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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
26/124

25話

【発掘品】

 アイル部長の話を聞きながらサムカが満足そうな表情で、2つのガラス細工の地雷を黒い手袋をつけた左手で持った。

 手袋自体がサムカの魔力を遮断する機能を有しているので、この地雷の誤作動を未然に防ぐためだろう。この手袋は領内の魔法が使えないオーク住民と接するために作られたものなのだが、こういう場面でも役に立つ。ハグのせいで、所々に虫食いのような穴が開いているが。

「うむ、了解した。ではこの地雷は、私がもらい受けよう」


 そう言って、2つの地雷をマントの中に入れた。そして他の発掘品を手に取って眺める。再びコーヒーをすすり始めた。

「ふむ……他の品には、君たちに危険を及ぼすような闇の精霊魔法や死霊術等は、特にかけられていないようだ。普通の魔法による素材強化処理だけだな。いわゆる魔法の武具というやつだ。ただの金属の剣ではゴーストを攻撃できないが、魔法で強化してあると攻撃や防御ができるようになる。そういう加工だな。ありふれたものだ」


 そして、台車の上の武器類を1つずつ左手で触って確認していく。

「剣も槍も盾や鎧も全て、一般的な大地の精霊魔法で〔強化〕されているな。恐らく、古代遺跡内部での使用を想定しているのだろう。だがしかし〔強化〕といっても大したものではない。君たちが装備しても問題ない程度だ。今は我々向けのサイズだが、これらには〔フリーサイズ処理〕が施されているのだよ。装備者の体格や身長に自動的に伸縮して、合うように術式が組まれている。校長やアイル部長でも装備できるよ」

 アイル部長の顔が明るくなった。顔の日焼け毛皮がアクセントになって、人懐こい印象が強くなる。

「おお。そうですか。そうでしたら博物館で展示できますな」


 サムカが微妙な顔をしてアイル部長に視線を送った。

「ただの魔法処理だぞ。展示するような価値があるとは思えぬが。宝飾も大して施されておらぬし、金属の鍛え方も月並みなものだ。一般兵士用に作られた、数打ちの量産品だろう」

 それでもアイル部長は笑みを崩さない。

「大丈夫ですよ、テシュブ先生。我々が『気軽に触れることができる』発掘品としての価値があります。触れたら呪われてしまうような物では、気軽に展示できませんからね。装備できるのでしたら、試着コーナーを設けることもできますから、人気が出るでしょう」


 そう言われて、納得するサムカである。

「なるほどな。そういう見方もあるのか」

 そして、コーヒーをすすりながら少し考える。

「先ほどの地雷だが……中身を出した後のガラス殻を、次回の〔召喚〕時に持ってこようかね? このようなガラス製の物には『安易に触らないように』という教育目的で使えるかもしれぬ」


 校長が即座に同意した。鼻先のヒゲ群と両耳がピンと立つ。

「そうですね。危険物の情報提示は重要ですね。我々獣人族は大多数の者が魔法適性を持ちませんので、誤って古代遺跡の発掘物に触れて魔法を浴びてしまうと危険です。ゴミ捨て場跡地などでは、古代遺跡本体とは違い、〔結界〕や〔防御障壁〕もありませんから」


 サムカがうなずく。

「分かった。では、そうすることにしよう」

 そのまま、コーヒーをすすりながら、少し首をかしげるサムカである。

「しかし……なぜ、このような時代錯誤な刀剣類ばかり発掘されているのだろうな。一方で、巨人アンデッドを封じた地雷のような、高度な魔法兵器も出土しているし」


 数秒間ほど考えるが、答えは出なかったようだ。話を続ける。

「死者の世界であれば闇魔法場以外の魔法場が弱いから、刀剣や弓矢を使うのだが……それを除外しても獣人世界では、クーナ先生やラワット先生が持つような射撃可能な魔法杖を使う方が便利だろう。古代遺跡内部を想定した戦闘しか、考えていないように思える」


 それを聞いていたアイル部長も大いに同意している。

「そうなんですよね。テシュブ先生の仰る通りなのでしたら、我々にも装備できる『呪いを含めて魔法付与された武器』が、古代遺跡の入り口や周辺のゴミ捨て場に大量に埋まっている……という事になります。まるで我々に『それを装備して、探検しに遺跡内部へ入って来い』とでも言わんばかりの用意周到さですね。どうも不気味です」

 そう話しながら、アイル部長が校長と目配せをした。校長がやや深刻そうな表情になり、アイル部長にうなずく。


 それを合図にして、別の武器が置かれているトレイが運び込まれてきた。これは発掘品とは全く異なり、先ほどまで実際に戦闘で使用されていたかのような生々しい圧迫感がある。土汚れもついていない。サイズは狐族の体格からすれば両手持ちになりそうな剣である。

 刀身は60センチほどで両刃の直刀。刃紋はわずかに波打っていて、材質は青銅のように見える。柄こしらえや愕には、水晶や琥珀などの普通の宝石が埋め込められている。しかし、両手で握って剣を振り回す支障にはならない程度の、ささやかな装飾に留まっているようだ。 


 先程のガラクタ刀剣類に比較すると若干売り値は上がりそうだが、その程度の美術的価値しかないものだ。 サムカが日頃使用している実用重視の刀剣の方が、まだ見栄えがする。


 しかし、それを一目見たサムカの表情が明らかに曇った。コーヒーカップをテーブルの上に置く。

 それを目ざとく察知したアイル部長が、トレイごと武器をサムカの目の前に持ってきて置いた。隣の校長も明らかに緊張している。

 アイル部長が慎重な口調でサムカに説明した。

「テシュブ先生。今回の古代遺跡が発見されたきっかけが、この剣です。セマンの冒険家が発掘したようで、所持していました。ご覧の通り『呪いの魔剣』です」


 エルフ先生やノーム先生は思い思いにワインやウィスキーを飲んで寛いでいたのだが、一斉に緊張が走った。

 アイル部長が、真剣な表情になって説明を続ける。

「セマンの冒険家がこの古代遺跡の入口付近に陣取っていて、門番のようになっていました。この魔剣に精神を乗っ取られて、遺跡の警備役を押しつけられたのでしょう。近隣の住民による遺跡周辺での山菜取りや狩猟も邪魔してきましたので、こうして調査目的での発掘が行われたのですが……」


 アイル部長の日に焼けて脱色した毛皮で覆われた顔が、ほっとしたような表情に変わった。

「テシュブ先生が鑑定して下さった結果からすると、他に『呪いの武器』はなかったようですね。安心しました」

 サムカがアイル部長の話を聞いて「なるほど」とうなずいた。手袋をしたままの左手で無造作にトレイ上の魔剣の柄を握って、剣を取り上げる。

「ふむ。確かに、これだけは闇の精霊魔法が強く発動しているな。これを持った者の精神が〔浸食〕されて、操り人形にされるのも無理はないだろう。では、これの術式を破壊しておくとするか。博物館で展示しても映えるとは思えないが、犠牲者が出るよりはマシだろう」

 術式も何もつぶやかず魔法陣も発生させずに、空間が〔軋んだ〕。皆、思わず「ぎょっ」となったが、体調には何の影響も出ていないのでほっとする。


 サムカが校長とアイル部長に剣を手渡した。おっかなびっくりで受け取る2人だったが、何ともないので驚きつつもほっとしている。サムカもようやく分かりやすい笑顔を向けた。

「術式を〔破壊〕した。もう今は、ただの古い剣だ。美術的な鑑定は任せるよ。展示しても良いし、廃棄しても良いだろう」


「さてどうしようか」と、話し合い始めている校長とアイル部長。そんな彼らをコーヒーをすすりながら見ていたサムカが、ふと思いついたようにティンギ先生に顔を向けた。

「セマンの冒険家や盗賊どもは、この古代遺跡には挑戦していないのかね?」


 ティンギ先生が鼻歌を歌いながら、新たにバーのカウンターにいるアンドロイドから受け取った、赤ワイン入りの大きなグラスを傾ける。既に法術のマルマー先生は悪態を喚き散らしながらカフェから去ってしまったのだが、全く気にしていないようだ。

「当然、挑戦しているよ。だけどテシュブ先生が鑑定した通り、ガラクタばかりでね。古代遺跡の最深部まで探検した奴も多いんだけど、『何も金目の物はなかった』という記録ばかりだな」


 赤ワインを1口飲んで、ティンギ先生がご機嫌な顔になる。

「その、精神を乗っ取られて遺跡の門番にされていたセマンの記録もあるよ。まあ、ただの間抜けとしてしか記述されていないけど」

 さらにもう1口飲んで、大きなワシ鼻を膨らませて満足そうに吐息を吐いた。

「それに、そいつは本体じゃなくて現地合成のクローンだしな。ただの使い捨てボディだよ。普通なら廃棄されたらすぐに死体になってしまうんだけど、その魔剣の魔力で維持されていたんだろうな」

 もう、ほとんど他人事のような口ぶりだ。


 ノーム先生も台車の上の刀剣類を見て、触りながら同意した。鍛冶屋か研ぎ師のような手の動きである。ワインを飲みながらではあるが。

「……そうだな。この程度の魔法の武具では二束三文にもならんな。金目になりそうな剣は、たった今テシュブ先生が術式を破壊してしまったし。地雷は危険すぎるしな。しかし気になったのだが、この武具。傷1つついておらんのだよ。新品のまま埋めてしまったようだ」


 サムカが疑問を膨らませながら、整った眉をひそめる。

「そうだな。戦闘どころか品質検査すら行っていない。『ただ作って捨てた』だけのように思えてならん。一方で、地雷のような危険で兵器としての価値が高いものもあるし……先ほどの魔剣が1本だけあったというのも不可解だ」


 ティンギ先生が口を挟んだ。赤ワインのツマミを何か注文したようである。バーカウンターのウェイターアンドロイドが、せっせと何か作り始めた。

「その地雷。私が知っている冒険記録では、どれにも書かれていないよ。そんな高値で売れる発掘物なんて、これまで一度もなかったのに。アイル部長、どうやって見つけたんだい?」

 アイル部長が、日に焼けた毛皮の後頭部を軽く手でかきながら、答えてくれた。元魔剣をトレイの上に戻して、部下に命じて引き取らせる。

「どうやっても何も……普通にゴミ捨て場跡地で発掘作業をしていたら、出土しただけですよ」


 ティンギ先生が更に不可解な表情をする。

「変だなあ。〔運〕が強い冒険家や泥棒だったら、すぐに見つけるはずなんだけどな。この300万年間、一度も見つけられないなんてこと『ありえない』よ。特殊な〔ステルス結界〕でも張ってあったのかな。でも、ゴミ捨て場にそんな結界なんか、使う意味がないしなあ」


 エルフ先生がジト目になっている。ティンギ先生を見つめる空色の瞳が非難の色を帯びた。

 彼女も結構赤ワインを飲んでいて2杯目を注文しそうな勢いなのだが、全く酔っていない。さすがエルフというところだろう。

「まあっ。300万年間も盗掘しに来ていたんですか!」


 ティンギ先生がニヤニヤして、エルフ先生に不敵な黒い青墨色の視線を向けた。赤ワインを早くも飲み干して、グラスをテーブルに戻す。

「エルフ世界にも300万年間、盗掘や冒険をしに『お邪魔』し続けているよ。ちなみにエルフ世界もここと同じで、高値で売れる物がないハズレ世界だよ。安心してくれ」

 そして、怒り気味なエルフ先生からサムカに視線を戻した。

「つまり、かなり『不自然』なんだよ。特に、テシュブ先生が〔召喚〕されるようになる『頃』からね。何がこれから起きるか分からないけれど、気をつけた方が良いかもね。貴族の先生」


 素直にうなずくサムカである。

「そうしよう。カルト派閥とはいえ貴族が、この世界の『化け狐』に食われた事実があるからな」


 その瞬間。サムカの藍白色の白い表情がこわばった。錆色の短髪が跳ね、思わず床を凝視する。

「!! 闇の精霊場が急激に強くなったぞ。いったい、どういう……」

 同時に、ハグ人形が校長の頭の上に出現した。

「大地の精霊が、まっすぐこちらへ向かってきておる。すまんが皆の衆、強制的に〔テレポート〕してもらうぞ」


 次の瞬間。サムカを含めた全ての先生と、校長を含めた全ての事務職員、そしてアイル部長が、運動場の真ん中に〔テレポート〕された。

 たった今まで机に座って書類整理や作成をしていた事務職員たちは、イスを失っているのに座った姿勢のままで〔テレポート〕されたので、見事に一斉に運動場に尻餅をついた。発掘物を運んでいた職員もトレイを置き去りにして〔テレポート〕されてくる。


 いきなりなので当然、悲鳴や驚きの声が上がり、事務職員たちが周りをキョロキョロと見回している。混乱している校長とアイル部長は、いつものパタパタ踊りを始め出した。


 同じく理解できていない様子のエルフ先生が、ハグ人形に簡易杖を向けて詰問する。

「ちょっと、ぬいぐるみ! いきなり何するのよ!」

 それについては、サムカが代わりに答えた。

「クーナ先生、襲撃だ。地面の下からの」


「は?」

 まだ理解できていないエルフ先生に、ノーム先生が厳しい顔で補足した。

 白い白銅色の顔の眉間に、深い縦しわが刻まれている。銀色の垂れ眉も、この時ばかりは「キッ」と持ち上がっていた。が、大きな三角帽子をしっかり被り直す作業は怠っていない。

「僕も今、〔察知〕した。巨大な大地の精霊が、我々がいたカフェの真下に集まってきている。しかも、こいつらは〔闇属性〕だ。大深度地下にいる凶暴な連中だよ。僕では〔制御〕できないな」


 その通り、次の瞬間。猛烈な地鳴りが鳴り響いた。同時に、先ほどまで寛いでいたカフェがある教員宿舎の建物が、大地に食われた。




【大地の精霊】

 文字通り、あっという間の出来事だった。教員宿舎の建物の真下から、金属や水晶などでできた禍々しい10本もの牙状の物体が、大地から飛び出してきたのだ。

 長さ20メートル、1つ1つの牙の直径は数メートルほどもある。それらが、一斉に建物を噛み砕いたのだった。


 赤レンガとガラスでできた教員宿舎は、紙くずのように千切れて砕けて粉々になった。半秒ほど遅れて、サムカたちが避難している場所まで破砕音が大地を震わせて届き、青空にこだました。

 呆然として、その非現実的な破壊を見ている先生たち。 


 しかし、東西校舎2棟からの生徒たちの悲鳴と歓声を耳にして、すぐに我に戻ったようだ。すぐに校長と事務職員たちが、両校舎へ向かって駆けていく。

「私たちは生徒たちを引率して、急いで寄宿舎まで避難誘導します!」

 校長が走りながら振り返って、サムカたちに告げた。


 寄宿舎は校舎の向こう側にあるので、より安全である。校長はある程度魔法を使うことができるが、事務職員のほとんどは一般人だ。このまま運動場に居残ったとしても、サムカたちの邪魔になるだけである事も承知しているようだ。

 さらに、校長が携帯電話のような通信器をポケットから取り出して緊急通信を始めた。手順どおりの、駐留警察署への『出動要請』である。軍警備隊詰所はまだできたばかりなので、今回もスルーであった。


 一方で、ハグ人形が(疲れたー)みたいな仕草を、もったいぶってサムカの錆色の短髪の上でしている。

「まったく。エルフやノームは属性が面倒だから、〔テレポート〕させるのに一苦労だったぞ」

 そして、強制〔テレポート〕されてきた先生たちが自身のポケットやカバンの中を探って愕然としているのを、黄色いボタンの目で見る。愉快そうに口をパクパクさせている。

「ああ……すまん、すまん。属性が面倒だったんで、オマエさん方の持ち物は〔テレポート〕しなかったわい」


「はあ!?」

 先生たちの非難の声と視線がハグ人形に突き刺さっていく。土台にされているサムカも微妙な顔だ。ハグ人形がぬいぐるみの胸を張って、サムカの頭の上で仁王立ちになった。

「はっはっはー。緊急時だからなあ。命が助かっただけ、ワシに感謝でもしたらどうかね、んー?」


 そんな暴言を言われたエルフ先生とノーム先生が、攻撃用のライフル杖を〔召喚〕する術式を唱えながらハグ人形を睨みつける。たちまち、破壊されて瓦礫の山と化した教員宿舎の中から、ライフル杖が飛び出してきた。

 そのまま空中をすっ飛んで、持ち主であるエルフ先生とノーム先生の手に吸いつくように収まる。


 サムカも面倒臭そうな表情で〔召喚〕魔法を使って、持ち物を瓦礫の中から呼び出して黒マントの中に〔収めた〕。

 ティンギ先生は平然としている。元々、何も持っていなかったのだろう。パイプを取り出して、タバコを詰めて火をつけ始めた。


 自身の部屋で休憩していたと思われる法術のマルマー先生は、まだ何が起きたのか把握できていないようだ。

 呆然とした表情で、周囲をキョロキョロ見回している。ゴテゴテした法衣や大きな杖は、瓦礫の中に置き去りにされている事にまだ気がついていない。


 一方で頭を抱えているのは、ドワーフのマライタ先生であった。

「うわあ……アンドロイドが全滅かよ」

 ティンギ先生がマライタ先生の肩に優しく片手を乗せる。

「部品が大地の系統だからなあ。ひとたまりもなかったな。しかし、さすがは闇系統の大地の精霊だな。私も直前になるまで予知できなかったよ」


 ハグ人形がサムカの頭の上で逆立ちして、腕立て伏せを数回しながらティンギ先生に話しかける。

「大地の特性は〔吸着〕と〔吸収〕だからな。元々、〔察知〕されにくい性質を持っておる。こやつは、さらに加えて闇の影響を帯びておるから余計だわな。気にすることはない。ワシですら、〔予知〕できたのが1分前だったからな」



 そうこう言っている間に、平屋建ての赤レンガ造りの教員宿舎を、巨大な牙の中に完全に〔吸収〕した大地の精霊が、その姿を変形させていく。

 直径100メートルほどの土饅頭に無数の金属や水晶製の牙が生えている、土色をしたムラサキウニみたいな姿だったのだが……長さ100メートルで直径10メートルほどの、全身に牙状のトゲが密生した巨大なミミズ型に変形し始めた。


 生物ではないので目や口などの感覚器官は見当たらないし、唸り声なども発していない。しかし、サムカたちがいる場所を正確に〔察知〕しているようだ。土色のミミズ型の頭をサムカたちにぴったりと向けながら、急速に巨大化していく。見た目は何となく清掃獣に似ているのだが、放つ魔法場の量が桁違いに多い。


 ノーム先生が自身のライフル杖の所有者認証を終えて、魔力パックを3つ装填し、攻撃魔法の申請と使用許可を得た。

「大深度地下にいるはずの大地の精霊か。魔力が桁違いに大きいな」

 隣のエルフ先生もほぼ同時に攻撃許可を得たようだ。設定を終えたライフル杖を巨大ミミズに向ける。

「ですが、『化け狐』に比べると大した魔力ではありませんよ。これなら撃退できます」


 サムカもマントの中から長剣を抜き放ち、切っ先をミミズに向けた。先程、瓦礫の中から呼び出したばかりの剣だ。闇魔法場の影響で、剣の刀身が暗く陰っている。


 背後の校舎からウィザード先生やソーサラー先生たちが飛び出して、加勢にやってくるのが見えた。

 生徒たちは校長たちの的確で迅速な指示に従って、混乱なく寄宿舎へと避難しているようだ。リーパット主従やバントゥ党は、何か言って騒いでいる様子だが。


 警備している警察部隊も陣形を組んで、この運動上へ向かってきている。戦闘服や追加防具、ブーツにヘルメットなどの装備が、またもや一新されている。別の警察部隊は校長の指示に従って、生徒と職員たちの避難誘導と警護に回っている。軍の警備部隊は申し訳なさそうな表情で、警察の指示に従って避難を開始していた。


 そんな背後の状況を一目見て確認したサムカが、視線をミミズに向けた。

「うむ。大して知能もなさそうだな。このまま力押しで攻撃すれば良かろう」

 そう、サムカが判断した瞬間。地鳴りと共に地面が激しく揺れた。背後の校舎の中から悲鳴が巻き上がる。


 サムカたちが地震の揺れを避けるために空中へ浮かんで、足が運動場の地面から離れる。と、その足元の地面が渦を巻いて陥没していった。驚いたせいか空中姿勢が崩れて、危うく地面に落下しそうになるサムカだ。

 マライタ先生はティンギ先生にしがみついていたので無事である。ティンギ先生が立っている場所だけは、なぜか渦が発生していない。


 運動場に足を踏み入れていたウィザード先生と警察部隊が慌てて引き返して、運動場から脱出する。この様子では、今回もあまり役に立ちそうもない。


 一方でソーサラーのバワンメラ先生は早速、ミミズの上空を旋回飛行して〔マジックミサイル〕を断続的に放ち始めた。爆音と爆炎がミミズを包み込んでいく。ティンギ先生とマライタ先生にも衝撃波を伴った爆風が吹いてくるのだが、なぜか吹き飛ばされないで無傷である。


 サムカがフラフラと空中に浮かびながら、ティンギ先生の持つ〔運〕に呆れている。

「全く理解不能だな。どういう理屈でティンギ先生のいる場所だけ『何も起きない』のかね」

 ティンギ先生がマライタ先生をおんぶしながら、ニヤリと微笑んだ。火のついたパイプは、残念だが消したようだ。

「〔運〕は理解不能なものだよ、テシュブ先生」


 長さ100メートルに達するミミズ型の大地の精霊はその周囲500メートル圏の大地を、まるで渦潮が渦巻く海のように変えてしまっていた。

 流砂が縦横に流れて、運動場の表面にある全ての物を渦の中に巻き込みながら飲み込んでいる。かと思うと、吸い込んだ大量の土砂を噴水のように盛大に噴き上げている場所もある。


 そんな異様な状況の中、ソーサラー先生が〔マジックミサイル〕による空爆を盛大に続けていた。多少効いているようだが、残念ながら決定打には至っていない。

「おのれえ、ミミズの分際で生意気なっ。まだまだ強力な魔術があるのだぞっ。食らえ、〔ビーム〕攻撃!」

 ソーサラー先生がミミズの上空を旋回しながら、赤い色の〔ビーム光線〕を放ち始めた。命中した場所が溶岩状に溶けて爆発する。その真っ赤に焼けた土が、サムカたちにも容赦なく振りかかって来た。〔防御障壁〕を展開して、防御する先生たちだ。


 ノーム先生もサムカたちと共に空中に〔浮遊〕して避難しているのだが、驚きの表情を隠せないでいる。爆風と赤く焼けた土を難なく防ぎながら、ミミズを見据えて唸った。

「こんな巨大な大地の精霊は初めて見るよ。しかも、僕が知るどの大地の精霊よりも強い魔力だ。さすがは大深度地下の精霊だな」


 サムカも空中に浮かびながら、ノーム先生と一緒に感心して見ている。しかし浮かぶのは苦手のようで、姿勢がかなり不安定でフラフラしているが。

「うむむ……私は大地の精霊自体、見るのは初めてだ。死者の世界の大地は闇の系統に傾いているが、精霊や妖精は見かけないのだよ」


 ハグ人形はサムカの錆色の短髪頭の上に今も鎮座しているが、サムカをからかうような声で話し始めた。

「そりゃあ、そうだな。地力が弱いのは、果物の味からして分かるだろうに。死者の世界にもいる事はいるぞ。これでサムカちんも、今後は大地の精霊を死者の世界でも〔認識〕しやすくなったな。虫やミミズの姿をしていることが多いから、目の保養になるぞ」

 サムカが眉をひそめて口をへの字に曲げた。

「それは、楽しみだな。まったく」


 エルフ先生がサムカとハグのやり取りを完全に無視して、ライフル杖の先を巨大なミミズ型の精霊に向けたまま、ノーム先生に聞く。

「ラワット先生。どこを狙えば効果的ですか」

 しかし、ノーム先生は肩をすくめただけだった。

「表層の精霊と違うからなあ、分からん。普通なら、大地との魔力接続を〔遮断〕するような攻撃をすれば消えるはずなんだが……こうも巨大だと、それも効果が期待できそうにない」


 あまりにも期待できない回答に、ガックリするエルフ先生。心なしか、〔浮遊〕している高度も下がってしまったようだ。

「と、いうことは。あの巨体全てを〔消滅〕させないといけない、いうことですか……」

 そう言いつつポケットの中から、小さな錠剤が入った〔結界ビン〕を取り出す。

「……30発か。何とかなるかしら」


 その時。眼下の巨大ミミズの頭が、爆音と共に破裂した。真っ赤に焼けて、溶けたガラス状になった元ミミズ頭が、爆裂して1万を超える弾丸となってサムカたちに襲い掛かった。


「げ」

 セマンのティンギ先生に抱きついているドワーフのマライタ先生が、冷や汗をかきながら悲鳴に似た声を上げた。

 ティンギ先生は当然のように一切の防御障壁を展開していない丸腰なので、溶けたガラスの豪雨が命中すれば大火傷に直結してしまう。

 ……のだが、ここでもなぜかティンギ先生には1粒もガラス雨が命中していない。


 それでも、さすがに〔運〕もここまでだと直感したのだろうか。ティンギ先生が大きなワシ鼻を不満気に膨らませて、軽いため息をついた。その大きな黒い青墨色の瞳をマライタ先生に向ける。

「うーん。さすがに闇の力を帯びている精霊だね。いったん後退した方が良さそうだよ、マライタ先生」


 マライタ先生が即答する。 

「おう。そうしてくれ。ティンギ先生」

 マライタ先生の顔を覆う縮れた赤ヒゲが、緊張で逆立っているのが明らかだ。ティンギ先生がマライタ先生を背負っていたのだが、それでは迅速な退却はできないので位置を入れ替える。

 酒樽に短い手足が生えているような体型のマライタ先生が、ティンギ先生を背負う形に変わった。そして、そのまま強力な脚力で、脱兎のように寄宿舎方面へ向けて逃げ出していく。


 流砂で普通なら砂の中へ飲み込まれてしまいそうだが、そこはドワーフの突進力である。砂の中に沈まずに安定して走っていく。

 膝などに取りつけられている機械補助のおかげもあるのだろうが、時速100キロは出しているようだ。そんな急加速でも、しっかりとマライタ先生にしがみついているティンギ先生も相当なものだが。


 大地の精霊の頭が爆裂して生じた、万を超える溶けたガラスの雨は全方位に降り注がれた。

 校舎にも容赦なく降り注いで、窓ガラスが割れたり変形したりしている。対ジャディ対策は風と闇の精霊魔法なので、大地と炎の精霊由来の攻撃には脆いのだろう。

 外壁に貼りついたガラスは、すぐに固まって外壁をサボテンのトゲみたいな印象に変えてしまっている。しかし、既に生徒たちや校長たちは向こう側にある寄宿舎へ避難を完了させていたので、ケガ人は出ていないようだ。


 一方で、ガラスの雨は森にも降り注いでいる。しかしパリーによる広域〔防御障壁〕のおかげだろう、空中でお手玉のようにクルクルと回って、森の中へ直撃していかない。そして、ものの数秒で冷やされて『ただの濁ったガラス』に固まると、そのまま森の中へ落ちて吸い込まれていった。


 学校に常駐している警察部隊も既に、運動場への展開を完了していた。今は、ガラスの雨を防ぐために大きな盾を隙間なく空に向けている。その隊長が、エルフ先生と〔念話〕で会話をしている。

 軍の警備隊はまだ実戦対応はできないので、生徒たちと一緒に避難を終えていた。情報部の所属らしき狐族の私服姿の男が数名、物陰に隠れて記録撮影をしているだけだ。


 上空に浮かんでいるエルフ先生、ノーム先生、それとサムカの3人は、自前の〔防御障壁〕を展開しているので、ガラスの雨の被害は受けずに済んでいた。

 既に攻撃魔法の術式を起動させて、錠剤型の魔力パックも全て杖の中に装填完了させている。


 ノーム先生が驚きをもって感心しながら、運動場を見下ろした。

「何てことだ。大地の精霊なのに、炎の精霊みたいな高熱を帯びているとは」

 彼の横に浮かんでいるエルフ先生も、注意深くライフル杖を眼下の巨大ミミズに〔ロックオン〕しながら同意する。

 先生たちは〔飛行〕魔術を起動させているので、精霊魔法とソーサラー魔術の同時使用中ということになる。精霊魔法へのリソース割り振りが最優先とされているので、ソーサラー魔術の〔飛行〕魔術は、ないがしろにされて不安定気味だ。風にも少し流されている。

「そうですね。私もこんな状態の精霊は初めて見ます。本来は炎と大地って対立関係なんですよ。それが融合しているなんて。サムカ先生。あのミミズは、さらに闇の精霊場も帯びているのですよね?」


 サムカが冷静な表情のままで肯定した。サムカは自身が有する魔力量は膨大なのだが、エルフ先生以上に風に流されてフラフラ浮かんでいる。

「うむ。強くはないが帯びているな。しかも、こやつ、意識があるようにも思える。ただの自然現象の具現化ではなさそうだ」


 サムカの髪の上で、ハグ人形が錆色の短髪を数本引っこ抜いて、それであやとりをしながら鷹揚にうなずいた。ティンギ先生の真似をしたいのか、変な音程の鼻歌まで歌い始めている。

「意識を完全ではないが有しておるな。でなければ、ミミズに変形したりしないだろうよ。だが、自我はないから会話したりすることはできないな。説得は諦めた方が時間の節約になろう。ホレできたぞ」

 出来上がったあやとり『ホウキ』を、自慢気にエルフ先生とノーム先生とに見せびらかした。サムカの髪は短いので、何本も器用に結んでつなげて長くしている。


 そんなハグ人形を完全に無視して、エルフ先生が〔念話〕を警察部隊の隊長に送った。

(……はい。私とラワット先生とで、一斉射撃を行います。使用する精霊魔法は〔水〕です。敵の体積が巨大ですので、〔召喚〕する水の量も膨大になります。そのままでは運動場の外までも洪水に飲み込まれますので、〔結界壁〕を設けてそれを防止します。隊長様は、その壁の強度〔維持〕を支援して下さると助かります)

 既に、机上訓練などを積んでいたのだろうか。展開している警官隊にもすんなりと戦術が理解されて実行準備が整っていく。


(では、最初に敵周囲に〔結界壁〕を展開します。カウント開始、3、2……今)

 エルフ先生が指揮を執って、作戦を開始した。たちまち、長さ100メートルに達するミミズ型の大地の精霊と、その周囲500メートル四方の大地が、白く輝く壁に囲まれて外界から隔離された。

 〔結界壁〕と呼ばれた光の壁の高さは、優に30メートルはあるだろうか。狼バンパイアを囲んだ魔法と同じであるが今回は敵が大地属性なので、弱点の風の精霊を含んだ光の壁になっている。そのために揺れて、何となくオーロラのカーテンのようにも見える。


 エルフ先生が警察の隊長と連携しながら、光の壁で巨大ミミズを大地ごと囲み終える。運動場のほとんどが光の壁によって隔離された。

「よし。囲い込み終了。このまま地面の内部まで壁を伸ばして、完全に大地から隔離させましょう。それで魔力補給ができなくなりますから、対処しやすくなるはずです」


 ノーム先生もエルフ先生の作戦に加わり、地中へ光の壁を伸ばす手伝いをしている。

「さすが光速の壁だな。完全に敵の精霊を大地から隔離できた。これで、理論的には干上がって消滅するはずだが……」


 が。巨大ミミズは表面を覆う無数の金属や水晶でできた牙状のトゲを、一斉に上空の3人に向けた。その次の瞬間。その無数のトゲが破裂して弾丸と化し、襲い掛かってきた。

「甘いわね、その程度の攻撃は予測済みよ!」

 エルフ先生が自信満々な表情で、ドヤ顔で〔防御障壁〕を数枚、前方へ発生させる。


 が。その自慢の〔防御障壁〕は、金属と水晶でできた弾丸を止める役割を果たさなかった。まるで紙を突き破るように、1万発を超える弾丸が〔防御障壁〕を次々に貫通して襲いかかってきた。

「な!?」

 驚愕の表情になるエルフ先生とノーム先生である。秒速1キロを超える弾速なので、次善の策も何もできない。


 《ズ、ズン、ズズン、ズン!……!!》

 その100分の1秒後。エルフ先生とノーム先生の耳に、弾丸が肉体にめり込む音が轟き渡った。


「え……?」

 エルフ先生がようやく声を出して状況を確認し始める。目の前に、サムカの大きな背中があった。次の瞬間。エルフ先生の体に激痛が走る。

「すまんな。さすがに1万発以上の弾丸となると全て止められないものだな。20発弱、私の体を突きつけた弾があったようだ」

 その割には、サムカのスーツからは血が出ていない。


 改めてサムカが死体のアンデッドなのだと実感する、エルフ先生とノーム先生だ。黒マントやスーツが穴だらけになってしまった事に残念がっているようだが、エルフ先生たちからはサムカの背中側しか見えない。

「闇を帯びている大地の精霊の結晶や金属だったから、〔防御障壁〕を無効化されてしまったな。未知の魔法場だ。この精霊は死者の世界にはいないから、術式〔解読〕が間に合わなかった。次弾からは〔防御障壁〕で全て防ぐことができるが……被害が少し大きかったか」


 まるで他人事のような口調のサムカの冷静な声が、エルフ先生とノーム先生の耳に届く。そして、1秒ほどかけて、エルフ先生が状況を理解した。

(そ、そうか……大地の精霊魔力は、ガラスよりも結晶や純粋金属に強く発現するのだったわね。しかも、闇の性質を帯びているから、他の精霊魔法やウィザード魔法では〔察知〕できずに、ステルス効果を持つのか……それじゃあ、生半可な〔防御障壁〕では認識も防御もできないわね。油断したわ)


 同時に、サムカの対処方法を理解した。サムカが〔テレポート〕をかけて瞬間移動し、エルフ先生とノーム先生を彼の背中の後ろにかばい、自身は襲いかかる弾丸の盾となったのだった。


 激痛がエルフ先生に本格的に襲いかかり始めた。何とか確認できる範囲では、胸部に2発、腹部に1発、足に2発ほど被弾しているようだ。

 比較的太い血管も損傷しているようで、ボタボタと鮮血が足の先から滴り落ちている。軍用ブーツの内側が、血で溢れかえっているためだ。


 一方のノーム先生はエルフ先生よりも重傷のようで、出血もひどく、気絶してしまっていた。彼の〔飛行〕魔術も切れかけていて、不安定に浮き沈みして浮いている。


(何という失態。パリーと契約しているから生命の精霊魔法が自動発動して、私はもうしばらくの間だけ動けるけれど……そうではないラワット先生は厳しいみたいね)

 サムカが平然とした声色でエルフ先生に告げた。背中を向けたままなので、サムカの顔はエルフ先生の側からは伺い知ることができない。しかし、空中にサムカが着ていた衣服の破片が舞い散っているので、相当のダメージを受けていることは想像できた。

「察するに、重傷だな。急いで撤退して、安全な場所で〔治療〕を受けた方が良いだろう」


 サムカの頭の上に乗っているハグ人形も、あやとりを止めてエルフ先生に顔を向けた。こいつは全くの無傷である。

「そうだな。このままではアンタ。1分後には出血多量で気絶することになるな。生命の精霊魔法での応急処置も追いついておらんようだ。法術使いが避難している寄宿舎まで〔テレポート〕してやろう」


 と……その前に、サムカの姿がかき消された。<ぺパラぺー>というラッパ音がサムカがいた空間から響く。ハグ人形だけが残って空中を〔浮遊〕しながら、周辺を大げさな身振りでキョロキョロと見渡した。

「ありゃ。〔召喚〕時間が切れたか。肝心な時に使えない奴だな、まったく」


 激痛と共に、エルフ先生の意識が急速に失われていく。それでも、何とかハグ人形に聞くだけの根性は持ち合わせているようだ。もはや空中に浮かぶ魔力も意識もないので、2人とも今はハグ人形の魔力で浮かんでいる。

「ハグ……サムカ先生は、大丈夫なのですか? あれだけ撃たれたのに……」


 ハグ人形が口をパクパクさせながら、笑いを堪えている風な声色で答えた。

「貴族だからな。あの程度なら、すぐに魔法で〔修復〕する。ただ、マントや衣装が穴だらけになったから、オークの執事から苦情が出そうだがね。さて。〔テレポート〕先の座標を決定した。さっさと〔治療〕して、戻ってきておくれ。この〔結界壁〕はワシが代わりに維持しておくから」


 アンデッドのくせに、エルフが発動させた光の精霊魔法〔結界壁〕の維持ができるようである。気絶して大量出血しているノーム先生を抱きかかえて、エルフ先生がハグ人形にジト目視線を送った。血圧が急激に低下してきているので、視界が色を失って白黒が強調されたセピア色に染まっていく。

「まったく……リッチーというのは光の精霊魔法も使えるというの? 正真正銘の化け物ね、あなた」


 ハグ人形が口をパクパクさせながら「ケケケケ」と笑い始めた。

「それだけ減らず口を叩けるのであれば、大丈夫そうだな。ワシが魔法を使うこと自体、この世界にとっては混乱要因になるのでね、早急に戻ってきておくれよ。それでは」

 次の瞬間。エルフ先生とノーム先生の姿が、かき消された。ぬいぐるみの腕で頭をかく。

「この召喚ナイフの親元になってから忙しくなったものだ。既に100年分くらいは仕事をしたような気がするわい。それと、あのラッパ音は要修正だな。あれでは面白くない」


「あのー、ハグさま。私たちもついでに〔テレポート〕で、寄宿舎まで飛ばしてくれませんかね?」

 声がしたのでハグ人形が見下ろすと、運動場の一角で逃げ損なっているティンギ先生とマライタ先生が見えた。

 ドワーフの脚力を以ってしても、脱出はできなかったようである。それでも足元の流砂に飲み込まれていないのは流石というところか。その場駆け足で、砂に飲み込まれるのを防いでいる。


 ハグ人形が首をかしげる仕草をした。

「おや。まだいたのか。残念ながら、君の契約先の魔神とは仲が悪くてね。助ける義理も必要もないな。まあ頑張って〔運〕を磨いてくれ」


 不平を盛大に漏らす2人を完全に無視して、ハグ人形が空中で腕組みをした。ミミズ型の大地の精霊が再び弾丸を放射しての攻撃を繰り出してきたが、全く気にする素振りを見せない。当然ながらハグ人形には1発も命中していないのは先ほどと同じである。

 ハグ人形が展開した〔防御障壁〕だけは、この初見の敵の攻撃にも見事に対応している。さすがリッチーというところか。しかも、その立派な〔防御障壁〕を自身だけに使って、サムカやエルフ先生たちを守ろうとしない……というのもリッチーらしい。

「さて。では、光の精霊魔法を久しぶりに使うとするかね……」


 そこへ、サムカの〔念話〕が割り込んできた。無事に死者の世界へ戻ったようである。

(オイ! ハグ! 私をすぐに再〔召喚〕しろ!)

 しかし、ハグ人形は気楽な仕草で頭をフルフルと振っただけだった。

(そりゃあ、無理な相談だな。サラパン羊は役場だ。多分、昼寝の時間だろう)


 怒り狂ったサムカの〔念話〕がハグ人形に突き刺さってきた。相当に怒っているようだ。

(緊急事態だろうが! 何とかして私を再〔召喚〕してくれ!)

 が、その必死の『申し出』を容赦なく〔遮断〕して、着信拒否にするハグ人形であった。


(うるさい外野は黙っておれ。そもそも、お前さんは1万発以上も直撃弾を浴びて、衣服も装備も千切れ飛んでおるだろうが。そんな半裸状態の貴族を〔召喚〕するような趣味は、ワシにはないぞ。頭にも数百発ほど被弾してボロボロだろ。そんな醜い奴は、お呼びではないのだよ)

 そう言い放って、一方的に送信を切断するハグ人形である。


 ぬいぐるみの腕を上げて、巨大ミミズに向ける。

 それだけでミミズを取り囲んでいる巨大な光の壁が、より高く、分厚くなり、輝きがさらに増した。


 貴族であるサムカでもそうだが、リッチーほどになると古代語魔法を除く魔法は『考えるだけで発動』するので、術式の詠唱などは必要なくなる。それでも、自身を傷つけかねない光の精霊魔法をも、無詠唱で自在に操ることができるのは、さすがと言うべきだろう。もちろん、このような芸当はサムカには無理である。

「地下に張っている〔結界壁〕も強化してやるか。あまりやりすぎると、この間の月の狐どもが寄ってくる恐れが出てくるからな、なかなか出力の調整が面倒だわい」




【寄宿舎】

「……先生! カカクトゥア先生! しっかりして下さいっ」

 たるんだ太鼓を叩いた時のような音がする声が聞こえてきて、エルフ先生の意識が戻ってきた。体中に法力場と法術式が行き渡っているのを実感する。血流が復活し始めて、体温が戻り始めた。手足や脳内に痺れがまだ残っているが、これは体が温かくなるにつれて収まっていくだろう。

「ふう……」と、息を吐き出す。呼吸が停止していたのだ、 


 ……と、エルフ先生が、次第にはっきりしてきた頭で思う。目を少し開けるが、(これは、もうしばらく復旧まで時間がかかりそうだな)と、思う。光は感知できるが、今のところは、まだ色を識別できていない。まぶしいので、とりあえず目を閉じる。心臓の鼓動は正常に戻ったようなので、安心する。


 1分ほど経過すると耳の調子も元に戻ってきたようで、高音が聞き取れるようになってきた。それと共に、生徒たちの声が認識できるようになってくる。(この声はミンタさんだな)と、エルフ先生が目を閉じたまま考える。思っていたよりも、泣き声は聞こえてこない。法術を使っているおかげで、エルフ先生の状態が詳しく分かっているのだろう。ちょっと残念に思うエルフ先生である。

(出血多量による心肺停止だけだったから、対処しやすかったのかな。ドラマみたいに『〔蘇生〕したら教え子との感動の再会』みたいなことにはならないか)


 目を閉じたままで、自身の体の損傷状態をスキャンする。銃創は、肺と肝臓、それから小腸と大腸に計5発、大腿部に3発、脛に1発。いずれも弾丸は貫通していて体内には残っていない。これは幸運だった。摘出作業をしなくて済む。頭部には被弾していない。が、細かい弾の破片が、頬と耳をかすめて切り傷をいくつか作ったようだ。いずれも、法術のおかげで完治しつつある。もう、あと1分以内に脛の粉砕骨折を含めて、全ての傷が跡も残さずに治るだろう。法術が強化されていた事に感謝するエルフ先生だ。

(サムカ先生がある程度、弾を防いでくれていなかったら、手足がちぎれてバラバラになっていたかもしれなかったわね。そうなっていたら、全治1週間というところだったかしら)


 握力が戻ってきたのを確認して、軽く両手で結んで開いてをする。もう、目を開けても問題ないだろう。ゆっくりと両目を開けるエルフ先生である。法術をかけ続けているミンタとムンキンに微笑みかけた。

「ありがとう。ミンタさん、ムンキン君。もう大丈夫よ」


 ミンタが少し頬を膨らませて、エルフ先生を栗色の瞳で睨んだ。やっぱり泣いていない。

「もう。カカクトゥア先生ってば、無茶しすぎ! 〔蘇生〕法術を5分間も、かけ続ける私たちの身にもなって下さいよね!」

 ムンキンも濃藍色の目でエルフ先生を睨みつけて、細かい柿色のウロコで覆われた顔を膨らませている。これまた、やっぱり泣いていない。

「そうだよ、先生! 先生が心肺停止状態になったせいで、あの大地の精霊を退治することが、遅れてしまうじゃないですかあっ」


 エルフ先生の視界が元通りになってくると、ミンタとムンキンの周りに集まっているのは彼女のクラスで教えている専門生徒たちだと分かった。全員の姿と顔が揃っているのが確認できる。

 ケガ人は出ていない様子なので、ほっとするエルフ先生だ。その中には、ペルとレブンの顔も交じっていて皆、怒っている。


 エルフ先生がゆっくりと上体を起こして、床に座る。まだ力が入らないので、いわゆるペタンコ座りである。

「ごめんなさいね。まさか、こんな強力な攻撃を仕掛けてくる敵とは想定していなくて。ああ……やっぱり、服は血まみれかあ……穴も開いているし、機動警察の庶務課にまた怒られちゃうな」


 既に、傷跡もすっかり消えて完全回復していたが、念のために胸と腹に手をあてて、自己〔診断〕を行う。

「肺や腸内も血で溢れていたのに、もうキレイになっているわね。毎度不思議に思うけれど、出血した血ってどうやって取り除いているのかしらね。輸血もしていないのに、血液量が元通りに増えて戻っているのも不思議だわ」


「法術は他の魔法と違って、魔神などとの契約は結びません。信者さんたちの信仰心の集合体を魔法場に見立てて、法術を発動させます。信者さんたちのイメージを物質化することで、傷ついた組織を健康な組織に丸ごと入れ替える、というのが法術の基本です。ですから、出血や傷も残らないんですよ」

 そう言いつつエルフ先生の座る場所へ歩いてやってきたのは、先ほど教員宿舎にいた2年生で竜族のラヤン・パスティだった。

 ムンキンと同じく床に尻尾を《バンバン》叩きつけながら、半眼にした紺色の目をエルフ先生に向けている。声はいかにも竜族という、低音の冷徹そうなものだ。


 改めて簡単にラヤンが自己紹介してから、話を続けた。

「カカクトゥア先生。ラワット先生の〔治療〕は、私がやっておきました。同じく心肺停止状態でしたが、彼も完全に回復しています。今は眠っていますよ。私の事は、ラヤンとでも呼んで下さい。パスティという苗字は一般的なので」


 エルフ先生が礼を述べる。

「それはありがとう、ラヤンさん。ラワット先生は、私よりも重傷でしたからね。傷が治っても、すぐには意識が戻らないでしょうね」

「よいしょ」と、エルフ先生が立ち上がった。まだ少し膝が笑っているが、これもじきに収まるだろう。足元にも大量の血があったはずだが、これもキレイに消えてなくなっている。

「ここは、寄宿舎のロビーなのね。ハグ人形め、正確に私たちを〔テレポート〕して送り込んだわねえ。さて、反撃を開始しましょうか」


 愛用のライフル杖の状態を確認する。金属や水晶の破片がかなり杖に突き刺さっているが、特に問題なさそうだ。杖の底部にセットした錠剤型の魔力パックも無傷である。

 森の方を見回して、少し肩を落とす。

「パリーの魔力支援を受けたいところだけど、パリーも森の保護で忙しいみたいね。仕方がないな」


 すぐに、運動場で巨大ミミズを光の壁の中に閉じ込めている警察部隊の隊長と、〔念話〕でしばらくの間やりとりをする。それが終わると、ミンタとムンキンに視線を向けた。

「隊長の話では、敵の大ミミズはかなり弱っているようね。大地から隔離したのが効果を出したのかな。このまま、私がトドメをさしても良いけれど……せっかくの機会だから、実習がてらに退治してみる?」


「はいはいはい!」

 元気良く諸手を挙げて、やる気をアピールするミンタとムンキンである。彼らの後ろに集まっている生徒たちも、同調して手を挙げている。ノーム先生のクラスの生徒も含まれているので、その数は2クラス分の60名ほどになるか。これに、サムカのクラスの3人も加わっている。


「ラワット先生の敵討ちだ!」

 特に士気が高いのは、もちろんノーム先生のクラスである。級長のニクマティが気勢を上げて、ノーム先生の専門クラス生徒全員を鼓舞した。


 それを見て、エルフ先生が微笑む。

「そうですね。では、ここにいる皆で退治しましょうか。敵は大地の精霊ですから、精霊魔法による攻撃が効果的ですよ。闇の性質を帯びているので、光の精霊魔法を主に、風系統の魔法を各自で組み立てて使うのが良いでしょう。炎系統は今回、敵が有しているので効果的ではありませんよ」


 精霊の力関係は次のようになる。

 大地は、水に影響力を及ぼして、風から影響を受ける。炎については対立関係なので、その中間となる。従って大地に炎を作用させても、その効果は中程度に留まる。

 風と光による攻撃がメインで、水は文字通りの誘い水として用いる。大地は水に対して優勢なので、食いつきやすいためだ。一方で風からは逃げ、炎に対しては踏ん張る。これにより敵の行動を誘導する事が可能になる。

 また今回の敵は炎の属性も帯びているため、水による対処が有効になるという点もある。熱くなくなれば、普通の大地の精霊と同じ扱いにできる。


 エルフ先生が再び警察部隊の隊長と〔念話〕をして、60名の生徒たちに告げた。

「警官隊も了解してくれました。思う存分、魔法を使いなさい。敵の金属や水晶弾丸の有効射程距離は1キロほどだそうですから、西校舎内からの射撃で仕留めること。決して運動場へ出てはいけませんよ」




【西校舎の屋上】

「お茶でも飲んでいたのかね? エルフの先生。あまりにも来るのが遅いから、ワシから出向いてきたぞ。感謝しろよ」

 小さな音量で「ぺパラぺー」とラッパ音がして、ハグ人形が〔テレポート〕して校舎屋上に姿を現した。口をパクパクさせて文句を言いながら、エルフ先生に突っかかっている。


 一方のエルフ先生は、空色のジト目でハグ人形を見据えている。

「これだからアンデッドは。私は生身の体なんですよ。パリーからの魔力支援も得ていない状態で、そうそう早く回復できるわけがないでしょうに」

 ハグ人形がさすがにイラついた口調になった。

「はあ? だったら、今すぐゾンビにしてやろうか? このトンガリ耳族め」


 このままでは、また口論になりそうだったので「コホン」と咳払いをして、エルフ先生が声質を和らげた。

「ともあれ、封じ込め作業、ありがとうございました。おかげで敵は相当に弱っていますね。これなら楽に滅することができます」


 そう言って、エルフ先生が2階建て校舎の屋上から巨大ミミズを見下ろした。ミミズは運動場の真ん中で、光の壁に囲まれて封じ込まれている。もちろん、光の壁は校舎よりも遥かに高く巡らされているので、屋上から見下ろしても、光の壁越しにしか姿を見ることはできないが。


 ハグ人形も気分が落ち着いたようだ。屋上の落下防止柵の上でバランスを取りながら、片足跳びをしている。

「言いつけ通りに、地下にも光の壁を巡らせたからな。魔力〔補給〕は、もうできまい。ああいった強力な精霊は、存在を維持するだけでも大量の精霊場を消費し続けるのでな。しかも、奴は大深度地下にいる種類だから、地表では補給の手段が限定されるものだ。まあ、後でノーム先生にアンタから教えてやれ」

 そして、ハグ人形が軽く肩をすくめた。

「しかし。だからといって、エルフの先生よ。生徒たちの実習の『標的』にするとは、なかなか冷酷だな」


 60名の生徒たちは屋上にズラリと展開して、簡易杖の設定を終えている。後は、射撃の命令待ちだけだ。生徒隊の隊長はミンタになっていた。副隊長がムンキンとニクマティだ。


「他の生徒どもは、攻撃に参加しないのかね?」

 ハグ人形の問いかけに、エルフ先生もライフル杖の設定を微調整しながら答えた。

 生徒と違い、精霊語表示の小さな〔空中ディスプレー〕画面が、いくつかエルフ先生の手元に生じている。精霊語は属性ごとに異なるのだが、今は光と水の精霊語だ。光は火花のような形状で、水は水滴状の文字になっている。

「法術クラスは寄宿舎に避難しています。ウィザード魔法のクラスは、向かいの校舎に布陣しているそうですよ。ソーサラー魔術のクラスは、ほら、あそこです」


 そう言って、作業の手を休めずに視線だけを一瞬だけ上空へ向けた。

 ハグ人形がその方向に顔を向ける。

「おお。いたいた。既に攻撃準備を終えておるな。術式の型から見て、〔物質変換〕系か。〔液化〕魔術みたいだな。うむ、〔水〕系統であるが、精霊魔法ではないので効果的だろう。ワシだったら〔ガス化〕させるんだがね」

 そのまま、向かいの校舎に視線を移す。

「ふむ、ウィザード連中のクラスは、力場術の〔レーザー光線〕だけか。他のクラスは傍観するようだな」


 エルフ先生がライフル杖の調整を終えた。運動場で光の壁に囲まれてもがいている巨大ミミズの重心に、杖の先が自動追尾していることを確認する。

「純粋な攻撃魔法を得意にするのは、力場術だけですからね」


 ちなみに幻導術は精神攻撃が主体なので、精霊が相手では使い物にならない。

 自我がない相手だからだ。意識は持ち合わせているようだが、残念ながら捉える事はできなかった様子である。ほとんど未知の精霊なので、情報不足なのだろう。

 従って、敵の視覚情報や魔法場察知能力の〔阻害〕だけに留まっているようだ。


 招造術の専門クラスも沈黙している。

 招造術では契約した者を〔召喚〕したり、キメラのような合成生物を〔使役〕して戦わせることができるのだが、これも相手が生物ではない精霊では効果が期待できない。殴ったりしても損害を与えることはできない相手だからだ。

 ゴーレムを使うとしても、ゴーレムを構成する部品自体が大地の属性なので、精霊相手ではまともに動かせない。それどころか、大地の精霊の具現体である、あの巨大ミミズの一部にされて同化してしまう恐れすらある。

 従って今は、負傷者の介護用の紙製ゴーレムの稼働支援をしている程度だ。他には、バリケードのような防護壁を構築する作業もしている。


 占道術も未来〔予知〕や魔法術式の〔解読〕が主なので、攻撃には向いていない。大深度地下の大地の精霊が使う、魔法や障壁の〔解読〕をするだけだ。


 エルフ先生が手元の〔空中ディスプレー〕画面に逐次表示される、状況報告を見ながらハグに知らせた。

「死霊術ですが、サムカ先生がいませんから大したことはできませんね。ハグさんが味方になって下さると心強いですが、どうやら大きな制約が、かけられている様子ですね。あまり期待していませんので、ご心配なく」


 ハグ人形もエルフ先生が気絶している間に、この情報網に加わろうとしたのだが……結局無理だったらしい。闇魔法場では、光通信を基軸とした通信網との相性が悪いためだ。

 エルフ先生の報告を聞きながら、ハグ人形が不承不承の口調で礼を述べた。

「フン。済まなかったな。助かるわい。あ。その画面は消すなよ。ワシも作戦状況が知りたいのでな」




【空襲】

「うらああああああああっ! 者ども! 突撃だああっ!」

 威勢のよい声が上空から轟いて、ソーサラー先生が30名ほどの生徒たちを従えて急降下攻撃を開始した。

 その生徒側のリーダーは、バントゥ党の竜族ラグだ。青藍色の瞳をギラつかせ、バワンメラ先生と一緒になって吼えている。頭と尻尾を覆う、黄赤色の細かいウロコが金属光沢を放って美しい。まさしく、空飛ぶトカゲだ。

 ソーサラー先生もいつも以上にゴテゴテした首飾りや腕輪に足環をジャラジャラ鳴らして、ヒッピースタイルなボロボロシャツとズボンを風になびかせている。〔オプション玉〕も、生徒全員が1個から2個ずつ発生させているので、ピカピカ光って目立っている。


 それを待っていたかのように、巨大ミミズ型の大地の精霊が長い体を起こした。その全身から生えている、無数の金属や水晶でできた牙のような突起が、次々に破裂していく。たちまちそれらが無数の弾丸と化して、ソーサラー先生たちに襲いかかってきた。

 火薬の爆発で破裂しているわけではないのだが、炸裂音は銃撃のそれに良く似ている。


「馬鹿め! テメエの有効射程距離は1キロ程度しかないってのは、もう分かっているんだぜ!」

 ソーサラー先生の高笑いが上空にこだまする。

「野郎ども! 〔液化〕魔術をぶっ放すぞ! やれええええっ」


 ラグが吼えて応え、生徒たちが一斉に簡易杖を構えた。そして、ソーサラー先生が簡易杖をはるか下の巨大ミミズに向け、一斉に攻撃術式を開放した。

 30名の杖の先から透明の雨のような魔術弾が噴き出す。ラグの罵倒声もよく聞こえる。竜族の癖なのか、空中で黄赤色の尻尾をブンブン振り回している。

 通常では大地の精霊に対して水系の魔法攻撃は効かない。しかし、このミミズ型精霊は炎を帯びているために有効だ。


 それを見上げて、エルフ先生が顔を曇らせた。

「あのバカ。あんな上空で雨を降らせたら、こちらまで巻き込まれてしまうじゃないの!」

 そのまま急いでミンタたちに命じる。

「〔液化〕魔術の雨に濡れると、私たちまで液化してスライム状態になってしまいます。急いで水の精霊を使った〔防御障壁〕を展開しなさい!」


 ニクマティとムンキンが見事な統率力を発揮して、60名もの生徒たちを包み込む巨大な霧状の〔防御障壁〕が瞬時に展開された。〔霧の障壁〕である。ペルとレブンもその中に加わっているのだが、鮮やかな手並みに口をあんぐりと開けて感心しているのが見える。


 エルフ先生が〔霧の障壁〕の状態を素早く確認する。

「うん。これなら大丈夫ですね。まったくもう……無駄な魔力を使ってしまいました」


 次の瞬間。〔液化〕魔術の雨が夕立のように勢いよく降ってきた。〔霧の障壁〕で完全に弾いているので、生徒たちには被害は出ていない。しかし、〔霧の障壁〕の外にある西校舎の屋根や用務員室は、軒並み雨に打たれてグズグズに崩れ始めている。運動場も例外ではなく、泥の海に変化し始めた。巨大ミミズも、グズグズに柔らかくなってきてはいるが……

 エルフ先生がジト目になる。

「こらこら。校舎ごとプリンにするつもりですか、あのバカソーサラーは」


「エルフ先生! ここは飛族に任せろ!」

 何も飛んでいない青空が広がる上空から、エルフ先生に向けて〔指向性会話〕魔法が飛んできた。


 エルフ先生が顔を上空に向けると、突然100羽ほどの翼を羽ばたかせている者たちが姿を現した。ジャディ率いる飛族の、『今日のエルフ先生護衛の当番班』である。 

 あれ以降、エルフ先生を姐御と慕って舎弟に加わる連中が増え続け、今や150名に達する規模に成長していた。もはや、ちょっとした軍団と呼べる規模である。

 今回護衛でやってきていた全員は、ジャディが着ているようなツナギ作業服スタイルの姿である。やはり靴は履いておらず裸足のままだ。


「風の精霊を使って、雨を誘導するぞ!」

 ジャディが一際大きく羽ばたいて、仲間たちに命じる。150羽の雄叫びがそれに続いて、巨大な旋風が発生した。エルフ先生と生徒たちが布陣している校舎の屋上にも、その風が突風となって吹き荒れていく。


 ムンキンがジャディに、すかさず文句を叫ぶ。

「オイ、ジャディ! 〔霧の障壁〕まで吹き飛ばすなよ! ちゃんと制御しろ!」

 それを上空で聞いて、ジャディが不敵な笑みを浮かべる。

「へ! 風を〔制御〕するのは、メチャクチャに難しいんだぞ。雨がそこに降らなくなっただけでも感謝しろよな」


 確かに風は強いが、ソーサラー先生たちが降らせている〔液化〕魔術の雨粒は、いつの間にか光の壁の内側へ導かれて降っている。おかげで巨大ミミズがいる場所が、猛烈な豪雨地域と化して異様な光景になっていた。

 光の壁の中に向けて数本の竜巻にも似た形状の旋風が周辺から流れ込み、ソーサラー先生たちが降らせている〔液化〕魔術の雨をほぼ全て導いている。光の壁の中は、猛烈な豪雨のために暗くなってしまい、外からはよく見えない。


 大地の精霊の影響で、運動場のほとんどで流砂のような渦が発生していたのだが、今や泥沼の渦に変貌してきた。大地の方が水よりも優位であるため『土砂の渦』そのものは変わっていない。ただ、温度は急速に下がってきているようだ。と同時に泥水の『水』の割合が次第に増えていく。


 レブンが冷静な表情で上空を見上げている。相当に感心している様子だ。

「ジャディ君、広域〔ステルス障壁〕まで修得したのか。凄いな。姿を現すまで、僕では全く〔察知〕できなかったよ」

 ペルも隣で小さくなって、黒毛交じりの尻尾を胸に抱きながら賛同した。

「うん。凄いね。私も全然分からなかった。それで私たちって今、もしかしてお荷物状態?」


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