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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
123/124

122話

【墓次郎 激おこ】

 サムカがさりげなくエルフ狐先生の前に立ちはだかって、呆れたような表情で錆色の短髪頭を軍手でかいた。

「出たな、黒幕。残念だが、オメテクト王国連合軍のカルト派軍団は片付けたよ。『化け狐』も来ない」

 エルフ狐先生が無言のままで、ライフル杖の底部から使用済みのエネルギー錠剤を排出し、流れるような手つきで新たに充填している。


 そのような2人を、やや見下したような表情で悠々と眺める墓次郎だ。

「まだ、切り札は取ってありますよ。ご心配なく」

 サムカが山吹色の瞳をやや辛子色に変えて、両手を腰ベルトに当てた。今は刀剣類を一切装備していないので丸腰だ。

「墓所が直々に動くと、君たちの存在が明るみになるぞ。現に今もクーナ先生が生中継で、映像や観測情報をエルフ世界へ送信中だ」

 しかし、エルフ狐先生がサムカの背中に自嘲気味に声をかけてきた。

「サムカ先生……残念ですが、送信を阻害されています。撮影と観測は私が続けていますが、その送信ができない状況ですね」


 墓次郎がニヤリと微笑んだ。顔が若干垂れた中年オヤジ顔なので、かなり不快な表情になっている。

「そういう事です。後は、君たち2人を〔ロスト〕して、最初から存在しなかった事にすれば良いだけですよ。そして、騒々しいタカパ帝国を大陸ごと消滅してしまえば、我々の安眠が保証されるという訳です。エルフの特殊部隊の位置も把握していますよ。貴方たちを始末すれば、後は、妖精の暴走による天変地異が起きた事にすれば済む話なんです」


 そう言って低く笑いながら、墓次郎が指を「パチン」と鳴らした。

 彼の背後の地面が爆発し、衝撃波と共に土煙が盛大に立ち昇る。小石や土砂が容赦なくサムカとエルフ狐先生に降りかかるが、これは難なく〔防御障壁〕で防ぐ2人。

 サムカの〔防御障壁〕は暗く陰り、エルフ狐先生の〔防御障壁〕は明るく輝いて対照的に見える。ちなみに、サムカは消滅、エルフ狐先生は光への強制〔変換〕となっている〔攻性障壁〕だ。


 周囲を土煙が立ち込め、墓次郎の姿も数秒間ほど見えにくくなったのだが……突如全ての土煙が消滅して視界が回復した。同時に、周囲の地面が厚さ2メートルほど消滅する。


 墓次郎がニヤニヤ笑いながらも感心したような口調になった。

「……ほう、私の〔ロスト〕攻撃を耐えましたか。墓さんの〔加護〕はさすがですね。特殊部隊は始末しましたので、ここに残っているのは、もう貴方たちだけですよ」


 今はサムカとエルフ狐先生が移動していて、同じ〔防御障壁〕の中に身を置いていた。光と闇の二重〔防御障壁〕である。

 サムカが左の軍手をエルフ狐先生の肩に回して、引き寄せている。当然ながら対立する魔法場なので、サムカの軍手から白い煙が噴き出しているが。


 自身の左手が灰になっていくのを無視してエルフ狐先生を引き寄せながら、サムカが不敵な笑みを墓次郎に向けた。

「妖精やリッチーの〔加護〕も受けているよ。隠し玉で巨人の〔加護〕もだな。さて、どうするかね? 〔ロスト〕は効かぬぞ」


 サムカの左手が軍手ごと灰になって崩れ落ちた。それでも構わずに、エルフ狐先生の肩に左腕を乗せ続ける。白煙を上げて崩れていくサムカの腕の中から、熊の爪が5本出てきて、エルフ狐先生の肩に食い込んだ。


 エルフ狐先生がライフル杖の充填を完了して、鋭いながらも温かみのある空色のハンターの視線をサムカに向ける。

「測位情報に感謝します。衝撃に備えて下さい」

 エルフ狐先生がライフル杖の先を二重〔防御障壁〕の外に突き出し、前方でイライラし始めている墓次郎に向けた。


 同時に杖の先が青く光り、杖の周囲の空間に青白いプラズマが発生した。

 地面も帯電して無数の静電気の束に覆われ、空気が急激に膨張して爆発状態になった。雷が400個ほど同時に落ちたような衝撃と爆音が響き、周囲が再び白い閃光で包まれていく。


「無駄ですよ、エルフの警官」

 空間を覆っていた白い閃光がプラズマごと消滅して、何事もなく墓次郎の姿が現れた。全くの無傷で嘲笑を口元に浮かべ、エルフ狐先生とサムカを見据えている。


 しかしエルフ狐先生もこうなる事は予想がついていた様子で、大して落胆はしていなかった。ライフル杖の底部から100個ほどの錠剤型の使用済み魔力カプセルが自動排出されて、地面に落ちて散らばっていく。

「本当に化け物ね、あなた。サムカ先生なら、今の攻撃で100人くらい灰にできる攻撃なんだけど」


 サムカがなおも熊爪をエルフ狐先生の肩に食い込ませて引き寄せながら、空いている右手で頭をかいた。サムカの左腕は、もう肘も崩壊して灰になっている。

「さすがに100回も灰にされるのは困るなあ」


 そのような、のんびりとしたサムカを無視して、墓次郎が低く笑い出した。彼の背後の空間が大きく揺らぎ始める。

「では、切り札を見せてあげよう」

 空間が歪み切って、何か半透明の巨大な物体が透けて見え始めた。地面から40センチほど空中に浮かんでいて、高さは15メートルもある。


 その長い首の先にある、『頭』に相当すると思える部位から、透明の何かが放たれた。進路上の空気や砂塵が全て消滅し、サムカとエルフ狐先生に真っ直ぐ向かっていく。


 しかし、サムカが事前予測していたのか、エルフ狐先生の肩を熊爪でしっかりとつかみながら軽々と攻撃を回避した。サムカたちがいた場所が、地面ごと消滅して大穴になる。

 その大穴は留まるところを知らずに、どこまでも地面を削り続け……地球を貫いてしまった。


 攻撃を回避したサムカとエルフ狐先生に、墓次郎がジト目を向けて舌打ちする。

「ち……至近距離だったのだが。生意気にも避けたか」


 透明だった巨体が、急速に実体化を始めた。それを見たサムカがため息をつく。

「ドラゴンゾンビかね」


 墓次郎がニヤニヤ笑いながら、実体化を早くも完了したドラゴンゾンビの横に移動する。

「300万年前に捕獲して〔ゾンビ化〕したドラゴンだ。さあ、君たちごと、この騒々しい帝国と一緒に消して『最初から無かった』事にしてあげよう」


 ドラゴンゾンビが、いきなり4体に増えた。皆、空中に浮かんでいて、大きさは金星で始末したドラゴンとほぼ同じだ。しかし〔ゾンビ化〕しているので、赤レンガ色のウロコや皮翼が精彩に欠けて薄汚い。

 早くも因果律崩壊が起き始め、空間に無数の火花が散り始める。その花火の空のような中で、4体のドラゴンゾンビが一斉に鋭い牙がズラリと並ぶ巨大な口を開けて、ブレス攻撃の準備を始めた。


 ドラゴンの帯びている魔法場と術式の型から、〔ロスト〕攻撃型の広域殲滅型ブレスだと直感するサムカ。それでも、まだ不敵な笑みを口元に浮かべる。

「この大陸ごと『存在を最初から消す』か。因果律崩壊がとんでもない規模になるぞ」


 エルフ狐先生もサムカに同意している。既に、ライフル杖のエネルギー充填は完了していて、今度は杖の先を4体のドラゴンに向けている。

「そうですね。この貴重な映像と観測情報を送信できないのが、非常に残念です」


 墓次郎が表情を完全になくして、人形のような生気の全くない目でサムカとエルフ狐先生を見据えた。

「歴史から消えなさい」

 4体のドラゴンが一斉にブレスを吹いた。すぐに因果律崩壊が起きて、ドラゴンの片腕や尻尾の一部などが消滅する。

 ……しかし、それだけだった。

 サムカとエルフ狐先生は無事で、周囲も破壊されていない。エルフ狐先生のライフル杖の底部から、再び100個以上の錠剤型の魔力カプセルが排出された。足元はもう、錠剤だらけだ。


 墓次郎が本当に人形のようになって、動きが硬直した。口だけがパクパクと動いている。

「……な!? どうして滅しないのだ。何か小細工をしたのか?……あ」

 完全に人形の動きになった。《ギギギ》と軽く軋む音を立てて、顔をサムカに向ける。

「ブレスを〔テレポート〕したのかっ」


 代わりにエルフ狐先生が、空色の瞳を輝かせてハンターの笑みを浮かべた。ライフル杖の底部で地面を叩いて、排出し損ねた錠剤を叩き出している。

「ばれたか。さすがに理解が早いわね。さて。では、どこに転送したのでしょうか?」


 サムカが補足説明をしようと、熊爪をエルフ狐先生の肩から離した。ようやく左腕の崩壊が停止する。ほぼ左腕が消滅してしまっていたが、特に気にしていないようだ。同時に、左肩に刺さって揺れていた墓の黒髪が、ハラリと抜け落ちて消滅した。

「先程のクーナ先生の射撃は、〔テレポート〕魔術刻印を空間に散布するための偽装攻撃だったのだよ。そして、大地の妖精の協力で、君たちの墓所の位置座標がつかめた。魔力支援は墓から得た。後は、もう分かるだろう」


 墓次郎が再起動して、何か喚きながら魔法攻撃を仕掛けようとしたが……その途中で再び停止して人形に戻ってしまった。そのまま、「ボトリ」と地面に崩れ落ちて灰になっていく。

 4頭のドラゴンゾンビも地面に落下して、灰になり始めた。巨体なので大量の灰が発生して、それが砂塵を含んだ乾いた風に乗り、もうもうと土煙のように舞い上がっていく。


 光と闇の二重〔防御障壁〕を展開したままなので、灰まみれにはなっていないのだが……それでも露骨に不快そうな表情になるエルフ狐先生であった。

「アンデッドって、最後まで人を不快にするのが本当に得意よね。何よ、この大量の遺灰」

 さすがにサムカもこの灰の量には辟易しているようで、素直に謝る。

「〔闇玉〕で灰を消したいところだが、私も魔力が底を尽いていてね。すまないね」




【さようなら墓次郎、さようなら記憶】

 二重〔防御障壁〕を解除して、通常の〔防御障壁〕に戻る。サムカもエルフ狐先生から3メートルほど離れた。


 間もなく、『通信回線が回復した』という知らせがエルフ狐先生の手元に表示された。早速、映像を含めた戦闘情報を、ブトワル警察に向けて送信するエルフ狐先生だ。



 ドラゴンゾンビが巨大なので、まだ大量の灰が発生し続けている。そんな中、上空から光る何者かがゆっくりと舞い降りてきた。サムカがジト目気味になって上空の光る人物を見上げる。

「またドラゴンかね」


 見事な純白の羽毛の4枚翼を優雅に広げながら、ドラゴンの役人が着地した。優雅な所作で、サムカとエルフ狐先生に右手を振って挨拶してくる。

「やあ、ご苦労だったね。このドラゴンは300万年前に行方不明になって、家族から捜索願が出されていたんだよ。見つかって良かった良かった。では、回収して戻るとしよう」


 呆気に取られて聞いているサムカとエルフ狐先生を放置して、ドラゴンの役員が灰を噴き出している4体のドラゴンゾンビに右手を向けた。

 それだけで灰まみれのドラゴンが、金星で暴れていたような赤サンゴ色のキラキラ輝くウロコに覆われた、見事なドラゴンに戻って〔治療〕されていく。


 ものの数秒で、完全に生き返って元気になった4頭の赤いドラゴンが、翼を大きく広げて吼えた。衝撃波を伴う爆音が発生して、地面を削り取る。ジト目で遮音強化の〔防御障壁〕を展開するサムカとエルフ狐先生だ。


 灰から〔復活〕したばかりの4頭のドラゴンに、ドラゴン役人が役人らしい真面目な顔を向ける。

「私は警察ではないのですが、私と共に帰国しますか? であれば、送り届けますが」

「オンオン」泣き始めるドラゴンたちだ。爆音がさらに一回り大きくなり、遮音強化した〔防御障壁〕でも有効に機能しなくなってきた。

 4頭のドラゴンから『帰国の意思』を確認したドラゴン役人が、サムカとエルフ狐先生に顔を向けて微笑む。この場面だけを切り取ると、どこかの天使か何かに見える。

「では、私たちはこれで失礼します。拉致実行犯の墓所の件は〔ロスト〕魔法が機能しましたので、存在が『最初から無かった』事になりました。ですので、特に問いただすような事態には至らないと思いますよ。まあ、拉致被害者の家族の意向次第ではありますがね」


 どうやら、本当に墓所が『存在と歴史ごと消滅』してしまったようだ。それは同時に、サムカとエルフ狐先生の記憶も、間もなく〔改変〕されるという事でもある。



 ドラゴン役人が4頭のドラゴンを引き連れて、上空50メートルにまで一気に飛び上がった。魔法〔飛行〕のようで、翼を羽ばたかせて風を巻き起こしたりはしていない。

 ドラゴン役人が最後に、再びサムカとエルフ狐先生に微笑んだ。

「では、私たちはこれで。歴史〔改変〕の衝撃は、この世界を狙っている『とあるメイガスの世界』に、なすり付けますので、ご心配なく」


 そう言いながら、ドラゴン役人が空中に右手を伸ばして『何か』をつかんだ。

 《ぎゃああああああ……》

 声や音とも違う、〔念話〕でもない『何か』が断末魔の叫びを上げた……ような気がした。


 思わず怪訝な表情で顔を見合わせるサムカとエルフ狐先生。サムカが目の色を辛子色にして困惑しながらも、ドラゴン役人に聞く。

「何か、そこにいたのかね? 私には何も〔察知〕できなかったのだが」


 役人が真っ白い羽毛の翼を優雅に広げて微笑んだ。その顔と姿の輪郭が急速に曖昧になっていく。それは追随しているドラゴンたちにも起きていた。

「メイガスの〔分身〕の1つですよ。応用古代語魔法の使い手ですから、貴方たちに〔察知〕できないのは当然です。頭の上のリッチー君にも無理ですので、気にする必要はありませんよ。では『後始末』も済みましたので、我々はこれで失礼しますね」

 そのまま、かき消されるように、巨大な4体のドラゴンと共に姿が消えた。



 それを見上げていたサムカとエルフ狐先生がキョトンとした表情になる。互いに顔を見合わせて、周囲を見回してさらにキョトンとする。

「……? 私たちは、どうしてここにいるのだ? 何か用事があったかな」

 サムカが不思議そうに首をかしげる横で、エルフ狐先生も同様に首をかしげている。

「……ですよね。何かありましたっけ。ここって帝都の近く……なのかな。それにしては、酷い荒れ地なんだけど」


 唯一、サムカの錆色の短髪頭の上で寝転んでいるハグ人形だけがニヤニヤ笑っている。

「さてな。ホレ、サムカちん。そろそろ〔召喚〕時間が終わるぞ。土産物を用意しておけ。ついでに、急いでここから逃げた方が良いぞ。『化け狐』やら妖精どもが殺到して来るからな」


 訳が分からないままのサムカが地平線を見回すと、確かに400匹もの『キロメートル級』の大型『化け狐』の群れが、こちらへ一直線に向かって飛んでくるのが見えた。既に目と目が合ってしまっている。

「ど、どういう事だ!? し、しかし、確かにここに残ると危険だ」


 慌てるサムカの横では、エルフ狐先生が同じように別の方向を見つめて慌てている。

「パリー……? 他にも強力な森の妖精が多数、こちらへ向かってる。ど、どういう事!?」


 目を白黒させている2人に、ハグ人形がニヤニヤしながら告げる。

「『化け狐』と森の妖精のケンカでも起きたんじゃろ。ホレ、さっさと逃げるぞ」



 しかし結局、サムカが〔召喚〕時間を満了して戻るまでに『化け狐』に追いつかれてしまった。魔法場の好みのせいか、サムカが真っ先に体長2キロ級の巨大な『化け狐』に、ひと呑みにされ……かかった。

 サムカが必死で『化け狐』の巨大な口の中で、上あごと下あごを押し広げながら、食われて飲み込まれるのを拒否している。『化け狐』の鋭い牙に、ボロボロの作業着がさらに斬り裂かれて行く中で、『化け狐』の唾液まみれになっている。

「こ、これは危うい。なぜか魔力が底を尽いている!」


 エルフ狐先生がライフル杖を口の中に投げ込んで、つっかえ棒にした。『化け狐』は、エルフ狐先生には全く興味を示していない。サムカだけが大人気だ。

「私も、なぜか魔力がほとんど残っていません。サムカ先生、〔召喚〕時間終了まで、残り10秒です。頑張って下さいっ」


 5秒後。ライフル杖が『化け狐』の牙に砕かれてしまった。サムカが必死の形相で右手だけを、『化け狐』の上あごに押し当てて、両足を踏ん張る。左腕は肩先から消えているので、サムカは混乱するばかりだ。

「な、なぜか、左腕もないっ。うおおおおおっ。食われてたまるかああっ!」

<パパラパー!>

 どこかでラッパ音が響き、水蒸気の煙がサムカを包んだ。

≪バクン!≫

 巨大『化け狐』の大あごが、音を立てて噛み合わされた。急いで『化け狐』から離脱しながら、冷や汗を制服の袖で拭うエルフ狐先生だ。

「ふう……な、何とか帰還したわね」


 そして、そのまま力尽きて地面に落下した。何とか残っている魔力で地面との激突を避け、着地する。それでも、かなりの衝撃が両足にかかったようで、顔をしかめるエルフ狐先生だ。

「いたた……。確か、ポケットに緊急用の魔力を封じた〔結界ビン〕があったはず。あ。これか」

 すぐにフタを開けて、出てきた気体状の魔力を吸い込む。

「こ、これで何とかなるわね」


 大きく安堵のため息をついたエルフ狐先生がキョロキョロと周囲を見回す。

 上空の『化け狐』群はサムカがいなくなったのか、興味を失って去り始めていた。その様子に安堵しながらも、ガックリと肩を落とす。

「ハグ人形め。もう逃げたか。捕まえて、何が起きているのか詰問したかったのにっ」



 気がつくとパリーがエルフ狐先生から5メートルの距離に立っていた。

 草とコケを器用に編んでテルテル坊主型の服にしたものを着て、ヘラヘラ笑いながらエルフ狐先生に手を振って、こちらへ歩いてくる。

 そのパリーの背後には、5000体もの森の妖精や、風や水などの各種精霊の群れが音もなく控えていた。まるでパリーが妖精と精霊を率いているかのようだ。森の妖精の姿は様々で統一性が全くない。どちらかといえば、昆虫型の妖精が多いだろうか。


 生命の精霊場の勢いが急激に跳ね上がってくるのを、エルフ狐先生が直感する。

「うわ……ど、どうかしたの? パリー」

 エルフ狐先生が冷や汗をかきながら、目を点にしている。彼女のお尻から生えている、べっ甲色の狐の尻尾が見事に竹ホウキ状態になっているのを見て、さらに口元を緩めるパリーだ。

「ん~? 記憶が飛んでるのね~。ま、いいか~。ごくろうさま~、帝国が滅びなくて良かったわね~。その狐姿、なかなか良いわよ~。やっぱり~、おサルさんより~、狐の方が似合うわね~」


 エルフ狐先生がようやく自身の姿に気がついた。目が点になっている。

「え? なんで狐の姿になってるのよ」


 まだ、何が何だか理解できていないエルフ狐先生。彼女に再びヘラヘラ笑いを向けてから、パリーが背後に控える妖精と精霊の大群に振り返る。

 赤い髪の毛が砂塵混じりの風に揺れて、草で編んだテルテル坊主型の服から、種子や胞子が大量に噴き出し始めた。そのまま、のんびりとした口調で右手を挙げ、何か精霊語で話しかけている。


 その話が終わったとたん、5000体もの森の妖精からも大量の種子と胞子が噴き出され始めた。5万を超える数の精霊の群れも上空を乱舞し、晴れているのに雨が降り始める。

 砂塵を含んだ空気が、急速に湿ったキノコ臭い空気に変貌していく。


 それを見上げているエルフ狐先生が、首をかしげた。彼女はエルフなので精霊語が理解できる。

「……? 森をつくるの? 確かに、この荒野は放置できないけれど……帝都近郊に、こんな荒野なんかあったかしら」


 パリーがひとしきり種子と胞子を放出し終えて、エルフ狐先生に両手を挙げた。

「クーナあ。さっさと学校へ逃げなよ~。ここにいたら~いくら、あたしの〔加護〕があっても~〔精霊化〕しちゃうわよ~。ここの森の木になるなら止めないけど~」


「ハッ」とするエルフ狐先生。

 警察支給の革靴から、早くも木の芽やゼンマイの芽が生えてきている。手袋からも生え始めたので、慌てて上空へ避難した。

 手遅れになった手袋と靴を脱いで捨てる。腰まで真っ直ぐに伸びる金髪からも木の芽が生えてきたので、電磁波を体から放って髪ごと焼き払った。尻尾の先からも草の芽が吹いてきたので、慌ててこれも切り捨てる。

「そ、そうね……今は、逃げた方が良いわね。後で説明をお願い、パリー」


 パリーがヘラヘラ笑いを浮かべながら、草とコケ生地のテルテル坊主服の胸板を「ポコ」と右手で叩く。上空から見ると、砂漠状態だった大地が急激に草と亜熱帯シダ、それに灌木に覆われていく様が見てとれる。

「わかった~。後で何かおごってよね~」



 実際、この日の墓所絡みの事件は『永遠に』忘れ去られてしまった。獣人族は皆、獣になっていたので、誰も覚えていない。魔法使いたち、異世界の者も獣化していたので同様であった。ドワーフ製を含む観測機器も全て壊れてしまっていて、何も記録が残されていない。


 エルフ先生についても例外ではなかった。パリーが帝都近郊の森づくりを終えて学校に戻ってきたのだが、エルフ先生の顔を見るなり肩をすくめて、それっきりだった。

「あ~……もう手遅れね~。残念~」

 エルフ先生が記録し送信していた情報も、そっくり『なかった事』になっていた。


 結局、この大騒動は『金星へ移住した妖精たちによる、精霊場の異常に起因するもの』という事になった次第である。

 エルフの特殊部隊については〔ロスト〕された事もあるが結局、闇に葬られてしまったようだ。オメテクト王国のカルト派についても、プッツリと情報が途絶えている。

 ハグや墓だけは何か知っている様子だが……ニヤニヤ笑いや、ニコニコ微笑みをするばかりだった。




【サムカの館】

 〔召喚〕から戻った翌日。サムカが館の執務室でオメテクト王国連合向けの輸出再開に向けて書類を整えながら、軽く背伸びをした。手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて、これらのニュースや知らせに目を通し、紅茶を1口すする。

(……まあ、深く考えない事にした方が良いだろうな。オメテクト王国連合が急に治安を回復して、交易再開に前向きになったほどだ。大事件があったのは確実だろう。私の左腕もなぜか灰になっていた事だしな。魔法のログも〔消去〕された痕跡がある)


 サムカの左腕を含めた体調は、通常に戻っていた。そして、なぜかサムカの魔力量が増大していた。沐浴100年分にも相当する大幅な増加だ。

 このような芸当ができる者は限られている。魔神級の魔力を有する誰かだろう。そしてそれは、『これ以上追及するな』という言外の脅しでもあった。

 事件の記憶はサムカだけではなく、騎士シチイガや執事でも全くの空白になっている。


 手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作してニュースを流し読みしていると、「バタバタ」と足音が聞こえて、執事が顔を真っ青にして執務室へ駈け込んできた。

 床に突っ伏して、サムカにペコペコと禿頭を下げて謝罪し始める。

「旦那様、まことに申し訳ありません。いくら探しても、鎧や宝剣、大槍が見当たらないのです。斬首して私めを処断して下さい」


 騎士シチイガも続いて執務室へ駈け込んで来て、執事と同じように頭を下げた。

「我が主。私も重要な物品を多数喪失しておりました。いかようにも処罰して下さい」


 困ったような表情を浮かべながら、ややぎこちない笑みを口元に浮かべるサムカである。執務机から立ち上がり、屈伸運動をした。

「恐らくは、セマンの盗賊が盗んでしまったのだろう。武具は消耗品だから、気にする事はない。交易で得た利益の範囲内で、再び買い揃えれば良いだけの話だ。そもそも私の領地では、重装備で戦うような事態は滅多に起きないからな」


「おのれセマンめえ……!」と両目に殺気を宿らせる騎士シチイガだ。頭を伏せたままで、サムカに宣言する。

「かしこまりました。この騎士シチイガ・テシュブの名にかけて、きっとセマンの盗賊を撃退して見せましょうっ」

 執事も禿頭を床にこすりつけるばかりに低くしながら、力強く答えた。

「旦那様のご厚情に、深く感謝いたします。防犯設備の充実に今後、更に力を入れる事に致します」


「うむ」と鷹揚にうなずくサムカである。まあ、〔召喚〕中に失ったので、セマンの盗賊の仕業ではないのはサムカも分かっているのだが……今はこうした方が良い。

 執務机の書類の山を「ポン」と白い手袋をした左手で叩いて、騎士シチイガに山吹色の瞳を向ける。

「さて。気分直しに、定期巡回に行くとするか」




【湖畔】

 サムカが巡回用の古着に中古マントを肩にかけて、愛馬に乗って湖畔へ出た。騎士シチイガも同じく乗馬して付き従っている。

 今回の騒動ではサムカが普段使用していた古着がボロボロになってしまったので、別の古着を着ている。まだそれほど日焼けや綻びが見られないので、古着ながらも新調した感じを周囲に控えているオークたちに与えているようだ。


 先日ドラゴンがブレス攻撃をしてできた湖は、ドラゴンが無力化されて逮捕された事で『普通の』美しい湖になっていた。それでもなお、アンデッド兵が浸かると爆発して灰になってしまうが。

 以前は生命の精霊場が強力過ぎてオークに対しても有害だったのだが、ここにきてようやく飲料水や農業用水として直接使えるまでになっていた。

 そのために、今は本格的な灌漑用水路と上水道設備の建設が行われている。その進捗状況を視察するサムカと騎士シチイガである。


 責任者のオークが、サムカと騎士シチイガに平伏した。他の現場監督や作業員のオークも一緒になって平伏しようとしたが、サムカが鷹揚に左の軍手を上げて制した。

 作業が再開された現場で、サムカが1人平伏したままのオークの責任者に山吹色の瞳を向ける。

「自治都市の復興作業もまだ残っておる中で、人員を割いてくれて礼を述べるぞ。よくやってくれているな」


 平伏した責任者が更に禿頭を地面にこすりつけ、震える声で答えた。

「はは……っ。もったいない御言葉でございます。上水道や灌漑設備は復興の要になりますので、思いのほか作業工程が順調に進展できております。これまでは湖の水に地下水を混ぜていましたので、かなりの手間がかかっておりましたが、これで便利になります」


 自治都市所有のアンデッドやゴーレムも数体ほど作業していて、オークでは危険な作業を黙々と行っているのが見える。土中の大岩や岩盤破砕、それに土石の搬出はアンデッドやゴーレムが行い、それ以外の比較的安全な作業をオークが行っているようだ。巨人ゾンビも資材運びで黙々と働いているのが見える。


 それを見ているサムカが錆色の短髪を軍手でかいた。

「私がもっとアンドロイド技術を習得できていればな。やはり手作業では非効率だ。重機が使えないと、やはり作業効率が悪いか」


 騎士シチイガが責任者のオークと目を交わしてから、サムカに進言する。

「アンドロイド……ですか? ウーティ王国連合では、そのような事をした話は聞いた事がありませぬ。故障して使えなくなるのではありませぬか?」


 サムカが頬を少し緩めた。

「確かにな。だが、ゾンビやスケルトン、それに土製ゴーレムでは、単純作業しかできない。巨人ゾンビも同様だな。オーク作業員の事故を減らすためにも、もう少し高度な作業ができるアンドロイドが欲しいのだよ。ケガをしてしまうと、我々では〔治療〕してやれぬからな。治癒するまでの間、他の重要な農作業や畜産業などができなくなると、生産力が落ちてしまう。兵站基地の1つとしては、あまり宜しくない」


「なるほど……」と素直に聞いている騎士シチイガとオークの責任者だ。オークの方は平伏するのを忘れて座ったままで、顔を上げてサムカの顔を眺めている。


 そこへ、悪友ステワと魔族ルガルバンダがやって来た。ステワは騎乗している。ルガルバンダは徒歩だ。

 慌てて平伏してから、この場を去っていくオークの責任者。その後ろ姿を見送ったサムカが、ややジト目で2人を出迎えた。

「ステワか。もう、体の方は良くなったのかね? 明日にでも、何か見舞いをしようかと考えていたのだが」


 ステワが馬上でニヤニヤしながら、白い手袋をした左手を左右に優雅に振る。彼はいつもの古代中東風の上品な長袖シャツとズボンに、黒地に青色の刺繍が施された豪華なマントを肩にかけている。腰のベルトには多くの装飾品がついていて、宝剣が1本吊るされていた。

 蜜柑色の瞳をキラリと輝かせて、鉄錆色の髪を湖から吹く風にサラリとなびかせる。

「違法〔召喚〕で、しかもかなり不安定な術式だったからな。腕1本が消滅した程度で済んで良かったよ。腕の〔修復〕程度なら、すぐに終わる」

 そう答えてから、腕組みをして口元を更に緩めた。

「しかし、そうだな……もう1日ほどベッドで休んでいた方が、良かったかもしれないな。残念な事をした。獣人世界の果物を、コンテナ1つほど見舞いにもらえる機会を逃してしまったか」


 サムカがジト目になった。新たに掘っている淡水魚の養殖池の施工地へ、愛馬にまたがって向かう。

「どうせ、困っているシチイガを言葉巧みにそそのかしたのであろう。見舞いの品は、この湖の水で充分だ。〔浄化〕されて、もう数日ほど寝込んでいろ」


 サムカに続いて騎乗した騎士シチイガが、馬上で恐縮してしまった。

「わ、我が主……申し訳ありません。記憶は全くないのですが、ステワ・エア様の仰る事ですので、事実なのでしょう。申し訳ありません」

「あ。いやその……」

 慌ててサムカが弁解を始める。その様子を見てステワが満面の笑みを浮かべ、彼の愛馬の手綱を引いた。

「うむ。実に良い見舞いの品だな。サムカ卿の困った顔が何よりの報酬だよ」

 彼の愛馬も主人と同じような笑みを浮かべている。


 魔族ルガルバンダも豪快に笑い始めた。彼は徒歩なのだが、余裕で馬についてきている。丸太のような4本の腕をブンブン振り回していて、ヒグマのような凶悪な顔からは、白く鋭い牙がギラリと光っている。

 朱色の瞳もキラキラしていて、黒褐色で剛毛の髪の先が腕の動きに合わせて上下左右にバサバサ揺れ、見た目も騒々しい。

「がはは。だったら、ワシも召喚ナイフを使わずに、ステワ・エア殿と同じ〔召喚〕魔法で行くべきだったな。ハグの野郎に、なぜか違反扱いされて強制送還されちまったわい。まあ、それなりに暴れる事ができたから良かったけれどなっ」


 サムカがルガルバンダを馬上から見上げて、首を少しかしげた。

「ルガルバンダ殿は、召喚ナイフを使用していたのか。君の〔召喚〕親元のリッチーが、よく認めたものだね。ケガはしなかったのかい?」


 ルガルバンダが地上4メートルの高さにある朱色の瞳を細めて、ヒグマ顔でニヤリと笑った。体重もかなりあるようで、歩くたびに《ズシン》と重低音が響く。

「騎士相手の戦闘だって言ったら、即、許可が下りたぜ。傭兵向けの召喚ナイフの普及をしているリッチーだからな。願ってもない機会だったんだろうよ。ワシも実は、あれほど多数の騎士を相手にするのは初めてだったしな。しかも、オメテクト王国連合の正規の軍団だ。さらにワシの威風に箔が付いたぜ」


 サムカが微妙な表情になって、少し固い笑みを浮かべた。

「私は記憶が完全に欠落していてね。そんな軍団と戦った記憶が残っていないのだよ。しかし、大事な宝剣や槍に甲冑が一式なくなっているのは事実……後でハグに頼んで、ある程度、記憶の修復をしてもらうよ。今のところでは、私はセマンの盗賊のせいだと思っている。このままでは、話が通じなくて困るな」



 そのような話をしていると、養殖池の掘削現場に到着した。すぐに、ここの現場監督のオークが転がるように走ってきて平伏する。

「これは領主様っ。わざわざの御運び、誠にありがとうございますっ」

 サムカが馬から降りて、鷹揚にうなずく。

「うむ。私の急な思いつきだったので、面倒をかけてしまったようだな。特に急ぐ案件ではないので、急がずに完成させてくれ」


「ははっ!」

 地面に禿頭をこすりつけた現場監督が飛び起きて、そのまま現場へ駆け戻っていく。その後ろ姿を見送りながらサムカが頬を緩めた。馬から降りたばかりのステワに、横目で告げる。

「畜産施設や肉加工場からの廃棄物や汚物の処理に少し困っていてね。清掃獣に任せても良いのだが、数が増えると暴れた時に困る。魚の餌として使える微生物を、培養して育てる池を試作しているのだよ」


 ステワが面倒臭そうな表情になった。大きくため息をついて、腰ベルトに両手を当てる。

「まったく、この田舎領主は。テスカトリポカ右将軍閣下からも武芸の腕が鈍っていると、指摘を受けているのを忘れているぞ。清掃獣なんか、増えたら適当に間引けば済む話ではないか」


 騎士シチイガが無言で何度かうなずいている。一方のルガルバンダは興味津々の様子で池を見回していた。朱色の瞳をキラキラさせて、サムカにヒグマ顔を向ける。

「テシュブの旦那! これは面白そうだなっ。実験が上手くいったら、ワシの村でも導入してみたいぞっ」


 たちまちサムカがルガルバンダと意気投合して、設計図面や事業計画について熱く語り始めた。

 そんなサムカを、ジト目になって見据えるステワである。騎士シチイガはどう反応して良いのか分からないようで、微妙な表情をしたままだ。


 ステワが「コホン」と大きく咳払いをした。

「おい、サムカ卿。ハグ殿からの伝言があったから伝えるぞ」

 さすがに語るのを中断するサムカである。話の腰を見事にステワに折られたので、少し不機嫌な表情になっている。

「……今いうのかね、まったく。というか、ハグが私に直接いえば済むだろうに。して、何かな?」


 ステワが真面目な表情になった。蜜柑色の瞳が理知的に輝く。

「獣人世界の秘密を探っていたメイガスが特定された。かなりの罪状が掘り起こされたようでな、メイガスが担当する世界ごと『廃棄処分』となったそうだ」

 サムカも真面目な表情になる。

「墓所の事か。世界〔改変〕を墓所がやって、様々な世界で異変が起きたらしいからな。メイガスの中には元凶である墓所を発見して、彼らが犯人だと特定する者が出ても不思議ではない」


 今度はステワが微妙な表情になった。

「私は『墓所』という単語自体知らぬがね。世界〔改変〕というのもよく分からん。まあ、とにかく、伝言を最後まで言わせてくれ」


 サムカが内心でため息をついた。どうやら、ステワにも歴史〔改変〕の影響が完全に及んでしまったようだ。墓所についても、これ以上は言わない方が良さそうだ。ハグがわざわざステワに伝言という形にした理由は、この事をサムカに知らせるためでもあるのだろう。

「そうだったな。話を中断させてしまい、済まなかったな。続けてくれ」


 ステワが再び真面目な表情になった。

「うむ。そのメイガスだが、世界から排除される前に獣人世界に魔法をかけた。木星から飛ばされた衛星の1つの軌道を魔法で変えて、地球へ衝突するように仕向けたという伝言だ」

 サムカが少し険しい表情になった。腕組みをして、山吹色の瞳を鮮やかな黄色に変える。

「なるほどな……して、地球へ衝突するのはいつかね? 次の〔召喚〕に間に合えば、対処してみるが」


 ステワがようやくニヤリと笑う。

「3年後だ。木星と地球との距離がどれだけあると思っているんだよ、サムカ卿。それに衛星は、直径170キロもある岩だぞ。いくらサムカ卿でも、そんな巨大な物は消滅できないだろ」


 3年後と聞いてガックリと肩を落とすサムカであった。騎士シチイガは、ほっとした表情になっている。サムカが愛馬のたてがみに手をかけて、ステワにとりあえず礼を述べた。

「知らせてくれて感謝するよ、ステワ卿。しかし、そうか。そのような巨大な岩であれば、〔闇玉〕で消す事は無理だな。別の方法を考えてみよう。次の〔召喚〕で先生方と相談するか」




【墓地の一角】

 ところが次の〔召喚〕は、見送られる事になってしまった。ハグ本人がやって来て、いつもの墓地の片隅の空き地でサムカに告げる。急いでやって来たようで、いつも以上にボロボロの服だ。ここまでくると、ただの繊維の束を体に巻きつけているようにしか見えない。

(普段はもしかすると裸なのか?)

 努めて冷静な表情を顔に貼りつけながら、サムカがハグの話に耳を傾ける。


 ハグはこのような姿でも、一向に気にせず話を続けている。

「獣人世界の連中は、無事に元の獣人姿に戻ったんだが……精神疾患が相当数出ているようでな。まあ、獣から獣人に戻った時に記憶を欠損して、真っ裸で森の中にいたら……そりゃあな。魚族は、気がついたら全裸で海水浴だ。ちなみに、魔法使いや亜人どもはサルやドブネズミだったからな。同じようにショックで寝込んでおるわい」


(そう言えば、獣化する奇病が学校で流行した際も、白黒映像で救護テント内の様子を見たなあ……)と思い出すサムカであった。サムカもハグもアンデッドで死人なので、このような事態には縁がない。

「では……まともなのは、クーナ先生だけか。大変だな」


 ハグがにこやかに微笑んだ。象牙色の顔が雲から漏れる日差しを浴びて白く輝き、木蓮の花のような淡い黄色の瞳が緩やかな光を放つ。

「記録映像は残念ながら撮っておらん。ともあれ、獣人世界も徐々に元通りになってきておるよ。今回は無理だが、次回の〔召喚〕は大丈夫だろう」

 そして、薄黄色の瞳を細めて頬を緩めた。

「それでだな、例の木星から弾き出された衛星の迎撃の件だが……リッチー協会も見物する事になったぞ。ワシの人形経由で観察するから、サムカちんは心配する事はない。心置きなくやってくれ」


 サムカが錆色の短髪を左手でかく。

「主役は古代語魔法のクモ先生と、ミンタさんにジャディ君だ。私は魔法支援をする程度だよ。実は、貴族や騎士たちからも、結構な人数が見物したいと申し出ている。国王陛下まで興味を抱かれたようでな、宰相閣下の命令で私が記録映像を撮る事になってしまったよ。恐らく、エルフや魔法使いたちも観測に来るだろうな。注目され過ぎるのは苦手なのだが……」


 ハグがニヤリと笑い、空中に浮かびながらゆっくりと1回転した。足元の雑草が瞬時に粉になる。

「あまりワシを喜ばせるなよ、サムカちん。この墓地が粉の山になってしまうぞ。召喚ナイフの宣伝にもなるのでな。衛星の迎撃を失敗なんかしたら、罰ゲームでもやってもらおうかね」


 サムカがジト目になって両手を腰ベルトに当てる。

「罰ゲームで今の〔召喚〕を行っているのだがね。まあ、宰相閣下の命令もあるしな。失敗せぬように心掛けるとするよ」

 そして、山吹色の瞳を少しキラリとさせた。

「それで、ハグ。私の記憶修復の件だが……できそうなのかね? ステワやピグチェン卿、それにルガルバンダ殿も、最近になって当時の記憶が曖昧になってきていると聞いた。それ故、今はそれほど必要性は感じられなくなったのだが」


 ハグが地面から5センチほど浮かびながら、クルリと1回転した。しかし、表情は至って真面目だ。

「その事だがな……忘れている方が、総合的に考えて良さそうだぞ。応用古代語魔法が使われているのでな、ワシでは荷が重い。まあ、前回の歴史〔改変〕とは違って天変地異は起きておらぬ。気にする必要はなかろう」


 応用古代語魔法が行使できるのは、魔神やドラゴン、巨人といった超常の存在ばかりである。(関わらないのが最良の判断だろうな……)と思うサムカであった。


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