13話
【ゾンビの作り方その2】
生徒たち3名と飛び入り参加のミンタを見つめて、サムカが穏やかな声で話し始めた。ミンタと先生たちがいるので、基礎的な話から始めている。
ゾンビやスケルトン、ゴーストはアンデッドに分類される。先程のスピリットもゴーストの一種だ。サムカのような貴族や、シチイガのような騎士、それにハグのようなリッチーもアンデッドである。
低級アンデッドでは、燃料は死霊術場、エンジンは残留思念、行動プログラムに死霊術を使用する。
死体が入れ物になるとゾンビ、骸骨だとスケルトン、そして鏡のような物ではゴーストになる。死霊術場や残留思念自体を入れ物にしてもゴーストになれるが、その場合は安定性が悪くなる。「ちょっとした環境変化で消えてしまうことが多い」というサムカの説明だ。
魔力が強まると別の呼び方になる。ゾンビの上級種は『リベナント』。ゴーストの上級種は『シャドウ』だ。当然ながら、さらに上級の種類もある。サムカのような『貴族』は、ゾンビの最上級種という分類だ。
今回の人工生命体(素体とも呼ばれる)を使用する場合は、『低級ゾンビの作成』という事になる。
ここまでアンデッドの分類を説明したサムカが、生徒たちを見回した。
「そういえばミンタさんは、残留思念は見たことがなかったかな?」
「いいえ。ありません」と首を振るミンタと、「もう一度教えて下せえ、殿」と促すジャディ。
彼らを見て、サムカが「では」と右手を軽く振った。面倒なのか白い手袋をしたままだ。
途端に、虹色に不気味に鈍い色で輝く透明な風船のようなモノが教室の中に大量に現れた。反射的に簡易杖を掲げて迎撃動作に入るミンタだったが、ペルとエルフ先生がなだめる。
サムカがミンタの様子を見て、冷静な口調で同情した。
「初めて見ると驚くものだよ。ジャディ君は大丈夫のようだね」
ミンタが簡易杖を腰ベルトのホルダーケースに収めたのを確認して、サムカがジャディに聞いた。
ジャディが背中の翼を大きく羽ばたかせて、胸を張る。その風圧で残留思念の束が吹き飛ばされて、教室の壁にぶつかった。
「大丈夫っス! 殿おおおおっ。もう慣れたっス」
「うむ」と鷹揚にうなずくサムカ。
「ミンタさんには死霊術の適性は乏しいが、見ることはできたか。ということは、今後は楽に見ることができるようになるはずだ。ある程度の死霊術も、使えるようになるかも知れないな。後で君のクラスの友人たちに、経験の〔共有〕をしてあげなさい。さて……」
白い手袋をしたままで、無造作に残留思念をヒョイヒョイとつかんでいくサムカ。十数個の怪しい風船を持っているように見える。
「残留思念というのは、生きている動物や植物から常時漏れ出ている『命の残滓』だ。垢や汗のようなものだな。死んだ直後にも発するが、その場合は通常よりも出力が大きいことが多い。死体や骨を動かすわけだから、命の代用物を使うのだよ」
そして、「先の授業でも述べた事だが」と前置きして、繰り返し説明した。
「死霊術のために採集する注意点としては、活きが良い状態のものを選ぶことだ。残留思念は、次第に拡散して消滅してしまうからね。消滅近い残留思念を使うと、エンジントラブルが起きやすくなるのだよ。私が今持っている状態のものを採集すると良いだろう」
栗色の瞳をキラキラ輝かせて聞き入るミンタ。隣の席のペルも嬉しそうな表情で、ミンタに小声で解説している。
その様子を、山吹色の瞳を細めて眺めるサムカだ。
「しかし、このような状態のままでは出力が小さすぎるから使えない。では、ゾンビを動かせる程度の出力に上げてみよう」
サムカがレブンの顔を見た。
「出力を上げるには、どうするのが良いかな? レブン君」
レブンが自信満々な顔で、セマンの姿のまま席を立って答える。
「はい。闇の精霊魔法で包んで周辺環境から『孤立』させます。そうすることで残留思念が不安定化するので、電撃などで刺激を与えてあげれば出力が上がっていきます」
サムカが満足そうに微笑んでうなずいた。
「うむ。その通りだな。では、教科書に従って君たちの簡易杖に、その魔法の術式を渡そう。ミンタさんは適性が乏しいのだが、同じように術式を渡そう。感覚だけでも知っておくと、どこにゾンビを作っている人がいるか探知する際に役立つはずだ」
「分かったわ」
ミンタが簡易杖をサムカに突き出す。隣に座っているペルが不安そうにミンタを見つめるのを見て、サムカが穏やかな声でペルに告げた。
「ペルさん。ミンタさんに魔力支援してあげなさい。彼女が扱える魔力を超えそうになったら、君がその過剰分を受け取って負担するんだ。いいね?」
「はい、先生!」
ペルが真剣な表情でうなずき、薄墨色の瞳の墨色成分が強まった。
サムカがエルフ先生の方を見る。エルフ先生も少し緊張している様子だが、同意してくれた。それを確認して、サムカが告げた。
「では、やってみなさい」
生徒たちは右手で簡易杖を握り、左手で空中を浮遊している虹色風船の残留思念をつかんだ。
さすがに、瞬時に闇の精霊魔法で包んでしまったのはペルだったが……残留思念が不安定化して暴れ始めると、目を白黒させて制御に必死になっている。黒毛交じりの尻尾がパタパタと踊り始めた。
ミンタはまだ術式を発動できずにいて、これまた金色の毛が交じる尻尾をペルと同じようにパタパタ踊らせている。
その間に、難なく残留思念を真っ黒い雷雲にまで出力を上げたのは、やはりレブンだった。少し魚っぽい口元になっているが慌てることなく、サムカの顔を明るい深緑色の瞳で見つめた。
「できました、テシュブ先生」
黒雲を観察したサムカが満足気な表情でうなずく。
「うむ。上出来だ。さすがだな」
褒められて照れているレブンの隣で、鳶色の大きな翼を「バサバサ」させて集中していたジャディが2分後に黒雲化に成功した。
「ど、どうですかい殿! こ、こんなモンっスか!?」
少し息が上がっているが、まだまだ大丈夫そうである。サムカが確認してうなずいた。
「よし。ジャディ君も出来たな。よくやった。前回の巨人ゾンビの時の経験が活きたようだな」
「よっしゃあああ!」と、雄叫びを上げるジャディである。
その1分後にペルが黒雲を作り出した。おっかなびっくりの様子である。
確認したサムカが、ペルに微笑んだ。
「うむ。出来たな。では、ミンタさんを手伝ってあげなさい」
「はい!」と、元気よく返事したペルが、まだ悪戦苦闘して闇の精霊魔法を発動させようとしているミンタの簡易杖に、自身の左手をかけた。
と、急速にミンタの簡易杖から闇の精霊魔法の波動が生じ始め、ミンタが右手で握っている残留思念の風船を闇が覆い始めた。ミンタが明るい栗色の両目を見開いて驚いている。
「すごーい、ペルちゃん。制御できてる! 私、適性ほとんどないんだけど、それでも闇の精霊魔法が使えているわよっ! へえ、この感覚が魔法の波動なんだ。全然違うのね」
興奮しているミンタの横では、ペルが相当に真剣な表情で魔法支援を続けている。
「う、うん。そ、そうだ、ね……」
闇の精霊魔法が得意なペルでも、他人の魔法を制御するのは大変なようだ。ろくにミンタと会話もできない有様である。思わずレブンが手を差し伸べようとしたが、サムカが優しく制止した。
「気持ちはよく分かるが、ここは我慢だ」
適性の乏しいミンタは闇の精霊魔法や死霊術の許容量が非常に小さいために、すぐに許容量を超過してしまい頭痛や眠気に襲われる。
その超過分をペルが受け持っているのだが、術式の演算それ自体はミンタが行わないといけない。そのために、少ない許容量の範囲内で実行可能にするための演算支援も、ペルが行わなくてはならない。
例えて言うと、ミンタは掛け算ができないので足し算だけで計算するようなものである。ミンタが1たす1は2という足し算を1回行い、残る99回の足し算をペルが引き継いで行う。
なおかつ演算が滞りなく進むように、99回の足し算をミンタの1回の足し算が終わるまでに完了して、その結果をミンタに渡さないといけない。単純にペルがペル2人分の演算を掛け算でするよりも、はるかに負荷がかかるのである。
サムカがあえてペルに任せているのは、彼女の持つ膨大な闇の精霊場を、制御できるようにするための訓練という側面もある。
そんなこんなで苦労しながらも、10分ほどでミンタも黒雲を手にすることができた。サムカが予備のために持っていた残留思念の束を手放して、ミンタとペルに微笑む。山吹色の瞳がキラリと光っている。
「よくできたね。ペルさんは、今後しばらくの間はこのような魔力支援をして、制御の経験を積み上げていきなさい。単純に使用制限するよりは、その方が良さそうだ。ミンタさんもご苦労だったね。死霊術の波動を理解できたかな?」
「はい!」と、かなり疲れた表情だが、元気に答えるペルとミンタである。達成感で2人の尻尾がシンクロしてパタパタ動いている。
サムカが生徒たちがその手につかんでいる黒雲を見ながら、穏やかな声で話す。
「ゾンビが起動するには、少なくともこのようになっている残留思念である必要がある。別の見方をすれば、そうなっていない残留思念は無害だということだ」
出力が充分にある残留思念と、豊富な死霊術場。この2つが揃っていないと、いくら死霊術を発動させてもガス欠を起こしてゾンビは停止してしまう。停止させるには、このどちらかを弱めてしまえば良い。
残留思念は闇で包むと活性化するという事は、光で包むと弱まるという事でもある。死霊術場は風の精霊などで吹き飛ばすかして、濃度を薄めれば良い。
さらにアンデッドの初期設定では、死体、骨、物といった依代が必要だ。それを炎の精霊魔法で燃やしてしまうと存在できなくなる。大地の精霊にも影響を受けるので、墓など特定の場所に縛られる特徴がある。光の精霊や生命の精霊にも弱いので、それらの精霊魔法で攻撃するのも有効だ。
レブンがガシガシとメモしながら、手元の〔空中ディスプレー〕画面でも記録している。その様子を見つめながら、サムカが注意事項を1つ挙げた。
「反対に、精神の精霊や、水の精霊でも淀んでしまっている状態のものや、氷になって動かなくなったものには強い。この2つは使わない方が良いだろう」
一方で、「闇の精霊魔法は少々特殊だ」と話題を変える。
ゾンビはもちろんだが、ゴーストのような半実体化したものや、スケルトンのような物体にも、問題なく浸食して破壊できる。一方で、先程のように残留思念を強化することもできる。
「ウィザード魔法やソーサラー魔術では自身の精神の鍛錬が欠かせないから、基本的にアンデッドには効果が薄いものなのだよ。法術は信徒の信仰エネルギー場という、自身の精神鍛錬ではないエネルギー場を使うから効果が出るという仕組みだな。精霊魔法では精神は明確に分かれているが、魔法や魔術では混然となっているからね」
精霊魔法でも、精神は闇からの影響を最も受けやすい。
レブンが明るい深緑色の瞳を好奇心の光で満たしながら質問してきた。
「テシュブ先生。その法術先生の〔アンデッド浄化〕法術が、先生には全然効かなかったそうですが。これはどういうことだったのですか?」
サムカがうなずいた。
「うむ。良い質問だな。私でも、まともに法術を受ければ損害を受ける。ペルさんとレブン君とで植物の〔修復〕をした際に、私の〔防御障壁〕が大きく揺らいだことを覚えているだろう? だが、神官の法術では何ともなかった。魔力の量自体は、法術先生の放った法術の方が大きいのだがね」
(確かにそうだった)と思い出すレブンとペルだ。他の生徒たちも経験の〔共有〕を終えているので、ある程度は理解できているようだ。サムカが穏やかな声で話を続ける。
「種明かしをすると、法術は基本的に『光』の精霊魔法の成分が多いのだよ。つまり、目で見て目標を捉えて術を発動する。その目標を囮にしておけば当たらない――ということだな。『闇』の精霊魔法は、〔察知〕を非常に困難にさせる魔法でもあるから、正しく位置を特定することが難しいのだよ」
レブンがメモをガシガシ取りながら、サムカの話にうなずいている。教科書には書かれていない内容なのだろう。同時に、手元の〔空中ディスプレー〕画面でも自動〔記録〕を併用しているようだ。
ミンタも自動〔記録〕の魔法を使っているのだが、併せて両耳をぴったりとサムカの口元の方向に合わせて注目している。
ノーム先生は知っていた様子で、簡易杖の手入れをしている。マライタ先生も暇そうだ。ティンギ先生に至っては、窓ガラスが全部吹き飛んでいる窓の外を(ポケー……)と呆けた顔で眺めている。
唯一、エルフの先生だけが真面目な顔で「なるほど」と感心していた。
「そうだったのですか。道理で、バンパイアに当てにくいなと思っていたんですよ。結局、格闘戦で倒すことがほとんどですね。それに、確かに精神系の魔法も効かなかった記憶が多いですね。これからは生命系の魔法で試してみることにします」
サムカが整った錆色の眉を上下させて、エルフ先生を一目見た。
「お手柔らかに頼むよ。エルフ世界へ泥棒に入っているとはいえ、同胞の貴族や騎士たちが滅されるのを見るのは、あまり心地良くないのでね。だが汚らしいバンパイアであれば、私も賛成だ」
そして、人工生命体の3つの禿げ頭に視線を移した。
「では、この素体に残留思念を導入してみよう」
そう言って、サムカが白い手袋をした右手をヒョイと上げる。それだけの動作で、袋に入っていた3体の人工生命体が飛び出して、サムカの隣でふわふわと浮遊しながら静止した。
体内には水分が全くないので、骸骨にしわくちゃの皮が貼りついているミイラのような姿である。体格と身長は揃っていて150センチ弱といったところか。エルフ先生より若干背が高い。下着などはもちろん着けていないので、とりあえず裸である。目の部分も完全に干からびているので、剥製用の濁った安いガラス玉のような見た目だ。
「ふむ……まさしくミイラ状態だな。しわだらけだが皆、男性のようだ」
ざっと外観を確認したサムカが生徒たちの方に藍白色の白い顔を向け、ポケットから説明書を取り出して読む。
「医療用なので、実際は水の精霊魔法などで水分を補給して、各臓器を新鮮な状態に復元させる。その後で、患者の生体情報を導入して、移植用の臓器を作り出すという手順だな」
『生体情報』とは、遺伝子などの遺伝情報や、共生微生物の遺伝子情報、潜在魔力を含む生気の情報、顕在魔力を含む魔法適性等をまとめたものだ。
これらを人工生命体に導入する事で、患者本人の体組織や遺伝情報を有する複製が作り出される。
この辺りの用語は生徒も知っているので、サムカが説明書を見ながら話を進めた。
「水の精霊魔法を使用するところまでは同じだが……その後に、この残留思念を導入するところが異なるな。まあ、水の精霊魔法は後でかけても問題ないだろう。先に残留思念を導入してみなさい。術者による所有権宣言も同時に行うので、本人が必ず行うように。『動け』でも『蘇れ』とでも想像しながら行うと良いだろう」
サムカが山吹色の瞳をキラリと光らせて、ジャディを見た。
「では最初にジャディ君にやってもらうか。何と言っても経験者だからね」
「おっしゃああああ!」
気合を充分すぎるほど充分にかけたジャディが鳥胸を張って、偉そうな足取りで教壇のところまでやってきた。既に背中の鳶色の翼が「バッサバッサ」しているので、教室の中に旋風が発生したような状態になっている。
今回は、窓ガラスが廊下側も含めて全て割れて砕けてしまった。今は、どうやらサムカの使い魔は不在のようである。
ペルやレブン、ミンタが、白い魔法の手袋をした右手に握っているそれぞれの黒雲も、その旋風に流されそうになっていたが何とか繋ぎ留めている。しかし、3人の表情は見事なまでにジト目になっているが。
ジャディが自身の持つ黒雲を、真ん中の人工生命体に殴りつけるようにして、ぶち当てた。
「お前はパシリだあああああああっ起きんかああああああいいいっ」
ジャディの大音声が教室に鳴り響く。同時に黒雲が人工生命体の体内に吸い込まれて消えていった。
さすがに、先生方も耳を塞いでしかめ面をしている。生徒たちは右手に残留思念、左手に杖を持ってるので耳を塞ぐことができず、さらに不機嫌な顔になっている。今回は〔防御障壁〕でも充分に〔遮音〕できなかったのだろう。
サムカも錆色の短髪をかいて、口元を曖昧に緩めた。
「相変わらず意味不明な掛け声だが、君らしくて良いな。さて……」
ジャディが首をクリクリとかしげている。動き出さないので失敗したのかと案じているようだ。サムカが微笑んで、ジャディの羽毛に覆われた肩を優しく叩く。
「今は水分が全くないから、筋肉組織を動かせないのだよ。スケルトンやミイラの術式とは異なるからね。死霊術式の導入は成功しているから心配せずとも良い。さて、次はペルさんとミンタさんにしようか。こちらへ来なさい」
言われるままにペルとミンタが、少々慌て気味に席から立つ。そのまま、おっかなびっくりの頼りない足取りで、残留思念を引っ張りながら教壇までやってきた。どちらにしようか迷っていたようだが結局、右端のミイラ状態の人工生命体の前に陣取る。
サムカが狐娘2人に、山吹色の瞳を向けて微笑みながら促した。
「せっかくだから、2人分の残留思念を1体に導入して所有者宣言をしてもらおう」
ペルとミンタが、思わず顔を見合わせた。
「……え? テシュブ先生、それって……」
ペルの問いに、サムカがそっと同意した。
「うむ。どうやら、ミンタさんの魔法適性を見誤っていたようだ。予想以上に、死霊術に関しての適性が認められる。ペルさんの助力を得る事が条件だが、ゾンビ程度であれば〔使役〕できるようになるだろう」
ペルは喜んだが、ミンタは微妙な表情になってしまった。エルフ先生に視線を投げて、軽く肩をすくめるミンタである。
「単純には喜べないわね。まあ、でも事実は事実か。すいませんカカクトゥア先生」
そう言っている割には、ミンタの尻尾がワサワサと元気良く振られているが。
エルフ先生もミンタの困惑に苦笑しながらうなずいた。
「そうね。サムカ先生の言葉を借りれば『方針次第』ね。まあ、ミンタさんであれば死霊術を悪用する事はないでしょうから、心配はしていませんよ」
サムカがペルとミンタの困惑が落ち着くのを待ってから、言葉を続けた。
「ペルさんが命じた時は、ペルさんが導入した残留思念が起動する。ミンタさんが命じた時は、ミンタさんの残留思念になる。2人同時に命じると両方の残留思念が起動するが、燃料である死霊術場が充分に濃くないから止めた方が無難だろう。いわゆるガス欠を起こして停止したり、動きが異常に遅くなったりするからね」
ここは死者の世界ではなく獣人世界なので、死霊術場は基本的に薄く弱い。
ペルとミンタも余裕があまり無いせいもあるのか素直にうなずいて、一緒に人工生命体のしわくちゃな頭に揃って残留思念を被せた。そして、互いに顔を見合わせる。所有者宣言のセリフも先ほど考えたようだ。「せーの」で、一緒に息を吸った。
「目覚めなさい。私たちの友達」
しっかりした声で、ペルとミンタが同じ掛け声をかけた。同時に2つの黒雲状態の残留思念が、しわくちゃの骸骨に吸い込まれていく。
サムカが状態を見て確認した。
「うむ。起動したな。これで、このゾンビはペルさんとミンタさんの専用になった。だが、先ほど言ったように、2人同時に起動することはできるだけ避けなさい。死者の世界では問題なく動くが、この世界ではそれほど死霊術場が濃くないからね」
「やった、やった」とピョンピョン小さく跳ねて、手を取り合って喜ぶペルとミンタである。エルフ先生もほっとした表情をしている。
サムカがレブンの顔に視線を移した。
「最後にレブン君。こちらへ来なさい。君は死霊術の適性が高いので、少し高度な魔法を試してみよう」
さすがにレブンは、しっかりした足取りで教壇までやってきた。右手の黒雲状の残留思念も、4人の中で最も活発に雷を発している。
それを見てサムカがうなずいた。
「先ほど私は、ゾンビなどのアンデッドは太陽に弱く、火に燃えやすく、大地に縛られやすく、光や生命に脅かされやすいと説明したね。では、それらに対する〔強化〕術式を組み込んでみよう。これらは教科書には書かれていないので『応用編』ということだな」
ここでチラリとエルフ先生とノーム先生を見る。彼らの眼光がサムカの予想通りに鋭くなっていた。「コホン」と小さく咳払いをするサムカ。
「心配は無用だ。初歩的な〔強化〕術式だからね。さて、私の住む死者の世界は、レブン君も行って体験したので分かると思うが、全てが闇魔法の影響を強く受けている。太陽も大地も、そして生命もね。そして、死霊術の魔力を提供しているのは、死者の世界の創造主だ」
レブンがサムカがやろうとしていることを理解したようだ。思わず、顔が魚っぽくなる。
サムカがそんなレブンの反応を見て、山吹色の瞳を細めて穏やかな視線を送った。
「ウィザード魔法使いが異世界の魔神やドラゴン、巨人などと契約して、彼らから魔力の提供を受けているのと同じ仕組みだな。今回試すのは、このゾンビにこの世界の太陽光が当たる際に、それを死者の世界の太陽光へと自動〔変換〕する術式だ」
ペルとレブンが顔を見合わせた。確かに、死者の世界の太陽はどこか違っていた。亜熱帯なので日射は強いのだが、どこか寒々としたところがあったのを思い出したようだ。
サムカがそんな2人の反応を見て、話を続ける。
「もちろん、異世界からの魔力提供は大きな制限を受ける。本来はもっと高度な世界間魔法である、古代語魔法の術式を使わないといけないからね。いわば、かなり劣化した魔力しか提供されないので注意することだ」
サムカが数秒間ほど左手を首筋に当てた。劣化の程度を説明しようとしているようだ。が、諦めたらしい。
「今回の〔強化〕術式は、日中にこのゾンビを外歩きさせても、ちょっとだけ崩壊するまでの時間を延ばすことができる程度だ。今後どれだけ時間を延ばせるようになれるかは、レブン君の努力次第だな。君は生きているから、他の精霊魔法と体力、精神力を共に強化していかないと、バランスを崩して病院生活を送る羽目になる。慎重にゆっくりと鍛えていきなさい」
「はい」と力強くうなずくレブンである。サムカが白い手袋をした左手をレブンに向けた。
「では、〔強化〕術式を渡そう」
サムカがそう言うと、たちまちレブンの簡易杖が鈍く光って彼の余裕のあった表情が崩れた。魚の頭にどんどん戻っていく。が、何とか耐えたようだ。それを見てサムカが微笑む。
「では、死霊術式の導入と、所有者宣言を行いなさい」
レブンが息を整えて、黒雲をしわくちゃ骸骨頭に被せた。
「僕のしもべよ、甦れ」
あっという間に、黒雲が人工生命体の中に吸い込まれていく。サムカが満足そうにうなずいた。
「うむ、滞りなく導入できたか。大したものだ」
サムカがレブンの肩に、手袋をした手を乗せて褒める。
「君のゾンビは、他の2体よりも強力だ。合同で作業をする際には、力を抑えて揃えるように。直射日光には10分間ほど耐えることができるだろう。火にも800度までなら燃えなくなったはずだ」
エルフ先生とノーム先生が冷や汗を流しているのがサムカにも分かる。
しかしそれ以上に驚いているのはマライタ先生のようだ。有機物である人体が800度まで耐燃性を獲得したので、当然といえば当然だろう。
「大地の縛りも弱まっているから、他の2体は主人から半径100メートル以内までしか行動できないのに対して、レブン君のは半径150メートル以内まで行動できるだろう。光と生命の魔法への耐性も少し付いたはずだが……まあ、これはまだまだ気休め程度だと思った方が良いだろう」
再び、サムカがエルフ先生をチラリと見てレブンに告げる。
「クーナ先生には、まだ逆らわないことだ」
エルフ先生が不敵な笑みを浮かべた。腰まで真っ直ぐに伸びている金髪が静電気を帯びていないので、特に機嫌が悪いというわけではなさそうだ。
サムカが授業を進める。
「次に、水分を補給させながら死霊術場を充填してみよう。残留思念が漂う道筋に、何かぼんやりしたモヤのようなものが見えるかな? それが死霊術場だ。残留思念は、この死霊術場に乗って浮遊しているから見つけやすいはずだぞ」
「おう、これですか! 殿!」と、ジャディ。
「やっぱり、そうだったか」と、レブン。
「あ、見つけた!」と、仲良く手をつないだままのペルとミンタ。
先生たちはキョロキョロしている。サムカが注釈を入れた。
「先生方は、今は見えなくても無理はない。魔法適性がないと、ぼんやりすぎて分かりにくいからな。この世界は生き物で溢れているから、死霊術場が特に細いのだよ。今回経験したので、心配せずともそのうち見えるようになるだろう」
そして、生徒たちに視線を戻した。
「死霊術を発動させて、浮遊している死霊術場のモヤを君たちのゾンビに誘導して接続させなさい。それで自動的に魔力供給が開始される」
生徒たちが簡易杖を振って、教室内に漂っている細い線のような死霊術場を捕捉した。今にも切れそうなほど細くて弱そうな魔法場だ。慎重にそれぞれの乾燥ゾンビに誘導していく。
その作業を見守りながら、サムカが説明を続けた。
「この程度の出力のゾンビであれば、1本だけ接続すれば足りる。が、リベナントを動かすには足らないので、10本ほど追加で接続する必要がある」
「ええ~……」
ため息混じりの嘆息が生徒たちから漏れてきた。確かに、途切れてしまいそうなほど細く弱々しい、糸のような魔法場をさらに10本も誘導するのは面倒だ。
サムカも軽く肩をすくめて気持ちを察する。
「逆に言えば、アンデッド兵器といえども死霊術場の魔力供給が不足すると、あっという間にガス欠になって停止するということだな。戦術としては、死霊術場の接続を外すようにアンデッドを別の場所へ移動させたり、〔結界〕などで包んで隔離すれば良いということだ」
生徒たちがようやく理解したようで、一斉にうなずいた。ジャディが勢い余って、背中の翼を広げてしまったが、慌てて畳む。さすがに今バサバサしては問題になると思ったのだろう。
授業を見学しているエルフ先生やノーム先生も、生徒と一緒になって「なるほどー」と、うなずいている。エルフ先生が手を挙げて質問してきた。
「サムカ先生。あなたの場合はどうなっているのですか? ゾンビやバンパイア以上に死霊術場が必要ですよね?」
「そういえば、そうだね」と、生徒たちも不思議そうな顔をサムカに向けた。思わぬ質問に、両目を瞬かせるサムカである。
「私のような貴族は、自力でアンデッドになったのだよ。魔力を一定の水準以上まで高めた者は、自ら死霊術場を発生させることができるようになる。このようにして集める必要はない。貴族やリッチーの場合は、もっと汎用的な魔力場である闇魔法場と呼ぶものになるが」
そして2、3秒間ほど、サムカ自身の昔の事について記憶を遡った。
「私の場合は、そうだな……最初は、ただのゾンビだったな。死者の世界へ生きたまま亡命して、セリにかけられて師匠の所有になった。〔ゾンビ化〕の時点で、私の記憶や生体情報等を一時、創造主に預けたのだよ。従って、ゾンビ時代の事はほとんど覚えていない」
ペルとレブンが死者の世界で見た、土木作業をしている使役兵のゾンビを思い出した。あんな感じだったのだろうか。サムカが話を続ける。
「魔力が高まるにつれて、記憶の断片が増えてくる印象だな。しばらくして騎士見習いになったので、その時に記憶と生体情報が返ってきた。それ以降の記憶は鮮明にある」
「へえ……」
先生と生徒たちが興味津々の表情でサムカの身の上話を聞いている。サムカが「コホン」と小さく咳払いをした。さすがに照れたようだ。
「その後で、騎士見習いを受け入れる儀式を執り行った。そこからは自力でアンデッドになる。以降、騎士昇格時でも自力だったし、今の貴族昇格時も自力だな」
エルフ先生が手を挙げて、重ねて質問してきた。
「失敗する事もあるのですか?」
サムカが肩をすくめながら、固めの笑みを浮かべた。
「まあな。私の場合は、順調に〔アンデッド化〕を進める事ができたがね。失敗する者も確かにいるよ。その場合は、魔力を再び高めて再挑戦すれば良いだけだ。この話は貴族の名誉に少々関わるので、ここまでにしよう」
そして、先生らしい表情に戻した。
「以上だな。自力で〔アンデッド化〕する点が、他のウィザード魔法と違うところだな。ソーサラー魔術や妖術に近いか」
ノーム先生がすかさずツッコミを入れた。
「いや、そうでもないよ、テシュブ先生。ウィザード魔法使いも充分に魔力を蓄積すると、自力で魔法を発動できるようになるんだ。『メイガス』って聞いたことないかな? ソーサラー魔術や妖術も修得している者がほとんどだから、魔法の専門家というところかな。一方で、まともに会話できるような人がいないから魔法狂とも呼ばれている。当然、教職には全く適性がないから、学校の先生にはいないけれどね」
サムカが素直に感心して、ノーム先生を見つめた。
「ほう。メイガスか……そういえば、どこかで聞いたような気がするな。貴族のパーティの席だったか……私の人生経験の中では、お目にかかれたことはまだないな。死者の世界までやって来るような奇特な方は、おられないようだ。かなりの使い手なのかね?」
ノーム先生が銀色の口ひげとあごひげを右手でさすりながら、曖昧な笑みを浮かべた。仕草が完全に老人である。声は若々しいのだが。
「いや……私も魔法世界の住人ではないからなあ。ノーム世界にあるデータベースから引っ張ってきただけで、詳しくは知らない」
ノーム先生の言う所によると、メイガスたちは自身の魔法研究に忙しくて引きこもりを続けていて、外にはなかなか出てこないそうだ。しかし、魔力は相当なものらしい。
魔法世界が5000年ごとに別の異世界へ引越しできるのも、彼らの魔法のおかげだそうだ。
ここまで聞いてようやくサムカも、メイガスという単語を聞いた記憶を思い出した。
「魔法世界の引っ越しについてハグに聞いた時に、その単語が一度出た覚えがあるな。しかし、私もそれだけだよ」
ノーム先生が軽くうなずく。少し残念そうなのは、もしかするとハグからメイガスに関する事を聞こうと考えていたのかも知れない。
「世界創造の魔法を使うそうだから、相当な魔力だろうね。当然、普通のウィザード魔法の提供者である魔神の魔力支援も必要ない。自力で世界創造の魔法を発動させるそうだから、魔神と同等といったところかな」
サムカが驚いた表情をしている。山吹色の瞳の光がロウソクの火のように大きく揺らいだ。
「ほう。魔神級となると、私では太刀打ちできないな。リッチーでも難しいだろう。ハグでやっと対峙できるかどうか、という感じだろうな。なるほど、魔法使いも侮ってはいかんな。良く教えてくれた。感謝するよ」
「いやいや」と謙遜するノーム先生である。言われてみれば、エルフやノームの世界にあるような強力な大量破壊兵器級の精霊魔法に対抗できるようなウィザード魔法が存在しなければ、戦力の均衡が保てない。
サムカの住む死者の世界が独立を保っていられるのも、死霊術と闇魔法で強力な大量破壊兵器級の魔法があるからである。魔法世界の戦力が貧弱では、均衡が保てずに戦乱を呼び込むことになる。
ちなみにセマンの世界は、そのありえないほどの運が抑止力として機能しているし、ドワーフの世界では魔法自体を無視した、科学に基づく抑止力がある。先日マライタ先生の言っていた、この校舎じゅうに張り巡らされている監視網もその例だろう。ドワーフにしか感知できないし、操作もできない。
ただそうなると、なぜこの獣人世界がこれまで、どこからも侵略を受けずに存続してこれたのか?
死者の世界でウーティ王国国王から城を預かっている身としては、サムカも少し気になる点である。
現に、戦乱が続くオーガなどの亜人が棲む世界では、各異世界からの干渉が相当に入っている。各異世界の代理戦争をしているような部分もあるらしい。その世界では300万年間も延々と戦乱が続いているので大地は荒廃してしまい、魔法場汚染も相当な状況であると、パーティの席でサムカも聞いた覚えがある。
一方で、この校舎の窓から望む亜熱帯の大森林の景色は本当に平和だ。魔法場汚染なども全く見られない。
そのような事をふと考えたサムカであったが、授業を進めることにした。
生徒たちが自身の所有宣言をした、しわくちゃなゾンビ3体へ、空中を細い川のように流れている死霊術場が接続されていた。滞りなく、魔力補充を進めているのを確認する。
「うむ。しっかりと接続できているな。では、同時並行で水分を補給させよう。これは君たちの場合、水の精霊を呼び出すだけで済む。私は苦手なので水を汲んできて、かけてやらないといけないがね」
レブンが手を挙げてサムカに質問をした。さすがに他の生徒と比べると余裕がある。
「すいません、テシュブ先生。アンデッドでもスケルトンのような骸骨やミイラのようなタイプでは、水は使用しないと教科書に書かれていました。この場合は、何を水の代わりに使うのでしょうか?」
サムカが山吹色の瞳を細めてうなずいた。
「良い質問だな。ゾンビは死んでいるとはいえ細胞の塊だ。血液などの循環液がないと動かないのは理解できるかな?」
レブンがうなずく。
「はい。筋肉組織を使って体を動かしますから、循環液がないと筋肉組織が互いに擦れ合って壊れてしまいます。摩擦熱も発生しますから、循環液によって排熱させないと筋肉組織が熱で変質して機能しなくなります。ですが、血液を使う事は推奨されていません。品質の劣化が早いためと聞いています」
ペルは教科書と参考書をめくりまくって、レブンの答えを理解しようと必死である。
ミンタもこのような死霊術の仕組みは初耳だったようだ。真剣な表情でレブンの顔を見ながら、ペルがめくりまくっている教科書と参考書を横から見ている。
さすがに理解が早いようで、ペルが同じページをめくった時にはペルに解説をしている。一方のジャディは馬耳東風な状態で、全く気にしていない。
そんな生徒たちの反応を見ながら、サムカがレブンの答えに賛同した。
「良い回答だ。よく調べたな。この教科書と参考書は著者がソーサラーだから、我流で分かりにくいと思うのだが。さすがだな。骸骨で出来ているスケルトンには細胞は使われていない。ゾンビのような筋肉組織はないから潤滑液も不要だ。しかし、骨と骨をつないで動かす必要はあるな。そうでないと、バラバラな状態のままだ」
素直にうなずくレブンと、生徒たちだ。
エルフ先生たちは首をかしげているようだが、とりあえず今は無視するサムカである。
「実は、スケルトンには『魔法の糸』が取り付けられているのだよ。その糸を引っ張ったり、緩めたりすることで骸骨をつないで動かしている。いわば糸で操る人形だな。魔法の糸は巻いたりしてバネのようにできるから、魔力補給を死霊術場から得ながら、死霊術で行動術式を〔操作〕するというものだ」
操り人形と聞いて、思わず声が漏れる生徒と先生たちであった。
サムカが口元を少し緩める。
「所詮は糸でできたバネの力に依存しているから、ゾンビよりも力が弱く、柔軟な動きもできない。管理は楽だが、兵士としては使い勝手が悪いな。群衆の制圧に使う壁くらいにしか使えない。そういった理由で、ゾンビを教材に選んだのだよ」
サムカの話をすごい勢いでノートにガシガシ記していくレブンである。手元の〔空中ディスプレー〕画面は魔力切れになってしまったようで、停止していた。やはり、まだ複数の魔法の並列処理は荷が重いようだ。
ペルも手元の〔空中ディスプレー〕画面が真っ黒になって、動かなくなってしまったようだ。レブンに「後でノートを写させてねと」お願いしている。ジャディは最初から記憶一辺倒なので、メモも記録も行っていない。
ミンタはウィザード魔法で人工生命の製造を行う招造術を修了しているので、かなり理解できている様子が見てとれる。生徒では唯一、手元の〔空中ディスプレー〕画面がまだ稼働して自動〔記録〕を続けている。
先生たちも初めて聞く内容だった様子で、興味深げにうなずいている。エルフ先生がまた口を開いた。
「そういうことだったのですね。ゾンビは泥棒バンパイアたちと一緒に行動することが多いのですが、スケルトンは盗んだ物を守る防衛用の守備警備員として頻繁に使われていました。魔法の糸で動いているのであれば、銃で打ち砕いても効果が弱かった理由が分かります。糸を切らないと停止しないのですね」
サムカがエルフ先生の質問にうなずいた。
「そうだな。原始的だが、光の精霊魔法などを帯びた剣で糸を切り離すのが確実だ。エルフであれば、レーザー光の照射で糸を焼き切るのが有効だろう。もちろん、死霊術の糸を見分ける能力がある前提条件だがね。この授業を受けたクーナ先生は大丈夫だろう」
ノーム先生が白い白銅色の顔をニヤニヤさせながら、サムカにツッコミを入れてきた。
「おいおい、そんなに簡単に弱点や攻略方法を教えて良いのかい?」
サムカが「コホン」と咳払いをして改まって、かぶりを振った。短く切りそろえた錆色の髪がサラサラと左右に揺れる。
「私が国王陛下から預かる軍では問題はないよ。対抗魔法を装備させているからね」
エルフ先生とノーム先生の口から残念そうなため息が漏れた。マライタ先生とティンギ先生は、半分眠ってしまっているようだ。サムカが壁掛け時計を見上げて、時刻を確認する。
「残るミイラだが、これは水の代わりに非常に細かい砂を使用している。実はミイラの乾いた体は、この魔法を帯びた細かい砂を入れる器に過ぎないのだよ。砂が本体だ。死霊術場の魔力を使って、死霊術の行動術式で魔法を帯びた砂を動かしている。従って、これもゾンビのような柔軟な動きができない。しかも、水をかけると砂が湿って動きが悪くなる。だから、包帯などの吸湿性の高い素材で覆う必要があるわけだ。当然、火に弱いことになるな」
レブンがガシガシとノートに記して行きながら、サムカに礼を述べた。
「ありがとうございました、テシュブ先生。ゾンビが最も使いやすいのですね」
ミンタがペルに解説をしながら、レブンの言葉に同意する。
「筋肉組織があると、ゴーレムやキメラでも格段に自由度が増すわね。なるほどねえ、ゾンビは水冷制御だったのか、そりゃあ高性能になるわね。で、ミイラは空冷制御か。包帯が邪魔だけど」
ドワーフのマライタ先生が、あくびをしながら批評する。
「全く……ものすごく原始的な動作機構なんだな。だったら、この医療用の人工生命体に血液を注入して普通に起動させた方が、はるかに自由度が高い動作ができるぜ。しかも、こいつにはナノマシンも注入済みだから、なおさらだ」
ティンギ先生が「ちちち」と指を横に振った。
「忘れちゃいけないな、マライタ先生。このゾンビは闇の精霊魔法と死霊術を帯びているぞ。少々動きが鈍くても、それだけで充分に脅威だよ。闇の精霊魔法を帯びているから、このゾンビに抱きつかれでもされたら精神異常を起こす恐れがある。それに、ゾンビには血液交換の手間が不要だ。ただの水で充分。何も食わせなくても24時間動き続けるんだぞ。多分、死霊術場による浸食が進んで体が崩壊するまで、ずっとだ」
サムカがティンギ先生の言葉にうなずいて、生徒たちに視線を向けた。
「その通りだ。何度も言うが、方針をしっかりと立てておくことだ。魔法はどれでも言えることだが、人を守る方針でいくか、傷つける方針でいくかで、使い方が大きく変わる。バンパイアの作り方を君たちに教えないのは、それも理由の一つだ。アレは害を撒き散らすしか能がないのでね。平和利用はできない代物だ」
ここでサムカが先生方の顔を見てから、話を続けた。
「この授業で教えているのは一応、教育指導要綱に沿ったものだ。クーナ先生やラワット先生の助言を参考にして、ウィザード魔法やソーサラー魔術に沿った術式を使用している。私のような貴族が使う魔法と、君たちのいう闇の精霊魔法や死霊術とは、根本的なところでは違うのだよ」
サムカやハグ人形が何度か口にした、『闇魔法』の事を指しているのだろう。
「だが君たち、生きている者にとって、この教育指導要綱に沿って学ぶのは正しい方法だ。本来、魔法というものは、この世界の法則を無視して発動されるものなのだが、それでは術者へかかる負担が大きすぎるし魔法も不安定だ。そこで、この世界の法則に乗りながら、それに加筆修正することで魔法を発動させるという、現代の魔法であるウィザード魔法やソーサラー魔術の基礎に立つことは正解といえる」
大いに同意しているエルフ先生とノーム先生、それにティンギ先生であった。マライタ先生は魔法くそくらえの精神なので、仏頂面になっているが。サムカが改めて生徒たちに山吹色の瞳を向けた。先生というよりは、どこか貴族としての威厳を帯びた光を放っている。
「これも方針の1つだな。君たちに合った方法で、君たちの正義に沿った道を進むことを希望するよ」
生徒たちが強くうなずいたのを確認して、サムカが右腕を肩の上に伸ばした。すぐに、コウモリのような黒い物体が森の中から飛んできて教室の中に入り、サムカの右腕の拳の上に留まった。
「使い魔だ。私は風の精霊魔法も苦手だからね。ちょっとした採集をする際には、このような使い魔を〔使役〕しているのだよ。うむ、ご苦労。休んでおれ」
「領主様の御意のままに」
低く落ち着いた威厳のある女性の声でコウモリ状の使い魔が一礼して、サムカの拳の上から姿を消した。
ペルが首をかしげる。
「テシュブ先生。この前の使い魔と違うんですね」
サムカが貴族らしく鷹揚にうなずいた。
「これでも一応、領主だからな。それなりに使い魔はいくつか〔使役〕しているよ。普段は私の身の回りの世話をさせている。アンデッドでは、やはり細かい作業が難しいのでね。先日の使い魔は、今日は呼び出していない。エルフやノームの先生方がいるからね。余計な闇の眷属はここに居ない方が良いだろう」
使い魔が森から採取してきたものを、サムカが右手の人差し指と親指とでつまんで生徒たちに見せた。
「キジラミだ。〔ゾンビ化〕した後でも、細胞は損傷していくので補修する必要がある。そのために死霊術の〔修復〕魔法を定期的に使うのだが、『触媒』があると便利だ。細胞を〔修復〕する際に魔法の加減を間違うと、細胞が無限に増殖して歯止めが利かなくなる恐れがある。せっかくのアンデッドが不恰好になったり、機能の低下が起こるのだよ。触媒を使うと、その調節が楽になる」
レブンが意外そうな表情をして、手を挙げて質問した。
「テシュブ先生。キジラミって、どこにでもいる害虫です。それにそのムシは死霊術場を帯びていないように思えるのですが」
エルフ先生も同じように意外な表情をしている。
「そうね。特殊な毒素を持っているから、私も苦手だわ。ピリピリして辛いのよね。ちょっと悪酔いするというか……」
そして「コホン」と咳払いをして話を続けた。ちょっと耳の先が赤くなっている。
「……ええと。レブン君の言うとおり、そのムシからは死霊術場の波動は感じられませんが、何かカラクリがあるのですか?」
サムカが右手で摘んでいるキジラミを、まじまじと見ている。
「ほう。食べることができるのかね、コレは」
エルフ先生がジト目になった。
「講義を続けて下さいな。雑談が多くて、時間がおしているように思えますよ」
サムカが苦笑する。その一端はエルフ先生の質問にもあったのだが。
「そうだな。話を続けよう。このキジラミ自体は普通のムシだ。しかし、腸に共生している微生物は違う。この微生物が産する特殊な毒素を使うのだよ。細胞の増殖を抑制する毒なのだが、死霊術や闇の精霊魔法に触れると著しく活性化する性質がある。この毒を水に混ぜて、ゾンビへの水分供給に使うのだよ」
「へえー」と感心している生徒たちと先生方である。この情報も教科書には記載されていない類のものだ。
エルフ先生がちょっと顔を青くしてサムカに質問してきた。少し混乱しているのか、瞳の色が水色や青紫色にコロコロと変化している。
「サムカ先生。その、それを食べても害にはなりませんか? 死霊術や闇の精霊魔法に親和性があるとは知りませんでした」
サムカが山吹色の瞳を向けて優しく微笑んだ。
「大丈夫だと思う。元々、エルフの死霊術や闇の精霊魔法に対する魔法適性は非常に低いから、毒素が活性化する危険性も非常に低いはずだ。万一、活性化しても、細胞の増殖を抑えるだけだから大したことにはならないだろう。体内に取り込んだ毒素も、そのうちに分解されて消えるか、体外へ排出されるだろうしね。食べたからといって、アンデッドになるということにはならないよ」
それを聞いて、「ほっ」とするエルフ先生である。長い金髪が何本か逆立っていたのだが、それらが元の位置に戻った。両耳の角度も下がって、水平より少し下になっている。
サムカが生徒たちに視線を向けた。
「では、実際にやってみなさい。キジラミだが、できればオレンジなどの柑橘類にいる種類を選ぶと良いだろう。樹種によってキジラミの種類が違い、共生微生物の毒性も異なるからね。ジャディ君は水の精霊魔法が苦手なようだから、水道から水を汲んできて使っても良いぞ」
「よっしゃあああああっ!」と、勢い込んで教室を飛び出して、手洗い場へ文字通り飛んでいくジャディである。廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて砕け散っていく音が、彼のテーマソングのようになって聞こえる。
レブンは杖を取り出して、空気中の水分を凝結させて水を作り出している。
ペルも同じ魔法を使っているが、闇の精霊魔法の〔干渉〕が強いのでレブンほど順調に水を作り出せないでいる。ミンタが思わず手伝おうとしたが、エルフ先生とサムカに止められた。ペルもミンタに微笑む。
「大丈夫だよ、ミンタちゃん。ちょっと遅いだけだから」
再び、大きな騒音と破壊音を轟かせながら、ジャディが教室に飛んで戻ってきた。さすが風の精霊魔法に強いだけあって100リットルほどの水の塊を、巨大な旋風のような風の精霊で包んで空中に浮かせている。ちょっとしたヘリコプターのホバリングのようだ。
その盛大なホバリングで生じた暴風を〔防御障壁〕で防ぎながら、ノーム先生が呆れたような笑みを浮かべた。
「なるほどな。これほど大きな旋風が教室内にあると、被害は甚大になるわなあ」
闇の精霊魔法が得意なペルが、早速ジャディが呼び出している風の精霊に、自身が発動した闇の精霊魔法を混入させた。すぐに効果が現れて、風が暴れて破壊するエリアを大幅に削り取る。おかげでジャディが鎮座している場所と、風が水を持ち上げている場所を除いて平穏が訪れた。
ミンタと一緒になってペルもジト目の冷たい視線をジャディに送っているが、ジャディ本人は全く反省していない様子である。
「おう、ペルの仕業かよ。小癪なマネをしやがるな。で、殿! 次は何をすれば良いッスか?」
ジャディの催促にサムカが答えた。
「うむ。森の中からキジラミを5キロほど採集してきなさい。それを潰して水に混ぜ、ゾンビに吸収させるのだ。この作業は君たち生徒だけに任せてもいいかな? 私は15分間ほど、ドワーフのマライタ先生に用事があってね。教壇を離れるよ」
「任せてくだせええええっ! バッチリやり遂げてみせますぜっ。殿は安心して用事を済ませて来て下さいっス!」
背中の翼をさらに「バッサバッサ」させながら、タンクトップ作業服の上着を派手に反らせる。羽毛に覆われた胸が、中から作業着を押し上げるので《ビリリ!》と、作業着の仕立て糸の何本かが切れた。
ペルとレブンも力強くうなずく。
「はい、分かりました、テシュブ先生」
「うむ」とうなずいたサムカが、ペルに1つ指摘する。
「先程も言ったが、ペルさんは闇の精霊魔法をできるだけ使わないように。使う場合は、他の精霊魔法と併せて発動させるようにな。そうだな、風と水の精霊魔法を同時に起動させておきなさい。それと弱くても良いから光と生命の精霊魔法もだな。いつもバランスをとることを心がけなさい」
「はい、テシュブ先生」
ペルが簡易杖を掲げて、言われたように複数同時に精霊魔法を発動させる。かなり負荷がかかっているようで、つらそうだ。サムカが今度はミンタに視線を向けた。
「ミンタさんは申し訳ないが、ペルさんの発動させている精霊魔法が不安定になったら、魔力支援をお願いしたい。よろしいかな?」
ミンタが不安げな表情でペルを気遣いながら、サムカに向かってうなずいた。
「分かったわ」
「では、15分間ほど留守にしよう。待たせたね、マライタ先生」
サムカが申し訳なさそうな表情でマライタ先生に話しかけると、ドワーフのマライタ先生がガハハ笑いをした。
「少し遅れただけだから、気にするなよ。では、廊下にでも出てホウキと杖のキット製作の要領を教えようか。なーに、圧縮した情報をテシュブ先生に送って検証してもらうだけだから、すぐに終わるよ」
エルフ先生とノーム先生も微笑んでサムカを送り出す。
「私たちが見ていますから、大丈夫ですよ」
サムカが素直に礼を述べた。
「ありがとう、感謝するよ。では、できるだけ早く済ませてくるか」
【作成キット その1】
サムカがマライタ先生と一緒に教室の外に出て、廊下で杖とホウキの作成講習を受け始めた。
既に廊下はジャディが飛び回って旋風まで発生させていたので、窓ガラスが見事に全て粉砕されていた。さらに窓枠も風圧であちこち曲がって歪んでいて、ガラスの破片が大量に廊下に敷き詰められている。
しかしサムカ以外の、他の教室側の窓ガラスは無傷だ。割れている窓ガラスも全て、運動場に面した側だけであった。首をかしげているサムカ。
「?」
そんなサムカを見て、マライタ先生が白い歯を見せながら説明してくれた。
「ああ、窓ガラスのことだろ? 教室側の窓に防御障壁を組み込んで、空間の連続性をある程度遮断してあるんだよ。いわば結界だな。教室1つ1つが半分独立した空間の中に収められている」
先日の巨人ゾンビや飛族騒動によって、こうした対策が講じられたらしい。
「だから、ジャディ君がいくら大風を起こしても、空間があまり連続していない教室側には伝わりにくいんだよ。窓ガラスも割れていないだろ? まあ……完全に遮断して独立空間にしちゃうと、廊下側から教室が見えなくなってしまうから、この程度しかできないけどな」
サムカが「なるほど」と感心する。
「ほう。〔結界〕はソーサラー魔術が代表的だとばかり思っていたが、それ以外の手法でもできるのだな。確かにノームのラワット先生が言う通り、ドワーフの科学も充分に魔法のように見える」
そんなマライタ先生が、サムカに申し訳なさそうな顔をした。顔を覆う赤いクシャクシャヒゲの先が微妙に踊っている。
「で……だ。テシュブ先生のクラスなんだが、俺も闇の精霊魔法や死霊術には詳しくなくてね。事実上、手つかずになっちまった。こんな大破状態になるとは想定していなかったよ、済まないな」
サムカが気楽な表情と声色で、マライタ先生のたくましい肩をポンと叩いた。もちろん今は白い手袋をしている。
「私もうっかりしていた。後で必要と思われる情報を送ろう。ジャディ君の発する風の精霊魔法に対応してくれるだけでもありがたい。一応、教室の保護については、私の使い魔が担当している。強力な〔ステルス障壁〕を展開しているので、私やハグ以外には誰も〔察知〕できないかもしれないが。まあ、危害を与えるようなことはしないよ」
マライタ先生の表情があっという間に、いつものガハハ笑いの状態に戻った。
「そうかい。じゃあ、後で情報をよこしてくれ。ウィザード語で良いぞ。俺の方でも本国と相談して、色々とやってみるからよ。うむむ……しかしそうか。ドワーフ製の検知器に全く反応しないというのは、大したものだな。セマンの盗賊並みじゃないか」
マライタ先生の気さくな物言いに、サムカも山吹色の瞳を細めて微笑んだ。
「確かにな。では、時間もないし始めてくれ。その前に、ゴミの掃除が必要か……」
サムカが手袋をした左手を軽く振った。それだけで、廊下の床一面に散乱していたガラスの破片がきれいさっぱり〔消去〕されてしまった。感心しているマライタ先生に、サムカが聞く。
「これで良いかね? 適当に掃除をしてみたが」
マライタ先生が下駄のような白くて大きな歯を見せながら、陽気に笑った。
「ああ、充分だよ。さて、では始めようか」