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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
22/124

21話

【試し撃ち】

 校長がようやく何が起きたのか理解して、パタパタ踊りを始め出した。ソーサラー先生とサムカの顔や服装を慌てて確認する。

 白毛交じりの尻尾が不規則にブンブンと振り回されて、白毛交じりの両耳もクルクルとあちらこちらを向いて回っている。相当に慌てているのが手に取るように分かる。

「だ、だだだ大丈夫ですか!? テシュブ先生っ。バワンメラ先生もいきなり何てことをなさるのですか!」


 アイル部長はこのような攻撃魔法を間近で見るのは初めてだったようだ。腰を抜かして、運動場の地面にへたり込んでしまっている。声も出ない。尻尾も斜め上45度の角度で凍りついていて、日に焼けて退色している毛皮が見事に逆立っている。


 サムカが藍白色の白い眉間に深いしわを寄せて、ため息をついた。錆色の短い前髪を、手袋をした左手でパサパサ払っている。ちなみに、手袋は軍用の物だ。再生し損ねて所々、虫に食われたような穴が開いているが。

「まったく……死者の世界であれば、君は反撃を受けて〔ロスト〕だ。今頃は、歴史上存在しなかったことにされていたぞ」


 そして、「ばーか、ばーか」と嬉しそうに喚き散らしながら森の上空へ飛んで逃げていくソーサラー先生から、視線を校長とアイル部長に向けた。これから、ソーサラー先生が新しい攻撃魔法を得るたびに標的にされるのかと考えると、気が重くなる。

「発言を訂正しよう。社会性を持ち合わせていないのは、イモータルだけとは限らないようだ」


 そのまま無言で視線をハグ人形にも向けるサムカである。ハグ人形は白々しくラジオ体操もどきを始め出した。

「ワシはリッチーだもん。隠者だもん。魔神になるんだもん。世の理なんか関係ないもん」


 サムカの黄色い目が明らかなジト目になった。

「そう言うと思ったよ、ハグ。君はそういう奴だよ」

(とんだ罰ゲームだな……)と改めて思うサムカである。これでは確かに、他の貴族や魔族らが不満をため込んでしまうのも当然だろう。実際、死者の世界での『召喚ナイフ契約者のネットコミュニティ』では、愚痴と不満の書き込みばかりである。


「……で、力場術のタンカップ先生。君も試し撃ちをするつもりなのかね?」

「は!」と、校舎の外れの新しい植え込みのそばで、簡易杖をサムカに向けていたタンカップ先生が跳び上がった。すぐに杖を背中に回して隠し、白々しく口笛を吹き始める。

「な、何を言っておられるのかね? ははは。私がそのような卑怯な真似をすると……うりゃあああ! これでも喰らえええええっ」

 タンカップ先生が雄叫びを上げて別の小さな杖を素早くサムカに向け、攻撃魔法をぶっ放した。


 これも青い〔レーザー光〕の攻撃魔法だ。ただ、ソーサラー先生よりも術式が高度なようで、いきなり数十本もの光の束が発生してサムカを強襲した。しかも、エルフ先生が使うような光の精霊魔法とは異なり、光線がクネクネと曲がる。


「私もいるぞ! 覚悟しろ、アンデッドめ! 悪鬼たいさーん!」

 別の校舎の陰から、聞き覚えのある法術先生の雄叫びも混じってきて、法術がサムカに向けて放たれた。

 これは真っ白い光なので、対アンデッド〔殲滅〕法術だろう。これも前回と比較すると明らかに威力が上がっている。


 ……が。当然ながら、そんな攻撃ではサムカの〔防御障壁〕は1枚も破壊できていない。ハグも面白そうに口をパクパクし、手足を狐族に習ってパタパタさせているだけだ。

「きゃ~、こわ~い。しんじゃう~」

 サムカが再びため息をついた。

「まったく……お前たちは」

 撃つだけ撃って、踵を返して全力で逃げていく先生たちの後ろ姿をサムカが見送る。


 入れ替わりに幻導術のプレシデ先生が、斜めに上体を傾けたいつもの歩き方でサムカたちのいる場所へやってきた。今日は一段と、顔が斜めに傾いているようだ。肩の下あたりでまとめられている黒い煉瓦色の髪の先が、歩くたびにピョンピョン跳ねている。

 彼もまた、先程の3人の先生と同じような雰囲気だ。いつものスーツ姿で黒い革靴。切れ長の吊り目の奥に潜んでいる黒い深緑色の瞳が、キラキラと輝いている。

 先程までサムカを待っていたのか、時間つぶしに趣味の花壇の手入れをしていたらしい。スラックス型のズボンには、いくつか葉や小枝が付いている。


 そして、いきなりプレシデ先生の姿が10人に増えた。〔分身〕魔法である。

「では、せっかくですので、私の魔法も試してみてもらえますかな? 幻影ではありませんよ。どれも実体がある〔分身〕です。さて、どれが本物かわかりますか?」

 とか言いながら10人のプレシデ先生が、バラバラな動作とタイミングで攻撃魔法をサムカに向けて繰り出してきた。〔炎〕に〔氷〕に〔光線〕の他に、銃弾のようなものを地面から発生させて散弾のように撃ち込んでくる。  

 サムカの隣には校長とアイル部長もいるのだが、お構いなしだ。


 サムカが〔防御障壁〕を拡大して、校長たちも一緒に守るように範囲設定を〔修正〕する。その間も、猛烈な攻撃を繰り出し続けるプレシデ先生だ。威力もそこそこあり、攻撃量だけで言えば今までの先生の中では断トツでトップだろう。


 それを自認しているのかプレシデ先生が深緑色の細目の目尻を少し上げて、柄にもないような笑い声を上げた。黒い煉瓦色で癖の強い髪も、笑い声に合わせて肩上で毛先が踊っている。さらに顔の傾きが増したようだ。

「はははは。どうですか。凄いでしょう? 実体のある〔分身〕ですから、こうして魔法攻撃も具現化できるのです。欲を申せば〔テレポート〕魔法も併用して、テシュブ先生の体の中に直接、攻撃魔法を撃ち込みたいところですがね。残念ながら、まだ魔力場サーバーの容量と処理能力が不足していましてね。現状では難しいのですよ」


 プレシデ先生の笑い声が大きくなってきた。上機嫌のようだ。

「しかし、もうしばらくすればサーバーの増強工事も終わります。そうなれば〔防御障壁〕は無意味になるんです。何しろ〔テレポート〕する訳ですからね。はははは。今まで幻導術を卑下していたことを、後悔させてあげま……ぐえ!」

 サムカがジト目のままで、プレシデ先生の〔分身〕10人の中から正確に本人を見極めて、闇魔法で撃った。


 もんどりうって運動場に倒れるプレシデ先生に、サムカが面倒臭そうながらも声をかける。

「その程度の偽装では、貴族の闇魔法で簡単に〔探知〕できるのだが。ああハグよ、心配は無用だ。一時的に脳内神経を〔麻痺〕させただけだ。1分もすれば後遺症もなく自力で回復するだろう」


 ハグ人形も特に、何かペナルティーをサムカにかけるつもりはなさそうだ。彼も呆れていたのだろう。

「うむ。このくらいなら大目に見よう。まったく……ちょっと強力な攻撃魔法を習得した途端にこれかね。試し撃ちをしたい気持ちは分からないでもないが、まるで子供だな」

(お前がそれを言うかね)と内心で思うサムカである。しかし、言うとさらに面倒な事態になりそうなので、ここは黙っている。



 そのどろどろろろろと地鳴りがして、地面が揺れた。プレシデ先生が飛び起きて、「ひいいい」と悲鳴を上げながら逃げ去っていく。せっかくのスーツが運動場の土まみれになってしまっている。


 校長とアイル部長もプレシデ先生の後ろ姿を見送りながら、自身の服についた土埃を払った。意外に多くの土埃が服から舞い上がったので、思わず尻尾をパタパタさせている。


 地鳴りと地面の揺れは、すぐに収まった。ほっと安堵の表情を浮かべる校長とアイル部長である。

「最近、地震が多いのですよ。大地の精霊も活性化しているようです。ノームのラワット先生の話では、騒いでいるのは『土中深い場所にいる』大地の精霊群だそうですね」

 ノームには大地の精霊と親しい者が多い。しかし大地表層に棲む精霊だけのようだが。

「地表にいる精霊と異なり、『闇』の性質を帯びている精霊のようです。ですので、ラワット先生でも詳しいことは分からないそうで。ただ、かなり強力な精霊群であることは確かなようですよ」


 サムカとハグ人形が顔を見合わせて、軽く首をかしげた。

「私たちはアンデッドだから、大地の精霊の動きはよく分からないのだよ。しかし……そうか。地震が多くなっているのか。何かの前兆でなければ良いな」


 そして、サムカが校長に顔を向けた。藍白色の眉間にうっすらとしわが刻まれている。

「済まないが、校長。1つ頼みごとをしてよろしいかな?」

 校長がキョトンとした表情で、両耳を軽くパタパタ振った。

「はい、何でしょう」


 サムカが1呼吸ほど間を置いた。

「うむ。実は、この世界の果物が好評でね。国王陛下に献上することになったのだよ。ついては1箱ほど季節の果物を詰めておいてもらいたいのだ。私が〔召喚」終了で戻る際に一緒に持ち帰ろうと思う」


 校長がにこやかな顔でうなずいた。またもや頭の白髪が数本ほど光を反射してキラリと輝く。

「そのことでしたら問題ありませんよ。テシュブ先生。既に1箱マンゴを詰めて用意してあります」

 しかし、すぐに曇った表情になった。コロコロ表情が変わるので、サムカにとっては非常に興味深い。

「ですが、私たちの世界には魔法を使えない者が多いので、流通や保管技術がまだまだ未熟です。用意したマンゴも、この地域の農家から取り寄せたものでして……帝都の市場に並んでいるような高級品ではないのです。テシュブ先生がお仕えする、国王様のお口に合うかどうか」


 サムカが優しい目で校長に答えた。

「それは恐らく、無用な心配だ。私が学校の食堂で口にした程度であれば、申し分ないはずだぞ。それでは、ご厚意に甘えることにしよう。代金は言い値で良い」

 サムカの脳裏に、彼の武芸の師匠であるテスカトリポカ将軍の顔が浮かんだ。良い土産が期待できそうだ。


 校長とアイル部長とが、顔を見合わせて何か現地語で少し会話をする。それからサムカとハグ人形に顔を向けた。少しだけ目の色が、オークの行商人のそれに近くなっている。

「あの……テシュブ先生、ハグ様。我が帝国領は、ご覧のとおり土地が有り余っています。パリー氏のような妖精がいない土地も多いのです。その場合は、かなり容易に農地への転換が可能です」

 次第に、遠慮がちながらも校長の口調に熱がこもり始めてきた。

「もしも、死者の世界での農産物需要が商業ベースで期待できるのであれば、専用の農園を開墾して、栽培し輸出することもできますが。雇用も確保できますし、我々としても悪い話ではありません。どうでしょうか」


 サムカの表情が険しくなった。それを横目で見るハグ人形は少し愉快そうだ。

「うむむ……私の領土は穀倉地域でね。強力なライバルが誕生するのは歓迎できないな」

 そう言いながらも、腕組みをして真面目に考えている。

「……だが、どうなのだろうか。我が王国連合全体を考えれば、食料の大量安定生産と供給体制は魅力的ではある。どう思うかね、ハグ」


 話を振られたハグ人形は、頬杖をついてあくびをするような仕草をしている。ニヤニヤしているのは変わらないが。アップデートを繰り返しているせいか、最新版のハグ人形には『ニヤニヤ笑い機能』まで実装されたようだ。

「ワシに聞くかね、サムカちん。そうだな……まあ、サムカちんの国王や宰相に相談してみれば良かろう。連中が興味を示せば、ゆっくりと事業を進めていけば良い」


 サムカと校長、アイル部長が、「なるほど」とうなずいた。サムカが視線を狐族の2人に戻す。

「では、陛下と宰相閣下に提案してみることにしよう。だが……私個人としては難しいところだな。我が領土で農作業や流通管理をして生計を立てているオーク住民は、相当数いるのでね。彼らの仕事に悪影響が出る恐れがあるので、どちらかといえば反対の立場だ」


 基本的な立場としては、企業であれば自社の社員向けに商品を売るということはあまりしないが、国は違う。

 国は企業ではない。サムカの領土は小さいが、それでも生産した商品やサービスを売る相手は、ほとんどがファラク王国連合の者たちになる。つまるところ、オーク住民を含む彼ら自身だ。もちろん他の王国連合へ輸出もしているが、その割合は少ない。


 これをないがしろにしてしまうと、王国連合の治安にも悪影響が出る。端的に言えば、オーク住民に失業者が大量発生してしまう。すると貴族としては、オークを住民扱いできなくなり、国外追放をせざるを得なくなる。

 城や装備の補修整備は常時必要ではなく、その都度仕事を依頼する形式の事業だ。オーク住民の絶対数が少なくなると、それも滞ることになる。


 また、オークの食料を国外に依存することは魅力的である一方で、不安要素でもある。失業して追放されたオークは、敵対する独立オーク王国の兵になる可能性が高いだろう。


 そのようなサムカの淡々とした口調での説明を聞いて、少しうなだれる狐族たちである。が、サムカは口調を少し明るくして話を続けた。

「だが、異世界との密接な交易関係は、我々としても重要であることには変わりはない。何事もバランスだ。最初から決めつけては、何も変わらないからね。よく考えながら事業を進めること自体には、私は反対ではない。陛下と宰相閣下のお考え次第ではあるが、今はそれなりに期待して良いと思うぞ」


「そうですか」と一転して表情が明るくなる狐族2人に微笑むサムカである。

「そろそろ授業の時間だな。教室へ向かうとしよう。では、校長、アイル部長、後ほど校長室で会おう」


 いつの間にか生徒たちが多数、校舎や廊下の中から顔を出してサムカたちに注目していた。これだけの魔法戦闘を繰り広げたのだから、当然と言えば当然だ。ざっと見て30人以上は居るだろうか。

 その生徒たちに、校長が両手を振り上げた。

「これこれ。次の授業が始まる時間ですよ。さっさと教室へ向かいなさい」


 我に返ったような反応をして、生徒たちが一斉に教室へ向かって走り出した。その生徒たちの中には、魚族のスロコック3年生の姿もあった。占道術を何か起動させて、何か占い始めている。その青緑色の瞳がキラリと輝いた。

「死霊術は実に興味深いな。我には魔法適性がほとんどないのが残念だが、何とかして関わりたいものだ」


 運悪く、近くに法術専門クラスのスンティカンが居合わせていた。スロコックと同じ3年生で級長なのだが、反射的に非難を始めた。そろそろ次の授業が始まるので2人とも廊下を走っている。

「は!? 何を言い出すんだスロコック。気でも狂ったか。生命への冒涜を至上命題とする邪悪な魔法だぞっ」


 スロコックがセマン顔のままで、竜族の男子生徒の級長に不敵な笑みを向けた。

「法術だって、考えようによっては似たようなモノだろ。今だって、テシュブ先生に全く通用しなかったじゃないか」

 当然のように激高する法術クラスの級長だ。そのまま大声で非難の応酬を続けながら、廊下を駆けて行った。その声は当然ながらサムカの耳にも聞こえているのだが……とりあえず今は無視することにしたようである。




【西校舎】

 予鈴が鳴り、サムカが校舎へ入る。相変わらず、身長1メートル程度しかない狐族や竜族、セマン族に化けた魚族の生徒たちが、次の授業に向かうために駆け回っている。ゾンビはいなくなってしまったが、サムカ人気は相変わらずの様子だ。たちまち生徒たちに囲まれて、質問攻めに遭ってしまった。


 2階へ続く階段をゆっくりと上りながら、生徒たちの質問に答えるサムカである。やはり、「ゾンビはまた作るのか」という質問が多い。

「しばらくは、ゾンビは作らないで様子を見ることにしたよ。また、不心得者の貴族やバンパイアが泥棒にやってくるといけないからね」

「え~!?」と、ブーブー不平を訴える生徒たちであったが、前回の苦戦も知っているので渋々理解したようだ。


 バントゥとその党員の生徒10名余も、やはり来ていた。が、この前ほどの嫌悪を帯びた拒絶態度ではない。むしろ、愛想笑いの一歩手前のような表情だ。特に、大将のバントゥは顕著に愛想笑いを顔に貼りつけている。

「これはテシュブ先生。ようこそ、今回も〔召喚〕に応じて下さいましたね。生徒を代表して、このバントゥ・ペルヘンティアンが御礼申しあげます」

 サムカは彼らの事をそれほど気にかけていなかったせいもあるのか、いつも通りの表情と態度である。

「そうかね」


 一般の生徒たちは、バントゥ党の態度の変化に驚いている様子だ。やや離れた場所から遠巻きに様子を伺っている。その生徒たちに柔和な笑顔を見せるバントゥ。

「先日の狼バンパイア襲撃事件では、テシュブ先生の教え子たちが活躍しました。おかげで、生徒や教職員はじめ、軍や警察にも死亡者を出さずに済みました」

 柔和な笑顔で話を続ける。

「ただその一方で、ゾンビ3体が灰になってしまった事は大変残念に思います。我々の発案で、共同墓を学校敷地内に設けましたので、後でお参りして下さい」

 さらに柔和な笑顔で話を続ける。

「僕は幻導術専門なのですが今回は、まともな活躍の場はありませんでした。羨ましいですよ。僕には残念ながら死霊術や闇の精霊魔法の適性は高くありませんから」

 さらにさらに柔和な笑顔で話を続ける。

「先程の我が担当教官プレシデ先生の無礼につきましても、僕の方から謝罪を申し上げます。プレシデ先生も、本国などから評価低下の査定を受けたばかりのようでしてね……」

 さらにさらにさらに、赤褐色の大きな瞳を意味深に鈍く輝かせるバントゥの話を、途中で遮るサムカである。


「その2つの魔法適性は普通の生者には顕現しないものだから、気にする必要はない。幻導術も今回のような大量の魔法が入り乱れる現場では、交通整理の役目として重要になる。不必要に己を卑下することはない」


 話の腰を折られてしまったバントゥが、一瞬むかついた表情になったが、すぐに愛想笑いを顔に再び貼りつかせた。取り巻きの竜族ラグと、魚族でセマン顔のチューバの肩を抑えて、湧き上がった緊張感を抑えつけている。

「そうですね、テシュブ先生。今回のご活躍で、我々もあなた方への評価を高いものに切り替えました。今後は、我々も積極的にあなた方を応援する所存です。それをまずは『お知らせにきた』ということですよ。我々と共に、帝国を多民族共栄の理想社会へ導いていきましょう。では」

 ほとんど一方的な口調でバントゥがサムカに告げて、そのまま背を向けて去っていった。慌てて追随していく竜族ラグと魚族チューバを含む彼の仲間たちである。 


 党員の生徒の中には、まだ釈然としていない様子の者もいるようだが。特に、共に竜族のウースス3年生とクレタ2年生の級長コンビはジト目になっているままだ。彼らほど露骨ではないのだが、魔法工学のベルディリ3年生も微妙な表情をしている。

 しかし特に反論等はしておらず、素直にバントゥにつき従って去っていった。


 遠巻きにして見守っていた一般生徒たちも、なんだかよく分からない表情のままだったが……とりあえず良い傾向になったと喜び始めた。

 一方のサムカは、特に何も表情や目の色に変化は出ていない。どちらかというと、王城へ出向いた際のような表情になっている。


 その生徒たちのかなり後方で、聞き慣れた大声がサムカに向けて放たれた。言うまでもなくリーパットである。

「我は騙されないぞ! 今に貴様の魂胆を暴いてやるから覚悟しておけっ、このアンデッドめ!」

 隣の腰巾着狐のパランも一緒になってサムカを非難しているのを聞いて、サムカの頬が少しだけ緩んだ。

「うむ。アンデッドは信用しない方がよい。しっかりと見張っておくことだ」


 サムカの返答が想定外だったのか、キョトンとするリーパット主従である。が、すぐに顔を赤くして怒鳴り散らしながら逃げ去っていった。エルフ先生に狙撃されたショックがまだ残っているのだろう。彼ら主従の魔力は学内でも最下位なので、狙撃されたら防御できない。


 リーパット主従の後ろ姿を見送ったサムカが、まだ遠巻きにして囲んでいる一般の生徒たちに視線を戻した。

「さあ、そろそろ本鈴が鳴る頃だ。教室へ戻りなさい」

 サムカが自分の教室の扉の前まで歩いてきて、周辺に群がっている生徒たちに優しく諭す。ようやく生徒たちもサムカから離れて、彼らが受ける授業の教室へ向けて駆け出していった。

「ふむ。いつもこのように万事無駄なく時間通りに進めば良いのだがな……ハグでは無理か」




【西校舎の教室】

 サムカが教室の扉に手をかけて開けると、ペルとレブン、ジャディがきちんと席に座って待っていた。

「こんにちは! テシュブ先生」

 真っ先にペルがキラキラした薄墨色の瞳でサムカに挨拶してくる。


 次いで、ジャディが早くも涙目になりながら自身の机をバンバン叩いて、背中の大きな鳶色の翼を羽ばたかせた。旋風が巻き起こるが教室には生徒たちが使う3席しかなく、予備の机とイス1組もジャディから最も離れた教室の隅にベルトで固定されているので、舞い上がる物体はなくなっていた。

「殿おおおおっ、お待ちしておりましたああああっ!」


 レブンは冷静だが小麦色したセマンの顔で、明るい深緑色の瞳をキラキラさせながらサムカを出迎える。

「先生、ようこそ」

 3人とも気温が秋になって下がってきているので、薄手のベストやカーディガンを上に羽織っている。ジャディもボロボロのツナギ作業服(彼によると鎧だそうだが)が少し厚手になっていた。一方のサムカはアンデッドなので普段どおりの服装である。


 サムカが教室内を一目見回してうなずいた。

「うむ。今回は少々、〔召喚〕位置が悪かったので服に土が付いているが、気にしないでくれ。マライタ先生の特製机と椅子だな。かなり頑丈なつくりになっているようだ。これなら吹き飛ばされても、容易には壊れないだろう」

 ジャディが翼をバサバサさせたまま、サムカの感想に同調する。

「その通りっス、殿! メチャクチャ丈夫っスよ! あと、窓ガラスも割れなくなったっス!」


 サムカが窓に視線を移し、満足そうな笑みを浮かべた。

「そうだな。ほとんど要人警護用の強化ガラスになっているようだ。ジャディ君。これからは教室へ入る際には、きちんと窓を開け閉めして入るようにな。でないと衝突して、怪我をする羽目になるだろう」


 ジャディが真顔になって顔を真っ赤にする。羽毛に覆われているのだが、顔と手の平だけは羽毛が薄いのである。

「へ、へい……オレの力でも割れないっスからね。そうしやすよ」

 レブンがセマンの顔のままでニヤニヤしながら、ジャディを見た。

「もう既に10回以上、窓ガラスに正面衝突しているからね。そろそろ学習しないといけない頃だと、僕も思うよ」

 ジャディが真っ赤な顔のままで、涙目でレブンを睨んだ。

「後で、ぶっころす」


 サムカが窓ガラスを手袋をはめた手で触り、天井の照明器具や黒板型のディスプレー、床や天井をじっくりと眺めた。ひそかに教室を警備している、彼の使い魔にも目で挨拶する。

「ふむ。全て取り替えられているな。しっかりと、風魔法への耐性が付与されている」


 レブンがサムカと視線を同調させながら、補足説明した。

「風魔法への〔耐性付与〕は、カカクトゥア先生が施して下さいました。風の精霊魔法と、ウィザード力場術の〔風を含む流体〕魔法、ソーサラー魔術の〔風〕魔術にも対応しています。物理的な〔強化〕はノームのラワット先生によるものです。ウィザードやソーサラーの先生方では、ここまでの〔強化〕はできない様子でした」


 サムカが教壇に立ち、黒板型ディスプレーの起動術式を読み込ませながらレブンの話にうなずく。

「そうだろうな。精霊魔法は魔法適性を得ている者でしか使えないからな。残念ながら魔法使いでは、その適性は基本的に弱いのだよ」


 ウィザード魔法やソーサラー魔術にも、このような〔強化〕、〔耐性付与〕の魔法や魔術はある。しかし、精霊魔法とは術式が異なるので、効果はそれほど期待できない。その事をざっと説明したサムカが、改めて窓ガラスを眺めた。

「我々は風魔法を単独で使うのではなく、闇の精霊魔法や死霊術を併用するから、余計に相性が悪いはずだ。そういう意味では、この窓ガラスや天井なども闇の精霊魔法や死霊術への〔耐性〕は、あまり期待しないほうが良いだろう」


 ペルが首を少しかしげながら、手を挙げて質問してきた。

「テシュブ先生。ということは、闇の精霊魔法の試し撃ちを教室内でしては『いけない』ということですか?」

 レブンとジャディも意外そうな表情をしてサムカを見つめる。


 サムカが素っ気なくうなずいた。

「そうだな。この程度の〔耐性〕では、今の君たちの魔力では簡単に穴だらけになるだろう。死霊術も同様だ。ほら。死霊術場の細い線が、外から窓ガラスを通り抜けて教室内にまで延びているだろう? この程度の弱々しい魔法場ですら〔遮断〕できていないのだから、風魔法だけに〔耐性〕があると考えた方が良いだろうな」


 レブンが「はっ」としたような表情になって、サムカの解説にうなずいた。素早くメモを取る。

「そ、そうですよね。僕としたことが、思慮不足でした」

 ペルも同意した。

「闇の精霊魔法って、本当にやっかいなんですね。先生が総出で対策を施して下さったのに、ほとんど無意味だったなんて……使い方には本当に注意しなくちゃ」


 サムカが真顔でうなずいた。

「そうだな。改めて、君たちが学んでいる魔法は、使い方をよくよく吟味する必要があるものだと理解することだ」

 生徒たちの真面目な反応を見たサムカが、頬を少し緩めた。

「そういえば、ペルさんとレブン君の魔力バランスが改善されているな。きちんと私の言いつけを守っているようだ」


 レブンが照れながら、それでも胸を張って答える。

「はい。テシュブ先生。バワンメラ先生の部活動に入部しました。〔飛行〕魔術が主ですが、他の魔法や魔術も多く併用します。とにかく体力をつけないといけないので、最近は調子が良くなってきました」


 ペルは耳を前にペタリと伏せて、両耳と鼻先のヒゲをピコピコ上下させている。

「わ、私はカカクトゥア先生が顧問をなさっている格闘部に入部しました。試合は怖いのでしませんが、筋トレして走ったり縄跳びしたりして、基礎トレーニングを積んでいます。おかげで、最近は少し調子が良くなってきた気がします」


 ジャディがニヤニヤしながら、レブンにツッコミを入れた。

「へ。〔飛行〕魔術? ヨタヨタ飛んでいるだけじゃねえか。障害物を避けるスラローム飛行もできねえ癖に」

 レブンが顔を真っ赤にして反論する。

「う、うるさいな。まだ始めて間もないんだから、仕方がないだろっ」


 サムカが微笑みながらうなずいた。短く切りそろえた錆色の前髪がサラサラと揺れる。

「ジャディ君は強力な風の精霊魔法が使えるから、ペルさんやレブン君ほどには魔力のバランスを気にする必要はないな。興味がある魔法や魔術を、どんどん学んで身につけていけば良い」


 そう言いながら、サムカが改めてジャディの姿を見つめた。彼の魔法場の強弱を推し量っているようだ。

「特に火と水の精霊魔法だな。これらは風と相性が悪いのだが、その反面、魔力のバランスを育てるには都合が良い。しばらくしたら、両方を制御して使いこなす練習を始めた方が良いだろう。ノームのラワット先生と、よく相談して決めるようにな」

 エルフ先生は火の精霊魔法が苦手なので、ノーム先生に頼んだのだろう。


 ジャディが直立不動の姿勢になった。

「は! 殿の言うとおりにするっス! 魔法をバリバリ学んで、あのクソ生意気なミンタ狐をキリキリ舞させてやるっスよ!」

 すかさずペルが反論する。ほとんど猫のようになって、頭の毛皮と尻尾を逆立たせた。

「ミンタちゃんは、生意気じゃないよ!」


 サムカが教壇に両手をついて、穏やかな声で話し始めた。

「皆、その調子で魔力のバランスを取りながら勉強するように。さて。ゾンビなんだが、私も先ほど墓参りを済ませてきたところだ。初めて作成したゾンビなので思い入れもあるだろう、私も残念に思うよ」

 途端に通夜状態になる3人の生徒たちである。サムカが穏やかな声で話を続ける。

「だが、主である君たちを守りきったのだ。立派な最期だよ。普通は、あれほど完全な灰だけにはならないものだ。君たちは誇って良いと思うぞ」


 レブンが鼻をぐずぐずさせながら、サムカに質問した。

「テシュブ先生。普通は……完全な灰には、ならないもの……なんですか?」

 サムカがうなずく。

「そうだな。骨や皮などが残ることが多い。ゾンビには意識も自我もないのだが、それでも主人からの愛情は感じるのだろう。ぞんざいに扱われたゾンビは、あまり仕事をしないものだ。体の半分を破壊されただけで機能停止して崩壊する場合もある」

 山吹色の瞳が穏やかな光を帯びていく。

「君たちのゾンビは、主人からの『命令』を何としてでも成し遂げようとしたのだろうな。でなければ、骨の欠片も残さずに灰になることはないよ。良い主人に仕えることができて、ゾンビも本望だったはずだ」


「せんせえ……」

 ペルがほとんど泣き出しそうな顔になっている。レブンとジャディも両目がウルウルして無言だ。

 サムカが穏やかにうなずく。

「ゾンビを作ることは、しばらく止めた方が良さそうだな。もう少し時間を置いて、気持ちが落ち着いてから考えることにしよう。あの悪徳業者は逃げたとはいえ、型落ち品を平気で高値で売りつける製造元は健在だ。連中をまた儲けさせることも、少々癪に障るからな」

 そして、改めて生徒たちに視線を戻した。声も力がこもったものになる。

「では、宿題の発表をしてもらおうか」




【ゴーストの宿題】

 きょとんとした顔の3人だったが、すぐに現実に引き戻されたようだ。「ううう~……」と呻いている。サムカが容赦なく告げる。

「では、鏡を出しなさい。ゴーストを封入して、そいつを使って、今現在の校舎にいる全校生徒の人数を数えるように。制限時間は3分間にするか」


「うひ~」と悲鳴があがる生徒たちである。あれだけの騒動があったので、宿題に取り組む時間があまり確保できなかったのだろう。慌ててカバンの中から小さな手鏡を取り出し、起動術式を唱える。


 やはり、最初に手鏡の中からゴーストを呼び出したのはレブンだった。

 見事なアンコウ型のゴーストである。大きな潰れ頭と口の上に1本の釣り竿のようなものが生えていて、その先端部分がほのかに光っている。ゴーストなので実体化はしておらず半透明だ。

「起動完了。『深海1号』よ、校舎内の生徒数を数えてこい。行け!」

 レブンが凛とした声で魚ゴーストに命令すると、大きな口を開けて真っ白い水蒸気を吐き出した。尾びれと背びれ胸びれを力強く振って、泳ぐように空中を飛んで教室から出ていく。


 たちまち、行き先のエルフ先生の教室から悲鳴が上がった。

 そういえばエルフ先生のクラスの生徒全員も、今や死霊術場や残留思念を見ることが『できる』ようになったのだった。ゴーストを見つけることなど、今なら簡単だろう。


 サムカが錆色の短髪頭を軍用手袋をした左手でかいて3人の生徒たちに注文をつける。

「あまり驚かせないようにな。特にクーナ先生には用心することだ。光の精霊魔法攻撃を受けて消滅してしまうぞ」


 続いて、ジャディが自分の手鏡からカラス型のゴーストを発生させた。ピタリと手鏡の上に羽を畳んで乗り、頭を心持ち下げ、精悍な黒い眼をギラリと光らせている。

「起動よーし。『ブラックウィング1号』、校舎の生徒どもの数を数えて来い。行け!」

「クワアアアッ」と、一声。鋭いながらも、しわがれた鳴き声を上げたカラス型ゴーストが、その真っ黒く大きな翼を優雅に広げて羽ばたいた。実体がないので旋風は起きないが高速で教室から飛び出して、やはりエルフ先生の教室へ飛び込んでいった。再び悲鳴が聞こえてくる。怒声も混じっているようだ。


 ジャディが不敵な笑みを浮かべる。

「オレ様の『ブラックウィング1号』は素早いぜ! 撃ち落せるもんならやってみろってんだ!」


 サムカが髪をかいたままで、ジャディに一言告げた。

「いや。以前クーナ先生に撃ち落されただろう、君は。さて、残るはペルさんだな。どうかね?」


 ペルが手鏡を両手で持って、一心に起動術式を走らせながら微笑み返してきた。

「はい、大丈夫です、テシュブ先生。……よし、起動開始」

 同時に、手鏡から雲をまとった狐型のゴーストが湧き上がった。

 かなり小さくて、ペルの両手の平サイズしかない。しかし、ゴーストの両目からは強力な闇の精霊場が溢れ出ていて、それが雲を形成していた。


 サムカがそれを見て、ペルに注意を入れた。

「小さいが、かなり強力なゴーストだな。残留思念の容量ギリギリの闇の精霊場だ。一般生徒には接触させないようにしなさい。死霊術と闇の精霊魔法の適性がない者ばかりだからね、精神的にショックを受ける恐れがある」


 ペルが真剣な表情でうなずいた。

「はい、先生。起動終了。それじゃあ、『綿毛ちゃん1号』。校舎の生徒数を数えて来てね。でも、生徒たちには触れないように」

「コーン」と一声高らかに鳴いた狐ゴーストが雲をまといながら、やはり隣のエルフ先生の教室へ飛んで行った。再び悲鳴と怒声が聞こえてくる。


 そして……エルフ先生が怒りの表情でライフル杖を片手に持って、サムカの教室へ怒鳴り込んできた。

「ちょっと! サムカ先生! ゴーストを3つも飛ばしてくるなんて、何を考えているのですか! 撃ち落としますよ!」

 しっかりと『見えて』いる様子だ。


 ちゃっかりエルフ先生の後ろには、ミンタとムンキンの2人が簡易杖を持ってくっついて来ている。

「ずるい! 私にもゴースト作らせなさいよ! このアンデッド教師!」

「また、俺に内緒でこんなことをして! 今度は俺にも作らせろ! このアンデッド教師!」

 よく見ると、さらに背後に生徒たちがいた。30人ほどで、全員が興味津々な表情でこちらを見て騒いでいる。


 サムカが苦笑しながら頭をかいて、エルフ先生とその生徒たちに謝る。

「済まないね。姿を消して〔ステルス状態〕にする魔法は少し複雑なので、まだ教えていないのだ。騒がしく鳴いたり吼えたりしている点も要改善だな。危害を加えるようなゴーストではないから、安心してくれないか。ペルさんの作ったゴーストだけは、人によってはショックを受ける恐れがあるが、接触しなければ心配無用だ」


 エルフ先生が空色のジト目になった。腰まですらりと伸びた金髪に静電気が走っている。

「ステルス処理なんかされていたら、問答無用で撃ち落します。……でもまあ、確かに危害を与えるようなゴーストではありませんね。それにこの事は、前回のサムカ先生の授業で仰っていたことですし」


 その時、ノーム先生のクラスで悲鳴が上がった。そう言えば、ノーム先生のクラスの生徒たちも、今は〔察知〕できるようになっていたのだった。


 ミンタがクラスの生徒たちと廊下に出て振り返り、またサムカの教室へ戻ってきた。かなり嬉しそうな顔で、金色の毛が交じる尻尾がリズミカルに上下に振られている。

「あのゴースト、今度はラワット先生のクラスに侵入しているわよ!」


 レブンが冷静な顔で肯定した。

「そりゃそうだよ。ゴーストに全校生徒の人数を数えるように、行動術式を入力したから」

 ペルはレブンの背中に隠れて、両耳を前に伏せて縮こまっている。

「ごめんね、ミンタちゃん。悪さしないようにするから」

 ジャディは堂々と胸を張って豪傑笑いをしていた。

「ばーかめー! オレ様の『ブラックウィング1号』を撃ち落すなんざ、100万年早いわあっ」


 エルフ先生が不敵な笑みを浮かべて、ライフル杖で床を叩いた。

「あら、もう一度、撃ち落されたいのかしら? 今、ここにいる『術者』の3人を仕留めれば済む話なんだけどな。今度は羽が抜ける程度じゃ済まないわよ?」

 ジャディが殺気を感じて、慌ててレブンの背中で縮こまっているペルの後ろに飛んで逃げた。背中の大きな翼と尾翼は隠しきれていないが。


 ノーム先生の教室から聞こえてくる悲鳴と怒声が大きくなっているのを聞いて、サムカが腕組みをした。

「むう……この分ではラワット先生も、ここへ怒鳴り込んできそうだな」


 エルフ先生がジト目のままで口元を歪めて笑った。腰まで真っ直ぐに伸びている、べっ甲色の金髪も何本か逆立っている。

「あら。それに気がつくとは、偉い偉い」

 既にライフル杖を腰構えしている。サムカが大きくため息をついて錆色の頭をかいた。

「仕方あるまい。宿題は全員合格にするよ。ゴーストの行動術式を書き換えて、帰還させなさい」


 エルフ先生が満面の笑みを浮かべて同意した。廊下からノーム先生の怒声と足音が聞こえてくる。

「それが良いわね。全校生徒と全先生を敵に回したくないならね」



「あ。やっちゃった……!」

 ペルが真っ青な顔になった。薄墨色の目を白黒させて、パタパタ踊りを始めながらサムカに緊急事態を伝える。ふわふわ毛皮のあちこちが逆立って、黒毛交じりの尻尾も見事な竹ホウキ状態だ。

「せ、先生。私のゴーストが、暴走しちゃいました。ど、どどど、どうしようっ」


 サムカが山吹色の瞳をノーム先生の教室方面に向ける。壁の向こうなのだが〔探知〕できるようだ。

「うむ、確かに暴走しているな。行動術式の変更手順を間違えたのだろう。レブン君とジャディ君のゴーストは大丈夫かね?」

 レブンとジャディが同時に返事をした。こちらは落ち着いている。

「問題ないっス、殿!」

「行動術式を〔変更〕しました。間もなく、こちらへ帰還します」


 サムカがうなずく。少しも慌てていない。

「うむ。ペルさんのゴーストは、闇の精霊魔法を強く発しているから、術式更新の命令を〔消去〕してしまったのだろうな。まあ、接触して危害を与えるような行動術式ではないから、校舎を回って全校生徒の人数を確認したら停止するだろう」

 ペルが青い顔のままで、パタパタ踊りを強めながらサムカに確認する。黒毛交じりの尻尾も盛大に不規則な挙動を始めている。

「せ、先生。騒ぎが大きくなっちゃいませんか!?」


 サムカが穏やかな表情のままで、軽く首をかしげて考えた。

「仕方があるまい。後で先生方に謝っておくよ。私が闇魔法をぶつけても良いが、さらに暴走する恐れもあるしな」


 エルフ先生がキレた。サムカの足元に腰だめしたライフル杖の先を向ける。背中の金髪が何本か静電気を発して逆立ってきているのが、彼女の肩越しに見えている。髪自体もぼんやりと白く発光し始めているようだ。

「何を悠長なことを言っているのですか! 全校生徒がパニックになりますよ!」


 実際、この西校舎の1階の教室から立て続けに悲鳴と怒声が巻き上がっていた。この1階はウィザード先生たちの教室で、幻導術のプレシデ先生、招造術のナジス先生、力場術のタンカップ先生、それに占道術のティンギ先生の4名の教室が並んでいる。先生の悲鳴も混じっているようだ。

 タンカップ先生だろうか、攻撃魔法を何か放ったようで、爆発音とガラスが割れる音が鳴り響いた。


 そんな下の階の騒ぎを、金色の毛が交じる両耳をそば立ててミンタが栗色のジト目のままで聞いている。そして、半泣き状態のペルの頭を「ポンポン」叩いて、なだめた。

「ウィザード先生たちも、しょっちゅう事故を起こしているんだし。おあいこ」

 ムンキンも濃藍色の目を半眼にし、軽く尻尾を床に打ちつけてリズムをとっている。彼もそれほど慌てていない様子だ。

「そうだね。精霊魔法を軽んじているから、良い薬になるよ」


 そこへノーム先生がライフル杖を肩に担いでやって来た。大きな三角帽子は背中に引っかけられていて、つま先の丸まったブーツが、大地の精霊魔法を発して変形を始めている。

 彼の教室の生徒たちもゾロゾロと後ろに続いて来ていた。先頭はもちろん、級長の狐族3年生ビジ・ニクマティである。完全に戦闘態勢だ。黒茶色の瞳がギラギラ輝き、やはり先生に習って杖を肩に担いでいる。


 そのような、いきり立っている級長以下30名の専門クラス生徒たちを鎮めながら、ノーム先生が鋭い視線をサムカに投げつけてきた。

「テシュブ先生。また、派手にやってくれましたな!」


 サムカが錆色の頭をかいて謝った。衣服についている土汚れがポロポロと床に落ちた。ようやく乾いてきたらしい。

「済まなかったね、ラワット先生。この世界では、ゴーストが珍しいことを失念していたよ。生徒数を数えるだけで、命に危害を与えるようなゴーストではないから安心してほしい。ただ、ペルさんのゴーストが暴走していてね、しばらくの間はウロウロすると思う」


 ノーム先生が銀色の口ヒゲを軍用グローブでつまみながら、サムカの弁解を聞く。そして、それなりに納得したのだろう。担いだライフル杖で自分の右肩を「トントン」叩いてうなずいた。

「確かに、兵器級の出力ではないですな。ですが、ゴーストを見てしまった生徒が『こんなに』おりましてな。見ることが『できる』体質になってしまいましたぞ。生徒数を数える際に、ゴーストが接触したせいですな」


 そう言ったノーム先生の後ろと周囲には、興奮気味だったり青ざめていたりしているノーム先生とエルフ先生の専門クラスの生徒たちが総勢60名ほどいる。特に、ノーム先生のクラスのニクマティ級長は攻撃する気に溢れているように見える。


 再びその級長をなだめたノーム先生が、サムカへの注意を続けた。

「下の階の生徒たちも『同じ体質』になるでしょうな、これは。まあ、魔法学校の生徒である以上、ゴーストや死霊術場に残留思念が見えるようになるのは、知識としては良いことではあるかな。心情は別として」

 サムカも賛同してうなずいた。至極当然といった顔である。

「そうだな。経験しないと『見る』ことができないからな。攻撃命令を受けているアンデッドがいる場所を〔察知〕できるようになるのだから、良い事ではあるか。まあ、ゴーストを見たくらいでは死霊術の魔法適性を得ることは無いから、気にすることはあるまい」


「そうだよねー」と、和やかに談笑しているサムカとノーム先生に、エルフ先生がライフル杖を向けた。足元ではなく心臓辺りに杖の先を向けている。静電気を発して逆立っている髪の毛は、50本を超えていた。

「これだからアンデッドは! 心の準備もしないままに、いきなり凶悪な形相のゴーストが現れたら、パニックになるのは当然でしょうが。さっさと強制停止させなさい!」


 サムカとノーム先生が2人してホールドアップの降参ポーズをとるが、やはり緊張感はまるでない。

「いや。だから行動術式が暴走しているから、私でも修正術式を入力することはできないぞ。最初の行動を終えるまでは暴走し続けるだけだ」

 淡々とした口調でサムカがエルフ先生に解説する。これが、返ってエルフ先生の癪に障っているのだが、気がついていないようだ。


 下の階の教室で悲鳴が数多く上がり始めた。ゴーストが2階から1階へ移動したのだろう。

 悲鳴が上がるという事は、ゴーストと接触した生徒たちに魔法回路が強制的に〔形成〕された事でもある。今までは見たり知覚する事もなかった幽霊が、いきなり目の前に現れたのだからパニックになるのは当然だ。


 サムカが1階のあちらこちらで起きている悲鳴を、セミの鳴き声でも聞くような表情で軽く眉をひそめた。やはり、生命の精霊場がこの騒ぎで強まっているので、居心地が悪くなったようだ。

「ペルさんのゴーストは闇の精霊魔法場が強力だから、生徒の中にはショックで気絶する者もでるだろう。しかし、死ぬことはないはずだ。先日のスピリット級やシャドウ級であれば、私も慌てるだろうがね」

 そして、軽く咳払いをした。

「私が闇魔法を撃ち込んで、行動術式ごと〔破壊〕してもよい。が、その場合、蓄積されている死霊術場が一気に開放される。〔爆発〕する恐れがあるのだ。いや、〔爆発〕ではなくて、空間消失か」

 サムカが冷静な声で説明する。


 ノーム先生も同意して、ライフル杖で右肩を数回叩いてうなずいている。

「そうだな。先日の狼バンパイアがやった、森〔消去〕攻撃のミニチュア版だな。下の階の教室に大きなクレーターが出来るぞ、エルフ先生。それと、杖の先を人に向けてはいけないよ。一応、警官だろ君は」


 薄ら笑いを浮かべているエルフ先生の端正な顔に、青筋が何本か浮き出た。同時に下の階から「ゴーストが向かいの東校舎に向かったぞー!」という叫び声が聞こえてきた。

 それを聞いて反射的に廊下に出て、運動場に面している窓から身を乗り出す。生徒たち60人も、一斉に後に続いて運動場を見下ろした。


 運動場を向かいの東校舎へ向かって、真っ直ぐに飛んでいく狐型のゴーストが見えた。エルフ先生の空色の瞳が鋭く光り、ハンターの目つきに変わっていく。

「撃ち落します!」

 エルフ先生がそう宣言して、ライフル杖を窓から運動場に向けて突き出した。既に射撃準備は完了していたようで、瞬時に青い〔レーザー光線〕が放たれた。


 ノーム先生も生徒たちに混じって廊下窓から運動場を見下ろしていたが、ニヤリと笑って唸った。銀色の垂れ眉と口ヒゲと顎ヒゲを軍用グローブで整える。

「おお。やる気満々ですな。対アンデッド用の〔青色レーザー〕光線ですか。ですが……」


 狐ゴーストは撃たれても、平然としたままで飛行を続けている。ノーム先生が話を続けた。

「ペルさんのゴーストだから、闇の精霊場が強いね。〔青色レーザー〕でも無効化してしまうか」


 ミンタもペルと一緒に窓から見ていたが、ペルに抱きついて目を輝かせた。

「ペルちゃん、すごーい! カカクトゥア先生の杖、あれから強化されているのよっ。今なら、あの狼バンパイアを一撃で灰にできちゃう威力なのに。すごーい!」

 一方のペルはまだ、目を白黒させている。

「そんなことないよう。暴走しているからだよ」


 サムカも窓から眺めながら、のんびりした口調で補足した。

「通常のバンパイアは〔防御障壁〕を展開できないのものだ。あのカルト派貴族が作ったバンパイアが特殊だったのだよ。それでも、ここまで強力な闇の精霊魔法を使用することはないだろう。以前にも話したが、ペルさんの持つ闇の精霊魔法の魔力は『騎士見習い』に匹敵するものだ。『制御』を失敗するとこうなる。今後も魔力のバランスを強化する訓練を欠かさぬようにな、ペルさん」

 ペルが両耳を前に伏せて尻尾を抱きかかえながらも、サムカにはっきりとうなずいた。

「はい。テシュブ先生」


 サムカがエルフ先生の背中に、ややジト目気味な視線を向ける。

「しかし……光の精霊魔法をぶつけたら、真逆な精霊特性のせいで激烈な反応が起きるぞ。大爆発だ。運動場にゴーストが出たことだし、私が闇魔法で〔破壊〕した方が、爆発が起こらないだけ被害が少なくて済むと思うのだがね」

 ノーム先生もサムカに完全同意である。とりあえず銀色の口ヒゲを軍用グローブで撫でつけて、完璧に整えた。

「ですな。止めときなよ、カカクトゥア先生。光属性だと爆風や衝撃波が、この校舎まで及ぶかもしれないぞ」


 そんな会話を聞き飛ばすエルフ先生である。何かのスイッチが入ってしまっているのか、不敵な笑みを浮かべた。ライフル杖の底部に新たな魔力パックを取りつけ、新たな術式を展開する。

「うるさいな。これならどうかしら!」

 杖から見えていた青色光が消えた。


 同時にサムカが展開している〔防御障壁〕が激しく揺らいで、反射的に険しい表情になる。

「!」

 サムカが急いでマントを体の前に寄せる。まとわりついていた土埃が再び舞い上がり、それらが静電気の火花を散らした。壁面に手を当てて調整をしながら、エルフ先生に困惑の顔を向けるサムカだ。

「お、おい! エックス線かね!」


 ノーム先生が慌てて、周囲の生徒たちに大きな声で警告した。背中の三角帽子から何かサイレンのような警告音が鳴って、ブーツが再び変形を始める。

「エックス線被曝の恐れがある。皆、光の精霊魔法用の〔防御障壁〕を展開しなさい!」


 ペルが「アワアワ」して障壁展開に戸惑っている。黒毛交じりの尻尾が逆立って、竹ホウキ状態だ。

「落ち着いて、ペルちゃん」

 ミンタがウインクしてペルに抱きつき、そのまま光の精霊魔法の〔防御障壁〕を発生させた。


 レブンとジャディにはムンキンが首に腕を回して引き寄せ、彼の〔防御障壁〕の中に引き込んだ。2人の作り出したゴーストも一緒に中に入れることができるように、精霊魔法ではなく力場術の術式による光の〔防御障壁〕にしている。これならアンデッドには影響が出ない。

 ちょっと感心しているジャディとレブンに、上から目線でムンキンがドヤ顔でニヤリとした。

「おい、ジャディ。翼が邪魔だ。さっさと畳めよコラ。俺の障壁の中に納まらないだろうが」


 さっきまで感心していたジャディの顔が、元の凶悪な悪人顔に戻る。琥珀色の鋭い眼光でムンキンを睨み返した。

「何だとコラ、やんのかコラ」

 ジャディとムンキンがガンを飛ばして威嚇しあっている中、文字通り間に入ってなだめるレブンである。手慣れた感があり、今は顔が魚状態に戻ることもない。

「ジャディ君、ここは辛抱してよ。エックス線被曝はやっかいなんだよ。羽が抜けるよ」


 レブンの明るい深緑色の瞳を凝視するジャディだ。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「な、何!? マジかよ」

 ジャディが慌てて背中の翼を畳み、次いで、カラス型ゴーストを両手で抱く。レブンも自分のアンコウ型ゴーストを、両腕でしっかりと抱き寄せた。

「マジもマジ。大マジだよ。よし、ムンキン君の〔防御障壁〕の中に全員納まった。ありがとう、助かったよ」


 レブンの礼を聞き、ムンキンが濃藍色の目をキラリと光らせた。頭の柿色のウロコを膨らませ、尻尾で廊下の床を<バン>と叩いて、鼻を「フン!」と鳴らしている。まんざらでもないらしい。


 他の生徒たちも全員が〔防御障壁〕を無事に展開したようで、廊下に充満していた光の精霊場が急激に強くなった。サムカの眉間に、さすがに不快感を示すシワが生じる。

 ムンキンがドヤ顔のままで、エルフ先生の背中に宣言した。

「よし、準備完了だ。どんと来やがれ、エックス線め」


 ムンキンが言い終わるのを待たずに、エルフ先生の空色の瞳がギラリと光った。もう、『トリガーハッピー』だと言われても反論できないだろう。

「ふふふ、消えなさい!」


 杖の先からは何も発射されたようには見えず、衝撃音も何も聞こえない。エックス線なので、目で見ることはできないためである。しかし、生徒たちが展開した光の精霊魔法の〔防御障壁〕が一斉に明るく輝いた。サムカが展開している闇魔法の〔防御障壁〕も大きく波打つ。


 そして次の瞬間。運動場を向かいの校舎に向けて飛んでいた、狐型のゴーストが大爆発を起こした。上空でウロウロと飛行していたソーサラー魔術のバワンメラ先生が、いきなりの爆発に巻き込まれていく。そして、悲鳴を上げながら森の方へ吹き飛ばされていった。


 サムカとノーム先生が危惧した通りの現象だ。

 爆風と土煙がしばらくして収まると、直径15メートル、深さ1メートルちょっとの立派なクレーターが、運動場の真ん中に出現していた。爆風と衝撃波が校舎を襲ったが、特に何も被害は出ていないようだ。


 サムカや生徒たちが顔を出している廊下側の窓も全て無傷だ。補強工事は成功というところか。しかし、花壇の植栽には、相当な被害が刻まれてしまったようだが。ゾンビの墓標の周囲に植えられていた花も、半分以上が吹き飛ばされてしまっていた。これでまた、プレシデ先生の機嫌が悪くなるのだろう。


 窓枠に顔を出して運動場を見下ろしていた生徒たちの間からも、「おおー」と歓声が上がる。「何事だ!」とスクランブル出撃して運動場のクレーター上空を飛び回っているのは、力場術のタンカップ先生である。一緒に飛んでいる半透明の〔分身〕も数体ほど見える。


 しかし、当のエルフ先生は不満そうな表情のままであった。ノーム先生とサムカも軽く両目を閉じている。

「撃ち漏らしましたな、エルフ先生」

「うむ。狐ゴースト本体は消滅したが、付随していた雲状のゴーストは残ってしまったな」


 エルフ先生がジト目になって、ライフル杖を小脇に抱えた。杖に装着されていた魔力パックが全て自動排出されて、廊下の床に落ちていく。

「範囲指定を狭くし過ぎてしまいました」


 クレーターの上にできていた雲が1つにまとまって、小さな狐になった。そのまま向かいの東校舎に飛び込んでいく。タンカップ先生はこの小さなゴーストを〔認識〕できていないようで、反応しないままクレーター上空を飛んでいる。


 ノーム先生がニヤリと笑った。

「『子狐ちゃんゴースト』が向かったのは、法術先生の教室ですな。1週間の研修を済ませて強化しているはずだが、どうかな?」


 やはり悲鳴と怒声、何かが壊れる音が聞こえてきた。接触して『見える』ようになったようだ。

 ノーム先生がニヤニヤしながらため息をつく。

「やれやれ……あんな小さなカケラになったゴーストなんだが、〔浄化〕に手間取りそうですな。もう一度、しっかり研修し直してきてもらいたいものだ」


 ミンタに抱きつかれたままのペルが、涙目のままで両耳を前に伏せた。尻尾は毛先すら微動だにしない。

「うう。私のゴーストがあ……『綿毛ちゃん1号』があ……」

 ミンタが同情している。そして、ペルの黒い縞模様が3本走るフワフワ毛皮の頭を、「ポンポン」と軽く叩き気味になでた。

「暴走しちゃったから、仕方がないわよ。次はちゃんと制御しなきゃね」

「……うん。頑張る」


 ムンキンの〔防御障壁〕から抜け出たジャディが自分のカラス型ゴーストを肩に留まらせて、落ち込んでいるペルを見下ろした。ちょっとだけ腰をかがめているのは、彼なりの配慮だろう。

「まあ……何だ。魔力がアンバランスってやつだろ? 気にすんな」

 レブンもムンキンから離れてアンコウ型のゴーストを手鏡の中に納め、ペルを励ました。

「何事も最初からうまくはいかないよ。失敗を恐れていては、成功なんてできないさ」


 ノーム先生とエルフ先生は窓枠にライフル杖をセットして、魔力パックを1個ずつ底部に装着している。

「ですが、大きな騒ぎを引き起こすことは、今後避けなさいね。ペルさん」

「そうだな。とりあえず、まだゴーストは健在だ。再度運動場へ出てきたら、今度は確実に撃ち滅ぼすよ。もう闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を展開する余力も残っていないだろうから、僕の〔レーザー〕攻撃でも有効打を与えられるだろう」


 ノーム先生が穏やかな顔のままで銀色のあごヒゲを片手で撫でながら、ペルに断りを入れた。しょぼんとした顔で同意するペルである。両耳が伏せられて、見事に頭のフワフワ毛皮の中に埋まっている。

「……はい。そうして下さい。ラワット先生、カカクトゥア先生」



「わー!」

 向かいの校舎から生徒たちと先生、それから事務職員と校長に羊が、ワラワラと運動場に駆け出してきた。サムカがやや呆れた表情になる。

「ほぼ全員にゴーストが〔接触〕したのか……しかし、大仰だな。カケラになっているゴースト1体で、全員避難するかね?」


 エルフ先生がライフル杖に攻撃術式を入力しながら同意した。

「そうね。おかげで『撃ってはいけない標的』を、大量に入力する羽目になってしまったわ。本当にマルマー先生は役に立たないな、もう。あの程度のゴーストくらい、さっさと消し去りなさいよ」


 ノーム先生も同じ作業をしている。エルフ先生とノーム先生の専門クラスの生徒たち全員が60名ほどもいるのだが歓声を上げて、運動場に出てきた法術専門クラスやソーサラー魔術専門クラスの生徒たちをからかっている。今は選択科目の時間ではないので、誰がどのクラスの専門なのかが一目瞭然で良くわかる。


 ノーム先生の専門クラスの級長、狐族のニクマティ3年生が、見事にクラスの生徒たちを統率していた。既に、ノーム先生の使っている攻撃魔法の簡易版の術式をクラスの生徒全員に入力済みだ。ニクマティ級長がノーム先生に理知的な黒茶色の瞳を向けて、冷静な声で報告した。

「ラワット先生。射撃準備完了しました。私たちの精霊魔法は威力が低いですから、運動場の生徒や先生たちに流れ弾が当たっても問題ありません」

 ゴーストごと、生徒と先生を撃つつもりのようだ。


 ノーム先生が不敵な笑みで答えた。

「そうだな。でもまあ、今回は出番は無いだろう。済まないが、このまま待機していてくれないかな」

 不服そうな表情になるニクマティ級長に、エルフ先生のクラスの級長でもあるムンキンがニヤニヤ顔を向けた。

「残念だったな~」


「キッ」と鋭い視線を向けるニクマティ級長とノーム先生クラスの生徒たち30名。

 しかしムンキンは無視してエルフ先生に聞いた。濃藍色の瞳がキラキラし始めて、柿色の尻尾が勢いよくブンブン振り回されている。

「カカクトゥア先生。僕たちのクラスも攻撃支援しましょうか?」

 ムンキンの背後ではミンタもウズウズしている様子だ。


 エルフ先生が軽いジト目になってムンキンを見る。

「いけません。ここは私だけで充分ですよ」

 しかし、隣でニヤニヤして銀色の口ヒゲをいじっているノーム先生の横顔を見て、考えを改めたようだ。「コホン」と小さく咳払いをした。

「……ですが、実習授業の一環としては良い機会ですね。分かりました。〔ロックオン〕までは許可します。実際の射撃は許可しませんよ」


「やったあ!」

 ムンキンがガッツポーズをとって喜んだ。ミンタも嬉しそうに両耳と尻尾をパタパタさせている。そのまま級長らしくムンキンが、エルフ先生の専門クラス生徒30名に向かって号令した。

「という事だ。僕たちも参戦するぞっ」


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