっと~とまどっている~だけですう~」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ