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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドと月にご用心
17/124

16話

【西校舎の用務員室】

 翌日。レブンがさらに追加の修正術式を作成して3体のゾンビに読み込ませた。まだ外が明るいので、用務員室の中で作業を行っている。それを見守っているのはペルとミンタであった。用務員室の外にはムンキンがいて、怒ったような表情をして尻尾をバンバン地面に叩きつけている。


 作業であるがゴーレムの場合は、紙に術式を書いてそれを食べさせることで読み込ませるので簡単だ。しかし、ゾンビの場合は消化機能がないので、死霊術を直接かける手法になる。

 たくさんの衛星が回る分子模型のようなウィザード文字が、レブンの詠唱によって発生する。そして、それらが繋がり、文章となって空中に浮かんだ。見た目はゴムか何かの高分子模型のようだ。それがゾンビに吸い込まれていく。


 教育指導要綱で規定されているのはウィザード魔法の1つとしての死霊術であるので、使用される魔法言語もウィザード語になる。

 一方で、サムカが自身の城のアンデッド兵を作成する際に使用しているのは別で、死者の世界の貴族が使用する言語になる。レブンたちにサムカが教えているのは、ウィザード語によるものだ。

「……ふう。事務仕事はちょっと面倒だったな。意識がないから、書類に応じて自動作業をするように入力して組んだんだけど……どれも似たような紙だからなあ。まあ、ちょこちょこミスを修正していくように、自動修正の機能付きで修正術式を入力してみた。明日までには最適化されて、事務処理が支障なくできるようになると思うよ」


 ペルと一緒に用務員室へ入っていたミンタがちょっとジト目になっている。さすがにミンタと言うべきか、早くも死霊術場と闇の精霊場が渦巻いている用務員室へ入る対策を講じているようだ。

「うーん。やっぱり、ゾンビよりもアンドロイドの方が扱いやすいわね。日中も野外で働くことができるし。でもまあゾンビの方が材料代が安くて済むのは魅力的だけど」


 そして、レブンに意地悪な栗色の視線を向けた。金色の毛が交じる尻尾がじゃれるように動く。

「ねえ、レブン。ゾンビって感染しないって話だけど、どういう理屈なの? 本当に大丈夫なの?」


 当然というような表情で答えるレブン。

「死霊術だけを使っていて微生物やウイルスを使っていないから、僕たちには感染しないよ。〔バンパイア化〕だったら微生物を使用することもあるみたいだから、感染する恐れはあるかもだけどね。キジラミの腸内共生微生物みたいな、死霊術に親和性の高い微生物は実際にいるし」

 レブンが余裕を持った言い回しで、ミンタに説明を続ける。

「死霊術はテシュブ先生が授業で仰っていたように、生者である僕たちに憑依して依代にすることも可能は可能だよ。だけど、動力源である死霊術場がこの世界では非常に弱いから、通常は僕たちをアンデッドにして動かすだけの力は出せないんだ。死者を動かすよりも生者を動かす方が、死霊術にとっては困難なことだしね」


「ち」と舌打ちして残念がるミンタである。彼女も知っていて、レブンをからかっただけのようだ。ペルも察して、ミンタに非難の薄墨色のジト目の視線を送る。


 一方のムンキンは地団駄を踏んでなおも悔しがっていた。

 用務員室の外で、意外と太い尻尾を地面に≪バンバン≫叩きつけている。彼はまだ、部屋の中へ入るだけの準備はできていない様子である。

「くっそー! 小テストで回答記入欄を間違えていなければ、僕もミンタさんと一緒にゾンビ作成に参加できていたはずだったのに!」


 レブンは内心で――

(いやいや。あれ以上に騒がしくなっていたら、とても授業にはならなかったと思うよ)

 ……と、思ったのだが、ここは黙っておいた。


 リーパット主従とバントゥ党は、用務員室から10メートルほど離れた場所から非難の声を上げている。ゾンビの性能強化をするとレブンから伝えられたので、かなり警戒しているようだ。法術のマルマー先生も一緒に加わって非難しているのを見て、寂しく笑うレブン。総勢は先生も含めて20名ほどだろうか。


 そんな彼らだったが……レブンの作業が終わった後、一通り罵ったり警告してからすぐに解散した。


 ミンタが用務員室の中で首をかしげて片耳をピコピコさせる。

「あれ? 今日は、ずいぶんと素直ね。あのバカども」

 慌ててペルがミンタに抱きつきながら、トゲのある言い方を控えるように訴えている。ムンキンもミンタと同じ感想を抱いたようで、レブンの肩に腕を回して引き寄せた。

「何かやったのかよ、レブンよ」

 レブンがセマン顔のままで澄まして答えた。

「ドワーフのマライタ先生と、セマンのティンギ先生にちょっと相談したんだよ。それだけだよ」



 用務員室を後にして校舎の一階廊下を歩くレブンたちと、ソーサラー先生がすれ違った。挨拶をして見送るレブンたちだったが、ミンタが露骨に不審な表情になった。同時に鼻先を白い魔法の手袋をした両手で覆い隠す。

「あの……バワンメラ先生。焦げ臭くて、ベンゼン系の薬品臭もするんですが。何かあったのですか」

 ミンタが容赦なくソーサラー先生の背中に質問を投げかけた。


 と……ソーサラー先生の背筋が《びくっ》と震え、ぎこちない動きでこちらを振り向く。


挿絵(By みてみん)


 頬から顎を覆う立派な盗賊ヒゲが、いびつに歪んで無理な笑みを浮かべている。大きな紺色の瞳も挙動不審で、長い銀灰色の髪も不自然な揺れ方だ。

 190センチになる長身で体格がボクサーのように良く、非常に健康的に飴色に焼けた顔をしたヒッピースタイルなので、余計に怪しい。無意味で悪趣味なほどにゴテゴテとしたアクセサリーを体中につけているので、なおさらだ。今回は真珠色に輝く中空の玉を連ねたマフラーが目を引く。玉の大きさは猫の頭くらいはあるだろうか。

「な、何のことかな? 何でもないぞ、うん」


 若干緊張で声が震えてるのも獣人族にはよく分かるのだが、ソーサラー先生は平静を装うことに決心を固めたようだ。そんな決意表明もすぐに察するミンタたちである。


 レブンがセマン顔のままで冷静な口調で、ミンタに小声でささやく。

「追及しても、僕たちが得られる利益は少ないと思うよ。ミンタさん」

 それにはミンタも同意のようだ。ムンキンがソーサラー先生に突っかかるのを制止して、作り笑いを浮かべる。

「そうですか。それは失礼しました。バワンメラ先生。ポケットに差している杖の先が割れてますよ。手を切らないようにして下さいね」


 ミンタの指摘に、ソーサラー先生が慌てて折れた簡易杖をポケットから引き抜いた。すぐにヒッピー服の懐に突っ込んで隠す。

「お、おう。そうだな。うん。モンスターの調整にちょっと失敗して……いや何でもないぞ。じゃあ、これで!」


 あっけなくボロを出して退散していく、ソーサラー先生の後ろ姿を見送るミンタたちである。ムンキンが頭の細かいウロコを膨らませて、柿色の金属光沢を放つ。次いで大きな濃藍色の目をジト目にした。

「け。モンスターだって? 何やってんだか」




【放課後の運動場】

 放課後しばらくたつと、運動場に部活動の生徒たちが出てきた。すぐに歓声を上げて、練習に励み始めたのが見える。

 皆、学校が用意している体操服姿だが、運動靴を履いているのは魚族だけのようだ。転んだりしても怪我をしないように、長ズボン、長袖のジャージ型の体操服なので、遠くから見ると尻尾のある人間みたいに見える。

 その尻尾はトカゲだったり狐だったりするのだが。


 元気印のソーサラー先生が〔飛行〕魔術で飛び回りながら、同じように飛んでいる生徒たちと一緒に空中戦を開始した。〔防御障壁〕を展開しながら、簡易杖で〔レーザー〕や〔炎〕、自動追尾機能がついている〔旋風〕魔術を次々に放って、互いに撃ち落としあっている。


 その部員の中にはバントゥ党の竜族ラグの姿も見えた。実力は中堅クラスというところだろうか。被弾しながらも、撃墜だけは免れているようだ。何事か吼えながら部員と先生からの魔術攻撃を回避して、カウンターで爆炎型の魔術を返している。


 ソーサラー魔術は自身の魔力を使うので、ウィザード魔法や精霊魔法、法術に比べて発動までの時間が桁違いに短い。ほとんど瞬時に発動できるという強みがある。なので、こういった入り乱れての空中戦に適しているのだろう。

 特に光速の〔光線〕魔術各種を3年生の部員たちが好んで使用しているようだ。〔火炎放射〕を放ちまくっていたラグ先輩が、あえなく数発食らって撃墜されている。


 この〔光線〕魔法には、ウィザード魔法力場術のもの、ソーサラー魔術のもの、そして精霊魔法のものと種類が分かれていて、それぞれの術式も全く違う。しかも光速という速さの魔法なので、撃たれてから〔防御〕魔法や〔防御障壁〕を展開しても間に合わない。事前に〔防御障壁〕や自動〔迎撃〕魔法を展開しておく必要があるのだ。少なくとも、この3種類は常時展開しておかないと意味がない。

 そして、それは術者に対してかなりの負担にもなるので、〔飛行〕速度が遅くなったり回避運動が遅れたりするきっかけにもなる。


 そんな1、2年生の生徒にソーサラー先生が撃ち込むのは、自動追尾式の〔マジックミサイル〕である。これは〔光線〕魔法よりも桁違いに種類が多く、術式も複雑で暗号化もしやすい。

 攻撃を受けた側は〔防御障壁〕による防御に手間がかかるので、処理が追いつかなくなりやすい。ついには、防御が間に合わなくなり、〔防御障壁〕が突破されて撃墜される……というパターンである。


 撃墜から復帰したラグも、〔防御障壁〕を突破されて〔マジックミサイル〕の直撃を受けている。それでもほかの部員とは違い、今回は墜落はせずに辛うじて運動場へ胴体着陸したのはさすが部員というところだろうか。すぐに立て直して、上空からの追撃を〔防御障壁〕で防御しながら簡易杖の状態を確認している。


 まあそれでも、エルフやノーム警察やウィザード軍にとっては、こういうのは趣味の領域に過ぎない。兵器級の魔法では、射程が50キロを超える攻撃魔法が多数あるためだ。敵味方入り乱れてのドッグファイトをする機会そのものがない。


 運動場ではウィザード魔法使いで力場術の、角刈り頭のタンカップ先生も、彼が指導する部活を開始した。

 身長185センチでアメフト選手のような見事な筋肉美を誇る体躯をダイナミックに動かして、攻撃魔法を彼の部員たちと撃ち合っている。

 さすがに力場術だけあって魔法が多彩だ。〔爆発〕に〔閃光〕、〔火炎放射〕に、氷や石でできた投げ槍などを自在に放って生徒たちを吹き飛ばしている。先生の服装は、やはりタンクトップに半ズボンのままであった。


 ウィザード魔法は起動までに時間がかかるものだが、魔法場サーバーを使用できるのでソーサラー魔術よりも強力で複雑である。相手の〔防御障壁〕の同時〔解除〕も組み込んでの攻撃魔法もできる。

 今回の部活動の場合は逆で、事前に〔防御障壁〕を組んで展開しているのだろう。部活の生徒たちは吹き飛ばされながらもタンカップ先生の編んだ〔防御障壁〕によって保護されており、生徒たちも歓声を上げている。

 おかげで派手に吹き飛ばされたり、刺されたり燃やされたりしているが無傷だ。ただ、魔法場サーバーの性能が悪いのか、現状ではソーサラー魔術の方が強力そうに見えているが。


 一方、運動場のもう片面では、機動警察出身のエルフ先生とノーム先生が生徒たちに格闘術を教えていた。

 現代の魔法戦闘は射撃が主体で、近接戦闘ですら射撃魔法の応酬になる。そのため、通常は互いに体を直接ぶつけ合う近接格闘は行使する機会がない。サムカたちがしているような刀剣での戦闘ですら、他の魔法世界では絶えている。


 しかし、ここ獣人世界ではまだ魔法への警戒心が根強い。そのため、むやみやたらと射撃魔法を使うことは避けるようにと、エルフ世界やノーム世界の警察組織から先生たちに命令が下されているのである。今までの騒動を振り返ると、ほとんど無視されている命令ではあるが。

 ともあれ建前上は、魔法を使った格闘術の出番になる。見た目は普通の格闘にしか見えないので、警戒される恐れは薄いだろう……という上層部の判断だ。


 内容は拳や肘、膝に足先といった打撃攻撃をする部位に、魔法を付与するというものである。例えば〔電撃〕魔法を付与することによって、より確実に敵を無力化できる。獣人世界の住人のほとんどは魔法が使えないので、暴徒の制圧にはこれでも充分なのである。


 あえて無理やりにこの格闘術の利点を挙げれば、殴ったり蹴ったりして攻撃した際に、敵〔防御障壁〕の術式〔解読〕と〔解除〕がほぼ同時にできることだろう。射撃魔法では、1発目の攻撃で〔防御障壁〕を〔解除〕させ、続く2発目の攻撃で敵の体に直接攻撃魔法を叩き込むという流れであるが、これを1発目で全て行える。銃弾や光線よりも手足の動きの方が桁違いに遅いので、可能になる技である。 


 ただこれも1回殴りつける間に射撃魔法ならば数発は、どんなに遅くても撃つことができるものだ。なので、あまり利点とも呼べない。

 ともあれ、学校の部活動で教えるには適した運動だといえよう。手足を動かすことで筋肉がつくので、反射速度も強化できる。



 それを校舎から寄宿舎へ戻る道すがら、眺めるペルであった。

「うーん。私も部活動に参加した方が良いのかなー」

 しかし、入り乱れての空中戦や、派手な爆発で吹き飛んでいる生徒たちを見ると、黒毛交じりの尻尾を逆立てて両耳を前に伏せてしまった。

「うう……怖いな。体力をつけたいだけで、ああいった痛い事はしたくないんだけどな」


 遅れて歩いてやってきたレブンも、ペルの隣に立って運動場を見つめた。彼も同じ意見のようで深緑色の瞳を濁らせ、口元を魚のそれに戻して悩んでいる。

「僕が一番不得手なのは〔飛行〕魔術だから、ここはソーサラー先生の部活動に入らないといけないのかなあ……生傷が絶えなそうだけど」

 ペルが半泣きの顔になった。

「うええん。私なんか全部ダメだよう」


 そんな風になって凹んでいる2人を目ざとく見つけたのは、やはりミンタとムンキンだった。エルフ先生に何か話しかけてからダッシュでやってきた。

「入部したいのね! 大歓迎よっ! ペルちゃん!」

「レブン。格闘術とは良い判断だ。学業の成績にも良い影響を与えてくれるぞ。学年2位の僕が言うんだから間違いない!」


「いや、その……」と、ペルとレブンが何か言おうとしたが……あっという間にミンタとムンキンが風の精霊魔法を発動させて、2人をエルフ先生の足元まで飛ばしてしまった。500メートルほどの距離があったのだが、さすが全校1位と学年2位の魔力である。


 エルフ先生がしゃがみこんで、空色の優しい瞳でペルとレブンの瞳をじっと見つめる。相変わらずの機動警察官の迫力のある制服姿である。厳つい軍用ブーツを履いているので、ペルをひるませるには充分だ。


「あうあう」と言葉にならないセリフをペルとレブンが吐いていると、タンカップ先生と彼の部員が戦いながら飛んできた。

「うらあ!」

 10メートルほど離れた場所で、タンカップ先生が自身の部員たちに向けて〔爆裂〕魔法を放った。その閃光が、エルフ先生の腰まで真っ直ぐに伸びた金髪を照らして輝かせる。次いで吹いてきた土埃混じりの爆風が、彼女の金髪を優雅になびかせた。

 一応、エルフ先生が〔防御障壁〕を展開して、ペルとレブンも一緒に包み込む。


 タンカップ先生たちが雄叫びを上げながら、運動場の向こう側へ飛び去っていくのをチラリと見送り、再び空色の瞳をペルとレブンに向けた。

「サムカ先生の言いつけを守ろうとするなんて、立派ね。魔力を制御するためには勉強の他に、こうして運動することも重要だと思うわよ」


 ペルがオドオドしながら、それでもエルフ先生の顔をしっかりと見て口を開いた。

「私……これまで運動とか全然やったことがないんです。格闘技、怖いですけど、これが一番体力をつけるには良いんですよね? カカクトゥア先生」


 エルフ先生が運動場で活動している他の部活動を一目見て、優しい目でうなずいた。今度は上空で空中戦をしているソーサラー先生が放った〔旋風〕魔術の旋風が、近くまで吹いてきてエルフ先生の長い金髪を再び大きく吹き上げた。土埃も再び盛大に巻き上がる。

「そうですね。他の部活動は魔法に頼る傾向が強いですからね。一番魔力を使わずに体力をつけるのであれば、私やノーム先生の運動部が良いと思いますよ。マライタ先生の部活動も魔力を使いませんけれど、アレは工作部ですからねえ」


 走って戻ってきたミンタがペルに抱きついた。ムンキンは同じ部員と互いに小突きあいながら談笑している。

「ペルちゃん! やってみなよっ。面白いよ」

 しかし、ペルは消極的なままだ。黒毛交じりの尻尾が頼りなく地面を掃く。

「うう。ちょっと、いきなりは無理だよう、ミンタちゃん」


 エルフ先生が微笑みながら、ペルの小さな肩に手をかけた。今は格闘用の5本指グローブをしている。ソーサラー先生の空爆で髪が大きく巻き上がっているのだが、気にしていない。

 代わりに、力場術のタンカップ先生がヒートアップしているようだ。上空を縦横に飛行しているソーサラー先生とその部員たちに、高射砲のような魔法を放って挑発行為を始めている。

 自動追尾式〔マジックミサイル〕の連射魔法だ。1ダース2ダース単位で一斉連射できるので、見た目はロケット砲台のようにも見える。言うまでもなくかなり物騒な攻撃魔法である。ちなみに、この程度では兵器級の分類には入らない。


 そんな2人の先生と部員たちの激突を冷ややかに眺めたエルフ先生が、視線を再びペルに戻した。

「それじゃあ、基礎トレーニングのメニューだけやってみる? これなら、走ったり筋力トレーニングをするだけよ。格闘も、動かないゴーレム相手に叩いたり蹴ったりするだけだから、初心者向きね。部員同士の試合はやらなくて構わないから安心しなさい」


 ペルに抱きついたままのミンタが、エルフ先生の話に片耳をピョコピョコ反応させながら、いたずらっぽい目をする。

「基礎練習だけど、かなり大変よ。慣れるまでは全身筋肉痛で睡眠不足になるわねっ」

「ひええ」

 たじろいでいるペルにミンタが抱きついたまま、言葉を継ぐ。

「でも、体力は間違いなくつくわよ!」


 それを聞いて、ペルも決心したようだ。黒毛交じりの両耳をピシッとエルフ先生に向けた。

「分かりました。基礎練習だけやってみます。カカクトゥア先生、ミンタちゃん、よろしくお願いします」

「きゃー、やったー」と、ミンタがペルに抱きついたまま踊り始める。


 それを微笑ましく見てから、エルフ先生がレブンに顔を向けた。

「レブン君はどうする? 格闘術をやってみる? 男の子だから、ペルちゃんみたいに基礎練習だけってのは、ちょっと無理かもだけど」

 一縷の希望をつないでいたのだろうか、レブンががっくりと肩を落とした。

「ですよねー。僕、男ですからねー。基礎練習だけじゃあ、体裁が悪いですよねー」


 ムンキンが尻尾をバンバンと運動場に叩きつけながら、他の男の子の部員たちと声を合わせて煽ってきた。

「当たり前だー。試合やらないと意味がないだろー」

 エルフ先生がムンキンたちを制する。

「こら、ムンキン君、あんまり煽ってはダメですよ」


 今度は、タンカップ先生の放った〔火炎放射〕魔法が15メートル先で炸裂した。引き起こした炎の旋風が近くで巻き上がり、エルフ先生の髪がバサバサと音を立てて吹き上がった。

 髪が先ほどから爆風や突風で巻き上がってばかりいるのだが、エルフ先生は全く気にしていない様子である。既に結構な量の土埃も髪についているのだが。


 そして、レブンの全身を改めてじっくりと見た。彼の運動靴がまだそれほど汚れていないのを見て、自身の頬を格闘用グローブをした指で軽くかく。

「魚族は人に変化しているから、人の姿のままで運動するのは苦手なのよ。現にほら、私の部活動とノーム先生の部活動では、魚族の部員はいないでしょ。反応速度がどうしても遅れてしまいがちなの」

 ムンキンは竜族で、他の部員も竜族や狐族ばかりである。魚族の部員は見当たらない。


「そうなのかー」

 やや驚いたような表情のムンキンたちに、レブンが申し訳なさそうに寂しく微笑んだ。

「ははは。かといって、本来の魚の姿に戻ったら、陸上では動けなくなるからね。水泳部があれば良かったのですが」

 エルフ先生が校長のいる東校舎の方向を見て、首を軽く振った。

「狐族は泳ぐのが苦手ですからねえ……毛皮ですから、プールの清掃も抜け毛で大変になるでしょうし」

 そして、レブンの顔に視線を戻した。

「でも、魔法に頼る部活であれば大丈夫じゃないかしら。これなら精神の反応速度がものを言うわよ」


 レブンも同意した。深緑色の瞳に生気が戻ってくる。

「そうですね。ソーサラー先生たちの部活動に入ろうかなと考えています。〔飛行〕魔術でしたら、相当に体力も必要と聞きました」

 エルフ先生もうなずいた。

「妥当な判断ね。それで良いと私も思うわよ」

「えー」と不満気な声をそろえて漏らし、尻尾をバンバン地面に叩きつけているムンキンたち男子部員だ。レブンが黒髪の頭をかいて謝った。

「誘ってくれたのに、悪かったね」



 そこへセマンのティンギ先生が、鼻歌混じりで歩いてやってきた。

「やあ。ミンタちゃん。我が冒険クラブには入ってくれないのかな?」

 ミンタが栗色の目をキラリと輝かせて、金色の毛が交じる尻尾をパタパタ振る。しかし、すぐに眉間にしわを寄せたエルフ先生が2人の間に割って入ってきた。

「ティンギ先生の部活動は危険すぎます。部員の事故や大ケガが絶えないではないですか。そんな部にミンタさんを入れるわけにはいきません。悪しからず、お帰りください」


 ミンタが未練たっぷりの目で、エルフ先生にすがりついた。

「え~……大丈夫ですよ、カカクトゥア先生。私、自動〔蘇生〕魔法を習得していますから。例え死んでも、自動的に生き返りますよ」

 しかし、エルフ先生は許してくれそうもない。空色の瞳に鋭い光が宿った。

「いけません。撃たれて死んだ場合ではその手法で生き返っても問題ありませんが、土砂で生き埋めになった場合や、爆発に巻き込まれて体が四散した場合にはどうするんですか。悪意のあるソーサラー魔術の罠には〔石化〕や〔塩化〕がありますし、死霊術の罠で〔ゾンビ化〕したら、もう生き返ることはできませんよ」


 ミンタが遠慮しながらも反論してきた。

「で、でも先生。法力場サーバーに私の生体情報を保存して、さらに血液サンプルなんかを用意しておけば、法術で〔蘇生〕や〔復活〕できるはずです」


 エルフ先生が厳しい顔のままで言下に否定した。

「その法力場サーバーの能力が低すぎるのですよ。学校のサーバー能力では対応できないと、ドワーフのマライタ先生が指摘しています」

 さらに告げる。

「生命の精霊魔法の場合は、学校が契約すべき精霊が未定ですので使えませんよ」

 もっと指摘する。

「ソーサラー魔術は、自身の魔力頼みですので現状では当てになりません」

 矢継ぎ早に否定していくエルフ先生だ。

「招造術での〔蘇生〕や〔復活〕も、マライタ先生の指摘ではサーバー容量が小さすぎて使えないという判断です。止めなさい」


 それでも、なおも反論しようとするミンタだったが、容赦なくエルフ先生が畳みかけてきた。

「そもそも、〔蘇生〕や〔復活〕法術は危険です。繰り返しますが、今の法術場サーバーの能力では不安ですよ。それに、記憶の一部が欠損するのは避けられません。止めなさい」

 さすがに、そこまで言われると反論できないミンタである。

「くう……残念」

 珍しく両耳をペルみたいに前に伏せて、鼻先と口元のヒゲも垂れてしまった。頭に走る2本の金色の縞も精彩を欠いていく。金色の毛が交じる尻尾も、デロンとなって動かなくなった。


 ペルがミンタに抱きついて説得を続けている。

「そうだよ、ミンタちゃん。危ないことは止めてよ」


 一方ムンキンは、盗賊まがいの迷惑事ばかりするセマン族については悪い印象しか持っていない様子だ。 

 他の男子部員たちと一緒になって、紺碧色の目で睨みつけてティンギ先生を威嚇している。が、その横にいるレブンはティンギ先生の様子を見て、逆に感心しているようだ。

「ティンギ先生。死者の世界から戻ってきたばかり……ですよね? どうしてそんなに平気なんですか?」


 ティンギ先生が青墨色の目でウインクをレブンに返した。

「〔運〕の威力だね。テシュブ先生や、シチイガという騎士も驚いていたよ。しかし、警備体制がザルすぎるな、彼の城は。あれじゃあ、セマン族の冒険家や盗賊に『どうぞ何でも持っていって下さい』と言っているようなものだよ」


「へえええ……」

 ひたすら感心しているレブンである。ムンキンたちは「やっぱり何か盗もうとしていたのかよっ」と憤っている。ミンタは、その話を聞いて地団駄を踏んでいる。

「あーっもう! 私も行きたいなーっ」


 ペルがミンタに抱きついたまま、首と尻尾をブンブン振って否定する。

「ダ、ダメだよう! ミンタちゃんは闇の精霊魔法の適性が弱いから、あっという間に体調を崩して寝込んでしまうよう」

 エルフ先生もそれに同意している。

「そうですよ、ミンタさん。体調どころか、精神異常を引き起こしかねないわよ」

 2人にさんざんに否定されて、凹むミンタである。 

 全校生トップの成績なので、なおさらショックを受けている様子だ。


 そんなミンタに、いたずらっぽい視線を送るティンギ先生。

「なーに、学生の部活動なんだから、気楽に考えて遊びにきてくれればいいよ、ミンタさん。いつでも歓迎するからね」

 エルフ先生とペルからのきついジト目視線攻撃を受けたティンギ先生が、愉快そうに悲鳴を上げながら背中を向けた。

「さて、オヤツの時間だな。退散、退散っと」


 ティンギ先生が校舎に向けて去っていく。しかし、数歩も歩かない内に何か思い出したようだ。ニコニコしながら振り返って、エルフ先生に視線を投げかけた。

「そうそう。今晩は『アンデッドと月に用心』した方が良いかもですよ」



 とたんにエルフ先生と、話を横で聞いていたノーム先生とが真剣な表情になった。

「それは、〔予知〕ですか?」

 ティンギ先生が大きな耳とわし鼻に自己主張させて、にこやかに微笑んだ。同時にソーサラー先生の放った〔爆裂〕魔法の爆風の余波で、彼の赤墨色で癖が強い短髪が大きく吹き上がる。しかし、彼の笑顔は崩れない。

「そうだね。死者の世界へ行ってきたので、我が崇拝する魔神様からの『御褒美』というところかな」


 ティンギ先生がスーツの上着の内ポケットから、パイプを取り出した。

「アンデッドはゾンビとスケルトンが多そうだね、数は……そう、1000体くらいかな。重武装しているのが見える。そいつを操っているのは狼……狼族のアンデッドだな。さらに黒幕が1名いるね。こいつは……そう、テシュブ先生と同じ貴族だな」


 まるで、『今日のオヤツは、どんなお菓子だろうか』と占うような気楽な口調で、とんでもない事態を〔予知〕しているティンギ先生である。パイプの燃え口に、刻みタバコを押し込んで火をつけた。


 片や、エルフ先生とノーム先生の表情が戦慄したような感じになっていく。そんな様子を、ニヤニヤしながら見るティンギ先生であった。

「月の方は光に包まれて、まぶしすぎて何も見えないなあ。……あ。でっかい口が見えた。まあ、そんなに被害は出ないみたいだし、心配しなくても良いと思うよ」


 エルフ先生が凄いジト目になって、ティンギ先生に反論した。

「ゾンビとスケルトン1000体に、それらを操るアンデッドということはバンパイア、それにサムカ先生級の貴族を敵に回すというのにですか?」

 ティンギ先生は平然としたままで、軽く肩をすくめただけだ。「ふいー……」とパイプを吹かして紫煙を吐き出す。

「だって、私が負傷したりする〔予知〕ではないし。まあ、こんなもんだな。じゃあまた今夜。いやあ、楽しみだね。ワクワクするよ」


 そのままスキップのような足取りで気楽に戻っていく、セマンのティンギ先生だ。パイプの煙が爆風に吹き飛ばされていく。


 彼の後ろ姿を見送っていたエルフ先生が、ペルとレブンに顔を向けた。思わず身をすくめる2人に、空色の瞳でぎこちなく微笑みかける。夕方なので、夕焼けがエルフ先生の日焼けした白梅色の顔を照らして神々しい。

「これが普通のアンデッドの行動ですよ、ペルさん、レブン君。サムカ先生は例外なのです。自然の摂理に反する魔法場なので、精神もそれに反応してか反社会的な行動をとりやすいのですよ」


 ペルが明らかに落胆しているのが誰の目にも分かる。黒毛交じりの尻尾も力なく地面に寝そべっていて、両耳も伏せられ、鼻先と口元の細いヒゲもほとんど垂直に垂れ下がっていた。

「はい……先生。そうですよね……」


 一方のレブンは、ペルほど落胆している様子を見せていなかった。しかし、セマン顔がかなりこわばっているのは隠しようもない。ティンギ先生の後姿を見送りながら、エルフ先生とムンキンたち男子部員に頭を下げた。

「では、僕もこれで失礼します。ムンキン君、誘ってくれて嬉しかったよ」

 かなり無理した硬めの声をかけて、レブンがソーサラー先生の下へ歩いていく。


 エルフ先生がペルに優しい視線を向けた。

「それじゃあ、部活動の時間は……あと1時間ちょっとしかないか。でも、体操服に着替えてきなさい。改めて体力を見てから、基礎トレーニングのメニューを考えるわね」

 ペルが落胆しながらも、笑顔を向けた。

「はい、先生」


 ペルがトテトテと、寄宿舎へ走って着替えに向かっていくのを見送ったエルフ先生が、隣のノーム先生に深刻な視線を向けた。

「ラワット先生。あの〔予知〕が本当だとすると、私たちだけの戦力では対抗できませんね。どうしましょうか」


 ノームのラワット先生も深刻な表情をして銀色のあごヒゲを引っ張っていたが、すぐに吹っ切れたような表情になった。

「うむ。通常通りに部活動の時間を終えたら、すぐに全校生徒と先生、事務員の全員を、〔テレポート〕で安全な場所へ移す事を再優先にすべきだな。今、こちらが怪しい動きを見せれば、連中を刺激してすぐにでも襲撃してくるかもしれないからな。こっそりとやろう。それで、こちらが充分な対抗戦力を準備してから、迎撃作戦を採用すれば良かろう」

 エルフ先生も同意する。

「そうですね。それが妥当でしょう。駐留警察署の警察部隊と、校長先生に早速連絡してみますね」


 そして、部員たちに視線を移した。ほとんど機動警察官の任務中の厳しい表情になっている。

「聞いての通りよ。部活動終了の時間まで、怪しまれないようにいつも通り練習しなさい。その後は、生徒たちの迅速な避難誘導をお願いするわ。1、2年生組は運動場と校舎内の生徒を。3年生組は寄宿舎に戻っている生徒たちをね」

 地図表示はせずに、口頭だけでテキパキと指示を出していくエルフ先生だ。

「空間転移ゲートは校長室の横にあるから、そこまでソーサラー魔術の〔テレポート〕魔術で空間跳躍すること。ウィザード魔法の〔テレポート〕魔法は、魔法場サーバーの誤作動が起きる恐れがあるから使わないこと。私は、先生と事務職員さんたちの避難誘導を行います」


 そして、やや早口の口調で生徒たちに念を押した。

「くれぐれも、敵の監視部隊に怪しい動きを悟られないこと。万一、感づかれて襲撃が早く開始された場合は、一目散に森林の中へ避難すること。パリーに頼んで保護してもらいます。いいわね?」

 部員たちが一斉にうなずいた。しかし、ミンタとムンキンだけは大いに不満そうである。

「カカクトゥア先生! 私は戦いたいです」

「僕も同じ考えです。貴族はちょっと難しいですが、他のアンデッドなら、やっつけてしまいましょう」


 しかし、エルフ先生が冷静な表情のままで否定した。

「いいえ、いけません。軍事目標でもなく、政治的や経済的な目標もない、ただの高校を襲撃するというテロ実行犯です。ターゲットは恐らく、あなたたち生徒と私たち教師になるでしょう。人質ですね。それで金銭などの要求を突きつけるつもりだと思います」

 エルフ先生の口調が、警官のそれに変わってきた。

「つまりテロリストたちは、あなたたちを捕獲、もしくは殺害するための訓練を積んでいる可能性が、非常に高いということです」

 エルフ先生に言われて、「ギクリ」とする部員たちだ。ノーム先生も無言で静かにうなずいている。


 エルフ先生がちょっと考えてから、話を続けた。

「対して、私たち側はテロへの対策ができていません。常駐している警察部隊の数も100名前後でしょうし、対アンデッド戦闘の訓練を積んでいるとは思えません。彼ら警察部隊は、この世界の住民による暴徒攻撃から、生徒と教師を保護するための訓練を受けているだけですからね」


 そう言いながら、エルフ先生が学校の正門付近に視線を向けた。その方向には警察署と、そして帝国軍の詰所がある。エルフ先生の表情が曇った。

「帝国軍の警備部隊もいますが……彼らは配置されて間もないので、まだ使い物にはならないでしょう。訓練不足です。つまり、やみくもに迎え撃とうと考えるのは、良策とは言えないのですよ」


「う~……」と、凹んでいるミンタとムンキンに、エルフ先生が厳しいながらも優しい視線を送った。

「テロ実行犯たちを上手にこの校舎内に閉じ込めることができたら、後は皆で包囲殲滅しましょう。校舎ごと消し去っても構いませんよ」

 ノーム先生が続いて補足した。

「そういう事ですな。君たちは若いから、血気盛んで勢いに任せてしまう所が往々にしてある。現に、テシュブ先生への挑発行為は、今でも続けているよね。実力差はこれまでの経験で分かっているはずなんだが、止まっていない」


 まさにその通りなので、「ぐぬぬ」と唸るしかないミンタやムンキン、その他の生徒たちである。

 ノーム先生が穏やかに微笑んで、銀色のあごヒゲを軽く右手で引っ張った。

「まあ、僕たちのように生命や光の魔法適性が強い者は、アンデッドを見かけると条件反射的に警戒してしまうものなんだがね。君たちがせっかく習得した魔法や魔術をアンデッドに対して試してみたい、という欲求や衝動もある事は承知しているよ。でも、理性は大事だ。どこかのマルマー先生みたいになっては良くない」


 ノーム先生に丁寧に指摘されたミンタとムンキンたちも、さすがに少し反省した様子になった。着替えて戻って来たペルだけが、状況を理解できずにアワアワしている。

 エルフ先生が警官の厳しい表情を和らげて、彼女の小さな肩に片手を乗せた。エルフ先生も彼女なりに少し反省したような表情になっている。

「ペルさん。それじゃあ、体力測定をしましょうか」

(そういえば……)と、ペルがレブンの姿をソーサラー先生が指導する部活動の中に探す。既にレブンが襲撃情報を伝えていたようだ。ソーサラー先生がエルフ先生とノーム先生に向かって、大きな紺色の目で何か合図を送っている。

 レブンは何事もなかったかのように〔飛行〕魔術の準備運動を続けていた。早速、バントゥ党の竜族ラグに絡まれているようだが。

 力場術のタンカップ先生にも情報が伝わったようだ。大人しくなって部員たちに何か指導をし始めていた。




【学校を取り囲む亜熱帯森林の中】

「ふむ。さすがはセマン族の占道術使いだな。ここまでの〔予知〕ができるとは思わなかったよ」

 学校の外の森の中に設けられた作戦ルーム〔結界〕の机の上で、ハグ人形がヒョコヒョコ浮きながら感心している。


 呼び出したのはいつものサラパン羊だったが……夜になってかなり眠たい様子だったので、早々に役場へお帰り願っていた。実際、ここ作戦ルームにいても邪魔になるだけであろうことは、容易に想像できる。


 他には校長、警察部隊の長である狐族の隊長、各地の情報を収集してまとめる警察部隊の情報係官、帝国軍からの出向軍人の狐が同席している。

 ハグ人形のことについては校長が既に説明したようだ。奇異な目で見てはいるが、それ以上のことはしていない。そのためハグ人形も少々、図に乗っている様子である。


 情報係官が最新情報を総合してディスプレー上に表示した。

「敵は予想通り、森の中には入らず、校舎敷地内の外れに展開しています。数は狼型バンパイアが1体、結界ビンから取り出したと思われるゾンビが300体、スケルトンが600体、索敵用のゴーストが100体で、先ほどと変わりません」

 淡々とした口調である。

「学生寄宿舎内にランダム配置した、生徒たちの生命の精霊場を模した紙製のゴーレム300体の正体には、まだ気づいていない模様です」


「うむ」と答える警察部隊の部隊長。帝国軍の警備隊は残念ながらエルフ先生の予想通り、作戦には参加できない状況のようだ。

「再度確認する。校舎内と寄宿舎内には、生徒や教師を始め、誰も残っていないのだな?」

「はい」

 即答する係官である。


 その緊迫した空気の中で、校長が警官たちの邪魔にならないように作戦ルームの端で小さくなっている。そして、机の上で傍若無人な振る舞いをしているハグ人形に、小声で話しかけた。

「〔予知〕は基本的に、不確かなものだと聞きます。いつ変わってもおかしくないとか。我々がこうして迎撃態勢を整えているというのに襲撃時間の〔予知〕が変わらなかったというのは、良い兆候なのでしょうか?」


 机の上から情報係官の頭を跳び箱代わりにして、ハグ人形がポーンと跳び、そのまま校長の頭の上に着地した。両足着地したので、ご機嫌である。

「おお、やったぞ。難易度が4級の技を完璧に降りたぞ」

「それは、おめでとうございます。これでさらに人形の動きが良くなりますね。それで、私の質問なのですが、どうでしょうか? ハグさま。このまま無事に終息すれば嬉しいのですが」

 校長がそつなく対応して、白毛交じりの頭の上に乗っているハグ人形に重ねて小声で聞く。


 ハグ人形がだらしなく両手を広げた。

「実はな。連中の動きに注意するようにと、サムカから注文が入っておったのだよ。だから、セマンの先生が占ってくれなくても、ワシが監視していたから問題なかったんだがな」

 校長が感心した表情になった。ハグ人形を頭から丁重に下して、手袋で包まれた両手で捧げ持つ。

「さすがですね。これは、うちの教師が余計なことを致しました。おかげで、このように大事になってしまいました」


 ハグ人形が口をパクパクさせて胸を張る。

「いや。ワシが監視していると知られないのは、ワシにとっても都合が良い」

 校長が首をかしげた。

「それは、どういう事でしょうか」


 机で作業をしている情報係官や、彼の周囲をウロウロしている警察部隊長も、ハグの言葉に興味を抱いたようだ。にわかにハグ人形に視線が集中した。ハグ人形がまんざらでもない様子で、もったいぶった言い方で答える。

「バンパイアしか確認できないのは、貴族は闇魔法の〔ステルス障壁〕を展開しているから〔察知〕されないだけの話だ。動けば、その闇の塊も動くから見つけられるだろう」

 情報係官が現場の索敵班に、即座にハグの助言を伝えた。校長が感心している横で、警察部隊長がハグ人形に礼を述べる。

「貴重な助言をありがとうございます。そうですか……なるほど。探知できない空間であっても、それが移動していれば話は別ですな。それを想定した訓練は残念ながらしていませんが、努力してみましょう」


 ハグ人形がかなり機嫌を良くしたのか、嬉しそうな口調になった。

「うむ、頑張れよ。さて、くだんの貴族だが、サムカの属する王国連合の貴族ではない。詳細情報はリッチー協会が継続して調べておるので、しばらくすれば分かるだろう」

 とりあえず意味もなく跳び上がって、空中で2回転して着地する。

「目的だが、生体情報の収集にやって来たのだと思う。君たちの遺伝子情報や酵素情報、共生微生物の情報とか、各種の魔法適性状況の調査……とこんなものだろう。この魔法高校には、この世界では珍しい魔法を使える獣人ばかりいるからな」


 それを聞いて、校長と警官や軍人たちも驚いた表情をした。

「そんなに貴重なのですか、魔法を使える獣人というのは? これまでは歴史的にも異端視されていたほど、厄介者扱いだったのですが」

 ハグ人形が8の字ポーズをとる。

「貴重だな。これまでは魔法というものは、魔法使いどもか貴族、エルフやノームの亜人しか使えないものと考えられておったからな。他には、魔法生物だけだ」


 そういった基礎知識は校長や隊長も、ある程度は知っている。素直にうなずいている。ハグ人形が8の字ポーズからカカシのポーズに切り替わった。どうやら、変な姿勢や動きをしていないと、真面目な話ができない様子である。

「それが精霊魔法だけなら、まだ理解もできる。しかし、高度なウィザード魔法まで修得できる者が多いという現実を、説明できる魔法使いはいないだろうな。しかも、この学校ではさらに高度な、古代語魔法の授業まで組んでいるのだろう? もう、驚異的だよ。ある意味、エルフやノームの魔法教育を超越している」

 校長たちは、まさしく『狐につままれた』ような表情をしている。

「はあ……そうなんですか?」


 顔に縫いつけてある目の代わりの黄色いボタンの上半分を、ハグ人形が両手で隠して強制ジト目になった。

「理解できないなら、それはそれで構わぬよ。だが今回のように、君たちを利用しようと考える連中がいるという事だけは理解しておくことだな。さて、そろそろ動き出すぞ」

 警察部隊の部隊長や、派遣されている帝国軍人が、さらに緊張した表情になった。




【森の中と救護所と】

 一方、森の中にはパリーのおかげでアンデッド群が入り込めなくなっていた。そのため、警察部隊の別動隊が考えられる最上の装備で展開して、学校を取り囲んでいる。本隊は、生徒たちの寄宿舎の背後に広がる森の中に待機している。


 どの部隊も防弾と防刃処理を施した防護服の上に、補強用の防護アーマーを装備している。尻尾もきちんとスーツの中に収められており、大きなスコープ付のフルフェイス型のヘルメットをかぶっている。そのため、見た目はセマンの機動警察部隊のように見える。

 お尻が膨らんでいるのと、口元が前に大きく張り出しているのを除けばの話だが。

 通信機器はヘルメットに内蔵されているので、それを使って情報交換と位置情報の取得を行っているようだ。


 武器は突撃銃のようなレーザー銃を1丁抱え、これに拳銃のようなハンドガンを2丁ベルトのホルダーに収めている。

 これらに加えて刃渡り30センチほどの高周波ナイフも1振り、専用のホルダーに収められているのが確認できる。夜間作戦なので全身黒づくめの迷彩服で、潅木の茂みに偽装していた。


 校庭の陰で移動を始めている敵のアンデッド群の動きに合わせて森の中を移動しているのであるが、全くの無音で幽霊のように動いている。さすがは獣人族といったところか。森の中には大量の落ち葉や枯れ枝に灌木があるのだが、彼らが移動しても全く音が出てこない。


 警官隊の後方の森の中でエルフ先生がため息をつきながら、隣のノーム先生にグチめいた話をした。

「学校に駐留警察署って、変に思ってたけれど……警察の特殊部隊だったのね。まあ、いいけど。だけど、装備が対アンデッドではないのよね……一応、対アンデッド用の対抗魔法をマルマー先生が付与してくれているけれど……ゾンビやスケルトンには効いても、狼型バンパイアにはあまり効かないでしょうね」

 〔指向性会話〕魔法であるが、特に機密性の高い、〔空間指定型の指向性会話〕魔法を使用している。


 通常の〔指向性会話〕魔法はエルフ先生の場合、風の精霊魔法を使って音声を超音波に〔変換〕する。超音波は指向性が非常に高く、周辺に拡散しにくい性質を持つ。そのため、話したい相手以外には聞こえないのである。

 しかし、話したい相手の方向にいる者は、超音波を通常音声へ復調するための〔キー〕を知っていれば容易に盗聴できてしまうという欠点を持っている。また、反射性の高い壁などで超音波が反射されると、その先にいる者も同様に盗聴することができる。


 この場合でいうと、エルフ先生とノーム先生とをつなぐ直線上にゴーストがいれば、会話を盗聴できる可能性があるということだ。また、エルフ先生やノーム先生から発した超音波が木の幹などで反射すると、その反射先にいるゴーストでも盗聴できる機会が生じる。


 そのために、このような特に機密性を求める会話の場合、空間を指定して会話をする方法が採用されるのである。

 具体的には、エルフ先生が発した音声を超音波に風の精霊が自動〔変換〕する際に、2つ以上の音源に分解、分割する。そして、その音源は互いに別々の位置から発せられる。今回はエルフ先生の口と、そこから横に1メートルほど離れた空間にいる風の精霊の2つの音源になる。


 位置が異なる2つの音源からノーム先生に向けて超音波で音声を送ると、その交差点でのみ超音波が復号〔キー〕でもって通常音声に復調されて聞こえるという仕組みである。

 そのためノーム先生以外には聞こえないし聞くこともできない。2つに分解、分割された超音波それ自体も、1つだけでは復調して音声に戻すことはできないためである。


挿絵(By みてみん)


 ノーム先生も今はエルフ先生と同じく、〔空間指定型の指向性会話〕魔法を使用している。しかしノームは大地の精霊に詳しい。そのため、風の精霊ではなく大地の精霊を使用している。原理は同じなので、エルフ先生との機密会話をする上では問題ない。


 2人の先生の服装は機動警察官の服装のままであるが、非常に見えにくい。光の精霊魔法を使って、周囲の風景に溶け込んでいているためだ。輪郭線もぼやけて見える。

 人が相手を視覚で認識する際には、周辺環境の映像と区別するために脳内で輪郭線を設けている。これを〔阻害〕する光魔法だ。輪郭線が引けなければ、相手はエルフ先生たちを森の景色の一部と認識してしまう。


 2人とも手にはライフル型の杖を持っていて、底部には3本のマガジン型の魔力パックを装着している。予備の魔力パックは、ベルトにもいくつか取り付けられているようだ。


「しかたあるまい」

 ノーム先生が〔指向性の空間指定会話〕魔法で返答した。

「これでも、次第に装備も錬度も向上してきているよ。最初の頃は、とてもこのような実戦には出せない有様だったからな。軍の方は今でも実戦に耐えられないし。とりあえず、警官隊にはゾンビやスケルトンどもを相手してもらって、実戦経験を積んでもらおう。我々は狼族バンパイアと、まだ発見できていない貴族の対処だな」


 その時、前方の運動場から数個のゴーストが森の中に侵入してきた。たちまち、パリーが展開している〔結界〕に感知されて自動迎撃魔法を食らい、みるみるうちに蒸発するように小さくなっていく。

 魔法場の性質が対照的な生命の精霊場による迎撃魔法なので、反応が激烈すぎるようだ。小さな爆発も時々起こしている。その爆発音と閃光は、2人の先生による魔法で〔隠蔽〕されている。おかげで、森の中は無音で真っ暗なままだ。


 そのおかげかゴースト群は警戒もせずに、次々にまっすぐ森の奥へ入ってきた。じっと動かないでいる警官隊の上空を爆発しながら通過していく。さすがに警官部隊は生命体なのでアンデッドが反応するハズなのだが……ゴーストには何の反応も現れていない様子である。〔察知〕できていないのだろう。


 ノーム先生が感心して銀色の口ヒゲを捻った。

「ふむ……さすがだね。生き物の気配をネズミ程度にまで抑えているから、索敵用のゴーストといえども警官だと認識できていないようだ。よく訓練できているよ」


 そのままゴースト群は森の中を100メートルほど入り込んだ先で、全て蒸発して消滅してしまった。先ほどのノーム先生の会話も拾えなかったようだ。


 ゴースト群が消滅したことを確認して、エルフ先生が装備している無線機を使って信号ビーコンを1回打つ。これで秘匿無線通信が再開された。

 これは盗聴が原理上は不可能な量子暗号通信なのだが、その原理を捻じ曲げる〔解読〕魔法の前には無力だ。しかし広大な森の中全てを、その〔解読〕魔法で包むと因果律崩壊が起きてしまうので使えない。術者は『ここぞ』と思った場所でしか、〔解読〕魔法は使えないものなのだ。

 そして、索敵ゴーストをやり過ごした場所は、その魔法を使う場所から除外される。後は、量子暗号通信で秘匿しながら通信が再開できる。


 早速、本部の作戦ルームにいる情報係官からの通信が入ってきた。

「敵は校舎内に誰もいないことを確認。全部隊が集結しつつ、学生の寄宿舎へ移動を開始しました。予定通り、各部隊は行動して下さい。なお、発砲許可はまだ出ていません。以上」

 暗号化された無線通信が、作戦ルームの情報係官からの情報を伝えた。

 同時にエルフ先生たちの前にいた警察部隊が、本隊の待つ寄宿舎へ音もなく移動していく。


 ノーム先生が少々呆れた様子で、銀色の垂れ眉を上下させた。

「まったく。索敵ゴーストよりもゴーストぽく動いていくな、こいつら」

 隣のエルフ先生も、思わず口元を緩ませている。

「特殊部隊ですからね。本来は暗殺も主要業務の内なのでしょう。私たちも作戦地点へ移動しましょうか」


 エルフ先生が森の中から上空を見上げると、狐の姿をした精霊が10体に増えていた。それらが旋回しながら、敵アンデッド群を追いかけて移動していく。しかし上空を旋回しているだけで、敵アンデッド軍を襲撃したりはしていない。

「あの狐の精霊たち、残留思念とか好物みたいね。ゾンビやスケルトンも食べたいのかしら」


 そう言ってから不思議そうに小首をかしげる。

「でも、あんな精霊は見た事がないなあ……よっぽど希少種なのかしらね。帯びている精霊場も異質だし」

 ノーム先生が同じく見上げながら同意している。

「そうだね。ノーム世界でもあんなのは見た事がないよ。データバンクにも載ってない。異質なのは、この獣人世界の精霊の力関係が独特なせいだろうかね。この高校への着任当時は、精霊の関係がノーム世界とは違っているので戸惑ったものだよ、ははは」

 エルフ先生も苦笑している。

「ですよね……エルフ世界と同じように精霊魔法を使うと失敗しますものね、ここって」



 森の中にある作戦ルーム結界の隣には、負傷者の治療用に設けられた結界ルームである救護所がある。ここにミンタとムンキン、そしてペルとレブンの姿があった。 

 ミンタが頬を膨らませて怒っていてクルクル巻き毛が、角のようになって頬を強調している。

「もー! どうして後方支援なのよ! ゾンビやスケルトン程度だったら、相手が100でも200でも光の精霊魔法で破壊してやれるのにっ」

 ムンキンも同様のようだ。滑らかな柿色の頭のウロコを逆立たせて、濃藍色の目をギラギラさせて尻尾を16ビートで床に叩きつけている。

「そうだよ! あんな警官隊なんかよりも俺たちの方が強いのに!」


 それを必死でなだめているのは、ペルとレブンであった。

「いくら魔法が使えても、私たちはまだ戦闘訓練を受けていないから仕方がないよ、ミンタちゃん」

 レブンも同調する。

「残念だけど、そうだね。敵が10体程度だったら、僕たちでも何とかできると思うけれど。1000体もいるから、組織戦闘でないと対応できないよ。ここは後方支援に徹するのが最上だと思うよ、ムンキン君」


 ムンキンの文句を招造術のナジス先生がニヤニヤしながら聞いている。彼の隣には、竜族の男子生徒が1人いて、ナジス先生の手伝いをしているのが見える。

 その男子生徒にナジス先生が指示を次々に出しながら、なおもニヤニヤ笑っている。

「レタック・クレタ級長。ずず」

「次は医療用の土製ゴーレムを10体、起動させましょうかね。ずず」

「行動術式を書いた紙を食べさせて、ずず」

「読み込ませる準備をしなさい」


 クレタ級長と呼ばれた男子生徒がすぐに返事をした。竜族らしくキビキビとした動きだ。学年章は2年生なのだが、成績や統率力が良いのだろう。

「はい、先生」

 紙を結界ビンの中から取り出した。

 その紙の上には、ウィザード語の文章が立体になって空中に浮かんでいる。まるで高分子模型の立体ホログラム映像のようだ。


 そのクレタ級長が竜族独特の瑠璃色の瞳で、鋭く同族のムンキンを見下した。彼の頭を覆う渋柿色の少し荒いウロコもピカリと室内照明を反射している。

「1年生は出しゃばるなという事だ。ええと……ムンキン・マカン君、だったかな」

 さすがに尻尾で床を叩くような真似はしないクレタ級長だ。慣れた手つきで、紙をゴーレムに食べさせていく。


 一方のムンキンは《バンバン》と16ビートのリズムで床を尻尾で叩きまくって、クレタ級長とナジス先生を睨んでいた。

「実戦経験がないのは、先輩も先生も同じだろ。何を威張っているんだよ。クレタ級長も、バントゥ党員だからって、偉そうにするんじゃねえぞコラ」


 ムンキンの暴言に、慌てて駆け寄って謝るレブンであった。ミンタも何か文句を言いだしそうになっていたので、こちらはペルが抱きついて制している。

「すいません、すいませんっ。作業の邪魔をしてしまいました。お許しください、ナジス先生、クレタ級長さん」

「ミ、ミンタちゃんっ。今は味方内でケンカしている場合じゃないよう」


 クレタ級長が余裕しゃくしゃくの顔で、ペルたち4人を鼻先で笑う。

「バントゥ君は多民族共栄の高貴な理想を掲げているのだよ。君たちがそのような下卑た態度をとっていては、タカパ帝国臣民として恥ずかしいぞ」

 今度はレブンまでもがクレタ級長に抗議し始めたので、慌ててペルが謝った。

「すいませんでした。どうぞ、作業を続けて下さい。ほら、レブン君まで興奮しちゃダメだよっ」


 ペルの謝罪を鼻先で笑いながら聞き流すクレタ級長が、最後のゴーレムに紙を食べさせた。

「ナジス先生。これで終了です」

 ナジス先生が細い紺色の目を少し細めた。ニヤニヤ笑いがかなり露骨になっている。

「はい、ご苦労さま。ずず」

「僕も今、作業を終えたところですよ。ずず」

 相変わらず、斜に傾いた姿勢で、鼻をすすり上げている。


 室内の明かりの下で、ナジス先生の杏子色した肌のザラザラ感が強調されている。褐色で焦げ土色の髪も見事なまでに荒れているようだ。室内照明の光を反射していない。

 白衣風のジャケットは今回は羽織っておらず、半袖シャツとジーンズ風ズボンのラフな姿である。実際、契約時間外勤務なので、こんな姿でも充分だと考えてきたのだろう。


 手を休めたナジス先生が少しだけ真面目な表情に戻って、ムンキンとミンタたちに視線を向けた。

「素人さんは、ずず」

「どんなに個人が強くても、組織戦闘では足手まといになるだけですよ。ずず」

「ここは、部隊の行動を〔記録〕して、学生らしく勉強することに専念することでしょうねえ。ずず」

 紺色の瞳の細目を、さらに皮肉っぽく細めて笑っているナジス先生だ。


 ムンキンが再び食ってかかった。

「だったら、先生。そのゴーレム操作の一部を僕たちに任せて下さいよ。寄宿舎内の紙ゴーレムなんか300体もいるんでしょ?」

 クレタ級長が心底バカにしたような顔になった。

「は? 何を言っているんだ君は」


 ナジス先生も上から目線でニヤニヤしている。猫背になり、褐色で焦げ土色の髪が肩の上で挑発的に揺れっぱなしだ。大量の枝毛の先がようやく室内灯の明かりを反射して、静電気の火花が散ったような印象になる。

「ダメダメ。寄宿舎内のゴーレムは既に、既定の行動術式に従っているよ。ずず」

「戦闘行為は許可していない。ずず」

「ここの医療用ゴーレムは、専門ゴーレムだから、なおさら君たちの知識では操作できない代物だよ。ずず」

「私にだって手動操作はできないんだから。ずず」

「さて、起動確認したから私たちは帰るよ。魔法場サーバーの増強が間に合ってよかった。ずず」

「良い夜を」



 治療用のベッドの数が少なすぎると文句を言っていた法術のマルマー先生が、ようやく落ち着いたのか口を挟んできた。  

 こちらはいつもの豪勢な法衣姿である。室内灯に照らされた茅色で褐色の短髪には、明るい輪が浮かび上がっている。こちらは、髪の手入れをきちんと行っているようだ。

「学生ふぜいが、ここにいることができる時点でおかしいのだぞ」

 ジト目になって軽く頭を否定的に振る。

「まったく……エルフとノームの亜人どもは公私混同で困る。私の専門クラスで優秀な生徒を呼んだほうが、はるかに有用だとシーカ校長に伝えたのだがね。却下されてしまったよ。あの校長は我々を軽く扱い過ぎる」

 ……などと、再び勝手にヒートアップして、口うるさく喚きたてる先生である。


 法術専門クラス所属ではないが、優秀な生徒といえば目の前のミンタなのだが……カウントされていないようだ。級長やラヤンも今晩は、お呼びではなかったらしい。いつものディスプレー神官たちも顔を見せていなかった。就業時間外なのだろう。


 レブンが明るい深緑色の瞳のまま、冷静な声で反論する。

「マルマー先生が授業よりも布教にばかり熱心だからでしょう。その優秀な生徒というのは、誰を指すのですか? 法術の〔治療〕効力は、僕の知る限りでは、せいぜい切り傷を2日ほどかけて治癒させる程度ですよ。銃創や、アンデッドによる〔麻痺〕攻撃、闇の精霊魔法による〔消去〕攻撃による負傷は、〔治療〕できないと思えますが」


 ムンキンが濃藍色の瞳をキラキラさせながら、レブンの両肩を後ろから持った。

「学年2位の僕が、修得している法術では『役に立ちそうもないなー』と思っているくらいだ。全校1位のミンタさんではどうだい?」

 ミンタが暗い栗色のジト目になって、マルマー先生を見据える。

「レブン君が想定しているような負傷には、対応できないわね。教育指導要綱に書かれている内容では、そもそも無理なのよ。せいぜい、警官隊の武装の〔加護〕や〔強化〕しかできないわね。それと、軽い〔麻痺〕の〔治療〕くらいかな。まったく……私たち獣人族を、あんまり舐めてほしくないものね」


 容赦なくマルマー先生をこきおろして有無を言わさず黙らせた後で、レブンに視線を向けた。

「私たちの使う法術や精霊魔法では、レブン君が想定する負傷には対応できないと思う。特に、心肺停止に及ぶような〔麻痺〕と、闇の精霊魔法による〔消去〕型の負傷はね。多分、君の死霊術と、ペルちゃんの術式の〔消去〕魔法が頼みの綱になると思うわ」


 それを聞いてレブンの表情が曇った。

「気になるのは、テシュブ先生が指摘していた『闇魔法の派閥が違うと、術式の〔解読〕や〔解除〕が難しくなる』という点だよ。テシュブ先生の派閥と同じであれば良いんだけど」


 マルマー先生はそのような懸念を全くしていない様子である。さらに自信満々なドヤ顔で、説教を始め出した。当然、誰も聞いていないが。



 そこへ、ハグ人形がテレポートしてレブンの頭の上に現れた。

「ほう。なかなか良い視点を持った子だな。危惧した通りだよ。今の君では、あの貴族の闇魔法を〔解除〕する事は不可能だ。派閥というより、それ以前の魔力差によるものだがね」


 法術のマルマー先生は例外にして、テント内の警察官を中心にパニック気味な驚きが広がる。そんな中レブンが明るい深緑色の瞳のままで、意外にも素直にうなずいた。

「そうでしょうね。では、死霊術場と闇の精霊魔法場を〔遮断〕して、魔力切れを狙う手法でいこうと思います」


 ハグ人形が真面目にうなずいた。変なヨガみたいに、体を雑巾のように絞っているが。

「それしかないな。では、そこの法術使いに法力場を強く発動させて、同時に、そこの狐とトカゲが光と生命の精霊場を強く発動させることだな。それで相性の悪い死霊術場と、闇の精霊場が『追い出される』だろう。ついでに貴族の闇魔法場もな」

 すかさずムンキンが食ってかかった。

「トカゲじゃない、竜族だ。このアンデッド」


 ハグ人形が不敵な笑い声を上げた。雑巾絞りした自身の胴体を緩めて、元に戻る。

「ははは。良い気概だ。傷口については大地の精霊魔法を用いて、負傷した組織を〔結晶化〕させると良いかもな。それで敵の魔法場だけでなく、死霊術や闇魔法の術式そのものを〔吸着〕して、機能停止させることができるだろう。結晶はそのまま切除して取り除けば良いぞ。では、ワシはそんな場にいたら死んでしまうから退散するとしよう。パパラパー」

 そう言って、レブンの頭の上からかき消えた。


 レブンとペルが顔を見合わせて頬を緩める。

「ペルさん。ハグさんって、意外と面倒見が良いよね。わざわざアンデッドの弱点を突く手法を教えてくれるし」

「うん、そうだよねレブン君。ハグさん人形からも微弱だけど、死霊術場と闇魔法場が発散されているんだよね。それを気にしてくれたんだと思う」

 話しながら、ペルが深刻な表情になってきた。

「それと、ハグさん人形が指摘して下さったように、私たちが知っている闇の精霊魔法と、敵の闇魔法とは違うと思うの。術式〔解除〕を狙うよりは魔力切れを狙う方が、レブン君の考える通り正解かも。闇魔法の構成成分には、闇の精霊魔法も含まれているはずだし。レブン君、私もこの方法が最適だと思う」


 ミンタやムンキンも素直にうなずいたので、レブンが「コホン」と小さく咳払いをした。ちょっと気負ってしまったらしい。

「ペルさん。それでは全体指揮を頼むよ。僕は死霊術のエンジンを停止させることに集中しないといけない。闇魔法は、場からの魔力供給が途絶えたり不安定になると自動的に消滅するはず」

 ペルが緊張した表情になりながらも、うなずいた。

「うん。分かった、やってみる」


 そしてミンタとムンキンの顔を見た。

「ハグさんの方法でやるのが最適だと思う。ミンタちゃん、ムンキン君、光と生命の精霊場を強めて。法術のマルマー先生は法力場をできるだけ強めて下さい。パリーさんの力も借りたいところだけど、ちょっと難しいかな」

 ミンタとムンキンが両目を閉じて肩をすくめた。それだけで、全く期待できないと理解するペルである。話題を変えた。

「それで、負傷者や患者さんの死霊術場や闇魔法場を追い出して、レブン君による死霊術の停止処置を支援したいと思います。レブン君は大地の精霊魔法があまり得意ではないので、ミンタちゃんとムンキン君に支援をお願いしますね」


 まだ残っていて、医療用のゴーレムの調整を進めていた招造術のナジス先生が、口を少し歪めながらペルに質問してきた。クレタ級長は既に退出しているようだ。

「では、ペル先生。ずず」

「このゴーレムは、どう動かしましょうかね」


 ペルが表情を変えないままで即答した。

「プログラム通りに作動させて下さい。特に私たちは非力ですから、患者さんや負傷者さんたちが苦痛で暴れるのを押さえつけることができないと思います。その補助を優先してもらえれば助かります」


 そして、隅のほうでコソコソと何かやっている、幻導術のプレシデ先生に声をかけた。

「すいません、プレシデ先生。外の作戦行動中の警察部隊への幻術支援中で忙しいとは思いますが、こちらへ搬送されてくる負傷者や患者の苦痛を和らげてもらえるような魔法をかけてくれませんか?」

 ペルに見つかって「ち」とか言っていたプレシデ先生だったが、快く引き受けてくれた。


 代わりにミンタが心配そうな表情になる。

「ペルちゃん。そうすると、この狭い救護所に複数の系統の魔法がすごい勢いで行き交うことになるわね。制御できそう?」

 ペルが両耳を不規則にパタパタ動かしながら微妙な笑顔になった。口元のヒゲが四方八方を向いてしまっている。

「うん。やってみる。魔法が暴走しやすい環境には、私の闇の精霊魔法が効果的だと思うから」


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