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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
117/124

116話

【翼をもがれたドラゴン】

 その頃。宇宙空間では、ミンタが明るい栗色の瞳をキラリと輝かせてエルフ先生に報告していた。

「次の太陽風の精霊群の誘導に成功しました。26連射できます、カカクトゥア先生」


 さすがに26連射と聞いて、戸惑う先生だ。下手すると金星が再び溶岩の海で覆われてしまう。しかし、上司からの命令は変更なしであった。

「まったく……」

 先生が、ジト目のままでミンタに空色の瞳を向ける。静電気でまとまっている金髪が、薄く光ったままだ。

「許可します。攻撃開始」


 ミンタの合図で、漏斗型陣形の宇宙側の最外殻の輪の生徒達が26体もの太陽風の精霊に精密誘導を仕掛ける。今回も秒速300キロを超える速度で漏斗内に飛び込んできた。そのまま、氷上のドラゴンの真上に……

 ドラゴンが巨大ブレスを吐いた。


 三角錐状に広がるブレスは、26体の太陽風の精霊とエルフ先生部隊の全てを飲み込んで、そのまま消滅させてしまった。その空間にあった金星の大気も消滅して、真空になる。猛烈な突風が起きて、ブレスを吐いた上空に流れ込み始めた。

 ドラゴンもブレスを吐いた反動で、足元の凍った海が砕けていた。それでも既に5000メートル下の海底まで凍結済みだったので、140メートルほど氷面を削る深さのクレーターを作っただけだ。水中ではないので、氷の大地を取り巻きながら残念がる海の妖精達である。


 再び因果律崩壊が起きたようで、20メートルほどあった尻尾が半分消滅していた。全身を覆うザクロ色のウロコも、あちらこちらで脱落してしまっている。

 そのドラゴンが、ニヤリと口元を歪ませた。

「くくく……我が少し本気を出せば、この通りだ。残念だったな、エルフども」


 新たな〔オプション玉〕を向かわせている最中なので、現地の映像は見えていないサムカだが……魔法場の変化を〔察知〕して感心していた。

「ほう。太陽風の精霊の群れを一撃で消滅させたか。クーナ先生たちも消えたな。大した消滅型ブレスだ」


 地球側ではペルが真っ青な顔になっていた。慌ててラヤンに回線をつなぐ。

「ラ、ラヤン先輩っ。カカクトゥア先生とミンタちゃん達がっ」

 レブンも大慌てで、ペルと一緒にパタパタ踊りをしている。


 そんな姿を冷ややかな目で見るラヤンだ。

「そんなの想定済みよ。法術を甘く見ないで欲しいわね。60人の同時〔復活〕処理の準備はできてるわよ。踊っていないで仕事しなさい」


 そのまま通信を一方的に切ってしまった。パタパタ踊りを止めて、目を点にしたままで顔を見合わせるペルとレブンだ。

「ラヤン先輩……さっき『対処済み』って言ってたね」

 ペルの上ずった声に、同じように上ずった声で答えるレブン。顔が完全にマグロに戻ってしまっている。

「う、うん……何とかできるのかな。60人同時なんだけど。あ。情報が出たよ」


 共有回線を通じて、マルマー先生の発表が行われた。

 さすがに今は豪勢な法衣姿ではなく、清潔な作業服姿だ。が、しかし、表情はいつものドヤ顔であった。ゴテゴテと不要な装飾が大量についている、背丈ほどもある大きな杖で「ゴンゴン」と床を叩いている。

「これより、エルフのカカクトゥア先生と、生徒達の〔復活〕作業を開始する。法力サーバーの負荷が高くなるので、他の〔治療〕行為は制限される。あらかじめ了承しておくように。〔復活〕にかかる時間は3時間を予定している。くれぐれも、その間は死亡したりして邪魔しないように!」


 質問の受付もせずに、やはり一方的に通信を切ってしまうマルマー先生であった。

 地下階の教室には〔治療〕を終えた生徒達が次々に戻ってきて、おしゃべりをしたり何かのゲームをしたりしている。運動場でも遊んでいる生徒が増えているようだ。

 コントーニャは確保した〔テレポート〕魔法陣から、次々に転送されてくる医療物資や衣類に食料品などを手際よく仕分けしている。


 徐々に活気が戻って騒々しくなってくる中、ペルとレブンがゴーストを作成して、運動場に設けられている法術クラスの野戦病院テントに向かわせた。すぐに手元に鮮明な自然色の映像が映し出される。

 レブンがセマン顔になりつつ、ほっとした表情になった。

「術式の詳細は分からないけれど、学校に保管しておいた生体情報と組織サンプルだけで何とかなるみたいだね。よかったよ。さすがは法力サーバーだね」

 ペルもほっとしたようだ。逆立っていたフワフワ毛皮がようやく元通りに戻る。

「そうだね。直前の記憶までは戻らないだろうけれど、よかったあ。凄いんだね、法術って。私も信者になっちゃおうかな」


 この情報は金星のサムカにも共有されていた。サムカがパリー先生にも〔念話〕で伝える。パリー先生が、少し残念そうな口調で答えてきた。

(あ~そうなんだ~。後で~、あたしが~〔復活〕させようと思ってたけど~手間が省けていいか~)

 さすがに生命の精霊魔法の塊である森の妖精だ。事もなげにいっている。実際、机やイスから木の芽を生やすほどの事ができるので、この程度のことは造作もないのだろう。


(その場合、〔復活〕するのが元のクーナ先生と生徒達である保証はないだろうな)

 パリー先生の返事を聞いて、内心で思うサムカであった。パリー先生にとって都合が良いように、性格や記憶を含めて色々と〔改変〕されるに決まっている。そういった面でも、法術の功績は大きいといえよう。

 法術の場合は、本人の血液サンプルなどを用いて腸内や皮膚、口腔内の微生物の状態まで復元する。そのため、〔復活〕後はかなり本人に近い状態だ。それでも完全に元の体と一致する事はないのだが、森の妖精によって雑に〔復活〕するよりはマシだ。


 気持ちを切り替えたサムカがパリー先生に聞いてみる。

(さて……金星に誰もいなくなったので、そろそろ終了としたいが。まだやり残した事はあるかね?)

 数秒後、返事が返ってきた。

(ほとんどの妖精は~まだまだ戦いたいって主張しているかな~でも~そろそろ天変地異が~冗談にならなくなる頃よね~)


 気温が100度を突破して、沸騰している広大な淡水の海が蒸発し始めていた。暴風や大波もますます酷くなっている。島を覆う森も巨大津波を何度も受けて、今や根元の株しか残っていない。残ってる部分も蒸し上がっている有様だ。


 サムカもその様子を眺めながら同意する。

(そうだな。この天変地異の原因はドラゴンだ。奴を無力化すれば収まるだろう)


 ドラゴンは金星固有の大地と風の妖精を保有している。このまま放置すると、地球の大地の妖精や精霊と〔干渉〕してしまうのだ。そのために、どちらかを封じる必要があった。今はもちろん、ドラゴンの封印を選択する場面である。


 サムカが腰ベルトに吊るしている2本の長剣のうち、マライタ先生からもらった長剣の柄を「ポン」と叩く。

(まあ、実際に試した事はないから、保証の限りではないがね)

 パリー先生がケラケラ笑った。

(その場合は~、私達妖精と精霊が~、あのドラゴンを食い尽くすだけよん。じゃあ、後よろしく~)


「うむ」と応えて、サムカが〔テレポート〕魔法陣を起動させた。瞬時に、ドラゴンの真上に転移する。そのまま自由落下しながら、とりあえず2本の長剣を抜いて、二刀流になった。




【ドラゴン殺しの剣】

 氷上のドラゴンは、早くも尻尾と両翼が8割ほど〔再生〕を果たしていた。ザクロ色の体表は、もう完全に元通りに〔修復〕されている。そのドラゴンの赤く爛々と輝くサンゴ色の両目と視線が合う。

 しかし、その瞬間はドラゴンに何も反応が起きなかった。自由落下しながらサムカが目元を緩める。

「ふむ。ドワーフ製の魔法具も、なかなか使えるじゃないか」


 ドラゴンも『金星にはサムカしか残っていない』と知っていたので、闇魔法の〔ステルス障壁〕の〔察知〕に注意を払っていたようだ。まさか、魔力のない者向けの一般魔法具を使ってくるとは予想していなかったのだろう。


 そのまま自由落下を続けてドラゴンまで残り15メートルに迫った時、ようやくドラゴンがサムカの接近に気がついた。サムカが山吹色の瞳を細める。


 すぐにドラゴンの周囲の空間から、50本もの〔青白いビーム光線〕がサムカに向けて放たれた。それを〔座標阻害〕の闇魔法で回避する。さすがに全ての〔ビーム〕攻撃は回避できず、数本ほどサムカの体を貫いた。通常であれば、これで致命傷なのだが、あいにくサムカは死体だ。


 平然とした顔で双剣を振りかぶる。安物の長剣を前にして、ドワーフ製の長剣を守るように構えている。さらに1本、サムカの胸板を〔ビーム〕が貫いた。しかし、攻撃姿勢は微動だにしていない。


 ドラゴンが〔念話〕をサムカにぶつけて口を開き、ブレスを吐こうとする。

(テ、テシュブ! 不意打ちとは卑怯だぞ。我と正々堂々と戦えっ)


 そんなドラゴンの叫びを完全に黙殺したサムカが、無言のままで剣を振り下ろした。同時にドラゴンの口から消滅型のブレスが放たれる。

 サムカが音速を超える速度で振り下ろした2本の剣が、ドラゴンの脳天に当たる寸前。ドラゴンの自動迎撃〔ビーム〕が直撃して剣を蒸発させた。ついでにサムカの両腕も消し飛ぶ。


 その一瞬後。ドラゴンが口から放ったブレスがサムカを直撃して、サムカの姿が消滅した。ブレスは上空の荒れ狂う嵐にも巨大な穴を開けて、そのまま宇宙空間へ去っていく。

 ドラゴンがニヤリと赤サンゴ色の瞳を輝かせた。

「呆気ないものよ」


「そうだな」

 サムカの声がドラゴンの頭の上からした。セマン製のマントを解いてサムカが現れる。

 既にドワーフの剣が、ドラゴンの巨大な頭の脳天に突き刺さっていた。驚愕するドラゴンに山吹色の瞳を細める。


 何かドラゴンが言おうとしたが、次の瞬間。ドラゴンの巨大な頭部全てが、剣に吸い込まれて消滅した。

 なおも完全に再生を果たした両翼と尻尾を振り回して暴れるドラゴン。しかし、20メートルある胴体が全て剣に吸い込まれた。

 翼が激しく動いて〔竜巻〕をいくつも発生させ、周辺の空間から〔青白いビーム光線〕を乱射しながら抵抗するが、それも数秒ももたない。差し渡し40メートルはある立派な両翼が剣に呆気なく吸い込まれた。

 続いて20メートルもある尻尾が、ホースを巻き取るように剣に吸い込まれていく。あっという間に40センチを残すのみになった。

 ……が、さすがドラゴンというべきか。尻尾の先を《プルプル》震わせて吸い込まれないように耐えた。しかし、そんな抵抗も大して持続できず、尻尾の色がザクロ色から暗い夕焼け色に変わっていく。ドップラー効果が起きて、光の波長が引き伸ばされている。


「ちょっとしたブラックホールだな」

 サムカが感心しながら、どんどん赤黒く変色していくドラゴンの尻尾の先を、剣を持ったままで見つめる。大量の放射線が剣から放出されているようで、サムカの〔防御障壁〕が青白く発光している。


 尻尾の先はなおも吸い込まれまいと抵抗して震えていたが……ついに色が可視光域から外れてしまった。ここで力尽きたのだろう。そのまま呆気なく剣に吸い込まれて、ドラゴンの巨大な体が全て消滅してしまった。



 数秒後。剣からの激しい放射線の放出もなくなり、サムカの〔防御障壁〕も光らなくなった。

 とりあえず、周辺を見渡して被害が出ているかどうかを確認する。しかし、天変地異の最中なので、意味がないと悟るサムカであった。どこもかしこも、今は被害だらけだ。

 氷の破片や塊が飛び交う暴風の中で、ドワーフの剣を持ち上げて刀身を見上げる。

「……ふむ。予想以上の威力だな」


 そのまま長剣を鞘に収めた。廃棄予定の別の長剣は、サムカの足元の氷原に柄だけになって転がっていた。その柄もボロボロに崩れてしまっている。どう見ても使用不能だ。

 〔ログ〕を一応確認するが、やはりそのまま廃棄した方が良いという結論に達したようである。〔闇玉〕を放って完全に〔消去〕した。


 セマン製のマントもポケットの中に押し込む。どうやらマントは2枚用意していたようで、今は赤茶けた中古マントを羽織っている。




【決着】

 早速パリー先生が、妖精と精霊を大量に引き連れてやって来た。抱きつこうとするのを、慌てて制止するサムカである。

「ちょ、ちょっと待て。待て。抱きつかれると、私が崩壊してしまう」


「え~、そうなのお~? 残念~」

 わざとらしい口調でパリー先生が悲しむフリをする。当然ながら無視するサムカだ。このどさくさに抱きついて、サムカを滅するつもりだったようである。

 魔法場が生命と闇なので、衝突すると激烈な反応を引き起こすのだ。この場合、魔力量はパリー先生の方が上なので、サムカだけが灰になってしまう。


「も~、仕方がないなあ~」

 パリー先生が、数万にも達している妖精と精霊の大軍を解散した。なおもサムカに襲い掛かろうとした30程の森と風の精霊を、パリー先生が口を開けて掃除機のように吸い込んで食べてしまう。

 目が点になっているサムカに微笑みつつ、重ねて解散を命じるパリー先生。

「金星の縄張りは早い者勝ちよ~。ここで遊んでる暇はないわよ~」


 これが効いたのか、数万の妖精と精霊が一斉に四方八方へ飛び去っていった。

 〔分身〕だった妖精が、次々に本体に置き換わっていく。それに従って、数も急速に減り始めた。どうやら地球にいた本体が、10体以上もの〔分身〕を金星へ送り込んでいたようだ。


 よく見ると、妖精の中に南の学校避難所の森の妖精や、地下水の妖精の姿もあった。彼らはミンタと親しいので、サムカやパリーを無視して挨拶や会釈もなく去っていく。

 他にも、トリポカラ王国が暴れた森の妖精やら、未だ寒波の調整を怠っているままの北の森の妖精の姿もあった。彼らもパリーやサムカを完全無視である。


 それを見送りもせずに、パリー先生がサムカに顔を近づけてきた。好奇心で松葉色の両目がキラキラしている。

「ね~ね~。ドラゴンをどうやって葬ったのよ~。教えなさいよ~でないと殺すよ~」

 ジト目になって、軍手をした両手を腰ベルトに引っかけるサムカであった。

「第一声がそれかね」


「では……」と、パリー先生に説明しようとして、口が止まった。錆色の短髪を軍手でかきながら、サムカがペコリと軽く頭を下げる。

「この剣については、実は私も詳しく知らないのだった。マライタ先生に聞いておくから、次の〔召喚〕の際に説明するよ」


 パリー先生が、つまらなそうに口を尖らせる。

「え~……。仕方がないなあ~。そういえば、マライタ先生~まだ行方不明のままだったわね~」

(また何か、良からぬ事をしているのだろうなあ……)と思うサムカであった。


 ふとサムカが周囲を再び見渡す。

「ん? 暴風や大波が、心なしか収まり始めている気がするぞ」

 確かに、暴風の勢いや、荒れ狂う沸騰した淡水の海が、徐々に穏やかになってきているようだ。


 腕組みをしてキョロキョロしているサムカに、パリー先生が、にっこりほほ笑んだ。ここだけ切り取れば、まさに麗しき森の妖精さまだ。

「縄張りが~決まってきたのよ~。ドラゴンがいなくなったからね~」


 どうやら、地球から移住してきた森や風、海に大地の妖精群が居場所を定めたらしい。先程まではドラゴンがいて、金星固有の大地と風の精霊場を撒き散らして〔干渉〕していたのだが、それがなくなった……という事なのだろう。


 実際、急速に嵐が収まっていき、沸騰していた淡水の海の温度が下がっていく。海の妖精なので、間もなく塩辛い地球に似た海に変わるのだろう。空には雲が次々に湧き上がり始め、青い空を覆い始めていた。


 サムカが腰ベルトに吊るしている、ドワーフの剣の柄に左手を乗せて「ポンポン」叩く。

「この剣だが、パリー先生。金星に残していった方が良いと思うかね?」

 パリー先生がマジマジと顔を剣の鞘に近づけて、首を左右に傾ける。数秒ほどじっと観察してから、顔を上げてサムカに視線を戻した。今は真面目な先生の顔だ。

「今は持ち帰っていいよ~。妖精の移住が終わって~縄張りが固定したら~戻せばいいかと~」


 素直に従う事にするサムカだ。そろそろ〔召喚〕時間が切れる。

「うむ。了解した。では、次の〔召喚〕までは私が預かっておこう。今回は、非常に興味深い経験ができたよ」


 パリー先生がサムカから3メートルほど離れた。ますます穏やかになっていく空と海を眺める。

「金星かあ~。地球とはちょっと違うけど~居心地の良い星になりそうね~」

 サムカが残り時間を見てから、パリー先生に聞いてみる。

「そういえば、タカパ帝国が資源採掘に関心を持っているようだ。しかし、現状では海の星だな。妖精の力で陸地を増やしたり、海を浅くしたりする事は可能かね? 少なくとも浅くなれば、ドワーフ製の機械やゴーレムの導入も安上がりになるだろう」


 パリー先生が再び素敵な笑顔をサムカに向けた。

「そんな事すると思う~?」




【サムカの館】

 死者の世界に無事帰還したサムカには、その後、次々に来客が訪れるようになってしまった。悪友ステワがドワーフの剣の事を、辺り構わずに宣伝しまくったせいだ。


 城はまだ再建の目途すら立っていないため、オーク墓地の一角にある館で客人を出迎える。ほとんどはファラク王国連合の貴族や騎士ばかりだが、南にあるオメテクト王国連合や、北のコゴゴーポガン王国連合からの貴族も結構やって来ていた。他にもオークの商人や、ルガルバンダのような魔族も興味津々でやって来ている。


 館の中でドワーフの剣を抜くと、中性子線などが放射されて館の中の放射線値が跳ね上がる。そのために毎回毎回、館を出て、ハグと会う指定場所にしている墓地の一角まで案内する羽目になっていた。

 ドワーフの剣といっても見た目は安物の長剣で、装飾も何も施されていない貧相な見た目だ。


 北のコゴゴーポガン王国連合から、はるばる海を渡ってやって来たという貴族と騎士も、落胆を隠せない表情で抜き身の長剣を見ている。今日2組めの来客だ。そして、これまでのほとんど全ての客人の反応でもあった。

 何とか愛想笑いを口元に浮かべた北の貴族が、死んだような目をしたままでサムカに礼を述べた。

「『ドラゴン殺しの剣』確かに拝見いたしました。何というか、その……良い経験になりましたよ。ははは」


 サムカも剣を鞘に収めて、申し訳ない表情で錆色の短髪をかく。今は白い手袋をしている。

「がっかりさせて、申し訳ない。帰路の安全を祈っております」

 そのまま形式通りの挨拶を済ませて、とぼとぼと帰っていく貴族と騎士の背中を見送るサムカである。

「ステワに見せてしまったのは、悔恨の極みだったな」


 そのステワがニヤニヤしながら、墓地の一角にスキップしてやって来た。

 サムカよりもはるかに貴族らしい、豪華な刺繍や装飾が施された古代中東風の上下に、黒光りする高級そうなマントを肩にかけて、蜜柑色の瞳をキラキラさせている。

 ちなみに今のサムカも古代中東風の上下に、銀糸刺繍が施された黒マント姿なのだが、ステワと比較すると安物感が拭いきれない。

「やあ、ドラゴン殺しの英雄殿。ご機嫌麗しゅう。今日も良い墓地日和だなっ」


 サムカがジト目で振り返った。こちらは辛子色の瞳になっている。

「ステワ……おかげで、私は格好の見世物になっているのだがね」


「ぷぷぷ」と低く笑うステワである。鉄錆色の癖のある髪が、肩先で墓地の風に揺れている。

 雲間から日差しが差して、サムカとステワの全く血の気の無い白い顔を、やや黄色く照らした。冬の日差しが終わり始め、春の光を帯びてきている。

「そうでもないだろ。農産物や加工品の注文や新規契約が増えていると、『お前の主の執事様』から聞いたばかりだぞ」


 その通りなので、何も言い返せないサムカであった。ほとんどの貴族や騎士はドワーフの剣よりも、サムカの領地の農地や畜産施設、加工施設の充実ぶりを見て驚いている。その分だけ生命の精霊場が強いので、不快感を訴える貴族や騎士も少なからずいたが。


 悪友ステワが、ニヤニヤしながら胸を張る。

「おかげで、我が領内の物流会社や倉庫も、好景気で儲かっているようだよ。サムカ卿には感謝しかないなっ」

 治療した歯が浮くような褒め殺しに、サムカのジト目が険しくなる。

「それは良かったよ。それで、今日は何の用かね?」


 ステワが少しがっかりした表情になった。腰ベルトに大量についている宝石や装飾品が互いに当たって、鈴のような軽やかな音を立てる。

「あのな……先程言ったばかりだぞ。サムカ卿が新たに結んだ商契約で必要になる、我が物流会社の配送計画の調整だよ。そう簡単に倉庫や馬車を、調子に乗って増やすわけにはいかないからな。執事と話し合って、今まで調整していたんだよ。執事任せにしないで、少しは働け、この田舎領主」

 言い負かされて、さらにジト目が険しくなるサムカであった。確かに、その通りだ。


 ステワが「コホン」と改めて咳払いをした。少しだけ真面目な表情になる。

「実は、もう1つ。重要な客人の案内をしているのだがね」


 小首をかしげたサムカの耳に、聞き慣れたドラ声が飛び込んできた。

「おう、元気にやってるか、我が不肖の弟子よ!」

 雑草がまばらに生えているだけの殺風景な墓地の一角に、身の丈2メートルにも達する大男が、丸太のような筋肉質の両腕を振りながらノシノシ歩いて姿を現した。

 鋭く輝く赤紅色の大仏頭で誰だかすぐに分かる。琥珀色で大きな目がキラキラと輝き、鉛白色の顔には大きな白い歯がよく目立つ。甲冑姿ではなく、ステワやピグチェン卿が普段着で使うような、やや高級なシャツとズボン姿であった。マントは面倒なのか肩にかけていない。


 サムカの目が点になって、すぐに慌てて膝を曲げて頭を下げる。

「こ、これは師匠……! このような田舎に来て下さるとは、畏れ入ります」


「ガハハ」と豪傑笑いをする、トラロック・テスカトリポカ右将軍であった。お忍びで来たようで、警護の者や部下は誰もついてきていない。笑いながら、《バンバン》と音を立ててサムカの肩を黒マントの上から容赦なく叩く。

「おう、来てやったぞ。ドラゴン殺しをやったと、そこのステワ・エア殿から聞いてな! 軍事作戦をさっさと切り上げて、時間をつくってやって来た」


(これは……また左将軍から睨まれそうだな)と内心で冷や汗をかくサムカである。サムカの領地では兵站物資の生産を行っているので、前線からの物資注文が変更させられてしまうと、かなり困る事になる。


 そんな背景など一切考慮していない様子のトラロック右将軍だ。キラキラした目のままで、骨太の顔でサムカに頭突きする。《ゴツン》と鈍い音が墓地に響き、衝撃で右将軍の赤い大仏髪と、サムカの錆色の短髪が同調して一緒に揺れた。

「だが、またすぐに前線へ戻らないといけなくてな。ほら、さっさと『ドラゴン殺しの剣』とやらを見せろ」


 頭突きされた頭を押さえながら、サムカが渋々、腰ベルトに吊るしてあったドワーフの剣を鞘から抜いた。

 刀身は、お世辞にも美麗とはいえない。刀身の色合いもかなり赤みがかっている。ドップラー効果によって、可視光線の波長が引き伸ばされているためだ。

 金星で使用した際には、中性子線を多く含んだ放射線が刀身からビーム光線のように放出されていたのだが、ここでは起きていない。闇の魔法場が非常に強い世界なので、電磁場を含んだ光も浸食されてしまうためだ。


 ちなみに太陽光は、アンデッドに悪影響を及ぼさないように創造主によって対処済みなので、普通に明るい。刀身も鈍く日差しを反射するのみで、さらに地味な印象を与える剣になっている。


 ステワがサムカの肩越しに見ているが、改めて落胆の色を顔に浮かべた。

「何度見ても、貧相な剣だなあ。細いし、薄いし、装飾どころか表面処理も何もしていないし。これって、叩いて鍛え上げた鍛造じゃなくて、型に材料を流し込んで固めた鋳造だろ? 一山いくらで売っている、スケルトン向けの使い捨て剣と同じに見えるのだが」


 サムカが両手で剣を持ちながら、自嘲気味に口元を緩ませる。

「確かにな。私も実際に使用してみるまでは、半信半疑だったよ。試しにスケルトン兵に持たせてみたが、実にしっくりくる印象だった」


 右将軍が目をキラキラさせたままで、刀身に手を伸ばした。今は普通の使い潰した革の手袋をしている。それを、サムカが慌てて制止した。剣を頭上高くにまで掲げる。

「お、お待ちを! 刀身に触れると吸収されてしまいます。空気などのガスであれば、柄に仕込んだ〔防御障壁〕で弾くことができますが、固体や液体は弾けません」


 思わず目を点にする右将軍だ。

 ステワは、これまで何度も繰り返された光景だったのか、真面目な表情ながらも口元がかなり緩んでいる。卒なくサムカと右将軍の間に割って入り、サムカを一歩後ろへ退かせた。

「イモータルのドラゴンですら脱出できないようです。ほら、刀身の物打ちどころに、薄っすらと厚みのある部位が認められるでしょう? これが恐らく吸収された『ドラゴンの成れの果て』だと思われます。我々が触れれば、為す術もなく剣の一部になってしまう事でしょう」


 言われてみなければ、全く気がつきそうにもない程の微妙な盛り上がりが、切っ先から3分の1辺りの刀身部分に見られる。目を細めて凝視する右将軍だ。

 サムカはまだ両手を頭上高く掲げて剣を握りしめて、右将軍の顔が刀身に近づかないようにオタオタと慌てている。


 その体たらくを横目で見ながら、ステワがサムカに代わって右将軍に謝った。

「申し訳ありません、右将軍閣下。この剣については、私やテシュブも詳しく知らないのです。ドワーフ製ですので、魔力を帯びた剣ではありませぬ故、〔解析〕ができないのです」

 術式の〔解析〕ができれば『ドラゴン殺しの剣』の仕組みも分かるのだが……その手が使えないのだ。


 トラロック右将軍が更に興味深い目になって唸りながら、その丸太のような太い腕で腕組みをした。身長2メートルにもなる巨躯の上に乗っている大仏頭が、冬の日差しを受けて赤く輝く。

「ふむむ……科学技術という奴か。実に面白いな。危険性は分かったから、ちょっと剣をワシに貸せ」


 ほとんど問答無用で、ドワーフの貧相な剣をサムカの両手からもぎ取ってしまった。手がサムカよりも大きいので、革手袋をした片手で剣を持つ。そして、刀身に顔を近づけてマジマジと観察を続ける。

 そのまま10秒間ほど、剣とにらめっこをしていた右将軍だったが……やがて諦めたのか、大きくため息をついた。

「確かに、魔力をほぼ帯びていないな。ただの剣だ。エア殿が指摘したように、物打ちどころが若干分厚くなっているが……イモータルの魔力は出ておらぬ。これでは鑑定できぬなあ……残念だわい」


 そして、片手で無造作に剣を一閃させた。墓場の一角に生え始めていた雑草の束が切られて剣に吸収される。刀身がほのかに赤く光り、赤いビームが剣先から放出された。ただ、このビームの出力は直ちに減衰されてしまうようで、ビームが当たった場所に生えている雑草には何も起きていない。ビーム自体もすぐに消えて、刀身も貧相な姿に再び戻ってしまった。


「ふむ。確かに、切った相手を刀身の一部にしてしまうか。あまり軽々しくは扱えまい」

 落胆の表情で右将軍が、剣を丁重にサムカに返した。サムカがすぐに剣を鞘に収める。


 ステワも右将軍に恭順して、軽く両膝を曲げながら深く頭を下げる。

「仰る通りでございます、右将軍閣下。中性子星であれば、この世界にも存在いたします。それ故、採掘して武器に加工できるのではないかと思いましたが……こうも取り扱いが面倒では使えませぬ」


 右将軍も唸って腕組みをしながら、太い首をかしげた。

「そうだな。剣が無理であれば、槍先や矢に銃弾として使えるかと期待したのだがなあ。無理だな、これは」

 そして、少し悔しそうな表情をサムカに向けた。

「うっかり剣を地面に落としてしまうと、それだけで、この大陸が吸い込まれる勢いだ。サムカよ。この剣は獣人世界に返してこい。それも早急にな。剣の扱いが下手な貴族が多いから、こうして見世物になっているだけでも危険だ。いずれ必ず事故が起きる」


 サムカもその危惧はしていたので常時、その身に帯剣している。使えない剣を朝から晩まで身に着ける事は、それだけでストレスになる。実際サムカの表情を見ると、かなり面倒に思っている様子だ。

「はい。そのつもりでございます、右将軍閣下。次の〔召喚〕までには、金星も落ち着くでしょうし、戻しても差し支えないかと」


 右将軍が鷹揚にうなずいた。手元に時刻表示を出して、軽くため息をつく。

「では、収穫なしで前線へ戻るとするか。左将軍から、またグチグチ文句をいわれるな……おい、サムカ。罰として、後で前線に来い。このワシの徒労に見合った仕事をしてもらうぞ」

 勝手にやって来たのは師匠なのだが、ジト目ながらも頭を下げるサムカであった。

「は。御意のままに」


 ステワが実に愉快そうに微笑んで、蜜柑色の瞳をキラキラしている。

「差し入れを用意しよう。前線へ向かう際には、私にも一言かけてくれ」


 そこへ、執事が小走りでやって来た。4名のオークの小間使いを従えていて、移動茶席のセットを担がせている。

「右将軍閣下、エア様、遅れて申し訳ありません。今、急いでお茶の用意をいたしますっ」

 かなり慌てて急いで来たようで、薄い赤柿色の禿頭が赤くなって大汗をかいている。


 それを豪快に笑いながら、左手をブンブン振って制する右将軍である。

「残念だが、もう戻らねばならぬ。この不肖の弟子を鍛え直す戦場を、早急に用意せねばならぬからな」

 とか言いながらも、しっかりと執事から紅茶の入ったカップを受け取っているが。隣では悪友ステワも平然とした顔で、紅茶カップを小間使いから受け取って静かにすすっている。


 紅茶を1口すすった右将軍の表情が、少し驚きの色を帯びた。執事に大きな琥珀色の瞳を向ける。

「おう……かなり良い香りではないか。まだ新茶の季節ではないはずだが」

 ステワは何度か飲んでいるようで、落ち着いた表情のままだ。

「私も、この紅茶が最近の楽しみなのですよ、右将軍閣下」


 なおも執事が茶席を設けようとしているのを、右将軍が紅茶を飲みながら制する。残念そうな表情の執事とオークの小間使い達だ。

 そんな執事たちの様子を微笑ましく見つめていたサムカが、紅茶を受け取りながら簡単に説明した。

「茶葉は晩秋のものですので、香りは今ひとつなのですよ。ですが、水が非常に良い状態になっていますので、香りが余すところなく抽出できているようです」


『水』と聞いて、右将軍が納得した。

「おお、城跡にできた湖の水を使っているのか。農産物や家畜の状態が、かなり良くなっていると聞いてはいたが……なるほどな。いわれてみれば、この辺りの生命の精霊場が高まっているようだ」


 サムカが少し照れながら、うなずく。

「それでも、これまでは湖の水だけを使うと、精霊場が強すぎてかえって害が出ていたのです。オークでさえ体調を崩すほどで。そのため周辺の河川や地下水と混ぜて、精霊場を弱くしてから灌漑や水道に使用していました」

 オークや魔族は生きている存在なのだが、闇魔法場への適応が進んでいる。そのため、強烈な生命の精霊場を浴びると体調不良に陥ってしまうのだ。強すぎる光を照射すると植物が弱まる現象に似ている。

「ところが、ドラゴンがこうして剣に封印された後は、湖の水の精霊場がかなり弱まりました。それで、こうして湖の水を直接使う事ができるようになったという次第です、師匠」


 素直に感心するトラロック右将軍である。あっという間に紅茶を飲み干して、おかわりを執事に所望する。墓場の隅の一角で紅茶の立ち飲みをしているのだが、意外にサマになっている右将軍だ。


 すぐにカップに2杯目が注がれ、執事から受け取る。

「右将軍閣下。レモンや香辛料も用意してございますが、いかがいたしましょうか」

 執事の提案に、豪快に笑って断るトラロック右将軍。

「いや、止めておこう。これ以上、香りを楽しんでしまうと、ここに居座ってしまいそうだからな。暇を作って、数日間ほど休暇で遊びに来る時の楽しみにしておくさ」


 ステワが紅茶をもう1口すすって、サムカに目配せした。

「では、水だけでも土産に持ち帰ってみてはいかがですか? 閣下配下の貴族達への、良い土産になると思います」


 顔を見合わせる右将軍とサムカ。すぐに執事が牛乳瓶サイズの〔結界ビン〕を1つ、小間使いから受け取り、それをサムカに手渡した。

「活性炭による浄化処理済みの湖の水でございます。100リットルほど入っておりますので、お茶を点てるには充分かと」

 サムカが早速、その〔結界ビン〕を師匠のトラロックに献上する。


 満足そうな笑みを浮かべて、サムカの背中を布団を叩くような勢いで《バンバン》叩く右将軍だ。

「おう。これは良いな。では、張り切って、良い戦場を用意するとしよう。楽しみにしておけよ、サムカ」

 そのまま、〔転移〕して去ってしまった。


 ステワがニヤニヤしながら、また1口紅茶をすする。

「良かったな、サムカ卿。大活躍の場が待っているぞ」

 サムカがジト目でステワを見据えながら、紅茶をすする。穏やかな山吹色の瞳なので、怒ってはいない表情だ。

「わざわざの心遣い、感謝するよステワ卿。水の売り込みでもしてくるよ。私と騎士シチイガは、この水をたくさん飲んだが……体や意識の変調は覚えていない。安全性については問題あるまい」


 そして、ふと何か思いついたようだ。飲み干した紅茶カップを小間使いに手渡して、執事に顔を向ける。

「獣人世界への輸出品になると思うかね?」

 執事がステワを顔を見合わせて、数秒間ほど考える。その後、遠慮がちに頭を伏せ気味にしながら、執事が答えた。

「左様でございますね……飲料水として輸出するとなると、コンテナを専用にしなければなりません。ワインやジュースと異なり、単価を低くしないといけません。そうなると、瓶ではなく樽単位での取引になるかと」


 死者の世界産のワインやジュースなどの飲料品は、まだ輸出対象にはなっていない。闇の魔法場を帯びているので、普通の獣人が飲むと精神障害を起こしてしまうためだ。俗にいう『呪いの酒や飲料』である。


 サムカが小首をかしげて考えながら腕組みする。

「……ふむ。水単体ではコスト高になるか。ワインやジュースの場合では、まだ実験が必要だな。この水で栽培して、製造したワインやジュースの魔法場がどうなるか、調べる必要がある。獣人達に害を及ぼさない値でないと意味がないからな」


 ステワも紅茶を飲み干して、カップを小間使いに手渡す。

「実験は賛成だが……多分、厳しいと思うぞ。この世界の産である以上、闇魔法場を多少なりとも帯びるのは避けられまい。向こうの世界の水で希釈する事も、想定しておくべきだな」

 サムカも素直にうなずく。

「だろうな。では、次の〔召喚〕時に、この水を持って行くとするか。我が生徒や羊に用務員は、飲んでも問題ないはずだ。希望する生徒や、森の妖精やエルフでも試してみれば、おおよその安全性が分かるだろう」


 執事が移動茶席を館に戻すように小間使いに命じて、ステワに微笑みながら丁寧に頭を下げた。

「今日もお越し下さり、ありがとうございました。湖の水については、実は困った事態になりつつあったのですよ。旦那様がドラゴンを退治して下さったので、本当に助かりました」


 初耳だったようで、ステワがサムカに蜜柑色の瞳を向けて首をかしげた。

「そんなに厄介な状況だったのかい? まあ、私の靴底が焼けたのは見たが……オークには問題なかろう」

 サムカが腰に吊るしているドラゴン殺しの貧相な剣の柄を、「ポン」と左手で叩く。

「うむ、実はな。このドラゴンによる精霊場が強力すぎて困っていたのだよ」


 湖の水は地下水脈に繋がっていたようで、強力な生命の精霊場を帯びた水が、地下水脈に侵入して広がり始めていたのだった。さらに、地上を流れる一般河川にも湖の水が侵入していた。


「このまま放置していると、我が領土全域が、非常に高い生命の精霊場に包まれる恐れが出ていたのだよ。そうなると、私は自主退散しないといけなくなる。ドラゴンが剣に封じられて、ようやく収まったという次第だ」

 話を聞いていたステワが、キョトンとした顔からニヤニヤ笑顔に変わっていく。

「そうだったのか。怠け者のサムカ卿にしては、今回のドラゴン退治を頑張っていたように見えていたからなあ。なるほどな、領地を追い出されて流浪の生活を送る羽目になるところだったのか。なるほど、なるほど」


 サムカが次第にジト目になっていく。

「……一応、断っておくが、私の事情だけで今回の作戦に参加してはいないからな。いざとなれば、卿の城に転がり込めば済む話だ」

 今度はステワがジト目になった。

「……なるほどな。私にとっても、ドラゴン退治は有益だったという事か」




【召喚前の準備いろいろ】

 〔召喚〕予定の日も、サムカはいつも通りに騎士シチイガを連れて、畑や加工工場、養鶏場などを巡回していた。やはり赤茶けた中古マントを羽織った姿である。

 騎士シチイガが、さすがにサムカに進言してきた。

「我が主。今日は〔召喚〕の日でありましょう。ドラゴン社会からの役人との面会予定もあります。さすがに今日ばかりは、作業着は控えた方がよろしいかと」


 サムカが中古マントと古着の長袖シャツに付いた、鶏の羽を払い落としながら、軽く肩をすくめる。

「まあ、そうではあるが……残念だが、その後で金星へも向かう予定なのだよ。礼服で行くには少々、敷居が高い場所だ。まあドラゴン社会からの役人も、私との面会は些末な事だろうから気にする事はあるまい」


 騎士シチイガもサムカと似たような中古マントを叩いて、鶏の羽や土埃などを落とす。付き従っていたオークの農場長や養鶏場長が雰囲気を察して、深く禿頭を下げて去っていった。


 その禿頭の群れを見送りながら、騎士シチイガが小さくため息をつく。

「作物や家畜の病気が劇的に減ったのは、歓迎すべき事でしょうが……その分だけ、生命の精霊場が強くなった気がいたします」

 サムカが錆色の短髪を軍手でかいた。

「まあ、そうなるだろうな。調子が悪くなったら、遠慮なく私に申し出るのだぞ、シチイガ。君の魔力であれば、何も問題ないと思うが」


 騎士シチイガが腰と膝を深く曲げて、サムカに立礼する。

「はい! おかげさまで、支障は全く出ておりません。この状況も、私の魔力を高める訓練として受け入れる所存でございます」

 サムカが騎士シチイガから少し視線を外した。申し訳なく思っているようだ。

「苦労をかけて済まぬな。さて、そろそろ〔召喚〕の時刻だ。湖の水だが、今回はサンプルという事で1リットル程度を持ち込む。帰りには、校長から果物詰め合わせの箱をいくつか受け取る予定だ。エッケコと話を詰めておいてくれ」

「御意のままに」


 騎士シチイガが体と頭を起こして、作業着のポケットから無骨な鞘に収められた短剣を取り出してサムカに手渡した。

「ワタウイネ宰相閣下の命令で試作を続けているという、一般獣人向けの魔法剣です。お言いつけ通り、一日携帯しておりました」


 サムカが短剣を受け取り、鞘から剣を抜いて刀身を眺めた。山吹色の瞳が満足そうに細められる。

「……うむ。特に〔風化〕や〔浸食〕は見られないな。私では魔力が強すぎて、剣が耐えられないと宰相から聞いてね。君に耐久試験を頼んで良かったよ。これで、少なくとも騎士級の闇魔法場には耐えられる事が分かった。罠や仕掛け、悪意のある魔法具を検査する際の道具として使えるはずだ」


 貴族や騎士以外の者では触れる事も危険な罠や魔法具がある。この短剣であれば、少なくともそれらに『接触する』ことが可能になる。接触後はどうなるか分からないが……即死には至らないだろう。

 サムカがにこやかに微笑む。

「これで、触れるだけ、見るだけで即死や精神異常をもたらす罠を使った実習ができるよ」


(ペルさんとレブン君、大変だろうなあ……)

 思わず同情する騎士シチイガであった。実は、こういった罠の数々は、サムカではなく騎士シチイガが考案した物がほとんどであったりする。セマンの盗賊や冒険者の窃盗対策なのだが、実際は残念ながらほとんど全て役に立ってない。


 最後に、サムカが腰にベルトに吊るしている2本の長剣のうち、ドラゴンが封じられた貧相な長剣を確認した。〔石化〕処理した鞘の部分と、剣のすっぽ抜け防止用のスケルトン糸も併せて確認する。

「うむ。〔召喚〕の弾みで落とす事はなかろう。では、行ってく……」

<パパラパー!>

 ラッパ音がどこからか鳴り、水蒸気の煙がサムカを包み込んで、そのまま消えた。騎士シチイガが作業着をもう一度叩いて、埃を払う。

「……さて。執事と話してから、巡回の続きを行うとするか」




【門の側の召喚場】

<ポン!>

 いつものように水蒸気の雲をまとってサムカが〔召喚〕された。学校敷地内と外の森をつなぐ門のそばに前回設けられた、野外召喚場の魔法陣の中央に出現する。

 召喚場は、前回と少し変わっていて、より滑らかなコンクリートの床になっていた。おかげで床に描かれた〔召喚〕用魔法陣の線も明瞭で、かすれていない。

 召喚場には前回同様に、雨除けの素焼きの薄い赤瓦屋根がついていて、〔召喚〕で発生した魔法場を森に拡散希釈する役目を果たしている。


 門には、周辺の農家や清掃業者などが行き来していて、興味深そうにサムカの〔召喚〕を見物している。すっかり見世物になってしまった印象だが、ここは割り切るサムカであった。召喚ナイフの宣伝のためには我慢するしかない。


 サムカの〔召喚〕が済んだので、見物人の獣人族達が慌てて移動を再開し始めた。

 農産物や生ゴミ等を輸送する荷車を、肩高1メートル半ほどの牛型原獣人族が引き始める。「ゴトンゴトン」と重い音が路面に響いて、サムカの足元にも振動が伝わってきた。


 学校の敷地と外を区切る壁は相変わらずなく、浅い溝が地面に刻まれている。溝の中からは〔雷撃〕が発生して、敷地内へ侵入しようとした虫を撃墜している。撃墜されて溝の中に落ちた虫は、水の精霊によってすぐに消化されていた。

 一方、小鳥や森の獣については近寄ると危険を察知するようになっている。そのため、近づいてきたものが「ビクッ」と反応して、慌てて森の中へ逃げ戻っていく。今も小鳥の群れがUターンして逃げていくのを見送るサムカだ。


 〔召喚〕時に発生した魔法場汚染が森からの風に希釈されて急速に和らいでいくのを感じるサムカに、いつもの聞き慣れた声がかけられた。

「おお、今回も成功ですな。サラパン主事」

 校長の声がまずサムカの耳に入ってきた。すぐに羊の「ワハハ」笑いが続く。2人とも、いつものスーツ姿である。

「わははは。もうすっかりコツをつかんでおりますからなっ。もはや〔召喚〕の専門家と呼んでくれても結構ですぞ」


 相変わらずの羊に、サムカも山吹色の瞳を細める。

「うむ。大したものだ。この調子で、今後もよろしく頼むよ」

 羊がややスリムになった上体を偉そうに反らせて鷹揚にうなずいた。春が近いのか、毛並みが冬毛から通常版に生え変わり始めている。そんな羊主事だが口調はいつも通りだ。今日も、かなり調子に乗っている。

「苦しゅうないぞ。土産があれば、なおの事、苦しゅうないぞっ」


 サムカが口元を緩めて、古着作業服のポケットから牛乳瓶サイズの〔結界ビン〕を取り出し、サラパン羊に手渡した。キョトンとしている羊に、腰と膝を少し曲げて穏やかな声で説明する。

「我が領地の湖の水を、飲料用に処理したものだ。ドラゴン由来の生命の精霊場を強く帯びている。その一方で、死者の世界の闇魔法場も少し帯びている状態だ。君の魔力増強に役立つのではないかな」


「おお!」

 三日月型の瞳をキラキラさせて喜ぶサラパン羊である。さらにサムカが注意事項を加える。

「しかし、飲み過ぎには注意する事だ。闇の魔法場はいうまでもないだろうが、ドラゴン由来の精霊場もこの世界の種類とは異なる。体調が悪くなったり、下痢や発熱を起こす恐れがある。毒ではないからすぐに回復するはずだが、トイレのある場所で飲んだ方が良いだろう」


 しかし、サラパン羊は目をキラキラさせたままだ。

「それは好都合ですなっ。邪魔な連中にイタズラするのに最適じゃないか。私は、この通り魔法適性がありますからなっ。私は平気な分量でも、連中は苦しむという事ですか。これは良い、とても良い。わはははは」


 少しジト目になるサムカであった。

「……まあ、毒ではないから大事には至らぬだろうが、ほどほどにな」

「合点!」

 元気よく返事をしたサラパン羊が、スキップして地下階の食堂方面へ駆けだしていく。早速、何か試すつもりなのだろう。


 ジト目になってサムカを見ている校長に、サムカが錆色の短髪を軍手でかきながら弁解した。

「済まないね、シーカ校長。死者の世界からの輸出品として、この水が使えるかどうか調べているのだよ。死者の世界では、この水が最も闇魔法場を帯びていないのだ」


 そして、『安全性の確認』のために闇の精霊魔法の適性を有する者に、まず飲ませてみたいと申し出た。校長のジト目がさらに険しくなる。腕組みをして鼻先のヒゲをピンと張った。

「それは『人体実験』というのですよ、テシュブ先生。人道上や帝国の法にも反する行為です。いくら、毒性がないといっても、いきなり人に飲ませて調べるのはいけません」

 しょぼんとするサムカである。

「……うむ、そうか。その方が良いだろうな。了解した」


 ジト目のままで校長が掃除道具を持って控えている数名の事務職員に命じて、木箱を5個用意させる。

「テシュブ先生。今日は金星へ向かわれる予定だそうですね。では今のうちに、果物を詰めた箱をお渡ししておきます。どうぞ、お受け取り下さい」

 サムカが顔を上げてうなずく。

「そうだったな。了解した」


 サムカが事務職員達から木箱を受け取り、そのまま赤茶けた中古マントの中へ突っ込む。それだけで、瞬時に箱が消滅していく。お馴染みの闇の精霊魔法を使った〔収納〕だ。

 すぐに5個全ての木箱をマントの中に収めたサムカが、軽くその場でクルリと回った。赤茶けた中古マントがひるがえって、ふわりと舞い上がる。もはや木箱の姿はどこにも見当たらない。

「うむ、〔収納〕できたか。最近の〔召喚〕は範囲指定空間が厳密でね。うっかりすると〔収納〕し切れない場合があるのだよ。では、責任を持って、宰相閣下に届けるとしよう」

 校長がようやく微笑んだ。

「はい、よろしくお伝え下さい」


 次に校長が、狐族の事務職員に床に描いてある召喚用魔法陣の消去と供物の撤去を命じる。サムカも掃除の邪魔になるので、校長と共に野外召喚場から外に出ていく。

 校長がサムカに聞いた。

「テシュブ先生。つかぬ事を伺いますが、供物はこれで良いのですか? 魔神様への供物ですから、好みに沿った物の方が喜ばれるのではないかと思うのですが」


 サムカが首をかしげて、軽く腕組みをしながら答える。早くも掃除が完了しようとしている。

「気にする事はないと思うぞ。我が世界の創造主は放任主義だからな。供物の内容についてはうるさくいわない。私がこの世界で体を構築する際の『呼び水』としての役割の方が高いな」


 召喚ナイフによる世界間移動魔法は、魔力源をハグのようなリッチーに依存している。魔神は直接関わっていないのだが、とりあえずのご機嫌取りは必要なのだろう。

 さらに、供物は〔召喚〕される者の現地出現を滞りなくさせるためにも必要だ。でないと、サムカが子供になったりする事になる。


 そのようなサムカの説明に、素直に納得する校長である。

「分かりました。ですが、私達の感謝の気持ちもありますので、できるだけ旬の供物にするように心掛けますね。ではテシュブ先生。教室へ向かいましょうか」


 校長に促されるまま運動場へ向けて一緒に歩き始める。

 サムカが騎士シチイガから受け取った短剣を、鞘に収めたままで校長に見せた。冬の日差しに鈍く反射している。

「では、この短剣の性能試験も中止した方が良いかね?」


 サムカから概要を聞く校長である。数秒間ほど色々と考えた後で、険しい表情ながらもサムカに顔を向けて答えた。

「これも本来であれば、教育指導要綱から大きく逸脱する行為ですね。ですが、テシュブ先生の授業は遅れていませんので、事故が起きない範囲でしたら黙認します」


 このところの騒ぎの連続で、授業時間が大きく損なわれている事はサムカも知っている。しかし、サムカが担当している死霊術と闇の精霊魔法については、指導要綱で定められている内容が少ない。

 実際、レブンとペルもジャディでさえ、今年分の授業内容は修得していた。そのために、今は実習重視の授業になっている。


 それは良い事なのだが、言い換えると『優先度が低い授業』という事でもある。遅れている他の魔法分野の授業の時間を多くしたために、サムカ熊が教える選択科目の授業時間も大きく削減されていたのであった。

 ちなみに、サムカ本人の授業時間は減らされる事はなくなったので、今は当初通り週に1回の頻度で〔召喚〕が行われている。


 校長はその事をかなり申し訳なく感じている様子で、言いよどんで両耳と口元のヒゲを微妙に動かしている。

「……〔召喚〕に応じて来て下さったのに、生徒達に他の魔法教科の自習をさせる事は、さすがにテシュブ先生に対して失礼すぎます。遅れている科目につきましては、最後の手段として、ドワーフ製の圧縮学習機を使う準備も進めています。脳神経への負荷が気がかりですが……」


 圧縮学習はサムカもこれまでに何度もしているので、そのつらさは理解できる。サムカは死体なので脳も死んでいるのであるが、死霊術で機能させている。

 サムカの経験上では、この手法は脳への負荷がかなりかかるので非常に眠くなり、注意力も散漫になる。ちょっとした低級ゾンビ状態だ。意識がはっきりしない状況も時々起きる。

(そのような状態が、生きている者達にも起きるのだろう……)という認識だ。『当たらずとも遠からず』というところだろうか。


 校長が白毛交じりの頭と尻尾を、冬の日差しにキラリと白く反射させて微笑む。

「湖の水と短剣の使用を許可します。ただし、万一の場合に備えて〔蘇生〕や〔復活〕の準備はしておいて下さいね。使用できる生徒は、死霊術と闇の精霊魔法の適性がある者に限定します。それで良いですね?」

 ほっとするサムカだ。山吹色の瞳が穏やかな光を放った。同時に申し訳なく感じたのか、錆色の短髪を軍手でポリポリかいている。

「了解した。シーカ校長の配慮に感謝するよ」


 運動場には、10名ほどの生徒達が「キャッキャ」と歓声を上げて、サッカーのようなボール遊びをしているのが見えた。今は、授業と授業の合間の移動時間だ。

 サッカーと違って全員が空中に浮かんで、ボールに触れずに力場術などの魔法を使って操っている。空中で爆発や突風が連続して起き、それによってボールが吹き飛ばされていく。

 幻導術も使って構わないようで、ボールが数個に増えたり、消えたりしている。


 森の上には『化け狐』の姿は1匹も見当たらない。保安警備システムが稼働しているおかげだろう。以前はサムカが〔召喚〕されただけで、数匹単位で出現していたのだが。


 空を見上げると、徐々に春の兆しが現れてきているのが分かる。雲の形が、もったりした柔らかいものになってきていた。森の中では渡り鳥や虫が群れをつくって、木々の中を飛び回っている。渡りの準備を始めたのだろう。

 そのような生命の息吹の高まりを、少しジト目になって観察するサムカである。やはりアンデッドには、大量の生命の活動は不快に感じるようだ。


 そんなサムカと校長が運動場を歩きながら、挨拶してくる生徒たちに笑顔で応えていく。と、そこへ考古学部のアイル部長が息せき切って駆け寄ってきた。一緒にドワーフのマライタ先生も走ってきている。

 その他にもう1人、見慣れない人が同行していた。3対の羽毛で覆われた翼を優雅に羽ばたかせて、アイル部長とマライタ先生の走る速度に合わせて飛んでいる。

 服装は、何というかサムカやパリー先生よりも奇抜だ。ローマ時代のトーガのような、ゆったりした白い衣装で、ギリシャ神話の神々の服装に近い。よく見れば全くの別物だと分かるのだが、サムカの古代中東風の礼装に通じる趣がある衣装だ。なぜか足元はブーツや編みサンダルではなく、木製の下駄だが。


 アイル部長が大汗をかきながら、清潔な発掘作業着の姿で手を振った。

「シーカ校長、テシュブ先生。遅れて申し訳ありません。会議がかなり長引いてしまいました」


 サムカと挨拶を交わしたアイル部長が、翼を閉じて優雅に地上に舞い降りた壮年の男を紹介する。

「ドラゴン社会の外交部部長の『ドラゴン』さんです。名前に強力な魔力があるという事ですので、ドラゴンさんという事で。テシュブ先生が剣に封じたドラゴンの身元を引き受けるそうです」


 そのギリシャ神のような服装のドラゴンが、背中の3対の翼を完全に小さくたたんで体内に吸収し、サムカに丁寧に挨拶した。

 身長はエルフ先生と同じくらいなので、中学生の仮装にも見える。顔だけは見事なオッサンだが。下駄をカランコロンと軽やかに鳴らして、サムカと校長に歩み寄ってくる。

「紹介感謝する。お主には名前の一端を明かしても問題なさそうだな。興味があれば後で教えよう。その剣に封じられている者は、一応は我がドラゴン社会の『市民』なのでね。ウロコ持ちの未熟な若輩ではあるが、『市民』である以上は、見捨てる訳にはいかぬのだよ。お主の〔召喚〕中に身柄を引き渡してくれ」


 サムカが校長に視線を投げる。校長も了解しているようで、素直にうなずいた。アイル部長もうなずいて、サムカに説明する。

「会議というのは、この事だったんですよ。タカパ帝国宰相閣下と、ドラゴンさん、それにドワーフ政府の現地大使とで協議していました。テシュブ先生の〔召喚〕主は教育研究省ですが、その頭は宰相閣下です。テシュブ先生が引き渡しに応じてくれれば、それで全て片付く手筈になっておりますよ」


 腕組みしながら、軽いジト目になるサムカである。

「私はウーティ王国の一員なのだがね。〔召喚〕も国王陛下の許可を得て応じている。勝手に話を進められても、困るのだが……」

 しかし、ここでサムカが渋っても意味がない事は理解している。

「では、後で一筆書いた公式文書を私に送ってくれ。それを持って、ワタウイネ宰相閣下に委ねるとしよう」


 ドラゴン部長が素直にうなずいた。

「当然の要求だな。よかろう。私の名前で公式文書をお主に渡すよ。魔力を込めない文書にするので、読んでも障害は受けぬだろう」

 そして、いきなり文書を作成して、それをサムカに手渡した。

「これでいいかな? 内容を確認してくれ」


 サムカが鷹揚に受け取って一読する。山吹色の瞳が穏やかな色合いになっていく。

「……確認した。では、これを宰相閣下に早速送るとしよう。おい、ハグ。ちょっと手伝え」

 すぐにハグの声だけがサムカのポケットの中からした。かなり面倒臭そうな口調だ。

「まったく、この田舎貴族は……仕方あるまい、引き受けてやろう。さっさと、その文書をポケットに突っ込め」


 サムカが真面目な表情で文書にサインを刻む。それを丸めて作業服の胸ポケットに押し込んだ。すぐに文書がポケットの中で消えてなくなる。

「うむ。〔転送〕されたな。宰相閣下によろしく頼む。しかし、顔くらいは出して返事をした方が良いぞ、ハグ」

 ポケットの中からは一言も返ってこなかった。


 サムカが小さくため息をついて、普段の表情に戻る。腰ベルトに吊るしている2本の長剣のうち、ドワーフ製の貧相な剣の柄を「ポン」と叩く。

「今日は、これから授業でコレを使うつもりだ。それが終わったら、封じられているドラゴン君を引き渡すよ」


「協力感謝する、テシュブ領主殿」

 ドラゴン部長が剣をチラリと一目見て、目の色を文字通りに一瞬だけ変えた。本来は真紅色で、深みのある紅色の瞳のようだ。

 すぐに瞳の色が黒褐色に戻ったが、その一瞬だけ魔法場が異常に上昇したのを感じたサムカであった。イモータルなので、ちょっとした弾みで魔力が漏れてしまうのだろう。

 ちょうど、ハグ本人がサムカと会う際に空中に浮かんで地面に立たず、さらに1ヶ所に留まらないようにクルクルとサムカの周囲を回る配慮をしているのと同じ理由だ。


 サムカが小さくため息をついた。

(しかし、あのドラゴンは市民だったのかね……市長に抗議でもしたいところだな)



 話が一段落ついたので、今度はアイル部長がサムカと校長に困惑の表情を向けた。そのくせ、目の色はキラキラしているのだが。

「では、次に私の番ですね。帝国宰相閣下の指令で、〔地球化〕している金星の現地調査を教育研究省が行う事になりました。実際に動くのは考古学部で、私が先発隊の隊長に任命されました。科学的な環境調査なので、軍や警察には荷が重いという判断みたいですね」


(内心は嬉しいのだろうな……)と思うサムカである。一応、真面目な表情になってアイル部長に聞いてみた。

「それは大変だな。まだ古代遺跡の発掘調査は山積みなのだろう?」


 待っていた質問だったようで、即座に答えるアイル部長だ。日焼けして荒れ気味の頭や両腕、両足の毛皮を少し逆立たせている。尻尾も盛んに地面を≪パッサパッサ≫掃き始めた。

「そうなんですよねー! うん、困った、実に困った。職員の臨時募集をしないといけないですよねっ。ついでに予算の増額申請も」

「うんうん」と素直にうなずくサムカと校長である。まずは、その年季の入った発掘用の作業着を、新調する事から始めた方が良いだろう。


 アイル部長の嬉しそうな話を聞いていたサムカが、腰のドワーフ製の貧相な長剣の柄をまた「ポン」と叩いた。

「ずっと考えていたのだが……封じられているドラゴン君を引き渡した後で、この剣を金星に持っていくのが最善のようだな。〔地球化〕を順調に行うためには、魔力は多い方が良い。タカパ帝国に置いても構わないが、博物館の展示品にするには見た目が地味すぎる。武器として扱うにも、帯びている魔力が高すぎる。誰もまともに扱えないだろう」


 魔力については、この場にいる校長やアイル部長、それにマライタ先生も専門外なので特に異論は出なかった。ドラゴン部長も軽くうなずいただけだ。あまり関心を持っていない様子である。


 そのアイル部長であるが……サムカが持ってきた短剣について興味津々の表情になった。恐る恐るサムカから短剣を受け取って、慎重に鞘から抜く。

 緊張のせいで全身の日焼けした毛皮が見事に逆立って、尻尾も竹ホウキ状態だ。顔じゅうのヒゲも四方八方バラバラに向いてしまっている。

 それでも数秒ほど経過して、何も変化が体に起きていない事を知り、徐々にではあるが落ち着きを取り戻してきた。


 その様子を観察しながら、サムカが山吹色の瞳を満足そうに細める。

「うむ。影響は出ていないようだな。では、その短剣で私を刺してみなさい」

「ええ!?」

 ひっくり返って驚くアイル部長と校長に、サムカが軽く両手をプラプラ振って微笑んだ。

「言い方が悪かったな。私はアンデッドだから、闇魔法場の塊だ。魔法適性のない者が不用意に触ると、それだけで精神異常を起こしてしまう。最悪の場合は消滅する。その短剣を介して、私に接触できるかどうかを調べたいのだよ」


 それでも、さすがに刺すのを拒否するアイル部長だ。

「理由は分かりましたが、そんな事はできませんよ。別の手段を考えて下さい」

 ガッカリするサムカ。

「うう。そうかね。難しいな」


 それでも、短剣それ自体には大いに感動しているアイル部長であった。丁寧に刀身を鞘に収めてサムカに返し、にっこりと日焼けした顔をほころばせた。

「デザインが、これまでに古代遺跡から発掘された刀剣類を参考にしているのですね。発掘品が、こうして商品に反映されるのを見ると張り合いが出ますよ」


 最後にマライタ先生が白い歯を見せてニヤニヤ笑いながら、サムカの赤茶けた中古マントを手袋をした右手で≪バン≫と叩いた。サムカたち一行は間もなく運動場を歩き渡り、地下階への階段に差し掛かろうとしている。

「まあ、そう落ち込むなよ。テシュブ先生。一度に上手くいくなんて事はあまりないぞ。地道に修正調整を続けるのみだ」


 サムカが気を取り直して、マライタ先生に改めて礼を述べる。そして、胸ポケットから<パパラパー>音が鳴ったので手を突っ込んだ。メモが〔転送〕されてきたようで、それを一読する。

「うむ。宰相閣下からの返事だな。ドラゴン部長の提案で問題ないという事だ。では、早速始めるとするか」


 腰のドラゴン殺しの剣を外して、鞘ごとマライタ先生に手渡す。

「ドラゴン退治では、これがなければ大変な事になっていただろう。よくぞ間に合わせてくれた。今さらだが、感謝するよ」

 マライタ先生が片手で無造作に剣を受け取って、赤毛のクシャクシャ髪をもう一方の手でかき混ぜた。

「よせやい。照れるじゃねえか。本当なら、その前の大ダコ騒動に間に合わせる予定だったんだけどな。ギリギリでドラゴン騒動に間に合って良かったよ」


 サムカがマライタ先生に、今回の授業でドラゴン殺しの剣の『仕組み』を生徒と先生たちに簡単に説明してくれないかと提案する。目をキラキラさせながらも、取って付けたような微妙な表情を顔に貼りつけるマライタ先生だ。チラリとドラゴン部長に流し目を送る。

「さっきの政府間協議で、この剣の開発が永久凍結されてしまったばかりでなあ……概略だけでも良いのかい。ドラゴンの役人さん」


 ドラゴン部長がジト目になってマライタ先生を睨みつける。しかし、すぐに軽いため息を1つついて、真面目顔のままでうなずいた。

「今回の事件で何が起きたのかは、当事者は知る権利がありますね……開発に関連する情報は認められませんが、概略だけでしたら黙認しましょう。私も、その剣についての知識を少し得てみたいところですし」


 マライタ先生が下駄のような白い歯を見せて、ニッコリと笑う。他意はないのだろうがクシャクシャの赤髪と顔を覆うヒゲのせいで、山賊が財宝を見つけた時のような笑顔になっている。

「剣の材料の中性子物質は、そうそう簡単に採掘なんかできない代物だしなっ。採掘できたとしても、星の妖精に認めてもらわないと、すぐに分解して消えてしまう……10分間ほどワシにくれ。テシュブ先生の教室内で説明した方が良いだろうな。野外だと、異星の魔法場って事で森の妖精や『化け狐』が激怒してやって来るだろ」


 サムカが同意した。すぐに〔念話〕で教室を警護している自身の使い魔とシャドウに命令を飛ばす。すぐに対処が完了したようで、サムカが満足そうに微笑んだ。

 既に地下階へ降りる階段に到着していたので、階段を降りながらマライタ先生に振り向いて山吹色の瞳を細める。

「うむ、教室の準備はできた。剣を鞘から抜いても問題あるまい」


 マライタ先生もにこやかに笑って階段を降りてきたが……ふと剣の鞘に目を留めた。

「ん? 鞘の一部が〔石化〕してるな。何かあったのかい? テシュブ先生」

 サムカが振り向かずに階段を下りて、地下2階へ向かいながら答える。

「ああ、剣と鞘との噛み合わせが今ひとつだったのだよ。鞘の一部を〔石化〕して剣が鞘から簡単に抜け落ちないようにした。返す時に〔石化〕を解除するよ」


 校長が手元に時刻表示の〔空中ディスプレー〕を呼び出して、片耳をパタパタさせた。

「……私も剣については興味があります。申し訳ありませんが、テシュブ先生。マライタ先生の解説を授業の最初にもってきてくれませんか? 10分間ほどでしたら、私の仕事に支障は出ません」


 サムカが気軽に応じ、地下2階のサムカの教室の扉に手をかけた。同じ階にある魔力サーバーや法力サーバー群が稼働する音が《ゴウゴウ》と廊下に響いている。

「了解した。では、ようこそ、私の教室へ」


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