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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
罰ゲームのはじまり
3/124

2話

【魔法学校】

 ようやく森を抜けて門をくぐった。外壁は見当たらず、溝が掘られて学校敷地を外と区分けている。

 木製のゴーレムや、アンドロイドにはが数体ほどいて、外からやって来る農家や商人の荷駄を検査しているのが見える。

 校長が同伴しているせいか、サムカの身体検査は行われなかった。そのまま門を素通りして校内へ入る。


 校長が運動場の手前に建つ、小ぎれいなレンガ造りの赤い建物を指差した。平屋建てだ。

「あれが教員宿舎です。ちょうど昼休みの時間なので、先生方も全員が揃っています。ご紹介いたしましょう」


 奥には学校の校舎だろう、2階建ての同様なレンガ造りの建物が広い運動場を挟んで2つ並んでいる。確かに建物は完成してから新しいようだ。レンガの表面には、くすみもコケも見られない。ずらりと並んだ大きな窓ガラスの列が、亜熱帯の太陽を反射してギラギラと輝いている。


 この照り返しは体にこたえるようで、校長が鼻の頭の汗をハンドタオルで拭きながら教員宿舎の玄関へ案内する。一方のサムカは汗の一つもかいていない。体が死体であるので当然と言えば当然であるが。

 しかし、古代中東風のしっかりした生地で作られた丈夫で分厚いスーツに、黒マントまで羽織っているのを見ると、違和感を感じざるを得ない。


 さすがにそこは校長だけあって、サムカに質問したりしない気遣いを持ち合わせているようだ。いちいち死者と生者の違いを指摘するような無粋なことはしていない。一方のサムカは死体なので暑さを感じていないために、校長の気遣いは察していない様子である。



 そのサムカが教員宿舎に入る手前で振り返り、森の方向を眺めて立ち止まった。

「どうかしましたか? テシュブ先生」

 校長が建物の中に入らないサムカに気がついて尋ねた。

 サムカは森の方向を眺めたままで、少し首をかしげている。刺繍が施された黒マントと短い錆色の髪が、森から吹く熱を含んだそよ風にゆっくりとなびいている。

「先ほどから、森の獣どもが我々を見ているのだ。私が珍しいのかな? 特にこれといった動きはしていないのだが……」


 それを聞いたシーカ校長が「ああ」と、うなずいた。

「それは私のせいですよ、テシュブ先生。狐族は〔魅了〕の魔法を無意識に発散させる魔法体質なのです。気をつけないと、ああして森の動物たちの注目を集めてしまうのですよ」

 自力で魔法を行使しているのでソーサラー魔術に近い。校長が気楽な口調で話を続ける。

「お気になさらずとも結構ですよ。ごく軽い〔魅了〕ですから、動物たちがどうこうなる事はありません。奴隷を使役していた時代では、我々狐族の重要な能力でしたが、今はこの魔法の手袋がありますからね、不要になりつつある能力ですよ」


 森の中に潜んでいる動物たちが、しばらくして思い出したように動き出した。そのまま森の中へ消えていく。〔魅了〕の効果が切れたのだろう。

 その様子を感心した表情で眺めるサムカである。

「ほう……話には聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてだ。『魔法体質』か。我々貴族は今も魔族やオークを使役するから、君たちの価値基準では奴隷社会ということになるのかな」


 それを聞いて、校長が片耳を立てて少し考えている。

「どうでしょうか。私が調べた限りでは、死者の世界の貴族国家のオークは、自治都市を有しているのだそうですね。ある程度の権利を有しているので、奴隷というよりは『市民権のない住民』といったところかもしれません」


「ふむむ……」と考えるサムカに微笑んで、校長が森の中に見える人型の獣群を指さした。

「狐族が奴隷として使役していたのは、あのような原獣人族です。多くの種族がいますが、ここから見えるのは、猿の頭と尻尾の種族と、猫の頭と尻尾の種族ですね」

 サムカがその方向を見ると、確かに2種類の獣人が森の木の枝からぶら下がって、こちらを見ているのが確認できた。


 校長が話を続ける。

「知能もあり会話もできますが、村社会をつくるようなことはしません。魔法も使えません。家族単位で森の木々の中を転々と移動しながら暮らしています。地面にも降りて狩猟や採集もしますが、基本的には木の上でずっと生活をしています。ですので、手の形が狐族と異なり、人間に非常に似ているのですよ」

 白い手袋をした両手をサムカに見せる。手袋は5本指だが、実際の手はキツネの前足である。


「そのために、長い間奴隷として使役してきました。ですが魔法世界からの非難を受けまして、奴隷制を解消することになったのです。今は、原獣人族は皆、森に帰って暮らしていますよ。この森では、およそ1万頭ほどでしょうかね」

 校長がパタパタと数回ほど両耳を左右に振った。

「とは言うものの田舎の村では、まだ彼らを奴隷として使役していることが多いですけどね。扱いも、ケガをしたり病気にかかると、森へ捨ててしまうことが当たり前でした。今は法律で、治療をする義務が狐族にあります。それでもまだ田舎では、適切に法が運用されていません。魔法世界から非難されるのも当然ですね……」


 サムカが軽く腕を組んで、頭を傾けた。

「……うむ。確かにそのような扱いでは、対外的には良くないだろうな。その〔魅了〕だが、それは魔法使いどもや我々にも有効なのかね?」


 校長がちょこんと首をかしげて考え込んだ。眉に相当する上毛が一瞬遅れて、首の動きについていく。

「そうですね……彼らの〔防御障壁〕には反応していませんから、影響はないと思いますよ」

 それを聞いたサムカが黒い手袋を軽く左右に振った。

「私もそうだが、〔防御障壁〕というものは弾く魔法場や物質を想定して形成、展開しているのだよ。未知の魔法場や物質には反応できないものなのだ」


 校長が意外そうな顔をした。尻尾が2度ほど軽く上下にバウンドする。

「そうなのですか。知りませんでした。私もある程度は、ウィザード魔法やソーサラー魔術に法術を修めているのですが、なるほど。奥深いものですね」

 サムカが深い山吹色の瞳で校長を見下ろしながら同意する。

「そうだな。だが、今後は我々、異世界からの者に対しては〔魅了〕させないように注意した方が良いだろう。仕事をする上でも、〔魅了〕に頼らない信頼関係を構築することは非常に重要だからね」


 校長が素直にうなずいた。上毛と鼻先のヒゲもピンと上を向く。

「分かりました。狐族の事務職員にも、そう注意するように伝えることにしましょう。では、宿舎の中にお入りください、テシュブ先生」

「おお、これは失礼した」

 サムカが森の動物たちが全ていなくなったのを確認する。が、まだ視線を感じる。

「?」

 サムカが首をかしげた。この視線は森の中からではなく……

(上空か)


 青い空に視線を移すと、確かに森の上空数百メートルの空中に、1匹の狐らしき姿が確認できた。じっとサムカを見つめている。

(ふむ……狐族か? いや、精霊か。初めて見る形状と精霊場だな。世界が異なると精霊も違うのか)

 死者の世界では精霊場の力が弱いため、まず見かけない。

 特に敵意も何も感じないので、そのまま校長の背中に視線を戻す。そして、教員宿舎のレンガつくりの建物の中へ足を踏み入れた。




【教員宿舎】

 教員宿舎建物に入ると、事務職員が黙々と働く事務室が見えた。

 その奥の宿舎中央には教員と事務職員用のオープンカフェがあり、その周辺を取り囲むようにして教員用の部屋が配置されていた。サイズから見て、六畳一間くらいの個室である。トイレや浴場に洗濯場などは共用のようだ。

 教員宿舎は内装でも、きめの細かい赤レンガに化粧石と、燻蒸処理した木材やガラスが多く使われていて落ち着いた感じである。


 天井や廊下の壁に掲げられている照明器具は、光の精霊を使用したものではなくて、ウィザード魔法の力場術を使用したタイプであった。周辺の明るさに応じて光を放つ術式を器具にはめこんでいるのだろう。

 電気を必要とせず、魔法場サーバーからの魔力を得て半永久的に照らし続ける優れものである。見た目はごく普通のフィラメントのない電球であるが。


 手前の事務室を通り過ぎ、校長が中で仕事をしている事務職員達に手を振って挨拶をする。


 サムカが見ると、事務職員はほとんどが狐族で、トカゲと人の姿をした者が少数見える。転移する前に見た役場の種族構成とは若干異なるようだが、この多様性はさすが狐族の帝国だけの事はある。

 皆、揃いの事務制服を着ているが、そこは亜熱帯なのでジャケットも薄手で半袖、シャツも半袖で首回りはかなりゆったりしている。

 ズボンもシンプルな仕立てで、膝下でカットされている。靴はやはり履いておらず、校長と同じく裸足であった。そして同じく五本指の白い手袋をしっかりとはめて事務作業をしている。

 役場には羊の姿をした獣人が結構いたのだが、ここにはいないようだ。


 天井には大きな扇風機がいくつも備え付けられて回っており、クーラーのような機械式の冷房施設は見当たらない。しかし、空調はそれなりに良好だ。

 サムカは気温にそれほど関心がないのだが、事務職員を見たところ汗をかいている者は見えなかった。

(ウィザード魔法の気温や湿度調節の術を、何か使用しているのだろうな)


 事務機械も一通り揃っている。今は単純作業用のゴーレムが数体、教材のコピー作業やファイル閉じ作業を黙々としているのが奥に見えた。

(獣人でなければ、このような景色はオークの自治都市の各事務所でも見られる馴染みのものだな)

 という印象を抱くサムカである。だが、オークの方が40センチほど身長が高く、体格もかなりがっしりしている。実際の見た目の印象は相当に異なるのではあるが、そこは貴族なので意に介していない。


(ほう、人魚族か。陸上で働くとは珍しいな)

 山吹色の目で、その姿を確認したサムカがつぶやく。

 サムカの所属する死者の世界では、狐族や羊族を始め、トカゲ族や人魚は存在していないので、文献で読んだ程度の知識しかない。

 それでも人魚族は通常、海中に町を築いて社会を形成して生活していることは知っている。こうして陸上で働いている姿を見ると、文献には載っていない新鮮な知識を得られて少々嬉しくなる。


 歩いていく先にカフェが見えた。そこから少々耳に障る靴音が響いてきている。サムカはスーツとはいえ乗馬服で〔召喚〕されたので、フェルトに似た柔らかい素材でできたブーツを履いている。そのために歩く音がほとんど発生していない。校長や事務職員は裸足なので、歩く音は当然ながら出ない。

 こうしてみると靴というのは思ったよりも騒々しい代物である。校長の言う通り、聴覚に優れた獣人族が裸足のままなのは、この騒音を嫌ってのことだろう。

(ふむ。次回からの〔召喚〕では、靴音の消音も〔防御障壁〕の術式に組み込んでおいた方がよかろう)

 森の中ですら、騒々しく感じるほどの聴覚を有する狐やトカゲの獣人だ。配慮はしておくべきだろうと思う。




【カフェ】

 カフェは磨いた石を敷き詰めた、きれいな床の上に設けられていた。天井からは穏やかな間接光が綾をなして差し込んでいて、清潔感にあふれている。

 カウンターには作業用のゴーレムが2体いて、せっせとコーヒーを淹れたり、それを休憩中の先生や事務職員に運んでいた。そういえば、これらゴーレムも靴を履いていないので、歩く物音が非常に静かである。相当な重量であるはずなのだが。


 ゴーレム自体は安価な大量生産品を、事務用や喫茶の作業用にカスタマイズしたものだった。素材が最も安価な、土と何かの木材だけでできている。野外では雨に濡れると水を吸ってドロドロになり体が崩れて使えなくなるのだが、室内での使用なのでこれで問題ないのだろう。


 人間型ではあるが、目や鼻に口、耳はなく、適当に顔をマジックペンなどで描かれただけである。

 手も土でできているので丈夫なゴム製の手袋をはめており、注文伝票やカフェで使うカップなどが土で汚れないようにしていた。しかし、校長や事務職員達が両手にしている手袋とは異なり、魔法処理はされていない。ただの手袋である。

 足も同様に巨大なイス足カバーのような分厚い布製の袋に収まっている。これも床を土で汚さないためのものだろう。


 その建物の中央の空間を利用したオープンカフェには、9人の先生が思い思いのテーブルでコーヒーなどを飲みながら談笑していた。すでに校長の指示で集まっていたのだろう。ただ、そのうち3人の小人族の連中は専用のテーブルについていて、上下に伸縮する専用のイスに座っている。


 そんな先生たちを前にして、校長が万感胸に迫った様子でサムカを紹介した。

 白毛交じりの尻尾と鼻先のヒゲがキリリと伸びて、たたずまいを正す。耳だけは気負いのせいなのかピコピコと動いているが。

「さあ、先生方。紹介いたしますぞ。こちら新任のテシュブ先生です。〔召喚〕時間の関係で1時間ほどしかいられませんが、死霊術と、闇の精霊魔法の授業を受け持ってもらうことになりました。お名前に魔力がこもっていますので、フルネームでの紹介はここではしません。後で文章でご確認くださいね」


「紹介感謝する、シーカ校長」

 サムカが校長に礼を述べ、先生たちに向かった。こうして見ると、サムカの磁器のように藍白色の白い肌は血色が全くなさすぎて異質である。もちろん、亜熱帯の建物内でこのような黒マントを羽織って、古代中東風のスーツで重装備している時点で異質ではあるのだが。


 他の先生は血色が皆良好で、夏向けの涼しげな衣服を着ている。亜熱帯の太陽を浴びて日焼けしている先生もいる。しかし、先生らしいスーツ姿をしている先生は2人しかいなかった。他の先生は気楽な服装だったり、警察の制服を着ていたり、法衣だったりしていて統一感がまるでない。


(ふむ。スーツ姿で来る必要はなさそうだな。次回からは、普段着に近い服装でよかろう)

 そう思ったサムカが、オープンカフェに座っている総勢9名に山吹色の瞳を向けた。その黄色い目に、一斉に警戒する先生たち。

「テシュブだ。君たちの言うところの死者の世界のアンデッドだな。我々は貴族と呼称しているがね。1年間の契約で、教鞭を取る事になった。契約により教育目的で魔法などを使用するが、君たちには危害を加えないから安心したまえ」


 とたんに、「悪鬼たいさーん!」と、大音声がカフェに響き渡った。

 1人の典型的で豪華な法衣に身を包んだ男が、荒々しくテーブルを立つ。そのままの勢いで、鬼のような形相をしながらサムカに詰め寄ってきた。一目で神官だと分かる。

 身長は180センチちょっとでサムカより少し背が高い。白い桜色の肌で、茅色で褐色の癖のある髪を短く切りそろえている。焦げ土色の黒い瞳を怒りと嫌悪で満たして、白い手袋をした手をサムカに向けて容赦なく指さした。

「貴族だと? そのような穢れた存在は許すまじ! 死人の世界へ今すぐ戻れ! 我が教え子を吸血鬼やゾンビなどにはさせないぞ!」


 などなど、言いたい放題叫んでいる。そして、その勢いのまま過剰な飾りのついた大きな杖を振り回して、サムカの立つ場所へ駆け寄ってきた。


 サムカがうんざりした様子でジト目になり、法術先生を見つめる。

「やれやれ。やはり神官であったか」

 本当にうんざりしている時は、眉間のシワは出てこないようである。その分、山吹色の瞳が辛子色に変わっていくが。


 慌ててシーカ校長が、駆け寄ってきた法術先生を押し留めようと体を張る。しかし、身長が1メートル少ししかない身では、サムカよりも少し背丈の高い法術先生を相手では普通にパワー負けしてしまった。

「マ、マルマー先生! テシュブ先生は教師として、我が帝国がお呼びしたのです。希望する生徒達に、闇の精霊魔法や死霊術とは何かを教えなければならないのですっ。教育指導要綱にそう明記されているのですよっ」


 しかし、法術先生の勢いが止まらない。

「問答無用! 聖なる裁きを受けよー!」

 いきなり大仰な飾りのついている大きな杖をサムカに突きつけて、法術をぶっ放した。

「ふう……」と、ため息をつくサムカ。それだけで、法術先生が放った白くまばゆい光の束は、水蒸気の煙のように消されてしまった。


「うお!?」

 硬直する法術先生。思わず、彼が両手で持っている杖の先をのぞいたり叩いたりして確認する。故障してはいないようだ。かなり動揺しながらも、なおも気丈にサムカの顔を睨みつける。

「ばかな、〔退魔消滅〕神聖法術が……おのれ、何という禍々しい暗黒悪鬼の魔力なのだ!」

 などと、中二病的なセリフを吐いている。


 サムカの隣に立っていた校長は、何が起きたのか理解できていないようだ。両手と尻尾をパタパタ上下に動かして、踊りのような動作をしている。

「え、え? 何が起きたのですか?」

 サムカと一緒に、マルマー先生から法術の攻撃を受けた事に気がついていないようだ。もちろん、サムカが校長も守ったので無事である。


 カフェのテーブルについている他の先生も、かなりの威力だったはずの対アンデッド用の退魔法術が一瞬でかき消された事実に驚愕している。


 校長の無事を確認したサムカが山吹色の瞳で法術先生を見据え、ようやく口を開いた。ジト目がきつくなっている。

「だから、君たちは嫌われるのだ。見境なく法術を使うとは、獣か……」

 ここで校長を横目で見て、コホンと咳払いを入れ、穏やかな声で言い直した。

「いや、訂正しよう。文明化された民のすることではない」

 そしてジト目のままで、サムカが法術のマルマー先生を見据えた。

「出直してきなさい」

「はい。出直してきます」

 びっくりするほど従順になった法術先生が、クルリと踵を返す。両手をふりふり行進しながら彼の部屋に戻っていった。ドアをきちんと閉めて、内側からカチャリと音を立てて鍵をかけている。そして物音が何も聞こえなくなった。


「おや。ずいぶん物わかりが良くなりましたね」

 きょとんとした顔をする校長。彼のパタパタ踊りが止まったのを確認し、サムカが微笑んだ。

「初歩的な〔魅了〕魔法を使ったのだよ。興奮を冷ますにはちょうど良い」

 こともなげに説明するサムカ。

「ああ、なるほど。これは便利ですなあ。我々の魅了体質とは違うんですねえ」

 素直に感心する校長である。

(意外とシーカ校長は大物かもしれないなあ……)と思うサムカだ。


 しかしすぐに別の魔法使いが、皮肉な口調で反論してきた。テーブルに斜に構えて座り、褐色で辛子色の肌をした男の先生だ。

 切れ長の吊り目で黒い深緑の瞳が、天井からの間接光を反射している。髪は黒い煉瓦色でかなり癖があり、それを肩下まで伸ばして結んでいる。ちょっとゲイっぽい感じの先生だ。

 数少ないスーツ姿の、先生らしい見た目の先生である。いわゆるビジネス用の焦げ茶色の革靴を履いているのは、この場では彼だけだ

「あれが『初歩的』なものですか。非常に攻撃的で高度な幻導術ですよ。ウィザード魔法ではなく、ソーサラー魔術の系統ですね。危険極まりない!」


 しかしサムカは素っ気ない動きで、その山吹色の瞳で魔法使いを見た。錆色の切りそろえた前髪がわずかに横に揺れる。動いたのはそれだけで、渋い銀糸刺繍が施された黒マントは不動のままであった。

「あれが、私の世界での初歩魔法だ。君たちの基準など知らないよ。現に私は召喚契約に従っているし、使用できる魔法と魔力にも大きな制限がある。文句は召喚親元のリッチーに言うのだな」

「リ!?」

 切れ長の吊り目をさらに吊り上げたままで、それっきり言葉が出てこなくなった魔法使い。


 そんな彼を捨ておいて、サムカが丁寧で穏やかな口調で訊ねた。

「まあ、今後は使わないように心掛けるとしよう。それでは、先生方のご尊名を伺おうか。何、名前を使ってどうこうする気はないから、安心したまえ」


「あ。すいません。これをどうぞ。忘れておりました」

 校長が慌てながら、狐族の事務職員から手渡された紙をサムカに渡した。

「全教員の名簿です。テシュブ先生が担当なされることになる生徒の名前も入れてあります」

「ああ。ありがとう」

 そう言って、サムカが紙を受け取る。そして印刷されている白黒の顔写真を瞬時に、動くカラーの顔写真に変えてしまった。

「うむ。これで分かりやすくなった」


 校長が横から見上げて感心している。

「おお。これも便利な魔法ですな」

「4000年も死んでいると、物覚えが悪くなってね」

 サムカが何かの冗談かもしれないことを口にした。


「……ふむ。先ほどの法術先生は、真教のブヌア・マルマー神官……法術使いだな。一応、アンデッドの天敵ということになっている。そして、ソーサラー魔術使いが……」

「隙あり!」

 大柄で紺色の大きな瞳をした魔術使いがテーブルから立ち上がって、サムカに向けて杖を振るった。彼の長い銀灰色の髪がその勢いで大きく巻き上がり、背中で無造作に束ねた髪の先が跳ねる。

<バチン!>

 何かが砕ける音がした。次の瞬間。サムカの立っている場所が、〔結界〕に包まれたかと思うと、その〔結界〕ごと消滅してしまった。石畳の床も丸く削れてしまっている。


「やったやった」

 魔術を放った紺色の大きな瞳の魔術使いが、大喜びして小躍りし始めた。

 身長が190センチあり、ヨレヨレの半袖シャツの上には、幾重もの首飾りや装飾品がゴテゴテと無造作に巻かれている。ズボンは膝が破れて裾もちぎれている有様だ。 

 しかし、相当に鍛えているようである。肌は焼けた飴色で、ヘビー級ボクサーのように引き締まった筋肉質な体をしている。

 頬から顎までは、チリチリした癖のあるヒゲで覆われている……のだが、数日間は顔も洗っていないようで、ヒゲの先に色々なゴミがこびりついていた。当然、手入れなどされていない。これも一目でソーサラー魔術使いと分かる典型的なファッションである。


 誰もいない空間からサムカの声がした。かなり呆れた口調になっている。

「テル・バワンメラ先生……か。ソーサラー魔術はなかなかだが、殺気を抑える訓練を積むべきだな」

 そんな声がして、「すうう……」と黒い霧が発生し、それがサムカになった。削れていた床も元通りに戻っている。

「出直してきなさい」

「はい。出直してきます」

 彼も、すごすごと1人で行進して退場していった。 

 六畳間ほどの自室にそのまま入って、今度は大きな音を立ててドアを閉める。そして、やはり何も物音がしなくなった。


「どうなったので?」

 校長が説明をサムカに求めるが、紙を見るサムカは平然としたままだ。

「あの先生は、〔結界〕魔術を私にかけたのだよ。俗にいう、〔魔物封じ〕の魔術だな。挨拶のつもりなのだろう」

 そういう事らしい。

「さて、ウィザード魔法は……ほう。幻導術ウムニャ・プレシデ、招造術スカル・ナジス、力場術タンカップ・タージュ、そして、占道術がセマンのティンギ・マハル先生か。確かに一通り揃っているな。さぞ、人材集めに奔走なされたに違いない」

「うう……察してくれますか、テシュブ先生」

 ウルウルし始める校長。

 白毛混じりの両耳が、おじぎをするように前に倒れ伏していく。眉に相当する上毛を含んだ顔じゅうのヒゲ群も小刻みに震えている。


 サムカが褒めているのか、けなしているのか判断がつかない口調で答えた。

「うむ。特に占道術にセマンを選んだ事は、注目に値する。私も彼らのいたずらには手を焼いておるものでね」

 まんざらでもない口調で、セマン族の先生が口を開いた。小人族である。

「へへへ。貴族の先生から、その言葉を戴くと恐縮するねえ」


 サムカが頬を緩め、その山吹色の瞳の目を細めた。

「ああ。泥棒や工作員が多くてね。気配を完璧に消すし、追い詰めても巧みに逃げる。やっかいだよ。まだ100人も仕留めていない。だからこそ、予知能力とも超能力ともいえる才能を生かした、この科目には最適だろう。シーカ校長の人物選定眼は確かだということだ」

 最後に、褒めた? のだろうか。


 サムカがサラリと話を流して、他の3名のウィザードの先生に話しかけた。

「さて。他のウィザードは全て人間の魔法使いだな。みたところ旧人から進化した系統のようだ。私も旧人の出身でね」

 余談だが、この多世界では2種族の人間がいる。原人と旧人である。サムカは旧人に分類され、ハグは原人に分類される。


 そこへ、挑発的な発言をする魔法使いがサムカに食ってかかってきた。見るからに体育会系の雰囲気を発散している。ちょっと脂ぎった筋肉質で角刈りの、堂々とした体躯の先生だ。アメフト選手のような体型とでもいえるだろうか。


 身長はサムカより少し背が高い185センチ。小麦色の肌、鉄黒色の大きな瞳、吊り気味の目、やや癖のある黒柿色の髪で、マジックで描いたような太い一本眉毛がよく目立っている。服装は肩が丸見えのタンクトップシャツに半ズボンで、運動靴を履いている。

「同じだと言わないで欲しいね。貴様ら吸血鬼、というかアンデッド連中は、もう過去の遺物なんだよ。死者の世界もそうだけどな! このタンカップ様が、直々に不浄なアンデッドを成敗してやるよ!」


「君は、力場術タンカップ・タージュ先生だね。それはよく言われるよ」

 サムカが紙を見て、あっさりと同意した。

「しかし、私は不器用で、この生き方しかできなくてね。ちなみに私は血を吸う趣味は持ち合わせていないので、吸血鬼ではないし、体も腐敗していないから無臭だぞ。放置した汗と皮脂の臭いが強い君と違ってな」


 タンカップ先生がテーブルについたまま、コーヒーをすすってサムカを嘲った。

「それじゃあ、この先はないな。魔法は日々進化しているんだよ。魔法防御に優れているようだがよ、これも防御できるか?」

 そう言い放つと、かなり骨太い指先で持った短い杖をサムカに向けて魔法をいきなり放った。鉄黒色の大きな吊り目が鈍く輝く。筋肉質で堂々とした厳つい体格なので、こういったキメポーズも、なかなかサマになっている。汗と脂臭いのが難点だが。

「ふふ。人には遺伝子がある。その『分子間力を切る魔法』だよ。どうだい、こんなのは想定外だろう?」


 自信満々な様子のタンカップ先生に、平然とした顔でサムカが諭した。

 あまりにも平然としすぎていて、マントの刺繍もピクリとも動かないし、切りそろえた錆色の前髪も微動だにしていない。彼の周辺の空気ですら動いていないかのようだ。

「学ばなくてはいけないのは、今は君のほうだな。確かにアンデッドは死体とはいえ、その細胞は完全には崩壊していない。遺伝子の断片も残っているだろう」

 確かに見た目はミイラ状態でも腐ってもいない。

「しかし、我々はもう、遺伝子がどうなろうと気にしていないのだよ。しょせんは借り物の体。君たちの感覚で言うと服のようなものかな。壊れている遺伝子がさらに壊れたところで、この死体には変化は出ないよ。つまり、その魔法は残念ながら意味を為さない。出直してきなさい」

「はい」

 すごすごと同じく自室へ去っていくタンカップ先生。


 せっかくの堂々とした体躯が猫背になって、小さく縮こまっている。それでも立派な背筋が必死で自己主張をしている、彼の後姿を横目で追いながら、サムカが補足説明する。

「ちなみに、先ほどのような新規の攻撃魔法は、専門家、諜報員とか特殊部隊員がよく使うのだよ。だから、意外と私は『日々進化している魔法』とやらを、よく目にしている」

 サラっと物騒なセリフを吐くサムカだ。彼らを城内で返り討ちにし続けているのだろう。

「ふむ……残念ながら、タンカップ・タージュ先生の新しい魔法とやらは、私の〔防御障壁〕で無効化されたようだ。既に私が経験し、対抗術式を登録済みの攻撃魔法だったな」


 先生たちの警戒がさらに上がるのを感じて、サムカが錆色の短髪を黒い手袋をした左手でかいた。

「ちなみにウィザード魔法は基本的に、魔神やドラゴンなどから契約で魔力を拝借するものだ。だから、想定も容易い。杖も汎用型の物を使用しているから、尚更だな。やっかいなのは、先ほどのソーサラー魔術使いや校長のような妖術使いだ。自力で魔法を発現させるから、予想が難しい」


 そして、視線を横にいる校長に向けた。

「さて。私は、ここの死霊術と、闇の精霊魔法の講座を担当することになるわけだね。シーカ校長」

「はい。そうですよ。テシュブ先生。後ほど教育指導要綱の死霊術と、闇の精霊魔法項目のコピーを渡しますから、目を通しておいて下さいね」

 校長が朗らかな顔で答えて、事務職員にコピーを持ってくるように指示をした。

「それはありがたい」

 サムカが礼を述べて、再び紙に目を通した。


「次は精霊魔法だな。うむ……やはりエルフとノームが先生か。エルフもノームも闇の精霊魔法は得意ではないようだな」

「そうですね。闇系は、他の全ての精霊系統と対立しますから」

 カフェのカウンターでゴーレムに果物ジュースを注文している、きりりとした顔立ちの女性のエルフがふり返える。サムカの顔を正面から見据えて答えた。

 腰までの真っ直ぐな、べっ甲色の金髪に空色の瞳が印象的だ。日焼けした白梅色の顔や、斜め20度ほどの角度で上に細く伸びた耳と共に、エルフの気品を主張している。


 しかし、なぜか機動隊が着ているような、厳つい警官制服だ。さすがにヘルメットや盾に防弾防刃用の防護服などは装備していないが、膝当てと肘当てに肩当ては付けている。ブーツも地雷原を踏破できるような本格的なものだ。

 いつでも戦闘できるように、カウンターのイスに浅く腰かけている。背丈はサムカよりも低い145センチほどである。鍛え過ぎなのか、かなりスレンダーな体型だ。


 ノーム先生もエルフ先生に同意した。彼は小人だけあって、校長より少し背が高い120センチ程度しかなく、体つきも華奢だ。顔は白い白銅色で、小豆色の瞳はノームらしい理知的な光を帯びている。

 真っ直ぐな銀髪は、エルフ先生同様に腰まで伸びている。垂れた眉、口ヒゲ、あごヒゲも髪と同じ銀色で、充分に手入れがなされている。そしてお約束の三角帽子と大きな手袋、そして、つま先が丸まったブーツを履いた姿だ。


 ノーム先生は小人が集っているテーブルについて、ハーブティーを口にしていた。エルフ先生と異なり、サムカに対して敵意は持っていないようで、ゆったりと席に腰かけている。

 その席には他に2名の小人先生が座っているが、その中で一番背が低くて華奢な体格をしている。銀色の髪とヒゲのせいで、最高齢の先生にも見えるが……声が青年のものなので若いのだろう。


 隣に座ってヘラヘラ笑いを口に浮かべているのは、先ほどのセマンの先生である。

 そのセマン先生にも相づちを打ちながら、ノーム先生がサムカに告げた。口調はエルフ先生と異なり、かなり柔らかく親しみがある。

「そうだね。エルフには特に厳しい。我々ノームでも一般論まではいいが、高等な闇の精霊魔法となると人気が無くなるね。他の魔法の選択肢を放棄しなくてはならない場合があるんだよ。私も若干の死霊術は使えるけど、ゾンビやゴーストをつくる事は無理だ」


 サムカが素直にうなずく。久しぶりに彼の錆色の前髪が動いた。

「なるほど。しかし我々が使う闇魔法と、この教育指導要綱で想定している魔法とは違うかもしれない。多分、多くの点で異なるだろう。その指摘を君たちに、お願いできるだろうか。ノームのラワット・トゥル・ガドゥ先生と、エルフのカタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク先生」


「ああ、いいよ。こちらも良い勉強になる」

 朗らかな声でノーム先生が引き受けた。親しい仲間なのだろうか、一緒のテーブルに座っている、他の2名の小人族の先生とも目配せをしている。恐らく、サムカの人となりを値踏みしていたのだろう。合格点を与えられたようだ。


 エルフ先生は空色の瞳でサムカの顔をじっと睨みつけたまま、しばらく沈黙していたが……やがて、美しい声で答えた。ゴーレムが冷えたグラスに注いで出してきたのは、スイカのジュースだった。それを右手で受け取る。

「私たちと対極の存在である、アンデッドに協力する理由も動機もありません。しかし、これまでのテシュブ先生の言動を観察していると、規則は遵守する性格のようですね。先生方の挑発にも乗ることなく、危害も加えていません。もうしばらく、観察を続けてから返答してもよろしいですか?」

 彼女の判定は保留のようだった。


「ああ、それでいい。しかし、私は1時間ほどしか、ここに滞在できないから注意したまえ」

 サムカが鷹揚にうなずいて、紙の下のほうを見る。

「他には、ドワーフのマレクラ・マライタ先生が魔法工学の担当か。これは、先ほどのタンカップ先生の指摘の通り、私のような年寄りには難しい科目でもある。時間があるとき、教室にお邪魔してもよろしいかな?」

 20代とも見えるすらりとした姿のサムカが、年寄りじみた物言いをした。本当に4000歳なのかも知れない。


「がはは。いいこと言う先生だな。ああ、いつでも来てくれ。機械いじりを好きなだけさせてやるよ。今はミニチュア・アンドロイドの人工神経回路の自己組織化展開を実習している」

 マライタ先生が豪快に笑って、ウィスキーを大量に注いだ1リットルジョッキグラスを一気飲みした。

 かなりアルコール度数が高いのだろう、サムカが立っている場所まで強い酒の香りが漂ってくる。磯臭い香りのウィスキーだ。サムカには馴染みがない種類の酒である。


「それは楽しみだ。使い魔には不向きな類の仕事を任せられそうだな」

 サムカも微笑んで、紙の最後のほうを見た。

「おお。古代語魔法の先生もいるのかね」


 校長が含み笑いをし、ちょっと自慢げなのか、鼻と口まわりの細いヒゲがピコピコと上下した。大きな尻尾もパサパサと動いて毛先が踊る。

「ええ。教育指導要綱にはないのですが、古代語魔法という言葉は歴史などで散見されますので、その解説役の先生を探したのですよ。あれ、しかし姿が見えませんね。カゼでもひいたのかな?」


 サムカが微笑んだ。

「ああ、それで。納得した。あちらに大きなクモ殿がいて、ずっと動かずにいるから、気になっていたのだよ。よろしく。ツァジグララル・ティエホルツォディ先生」

 そう言ってサムカが、何もいない空間に向かって挨拶した。先生たちも感知できないようで、顔を見合わせている。


 すると、いきなり大きなクモが現れた。これで10人目の先生となる勘定だ。

 丸い胴体は直径が2メートル弱もあるだろうか。8本ある頑丈そうな脚も、長さが2メートル以上ある。一対の若芽色をした複眼が穏やかな色を放ち、四対の白緑色に鈍く光る単眼と合わせて、理知的な雰囲気を醸し出している。

「ほう。この魔法を〔察知〕するかね。さすがは貴族だな。私も君と同じく非常勤教師だ。歴史科目で使われたと表記がある古代語魔法について、簡単な解説をしている」

 流暢なウィザード語だ。ちなみに校長とサムカを含めて、このカフェにいる者全員がウィザード語で会話をしている。

「この〔発音〕も古代語魔法の1つを使っている。君たち人や獣人族は、我々の声帯と大きく異なるのでな。私の名前は長いので、『クモ』と呼んでくれ。生徒にもそう呼ばせている」

 そう言い残して、今度は完璧に姿を消した。


「確かに、彼らクモ族は悠久の年月を生き抜いてきておる。私も知らない魔法を多く知っているだろう」

 サムカがそう言って敬意を込めた口調で見送り、教師たちの方へ顔を向けた。

「先生方は、これで全員だな。私にできることがあれば、何なりと申し付けて構わんよ。例えばゾンビの調達や、残留思念の採集といった事だな」


 それを聞いて、校長が思いついたように顔を上げた。尻尾の先も持ち上がる。

「そうですね。これからテシュブ先生を〔召喚〕する時は、先生方が実習を行う時間にしましょう。魔法事故がよく起こるのです。先生方とテシュブ先生が協力して事故処理をして下されば、生徒達の身の安全もより確実なものになるでしょう。駐留警察署もあるのですが、まだまだ心もとないものでして。どうですか? テシュブ先生」

 サムカが鷹揚にうなずいた。

「ああ。それで構わないよ、シーカ校長。私としても計画的に〔召喚〕してもらうほうが、ありがたい。さて……」


 クモがいた方向とは別の、カフェの柱の影に潜んでいる者に向かい、サムカが呼びかけた。

「我が教え子だな。隠れていないで出てきなさい。狐族ペル・バンニャ、魚族レブン・イカクリタ」

 教師たちが驚いた様子で、一斉に物陰に隠れている生徒を見つめる。


 ノームのラワット先生が、いたずらっぽく笑った。隠れている生徒たちを手招きする。完全におじいさんが孫を手招きする、あの仕草である。顔や手には全くシワやくすみなどは見られないのだが。

「いい情報網を持っているね、君たち。そして、いい抜け穴もね」


 おずおずと物陰から出てきた生徒たちが、一瞬セマンのティンギ先生を見つめた。先生たちが非難の目を一斉にセマンの先生へ向ける。

 しかしティンギ先生は、さすがセマンらしい白々しい演技がかった身振りでおどけている。

「ん? どうしたのですかな? 先生方。私の顔に何か?」


 セマン族も小人だ。背丈も130センチでノームより少し高く、ドワーフより少し低い程度である。手足がすらりとして長く筋肉質ではあるのだが、ドワーフのようではなく舞踏家のような体つきである。

 黒い青墨色の瞳は大きくてキョロキョロとよく動き、大き目のわし鼻も自己主張をしている。短かく切った髪は赤墨色で癖が強く、肌は焦げた干し藁色といったところか。耳も大きいがエルフのように尖がってはいない。確かに、盗賊や冒険家に向いていそうな体型である。



【ペルとレブン】

「こちらへ来なさい」

 サムカが山吹色の瞳で2名の生徒たちを促した。

「〔召喚〕時間がそろそろ切れる頃だ。私は1時間ほどしか、ここにいることができないからね」


 おどおどしながら、それでも目をキラキラさせて生徒2人がやってきて、サムカに挨拶した。

 身長が1メートル程度の校長や羊よりも、さらに10センチほど背が低い。高校生であるはずなのだが、獣人族はその後でも背が伸びるのだろう。

 2人とも学校の制服姿で、白い長袖シャツに、金糸で校章が記された紺色のベストをしている。同じく濃紺色の細いネクタイを締めていて、学年章が白いシャツの襟に付いて金属光沢を放っている。

 男女ともに黒紺色の半ズボンで、丈夫そうな布製の黒いベルトには簡易杖と呼ばれる魔法の杖を収めるケースが付いていた。靴は履いておらず、白い魔法の5本指手袋をしている点も併せて、校長や事務職員と同じである。


 まず、サムカが狐族の少女に問いかけた。まさに子狐で、体全体がふわふわした産毛で覆われている。

 ただ、薄墨色の瞳には力強さは感じられない。おどおどしていることもあって、どこか線が細い印象を見るものに与える。フワフワした狐色の毛皮で覆われた頭頂部には、黒い縞が3本走っているので地味な印象だ。

 加えて、尻尾にも黒い毛が混じっているので、さらに地味な印象を与えている。鼻先や口元の短くて極細のヒゲに、眉に相当する上毛もちょっと神経質そうに震えて、両耳や尻尾も垂れたままだ。


「魔法適性は、どのように判定されたのかな? まずは君、ペル・バンニャさん」

 彼女の身長が1メートルもないので、威圧的にならないように気を使った話し方をしている。

「闇の精霊魔法です。あの、私……」

 ペルと呼ばれた生徒は、それでも混乱した様子でサムカを見つめたままだ。薄墨色の瞳の奥が、不安と混乱で波打っている。


「ふむ。失礼するよ」

 サムカがその様子を見て、黒い手袋をしたままの手をペルの頭に乗せた。

(おっと……次回からは、事務用の白い手袋にするか)

 空を飛ぶ大ワニを仕留めたばかりの狩猟用の手袋だったので、さすがに反省している。

「確かに、強くはっきりした魔法適性だ。これなら私が素手で触れても、それほど問題なさそうだな」

 そう言って手を離す。


 そして、もう1人の魚族(人化しているので、黒髪で小麦色の肌をした普通のセマンにしか見えないが)を、呼び寄せた。

「君はどうかな? レブン・イカクリタ君」

 サムカは最初、人魚族だと思っていたが……本当は別の種族である魚族だったようだ。


 おどおどした様子で、彼も答えを返してきた。彼は人の姿に変身しているので、見た目はセマンそのものに見える。ただ、彼も不安と混乱のせいで暗い深緑色の瞳には力が感じられず、口元が魚のそれに戻ってきていた。人魚族であれば上半身は人型なので、顔の変化は生じない。

「死霊術です……」


「ふむ。君も失礼するよ」

 そうして、彼の頭にも手袋のままで手を乗せて調べる。

「うむ。これも強くてはっきりした魔法適性だな。両者とも私に直に触れても、それほど問題ないだろう。ちょっとショックを受けるかもしれないが、ケガをするほどではないはずだ」


 サムカにそう言われて、生徒2人が明らかに落胆している素振りを見せた。他の先生たちや校長も、事情を知っているようで目を逸らしている。

 その雰囲気を察したのか、サムカが腰を落とす。目線を近づけて、穏やかな声で生徒たちに話しかけた。

「2人とも、他の魔法適性もある程度持ち合わせているな。勉強次第では他の系統、ソーサラーやウィザード魔術も使えるようになるだろう。法術も努力すれば習得できるだろう。精霊魔法も基礎的な術は使えるようになるだろう」


 2人の顔がパッと明るくなる。

「本当ですか、先生っ」

 すかさずエルフ先生が、サムカに食ってかかった。

「そのような気休めは、言わないで下さいますか。この子たちが苦しむだけです。闇の精霊魔法や死霊術は、元々あなた方アンデッド専用の魔法です。他の魔法とは〔干渉〕しあって打ち消されてしまい、使うことができなくなるのですよ。現に彼ら2人は、他の魔法を使うことがかなり困難なのですから」

 ノームや他の先生も同様な感情を抱いているのだろう、非難の目をサムカに向けている。


 サムカがゆっくりと振り向いて、エルフ先生に穏やかな口調で反論した。渋い銀糸刺繍が施された黒マントが優雅にひるがえる。

「先生とは思えない発言だな。私の見立てでは、そういうことだ。それにアンデッド専用ではあるが、彼らのように例外もある。彼らは死人ではないからね」


 そう言ってからサムカが黒い手袋を外して、素手で2人の生徒の手を取る。そして彼らの白い魔法の手袋を外した。

 やはり狐の前足と、魚のヒレのような手が現れた。ペルの手には黒い縞模様が1本走っていて、レブンのヒレ状の手はウロコで覆われている。

 それをそっとサムカが手で包み込んだ。深い山吹色の瞳で、生徒達のキラキラした瞳を見つめる。

「うむ。予想通り、私が直接触れても問題なさそうだな。では私が魔力供給をし、増幅器になろう。今は、両手の魔力を抑えているので問題ないはずだ。少しビリビリとした痺れがあるかもしれないが我慢しなさい。そうだな、ソーサラー魔術の〔飛行〕魔術を試してみよう。君たちが空に浮かぶ様子を想像してみなさい」


「はい。先生」

 生徒2人が目をしっかりつぶって、必死の顔で念じ始めた。サムカの素手をしっかりつかんでいる小さな手が小刻みに震えているのが、隣のシーカ校長にも容易に見て取れる。

 校長が生徒以上に心配そうな表情で、無言で見守っている。先生たちは、皆、怪訝な表情をしているままだ。唯一、セマン先生だけがニヤニヤしているが。


 いきなり、生徒2人の体が暴風に吹き飛ばされたかのような勢いで空中に舞い上がった。

 サムカがしっかりと生徒達の手を握っていなかったら、天井に舞い上がって激しく叩きつけられていただろう。生徒達の手袋を外しておいて正解だったようだ。

「うむ……加減を誤ったな。失礼した」


 自力で発動した〔飛行〕魔術に翻弄されている生徒たちに向かってサムカがそう言うと、「ストン」と、生徒たちが着地した。サムカが魔力供給を停止したので、魔法がガス欠を起こして停止したのだ。


 レブンとペルは目を丸くして驚愕して口をパクパクさせて、床に座り込んでしまった。

「と、飛んじゃった」

「うん。飛んだ」


 その表情を見て、サムカが山吹色の瞳を細めて微笑む。

「これでソーサラー魔術の回路が形成されたな」

 ソーサラー魔術の先生が自室に引きこもってしまったので、感想は聞くことができない。


 サムカが彼の部屋の方を見てから、視線を戻した。

「では次に、ウィザード魔法の力場術を試してみよう。これは、本来魔力のサーバーを介して、魔法契約した魔神等から魔力を得て発動させる類の魔法だ。しかし、今は私が魔力源の代わりをしてみよう。しっかり手を握りなさい。そうだな……銃を持っていると思って、それでそこの植木を『撃って』みなさい」


 生徒たちがサムカの手をしっかり握る。そして、もう片方の手で銃の物まねをして、植木に狙いをつけた。とはいえ、狐の前足と魚のヒレなので、銃の物まねには至っていないが。

「よく狙って、えい!」

 とたんに生徒たちの指先から光が発して植木に命中し、爆発音とともに粉々に砕いた。その下の植木鉢は無傷のようだ。


「うわー……!」

 自身の指を見て驚く生徒2人と、粉々になった植木を見て驚く先生たち。

 ノーム先生が驚きの余り、飲んでいたコーヒーを噴き出してしまい咳き込んでいる。エルフ先生も、スイカジュースが注がれていたグラスを床に落としてしまった。他のウィザード魔法の先生も、口をあんぐりと開けたままだ。校長も目を丸くしている。


 そのような先生たちを無視して、サムカが2人の生徒の手を改めた。火傷等のケガはしていないようだ。

「うむ。上出来だ。これも魔法回路が形成されたな。ウィザード魔法は、系統魔法とも呼ばれるほど理論形成されている。なのでソーサラー魔術よりも使いやすいはずだ。では次は法術だ。これは基本的には宗教団体に入信しないといけないのだが……やあ、セマンの先生、少し裏技を紹介して下さらぬかな」

 サムカがティンギ先生を呼び寄せる。


 ティンギ先生が困ったような表情しながらやってきて、サムカの手の上から同じように生徒2人の手を握った。

 サムカが驚いたような目をして、ティンギ先生に顔を向ける。

「さすがだな。抑えているとはいえ、私の闇魔法場はかなり強力だと思うのだが、触れても何ともないとは。一体、どのような回避魔法を使っているのかね?」


 ティンギ先生がニヤリと笑う。

「魔法で〔運〕を操作しているだけさ。こいつは魔法場に依存しないから、いつでもどこでも発動できるんだ。今は、私に不幸が降りかからないように〔運〕を調節しているんだよ。超能力みたいなものかな。私のことは、ティンギと呼んでくれて構わないよ」

 サムカが感心した表情になった。少し動揺したのか、マントの中に隠れている剣やら装飾品が互いに当たって「カチカチ」と小さな音を立てている。悪友貴族ステワの立てる涼やかな音とは違って、くぐもった感じの音だ。

「ふむむ。そのようなことができるのかね。さすがセマンだな……おっと、失礼した。ティンギ先生、裏技は使えそうかね?」


「裏技かい? いいのかな、使っても。ねえ、シーカ校長」

 そう言って、ティンギ先生が校長を見る。校長も困ったような笑顔を浮かべた。

「確かに法術は入信しないと使えませんね。ですが、今は残念ながら法術先生はご不在ですから、1回限りの紹介でしたらよろしいと思いますよ。体験版という事で。他の先生方の勉強にもなりますしね」


 あっけなく許可したので、エルフとノーム先生がまた咳き込んだ。

(警官なので生真面目なのかねえ)と思うサムカである。貴族社会は基本的に『オレ様ルール』だ。困ったら決闘か賭けをして解決するという考え方である。


(テシュブ先生、また〔魅了〕魔法を使ったので?)

 テレパシーのような〔念話〕で話しかけるティンギ先生に、サムカが小声で答えた。

「いや、使っていないよ。お茶目な校長だ。さあ、どうぞ」


 ティンギ先生が赤墨色で癖が強い短髪をかき上げて、黒い青墨色の大きな瞳をキラリと輝かせた。やる気満々の様子である。

「では、せっかくなので法術チャンネルを乗っ取りましょうか。なーに、真教の教団経理が慌てるだけです。法力を抜き取った証拠は残りませんよ。マルマー先生が管理責任を問われる程度でしょう。問題ないですな」

 校長の許可を得たので、堂々としている。しかもかなり乗り気な様子だ。


 そのティンギ先生が法術式を詠唱し、術式を走らせ始めた。サムカの周囲の空間が静電気を放ち始めたので、どんな法術なのか察したようである。

「なるほど……〔蘇生〕法術かね。私も注意するとしよう。この体が痛むことがあるのでね」

 サムカが固い笑みを口元に浮かべながら、〔防御障壁〕を調整する。その作業を1秒もかからずに済ませ、生徒たちの顔を見つめて指示を出した。

「では、あの砕けた植木を元に〔修復〕してみなさい。そうだな、砕ける前の姿を想像すればいいだろう」


「はい!」

 力強く返事を返して、粉々になった植木に向き合う生徒たち。

 すると、白い光が植木の残骸を包んで……急速に木の〔修復〕が始まった。

 枝が葉の先から出ていたり、葉が4、5枚くっついているが。2人の想像したイメージが違っていたのだろう。それでも3分ほどかかって、植木がおおむね元の姿に〔修復〕された。


 サムカが手を生徒たちとティンギ先生から離して、軽くうなずく。

「まあ、及第点だな。協力に感謝する、ティンギ先生。〔運〕というのは恐るべきものだな。私が魔力提供する闇魔法場を、法力場へと魔力〔変換〕する際の効率は非常に悪いものなのだ。しかし、今回はほぼ一対一で〔変換〕できているな。大したものだ」

 そう礼を述べて、セマンのティンギ先生をテーブルにつかせる。彼も上機嫌だ。

「喜んでもらえて何よりだよ」


 サムカが生徒たちに視線を戻した。

「分かったかね?  君たちには、他の魔法の適性もあるのだよ。法術も含めて基礎的な魔法回路がこれで形成されたから、今後は習得が容易になるだろう。精霊魔法も同様だ。ただ、これは自力で習得しなさい。魔力供給が私ではできない。私がエルフやノーム先生の助力を得ると、法術以上に魔法場〔干渉〕が起こって、やっかいなことになるのだよ」


 そして微笑んで、手袋をつけずに素手のままで2人の生徒の頭を撫でた。

「後は、君たちの努力次第だ。魔法場の流れにいかに上手に自然に乗るか、それがソーサラー魔術のコツだ。いかに深く突き詰めるか、それがウィザード魔法のコツだ。そして、いかに信者たちの信頼を得るか、それで法術が決まる。憶えておきなさい」

「はい! 先生っ」

 はっきりした良い声で返事をする生徒たち。先ほどまでの、オドオドした雰囲気は全くなくなっていた。


 サムカも満足そうにうなずく。

「うむ。校長が述べた通り、君たちは広範な魔法適性を有しているのだな。うらやましいくらいだよ」

 エルフとノーム先生が床やテーブルにこぼした飲み物を、紙ナプキンを使って拭いて掃除している。まだかなりの動揺をしているようだ。


 ノーム先生と同じ小人用のテーブルに座っているティンギ先生に、ドワーフのマライタ先生が赤いモジャモジャヒゲだらけの顔を寄せた。

「おい。こうなる事を〔予想〕していたのかよ」

 ティンギ先生がポケットからパイプを取り出しかけて、途中で止めた。カフェ内は禁煙なのだ。

「半分くらいはね。でも、こうなるとは思ってもいなかったよ」


 ノーム先生が掃除を終えて、バーテン用のゴーレムに紙ナプキンを手渡した。ようやく落ち着いた様子でティンギ先生を見る。

「半分も〔予想〕していたのなら、教えてくれても良かったのですがね、ティンギ先生。コーヒーが無駄になる事も避けられたはずですし」

 エルフ先生もゴミをゴーレムに手渡して、「コホン」と小さく咳払いをした。

「本当に、ティンギ先生は肝心なところで役に立ちませんね。しかし、驚きました。エルフでは考えられない魔法適性ですね」


 ウィザード魔法幻導術のプレシデ先生も、危うくコーヒーをカップからこぼすところだったようだ。しかし、何とか数滴だけテーブルに飛び散っただけで抑えている。

 先生らしいスーツに、コーヒーをこぼしていないか念入りに確かめた後で、顔と状態を斜めに傾けた。口元も斜めに傾く。

「単なる例外ですよ。他の生徒には当てはまりません。運が良かったという事ですね」

 どことなく負け惜しみのような口調に聞こえるが、気のせいだろう。


 もう1人残っていたウィザード魔法招造術のナジス先生は、見事にコーヒーを白衣風のジャケットに盛大にこぼしてしまっていた。ヘラヘラ笑いを顔に貼りつかせてはいるが、かなり機嫌が悪そうだ。

 鼻をすすり上げながら、誰ともなく文句をブツブツ口から吐き続けている。鼻炎持ちなのだろうか。

「前途多難ですねえ、ずず」

「やはり辺境の学校には、ずず」

「出来の悪い教師しか集まってこないのですかねえ、ずず」

「僕も早急に条件の良い求人を探さないとなあ、ずず」


 そんな風にブツブツ言っている先生たちを無視して、サムカが2人の生徒に山吹色の瞳を向けた。天井から降り注ぐ間接光の影響か、サムカの藍白色の白い顔と手が強調される。

 生気が全くない顔色なので、一転して緊張している面持ちに戻る2人の生徒だ。

「では、本題に入るとしよう。闇の精霊魔法と、死霊術の話をしよう。忌まわしい魔法だと思うかね」


 緊張した面持ちになりながらも、それでもコクンとうなずく2人の生徒たち。その素直な反応に、山吹色の瞳を細める。

「私の世界では必要不可欠な魔法であるが、他の世界では悪用されることが多いようだ。死者を自由に操り、全てを闇の中に沈めてしまう」

 サムカが穏やかな声で話し始める。

「しかし、その魔法の仕組みを知らねば対処はできない。法術や他の魔術魔法を使うと、死者は粉々に砕けて塵になり、闇はかき消されて、消えた物は帰ってこない。仕組みを知れば、死者は死者に戻り、消えた物には再び日が当たるようになるだろう。他の魔法ではできないことが君たちにはできるのだよ。世に害をなすことも、そして、世の秩序を守ることもね」


 そして、生徒たちの目を正面からしっかりと見た。

「君たちにはそれができる。少なくとも素質が『ある』ということだ」

 その宣言に、サムカの山吹色の瞳が強く輝く。


 電気が走ったかのように、生徒たちが衝撃を受けているのが分かる。その様子を見ながらも、サムカの穏やかな声は変わらない。

「全ては、使う者の『方針』によって決まる。法術ですら、あの植木のように不自然な生を与えることができるのだよ。無論、これを悪用すれば合成怪物ができる」

 今まさしく、そんな感じの植木がある。

「闇の精霊魔法は、魔法が暴走した現場では重宝するだろう。死霊術は生者では危険な仕事や現場で、その効果を発揮することができるだろう。全ては君たちの方針次第だ。授業では、その点を教えることにしよう。それでいいかな?」

 そう言って、サムカの瞳の光が和らいだ。


 生徒たちが泣き出してしまった。産まれて初めて認めてもらえたことが相当に嬉しかったのだろう。サムカが微笑んで、生徒達の頭を優しくなでた。

「ふむ。アンデッドである私には涙は流せない。その体、大事にしなさい」


 そうしてから、ゆっくりと優雅な動きで生徒たちから離れて、校長に顔を向ける。

「シーカ校長、今回はここまでだろう。〔召喚〕を計画的に行う件、憶えておいてくれ」

 慌てて校長が、かなり分厚い資料をサムカに渡した。早くも薄っすらと涙目になってきている。

「わかりましたテシュブ先生。これは教育指導要綱のコピーです。どうぞ」


 サムカがその資料を受け取り、難なく古代中東風スーツの懐に入れた。まるで消えてしまったかのようだ。

「うむ、確かに。では、帰ってから目を通すことにしよう」

「せ、先生っ、これ」

 狐族のペルと魚族のレブンが駆け寄る。ポケットから小さいが熟したマンゴを取り出して、サムカに手渡した。

「今日の学食のデザートです。どうぞ。貴族は生きている物しか口にしないと本に書かれていましたので、これを。私たちからの歓迎の印です」

 そう言って、かわいい顔でサムカに笑いかけるペルとレブン。まだ両目の縁には涙が残っていて、きれいな光を反射している。


「ありがとう」

 サムカも礼を述べて、ノームとセマンの先生を見た。

「全く、サプライズ好きな種族だな。あまり生徒を焚きつけるような真似は慎みたまえよ」


 同時に<ボウン>と水蒸気の煙が上がって、サムカの姿が消えた。やはりサムカから半径1メートルの円内の空間が、一緒にごっそりと消えてしまっている。ペルとレブンも危うく消失空間内に巻き込まれるところだったが、何とか逃れて無事だったようだ。


「いい先生になりますよ、彼は」

 早くも目をウルウルさせている校長。カフェの床にあいた大穴については問題視していないようだ。

「〔召喚〕もこの学校で行うように手配せねばっ」

 そう言って、校長があたふたと役場へ駆け戻っていった。




【召喚後】

 ドワーフ、セマン、ノームの小人3人衆も、ごきげんな様子で酒盛りを始めだした。ドワーフのマライタ先生が下駄のような白い歯を見せて、赤いモジャモジャヒゲと髪に覆われた顔で笑う。

「思ったよりも砕けた良い奴じゃないか」

 ノーム先生も満足そうな笑みを浮かべて、銀色の口ヒゲを指で撫でて整えている。

「そうですな。私も意外に気に入りましたよ。彼でしたら、良い教師仲間になりそうです」

 ティンギ先生はニヤニヤしたままだ。

「〔占い〕では、大波乱が待ち受けているみたいだけれどね。騒動は大歓迎だ。今後が楽しみだよ」

 早速、カウンターのゴーレムに酒のツマミをあれこれ注文する。コーヒーでは満足できないようだ。ゴーレムも器用に床の穴を避けて動いている。


 一方のエルフの先生は無言で席を立って、ペルとレブンに空色の瞳を向けた。機動隊の制服なので、かなりの威圧感がある。

「それでは、私は午後の授業がありますので。ほら、生徒たち、もうここに入ってはいけませんよ。」

「はーい……」

 素直に謝る生徒たちだ。白い魔法の手袋を両手につけて、エルフ先生の後ろについていく。それでもサムカの授業がかなり嬉しかったのだろう、目が2人ともにキラキラ輝いていた。


 その様子を見て、エルフ先生がべっ甲色の金髪頭を軍用グローブでかいている。

「貴族と聞いたので、〔殲滅〕魔法を準備してきたのですが……とりあえずは保留ですね」


 エルフ先生が生徒から視線を移して立ち止まり、変な形状になっている植木に目を留めた。軽くジト目になる。

「後片付けをするように、次回はきちんと教えないといけないわね……まったく」

 そう言って、簡易杖を腰のホルダーから引き抜く。おもむろに植木に向けて生命の精霊魔法を放った。白い光が簡易杖の先から照射されて、植木に命中する。

 植木があっという間に、本来の姿に戻っていった。


 数秒もかからずに植木を正常な形にしたエルフ先生が、目を丸くして見ているペルとレブンに告げた。口調は厳しいままだが、先程よりもかなり柔らかくなっている。

「人の治療では法術が便利ですが、こういった『植物の治療』には生命の精霊魔法が適していますよ。あのアンデッド先生の言う通り、頑張って勉強しなさい」

 ペルとレブンが背筋をピンと伸ばしてエルフ先生に笑顔を向けた。

「はい!」

 エルフ先生も微笑む。

「良い返事です。私の授業では、これまで以上に厳しく教えますからね。必ず習得しなさい」


 そして視線を、早くも酒盛りを始めた小人3人衆に向けた。口調が明らかに呆れた調子になる。

「コラ。まだ午後の授業があるでしょ。生徒に示しがつきませんよ」

 しかし、小人たちは頑として酒盛りを死守する決意のようだ。バーテンのゴーレムが運んできたウィスキーやワインの瓶をしっかりと両手で抱いて、エルフ先生を威嚇する。

 ドワーフのマライタ先生が、下駄のような歯を剥いて熊のように唸った。

「うるせえ。ワシの授業はもう今日は、これで終わりなんだよっ。放課後まで待っていられるか」

 ノームのラワット先生もワイン瓶を抱きしめて、両足をバタバタさせている。

「次の授業は〔分身〕に任せてありますので、ご心配なく。しかし、ワインの在庫が少なくなってきましたなあ。新規補充を毎日要請しておるんじゃが……ストライキでも起こすか」

 ティンギ先生は、禁煙だというのにパイプに火をつけてタバコを吸い始めた。「ふい~……」と紫煙を吐き出して、ワイン瓶を簡易杖の先で「コンコン」突いている。

「ここは僻地ですからねえ。世界間移動ゲートのある帝都からは優に1000キロあります。申請が通りにくいのでしょうな」


挿絵(By みてみん)


 ノーム先生の小豆色の瞳が据わった。

「シーカ校長を脅すか」

 マライタ先生がニヤリと笑う。

「あの校長は下っ端だからなあ。ワシがちょっと調べてみるわい」


 何か不穏な空気になってきたので、大きくため息をつくエルフ先生だ。生徒2人の手を取って、小人3人衆に釘を刺した。

「騒動は起こさないで下さいね。生徒がいる前で、悪だくみなんかしないように。植木の状態も安定しましたね。ほら、校舎へ戻りますよ」

 そう言い残して、生徒を連れて校舎へ向かっていった。


 ウィザード先生2人は、小人3人衆の事は全く意に介していない様子だ。新たに注がれたコーヒーをすすっている。

 招造術のナジス先生が、白衣風ジャケットについたコーヒー染みを魔法で〔浄化〕して一息ついた。テーブルを挟んだ向かいに座っている幻導術のウムニャ・プレシデ先生に垂れた細目を向ける。紺色の瞳がキラリと輝いている。

「良い先生になりそうだな。ずず」

「まあ、我々の仕事の邪魔にならない限りはどうでもよいだろう」


 プレシデ先生がコーヒーをすすりながら軽くうなずく。やはり上体が斜めに傾いたままだ。

「まあな。このような辺境世界に召喚されても自慢にはならないだろうなあ。我々と同じく、左遷されたようなものだろうか」

 ナジス先生もコーヒーをすすりながら、手元に小さな空中ディスプレー画面を呼び出してサムカの情報を見る。特にこれといった情報は見当たらなかったようだ。

「まあ、普通はそうだろうな。ずず」

「〔召喚〕や招待されるならば、魔法世界のどれかでないと、ずず」

「職歴にも堂々と記すことができないからねえ。ずず」

「獣人世界の魔法教師とか、転職や就活上、『汚点』でしかない。ずず」


 プレシデ先生も同じサムカ情報を呼び出して確認する。

「こんな世界へ飛ばされてくるぐらいだ。どうせ死者の世界でも、うだつの上がらない奴なんだろうさ」

 などと雑談を始めた。相当に性根がひん曲がっている連中ばかりのようである。服装はソーサラー先生と異なり、それなりに小奇麗なのだが。座り方もだらしがない。


 一方でサムカが去ったので、ようやく〔魅了〕魔法の効果が切れたようだ。法術やソーサラー、力場術の先生達が自室から顔を出してきた。「次は油断しないぞ」とか何とか言って騒いでいる。しかしまだ怖いのか、カフェの中に入ろうとしていないが。

 ティンギ先生がニヤニヤしながら、先生達を眺めてパイプを吸って紫煙を吹いた。

「次の授業は、自習ばかりかな」


主な登場人物(獣人世界の先生など):


●教育研究省の高等教育部の外部講師人事主事 ラグラグ・サラパン

羊族。偶然闇魔法特性を持っていて、リッチーとの召喚ナイフ契約を結んだ。ふわふわの毛玉に全身が覆われている。手足は短くて太い。身長は120センチ。


●教育研究省の考古学部長 タハン・アイル

狐族。古代遺跡の発掘調査。身長は110センチで筋肉質、骨太。フィールドワークばかりで毛皮が荒れている。


●高等魔法学校の校長 スナマン・シーカ

狐族。マジメな人柄。初老なので全身の毛皮に白髪が混じっている。身長は110センチ。痩せ型。毛並みは上品で縞はない。黒目。


●ニル・ヤシ・パリー

天然ボケな妖精。身長は130センチ。クーナの耳下までの背丈で、ウェーブがなだらかにかかった紅葉色の赤髪を腰まで垂らしている。髪の手入れをしないので枝毛がひどく、光沢もない。ぷよぷよした小学生の体型。


●ウムニャ・プレシデ

幻導術の魔神ティラ・ウと契約している。身長160センチ。褐色で辛子色の肌、切れ長の吊り目で黒い深緑の瞳、黒い煉瓦色でかなり癖のある髪で肩下まで伸ばして結んでいる。スーツ姿、革靴。


●スカル・ナジス

招造術の魔神ツァジグララルと契約している。鼻をすする癖、身長150センチ、白衣に似た薄手のジャケット姿。足は短めのゴム長靴。少し猫背になって歩いている。


●タンカップ・タージュ

力場術の魔神シベ・トテクと契約している。ちょっと脂ぎった筋肉質で角刈りの堂々とした体躯。身長185センチ。小麦色の肌、鉄黒色の吊り気味のギョロ目、マジックで描いたような太い一本眉毛。


●ティンギ・マハル

占道術の魔神ヨルカイ・エスツァンと契約しているセマン族。身長130センチ、黒い青墨色の目は大きくてキョロキョロとよく動き、わし鼻もよく自己主張をしている。赤墨色で癖が強い短髪。


●テル・バワンメラ

ソーサラー魔術の先生。銀灰色の長髪を無造作に後ろで束ねている。紺色の目で大きい、頬から顎を覆う盗賊ひげ。肌は焼けた飴色。身長190センチでボクサー型で運動好き。形式ばった服装が大嫌いでヒッピースタイル。


●ブヌア・マルマー 

法術の先生。ラヤン・パスティの担当教官。身長は185センチでサムカより少し背が高い。白い桜色の肌で、茅色で褐色の癖のある髪を短く切りそろえている。焦げ土色の黒い瞳。常時、法衣をまとい白い手袋をしている。


●ラワット・トゥル・ガドゥ

精霊魔法の先生。大地と炎系統が得意。ノーム族。白い白銅色の肌で、白蕎麦色の銀髪の直毛は腰まで。小豆色の瞳。垂れた眉、口ひげ、あごひげは充分に手入れがなされている。大きな三角帽子にブーツ、スーツ姿。身長120センチ。現役の警察機動部隊員。


●カタ‐クーナ‐カカクトゥア‐ロク

精霊魔法の先生。光と風系統が得意。エルフ族。腰までの真っ直ぐなべっ甲色の金髪に空色の瞳。日焼けした白梅色の肌。身長は145センチ。スレンダーな体型で年齢は2000歳。現役の警察機動部隊員。


●クモのツァジグララル・ティエホルツォディ

古代語魔法の先生。一対の複眼は若芽色で早春の木の芽の色、四対の単眼は白緑色。脚を除いた胴体は1メートルほどの球体だが、自在に大きさを変えることができる。通常は念話で会話する。

 

●マレクラ・マライタ

魔法工学の先生。ドワーフ族なので基本的に魔法は使えない。顔を覆うひどい癖毛のヒゲは、そのまま頭の髪につながって一体化している。下駄のような白くて巨大な歯。煉瓦色の赤毛で顔の色も赤い。瞳は黒褐色で好奇心の光に満ちている。身長125センチ。


●サムカの使い魔(教室の安全維持)

ルガルバンダを半分に縮めたような姿で、身長2メートル、熊頭で4本腕。背中にはジャディをも圧倒するような巨大な翼が4枚生えている。


●墓

普通の冴えない中年オヤジの見た目。身長はサムカより頭一つ低いくらい。腹が少し垂れてガニ股。頭髪もかなり薄くなっていて、白髪が半分以上交じった髪はゴマ塩のような印象。

墓次郎、中、雲用務員もほぼ同じ姿。


●クク・カチップ 

将校避暑施設の管理責任者。人魚族。焦げ茶色の瞳。肌は日焼けした象牙色。身長140センチ。灰紫色の癖が強い長髪を束ねたり、巻いたりしている。


●マタワン、ルーパス、スンガル

将校避暑施設の雑用バイト。キジムナー族。瞳は皆、黒い青墨色。アシカが二足歩行したような姿。人化している際はセマン顔で日焼けした肌色、禿げ頭。身長150センチ。力は強いが魔力が弱い。


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