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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
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17話

【不満のバントゥ党】

 そこへ、救護所テントの入口のカーテンを開けて、バントゥたちが党員と共にズカズカと入ってきた。先のクレタ級長も加わっているので、彼が呼び寄せたのだろうか。それでも党員の生徒数が10名に達していないので、急遽ここへ駆けつけたのだろう。

 クレタ級長に何を吹き込まれたのか分からないが、バントゥはかなり不機嫌な様子である。幻導術のプレシデ先生の姿を見つけるなり、さらに足早になって詰め寄った。


「プレシデ先生! どうして私たちは森の避難所で待機なのですかっ。そこのミンタさんたちは作戦に参加できているというのに、これでは不公平です!」

 バントゥが赤褐色の大きな瞳を大いに怒らせて、担当のプレシデ先生に突っかかった。尻尾や両耳が怒りで逆立っていて、竹ホウキ状態になっている。彼の専門は幻導術なのでプレシデ先生のクラスになる。


 しかしプレシデ先生は黒い深緑の吊り目を閉じて、黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を左右に振るばかりだ。

 背中で髪を束ねているので、その毛先が肩先で一呼吸遅れたリズムで揺れる。服装はいつものぴったりしたスーツ姿ではなく作業用の服だが、それでもほかの先生に比べると若干おしゃれである。

「ここの仕事は、私1人で事足ります。級長のプサット・ウースス君も、どうしてここへ来ているのですかね。避難所で、私が指定した幻導術を実行するように命じたはずですが」


 級長と呼ばれた竜族の男子生徒が、バントゥの後ろからバツが悪そうな顔をして出てきた。3年生の学年章をつけている竜族なのだが、彼は大人しい性格のようだ。露草色の瞳には動揺の色が浮かんでいて、ストレスによるものなのか頭の橙色のウロコも荒れ気味だ。

「すいません、プレシデ先生。バントゥ君がどうしてもと言うので……」


 バントゥが顔を赤くして、ウースス級長を後ろに引き下がらせた。同じ専門クラスの級長なのだが、お構いなしだ。

「僕は、名門ペルヘンティアン家の三男です。魔法学校の一大事に駆けつける義務があるのですよ! それと同時に、誰が怠けているのかを調べて、我が本家に報告する義務もあるのです」


 しかしプレシデ先生は全く動じなかった。むしろ、バントゥを小バカにしたような表情になっている。

「バントゥ・ペルヘンティアン君。あなたの成績は中の中、『平凡』なのですよ。このような場に呼べるわけがないでしょう」

 そう言いながら、ミンタとムンキンに視線を投げる。

「そこのミンタさんとムンキン君ほどの成績であれば、一考の余地はありますが……それでも後方支援限定です。君よりも成績の良いウースス級長ですら、私はここに呼んでいないのですよ。まあ、アンデッド先生のクラスの子は、私のクラスではありませんので関知しませんけれどね」


 ミンタがドヤ顔になって、バントゥを見据えた。

「そういうことよ、バントゥ党の先輩方。邪魔だから、ここから出ていきなさい」

 ムンキンも、柿色の頭のウロコを膨らませてドヤ顔になっている。

「たまには、良いこと言うじゃないか、プレシデ先生」

 ペルとレブンは顔を見合わせて固い笑みを浮かべていて、特に何もアクションを起こしていない。


 一方、プレシデ先生やミンタたちに、やり込められたバントゥ党の面々は相当にカチンときたようだ。バントゥも含めた党員全員が険悪な表情になっている。あれから数名が追加で駆けつけてきたようで、今の人数は10名余りというところだ。


 竜族のラグ・クンイットが黄赤色のウロコを逆立てて青藍色の強い瞳を大きく見開き、尻尾で数回床を叩いた。かなり神経質そうで、尻尾のリズムが変拍子でコロコロ変わっている。

「下級生のくせに生意気だぞ、お前たち! 俺はソーサラー魔術専門だから、攻撃魔法は数多く習得してる。警官どもより、はるかに攻撃力は上なんだぞ」


 同じ竜族のムンキンが少し呆れた顔になった。濃藍色の瞳が半眼になって、侮蔑の色を帯びている。

「は? 鳥頭のジャディにも負けるようなソーサラー魔術使いが、何をほざいているんだよ、先輩。また空中でハリセンボン状態になりたいのかよ」

 レブンも一応遠慮がちに、ラグに指摘した。

「今回の敵はアンデッドです。多分、バンパイアですよ。個人戦を挑んで勝てる相手ではないと思いますが」


「ぐぬぬ!」と大きな目をさらに見開いて怒っているラグに、プレシデ先生が冷ややかな声で告げた。もう、さっさとここから引き上げたい様子だ。

「あなたたちにも、ちゃんと仕事があるじゃないですか。敵を寄宿舎の前庭に追い込んだ後の包囲攻撃です。その準備を進めておきなさい。森の中の避難所から、攻撃魔法を〔テレポート〕させて撃ち込むのでしょう? 術式の間違い直しやら、今すべき事は色々ありますよ」

 確かにその通りなので、大いに不満そうな表情のままだが一歩引き下がるラグである。


 代わりに魚族のチューバ先輩が、セマン顔のままで口を出してきた。黒い紫紺色の瞳が鈍く輝く。彼はドワーフのマライタ先生が教える魔法工学の専門なので、プレシデ先生に遠慮していない。

「であれば、ミンタさんたちも『ここ』ではなく、僕たちと同じく森の中の避難場所から攻撃に参加すべきではありませんか? 救護所には法術のマルマー先生や、医療用ゴーレムに警察の医療班まで揃っています。彼らプロの邪魔になるだけでしょう」


 それについては法術のマルマー先生が、豪華な法衣をひるがえして杖を持ち替えながら答えた。

「我も同意見だ。が、シーカ校長の指示なのだ。こやつらはこうでもしておかないと、勝手にアンデッドどもと戦い始めかねん。貴様らが指揮する避難所にいても、こやつらはきっと勝手な行動をとるに決まっておる。一種の隔離処置だ」

 ミンタとムンキンが不機嫌な顔になるが、特に何も言わない。半分くらいは当たっているようだ。


 プレシデ先生もニヤニヤしながら斜に構えて、煉瓦色の黒い前髪をかき上げた。

「この2人は魔力が高いからね。多数の攻撃魔法を〔テレポート〕させる際に、大出力の魔法が混じるとエラーが起きやすいんだよ。こうして『隔離』するのは正しい判断だな。せっかく撃った攻撃魔法が〔テレポート〕できなくて、周辺の森を焼いたら大事になるからね」

 今度はミンタとムンキンが『ぐぬぬ顔』になっている。


 ほとんど無視されているペルとレブンだったが、レブンが何か質問を思い出したようだ。同じ魚族のチューバに聞く。

「あの。質問してもよいですか、チューバ先輩。ジャディ君とその仲間の飛族たちも、森のどこかで待機しています。彼らは鳥目ですので、夜間作戦用に魔法具のゴーグルをお願いしていたのですが……何か問題は起きていませんか?」

 チューバが魔法工学の専門クラスの級長であるベルディリ3年生に顔を向けた。どうやら、ベルディリ級長もバントゥ党員のようだ。彼が狐族らしい穏やかな表情と理知的な声で答えた。

「手配はしてあるよ。だけど、レブン君の危惧も妥当だな。ちょっと待ってくれ。確認してみよう」


 すぐに、ベルディリ級長が手元に小さな空中ディスプレーを発生させた。それを数秒間ほど操作する。

「……うん、問題ない様子だね。マライタ先生作だし性能は充分だろう。ただ、バッテリー稼働時間が短いから必要時以外は起動させないように、ジャディ君たちにもう一度念入りに通達しておくよ。確かに鳥頭だからね彼らは」

 ジャディは救護所テント内では旋風を発生させて、余計な大被害を与えかねないので、別行動中である。


 それを聞いて、レブンも安心したようだ。

「そうですか。『念押し』をお願いします。僕とペルさんも、森の避難所へは行かない方が良いでしょうね。幻導術専門クラスが術式の交通整理をしています。余計な死霊術場や、闇の精霊場なんかが混じると、混乱の元になるだけですよね」

 それには、バントゥたちも異論ない様子である。


 とりあえず怒りも収まってきたようだ。バントゥが大きく咳払いをして、ミンタに顔を向けた。さらに簡易杖を振って救護テントの天井付近に1つ、明るい光球を発生させた。術式を自動で実行する自律型遠隔魔法〔オプション玉〕だ。

「では、僕たちは避難所へ戻るよ。君たちを監視する術式を組み込んだ〔オプション玉〕を残しておく。くれぐれも、先生たちの邪魔だけはしないように。では」


 バントゥたちが救護所テントから出ていくのを見送るミンタである。明るい栗色の目が、ややジト目になっている。

「何が監視よ、まったく。そんな暇があるなら魔法の勉強をしなさいよ」



 その時、救護所に作戦ルームの情報係官からの無線連絡が入ってきた。

「各位に通達。敵全部隊は予定通り、学生寄宿舎への侵入を開始した。部隊長より作戦開始の指令を下す」

 そして、部隊長の声が無線から響いた。

「敵は殲滅対象である。作戦開始」


『殲滅対象』という言葉に、体中の毛皮を思わず逆立てたペル。しかし、レブンとミンタがペルの肩に手を置いて落ち着かせた。「ふうう……」と深呼吸するペルである。

「では、私たちも取り掛かりましょう。生徒だけの勝手な行動だけど、この救護所内だけなら殲滅作戦全体への影響は出ないだろうし」


 先生方もニヤリと口元を歪ませて同意した。作戦というよりは、この救護所の段取り決めに分類される程度の話である。確かに作戦指令所へ報告するまでもない。ただ本来ならば、生徒に任せずに教師たちが先頭に立って指揮すべきことではあるが。


 ムンキンが濃藍色の目を半分閉じて、レブンの脇腹を小突いた。

「役に立たない先生だが、これでも先生だ。後で校長にこいつらの言動をチクるなよ。こいつらが失職したら、授業の単位が取れなくなって困るのは俺たちだからな」

 レブンがセマン顔のままで、小突き返した。

「分かってるよ、ムンキン君」




【寄宿舎前の広場】

 森の中から最終作戦地点に移動し終わり、ライフル杖の標準を固定し終わったエルフ先生とノーム先生の目に、寄宿舎の玄関と通用口、屋上の非常口が突然閃光に包まれたのが映った。一瞬遅れてから、地響きと共に爆発音と銃撃音が塊となって耳を直撃する。ここから敵群までの距離は150メートルほどだろうか。

 エルフ先生は専用のライフル杖固定用の器具を、落ち葉で敷き詰められた森の大地にしっかりと挿している。 

 ノーム先生は器具を使わずに大地の精霊を呼び出して、それをそのまま固定台に使用していた。


 森の外から轟いてくる爆音を聞き流しながら、エルフ先生がつぶやく。

「始まったわね」

 周辺の森林の中にはゴーストを始めとする敵方のアンデッドや、索敵部隊の存在はいなくなったので、通常の会話モードに戻している。


 エルフ先生が呼び出した風の精霊1体と、ノーム先生が使役する大地の精霊1体は、それぞれ主から1メートルほど離れた場所に位置して、ライフル狙撃の位置情報支援を行っていた。

 エルフ先生、ノーム先生、それと風の精霊、大地の精霊による2つの三角測量からなる〔測位〕である。互いの位置が近すぎるが、それでもかなり正確に〔測位〕ができる精度だ。


 敵のアンデッド群の武装は、ゾンビが鈍器を、スケルトンが剣のような物体を振り回す程度のものであった。

 銃器やマジックミサイル砲のような精密機器ではない。弓すらも装備していないので、かなり単純な命令しか実行できないタイプであることは明白だ。サムカ軍のアンデッド兵とはまるで違い、動きも遅い。


「うりゃああああ、ほえええええっ、とうおおおおおおお」

 奇声を上げてソーサラー先生が高速飛行しながら、屋上のゴーストに〔爆撃〕を仕掛けるのが見えた。〔分身〕魔術でも発動しているのだろうか、先生の姿が数名に増えている。

 そのソーサラー先生たちが編隊飛行を組んで、的確に〔マジックミサイル〕を発射していく。寄宿舎の前庭が50発以上もの〔爆撃〕を受けて燃え上がり、一呼吸おいて、こちらにも地響きを伴う爆音が轟いてきた。

 猛烈な炎の渦が発生して、ゾンビやスケルトン群を焼きながら空中に巻き上げている。確かに、先日の巨人ゾンビ戦の時と比べると、先生の攻撃魔術の火力が桁違いに上がっているのが見て取れた。飛行速度も、かなり上がっている。


 森の中で音を立てずに、エルフ先生が首をかしげた。

「ソーサラー魔術は自身の魔力を使うものだけど……これは、どういうことかしら」

 近くのノーム先生も少し肩をすくめている。あごヒゲを触ろうとして止め、ライフル型の杖に戻した。

「多分、杖に魔力パックを追加しているんだろうね。我々の杖と同じさ。使い捨てだから、パックの残りがなくなれば撤退だろうなあ」


 他のウィザード先生も、今回は同じ手法をとっているようだった。魔法場サーバーからの魔力供給では、魔法発動までの時間がかかるからだろう。即応できるように魔力パックを携帯しているのが見える。


 エルフ先生とノーム先生の位置から見えるのは、力場術のタンカップ先生だけだ。他のウィザード先生は後方支援に徹している事になっている。ソーサラー先生の杖をよく見ると、ノーム先生の予想通りカートリッジが付いているのが分かった。


 ノーム先生がソーサラー先生と彼の分身たちによる、空爆を楽し気に眺める。まるで花火大会でも見るような気楽さだ。

「ソーサラー魔術は術者個人の魔力を使うのが基本だ。だけど実際はソーサラー協会があって、そこで魔力の標準化をかなり進めているようだからね。協会製の魔力パックであれば、協会会員のソーサラー全員が使えるはずだよ。まあ、協会という組織がなければ、こうしてタカパ帝国がソーサラー魔術の先生を雇うことなんかもできないわけだし」


「ふうん。そうなんですか……ちょっと法術のシステムに似ているんですね」

 エルフ先生が真面目な顔でうなずいている。とはいっても、ライフル杖で淡々と機械的に敵ゾンビやスケルトン、ゴーストを撃ち滅ぼしているが。〔光線〕なので音も閃光も発しない静かな攻撃だ。


 エルフ先生の視野には、ウィザードのタンカップ先生も入っていた。彼も当然のように最前線にいて、盛大な〔火炎放射〕を何本も発生させてゾンビやスケルトン群を焼き払っている。彼の攻撃魔法の威力も桁違いに上がっているのは一目瞭然であった。


 しかし、狙撃手であるエルフ先生から見れば、射撃の邪魔以外の何物でもない。それはノーム先生も感じているようだ。ため息混じりでエルフ先生に、小声で先ほどの考えを修正してきた。

「携帯の魔力パックだけではなさそうだな。攻撃魔法を連射し続けている。どこかに連中の秘密の魔力の増強サーバーがあるな、これは。タカパ帝国に登録してある正規の魔法場サーバー分だけじゃ、ここまでの連射攻撃はできないはずだよ」


 エルフ先生もそれを聞いて、眉を少しひそめて同意した。

「でしょうね……まったくもう。法令順守をしない先生なんて、生徒に示しがつかないのに。しかも射撃の邪魔だし……シーカ校長に教員全員の戦闘訓練の必修を、もう一度提言しようかしら」

 ノーム先生が「クスリ」と口元を緩ませながら、また1体のスケルトンを〔光線〕魔法で撃って破壊した。魔法の糸を〔切断〕するように術式が組まれているので、一撃で粉砕できている。


 一方で、ソーサラー先生やウィザード先生たちの攻撃魔法は威力面では高くなっているのだが、残念ながらアンデッドへのダメージはそれほど大きくない。アンデッドが帯びている闇の精霊場のせいで、攻撃魔法の威力が削られているせいである。

 エルフ先生とノーム先生の攻撃魔法は、その対処が済んでいるので、一撃で粉砕破壊できている。残念ながら、術式の〔共有〕が思うようにできていないようだ。 

 精霊語を使う精霊魔法と、ウィザード語を使うウィザード魔法やソーサラー魔術なので、翻訳に齟齬がどうしても生じてしまう。


 ノーム先生が射撃を続けながら自分の口ヒゲを指で捻りつつ、落ち着いた声色で口を開いた。

「戦闘訓練か。そうなると、私よりもカカウトゥア先生の方が上の階級だから、部隊長になりますかね。私は手下という事で。戦術もエルフ流になりそうかな」

 途端にエルフ先生の端正な白梅色の顔が曇った。

「うえ……それは嫌ですね」


 そんな会話をしながらも、射撃を続けているエルフ先生とノーム先生である。〔指向性の会話〕魔法ではなく通常の会話なので、感情の動きが口調に出てよく分かる。 

 超音波による音成分ばかりの〔指向性会話〕では情報量が制限されるので、感情までは相手になかなか伝わりにくいのだ。


 法術のマルマー先生は救護所に詰めているので、この最前線には姿を見せていなかった。しかし彼もソーサラー先生やウィザード先生と同じように、違法な法力場サーバーの増設をどこか秘密の場所で行っているであろうことは想像に難くない。

 ちなみに法術の場合は、信者数に応じて大きく法力が左右される。信者の信仰思念エネルギーが、法術の源になるからだ。そのため、布教が進んでいない獣人世界では法術先生の出身世界と比較すると、使用できる法術の種類も威力も大したものではない。アンデッド相手であるのに、前線へ来ていない時点でそれは容易に分かる。


 マライタ先生は寄宿舎の屋上に陣取っていた。ゴーグル付きのヘルメットを頭にかぶっているので顔は見えないのだが、樽のような体型なので誰が見ても分かってしまう。

 手袋も、いつものではなく専用のものに変わっていた。それを使って、いつの間にか設置していた罠を数多く操作し、爆発させて敵群を誘導している。

 彼の足元には、ちゃっかりとウィスキー瓶が半ダースほど並べられていた。


 エルフ先生とノーム先生が空中ディスプレー画面越しにそれらを確認して、ため息をついた。ノーム先生は羨望のため息だったような節があるが。


 幻導術のプレシデ先生や、招造術のナジス先生の姿も見当たらない。しかし、数体の戦闘用に改良したカフェのカウンター接客用の土製ゴーレムが、大きなハンマーを振り回してゾンビやスケルトンを叩き飛ばしているので、どこか後方で戦闘に参加しているのだろう。警察部隊の〔幻影〕もあちこちに出現していて、敵群の誘導に役立っているようだ。


 しばらくしてから、寄宿舎を取り囲むように、あちこちに〔テレポート〕魔術刻印が空中に発生して、そこから様々な攻撃魔法が放たれ始めた。バントゥが指揮している、森の中の生徒避難所からの遠隔〔テレポート〕攻撃だ。

 主に、〔レーザー光線〕や〔火炎放射〕が多い。それらに混じって〔マジックミサイル〕や、使い捨ての魔法具である〔式神〕群も〔テレポート〕されて放たれている。

 しかし、残念な事に〔測位〕が全くできていない。そのため、むやみやたらに攻撃しているだけで、敵に当たっていない有様だった。まあ、それでも実習の一環ということなのだろう。戦力としては最初から当てにされていないようだ。



 このような先生方の活躍のおかげか、分散されて混乱したゾンビの一群が森の中へ逃げ込もうと走り出した。

 しかし、いきなり森の中に300名以上もの警察部隊が現れたので、動きが止まった。これは幻導術のプレシデ先生の仕業だろう。アンデッドにも見えるというか知覚できる〔幻影〕だ。


 次の瞬間。タンカップ先生の放った〔火炎放射〕と、幻ではない警察部隊の一斉射撃を受けて、敵群がバタバタと崩壊していく。ソーサラー先生による空爆も効果的なようだ。

 しかし警察部隊の組織だった攻撃と比較すると、いくら強力な魔法を使っているとはいえ、敵への打撃力という面ではそれほど効率も効果も上がってはいない。先程のエルフ先生とノーム先生の会話も、その有様を森から観察してのものだ。


 だが次第に、先生と警察部隊による猛攻の効果が現れてきた。今や半数以下にまで数が減ったゾンビとスケルトン群を、最終的に寄宿舎の前庭に誘導することに成功している。

 次いで警察部隊による包囲殲滅作戦が実行されたが、それでも1体、2体と包囲網を突破して寄宿舎の中へ入るゾンビやスケルトンがいる。それらを一撃必殺で撃って、灰塵にしていくエルフ先生とノーム先生である。


 ノーム先生が撃ちながら、感心したような声をエルフ先生にかけた。

「ふむ。予想以上に順調に破壊できているな」

 エルフ先生も撃ちながら同意した。表情は完全にハンターのそれになっていて、冷たいほどに冷静な切れ長の目には空色の瞳が鋭利な光を宿している。

「ええ。既に敵の数を200弱まで削りましたね。このままうまく運べば、寄宿舎の被害も軽くて済みそうです」

 エルフ先生の口調が、少しだけグチっぽくなった。

「しかし、アンデッド相手ですと死の恐れがないので、全滅させるまで攻撃を続けなくてはいけないのが面倒ですね。ゴーレムや〔エレメンタル〕相手では、組織戦闘プログラムが機能しなくなるほど数を削れば、自動的に停止するものです。普通の盗賊やテロ集団でしたら、3割も数を削れば戦意喪失して降伏するものなんですけどね」



 その時、闇夜を引き裂くような大音声が響き渡った。ゾンビの軍勢の中に狼族が1人いる。

「待ち伏せかよ! どうやって嗅ぎつけやがった! 襲撃計画は完璧だったはずだ」

 エルフ先生がその大声を聞いて、目を細めて冷笑した。

「『予知しました』と言っても信じてくれないでしょうね。私も信じられないもの」

 ノーム先生も容赦なくゾンビやスケルトンを森の中から撃ち滅ぼしながら同意した。

「つくづく、ティンギ先生ほどのセマンとは戦いたくないものだよ」


 当のティンギ先生は、あの爆発と〔レーザー〕射撃の荒れ狂う現場のただ中でヒラヒラと踊っている。ゾンビが鈍器を振り回して攻撃してくるのを華麗にかわし、スケルトンの持つ刀剣の切っ先も華麗にかわし、ついでに敵を包囲している警察部隊の放つレーザー射撃すら事前〔予測〕でかわしている。

 バントゥたちによる遠隔攻撃はそもそも当たらないので、最初から無視している。爆風の直撃を受けても何ともないという、でたらめな〔運〕の良さを遺憾なく発揮しているようだ。


 しかし、敵味方双方にとっては、共通して非常に邪魔な存在である。ついに、大音声を先ほど上げた狼族のバンパイアがいきり立って、ティンギ先生に挑みかかってきた。

「うがー! 何だオマエはあああっ」

「あ、ほれ」

 クリンとティンギ先生が身を翻すと、それだけで狼バンパイアは攻撃目標を見失う。そのまま警察部隊とスケルトン群とが交戦している場所へ突っ込んでいった。


 エルフ先生が森の中で少し驚いた顔をしている。

「あら。低俗なバンパイアのくせに自我があるみたいね。まともな言葉を話せるなんて」

 その間も包囲網から逃れ出てくるゾンビとスケルトンを狙撃する。話し相手はノーム先生しかいないのだが、ほとんど独り言のような語り口である。

「狼族か。定住せずに、少人数のグループで世界中を放浪している種族……でしたっけ。帯びている魔法場は、よくあるバンパイアのものですね。確かにサムカ先生が作るゾンビと比べると、小汚くて血で汚れていて臭そう」


 狼族は知性自体は高いのだが凶暴なので、そこを貴族につけ込まれたのだろうか。いかにもB級ホラー映画にでも出て来そうな姿のバンパイアである。全身から、うっ血していて、毛皮が剥げ落ちて現れた肌も酷くただれている。


 そんなエルフ先生の独り言のような話を聞いていたノーム先生が、ライフル杖の先を向ける。それで敵バンパイアの状態を調べて同意した。充分に手入れされている銀色のあごヒゲを片手で撫でている。

「……そうだね。サムカ先生風に言うと、低出力しか出せないエンジンを無理やり改造して、高出力の燃料を与えたようなものだな。だから、バンパイアであっても自我を維持できているのだろう。しかしアレでは、すぐにエンジンが壊れてしまう。アンデッドとはいえ酷い事をするものだ」


 その狼バンパイアは、スケルトン群と合流して警察部隊と白兵戦を挑んでいた。しかし、彼らを包囲している警察部隊は白兵戦を避けて、迅速に撤退しながら正確な射撃でスケルトン群を確実に破壊していく。

 同時に別の警察部隊が敵の側面から突入して、猛烈な射撃をスケルトン群に開始する。スケルトン群もかなりの速度で走って追いかけているのだが、警察部隊の機動力がはるかにそれを上回っているようだ。


 その様子が、森の中から狙撃支援をしているエルフ先生とノーム先生にもよく分かった。変幻自在に伸縮する警察による包囲網が、確実に敵アンデッドを減らしている。


 また一体、寄宿舎内へ侵入を試みたゾンビを撃ち滅ぼして、ノーム先生が口ヒゲを撫でながら感心した。

「ずいぶんと警察部隊の錬度が上がったなあ。ちょっと前までは、あんな機動射撃なんかできなかったのに」

 エルフ先生もゾンビを一体撃ち滅ぼして同意する。

「そうですね。あの機動性は私たちエルフの機動警察部隊よりも上ですね。しかも、あれほど動き回っているのに隊列が少しも崩れていませんし、土ぼこりも立てていないのは流石です」



 作戦ルームの情報係官から秘匿無線連絡が入った。

「各位へ。屋上および玄関周辺の敵の殲滅を確認。我が方の損害はゼロ。第一班は寄宿舎内外の捜索を継続せよ。残りは寄宿舎の前庭に残る敵の殲滅に加われ。関連情報をこれより各位に送る。以上」


 ノーム先生があごヒゲを撫でながら満足そうにうなずいた。

「うむ。損害なしか。上出来だな」

 エルフ先生が寄宿舎内の残敵掃討の支援を行いながら同意する。

「問題は、あの狼バンパイアですね。それと、貴族がまだ見つかっていないのも気がかりです」


 ノーム先生が攻撃目標を寄宿舎内から、寄宿舎の前庭に変更する。そこではスケルトン群と共に暴れている狼バンパイアの姿が見えた。ほとんど負傷していないようにも見える。それを確認して、深刻そうな表情になった。

「そうだな。あのバンパイア、これまでの先生方や警察部隊の攻撃を受けても負傷していないようだ。〔防御障壁〕が強固なのだろうな。貴族はもう逃亡したのかもね。生徒や先生の生体情報の収集が目的であれば、既に失敗に終わっているだろうし」


 スケルトン群は既に、その数を50以下にまで削られていた。サムカが教えた通り、骨が攻撃で砕かれてもそれを束ねている『魔法の糸』が健在である限り、敏捷性は衰えないようである。しかし、絶えず機動警察部隊による高速移動射撃の十字砲火を浴び続けているので、『魔法の糸』も攻撃で切られていく。

 その結果として崩壊する固体が確実に増えてきているのは、当然といえば当然である。警察部隊の援軍も次々と寄宿舎の前庭へやってきて、攻撃に参加し始めた。



 作戦ルームで指揮を執っている警察部隊長も、勝利を確信し始めたようだ。校長が頭の上で昼寝しているハグ人形に向かって、小声で話しかけた。

「ハグ様。今のところは順調です。しかしテシュブ先生を呼ぶことは、やはりできませんか?」


 校長の白毛交じりの校長の頭の上で、ハグ人形が寝返りをうった。よく見ると寝巻き服だと分かる。しかし、あまりにも場違いなデザインと色なので、一目見ただけでは寝巻き服だとは認識できない。

「肝心のサラパン羊が爆睡中だからな。あの状態では呼び出しは不完全に終わる可能性が高い。まあ、いざとなれば叩き起こして、〔覚醒〕魔法をかければ済むのではあるが、それ以外にな……」

 ハグ人形が頭を上げて、南の空の方向を向いた。室内なのだが、ハグ人形はさらに向こうの景色を見ているようである。

「貴族が2名もここに出現すると、死霊術場と闇魔法場の密度と強度が跳ね上がるんだよ。無論、闇の精霊場もな。ちょっとした術式の誤作動でも予期せぬ事態を招きかねないのだ」



 救護所で待機している面々も、ほっとした表情になっていた。ムンキンがその大きな目をパチクリさせ、感心して無線を聞いている。

「凄いな。損害なしかよ」


 しかし、ペルとレブンだけは依然として厳しい表情のままだ。レブンがハグ人形から転送された、敵貴族の派閥が使うと思われる死霊術と闇魔法の基本術式のパターンを頭に叩き込みながら、危惧を口にする。

「ゴーストやゾンビ、スケルトンに対してはね。問題は無傷の狼バンパイアだよ。敵の〔防御障壁〕は光の精霊魔法で破壊できると思うけれど、どんな戦闘能力を有しているのかまだ分からない」


 ペルも両耳を無線機の方向へピタリと合わせて、レブンの懸念に同意した。口元と鼻先に生えている細いヒゲが不安な心情を忠実に表現して、微妙な動きで不規則な上下動をしている。

「うん。それもあるし、テシュブ先生並みの魔力を持ってる貴族がまだ見つかっていないの。闇の精霊魔法で〔ステルス障壁〕を作っているから〔察知〕できないんだけど、このまま撤退してくれると嬉しいな」



 狼族バンパイアの大音声の高笑い声が、寄宿舎の前庭に鳴り響いた。既に残りのスケルトンは数体になり、ゾンビとゴーストは全滅していた。明らかに作戦失敗であるのに自信満々の表情で、爛々と燃えるように輝く赤い瞳が強い光を放っている。

「がはは! オレ様には、そんな攻撃は効かんぞ! 先公やガキ共は避難させていたのかよ。であれば、貴様ら警官共の生体情報をもらうとしよう。我が主の研究の糧になるのだ、光栄に思うが良いぞ!」


 そう言い放って、最後のスケルトンが砕け散って破壊された瞬間。まさしく狂った狼の形相で、包囲している警察部隊へ襲い掛かった。

 赤く輝く両目が車のライトのように筋を引いて、狼バンパイアの動きをトレースしていく。ただれた体から飛び散った血液などが、細かい霧状になって空中に噴き上がる。地面にも血痕や脱落した毛皮などの破片が散乱した。確かにエルフ先生が言ったように、相当に不衛生な体のようだ。


 ノーム先生が舌打ちをする。

「ヤツめ。〔高速移動〕の術式を唱えていたのか。その時間稼ぎのために、スケルトン群の中にいたようだな。だが……」

 ノーム先生のライフル杖からレーザー光線がほとばしって、狼バンパイアの〔防御障壁〕を打ち砕いた。光速の前には、多少の動作高速化は無意味である。


 が、瞬時にその内側から数十枚もの新たな円形の盾状の〔防御障壁〕が発生して、〔レーザー光線〕を受け止めてしまった。この〔レーザー〕攻撃を〔事前予測〕していたのだろう。驚くノーム先生と警察部隊である。

 円形の盾状の〔防御障壁〕はそのまま狼バンパイアの周囲を高速で旋回し始め、突如飛び出して、警官隊を襲い始めた。


 たちまち10名強の警官の胴体や大腿に、円形の〔防御障壁〕がざっくりと突き刺さる。防護服では防ぐことができないようだ。哀れな警官たちは呻き声を上げて意識を失い、そのまま倒れて動かなくなった。〔防御障壁〕が攻撃性能を有している。

 ノーム先生が顔をしかめる。

「いかん! 〔攻性障壁〕を使うのか」


 狼バンパイアが残忍な笑みを浮かべる。

「心配するな。殺しはせぬ。生体情報をいただくだけだ。さあ、見よ! 我が力を!」

 またもや大音声を上げた狼バンパイアが、その血まみれの銀色の毛皮で覆われた両腕と両足、そして背中から計5つの狼型の頭を生やした。


 先ほどよりも強力な〔レーザー光線〕がノーム先生のライフル杖から放たれた。

 しかし、これも円形の〔攻性障壁〕20枚余りを破壊しただけで、狼バンパイアの本体には届かなかった。先ほどから前庭に集結した全警察部隊による集中砲火も浴びているのだが、これも〔攻性障壁〕を破壊するだけでバンパイア本体には届いていない。バントゥが指揮している遠隔〔テレポート〕攻撃に至っては、かすりもしていない。


 狼バンパイアが自信満々な表情で命令した。

「〔唱える者共〕よ。詠唱を開始せよ!」

 体から生えた5つの頭が大きな口を開けて、術式の詠唱を開始した。


 周辺の大森林から、2、30本にもなる細い流れの死霊術場と闇の精霊場が狼バンパイアに向けて流れてきて、結合していく。地面からも同様の流れが湧き出てきて、狼バンパイアの体内へ流れ込んでいく。

 その巨大な渦のような流れに乗って、森の中から100個以上もの残留思念が呼び寄せられてきた。これらも次々に狼バンパイアの体内へ吸収されていく。


 急激に闇の精霊場と死霊術場の濃度と強度が上昇していくのが、サムカの授業を受けたエルフ先生とノーム先生の目に視覚的に映った。他の警官や先生たちには見えないのだが、それでも本能的な恐怖感が増大するのは感じているようだ。


 エルフ先生が標準を狼バンパイアに再設定しながら、秘匿無線で本部の作戦ルームに警告した。

「警官隊を至急撤退させなさい! 彼らでは対処できないわ!」

 ノーム先生が奥歯を「ギリッ」と噛み締めながら、大出力の〔レーザー光線〕で射撃を繰り返している。

「油断していた。バンパイア程度がこれほどのソーサラー魔術を使うとは……」


 円形の〔攻性障壁〕を胴体に食らって〔麻痺〕して倒れている10名余りの警官の1人に、狼バンパイアがその鋭い爪を深々と突き立てた。

「……うむ。良い生体情報だ。我が主様もお喜びになるだろう」


 取り囲んでいる140名弱の警察部隊からの集中砲火がさらに激しくなったが、それでも本体までには届かない。ノーム先生の大出力〔レーザー光線〕も同様である。

 ソーサラー先生や力場術のタンカップ先生、マライタ先生に幻導術のプレシデ先生までも加わって、あの手この手で攻撃を繰り出しているが……これも次々に泡のように内側から湧き出てくる円形の〔攻性障壁〕を破壊するばかりである。生徒たちの〔テレポート〕魔術刻印を通じた魔法攻撃は、この障壁に当たりさえしていない。


 狼バンパイアが舌なめずりをして、警官部隊の140名弱を見据えた。

「お前たちの生体情報もいただくことにしよう。〔ミラー〕!」

 空中に2本の腕が出現し、半透明の狼バンパイアが本体から1本生えた。

「〔分身〕!」

 狼バンパイアが2人になった。2人ともに頭が余計に5つついて、半透明の同じ姿の体をもう1つ別に体から生やし、空中に2本の腕を従えている。

「〔オプション〕!」

 2人に増えた狼バンパイアの背後に、そっくりな人形が1つずつ発生して地面に立った。

「〔シャドウ〕!」

 2人に増えた狼バンパイアと、2体のそっくり人形の影が、生き物のように独立して動き始めた。


 〔飛行〕しながら魔法攻撃しているソーサラー先生の顔が、それを見て青くなった。通常の無線回線を使って全部隊に向けて叫ぶ。

「や、やべえ! 逃げろ! ヤツは今、1度に96発の魔法を唱えることができるぞ! 逃げろ!」


 狼バンパイアの本体がニヤリと笑った。赤く燃えるような瞳がにじむように細くなる。

「愚か者めが」

 1000枚を超える円形の盾形をした〔攻性障壁〕が発生して、洪水のように警察部隊に襲いかかった。これとは別に〔防御障壁〕も自身に展開している。


 狼バンパイアを包囲している警察部隊は、それでも陣形を崩さずレーザー銃で襲いくる〔攻性障壁〕を攻撃する。100枚ほどがそれで破壊されたが、それまでだった。

 逃げ遅れたタンカップ先生と、動揺して勝手に地面に墜落したソーサラー先生が、悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみ込んだ。マライタ先生やプレシデ先生は、為す術もなく立ち尽くしている。生徒たちが構築していた〔テレポート〕魔術刻印も、その全てが破壊されて消滅した。もう、遠隔攻撃は不可能だ。


 次の瞬間。いきなり真昼間のように明るい光の洪水が警察部隊と先生たちを包み込み、敵の1000枚超の〔攻性障壁〕群が砕け散った。爆発音が轟き、爆風が前庭の植え込みを吹き飛ばしていく。


「なに!?」

 自慢の攻撃が全て光によって破壊されたのを目の当たりにした狼バンパイア群体の本体が、驚愕の表情をする。同時に片割れのコピー体が、光に包み込まれて塵と化した。〔防御障壁〕も破壊されてしまったようだ。

 慌てて狼バンパイア本体が新たな〔防御障壁〕を集中展開して、本体と2体のそっくり人形を保護する。しかし、1体のそっくり人形を保護する〔防御障壁〕が全て吹き飛んで、続いて撃ち込まれた〔レーザー光線〕に焼き尽くされて灰と化した。


「ふう。間に合った」

 そうつぶやくのは、森の中でライフル杖を構えているエルフ先生。同時に、杖の底部に装着されていた3本の魔力パックが自動排出された。すぐに腰につけている3本の予備パックを装填して、ノーム先生と一緒にその場所を急いで離脱する。

「さすがエルフだな。凄まじい光の精霊魔法だよ」

「いえいえ。3発目は〔防御障壁〕を無効化させただけでした。ラワット先生の迅速な追撃がなければ、あの人形は破壊できませんでしたよ」


 既に〔空間指定の指向性〕会話魔法に移行していて、瞬く間に500メートルを移動していたが……すぐ背後の森の木々がいきなり消失した。狼バンパイアが反撃に闇の精霊魔法の広域〔消去〕魔法をぶっ放したのだろう。クレーター状に森がえぐられて消失し、岩盤がむき出しになっている。


 冷や汗をかいてノーム先生が〔高速移動〕しながらつぶやいた。大きな三角帽子をどこからか取り出して頭にかぶる。ブーツも自動で変形し、つま先部分がさらに丸く巻いた形状になっていく。

「おお……危うかったな。あと1秒ほど走り出すのが遅れておったら、木々と一緒に消え去っておったよ」


 エルフ先生が不敵な笑みを浮かべた。彼女の服装には変化は見られない。

「あら。私たちが1秒も遅れるとお思いですか? しかし、これでパリーが怒り狂うのが目に浮かぶわね」

 そして、走りながら無線機で作戦ルームへ隠匿回線を介して報告した。

「カカクトゥアです。敵の攻撃を防ぎました。今のうちに部隊を全員〔テレポート〕魔術で避難させて下さい。現場にソーサラーのバワンメラ先生がいますので、彼に任せれば大丈夫でしょう。敵バンパイアは4体に分裂しましたが、2体を灰塵化しました。これからラワット先生、パリーと組んで残り2体を攻撃します」


 そして、狼バンパイアが人形1体と一緒に、地団駄を踏んでいる様子を森の中から確認した。

「そういえばティンギ先生がいないわね。眠くなって帰ってしまったのかしら」

 ノーム先生が苦笑しながら追走する。こんな時でも垂れ眉と口ヒゲの乱れを直している。三角帽子のつばの位置もちょっと変えた。

「まったく。役に立ったり邪魔になったり、いなくなったり。忙しい奴だな」




【森の中の作戦ルーム】

 作戦ルーム〔結界〕は学校の外に広がる森林の中に設置されていたが、その〔結界〕の中に突然、もの凄い突風が発生して吹き荒れた。作戦ルーム内には警察部隊の部隊長と、情報係官、帝国軍警備隊の派遣軍人に校長などがいたが、暴風で机や無線機器ごと壁に叩きつけられた。


 そして〔結界〕中央にできた大きな空間に、狼バンパイアから逃れた150名の警察部隊全員が〔テレポート〕してきた。とても150人を収容できる空間ではないところへ強引に〔テレポート〕したので、警官たちが三段重ね、四段重ねになって積み重なっている。


 ソーサラー先生も警官隊と共に〔テレポート〕してきたのだが、彼はちゃっかりと四段重ねの最上段の特等席に座っている。

 そして一息ついてから、壁に吹き飛ばされた連中に向かって形だけ謝った。全く誠意は感じられないが。

 ソーサラー先生の姿がヒゲとラフすぎる衣服のせいで盗賊にしか見えないことも、今回は悪い方へ印象づけられる。何も知らない人が見れば、盗賊団の乱入にしか思えない風景である。

「すいませんね。〔テレポート〕先に障害物や人がいると、面倒なことになるんで。ちょっくら吹き飛んでもらいました。よっしゃ150人全員を〔テレポート〕できたな。やるじゃん、オレ」


 一緒にタンカップ先生たちも全員が無事に〔テレポート〕を済ませて現れていたが、目を回しているようで床に倒れてしまった。タンカップ先生とマライタ先生は共に凄く筋肉隆々な体躯なのだが、朽木が地面に倒れるような音と地響きを立てる。目まい防止に、筋肉はあまり役に立たなかったようだ。

 プレシデ先生はヘナヘナと床に崩れ落ちて動かなくなった。救護所から参戦したのは良かったが、ほとんど役に立たなかったようだ。作業服が汚れて泥だらけになっただけである。


 折り重なっている警官たちの山の頂上に座っているソーサラー先生が、文字通りの盗賊ヒゲをほころばせてニヤリと笑う。身長が190センチもあるので、ちょっとした巨人のようだ。テント内部をぐるりと見渡して、さらにニヤニヤする。

「おーお。こりゃあ、また派手にぶっ壊したな。いいぞ、もっとやれ、オレ」


「うわあ、無線機があああっ」と頭を抱えてうろたえている情報係官を放置してソーサラー先生が、壁に少しめり込んで呻いている狐族の警察部隊長に歩み寄った。口と顎まわりのヒゲを軽く手でさっと撫でて整えてから、部隊長の顔を上から覗き込む。

 大きな紺色の目はギラギラと光を放ち、銀灰色の長髪はボサボサ、ジャラジャラと鳴る大量の装身具を体中に身につけている姿からしても、とても先生というイメージではない。いわゆるヒッピースタイルなので、なおさらだ。

「んじゃ、隊長殿。負傷者を救護所へ運んでくれ」




【救護所】

 救護所は大変な混雑となっていた。一度に13名の負傷警官と、〔テレポート〕の巻き添えを食らって骨折してしまった警察部隊長と派遣軍人の2名が一緒に担ぎ込まれたせいである。

 救護所にも当然ながら医療担当の警官が配置されているのだが、彼らは魔法が使えない。そのため医療担当の警官たちは、隊長と派遣軍人の治療を担当することになってしまった。


 ペルが緊張した表情で、マルマー先生と、ミンタ、ムンキンに、予定通り法力場と光と生命の精霊場を強くするように指示する。さすがに法術のマルマー先生も、今は文句をブツブツ言いながらもペルの指示に従っている。空中ディスプレーは相変わらず出現していないので、余計な騒音もない。


 狼バンパイアが放った円形盾状の〔攻性障壁〕は、負傷している13名の警官の胴体や足にガッチリと食い込んで不気味に青黒く光っていた。警官たちは全員が完全に〔麻痺〕しており、呼吸停止寸前である。

 うち1名の警官は狼バンパイアの爪を胴体深くまで突き刺されてしまっており、その傷口部分が闇の精霊魔法の作用で見えにくくなっている。幸いな事に酷い出血は見られていないが、緊急を要する事態であることには違いがない。


 負傷者をベッドに寝かせて手足を丈夫な拘束具で固定する作業を、医療用のゴーレムに任せる。レブンが覚えたての〔解読〕魔法で、貴族の死霊術の術式解読を始めた。

 ……が、すぐに悔しげに首を振った。

「ダメか。暗号化されていて、術式を解読できないな」


 すぐに法術のマルマー先生に真剣な表情でお願いする。

「すいません。僕の知識ではまだ対処できません。当初案で行きます。マルマー先生、法力場の出力をできる限り上げて下さい。ミンタさんとムンキン君も頼むよ」

 そして、警察部隊長と派遣軍人の骨折を応急措置している医療担当の警官にもお願いした。

「そのうち、この〔攻性障壁〕がエネルギー切れを起こして消滅します。その際に傷口から大量出血が起きるはずですので、対処の準備を完了させておいて下さい」


 輸血パックが次々に負傷警官たちの首の静脈に取り付けられていく。傷口を瞬間冷凍する機材も準備され、縫合用の機材も接着剤と共に、それぞれの負傷警官たちのそばに用意された。


 医療担当の警官は3名しかいないので、心配で再びやってきた招造術のナジス先生が加わることになった。褐色で焦げ土色の髪を片手でかき回してブツクサ文句を言いながらも、医療用ゴーレムに命令書を食べさせる。

 ゴーレムの行動プログラムが更新されていき、手が回らない負傷警官への応急処置を施す準備がなされていく。


 しかしその間にも負傷警官たちの〔麻痺〕が進行して、呼吸困難を呈する患者が出始めた。酸素マスクが全員に装着されていく。


 一方、幻導術のプレシデ先生がいなくなっていることにミンタが気がついた。実は隣の指令所で気絶して倒れているのだが……ここ救護所の生徒たちには分からない。

「さっさと自室へ戻ってしまったようね。確かにこれだけの負傷者がいきなり出現しては、怖くなって逃げるのも仕方がないけどさ。自慢の小奇麗な服が汚れることも嫌ったのよ絶対」

 などと言い放つミンタである。さすがに彼も大いに汚れていたのだが、その事は知らないようだ。


 救護所の中が、急激な法力場と光と生命の精霊場の充実のせいで息苦しくなってくる。室内照明はそのままで変化していないのだが、場が強くなってくるとともにどんどん明るくなってきた。これも、前もって準備されていた遮光ゴーグルを全員がかける。サングラスではないので目に届く光の波長が変わることはない。


 ペルが尻尾を緊張で逆立たせた。

「〔攻性障壁〕が縮小し始めた」

 確かに警官たちの体に深く食い込んでいる、円形盾の形をしている〔攻性障壁〕が縮み始めた。魔力源が〔遮断〕されたためである。「おお」と、骨折治療を終えた警察部隊長と派遣軍人が目を丸くして驚いている。ミンタとムンキンも視線を交わして効果を確信している。レブンも強くうなずいた。

 しかし、ペルだけは首をかしげている。

「ねえ、レブン君。術式を暗号化させているような人が、この処置を予想していないとは思えないんだけど……それに、テシュブ先生の話だと貴族が使うのは闇魔法だよね。でもこれって、私たちが勉強している死霊術と闇の精霊魔法なの。不自然なんだけど、どう思う?」


 言われてレブンが戦慄した表情になった。思わず口元が魚に戻る。

「そ、そう言われてみれば、そうだよね。でも、術式が暗号化されているから、僕では罠があっても発見できないよ。死霊術と闇の精霊魔法については、事前に調査してたと思うよ」

 考えながら推論を述べていく。

「僕たちの生体情報を収集するのが目的なら、当然の調査項目になる。この2つは授業で使用している魔法だから、今もこうして問題なく使えるわけだし。本来の闇魔法だと、予期しないエラーが起きる恐れがあるのかも。因果律崩壊とか」


 ペルが緊張したままで同意する。毛皮が逆立っている黒毛交じりの尻尾がぎこちなく床を掃いた。

「敵貴族さんの想定内って事かあ……罠だけど、想定されるのは死霊術ではないと思うの。警官さんを〔ゾンビ化〕させても、こうして拘束されているから動けないものね」

 ペルの推論に、レブンがセマン顔でうなずいた。彼も同意見のようだ。

「僕も敵の立場だったら、そうすると思う」


 ペルが固い表情で推論を再開した。

「となると、考えられるのは闇の精霊魔法による〔消去〕術式かな。この救護所そのものを消し去るような、闇の精霊魔法の爆弾が一番効果的だと思うの。拘束されているから動かせないし。起爆のスイッチは、この〔攻性障壁〕が消えた時に入るように設定すれば、お医者さんたちもそばに居るからタイミングとしてはベストよね」

 警察部隊長と派遣軍人が、再び目を丸くさせている。この広域〔消去〕魔法は、すでにエルフ先生とノーム先生が経験しているのだが、今の段階だとペルたちは知らない。情報係官のところで止まっている状況だ。


 医療担当の3人の警官と、法術先生、それにナジス先生は、ちょっとしたパニック状態になってしまったようだ。ナジス先生が小さく悲鳴を上げた。

「そ、そうだ。僕は他に用事があったんだった。し、失礼するよっ」

 そんな事を言い残して、救護所から逃げ出そうとして、足を絡ませて転んだ。

「ぎゃ」

 打ち所が悪かったのか、そのまま気絶して動かなくなってしまった。患者1人追加である。


 ジト目になって、動かなくなった先生の背中を見るミンタたち。ミンタもかなり緊張していた様子だったが、この先生の醜態を見て我に返ったようだ。一言だけ侮蔑の言葉をナジス先生にかけてから、簡易杖を取り出して軽く振る。

「仕方がないな。落ち着きなさいよ」

 救護所内の混乱を、精神の精霊魔法による〔沈静化〕でミンタが強制的に抑えた。

「警官でも、驚く事はあるのね。ほっとしたわ」


 レブンもミンタによる〔沈静化〕を受けたのか、いきなり落ち着いたセマン顔になっている。

「ペルさん。では、もう一つの懸念として闇魔法はどうだろ? 威力を抑えれば因果律崩壊を回避できるかもだし。使ってくると思う?」

 ペルもミンタの魔法を食らったようで、すっかり落ち着いた表情だ。尻尾の毛皮も逆立っていなくなった。

「貴族専用の闇魔法については想像もできないけど、そう簡単には使わないと思う。因果律崩壊を回避できても、闇魔法の痕跡が魔法場汚染として残るもの。テシュブ先生を〔召喚〕して検分してもらえば、犯人が誰か分かるだろうし。そんな下手な行動はしないはずだよ」


 ミンタに礼を述べてから再び推論を重ねていくペルに、法術のマルマー先生が自信満々な表情と態度で口を挟んできた。つい先ほどまではパニック状態だったのだが、今はかなり理想的なドヤ顔である。

「ならば。我の法術を今、叩き込めば問題なかろう。初めからこのような面倒なやり方ではなくて、我の法術でこの〔攻性障壁〕とやらを破壊すれば、事足りると言っておるだろう!」

 ドヤ顔で勢いづいたまま、救護所の中央で法術先生が杖を掲げた。

「お前らは下がっておれ。早速、とっておきの〔浄化〕法術をかけて進ぜよう!」


 それを、ペルが恐縮しながらも否定した。

「申し出は大変嬉しいのですが、法術で〔攻性障壁〕を破壊するという手法も想定されていると思います。多分、起爆スイッチの1つでしょう。ここは大変恐縮なのですが、このまま法力場を強めることに専念して下さい」

 意外にも素直に従うマルマー先生である。実は自信がなかったのだろう。


 ペルが次に、医療担当の警官3人に顔を向けた。

「敵貴族さんが『想定していない』のは多分ですが、闇の精霊魔法だと思います。貴族さん自身の安全確保のためと誤爆を防ぐために、闇の精霊魔法による〔干渉〕にはスイッチを設けていないと思うんです」

 レブンがうなずいた。

「なるほど。確かに死霊術と違って、闇の精霊魔法には『派閥』はないからね。かかりやすいかも」


 ペルが話を続けた。

「この〔攻性障壁〕が限界まで小さくなって起爆スイッチが入るまでに、闇の精霊魔法の最終命令を受け付ける期間があると推測します。ですが、私たちは魔法術式も暗号キーも知りませんので停止命令は打てません。その代わりに、この〔攻性障壁〕を私の闇の精霊魔法で〔消去〕してみます。爆弾の起爆回路を爆弾で破壊するようなものですね」

 それを聞いて、医療担当の警官3人が戦慄した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなことして大丈夫なのか!?」


 ペルが口元を緊張でこわばらせながら、微笑んだ。黒毛交じりの両耳と尻尾の先が不規則にピクピク痙攣している。

「大丈夫ではないと思います。怪我が酷くなるのは間違いないかと……それでもこの手法が多分、一番安全かなと思います。敵貴族さんがこんな罠を仕掛けていないのが分かれば不必要ですが。ですがもし罠があれば、この想定が最悪の結果を出すと思います」


 それまで黙って聞いていた警察部隊長が、ギブスで固定した右腕を左手で押さえながら口を開いた。他に肋骨数本も折れているようだが、痛がる様子は見せていない。

「分かった。責任は全て私に帰することは変わらない。許可しよう、やってみなさい。なに、死んでも〔蘇生〕や〔復活〕できるように保険として、この警官全員の生体情報を帝都に保存してある。彼らは魔法適性もちだからね」

 そういう情報は前もって流してほしいのだが……機密情報に含まれるのだろう。

「組織サンプルも保存してあるので、肉体が粉微塵になったり〔ゾンビ化〕しても問題ない。この現場の肉体を放棄して、帝都に保存している組織サンプルで〔復活〕できるからね。では、私たちは申し訳ないが隣の作戦ルームに戻るよ。健闘を祈る」

 応急措置を終えたばかりの警察部隊長と派遣軍人が一礼して、救護所から出ていく。


 ペルがほっとした表情になった。

「では、早速実行してみましょう。まずは、この一番重傷の彼からお願いします」

 そう言ってペルが、狼バンパイアによって爪を腹に刺し込まれて穴があいている警官を指定した。早速、医療担当の警官2名と支援のためのゴーレムが2体つく。


 ペルが深呼吸して意識を集中した。かたずを飲んでミンタを始めとした仲間たちが見守る。

「では、始めます」

 ペルが簡易杖を持ったままで、両手を〔攻性障壁〕にかざした。〔攻性障壁〕は既に、最初の大きさよりも10分の1ほどにまで縮小している。警官たちには見えにくいようだが、サムカの授業を受けたミンタとレブンにはハッキリと見えているようだ。

 ペルが放った闇の精霊魔法が、小さくなった〔攻性障壁〕に衝突したのがレブンにも〔察知〕できた。


<パーン!>

 紙袋を叩き潰したような破裂音がして、〔攻性障壁〕が消滅した。同時に、胴体にパックリと口を開けた傷口が現れて、鮮血がしぶきのように噴き出してくる。

 ペルは〔防御障壁〕を展開していたので血しぶきは体にかかっていない。しかし、それでも血を見てかなりのショックを受けたようだ。尻尾を逆立たせて硬直している。


 ミンタが鋭い声で、医療担当の警官2名を叱りつけた。

「何やってんのよ! さっさと止血しなさいよ!」


 我に返った警官が慌てながらも的確に、大動脈の損傷部分を凍結させて大出血を止める。貴族がかけた〔攻性障壁〕魔法が消滅したので、通常の外科手術が可能になったおかげである。もし、〔攻性障壁〕が残っていれば、医療器具や凍結スプレーなどもブロックされて傷口に届かない。


 床に倒れそうなペルを、ミンタがしっかりと抱きしめて支えた。

「しっかりしなさい! ペルちゃんっ。成功したんでしょ!」

「ふ、ふえええ……ミンタちゃんんん。怖かったよう」

 半泣き状態のペルの頭を「ポン」と叩いて、ミンタが微笑む。

「よくやったわね。やるじゃない、ペルちゃん」


 ミンタがペルを抱きしめたままで、腰を抜かしているマルマー先生を指差して命令した。彼もこのような場面を見るのは初めてだったようだ。さらに、テントの隅に立っていた招造術のナジス先生が、「きゅ~」と変な声を上げて倒れた。また気絶してしまったようだ。


 ナジス先生には構わずに、ミンタが再びマルマー先生に命令する。

「急いで手術の法術支援をしなさい! 組織〔再生〕の法術をかけて縫合手術の負荷を軽くするのよっ」

「は、はいいいっ!」

 我に返って飛び上がったマルマー先生が、手術台の方へ駆け出していく。それを、ミンタがまた叱りつけた。

「バカ! 1つの作業に集中したらダメでしょ! この救護所の法力場の『維持』も忘れるんじゃないわよっ。法術の並行処理ぐらいできるでしょ。手術の法術支援と同時並行でするの!」

「は、はいいいっ!」

 また飛び上がったマルマー先生が、ミンタの言うとおりに仕事をし始めた。


 レブンが軽いジト目になって、ムンキンに明るい深緑色の視線を投げる。

「うは……どちらが先生なのか分からないな、これじゃ」

 ムンキンも濃藍色の目を閉じて、呆れた表情でうなずいた。柿色の尻尾の先がクルクルと回って円を描いている。

「確かにな」


 続いてレブンがペルに冷静な声をかけた。

「ペルさん。残念だけど、これでペルさんの『予測』が当たったことになったね。闇魔法の『罠』が仕掛けられていた。ペルさんが信管部分を破壊してくれてなきゃ、この救護所が消滅してたかも」

 救護所内で法力場と生命の精霊場等を強化して闇の精霊場を『追い出していた』のが、功を奏したという事なのだろう。爆発の火薬や燃料となる闇の精霊場が弱まれば、爆発の規模も小さくなる。


 ペルが青い顔のままでフラフラしながら、ミンタの腕の中でうなずいた。

「うん。でもこれで皆、助かるよね」


 ミンタが片手を手術中の警官の腹に当てて、狼バンパイアがつけた爪の刺し傷に付随している闇の精霊魔法を光の精霊魔法で破壊する。これには『罠』が仕掛けられていないので全く遠慮も配慮もない。

<バン!>

 再び破裂音がしたが、これは単純に術式が破壊された衝撃だ。ゾンビやゴースト相手であれば大爆発を引き起こすのだが、この場合は生きている警官なので破裂音だけで済んでいる。


 それでも光の精霊魔法による破壊の衝撃で、傷が倍くらいに広がっているが気にしていないようだ。ハグが提案していた、大地の精霊魔法は使わないようである。

「ミ、ミンタちゃん……大地の精霊魔法で傷口を〔結晶化〕したりはしないの?」

 ペルがフラフラになりつつも気を張ってミンタに聞くと、ミンタがペルに微笑んだ。頭の金色の縞模様が、法力場と光の精霊場に反応してキラキラと輝いている。


「しないわよ。大地の精霊魔法は〔吸着〕する性質があるでしょ。法術や光の精霊魔法も〔吸着〕されちゃうのよ。外科手術の支援で法術を使用するから、ここでは大地の精霊魔法は邪魔になるわけ」

「なるほどー」とうなずくペルである。

 それを見てミンタの顔がさらに微笑みを増して、ドヤ顔になった。

「これで魔法の傷は全て破壊したし、〔麻痺〕もそのうち消えるわね。後は、普通の外科手術だから任せるわ」


 そして、フラフラしているペルを叱咤して、次の負傷警官を治療するために引っ張っていく。

「時間がないわよ。〔麻痺〕が進行したら呼吸できなくなる。さっさと闇の〔攻性障壁〕破壊を終わらせるわよ、ペルちゃん!」


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