14話
【ゾンビの作り方 その2】
一方、教室の中では生徒たちが全員、校外の森を見下ろせる外側の窓際に寄って風の精霊魔法を発動させていた。教室の窓からは寄宿舎が見え、それを囲むようにして大森林が広がっている。その森に向けて、生徒たちが風の精霊群を飛ばしていく。
まず先行して、野生の柑橘類の木に寄生しているキジラミを探索するための精霊を森の中に放つ。
早速、森の妖精のパリーが森の境界から学校敷地内に入ってきた。すぐに、窓ガラスが全壊している校舎の2階で顔を出している生徒たちを見つけたようだ。
弾丸のように一直線に飛んで、教室の窓枠と壁を大破させながら床に「ポテッ」と着地した。かなりの被害だ。
「何やってるのかな~。あ、クーナじゃない。ど~したの?」
相変わらず、気の抜けたのんびり声である。
身長は130センチほどしかないので、生徒たちとの身長差もそれほど大きくない。ウェーブがなだらかにかかった紅葉色の赤い髪が、ジャディの放つ旋風を受けてフワフワとなびいている。服装はヨレヨレの寝間着姿で、樹皮製のサンダルを足につっかけている。体型も小学生並みなので、生徒たちに囲まれているとあまり違和感を感じない。
レブンが簡潔にパリーに説明すると、「なるほど~」とうなずき、太い眉をピクピクと上下させた。褐色の麦藁色の肌に似合う松葉色の瞳が、不穏な雰囲気を急速に膨らませていく。
「生命の精霊の加護を~思い切り受けている~このパリー様に~死霊術の授業の協力を頼むの~? なかなか度胸があるわねえ~ん~?」
のんびりしながらも有無を言わせない迫力で、パリーが生徒たちにフワフワした足取りで詰め寄ってきた。
早速、迎撃態勢に移行するムンキンとミンタだ。早くも簡易杖をパリーに向けて、攻撃魔法の術式を走らせ始めた。エルフ先生がジト目になりながら生徒とパリーの間に割って入る。
「こらこら。ミンタさん、ムンキン君、止めなさい」
その割には、エルフ先生の空色の瞳がそれほど厳しく光っていないが。
ミンタとムンキンもエルフ先生の雰囲気を察したのか、素直に指示に従って簡易杖を下ろした。同時に魔法の術式が解除されて、光の精霊場が急速に弱まっていく。どうやら〔レーザー光線〕か〔ビーム光線〕で攻撃するつもりだったようだ。
それでもなお、ブツブツ文句を垂れている2人を軽く叱りながら、エルフ先生がパリーに謝った。
「ごめんなさいね、パリー。先生方には事前に連絡を入れていたんだけど、パリーには届いていなかったのね。驚かせてごめんさない。私の契約者ですものね、私のミスだわ」
両耳を下げながらエルフ先生がパリーに謝る。
その様子を見て、パリーも態度を和らげた。
「クーナがそう言うなら、仕方がないなあ~。朝から機嫌が悪くてね~、好戦的になってるのよ~」
のんびりした物言いなので、好戦的だと言われてもよく分からない生徒たちと先生方である。
パリーの言葉に、エルフ先生も肩をすくめながら同意した。
「私も今朝から少しイライラしてるのよね。精神の精霊の状態は良好なんだけど、何なのかしらね」
エルフ先生も、森の妖精のパリーと似たような心理状態だったようだ。言われてみれば、今日はサムカとよく会話している。
「次回からは、私がパリーに知らせるわね。今日のところは、それで許して」
「分かったわ~。もうイライラしていないから大丈夫よ~」
のんびりした声でヘラヘラ笑いながらパリーが答える。ペルやレブンが風の精霊を駆使して森の中から集めているキジラミの山を、興味深そうに眺めた。
「キジラミか~。厄介なムシよね~。私も~ちょくちょくポイしているんだけど~、しぶといのよね~。森の柑橘の木なんか~、コレが増えすぎると病気になって~枯れちゃうし~」
森の中でも、厄介者らしい。
「死霊術のためとはいえ~コイツ等をポイしてくれるなら~うるさく言わない~。できたゾンビは森の中へ入れないと~約束するなら~見ないフリする~」
それには全く異存がない生徒たちである。レブンがほっとした表情になった。魚の口に戻っていたのを、人の状態に直しながらパリーに感謝する。
「ありがとうございます、森の妖精様。僕の支配下にあるゾンビは、最大行動半径が150メートルしかありません。ペルさんとジャディ君のは100メートルです。行動禁止区域に森を〔設定〕すればゾンビは侵入しません。ご安心下さい」
セマンのティンギ先生は平然と席に寝そべって昼寝しているのだが、ものすごい〔運〕のおかげで全くの無傷であった。彼が使っている机とイスもこの教室で唯一、新品同様で傷1つついていない。
そんなティンギ先生を少々イライラした表情で見つめているエルフ先生。
その彼女が「そういえば……」と、用務員ゾンビのことを思い出した。今は教室の中に突風が吹き荒れているので、彼女が展開した風の〔防御障壁〕で、ノーム先生と3体の宙に浮かんだままの人工生命体を保護している。ティンギ先生は保護の対象外だ。
「言われてみれば、あの巨人ゾンビ用務員さんも森の中へは絶対に入らないわね。術式にそう書かれているのかしら。ジャディ君、どうなの?」
ジャディはパリーの乱入にも動じずに、一心に森からの採集に集中しているようだ。当然ながら、エルフ先生からの問いを無視している。
さすがに風の精霊を上手に使いこなしているので、もう既に充分な量のキジラミを採集済みであった。そのまま一緒に吸い込んだ砂塵を使って空中でキジラミを、すり潰して団子状態にしている。ちょうど、鳥の歯に相当する、砂のうの中のような感じだ。
エルフ先生に重ねて問いかけられたジャディが、面倒臭そうな顔でやっと顔をエルフ先生に向けた。
「オレ様は殿が作成した死霊術の術式を、そのまま人工生命体へ導入しただけっス。所有権は殿にあるし。きっと、殿が『森の中に入るな』って書いたに違いないっスよ!」
(そーかなー?)と、首をかしげるエルフ先生である。そんな気配りをしていたら、今のパリー殴りこみ事件は起きなかったと思うのだが。
レブンがジャディに続いて充分な量のキジラミを採集し終えて、ほっとした表情になった。少し余裕ができたようだ。
「ジャディ君。あの巨人ゾンビの所有権はテシュブ先生だけど、僕たちによる一般使用の〔許可〕もされてるよ。だから、僕たちや先生方の命令で用務員の仕事ができているんだし。他者への攻撃以外の、ほとんどの権限が〔共有設定〕になってる」
そしてエルフ先生に顔を向けた。先生はまだ首をかしげている。
「カカクトゥア先生。巨人ゾンビ用務員ですが……入力されている死霊術式を解析したんです。それを見るとテシュブ先生は、単にゾンビの行動範囲〔設定〕を学校の敷地内だけに限定していました。それだけの話だと思います。森のことまでは考えていなかったはずですよ。僕たちが作成したゾンビにも、この術式を入力します」
ミンタが同意する。なぜかちょっとドヤ顔である。
「そうね。何せ牛程度の残留思念しか導入されていないわけだし。森に入ったら迷子になって、ずっと草ばっかり食べて学校へ帰ってこれなくなると思うわ。森の中に入らないように決めておくことは必要よね」
ペルもようやく充分な量のキジラミを収集し終わって、ほっとした表情になった。
「ミンタちゃん。ゾンビなんだから草は食べないよう。お待たせ。集め終わったわ」
集めたキジラミの山を、ペルとレブンが大地の精霊を使って作り出した石臼ですり潰し始めた。ガラスの破片が教室の床に大量に散乱しているので、臼もガラス成分が多い。すぐにジャディがしたように団子状態になった。
次いで、外の校舎脇に備えつけられている植木への散水用の水道蛇口を、ウィザード魔法の力場術を使ってゆるめて水を出した。それを水の精霊魔法を使って、教室内へ水の球として呼び寄せる。空気中の水分だけでは、大きな水の球は作れなかったようだ。
この水道水のおかげで、今は30リットル以上ある大きな水の球が用意できている。
その球の中にキジラミ団子を入れて、水の精霊に命じて〔撹拌〕する。
ジャディは水の精霊を扱うのが苦手なので、汲んできた水道水に団子を放り込み、風の精霊を回転させて水の中へ突入させ、盛大な音を立てながら〔撹拌〕している。ジャディもレブンに指摘されて、必要量だけの水の球に減量していた。100リットルはさすがに多過ぎである。
1分間も〔撹拌〕すると、水の色が薄い黄色に変色してきた。キジラミの毒素が水に溶け出してきたのだろう。レブンが几帳面に黄色く染まった水に杖をかざして、成分と濃度を〔測定〕している。
「用務員の巨人さん、みたいなゾンビを扱うこともあるかもしれないからね。毒素の濃度を知っておかないと、体の大きな死体をアンデッドにする際に困ると思う」
セマンのティンギ先生が相変わらずニヤニヤした顔で、席に座りながら頬杖をついてうなずいた。
「そうだな。テシュブ先生は目分量と勘でやっているからなあ。きちんとメモをとっておかないと、初心者は特に困ると思うぞ」
パリーがそれを聞いて、教室の中を松葉色の瞳でキョロキョロと見回した。盛大に破壊された教室であるが、全く気にしていない。
「そういえば~、サムカちんがいないわね~。トイレ?」
パリーの後ろに立っているエルフ先生がパリーの両肩に手を乗せながら首を振った。
「サムカちん……って。アンデッドだからトイレには行かないわよ。サムカ先生なら、廊下でドワーフのマライタ先生からホウキと杖の作成キットの説明を受けているわ。組み立て工作が好きみたい」
そう言って、エルフ先生が廊下を指差す。パリーが(ぼ~……)とした顔のままで視線を指差す方向に向けて、(にぱー)と笑った。ボロボロに破壊された教室の壁と、窓ガラスが全て破壊された窓枠しか見えないのだが、パリーは透視もできるようだ。
「あ~、いたいた~。闇魔法場だから見つけにくいのよね~。死者の世界って~、杖とかホウキとか作っていないのかな~?」
「さすがに、それは作っていると思うけど……言われてみればそうよね」
エルフ先生が首をかしげているのを横目で眺めていた、セマンのティンギ先生が口を開いた。
「探検した友人の話だと、杖や服なんかは全て召使いに作らせているそうだよ。ホウキは、ただの掃除道具らしい。テシュブ先生は向こうでは領主様だからね。そういった事は、したくてもできないんじゃないかな」
なんとなく「なるほど」と納得する先生方と生徒たちである。
特にノーム先生が感心した表情をしている。エルフ先生が魔法で浮かばせている、しわだらけの乾燥ゾンビ3つも連動して、うなずいたような動きをとった。
「そういった体験談は、さすがにセマンならではだね。我々ノームの持っているデータベースでは、そういった生活臭がする情報は、なかなか見つからないんだよな」
ティンギ先生が頬杖を止めてきちんと席に座りなおしながら、いたずらっぽくウインクした。
「セマン族は冒険も好きだけど、覗き見も大好きだからね。ちなみにウソをつくのも大好きだから、あんまり言葉通りに受け取らない方が良いよ」
レブンが毒素の濃度測定を終えてノートに書き込み、簡易杖を持ってペルとジャディに顔を向けた。ペルがレブンの〔人化〕した顔を見つめてから、簡易杖をレブンに向け、ティンギ先生の顔を見る。
「そういえば魚族って、セマンの姿を真似るよね。何か理由があるの? レブン君」
レブンも首をかしげた。今は測定した情報の〔共有〕作業中なので、生徒たち全員がレブンに向けて簡易杖を掲げている。
「そういえば、どうしてかな。まあ、魚顔のままでは陸上にいると、皮膚が乾いてしまって困るから〔人化〕しているんだけどね」
魚族の皮膚は、単に水中でウロコを支える柔組織に過ぎない。そのために、竜族と違って耐久性や保湿性に欠ける。今はセマン族の姿をしているので人間の皮膚だ。その頬を軽く「ペシペシ」と、レブンが自身で叩く。
「僕たち魚族は水の精霊魔法を得意にする者が多いけれど、陸上の種族ではいないんだよね。強いて言えばカエル族や竜族が水の精霊魔法を使うけれど、それも僕たちから見れば初歩的なものだし」
エルフ先生が少しこわばった笑みを口元に浮かべた。種族差別発言だったのでレブンに注意する。素直に謝るレブンだ。
「一方で僕たち魚族は他の精霊魔法は苦手で、ウィザード魔法やソーサラー魔術なんかも勉強しないと使えないんだよ。だから、エルフやノーム、普通の魔法使いたちに〔人化〕しても、馴染まないんだと思う。風や光の精霊魔法が下手なエルフって、怪しさ満点でしょ」
苦笑しながら同意しているエルフ先生だ。ミンタも大いに同意している。
レブンも肩をすくめて話を続けた。
「消去法でドワーフかセマンに化けるのが妥当になるけれど、ドワーフほど力が強くないから、セマンに落ち着いたのだと思うなあ。竜族とか他の獣人族に化けても良いけど、これはこれで種族問題に触れるみたいだし」
色々と複雑な事情があるのかもしれない。レブンが改めてペルとジャディに視線を向けた。
「情報〔共有〕は、こんなものかな。では、毒素の溶解と〔撹拌〕も終わったから、ゾンビに吸収させようか」
【作成キット その2】
廊下では、サムカがマライタ先生から送られた圧縮情報を解凍して、10分間ほどかけて記憶し、5分間ほど質問をマライタ先生にしたところだった。何とか理解した様子のサムカである。
「……ふう。我が生徒たちは、このような複雑な工程をこなしているのかね。驚いたな。特に工学系の専門用語と理論の辞書読み込みが大変だ」
サムカが黄色い目をパチクリさせながら、ドワーフのマライタ先生に素直な感想を述べた。
マライタ先生が下駄のような白い歯をズラリと見せて大笑いする。赤ら顔を赤いモジャモジャヒゲと髪が包んでいるので、ちょっとしたモンスターのようにも見える。樽のような胴体に丸太のような手足だから、なおさらだ。
「ガハハ。この程度は基礎中の基礎だよ、テシュブ先生。生徒たちは既にこの段階は修了して、アンドロイド作成をしているからな。用語も理論もさらに多く頭に叩き込まないと理解できないぞ」
サムカが申し訳なさそうに錆色の髪をかいた。
「うむむ……アンドロイドの使用人を作り出せるまでには、まだまだ学ぶべきことが山のようにありそうだな」
マライタ先生が丸太のように太くて筋肉質な腕を曲げて、大きな力こぶをサムカに見せる。確かに見ようによっては山のようにも見えなくもない。ドワーフのジョークなのだろう。
「階段を上るように、1歩1歩着実に進むしかないさ。魔法と違って適性補正や特典なんてないからな。まあ、このペースだと1年後でも、アンドロイド作成には辿りつけそうもないだろう。テシュブ先生の召喚契約は1年間だったよな。もう2年間ほど延長すれば希望が見えてくるっというペースだな、これは」
はっきりと言われて、さすがにがっかりした様子のサムカである。目の色が辛子色に濁った。
「むむむ、そうかね。はっきり言ってくれて感謝するよ。私には、どうやら工作の適性は乏しいようだ」
箱に収まったままの杖とホウキの作成キットを、マライタ先生が両手でつかみ上げた。
「気にすんなよ先生。生徒たちには機械的な『圧縮記憶法』を使っているから、習熟が早いのは当然のことさ。サムカ先生はアンデッドだからなあ……死んでいる脳細胞や神経回路には、この機械が使えないんだよ。だが、こいつは魔法と違って、努力すれば何とかできる分野だ。時間はかかっても努力し続ければ、そのうち達成できるさ。お前さんの時間は、ワシらドワーフよりはるかに長いんだから」
そう言われて、少し元気を取り戻したサムカである。
「地道な努力か……そうだな、私も貴族になったばかりの時は、寸暇を惜しんで努力したものだ。その初心に立ち返るのも有益なことだな。ありがとう、マライタ先生。時間はかかるだろうが、あきらめずにやってみることにするよ」
マライタ先生がニヤリと笑った。
「ちなみに、その杖やホウキは教科書で教えているものよりも、かなり高度な魔法回路を組んである。仕事でもかなり、使えると思うぜ」
サムカが驚いた表情になった。
「え? 生徒用のキットではないのかね? てっきり、生徒たちが使用している簡易杖だとばかり思っていたが」
マライタ先生はニヤニヤしたままだ。
「よい年をした大人が、どうしてガキ向けの玩具を作らないといけないんだ? こいつにもゾンビと同じようにワシが手を加えているんだよ。ほぼ最新型と同等の性能になるはずだ。まあ、闇の精霊魔法や死霊術の大出力魔法に耐えることができるかどうかは、ワシでは分からないけどな」
サムカが少し首をかしげた。
「大出力……ということは、例えばこの校舎を丸ごと〔消去〕するような規模の闇の精霊魔法かね? 死霊術でいえば、ここの生徒や先生方全員を強制的に〔ゾンビ化〕させるようなヤツかな? 合戦で使用するような魔法ということか」
マライタ先生が片手の手袋上に小さな〔空中ディスプレー〕を出現させて、何かを演算し、白い歯を見せた。
「エネルギー量から見て、そんなところかな。死者の世界の情報が不充分だから憶測だが。まあ、テシュブ先生が実際に使ってみないと分からないよ」
サムカが杖のキットが入っている箱を開けて、中を確認する。結構、部品の数が多い。
「むむむ。確かに、短い簡易杖ではないな」
先程までこの杖の組み立て説明書を読んで質疑応答までしていたのだが……肝心な点が抜けているようである。
ここでふと疑問が生じたのか、サムカがマライタ先生に聞いた。
「今更かも知れないのだが、先生や生徒が常時使用している短い杖は、簡易杖と呼称されている。『簡易』とわざわざ付けている理由があるのかね?」
マライタ先生が軽く赤いモジャモジャ頭をかいて、ジト目になった。
「テシュブ先生よ……そこからかね。この学校の生徒の顔ぶれを見れば、分かると思うがな。専用の杖を持つ生徒は結構いるんだよ。教育指導要綱の魔法を一律に教えるために学校から支給されているのが、この簡易杖ってわけだ。学生食堂と寄宿舎でも待遇を統一しているのと同じ理由だよ」
「なるほど」と答えるサムカであった。経済事情は考慮していなかった。裕福な名家の子息と、貧しい田舎の出では、どうしても色々と差が出てしまうものだ。
マライタ先生が立ち上がった。今までサムカと2人して廊下にしゃがみ込んでいたので、誰かが見れば、どこかのチンピラが悪だくみをしているようにしか見えなかっただろう。全てはサムカが古着で身を固めているせいである。
「それじゃあ、ワシはこれで。また何か質問なりあったら、遠慮なく申し出てくれな。あ、キットの代金は無料だよ。気にせず気長に諦めず地道に作ってみてくれ」
サムカも立ち上がって、礼を述べた。
「感謝するよ。では、頑張ってこの2つのキットを組み上げることにしよう」
マライタ先生が大きな手を振って階段を下りていくのを見送るサムカ。改めて見るまでも無く、樽に手足が生えたような姿だ
「ふむ、良い先生だな。生徒たちの習熟が早いのもうなずける。私も見習う点が色々とありそうだ」
そうして、2つの箱を古着マントの中に入れた。かなり大きな箱だったのだが、跡形もなくマントの中に消えてしまった。代わりにマントの中から懐中時計を取り出す。
「ふむ。時間配分も申し分ないな。きっかり15分間だったか。さて、教室に戻ろう。そろそろゾンビが動き出している頃だろう」
【ゾンビの作り方 その3】
サムカが再び自分の教室の扉に手をかけた、その時。
「「きゃああっ」」
扉の中から、ペルとミンタ、そしてエルフ先生の悲鳴がした。
「何事か」と急いでサムカが扉を開ける。
そこには水分を充分に吸収して、見事にミイラ状態から人間体になった3体のゾンビが、教壇の上に揃って立っていた。むろん、全裸である。で、このゾンビは全員成人男子であった。
動作命令をペルたち生徒が命じていないので、ゆっくりと前後左右に頭を揺らしながら、直立不動とは言えない姿勢で立ったまま動かずにいる。酒に酔っ払った人のようにも見える。
ティンギ先生が、頬杖をつきながらニヤニヤしていた。
「おい、生徒たちよ、水を与えすぎたかもな」
ノーム先生は意外と冷静であった。銀色の口ヒゲとあごヒゲをさすりながら、何度もうなずいている。
「ふむ。毒素による細胞制御は上手くいっているようだね。僕もキジラミを研究してみようかな」
ペルにミンタ、それにエルフ先生は顔を両手で覆ってゾンビから視線を逸らして、背中を向けて「キャーキャー」と騒いでいる。パリーが面白がって、彼女たちの丸まった背中を指でツンツン小突いている。ペルとミンタは尻尾をブンブン振って、パリーをハエのように追い払おうと必死だ。
サムカが教室内を一目見て、軽くため息をついた。
「まったく……何事かと思えば。ああ、ティンギ先生。水はこの程度で良いのだ。この後、肌の張りと目の状態を見て、水分の過不足を調節するのだよ。そう書いてあった。うむ、良い状態だな。成功だ」
早速、ガシガシとノートに書き込んでいるレブンである。まだ魔力不足のようで、手元の〔空中ディスプレー〕は真っ黒画面のまま停止していた。
ジャディはどうも気に食わない様子で、首を上下に振りながらサムカを見ている。
「殿おおおおおお……羽がないっス。これじゃあ、飛べないっスよ」
サムカもジャディの指摘に対して、素直に同意した。
「人間だしな。後でウィザード魔法の招造術を使って〔改造〕すれば良いだろう。しかし、さすがは医療用だな。髪の毛も眉毛もないばかりか、全身に産毛すら生えておらんのか。確かに、これから臓器を取り出す時に、体毛を剃る手間はかからないので都合良いのだろうが……どうも不自然な姿に見えるな」
サムカも冷静に観察しているので、ついにエルフ先生がキレた。怒っているのか何なのか、顔が耳まで真っ赤である。腰まで伸びている真っ直ぐな金髪も、何本かが逆立っている。
「サムカ先生! その裸を何とかして下さい! でないと、レーザーで微塵切りにしますよっ。コラ、パリー! 背中をツンツンしないの!」
ミンタとペルも耳を赤く染めながら、エルフ先生にしがみついている。
「テシュブ先生、ツルツルしてて不気味で怖いいいっ」
「何で1本も毛が生えてないのよ! 毛皮を剥ぎ取られた猿みたいじゃない!」
狐娘たちは、どうもエルフ先生とは別の意味で怖がっている様子である。上毛と、鼻先と口元の細いヒゲ群も、てんでバラバラな方向に向いている。頭と尻尾のフワフワした毛皮は、静電気を帯びたように逆立っていた。
(種族ごとに、こうも反応が異なるのか)と内心驚きながらも、サムカが「コホン」と咳払いをした。
「微塵に切られては敵わないな。だが、どうしたものか。体の一部を強制的に切除するとバランスが崩れて、うまく動かなくなる恐れがある。それに、せっかく注入した死霊術場が傷口から漏れ出てしまう」
軽く腕組みをして小首をかしげていく。
「死者の世界のセリでは、服を着せたままで〔アンデッド化〕処理をするから、気にしたことがなかったのだが……確かに丸裸のままでは不恰好だな」
のん気にサムカが考え込んでいるのを見て、いよいよエルフ先生がキレてきたようだ。背中を向けたまま簡易杖を取り出して、ゾンビたちに対して〔殲滅〕魔法を唱え始めた。かなり高度な光の精霊魔法のようである。
杖の先が見る見る収束した青色光で輝きだすのを見て、サムカが呆れたような顔をした。
「おいおい。そんな強力な〔レーザー〕魔法を放ったら、この教室ごと微塵切りになりかねないぞ」
「うるさい」
そんなサムカとエルフ先生のやり取りを聞いていたパリーが、エルフ先生の背中を指で小突くのを止めた。そして首を左右に振りながら、のんびりした声で疑問を投げかける。
「ねえ~、裸じゃなくなれば良いわけえ~? だったら~、毛皮を『生やして』しまえば良いじゃない~」
「毛皮?」と、思わずパリーに注目するサムカとエルフ先生。
「こんな風に~」
パリーが指を「パチン」と鳴らすと、それだけで<ボン!>と音がして、ツンツルテンだったゾンビたちの皮膚から一斉に体毛が凄い勢いで生え出してきた。あっという間に全身を覆い隠してしまう。
頭からも褐色の髪が噴き出すように伸びて顔を覆い、さらに伸びて足先にまで達していく。
「うわわっ」
今度は魚族のレブンが、ひどく驚いた顔をして腰を抜かしている。エルフ先生とサムカは、目が点になって思考停止状態のようだ。ジャディは「羽毛じゃねええええっ、何だよ、この毛むくじゃら!」と、大声で文句を言い放っている。
しかし、一方で狐娘のペルとミンタは落ち着いたようだ。
「やっとマシになったわね、ペルちゃん」
「うん。でも、だらしない伸び方だなあ」
それらを聞いてか、パリーが面倒臭そうな顔になった。腰までのウェーブがかかった赤い髪の先が、あちこちで跳ね返っていく。
「もう~、注文が多いなあ~。これでどうよ!」
もう一度「パチン」と指を鳴らすと、ジャディが所有者宣言をした毛むくじゃらゾンビの体毛が、たちまち褐色の羽毛に一括〔変換〕された。何と背中にはジャディと同じような立派な翼までついている。
「うひょおおおお! 格好良いじゃねーかああああっ」
狂喜しているジャディである。
レブンのゾンビは、一転して毛が褐色のウロコに一括〔変換〕された。何かの鎧を着ているように見える。
「うわー……カッコいい」
思わず明るい深緑色の瞳を輝かせて、魚頭に戻ってしまっているレブンである。黒マグロのような頭なので、その顔も青磁のような銀色になっている。
そして、ペルとミンタ共用のゾンビは全身アフロヘアになっていた。褐色の大きなぬいぐるみのようだ。
「きゃー、かわいいっ」
黄色い声を上げて、手をつないだままでピョンピョン飛び跳ねているペルとミンタである。尻尾を含めた全身のフワフワ毛皮が、さらにフワフワになっている。
サムカが驚嘆の表情でパリーを見つめた。山吹色の瞳が驚きでチカチカと点滅するように光っている。彼の〔防御障壁〕が数枚ほどパリーの魔法の余波で消し飛ばされたので、慌てて〔修復〕を始めた。
「凄いな。これが生命の精霊魔法かね。何でもありだな、ここまでくると」
エルフ先生も空色の目が点になったままであったが、慌てて〔レーザー〕魔法の発動を緊急停止した。
「パリー……とんでもないわね、あなた」
「えへへ~」と、褒められて照れているパリーである。
ノーム先生が驚きの表情のままでパリーの手をとった。
「私の使う生命の精霊魔法とは比べ物にならないよ。ぜひ、私の師匠になって下さらないだろうか」
ティンギ先生が糸目になりながら、ノーム先生の肩を「ポンポン」と軽く叩く。
「いや……ちょっと強力すぎるかもだぞ。ほら、この机を見ろよ。芽吹いてしまった」
教室に転がっている机とイスから、数本の新芽が芽吹いている。
「彼女が魔法を使うと、この校舎が森に化けてしまうかもな」
呆気にとられているエルフ先生だったが、妙に納得したようだ。
「そういえば、この地域は森の精霊場が一番強いのよね。パリー、あなたの影響だったのね」
「も~、そんなに褒められても~、何も出ないわよ~」
ひたすら照れているパリーである。腰まで伸びた紅葉色の赤髪のウェーブが、バネのように伸縮して跳ねている。
サムカが咳払いをして気持ちを落ち着かせた。アンデッドにとっては脅威そのものである生命の精霊魔法なので、さすがのサムカも心穏やかなままではいられないようだ。
「くれぐれも、その魔法を私に向けないでくれたまえよ。死んでいる体がいきなり生き返ったら、私の意識と自我が弾き出されてしまうかもしれない。だが、見事に裸ではなくなったな。礼を述べよう……ふむ、まあ、こんなものだろう」
ミンタがサムカに食ってかかってくる。さすがに簡易杖をサムカに向けることはしていないが。
「こんなものだろう、じゃないわよ! とりあえず服を着せるわっ。かわいいけれど、私たちから見れば、まだ裸のようなものなのよっ」
簡易杖を《ブン!》と振り回して、ミンタが招造術を発動させた。金色の毛が交じる尻尾が杖に合わせてクルクル回る。
ゾンビを入れていた袋が〔分解〕され、〔再合成〕して服になっていく。服といっても〔再合成〕された反物状の生地が、ゾンビの体にぐるぐる巻きにされたような代物であるが。ちょっとだけオシャレなミイラ男のようで、かなり前衛的なファッションである。
それでもアフロ毛皮の露出がほとんどなくなったので、ほっとするミンタとペルであった。
「うん。とりあえず、これで野蛮人ではなくなったわねっ」
ドヤ顔のミンタに、ペルが羨望のまなざしを送った。黒毛交じりの尻尾が、ほとんど犬のようにパタパタと振られている。
「すごーい、ミンタちゃん。さっきまでツンツルテンだったのに、今は賢く見えるよっ」
ドヤ顔のミンタが、レブンとジャディに上から目線を送りつけた。『全身アフロ人間』が『全身包帯人間』になっただけなのだが、狐族の目からすれば雲泥の差なのだろう。当然そんな美的基準を持ち合わせていないレブンとジャディには意味不明なドヤ顔なのだが。
「ほら、アンタたちのゾンビにも服を着せてあげるわ。そのままじゃ、ただの獣よ」
そう言って有無を言わせずに、残り2体のウロコゾンビと鳥ゾンビに同じような布ぐるぐる巻きの前衛ファッションを強要してしまった。
レブンが顔をセマン族のそれに戻して頭をかく。目が『かなり』冷ややかになっている。
「……後で、きちんとした服を用意しようっと」
ジャディはご機嫌なままであった。そもそも彼の服装自体がタンクトップシャツの作業着なのだから、ファッションには無頓着なのだろう。羽毛がかなり隠れてしまったことだけは不満のようだが。
サムカはまだ少し首をかしげている。
「ふむ……生命の精霊魔法を使うと、このようになるのか。私は使えないから知らなかったよ。死んでいる細胞を、強引に〔復活〕させて羽や毛皮を生やしたのか。その後、細胞はきちんとまた死んでいるから、一時的な〔復活〕だったのだな。驚いたよ」
そう言って、生徒たちになついている3体のゾンビを触って確認していく。うっかり破壊しないために手袋をしたままだ。
「うむ。体温も室温と同じ、脈拍はゼロ、脳波もない、息もしていないな。完全に死んでいる。ゾンビになったな。水冷による排熱も機能しているし、筋肉組織の動きも滑らかだ。運動摩擦による損耗も抑えられるだろう」
ジャディとレブンがハイタッチを交わして喜んだ。ペルとミンタも顔を見合わせてニコニコしている。
サムカが険悪な視線をエルフとノームと森の妖精から感じながら、生徒たちに注意事項を述べた。
「基本的にアンデッドは死んでいるから、生殖行動はできないぞ。かけ合わせてゾンビを『養殖』しようとは考えないことだ。生殖細胞や幹細胞を生む機能が細胞死で失われているからな。ダニのような単為生殖もできない。一応はクローン個体の作製ができるが、死霊術場が弱い世界だからこれも推奨はできない。死霊術場の不足でクローン作製が失敗して、アンデッドが崩壊する危険性が高いのだよ」
そう注意をしてから、喜んでいる生徒たちに優しい瞳を向けた。
「ゾンビに吸収された水には死霊術場が溶け込んでいて、それが血液の代わりになっている。色は赤くも青くもないがね。水は蒸発した分だけ、その都度補給するように。この世界では光や生命の精霊場が強いから、ゾンビの体の風化や損傷も起きやすい。傷が浅いうちに〔修復〕と〔調整〕をするようにな」
死霊術場のあの細い流れを見ると、そうなのだろう。
「今後は、ゾンビを〔使役〕していくことで、次第に死霊術場が蓄積されていく。それと共に、魔力がゆっくりと高まっていくだろう」
サムカが特にジャディに視線を向けた。この中では、最も荒く〔使役〕しそうだと思ったのだろう。ジャディがタンクトップシャツをパンパンに張り、鶏胸を膨らませた。
「心得ているッスよ、殿っ! 壊さないッスから安心して欲しいッス」
しかし周囲の生徒は、1人も信用してない表情であった。「ムッ」となったジャディとミンタとの間で口ゲンカが勃発しそうになったので、サムカが機先を制して授業を進めた。
「この世界の死霊術場は細くて弱い流れしかないから、進化も非常に穏やかなものになるだろう。恐らく、君たちの寿命が尽きる頃になっても、大して変わらないかもしれないな。もちろん、墓場などの死霊術場が濃い場所に置けば加速するが、それをすると奇異の目で見られることになるだろう。あまり勧めることはできない」
エルフ先生がジト目になって腕組みし、当然とばかりにうなずいた。
「そうですね。生徒が墓地で、たむろするのは感心できませんね」
レブンが手を挙げて質問してきた。
「テシュブ先生が仰った〔修復〕ですが、それはどうするのでしょうか? それと、死霊術場はどうして墓地で強くなるのですか?」
サムカがうなずいて答えた。
「うむ。良い質問だな。死霊術場だが、この魔法の元締めは、死者の世界の創造主であることを考えれば自明だと思う。が、もう1つの理由を挙げてみよう。生者が多い世界では、基本的に生命の精霊場が強いのだよ。死霊術場はこれと相反する性質を持っているから、生命の精霊の活動が弱い場所に逃げていく。その結果、生物が少ない場所に吹き溜まる。その1つが墓地であるだけだな」
レブンがガシガシとメモを取りながら、目を輝かせて納得している。手元の〔空中ディスプレー〕も、真っ黒画面から砂嵐表示に切り替わった。使えるようになってきているようだ。
エルフ先生とノーム先生の視線を横顔に感じながら、サムカが補足する。
「もちろん、草だらけネズミだらけのような、生き物だらけの墓地ではないぞ。他には住んでいる者がいない廃墟や、日の差さない洞窟の暗闇、意外な所では人工物ばかりの場所も該当する。土地が荒れて作物栽培ができなくなった畑もそうだ。深海も該当するし、氷と雪に閉ざされた高山もそうだな」
レブンがガシガシとノートにサムカの答えを記入しながら、サムカに重ねて質問をした。結構器用である。
「伝承されている場所に一致しますね。なるほどです。ということは僕たちが今日作成したゾンビは、学校に置いておくと僕たちが放つ生命の精霊場に曝されて、徐々に崩壊してしまうのですね。だから日常的な管理が必要ということですか」
サムカがうなずく。
「そうだ。だからこそ、生命の精霊場に抗するためにも、適宜に〔修復〕を行いつつゾンビに魔力を蓄積させていくことが重要になるわけだ。アンデッドはどれもそうなのだが、ゾンビも体を動かすことで魔力を蓄積していく性質がある。ただし、過剰な運動負荷をかけてしまうと逆効果だ。ゾンビの状態を見ながら〔使役〕すると良いだろう」
ジャディが記憶容量を超えてしまったようだ。凶悪な琥珀色の瞳をレブンに向けて、背中を簡易杖の先で突いた。
「おい。後でオレ様にも見せろよ、レブン」
ジャディが自らメモでもすれば良いのだが、特に反論しないで素直に応じるレブンであった。自動〔記録〕はミンタもずっと続けているのだが、彼女には頼まないようだ。
サムカがレブンのメモの速さに合わせながら、話を続ける。
「それでも体の劣化は避けられないし、怪我をすることもある。そこで、死霊術を使っての〔修復〕魔法を使うのだが、これはゾンビ体内の水に溶け込んでいる死霊術場の密度を上げる魔法だ」
一般的には、アンデッドは細胞や組織も死んでいるために、傷を〔修復〕することはできないと思われがちだ。しかし実はそうでもない。破損してしまった体の部位は、死霊術場の魔力を〔物質化〕することで補う。
ソーサラー魔術やウィザード魔法では、魔法場の〔実体化〕は常識的に行われている。ウィザード魔法の力場術などは、まさしく魔法場を炎や水などに〔変換〕するものだ。ゴーレムを作り出す招造術でも、魔法場を使って土などからゴーレムを作成する。その〔修復〕も同様だ。
サムカが少しだけ口調を厳しくさせた。
「他の死体や組織を当ててツギハギする方法もあるが、推奨はできない。これはゾンビの体組織ではないからな、どうしても拒絶反応や機能障害が発生しやすくなるのだよ」
そう言って、サムカが教育指導要綱をペラペラめくった。
「……ふむ、〔修復〕魔法についての項目はないか。しかし、これは必要だから学んでおきなさい。術式を渡すから、受け取るように」
生徒たちが一斉に簡易杖をサムカに向けて、術式を受け取った。サムカが白い手袋をした左手を下ろす。
「初歩の〔修復〕魔法だ。一応、生きている者の怪我〔治療」にも使えるが、死霊術場が怪我人の体内にある生命の精霊場と衝突するから、非常な激痛を伴うらしい。私はアンデッドなので分からないが」
(法術のマルマー先生が聞けば激怒するだろうな……)と確信する生徒たちである。エルフ先生とノーム先生は視線を逸らしている。
「だから、緊急時以外はゾンビの〔修復〕だけに使用した方が良いだろう。ただし、木っ端微塵の状態や、太陽光を浴びすぎた場合、それに燃えて灰になった場合には効果はないから、ゾンビを大事に扱うようにな」
「はい! 先生!」
元気な返事をする生徒たち。
しかし、ミンタには何か思う点があるようで、サムカに手を挙げて質問してきた。
「テシュブ先生。ゾンビの作成方法と保守管理は一通り理解したけれど……やっぱりゴーレムや人工生命体のホモンクルスに合成生命体のキメラ、機械のアンドロイドの方が使い勝手良くない?」
レブンが「ムッ」とした表情になってミンタを見たが、ミンタは全く気にしていない。
サムカが軽く両目を閉じて、腕組みをしながらうなずいた。
「……そうだな。アンデッドは他の精霊からの制限を強く受けるからね。力や敏捷性は、生きている組織で出来ているホムンクルスやキメラの方が上だ。細かい作業ではアンドロイドに敵わないだろう。死者の世界が、過去の遺物だと揶揄される理由もそこにある」
(ぐぬぬ……)という顔をしているレブンに、ミンタがドヤ顔で無言の挑発をしている。
サムカが両目を開けた。特に落ち込んでいたり、気負っていたりはしていないようだ。
「ミンタさんは他の魔法適性にも秀でているので、アンデッド作成にこだわる必要はないだろう。ただ、仕組みを理解しているというのは重要だと思うぞ。いつか、悪い死霊術使いが作り出したアンデッドが暴れたり、この間のように地雷が発動した場合、適切な対処方法がとりやすくなるはずだ」
サムカの話を聞いて、素直に同意するミンタである。うなずく顔の動きに鼻先のヒゲ群が同調する。
「そうね。残留思念や死霊術場を〔察知〕することができるようになっただけでも、とても有益だったわ。ゾンビの体内を巡る死霊術場や、術式の動きも〔察知〕できるようになったし」
エルフ先生もミンタに同意している。最初は死霊術場の細くて淡い流れを見ることができない様子だったが、今は何とか見えているようである。
「そうですね。今後のアンデッド討滅作戦の際に、死霊術場からの魔力供給を〔遮断〕する方法も検討してみます」
サムカが少し軽い口調でエルフ先生に助言した。
「私のような貴族がその場にいると、その貴族が『死霊術場の供給元』になっている場合も多い。その〔遮断〕も併せて実行すれば確実だろう。もちろん、私の兵士たちには対応策を施しているから、〔遮断〕されても作戦行動には支障は出ないがね」
エルフ先生が少しがっかりした表情になった。両耳の角度が少し下がっている。
「あら。そうなんですか」
サムカが素直にうなずく。
「うむ。死者の世界での貴族対貴族の戦いでは、その戦術がよく採用されているのでね。しかし、無粋な泥棒バンパイアや魔族と、エルフが対峙する場合は有効だろう」
ちょっと自慢気な表情になる。
「原則として死者の世界以外の異世界では、死霊術場が弱い。光や生命の精霊場で〔遮断〕すれば、かなりの効果が期待できるだろう。死霊術場を地中から補給するようにして、外部から見えにくくしている程度の偽装が多いのでね。地面と接する足の裏との連絡を〔遮断〕すれば効果的だろう」
エルフ先生とノーム先生がかなり真剣な表情でサムカの話を聞いている。サムカも真面目な表情に戻った。
「私のように自力で死霊術場や闇の精霊場、それらを束ねる闇魔法場を発生できる貴族相手でも有効だ。周辺に全く死霊術場が無くなれば、同じ魔法を使用するにも大きな負荷がかかるものなのだよ」
軽く両手を広げる。
「貴族となると、存在するだけでも巨大な魔力を必要とするからね。負荷が増えれば、攻撃に回すことができる魔力量が減ることになる」
サムカが少しだけ口元を緩めて、肩をすくめた。
「まあ、リッチー相手には無意味であるがね。コイツが相手の場合には、さっさと逃げることだ」
あのハグ人形がそこまで厄介な相手だったとは、想像していなかったようだ。エルフ先生たちとミンタが動揺している。サムカが補足説明を重ねた。
「また、これも意外に知られていないが、大地の精霊場を活用する方法もある。我々がよく使うのは、塩だな」
『結晶』の塩は、大地の精霊場を帯びている。大地の精霊場は、純粋な『結晶』や、『内部欠陥のない金属格子』であるほど強力に作用する性質があるのだ。
対ゾンビでは、アンデッドが帯びている死霊術場が〔吸着〕〔固定〕されて不活性化してしまう。大地の精霊の特徴はこの2つだからだ。いわゆる『潜在魔力化』という事になる。
エンジンである残留思念は健在でも、燃料である死霊術場が使えなくなると、欠乏してガス欠を起こして停止する。サムカが白い手袋をした左手を出して、人差し指を伸ばした。
「ちなみに塩水では効果はないぞ。結晶ではないからな。また、結晶や金属格子の構造中に不純物があったり、構造が崩れていたりする場合も、その効果が低下する」
塩や水晶などは既に対アンデッド用の武器として市販されていたりする。ノーム製が有名だ。そのため、サムカのこの話にはそれほど反応がない。
サムカがその反応を見ながら話を続けた。
「もちろん例外はある。鉱石や結晶が闇魔法場を帯びている場合は、『正反対』に作用する。君たちにとっては、呪いの道具になる。多く起きるのは、〔麻痺〕や〔意識喪失〕、〔凶暴化〕などかな。実物はこのような物だ」
古着マントを広げて、身につけている地味な宝石類や装飾品を見せた。ベルトにビスのように埋め込まれている地味な宝石が結構見える。それらが互いに当たって、くぐもった金属音がしている。
それらを見たエルフ先生とノーム先生が足元をふらつかせた。〔干渉〕したのだろう。ミンタも目を回している。
サムカがすぐにマントで隠すと、彼らの意識障害も治った。冷や汗をかいている3人である。一方のペルたち3人は平気な様子だ。ティンギ先生とパリーもなぜか平気だったりしている。
サムカが生徒たちに視線を戻す。
「さて、これも指導要綱には書かれていないことなのだが……死霊術には大きく分けて3つの流派があるのだ。ゾボ派、ロア派、オウン派の三大流派だが、この他にも細かい流派がたくさんある。私はゾボ派だ」
ゾボ派は、死者の世界では最大の流派である。短所としては、ゾンビの初期魔力が低くて魔力の蓄積も遅いので、管理を怠るとゾンビが崩壊してしまう点だ。長所としては、ゾンビにできる死体や素体の種類が幅広いこと、魔力が蓄積すれば最終的に騎士や貴族になれる確率が高いことだ。
流派ごとに死霊術や闇魔法の術式が異なる事が多い。「全ての流派が使える魔法術式は、意外に少ない」とサムカが話す。
「だが、流派があることを知っていれば術式の〔解読〕と〔解除〕ではなく、死霊術場の〔遮断〕や、残留思念の〔希釈〕、生命や光を代表とする精霊魔法による死霊術への〔干渉〕といった、別の視点での作戦をとることができるだろう。往々にして、その方が効果的な場合が多いものだよ」
ある流派に有効な対アンデッド攻撃魔法が、別の流派には効果が薄いという事を指しているのだろう。
そして、ノートをガシガシとっているレブンに聞いた。
「レブン君。残留思念の呼び寄せと追い払いだが、どうすれば良いと思うかな?」
レブンがノートをとる手を中断して、即答した。明るい深緑色の瞳がキラリと輝く。
「はい。残留思念は死霊術場に沿って移動していますので、死霊術を使って、その場の流れを〔操作〕すれば可能だと思います。これに、光や生命の精霊魔法を少し〔干渉〕させれば、より効率的になるかと」
サムカが満足気にうなずいた。
「うむ。良い答えだ。私は光や生命の精霊魔法は使えないから、君たちで実際にやってみると良いだろう」
そして、エルフ先生をまだからかっているパリーに視線を移してから、生徒たちを教壇から見下ろした。
「許可が下りれば、森の中で残留思念の『収集と駆除』を行っても良いだろう。学校の敷地内よりも、はるかに生物が多いからな」
「ええ~……」
途端に難しい表情になるパリー。
エルフ先生も困ったような表情をしているので、サムカが「コホン」と小さく咳払いをした。
「クーナ先生と、森の妖精のパリー氏にとっても良い事かも知れぬのだよ」
改めてパリーに説明するサムカだ。残留思念は生物から常時漏れ出ている思念エネルギーだが、死んだばかりの生物から特に多くて出力の高いものが発生しやすい。
そしてこの世界の死霊術場は、流れが細くて淀みがちだという指摘をする。
「流れ去っていかずに森の中に長期間残留するはずだ。そんな残留思念が大量に蓄積するとどうなるか。擬似生命だから、本来の自然の生命に〔干渉〕するのだよ。頭痛や倦怠感、イライラといった精神状態の不安定化が起きやすくなる」
思わず顔を視線を交わすパリーとエルフ先生であった。まさに、『今』その状況だ。
サムカが口調を和らげた。
「強力な残留思念ではないから、病気になったり精神疾患にかかったりする恐れはないがね。森に生きる動物や、妖精が快適に暮らせる手助けにはなると思うよ。私も、領地内の住民オークたちの健康状態に留意しないといけない立場だからね、森の残留思念の『駆除』はよく行っている」
確かにエルフ先生とパリーは、不定期にイライラすることがあった。原因は不明だったが、これがそうなのかもしれない。
早速、ミンタが反応してエルフ先生に抱きついた。
「分かったわ。テシュブ先生。私が森を巡回して、残留思念を蹴散らしてあげる!」
パリーもその情報は初耳だったのか、キョトンとした顔をしていたが……しばらくして納得したようだ。
「へ~。言われてみれば、確かにそうかも~。私には残留思念が見えないから対処できないのよね~」
エルフ先生も同様の反応をしている。
「残留思念ですか。確かにサムカ先生の授業を受けなければ、〔察知〕することは無理ですね。私も今まで知りませんでした」
軽く腕組みをして考え込む。
「エルフ世界でも、イライラが不定期に訪れるエルフが多いのですよ。森が巨大ですし、虫や動物を始めとして生物で溢れています。ですので、残留思念も膨大な量がエルフに知覚されないまま、漂っているのかもしれませんね」
サムカが懐中時計を懐のポケットから取り出した。
「うむ。そろそろ時間だな。では、宿題だが」
教壇の引き出しから3つの手鏡を取り出した。
「ゾンビと同じように、ゴーストをこの手鏡に〔封入〕してきなさい。ゾンビよりも簡単だから、少し要求水準を上げておこう。『意識』がゴーストに宿るまで、魔力を蓄積させておくように。会話はできないが、言葉での命令を聞く程度だな」
レブンがピクリと反応している。そんな反応を目を細めて見たサムカが、話を続けた。
「ゴーストにこの校舎をスキャンさせて、その日の生徒数を正確に数える――という命令を言葉で行い、ゴーストが鏡から出て調べるという手順だ。誘導するような魔法は一切使ってはいけないから、そのつもりでいたまえ」
「はい、先生!」と、元気な声で答えるレブンである。
ジャディも羽毛に覆われた分厚い胸板を反らせて合点した。ペルも目を輝かせてうなずいた。
それを横で見ていたミンタが苦笑する。
「宿題を嫌がらないなんて、このクラスだけじゃないかなー」
エルフ先生とノーム先生とが、顔を見合わせ肩をひそめて笑っている。
ティンギ先生は相変わらず頬杖をついたままでニヤニヤしていたが、おもむろに席をたってサムカの古着マントを手でつまんだ。何ともない様子だ。
「前回、ここのレブン君とペルちゃんを、先生の世界まで連れて行ったのだろう? 今回はぜひ『私』を同行させて欲しいな」
サムカがティンギ先生を見下ろして答えた。
「私は旅行ガイドではないのだが。それに失礼とは思うが、ティンギ先生には闇の精霊魔法と死霊術の適性が乏しいと見受けられる。私と共に死者の世界へ行ってしまうと、最悪の場合、死者の世界の住人になってしまうぞ」
ティンギ先生がサムカのマントをつまんだままで不敵な笑みを浮かべる。
「平気だよ。私の友人は丸2日間滞在して何ともなかったからね。〔運〕を甘く見てもらっては困るな」
そこまで言われると、さすがにサムカも錆色の短髪をかきながら渋々うなずくしかなかった。
「そういえば以前に捕まえたセマンは、牢獄に1ヶ月間ほど放り込んでおいても元気だったな。最後は見事に逃げられてしまった。分かった。ただし、体や精神に異常が起きても1時間は我慢してくれ。私には生者の〔治療」は大仕事になるのでね」
ティンギ先生がニヤリと笑う
「それで構わないよ。さて、そろそろ時間だな。3、2、1……」
<ボン>と空気中の水蒸気が凝結して煙になり、それに包まれてサムカとティンギ先生が一緒に消えた。今回は、床が消滅するようなことにはなっていない。
ノーム先生が苦虫を噛み潰したような顔になった。
「やれやれ……ティンギ先生がまた授業放棄してしまったか。セマンはこんな連中ばかりだから困る。ゴーレムやアンドロイド等で授業代行するように言っておきますよ。さて、我々も自分の教室へ戻りますか。そろそろ授業時間も終わる」
【授業の後】
ティンギ先生を連れてサムカが死者の世界へ戻ってから、教室の壁にかけられている時計を見ると、終業5分前になっていた。あの暴風の中でも何とか破壊されずに残っている。表面のガラスは、きれいに砕け散って無くなっているが。
それを見て、エルフ先生がミンタを連れて自分の教室へ戻っていく。同様にノーム先生も戻っていった。パリーも鼻歌を歌いながら、完全に破壊された窓枠から飛んで、森へ戻っていった。
教室はかなり悲惨な状況になっていた。ジャディが容赦なく翼を「バサバサ」させていたので、外の窓側も反対の廊下側も、全ての窓ガラスが見事に砕けて窓枠だけになっていた。窓枠も強風を受けて、あちこちが不自然に曲がったり、折れて砕けてしまっている。
加えて、パリーが森から教室内へ飛び込んできたので、その際に開けられた大きな穴が口を開いている。
教室正面に備え付けられている、幅3メートルの大きな黒板型のディスプレーも同様だ。ジャディが風の精霊魔法に闇の精霊魔法を混ぜた攻撃をしたせいで、穴だらけにされていて使えそうにない。天井の照明器具も全て粉砕されており、無数の傷が天井や四方の壁一面につけられている。
床に転がっている机やイスもジャディが吹き飛ばして、さらに他の生徒たちが叩き落したので、脚がひん曲がってしまっているものばかりである。しかも、いくつかにはパリーの生命の精霊魔法の影響で、見事な木の芽が数本ほど生えている。当然、床にも深い傷が無数につけられていた。
サムカが先日のように自身の使い魔に命じて教室を守っていれば、こんな惨状にはならなかっただろう。
しかし今回はエルフ先生やノーム先生の他に、魔法適性のないマライタ先生まで来ていたので呼び出すことを避けていた。後半から妖精のパリーまで乱入してきたので、なおさらである。
サムカがいるだけで闇魔法場が跳ね上がる。さらに使い魔を呼び出すと、まずマライタ先生が倒れてしまいかねない。パリーが怒り出す恐れも充分にある。
これで、もしエルフ先生が放とうとしていた光の精霊魔法が炸裂していれば、どうなっていたことか。
ペルが教室を見回しながら青い顔になって、手足と黒毛交じりの尻尾をパタパタさせている。
「あわわわ……ど、ど、どうしよう。教室がまたメチャクチャになっちゃった」
レブンも口元を魚のそれに戻している。
「う、うん……校長先生の悲しむ顔が今から浮かんでくるよ。でも、ゾンビ3体は無事だね」
そう言って、レブンが穴だらけになっている黒板のそばに立っている3体のゾンビを眺める。モコモコなゾンビと、ウロコ鎧のゾンビと、鳥人間なゾンビだ。
「テシュブ先生も仰っていたけれど、このゾンビは太陽光に曝されると急激に劣化して崩れてしまうんだよね。どこかにしまっておこう。どこが良いと思う? この教室は、今は日差しが差し込まない時間帯だから大丈夫だけど、一日中安全ではないよ。朝日と夕日は間違いなく差し込む構造だし」
ペルが薄墨色の瞳を瞬きさせて提案してきた。まだかなり埃が舞い上がっている。
「ねえ。巨人ゾンビさんのいる用務員室なら、大丈夫じゃないかな。あの部屋だったら、同じ西校舎だし。それに巨人ゾンビさんが発散している闇の精霊場と死霊術場が強いから、太陽光や生命の精霊場の悪影響も及ばないと思う」
レブンが明るい深緑色の瞳を瞬かせながら賛同した。
「なるほど、そうだね。用務員室が最適だね。ついでに、巨人ゾンビさんの仕事を手伝うように命令しておけば、お荷物にはならないだろうし」
そう言って、ジャディを見た。顔が完全にセマンのそれに戻っている。
「そういう訳だけど、良いかな? ジャディ君。ゾンビは太陽が沈んでからでないと外に出せないから、寄宿舎住まいではない君には不便になるけれど」
ジャディがぶっきらぼうな態度で「フン」と鼻息を鳴らした。凶悪な顔のせいで、まるで居直った立てこもり犯のようだ。
「仕方がねえな。オレ様の巣に持ち帰っても、日中の日差しで崩れてしまうだろうしな。文句はねえよ」
レブンが小麦色のセマン顔でうなずいた。
「分かった。じゃあ、ここにいる皆が全員同意したから、用務員室に置いてもらうようにシーカ校長先生と交渉してみるよ。それは僕が引き受けよう。とりあえず今はペルさん、日差しを防ぐための闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を念のために、この3体にかけておいてくれないかな」
ペルが頭の黒い縞についている埃を「ポンポン」と叩き落としながら、すぐにうなずいた。
「分かった」
と、言うが早いが、3体のゾンビの姿が闇の中に沈んで見えなくなった。ペルが補足説明を入れる。
「一応、今日の日没まで有効にしてるよ。あ。それと、テシュブ先生の言いつけも守っておかなきゃ」
今度は簡易杖をかざして、闇で包まれているゾンビたちを覆うように大地の精霊魔法を発動させた。教室じゅうに散乱している天井や壁、床の破片がかき集められてくる。それらが殻のように形成されて、闇の上からゾンビを包み込んだ。ガラス成分が多い臼も再度分解されて殻の一部になる。
ちょうど、ゾンビたちが半球状の殻の中に納まったようになった。
さらにペルが杖を振って、その殻の上に他の精霊魔法も発動させた。おかげで、殻のあちこちから炎が上がったり、光が弾けたり、霧が噴き出していたりしていて賑やかだ。何かの前衛美術の彫像のようにも見える。
「ふう……こんなものかな」
ペルがさすがに疲れた表情でため息をついた。ジャディがちょっと怒ったような仕草で、賑やかな殻を拳でバンバン叩く。
「フン。オレ様のゾンビを、こんな土くれの殻に閉じ込めやがって。まあ、このくらいの強度だったら壊れることはないな」
レブンも殻を見つめながらジャディの判断に同意し、カバンの中から授業計画表を取り出した。
「ええと……僕たちが今後学ぶソーサラー魔術の予定表を見ると、2週間後に〔結界ビン〕の作成の実習が予定されているね。これを習得すれば僕たちが自由に〔結界ビン〕を作成して、その中にゾンビを〔封入〕することができるようになると思う。そうなればいつもポケットの中に入れて、ゾンビを持ち運べるようになれるかな」
ジャディが翼をバサバサさせて、壊れた机とイスをさらに吹き飛ばして壁に叩きつけた。破片が大量に床に飛び散る。
「おう、分かったぜ。2週間後だな。オレ様もその授業に参加するから呼んでくれよな」
ペルが微笑んでうなずく。
「〔念話〕で良いのかな? ジャディ君の持っている簡易杖に送るわね」
レブンは微妙な表情だ。心配そうな視線をジャディに向ける。
「この授業を受ける前に、基礎となる他のソーサラー魔術も習得しておかないといけないよ。ジャディ君はソーサラー魔術の授業を受けたことがないから、当日ただ来ただけでは、〔結界ビン〕を作成できないと思う」
レブンの冷静な反応に、ジャディが元々の悪人顔をさらに本格化させた。猛禽の鋭い琥珀色の目が更にギラギラと殺気を帯びて凶悪化する。
「何い!? オイ、どうすんだよ」
レブンとペルが顔を見合わせた。レブンが両目を軽く閉じて、手を挙げる。
「2週間あるから、僕が教えるよ。夜になったら僕の寄宿舎の部屋へ来てくれ」
ジャディがタンクトップ作業着の下の羽毛を膨らませて、レブンの肩を≪バン≫と叩いた。
「よし、分かった。窓を開けておいてくれよ。それじゃあ、オレ様はこれでいったん戻る。じゃあ、今晩またな、レブン」
そう言い残して、ジャディが背中の巨大な翼を広げた。それを床に叩きつけるようにして羽ばたく。
旋風が巻き上がり、さらに机とイスが宙を飛んで床と天井に新しい傷がつけられた。ペルとレブンは〔防御障壁〕を展開しているので、風に吹き飛ばされることもなく普通に立っている。
しかし、ジャディが翼を羽ばたかせたことで舞い上がった大量の埃が教室中に再び充満して、視界が10秒間ほど利かなくなった。ペルが〔念話〕をレブンに送ってくる。
(私も、何か手伝える事があったら呼んでね、レブン君)
レブンが両目をまだ閉じたままで返信した。
(うん、助かるよ)
埃が収まって視界が回復する頃には、ジャディの姿は見えなくなっていた。今頃は森の上空を飛んでいるのだろう。
ペルが少々ジト目になって両耳やヒゲに再びついた埃を落としながら、森の上空を見上げる。
「もう。うるさいし、破壊魔だし、埃ぽくなるし。〔防御障壁〕を展開しているけれど、それでも埃が体にまとわりつくのよね」
レブンも黒髪に大量についた埃を両手で叩き落とし、苦笑しながら同意する。
「うん。面倒な級友だけど、僕は嫌いではないよ。今、思ったんだけどね。飛族の翼って大きいけれど、それ以上に体が大きいから本来なら飛ぶことはできないと思う。やっぱり、あの風の精霊魔法のおかげなんだろうな。僕たち魚族が水の精霊に通じているようにね。システム思想が共通しているせいかな、なぜか親近感が湧くんだよね」
しばらくすると授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
と、同時に大勢の警官が教室になだれ込んできた。指揮官の隊長が、申し訳なさそうな表情で告げる。
「『器物破損の現行犯』の疑いで調書を取りますよ。レブン君にペルさん」
ペルとレブンが顔を見合わせた。
「しまった。ジャディ君、それで急いで逃げたのか」
【授業間の休み時間】
まだこの後にも授業が控えていたので、調書を取るのも1分間ほどで終わった。警官隊が駐留警察署に引き上げていくのを見送るペルとレブンである。ペルが薄墨色の瞳を濃くしながら、頬を膨らませてジト目になっている。
「前回までは、調書なんか取らなかったくせに」
レブンも口元を魚状態からセマン状態にしながら、機械的にうなずいた。
「毎回毎回、派手に破壊されているからね。多分、校舎の修理には帝国の税金が使われているんだと思うよ。帝国側には納税者に対する説明責任があるだろうから、仕方がないよ。まさかこんなに出費がかさむとは予想していなかったんじゃないかな」
レブンが次の授業の準備をしながら答えた。
教室の後ろ壁に設置されている個人ロッカーもかなり被害を受けてボコボコにされているが、保管品は無事のようだ。ただ、ロッカーの扉の開け閉めには相当に支障が出ているが。
「そのうち僕たちもウィザード魔法の招造術か何かで、壊れた物を〔修復〕する魔法を学ぶ予定だから。それを習得できたら、調書を書く必要もなくなると思うよ。だけどそれって上級生は履修しているはずなんだけど、使ったのを見たことがないからなあ……あんまり役に立たない魔法なのかもしれないけれどね。じゃあ、次の授業に向かおうか、ペルさん」
ペルが慌てて自分のカバンの中に手を突っ込んで、教科書を探し始めた。周辺の教室から大勢の生徒たちが廊下に出てきはじめ、急に騒がしくなってくる。そして、見事に破壊された廊下を目の当たりにして、大騒ぎを始めた。あれだけの騒動だったのだが、教室内には伝わっていなかったようだ。
この西校舎の2階は精霊魔法の専門クラス2つだけなので、生徒たちも精霊魔法の専門生ばかりだ。
ミンタがエルフ先生と一緒に廊下に出てきて、生徒たちの大騒ぎを抑えている。ムンキンも廊下に出てきて、その滑らかな頭のウロコを膨らませて濃藍色の目をジト目にさせていた。
「また、アンデッド先生のクラスかよ!」
しかし、授業が終わって教室から廊下へ出てくるまで、こんな惨状になっているとは全く気がつかなかったようだ。その事に驚いているムンキンと一般生徒たちである。
「廊下だけを結界で囲んだのか……これなら廊下がいくら破壊されても、結界を入れ替えるだけで修復できるな、なるほど。だけど欠点としては、廊下が破壊されても結界の外である教室からでは知覚しにくいことか」
無傷の教室側の窓ガラスを、魔法の手袋をした手で触って感心するムンキンであった。ただし、これらは全てドワーフによるものなので、魔法は使用されていないが。
ともかくも、廊下の外なので、ジャディの起こした暴風の被害を回避できている。
他の生徒たちも気がついたようで、ムンキンと同じようなことをしている。特に、ノーム先生の精霊魔法の専門クラス級長のビジ・ニクマティ3年生は黒茶色の瞳をキラキラさせて、簡易杖をあちこちへ向けて〔測定〕しまくっている。他の同級生たちも数名が一緒になって〔測定〕していた。
「凄いなっ、これは。おお、何という魔力値だ」
そして、級長たちを残念そうな笑顔で見つめている担任のノーム先生にキラキラした瞳を向けた。
「ラワット先生! 死霊術と闇の精霊魔法、それが風の精霊魔法と組み合わされると、この爆発的な威力が出るのですねっ。実に興味深いです」
ノーム先生が腰に両手を当てて叱った。
「ほらほら、さっさと次の授業に向かいなさい。テシュブ先生の授業内容は、私がしっかりと〔記録〕してあります。放課後にでも〔共有〕しましょう」
エルフ先生も、ノーム先生の近くで同じような仕草をしている。彼女の精霊魔法専門クラス生徒も、この大破壊に興味津々だったせいだ。特にムンキンが悔しがりながら、色々と調べている。
エルフ先生がノーム先生と視線を交わしてから、ため息混じりで生徒たちに告げた。
「さあ、掃除は用務員さんに任せて、あなたたちは次の授業に向かいなさい」
エルフ先生が少しジト目気味な顔で、生徒たちを追い立てていく。ミンタはいち早く駆け出していた。ムンキンに手を振って通り過ぎていく。
「じゃあ、私は古代語魔法のクラスに行ってくるわね。放課後また会いましょう」
大方の教科を既に修了しているミンタなので、ちょくちょくクモ先生が教える古代語魔法のクラスに行っているのである。当然、他の生徒にはそんな者はいないので、ミンタとクモ先生の一対一授業になっている。
ミンタを見送ったムンキンが気合いを入れなおす。頭を覆う柿色の金属光沢を放つ細かい鱗が膨らんで、尻尾が数回、ガラスが散乱している廊下の床を叩いた。ガラス破片がさらに砕かれて細かくなっていく。丈夫な尻尾である。さすが竜族というところだろうか。
「よし、僕も頑張るか! おーい、レブン。次の授業一緒だろ、行こうぜ」
ちょうど廊下に出てきたばかりのレブンを捕まえて、肩を組むムンキンである。先日の4人だけで行った軍キャンプ地での実習以来、声をよく交わす仲になっていた。
「うん。次は占道術の授業だったね。さっきまでティンギ先生が来ていたんだけど、眠そうにしてたよ。テシュブ先生に同行して死者の世界へ遊びに行ってしまった」
ムンキンがさらに数回ほど尻尾で廊下の床を叩いて、レブンの顔を正面から見た。
「はあ!? 次は授業だぞ。また授業するのをサボったのかよ! とんでもない先生だな」
レブンが「その通り、その通り」と、何度もうなずく。これまで何度も起きているらしい。
「いつものことだよ。もしかしたら来るかもしれないし、行こう」
レブンが肩を軽くすくめて、ムンキンの肩に手を伸ばした。そのまま生徒たちの流れに乗って、次の授業の教室へ向かっていく。
残されたのはペルだけだった。せっせと次の授業の準備をするが、教室が大破状態なので手際よく進めないようだ。
「あわわ。法術の教科書が……」
個人ロッカーが教室の後ろに備えつけられていたのだが、ペルのロッカーは見事にジャディのせいで粉砕されていた。瓦礫の山と化したロッカーを何とかこじ開けて、中から次の選択科目の教科書を引っ張り出す。
「ふう。無事だった~」
汗を拭うペルである。すぐに教科書と参考書をカバンに押し込んで、ゾンビの状態をもう一度確認してから、教室を駆け足で飛び出していった。