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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
魔法学校へようこそ
13/124

12話

【セリ会場】

 馬を連れてきていないので色あせた古着姿のまま、そのまま空間〔転移〕してセリ市場の会場へ出現するサムカと騎士シチイガである。

 重厚で圧迫感のある暗い色の石組みと石畳でできているセリ会場は、これまで何度も増改築が行われてきたので迷路のような有様になっている。大勢の貴族が利用するので、彼らの発する闇魔法場による浸食により施設の痛みが早いせいだ。湿度がかなり高く冷え冷えとした空気に包まれているので、恐らくは地下にあるのだろう。


 今もセリ施設付けの掃除修理用のゴーレムが数体、のそのそと通路を荷物を持って運んでいる姿が見える。掃除をしているゴーレムもいる。これらゴーレムの維持管理費は王国持ちだが、サムカのようなセリ参加者も一定の負担を出している。

 〔転移〕魔法で出現する場所は、貴族ごとに専用の場所が設けられていてちょっとした個室になっている。何か物が置いてあったり誰かがその場所にいると、ひどい衝突を引き起こしてしまうからだ。

 貴族が有する魔力が大きいために衝突すると魔力同士が反発しあってしまい、ちょっとした爆発事故が起きる危険性がある。


 サムカたち貴族が使用しているのはソーサラー魔術やウィザード魔法ではなく、闇魔法なので〔テレポート〕とは一般的に呼ばれていない。ここでは普通に〔転移〕魔法などと呼称されている。


 サムカたちも無事に空間〔転移〕を終えた。ブーツについた泥や土くれを石畳に叩きつけて、申し訳程度に落とす。そのまま個室から出て、ちょっとした広場になっているロビーへ歩いていく。


 闇魔法場が強いので、光の精霊などを使用した照明は使えない。その代わりに死霊術を活用して、壁一面に鬼火を宿した光りゴケがびっしりと生えて覆っている。その光りゴケは鬼火の依代になっており、幽玄な淡い色の光を出して照明の代わりとして機能している。サムカが授業でゴーストの依代として手鏡を使用していたが、それと原理上は同じだ。

 もちろんこの光りゴケもオークや死者の世界の森の木々と同様に、闇の精霊場に強い耐性を持っている種類である。この他に、空気と接すると光を放つ種類の鉱石や樹脂塊も天井や壁石の中に埋め込まれており、コケの光だけでは不足する光の波長を補っている。


 ロビーに出ると、そこにはいつも顔を合わせる貴族や騎士たちが談笑しているのが見えた。サムカ主従も挨拶を交わして、その談笑の輪の中に加わる。皆、サムカみたいな古着でやって来ているところを見ると、内輪がほとんどのセリ会場なのだろう。


 サムカがロビーに居る貴族や騎士たちに一通り挨拶を済ませた後で、受付のデスクに座っているゴーレムに自分の名前を登録させ、今回の出品目録を記した紙をもらった。

 紙にはカラー写真つきの出品死体がリスト表示されていた。病気は法術などの普及でほぼ根絶されているので、事故死や老衰死による死体がほとんどだ。中にいくつか酷い状況になっている死体があるが、これらは魔法場汚染によって死亡した死体である。


 サムカが紙を一目見て、ため息をついた。

「うむむ……今回も良さそうな死体や素体は出品されていないようだな」

 そのまま紙を騎士シチイガに渡す。彼も紙を見て、サラリとした短い黒錆色の髪の下の淡い山吹色の瞳を曇らせた。

「左様でございますが、我が主。使役兵のうち2体が崩れてしまいましたので、その補充は必要かと愚考いたします」


 使役兵とは、すなわちゾンビである。魔力の蓄積が思うようにいかない場合、闇魔法場の影響による死体の崩壊スピードが勝ってしまう。その結果、風化するように崩壊してしまうのである。特に最近は魔族を迎えての教練を何度か行っているので、体の傷みも加速しがちであった。

 もちろん、定期的にサムカや騎士シチイガが〔修復〕魔法を使って体の修復を行うのだが、ゾンビに蓄積された魔力が少なすぎると〔修復〕魔法も効きが悪くなるものである。


 サムカが短く切りそろえた錆色の髪を無造作に手でかいた。

「今後は……魔力の蓄積が遅い使役兵は、別に分類して慎重に育てねばならんようだな。魔族との合同訓練も、魔力の蓄積量を鑑みて選抜するしかあるまい。ともかく、2体の死体を競り落とすことにしよう。出品順で見ると、7番と12番が第一候補だな。第二候補は9番と18番。それ以外は、どれも似たようなものだから、第二候補まで競り落とせなければ、後は何番でも構わないだろう」

 騎士シチイガが膝を軽く曲げて、頭を下げた。

「は。我が主の御意のままに」


 光りゴケに宿る鬼火のゆらめきを見上げながら、サムカがぼやく。

「むう……あの巨人ゾンビは非常に良質だったのだが。今度、また地雷が発掘されたら頂いてくるか」


 その時ロビーの奥から、1人の貴族が騎士も連れずに単独で現れた。野良着や古着ではなく、まともな外出用の服なのでよく目立つ。当然、サムカを始めとした貴族や騎士たちが一斉に視線を向けた。


「これは、お騒がせをして失礼。私はトロッケ・ナウアケと申す者。どこも死者不足が深刻でね、君たちのセリに参加してもよろしいかな? 私の事は、ナウアケと呼んでもらって結構だ」

 どうやら、別の王国に所属している貴族のようである。もちろん断る理由もないので皆、ナウアケ卿を歓迎した。慇懃に礼を述べるナウアケ卿である。


挿絵(By みてみん)


 サムカがナウアケの顔を見ながら腕組みをした。

「……ふむ。死者不足は、容易ならぬ事態に陥っているのやも知れぬな」

 ナウアケ卿はセリに参加する貴族や騎士たち全員に、挨拶をして回っていく。サムカが立っている場所へもやってきて、軽く腰を曲げて挨拶をした。サムカも礼を返す。

「貴方がテシュブ家の当主殿ですか。武勲の誉れ高い貴族と聞いております。今後ともよしなに」

 手袋をしたままで、ナウアケ卿が手を差し伸べてきた。サムカも手袋をしたままで握手を交わす。


 サムカの表情は変わらなかったが、何か違和感を感じたようだ。しかしそれは表に出さず、世間話をする。

「卿の統治する地でも、死者が不足しておるのかね」


 ナウアケが軽く肩をすくめながら肯定した。枯草色の真っ直ぐな茶髪が優雅に揺れて、その下の白銅色の陶器のような白い顔に似合う、細目の吊り目が細められた。辛子色の沈んだ茶色がかった黄色の瞳が、柔らかな光を帯びているのが印象的だ。

(これが違和感の元かな)と思うサムカだ。死者の瞳の色ではない。また同時にオークや魔族のような生者の色合いとも違う。

「そうなのだ。困った事態だよ、全く。聞くところによるとサムカ卿は、別の異世界で巨人族のアンデッドを扱ったそうだが、僥倖だな」


 サムカが曖昧な笑みを口元に浮かべて、軽く右手を左右に振った。

「いや。故あって持ち帰ることはできなかったよ。次回、入手できれば是非持ち帰りたいものだがね。遺跡の発掘品だから、また入手できるという保証はないのだよ」

 興味深そうにサムカの話を聞くナウアケ卿。

「そうかね。私も召喚ナイフの契約を再び考えてみようかな。では、ごきげんよう、サムカ卿」


 ナウアケが柔和な笑顔をして、次の貴族へ挨拶に向かう。優雅な足取りで去っていくナウアケを見送り、ふとサムカが何かを思い出したようだ。騎士シチイガに顔を向けた。

「そうだ。ゾンビ化処理で使う、キジラミの毒素の量は2体分確保できているかね?」

 騎士シチイガが即答する。

「はい。大丈夫でございます、我が主。オレンジ園にいるキジラミは今年も収穫できましたので、毒素も新鮮で反応性が高いと思われます。キジラミを収穫後、オレンジの木には病気消去の処方をしておりますので、オレンジの木にも影響は出ておりません。果実の収穫は期待できませんが」

 サムカがその報告を聞いてうなずいた。

「うむ。であれば、ぜひとも状態の良い死体を2体競り落としたいものだな」



 セリ開始のベルが鳴った。会場へ入る古びた石扉が開かれて、ゾロゾロと貴族や騎士たちが談笑しながら入っていく。サムカも彼らと談笑しながら扉へ向かっていたが、突如姿がかき消された。どこかで陽気な羊の鳴き声がした気がする。

 驚く仲間の貴族や騎士たちであったが、騎士シチイガが固い笑みを顔に浮かべて伝えた。

「お騒がせして、申し訳ありません。我が主は、異世界へ〔召喚〕されたようでございます」


 騎士シチイガの説明に、貴族や騎士たちが呆気なく納得した。すぐにざわめきも止み、皆そのままセリ会場へ入っていく。あまり混乱が広がっていかない状況を見て、シチイガが後頭部をかいた。

(我が主も、時々消える人……という認識が広まってしまった様子だなあ。だが、まだこれで5回目の〔召喚〕なのだが。噂が定着する速度は予想以上なのだな。ナウアケという異国の貴族も知っていたようだし)


 別の領主つきの騎士が笑いを我慢しながらも、騎士シチイガを急かした。騎士も彼らなりの仲間ネットワークを持っているので、騎士シチイガとも顔なじみの様子である。他にも数人の騎士が歩み寄ってくる。

「卿の領主殿が不在だが、きちんと仕事はしないとな。セリが始まるぞ、行こうかシチイガ」


 その騎士シチイガがキョロキョロと周りを見回している。仲間の騎士たちが彼の背中をぐいと押した。

「おいおい、シチイガ。どうかしたのか?」

「いや……」

 騎士シチイガが友人騎士たちに振り向いて、少し険しい表情になった。

「先ほどの、よそ者貴族が見当たらないのだが」

「なに?」

 友人騎士たちも表情が険しくなる。さすがに剣の柄に手をかけるまでには至っていないが。


「ヤツはセリに参加しに来たのではない……ということか」

 騎士シチイガが無言で肯定した。淡い山吹色の瞳に警戒の色が強く生じている。

「ここに居ないということは、そうだろうな。巨人ゾンビのことを聞いていたことからすると、我が主に会う用事があったということだろう。召喚ナイフのことにも触れていたな……ハグ殿に一応、報告した後で調査しておくか」




【魔法学校の校長室】

「成功だ」

「おお。成功した、成功した」

<ポン>と小気味良い音を立てて、凝結した水蒸気の煙を身にまといながら、サムカが魔法高校の校長室に〔召喚〕された。耳慣れた陽気なサラパン羊の自信満々な笑い声がする。


 改めて見た魔法陣の形状は非常に単純で、真円と幾何学模様をいくつか組み合わせたものだ。模様の隙間にはウィザード文字が床の上に立体映像として浮き上がっていて、それらが文章となって記されている。


 ちなみにウィザード文字は立体で、分子模型に衛星のような装飾記号がゴテゴテとついて変形しながら回転している魔法文字である。紙に記すような平面な文字ではない。


 魔法陣の幾何学模様の交点などには、手のひらサイズのミニ祭壇が置かれている。〔召喚〕するのは死体とはいえ、有機物で構成されているサムカの体と思念であるので、祭壇に捧げられる供物もそれに対応したものだった。

 木の実や果実に、干した虫やトカゲの尾、安い宝石類、金貨や銀貨である。

 これらは召喚触媒と魔神への供物して機能する。これまでは、〔召喚〕時に全て吹き飛ばされたり、闇に飲まれて消滅したり、死者の世界の土などで埋まっていて、目にすることができなかった物であった。


 見ての通り、一般的な儀式魔法である。いくら闇魔法の適性があるサラパン羊でも、異世界からサムカを〔召喚〕するほどの魔力は持っていない。そのためにこうして儀式を執り行って、周辺環境から魔力をかき集めているのである。

 もちろん、それでも呼び水程度にしかならないので、召喚ナイフを介したハグからの魔力をかなり使っている。

(事実上、ほとんどハグの魔力で起動している術式だな)と思うサムカであった。この儀式魔法は、呼び鈴程度のものだ。


 そんな校長室では、校長が白毛交じりの尻尾をパサパサと振りながら、サラパン羊を褒めちぎっていた。この羊は相変わらず大きな毛玉に短い手足が生えた状態だ。無理やりに着せた役所の制服であるスーツが、毛玉の膨張圧力ではちきれそうである。秋なので少し太ったのかもしれない。

「サラパン主事、5回連続で〔召喚〕成功ですぞ。素晴らしい。魔法使いの先生でも4回に1回は〔召喚〕失敗すると聞きますのに、大した腕前ですなあ」


 サラパン羊は胸を張りすぎて、ひっくり返りそうだ。それを辛うじて短い足で踏ん張って、転がらずに済んでいる。

「ははは。私は天才かもしれませんなあ」


 サムカが不機嫌な表情のままでため息をつき、自身の懐中時計と校長室の時計とを見比べた。今回は2時間36分早く〔召喚〕されたようだ。これほどの時間誤差ともなると、セリ会場にはもっときちんとした服装で向かった方が良かった。とりあえず、校長の羊褒めに迎合する。

「リッチーの魔力なので、まず失敗はないだろうな。〔召喚〕失敗されたら敵わん」


 ぼやきながら時間を確認しているサムカを見て、校長が不安そうに両耳を少し伏せた。鼻先のヒゲと、白毛交じりの尻尾も垂れ気味になっていく。今回のサムカの野暮ったい服装に何かを察したのだろう、さすがに言及しないようだ。

「テシュブ先生。向こうの仕事への差し障りは、大きいのでしょうか」


 サムカが磁器のように青白い顔を校長へ向けて、固い笑みを返した。服装が野暮すぎて爽やかさが、いつもより足りていない。

「まあな。だが、契約は契約だ。文句はもう言わぬよ。ハグの未熟さこそが原因で、我々の落ち度は全くないのだからな。それから、床の召喚魔法陣は用済みだから消しておいてくれ。異世界とつながったままだから、何か迷い込んでやってくる恐れがあるのだよ」

 そう言って、藍白色の白い眉間にしわを寄せながら、錆色の短髪を無造作に手でかいた。まだ不満は残っているようである。


 校長が「なるほど」と少々慌て気味になり、魔法陣の線をモップでこすって消し始めた。浮かんでいるウィザード文字の文章も、すぐに消す。羊は全く手伝わずに、暇そうにアクビをするばかりだ。


 サムカも時刻を現地時間に合わせて、掃除中の校長に顔を向ける。

「さて。では授業に向かうとしよう。そうそう、シーカ校長。あの古代遺跡の地雷が再び発掘されたら、ぜひ私に譲ってほしい。発掘担当のアイル部長にも伝えておいてくれ。死者の世界でも、あれほどの高品質なゾンビはなかなか入手できなくてね、貴重なのだよ」


 校長がモップ掃除の作業を中断してうなずいた。

「それは構いませんが……その、今日の授業では、実際にゾンビを作るのですよね」

 校長の口調が、少し変わったのを察するサムカ。

「うむ。教育指導要綱に従った進行表では、今日だな」


 サムカが校長室から出ようとして足を止めた。校長の様子がいつもにも増して落ち着かない。白毛交じりの尻尾が不規則に揺れて床を掃いているし、耳もあっちこっち向いて忙しげだ。再開したモップ掃除も、どこか上の空である。

「どうした? シーカ校長。落ち着かない様子だが……」


 ふとサムカが気づく。そういえば、ここは死者の世界ではなかった。生き物が溢れる世界なのだ。そうそう簡単に死体を用意できるとは思えない。ましてや〔ゾンビ化〕に同意するような奇特な遺族がいるはずもない。


 そのことに気づいたサムカが、短く切り詰めた錆色の髪を再び無造作にかいた。

「死体を用意できなかったのかな? 私も遺族への配慮に欠けていたようだ。であれば、今回も鏡などを使ったゴーストで代用しても良いが」


 しかし校長は首と尻尾を振って否定した。ついでにモップ先も同調させて振っている。

「いいえ。死体……厳密には死体ではないのですが、3体用意しております。魔法世界の業者から、人工生命体の製造途中のものを輸入しました。医療用で、患者の臓器をつくって移植用に使うための人工生命体です。『素体』とも呼ばれています。人の型式で、我々のような姿ではありません」

 校長が口ごもっていく。

「血液などを注入する前の段階のものですから、最初から生命はありませんので……死体と呼べるかどうかは分かりませんが」


 サムカが感心した表情になった。山吹色の瞳に好奇心の光が灯る。

「ほう。移植手術用で使う人工生命体の『素体』か。私も扱ったことはないが、教育指導要綱では使用が認められているな。それは私の教室へ運ばれているのかね?」

「はい」

 校長が即答したが、まだ歯に何か挟まっているような口調だ。

 サムカが首をかしげた。

「他に、不安要素があるのかね?」


 校長の手足と尻尾がパタパタと動いた。図星のようだ。モップにしがみついたようなパタパタ踊りが始まる。数秒ほどかけて校長が落ち着くのを待つサムカ。

「はい……先生方の反発が想像以上でして。特に法術のマルマー先生が」


「なるほどな」と納得するサムカである。

 〔蘇生〕〔復活〕や〔治療〕法術を行う法術神官にとっては、ゾンビを始めとするアンデッドは不浄極まりないモノである。彼らに言わせると『神への冒涜』だそうだ。そんなモノを作り出す授業を認めるはずがないのは、サムカにも容易に想像できた。


(まあ、教団信者どもにとっては、ウィザード魔法やソーサラー魔術ですら『神への冒涜』だそうだから、奴らに合わせる必要はないのだが)

 そして、校長の困惑した姿に少し同情する。

(管理職としては頭が痛いところだな。そもそも神官どもの神というのは、信者の信仰エネルギーを集めるための偶像装置でしかないだろうに。実際のウィザード魔法の契約者である魔神のように実在する者であれば、まだ私も納得するのだが……ただの看板イメージだからなあ)


 1メートル近い身長差があるので、片膝を校長室の床に落とすサムカ。初老の校長のうなだれた小さな肩に、白い手袋をした手を乗せて微笑んだ。

「さぞ、苦労された事と推察する。後は私に任せてくれ」


 予鈴が鳴った。次の授業を受けに教室へ向かう生徒たちの、賑やかな話し声と足音が校長室まで響いてくる。教室へ〔テレポート〕する前に、10秒間ほど寄り道をすることにしたサムカである。


 出現した場所は用務員室の前だった。先日の巨人ゾンビがせっせとゴミを焼却炉へ運んでいる姿を確認する。山吹色の瞳でじっとゾンビを見つめるサムカだったが「うむ」と、うなずいた。

(無事に安定起動しているな。直射日光を浴びても問題なしか。これであれば、500年ほど補修や調整なしで動くだろう。行動ログを見る限り誤作動や事故も起きていないようだ。むう……また地雷が発掘されれば良いのだが)


 そんなことを考えながら、再び〔テレポート〕しようとして、止めた。

(おっと。生徒たちが駆け回っている廊下に〔テレポート〕するのは良くないな。出現場所を校舎の入り口に変更するか)

 ふと、また視線を感じたので上空を見上げると、いつもの狐の精霊が5匹ウロウロ飛んでいるのが見えた。森から出てきて浮遊している残留思念を見つけては、バクバク食べている。

「どうやら、連中の餌場になってしまったようだ。結構集まってきているな」




【西校舎】

 校舎へ入ると、駆け回っている生徒たちがサムカの姿を見るなり、好奇心に目をキラキラさせながら群がってきた。狐族は尻尾をちぎれるばかりにブンブン振り回し、魚族はセマン風の人化が崩れて元の魚頭に戻り、竜族は尻尾を床に≪バンバン≫叩きつけながら大きな目をキョロキョロさせている。

「テシュブ先生! 今日はこれからゾンビ作りをなさるんですよねっ」

「用務員の巨人ゾンビさん、すっごい優しいの! お友たちが増えるんですかっ?」

「今回は3体も作るんですよねっ。何のゾンビにする予定なんですか」


 あっという間に生徒たちに囲まれて質問攻撃を受けるサムカである。予想以上に巨人ゾンビの用務員の評判が良いようで、内心驚く。

「人型のゾンビを3体作るつもりだ。生徒1人に1体を与えて、育てていく予定だよ」

 サムカが答えると、まとわりついている生徒たちが羨望の声を上げた。サムカが障壁の強度を大幅に下げたので、サムカの体に触れても何ともないようだ。


「ええー!? 何それ、面白そう」

「ああーっ、こんなことだったら、選択科目に入れておけば良かったっ」

「自分専用のゾンビですか!? すげええええ」

 みるみる大騒ぎになっていく生徒たちを山吹色の目を細めて見下ろしながら、サムカが階段を上り始めた。

「君たちは自身の授業に行きなさい。他の精霊魔法やウィザード魔法を学ぶことも重要だからね」


「悪鬼たいさーん!」

 怒号が階段の上から鳴り響いた。

 サムカが階段の下から見上げると、やはり法術先生のブヌア・マルマー神官が仁王立ちして待ち受けていた。余計な装飾が大量に施された豪勢な法衣をまとい、同じくらい不必要に装飾されている大きな杖を振り回している。

 その隣には純血主義者のリーパット主従と、多民族主義者のバントゥとその仲間たちが一緒に立って、サムカを見下ろしていた。


「アンデッドめ! 不浄極まりないゾンビを作り出す授業など、絶対に阻止してみせるぞっ」

 リーパットが開口一番、大声でサムカに叫ぶ。その横でバントゥも声を荒らげた。

「多民族共栄にはゾンビは含まれていないのです! 労働市場に不当な競争を持ち込みかねないゾンビを見過ごすことはできないのですよっ。ゾンビは報酬無しで、休憩もなく働くそうではありませんか。とんでもない事です! タカパ帝国に失業者を溢れさせるおつもりですかっ」

 今回は、この2派の利害が一致しているようだ。早くもサムカに杖を向けている。


 その姿を見るや、サムカにまとわりついていた生徒たちが慌てて逃げ散っていく。


 そして一切の迷いがない動きで、マルマー先生が杖をサムカに向けた。

「失せろ化け物め!」

 意外に美声な大音声で声高に叫んで、いきなり法術をぶっ放した。

 バントゥ党もソーサラー魔術の〔マジックミサイル〕や〔光線〕を、サムカに向けて撃ち込んできた。リーパット主従は何か制服のポケットから取り出して、それを肩に担いでサムカに向けて撃った。攻撃魔法が重なり合って、階段の空間が白く輝く。


 ……が、今回もサムカには何も通じなかった。魔法攻撃も幻のように消え去ってしまい、階段や廊下の天井も無傷で済んでいる。そして何事もなかったかのように、スタスタと階段を上ってくるサムカであった。若干ジト目になってはいるが。


「うをっ!?」

 ひるんで道をあける法術先生たち。彼の隣に浮かんでいる〔空中ディスプレー〕画面の中の神官たちも、驚愕の表情を隠しきれていない。しかし、やはり口だけは達者だ。

「な、なぜだ!? なぜ、今回も法術が効かないのだ」

「今回は、最新の〔退魔消滅〕の神聖法術だったのにっ」

「サムカ、貴様いったい何をした! まさか、そのだらしない古着に秘密があるのか!?」

 などなど……冷や汗を大量にかきながらサムカに食ってかかる。


 しかしサムカは無言で階段を上り終えて、教室へ向かう廊下を歩くばかりだ。

 それでもなお、ワーワーと騒ぎ立てる法術先生たちと、周りに浮かんでいる2つの〔空中ディスプレー〕の面々に、いい加減うんざりした様子になってきた。ついにはサムカがジト目のままで、黄色く光る横目で彼らを見据える。


「ひ」

 途端に、全員が短く叫んで腰砕けになってしまった。それでも、気丈に罵倒を続けている法術のマルマー先生である。


 サムカが大きくため息をついて、教室の扉に手をかけた。

「ブヌア・マルマー先生とその仲間よ。そろそろ本鈴だ。授業を先生が放棄するのは感心できないな。生徒たちが首を長くして待っているぞ。ここにいる君たちも遊んでいる場合ではなかろう。次の授業に向かいなさい」


 サムカの冷静な指摘に法術先生も戦意をくじかれてしまったようだ。地団駄を踏んで悔しがっている。そして、〔空中ディスプレー〕画面に映っている2名の別宗派の神官と一緒に、サムカを指さして非難し始めた。

「次こそは覚悟しておけ、このアンデッド!」

「言われなくても、分かっておるわい、このアンデッド!」

「教団の退魔部隊に苦情だわい、このアンデッド!」

「ばーか、ばーか」とカラスのように騒ぎ立てながら派手な法衣をひるがえし、転がるように階段を駆け下りていった。


「ほら、君たちも授業に向かいなさい」

 サムカが冷静な声と視線で、リーパット主従とバントゥ党を見据える。

「うぐぐ……おのれ、アンデッドめ。覚えていろよっ」

 リーパットが真っ先に、狐の尻尾を巻いて逃げ出した。無反動砲のような形状の魔法兵器を持っていたのだが、それを投げ捨てて行く。慌てて手下の狐族の生徒パランが、捨てられた魔法兵器を拾って小脇に抱えた。

「リーパットさまっ。この魔法兵器は高価なんですよおっ。軽々しく捨てないで下さいっ」

 そのまま、主人のリーパットを追いかけていった。(そう言えば、リーパットとパランは成績が芳しくなかったな)と思い出すサムカだ。魔力が低いので、魔法兵器を使用したのだろう。


 一方のバントゥは学業の成績が良い生徒であるようだ。ちょっとの間だが、その場に留まってサムカを睨みつけた。

「帝国上層部に圧力をかけてもらいますからね。覚悟していなさい、テシュブ先生。では」

 バントゥは極力冷静さを保ちながら、それでも速足で尻尾を丸めて去っていく。両耳の先も見事に丸まっているようだ。


 その仲間たちもサムカを睨みつけながら、バントゥの背中を追いかけて去って行った。

 セマン顔をかなり魚に戻した状態の魚族の2年生チューバや、ソーサラー魔術専門の3年生の竜族ラグも、悔しそうな表情でサムカに色々と暴言を吐きながら退却していった。

 他には、魔法工学の級長をしている3年生の狐族ベルディリや、竜族の男子生徒2人も党員の中で有力者のようだ。彼らもサムカを睨みつけてから捨て台詞を何か残して、足早に逃げ去っていった。


(どうやら、魔力の強さや学校の成績に比例して、滞在時間も伸びる傾向があるようだな)と思うサムカである。彼らの中では確か、魚族のチューバが最も成績が良かったはずだ。一緒に残っていたラグは、竜族の誇りが強いタイプなのだろう。狐族のベルディリや2人の竜族の男子生徒も、確か上位成績者だったと記憶している。

 どうやら、バントゥ党はリーパット党とは対照的に、成績優秀者で占められているらしい。


(それにしても……)とサムカが肩を軽くすくめた。

「まるで年端もいかぬ子供の負け惜しみだな。生徒は仕方がないとしても……あれで神官とは、彼の上司は気苦労が多そうだ」

 少々呆れた表情と声色でサムカがマルマー先生たちを見送り、返す視線で廊下の反対方向を向く。

「それで、同じセリフをもう一度私に言わせたいのかね?」


 そこには、クスクス笑っているエルフのカカクトゥア先生と、ノームのラワット先生、ドワーフのマライタ先生の3人が立ってサムカを待っていた。

 エルフ先生がまだ口を手でおさえながら、もう一方の手に持った簡易杖を軽く振る。

「ご心配なく。この時間は小テストにしていますよ、サムカ先生。しかしその姿はいったい何ですか。まるで、用務員か庭師のバイトのようですよ。しかも金欠の」


 ノーム先生が大きな三角帽子を少し後ろにずらして、サムカを見上げてきた。好奇心で小豆色の目をキラキラさせている。

「野良仕事中に〔召喚〕されたのかね? それはさておき、我々もゾンビ作成を見たくてね。実は見たことがないんだよ。ぜひ後学のために見学を許して欲しいのだが、どうかね?」


 ドワーフのマライタ先生は下駄のような大きい白い歯を並べて笑いながら、箒と杖のキットを取り出してサムカに見せた。

「機能的にはその古着でも十分だろう。問題ない。さて、お約束のブツだ。15分ほど都合してくれ。ワシは魔術にはあまり興味はないんだが、人工生命体を加工するという面では、知識を増やす良い機会かもしれねえな」


 マライタ先生からキットが入った箱を2つ受け取りながら、サムカが意外そうな顔をした。

「ん? マライタ先生は今回使用するのが人工生命体だと、既に知っていたのかね? 思ったよりも口が軽い校長だな」


 マライタ先生がニヤリと笑う。顔を覆う赤いモジャモジャヒゲが口元の動きに同調している。

「シーカ校長は知らないよ。ドワーフは魔法を信用しないからな。盗聴器や測定器を学校中に仕掛けているんだよ。それで知った。テシュブ先生も、ドワーフ製の機械や道具を購入するときは用心した方がいいぜ。ほとんど全てに仕込まれているからな」

 サムカが山吹色の瞳を少し濁らせて後頭部をかいた。ある程度は知っているようだが、ドワーフに面と向かって言われると、何か思うところがあるのだろう。

「貴重な情報に感謝するよ。仕方がないな。では、先生方も見学していただこうか」




【西校舎2階のサムカの教室】

 同時に授業開始の本鈴が鳴った。サムカが教室の扉を開けると、中にはペルとレブン、ジャディが若干興奮気味でサムカを待ち受けていた。古着姿のサムカを見て少々がっかりした様子を見せたが、それでもすぐにテンションの高い状態に戻る。


「こんにちは! テシュブ先生っ」

 ペル狐が黒毛交じりの尻尾をブンブン振って出迎える。その横で、かなり顔が崩れて黒マグロの頭になっているレブンが、魚のままの大きな口を開けていた。

「テシュブ先生……あ、ええと、教科書と参考書のゾンビ関連の部分は丸暗記してきました。準備万端です」


 ジャディは相変わらずのタンクトップシャツに半ズボンで裸足の姿だ。羽毛はほぼ完全に元通りに戻っていて、鳶色の背中の羽と、その先端の黒い風切り羽も完全復活している。制服姿ではないので、ある意味ではサムカと似たようなラフな服装だ。なので、サムカの古着姿にも動揺していなかった。

「殿おおおおおおおっ! 久しぶりっス! 待ちわびて羽が抜けそうっス!」

 一際声の大きなジャディが、背中の翼を「バッサバッサ」と羽ばたかせた。同時に、尾翼をパタパタとうちわのように動かす。そして、やはり机やイスやらを数個吹き飛ばして、サムカの足元に飛び込んできた。


 足に抱きついて早くも号泣しているジャディの羽毛に覆われた肩を、「ポンポン」と叩きながら、サムカが生徒たちに顔を向けた。

「うむ。皆、元気そうで何よりだな。今日は先生方も見学にいらしている。気品ある行動をとるようにな」

 そう言って、ジャディを見下ろす。ジャディが慌てて生徒席に飛んで戻っていった。


 サムカがジャディを見送って、そのついでに席の1つに顔を向けた。

「さて……セマンの先生がなぜか教室に居るのだが、説明してくれるかな? 占道術のティンギ先生」

 ちゃっかりと何気ない顔で生徒たちに交じって席についている。そのセマンのティンギ先生が、口をもぐもぐさせながら答えた。

「私のクラスも今日は小テストだよ。面白そうな事には目がなくてね。ちょっと、のぞかせてもらうよ」

 また何か食べているようである。そのふてぶてしさに感心するサムカだ。

「まあ、追い出しても忍び込んで来るのは分かっているよ。くれぐれも、ちょっかいは出さないでもらおう。生徒たちのための授業だからな」


 そうして、教壇の横に置かれている3個の袋を確認した。全て袋が一部開けられて、頭が露出している。確かに医療用の人工生命体のようだ。見事なハゲ頭で、眉毛もなく、血の気も全くなく、皮膚が萎れて、しわくちゃのミイラみたいな状態だ。血液が入っていないので当然である。大きさはエルフ先生ほどになるだろうか。もちろん、生徒たちよりも大きい。


 山吹色の目でそれらをじっと見て、状態を確認するサムカ。

「ふむ。私もこのような人工生命体を扱うのは初めてだが、〔ゾンビ化〕しても問題なさそうだな」

 そして、ふとエルフ先生を見る。

「この魔法高校にもウィザード魔法使いで、招造術を担当しているナジス先生がいるね。彼はこのような人工生命体を作ることはできないのかね?」


 問われたエルフ先生も、肩をすくめるばかりだ。

「さあ……できると思いますよ。ですがウィザードの先生たちは、精霊魔法には興味がありませんからね。単に今日の授業のことを知らないだけだと思いますよ」

 サムカが錆色の短髪をかきながら、小さくため息をついた。

「一応この死霊術は、ウィザード魔法の1つに分類されているのだがね。まあ、馴染みがない魔法であるのは確かだろうな。そういえば、以前に私の城へ攻め込んで来たウィザード部隊の死霊術使いも、使い物になっていなかったな」


 そう言って、サムカが生徒たちの方へ藍白色の白い顔を向けた。錆色の前髪の先が揺れる。

「ゾンビ作成の前に、宿題の出来を披露してもらおうか。自力で、できるようになったかね?」


「当然でさあああああっ! 殿おおおおおっ」

 自身が座っていた席を吹き飛ばして、ジャディが飛び上がった。机がペルの座っている席へ、吹っ飛ばされていく。が、ペルが簡易杖を一振りすると風の精霊魔法が発動して、飛んできた机を弾き返した。レブンに飛んでいったイスも同様に、レブンが発動した風の精霊魔法で弾き飛ばされる。


 何事も起きなかったかのように、にっこりと微笑むペルと、小麦色のセマン顔でキメ顔をするレブンである。 

 耳を押さえていないところを見ると、ジャディの大声もかなり〔遮断〕できているようだ。


 マライタ先生が愉快そうにニヤニヤしながら、丸太のように太い腕を胸元で組んだ。

「こりゃあ、机とイスがいくつあっても足らねえな、オイ」


 サムカが同意する。そして古着に暗い赤土色のマントを羽織った姿で、教壇の引き出しから3つの小さな手鏡を取り出した。自身にまとわりついていた残留思念をつまみ上げる。

「先ほどまで、アンデッドのセリ会場にいたのでね。残留思念がいくつか服についている。ちょうど良いので、これを使うか」

 3つ、無造作にマントの中を探ってつまみ上げた。既に黒い雲状態で、雷が内部を走っている。


 それをサムカがつまんだままで魔力を送ると、黒雲が竜巻のように変化して内部の雷も激しくなった。

「前回はゾンビ程度の出力だったが、これはもう一つ上の出力だ。私の城で使っている一般兵並みだな。これを前回と同様に、この手鏡に封じてゴーストにしてみよう。これを見事、滅することができるかな?」


 生徒たちの表情が真剣なものに変わる。エルフ先生とノーム先生も真剣な表情になった。彼らは機動警察の出身なので、サムカが持っている残留思念の危険さが直感で理解できているのだろう。

 サムカが無造作に3つの残留思念を3つの手鏡に封じる。一瞬、教室の気温が元に戻り、明るくなったと思った次の瞬間。サムカがこれまた無造作に術式を発動させた。一気に教室内が暗くなり、気温が1度ほど低下する。


 そして3つの手鏡の中から、凶悪な人相のゴーストが湧き出した。前回の獣タイプよりは大人しそうに見えるが、エルフ先生とノーム先生が戦慄している。


 たまらず、エルフ先生が簡易杖を差し出して、ゴースト群に向けた。腰まで真っ直ぐに伸びている金髪が十数本ほど四方八方へはねていて、毛先から静電気の火花が散っている。

「ちょ、ちょっと、サムカ先生! これって、ゴーストなんかじゃなくて、もっと危険なスピリットじゃないですか! こんなモノに襲われたら死んでしまいますよっ」


 ノーム先生も簡易杖を差し出して警戒している。大真面目な表情で、緊張の為か銀色の口ヒゲの先がプルプル震えているようだ。

「確かに、これはスピリットだな。コイツが触れると、僕たちは仮死状態にされてしまう。法術の世話になる事になりますぞ」


 しかし、当のサムカは平然としている。

「では、まずジャディ君。コイツを滅してみなさい」

「話をきけー!」とエルフとノームが抗議するが、サムカは無視して1体のスピリットをジャディに向けて解き放った。

「キアアアアアアアッ!」

 心臓が凍りつくような叫び声を上げて、ものすごい速度でスピリットがジャディに飛びかかっていく。半分パニック気味に陥るエルフ先生とノーム先生。

「ちょ、ちょっと待ちなさ……」

「うわ、こいつは速いなっ」

 あまりの速さに、両先生が杖を正確に向ける事ができない。標的を〔ロックオン〕しないと、この狭い教室の中では攻撃魔法の使用はかなり危険なためだ。流れ弾がどこに当たるか分かったものではない。

 衝撃波に似た魔法場の塊がスピリットから発散されて、それがジャディの手前にある机やイスを侵食して、砂のように粉砕していく。


 ジャディがニヤリと笑った。凶悪な悪人顔になり、琥珀色の瞳がギラリと輝く。

「うるせえよ、この不細工」

 何かが鋭く噴き出す音が教室に鳴り響いた。何も無い空間が、矢のようにジャディから放たれる。


 次の瞬間。高速で襲いかかってきているスピリットの半透明の体が、無数の穴だらけにされた。

 なおもスピリットは襲いかかろうとするが、風の矢に押されてジャディに近づけない。反対に、徐々に後ろへ押されていきながら、さらに穴だらけにされていく。

 局所的だか暴風のような轟音と風切り音が、教室の中に鳴り響いている。超音波も含まれているようで、〔遮音〕できなかったノーム先生とマライタ先生が両耳を塞いだ。


 ジャディは風と闇の精霊魔法を同時使用しているようだ。その威力は相当なものであるようで、スピリットを貫通して、さらに後ろの黒板までも粉砕していく。 

 しかも、一度開けられた穴は塞がらず、反対にスピリットの幽体を〔侵食〕して穴を広げている。闇の精霊魔法の効果だ。

 巻き添えにならないように、サムカがヒョイと立ち位置を移動した。黒板型ディスプレー画面が容赦なく穴だらけにされて砕けていくが、無視している。


 ものの2、3秒間の出来事だったが、穴だらけにされて体を維持できなくなったスピリットが、絶叫をあげて消滅した。ジャディが大きく広げた背中の鳶色の翼を折り畳んで、攻撃魔法を終了する。教室の中で鳴り響いていた風切音がパタリと止んだ。

「へっ。最期まで騒がしいヤツ」

 ジャディは席に座ったままで、スピリットがいた空間にセリフを吐き捨てた。タンクトップの作業服のような衣服が、パンパンに膨れ上がった状態から元に戻る。 

 赤黒い赤褐色の鳶色の羽毛で覆われた体には汗をかいた様子も見られず、息も全く乱れていない。


 呆気にとられて見ているエルフ先生とノーム先生である。マライタ先生はそんなことには興味がないようで、先ほどから医療用の人工生命体を触っては首をひねっている。ティンギ先生は、ニヤニヤして生徒たちを見守っているだけだ。


 サムカがジャディの手際を見て、満足そうにうなずいた。

「うむ、よくできた。しっかりとゴーストを滅したな。合格だ」

 それを聞いて、ジャディが雄叫びを上げて舞い上がった。

「やった、やったああああ! 殿に褒められたああああああっ」

 机とイスが吹き飛ばされていく。同時にペルとレブンが発動させた風の精霊魔法が、ジャディによって吹き飛ばされた机とイスを、ハエ叩きでもしたかのように床に叩きつけた。

 盛大な破壊音を立てて、机とイスが床から跳ね上がってバウンドする。木の破片もいくつか舞い上がり、かなりうるさい。


 そのまま窓ガラスを風圧で吹き壊して、ジャディが校舎の外に飛び出して運動場の上空を旋回し始めた。

 サムカが指向性の会話魔法を使用して、上空を乱舞しているジャディに告げる。

「その魔法はアンデッドに限らず、生物や黒板のような無機物にも有効だ。最終的に、全方位一斉発動ができるように精進しなさい。これは、時間がかかるから、無理はするなよ。そうだな、1ヶ月間を期限としよう」


「了解っス! うおおおおっやるぞう、オレはやるぞおおおおおっ」

 エルフ先生の舎弟となっている飛族と、首と尾が長いオオワシの群れ100羽を相手に、ジャディが単騎で空中戦を始めだした。エルフ先生が教えたのだろうか、100羽の方は〔レーザー光線〕のような光の精霊魔法をジャディに向けて乱射している。罵声も相当なものだ。

 校舎上空をうろついていた5匹の狐の精霊たちが、慌てて森のほうへ飛んで逃げていった。


 狐の精霊たちの様子を見て、少し首をかしげるサムカである。

「魔力では明らかに勝っているのに、逃げてしまったか。相当に用心深いのだな」

 そして、窓の外に向けていた視線をレブンに向けるサムカ。ジャディたちの空中戦は無視するようである。〔レーザー光線〕が、森や校舎にも容赦なく流れ弾として飛んで来ている。しかし、かなり強力な〔防御障壁〕が機能しているようで全て無効化されてしまい、校舎や森には被害は出ていない。


 念のためにサムカが姿を隠している使い魔に、この教室を守るように重ねて〔念話〕で命じた。それを済ませてから、レブンに視線を向ける。

「では、次はレブン君だな。いいかね?」

「はい!」

 レブンがセマン族の顔のままで答えた。緊張しているが、相当な自信があるように伺える。


 その表情を確認したサムカが、2つ目の手鏡から湧き出ているスピリットをレブンに向けて開放した。再び、心臓が締めつけられるような悲鳴に似た絶叫を上げたスピリットが、目にも留まらない速度でレブンに襲いかかっていく。再び冷や汗をかくエルフ先生とノーム先生。今回も簡易杖で〔ロックオン〕できなかった。


 しかしレブンは微動だにせず、死霊術と風の精霊魔法を同時に発動させた。高速で動いていたスピリットが、時間が止まったかと錯覚するほどピタリと停止した。そのまま風に包まれて、あっけなく消滅していく。先ほどのジャディの時のように断末魔の絶叫すら聞こえない。


 スピリットが跡形もなく消滅したのを確認して、レブンが旋風のようになっていた風の精霊も消滅させた。ジャディと違い、教室を破壊する事態には至っていないようだ。彼も汗一つかいておらず、息も乱れていない。


 そしてセマン顔のままで、サムカに明るい深緑色の瞳を向けた。ちょっとドヤ顔になっている。

「どうでしょうか、テシュブ先生」

 サムカが満足そうに頬を緩めてうなずいた。

「うむ、よくできた。合格だ。死霊術場の使い方がうまくなったな。次は、これを複数同時に行えるように訓練してみなさい。そうだな、1度に100のゴーストを〔停止〕して〔滅する〕ことができるようになるのが目標だな。1ヶ月後までにできれば合格だ」

 レブンが席を立って、膝を軽く曲げて頭を下げる。サムカの騎士シチイガの所作を真似たのだろう。

「はい。テシュブ先生」


 それを聞いていたエルフ先生が、空色の目を点にして驚いている。

「スピリットの〔浄化〕を1度に100体!? エルフ世界の機動警察部隊でも素手では無理な規模ですよ。そんなことが学生にできるのですか?」

 ノーム先生もエルフ先生の懸念に同意しているが、サムカは至って平然としている。

「今の彼の力ではギリギリ不可能な技だな。しかし、この先1ヶ月間で基礎の顕在魔力を訓練して高めれば可能だ。ただ、その先は、彼の魔力のバランスを取りながら育てていかねばならんから、歩みは遅くなるだろうがね」

 それを聞いてレブンが少しうなだれた。深緑色の明るい瞳が曇っていく。

「僕の魔力は、その辺りが限界なのでしょうか」


 サムカが山吹色の瞳のまま微笑んで、白い手袋に包まれた右手を優雅に振った。

「魔力は、伸びる時と、そうでない時が交互に訪れるものだ。魔力だけが大きくなると、体や精神が耐え切れなくなるのだよ。精神や身体に異常が出たり、昏睡状態に陥ったり、時には死に至ることもある。だから、バランスを考えて、ゆっくりと魔力を育てていく必要があるのだ」

 口調が明るくなる。

「ジャディ君もそうだがレブン君も、今現在の魔力と各種魔法だけで、充分にこの世界の機動警察官になれるだろう。悲観することはないと思うがね」


 それにはエルフ先生とノーム先生とが同意してくれた。

「そうね。あの魔法だけで、充分に最前線の特別救助隊や要人警護部隊に採用されるわね。その後で1年間くらい専門訓練を積めば、準隊員になれるかも。でもエルフ世界では、アンデッドが出現する事件そのものが少ないから、正隊員になっても結構暇かもしれないけどね」


 エルフ先生の横では、ノーム先生が銀色のあごヒゲを手袋をした左手で撫でている。

「年齢が若すぎるから、ノーム世界では少し厳しいかもな。大地の精霊魔法を使いこなすことが第一条件だしな。それでも魔法世界でなら、いくらでも就職先が見つかるだろうよ」


 それを聞いて、レブンの士気が再び上がったようである。瞳に宿る光に力強さが復活してきた。

「分かりました。焦らずじっくりと魔力を育てることにします」


 サムカがレブンの決意を聞いてうなずき、最後に控えるペルに藍白色の白い顔を向けた。ペルもかなり緊張している様子だが、自信があるのが伺える。

 それを山吹色の瞳で確認したサムカが、最後の手鏡から湧き出ているスピリットをペルに向けた。

「では、いいかね? ペルさん」

「はいっ」

 ペルが鼻先の極細ヒゲと黒毛交じりの両耳をピンと立てて、力強く首を縦に振ってうなずいた。


 その時、教室の後ろの扉を盛大に開け放して、ミンタが教室へ飛び込んできた。扉が壁にぶち当たって、破壊音が鳴り渡る。

「カカクトゥア先生! 小テスト終わりましたあっ」

 授業が始まって、まだ数分である。さすが全学年トップの成績の持ち主だ。教室の後ろの扉は魔法で『鍵』がかけられていて、サムカが持っている『鍵』を使わないと開けられない仕様だったはずだったのだが。さらに、サムカの使い魔によっても、扉に別の『鍵』がかけられていたはずなのだが。驚くサムカだ。

 ドヤ顔のミンタの前には無意味だったのだろう。フワフワな毛皮に小さな巻き毛のアクセントがある、黄金色の縞が頭に2本光る狐の子は、ミンタ以外にはありえない。


 その突然の乱入に、サムカの視線と意識がペルからミンタに向けられてしまった。

(しまった)

 サムカが内心で慌てる。


 スピリットの攻撃目標が、ペルからミンタへ変わってしまった。

 サムカが意識と視線をミンタから逸らし、ペルへ向かうように再設定しようとする。が、スピリットが複数命令を受けて暴走してしまった。サムカの命令を受け付けないまま、ミンタへ飛びかかろうと飛び出していく。

 その瞬間。

 スピリットの半透明の幽体が泡のように弾けて〔消去〕された。最初の絶叫すら上げる間もなく、手鏡の上から動き出した瞬間のことだった。


 まるで手鏡が故障して、スピリットが消えてしまったかのような印象すら与える。そんな電光石火の早技を仕掛けたのは、サムカの前でちょこんと席に座っているペルであった。彼女も汗一つかいていない。


 先ほどからエルフ先生とノーム先生が、驚愕の表情をしたままだったが、今回はサムカも加わることになった。


 何も知らないミンタが駆け寄ってきて、ペルに抱きついて何をしていたのか聞いている。サムカがペルの顔や目をじっと見ているので、恥ずかしくなったペルが両耳を前に伏せた。さらに、黒毛交じりの尻尾を体の前に持ってきて、両手で尻尾を抱いて顔を伏せてしまった。

 それに気がついたミンタが、猫のように毛を逆立ててサムカを睨みつける。


 そんなことには構わずに、ペルの状態を確認したサムカが腕を組んで唸った。

「むう……これは予想以上だな。このスピードでの技ができるのは、まさに『騎士見習い』だ。しかも、まだ魔力の伸び代が残っている。先が楽しみではあるが、同時に他の魔法とのバランスが崩れやすくなるな」


 そして、今度はミンタをじっと見つめた。ミンタのフワフワな毛皮がさらに逆立ってくる。エルフ先生が苦笑してミンタをなだめた。

「こらこら、ミンタさん。アンデッドとはいえ、先生に攻撃しちゃいけませんよ」


 それを聞いて、ミンタの巻き毛混じりの逆立ち毛皮が渋々ながらも収まってきた。本当に光の精霊魔法でもぶっ放すつもりでいたようだ。

「ちぇ。命拾いしたわね、アンタ」


 毒づくミンタには構わずサムカがミンタの状態を確認し終わり、ペルとミンタを交互に見た。サムカはまだ少し興奮気味の瞳の色である。

「ペルさん。このミンタさんに魔法を教えてもらいなさい。ミンタさんはペルさんから闇の精霊魔法と死霊術を学ぶと良いだろう。魔法適性はないが……君ならば迂回路を使って、ある程度は使えるようになるはずだ」

 諭すような口調になる。

「それとペルさんは、体をもっと鍛えることだ。そうすることで、魔力と体、精神のバランスが保てるようになるだろう。そのバランスがとれるまでは、闇の精霊魔法の使用を制限する。いいね?」


 使用制限と聞いて、かなりショックを受けているペルである。見事に両耳が前に伏せ倒れてしまい、顔の細いヒゲも全部垂れ下がってしまった。


 それを見て、サムカが錆色の短髪をかいた。

「少し、きつく言い過ぎたか。しかし……」

 手袋を外して、素手でペルのフワフワ毛皮の頭をなでた。

「キャン」

 ペルが小さく叫んで、たちまち全身に電撃が走ったかのように体じゅうの毛皮と尻尾を逆立たせた。制服にも静電気が走って、火花があちこちで散った。先生たちや生徒も揃って、驚いた顔をしてサムカを見つめている。


 サムカが再び錆色の短髪をかいた。また少しやり過ぎたようだ。

「分かったかな? 闇の精霊魔法の魔力が強すぎるようになると、このように体が耐え切れなくなるのだよ。レブン君にも言ったが、バランスを維持することが何よりも重要だ。そうすることで、君の闇の精霊魔法の魔力をもっと大きく育てることができるようになる。世の中のために使いたい、なりたいのだろう? だったら、今は我慢して訓練に励むことだ、いいね?」


 涙目になっていたペルだったが、サムカの言葉に深くうなずいた。

「分かりました、テシュブ先生。我慢して、他の魔法を勉強します」


 よく分からない様子だったミンタだったが、〔読心〕魔術を使ってペルの状態を理解したようだ。一転してペルを強く抱きしめて、ニッコリと笑った。

「任せてよ、ペルちゃん。バシバシ鍛えてあげるわっ」

 全校1位の『バシバシ鍛える発言』に、早くも目を白黒させているペルであったが、可愛らしくミンタにうなずく。

「うん。よろしくお願いね。ミンタちゃん」


 サムカとエルフ先生が目を交わして互いに微笑んだ。次に、サムカが袋からハゲ頭を出している3体の人工生命体に視線を投げて、生徒たちに告げた。

「宿題の評価は皆、合格だな。では、今日の授業に入ろう」




【ゾンビの作り方 その1】

 ようやく授業に入ると分かり、ほっとした表情になるエルフ先生。簡易杖を機動警察官の制服の腰ベルトのホルダーに納める。何気にいつもベルトからぶらさげている、草で編んだ若草色の小さなポーチが揺れた。

 ノーム先生は普通のスーツ姿だが、彼も腰ベルトのホルダーに簡易杖を戻して、エルフ先生と同じような表情になった。巨大な三角帽子は今は脱いでいるが、足先が丸まった特有のブーツを履いているので一目でノームだと分かる。


 しかし、先ほどまで人工生命体を触っていたドワーフのマライタ先生は、渋い顔をしてサムカに視線を移した。

「残念だが、コイツは不良品だな。校長め、まんまと業者に足元を見られたようだ」

「ほれ」と、校長が業者と取り交わした見積もり書と仕様書のコピーを、手元に出現させた空中ディスプレーに表示して見せた。どこまで監視しているのだろうか。


「見積もり額は最新型の相場価格帯だが、仕様書を見ると10世代前の能力だ。見事にボラれたな。多分、古すぎて倉庫の隅で埃を被っていたヤツをつかまされたんだろう。見たところでは、3万年くらい前の型式かな」

 それを聞いて、セマンのティンギ先生を除いた全員が落胆のため息をついた。サムカがさすがにイライラした口調になる。

「全く、最近の魔法世界は世知辛いな。セリ市場に出てくる死体や素体も、品質が悪いものばかりだし。この人工生命体も例外ではなかったか」


 そう言って、改めてじっくりと3体の人工生命体を観察するサムカである。

「ん? かなり性能が良いぞ。そこらの死体よりも活きが良いし、闇の精霊魔法や死霊術場の蓄積もそこそこある。本当に10世代前の型なのかね?」


 首をかしげるサムカに、種明かしを先に見破られたマライタ先生が悔しがった。

 赤ら顔を覆う癖のある煉瓦色の赤髪と一体化した、口ヒゲとあごヒゲの先が、ピョンピョンと不規則なリズムで踊った。丸太のように太い腕と足もジタバタしている。

「くは。見抜くのが早すぎるよ、テシュブ先生。先ほどの宿題発表会の間に、ワシがチョチョッと手を加えたんだよ。ちょうど手持ちに有機ナノマシンの詰め合わせがあったんだ。で、適当に最新型相当にまで改造しておいた」


 ニヤニヤしているセマンのティンギ先生と、一緒になってニヤニヤするドワーフのマライタ先生である。

 サムカが肩をすくめて固めの笑みを口元に浮かべながら、窓際まで歩いていく。表面が盛大に剥げている革のブーツが、湿ったような足音を立てた。遮音強化の〔防御障壁〕を調節し直すサムカ。

「まったく……ドワーフ族の冗談は性質が悪いな。確かに、最初に見た時の印象とは完全に別物になっているよ。さて……」

 まだ空中戦を繰り広げているジャディを、窓から手を挙げて呼び寄せる。


 1対100だったのだが、ジャディが優勢のようだ。既に20羽ほどが撃ち落されて、運動場で地団駄を踏んでいるのが見えた。ジャディが闇の精霊魔法を使ったのだろう、その20羽は、見事に羽毛が消し飛ばされて調理前のピンク色の鶏状態になっている。


「ジャディ君。そろそろゾンビ作成の授業を始めるから、教室へ戻ってきなさい」

「了解っス! 殿おおおおおっ。お前ら邪魔だ! オレは授業に戻るぜっ」

 ジャディがそう言った瞬間、先ほどの宿題発表会で見せた技をためらいもなく発動した。まだ一方向だけの攻撃しかできないが、それでも自動追尾機能が風の精霊についているようだ。


 ものの10秒余りの連射で、残りの80羽の羽を全てむしり飛ばしてピンク色の鳥肌にし、容赦なく撃墜してしまった。空中に飛び散る羽毛で、花が咲いたように見える。


 それを山吹色の目を細めて見上げ『戦果』を確認したサムカが、視線を教室の中に戻した。それに一拍遅れてジャディが、旋風を身にまといながら教室内へ飛び込んでくる。

 既に窓ガラスが全て砕けていて窓枠だけになっているのだが、その窓枠も砕けていく。さらに、盛大に机とイスを吹き飛ばしながら、シレッとした顔で席に戻った。

 再びペルとレブンが杖を振って、舞い上がった机とイスを床に叩き落す。当たり前のような顔でペルの隣に座っていたミンタも、机とイスの叩き落しに面白がって協力している。


 床にバウンドして割れて壊れ始めている机とイスを、マライタ先生がジト目で見ている。そして、その丸太のような腕でこれまた容赦なく叩きながら、ジャディとサムカに告げた。

「なあ。次からは机とイスは不要だろ。作る側のことも少しは考えろ」

 ジャディは鳥がするように首をクリクリ回して、我関せずの態度をしたままだ。


 代わりに、サムカが錆色の短髪をかきながら不敵な笑みを浮かべた。

「そうだな。次からは、この程度では壊れない机とイスを、4組だけ所望することにしよう」

 マライタ先生がニヤリと笑った。顔を覆っているモジャモジャ巻いた赤ヒゲの、あちこちが跳ねてきている。

「言いやがったな。分かった、生徒の背丈と体格にぴったりのヤツを次回までに用意しておいてやるよ。覚えとけ」

 サムカが鷹揚にうなずいた。

「覚えておこう。期待しているよ」


 エルフ先生とノーム先生は〔防御障壁〕を展開していたので問題なかった。一方のティンギ先生だけは〔防御障壁〕も魔法も何も使っていないのに、無傷で平然と自分の席に座っている。彼の周囲だけがまるで別世界のようだ。


 それを見てミンタが羨望のため息をついた。

「占道術は学び終わったけれど、あそこまでの〔運〕はさすがにまだないわね。ティンギ先生、その程度までの〔運〕を身につけられるまで、あとどのくらい勉強すれば良いですか?」


 ティンギ先生がまたもや何かのお菓子を口に入れて、モグモグしながらミンタの質問に答える。

「そうだねえ。基礎は完璧だから、後は経験をどんどん積むことかな。占道術で契約している魔神は、面白いことが大好きだからね。どんどん色んな揉め事や事件に首を突っ込むと、効率よく魔神の〔加護〕を受けることができるようになるよ」


(道理で、騒ぎが起きるたびにヒョイヒョイやってくるわけだ)サムカが腕組みをしてジト目になった。

「なるほど。危険な場所ほど、魔神の〔加護〕を得られるという仕組みか。いくら追い払っても、懲りずに城へ侵入してくるのはそういうことかね。全く……文字通り体を張った芸なのだな」

 エルフ先生も納得した様子である。

「だからエルフの世界でも、厳しい場所ばかりを探検しているのね。密入国して、勝手に冒険して遭難するから、警察も手を焼いているのですよ」


 ミンタがそれを聞いて、ティンギ先生を栗色のジト目で見据えた。

「碌な事してないなー。自動発動の〔治療〕や〔蘇生〕法術は修めているから、死んでも自動で〔蘇生〕できるからいいけど、迷惑かけないと上達しないってのは嫌だわ」


 しかしティンギ先生は黒い青墨色の目でニヤニヤしながら、ミンタにダメ出しをした。

「それじゃあダメだよ。私を見てごらん。〔防御障壁〕も〔治療〕法術も使っていないだろ。このくらい体を張らないと、魔神殿は面白がってくれないんだよ。一歩間違ったら即死みたいな崖っぷちでサバイバル芸をしないと、目の肥えた魔神殿には受けないんだな、これが」


 ノーム先生が呆れた表情でツッコミを入れた。

「だから、君たちセマンの平均寿命は短いんだよ。芸に命をかけすぎだ」


 ペルが思わず涙目になりながら、隣に座っているミンタに抱きついた。

「お願いだから、無茶はしないでね、ミンタちゃん」

 ミンタも同意見のようで、ため息をつきながらペルに微笑んでうなずいた。

「そうね。そんな下らない一発芸のために命を賭けるなんて、ありえないわ。占道術は、ほどほどに勉強しておこっと」


 しかし、サムカは少し意見が異なるようである。短く切りそろえた錆色の髪を、無造作に手袋をしたままの手でかく。

「いや、ミンタさん。占道術というのは本当に侮れない魔法なのだよ。未来〔予知〕から未来の危険回避までやってしまうからね。我々が考えていることや、行動、さらには、我々が将来考えつくことや、その行動まで〔予知〕してしまうのだよ。罠や仕掛けもなぜか〔運〕が強いと発動しなかったりするものだから、本当に始末が悪いのだ」


 エルフ先生も目を閉じて、何度かうなずきながら同意する。

「そうですね。現地作成のクローン体だという事情もあると思いますが、本人も恐らくは積極的に来ているんでしょうね。遭難したセマンを確保しても、留置所から平気で脱走して居なくなってしまいますからね。魔法具で拘束していても無駄なんですよ。おかげで満足に調書も書けない有様で……」


 それを聞いて、ミンタの栗色の目に興味の輝きが灯ってしまったようだ。

「そうなんだ。だったら真面目に勉強してみようかな」

 ペルが涙目になったままでミンタに抗議する。

「も~、死んじゃうかもしれないんだよっ。危なすぎるよう、ミンタちゃん!」


 ミンタはもう、そんなことでは止まらなくなったようだ。ペルを真正面から見つめながら、自信満々の笑顔で答える。頭にある2本の金色の縞が輝いて見え、口元や鼻先の細いヒゲがピンと張って上を向く。

「だーいじょうぶよ! 自動発動の〔蘇生〕法術は無効化しないからっ。ティンギ先生みたいに、危ない人にはならないわよ」


 ティンギ先生もまんざらではない様子で、ミンタの無礼な言い分を聞いている。

「それも結構、結構。占道術の魔神殿も器量が狭い方ではないからね。今後の大冒険に期待しているよ」

 サムカが新たな冒険者の誕生に、微妙な表情で微笑みながら教壇についた。

「さて、それでは本題に入るとするか」


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