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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
20/124

19話

【貴族】

 その頃。ペルたちは集団で固まって、エルフ先生たちのいる方向へ駆けていた。

 ペルが大きめの闇の精霊魔法による〔ステルス障壁〕を展開して、その中にミンタとムンキン、そしてレブンが入っている。ジャディから〔共有〕で取得した魔法だ。レブンも習得しているが、実際に使用するのは今回が初めてだ。それにしては上手く機能している様子である。

 ペルの頭にはハグ人形がチョコンと乗っていて、「よいよいよいよい、おっとっとっと」などと意味不明な片足ジャンプの踊りをしている。


 レブンが注意深く貴族がいると思われる西校舎の1階部分を警戒しながら、簡易杖を突き出して〔探知〕している。

「貴族は1人だけだね。テシュブ先生並の魔力だから、僕たちでは勝ち目はないな。ペルさん、これって結構強力な〔ステルス障壁〕だと思うけど、大丈夫?」


 ペルが息を切らせながらも薄墨色の瞳を輝かせて微笑んだ。運動が苦手なので、普通に走るだけでも大変そうだ。部活動で基礎トレーニングを始めたばかりのせいもあって、全身の筋肉が張っていて重い。

「う、うん。あの貴族さん……、〔探知魔法〕は、もう使っていなくて……今は通常の〔早期警戒〕の魔法に……、切り替わっているから……大丈夫だよ」

 息切れしているので、話も切れ切れだ。呼吸をいったん整えてから、話を続ける。

「この〔ステルス障壁〕の出力はとっても低いから、貴族さんの闇魔法と……〔干渉〕する恐れはないと思う。私が闇の精霊魔法を使えると……想定していないのは変わっていないから、魔法の〔探知〕も……していないよ」


 レブンがうなずいた。狼バンパイアからの視覚情報等をこの貴族は取得しているはずだ。3体のゾンビを使用したので、死霊術使いの存在はばれてしまっていると考えてよい。

 しかし闇の精霊魔法は狼バンパイア相手には直接使用していないので、まだばれていないはずだ。

「分かった。……ええと、カカクトゥア先生は無事だね。ラワット先生も無事だ。強力なアンデッド1体と接近戦を続けているな。魔法を使っていないところを見ると、魔力切れかも」

 ミンタとムンキンが、揃って杖を前方へ突き出した。

「カカクトゥア先生! 援護しますっ」


 慌ててレブンが制する。余裕があまりないので、すぐに魚顔に戻ってしまうようだ。

「ちょ、ちょっと! 僕たちの位置が敵に知られてしまうよ。先生たちは大丈夫。アンデッドを圧倒しているから。あのアンデッドは先生たちを足止めするためのモノじゃないかな」


 ムンキンが紺碧色のギョロ目を見開いて、レブンに食ってかかった。

「だとしても、魔力切れだったら危険な状態だぞっ。援護しないと!」

 ミンタも栗色の瞳を鋭く光らせながらムンキンに同意した。

「援護は必要だわ。敵が新手のアンデッド兵を繰り出してきたら、形勢が逆転しかねないもの」


 ペルが息を切らせながら、レブンに聞いた。

「ね、ねえ。レブン君……。足止めって、もう……、目的は達成しているはずだよ。もうここに居ても……意味はないよ。何か別の目的が……あるんじゃない……か、な」

 そして、ついに息が上がって立ち止まってしまった。当然、残りの3人も駆けるのを止める。


 ムンキンが紺碧色の目を見開いてペルを睨みつけた。

「おい! ここで体力切れかよっ。気合いで乗り切れよ!」

 激高しているムンキンをレブンとミンタが諫める中、ペルが苦しそうに息をしながら、皆に謝った。

「ご、ごめんね……。ホント、体力ないなあ……、私」

 ミンタがペルの体を支えて、風の精霊魔法を使って〔呼吸支援〕をする。

「そうね。部活で、みっちり鍛えてあげるわ」


 なおもジタバタしているムンキンを、レブンが何とかなだめながら校舎1階に簡易杖を向けた。

「……あ。分かった」

 一斉に3人とハグ人形から注目されるレブン。

「巨人ゾンビの死霊術場が貴族のそばにある。残留思念が既に抜き取られているから、今はただの巨人の死体だな。ペルさんが立ち止まってくれたから、〔探知〕できた。そういえばテシュブ先生も、あの巨人アンデッドを欲しがっていたよね。貴重品だとか何とか言っていた記憶があるよ」


 ペルがうなずいた。まだ息が荒いが、レブンとミンタ、ムンキンの顔を交互に見ながら考えを話す。

「それかな。巨人の死体を盗むつもりだよね。もう、残留思念を……抜いてしまっているから……作業は終了してるのね。後は、目くらましの何かをして……その隙に、空間〔転移〕して逃げるつもりかな。目下の抵抗勢力は……カカクトゥア先生と、ラワット先生だから……強力な攻撃型の、闇魔法を放って……その隙に、逃げる可能性が……高いと、思う」


 ミンタがペルの考えに同意した。

「私たちでは、あの腐れ貴族に傷を与えるような攻撃は無理ね。このままヤツに知られずに先生方のそばまで接近して、いざという時に〔防御障壁〕で支援をするのが最善ね」

 ムンキンが頭の柿色のウロコを逆立てながら渋々同意した。尻尾で地面と叩くと、さすがに敵に感づかれるので今はしていない。

「むう……仕方がないか。もっと勉強して鍛えて、攻撃できるくらいの魔法を使えるようにならないとな……」


 ハグ人形はペルの頭の上で、あぐらをかいて話を聞いていたが、口をパクパクさせて両手をハエのようにスリスリさせた。

「おーおー、このマセガキどもめ。1年坊主のくせに大それた物言いだな」

 一斉にジト目攻撃を受けるが、平気な様子で話を続ける。

「ペルちゃんの着眼点は見事だよ。巨人の死体は死者の世界でも、高値で取引されるからな。しかも今は死体不足が深刻だ。それにこの巨人ゾンビは地雷に仕込まれたものだろ。今後さらに発掘されるかもしれないから、そのサンプルとしても手に入れたいのだろうな」


 ペルが少し照れながら、頭の上でふんぞり返っているハグ人形に礼を述べる。

「褒めて下さって、ありがとうございます。それでは、このまま先生方の防御支援に向かいましょう。校舎には近づかずに迂回しますね」

 まだ少し息が整っていないが、ミンタにも礼を述べて一緒に駆け出す。


 レブンが簡易杖を校舎に向けながら、魚の口に戻った。

「あ。僕たちが作ったゾンビたちが用務員室に戻ってる。役に立ったのかな?」

 ペルも黒毛交じりの両耳をピコピコ動かした。

「役に立ってたら、嬉しいな」


 と、その時。横手に広がる森の中から10体の狐の精霊が飛び出してきてきた。高速でペルたちを抜き去って一直線に校舎1階へ突入していく。

「わ」と驚くペルたち。


 驚いたのは、リベナントと戦闘を続けていたエルフ先生とノーム先生も同じだった。

 かなりダメージを与えているのでリベナントの体は今や、骨が浮き出ている背の高いゾンビのような姿になっていた。筋肉が少なくなったせいで、動きも緩慢になってきている。


「な、何? さっきの狐の精霊!?」

 エルフ先生が息をさすがに切らし始めながら、校舎の方向を横目で見る。その隙を狙ってリベナントが突撃してきて、もろ手突きをエルフ先生の首に目がけて放った。

 それを足を踏み出して回避しながら、カウンターでリベナントの右肘関節を叩き折る。ノーム先生も同時に動いて、前に踏み出されて体重が乗っているリベナントの左膝を横から蹴った。肘と膝の靭帯が<バチーン>と大きな音を立てて切れる音が響く。


 さすがに動きが止まったリベナントの頭と脇腹が、光る『張り手』を食らって粉砕される。しかし、リベナントは無事な右足で大地を蹴って、数メートルほど跳んで後退してしまった。これでは追撃ができない。


 ノーム先生がため息をつく。この攻撃だけで彼の手足が1回ずつ粉砕骨折して、骨の破片や血肉が飛び散った。しかし〔回復〕の魔術が自動起動して元通りになっている。

 エルフ先生は両腕が粉砕骨折して同様の有様になっていたが、これも元通りになっていた。痛みの神経信号も魔法で選択的に〔遮断〕しているので、表情にもこれといった変化は出ていない。

「ふう。狼バンパイアを食べた『ヤツら』ですな。しかし今回は相手が悪い。危険だ」


 西校舎1階に窓から侵入した10体の狐の精霊が、すぐに慌てた様子で外に飛び出してきた。既に半数に減らされている。

 そのまま校舎上空へ逃げようと上昇していったが……〔闇玉〕が50個も空中に発生して、狐の精霊を全て飲み込んで〔消去〕してしまった。


 エルフ先生とノーム先生の表情が険しくなる。

「さすがは貴族だな。大した魔力だ。これは丸腰の我々の手に負えないね」

「ええ、ラワット先生。サムカ先生とほぼ同等の魔力です。パリーの魔力支援も望めない状況で素手では、対抗できませんね。お手上げです」

 エルフ先生とノーム先生とが目配せをして、不敵な笑みを交わした。

 ウィザード魔法や法術使いのような外部サーバーからの魔力支援が、精霊魔法では基本的にない。契約した妖精や精霊からの魔力支援が望めなければ、自身に蓄えている魔力が切れると、それで終わりなのだ。


(サムカ卿と同等とは照れるな。戦闘力では彼の方が上だよ)

 意外に謙遜した〔念話〕が、貴族から届けられた。

(もうしばらく君たちと遊んでも構わないのだが、そろそろ『召喚時間』が切れる。失礼するとしよう。では、ごきげんよ……おお、そうだ。そのアンデッドを片付けなくてはいかんな)


 ノーム先生とエルフ先生がジト目になる。

「何と言う、もったいぶった言い回しだ。アンタ、向こうの世界でも友人がいないタイプだろ」

 ノーム先生が容赦なく指摘する。エルフ先生もジト目のままで同意した。

「芝居がかった物言いしかできないのですから、指摘するまでもないでしょうね」


 その頃には、先生たちが立っている場所までペルたちも闇の精霊魔法の〔ステルス障壁〕を展開してやってきていた。貴族からの〔念話〕を受信していて、ミンタがペルの隣でジト目になっている。

「そうね、あんな人とは友たちにはなりたくないわね!」

 ペルが息を切らしながらも一応、ミンタの制服の袖を引っ張った。

「ミ、ミンタちゃん。はっきり言いすぎだよう」


 ムンキンが頭のウロコを逆立たせ膨らませて、ミンタに同意している。さすがに尻尾を地面に叩きつけるいつもの動作は、振り上げた途中で自重したが。

「ああいうバカは、一度意識が飛ぶまで殴り倒さないといけないんだよ。あんなヤツも貴族なんだな」


 レブンが魚の口元に戻りながらも同意している。しかし急いでセマンの顔に戻って、冷静な声でペルに聞いた。

「あの貴族の魔力は、さっき見た通りだね。テシュブ先生と同じくらいだ。あの魔力で攻撃を受けて、僕たちだけで耐え切れると思う?」


 ペルも真面目な表情に戻る。

「単純な魔力勝負では無理だよね。でも、貴族さんが魔法を放つ瞬間に、別方向に『注意を逸らす』ようにすれば、直撃する魔力量はかなり減るはず」

 レブンとミンタ、ムンキンが首をかしげた。

「逸らす?」


 ペルが息を整えながら、うなずく。

「用務員室に戻っているゾンビたちを呼び出して、貴族さんに向けて突撃させたらどうかな。攻撃を受けて灰になってしまうだろうけど、それでも良い?」

 レブンとミンタが息を飲んだが、すぐに賛成した。


 レブンが注意深く貴族の〔念話〕の録音記録を再確認して、ペルたちに深緑色の視線を投げかける。

「あの貴族は『召喚された』って言っていた。異世界間の〔召喚〕魔法って、『召喚ナイフ』しか現状ではないはず。〔召喚〕する人が、サラパン主事みたいにこの世界の住人にいるってことだけど、それは後で考えよう。〔召喚〕時間はテシュブ先生の場合を考えると1時間程度だ。この騒動の経過時間を考えると、そろそろ時間切れになる。それまで耐えれば、僕たちの勝ちだよ」




【ゾンビ突撃】

 さて、くだんの貴族はエルフ先生とノーム先生からの容赦ないツッコミを受けて、逆上して口論となっていた。

「う、うるさいぞ。我にだって盟友はいるんだ!」

 〔念話〕の余裕すらなく肉声になっている。予想外の狼狽した反応に内心驚きながらも、あくまで冷静に諭していく先生方である。

「それは利害関係だけに基づくものだろう。そんなものは盟友とは呼べないよ。貴族に習慣があるかどうかは知らんが、誕生日とか記念日とかを一緒に祝う御友人はいないのかね?」

「テシュブ先生のように、教師としての『召喚ナイフ契約』を結んでみてはいかがですか? 『新しい出会い』が待っていると思いますよ」

 先生方の歯の浮くような話しかけに、貴族が大いに動揺しているのが声色でよく伝わってくる。


 エルフ先生とノーム先生が視線を交わした。(もしかすると、この線で穏便に収めることができるかも……?)

 そこへ、森のそばで座って見ていたティンギ先生が、鼻をほじりながらツッコミを入れてきた。

「もう死んでいるんだから、直らないだろ。手遅れってやつだな、ははは」

(おいー!!!)と、内心激しくツッコミ返す先生方と生徒たちである。

 貴族も耳が良いようで、明らかに逆上した声が響き渡った。

「キサマらああああっ! 我を愚弄しおって、許さんぞおおおおっ」


 強力な闇と死霊術の混合魔法が発動したのが、サムカの授業を受けなかったムンキン以外の全員に分かった。 ムンキンも今回の経験で魔法回路が形成されて、すぐに皆に追いつくだろうが……現状ではまだ無理である。

 すかさず、ペルがレブンに合図した。

「来るわ! ゾンビを出しましょう」

「了解」


 同時に、今まで静かだった用務員室のドアが《バーン》と派手に蹴り飛ばされた。

 部屋の中から3体の穴だらけゾンビが飛び出してくる。集中砲火を浴びてちぎれていた手足は、辛うじてくっついているようだ。そのボロボロなゾンビ3体が、向かいの校舎1階の貴族がいると思われる場所目がけて、一直線に走り出した。


 全身から灰のような粉を噴き出している。両手もボロボロで穴だらけなのだが、体育の授業で使うボールを握り締めて、互いに打ちつけて《バイン、ベイン》と気の抜けた音を立てて注意を引いている。

 ジャディの鳥ゾンビはレブンのゾンビに引きずられて出てきていた。ジャディが気絶していて操作できないので、敵攻撃からの盾にでも使うつもりなのだろう。レブンのゾンビの方が高度な術式で動いているので可能な芸当である。ペルのゾンビでは、こんな真似はできない。


「……あ?」

 ダバダバと走ってくる不恰好な動きと音のゾンビ3体の突然の乱入に、貴族も思わず注意を向けてしまったようだ。エルフ先生とノーム先生、それに頭と顔が〔再生〕したリベナントも一緒に顔を向けてしまっている。


「あ!?」

 貴族が慌てた声を上げた。ちょうど攻撃魔法を放った瞬間だった。

 闇がビーム状になって貴族から放たれたが、半分ほどが3匹のゾンビに向けられている。


「よし!」

 ペルが力強くうなずいてガッツポーズをした。敵の攻撃魔法の威力をかなり削ぐことに成功だ。


 ムンキンが自身を含めた4人全員を〔テレポート〕魔術で、エルフ先生とノーム先生の前に転送する。

 と、同時にペルが闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を、次いでレブンが同じ〔防御障壁〕を、最後にミンタが光の精霊魔法の〔防御障壁〕を生成させて、三重の障壁を展開した。

 ムンキンが〔テレポート〕魔術を終了させて、続けて光の精霊魔法の〔防御障壁〕を展開し始めた瞬間――


 貴族からの攻撃魔法が多重〔防御障壁〕を直撃した。


 ムンキンの濃藍色の目の視界の端に一瞬、3体のゾンビが灰になっていくのが見えた。が、その次の瞬間には、貴族からの攻撃魔法がこちらにも本格的に直撃して闇に覆われた。

 一切の視界が失われ、音も聞こえなくなり、そして、意識も吹き飛んでしまった。



「……やれやれ。無茶なことをしおるわい」

 ペルの頭の上でハグ人形が口をパクパクさせながら、肩を大げさにすくめた。

 最初に気づいたのはペルだった。視界が闇の中で回復していく。

「あ……」

 生徒たちとエルフ先生、ノーム先生だけを闇の〔防御障壁〕が包んで守っている。ペルが作り出した多重〔防御障壁〕は瞬時に崩壊して消し飛んだので、これはペルたちのものではない。


「ハグさんの〔防御障壁〕ですか?」

 頭の上で偉そうにふんぞり返っているハグ人形に、おずおずと聞くペルである。


「他に、誰がいるというのかな? ペル嬢ちゃん。着眼点は良かったが、貴族の魔力相手では無謀過ぎたな。先生たちと一緒に、ああなるところだったぞ」

 そう言って、頭上のハグ人形が「ピョン」と飛び降りてペルの手の中に納まり、外をぬいぐるみの腕で指し示した。リベナントが蒸発するように闇に溶けていくのが見える。あの強力な〔再生〕能力も追いつかないようだ。


(分かっていたなら、前もって警告してよう……)

 薄墨色の瞳を閉じて、グチを口の中で「ゴニョゴニョ」と言うペルである。


 続いて意識を回復したのは、レブンとミンタだった。自身が作り出した〔防御障壁〕が紙のように破られたことに衝撃を受けている。


 しかし最も驚いていたのは、他ならぬ貴族だった。

(何と。なぜリッチー協会理事殿が、こんな場所におられるのだ。ああ……そうか。貴殿がサムカ卿の召喚ナイフ契約の『親元』だったか。しかし、契約者のサムカ卿と羊は、ここに居ないぞ)


 闇魔法の攻撃が止んで、周辺の視界が回復する。リベナントはもう跡形も残っていなかった。ティンギ先生は森のそばにいたので攻撃魔法の直撃を避けた事もあったが、全くの無傷である。


 ハグ人形が狐のパタパタ踊りを真似して、おどけた仕草をした。

「済まんな。こいつらはワシの大事な顧客でね。商売あがったりになるのは避けたいのだよ」

(くくく。リッチーともあろう存在が、何という低俗な物言いだね。仕方がない、貴殿には敵わないよ。アンデッドの掃除も終えたし、さっさと退散するとしよう。そろそろ帰還する時間だ。そうそう、巨人の死体を持ち帰らねば……)


 ハグ人形がペルたちに気楽な声色で告げた。

「さて、我らも急いでこの場を離れるとしようか。食われてしまいそうだ」

 ペルの鼻先のヒゲが数本ほど、ピクリと動いた。

「え?」


 いきなり。目の前の西校舎の半分が、隣接している用務員室と共に音もなく〔消滅〕した。先ほどまで強烈な闇魔法と死霊術場を発散していた貴族の『存在』が、かき消される。


 目の前の展開に思考が追いつかない先生方と生徒たちである。呆然としている。ハグ人形がさっさと消えてどこかへ逃げた。

 森のそばであくびをしていたティンギ先生が、楽しそうな声で忠告してくる。

「おーい。そこから逃げろよー。ハグ人形がばら撒いた闇魔法場と死霊術場が結構な量で、その場所に漂っているぞー」


 西校舎の半分を消滅させた化け物が〔実体化〕した。2階建ての校舎を凌ぐ背丈の、巨大な狐の精霊だった。

 首を持ち上げて、噛み砕いた校舎を飲み込む。その刹那、貴族の恨み節がかすかに聞こえた。が、次の瞬間、気配が完全に消えた。〔召喚〕時間が終了して死者の世界へ戻ったのだろう。半分以上食われて〔消化〕されているようだったが。

 同時に狐の精霊が鈍いオレンジ色に輝いた……がすぐに元の白っぽい色合いに戻っていく。



【狐の化け物】

「いけない!」

 さっきまで呆然としていたエルフ先生とノーム先生が同時に叫んで、生徒たちを抱きしめた。そのまま、ティンギ先生がいる森のそばへ全力で駆け出す。

 その動きと入れ違うように、巨大な狐の精霊の頭が伸びてきた。先ほどまでいた場所を、土や空間ごと「ガブリ」と食いちぎって食べてしまう。


 その目は闇に沈んだ穴のようになっているのだが……明らかにペルとレブンに焦点を合わせたのが、ムンキンを除く全員に戦慄と共に〔察知〕された。

「ひ……」

 恐怖で体が硬直するペルとレブン。ペルは全身の毛皮と尻尾が逆立って、レブンは完全に魚頭に戻っている。


 巨大狐の精霊が口先をこちらに向けた。ずらりと並んだ鋭利な歯をむき出して、笑ったような表情になっていく。口の中も闇に沈んでいて底なし沼のように見えるが、口の中から先程の鈍いオレンジ色のガスが漏れ出てきている。


「しゃらくさいのよ! この大ギツネ!」

「汚ねえ口の中を見せるんじゃねえ!」

 元気な声が2つしてミンタとムンキンが突き出した簡易杖から、強烈な光の精霊魔法が放出された。フルパワーなので、一帯が昼間のように明るくなる。


 我に戻ったレブンがペルに告げた。

「急いで、身に帯びている闇の精霊魔法場と死霊術場を消し去るんだ、ペルさん! この化け物は、僕たちが集めた魔法場に反応している」

 ペルも我に戻って、慌ててうなずく。

「うん、分かった!」


 エルフ先生はミンタとムンキンを、ノーム先生はペルとレブンをそれぞれ小脇に抱えて、森のそばまで飛ぶような速さで避難していく。しかしティンギ先生のいる場所まで来ると、そのティンギ先生が実に嬉しそうに笑いながら出迎えた。

「おいおい。どうしてこっちへ来たんだい? ここは植え込みが密集していて行き止まりになっているのに。ここからでは、森の中へ避難することはできないぞ」


 エルフ先生が逆上した。腰までの金髪が見事に逆立って、青白い静電気を10本以上も放っている。

「な……!! 何で言わないのよ!」

 ノーム先生もさすがに天を仰いだ。

「まったく。これだからセマンは……スリルを求め過ぎだ!」


 植え込みの状態を見て、エルフ先生が呻く。

「うう……私の魔力が残っていれば、植え込みを〔操作〕して逃げ道を作ることができたんだけど。もう飛び越える力も残ってないわよ」

 そして、植え込みに背中を押しつけて、追いかけてくる巨大狐の精霊に振り返った。

(近い! これじゃミンタさんとムンキン君が、代わりに植栽を動かしても間に合わない)


 冷や汗が大量に背中を流れるのを実感しながらも、それでも冷静な口調で、エルフ先生が生徒たちに告げた。

「ミンタさん、ムンキン君。申し訳ないけれど、光の精霊魔法を全力で、あの化け物にぶつけて」

「はい! 先生!」


 元気にミンタとムンキンが答えた。エルフ先生に両脇で抱きかかえられた格好で、巨大狐の精霊にフルパワーの光の精霊魔法を放ち続ける。

 運動場を含めた現場一帯が、まるで昼間のように明るくなった。ナイター試合をする、どこか田舎のサッカー場のようだ。芝はないが。


 ノーム先生も両脇のペルとレブンに話しかけた。彼も体力と魔力の限界のようで、両足がガクガクと震えている。

「どうかね? 魔法場を〔消去〕できそうかい?」

「はい。もう少しで完全に消し去れます」

 レブンが答え、ペルがうなずいた。かなり精神的にも体力的にも消耗し尽しているのだが、がんばっている。


 巨大な狐の精霊は、周囲を昼間のように明るくするほどの光の精霊魔法の直撃を受けているにも関わらず、平気のようだ。それどころかグングン迫ってきて、その鼻先をペルとレブンの鼻先まで寄せてきた。

 2階建ての校舎を噛み砕いて丸呑みするような巨大な頭である。身長が1メートルもない生徒たちと比較すると、とんでもない大きさだ。脂汗を垂らすペルとレブンである。抱えているノーム先生も真っ青な顔をしている。


「このお! どうして効かないのよ!」

 ミンタが両耳を真っ赤にして、全力で光の精霊魔法を撃ち続けている。ムンキンも目をギラギラ輝かせて、全力で放ち続けている。

 ……が、これまでにほとんどの魔力を使い切っていて、エルフ先生に担がれないと立つこともできない状態では、実は大した攻撃にはなっていないようだ。


 くわ……

 巨大狐の精霊が大きな口を開けた。間近で見ると鍾乳石のような形をした鋭利な歯がずらりと並んでいて、その口の中は底なしの闇に沈んでいる。鈍いオレンジ色のガスはもう出てきていない。〔消化〕してしまったのだろう。


 ペルが小さく叫んだ。

「消しました」

 レブンも魚頭のままだが確とした声で、目の前の化け物に告げた。

「消したぞ」


 同時に巨大狐の精霊の動きが止まった。そのまま10秒、15秒……

 蜃気楼のように巨大な狐の精霊の姿が揺らいだ……と感じた次の瞬間。忽然とその巨体が消えうせた。



 横でニヤニヤしていたティンギ先生が、憎らしいほどの気楽な声でペルとレブンに告げた。近くで見ると、むき出しの手足には蚊などの虫刺され跡が1つも見当たらない。

「やったじゃないか。おめでとう、消えたよ。なかなかのスリルだった」


 そして、エルフ先生に抱えられながら肩で息をしているミンタとムンキンにも告げた。

「だが、光の精霊魔法を一気に使いすぎだな。別の狐の精霊が呼び寄せられてきてるぞ。面倒だから、奴らの事を『化け狐』と呼ぶか」

 一同が夜空を見上げると、上空に巨大で光る狐が旋回しているのが見えた。ゆっくりとこちらへ向かって高度を落としてきている。


「『化け狐』その2だな。これも素晴らしいスリルを体験できそうだ」

 ティンギ先生が相変わらず余裕たっぷりの声で口元を緩めた。ポケットをゴソゴソと探っているのは多分、パイプだろう。この期に及んでタバコを吸うつもりのようだ。


 ようやく、小脇に抱えられていた状態から解放されて地面に立った生徒たち。そのペルの小さな肩には、いつの間にかハグ人形が再び現れていた。

「おお、あいつを退けたか。上々。『化け狐』か。言い得て妙だな。ワシもそう呼ぶ事にするか」

 そして腕をクルンと振り上げて上を指し示す。

「ペル嬢ちゃんの闇の精霊魔法の〔防御障壁〕で、ミンタ嬢とムンキントカゲを保護した方が良かろうな。上の奴は、光の精霊魔法の残滓に引き寄せられてきておる」


 ペルは半泣きで腰が抜けたのか、うずくまってしまっていた。隣でレブンも座り込んでいる。それでも、顔を上げてミンタとムンキンに微笑みかけた。この2人もほぼ力尽きて、地面にうずくまっている。

「うん、分かった。ハグさん」


 ペルが言われた通りに、ミンタとムンキン、エルフ先生を闇の精霊魔法の〔防御障壁〕で包む。エルフ先生には間に風の精霊場を挟むなど、特に慎重に包んでいる。

 〔防御障壁〕の周辺は光の精霊場の濃度が確かにかなり濃いと、ペルには感じられた。地面や空間が薄くモヤがかって光っている。これは光の精霊魔法を使用した後で発生する『魔法場汚染』とも呼ばれる現象だ。


 上空で旋回している巨大な光る狐の精霊を見上げながら、ペルが肩先に座っているハグ人形にそっと質問した。

「あの、さっきの大きな狐の精霊……ええと、『化け狐』さんでしたっけ。それはもう来ませんか? 仲間がいると思うんですけど」

 ハグ人形が足をプラプラさせて、ペルの頭のフワフワ毛皮を適当に蹴りながら答えた。

「うむ。ワシも驚いたが、もうこちらへやって来る気配は感じられないな。恐らく、あの貴族が調子に乗って放っていた闇魔法や死霊術に惹かれて、どこからかやってきたのだろう。この光る『化け狐』もそうだろうな」


 そしてちょっと考えた素振りをして、ペルに告げた。

「気になるから調べてくるか。少し待っていてくれ」

 ハグ人形が、ただの人形に戻って、ペルの肩から落ちた。


 慌ててペルが拾い上げて小さな手で土埃を払っていると、不意にハグ人形が〔復活〕した。ものの十数秒ほどしか経過していない。

「いやはや。とんだ世界だな、こりゃ。はははは、愉快愉快」

 ハグ人形が口をパクパクさせながら、のけ反って後頭部と足の裏だけをペルの手の平につけて、ブリッジの体勢になった。


 ペルと回復してきたレブンとが、興味津々な顔で話を促す。闇の精霊魔法の〔防御障壁〕の中にいるエルフ先生とミンタ、ムンキンも耳をそば立たせて聞いている。ノーム先生も目をキラキラさせていた。唯一ティンギ先生だけが、つまらなくなったのか大あくびをしている。


「うむ。まず、告げなくてはならんことがある。ペル嬢ちゃんにレブン君。あの『化け狐』は、お前さんのような者たちの『成れの果て』の姿だよ。自身の魔力を制御できなくなって暴走し、最後には自我も意識も喪失して、自然現象のような存在になる。だから、精霊のような振る舞いをしているのだろうな。実際は半分実体化している幽霊みたいな存在だな。『化け狐』と呼ぶのは、まさに正しいじゃろ」


 意外と衝撃を受けていない様子のペルとレブンである。

「大体、予想はついていました。ハグさん」

「僕もです。ハグ様。相対した時、すごい『親近感』があって……怖かったけど」


 その反応を見てハグがうなずき、ブリッジの姿勢のままペルの手の中でクルクル回る。

「まあ、ああなりたくなければ、サムカちんの言うとおりに、他の魔法もバランス良く〔強化〕することだな。さて、先ほど自然現象と評したが、闇の精霊魔法場と死霊術場が最も強い場所へ自然に集まり集積しておった。一つは南極大陸の凍土の上で『嵐』に、もう一つは北極海の中で『渦』にな」


 エルフ先生とノーム先生が「ハッ」となって顔を見交わした。エルフ先生が冷や汗をかいている。

「聞いたことがあります……ブトワル王国のエルフの南極調査隊が、襲われて全滅したそうですよ」

 ノーム先生もこわばった表情で、やや乱れた銀色の口ヒゲを整えた。

「記録にも残っているな。ノームの極地調査隊も全滅しておるよ。そんな怪物だったのか」


 生徒たちも緊張した表情になってきたので、ハグ人形が変な踊りを始めた。どうしても、真面目な雰囲気にしたくないという強い意思を感じる。

「どちらも、サムカちん100人分くらいの魔力を持っておる。そこからちぎれて、世界中へ破片が飛び回っておるのだよ。大きな塊が、先ほどの巨大『化け狐』でサムカちんと同等、小さな欠片が狼バンパイアを食った『化け狐』で騎士と同等……だな。むろん、この世界へ〔召喚〕されてきたサムカちんの魔力との比較だ。死者の世界にいる際の魔力ではないぞ」


 レブンとムンキンが目をキラキラさせた。

「テシュブ先生って、そんなに強いんですかっ」

 ハグ人形がペルの手の平の上で、カカシのようなポーズをとった。

「死者の世界でも、元々は武闘派で有名なヤツだからな。普段は澄ましているが、キレると手がつけられないと評判だ。ははは」

 でも「ワシの方が強いもんね」と言外に自慢している様な口調である。大人げないリッチーだ。

「そうそう。ついでに、『化け狐』に食われたさっきの貴族の見舞いもしてきたぞい。体は〔再生〕して何ともないが、相当に精神を〔侵食〕されておるという話だったな。面会はできなかったが、全治2週間というところらしい」


「へー……」と、目を点にして聞いている先生方と生徒たちの反応を、楽しんでいる様子のハグ人形である。

「『化け狐』どもだが……それだけの魔力を有していれば、サムカちんと同じく太陽光に当たっても平気だ。しかし、両極が住み心地が良いんだろうな」


 レブンが首をかしげた。

「もしかして、テシュブ先生もそうなのでしょうか? 周辺に生物がいない場所が安らぐと、以前仰っておられた気がします」

 ハグ人形が口をパクパクさせた。

「まあな。アンデッドはそんな性質じゃよ。ま、さすがに酷寒の地では体や衣服が凍りついてしまうからな、実際には居つかないものだがね」


「へー……」と、当たり前のようにメモを取り始めるレブンだ。ハグ人形が話を続ける。

「さて。『化け狐』の魔力はこのように危険なんだが……しょせんは自然現象に近い存在だな。さっきやったように、自身の闇の精霊魔法場や死霊術場を〔消去〕してしまえば良い。餌の匂いがなくなったのと同じで、すぐに興味をなくして、どこかへ去ってしまうものだよ」


 それを聞いて、ほっとする先生たちだ。それなら対処できる。

 ハグ人形が腕組みをして逆立ちになり、そのままコマのようにクルクル回り始めた。

「充分な魔力を以ってすれば〔滅する〕こともできるが、お勧めはあまりできないな。自然現象と評したように、こいつら『化け狐』はこの世界の気象や海流に深く関与しておるようだ。下手に〔消滅〕させてしまうと、天変地異や気候変動を招いてしまう恐れがある」


 ペルとレブンが意外そうな表情になった。

「へえ、そうなんですか。僕たち『成れの果て』になっても、それなりに世界に役立つんですね。驚きました」

「なんか、ほっとしちゃった」

 ほのぼのし始めたペルとレブンである。


 ハグ人形が次に、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕の中に保護されているミンタとムンキンに、ぬいぐるみの顔を向けた。

「光の精霊魔法を使いすぎた者の『成れの果て』は、この上空をウロウロしている光る『化け狐』になるぞ。こいつも自然現象みたいになっているが、棲家はこの世界じゃなくて月面だったよ」

 そして以前エルフ先生が光の精霊魔法を乱射して、ジャディたちを撃ち落した際には現れなかった理由も添えた。

「日中だから、月面から見ればその程度の光魔法では目立たない。だが、夜間は別だ。月面からでも見えるくらい派手に光っていたのが原因だろうな。それで引き寄せられてやってきたのじゃろう。早めに気がついたから、何とかなったな。直線距離で600キロほどまで近づいておったよ。あと数秒、気づくのが遅れておれば、この学校に降臨しておっただろう」


 エルフ先生が首をかしげた。

「しかしハグさん。夜間でもこの世界では、あちこちで雷雲が放電して光っていると思いますが。それには引き寄せられていないのですか?」

 ハグがニヤリと笑ったような表情を、両手で頭と口を引っ張って歪めて作る。

「雷の放電は〔電気〕だろ。水の精霊や風の精霊も強く関与している。純粋に〔光〕だけを使う魔法は特別なものに見えるはずだがね」

「なるほど」と素直に納得するエルフ先生とその生徒たちである。


 ハグ人形が上空を見上げた。

「……うむ。光る狐も興味を失って月へ戻っていったようだな。ペル嬢ちゃん、もう〔防御障壁〕を解除しても構わんよ。繰り返しになるが、夜中の光の精霊魔法は工夫することだな。食われたら月面で暮らすことになるぞ。」

「はい。ハグさん」

 ペルが即座に障壁を解除した。


 やはりかなり息苦しかった様子で、深呼吸している3人である。その様子を見ていたハグ人形が、ふと何かを思い出したようだ。

「そうだ、エルフの先生。先日のカラオケはどうだったんだい? シーカ校長とサラパン羊には記憶がないそうなんじゃが」

 当のエルフ先生も記憶が曖昧な様子である。

「それが、私もよく覚えていないんですよ。気がついたら自室でした」


 ペルが首をかしげた。

「え? 私たちがテシュブ先生と一緒に行ってしまった後の騒ぎですよね。ええと、ミンタちゃんが居あわせたと思うんだけど」

 ミンタがジト目になってペルを見据えた。

「いいのよ。私も記憶から抹消したから。誰も何も覚えていない、それで良いのよ」


 ハグ人形がガックリと首を垂れた。

「光の精霊魔法による〔記憶消去〕か。これではワシには手が出せないな。残念無念だわい。まあよい、次回のカラオケ大会にはワシも参加することにしよう」

 ノーム先生が口元をかなり緩めながら、口ヒゲの先を指で弾いた。

「その前に、校舎の大破壊の始末書ですな。シーカ校長や警察部隊長たちも、そろそろ気絶状態から目覚める頃でしょう。さて、どう説明したものか」




【サムカの居城】

「ふむ……そんなことになっていたのか」

 サムカが整った眉をひそめて、城の執務室でハグ本人から話を聞いている。話の内容は、カルト貴族による騒動の概要だ。

「まあ、ワシが居ると知ったから、今後は慎重になるだろう」

 ハグがオーク執事のエッケコが淹れたコーヒーをすすりながら、話を終えた。サムカも同じコーヒーを一口すする。


 サムカの居城にある執務室には骨董品のランタンがいくつも燃えており、その炎の灯りが室内のゆったりした空気の流れに沿って揺らめいている。ちょうど召喚先の騒動が終わったばかりなのだろう、窓の外からは三日月の冴えた光が、執務室の石畳の床に差し込んでいる。


「だが、保証は無いだろう、ハグ。私を緊急〔召喚〕できるように工夫できないのかね?」

 月の光とランタンの炎の灯りの両方の光をそれぞれ受けて、サムカの両目が黄色いながらも幽玄な色を放つ。質素だが貴族の威厳が込められている部屋着の分厚い生地が、サムカの動きに合わせて重厚な音をかすかに立てた。

 ハグはいつもよりも更に気楽な服装なのだが、場違いな雰囲気は今の服装の方が心持ち少ないというのも不思議なものだ。

「ワシの力では無理だな。貴族が2人も同じ場所にいるだけで、何が起こるか分かったものではない。ここ死者の世界と違って、獣人世界はデリケートだからな。だからこそ君が〔召喚〕されている間は、9割ほども魔力を〔制限する〕という処置をしている訳だ。それだけ生命の精霊場が強い世界なのでな」


 そして、一瞬外の月を見上げてから話を続けた。ただそれだけの仕草だったのだが、この執務室の石壁が鈍い音をかすかに立てて軋んだ。壁や天井から粉のような埃が浮き上がる。

「現に、とんでもない化け物が2種類も引き寄せられて来た。カルト貴族君は、為す術もなく食われてしまったよ。正体は、南のオメテクト王国連合のトロッケ・ナウアケという領主貴族だ」

 その貴族とはサムカは、以前にセリ会場で会って挨拶を交わしていた。ハグが話を続ける。

「病院に見舞いに行ったが、面会は出来なかった。病院の連中に聞いたところでは、全治2週間のケガだな。相当に精神面を〔侵食〕されておったよ。あの『化け狐』は、君でも相当に苦戦する相手になるだろう」


 サムカが瞳を少し辛子色に曇らせて、小さくため息をつく。

「なるほどな。セリ会場で私に会いに来た理由は、偵察だったか。まあ、よい。痛い目に遭った以上、今後は自重するだろう。それよりも今は狐の精霊……ではなく『化け狐』の事だな」

『化け狐』はサムカも森の上空で何度か見かけていたのだが、それほど脅威には感じていなかった。まさか、そこまでの魔力を有していたとは驚きだ。


 そんなサムカの心情を察したのか、ハグが微妙な笑みを浮かべた。

「それに倒してしまうと、あちらの世界の気象や海流が変わって天変地異を引き起こすことになりかねん。永続的な天候操作の魔法を獣人たちは使えないだろうし、あの狐帝国が滅んでしまうかもしれぬよ」

 辛子色の目の色になって、深いため息をつくサムカである。腰掛けている年代物の椅子が、くぐもった軋み音を立てた。

「むう……私の落ち度だな、これは。深く考えずに巨人ゾンビのことや、向こうの世界の果物の話をしてしまった。今更遅いが、今後は一切口外しないようにしよう」


 ハグが淡黄色の目を細めて微笑んだ。コーヒーをもう一口すする。

「いや。その必要は無いだろう。そもそも〔異世界間移動〕は正規のゲートを使用することに決められておるからな。召喚ナイフによる〔世界間移動〕魔法は、まだまだ『例外扱い』なのだよ。召喚契約をしっかりと結ばないといけないから、カルト派貴族どもが軽々しく利用できるシステムではない」


 サムカが軽いジト目になった。不満だらけのシステムなので当然の反応だろう。それについては無視するハグである。

「今回は、君が〔世界間移動〕した際に残した、君固有の魔法場を〔追跡〕してやってきたのだろう。これならワシの方で〔召喚〕術式を少し修正して追跡禁止にするだけで対処できる。むろんカルト派貴族に、召喚ナイフのサービスを提供した『リッチー』がいるはずだが……」

 途端に口調がゴニョゴニョになった。

「そいつの特定については、まあ……これはリッチー間の調査になるのでな、あまり期待はしないでくれ」

 そして、コーヒーをさらに1口すすった。再びサムカの部屋が軋む。

「まあ、あの『化け狐』が襲い掛かってくることが分かったから、今後はもう起きないだろうよ。リスクが大きすぎる。安心して召喚ナイフ契約を履行してくれたまえ、サムカちん」


 サムカは、まだ不服そうな表情をしている。

「なぜ連中が『カルト』だと呼ばれているのか、ハグは知らぬようだな。彼らはリスク計算などしないぞ。だからこそ『カルト』なのだ」

 そして少しの間、色々と考えている様子だったが……やがて、ため息をついて再びハグの顔に視線を戻した。

「彼らは、別の国家連合に所属しているからなあ。直接圧力をかけることができない。せいぜい、経済制裁くらいか。収穫したオレンジなどを輸出しない程度だな。陛下に申し出て、抗議文書を送付するしか対処方法がないのが悔しいものだ」


 ハグが苦笑する。石壁の漆喰に小さな亀裂が走る音がした。

「確かに、オレンジを輸出しない程度のことしかできないわな。騎士であれば、誇りを傷つけられたとか何とか言いがかりをつけて一戦交えることも可能だが……君は領主だからなあ。領地や領民に危害が及ばない限りは、表立った行動は難しいだろうね。この召喚契約は趣味の延長線みたいなものだし」

 サムカが思わずコーヒーを吹き出しかけた。慌ててカップを持ち直す。

「おいおい。ハグ自らが『召喚ナイフは趣味だ』と公言してどうする。ナイフの製造元は趣味では作っていないはずだぞ」


 ハグが両肩をすくめて見せた。こうして見るとハグ人形とはまるで別人、別人格のように思える。

「隠者であるリッチーには、少々過ぎた代物であったかもな。さて……」

 ハグが執務室の隅の陰で、直立不動の姿勢を延々と続けているゾンビ3体に視線を向けた。

「新しいゾンビかね? 最近のセリに出品される死体は、どうも質が悪いようだな」


 サムカも3体のゾンビに視線を送り、目を細める。

「うむ。これでも第2希望に沿ったものが1体確保できただけでも幸運だよ。セリ会場では2体確保が目的だったが、結局3体になった。どこかの王国連合が買占めを行っているようでね。状態の良い死体は、そちらへ流れてしまうようだ」

 ハグの話によると、これもオメテクト王国連合であった。(何か動きがあるのかもしれないな)と思うサムカだが、今は話題にはしない事にした。

「まあ、こういう品薄状態はこれまでにも時々起きたことだから、そのうち正常化するだろう。ただ、このゾンビたちが成長して、自我や記憶を戻しても大丈夫になるまでに魔力が育つ間は、これまでの経験からして品薄状態が続くだろうな」


 ハグがコーヒーを飲み干して、カップを机の上に置いた。月明かりと炎の明かりに照らされたカップは、どうみても数百年ぶりに発掘されたばかりのような印象になっている。サムカが持っている同じカップとは大違いだ。

「ワシの経験では……そうだな、あと100年くらいは品薄が続くかもな。魔法世界は引越しを済ませたばかりだから、社会が落ち着くまでは死体の大量供給は難しいだろう。まあ、戦乱でも起きれば別だが、ワシでは異世界の未来〔予知〕はできないので何ともいえない。ともかく、今は大事にゾンビを使うことだな」


 サムカが同意してうなずき、コーヒーを1口すすった。

「そのつもりだよ。私の部屋に置いておけば、魔力の蓄積も少しは早まるだろう。軍事訓練などができるようになるまでは、ここに置くつもりだ。10年ほどは、この部屋の置物だよ」

 そして、やや自虐的に微笑んだ。

「マライタ先生にアンドロイド作成のことも聞いてみたのだが、予想以上に難しいと分かってね。当面はゾンビの替えとなりそうな手段は、ゴーレム以外になさそうだ。まあ、そのゴーレムは大地の精霊場を強く帯びているものだからなあ……我々の闇魔法や死霊術との相性が悪いのが悩みどころだよ」

 サムカもカップのコーヒーを飲み干した。

「ともあれ、知らせてくれて感謝するよ。ありがとう、ハグ。次の〔召喚〕時には、灰になったゾンビの弔いもしてこよう」


 ハグの気配が急速に薄まっていく。姿も半透明になっていき、影も薄くなっていく。

「ここに長居すると魔法場汚染が強まってしまって、君の城に悪影響が出るから考え物だよ。特に、その買ったばかりの3体のゾンビとか弱そうだ。では、ワシは戻るとしよう。といってもワシも君ら貴族と同じく眠らないから、時間を持て余してしまって退屈なんだがね」


 ハグのグチを聞いて、サムカがクスリと微笑んだ。 

 ランタンの炎の灯りを両目が映し出し、藍白色の白い顔も灯りに照らされているので、体温がある人間のように見える。

「何か趣味を見つけることだな。では、また会おう」



 すっかりハグの気配が消えた執務室を、サムカが見回る。

「うむ。壁や床天井には大きな悪影響は出ていないな。コーヒーカップだけを処分すれば良かろう。さて……」

 そう言って、サムカが引き出しの中から作りかけの杖を取り出し、説明書と参考書を机の上に並べた。

「アンドロイド作成までの道のりは長いものになりそうだ」


 その時、城中に警報が鳴り響いた。

 夜間巡回警備をしている使役兵と一般兵とが、慌しく廊下を走り回る音がする。サムカが作業している机の上に〔空中ディスプレー〕が表示されて、警戒状況が映し出された。


 それを一目見たサムカがため息をついて、作成中の杖を机の上に置く。

「また、セマンの泥棒かね。城には宝物などないのだが、ご苦労なことだ。スリルを楽しむために泥棒をするのだという、ティンギ先生の説明が当たっているようだな」

「さて」と、椅子から立ち上がって、執務室から部屋着のままで武器も持たずに外の廊下へ出るサムカである。

「今回も捕まりそうにないが、違法な空間転移ゲートの場所だけでも押さえておかなくてはな」



 結局、今回もセマンの泥棒はまんまと逃げおおせてしまい、捕まえることはできなかった。地団駄を踏んで悔しがるのは騎士シチイガである。

 彼の憤りは相当なものであった。いつもは冷静沈着な彼であるが、短く切りそろえたサラサラの黒錆色の髪が捕り物騒動のせいでバサバサになって乱れている。身長はサムカよりもやや低い175センチで、エッケコよりも背が高い。

「おのれセマンどもめ。今回こそは絡め捕るつもりだったのだが、不覚だ。輸入した罠が全て作動不良を起こすとは情けない。結構高い買い物だったのだぞ。売りつけてきた商人を懲らしめてやらないと気が済まぬ」


 部屋着のままのサムカが廊下を歩いてやって来て、地団駄を踏んでいる騎士をねぎらった。

「大きな被害はなかったのだから、そう気にすることもない。だが……そうだな。死者の世界の保安システムでは、連中を追い払うことが難しいことは事実だな。次の〔召喚〕でセマンのティンギ先生に相談してみるか。何か良い提案があるかも知れぬ」


 そこへ執事のエッケコが数名のオークと共に、サムカたちがいる城壁の上へ駆けてきた。

「旦那様。泥棒めが使用した『空間転移ゲート跡』を発見いたしました」

 サムカがそれを聞いて執事に振り向いてうなずく。

「うむ。よくやった。早速、闇魔法でゲートの〔ログ〕を〔消去〕するか。とりあえず、侵入路を1つ1つ潰すしかあるまい。しかしリッチーの召喚ナイフよりも連中の手段の方が、かなり実用的だというのは、悔しいが評価するべきだろうな」




【王城の謁見室】

 サムカは一領主であるので、上に国王を戴いている。 

 サムカが所属するのはウーティ王国で、その国王はネルガル・クムミアという貴族である。ちなみにウーティ王国はファラク王国連合の一員であるが、農産物の生産が盛んなおかげで王国連合でも上位の経済力と、政治的な影響力を誇っている。

 反面、生命が多い地域でもあるので死霊術場や闇魔法場が相対的に弱く、軍事的にはそれほど強くない。現在、南のオーク独立国群との紛争では、兵站物資の提供と流通、倉庫管理などの後方支援を主に行っている。


 クムミア国王は9000歳に達するほどの年経た貴族で、人望も厚い『名君』とも称される人物だ。しかし、現在のような経済力を構築したのは、宰相でオーク出身のワタウイネの商才に拠るところが大きい。

 サムカが定期的に確認する各地の商品相場情報も、宰相が構築した市場情報ネットがあるからこそ可能なのである。回線速度がかなり遅いのが難点だが。

 ちなみに、ここでの貴族とは地位名称ではなく、『人』という現地語の訳になる。


 さて。サムカが国王宛に進言した、カルト派貴族のナウアケ卿に対する苦言文書であるが……カルト派貴族そのものが他の貴族に快く思われていない存在であるために、すんなりと受理された。しかし、経済制裁を発動させることは見送られてしまった。形式だけの抗議である。


 予想されていたことではあったが、〔召喚〕先の校長や生徒たちへ申し訳なく思っているサムカに、謁見中のクムミア国王が苦笑混じりで話しかけた。

 謁見室はサムカの居城のものとは比較にならないほど大きいのだが、調度品や部屋のつくりは似たような質素堅実なものである。服装も華美なものではなく、国王の威厳を損ねない程度の質素な衣装を着こなしている。

 集団謁見の時間のようで、サムカの他にも4名ほどの貴族が呼ばれていた。やはり、サムカの衣装が最も地味である。

「テシュブよ、そんなに気を落とすな。あまり強く出ると内政干渉に抵触するのだよ。ましてや、我々が所属する王国連合ではない相手だ」


 クムミア国王の言葉に左足を一歩引き、頭を下げて恭順するサムカである。

「は。もったいないお言葉でございます、陛下。ウーティ王国とは関わりのない異世界の学校のために、ここまで配慮下されただけで充分でございます」

 それには、他の4名の貴族も同感のようである。関わりのない異世界のために、他の王国連合との関係を悪化させて得る利益があるとは、どうしても考えられないのは当然だろう。


 クムミア国王もサムカの返事にうなずくが、少し別に考えることがあるようである。重厚に輝く黒茶色の癖のない短髪を、軽く手でかいた。

「うむ。テシュブよ。卿の報告は毎回目を通しておるし、宰相にも情報は流しておる。獣人世界とはいえ、死者の世界の『印象改善と宣伝』という点では、卿の働きは我が王国の利益になっておるよ。今回の件も、通常であれば我々貴族の悪評が広まるだけで終わったであろうが、この処置をすることで少しは緩和できるだろう」


 そして、参加している他4名の貴族に優しい視線を向ける。

「現在、死者の輸入量が大きく減少しておる。少ない死者を各王国で奪い合っている現状だ。ここで、我が王国の名前が少しでも知れていけば、死者獲得競争で有利になる。輸入実務は宰相に任せてあるが、彼の援護にもなるだろう。ここは理解してくれ。もちろん、他の王国連合との摩擦が激しくなるのは本意ではないから、今回のような文書による抗議程度しか行えないがな」

「は、御意のままに、陛下」

 サムカも含めた5名の貴族が揃って、国王に片膝をついて頭を下げた。


「うむ。この件は、余の名前で他の貴族にも伝えることにする。おお、そうだ、テシュブ」

 国王が、くちなし色の瞳を輝かせた。少し赤みのある黄色の瞳とも表現できるだろう。顔色は貴族なので、青磁器のような白スミレ色だ。重厚に輝く黒茶色の癖のない短髪は、王冠とよく調和している。身長は170センチで、貴族としては背が低い部類になるだろう。


「この抗議文書を出す代わりと言っては何だが、次回の社交パーティには参加するようにせよ。卿は軍事教練や、オークどもの事業支援ばかりして、貴族同士の会合にはなかなか出てこないからな。まあ、卿の性格上、こういったパーティには向かないことは分かるが、これも領主としての責務だぞ」

 途端にサムカの端正な藍白色の白い顔に影が差した。錆色の髪先もわずかに動き、頭を下げたままの姿勢で答える。

「は。御意のままに陛下。わたくしは地方の領主で華やかな衣装も所持しておりませぬ故、出席しても陛下に見苦しい思いをかけてしまいます。しかしながら、このような一介の田舎者にここまでのご配慮、かたじけなく存じます。次回のパーティには必ず馳せ参じる所存でございます」


 そばで頭を下げている他の4名の貴族も、やや呆れた様子で頬を緩めている。まあ実際この4人の貴族の衣装と比較すると、サムカの礼服は地味で野暮ったい印象ではある。


 国王も「やれやれ……」と言いたげな表情でサムカの返事を受け取った。

「特別なパーティではないから、華美な服装は不要だ。第一、余自身がそういった豪華なパーティを好まぬのは、卿も知っておるだろう。ただの内輪のパーティで、互いの近況や事業、保安などの情報交換の場だよ」


 そう言って、国王が謁見室の隅に控えている宰相に目で合図を送った。

「そうだな……これまでパーティ参加を渋っていた罰として、〔召喚〕先の果物を少々用意することを命じる。パーティのデザートとして出すことにしよう。卿の友人が大いに『宣伝』をしておるのでな、我々も興味を抱いておるのだよ。パーティには、卿の武芸の師匠であるテスカトリポカ右将軍も参加するから、楽しみにしておるぞ」

(ステワめ……)

 と、ジト目になっているサムカであるが……果物を献上することは以前から考えていたので、頭を下げたまま拝命した。

「は。御意のままに、陛下」


「うむ。では、卿との案件は以上である。さて、次は隣の卿の案件だな……」

 サムカの隣で片膝をついて頭を下げている別の貴族に、クムミア国王が視線を移し、皆を立たせた。


 サムカたち貴族4人は謁見室内に配されているコーヒーなどを手にとって、1人の貴族と話をしている国王から距離をとる。貴族は聴覚も鋭いので、少々距離を置いたくらいでは意味がない行動なのだが……そこは慣習というものである。


 サムカと貴族たちが談笑をしていると、謁見室の隅にひっそりと控えていた宰相が耳に装着している通信機に手を当てて何か報告を聞いた。身長は140センチほどで、オークとしてはやや背が低い部類だ。

 小豆色の瞳に青く鋭い眼光を一瞬放ち、一言二言低い声で何か指示してから、クムミア国王のそばへ音もなく寄っていく。 


 その全く無駄のない動きを見て感心するサムカである。談笑している貴族たちにつぶやく。

「宰相殿はオークでありながら、最近はなかなか良い動きをなさる。武芸を習っておいでのようだな」

 頭の回転もかなり早そうであるのは、目と口の動きにも全く無駄がないことから伺える。オークなので禿げ頭で豚顔なのだが、知性のきらめきが強く感じられる風貌だ。


 クムミア国王は先ほどから貴族と何やら話を続けていたが、宰相に中断されても顔色1つ変えずに鷹揚にうなずいた。そして、貴族に何か1言伝えてからサムカたち貴族4人に視線を向けた。

「王国連合の最南端で、また爆破テロが起きた。被害もそれなりに出ておるようだ。犯行声明はまだ出ておらぬが、南のオークどものヴィラコチャ王国のユルパリ将軍が支援している運動家の動きが怪しかったので、恐らくそれだろう。掃討作戦が追って実行されるだろうが、我が国には緊急の派兵要請は来ないものと思われる」


 サムカを始めとした貴族たちが、頭を下げたままで聞く。よく起きる事のようで、特に動揺したりはしていないようだ。クムミア国王も淡々とした口調で話を続けた。

「だが、兵站支援の要請はあるだろう。卿ら、至急兵站物資の在庫状況を再度確認して宰相へ報告してくれ。他の貴族へも急ぎ知らせて調査する。その後で、謁見の続きをするとしよう」


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