35話
【カルト派】
サムカが〔修復〕されたばかりの中庭の通路をゆっくりと散歩しながら、空を見上げて小声でつぶやいた。
「おい、ハグ。お前も聞いていたのだろう? 隠れておらずに出てこい」
サムカが言い終わらない内に、サムカから2メートルほど離れた通路の上にハグの気配が降臨してきた。しかし姿は、ほぼ完全なステルス状態なので知覚できない。
実際そのハグの気配に気がついた貴族や騎士は、サムカの他には誰もいなかった。皆、穏やかに談笑をしながら劇場に戻っていく。
「サムカちん。ガッカリだぞ。せっかくカルト貴族と対面したというのに、ただの世間話だけして終わるとはな。ステワ卿ではないが、殴り合いくらいはするだろうと楽しみに見ておったのに、この田舎領主は。ぶつぶつ……」
声だけがサムカに届く。〔空間指定型の指向性会話〕魔法なので、サムカ以外にはハグの声は聞こえていないようだ。しかしハグから漏れ出てくる魔力のせいで、サムカが立っている場所がやや薄暗くなり、気温も少し下がっている。
サムカは冷気にも無頓着なので身震いもせず、暗くなったのに瞳孔も変化させず、そのまま突っ立った姿で答えた。
「やはり奴が、先日の魔法学校襲撃の『黒幕』か。巨人ゾンビを強奪することが目的だったことも、これで明確になったな。まあ、奴の思惑も、今後は無為に帰すだけだよ。余計な争いは、私は好まないのでね。ハグ」
サムカが淡々とした口調で、小声で見えないハグに向かって告げる。サムカもハグと同じ会話魔法を使えるのだが面倒がっているのだろう。使わずにいる。
ハグの口調がやや呆れた感じになった。
「奴は、確かにリッチー協会から制裁を受けて、今後は獣人世界へ出かけることはできなくなった。結局、どのリッチーが奴に召喚ナイフの供与をしていたかは闇の中だが、奴はもう召喚ナイフを使うことはできぬ。しかし、抜け道なぞいくらでもある。奴はあきらめておらんよ。用心することだな」
サムカも呆れた顔になる。
「おいおい。リッチーともあろう存在が、そのような情けないことを言うかね。……待てよ、ということは、これはナウアケ一派だけの仕業ではないのか。南のオメテクト王国連合の支援を受けているということか」
ハグがニヤリと笑ったような雰囲気を、その透明な姿からにじみ出した。
「我々は、魔神ではないのでね。全能ではないさ」
サムカが少し思案するような仕草をする。
「うむむ……奴個人の暴走かと思っていたのだが……背後には王国連合の議会も関わっている可能性があるのか。であれば、あのカルト貴族を見逃すのは悪手かもしれんな。今からでも追いかけて、〔滅殺〕すべきか……」
ハグが透明姿のまま、さらに呆れたような雰囲気を出してきた。
「おいおい。奴はもう劇場の貴賓席に座っているぞ。仮にもオメテクト王国連合の代表団の一員だからな、今、決闘するのはマズイだろう。先ほどであれば、まだ何とかなったであろうが」
サムカが残念そうな表情になった。
「……むう。確かに、今となっては無理だな。カルト派閥は魔法の術式も独特らしいし、私が知らない系統の嵌め技も用意しているだろう。実際、魔法学校を襲撃した際の魔法場の痕跡は、かなり独特なものだった」
ハグが含み笑いをしながらツッコミを入れてきた。
「そんなもの、お前さんほどの魔力であれば一蹴できるだろうに。実際、奴が話しかけてきた目的は、お前さんの魔力の大きさを調べることだったようだしな。まあ、奴が想定していた以上に巨大だったから、すごすごと愛想笑いをしながら去っていったが」
サムカが険しい表情のままで答える。
「確かに、私と奴との一騎打ちであれば、問題なく勝てるだろう。我が騎士でも奴に勝てるはずだ。しかし、ここは大勢の貴族や騎士たちが居る場所なのだよ。建物も強度は高くない」
サムカが周囲の建物を見回して、再びハグに話しかける。
「かなりの被害が出ることになるか。やはりハグの言うとおり、今から追いかけても騒ぎが大きくなるだけだな。領民を抱える身の上は、なかなかに難しいものだ。騎士時代は良かった」
そして、そのままハグの居る空間に視線を向けた。今もステルス状態なので彼の姿は見えない。
「ハグにとっては、そんな破壊と暴力の応酬も『よきにはからえ』のようだな」
ハグがニヤニヤ笑いをしているのが、サムカにも分かった。
「リッチー協会としては、平和裏に収まることを望むさ。当然のことじゃないか」
サムカがジト目になる。
「だが、突発的な『事故』が起きることも往々にしてある……ということか。そして、それは最終的にリッチー協会の影響力の強化につながる、と思っているな」
ハグの声がひそやかに聞こえる。
「だから言っているだろう? 我々も万能ではないのだよ。それに、我々が日々開発研究している魔法の術式の試験や実験も行わないと、意欲が減退してしまうものだしな」
サムカがため息をついた。
「やれやれ……クーナ先生ではないが、『まったく、これだからアンデッドは』……我が生徒たちを、奴らが再び襲撃する恐れが出てきたということだな。まあよい。魔法戦闘の訓練の仮想敵が明確になっただけでも良しとするか」
軽く腕組みをする。
「……とりあえず、〔ロスト〕対策を早急に確立させれば良かろう。迎撃魔法や防御は、その後でゆっくりと高めていけば良い。先ほど会ったが、奴の魔力は『騎士相当』にまで低下していた。強力な魔法は使えないから、対処も可能だろう」
ハグが同意する。
「そうだな。驚くほど低下していたな。生徒どもは、生意気にも既に自動〔蘇生〕法術を習得している。存在そのものが消える〔ロスト〕魔法の対策さえ行えば、最悪でも死ぬことはないな」
サムカが機械的にうなずいた。マルマー先生と出会って以来、法術には少し興味が湧いていたのであった。色々と調べて勉強している。そして、生者が死んだ場合の〔蘇生〕や〔復活〕法術の欠点についても、基本的な事は知っている。
「死ぬ事はないだろうが、記憶の欠落や、体調の悪化、病気になる事もあるようだ。法術といえども、〔蘇生〕や〔復活〕に関しては万全ではなさそうだぞ。まあ、我らアンデッドには、どうしても理解の及ばぬ点はあるだろうがね」
アンデッドなので蘇生うんぬんには縁がない。蘇生は仮死状態からの回復だからだ。死体からの回復ではない。アンデッドはせいぜい、粉々になったり灰や液体化した際の、〔復活〕の儀式魔法の世話になる程度だ。
ハグの声がそんなサムカに少し驚いた様子だったが、サムカへの話を続ける事にしたようだ。
「独自術式とはいえ、カルト貴族の魔力はそれほど高くない。〔ロスト〕魔法の威力も弱い。ワシが使うような〔ロスト〕攻撃では、お前さんでも為す術はないが……まあ、そのような馬鹿げた威力の魔法は、あの連中には無いはずだ」
ジャディに仕掛けた〔ロスト〕魔法は、本当にお遊び程度だったらしい。
サムカがジト目になっているのを、楽しげに見ていると思われるハグである。そして、話を少し変えた。
「君の教え子たちが、森の中で興味深いものを見つけたようだ。次回の〔召喚〕時間を少し延長しておくから、見てくると良いだろう」
サムカが首をかしげた。
「何だ? もったいぶった言い回しだな。ハグ、お前の魔力ならば、ここからでもその『興味深いもの』とやらの正体を見極めることくらい造作もないだろう。なぜ、私に探索まがいの真似をさせるのかね?」
ハグの口調が自虐めいたものに変わった。
「先ほど言っただろう? 我々でも分からないこと、できないことはあるのだよ。一見、何の変哲もない自然洞窟なのだがね、どうやら巧妙に〔偽装〕されているようだ。かなり高度な魔法が使用されていてね、〔解析〕もできない。ワシが直接出向くと、何かの〔罠〕が発動するような小細工も施されているようだ」
口調が次第に軽くなっていく。
「そこで、魔力の低い、師匠にも見放された田舎貴族の卿ならば、どうだろうかと思い至ってね。魔力がナマクラであればあるほど、〔罠〕に引っかかりにくいだろう」
サムカのジト目がきつくなる。
「ハグ……聞いていたのか。私に盗聴器でも仕掛けたのかね? まあいい。探査自体はシャドウにさせれば済むだろうから、私としては構わないよ。授業としても使えるかも知れないからな」
いつの間にか、中庭にはサムカだけになっていた。
劇場の入り口に立っている警備の近衛騎士たちが、サムカに向かって手を振っている。そろそろ開演時間のようだ。
それを察して、透明ハグがサムカに声をかけながら消えていった。
「では、ワシはこれで去ることにしよう。くれぐれも、公演中に居眠りなぞせぬようにな。サムカ卿」
気温と日差しが元通りになっていく中、サムカがため息をついた。
「目下の問題は、それだな」
【ヒドラの洞窟】
崩壊して埋もれていた洞窟は2日後に完全復旧されたという知らせが、そのゾンビワームからレブンに届いた。レブンが使役する7匹のゾンビワームによる、突貫工事のおかげだ。
昼休みに学校から〔テレポート〕して、直ったばかりの洞窟内部を調べることにするレブンとペルである。
〔テレポート〕先の魔術刻印を刻んだ木は、パリーのせいで〔ミミズ化〕して無くなっていた。そのため改めて、洞窟入り口近くの別の木の幹に刻んである。洞窟からは少し離れてしまったが、仕方がない。
新しい〔テレポート〕魔術刻印の木から洞窟までは、十数メートルほどだ。
洞窟の周囲は、ほとんど更地のようになっていた。パリーが草木全てを〔ミミズ化〕させてしまい、それらを全てノーム先生が大地に〔沈めて〕しまったせいだ。森の守護者であるはずのパリーが森林破壊をしているのだが、誰も指摘していない。
おかげで日差しがよく差し込んできて見晴らしがよい。森をピクニックして、お弁当休憩をする場所としては最適だろう。下草が全く残っていないので、雨天決行すると泥だらけになってしまうが。
ともあれ、既に2匹のヒドラが日向ぼっこをして、のんびりと眠っているのが見える。
ジャディは「そんな洞窟なんか興味ねえよ」と、言い放ってどこかへ飛んでいってしまった。
レブンは通常のセマンの姿で、森の中でもよく目立っている。一方のペルは、体のフワフワ毛皮に入っている黒い縞模様と、闇の精霊魔法の魔力のせいもあって、木漏れ日の影の部分に溶け込んでいるようで目立たない。
やや遅れて、エルフ先生がミンタとムンキンを連れて〔テレポート〕してきた。同じように洞窟の入口までテクテクと歩いてくる。エルフ先生がレブンに聞く。
「どう? レブン君。洞窟が直ったと聞いたのだけど……あ。ペルさんもいたのね。ごくろうさま」
エルフ先生も一瞬の間だが、ペルの姿を確認できていなかったようだ。
レブンが恐縮しながら返事をする。
「すいません。お忙しいのに、わざわざ。先ほどゾンビワームからの連絡が入ったところですが、崩落していた場所は全て修復したそうです。念のために、樹脂を壁面に塗布して補強もしています。これで、また地震が起きても崩れることはないと思います。ですが、実際に目で見て確認する必要があると思いまして」
エルフ先生が洞窟入り口の岩石質の壁を眺めて、首をかしげた。
「私では判定できないから、ノームのラワット先生を呼びましょう。それにしても……」
7匹の大きなゾンビワームが、ぞろぞろと洞窟から出てきた。そのまま、きちんと行儀良く整列していくのを見る先生である。
洞窟の外に広がる更地広場に居て、木漏れ日をまともに全身に受けているのだが、何ともないようだ。この時点で、先日の狼バンパイアよりも強力だということが分かる。
入れ替わりに、先に日向ぼっこをして寝ていたヒドラ2匹が「シャーシャー」と舌をチロチロ出して、素直に森の中に入っていった。ヒドラも酒を飲んで酔っ払っていなければ、それほど危険なモンスターではなさそうだ。そんなヒドラの後ろ姿を見送ったエルフ先生である。
「アンデッドも、こういった危険な作業では重宝するのねえ。復旧工事中に、何度も落盤や土砂崩れが起きたでしょうに」
レブンが少し誇らしげな表情になった。
「はい。10回ほど起きました。ですが、死霊術版の自動〔修復〕魔法をかけていますので、すぐに傷も治ります。そもそもワームですから、生き埋めになっても平気ですし。それに、素体がヒドラですので、多くの魔力を帯びさせることができました。おかげで、直射日光に当たっても崩壊しません。これはラッキーでした」
つまり、このゾンビワームは、ただのゾンビではないという事だ。日光に弱いバンパイアよりも上である。
エルフ先生が腰に手を当てて、微妙な笑みを浮かべた。彼女の空色の瞳と、腰まで真っ直ぐに伸びた、べっ甲色の金髪が木漏れ日に輝く。服装は、相変わらずの無骨な機動警察官の黒緑色の制服であるが。
「……そうね。私たちが代わりに工事をして、土砂崩れで生き埋めになったら、自動〔蘇生〕魔法といえども助からないものね。〔蘇生〕しても土中では空気が無いから、1分と持たずに窒息して、すぐにまた死んでしまうわね」
ペルと両手を振り合って挨拶を交わしたミンタが、腕組みをして思案する顔になった。彼女の巻き毛気味の毛皮も、頭の金色の縞が木漏れ日を反射してフワフワ具合が強調されて美しい。
「そうかー。その場合は、自動〔蘇生〕よりも、安全な場所へ〔テレポート〕する術式を自動発動するようにした方が良いのか」
ペルがミンタに聞く。彼女の黒い縞模様が入った頭のフワフワ毛皮も、毛先が木漏れ日を反射して地味ながらも美しい。
「ミンタちゃん。そんな術式、あったっけ?」
ミンタが肩をすくめて首を振った。金色の毛が交じる尻尾と、頭の両耳も同調して振られる。
「無いわね。そもそも、〔テレポート〕する魔法は、前もって〔テレポート〕先の座標に魔術刻印を刻んでおいたり、頭で記憶している場所を選択して実行するんだけど、これは意識があるからできるのよね。気絶中だと、意識がないから選択できない」
話ながら両耳を交互に動かし始めた。
「そうなると……自動発動させるためには、その魔術刻印を1つだけに『限定』しないといけないけれど……そんなことしたら、他の場所へ〔テレポート〕することができなくなって、非常に使い勝手が悪い術式になっちゃうわ」
ムンキンも同意する。彼の細かくて滑らかな柿色のウロコで覆われた頭と尻尾も、木漏れ日を反射してキラキラと金属のように輝いている。尻尾を数回と地面に叩きつけた。
「ミンタさんの言う通りだな。〔テレポート〕は、ソーサラー魔術と幻導術のどちらでもできるけど、術式を書き換えて、非常時専用の条件分岐を作らないといけないだろうな。気絶を発動条件にする術式か……うわ、面倒だな、それ」
ペルとレブンの視線が虚ろになった。レブンの口元がセマンのそれから、魚のそれに戻っていく。ペルは木漏れ日の中で、その存在感すら薄くなる。
「うはあ……術式の条件分岐の書き換えなんか、僕にはまだ無理だよ」
「うーん……闇の精霊魔法だったら、何とかできると思うけど……ソーサラー魔術も幻導術も、そんな術式改変は私じゃ無理」
ミンタがドヤ顔で2人を見た。連動して口元の細いヒゲもピコピコと動く。
「方法はあるわ。外部発動の術式にすれば良いのよ。魔法具に『改変したテレポート術式』を導入しておいて、装着者の意識が無くなった時に自動発動するようにすれば良いわ」
「おお!」
歓声が上がり、森の木々で反射して『こだま』になった。猿顔と猫顔の原獣人族が驚いて、狐語で何か喚きながら森の奥へ逃げていく。ツバメなどの小鳥も数羽ほど、鳴きながら飛び去っていった。
ミンタが少し照れながら、頭の金色の縞を手でかいた。それでもまだ得意になっているようで、口元のヒゲのピコピコ動きが活性化している。
「でも、魔法具を体から外すと接続が遮断されるのが問題かな。その場合、魔法具が自動発動してしまうわね。その魔法具だけが勝手に〔テレポート〕しちゃう不具合が起きる。それを防止する安全策を講じておく必要があるわね」
エルフ先生が半ば感心しながら、生徒たちの会話を聞いている。
「凄いわねえ。ミンタさんたち、エルフ世界の魔法研究所から職員募集案内が来るかも知れないわね。しかし、そうね。その魔法具を先に完成させましょうか。安全を確保してから、ゆっくり調べましょう」
「おいおい。呼び出しておいて、それはないだろう」
いつの間にか、後ろにノームのラワット先生が立っていた。大きな三角帽子の下の顔が、不満でむくれている。銀色の口ヒゲとあごヒゲが、気分を反映してかボサボサ状態だ。
エルフ先生が(ああ、しまった)というような表情になった。しかし、すぐに愛想笑いをして振り向き、ノーム先生を出迎える。
「すいません、ラワット先生。レブン君が使役するゾンビワームによる、洞窟の復旧工事が一応終わったのですが、念のために『安全確認』をお願いしたいのです。壁の強度と崩落の危険性を調べてくださると助かるのですが」
ノーム先生が機嫌を直して気楽にうなずいた。ボサボサ状態だった銀色の垂れ眉と、口ヒゲ、あごヒゲを、手袋をした手で整える。腰まで真っ直ぐに伸びている同色の髪が、森の空き地に吹く風に優雅に揺れた。
エルフ先生と異なり、小奇麗なスーツ姿に、つま先が丸まっているとはいえブーツを履いているので、よほど先生らしく見える。この点は、いつも機動警察官の制服姿のエルフ先生とは違うオシャレなところだろう。ただ、巨大な三角帽子は被っているが。
「ああ、そうか。カカクトゥア先生は大地の精霊魔法が苦手でしたな。分かりました。どれどれ……」
簡易杖をスーツの内ポケットから取り出して、それを洞窟の入り口に向けた。
ノーム語で何やら詠唱すると、《ズシン!ズシン!》と、地鳴りが数回起こった。
森の中が騒がしくなり、ツバメを含めた鳥の群れが大空へ一斉に飛び立っていく。ネズミの類の「キーキー」声や、原獣人族の文句も森の中から響いてくる。
あまり連中を驚かせると、パリーが猫なで声を発しながら、こちらへやってくる事になる。そのため魔力は必要最低限に留めたようだ。
この地域では地震は滅多に起きないため、ちょっと驚いている生徒たちである。
ノーム先生が三角帽子を被り直しながら、銀色の垂れ眉を上下させた。
「地震波を起こして、内部状況を調べているのですよ。波長が長いので、細かい調査はできないけれどね」
そして、早くも調査結果が出てきたようだ。あごヒゲを撫でながら、工事を指揮したレブンに顔を向ける。
「ほう……内部壁面を樹脂で補強したのかね。これなら、先日のような規模の地震が起きても崩れることは、もうないな。この地域には地震を起こすような活断層もないし。樹脂が酸化劣化するまでの50年ほどは大丈夫だろう」
レブンが照れている横で、ムンキンが濃藍色の目をキラリと輝かせながら小突いている。
「やるじゃないか、レブン」
「へへへ。ありがとう、ムンキン君」
ノーム先生がエルフ先生に視線を戻した。小豆色の瞳がやや曇っている。
「と、いうことだ。好きなだけ内部探検しても大丈夫だよ。だが、セマンの冒険家の報告の通り、何もないな。ただの洞窟だよ」
エルフ先生は特に気にしていない表情だ。腰に両手を当てて、洞窟内部をのぞき見ている。
「渡りヒドラたちの『越冬地』ですから、何もない方が良いでしょう。これで、森の中を徘徊して、仕込んだお酒を盗み飲むようなことは減ると思いますよ」
ラワット先生が大真面目な顔になった。
「そうだな。その方が『重要』だな。昨日マライタ先生と一緒に、改めて10樽を仕込んだばかりなんだよ。こいつまで盗み飲まれたら、今度こそはヒドラを全て土に返してしまわないといけなくなるからね。ティンギ先生の天気〔予想〕だと、今年は寒波が強めらしい。酒の発酵に好都合なんだよね、あはは」
エルフ先生も真面目な表情になってノーム先生に振り向いた。
「そうですね。そうなったら、二度と渡りができなくなるように1匹残らず光に〔分解〕してしまいましょう。ヒドラがこの地域で絶滅しても、モンスターですからね。生態系には大した影響は出ないでしょうし」
ミンタとムンキンはそれを聞いて興奮しているが、ペルはドン引きして絶句している。レブンも冷や汗をかいていたが、何とか口を開いた。
「せ、先生。そんな物騒なことは言わないで下さい。こうして洞窟も直ったことですから、もう騒ぎは起きないはずです」
そんなことには耳を貸さず、ムンキンが興奮気味にエルフ先生に聞く。頭と尻尾を覆う柿色のウロコが膨らんで木漏れ日を反射して、ますます金属のように光った。
「先生! それで、いつ洞窟探検をするのですか?」
ミンタも明るい栗色の目を輝かせて、尻尾をブンブン振っている。
エルフ先生が微笑みながら答えた。彼女も少し期待しているようで、両耳の先がピコピコ上下している。
「そうですね。今日の放課後にしましょうか。ヒドラたちが安心して越冬できるように、洞窟内部の生命の精霊場を整えないといけませんからね」
レブンが納得した表情になって、セマン顔の黒髪の頭を両手でかいた。
「ああ、なるほど。ゾンビワームたちが作業したので、死霊術場が強まっているんですね。確かに、そんな場所では安心して越冬できないか」
エルフ先生がうなずいた。が、厳しい警察制服のせいで、尋問をこれから始めそうな雰囲気も出ている。
「そういうことです。ゾンビたちには悪いけど、別の場所で眠ってもらうことにしましょう。そうですね、洞窟の最深部にもう1つ穴を掘らせて、その中に収納することにしましょうか。収納後に穴を閉じれば、それで解決するはずです」
レブンが少し残念そうな表情をしながらも、素直に従った。
「分かりました、カカクトゥア先生。収納後に術式を解除すれば死体に戻りますが、やはり死霊術場が強く残留しますからね。野生のゴーストなどを呼び寄せてしまうと、また面倒なことになりますから、森の中で術式を解除するのは得策ではありませんね。パリーさんも怒るでしょうし」
ここにいる全員がパリーの行動を容易に予想できた。レブンが少し考えてから、話を続ける。
「洞窟の最深部の穴の中で解除して、穴を塞げば、それで問題ありませんね。1年くらいで、死体も完全に分解して土に戻るはずです」
ラワット先生もその案に同意した。自身の口ヒゲとあごヒゲを、簡易杖を持っていない左手で撫でつける。
「そうだな、それでいこう。僕も同行するよ。さて、そろそろ午後の授業が始まる頃だな。学校に戻ろうか」
ミンタが目を輝かせながら、ペルに話しかけてきた。金色の毛が交じる尻尾も元気に振られている。
「わあ。放課後までに、人数分の自動〔テレポート〕の魔法具を作らないといけないな。ペルちゃん、手伝ってくれる?」
ペルがニコニコしながらうなずいた。黒毛交じりの尻尾が、森の腐葉土で覆われた地面の表面をリズミカルに掃いている。
「うん。もちろんだよ、ミンタちゃん」
【西校舎2階のエルフ先生の教室】
学校では、どこから聞きつけたのか法術専門クラスのラヤンがミンタとペルに言い寄ってきた。竜族なので、紺色の目が放つ視線がビームのようにミンタとペルに突き刺さる。
「聞いたわよ。私も参加させなさいよね。担任のマルマー先生と、スンティカン級長から許可をもらっているわよ」
ミンタが露骨に不満気な表情になった。横で魔法具の土台となるリボンに、ミンタが改良したテレポートの自動発動術式を織り込んでいたペルもさすがにジト目になっている。
今は昼休み後の授業が終わって、次の授業までの移動時間だ。生徒たちが次の授業に向けて教室移動をしているので、かなり騒々しい。
ペルが作業の手を休めずに、薄墨色の瞳をラヤンに向けた。
「ラヤン先輩……ティンギ先生から聞いたのですか?」
ミンタは無視して黙り込んでいるので、非常に雰囲気が悪い。
ラヤンが「フン」と一息ついた。紺色の目が半眼になり、顔を覆う細かくて滑らかな赤橙色のウロコが膨らむ。そして、「ペシッ」と尻尾で床を叩いた。
「そうよ。ヒドラ退治には私も参加したんだから、結末を知る『権利』があるわ。スンティカン級長も後方支援してくれたのよ。で、そのリボンは何なの?」
ミンタが相変わらず無視しているので、代わりにペルが冷や汗をかきながら答えた。黒毛交じりの尻尾が彼女の心理を雄弁に表現して、パサパサと床を掃除している。
「ええと……万が一洞窟が崩れた際に、自動で安全な場所へ〔テレポート〕できるように、ソーサラー魔術の術式を織り込んだリボンです。放課後までに人数分を作らないといけないから、ちょっと大変なんだけど」
ラヤンがジト目になった。半眼がさらに半眼になる。
「なによ。それなら、私に言いなさいよね。法術が得意とする分野でしょ、それ」
そして、強引に完成品のリボンをペルから取り上げ、簡易杖を当てて術式を〔解析〕する。
「うわー、美しくない術式ね。がさつなミンタさんらしい、無骨な術式ですことー。ぷぷぷー」
ミンタがキツネ目を吊り上げて、ラヤンを睨み上げた。
「ああ!? もう一回言ってみろ、このトカゲ女」
慌ててペルが間に入って仲裁する。
「ま、まあまあ。急ぎの仕事なので、ウィザード語の文章校正はしなかったんです。ラヤン先輩から見て、どうですか?」
ラヤンがリボンをしげしげと見つめながら、鼻で笑った。
「強制力が強すぎるわね。問答無用で〔テレポート〕させる術式だから、装着している本人が何か他に自動発動する術式を実行していると相互〔干渉〕するわよ。ソーサラー魔術の術式だから、精霊魔法や法術にウィザード魔法とは衝突しにくいけれど、同じソーサラー魔術の〔飛行〕魔術とか、〔防御障壁〕とかだったら衝突するわね」
明らかにムッとしているミンタをドヤ顔で見下しながら、ラヤンが煽るように話し続ける。
「……って言うか、他の〔テレポート〕魔術を同時使用してたら、間違いなく術式同士が衝突するんじゃないの? 最悪、暴走して、空高く飛ばされたり、〔防御障壁〕が周辺に飛び散ってしまうかもね」
飛び散ると言われて、ペルが尻尾の毛を逆立たせた。
狼バンパイアが使用していた、円形の〔攻性障壁〕のことを思い出したのである。あれほどの破壊力はないだろうが、周辺を破壊することになるのは間違いない。
ミンタも、改めて自分が作成した改良術式を検証する。すぐに肩を落とした。ついでに口元と鼻先のヒゲも垂れ下がる。そのくせ、両耳だけはピンと上を向いているのは彼女の意地の表れか。
「うぐぐ……悔しいけど、ラヤン先輩が指摘した通りだわ。私としたことが」
ラヤンが勝ち誇ったような視線をミンタに向けた。
顔を覆うウロコが膨らんで室内照明の明かりを反射して、金属のようにキラキラと輝いている。尻尾が床をペシペシ叩く速さも加速したようだ。
「全学年トップの天才も、案外抜けているのね。それ使ったら、大惨事になるわよ」
ペルが冷や汗をかきながら、軽くパタパタ踊りをして2人の間に入る。尻尾のおかげで、かなり床が掃き清められてしまった。
「ね、ねえ。ラヤン先輩なら、修正できますか?」
ミンタがペルを睨みつけた。
「ペルちゃん! 術式修正なら、すぐできるわよ」
ペルが必死でミンタをなだめる。
「ほ、ほら。せっかくラヤン先輩が、問題点を発見してくれたんだし。ここは先輩に聞いてみるのが、筋ってものでしょ? ね?」
「ぐう」と唸って黙り込むミンタである。
そんなミンタを見て気分を良くしたのか、ラヤンが上機嫌になってペルに答えた。尻尾の「ペシペシ」音もリズム良くなっている。今は8ビートだ。
「良い心がけね。感心感心。指摘した責任上、術式修正までするわ。そこの金ブチ狐が織り込んだ術式の上から、私が修正をかけるようにするわね。『アクセス権』を私にもちょうだい」
『金ブチ』と言われたミンタが頭と尻尾の巻き毛混じりの毛皮を逆立てたが、ペルがなだめたので何とか鎮まった。ミンタが渋々、自身の簡易杖をラヤンの簡易杖に当てて、術式のアクセス権を〔共有〕させる。
「じゃあ、それでお願いするわ。法術トカゲ先輩」
ラヤンがドヤ顔になって、サムカがするように鷹揚にうなずいた。
「はいはい。もう、次の授業が始まるわよ。さっさと終わらせましょう」
【リボン】
緊急〔テレポート〕の術式が織り込まれたリボンは、何とか放課後までに全員分が仕上がった。ラヤンが新たに参加したので、計7本である。パリーとマライタ先生、ティンギ先生は興味がない様子だったので、不参加になった。
ともあれ、ほっとするペルである。
「良かったあ、間に合った……」
ヒドラ退治に参加して途中退場していたリーパット主従とバントゥ党には、全員一致で知らせない事に決まった。
……のだが、やっぱり情報は漏れてしまうようだ。烈火のように怒ったリーパットが、腰巾着のパランを引き連れてやって来た。
「おい貴様ら! 我らを無視するとはどういうことだっ。洞窟探検に参加させろ」
「そうだ、そうだ。参加させろ」
さすがに、ミンタやムンキンにつかみかかる真似はしてこないが、大声で叫びまくるリーパット主従である。
すぐに、この騒ぎを聞きつけてバントゥ党も怒り顔でやって来た。やはり最初にバントゥ本人がミンタとムンキンに指さして抗議する。今回も竜族のラグと魚族のチューバ以下、ウースス、クレタ、ベルディリの3人の級長を含めた総勢10名だ。知らせたのは、やはりミンタの悪友のコントーニャ・アルマリー嬢だったようである。ミンタにウインクして片耳をピコピコ振った。
ミンタがため息をつく。
「コンニー……まったくもう。しかし、級長たちも暇なのかしらね」
ミンタの文句を全く無視したバントゥが、興奮で狐顔を逆立たせながら抗議を続ける。
「不公平だとは思わないのかね。僕たちもヒドラ退治の『功労者』なのだがね」
結構な大声での抗議だったのだが、ムンキンは半眼で呆れたような顔をしている。隣のミンタとペルも似たような表情だ。
「何が功労者だよ。1匹もヒドラを退治できなかったくせに。役に立たない奴は『呼ばない』ってのは常識だろ。今度は洞窟なんだよ。下手したら死ぬぞ」
ムンキンの上から目線の通達に、怒り心頭になるリーパットやバントゥたちである。
が、その通りなので、押し黙ってしまった。睨みつけているだけだ。
ミンタも上から目線の姿勢で、ムンキンの横に立って言い放った。
「そういうことよ。応援が必要になったら別途呼ぶから、待機していなさいよね、先輩方。洞窟内で死なれても、困るのは私たちだし」
リーパットが机やイスを蹴飛ばしたり、ひっくり返したりして暴れて、ミンタたちを威嚇する。
「貴様ら、口の利き方がまるで出来ていないぞ! ブルジュアン家の我に逆らうとどうなるか、思い知らせてやるから覚悟しておけ!」
そんなリーパットを、手下のパランごと暴風魔法で吹き飛ばすミンタであった。
悲鳴を上げて、校舎から吹き出されて運動場へ落下していくリーパット主従を、鼻で笑うミンタである。金色の毛が交じる彼女の尻尾も優美に床を掃いている。
「はいはい。覚悟しますよ。さっさと思い知らせてよね」
そして、バントゥ党に視線を向けた。
「……で? アンタたちも吹き飛ばされたいの?」
バントゥが『ぎこちない』笑みを口元に貼りつかせて、数歩後退した。仲間たちも一緒に後退する。コンニーを除いて成績優秀者ばかりのバントゥ党なのだが、全学年1位のミンタには腰が引けてしまっているようだ。
それでも、気丈にも威勢を張るバントゥである。赤褐色の瞳が不自然なまでに光り、顔じゅうのヒゲが四方八方を向いている。両耳と尻尾も、虚勢を張って派手に動いている。しかし、ヒゲの先から細かい冷や汗が飛び散っているのは抑えようがない。
「ぺ、ペルヘンティアン家まで敵に回すと、どうなるか分かって言っているのだろうね? この学校から追放されるだけじゃなく、家族もろとも帝国から追放され……」
やっぱり吹き飛ばされて、運動場へ落下したバントゥたちであった。コンニーも巻き添えになってバントゥたちと一緒に落下していった。ムンキンとラヤンまでミンタに加勢している。
悲鳴を上げて逃げていくリーパットとバントゥたち。リーパット主従は魔法具を使った〔防御障壁〕を展開していたようで無事だ。バントゥ党は自力で展開しているので問題なく無事である。
そんな彼らを見送りながら、ミンタが鼻先のヒゲをツンと張った。
「フン。あんなのが帝国の要職に就くって考えると憂鬱になるわね。もう」
が、すぐに気持ちを切り替えたようだ。キラキラ光る栗色の瞳でペルを見る。
「それじゃあ、出発しようか、ペルちゃん!」
【ヒドラの洞窟探検】
洞窟前の更地の広場ではエルフ先生とノーム先生が、ペル、レブン、ミンタ、ムンキン、そしてラヤンの紺色の上着の肩にピンで留められたリボンを確認して回っていた。
先生2人は機動警察の制服で、生徒たちも制服だ。そのため、警官が学生相手に検問でも行っているかのように見える。
生徒たちが体操着ではなく制服であるのは、『リボンの仕様』のせいであった。本来ならば汚れても構わない体操着を想定して、それにリボンを付けるべきなのだが……うっかり失念していたようだ。しかし、急ぎの作業だったので、ラヤン以外は文句を言わなかった。
エルフ先生も機動警察のいつもの制服に、そのリボンを留めている。
「大丈夫そうかな。術式も全員、最適化されているわね。それでは試しに、発動させてみましょうか」
エルフ先生がライフル杖を呼び出して、生徒たちとノーム先生に向けた。「ぎょっ」としている生徒たちに微笑むエルフ先生である。
黒緑色のごつい機動警察の制服に、頑丈な軍用ブーツのせいで圧迫感が半端ない。そんな彼女が多少微笑んでも、それほど柔和効果は期待できそうにもない。
「光の精霊魔法で気絶させてあげましょう。ソーサラー魔術の〔防御障壁〕と〔浮遊〕魔術、それと任意の場所に〔テレポート〕する『通常の〔テレポート〕魔術』を各自起動させなさい。洞窟探検中に常時起動させる予定の魔法も『全て』ね」
大地の精霊魔法による〔防御障壁〕を使わないのは、エルフ先生が苦手にしているからである。ソーサラー魔術なので術者自身の魔力に依存するが、今回は洞窟内部の危険に対応するようにしている。崩落や酸素濃度の低下、毒ガス発生などを想定した〔防御障壁〕だ。
ミンタが緊張で少し引きつった笑いを口元に浮かべながら、言われた通りに各種魔法を起動させた。顔じゅうのヒゲの向きがバラバラなので、心理状態はバレバレである。
「だ、大丈夫よ。みんな。術式〔干渉〕は起こらないはずだからねっ」
ラヤンも冷や汗をかきながらも、努めて平静を保とうとしているようだ。が、所々、赤橙色のウロコが逆立っているのは隠しようがない。
「そ、そうよ。私が直々に術式修正したんだもの。何事もなく、そこの木の魔術刻印に〔テレポート〕するはずよ」
このリボンの〔テレポート〕術式は、洞窟入り口近くに生えている木の幹に刻まれた魔術刻印に対応している。
そのため、術式の通りに魔法が発動すれば、自動的に全員がこの魔術刻印に〔テレポート〕される……はずである。距離としては、ごく近い。数メートルほどか。
ペルとレブンも緊張しているが、ミンタとラヤンに全幅の信頼を置くことに決めたようであった。ムンキンは当然のような顔をしていて、全然緊張していない。ラヤンと異なり、頭と尻尾を覆う柿色のウロコも滑らかでツルツルしている。さすがは勇猛で知られる竜族の男の子だ。
全員が所定の魔法を全て常時起動させたのを、確認するエルフ先生である。
「私のリボンもチェックしないといけないから、時間差で遅れて私にも自動攻撃するようにしましょう……これでよし、と」
ライフル杖を地面に垂直に立たせ、手を離す。その1呼吸後、まばゆい光が森の中を照らした。
「……あ」
意識を回復して、周辺をキョロキョロ見るミンタとラヤンである。いきなり、光の精霊魔法攻撃を受けたせいか、直近の記憶が少し定かではない。それでもエルフ先生を含めた全員が、無事に魔術刻印が刻まれた木の根元に倒れているのを確認した。
「やったあ!」
思わず、ハイタッチして喜ぶミンタとラヤンである。
その歓声に、他の先生と生徒たちも気絶から回復した。ミンタがラヤンの顔を正面からしっかり見つめて微笑む。
「さすがね。法術使いもやるじゃない! 先生たちよりも使えるわね。見直したわ、ラヤン先輩」
ミンタが素直にラヤンを褒めるので、ラヤンも紺色の目を瞬かせて照れている。
「ミ、ミンタの術式がしっかりしているおかげよ。……えへへ。全学年トップのミンタに褒められると、さすがに照れるわね」
ペルが飛び込んできて、ミンタとラヤンの2人を抱きしめた。
「すごーい! 他の常時起動魔法に全然〔干渉〕しなかったよ!」
それを聞いて、鼻高々で笑うミンタとラヤンである。
「当然でしょ、ミンタちゃん」
「当然よ、ミンタ」
それを少し離れた場所から見守るレブンとムンキンの2人も顔を見合わせて力強くうなずき、拳をコツンとぶつけ合った。
「これで心配なく、洞窟探検ができるね。ムンキン君」
「ああ。例え『何も起きないって』最初から分かっている洞窟でもな。洞窟探検なんか初めてでさ、ワクワクしてるよ」
ラワット先生が自身の杖の状態を確認して、何も異常が起きていないことに安堵しながら、エルフ先生に告げた。
「さすがは光の精霊魔法ですな。〔防御障壁〕が全く効かないとは、恐れ入った」
エルフ先生もライフル杖と常時起動の魔法を確認し終わって、微笑みながら答える。
「機動警察の『暴徒鎮圧』用の魔法ですし、光速ですからね。日中であれば、私たちは光の魔法場の中にいるようなものですから、専用の〔防御障壁〕を展開しない限りは無効化されるのですよ。術式が少し特殊ですので、普通の光の精霊魔法用の〔防御障壁〕も無効化されます」
実は何気にヤバイ精霊魔法を使ってたようである。エルフ世界での『暴徒』とは何者なのか……については言及しないエルフ先生であった。
そして、すっくと立ち上がって、生徒たちに視線を向けた。
「では、洞窟探検に行きましょうか」
念のためにゾンビワーム7匹を全て先に進ませてから、洞窟内部へ進入する一行である。
ノーム先生が樹脂で固められている壁を触って、レブンに微笑みかけた。
「うん。予想通り、充分な強度と厚みだな。この地域は地震も起きないから、50年ほどは耐用できるね」
レブンがノーム先生の隣を歩きながら恐縮している。
洞窟内部は当然ながら、街灯などがないので真っ暗である。そのため全員が常時発動のソーサラー魔術で、足元と進路を照らしている。足元も樹脂で固められているのだが、ゾンビワームの作業でも大きなデコボコが残っている。
ミンタが生命の精霊魔法の術式を洞窟の壁面に自動〔記述〕しながら、レブンに話しかけた。
「歩きにくいけど、〔浮遊〕魔術を使う必要はなさそうね」
隣ではラヤンが、ミンタと同じ作業を向かいの洞窟壁面に〔記述〕している。
レブンが先行するゾンビワーム群に、この術式との距離を慎重に維持させながら答えた。
「うん、良かったよ。同時発動させる魔法の数は少ない方が、負担も相互〔干渉〕も少なくて済むからね」
ムンキンも床と天井に、同じ生命の精霊魔法の術式を自動〔記述〕させている。が、彼には少し負担が大きいようだ。無言で作業している。レブンがムンキンに聞いてみた。
「2人分の作業になっているけれど、魔力支援しようか? ムンキン君」
ムンキンが濃藍の目を瞬かせた。気負って膨らんでいるウロコが、ソーサラー魔術による照明を反射してペカペカと柿色に輝く。
「いや、必要ないぞ。前のミンタさんの魔力が強くて、天井と床面にも及んでいるからな。おかげで、なんとかなる」
「そうなんだ。でも、無理はしなくて良いからね」
1人。最後尾にいるペルだけが、ややしょんぼりしている。影も薄くなって、洞窟の暗闇に半分溶け込んでしまいそうだ。
「ごめんなさい。私の生命の精霊魔法が、かなり弱くて。あまり魔力支援になってないみたいですよね」
エルフ先生がペルの小さな肩を片手で撫でた。
「気にしないで、ペルさん。入学時に比べれば、別人のように強力になっていますよ。毎日の訓練の賜物です」
「は、はい。カカクトゥア先生」
気合を入れなおすペルに微笑んで、ノーム先生に顔を向けた。
「ラワット先生。この洞窟ですが、まだ奥まで続いていますか?」
ノーム先生が、気楽な足取りで進みながら答えた。地中は得意領域なのだろう。が、さすがにパイプはふかしていない。
「そうだな。ここで、ようやく3分の1というところだな。全長は1キロくらいあるかな……これは」
「そうですか。では、皆さん。ここで一時止まって下さいな」
エルフ先生が皆に告げる。そして、自分と生徒たちの杖を確認して、話を続けた。
「ここまで描いた生命の精霊魔法の術式を起動させて、試運転をしてみましょう」
ミンタが賛同してきた。早くも凄いドヤ顔である。
「はい、先生。じゃあ、起動するわね!」
ミンタが簡易杖を≪ブン!≫と勢いよく振り回した。目に見えるような変化は、特に生じなかったが、ペルとレブンが驚愕する。ペルが薄墨色の瞳をキラキラさせた。
「す、すごい! すごいよミンタちゃん! 死霊術場が消し飛んじゃった!」
レブンが慌てて、先行するゾンビワーム群に向けて『さらに距離を開けるよう』に命令する。完全に魚顔に戻ってしまった。
「ちょ、ちょっと強力すぎるよ、ミンタさん。こんな魔法場を浴びたら、僕のゾンビワームが全部崩れて灰になっちゃうよ」
そんなレブンの抗議には全く耳を貸さずに、意気揚々として笑い始めるミンタとムンキン、そしてラヤンであった。ムンキンとラヤンの尻尾が奏でる8ビートのドラム演奏が始まった。かなりうるさい。
ミンタが鼻先と口元のヒゲ全部をピンと上向きに立たせて、得意満面で自画自賛し始めた。
「完璧ね! 計算どおりの出力だわ」
ラヤンも同調して、頭と尻尾を覆う赤橙色の細かくて滑らかなウロコを膨らませている。
「死霊術場が駆逐されるのは、いつ見ても痛快よね。レブン君。せっかくだから君のゾンビ全部を、今ここで分解して灰にしましょう。『穴掘って埋める』なんて、そんな面倒な作業する必要はないわよ」
ムンキンもレブンの肩を叩いて促した。尻尾ドラム音が更にうるさくなってくる。
「そうだな。ここで分解させてしまえよ、レブン」
しかしエルフ先生がその提案を拒否した。ついでに尻尾ドラムの演奏も中断させる。
「残念だけど、それは止めた方が良いわね。灰にしても洞窟内に残ります。死霊術場を帯びた『新たな汚染源』になります。灰が生命の精霊場に〔干渉〕し続けるから、良い案ではないわね」
尻尾ドラムが鳴り止んだ。
「野外であれば日光に曝されるし、風や雨で飛ばされたり流されたりして拡散希釈するから、短期間で無害化するんだけど……洞窟内では難しいのよ」
さすがにアンデッド退治をした経験があるエルフ先生なので、説得力がある言い方だ。生徒たちも、先程までの騒ぎをピタリと止めて聞き入っている。特に、ラヤンは熱心に聞いているようだ。
エルフ先生が穏やかな口調で話を続けた。声が狭い洞窟内で複雑に乱反射して、少し聞き取りづらい。
「反対に洞窟内部は、奥に行くほど外界と隔絶していくから、生命の精霊場が次第に弱まっていきます。レブン君が危惧するように野生のゴーストなどが引き寄せられて、ここに棲み着く恐れがありますね。そうなったら、渡ってくるヒドラたちにとっても居心地が悪くなるでしょう。やはり最深部に穴を掘って、その中にゾンビワームを封じて埋めるのが一番安全ですよ」
生徒たちも納得したようだ。エルフ先生が口調を少し和らげた。
「野外の森の中で灰にすると、パリーが怒って面倒なことになるでしょうし。学校で処分しても良いけど、敷地内には地雷が多数埋設されていますからね、誤作動を引き起こす恐れがあるのですよ」
ガッカリするミンタ、ムンキン、そしてラヤンであった。
「うう、そうですか。じゃあ、仕方がないなあ……」
レブンとペルはほっとしている。
洞窟内部にも静寂が戻り、エルフ先生とノーム先生が視線を交わして満足そうにうなずいた。
「さて。試運転は成功ね。術式は正常に作動しているから、このまま最深部まで作業を続けましょう」
生徒たちの元気な返事が洞窟内部に反射して反響するのを聞きながら、エルフ先生がノーム先生の顔を再び見た。
「私もソーサラー魔術の〔照明〕魔術や、力場術を勉強するべきですね。光の精霊魔法に頼りきりだと、洞窟内部のような光の精霊場がない場所では手も足も出ません」
ノーム先生が嫌味でない程度に「クスリ」と笑った。生徒たちが再び洞窟の壁や床天井に、生命の精霊魔法の術式を自動〔記述〕させ始めたのを、あごヒゲを左手で撫でつけながら横目で見る。銀色の髪や垂れ眉、それに口やあごのヒゲが照らされて鈍く輝いた。
「左様ですな。エルフでしたら風の精霊場を光の精霊場に〔変換〕することもできるでしょうが、洞窟内部は風も弱いですからね。まあ、いざとなれば、杖に装着する魔力パックで代用できるでしょう」
エルフ先生が自身のライフル杖をノーム先生に見せた。
「そうなんですけど……生徒たちが自力で頑張っているのを見ると、魔力パックを使うのは、どうも楽をしているようで心苦しいのですよ」
それを聞いて、ノーム先生がにこやかに微笑んだ。垂れ眉がシンクロして上下にゆっくりと揺れ動く。
「すっかり、先生らしくなりましたなあ。エルフ先生」
そして、何か思いついたようだ。
「そうだ。〔電撃〕魔法は風の属性ですな。洞窟の外に魔法陣を設けて、日光を電気に〔変換〕して、この生命の精霊魔法術式を電線代わりに使って、洞窟内部で電気が使えるようにしておきましょうか?」
エルフ先生がすぐに賛同した。
「それは良い案ですね。越冬するヒドラ群が洞窟内部で暴れても、その〔電撃〕で制圧できます。精神の精霊魔法も使いやすくなりますから、ヒドラの〔操作〕もできるでしょうし」
蛇の集合体であるヒドラの知性はモンスターの中では高いとはいえ、精神操作系統の魔法に対しては耐性が大きくない。ヒドラが有する知性は、複数の蛇の知性を集合させてネットワークで結んだものなので、外部からの介入も容易だからである。
ノーム先生が気楽な声で請け負った。
「じゃあ、後で魔法陣を描いておきますよ」
「お願いします」
と、返事を返したエルフ先生だったが、すぐに思い直したようだ。
「すいません、ラワット先生。その魔法陣も生徒たちに作らせてみませんか?」
ノーム先生がニヤリと笑った。再び口ヒゲを撫でさする。
「ははは。なるほど、確かに実習課題としては良いかもしれませんな。やらせてみましょう」
先行して術式を書いている生徒たちの背中を見守りながら、ノーム先生がエルフ先生に小声でささやいた。
「僕のクラスの生徒たちにも、この洞窟を探検させてみましょうかね。ヒドラもいますし、僕が何か適当な罠をいくつか設けておけば、授業で使えそうだ。ニクマティ級長や専門クラスの生徒も、こういった仕掛けが好きでしてね」
しかしエルフ先生は、固い笑顔になって首を振った。
「良い提案ですが、私は反対です。緊急脱出用のリボンの術式設定の作業で、ミンタさんとラヤンさんが倒れてしまいますよ」
ノーム先生が腕組みをして残念がる。
「うーん、そうか。このリボンは装着者専用でしたな。他の生徒では使えないことを失念しておりました。仕方がない」
そんな雑談を続けるうちに、洞窟の最深部まで到達した。ノーム先生が一目見て「フフ」と笑う。片方の垂れ眉が持ち上がっていく。
「なるほど。自然にできた洞窟ではありませんな、これは」
最深部の行き止まりの壁を、呼び出したライフル杖を持った右手で「コンコン」叩きながら、何かを調べ始めた。
ムンキンが濃藍色の目を瞬かせて、首をひねっている。
「どうして、一目見ただけで、人工物だと分かるのですか? ラワット先生」
ミンタたち他の生徒も同じように首をかしげている。エルフ先生にも分からないようだ。
ノーム先生が壁をコンコン叩きながら、ムンキンの方を見て答えてくれた。
「うむ。君たちは洞窟探検について、あまり経験がないのだったね。通常、自然洞窟は雨水や地下水の浸食で岩石が溶けて、空洞になりできるものだ。つまり、最深部は池や川になっていることが多いんだよ。そして、次第に洞窟は細くなって、我々が歩いて行けるような空間はなくなっていくんだ」
ムンキンが膝を叩いた。ついでに頭と尻尾の柿色のウロコも膨らんで、メタルカラーになって輝く。
「なるほど! そうか。こんな風に『いきなり』洞窟が行き止まるなんてことは、普通はないんだ」
他の生徒たちも、すぐにそのことに気がついたようだ。顔を見合わせて目をキラキラさせている。エルフ先生も、感心して納得した様子である。
ノーム先生が小豆色の視線を再び壁に戻して、注意深く調べる。
「非常に上手く『偽装』されているけど、誰かが魔法でこの洞窟を掘ったのは間違いないな。魔法の痕跡は全くないけどね。セマンの冒険家が騙されるのも理解できるよ」
しかし、エルフ先生は疑問を抱いたままのようだ。
「ですがラワット先生。使用した魔法の痕跡が、このような閉鎖空間で自然消滅するまでの期間って……数万年という単位じゃないですか?」
ラワット先生が壁叩きを諦めて、エルフ先生の顔を見た。
「そうだろうな。もしかしたら10万年前かもしれん。どちらにせよ、この洞窟を掘った魔法使いは、もう生きてはいないだろうよ。当時の魔法使いの寿命は、まだそれほど長くなかったのでね。何のために掘ったのかは、分からないだろうなあ」
レブンが首をかしげた。
「10万年前って、僕たちのご先祖様が文明を築く前の『先史時代』ですよね。誰かが異世界からバカンスにでも来たのかなあ」
ペルが苦笑している。
「私たちのご先祖様を狩りに来たのかもしれないね。見た目、普通の獣だっただろうし」
ミンタがツッコミを入れた。
「でも、それなら洞窟内部にご先祖様や、他の獣の骨や化石が残っているはずなんだけど。それも見当たらないわね。ただ単に洞窟を掘っただけみたい」
ペルがツッコミを受けて、ミンタと一緒に首をかしげている。その姿を微笑ましく見ていたエルフ先生が「コホン」と軽く咳払いをした。
「では、ゾンビワームを収納するための穴を、この壁に掘りましょうか」
レブンが7匹のゾンビワームを整列させて答えた。
「はい、先生。奥行き20メートル、直径5メートルの穴を掘るように、命令を設定しました。この大きさでしたら、7匹全部収まります」
エルフ先生がうなずく。
「そうして下さい。では、始めましょう」
レブンが簡易杖を振ると、その動きに合わせて7匹全てのゾンビワームが一斉に洞窟の最深部の壁に食いついた。そのまま岩石を砕いて、飲み込み始めていく。猛烈な騒音が洞窟内部に響き渡る。
振動も相当なものになったが、樹脂でがっちりと補強された洞窟はビクともせず、塵一つ落ちてこない。
全員がソーサラー魔術の騒音遮断用の〔防音障壁〕を起動した。これで彼らには、この猛烈な岩を砕く騒音が聞こえなくなる。同時に会話もできなくなるので〔念話〕に自動で切り替わった。
ガツガツと旺盛に岩石を砕いて飲み込んでいるゾンビワーム群の後姿を見ながら、ラワット先生がレブンに聞いた。
(レブン君。食べた岩石はどうなるんだい? ゾンビだから、岩石を消化することはできないだろう?)
レブンがゾンビワーム群の作業を監督しながら答えた。
(闇の精霊魔法で、体内の岩石を〔消去〕していますよ)
ラワット先生とエルフ先生が「ほう」と唸った。
ムンキンが納得した表情になる。
(なるほどな。この洞窟の復旧作業で大量の土砂が出ているはずなのに、どこにも残土を捨てていないからさ、不思議に思っていたんだ。なるほどな。〔消去〕か)
法術使いのラヤンは、アンデッドがこのように活躍するのは初めて見るらしく、目をキラキラさせて作業を見守っている。ミンタも同様だ。
ゾンビワームに近づこうとするラヤンとミンタを、レブンが苦笑しながら引き戻した。
(アンデッドだから、不用意に近づいてはいけないよ。死霊術場は結構強めにしてあるから、触れると精神上よろしくないことが起きるよ)
ラヤンとミンタが文句をレブンに言い始めたが、〔念話〕ではないので、普通にソーサラー魔術の〔防音障壁〕に遮られて聞こえない。すぐに〔念話〕に切り替えて文句を言おうとし始めたので、ペルが慌てて仲裁に入って2人をなだめている。それを見て、ペルに礼を述べるレブンだ。
(ありがとう、ペルさん。そろそろ予定の穴のサイズになりますね……もったいないけど、処分するしかないか)
……と。それまで洞窟中に鳴り響いていた掘削の騒音が、ピタリと止んだ。同時に、何かが崩れ落ちる音が続く。
レブンが首をかしげた。
(あれ?)
簡易杖を穴の中に向けて探る。再び静寂に戻ったので、自動的に音を遮断する〔防音障壁〕が解除されて、〔念話〕も終了となった。
「別の洞窟とつながったみたいだな。ゾンビワームが7匹全部、中に落ちてしまった」
ノーム先生の目が点になっている。
「はあ? 何でこんな場所に別の洞窟があるんだ? 地震波を使った調査では、そんな洞窟の存在なんかなかったぞ」
そしてレブンと一緒に、ライフル杖を穴の奥に向けて探査し始めた。驚愕の表情に変わっていく。
「ちょ、ちょっと待て。何だこりゃ? ものすごく巨大で長い洞窟だぞ。しかも……」
冷や汗が流れ始めている。
「〔探査〕魔法を〔拒否〕し始めた。あ。もう、打ち消された。自動警戒システムが作動しているな」
レブンも少し混乱しはじめたが、とりあえず簡易杖を使ってゾンビワームたちの安否を確認し、指令を送る。
「落ちたゾンビワームたちは、損傷なしです。良かった。戻ってくるように指令を出しました」
エルフ先生が不吉な予感に眉をひそめた。
「ラワット先生。どのくらいの大きさか推定できますか?」
ライフル杖を肩に担いだラワット先生が、緊張した面持ちでエルフ先生の顔を見返した。
「もう、〔探査〕魔法が一切拒否されてしまったから、正確な規模は分からんが……数キロ四方は楽にありそうだな。どうやら、丸ごと〔ステルス結界〕で覆われているようだ。レブン君のゾンビワームが、直接入り込んだおかげで発見できたんだな。〔物理障壁〕が、かけられていなかったのが幸運だった」
そして、すぐに苦笑して言い直した。
「いや。土中で〔物理障壁〕なんか張り巡らせたら、地下水や岩石の圧力に反応して、一年中地震を発するようになるな。かえって発見されやすくなるか。さて、どうしようかね? カカクトゥア先生」
エルフ先生は眉をひそめたままだ。
「予想外の出来事ですね。とりあえずは、ここから避難しましょう。〔探査〕魔法が無効化されているということは、この洞窟は要注意ということですからね」
すぐにミンタとムンキンを筆頭にして文句の大合唱が始まった。それを一睨みで制圧するエルフ先生である。
「すぐに各自で脱出しなさい!」




