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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
19/124

18話

【寄宿舎の前庭】

(そう……ミンタさんが仕切ってしまったのね)

 ムンキンから〔念話〕での現状報告を受けて、森の中で空色の瞳を細めているエルフ先生である。

 寄宿舎の前庭では、ヘラヘラ笑いを満面に浮かべたパリーが狼バンパイアを追いかけ回しているのが見える。とはいってもパリーは走るのは全く得意ではない様子で、素早い狼バンパイアに追いついていないが。

「まあ~、てえ~、こ~ら~」

 相変わらずの間延びした声でパリーがトテトテ走っていく。


「この化け物め! どっか行けコラ」

 狼バンパイアが、人形を抱えてパリーの魔の手から体をヒラリヒラリとかわしながら、闇の精霊魔法や死霊術、ソーサラー魔術の〔石化〕魔術や〔火炎放射〕などを、次々に繰り出して迎撃している。しかし、その全てがパリーの〔防御障壁〕に弾き飛ばされていた。


 エルフ先生が、ため息混じりに微笑む。

「まったく……まるでネズミを追い詰めて、いたぶる猫みたいね。パリー」

 ノーム先生も肩をすくめて銀色の口ヒゲをいじっている。

「左様ですな。パリーさんが真面目に仕事をしてくれれば、我々がこのような苦労をする事にはならないのですがねえ……」


 エルフ先生も肩を軽くすくめた。

「そうですね。でもまあ、常識が通用しない森の妖精ですから……戦力としては当てになりません。私たちの作戦の邪魔にさえならなければ、それで十分ですよ」


 前庭は先程のエルフ先生が放った光の精霊魔法による〔攻性障壁〕によって完全に囲まれており、狼バンパイアはまんまとその光の壁の中に閉じ込められていた。光の壁の高さが20メートルほどもあるので、さすがの狼バンパイアも壁を跳び越すことができないでいる。


「おうりゃあ、このアンデッドめええええっ! これでも食らいやがれっ」

 上空から怒号が鳴り響いて100羽ほどの飛族とオオワシが、〔レーザー光線〕の光の精霊魔法を一斉射撃した。野戦用のゴーグルを装着しているので、さらに凶悪そうな顔に見える。問題なく作動しているようだ。

 ジャディも飛族に加わっていて、自慢の闇の精霊魔法マシンガンを狼バンパイアに撃ち込んでいる。


 狼バンパイアは飛行できないので、上空からの集中砲火に曝されるばかりだ。

「ぐあああっ! この鳥どもめ! うっとうしい! 消えうせろっ」

 円形の〔攻性障壁〕を無限に繰り出して、上空からの攻撃を防ぐ。闇の精霊魔法を発動させて、〔闇玉〕ミサイルを100発以上も撃ち返してきた。


 しかし……

「遅すぎるわ、この間抜けめ。その攻撃は殿が以前にしたやつだ。もう対策済みだ、バカめ」

 ジャディを筆頭に飛族とオオワシ部隊が嘲るように笑い、鮮やかな旋回をして狼バンパイアの反撃をかわしていく。〔闇玉〕ミサイルはそのまま空の彼方へ飛び去っていってしまった。驚く狼バンパイア。

「な、なぜだ!? 自動追尾するはずなのに」


 ジャディがニヤニヤしながら上空で旋回した。

「バカだなあ。自動追尾する部分をオレ様が撃って消し去ったんだよ。とろすぎる魔法なんか使うなよ、バカめ」


 どうやら、ジャディの闇の精霊魔法マシンガン弾が命中して、術式の一部を破壊したらしい。狼バンパイアの闇の精霊魔法も暗号化されているので〔解読〕は不可能なのだが、同系統の闇の精霊魔法を直接ぶつけることで〔干渉〕したようだ。ペルと同じだ。

 まあ、ジャディのことなので推論でたどり着いたのではなくて、今までのケンカの経験則からほとんど本能的に弱点を見抜いたのだろう。


 さらに、狼バンパイアが展開する円形の〔攻性障壁〕を狙って、針を通すような正確さで同様の弱点を打ち抜いて破壊していく。こちらも攻守ともに闇の精霊魔法を使っているので完全に破壊されている。

 他の100羽ほどの飛族とオオワシも〔レーザー光線〕の集中砲火を継続するので、とうとう狼バンパイアが作り出す〔攻性障壁〕の出現速度を上回ってしまった。さすがに、光と闇の精霊魔法を同時に相手にするのは、バンパイアといえども難しいようだ。


「げ」

 慌てて狼バンパイアがパリーから逃げながら、手に持っているそっくり人形を盾にする。たちまち、そっくり人形が〔レーザー光線〕の雨に曝されて穴だらけになった。それでも、辛うじて本体への被害は防いでいる。


 エルフ先生が〔念話〕を使って、上空の100羽ほどの味方に注意を促した。

(それで良いわよ。上空からの射撃に専念して。絶対に地上へ降りたり、敵を殴りにいかないように。アンデッドにされてしまうわよ!)

 パリーについては心配していない様子である。


 森の中でライフル杖を設定し直したノーム先生が、いたずらっぽい小豆色の視線をエルフ先生に投げた。

「すごいですな姐御。エルフ先生の舎弟たちは、この国の警察部隊よりも強力ですぞ」

 隣で空色のジト目になっているエルフ先生が、ライフル杖の設定変更をほぼ終了させながら口を尖らせた。

「もう、そんなことを言ってはいけませんよ、ラワット先生。でも、予想以上にすばしこいですね、あの狼バンパイア。このままでは〔ロックオン〕できないかも」


 ノーム先生も口ヒゲを片手で撫でて同意する。頭の大きな三角帽子も少しずらした。

「そうだねえ。ヤツの〔防御障壁〕のせいで、自動〔ロックオン〕ができないのは痛いですな。あの前庭ごと消し去っても構わないんだが、できればそうしたくないものだよ」


 エルフ先生が警察部隊を守るために発動させた光の壁は今も発動中だ。これが前庭をぐるりと囲んでいるので、狼バンパイアは外へ逃げることができないでいる。

 しかし囲んだ範囲がかなり広いので、狼バンパイアの俊敏な行動を制限させるまでには至っていないのである。パリーがトテトテと走って追いかけてはいるが、これも遅すぎて論外になっている。むしろ今は味方の攻撃の邪魔ですらある。

 バントゥたちの攻撃も、全ての〔テレポート〕魔術刻印が破壊されてしまったので沈黙してしまった。


 エルフ先生が上空を飛んでいる10体の狐の精霊を見上げていたが、何か策を思いついたようだ。細長い両耳をピンと斜め45度の角度に上げた。〔念話〕でエルフ先生が3人に向けて聞く。

(ジャディ君、レブン君、ペルさん。あなた方が今日作成したゾンビを使わせてもらえないかしら?)

 すぐに生徒からの反応が返ってきたので、説明を加えるエルフ先生だ。

(狼バンパイアの動きが素早すぎて照準をロックできないの。ゾンビを繰り出して、パリーと一緒に追いかけてもらえないかしら)



 救護所ではようやく全ての負傷警官の魔法傷を破壊したところだった。ペルが血を見すぎて、ほとんど気絶状態になっている。代わりにミンタが応答した。

(エルフ先生。ペルちゃんは気絶しちゃいました。代わりに私がゾンビを動かします。レブン、ジャディ、あんたたちのゾンビも起動させなさいよ!)


 レブンが手早く救護所の状況確認を行った。法術のマルマー先生や医療担当の警官たちが、血を見過ぎて倒れそうになっているのを、冷静に確認する。まだ仕事遂行に支障はなさそうだ。明日はどうなるか分からないが。

 ちなみに、招造術のナジス先生は、またもや泡を吹いて気絶していてテントの隅で動かなくなっている。一般人なのでしかたがない。今晩はもう使い物にはならないだろう。

(了解、ミンタさん。ちょうど僕たちの役割は終えたところだから異論はないよ)


 実際、負傷した警官全員に食い込んでいた闇の精霊魔法の〔攻性障壁〕は、ペルの活躍で全て破壊されていた。この後は、医療担当の警官たちによる外科手術と、マルマー先生による法術支援の出番だけになる。法力場や、光と生命の精霊の場を高める必要も、もうなくなっていた。


 しかし救護所テント内は、床やキャンバス布でできた壁や天井まで大量の血吹雪が飛んでいて、かなり凄惨な状況である。動脈からの出血ばかりなのでこうなるのは避けられないのだが、天井から血がポタポタと雨漏りのように滴っているのは、さすがにきつい。床もちょっとした血の洪水になっていて、床面が見えない場所がかなりある。


 レブンが仲間の状態も視認で確認していく。ペルはほぼ気絶状態なので少し休ませる必要があるが、ミンタとムンキンは大丈夫そうだ。

(カカクトゥア先生の教え子だから、さすが精神の精霊の操作は上手だなあ)と感心するレブンである。そういうレブンは死霊術に慣れているので、いわば『死体慣れ』しているのだが……本人にはまだ実感はまだないようだ。


 一方で、ジャディも狼バンパイアの攻撃を空中で優雅にかわしながら、風に乗せた強力な闇の精霊魔法マシンガン弾を撃ち込みつつ応答した。

(いいぜ、優等生。じゃあ、『デスウィング』よ、出撃だああっ!)

「ですういんぐ?」

 ミンタとレブンが同時に首をかしげたが、すぐにジャディの鳥型ゾンビの名前だと理解した。実際は少し前に聞いてはいたのだが、覚えていなかったようだ。

 ちょっと悔しそうな顔で、レブンが自分のゾンビに命令を下す。

(名前は保留。後で考えます。僕のゾンビよ、出撃せよ!)

 ミンタが一連の念話を聞いて、(名前かあ……)と思案する。

(私も保留。エルフ先生の支援に向かいなさい!)


 ムンキンが地団駄を踏んで悔しがっている。尻尾が血まみれの床を叩いて、真っ赤なしぶきが上がる。

 3体のゾンビはそれまで特に命令を受けていなかったので、通常モードのままで西校舎内の夜間巡回をしていた。幸い、エルフ先生とノーム先生による狙撃によって侵入した敵が排除されていたので、戦闘には至っていなかった。そのため無傷で魔力消費もない状態だ。早速、主からの命令を受けて寄宿舎の前庭へ向かって駆け出していく。


 これで残って西校舎内を巡回しているのは、巨人ゾンビの用務員だけになった。穏やかな顔で、出撃していく3体のゾンビを手を振って見送っている。

 エルフ先生がその巨人ゾンビも呼ぼうかどうか悩んだが……諦めることにした。

「エンジンが牛並みですものね。パリーと同じような動きしかできないわよね……」

 さりげなく毒を吐いている。やはり射撃に邪魔なのだろう。

 ノーム先生が同意して、垂れ眉が軽快に上下に動いた。三角帽子の先端も同調してヒョコヒョコしている。

「そうだな。ははは。パリーが2人に増えても、あまり期待できないだろうよ」



 救護所に隣接している作戦ルームでは、治療を終えて戻って来た警察部隊長と派遣軍人が、情報係官と作戦を練っていた。140名弱の警官部隊は外へ出ていて、待機状態になっている。無線機は壊れて使い物にならなくなっているので、校長による〔念話〕と、〔探知〕魔法による情報収集に切り替わっていた。

 そのため、校長も作戦ルームに貼りつけ状態だ。生徒や先生たちの様子をしきりに心配しているが、どうしようもない。


 ソーサラー先生とウィザード魔法のタンカップ先生は気分が治ったようだ。まだ少し青い顔をしながらも、お茶を飲んで寛いでいる。

 ドワーフのマライタ先生はウィスキーのボトルをラッパ飲みしながら、壊れた無線機を修理していた。鼻歌混じりで、実に楽しそうに部品の交換をしている。バンパイアを攻撃するよりは、こういった修理をする方が性に合っているようだ。


 校長が感心したような表情で、寄宿舎の前庭での攻防戦を〔空中ディスプレー〕を通じて見ていた。頭の上には、当然のようにハグ人形が寝そべっている。

「なるほど……生徒作成のゾンビを投入ですか。確かにゾンビは、これ以上ゾンビにはなりませんからね。安全な援軍ですね」


 現状を把握した警察部隊長と派遣軍人の2人も、ディスプレーを見て唸っている。

「うむむ……我が機動警察部隊も、まだまだ改良しなくてはなりませんなあ。このようなバンパイアにも対処できるようにならなくては」

 軍人も同意している。

「ごもっともですな。我が帝国軍も、対アンデッド対策を本格的に考えないといけないようです。早速上に報告することにしますよ。現状の対応部隊の装備と練度では対処できませんな。バンパイアがここまで強力な戦闘力を有するとは想定外でした」


 警察部隊長が自身の右腕のギプスを軽く振る。

「この程度で済んで幸運でしたよ。もしかすると、今頃は本官もゾンビになっていたかもしれませんからなあ」

「あっはっは」と制服組ギャグを、かまして笑いあう2人である。

 そんな寒い状況を無視して、情報係官が部隊長に冷静な声で報告する。顔もややジト目のようだ。

「部隊長へ。現存する我が機動部隊の戦力ですが、137名が作戦可能で待機中です。武器の補給も完了しました。いつでも向かうことができる状態ですが、いかがいたしましょうか」


 警察部隊長が真剣な表情に戻って答えた。

「うむ。〔バンパイア化〕されない距離からの包囲射撃をして、エルフとノームの攻撃を支援することにしよう。攻撃魔法は〔レーザー光線〕のままでよい。敵の〔防御障壁〕の破壊に焦点を置け。接近してしまうと、また障壁攻撃を食らうことになるからな」

「はい。了解しました」

 短く歯切れのよい返事をした情報係官が、直ったばかりの無線機を通じて指令を伝えた。マライタ先生によって修理されたのだが、やはり性能が良くなっているようだ。音声がかなり明瞭に聞こえる。

「部隊長より再出撃の命令が下った。作戦番号4に基づき総員出撃せよ。現場の情報はシーカ校長経由による〔念話〕イメージングにより30秒ごとに更新する」


 同時に作戦ルームの外にあった気配が音もなく、かき消されるようになくなった。

 警察部隊長が少しだけ頬を緩めている。

「もう、隠密行動はしなくとも良いのだがね。習慣というものは、なかなか抜けないものだな」


 マライタ先生がウィスキーのボトルをラッパ飲みしながら、赤ら顔でガハハ笑いをしている。

「修理部品を持ってきていて正解だったな。もう2、3回くらいは壊れても修理できるぞ。存分に使ってくれ」


 タンカップ先生がそのアメフト選手のような堂々とした体躯で背伸びして、大あくびをした。鉄黒色の大きな目で、(退屈だ)と訴えている。

「俺様も、もうひと暴れしたいところだがな。残念ながら魔力切れだ。今の魔法場サーバーでは能力不足でいかん。明日にでも、本部の魔法協会に訴えてみるか」


 ソーサラー魔術のバワンメラ先生も同じ気持ちのようだ。こちらはボクサーのような立派な体躯なのだが、衣服や装飾品が相当に傷んでいる。先程までの戦闘で損傷したのだろう。

「まあね。オレも暴れ足りないなあ。でも魔力がもう残っていないから仕方がないけどな。魔力自給のソーサラーはキツイぜ」



 寄宿舎の前庭を囲む光の壁の一部が途切れて、そこから2体のゾンビが駆け入ってきた。鳥ゾンビは光の壁を楽々と飛び越えて、一足先に狼バンパイアの頭上を旋回し始めている。光の壁の隙間はすぐに閉じてしまったので、狼バンパイアは残念ながら包囲を脱出することは適わなかった。

 狼バンパイアがパリーからヒラリヒラリと逃げかわしながら、新たな敵の援軍を睨みつける。

「何だ? ゾンビだと? 我の他に死霊術使いが警察にいるのか?」

 まさか学生が、それも1年生が対処しているとは思っていない様子だ。


 狼バンパイアが生み出す円形の〔攻性障壁〕も、今はずいぶん発生数が減ってきていた。そのため、上空を旋回している100羽からの〔レーザー〕攻撃を、全て〔遮断〕できなくなり始めている。

 狼バンパイアが盾の代わりも兼ねて持っている自身にそっくりな人形も、原型が分からなくなるほど〔レーザー〕攻撃を受けて焼け焦げていた。


「くそ。あの光の〔攻性障壁〕で魔力の補給が止まってしまったか。だが、どうして地面からの補給も止まっているのだ?」

 狼バンパイアが腕や足に〔レーザー〕攻撃を受けてよろめきながら悔しがる。そう言えば、地面に撒き散らされていたバンパイアの血痕や毛皮の破片なども全て〔浄化〕されて消滅していた。


 トテトテと追いかけ回しているパリーが、のんびりした声で答えてくれた。

「ばか~。この地面は、私がもう〔支配〕しちゃったのよ~。生命の精霊魔法でね~」

 それを聞いて狼バンパイアが一声吠えた。

「うがああっ! 全くもって面倒なヤツだ!」


「消え失せろ」と叫んで、黒い炎色の〔火炎放射〕や、どす黒い煙のような〔旋風〕魔法、自動追尾式の〔マジックミサイル〕を繰り出し、さらにソーサラー魔術の〔石化〕魔術や、ウィザード魔法招造術で簡易製造した土塊ゴーレム群、幻導術での〔幻影〕発生、力場術の〔雷撃〕などなどの魔法を大量に発動させてパリーを狙う。ウィザード魔法はサムカと同じく、自身の魔力で発動させているのだろう。

 ……が、全く効果が得られない。


 そこへ、ミンタたちのゾンビ隊が飛び込んできた。いうまでもなく、パリーよりもはるかに俊敏だ。狭い光の壁の中を逃げ回る狼バンパイアを、空と陸上から次第に追い詰め始める。

「ゾンビごときが我に触れるなああっ!」

 狼バンパイアが激高して、攻撃魔法を大量にゾンビたちに発射していく。〔闇玉〕が主のようだ。ゾンビたちにはまだ〔防御障壁〕などが実装されていないので、モロに食らって穴だらけにされていく。ゾンビでなければ即死だろう。


 それでも、さすがにゾンビである。全身を穴だらけにされながらもパリーと連携して、狼バンパイアをついに光の壁の際まで追い詰めてしまった。もう、逃げようにも壁に沿って1、2メートルほどしか動ける場所がない。

 狼バンパイアが再び激高した。

「おのれ! 我が攻撃魔法で灰にしてくれるわあああっ」

 怒声と共に、狼バンパイアが100発以上もの〔闇玉〕を、マシンガンのようにゾンビたちに向けて乱射してきた。


 これには、さすがにゾンビも耐えられずに手足を吹き飛ばされて穴だらけになり、ついには機能停止してしまった。人形のように地面に崩れ落ちる。ジャディの鳥ゾンビも、体中を穴だらけにされて墜落して動かなくなった。


「くはは、バカめ」

 残忍な笑みを浮かべる狼バンパイアだ。しかし、さすがに魔力を消耗したのか、狼バンパイアの動きがついに止まった。


 そこへ、森の中から137発もの〔レーザー光線〕が、狼バンパイアに撃ち込まれてきた。辛うじて、そっくり人形を盾にして防ぐが、人形がついに焼き尽くされてしまい灰になって消えてしまう。同時に〔影〕も普通の物に戻った。今までは〔影〕も独自に動いて魔法攻撃をしてたのだが、それが消え失せた。


「こ、この〔レーザー〕の魔法場は、先ほど逃げた警官どもかっ。この卑怯者どもめ! 我と正々堂々と対峙する気概もないのかっ」

 狼バンパイアが吠えまくるが全く無視されて、上空と森から淡々と〔レーザー〕攻撃を受けまくる。〔防御障壁〕の作成量も、そっくり人形が担当していた部分がなくなったので目に見えて落ちてしまった。先ほどまでの俊敏な動きもすっかり影を潜めてしまい、本体にも容赦なく〔レーザー〕攻撃が命中するようになった。


 それを見て、森の中で標準を定めていたエルフ先生がジト目のままでつぶやく。

「害獣退治に正々堂々も何もないでしょうに」

 ノーム先生も銀色の口ヒゲの先を指でつまみながら同意した。

「スポーツであれば、正々堂々も良かろうがね。これは単なるテロ実行犯の駆除だからなあ」

 それを合図にして2人のライフル杖の先から、巨大な光の精霊魔法と〔レーザー光線〕が放たれた。


「うおっ」

 狼バンパイアが事前に〔察知〕して、体をひるがえして回避しようとした。が、一瞬遅れてしまい、両足と腰の下までが灰になってしまった。盛大に血煙が舞い上がるが、それも光によって〔浄化〕されて消滅する。

 同時に、体から生えていた術式を詠唱する口が全て消え、さらにバンパイアの体から生えていた、半透明の自身の半身コピー体も消滅した。


 その姿を見て、エルフ先生が舌打ちする。ライフル杖の3本マガジンが空になって自動排出された。

「しぶといわね。まだ避けることができたなんて。バンパイアのくせに占道術まで使うなんて生意気」


 腰から下を失って地面に転がっていた狼バンパイアが、爛々と赤く輝く両目を見開いて絶叫した。

「うおおおおおおっ」

 瞬時に、まだ残っていた胴体から肉が溢れ出て、灰になった部分を補填して両足になった。ただ、狼の毛皮では覆われておらず、赤黒い、ただれた皮膚で包まれている。そこまで〔修復〕する余力は無かったのだろう。


 エルフ先生のジト目がひどくなった。寄宿舎の前庭から森の中までは、かなりの距離がある上に夜中なのだが、エルフ先生の視力は相当良いようだ。隣のノーム先生も同じ様子である。

「この期に及んで、下半身むき出しですか。全く、アンデッドは、アンデッドは、アンデッドは!」

 ノーム先生が銀色の垂れ眉を上下させ、射撃姿勢を止めて普通に立ち上がった。

「テシュブ先生に言わせると、全く不要な器官だそうだよ。さて、私も弾切れだ。警察部隊に後は任せよう」


 エルフ先生の表情が曇った。腰まで真っ直ぐに伸びている金髪についている落ち葉などを払い落とす。

「残念ですが、ちょっと無理かもしれませんね」

 上空の飛族とオオワシの射撃と、森の中からの警察部隊の攻撃も止んでしまった。

「皆、魔力切れのようです」

 エルフ先生がため息をついた。ノーム先生も同じことをして、警察部隊に文句を言う。

「全く。武器の補給をしても、この程度しか続かないのかね」


 エルフ先生が軽く目を閉じて肩をすくめ、ノーム先生に話しかける。

「仕方がありません。先ほどの一斉射撃で魔力パックをほとんど使用してしまったのでしょう」



 攻撃が止んだので、狼バンパイアが高笑いを始めた。 

 光の壁もどんどん消失していっているので、脱出できると確信したようだ。

「は……はははは! 我の勝ちだなっ。生体情報はほとんど得られなかったが、武装情報は得られた。次に来る時は、こうはいかんぞ!」


 その時、光の障壁の向こうで2人の生徒が高笑いをしているのが見えた。リーパット主従だ。

 彼らは魔力が弱く成績も悪いので、バントゥたちの作戦にも参加できずにいたのだったが。杖を狼バンパイアに向けて声高らかに告げる。

「馬鹿め! このリーパット・ブルジュアンがいることを忘れるなバンパイアめ! さあ、覚悟しろ。我が貴様を浄化してくれ……きゃん」

 リーパットがエルフ先生に撃たれて、そのままバタリと倒れた。

「リ、リーパットさまあっ。これは光の精霊魔法、貴様エルフめ……きゃん」

 腰巾着のパランが騒ぎかけたが、途中で撃たれて倒れた。そのまま、ノーム先生が〔召喚〕した大地の精霊に運ばれて、森の中へ撤退していく。


 エルフ先生が大きくため息をつく。

「まったく……余計な魔力を使うことになってしまいましたよ。後で『監督不行き届き』で、担当のナジス先生を問い詰めないといけませんね。今回は引き分けですか……残念」

 魔力残量が完全になくなったライフル杖を肩に担ぐ。

「あら?」


 エルフ先生が狼バンパイアの頭上を見上げた。10匹の狐の精霊が旋回している。視線を感じた狼バンパイアが同様に頭上を見上げたその時――

 《バクン》

 10匹の狐の精霊が急降下してきて、狼バンパイアの頭に食らいついた。


「な、何だコイツラは!?」

 狼バンパイアがくぐもった声で叫んで、手足をばたつかせて追い払おうとしたが……そんな動作すら許さずに一瞬で食い尽くされてしまった。

 どす黒い血吹雪と肉片が狐の精霊の口元から飛び散って、地面にボタボタと落ちていく。まだパリーによる〔浄化〕が効いているのか、すぐに血痕や肉片が爆発しながら消滅していった。


 狼バンパイアがいた場所から、電気を帯びた黒煙のような残留思念が吹き上がっていく。しかし、それすらもバクバクと狐の精霊に食われてしまった。周辺に充満していた死霊術場や闇魔法場も食われて、きれいさっぱり消滅してしまっている。

 満腹になったようで、嬉しそうに森の中へ飛んで戻っていく狐の精霊の群を見送る一同。声もない。


 ……しばらくして、ようやくノーム先生が口を開いた。

「弱るのを待っていたのか……カケラもガスも残っておらんな。あの狼バンパイア、完全に食われて消滅したようだ」


 現場では、地面に倒れたゾンビたちを何とか乗り越えてようやく追いついたパリーが、狼バンパイアが先ほどまでいた場所で手をブンブン回して憤っている。

「あ~! 勝手に消えるな~。何よ~あのクソ狼~」

 結局のところ狼バンパイアに、最後まで触れる事ができなかったらしい。


 森の中からエルフ先生とノーム先生、そして警察部隊が、ほっとした表情で寄宿舎の前庭に歩みだしてきた。

 エルフ先生が改めて付近の様子を伺うが、完全に敵は消滅している。

「最後は、狐の精霊に助けられてしまったわね。ねえ、パリー。あの狐の精霊だけど、あんなに強力なのっていたっけ? バンパイアを弱っているとはいえ、頭から食べてしまうような精霊って……私、見たことがないんだけど」

 エルフ先生がまだプンプン怒っているパリーを捕まえて聞いてみた。


 パリーはしばらくグチと文句を言い続けていたが、しばらくしてようやく落ち着いてきたようだ。エルフ先生の疑問に答えてくれた。

「そうね~。私が管理している~この森の住人ではないわよ~。どこかからの流れ者じゃないかしら~。ほら~飛族と一緒にいる~クーナちゃんの手下の~オオワシたちがそうでしょ~」

 エルフ先生がジト目になった。

「だから、手下でも何でもないって」


 そして、ノーム先生と顔を見合わせ首をかしげた。

「流れ者かあ……だったら次回このような事が起きた場合、彼らは別の場所に移動している可能性も高いのか」

 ノーム先生が警察部隊を見送りながら同意した。警察部隊は相変わらず無音のままで、作戦ルームへ帰還して行く最中である。

「ふむ。我々の武装や作戦も、一度練り直す必要があるだろうな。あれほど強力なバンパイアは初めてだったよ。さすが獣人世界というところか」


 エルフ先生もうなずいた。パリーも走り疲れたのか、あくびをしながら森へ帰っていく。

「そうですね。私も今まで多くのバンパイアを滅してきましたが、今回の敵は最強の部類でした。特に、あの機動力は群を抜いていましたよ。あれほど俊敏なアンデッドは初めてです」

 パリーに手をふって見送り、軽く肩と首を回した。

「バンパイアですから、噛むことで敵を感染死させて配下のアンデッドにする能力もあるでしょうし、あんな敵が複数出現すると対処できないかも」


 ノーム先生がいたずらっぽい目を向けた。

「この学校の敷地に、地雷型の光魔法発生器を埋め込んでおけば大丈夫だろう。今回で敵のスピードと、〔防御障壁〕の大まかな術式が分かったから、対処は容易だよ」

 エルフ先生が感心した表情で、ライフル杖を〔結界ビン〕の中に収納する。

「さすがノームですねえ」



 ひょっこりと、セマンのティンギ先生が植え込みから顔を出した。

「ふう。終わったかい? 派手にやらかしたね」

 エルフ先生が呆れた表情になる。〔結界ビン〕を制服のポケットに突っ込んで、空色の瞳を向けた。

「あら、残っていたんですか? てっきり、もう自室へ戻ったのだとばかり思っていましたよ」


 ティンギ先生が黒い青墨色の瞳を輝かせてニヤリと笑った。実際に自室に戻って着替えてきたようだ。スーツではなくて、散歩用の半袖Tシャツに膝下までの半ズボンである。靴もスニーカーだ。

 意外に筋肉質ですらりと伸びた長い手足が目を引く。減量したアウトボクサーのような印象だ。あれだけ食べて飲んでいるのに、この引き締まった体型というのは少々納得がいかないが……エルフ先生もノーム先生も黙っている。

「まさか。こんなスリリングな出来事に居合わせないなんて、ありえないよ。おかげで、魔神様もお喜びのご様子だよ。こういった体を張った芸は、特に得点が高いからね。魔力がみなぎっているよ、ははは」


 ジト目になるエルフ先生とノーム先生である。エルフ先生が、ため息混じりでつぶやいた。

「……ミンタさんがティンギ先生みたいなことをし始めたら、全力で阻止しないといけないわね」

 それから上空をもう一度見上げる。

「狐の精霊がまだ森の上を飛んでいますね。もう、餌はないと思うけど……あれ?」

 首をかしげるエルフ先生である。ノーム先生に視線を戻した。

「ラワット先生。今晩の月、ちょっと明るすぎませんか?」


 ノーム先生も月を見上げる。

「そうかい? いつもと同じように見えるけど。エルフがそう感じるのなら、多分そうなのかな。まあ、今晩は満月だし、地球に近いスーパームーンの日なのかも……いや、違うか」

 そして、地面に転がっているゾンビ3体の状態を確認する。穴だらけで手足がちぎれていて、ボロ雑巾のような見た目だ。


 ノーム先生の垂れ眉が曇った。

「うむむ。こりゃあ、かなりやられたな。もう動かないかもしれないぞ、これ」

 そう言って、ジャディがデスウィングと名づけた羽のあるゾンビの足を取る。埃のようなものが舞い上がった。

「こりゃあいかん。灰になる寸前だ。急いで巨人ゾンビのいる用務員室へ戻して、死霊術場を補給してやらないと取り返しのつかないことになるぞ」


 エルフ先生は寄宿舎と前庭の被害状況を調べていたが、ノーム先生の嘆きを聞いて戻ってきた。

「私は触ることはできませんが、そんなに状態が悪いですか? 建物の被害は大きくありませんね。前庭は壊滅的ですが……」


 ノーム先生がライフル杖の魔力残量を確認しながら、難しい表情になった。

「まあ、私も専門家ではないから、詳しくは分からないがね。ただ、体が灰になり始めているのは確かだ。ええと……〔テレポート〕魔術は魔力不足で使えないな。風の精霊もちょっと厳しいか。仕方がない、遅いが大地の精霊を使って用務員室まで運ぶとするか」


 エルフ先生も心配そうな表情になっている。

「私の杖も魔力残量がゼロです。私の杖は光の精霊魔法に最適化されていますので、使わない方が良いでしょうね」

 ノーム先生が同意する。

「そうだな。杖を近づけるだけでも、あっという間に灰になってしまうかもしれん。よし、いけそうだ。用務員室まで運んでくれ」

 大地が盛り上がっていく。ナメクジのような土の塊が腕を何本も形成して、ボロボロで粉を吹いているゾンビ3体を持ち上げた。


 ノーム先生が申し訳なさそうに銀色の髪をかく。

「すまんね。今は低出力の精霊しか使えないんだ。リーパット君たちの避難で使い切ってしまった。みなぎっているティンギ先生が羨ましいよ」

 そのままナメクジ型の大地の精霊が、ゾンビたちを運び去っていく。ほとんど歩く程度のスピードしか出ていない。

「ゾンビとの接触面には死霊術場を軽く発動させているから、運んでいる最中に体が崩壊するようなことにはならないだろう。精霊も金属や目に見えるサイズの結晶の類は含んでいないし」

 この死霊術場は、先程までの戦闘で大地の精霊が〔吸着〕したものである。分解消滅させずに保存していたようだ。


 エルフ先生もそれを見送った。

「よく働いてくれましたよ。生徒たちが作ったゾンビですから、何とか崩壊せずに修復されてほしいものです」

 ティンギ先生が小走りでゾンビ群に追いついて、灰を噴き出しているボディに「ポンポン」と手を乗せた。

「〔運〕を少し強化してみたよ。これで不運な事故で崩壊することは減るはずだ」

 エルフ先生とノーム先生に振り返って、屈託のない笑顔で告げるティンギ先生である。


「そうですね。生徒たちも喜ぶと思いますよ」

 少しほっとしたような表情を浮かべて答えるエルフ先生だ。それを横で見つめるノーム先生。

(カカクトゥア先生も、この短期間で結構性格が柔らかくなったもんだな。夏までの先生なら、問答無用で生徒作成のゾンビを灰にしていただろうに)

 その時、エルフ先生とノーム先生が見送る先にある、西校舎の1階部分で異変が起きた。先生たちに戦慄が走る。

「これは、闇魔法場……!」




【西校舎の敵】

 エルフ先生が最大級の警戒態勢になった。ノーム先生も瞬時にライフル杖を校舎に向ける。

「巨大な魔力だ。貴族か! 逃げていなかったのか。いかんぞ。我々には、もう予備マガジンもない」

 エルフ先生がとっさに森の方向へ〔念話〕を送った。

(パリー! 緊急事態よ、魔力支援をお願い!)


 校舎1階内部は外からでは見ることができない構造だが、確かに何か巨大な魔力を持つ者が1人いるのが〔察知〕できる。その闇の者が高らかに笑いながら、四方に〔念話〕を仕掛けてきた。しかし、音声は加工されていて酷く機械的な声だ。

 一方の大地の精霊は自動操縦モードなので、そんな事態には関係なく、校舎に隣接している用務員室へゆっくりと向かっている。

(無線や〔念話〕は全て傍受した。君たちのチャンネルは全て把握したよ。くくく……)



 救護所でそれを聞いたミンタが青い顔になって叫んだ。

「ペルちゃん! 急いで闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を展開して! ムンキン君、レブン君、すぐにペルちゃんに抱きつきなさい!」

 そう言って、ミンタもペルに抱きつく。目を白黒させているペルに、ミンタが真剣な表情で重ねて命令した。

「精神〔干渉〕が来るわ! 闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を全力展開して私たちを守って!」


 一方、エルフ先生とノーム先生も顔面蒼白になっていたが、ノーム先生がティンギ先生に向かって真剣な顔で小さく叫んだ。

「ティンギ先生。せっかく溜め込んだのに悪いが、その〔運〕を使ってもらえるかな」

 瞬時に理解するティンギ先生である。大げさな身振りでエルフ先生とノーム先生に向き直った。

 すらりと伸びた両手両足を、どこかの三文芝居の役者のように広げる。そして嫌味なほどの、はち切れそうな笑顔になった。

「おお、我が敬愛する教職の輩の要望、無下にするなどありえましょうや。さあ、抱き合いましょうぞ!」

「後でぶっとばす」

 エルフ先生が素敵な表情で言い放って、ノーム先生と一緒にティンギ先生に抱きついた。


 同時に校舎から、強烈な闇魔法が放たれた。やはり学校で習う闇の精霊魔法の類ではない。

「ん、が……?」

 弱いうめき声しか出せずに、警察部隊の全員と、作戦ルームの面々、森の木々の枝に止まって休憩していた飛族と、森の上を旋回していたオオワシの群れ全てが、地面に倒れ落ちて動かなくなった。

 森の中の避難所で待機していた生徒たち全員も昏倒して倒れる。リーパット主従はまだ避難所へ到着していなかったので、森の中で倒れて気絶してしまった。


 救護所でも、治療を受けている警官全員が気絶状態に陥って動かなくなった。法術のマルマー先生も「バタリ」と倒れて昏倒してしまった。文字通り床一面の血の海に頭から倒れている。 

 幸い、血の海の水深は数ミリ程度しかないので、溺れることはなさそうだが。既にテントの隅で気絶して倒れている招造術のナジス先生は、相変わらず放置されている。


 患者たちのいきなりの容態急変とマルマー先生の昏倒に慌てる医療担当の警官3名に、ミンタがペルに抱きつきながら解説した。

「敵が闇魔法を使った〔精神干渉〕をしてるのよ。無線や〔念話〕をしていた人たち全員にかけていると思うわ。あなたたち医療スタッフは、運よく通話をしていなかったから助かっているの。あなたたちが昏倒することはないから、安心して治療を続けなさい」


 手足と尻尾をパタパタさせて混乱していた医療担当の警官たちが、ミンタの話を聞いて何とか落ち着いたようだ。ミンタが再び精神の精霊魔法を使って、彼らを〔沈静化〕させたおかげもあるだろう。外科手術の後処置を再開した。医療用ゴーレムも動作に支障は出ていないようだ。


 それを確認して、ミンタがペルの顔をのぞき込んだ。フワフワ巻き毛が目立つミンタの両耳がヒョコヒョコと動いている。

「さすが警官ね。根性があるわ。で、ペルちゃん、大丈夫?」

 ペルは思ったよりも平気な表情で微笑み返した。ペルも黒毛が交じる両耳を同じようにヒョコヒョコと動かす。

「うん、大丈夫。相手の精神を破壊するような強力な魔法じゃなかった。何と言うか、そう、精神の情報を『調べる』ような感じの魔法かな。それでも、脳にかかる負荷が急激に大きくなるから、気絶状態になっちゃうのね。でも、闇魔法だから、私の闇の精霊魔法で〔干渉〕できるよ、ミンタちゃん。構成成分が同じ部分があるの」


 レブンがペルに抱きつきながら、うなずいた。かなり魚頭になっているが。

「なるほど。でも、この魔力はテシュブ先生と同じくらいあるよ。貴族が放ったものだと思う。用心するに越したことはないよ」

 ムンキンも大きな目をキョロキョロさせながらペルに抱きついているが、顔の細かくて滑らかな鱗を膨らませて緊張した表情になった。尻尾も念のためにペルに巻きつけていたが、それを、ぎこちなくゆっくりと解いて離す。

「き、貴族が本当に相手なのか? 勝ち目はないぞ」


 いきなり3人にしっかりと抱きつかれたペルは、必死でパタパタ踊りをしないように努めている。

「ミ、ミンタちゃん。でも、どうして精神〔干渉」魔法が来るって分かったの? 貴族さんたちの使う闇魔法って、謎だらけで私もよく知らないのに……」

 ミンタが「ニッ」と微笑んで、ペルの鼻先に自分の鼻先をくっつけた。

「クモ先生の古代語授業で、ちょっと勉強したのよ。あのハグ人形を、やっつけないといけないもの」


 そこへ気楽な声がして、当のハグ人形が救護所に歩いて入ってきた。

「よお。これに耐えたか。やるじゃないか。『活』を入れる手間が省けたわい」


 ペルが3人に抱きつかれたままで、黒毛交じりの尻尾をパタパタさせて両耳をクルクルさせていたが、ハグ人形に状況を聞いてみた。

「ハグさん。これって、テシュブ先生みたいな貴族が使う闇魔法でしょうか。騎士さんやステワさんとも似て……いないかな? なんか変な感じです」


 ハグ人形が血の海の上を、波紋をつけながら「ポッテポッテ」と歩いてきて、口を大きくパクパクさせた。ぬいぐるみのくせに吸水性はない様子だ。

「察しが良いな。その通りだ。貴族の闇魔法だな。君たち以外は、エルフとノーム、それにセマンの先生だけが何とか無事のようだぞ。それ以外は全員が気絶しておるよ」


 ペルが手足と尻尾をパタパタさせてハグ人形に聞く。

「だ、だ、大丈夫なんですか!?」

 ミンタがペルに落ち着くように諭す。ハグ人形もペルをまず落ち着かせてから、答えを述べ始めた。

「落ち着け、ペル嬢。アンタの〔防御障壁〕が今崩壊したら、こいつら3人も気絶するぞ。大丈夫だよ。お仲間は皆、大事ない。熟睡しておるだけだ。生気も、それほど吸われておらん」


 上毛を含めた顔じゅうのヒゲ群が四方八方を向いたままだが、何とか気持ちを落ち着かせてうなずくペルである。黒毛交じりの尻尾は今も盛大に竹ホウキ状態だが。

 レブンが代わりに質問してきた。

「ハグ様。これって、どういった目的の魔法なのでしょうか。精神破壊ではないですし、混乱させるためですか?」


 ハグが気絶状態でベッドの上で寝ている負傷警官の腹の上に乗って、コサックダンスもどきな動きを始めた。さすが闇の眷属である。

「は、それも、は、あるが、は、ヤツは、は、やや特殊な、は、派閥だ、は、からな、は」

「とても聞き取りにくいです。それに笑いを取る場面ではないですよ、今は」

 レブンが冷静なツッコミを入れたので、仕方なくダンスを止めるハグ人形である。

「ちぇ、つまんなーい。シリアスな場面ほど笑いを取らずにどうする。まあ、よい」


 ムンキンが顔を覆っている柿色のウロコを逆立たせながら、濃藍色の瞳を怒りに燃えたたせてハグ人形を見据えている。これ以上の悪ふざけをすると、「血の海の床に叩きつけて踏み潰すぞ」と言わんばかりの威嚇だ。


「コホン」と軽く咳払いをしたハグ人形が話を続けた。

「貴族は3種類ほどに大きく分類できてな。最大勢力がテシュブ先生の所属する派閥で、体を魔力で維持する連中だ。2つ目に果物などを一切取らずに沐浴だけで体を維持する派閥があるが……まあ、こいつらは悪さはしない。そして、3つ目がっ! そうっ! 気になる3つ目がっ。デレデロデレデロパパラパー……」

 ここでハグ人形が、もったいぶって咳払いを数回した。ムンキンが無言で蹴りを放つ態勢に移行したので渋々、話の続きをする。

「せっかちじゃなあ、もう。残る1つが『カルト』とも呼ばれている派閥でな、死体から生き返って生者になった状態で不死を目指しておる。こやつは、その一員だな。先程の闇魔法で分かった。レブン君、君が苦労して予習していた派閥ではなかったな。ざーんねん!」


 レブンが「意味不明」とでも言いたげな表情になった。

「何ですか、それは?」

 ハグ人形も苦笑したような声色になる。

「我らアンデッドは、基本的に『生からの解脱』を目標に掲げておるんだが……カルト派閥は『生きたまま解脱』するのが理想なんだよ」


 さらに(訳が分からない……)という表情になるレブンだ。ハグ人形がレブンの顔を見て、口調を少し和らげる。

「アンデッドになるには一度死なないといかんだろ? そこで、あらゆる手を尽くして『生き返る』、もしくは『擬似的に生きている』状態になることに夢中になっておるのだよ」


『理解不能』という雰囲気が、レブンだけでなくミンタたちにも広がっていく。それを楽しんでいるのか、ハグ人形の口調が、さらに気安いものになった。

「その魔法手段は、なかなか複雑でな。世界中から情報を収集して研究しておるのだよ。今回の騒動も、その情報収集の一環だな。この獣人世界の住人から有益な情報を集めようとしておるのだろう。まあ、詳しい調査はリッチー協会が進めておるので、その報告待ちじゃな」


 ムンキンがジト目をさらにきつくした。

「うわー……何と言う迷惑な連中だよ」

 レブンも同様な表情になっている。

「貴族にも、そんな愚かな派閥があるんですか……幻滅しちゃうなあ」

 ミンタも尻尾をパタパタさせながら呆れたような声を上げる。

「アンデッドになっても生命を維持したいから、他の種族の生体情報を収集って……バカじゃないの?」

 ペルが冷や汗をかきながら、抱きついている3人を諭した。

「一度死んでみないと、その考えは分からないのよ、多分きっと」


 そして、ハグ人形を改めて見つめた。かなり意識がしっかりしてきたようだ。

「ハグさん。生体情報収集は理解しましたが、でも、このような強硬な手段をとる必要性はないですよね。気づかれないように、ひそかに収集した方が、より多くの良質な情報を集めることができるはずです。これは単なる方便で、他に目的があると思うのですが。そう、もっと緊急な要件が」


 ハグ人形が大きく口を開けてパクパクした。負傷している警官の腹の上で片足立ちをし、クルクルと回転している。両手を水平に伸ばすと回転が遅くなり、頭上に伸ばすと回転が早まる。

「うむ。だからワシが、こうして歩いて来たのだよ」

 そして、両足立ちになってピタリと静止してキメポーズをとった。「いえい!」とか何とか言っている。




【リベナント】

「ふう……助かった」

 エルフ先生がティンギ先生に抱きついたままで、深い安堵のため息をついた。ノーム先生も冷や汗をぬぐっている。

「〔運〕ですか……サムカ先生の言うとおり、本当に侮れませんね。あの強烈な精神〔干渉〕の闇魔法を、どうやって回避したのですか?」


 ティンギ先生がニヤリと笑う。自己主張が激しいワシ鼻と、これまた自己主張をしている大きくて黒い青墨色の瞳が、エルフ先生の癪に障る。

「それが説明できたら、〔運〕じゃないだろ」


 ノーム先生が「ぷ」と吹き出し、とりあえず口ヒゲの乱れを直した。

「確かにな。さて、どうするかねこれから。相手は貴族だ。我々にはもう対抗手段が残っていないぞ」

 エルフ先生が森の中を見て、首を振った。

「パリーがいれば、と思ったのですが、彼女も精神〔干渉〕を受けて昏睡している様子ですね。魔力支援が望めない以上、ここにいても意味がありません。撤退しましょう」


 ノーム先生が銀色のあごヒゲの乱れを、素早く直して同意した。まだ数本ほど跳ねているが、気にしていられない。

「うむ。そうしよう。あの狼バンパイアは陽動だったということだな。まんまと戦力を消耗させられたし、精神〔干渉〕攻撃用のチャンネルを知られてしまった。しかし、貴族の〔ステルス障壁〕は恐ろしいな。今の今まで〔察知〕できなかったとは。もう、とっくに撤退しているものと思っていたよ」


 エルフ先生が少し悔しそうな表情になった。少し静電気が発生したのか、腰までの真っ直ぐな金髪が何本か逆立っている。

「ええ。私も貴族と名乗る敵とは何度か戦ったことがありましたが、ここまで強力ではありませんでした。今までの相手は『自称』貴族だったのでしょうね。実際はサムカ先生の言う、バンパイアや魔族が変装した姿だったのかも。今、相対している貴族が本物なのかな」

 エルフ先生が小さくため息をついた。髪に走る静電気も静まっていく。

「……残念ですが、よほど準備しないと手も足も出せませんね。狼バンパイアを滅しましたが、生体情報の強奪を闇魔法1つでやられてしまいました。ゾンビなどのアンデッドの強化に応用するのでしょうね」


 3人がそろそろと西校舎から距離をとり始めたその時、校舎内の敵貴族から〔念話〕が仕掛けられた。

(おっと。君たちにはそこに居てもらおう。小細工をされると面倒なのでね)

 同時に校舎から何かが飛び出してきて、エルフ先生たちの手前15メートルの地点に着地した。

 《ずしいいん……》という地響きが、先生たちが中腰になっている場所まで伝わってくる。


「こ、こいつは……」

 ノーム先生がライフル杖を地面に置いて、格闘戦の構えを瞬時にとった。エルフ先生も素手のままで、同様の動きをとる。両手、両足先、両肘、両膝を、薄い光の膜が覆っていく。ソーサラー魔術の〔格闘用の支援〕魔術も同時に自動発動した。

 主だっただけでも、〔反射速度上昇〕、〔筋力上昇〕、〔疑似外骨格形成〕、〔カウンター技の瞬間起動と敵への攻撃部位の事前登録〕、〔転倒防止と瞬間加速のための重心操作の自動化〕、〔強烈な加速運動と打撃攻撃の反作用による自身の体組織の損傷の自動修復〕、〔加速度による意識喪失の防止〕、〔心肺能力の強化〕、〔血液中の赤血球の酸素運搬機能の強化〕……などなどを一瞬で終える。

 杖を使用した精霊魔法を使う魔力が、予備の魔力パックを含めてない状況なので『最後の手段』に近い。


「ええ。アンデッドでも強力な部類の『リベナント』ですね。ゾンビの上位種で、皮膚表面には粉状の神経毒が付着しています。私には〔耐性〕がありますが、ラワット先生は注意して下さい。毒の情報を送りますね。敵は私たちを見下していて魔法銃などを装備していませんから、勝機はあります」


 リベナントは身長が2メートルに達するような巨漢で、ものすごい筋肉質である。毛皮を剥いだゴリラとでも指摘できようか。真っ黒い色の簡易鎧で全身を覆っているがエルフ先生の指摘した通り、鎧の隙間から粉状の物が吹き出ているのが確認できる。

 頭をすっぽりと包む兜は黒色で、凶悪で赤く光る両目が鬼火のように異様な存在感を放っている。アンデッドなので呼吸はしておらず、微動だにしないその姿は相当な威圧感を見るものに与えている。鎧や兜の形状には古代中東風の趣があるのだが、装飾等は一切ついていない。


 ティンギ先生がニヤニヤしながら、エルフ先生とノーム先生に口を開いた。

「手を貸そうか?」

 エルフ先生が緊張したまま、敵から目を逸らさずに答えた。べっ甲色の長い髪から静電気がいくつか弾けてパチパチと音がする。

「いえ。ティンギ先生が加わると、戦闘が余計に混乱しそうです。そこにいて下さい」

 ノーム先生も視線を動かさずに同意する。

「そうだな。我々2人がティンギ先生に抱きついたままでは、コイツの直接攻撃をかわすことは困難だろう。ティンギ先生だけが無傷で、我々が大ケガをする可能性の方が高いよ。よし、エルフ先生ありがとう。〔対毒の防御障壁〕に切り替えたよ」


 ティンギ先生がニヤニヤした顔のままで了承した。

「分かったよ。じゃあ、私は……」

 いきなりリベナントが跳躍して15メートルあった距離を一瞬で詰めきった。そのまま、風を巻き上げて両腕で目の前のエルフ先生を薙ぎ払う。


 エルフ先生は無言でその鋭い攻撃をかわしながら、足を一歩踏み出してカウンターの『肘打ち』を放った。リベナントの腹部鎧の脇の下部分が、エルフ先生の肘にえぐられて吹き飛ぶ。

 同時にノーム先生も反対側の敵脇の下に、『拳』を鉄槌のように振った。再び鎧がえぐられて吹き飛ばされる。2つの衝撃波がリベナントの全身に伝わり、動きが一瞬止まった。


 その隙を逃さず、両方の脇を通過した先生方が敵の背後から、両膝の側面の腱を蹴り折った。瞬間的に自動発動する〔格闘用の支援〕魔術が追加でいくつも起動する。


 リベナントの体重や筋肉の量が圧倒的にエルフ先生とノーム先生よりも大きいので、ただ普通に打撃攻撃をしただけでは効果が出ない。それどころかリベナントの筋肉に跳ね返されて、打ち込んだ運動エネルギーがカウンターで返ってくる。コンクリートや鉄の壁を殴ると、ケガをするようなものだ。


 それを回避し、ダメージを確実にリベナントへ与えるための〔補助〕魔術群である。蹴りがヒットした瞬間に、エルフ先生とノーム先生の体重が1000倍に膨れあがり、さらに加速度も上げる魔術がメインになる。

 運動エネルギーを〔増加〕させる目的だ。例えると、三輪車アタックを隕石アタックに変えるようなものである。


 同時に自身に跳ね返ってくる打撃の衝撃を〔ベクトル反転〕させて、敵のリベナントに向ける同魔術も使う。これによりエルフ先生とノーム先生は、打撃攻撃によるダメージの跳ね返りを抑えることができる。


 それでも、ヒットした自身の足の接触部位への衝撃はキャンセルできないので、足が損傷するのは避けられない。もちろん同魔術で〔足の骨や腱の硬化〕と〔靭性弾性の強化〕も行っているが、それでも限度がある。

 実際にエルフ先生とノーム先生の足の甲の骨がこの蹴りの反作用より粉砕骨折していて、腱や筋肉組織も衝撃で押し潰されているのだが、これも同魔術で瞬時に〔修復〕させている。


 他にも、リベナントの表面に付いている猛毒に対する〔解毒〕魔術も同時に発動されている。〔耐性〕があっても毒による機動力の低下が起こるためだ。

 さらに対アンデッドなので、一般の〔治療〕魔術も合わせて叩きこまれている。死体を強制治療する魔術なので、それなりのダメージをアンデッドに与えることができるのである。法術ではなくてソーサラー魔術だが。


 これらの補助魔術群は〔パッケージ化〕されているので、既に術式の詠唱は終えていて、魔法効果の具現化の『実行命令』を出すだけの状態で準備されている。そのために、改めての術式の詠唱や、魔法陣の作成の手間や時間は不要だ。

 ただし、ソーサラー魔術は自身の『顕在魔力』を主に消費する。これだけの魔術を一度に行使すると、後にくるのは深刻な疲労だ。消耗して動けなくなり、気絶する場合も多い。


 《バチーン!》とゴムが切れるような弾力のある音が響く。 

 バランスを崩してのけぞったリベナントの背後に回った先生たちが、両方の敵肩甲骨に全体重を乗せた『張り手』を繰り出した。『張り手』は光を放って、鎧の肩当てごと肩甲骨を砕く。そのまま敵の体を突き抜けて、鎖骨ごと敵の両肩を大きくえぐり取った。これも同じく〔パッケージ化〕されているので、術式の詠唱はしていない。


 ゴリラのように筋肉隆々の両腕が肩をえぐられて力なく垂れ下がる。膝を砕かれた敵は、あっけなく地面に正座するように倒れた。


 それでも両先生の攻撃は止まらない。光る『張り手』を今度は『手刀』にして、リベナントの首回り1メートルはありそうな首を容赦なく刎ね飛ばした。

 切り離されたフルフェイスの古代中東風の兜に包まれた頭が<バン!> と、爆発音のような音を立てて、10メートルほど向こうの地面に落ちて跳ねた。大量の筋肉が切断されたために自己収縮を起こし、その反作用で首が高く飛び上がったためだ。


 ここまでしても、ゾンビなので血吹雪などの体液の噴出は見られない。水だけだ。大動脈などの太い血管も、筋肉の収縮が起きたせいで締め付けられて、完全に切断面が閉じられている。

 この点は、血肉を撒き散らした先程の狼バンパイアとは違う。ちなみに悪臭もしていない。


 両先生は戦闘体勢のままで地面を滑るようにジグザグで数メートル後退して、リベナントの反応をうかがった。ジャンプして飛び下がるような素人動作ではない。

 急激な加速と打撃で切れた筋肉繊維や腱が瞬時に〔修復〕し、肘関節部分で起きた亀裂が治る。激痛が走っているはずだが、過剰な痛覚を〔遮断〕するソーサラー魔術を使っているので、特に両先生の顔に苦痛の表情は出ていない。


 ただ、エルフ先生の肘にあったプロテクターは完全に潰れてしまっていて、軍用のブーツの底からは薄い煙が出ている。手袋も破損して、日焼けした白梅色の手肌が見えている。ノーム先生も似たような姿である。


 エルフ先生がここでようやく一息ついた。

「普通ならここまで破壊すれば、アンデッドは無力化するんだけど……」


 リベナントが膝を破壊されているはずなのに、何事もなかったように立ち上がった。200トンほどの圧力がかかった蹴りだったのだが。大穴が開いている両肩にも赤黒い肉が湧き出して、瞬時に穴を塞いでしまった。そして、首から新しい頭が生えてきた。

 見ると、10メートル先に転がっている元々の頭からも、大量の肉が噴き出してきて、小さいながらも全身を再形成し始めている。このままではリベナントが2体になりそうだ。


 エルフ先生がため息をついた。

「ふう……やっぱりダメか。さっきの狼バンパイアでも両足が〔再生〕したものね。巨人ゾンビほどじゃないけど、コイツも尋常じゃない〔再生〕能力持ちか」

 そう言いながら、元々の頭から体を〔再生〕している途中の10メートル先の敵に飛びかかる。そして、両膝でフルフェイスの兜頭を挟み込んで固定し、ギラギラ赤く光っている両目の上に両手を乗せた。既に、兜からはノーム先生ほどのサイズの、人型をした肉塊が発生している。


「せい!」

 両手が光って、兜ごと頭が灰になった。そのまま〔再生〕中の肉体を灰にしていく。


 同時にノーム先生も動いていた。こちらも、首の切断面から新たな頭が生えてきていて、凶悪そうな顔が形成されつつあった。

 見えない背後から飛び掛って、再び光る『張り手』で新生した頭を叩き潰して粉砕する。着地と同時に、光る『足刀』を鎧のない左膝裏に叩き込んだ。

 膝が真っ二つに切り裂かれ、たまらずバランスを失ったリベナントが地響きを立てて倒れた。切り離した膝下部分の足を、すぐに大地の精霊を呼び出して地面に飲み込ませて〔分解〕させる。


「肉体〔再生〕には大量の死霊術場を消費するはずだからね。そういつまでも〔再生〕は続けられないよ。パリー氏による大地の精霊〔支配〕はまだ有効だし」

 エルフ先生が戦線に復帰して、ため息をついた。

「そうですね。敵は格闘術の行動術式を持ち合わせていないようですから助かります。ですが、あの貴族の思惑通り、私たちはしばらくここに釘づけにされてしまいますね」


 倒れたリベナント本体を、ノーム先生が呼び出した大地の精霊が包み込んで〔分解〕を始めた。しかし、リベナントが大暴れして切断された膝下を〔再生〕し、立ち上がって大地の精霊から逃れる。

 かなり消耗して今はゴリラのような姿ではなくなり、ひょろ長い背丈で骨がやたら太い筋肉質な男のように変化している。しかし、まだまだ元気なようだ。


 ノーム先生が攻撃態勢を再び整えて、グチを漏らす。

「やはり、格闘では大した攻撃力にはならないな。1発分だけでも杖に魔力が残っていれば、かなり楽に対処できたんだが」

 エルフ先生も腰を落として突撃の態勢になりながら、空色の瞳を不敵に光らせた。

「相手の策が上でしたね。サムカ先生の使い魔のようなものを飛ばして、私たちを観察していたのでしょうね。次からは、カートリッジの大きさを、簡単には視認できないように、小さいサイズに変えてもらいましょう」


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