121話
【竜巻に乗って】
竜巻に乗って帝都へ急行する子供サムカとエルフ狐先生の眼下には、広大な亜熱帯の大森林が地平線まで延々と広がっていた。大小の河川が大きく蛇行しながら流れ、日差しを反射してキラキラと輝いている。
結局、サムカが装備している重装甲の鎧だが、帯びている魔力までは減衰できなかった。そのため、子供サムカがいったん全装備を外している。今は黒マントを肩にかけた戦闘服姿だ。この服には大した魔力はないので、エルフ狐先生がそばにいても問題ない様子である。
そのエルフ狐先生が一言礼を述べて、子供サムカの白い手袋をした手を握った。同じ闇の〔防御障壁〕の中に留まりながら、空色の瞳を細めて大森林を見下ろしている。今の竜巻には、土砂は含まれていないので視界良好だ。
「こうして見ると、エルフ世界と良く似ているのよね。私の世界では、森の中に町や村はないけど」
所々、村や小さな町が点在している。子供サムカが一目見て、エルフ狐先生に話しかける。
「その村には、今は誰もいないな。皆、見事に獣化してしまったようだ」
どうも〔退化〕と呼ぶのには抵抗があるようだ。それはエルフ狐先生も同じである。
エルフ狐先生も眼下の小さな町を見下ろして、光学的に観測していく。
「そうですね。パリーたちが、きちんと元に戻してくれると期待しましょう。今はほら、帝都へ向かって爆走中で忙しいようですからね」
エルフ狐先生がライフル杖の先で森の一角を示す。樹高20メートルにも達する高木の森の樹冠が、ザワザワと動いている。動いている面積は、幅2キロ長さ10キロほどはあるだろうか。その波のようなものが、時速100キロほどで帝都へ向かっていた。
ちょうどサムカたちがいる竜巻の進路と重なるようで、次第に近づいてきている。しかし竜巻の方が遥かに高速なので、すぐに追い抜いてしまうだろう。
「ちょっと見てみましょうか」
エルフ狐先生が光の精霊魔法を使って、森の中を観測してみる事にした。
すぐにエルフ狐先生と子供サムカの前に、やや大きめの〔空中ディスプレー〕画面が生じて、現地の映像が鮮明に映し出された。2人ともに目を点にしている。
子供サムカがエルフ狐先生の手を持っていない方の手で、自身の黒マントの肩を軽く叩いた。ハグ人形は爆睡しているようで、ピクリとも動かない。仕方がないので、竜巻を〔ステルス障壁〕ですっぽりと包み込んだ。
「これで連中に気づかれる恐れはないと思うが……この竜巻は木星の精霊場を帯びているからな。しかし、凄い数の妖精と精霊だな。5000体はいるのではないかね?」
エルフ狐先生が子供サムカの手を改めてしっかりと握りながら、深刻そうにうなずき、後方を振り向いた。既に、森の中の妖精大移動を追い抜いている。
「そうですね。何というか、津波のようにも見えます。あ。前方にも別の一群が。これも5000規模ですね」
再び、同じような規模の妖精と精霊の大群を追い抜いていくステルス竜巻であった。
よく見ると、森のあちらこちらに小規模の妖精や精霊の群れがある。それらも全て帝都へ向けて爆走していた。進路上にいる鳥や虫の群れが、この妖精や精霊の津波に飲まれて〔同化〕しているようだ。
それを竜巻の中から見下ろしながら、エルフ狐先生が深刻な表情のままで呻く。いつもの空色の瞳が、今は灰青色になっている。
「問答無用で生物の〔妖精化〕や〔精霊化〕をしていますね。かなり怒っていると見て間違いないでしょう。帝都は無人だそうですから、やはりアンデッド軍に反応しているのでしょうね」
子供サムカがエルフ狐先生の手を握りながら、進行方向に山吹色の瞳を向けた。まだ、緑の森の地平線しか見えていないが、サムカには何か〔察知〕できたようだ。
「若輩ばかりだが、貴族や騎士が多数参加しているな。カルト派ゆえに、一般的な貴族や騎士の魔法場とは若干異なるので分かりやすい。野良ゴーストや残留思念とも別の魔法場だな。非常に目立つこの連中を討滅しない限りは、森の妖精も止まらないだろう。以前のナウアケであれば偽装工作を入念にしていたのだろうが、若輩ゆえの勇み足というところか」
エルフ狐先生が真面目な表情で子供サムカを見た。灰青色の瞳が、さらに暗くなっていく。
「サムカ先生。アンデッドによるテロについての対策規則では、原則として完全破壊して、逮捕や捕虜は一切認めないのですが……それで構いませんか? 死者の世界に戻った後で揉め事が起きるようでしたら、手加減しても構いませんよ」
子供サムカが山吹色の瞳を向けて微笑んだ。彼の瞳も少し辛子色の色合いを帯びているのだが、努めて明るい口調で答える。
「1人残らず、完全破壊して構わぬよ。敵は、タカパ帝国を滅ぼすために出動している。正統派貴族としては、このような行為を認めるわけにはいかないからね」
そして軽く笑いかけて、エルフ狐先生の手をやや強く握る。口元から、歯科治療して治してもらった牙がチラリと見えて、冬の日差しを鈍く反射した。
「なに、滅しても問題ないよ。連中はカルト派だからな。〔蘇生〕と〔復活〕については深く研究している。どうせ100年もしたら、〔復活〕するさ。私も先日、灰から〔復活〕したばかりだしな」
エルフ狐先生が反対に握り返して、不敵な笑みを浮かべた。瞳の色が次第に元の空色に戻り始めている。
「まったく、これだからアンデッドは……」
「あれか」
子供サムカが、前方の一角に鋭い視線を向けた。思わず〔防御障壁〕内の闇魔法場が上昇したので、慌てて押し下げる。
「すまないね。うっかり高揚してしまった。1000年ぶりの対貴族戦闘なのでね」
エルフ狐先生もライフル杖の安全装置を解除して、ハンターの笑みを返す。瞳の空色が鋭い光を帯び始めている。
「闇魔法場に多少は慣れていますので、ご心配なく。アレですね。総数は10万というところかな」
森が途切れ途切れになり、広大な田園地帯に入ってきた。その地平線上に、土煙を盛大に巻き上げている一角がある。帝都へ進軍している、オメテクト王国連合のカルト派の軍勢だ。
エルフ狐先生が素早くライフル杖を振って、敵軍の行軍跡を〔逆探知〕する。すぐに〔テレポート〕魔法陣があった場所を特定した。しかし、両耳の角度が下がってしまった。
「残念。〔テレポート〕魔法陣は消滅していますね。墓所の位置を割り出そうと思ったんだけどな。でも、やってみるか」
エルフ狐先生がライフル杖の先を〔防御障壁〕の外に出して、消滅した魔法陣に向ける。
「典型的な闇魔法場ね。しかも保安対策が甘々」
無言で光の精霊魔法を放つ。子供サムカが展開している〔防御障壁〕が数枚吹き飛んだが、すぐに修復された。
「クーナ先生、先に一言……ん?」
子供サムカがエルフ狐先生に文句を言いかけた時、眩しい閃光が田園地帯の一角で起きた。竜巻も光に曝されて、〔ステルス障壁〕が吹き飛ばされてしまい、さらに竜巻自体も半分ほど吹き飛ばされて小さくなってしまった。
文句を言うのを忘れて、眼下の光球を興味深く見つめていた子供サムカが「ピクリ」と反応する。エルフ狐先生も同時に反応し、ハンターの笑みを浮かべた。空色の瞳の輝きが一際鋭くなり、鼻先と口元の細いヒゲがヒョコヒョコ動く。
「魔法場が正反対だものね。痕跡が残っている場所が全部誘爆してくれましたね」
すぐに手元に〔空中ディスプレー〕画面が生じて、エルフ語で演算が始まり……2秒もかからずに終了した。空色の瞳をキラリと光らせて、両耳を上下にパタパタ動かす。ついでにべっ甲色の尻尾も優雅にパサパサ振られている。
「敵墓所の大よその位置が分かりましたよ。誤差が数キロ単位だけど。これを本部に送信っと」
子供サムカにも、エルフ狐先生がウィザード語による翻訳版を見せてくれた。竜巻から西に300キロほど離れた丘陵地の、40キロ四方の面積の地下数キロという情報だ。先ほどの爆発による音波をつかって、土中をソナー探知したのだろう。そして、空白地域を特定したという次第だ。
それを見て少し残念そうな表情になる子供サムカ。
「むう……〔闇玉〕で消し飛ばすには、いささか面積が大きすぎるな。因果律崩壊が起きて、私も世界から弾き出されてしまう」
エルフ狐先生も同意見のようで、軽くため息をつく。
「範囲が絞り切れませんので、今は攻撃しない方が良いでしょうね。墓さんの墓所の大きさが数キロ四方でしたから、この墓次郎さんの墓所も同じくらいの大きさと考えて良いはずです。とりあえず、〔テレポート〕魔術刻印を撒いておきましょう。この情報を大地の妖精さんとも〔共有〕っと」
そうこうする内に田園地帯が変わり、町や村が多くなり始めた。地平線上に帝都の城壁が見えてくる。王城の尖塔が、爆発でもしたのか崩壊していた。いつも王城の上空に浮かんでいる浮遊砲台も見当たらない。
エルフ狐先生が少し呆れたような表情になった。狐頭の口元のヒゲがモニョモニョ動いている。
「砲台の担当者がいなくなって、やはり暴走したようね。電源や魔力源スイッチくらい切ってから、獣になってよね。まったくもう……」
そして、10万の敵アンデッド軍を西に眺めながら、帝都へ向かう。敵軍も〔察知〕したようで、シャドウやゴーストの編隊が迎撃に上がって、こちらへ一直線に飛んで来ている。
自動追尾型と思われる〔闇玉〕も早速、500発ほど撃ち放たれた。他にも〔ビーム光線〕や、〔呪い〕と思われる黒い霧状の魔法場が一斉に竜巻に向けて放たれている。敵の対空戦闘部隊によるものだ。数は500体。
最初に亜光速の〔ビーム光線〕が竜巻に命中したが……何も起きなかった。雲用務員が食べてしまったのだろう。
エルフ狐先生がハンターの笑みを浮かべて、ライフル杖をサムカの〔防御障壁〕から出して、先を敵軍に向けた。瞬時に500体ほどの敵部隊員と、敵から放たれた同数の攻撃魔法が〔ロックオン〕される。
「迎撃開始」
エルフ狐先生の一言で、500発の〔闇玉〕と同じ数のシャドウとゴースト、それに50ほどの〔呪い〕の霧が爆発して、巨大な火球になった。輻射熱が大地を溶かして、田園地域を焼き尽くす。
村の家は石造りなのだが、数百もの家が爆風と熱風で吹き飛ばされて粉々になってしまった。真っ黒いススと土砂を大量に含んだ爆煙が立ち上り、竜巻の色が再び黒くなる。
手元の〔空中ディスプレー〕画面で、戦況を確認したエルフ狐先生が、作戦指示をサムカに転送する。
「サムカ先生。この作戦に従って下さい。今回も、兵器級の光の精霊魔法を使います。逃げ遅れると巻き添えを食らって、灰になってしまいますよ」
サムカがホウキに乗って、〔防御障壁〕の外に飛び出した。同時に、子供サイズから元に戻る。装備も元の重装甲に戻った。くぐもった金属音がサムカの鎧のあちらこちらからする。やはり、接合部分が少々風化しているようだ。
しかし、さすがに音速の20倍の〔飛行〕速度は出せないので、あっという間に後方に去ってしまった。それでも、〔念話〕回線が構築されているので、返事はきちんとエルフ狐先生に届いている。
(了解した。しかし、驚いたな。〔呪い〕攻撃まで破壊できるのかね)
エルフ狐先生は竜巻に乗って、既に王都上空に差し掛かっていた。とりあえず王城の真上まで向かうように、雲用務員に指示する。
(〔呪い〕の授業をして下さったおかげですよ。ブトワル王国の魔法研究所が熱狂して〔解析〕していました。さて、私も王城上空に到着しました。作戦を開始します)
同時に竜巻が爆発するように広がって、王都全域を暴風で包み込んだ。視界が数メートルほどしか利かない中で、のんびりした雲用務員の声がする。
「では、私はこれで。これ以上関わると、地球の風の妖精なんかが怒り出しますからね、退散、退散」
エルフ狐先生が王城の天守閣の頂上に足場を築き上げて、狐顔を上空に向け礼を述べる。
「ありがとうございました。今度、食堂で何かおごりますね」
パッと暴風が止んで、空中に巻き上がっていた大量の瓦礫が帝都のあちらこちらに落下していく。一気に視界が開けて、空中を舞っていた土砂や煙なども全て消滅した。木星へ持ち帰ったのだろう。
王城天守閣の屋根の上で、エルフ狐先生がライフル杖を「グルリ」と一回転させた。ついでに、べっ甲色の尻尾もグルグル回している。
「うん。魔法場汚染もきれいに消えているわね。これなら思う存分撃てそう」
【カルト派の軍勢】
その頃サムカは、帝都から西30キロの焼け焦げた田園地帯に仁王立ちしていた。敵軍の正面である。
既に、3メートルの大槍を振り回して、1000体ほどの敵アンデッド兵や魔族を粉砕していた。ホウキに乗っての機動戦闘は、さすがにまだ苦手な様子だ。黒マントの中にホウキを収納している。
大槍を敵のファントムに突きつけて蒸発させる。続いて、背後から魔法銃で掃射してきた翼竜型の魔族の群れ50頭を、返す槍で粉にする。
大槍の有効射程は実に1キロ弱もあるようで、実体の槍先から伸びた影のような部分が、高速で伸縮して敵を破砕している。
敵のシャドウやファントムは〔ステルス障壁〕で包まれていて、さらに音速の数倍という速度で無音のまま襲い掛かってくる。そんな敵を造作もなく、15体ずつまとめて一度に葬り去っていくサムカ。
一方、魔族の傭兵部隊を除く、敵の雑兵部隊の主な構成は熊ゾンビだった。もちろんサムカよりも巨大で、立ち上がった際の身長は3メートルほどにもなる。しかし、足の構造が熊のままなので、二足歩行状態では大して機敏さがない。
別動隊では四足で突撃して来る熊ゾンビが大半なのだが、こちらの場合は刀剣などの武器が持てない。どちらにしても、サムカにとっては容易い相手でしかない。
「しょせんは熊か。アンデッド兵としては、さほど有能ではないな」
地上と空中も含めて、半径3キロ圏内の熊ゾンビを薙ぎ払って灰の山にしていくサムカ。返す槍で土中から攻め込んできた傭兵魔族の敵軍を、500頭ほど土中で爆散させて炭にする。
そんなサムカの猛攻にも全くひるまず、敵軍が三方から数を頼みに押し寄せてきた。熊ゾンビ部隊はいち早く後退していき、代わりに人間型のゾンビやスケルトンが前に出てくる。
彼らは武装しているので、当然ながら、〔闇玉〕やビーム光線などを絶えずサムカに浴びせてきた。しかし残念ながら、サムカに命中しても素通りしてしまうだけだった。大槍の一閃で灰になっていく。
敵軍はサムカに近寄る事もできずに、1キロほど離れた場所で灰や炭になるばかりだ。
その大軍勢の中から、丸太のような手足を数本持つ身長5メートルにもなる魔族が15名、豪華な甲冑に身を包んで土煙を斬り裂いて出現した。すぐに盾を並べて、長さ3メートルもの大槍を連ねてサムカに突撃してくる。罵声も怒声も気勢も上げずに、無言での突撃だ。
しかし、次の瞬間。サムカの大槍が一閃して、瞬時に魔族を赤い粉にしてしまった。そのまま容赦なく、焼け焦げた地面に、赤い粉が血吹雪と共に叩きつけられる。
巨大な肉体が粉にされたので、分離して発生した水蒸気のガスが盛大に巻き上がり、視界が一時利かなくなった。その水蒸気ガスを盾にして魔法銃と矢が斉射され、サムカに襲い掛かってくる。
〔ビーム〕の高熱や〔闇玉〕による浸食効果で、ガスが瞬時に膨張して爆発した。その爆音と衝撃波ごと、サムカが大槍を一閃して〔消去〕する。
それでも残った敵が放った5000発は、サムカの厳つい甲冑に見事命中した。しかし、何も起きずにそのまま素通りして、反対側の敵軍へ飛び込んで撃ち殺していく。
その一部は大きくターンして、銃や矢を放った敵部隊にも襲い掛かった。一方のサムカは、甲冑にもかすり傷一つ付いていない。
自隊が撃った魔法攻撃がなぜかサムカの意のままにされて、そっくりそのまま仕返しされてしまうと、さすがに十字砲火の包囲陣形に乱れが生じた。
無言で無造作に大槍を一閃して、その包囲陣形ごと敵の射撃部隊を〔消去〕するサムカ。今度は半径4キロ圏内が無人と化した。灰すらも〔消去〕しているので、意外に見晴らしが利く。
しかし敵も慣れたもので、次の包囲陣形が数秒後には完成していた。今度は半径5キロの三方向包囲陣となっていて、すぐに十字砲火が再開される。
大ダコが使役していたようなゾンビやスケルトンとは違い、動きが桁違いに素早い。さらに魔力も高いようで、大出力の魔法兵器を携帯している。他には、ゴリラのような筋肉の塊にも見える上位種のリベナントの大部隊も控えているようだ。
サムカの立つ場所の上空には〔ステルス障壁〕を何枚も重ねた、敵の観測用〔オプション玉〕が50個ほど乱舞している。これらからの測位情報を基にして攻撃しているのだろう。そのため攻撃も高い精度でサムカに命中しているのだが……やはり全く傷を負わせる事はできない。
この包囲陣形も容赦なく大槍を一閃して〔消去〕したサムカが、ようやく一息ついた。アンデッドなので呼吸の必要性はないのだが。上空の観測用〔オプション玉〕も一掃されて、全て消滅してしまっている。そのため、敵からの攻撃が中断した。
「1万ほど消したが……ようやく、私を倒すべく敵が集まり始めたようだな。大軍は動きが鈍いから、時間がかかる。そろそろ雑兵ではなくて、騎士か貴族が顔を見せても良い頃合いだろう」
半径5キロ圏内には、1人も動く者がいない。そんな戦場でただ1人、仁王立ちしているサムカ。サムカから見ると、もう地平線まで完全な無人の地になっている。
大地は焼け焦げて、あちこちに大きなクレーターが生じ、その底には溶けて固まった溶岩やガラス等が炎状の赤いプラズマを光っている。
周辺に建っていた20軒ほどの村の家は全て粉砕されて、もう基礎すら残っていない有様だ。
そんな静寂も1分間ほどしか続かず、再び地平線の向こう側から砲撃に似た〔闇玉〕射撃や、ソーサラー魔術系の曲がる〔ビーム光線〕、それに自動追尾方式の〔マジックミサイル〕が雨のようにサムカに向かってくるのが見えた。
〔オプション玉〕の気配はないので、これはドワーフ製の分子型観測器による測位を基にしたものだろう。土中からも、〔ビーム光線〕や〔石筍〕に〔石化〕ガス等が放出されてサムカに襲い掛かってくるが……透過するばかりで、やはり全く傷を与える事ができていない。
反対に、射撃元の位置座標がサムカによって自動的に〔逆探知〕されて、自動迎撃魔法が発動した。サムカが立っている空間から500個の小さな魔法陣が出現して、その中から〔闇玉〕が撃ち出される。次の瞬間、それらの〔闇玉〕が〔転移〕されて姿を消し、5キロ先の敵の目の前で出現した。
今や、肉眼では見えない距離の先の敵軍を相手にしているサムカであった。地球の丸さが影響するので、敵影が地平線の向こう側に位置しているせいだ。それでも関係なく、順調に敵軍を灰にしていく。
空間に因果律崩壊による火花が散らないように、加減しながら攻撃魔法を繰り出す必要があるので、なかなかに気を使っている様子である。一方の敵軍では小さな因果律崩壊が起きているようで、地平線の向こう側で何度も閃光が輝いて見える。
サムカが地平線の向こう側と、土中から向かってくる敵の魔法攻撃を〔事前回避〕しながら、大槍を真上に突き上げる。
いきなり半径2キロの完全な半球の形に地面が〔消去〕され、さらに空気も〔消去〕されて真空状態になった。因果律崩壊の火花が空間から散り始めたので、ほんの数秒間ほどで魔法を終了する。
周辺から空気が暴風のように流入してきたが、サムカの黒マントの裾が緩やかに揺れるだけだ。
再び敵の攻撃が止み、サムカが大槍を右肩に担いで地平線の向こう側を眺める。
「分子型の観測機器は、これで一掃できたようだな。しかし……死者の世界と違い、この世界ではすぐに因果律崩壊が起きてしまうな。敵の貴族や騎士と、槍を交える事もままならぬ」
深さ2キロの円形の穴の真上にフワフワと〔浮遊〕しながら、サムカが兜の上に乗っているハグ人形の背中を籠手で叩いた。「ぐえ」とか何とかカエルの鳴き声のような音がしたが、構わずに聞く。
「ハグ。因果律崩壊に私が巻き込まれても、ハグなら引き上げてくれるかね? せっかく1000年ぶりに重武装したのでね、騎士や貴族と手合わせしてみたいのだよ」
3メートルの大槍で、甲冑に覆われた肩を《ゴツゴツ》叩くサムカに、ハグ人形が銀色の毛糸でできた髪を両手で軽く整えながら答える。
「やってやれない事はないぞ。ワシも今まで散々、世界から弾き出されておるからな。エルフ狐先生の攻撃準備が整うまで、まだ時間がかかるようだし、暇つぶしには丁度良いかもな」
サムカが満足そうにうなずいた。兜の面当てを調整する。「ザリザリ」と金属がこすれる音が立ったので、潤滑油の役目をする魔法をかける。サムカ熊が学校で覚えたソーサラー魔術なのだが、これで摩擦音がしなくなった。
「うむ。こうして遠距離攻撃を続けるのが合理的ではあるのだがね。それでは少々、張り合いがない。田舎領主の戯れだと思ってくれ」
そして、直径4キロに及ぶ巨大な半球形クレータの底に降りて、肩に担いでいた3メートルの大槍の槍尻を地面につけた。岩盤がむき出しで、高熱を帯びているのか湯気が立っている。
その熱い岩盤が泥状に変化して、大槍に巻き付いていく。それを見ているサムカの右横の岩盤が盛り上がり、すぐに岩塊状の大地の妖精となって姿を現した。
「これ、アンデッド。あまり大地を削るなよ。敵と見なされてしまうぞ」
サムカが兜の面を跳ね上げて、山吹色の瞳を見せる。
「すまんな。詫びといっては何だが、この槍に乗せて飛ばせてあげよう。敵の貴族や騎士どもが身に着けている貴金属を食べるには、ちょうど良い足になるだろう」
大槍を覆う泥が急速に固まり、差し渡し5メートルで6枚の皮翼になった。それらが羽ばたき始めると、大槍が空中に浮かんでホバリングする。〔飛行〕魔術もかかっているようで、槍尻の先の空間から竜巻状のジェット噴流が生じ始めた。
泥も革のような質感に変化して、3メートルの大槍をすっぽりと包み込む形状になる。槍先だけはギラリと鈍い金属光沢を放っているが。
「ドワーフ製の〔飛行〕用ホウキのシステムを〔複製〕して、泥で包んだ。熊人形で実装しているので、問題なく飛ぶぞ。さらに、私の生徒のジャディ君が使うシャドウの術式も組み込んである」
それを見上げる仕草をした岩塊が、体のあちらこちらから牙状の水晶を生やしてサムカに答えた。それらが手足のように動き出すので、ウニか何かのようにも見える。相変わらず目も口も見当たらないのだが、正確にサムカを認識できているようだ。
「ほう。面白い趣向だな。良かろう、たまには空中を飛ぶのも悪くはない」
そう言い放つや、湯気が立ち上るクレーター底の岩盤から50以上もの水晶や金属結晶が飛び出てきて、大槍を覆う6枚の翼に突き刺さっていく。宝石ではないので、それほどキラキラしていないが。
それらがしっかりと『めり込んだ』のを確認してから、サムカが右手の籠手を頭上高く掲げた。
「槍よ、暴れてこい」
6枚の5メートル級の泥の皮翼がしなり、爆風に似た突風が発生した。湯気を全て吹き飛ばし、槍尻から竜巻を発生させながら、いきなり音速を超える速度で上空に飛んでいく。衝撃波がクレータの底や壁を容赦なく砕くが、サムカと岩塊は全くの無傷で上空を見上げている。
「なるほどな。深さ2キロの穴を掘ったのも、我ら妖精を呼びやすくするためか。おかげで、調子者の妖精が何体か槍に乗ってしまったわい。かくいう我も〔分身〕を乗せたが。さて、この穴はすぐに埋め戻すぞ。さっさと脱出するが良かろう。生き埋めになるぞ」
そう言って、岩塊が砕ける。すぐに湯気が再び発生し始め、クレーター底や壁が蠢き出し、盛り上がってきた。
「せっかちな妖精だな」
サムカが兜の面を装着して、ホウキを黒マントの中から呼び出す。すぐに音速の速度で〔飛行〕してクレーター穴から外に出た。
そのまま上昇して上空15メートルの空中に静止し、腰に吊るした宝剣を抜き放つ。刀身から禍々しい闇魔法場が溢れ出てくるので、一応、〔防御障壁〕で刀身を包んで環境への配慮を行った。
既に、翼の生えた大槍は地平線の向こう側まで到着していて、手当たり次第に敵兵や傭兵魔族を貫いて消滅させている。騎士や貴族もいるようで、大槍の突撃を回避したり迎撃したりしている。
その閃光や爆炎を地平線の彼方に見ながら、サムカが手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を呼び出した。ウィザード語で表示された内容は、敵の貴族や騎士の位置情報である。どうやら、大槍を強襲型の観測機として使っているようだ。15秒後、サムカが宝剣を肩に担いで〔テレポート〕魔術刻印を起動させた。
敵は闇魔法を使用しているので、混線予防のためのソーサラー魔術だ。
(よし、敵貴族と騎士の位置がつかめた。〔ロックオン〕をすると感づかれるから、せずに奇襲してみる。ここまではクーナ狐先生の作戦の通りだが、目安として何分間ほど時間を稼げば良いかね?)
エルフ狐先生は帝都の王城の天守閣屋根に陣取っているままだが、術式の構築中のようだ。返事まで数秒ほどの間が開く。
(……そうですね、私の〔殲滅〕魔法の術式が完成するまでに、残り数分というところです。何でしたら、サムカ先生が敵を殲滅しても構いませんよ)
サムカが兜の中で低く笑う。
(いやいや……さすがに多数の貴族や騎士と渡り合う事は無理だよ。1000年ぶりで腕も勘も錆びついているから、尚更だな)
直径4キロのクレーターが、あっという間に底が盛り上がって〔修復〕されていく。
その様子を上空から一目見てから、サムカが地平線上の閃光や爆炎を見据えた。早くもドワーフ製の分子型観測機器が補充されたようで、こちらへの攻撃が再開されている。地平線上にキラキラと光る〔マジックミサイル〕群が見え、亜光速の曲がる〔ビーム光線〕がサムカの周囲の空間を貫き始めた。
ただ、地面からの攻撃は、妖精のおかげなのか皆無である。
「では、数分間ほど暴れるとしよう。ハグ、振り落とされるなよ」
ハグ人形が兜にしがみつきながら、何か文句を言いかけた……が、次の瞬間。そのハグ人形と一緒にサムカの姿が消えた。その一瞬後。50本の曲がるビーム光線が、つい先ほどまでサムカが浮かんでいた場所に殺到する。
しかし、そのまま通り抜けて〔修復〕中のクレーター地面に命中し、地面を溶かして爆発を引き起こしただけだった。
「!!!」
カルト派軍の騎士小隊の眼前に、突如ホウキに乗ったサムカが出現した。
この軍の小隊は3名単位なのだが、古代中東風の華麗な甲冑ごとサムカに四肢を粉砕されて灰になった。声を出す余裕すら与えないサムカの奇襲攻撃に、動揺が広がる敵軍だ。
2万もの敵先鋒隊の真ん中に突如出現して、いきなり半径500メートル圏内の兵が灰や粉になって消え、円形の無人空間ができたのだから当然といえば当然だろう。
ホウキの柄の上に立って、サーフィンでもするような姿勢で鋭い機動をかける。ホウキの柄と穂が軋んで《メキメキ》と裂ける音がするが、無視するサムカ。そのままホウキの柄の先端から、〔紫外線レーザー〕を放射する。
サムカの〔防御障壁〕が数枚ほど吹き飛んだが、構わずに〔レーザー〕を連射していく。
周囲の敵は全てアンデッドなので、激烈な反応が生じて大爆発が立て続けに起こった。背丈3メートルの熊ゾンビや、同じくらいの巨体のゴリラのようなリベナント、それに重武装している人型ゾンビやスケルトン、他にはシャドウやゴーストが等しく爆散して粉々になっていく。
近くの傭兵魔族が巻き添えになって、バラバラにされて吹き飛ぶ。魔族の血糊や脳漿などが高熱で乾いて空中に粉状になり、肉片や骨片が大量に舞い上がった。それらもすぐに燃えて灰や炭に変わっていく。
大地も高熱で溶けて飛び散り、気化して爆風となって、アンデッド兵を粉砕しながら薙ぎ倒していた。
しかし、さすがに負荷が高すぎたようだ。ホウキが高機動による加速度と、〔レーザー光線〕の術式負荷によって、あっという間に砕けて粉になってしまった。
しかし、こうなる事は予期していたようで、難なく空中から地上へ降り立つサムカだ。同時に腰ベルトに吊るしていた宝剣を抜き放つ。その着地場所にいた敵アンデッド兵を、15人ほど一閃させて灰にした。
宝剣の刀身から、尋常ではない濃度の闇魔法場が溢れ始める。
「マライタ先生には悪いが、大いに役に立ってくれた。良いホウキだな。今度は購入するとしよう」
さすがにサムカが宝剣を空中で一閃させても、騎士ともなると耐える事ができるようだ。
他のアンデッド兵や傭兵魔族は、宝剣から伸びる黒い〔影〕に叩きのめされて粉砕され、灰や粉になってしまう。しかし敵騎士は、鎧や盾を砕かれながらも生き残っている。
6枚の皮翼を優雅に羽ばたかせながら槍尻からジェットを噴射し、音速を数倍超える速度で敵陣を何度も突き抜けていく大槍を、サムカが視野の隅に留める。
この翼の生えた大槍は地平線の向こうから飛んできて、次の瞬間には、サムカに襲い掛かろうとした騎士小隊を撃ち抜いて、さらに衝撃波で胴体や華麗な鎧を粉砕している。
勢い余って、サムカが走る方向にも大槍が突っかかってきた。それを「ヒョイ」と黒マントをひるがえして回避する。敵の騎士小隊を粉砕した際に、大槍が彼らの宝剣や装飾品を吸収したようだ。皮翼の色がまだら模様になっている。
大槍が爆音と衝撃波を撒き散らしながら、地平線の向こうまで飛んで行ったのを横目で確認したサムカが、第二撃を騎士の小隊に食らわせて鎧ごと粉砕した。
しかし、サムカの奇襲もここまでのようだった。混乱していた騎士小隊がすぐに立ち直って、サムカを半包囲する。騎士ともなると動作も相当に敏捷になるので、ひと飛びで移動し、500メートル半径の包囲網を構築してしまった。上空にも4小隊の騎士が旋回〔飛行〕して、航空優勢を確保している。
サムカがジト目になって見上げた。
「むう……カルト派は〔飛行〕が得意か」
それでも慌てず、サムカが宝剣を正面に向けて〔影〕を放った。亜光速で伸びた〔影〕が、半包囲している敵騎士小隊の小隊長を粉砕する。敵騎士は多重〔防御障壁〕に加えて、魔力が込められた鎧で守られているはずなのだが……完全に無効化されている。
しかし、次の敵には、この〔影〕は弾かれてしまった。兜の中で不敵な笑みを浮かべる。
「ほう。もう私の攻撃に対処したのか。さすがは騎士だな」
伸びた〔影〕を〔テレポート〕させて、討ち損ねた敵騎士の体内に転移させ、〔消去〕魔法を発動させる。体内から生じた直径2メートルほどの〔闇玉〕に、全身を飲まれて消滅する騎士。
座標情報は既にサムカが大槍経由で取得済みなので、1ミリ単位での測位ができる。そして、これは音速で移動を始めた騎士小隊の群れにも有効だった。
しかし、これも3つほど小隊を消し去るまでに、敵に対処されてしまった。兜の中でジト目になるサムカだ。敵小隊が爆音と衝撃波を撒き散らしている中で、ため息をつく。
「学習能力が高いな。カルト派ゆえに、脳が生きているおかげか」
サムカの攻撃が1つまた1つと封じられていく。既に騎士を100人ほど灰にしていたのだが、敵の士気は全く衰えていない。
その一方で、傭兵魔族の部隊が戦闘を嫌って逃げ始めた。アンデッド兵も次第に戦闘区域から退去し始めたようだ。騎士小隊をまた1つ粉砕したサムカが、引き潮のように引いていく敵の大軍勢を見つめて、兜の中で頬を緩める。
(貴族の指示か。確かに、騎士の戦闘力を発揮させるには、アンデッド兵や傭兵魔族がいると邪魔になるだろうからな。正しい判断だ)
激しく進退して、半包囲網の中で攻防を繰り広げているサムカと騎士小隊は、共に音速を超えた速度だ。アンデッド兵や傭兵魔族では、付いていく事はかなり難しい。魔族の中には超音速での進退ができる者もいるが、やはり少数派で、とても組織行動できる練度ではない。
さらに、サムカと多数の騎士が同じ場所にいるので、小さな因果律崩壊が起きている。
空間に散った火花に触れてしまうと、問答無用でこの世界から弾き出されてしまう恐れがあるのだ。サムカや騎士は、この火花を高速移動で回避できるが、魔族やアンデッド兵では厳しい。
(私のアンデッド兵であれば、音速以上の速度で作戦行動もできるが……そんな事をするような暇な貴族はいないだろうな)
シャドウやファントムのような〔飛行〕するアンデッドであれば、超音速の高機動性が求められる。しかし、地面を駆け回るゾンビやスケルトン兵にとっては難題だ。
元々の処理能力が低いので、超音速で障害物だらけの地面を走らせると、回避できずに衝突して体を破損してしまう。
サムカの領地は街道や作業道が整備されているので、何とか可能になっている程度である。一般の貴族の領地では、そのような舗装された道などはないので、走ったところで転んでバラバラになるのがオチなのだ。
敵の騎士小隊も、〔分身〕や影〔分身〕、〔オプション玉〕等を放ってきている。包囲戦では数の勝負になる事が多いので、実に教科書通りの戦法だ。今では、翼の生えた大槍も〔飛行〕軌道を先読みされてしまい、騎士小隊にかすりもしなくなっていた。
小さくため息をつくサムカ。
(アンドロイドのような人工知能を装備させる事ができていればな……土人形で操っているから、思考が単純過ぎたか)
サムカも次第に騎士小隊の三方向からの連携攻撃に追い立てられ始めて、防戦一方になってきていた。一度に9名の騎士を相手にしないといけない状況なので、さすがに貴族といえども分が悪い。
向かってくる騎士は魔法攻撃を一切せずに、ひたすら剣戟を浴びせてくる。魔力は防御と機動性向上に集中させているので、サムカの高速攻撃に対応できている。
一方のサムカは大槍への魔力供給が中断できない。アンデッド兵や傭兵魔族の大部隊を攻撃しないといけないからだ。敵の最前線部隊はそろそろ帝都城壁に差し掛かろうとしているので、その撃退にも大槍は欠かせない。
騎士小隊の群れは、サムカを三方向から四重に取り囲みつつあった。
サムカの宝剣を浴びて負傷した騎士は、小隊ごと後方に退いて、控えていた小隊と入れ替わる。常時9本の敵宝剣がサムカに斬りかかってくる状況が続くと、さすがにサムカも負傷するしかない。
黒マントも切り刻まれて、今は肩を覆う短い布に成り果てていた。兜を含めた古代中東風の鎧も、斬りつけられて大小の傷が生じている。籠手に至ってはズタズタという表現が正しい有様だ。
宝剣も何千回も敵の鎧や刀剣を斬りつけたせいで、刃こぼれが目立ち始めた。鎬や峰にも、いくつもの切れ込みが付けられている。
しかし、当のサムカは兜の中で意外に冷静だ。
(ふむ……やはり1000年の怠惰のツケは大きいな。クーナ狐先生の準備が整うまで、身が残っていれば良いが、どうやら厳しそうだ)
騎士の大剣がサムカの兜を大きく切り裂いた。敵の大剣も粉砕されたが、兜ごとサムカの頭が鼻の上から吹き飛ぶ。瞬時にサムカの頭が元通りに〔修復〕されたが、兜までは〔修復〕できず、サムカの鼻から下を守るだけになってしまった。
大剣を兜に砕かれた騎士を、サムカが宝剣で頭から一刀両断して縦に割る。鎧ごと、たまらず灰になる騎士を蹴り飛ばして、サムカが自身の兜の面当ての一部を引きはがして捨てた。これでサムカの頭が完全に無防備になってしまった。
この斬撃を予測したのか、左右の騎士が同時に斬りこんできて、サムカの背中と脇腹の鎧を切り裂き粉砕した。サムカの背中と左脇腹の甲冑が消滅し、古代中東風の戦闘服が見える。次の瞬間、サムカの左右への二段突きが騎士の頭蓋を兜ごと貫いて、左右の騎士の胸板から上が〔消去〕される。
追撃をしようとしたサムカであったが、素早く後方の控えの騎士が入れ替わって前面に出てきた。サムカの次の斬りこみを宝剣で受け止め、大きな金属音を立てて弾く。
それを合図にして、三方向から計9本の敵宝剣の斬撃がサムカに襲い掛かった。サムカが正面の斬りつけを宝剣の峰で殴りつけて弾くが、残り8本の斬撃は防ぎようがない。甲冑が全て粉砕されて粉に変わり、古代中東風の戦闘服もズタズタに切り裂かれる。
敵が一斉に宝剣を車輪のように回して、大上段から二撃目を同時に打ち込んできた。2本の敵宝剣を、サムカが剣で叩きつけて砕く。
しかし、ここでサムカの宝剣も大小の破片に砕かれて分解してしまった。残る7本の敵宝剣の斬撃が、サムカの肉体を斬り裂く。サムカの体は死体なので血吹雪は上がらないが、縦に8つに裂かれた。
頭も縦に4つに斬り裂かれ、ペロリとハム肉が開くように崩れかけていく。
そのまだ残って機能していた右目に、四重で三方向から包囲していた騎士小隊の群れが、鎧や武装ごと、一斉に全て灰になるのが映った。同時に、まだ残っていた左耳が聞き慣れたドラ声を拾う。
「騎士ごときにやられるとは、ワシの弟子失格だな、サムカよ」
サムカの右目に、身長2メートルの巨漢の男の呆れた表情が映った。トラロック・テスカトリポカ連合王国軍の右将軍だ。サムカの師匠でもある。
使い古された傷だらけ摩耗だらけの甲冑に、日焼けした黒マント、籠手には2メートルほどの柄がついた巨大な鎖鎌が握られている。
鎌の先は音速を超える速度で回転しているので見えないが、独特の両刃の千鳥刃だ。鋭く輝く赤紅色の大仏頭が春先の日差しに鈍く輝いて、琥珀色の大きな瞳がサムカを睨みつけている。
8枚の開き状態になっていたサムカを、ステワと騎士シチイガが支えてくっつけた。
数秒ほどで完全に接着して、元の姿に〔修復〕を果たしたサムカが膝と腰を曲げて頭を下げる。戦闘服は残念ながら裂かれたままだが、全裸公開だけは防止する事ができた。
ステワが残念そうな視線をサムカに送りつけてきたが、無視する。代わりに、鎖鎌の主に山吹色の瞳を向けた。
「こ、これは師匠。このような僻地にわざわざ御足労下さり、感謝にたえません」
ついでに、両隣の悪友ステワと部下の騎士シチイガにも礼を述べる。その間にも、敵の騎士小隊が右将軍の振り回す千鳥両刃の鎖鎌に薙ぎ払われて、毎秒10体の単位で灰にされていた。
〔修復〕されたばかりのサムカの錆色の短髪頭をステワが軽く叩いて、蜜柑色の瞳をキラリと輝かせる。
「こんな場所で滅されては、私の商売に支障が出るんだよ。全裸撮影は、残念ながら逃してしまったがね」
ステワも戦闘服の上に、魔力を高く帯びている鎧兜を装備した姿だ。サムカよりも経済的に裕福なのでデザインも凝っている。ステワの騎士が2人、右将軍と共に敵陣の中へ斬りこんでいく。
その後ろ姿をチラリと見てから、再びサムカに蜜柑色の瞳を兜の中から向けるステワ。
「物好きな貴族は、他にもまだ来ているぞ。ピグチェン卿と彼の騎士も参戦している。それと、サムカ卿の同盟魔族ルガルバンダもだな。後で、何か奢れよ」
そう言ってサムカからの返事を待たないまま、右将軍に続いて敵陣へ突撃していった。
ピグチェンも2人の騎士を引き連れてきている。宝剣を持った右手を軽く上げてサムカに挨拶し、そのままステワと共に駆け込んでいく。
そのすぐ後ろには、身長4メートルに達する巨漢の魔族ルガルバンダもいて、サムカに丸太のような4本腕を振り回して挨拶していた。ヒグマのような顔に爛々と光る朱色の瞳をサムカに向けて、真っ白い二対の牙を見せた豪傑笑いをしてくる。
彼の後ろには、ルガルバンダよりも50センチほど背が高い、2本腕と2本ハサミ腕を持つ魔族ダエーワと、さらに巨体の身長6メートルにもなるイボイノシシ頭で小さな羽を持つ魔族オメシワトルの両名もいた。
彼らもルガルバンダに負けず劣らず豪快に、敵小隊を粉砕している。
ルガルバンダが4本腕で槍を振り回して敵騎士小隊を粉砕し、サムカに不敵な笑みを向けた。
「がははは。無茶な戦い方はするものじゃねえぞ、テシュブの旦那。ちょっと休んでな」
サムカの騎士シチイガが全身を甲冑で包み込んで宝剣を腰に吊るした姿で、サムカの体を支えている。その兜の中から見える淡い山吹色の瞳の光が、不安そうに揺らいだ。
「我が主。ここはいったん、お引き下さい。回復を果たす事が先決かと」
サムカが首と肩をグルグル回して、騎士シチイガに微笑む。
「回復は済ませたよ。しかしシチイガよ。我が師匠にまで声を掛けるとは、少々やりすぎだぞ」
どうやら、騎士シチイガが右将軍やステワ、ウベルリ、それに魔族のルガルバンダに声を掛けて、〔転移〕してきたらしい。
その場で軽くジャンプしたサムカが、ふと首をかしげる。
「ん? どうやって来たのかね? 異世界間の正規ゲートは、そうそう簡単には使えないだろう」
騎士シチイガが兜を被ったままで頭を垂れた。
「は……実は、その、我が主を〔召喚〕した魔法陣がまだ消されずに残されていたのです。それを辿ってやって来ました。違法行為ですので、よろしくないのですが……」
そう言われてみれば、〔召喚〕魔法陣を消す作業をすっかり忘れていた事に気がつくサムカであった。思わず、錆色の短髪頭を素手でかく。
騎士シチイガが小さな〔結界ビン〕を黒マントの中から取り出して、フタを開けた。瞬時にサムカのズタズタ戦闘服が、巡回用の作業服に変わる。
「執事が心配して準備していた替えの衣服です。正装ではありませぬが、ご容赦下さい」
サムカが頬を緩めて、騎士シチイガの肩を軍手で「ポフ」と叩いた。
「これで良い。最初から、この服装で来れば良かったかも知れぬな。さて……」
騎士シチイガから別の魔法剣を受け取ったサムカが、剣を鞘から抜いて右肩に担ぐ。黒マントの代わりに赤茶けたマントを肩にかけている。この姿の方が、しっくりくるサムカであった。
「もうひと暴れしてくるとするか。ついてこい我が騎士シチイガ」
「は! 我が主の仰せのままに」
サムカと騎士シチイガが揃って大地を蹴り、音速を超える速度で敵騎士小隊に突撃する。
騎士シチイガが先行して敵の〔分身〕や影〔分身〕、それに攻撃用〔オプション玉〕などを薙ぎ払って消し去り、さらに騎士に斬りつけて〔防御障壁〕を破壊する。
騎士がカウンター攻撃で騎士シチイガに斬りかかるが、横手から突撃してきたサムカによって鎧の隙間に沿って、手足や胴体、それに首を刎ね飛ばされた。同時に斬り口に〔闇玉〕が撃ち込まれて、半秒後には鎧ごと〔消去〕されてしまう。
敵騎士小隊の隊員を、騎士シチイガとサムカとで連携して撃破する作戦のようだ。
敵騎士も音速を超える速度で進退しているのだが、やはりカルト派の限界なのか、若干、反応が鈍い。その微妙な速度差を生かして、瞬く間に2つの小隊を〔消去〕していく。
敵小隊が陣形を整えるために隊列を組んで引いていく。後方の敵小隊が魔法の遠距離攻撃を仕掛けて、一時退却を支援してきた。その600発もの〔マジックミサイル〕や〔闇玉〕の斉射を、騎士シチイガが宝剣を一閃して全て〔消去〕する。
「敵陣が崩れました。追撃の許可を……」
騎士シチイガの姿がいきなり消えた。右将軍やステワ、ピグチェンにルガルバンダまで、一斉に姿がかき消される。
思わず目が点になっているサムカの肩に、いつの間にかハグ人形がしがみついていた。
「『規約違反』だからなあ。召喚ナイフの親元としては、見逃すわけにはいかないのさ。死者の世界へ帰ってもらったぞ。あはは」
サムカが敵の〔闇玉〕や〔石化〕光線を回避しながら、肩の人形にジト目を向ける。
「余計な時に、仕事熱心になるものだな」
しかし、(遅かれ早かれ、因果律崩壊を引き起こして退場するだろう……)と予想していたので、サムカもそれ以上の文句は言わない事にした。空間に飛び散っている火花の量が次第に増えてきている。このままでは、空間に亀裂が生じてしまいそうだ。
しかし、敵の貴族小隊の群れは相変わらず攻撃を受けて、爆発して消滅している。
サムカがまた1人、騎士を斬り伏せて〔消去〕しながら周囲を見回す。
「どういう事だ? 誰かが援護射撃をしてくれているぞ」
ハグ人形が超音速で飛び跳ね駆けているサムカの右肩にしがみつきながら、口をパクパクする。
「魔法場の特徴からして、エルフだな。狐になった先生はまだ帝都王城の屋上で術式展開中だから、別の連中だろう」
それを聞いて腑に落ちるサムカ。新たにまた1人、騎士の首を刎ねて、斬り口に〔闇玉〕を撃ち込み完全に〔消去〕する。
背後から、斬られた騎士もろともにサムカ目がけて、別の騎士小隊が〔闇玉〕を14発ほど撃ち込んできた。それを地面に潜航して回避する。すぐに地上へ浮き上がって敵小隊の中央に出て、足を撫で斬りにした。
≪バキャ!≫
あっけなくサムカの剣が折れた。敵の騎士の剣を奪う。
それを使って、地面に転がった3名の騎士を、鎧の隙間からバラバラに切断した。当然、念入りに斬り口に〔闇玉〕を撃ち込んで、敵を完全に〔消去〕する事も忘れない。
「エルフ警察の特殊部隊だろう。こっそり紛れて、実射訓練をするには最適な状況だからな」
右将軍たちが強制帰国させられたので、すぐに未知の味方からの援護射撃も終了してしまった。それでも満足そうに微笑むサムカだ。
討ち取った敵騎士の宝剣を5本奪って、それらを赤茶けた中古マントの中に強引に押し込んで〔収納〕する。
「敵の包囲も崩れたし、数を削る事もできた。上々だよ」
実際、残っている敵の騎士は6人にまで減っていた。彼らの剣や槍は刃こぼれだらけになっており、古代中東風の華麗な甲冑やマントもボロボロになっている。しかし、本人自身は〔修復〕を終えているようで、見た目は無傷だ。魔力の低下もほとんど見られない。
サムカが錆色の短髪頭を無造作に軍手で叩いて、土埃などを払い落とす。
「6名か。これでは人数不足で、私を包囲する戦術は使えないな」
敵騎士たちが一斉に18体もの〔分身〕を出現させてた。彼らに壁になってもらい、その間に超音速で退却し始める。その全ての〔分身〕を、奪った宝剣で一閃して〔消去〕するサムカ。
敵騎士たちは、サムカに向き合った姿勢のままで、後ろに跳んで逃げている。
〔闇玉〕や曲がる〔ビーム光線〕等を放って、逃げていく敵騎士たちを追撃する。その間に、サムカが作業着の中に〔収納〕していた全ての剣を呼び出した。
呼び出した5本の剣の柄を、泥が包み込む。同時に、柄の先からは竜巻状のジェット噴流が生じ始めてきた。皮翼こそないが、大槍と同じような印象だ。
サムカの前に浮かんでいる5本の剣が、超音速で離脱中の敵を〔ロックオン〕した。
無言で剣を放つサムカ。爆音と衝撃波を発して5本の剣が、音速の数倍の速度で敵に向かって飛んでいく。途中にいた運の悪いアンデッド兵や傭兵魔族が衝撃波に粉砕されて、剣の〔飛行〕進路跡に血吹雪を噴き上げた。
敵騎士たちはそれぞれ剣を振るって迎撃したが、サムカの放った剣を素通りしてしまった。ソーサラー魔術の〔幻覚〕魔術がサムカの剣にかけられていたのだった。
本物の剣は〔ステルス障壁〕に包まれて、幻のダミー剣のすぐ後ろに控えて飛んでおり、呆気なく敵の騎士の華麗な甲冑の隙間に突き刺さった。
次の瞬間。甲冑の中の騎士本人が〔闇玉〕に飲まれて〔消去〕される。残ったのは甲冑と剣だけであった。
「1人だけ逃したか。やはり、戦闘の勘が鈍っているなあ……」
軽く反省するサムカ。持ち主不在になった敵の騎士の宝剣を全て回収して収納する。地平線の向こうから撃ち込まれてきた曲がる〔ビーム光線〕や〔闇玉〕を難なく事前回避しながら、錆色の短髪頭を軍手でかいた。右肩にしがみついているままのハグ人形が、無いでニヤニヤ笑っているのを無視する。
「さて。次は貴族だな」
そう言い放ったサムカが〔テレポート〕して、姿を消した。
次の瞬間。名も知らぬ異国の貴族の目の前に出現する。驚愕の表情を浮かべている貴族の籠手を、軍手でしっかりと握りしめて山吹色の瞳を鋭く輝かせた。
「初めまして、かな。そして、さようなら」
貴族の周囲には2人の騎士が控えており、傭兵魔族の長とおぼしき巨漢の魔族と、400体ほどのアンデッド兵が戦闘態勢で控えていたのだが……突然のサムカの乱入に混乱するばかりだ。
まさかソーサラー魔術によって〔テレポート〕してくるとは予想していなかったのだろう。普通、貴族は闇魔法によって〔転移〕をするものだ。
サムカに対する怒声と罵声が四方から聞こえる中、驚愕の表情を浮かべたままの敵貴族が爆発した。同時に因果律崩壊が起きて、サムカと貴族が立っている空間や地面ごとごっそりと消滅する。空間の裂け目がバックリと広がり、近くにいた敵兵を容赦なく飲み込んで……閉じた。
先鋒部隊の隊長が消滅して大混乱に陥っている敵軍の部隊から、王都の外壁の上に〔テレポート〕して、サムカが姿を現す。
「ふむ。意外に効果的だな」
サムカの感想に、右肩にあぐらをかいて座っているハグ人形が銀色の毛糸頭をかきながらニヤニヤ笑っている。
「なるほどな。貴族に〔暗黒物質破壊〕魔法をぶっ放したのか。接触魔法だから回避できないわな、ははは」
アンデッドは死霊術場や闇魔法場を強く帯びる事で活動できるのだが、これは同時に暗黒物質に包まれた状態でもある。これを破壊すると魔法場が散逸してしまい、多大な被害を受けてしまうのだ。故ナウアケにペルたちが使用した際も同じ現象が起きたので、彼を撃退する事ができている。
しかし、ペルの場合は敵の『思念体限定』であったが。サムカの攻撃の場合は、『肉体付き』でも敵の暗黒物質を破壊できるようだ。
帝都の城壁は、以前のテロ騒動で生じた破損部分が修復されて、元通りになっていた。異なる点は城壁に誰もいない事だが、気にしないサムカである。さらに、足元の石畳がサムカの魔力でゆっくりと〔風化〕していくが、これも無視している。
「敵の先鋒部隊は、これで退却し始めたな」
城壁へ向かっていた敵先鋒の部隊、1万5千ほどのアンデッド兵が混乱して隊列を乱しながら、後方へ引き上げていくのが見える。
この辺りの部隊はサムカとの戦闘を想定していないようで、熊ゾンビが主力になっていた。攻城戦なので、怪力と大きさ重視の配置だったのだろう。とにかくもこれで敵軍の帝都侵入は、ひとまず阻むことができたと見て良いはずだ。
「次は計画通りに、本隊部隊の将を始末するか」
そう言って、再びサムカが〔テレポート〕した。敵貴族の位置座標がミリ単位の正確さで把握できているようで、今回も敵貴族の真正面に出現する。
同じように驚愕している敵の顔に、山吹色の瞳を細めて挨拶するサムカだ。すでに軍手で敵貴族の華麗な籠手を握りしめている。
「2人めだな。さようなら……」
最後までサムカが言い終わらない内に、敵貴族が爆発した。そのままサムカごと因果律崩壊に巻き込まれて消滅する。残ったのは直径2メートルほどのクレーターだけだ。いったん大きく裂けた空間も、すぐに修復されて閉じていく。
側近の騎士が2人、騎士見習い3人と共に、今になって慌て始めている。
傭兵魔族の長は前線の崩壊をいち早く知ったようで、早々に〔テレポート〕して逃げ始めた。
大混乱が伝染病のように広がっていく中で、再び唐突にサムカが姿を現す。錆色の短髪頭の上には、ハグ人形が寝そべってニヤニヤ笑っている。
「まさに『捨て身の攻撃』だな、サムカちん。ワシがいなかったら、既に2回は灰になって滅しておったぞ」
サムカが先程の騎士や貴族から奪った宝剣を鞘から引き抜いて、容赦なく騎士と騎士見習いに斬りつける。混乱して密集していたせいで、剣を鞘から抜く事で精一杯の騎士たちを、その鎧の隙間に沿ってバラバラに斬り分けた。
当然のように〔闇玉〕がサムカの周囲の空間から自動発射されて、鎧の中身が〔消去〕されていく。逃げ損ねた魔族の長も次の瞬間にはバラバラに斬られて、血煙を上げながら〔消去〕されてしまった。
巨体のリベナントを含むアンデッド兵が、主人を失ったので停止して動かなくなる。ただの人形と化した5000のアンデッド兵を、宝剣で薙ぎ払って〔消去〕するサムカだ。
一気に、サムカの周囲半径1キロが完全な無人となった。
ハグ人形がサムカの右肩にしがみついて、少々呆れた口調でつぶやく。
「おうおう……もう、2万体ほど〔消去〕しているな。どんだけ強いんだよ、サムカちん。〔消去〕祭りじゃないか。消しまくりは楽しいかね」
サムカが1キロ先から雨のように撃ち込まれてくる、〔闇玉〕や曲がる〔ビーム光線〕を回避しながら、頬を緩めた。
「奇襲が成功しただけだよ。師匠や王国連合軍の貴族の方が遥かに強いさ。さて、私をいよいよ無視できなくなったようだな。貴族が集まってきた」
ハグ人形もサムカの頭の上で仁王立ちになって、なぜかドヤ顔をして周囲を見回している。
「そうだな。9人の貴族が、ここへ急行中じゃな。さて、どうするかね? これだけの貴族が同じ場所に集まると、この世界じゃ因果律崩壊が起きてしまうぞ。それが狙いかね?」
サムカが少しジト目になって、ハグ人形に答える。数本の自動追尾方式の〔ビーム光線〕がサムカを貫くが、何も起きていない。作業服に穴が数個開いただけだった。サムカも気にしていない様子である。
「カルト派はそこまで愚かではあるまい。因果律崩壊が起きない程度で私を包囲して、遠距離魔法で仕留めるつもりだろう。それが私とクーナ先生の狙いでもあるがね」
実際、次第に敵の遠距離攻撃が苛烈になってきていた。全ての魔法攻撃を回避したり、透過したりできなくなってくる。作業服があっという間に穴だらけになり、体も穴だらけになっていく。
拳大の大きさの穴が胴体や頭、手足に容赦なく開くのを、足元にある泥を使って塞ぐサムカだ。おかげでサムカが次第に泥人形に変わっていく。
ハグ人形だけは、撃たれても撃たれても瞬時に元通りに復元し続けているが。今やハグ人形の方が目立つ有様だ。
両目や口も『泥作り』になったサムカが、手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面を見て微笑んだ。
「待たせたな、クーナ狐先生。頃合いだ」
エルフ狐先生の声が通信で画面からサムカに届いた。
「狐は余計です。こちらこそ、お待たせしました。よく耐えてくれました」
その次の瞬間。サムカの視界が真っ白な光で包まれた。上空から強烈な光と風の精霊場を〔察知〕して、サムカが真上を見上げる。
爆音や衝撃波も瞬時にかき消されて、一瞬の静寂が戦場を覆った。全てが光に〔分解〕されていく。音さえも。
【兵器級の光の精霊魔法ふたたび】
上空から太陽風の龍型精霊が150体、大口を開けて突入してきた。
さすがに金星で見た種類ほど大きくはないのだが、数が多い。ズラリと牙が並んだ口の奥は、真っ白い光に包まれているのだが、なぜか『奈落の底』という印象を見る者に与える。
口の大きさは長径130メートルの楕円形だ。鯉が餌に密集突撃してくるような勢いで、宇宙空間から大気圏を突き破って襲い掛かってきた。
サムカが真っ白い光の中で、金星で経験した魔法場を基にして〔防御障壁〕を展開する。もちろん、事前にエルフ狐先生からも〔防御障壁〕に必要な術式情報を得てはいる……のだが、やはり光の精霊魔法の術式なので、サムカにはそのままでは使えない。
走って逃げようにも、太陽風の龍群は秒速450キロの高速で突入してくる。音速程度の速度しか持たないサムカでは、遅すぎて退避できない。
それは敵軍も同様のようで、ほとんどの者は硬直したかのように、ただ天空を見上げているだけだ。
膨大な光と風の精霊場をまともに全身に浴びてしまっているので、動力源である死霊術場や闇魔法場が〔干渉〕を受けて機能マヒを起こしているせいである。
ゾンビやスケルトン、ゴーストに一部のシャドウは、この光の照射を受けただけで爆発して灰になり始めた。厳つい体格のリベナントも、体が崩壊し始めている。
〔転移〕や〔霧化〕、土中への〔潜航〕魔法などを使って、逃げようとする貴族や騎士も何人かいる。そんな彼らの気配を地平線の辺りで感じるが、残念ながら何もできない様子である。
魔法場汚染が太陽風の龍型精霊によって広範囲に引き起こされて、術式の混線が深刻な状態で起きているせいだ。
サムカも〔テレポート〕できないと知り、整った眉を少しひそめている。今や、顔を含めたほぼ全身が泥人形の状態なのだが、それでも貴族らしい気品は最低限保っているような姿だ。
「下手をすると、私まで光にされてしまいかねないな」
その言葉を全て言い終わらない内に、真っ白い光の塊の龍の大群が大地に激突した。
大地が真っ白に輝き、表層の土や岩盤が数メートルほどの厚さで消滅し、光に〔分解〕されていく。サムカの知覚では全て把握できないのだが、恐らくは地平線の向こうまでを含む、かなり広範囲の大地の表土が光にされたようだ。
敵軍の貴族や騎士は全て、エルフ狐先生によって〔ロックオン〕されていたようで、丁寧に1人に1匹の龍が割り振られていた。真っ白く光る体長数キロにも及ぶ太陽風の龍型精霊に、全ての貴族と騎士が頭から食いつかれて、大爆発を起こして灰になっていく。
1人を食いつくした龍は、すぐに別の貴族や騎士に襲い掛かっていく。まるでウナギ養殖場で、ウナギが餌を食べるような気楽さと勢いだ。『貪り食らう』という表現がふさわしい。
爆風すらも食い尽くした光る龍型精霊が、周辺で灰になり始めているアンデッド兵や、光になり始めている傭兵魔族の部隊を食い始めた。
既に膨大な光と風の精霊場を浴びて全身マヒ状態に陥っていた魔族も、為す術もなく棒立ちのままで食い尽くされていく。アンデッド兵も全て爆発して灰になった。
サムカは〔防御障壁〕のおかげで何とか動けていたのだが……それでも超高速で地上を蹂躙する龍型精霊の牙を、全て回避する事はできなかった。
あっという間に、頭以外は全て食われてしまい、光に〔分解〕されていく大地の上をゴロゴロと転がっていく。その頭も成分がほとんど泥なのだが、泥の表面が次々に光に〔変換〕されて、小さなクレーター状の穴を頭に開けていく。
「うう。いかんな。私も滅されてしまうぞ……」
ゴロゴロと焼けた地面を転がりながら、泥頭を光にされて徐々に崩され、焦るサムカである。
そこに、地面から鋭い爪が10本生えてきて、転がっていくサムカの泥頭を受け止めた。そのまま金属と結晶でできた爪がサムカの泥頭を包みこむ。
「テシュブ先生も形無しですな、ははは。契約に基づき、守護しますよ」
大地の妖精の声が爪から聞こえる。
サムカがクレーター穴だらけになった泥頭で、礼を述べた。もう、目や口に耳もクレーターに潰されて消滅しているのだが、きちんとした音声だ。
「おお、これは助かる。後でクーナ狐先生に文句を言って、何か奢らせよう」
爪が急速に大きく成長して、サムカの泥頭を幾重にも包み込んだ。同時に大地から地鳴りが起きる。
「太陽風なんかに頼まなくても、この程度のアンデッドの群れでしたら、私たち大地の妖精がひと呑みにして消化吸収したのですが……とにかく、もう用済みなので龍には消えてもらいましょうかね。森の妖精に見つかると、また面倒な騒ぎになりますよ」
真っ白に光る大地から無数の結晶や金属の牙が生えて、急速に巨大化し始めた。
あっという間に長さ1000メートル級にまで成長した無数の牙が、大地を這いまわって蹂躙している太陽風の龍型精霊の大群を絡め捕る。
白く光る龍の群れが大地を砕きながら暴れ、巨大な牙から逃れようとするが……それも数秒間ほどしか続かなかった。150体もいた全ての太陽風の龍型精霊が、巨大な牙に〔吸収〕されて消滅する。同時に、牙も自己崩壊して砕けていった。
サムカの泥頭を包んでいた巨大爪も、風化するように砕けて消滅していく。
「なかなかの御馳走でしたよ。大地の精霊や妖精が皆、大喜びしています。また元気になって地震が起きてしまいますね、テシュブ先生」
穏やかな声で、最後に残った大型爪が声を発して……そのまま崩壊した。安堵のため息をつくサムカだ。
「おい、ハグ。ちょっと私に魔力供給してくれ。このままの姿では、クーナ狐先生に笑われてしまう」
両目が破壊されたままなので視界が全く利かないサムカであったが、すぐそばにハグの魔法場を感じる。ハグ人形が少し呆れながらも声をかけてきた。
「ははは。確かに、穴だらけの泥人形頭では、見栄えが悪いか。サムカちんが灰になるものと〔予想〕しておったのだが、なかなかにしぶといな。よかろう、その幸運に免じて〔復元〕してやろう。占道術を少し学んだおかげじゃな。アンデッドの癖にラッキー男になりおって」
散々に冷やかされながらも、ボロボロの作業着姿に〔復元〕されたサムカである。土中から起き上がる。赤茶けた中古マントや作業着までも〔復元〕されている。しかし、ハグのセンスに従っているので、とても〔復元〕とは呼べない有様に仕上がっているが。
とりあえず今は、文句を言わない事にするサムカ。顔についた泥を、軍手で拭って〔消去〕する。
「土葬状態からの〔復活〕か。面白い趣向だな、ハグ。感謝するよ」
そして、ハグ人形を錆色の短髪頭の上に乗せて周囲を見回す。思わず頬を緩めて吹き出した。
「ふふ……見事なまでに更地にしてくれたものだ」
深さ数メートルほどで『一律に地平線の向こう側まで削られた』大地が広がっていた。しかし、大深度地下の妖精のせいか、ゆっくりと大地が隆起しているようだ。足元がゆっくりと揺らぎ続けている。
「もう、大地の〔修復〕が始まったのか……それほど、太陽風が美味だったのかね」
あれほどの大軍だった敵アンデッドと傭兵魔族の連合軍は、影も形もなくなっていた。それどころか、草1本すら残っていない砂漠のような荒野が、地平線まで広がっている。
赤茶けた中古マントを、砂塵を含む乾いた風になびかせて立つサムカが、大きく背伸びをする。
「周辺に全く生物がいないな。おかげで快適だ。ここに城を築きたいくらいだよ」
エルフ狐先生が〔テレポート〕して、サムカから3メートルの距離に出現した。肩にライフル杖を担いでいて、警察制服姿で全くの無傷である。
「そんな事したら、撃ちますよ。お疲れさまでした、サムカ先生」
エルフ狐先生が微笑んで、サムカの立つ場所まで周辺をキョロキョロ見回しながら歩いてくる。草1本も残っていない砂漠化した大地に、かなり驚いている様子ではあるが……怒ってはいない表情だ。
「帝都の城壁と町の一部が、太陽風に飲み込まれて光になってしまいましたけれど……無事に撃退できましたね」
サムカが帝都の方向を眺める。しかし、城は地平線の向こう側なので、ここからでは尖塔の先しか見えない。
「大槍も太陽風に食べられてしまったようだな。無事であれば、飛ばして帝都の状況を観測できたのだが」
そして、顔をエルフ狐先生に向けた。少し強い風が吹いて、砂塵が巻き上がる。しかし2人ともに〔防御障壁〕を展開しているので、砂塵まみれになることはなさそうだ。
「兵器級の光の精霊魔法は何度か見たが、今回は抑え気味だったな。さすがに金星の時のようにはならないか。しかし一介の警官に、こんな魔法を2回も許可するとは驚いたよ。クーナ先生の上司から信頼されているのだね」
エルフ狐先生が腰まで真っ直ぐに伸びる金髪頭を軍用グローブでかく。髪の先が腰の辺りで大きく揺れる。
「一応は、特務機関の分室長ですからね。でも、まあ……種明かしをすると、私は書類上の担当者というだけで、実際にこの広域〔殲滅〕魔法を使ったのは特殊部隊なんですよ。彼らは不法入国していますので、表に出ないだけです」
サムカも素直に納得する。
「そうかね。私も彼らに助けられたよ。なかなかに優秀だな。どこにいるのか、全く〔察知〕できなかった」
エルフ狐先生が何か考えながら、腰ベルトに手を当てた。草で編んだポーチが可愛く揺れている。さらに、右肩に担いでいるライフル杖で、自身の肩を「ポンポン」と叩いた。
「作戦上、仕方がないとはいえ、死者の世界の正規軍を壊滅してしまいましたが……改めて伺いますが、サムカ先生の王国連合に何か不都合な事が起きませんか? 確か、サムカ先生も交易をしているのですよね」
サムカが錆色の短髪頭を軍手でかきながら、困ったような表情で微笑む。
「まあな……しかし、今回の敵はカルト派であったし、オメテクト王国連合もまだ混乱の中だ。『制御を欠いた軍の暴走』という認識で、国王陛下と宰相閣下が対応するだろう。我らの王国も、タカパ帝国と通商を行うつもりであるしな。タカパ帝国が危機に陥っては、商売にならぬので介入したとでも説明するのだろう」
エルフ狐先生もサムカと同じように予想していたようで、素直にうなずく。
「そうですね。私のブトワル王国も、今回の騒動でかなり兵器の運用試験ができたと喜んでいると聞きました。魔力が比較的弱いカルト派とはいえ、貴族や騎士たちを一撃で殲滅できた事は大きいですね。一般貴族のサムカ先生も瀕死の重傷を負いましたし。あ……そうだ」
エルフ狐先生が心配そうな表情をしながら、サムカに謝る。
「すいませんでした。予想よりも太陽風の龍型精霊の魔力が1桁くらい高かったのです。何とか無事で生き延びてくれて良かった」
サムカが朗らかに微笑んだ。
「最初から死んでいるがね、アンデッドだからな」
「さて」とサムカが周囲を改めて見渡した。西と北、それに南の地平線を眺めて、やや顔を険しくする。
「森の妖精群と、『化け狐』の大群が迫って来ている。私がここに留まっては、彼らの攻撃を呼び込む事になる。さっさと学校にでも退却するか」
エルフ狐先生が同意した。優雅に尻尾をふる。すっかり仕草が狐族みたいになっている。
「それが良いでしょうね。ちょうど、砂漠化した荒野ができましたので、ここに誘導するようにします。帝都の隣に広大な森が生まれる事になりますが……まあ、仕方がないでしょうね。帝都が森に埋まるよりはマシです。この地域に森はありませんでしたから、森の妖精たちも納得してくれるはずですよ」
そう言って、肩に担いでいたライフル杖を両手で持って、頭上に掲げた。
「では早速、誘導術式を……」
いきなりサムカとエルフ狐先生の目の前に、墓次郎が現れた。
かなり不機嫌な様子で、だらしなく垂れた中年太りの太鼓腹をブヨブヨと上下左右に揺らして、ガニ股で詰め寄ってくる。白髪が半分以上を占めるゴマ塩頭が、日差しを反射してギトギト輝いている。服装は相変わらず、用務員用の作業服のままだ。
「困りますねえ。我々墓所の安眠計画を邪魔するとは、実に困りますねえ」




