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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
119/124

118話

【魔法学校の門の外】

 地下階の学校施設は、宿舎や食堂などを含めて復旧が完了していた。マライタ先生が自作したアンドロイド部隊と、招造術のスカル・ナジス先生による土製や木製ゴーレム群による突貫工事のおかげだ。もちろん、魔法工学と招造術の専門クラス生徒たちも大いに協力している。


 アンドロイドとゴーレムとでは仕組みが異なるので、そのままでは協調して作業を自動で行う事は難しい。その点は、幻導術のウムニャ・プレシデ先生が、相互通信回路を構築して対応している。

 ちなみにこれは、アンドロイドやゴーレムだけで互いに情報交換や自己学習を行えるような仕様だ。先生や生徒が関与しなくても、彼らだけで作業の効率運用ができている。


 今は復旧作業が終了したので、周辺の集落や出入りの商人に対して業務用に貸し出す準備を進めているようだ。違法施設や、大地の精霊による帝都襲撃事件などの影響で、ウィザード魔法への風当たりが強まっている昨今である。こうして信用回復に努めているのだろう。この程度では、あまり好転する変化は期待できないと思われるが。


 夜が明けて森の中も明るくなってきている中、近隣の狐族の農家や、竜族の商人数名を相手に、ナジス先生とプレシデ先生とが2人で取り扱い説明を行っていた。学校の敷地の外の森の中で、数体のアンドロイドとゴーレムがゆっくりと状態を揺らしながら待機しているのが木々の間から見える。

 しかし、朝にしては小鳥や獣の鳴き声があまり聞こえてこない。好奇心旺盛な原獣人族の姿も、あまり見当たらない。

 農家と商人たちはいずれもかなり日に焼けていて、精悍な面持ちだ。しかし風邪気味なのか時節、咳をしている。熱もあるようで足元がふらついている者もいた。


 数分間ほどかけて説明を終えた先生2人が、アンドロイドとゴーレムを農民や商人に引き渡した。おっかなびっくりの様子ながらも、何とか操作して村へ戻っていく。

 そんな獣人族の後ろ姿を見送ったプレシデ先生が安堵したのか、体をいつも通りに斜めに傾けた。この後、授業をするようで、先生らしいスーツ姿である。黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を両手でかき上げて、切れ長の吊り目で黒い深緑の瞳を閉じた。

「ふう……予想以上に疲れますな。契約外の労働が増えて困りますよ。後できちんと手当の申請しなくてはなりませんな。ついでに抗議もしないと」


 隣ではナジス先生が木にもたれながら、白衣風ジャケットの裾をパタパタさせている。彼はヘラヘラ笑いを浮かべてはいるのだが、顔全体の表情から見ると不満気のようだ。

「その通り。私も疲れが溜まってしまって、体が重く感じます。ずず」

「上層部の失態を、我々末端の者に押しつけないでもらいたいものですよ。ずず」

「ただでさえ、授業が予定よりも大きく遅れていて、大変だというのに。ずず」

 そう文句を言いながら、手元に時刻表示を出す。

「さて、朝食の時間ですね。ずず」

「我々も食堂へ向かいましょう。今は生徒も利用する共同食堂です。ずず」

「食べ損ねる恐れが高いですからね。ずず」


 森の上空では今朝も、ジャディが数名の飛族と一緒に門の上を数回ほど旋回飛行して、そのまま一直線に森の奥へ飛んで消えていった。




【地下階の食堂】

 地下階の食堂では、既に朝食の配膳が始まっていた。厨房や配膳カウンター、それに食器洗いの各部署が忙しく働いている。

 利用する生徒たちも多く集まり始め、これに先生たちと校長を含めた事務職員が合流して、配膳カウンターで注文した朝食を受け取っていく。


 樹脂製の盆にバナナと、ナッツバターを塗ったトースト、それにスクランブルドエッグに細切れ野菜や肉、唐辛子などを混ぜ込んだものを、ペルがミンタと一緒に配膳カウンターで受け取った。飲み物は温めた牛乳にしている。

 ミンタが同じメニューの朝食を受け取るのを待ちながら、ペルが不審そうに周囲を見回している。

「……ミンタちゃん。何か違和感を感じない?」


 ミンタがペルと一緒にテーブル席へ向かいながら、片耳を数回パタパタさせた。鼻先のヒゲを数本ヒョコヒョコ動かす。

「そう? ああ、そういえば今朝はサラパン主事さんが食堂に来ているわね。ほら、校長先生と一緒にいる。テシュブ先生の〔召喚〕が一限目にあるせいか眠そうだな。教育研究省の仕事が忙しいんじゃないかしら。そのせいで、今回のテシュブ先生の〔召喚〕時間がこんな早くになってるし」


 ペルが席について、樹脂製の盆をテーブルに置く。温かい牛乳が入った半透明の樹脂製コップが2センチほど横ずれして、思わず変な声を上げた。ニヤニヤして見つめているミンタに、照れ笑いを浮かべるペルだ。

「……うわあ、危なかった。あ。サラパン主事さんじゃないよ。何というか……ここにいる全員に何か違和感があるの」


 ミンタが続いて樹脂製の盆をテーブルに置いて、ペルの隣に座る。このテーブルには他にミンタの友人の生徒たちが15名いて、既に朝食を食べ始めている。今朝の朝食メニューは3種類あったのか、生徒によって組み合わせが多様だ。

 そして、その中に当然のような顔をしてコントーニャが加わっていた。ニッコリと微笑んで手を振っている。

「おはよー。何か今朝は眠いわねー」


 ミンタが呆れたような表情になって、とりあえず挨拶を返した。

「コンニー。どうしたのよ、今朝は。いつもはリーパット連中にベッタリくっついているくせに」

 コントーニャがにこやかに微笑んで、牛乳を1口飲む。

「商売繁盛で忙しくてねー。もうリーパット党員は辞めたわよー。今は宰相派なのよねー」


 ペルと他の女子生徒たちが目を点にしている横で、ミンタが大きくため息をつく。彼女も同じく牛乳を1口飲んだ。

「そういう節操のない所、コンニーらしいわ。って事は、今は宰相派からの事業受注が多いのね。私の実家もそうみたいだけど」


「そうなんだ……」

 ペルたちが、今度はミンタに点になった目を向ける。「コホン」と小さく咳払いをするミンタであった。

「実家の事は詳しく知らないわよ。さあ、食べましょ。冷めてしまうわ」


 その後はいつものように仲間たちと談笑しつつの食事になった。しかし、コントーニャを含めた友人たちの顔と朝食の量を見て、ミンタが鼻先のヒゲを交互に上下する。

 そして、ペルに明るい栗色の瞳を向けた。

「……そうね。ペルちゃんの危惧する通り、確かに、生徒たちに元気がないわね。みんなの朝食の量も、いつもより少なめみたい」

 ペルも不安そうな顔でうなずく。

「でもまあ、コントーニャさんのように元気な人もいるし。私の思い過ごしかも」


 レブンが7名の黒いフードを頭から被った、スロコック率いるアンデッド教徒たちに巻き込まれて食堂に入って来たのが見え、ペルが手を振って挨拶する。

 次いでムンキンがバングナンや党員たちと何か話しながら食堂へやって来たので、彼らにも手を振るペルだ。ラヤンはマルマー先生やスンティカン級長を先頭にした一団の中ほどにいて、既に食堂の一角を占拠していた。

 地下が嫌いなジャディの姿は見当たらない。これはいつも通りの事だ。ノーム先生の精霊魔法専門クラスのニクマティ級長も、30名ほどの生徒たちと一緒に朝食を取っている姿が見える。彼にも手を振って挨拶するペルである。


 ミンタがそんな彼らを無視して、食堂にいる人たちを簡易杖を使って〔診断〕し始めた。ついでに、食堂に備えつけの大型〔空中ディスプレー〕にも簡易杖を向けている。


 食堂は既に人で埋まり始めていたので、レブンとアンデッド教徒たちは他の空いているテーブルに向かった。ペルが手を振って見送るが、やはり、どこか違和感を感じ続けている様子だ。

 黒装束のスロコック先輩の背中が丸まっていて、少しフラフラしている。レブンもそういえば、足元が少し定まっていないように見える。


 他の魚族の生徒たちにも目を向けるペルが、さらに怪訝な表情になった。牛乳を1口飲んで、両耳を交互にパタパタさせている。

「魚族の人たち、全員がフラフラしてる……」


 先生たちが固まって座っている食堂の一角にも薄墨色の瞳を向けて、片耳と鼻先のヒゲをピコピコ動かしていく。ちょうど、ナジス先生とプレシデ先生が食堂に入ってきて、食事中のエルフ先生とノーム先生に挨拶を交わしている所だ。

 パリー先生は、いつも通りに姿が見当たらない。彼女は妖精なので、特に食事をする必要はないからだ。クモ先生も、いつも通りに姿が見当たらない。

「先生方も、いつもと少し違う気がする。事務職員さんと食堂の従業員さんから、一番大きな違和感を感じるよ。ミンタちゃん」


 簡易杖を腰ベルトのホルダーケースに戻したミンタが、片耳を数回パタパタさせてペルを見た。

「うーん……異常らしい異常は確認されなかったわよ。強いていえば、疲れが溜まっている事くらいね」

 ペルが軽くパタパタ踊りをする。

「……やっぱり、私の思い過ごしかな、きっと。このところ、ずっと騒動続きだったもんね、疲れが溜まるよね。ごめんね。朝食が冷めちゃうから食べよう」


 ペルが急いで朝食を食べ始めたのを横の席で見ながら、ミンタもスクランブルドエッグを平らげた。

(でも、事実として、今朝は朝食を食べる量が明らかに減っているのよね。活気も若干弱いし)

 早くもミンタが食べ終わった。まだ湯気が立っている牛乳を飲みながら、今はそんな事を考えている。


 コントーニャもミンタに続いて朝食を食べ終えて、さっさと席を立つ。

「それじゃあ、私はこれでー。授業が始まる前に、もう一仕事やっておかなきゃいけないのよねー」

 周囲の生徒や先生たちが軒並み体調不良の様相の中で、かなり浮いている元気さだ。ミンタが呆れた表情で手を振って見送る。

「はいはい。商売熱心なのは良い事よね。私の実家にも、何か便宜を図りなさいよ」


 特に返事をせずに、スキップしながら嬉々とした表情で去っていくコントーニャである。その後ろ姿を見送ったミンタが、首をかしげた。

「コンニーもちょっと変ね。あんな『露骨に活発な子』じゃないんだけどな。無理してる……?」

 ミンタがペルと再び視線を交わして、一緒に両耳をパタパタする。


 その後、14名のミンタの友人たちも朝食を食べ終えたので、思考を中断する2人だ。代わりに、普段の通りに談笑する事にする。それでも時々、思考を続けながらも友人たちと談笑を続けていると、リーパットの威勢の良い声が食堂じゅうに響いた。


 思わずジト目になるミンタである。思考も中断されてしまったので、なおさら不機嫌になってしまっている。忌まわしい音源である、天井に接している状態の大型〔空中ディスプレー〕画面を睨み上げる。

 その画面には、貴族らしい豪華な衣装に身を包んだリーパットが大写しになっていた。どこかの壇上に立って演説しているようである。


 すぐに食堂の一角から、リーパット党員60名の歓声と拍手がわき上がった。やはり音頭を取っているのは、側近のパランとチャパイの2人だ。彼らもリーパットの出演を知っていた様子で、着ている制服も洗い立てである。


 いきなり騒がしくなった食堂で、大きくため息をついて湯気の立つ牛乳を飲み干すミンタ。口元についた牛乳の雫を制服の袖で拭う。

「静かだと思ったら、そういう事だったのね。授業をさぼって演説とか、何を考えているのよ、あのバカは」


 隣のペルはまだトーストをかじっている。それでも、リーパットの演説にとりあえず耳を傾けるようだ。

「国営放送の特別番組みたいだね。貴族の子息としては、出演しないといけないのかも。一応、リーパット先輩は『救国の英雄様』だし。演説も、慰労と復興頑張れって内容かな」


 リーパットが流れるように淀みなく、拳を振り上げながら勇ましい演説を続けている。ミンタが両耳を前に伏せて聞くのを拒絶しながら、口元を紙ナプキンで拭いた。

「それで留年してしまうと滑稽よね」


 擁護のしようがないので、ペルも口元を緩めながら急いでトーストを飲み込む。残るはスクランブルドエッグだけだ。しかし、このリーパットの演説で確信したようでもあった。口をモグモグさせて、時節咳き込んでいるが。

 少しして落ち着いたのかミンタに告げた。彼女は隣の席で14名の友人と談笑しながら、悠々と自習を始めている。

「やっぱり、復興疲れみたいだね。睡眠時間を意識して多めにとった方が良いかも」


 ミンタも談笑して自習しながら、手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を発生させて国内ニュースを流し見していたのだが、すぐに同意した。ニュース画面には木星の異変の続報が流れている。ミンタの鼻先のヒゲがピコピコ動く。

「因果律崩壊って、やっぱり凄いのね。木星の衛星が何個か吹き飛んで、磁場圏が何回か反転していたんだけど、ようやく収まってきたのよ。もうちょっと様子見て安全になったら、また自習で木星に行こうかな。風の妖精さんも疲れているみたいだし。何か差し入れでも持って行くわ」


 14名の友人生徒たちが、ちょっとした歓声を上げてミンタの話を聞いている。その内の1人が、羨望の眼差しをミンタに向けた。

「凄いよねえ、ミンタさん。私も頑張って木星へ行けるほど魔力を高めたいわ」

 その横の生徒も「うんうん」とうなずいている。

「そうよね。ペルちゃんに続かないといけないわね」


 いつの間にか、ペルはミンタの側近筆頭にされている様子だ。当の本人は気がついていないが。

 そのペルも興味深そうに、ミンタと肩を寄せ合ってニュースを見る。ミンタが口元のヒゲを数本、ヒョコヒョコ動かした。

「ペルちゃんは、先にご飯を食べなさいよ。またお腹が空いて倒れてしまうわよ」

「うぐぐ……」となるペルであった。慌てて席に戻って、朝食との格闘を再開する。


 そのようなペルの横顔を微笑ましく見たミンタが、友人たちと談笑を再開しながらニュースの続きを追っていく。

 木星には大きな衛星が4つあるのだが、その他にも62個もの衛星が回っている。今回の因果律崩壊の衝撃では4大衛星は無事だったのだが、小さな衛星を中心に20個ほどが木星に落ちたり、粉々に粉砕されてしまったり、弾き出されたりしていた。

 それら飛び散った衛星は、タカパ帝国の教育研究省が中心となって軌道追跡が行われている。ニュースによると、地球や金星へ衝突する恐れのある衛星はないという事であった。


 ミンタが鼻先のヒゲをピコピコさせる。

「でも、火星に1個落ちそうね。地球から落下の爆発が観察できるかな。ダメだったら休暇を取って、見に行かなきゃいけないわね」

「いいな~」という羨望の声が14名の友人たちから起きた。ミンタがにこやかに微笑む。

「映像はしっかり撮ってくるから、楽しみにしてて」


 直径170キロの衛星ヒマリアが、木星から弾き出されて火星へ向かっていた。軌道計算の結果では、今のところはほぼ確実に火星へ落下する見込みだ。しかし、それも3年後の話なので、ミンタやペルが学校を卒業した後になる。

(その頃は、私は何の仕事に就いているのかな……)と、少しの間、思いにふけるミンタであった。


 次のニュースになった。同時に、現実に引き戻される。

 帝国内の多くの場所で復興作業中に、事故死したり負傷したりした人数が表示されていた。50名にも上っている。反射神経や運動能力が高い獣人族にしては、異常に高い数値だ。

「そういえば、学校で使った復旧工事用のアンドロイドやゴーレムを、周辺の住民や商人に貸し出しているのよね。過労で倒れている人が増えたから、人手不足に陥っているのかも」


 14名の友人たちが、口々にアンドロイドやゴーレムの悪評や悪口を言い始めた。それらを若干嬉しそうな表情で聞き入っているミンタである。

 ペルは、その推測には少し疑問を感じている表情だ。ようやくスクランブルドエッグを食べ終えて、勢い込んで咳き込んでいる。それでも、湯気が収まり始めた牛乳に口をつけた。

「それだけじゃないような気がする。過労って徐々に進行するものでしょ。今朝になっていきなり現れるのは、ちょっと不自然だよ。これって、まるで何かの伝染病みたいな感じだよ」


 ミンタが手元のニュース画面を消去して、先程調べた内容をもう一度精査する。すぐに首を振った。

「病原菌の反応は出ていないわね。ウイルスなどの反応もなし。やっぱり……」


 その時、〔空中ディスプレー〕の大画面に大写しになって、威勢よく演説を続けていたリーパットが不意に口を閉じた。声にならない苦悶の表情を浮かべて、拳を振り上げたままの姿勢で硬直している。

 しかし数秒後。そのままの姿勢で壇上から倒れて、画面の外に転げ落ちてしまった。画面内からと、食堂の一角から悲鳴が上がる。

「リーパットさま!?」

 側近のパランとチャパイの2人が、血相を変えて朝食のテーブルから立ち上がった。


 〔空中ディスプレー〕の大画面では、演説会場に集まっていた狐族を主体とした聴衆と、ブルジュアン派閥の人たちも苦しみ始めた。呻き声を上げながら、次々に床に倒れていく。

 カメラマンも倒れたようで、《ガクリ》とカメラが傾いて、変な撮影角度と方向になってしまった。先程までリーパットが演説していた壇が、画面の左下隅に移動してそのままになる。テレビ局内でも何か発生しているようで、悲鳴や怒声が漏れ聞こえてきている。


 食堂内も騒然とし始める中、エルフ先生とノーム先生が席から立ち上がった。すぐにライフル杖を呼び出して起動させる。

「落ち着きなさい! 今、帝都に問い合わせ中です」

 それでひとまず鎮まる食堂内だ。さすが警官2人である。


 緊張した空気で張りつめる中、間延びしたヘラヘラ笑いを含んだ声がした。一斉に食堂の全員の視線を浴びる事になったパリー先生が、フワフワと踊るように歩きながら食堂内へ入ってくる。

「あ~。始まっちゃったか~ごめんごめん~」


 リーパットの側近のパランとチャパイが血相を変えて、鬼気迫る形相でパリー先生に詰め寄っていく。エルフ先生とノーム先生や校長たちも続いて詰め寄っていくので、ちょっとした行列になってしまった。


 パランがヘラヘラ笑いを浮かべたままのパリー先生につかみかかろうとして……本能的に身を引いた。後ろのチャパイに後頭部をぶつけてしまったが、それでもめげずにパリー先生を睨みつけて詰問する。

「パ、パリー先生! 何か知っているのですねっ。教えて下さい!」

 チャパイも顔面を両手で押さえて、涙目になりながらパランに同調する。

「何か企んでいるのか? 大人しく白状しろっ」


 その2人の肩をつかんで、パリー先生から引き離すエルフ先生とノーム先生。文句を言う2人の生徒に、ノーム先生がやや厳しい視線を投げつける。

「まずは冷静になりなさい。ここでケンカをしても意味はないよ」

 代わりにエルフ先生が、パリー先生の小さな両肩に手をかけた。

「パリー。何か知っているのね。教えて」

 校長たちも集まって来て、一斉に注目されるパリー先生だ。赤いウェーブがかかった髪を左右に揺らしながら、照れている。

「あはは~先生って楽しいわね~」


 校長を含めて、パリー先生を注目している視線がジト目に変わっていくのを、エルフ先生が背中で感じる。「コホン」と軽く咳払いをして、努めて落ち着いた口調で再度質問した。

 さすがに、答えるしかないと理解したパリー先生だ。しかし、なおもヘラヘラ笑いを満面に浮かべたままだが。

「ん~。ちょっと精霊場が不安定なのよ~。だからあ~、ちょっと~『退化』しててよね~」


「は!?」

 反応に困るエルフ先生と生徒たち。


 瞬間湯沸かし器のように激高したパランが、ノーム先生の制止を振り切ってパリー先生につかみかかった。

 しかしエルフ先生の手が伸びて、その手が触れる前に弾かれる。それがちょうど合気道の投げ技に似てしまい、ものの見事に1回転して床に転がるパラン。

 それでも、目を怒らせて怒声をパリー先生に浴びせる。かなりの忠義者である。

「ふ、ふざけるなっ。何が退化だ! 状況をきちんと説明しろっ」



 その時。厨房で悲鳴と呻き声が上がり、カウンターの向こうで食堂従業員が次々に倒れて痙攣し始めた。

 すぐにスンティカン級長が率いる法術専門クラスの生徒とマルマー先生が駆け寄って、法術〔診断〕と応急〔治療〕を施し始める。ラヤンも級長の指示に従って、迅速に割り当てられた患者の下へ駆けていく。


 しかし、その彼らの表情が硬直して青くなった。

 倒れて痙攣して、口から泡を吹いて白目をむいている狐族の厨房従業員の手を取ったまま、ラヤンが顔じゅうの赤橙色のウロコを恐怖で逆立たせている。尻尾まで逆立っている。

「なに、これ……法術が効かない。それどころか……」


 マルマー先生が混乱している法術専門生徒たちに檄を飛ばした。豪華な法衣を格好良くひるがえして、過剰な装飾が大量に付いている大杖を振り回す。

「落ち着きなさい! 慎重に、生体情報を再〔診断〕するのです。その結果に基づいて、法術の術式を最適化しなさいっ」

「はい!」

 一斉に答える生徒たち。すぐにスンティカン級長が指揮して、ラヤンたちに指示を飛ばす。しかし、当のマルマー先生自身が冷や汗をかいて、顔面蒼白になってしまっているが。


 食堂内が再び騒然とする中で、パリー先生が「やれやれ」と肩をすくめた。

「あら~……ここでも始まっちゃったか~」



 エルフ先生が法術クラスの苦戦ぶりを見て、パリー先生の両肩にかけた両手に力を込めた。

「ぱりー! 笑っていないで、さっさと教えなさい」


 間延びした口調での説明だったのだが、つまりはこういう事のようだ。

 地球から金星へ、大量の妖精や精霊が移住してしまった。それに伴い、妖精や精霊がいなくなったり、少なくなったりする地域が、世界中で発生したらしい。


 ノーム先生が険しい表情で、銀色の口ヒゲの先を手袋をしていない素手で引っ張った。

「……つまりは、地球規模で妖精と精霊の勢力図、というか縄張りが激変したという事かな? そういえば大地の妖精も金星へ移住していたから、地球内部にまで影響が出ている恐れがあると」

 その大地の妖精を誘ったのは、このノーム先生なのだが。エルフ先生も顔を青くさせながら、重々しくつぶやいた。

「海や風の妖精や精霊も大量に移住していますよね……」

 パリー先生を深刻な表情で見つめる。

「地球規模の天変地異が起きるというの? パリー」


 パリー先生がヘラヘラ笑いを浮かべながら、右手をヒラヒラさせた。ついでに近くの生徒の朝食のトーストを1枚奪って、1口で食べてしまう。ショックを受けている生徒を無視して、パリー先生が話を続けた。

「それは何とかした~。金星へ移住したのは~はみ出し者ばかりだし~。元々何もしてない連中だからね~」


 ほっとする食堂内の空気に、まだニヤニヤするパリー先生だ。さらに別の生徒の牛乳を奪って、全部飲み干してしまった。エルフ先生がジト目になって注意するが、ニヤニヤ笑顔は変わらない。

「供物だと思いなさい~。妖精の私が~あんたたちのために~面倒な仕事をするんだからさ~」


 嫌な予感が急速に膨らむのを感じるエルフ先生とノーム先生だ。ミンタたちも同様の警戒を強めている。リーパット党のパランとチャパイが怒りの形相でパリー先生に抗議し始めたのだが、相変わらず無視してニヤニヤしながら話し続ける。

「でもね~森の妖精がかなり~移住しちゃったのよね~。帝国が嫌いな妖精が多かったし~」


 確かに、これまでの一連の騒動で、タカパ帝国内の森の妖精たちが不機嫌になっていた。一部はパリーや南の学校避難所の妖精のように、納得して味方についてくれている者もいる。

 しかし反目している者も、まだそれなりに残っていた。彼らが新天地を求めて金星へ旅立ってしまうのは、自然な流れなのかも知れない。大地の妖精や海の妖精群はそれほど帝国に関心がないので、移住者も無頼漢ばかりで少なかったのだろう。風の妖精に至っては、帝国や魔法学校との接点そのものがない。


 パリー先生が素敵な笑みを浮かべた。

「そういう訳で~生命の精霊場が~特に~不安定になってる~。あんたたち~死んじゃうよ~。だから~一時的に~私たちの庇護下に入れてあげるの~よかったね~」


 一気にざわめく食堂内。リーパットが倒れたままの演説会場の映像でもパニックが起きていたが、右往左往する人の姿が今では見当たらない。悲鳴や呻き声も急速に消えていき、静まり返っていく。


 全く効果を発揮できない法術〔診断〕と応急〔治療〕に狼狽し始めているマルマー先生が、パリー先生に憤怒の形相で怒鳴りつけた。

「何が良かったですか! 貴様が原因ならば、我としても容赦はせぬぞ!」


 他の先生がテーブルから立ち上がって簡易杖を取り出し、パリー先生に向けた。

 力場術のタンカップ先生が全身の筋肉を盛り上げながら、タンクトップシャツをパンパンにさせている。朝だというのに早くも脂ぎった小麦色の顔には、鉄黒色のギョロ目がギラリと光を放っている。完全に戦闘態勢だ。

「コラ、妖精。何を勝手な行動をしている! 皆を苦しめて楽しむなど言語道断だっ。成敗してくれるわ!」


 彼の隣ではソーサラー魔術のバワンメラ先生が、首に幾重にも重ねてかけているゴテゴテした首飾りを「ガシャガシャ」揺らしながら、190センチの長身でその場ジャンプを始めた。

 ボクサーのように左右に跳ね動きながら、顔を覆う盗賊ヒゲの間から白い歯を見せて、紺色の瞳を細めている。こちらも戦闘態勢が万全のようだ。

「そうだな。さっさと、下手なイタズラは止めた方が身のためだぜ」

 他の先生たちも簡易杖をパリー先生に向けて、術式の詠唱を始めた。


 慌てて間に割り入って、両手を上げ下げするノーム先生。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! こんな地下室で魔法の撃ち合いなんかしたら、全員生き埋めですぞ」


 それを聞いて、威勢が弱まる先生たちである。ノーム先生がパリー先生に小豆色の厳しい視線を投げつける。

「仰る通り、生命の精霊場が弱まると魔力の弱い者から順に、精神障害や体の変調を起こしていきます。最悪の場合、死んでしまう事もありますな。詳しく事情を説明してもらえると、余計な騒動を起こさずに済むと思うのだが、どうかな?」


 代わりにエルフ先生がかなり深刻な表情で、手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面を見ながら答えた。画面表示はエルフ語なので何が書かれているのかは不明だが、警告表示らしきものが点滅している。

「ラワット先生が危惧している通りですね。今、急速に生命の精霊場の崩壊が起きています。森の妖精の庇護下にない動物は、軒並み死んだり発狂したりするでしょうね。私たちや生徒たち、それにここの従業員さんにも該当します」


 その時。厨房で倒れていた従業員たちが、一斉に獣の狐に体を〔変化〕させた。

「うわっ。な、なんだこれはあ!?」

 ひっくり返って驚くマルマー先生だ。ラヤンたち法術専門クラスの生徒たちも、悲鳴を上げて数歩離れる。辛うじてスンティカン級長が踏み留まって、仲間生徒の混乱を大声を上げて鎮めようと努めている。渋い柿色の頭と尻尾のウロコが見事に逆立っているが。

「うろたえるな! 外観の変化が起きただけだっ。暴れないように〔拘束〕法術を追加しろ!」


 あっという間に、従業員たちが完全に獣の狐に姿が変わった。さすがに獣状態の狐ともなると、動きが敏捷になる。〔拘束〕法術の術式詠唱が間に合うはずもなかった。ラヤンが冷や汗をかいて、尻尾で床を≪バシバシ≫乱打しながら舌打ちする。

「ち! このクソ狐っ。じたばたするなっ」


 ラヤン以下の法術生徒たちが〔高速圧縮〕詠唱に切り替えて急いで対処しようとしたが……それでも間に合わなかった。獣となった狐たちが「ガバッ」と床から跳ね起きて、一斉に「ワンワン」吼えながら四足で駆けて食堂から逃げ去ってしまった。残ったのは、厨房用の作業服と魔法の手袋だけだ。

 呆然として見送るマルマー先生とその生徒たちである。


 今度は朝食を摂っていた事務職員たちが、一斉に呻き声を上げて床に崩れ落ちた。食堂内に悲鳴が上がる中、事務職員たちも狐や大トカゲ、マグロに手足が生えた生物に急速に変わっていく。


 狼狽して簡易杖を振り回している先生たちに、エルフ先生が青い顔のままで告げた。

「獣人族のままでは、森の妖精の庇護下に置きにくいのですよ。それで、負荷が軽い獣状態に〔変化〕させたという事ね、パリー?」

 パリー先生がニヘラと笑う。元事務職員の狐や大トカゲやマグロもどきを、〔テレポート〕していく。

「そういう事~。森の中へ転送した~。魚族はどこかの海に転送したけど~。あと、〔変化〕じゃなくて~〔退化〕させた~。ただの獣だよん~」


 そして、狼狽したままの先生たちにニヤニヤと微笑む。

「あんたたちは~何がいい? やっぱりサルかな~? ネズミでもいいけど~」


 タンカップ先生とバワンメラ先生、それにマルマー先生が、一斉に簡易杖をパリーに向けた。

「成敗!」

「させるかよっ」

「罰あたり者めがっ」

 一斉に攻撃系の魔法や法術をぶっ放す。その全てがパリー先生に命中するが、何も起きなかった。「ふふ」と鼻先で笑うパリー先生である。実に楽しそうな笑みだ。

「それじゃあ、ネズミという事で~」


 その一言だけで、3人の先生がドブネズミに変わってしまった。「キイキイ」鳴いて、食堂から逃げだしていく。杖や衣服は、床に置き去りにされていた。


 食堂内がパニック状態になっていく中、頭を抱えるエルフ先生とノーム先生であった。

「ぱりー……やり方ってものを、もう少し考えなさいよ」


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