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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
115/124

114話

【金星の妖精】

 丘の上から観測していた校長が、目を点にしている。

「これが、上位の妖精ですか……パリー先生とは似ていませんね」


 隣で呑気にパイプを吹かしているノーム先生が、紫煙を口から吐き出して銀色の口ヒゲの先を指で弾く。酸素がない大気だが、二酸化炭素を魔法で炭素と酸素に〔変換〕しているのだろう。実際、ノーム先生の足元にある赤く焼けた地面には、真っ黒いススのような炭素が積もっている。

 窒素ガスは〔結界ビン〕から〔防御障壁〕内へ送り込んでいるので、疑似的に地球の空気組成を、それぞれの〔防御障壁〕内で生み出している事になる。

 その酸素をタバコを吸うのに遠慮なく浪費するところは、ノーム先生らしい。

「地球でいうと『大深度地下の妖精』と『偏西風の妖精』ですかね。ここまでの妖精になると、僕でも交渉する事は不可能ですよ。挑発して、この場所へ誘導しただけです。上手く運んで良かった」


 上空の雷の轟音が急速に大きくなってきた。稲光も数が増えて、空が明るくなるほどだ。


 ノーム先生の手元に、ノーム語で警告が表示されていく。それをパイプを吹かしながら確認した先生が、隣で地面に伏せたままの校長を抱き起こした。上空にひっそりと浮かんでいるペルのシャドウにも合図を送る。

「シーカ校長先生。大気組成が少々変わり始めましたな。硫酸ガスの濃度が上昇してきています。そろそろ、地球へ戻る心づもりをして下さい。精霊場の濃度も急上昇しておりますからな、下手をすると我々も〔精霊化〕されてしまいますぞ」


 校長が口元と鼻先のヒゲを震わせて、先端に汗の雫をつけながら起き上がった。かなり緊張しているのがよく分かる。それでも、逆立った頭の毛皮を手袋をした両手で撫でて整える。さすがに竹ホウキ状態の尻尾までは手入れする余裕がない様子だが。

「そ、そうですね。一応、私も死んでも〔蘇生〕や〔復活〕できるように準備はしていますが……記憶の欠如などが起こり得ますからね」


 校長が手元の〔空中ディスプレー〕に、狐語で撤退の申請を書いて送信する。

 しかし、教育研究省からの指令は無慈悲なものであった。狐語で記された命令文を一目見て、ガックリと肩を落とす校長。

「ギリギリまで現場に留まって、観測を続けよ……ですか。軍でも警察でもないので、強制力はないのですが……まあ、仕方がありませんね」


 校長がかなり緊張した固い笑みを口元に浮かべて、隣でパイプを吹かしているノーム先生に頭を下げる。

「私の強制〔テレポート〕の権限を、ノーム先生に託します。省の方針に従うと、私はここで死んでしまう事になるでしょうからね。ノーム警察に私の身柄を預けます」


 ノーム先生が紫煙を一息吐いて、銀色の垂れ眉を上下させた。

「了解。そちらの省としては、今は絶好の人体実験の機会ですからな。機械計測では得られない、貴重な情報が多数得られるでしょうね」

 人体実験の被験者にもなった校長が、手袋をした片手で白毛交じりの頭をかく。

「労働組合に入れませんからねえ、私は。ストライキもできません」


 ノーム先生の社会では、役職のある役員であっても労働法に基づいて対抗する事ができる。しかし、このタカパ帝国の法では、残念ながら認められていない。

 ちなみにノーム先生やカカクトゥア先生は警察の役職なので、撤退許可が下りない限りは『ここに釘づけ』だ。この撤退許可もまだ下りていない様子である。


 金星の大気と大地が、急速に凶悪な雰囲気を帯びてきた。

 既に上空を分厚い雲が覆い尽くし、新月の夜のような暗さになりつつある。その分、雷光が目立ち始めて、照明の代わりになってきている。

 大地も赤く鈍く光る溶岩で覆われていて、溶岩から噴き出す赤や黄色、緑色のプラズマが地獄のような風景を彩っている。暴風が上空で吹き荒れていて、地鳴りのような轟音が上空から響く。地面からも溶岩が流れる振動が延々と続いていた。


 そんな地獄風景を丘の上から興味深く眺めていたノーム先生の手元に、ノーム語の短文形式の命令が表示された。それを見て軽く肩をすくめ、紫煙をまた一息吐き出す。

「シーカ校長の警護が、正式に命令として出てしまいましたな。ははは。これで私もシーカ校長と一蓮托生」

 手元に地形図を呼び出して、あちこち探してみる。すぐに残念そうに首を振り、校長に告げた。

「近くに標高の高い場所がないか探してみましたが……この丘で我慢するしかなさそうですな。700キロ先に標高5000メートル級の高原があるのですが、遠すぎますね」

 避難するのであれば適した場所なのだが、観戦するので不適だ。


 そのような雑談を交わしながら観測を続ける事にする校長とノーム先生であった。そこへ、暗闇の中で無数の稲妻を浴びながらもゆっくりと〔飛行〕しているサムカから〔念話〕が届いた。シャドウを〔操作〕している生徒たちにも同時に送信しているようだ。

(ドラゴンの殺気が強まった。逃げる準備をした方が良いだろう、シーカ校長)


 シャドウ部隊は既に現場からの退避を完了していて、今は校長とノーム先生がいる丘の上空で旋回飛行していた。ジャディからすぐに反応が返ってくる。

(確かにヤバイぜ、校長。おい、ペルにレブン。オマエたちも用心しておけよ)



 真っ暗な上空を一面に覆っていた無数の雲間放電の雷が、一斉に消えた。雷の轟音もパタリと止み、上空を吹き荒れていた暴風も急速に鎮まっていく。

 溶岩の海に立っていた大波も収まり始め、赤や黄色のプラズマの放出も急速に消えていく。


 世界中が闇の中に溶けていくような印象すらある変化に、目をキラキラさせているのは言うまでもなく校長とノーム先生だ。観測生データが洪水のように手元の〔空中ディスプレー〕画面を流れていくのを、嬉々とした表情で凝視している。

「気圧や大気組成に気温、地温まで劇的に変化していますねえ。これは凄い」

 校長の子供のようにはしゃぐ声に、隣のノーム先生も即座に同意する。もう、パイプを呑気に吹かしている場合ではない様子だ。パイプを足元の黒いススだらけの地面に「コツコツ」叩いて、中のタバコを排出し、急いでパイプを完全装備の機動警察服のポケットに押し込む。

「精霊場も大変な変動が起きていますなっ。これは、もしかすると……」

 いきなり、分厚く垂れこめていた雲が全て消失した。闇夜の状態から一気に昼間になる。視界も回復してくる。


「おお……」

 校長とノーム先生が揃って唸った。どちらも目をキラキラさせたままだ。


 丘の上で、中腰の姿勢のまま観測している2人の視界に、巨大な岩の牙群が溶岩の海からそびえ立っているのが映った。雲一つない快晴の空を背景にしているので、コントラストが凄い。快晴とはいえ、金星の大気なので赤っぽいが。


 岩の牙は、校長たちがいる丘の近くからも何本か伸びていて、ドラゴンが飲み込まれた座標に向かうにつれて、数が多くなり巨大化している。

 その座標にある巨大な牙の群れに至っては、直径600メートル、長さ2キロ以上もあるだろうか。これらの巨大な岩の牙が隙間なく密集しているので、ドラゴンの姿は目視できない。


 エルフ先生から音声通信が届いた。彼女もかなり動揺している口調だ。

「風の精霊場がほぼ消失しています。妖精が消滅したみたい」

 ノーム先生も冷や汗をかきながら、頬を興奮で紅潮させている。

「大地の精霊場も、ほぼ消失しているね。凄いな」


 サムカがホウキに乗って空中を〔飛行〕しながら、呑気な声で告げる。

「しかし、殺気は膨らむ一方だな。くるぞ」


 サムカが指摘した瞬間。溶岩の海から無数に生えている岩の牙の群れが、一斉に砕けた。轟音が響き渡り、溶岩の海に巨大な岩塊が次々に落ちて、真っ赤な溶岩のしぶきを空中に撒き散らしながら沈んでいく。


 そして、岩の牙の中から、ドラゴンが姿を現した。

 大きさが倍になっている。威嚇するように大きく広げた両翼は、差し渡しそれぞれ40メートルになり、胴体と尻尾も倍の20メートルずつになっていた。




【ドラゴン巨大化】

 砕けて溶岩の海に落ちていく岩塊を尻目に、上空100メートルの辺りでピタリと静止〔飛行〕している様は、まさしく童話で読むようなドラゴンそのものだ。

 珊瑚朱色の赤サンゴ色の両眼は爛々と輝き、全身を覆うザクロ色のウロコからは、何かのプラズマガスが噴出している。そのガスが羽衣のようにドラゴンの全身を緩やかに包んでいた。どう見ても、魔力が上がっている。


 ノーム先生が肩をすくめる。

「風と大地の妖精を食べてしまったようですな。妖精のくせに情けない」


 ドラゴンが丘の上の先生たちを見つけて、大きく裂けた口を歪めてニヤリとした。口の中から水蒸気のようなガスが溢れている。

「くくく……想定外だったか? イモータルたる我に、このような些末な星の妖精が太刀打ちできると思うたか。残念だったな、食ってやったわ。愚かな者どもめ」

 いきなりドラゴンの声が、丘の近くの何もない空間から聞こえてきた。音声の〔テレポート〕魔法のようだ。


 この魔法自体はさして高度なものではないので、特に驚いたりの反応はしていない校長とノーム先生たちであった。そのノーム先生がライフル杖を呼び出して、杖の先を「コツン」と地面に当てた。今度は、すぐに目を輝かせている。

「おお。今の金星は妖精不在か。これも実に興味深いな」


 そして、銀色の垂れ眉の端を上げて、上空に静止して浮かんでいるザクロ色に美しく輝いているドラゴンに小豆色の瞳を向ける。距離が離れているので、通常音声ではなく電波通信を介した〔念話〕で聞く。

(ここは地球とは違うから、得意の生命の精霊場のブレス攻撃はできないぞ。どうする気かね? 水もないし。溶岩でも投げつけるかね?)


 空中〔浮遊〕してのんびりと聞いているサムカが、口元を緩ませた。

「煽るねえ、ノーム先生」

 サムカが上空で待機しているシャドウ部隊に、重ねて待機とブレス攻撃への対処を〔念話〕で指示する。


 ドラゴンが最後に残った岩の牙を蹴って砕いた。同時に、直下の溶岩の海が半球状に押し退けられていく。まるで透明の巨大な球体が生じたかのようだ。そして、それは正しかった。

 ドラゴンが口元から水蒸気状のガスを吐き続けながら笑う。再び、丘のそばから声が〔テレポート〕されてきた。

「愚かな者よ。それほど地球、地球と連呼するのであれば、応えてやろう。このような星を〔地球化〕する事など、我にとっては造作もないぞ」


 ドラゴンの直下にあった透明の球体が一気に巨大化した。溶岩の海と、その下の岩石の地殻を球形にえぐっていき……押しのけてできた半球状の空間に、何と水が湧き出してきた。水は濁流の渦となって、あっという間に半球状の穴を満たしていく。


 さらに溢れ出した水は、穴の周囲の溶岩の海に激突して大量の水蒸気の雲を作り出していく。その灼熱の水蒸気の雲に包まれながら、ドラゴンが愉快そうに笑った。

「水がないならば、岩石を元素〔変換〕して作れば良いだけの事。酸素がなければ、この二酸化炭素の空気を加工すれば良いだけの事。窒素ガスも、ついでに岩石から元素〔変換〕で作ってしまえば事足りる」




【地球化魔法】

 水蒸気の爆発を伴った壁が、ドラゴンから同心円状に四方へ広がり始めた。真っ赤に溶けた溶岩の海と、その下の地殻を飲み込んで水に強制〔変換〕していく。

「さあ、これでもう、我は地球と同じ魔法を使えるようになったぞ。愚かな者どもよ、悔やみながら水になるが良い」

 ドラゴンが大きく口を開けた。水蒸気状のガスが急速に濃縮されて球形にまとまっていく。それが急速に巨大化し始めた。


 ようやくサムカが遊覧〔飛行〕を止めて、丘の上にいる校長とノーム先生に告げる。

「消滅型のブレスだ。ここまでだな、逃げなさい」


 ドラゴンが赤サンゴ色の瞳を細めた。この音声の〔テレポート〕魔法は、実は双方向仕様だったようだ。しかも、かなり耳が良い。

「無駄だ。すでにオマエたちを〔ロックオン〕している。〔テレポート〕して逃げようとも自動追尾で追いかけるぞ」


 それを聞いた校長とノーム先生が、視線を交わした。先程までは、ひどく緊張していた校長だったが……今はサッパリした晴れやかな表情になっている。

「では、仕方がありませんね。最後まで観測する事にしましょうか、ラワット先生」

 ノーム先生もライフル杖をポケットに収納して答えた。こちらも穏やかな表情だ。

「左様ですな。警察支給の高価な杖だけは、転送しておきますかね。後で給料から引かれて弁償するのは億劫ですからな」


 サムカだけは回避運動をとって、溶岩の海の中へ突入していく。ホウキが燃えないように、〔防御障壁〕をいくつか新たにかけた。

「では、君たちが〔復活〕したら、また学校で会おう」

 サムカが煮えたぎる溶岩の海の中へ飛び込んで見えなくなった。シャドウ部隊もサムカに続いていく。


 ドラゴンの咆哮が、浄化されつつある金星の大気に雷鳴のように轟いた。直径6キロにも成長した水蒸気の球が、容赦なく金星の地面に落下する。


 ドラゴンとの距離がたった5キロしかなかったので、この時点で校長とノーム先生は丘ごと球に飲み込まれてしまった。あっけなく消滅して、水蒸気になってしまっている。

 球はドラゴンの元から離れて、溶岩の海で覆われた金星の大地を勢いよく転がり始めた。


 すでにドラゴンから同心円状に水蒸気の雲が四方へ広がっている最中で、金星に巨大な淡水湖が生まれつつある。それとは別に、この全てを水蒸気に変える球が金星の表面を転がり始めた。

 ドラゴンが次々に同じ大きさの水蒸気の球を、今度は口から吐き出して金星の大地に転がしていく。これもドラゴンブレスの一種なのだろう。



 その映像を、地球の学校で呆然とした表情で見守るペルとレブン、ジャディだ。

 エルフ先生から、呆れた口調のコメントが共有回線で送信された。一緒にミンタやムンキンもいるようで、彼らの罵声も漏れ聞こえる。

「何でもアリね、まったく……地球で戦わなくて良かったわ。サムカ先生が目当てとはいえ、ここまでやるか」


 ペルが思わず同意する。パタパタ踊りを何とか抑えつけているが、尻尾が竹ホウキ状態のままだ。

「そうですね、カカクトゥア先生。どれだけテシュブ先生に恨みを抱いているのか、よく分かります」

 レブンがエルフ先生に聞く。こちらは、早くもセマン顔になっている。

「カカクトゥア先生。ドラゴン社会の警察から何か連絡は入っていますか? さすがに、そろそろ介入してもらわないと、金星が金星じゃなくなります」


 しかし、エルフ先生からの回答は残念なものだった。

「まだですね……ハグさんか誰かがいっていましたけれど、本当にザル組織なのね。エルフの警察では考えられないわ」


 ドラゴンの反撃で、学校にいる生徒たちや先生の魔法攻撃の手段がなくなっていた。

 今は、ペルとレブン、ジャディの3人だけだ。シャドウ部隊も、今はドラゴンブレスと淡水化攻撃を避けるために溶岩の海に潜り込んで、さらに地殻の中にまで逃げ込んでいる。今は大地の妖精が不在で、精霊も少ないので、捕まる恐れはなさそうである。


 法術クラスのラヤンから、マルマー先生とスンティカン級長の代理として通信が入った。

「こちらは、リーパット党と他の生徒の〔復活〕処理が完了した所よ。記憶と遺伝子情報などの〔修復〕も済んだわ。まあ、最後の15分間の記憶は無いままだけどね。ミンタとムンキン、〔復活〕作業が面倒だから気軽に死ぬんじゃないわよ」

 たちまちミンタとムンキン、それにノーム先生のクラスのニクマティ級長も加わって、ラヤンとの口論が始まった。


 それを流し聞きながら、ペルが隣のレブンに小声で告げる。

「ラヤン先輩、仕事がないのかな。イライラしているような気がする」

 レブンも小声で同意する。

「うん。僕たちの騒動に関わったせいで、勉強時間が取れなくて、先輩の成績はあまり良くないみたいだからね。法術でも〔蘇生〕関連は難しいから、医療チームに入れないのかも」


 ジャディは口論を聞きながら、黒い鳶色をした背中の翼と尾翼を大きく広げてバサバサしている。

「く、くそ……オレ様も乱入してえ、乱入してえよお」


 そのような学校での騒ぎに関係なく、ドラゴンは着実にかつ急速に、金星を青き水の惑星に変えつつあった。すでに金星表面の半分ほどが赤く焼けた大地から、水深4000メートルの淡水の海に置き換わっている。

 大気に至っては既に地球型に置き換わってしまったようだ。しかし、金星には磁場が無いので、両極にオーロラは発生していない。そのために太陽風に焼かれて、宇宙との境界面の大気が分解して、宇宙空間へ散逸し始めている。




【エルフ先生の部隊】

 10分後。エルフ先生は、ミンタとムンキン、それにノーム先生のクラスの生徒たちを引き連れて、金星の大気圏のちょうど外側の宇宙空間に陣を敷いていた。

 地球と同じ窒素と酸素ガスがイオン化して、宇宙空間にダダ漏れしていくのをジト目になって見守っている。磁場で抑え込まないと宇宙空間へ逃げていってしまうのだ。


「何というか……ドラゴンの絵に目を描くのを忘れたような、間抜けな展開よね。ある意味、こんな風景を見る事ができて幸運ともいえるけれど。ええと、皆さんの〔防御障壁〕は大丈夫そうね。ここは地球と違って宇宙空間だから注意する事。太陽風も地球以上に強いですからね」

 どうやら先程、地球から〔テレポート〕して布陣したようだ。


 宇宙空間にいるエルフ先生とミンタたちは、それぞれが球形の〔防御障壁〕を展開して身を守っている。そのため、通信手段は電波を用いていた。〔防御障壁〕の壁に達した電波が、魔法で自動的に音声に〔復元〕されている。〔念話〕では、60名にもなる生徒たちの間で混線する恐れがあるためだ。

 それでも、実際は若干混線しているが。


 すぐにラヤンから音声通信で、校長とノーム先生の〔復活〕作業を開始したという連絡を受ける。ドラゴンのブレス攻撃で、金星にいた本人は完全に水蒸気に変わってしまったので、学校に保存していたバックアップを使用しての〔復活〕作業だ。

「まったく……リーパット党が一息ついたばかりなのに。カカクトゥア先生。アンデッドのテシュブ先生に、ちゃんと仕事をするように先生から厳命して下さい。何もせずにフラフラ飛んでいるだけじゃないですか」

 ラヤンからの文句に、半分ほど同意するエルフ先生である。

「ドラゴンがシーカ校長とラワット先生を〔ロックオン〕する前に、強制的に帰還してくれれば……という点については、同意ですね。まあ、教育研究省とノーム警察からは今のところ文句が来ていませんから、結果オーライ……でもないか」


 2人とも死んでしまったので、結果も何もあったものではない。〔蘇生〕や〔復活〕用の記憶のバックアップは一定時間おきに行われるので、死ぬ前の15分間の記憶は欠落したままだ。ドラゴンを観測したデータだけはリアルタイム送信されているので無事だが。


 ラヤンから冷たい口調で応答が返ってきた。

「法術使いは便利屋じゃありませんよ、カカクトゥア先生。余計な〔復活〕処理や〔治療〕を施す分だけ、帝国内の信者向けの法術供給が滞るんですから。信者から苦情が来たら、布教の妨げになるんですからね。それじゃあ、私もこれから忙しくなりそうですので、これで。カカクトゥア先生たちも死なないで下さいね」


 ぐうの音も出せない正論攻撃だ。生命の精霊魔法は、命のない金星では使えない。今、せっせとドラゴンが金星を命溢れる星に改造中だが、まだ時間がかかるだろう。それに……

「私たちでは生命の精霊魔法が使えないように、何らかの妨害措置を施すでしょうからね。金星が青い星に完全に変わる前に、決着をつけないといけないわね」


 エルフ先生の独り言に、周囲に展開している60名の生徒たちが同意した。ミンタがニクマティ級長と顔を見合わせると、級長が手信号で何か合図を送ってきた。それを見たミンタがエルフ先生に報告する。

「カカクトゥア先生。地上の熱と粉塵が収まってきています。測位を再開できます」


 エルフ先生がうなずく。

「作戦通り、このままドラゴンが因果律崩壊を起こすように圧力をかけます。地球側からの攻撃も再開を許可します。攻撃を開始して下さい」


 ムンキンとノーム先生のクラスのニクマティ級長が、それぞれのクラスの生徒に向けて攻撃命令を下した。たちまち、目に見えない指向性の強い〔レーザー光線〕が60本発射される。


「敵ドラゴンへの命中を確認。測敵用の可視光線の、水蒸気による屈折などの誤差修正。続いて、各自展開の〔オプション玉〕からの〔レーザー〕攻撃を始め!」

 ムンキンが号令して、エルフクラスの生徒たち30名ほどが〔防御障壁〕の外に発生させていた光の玉から〔レーザー光線〕を撃ち始めた。


 ノームクラスの生徒たちもニクマティ級長の指揮の下で、数秒ほど遅れて同じ攻撃を追加する。やはり指向性が高いので〔レーザー〕の光の筋は見えないのだが、下層の金星大気が高エネルギーを受けてプラズマ化し始め、青白く発光していく。


 〔レーザー〕攻撃はかなり強烈なようで、体長40メートルに成長したドラゴンの体を易々と貫いていた。命中した場所の体組織が、高温で蒸発して爆発するのだが、次の瞬間には元に〔再生〕してしまう。

 そのため、ドラゴンは全身が爆発しているのだが、その威容を保ち続けて空中に静止して浮かんでいた。磨いた赤サンゴのような両目がギラリと光り、嘲笑するドラゴン。

「馬鹿め。いくら撃っても我には効かぬ。今や我は、この星の大気と大地の化身でもあるのだからな」


 空気が地球のように青く澄んできたので、ドラゴンからの距離をさらに離すサムカ。今はドラゴンから10キロほど離れた上空を〔飛行〕している。この辺りはすっかりドラゴンによる〔地球化〕が完了していて、青々とした淡水の海が水平線まで広がっていた。

 シャドウ部隊も海底から出てきて、サムカに一緒に付いて飛んでいる。今は金星の新しい環境に合わせた〔ステルス障壁〕を作成中だ。その作業を見守るサムカ。本当に授業の一環として扱う様子である。

「ふむ。この出力の〔レーザー〕攻撃を耐えるのは見事だ。私では耐え切れずに灰になってしまうだろうな」


 ドラゴンの体内で再び魔法の炸裂が始まった。地球からの攻撃魔法の〔テレポート〕の再開である。ドラゴンからの爆音がさらに大きくなる。

 さらに、巨大な青い淡水の海が四方に広がっている水面からは、次々に水の〔エレメント〕や、水でできたゴーレム、〔式神〕が湧き上がってきた。これも地球側からの魔法である。

 その様子を見たサムカが「それに……」と話を続ける。

「遠隔魔法攻撃の実習としては非常に有意義だな。ドラゴンに海が支配される前に、先手を打ったか」




【地球の妖精ども乱入】

 水面にクラゲ型の妖精が浮かび上がってきた。サムカに音声で話しかけてくる。

「〔テレポート〕というのは、なかなかに興味深い魔法だな。我は本体から派生した〔分身〕だが、意外に思うように動く事ができる」

 どうやら、地球の妖精の〔分身〕も、生徒作成のゴーレムや〔式神〕と一緒に、次々に金星へ〔テレポート〕されているようだ。この魔法はウィザード魔法の招造術の1つである。


 すぐに気がついたドラゴンが体じゅうを爆発させながらも、周囲の空間から500本もの〔青白いビーム〕攻撃を放った。光速なので避けようもなく、次々に命中して水上で爆発して気化していく、水製のゴーレムや〔エレメンタル〕、それに〔式神〕だ。水の妖精の〔分身〕は攻撃を屈折させて防いだが、下位の水の精霊群は蒸発してしまっている。


 しかし、一向に気にしない妖精だ。なおも次々に新手の妖精〔分身〕が水中に出現してくる。上空には風の精霊の姿も見られるようになってきた。

 地球側の生徒たちもドラゴンの攻撃は織り込み済みだったようで、すぐに新たな援軍を〔テレポート〕させて送り込んでいる。


 物量で押し潰すような作戦に、サムカがやや顔を険しくして腕組みをして観察している。ドラゴンの〔ビーム〕攻撃は、当然ながらサムカや周囲のシャドウ部隊にも及んでいる。しかし、数秒に1発程度の頻度なので、〔ロックオン〕阻害だけで楽に回避しているようだ。

「うむむ。オーク軍がよく使う戦術だな。仕掛けられた方は、うんざりして冷静な判断が下せなくなる場合が多い。ドラゴンを怒らせて自滅させるには、適した作戦だ」


 確かに、10キロ彼方のドラゴンは静止飛行を止めて、両翼をバタバタさせながら飛び回り始めている。そのような事をしても、宇宙からの集中砲火と、体内での連続爆発は全く収まらないのだが。

 そのドラゴンの周囲の空間からは、因果律崩壊の前兆である火花が飛び始めている。


「本来は水も酸素もない金星に、こうして強引に作り出した事も因果律に触れる行為だからな。作戦通りといったところか」

 サムカがまた〔青白いビーム光線〕を回避して、ホウキの柄の上で跳び上がって1回転する。ピタリと柄の上に着地を決める。満足そうに頬を緩めたサムカが、シャドウ部隊にも攻撃許可を出した。


「ひゃっほう!」

 歓声を上げて、ジャディ隊が真っ先にドラゴンへ向けて飛んでいく。プルカターン支族が作成しているゴースト群も、しっかりとジャディのカラス型シャドウについていく。かなり飛行訓練を積んでいたようだ。


 続いて、レブンのアンコウ型シャドウが水中に飛び込んで、ドラゴンのいる方向へ泳いでいく。アンデッド教徒が作成したゴースト群も、半数ほどはレブンについて水中へ飛び込んで追随していった。他は泳げないのか、分隊として空中をゆっくりと飛行してドラゴンへ向かっていく。


 ペルの子狐型シャドウは、最後に「コン」と鳴いて水面を駆けてドラゴンへ向かっていった。ドラゴンの測位をする上では、別に接近する必要はない。しかし、宇宙空間にいるエルフ先生部隊による測位が始まったので、この子狐型シャドウでの攻撃をしてみる気になったのだろう。


 そんな教え子たちの雄姿を、山吹色の瞳を細めて見送るサムカだ。ホウキの柄の先や、穂の焦げた跡を〔修復〕魔術で応急措置する。

「我が教え子たちも、組織戦闘をそれなりに運用できるようになってきたか。ここは地球ではないから、妖精や精霊に気遣う必要はない。思う存分やってみなさい」


「殿おおおおっ! 見てて下さいッスよおおおおっ」

 ジャディが吼えて、彼が操るシャドウの魔力が跳ね上がった。ステルス機能も自動的に強化されて、サムカ以外の者では肉眼での認識が困難な状況になる。


 ちなみに、教え子たちは地球の教室内にいる。今はアンデッド教徒や、ジャディの仲間の飛族も一緒だ。(教室内は、相当に騒々しくなっているだろうな……)と想像するサムカであった。

 実際、ペルとレブンは音声と風の精霊場を〔遮断〕する〔防御障壁〕を教室内で展開している。さすがにもう慣れたようで、ジト目にはなっていないが。


 ジャディの仲間たちは、当初こそは地下階の教室に入るのを嫌がっていたが……今は歓声やら雄叫びやらを上げて、教室内で羽をバサバサ羽ばたかせている。当然ながら竜巻やら雷やらが数多く教室内に発生しているのだが、サムカのシャドウと使い魔のおかげで、教室が崩壊する事態には至っていない。


 使い魔からの15分ごとの定時連絡を聞きながら、サムカがまた1本の敵〔ビーム〕を回避した。すっかり寛いでいる。金星を覆い尽くしつつある淡水の海に興味を抱いたのか、近づいていく。赤茶けたマントの裾を軍手で持って、ちょいと水面につけてみる。青白い炎が上がって、マントの裾が消滅した。

「……ふむ。やはり強烈な生命の精霊場を帯びているか。死者の世界の産物は触れない方が良かろう」


 そのうちに大気もそうなるので、〔防御障壁〕の修正を行う。間にソーサラー魔術の真空層などを挟む事で、当面は大丈夫だろう。

「そういえば、空の色もすっかり地球と同じ青になっているな。大したものだ」


 空中を飛んで逃げ回っていたドラゴンが、突然静止して笑い始めた。それだけで衝撃波を含んだ爆音が発生している。淡水の海面が激しく波立っているのが、10キロ離れていても分かる。

 音声は、〔念話〕を介した光速通信なので、これだけ離れていてもリアルタイムで遅滞なく聞こえる。(よほど、話好きなのだろうな……)と思うサムカ。

「がははは! たった今、我が魔力が金星を覆い尽くした。我はこの星そのものとなったぞ。さあ、この生命の精霊場を用いて、貴様らの故郷である地球を破壊してやろう。この星と同じく、水と岩石だけの星にしてやろうか」




【ドラゴンの星】

 ドラゴンの自信に満ち溢れた宣言に、感心するサムカ。

「なるほど、ドラゴンの戦術はこれだったか」


 上空のエルフ先生も同じ印象を持ったようだ。プラズマ化した上層大気をレンズの代わりにして、〔レーザー光線〕の収束を図っている。巨大化したとはいえ、ドラゴン本体の大きさは20メートルほどしかない。大量の〔レーザー光線〕を効率よくドラゴンの体に命中させるには、レンズで〔レーザー光線〕群を収束させた方が都合が良い。

 一方で、ドラゴンの周囲の空間から、エルフ先生の部隊へ放たれている〔青白いビーム光線〕は、別のレンズを使って屈折させて回避していた。一部はそのまま反射させて、ドラゴンに送り返している。

「そのようですね。金星に設定して正解でした」


 パリーが言ったように、このドラゴンは生命の精霊魔法や法術、それにウィザード魔法の招造術の系統では上位の存在に相当する。

 イモータルなのでイプシロンである魔神よりも魔力は低いのであるが、それでも影響力は絶大なものがある。妖精や精霊の世界は、魔力が強い者が正義という面があるので、ドラゴンの軍門に下る可能性は非常に高い。


 ドラゴンが当初立てていた作戦は、地球上の全ての生命系統の妖精を支配下に置いて、彼らを使っての〔妖精化〕や〔精霊化〕の無差別攻撃だったのだろう。パリーや海の妖精らが全て敵になるため、サムカといえども負けるのは確実だ。今頃は、地球のどこかで灰になっていたはずである。


 ところが、地球だと思って世界間移動をしてやってきた先は、生命のいない金星だった。水があれば、大気と大地の元素を使って生命を創造できるのであるが、それもできない環境だ。怒るのも当然だろう。


 サムカの修正案では、この環境を利用してドラゴンを弱体化させるモノであったが、それは残念ながら失敗してしまった。ドラゴンが金星の大地と風の妖精を食べて、体に取り込んでしまったせいだ。かえって魔力が膨れ上がる始末になっている。

 ドラゴンが有する魔力の想定が甘く、低く見積もっていた事が原因だ。地球の全ての森と海の妖精を従わせる作戦だと事前に分かっていれば、別の作戦案になっていただろう。サムカにはドラゴンの友人がいないので、これは仕方がない。



 教室でこのやり取りを聞いていたレブンが、顔を魚に戻してしまいながらもサムカに考えを伝える。ペルは隣でパタパタ踊りをしていて、ジャディは興奮状態で教室から飛び出してしまった。飛族の仲間も揃って何か叫びながら外へ飛んで行ってしまったので、教室が不意に静寂に包まれている。

 ほっとしているのは、サムカの使い魔である。シャドウは教室維持の仕事がなくなったので手持無沙汰のようだ。天井をフラフラと漂っている。

「テシュブ先生。この状況は、先日の大ダコ騒動に似ています。ドラゴンが取り込んだ妖精を分離すれば、魔力を弱める事ができると思いますが……」


 ペルのパタパタ踊りがようやく止んだ。じっとレブンの横顔を見つめて、サムカからの返事を両耳を立てて待つ。しかし、サムカからの回答は否定的なものだった。

「いや。もう遅いだろう。大ダコと違って、奴はイモータルだからね。今頃はもう、妖精を同化してしまったはずだ」

「それに……」とサムカが首をかしげた。ついでにドラゴンが放った〔青白いビーム光線〕を、ホウキの柄の上で跳んで回避する。〔ビーム光線〕は、ホウキと跳び上がったサムカの間の空間を走り抜けていった。再びピタリと柄の上に着地するサムカ。

「惑星改造をするほどの大魔法を使いながら、ドラゴンに因果律崩壊が起きていない事も気にかかる」


 言われてみればそうだ。

 先程までは、ドラゴンの周囲の空間から火花が散っていたのだが……今は起きていない。ドラゴンは10キロ彼方の空中で、今もなお〔レーザー光線〕に貫かれて爆発し、体内でも爆破が続いている。しかし魔力が減る兆候はない。


 そのドラゴンが爆炎の中で笑い始めた。今は空気中に酸素が多く含まれているので、地球と同じように炎ができる爆発になっている。ドラゴンの声が再び〔テレポート〕されてきた。かなりうるさい。

「がはははっ! 貴様らの魔法を真似してみたのだ。有難く思え。我にかかる因果律崩壊は、遠くへ飛ばしてある」

 そして、赤く輝く爆炎の中で、愉快そうに赤サンゴ色の瞳を細めた。サムカたちの会話をしっかりと盗聴しているようである。

「貴様らは、我に対抗するために、妖精を〔テレポート〕させておるようだが……肝心の妖精がまだ来ておらぬようだな。そう、確か『木星の風の妖精』とか言っておったか」

 ばれていたようだ。


 サムカがさらに数本の〔ビーム〕を今度はホウキを操作して回避して、錆色の短髪頭を軍手でかいた。

「やれやれ……先読みされていたか」


 エルフ先生からの音声通信も、落胆した口調になっている。近くでミンタが喚いているようで、その声が混ざっている。

「生徒の中に『糸』を忍ばせていましたものね。まあ、リーパット君に知られていた時点で、情報漏えいしたも同然でしたけれど」


 ドラゴンはそれ以上説明しなかったが、恐らくは、このようにしたのだろう。

 ハグ人形が因果律崩壊を引き起こした際に、誰か他の者や場所に『崩壊をなすりつける』のは、何度かあった。サムカが敵の攻撃を測位情報を〔操作〕することで回避しているように、因果律崩壊が起きる空間座標も、〔操作〕して別の場所に移動させる事が可能だ。

 今回ドラゴンは、その飛ばし先を木星のどこかに設定したのだろう。今頃は木星が因果律崩壊に巻き込まれて大騒ぎになっているはずだ。ジャディやミンタと契約している風の妖精も、この状況では木星に釘づけになるしかない。


 ドラゴンが吼えた。

 それだけで、巨大な〔防御障壁〕が出現して体を包み込んだ。体を貫いて爆発させていた宇宙からの〔レーザー〕攻撃が、全て〔反射〕されていく。同時に体内での魔法の炸裂もピタリと収まった。

 ドラゴンが〔防御障壁〕の中でニヤリと大きな口を歪ませた。ズラリと並ぶ鋭い牙が見える。

「遊びはここまでだ」


 宇宙空間では、正確に〔反射〕されてきた〔レーザー〕攻撃が、前もって展開していた大気のレンズによって屈折されて命中を逃れていた。冷や汗をかくエルフ先生。

「ふう……やっぱり〔反射〕してきたか。運の悪かった生徒はいますか? 級長は至急確認しなさい」


 幸い、この反撃によるケガ人は出ていなかった。ムンキンとニクマティ級長からの報告を受けて、ほっとするエルフ先生。しかし、すぐに次の攻撃命令を下した。

「それでは作戦のオプションに従って、攻撃手段の変更を行います。今後の攻撃は全て〔オプション玉〕からの発射に限定します。本人が放ってはいけませんよ」


 学校でも〔テレポート〕攻撃を正確に逆流されて、100名以上の生徒たちが自身が放った魔法を受けて倒れていた。当然ながら、法術専門クラスの野戦病院が満員になっている。ラヤンも〔治療〕に駆け回りながら、マルマー先生やスンティカン級長と同じように大声で毒づいていた。

「あれほど言ったのに、あのバカどもはっ」


 〔復活〕したばかりだが、リーパット主従3人は元気に演説して回っている。「〔治療〕を手伝え」と言いかけるラヤンや法術クラスの生徒たちだったが……辛くもその言葉を飲み込んだ。

 そういえば、リーパットとパランの魔力は校内最低であった。手伝ってもらうと、余計に面倒な事が起きるに決まっている。チャパイだけはそれなりに魔力が高いが、ボスがリーパットなので大して役には立たないだろう。


 かくして……比較的魔力の高いコントーニャたちに、非難の矛先が変更されてしまった。慌てて、どこかへ逃げていくコントーニャたち。そのコントーニャはスキップして逃げながら、手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて本家と通信中である。

「……そう、そうー。さっき送った資材リストなんだけどー、ケガ人が大量に出てるのよねー。医療品と衣服の調達を急いでちょーだい。またもやビジネスチャンス到来なのよん。じゃあ、よろしくー」


 続いてコントーニャが〔テレポート〕魔法陣の稼働状況を併せて確認する。彼女の顔が少し険しくなった。

「うーん……どの魔法陣も使用予定が立て込んでるなあー。ここはリーパットさまにお願いして、強引に確保するかー」

 そして、周囲のリーパット党員の生徒数名を引き連れて、演説中のリーパットの下へ駆けていった。

「リーパットさまあー。ちょっと聞いてー」


 コントーニャたちが嬉々として駆けていくのを、ジト目で見送るラヤンと法術専門クラスの生徒たちだ。

「逃げたか。まったく、あの腐れ商人は。仕方がないな、私たちだけで何とかしましょう」


 野戦病院と化した救護所テント内は、かなりの混雑を呈していた。

 校長とノーム先生も〔復活〕処理が完了して間もないために、まだベッドの上で呆然としているばかりだ。そんな優遇を許すはずもなく、マルマー先生がシーツごと2人をベッドから引きはがして、床に転がす。

「治ったら、さっさと去りなさい。患者が迷惑するでしょうが!」


(ああ、また修羅場がやってくる……)

 諦観した面持ちで、隣の同級生の背中を「ポン」と叩くラヤンであった。(後でミンタたちを吊るし上げないといけないな……)と心に決める。



 金星では、ドラゴンが早々に先程の〔防御障壁〕を体内に組み込んでしまった。これで常時発動の〔防御障壁〕になるので、これまでの攻撃は一切無効化されてしまう事になる。愉快そうに淡水の海上を遊覧飛行するドラゴンだ。


 金星の環境は一変していた。

 サムカが腕組みして感心しながら、ドラゴンと同じように淡水の海上をホウキの柄の上に立った姿勢でゆっくりと旋回する。今はドラゴンが上機嫌なのか、サムカへの自動攻撃は止んでいる。

「すっかり地球みたいになったな……」


 風の妖精がいなくなったので、大気は青く澄んでいて風も強くない。海流も起きていないので、海面も小さなうねりの上に小波が乗っている程度だ。

 しかし、上空では大気の喪失が起きているので、このままでは天変地異が引き起こされる可能性が高いだろう。


 空も水面も青く、地球よりもはるかに強く輝く太陽の光を反射して輝いている。水蒸気の量は地球並みに増えているのだが、まだ雲として実体化はしていないため、快晴の空だ。

 地表が全て淡水の海に覆われているので、空気中には塵がほとんど見られない。視界は、もしかすると地球よりも良いかもしれない状況だ。

 500度もあった気温は50度にまで下がり、気圧も1気圧ちょっとにまで劇的に下がっていた。水温も気温と同じくらいのようだ。元々、金星の質量は地球よりも少し小さい程度なので、『本来の姿に戻った』という事なのだろうか。さすがイモータルの魔力である。


 サムカの観測では、この淡水の海は平均して水深が5000メートルもある。ドラゴンがブレスやらで金星の表面をきれいに地ならししてしまったせいで、陸地はかなり少ないように思える。

「……いきなりの水の惑星の誕生か」

(そういえば、資源採掘がどうとかいっていたなあ……)と思い出すサムカ。5000メートルもの分厚い淡水に覆われた海底を掘るのは、タカパ帝国には荷が重そうである。それに今は淡水だが、早晩、地殻から様々な物質が溶け出してくるので毒の塩水になるだろう。


「これは、タカパ帝国にとっては誤算だったかな」

 ほとんど他人事のような口調で独り言をつぶやく。水質が安定して無毒化できれば魚族の楽園にはなりそうだが……泳ぎの苦手な狐族や羊族には魅力的な星には映らないだろう。


 そのような事を考えているサムカに、海面からクラゲ型の海の妖精が数体、姿を現した。

「本当に、妖精が不在なのだな。そこのアンデッドよ」

「我ら地球の妖精の進出ができそうだ。礼を述べるぞ、そこのアンデッドよ」


 錆色の短髪を軍手でかくサムカ。ホウキを〔操作〕して、海面近くまで降りる。

「いや、私だけの力ではないぞ。詳しくはパリーにでも聞いてくれ」


 そんな平和な会話をしていると、ドラゴンが再び吼えた。今は15キロほど彼方なのだが、音圧は全く衰えていない。これも光速で伝わる魔法の咆哮なので、〔防御障壁〕でもなかなか遮断できないようだ。顔をしかめるサムカである。


 ドラゴンが旋回飛行している淡水の海域が、突然大波を発し始めた。雲はまだ金星に生まれていないのだが、太陽光がその海域だけ陰り、まるで大嵐でも起きているような風景だ。

 距離が離れているので、ドラゴンの咆哮以外の音は聞こえないが……水平線上の一角が大いに荒れている。


 エルフ先生たちの部隊からは、その状況がよく把握できていないようだ。サムカに通信が飛び込んできた。

「サムカ先生。あのドラゴンは何を始めたんですか? 宇宙からだと〔防御障壁〕か何かのせいで、観測できないのです」


 サムカが遊覧〔飛行〕を中止して、顔を水平線上の嵐へ向ける。3人の教え子が〔操作〕しているシャドウは、今もドラゴンに一撃離脱攻撃を繰り返している。ドラゴンが展開した新たな〔防御障壁〕のせいで、ほぼ無効化されてしまっているようだが。


 サムカの山吹色の瞳が細められていく。

「……ふむ。何か水面上に誕生しているようだな。クーナ先生、済まないが、レンズの魔法を一部私の前に〔テレポート〕してくれないかね? 望遠鏡の代わりに使いたい」

「仕方がないですね、もう」

 エルフ先生が水でできたレンズをサムカの前に転送する。眼下一面の淡水の海から、1枚の水で出来たレンズが空中に浮かび上がり、サムカの顔の前まで移動してきた。

「地球とは精霊場が異なりますので、解像度が若干低くなりますが我慢して下さいね」


 サムカが鷹揚にうなずく。

「うむ。これなら使えそうだ。大気中の水蒸気による画質の低下が酷いが、それは私の方で補正してみよう」

 サムカが軍手を外した左手を「スッ」と前に差し出して、水平線上の暗い嵐に向けた。全く日焼けしていない白い磁器のような手が、強力な太陽光を反射して白く輝く。


 呪文も魔法陣も使わずに、サムカが闇魔法を放った。目に見えない魔法は、金星の星の形に沿ってやや曲線を描いて飛び、嵐の中に飛び込んでいった。同時にレンズに映る映像が鮮明になる。レンズに届く光の経路にある水蒸気や粉塵などが、まとめて〔消去〕されたためだ。

 しかし、レンズに届く光は普通に直進しかしないので、何度か〔消去〕範囲を修正して調節する。30秒ほどかかったが、何とかできたようだ。

 軍手を左手につけ直したサムカが、レンズ上に映し出された異様な風景に目を点にした。

「……なんだね、これは。水面から木が生えているようだが。しかし、騒々しいな」


 ドラゴンは相変わらず上機嫌な様子で吼えながら、嵐の上空を旋回している。何とか吼え声を〔防御障壁〕で〔遮断〕しようと術式を操作するが、徒労に終わるサムカだ。

 上空のエルフ先生からも、かなり呆れた口調で通信が届いた。

「淡水から木の精霊を作り出していますね。生命の精霊魔法って、こうして見ると何でもありなのね。精霊ですから、動いて攻撃する事ができますよ。〔精霊化〕攻撃に注意して下さいね」


 サムカが軽いジト目になった。ホウキが浮かぶ高度も少し下がる。

「……また〔精霊化〕攻撃かね。面倒な事だ」

 そして、ドラゴンを攻撃している教え子たちに待機命令を出した。彼らも〔防御障壁〕の外から攻撃をしていたので、その内部にある暗い嵐の状況はつかめていなかったようだ。

「クーナ先生によると、そいつらは木の精霊のようだ。不死の上に〔精霊化〕攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。シャドウやゴーストを〔逆探知〕しての、地球にいる君たち本人への〔精霊化〕攻撃も考えられる。いったん作戦空域から離脱して、敵の戦力分析が終わるまで待機するように」


 素直に命令に従う教え子たち。ジャディも〔精霊化〕攻撃と聞いて、急に威勢が弱くなる。それは他の飛族の連中も同じようだ。よほどのトラウマになっているのだろう。それでも、ドラゴンへ悪口をぶつける事だけは怠らないが。

 シャドウ部隊はペルの魔力支援を受けてステルス化しているのだが、それでも警戒してドラゴンから20キロほど離れて散開した。それを確認して、エルフ先生に報告するサムカ。


 その間に、嵐が弱まった海域に日差しが戻ってきた。まだ雲が生じていないので、何か別のモノがドラゴンの周囲に発生しているのだろう。サムカがレンズを使って調べてみると、どうやら細かい塵のようだ。


 まだ白波が立っている上空で旋回しているドラゴンが再び吼えた。顔をしかめるサムカ。

 鮮やかなザクロ色のウロコを日差しに反射させて、磨いた赤サンゴのような両瞳をギラリと光らせ、ドラゴンがサムカに視線を向けた。これには〔石化〕効果があるのだが、サムカには通用していない。代わりにドラゴンの視線上にある空気中の水蒸気が〔石化〕されて細かい埃粒になった。ホウキの穂も表面が〔石化〕されて、石の粉をふいている。しかし、〔石化〕は表面だけで済んだようで、ほっとするサムカだ。


 ドラゴンよりもホウキの事を心配しているサムカに、ドラゴンが自信満々の口調で告げた。

「待たせたな。地球へ攻め込むには、水の形では不便な場所が多いのでな。木の形状であれば陸上や地下でも自由に自律行動ができるのだよ。さて。テシュブ卿は、そこで指をくわえて眺めているがよい。己の無力さを噛みしめながらな」


 サムカが強烈な日差しの下で、淡水の海面からの光の照り返しにも曝されながら、藍白色の白い顔をドラゴンに向けた。風が徐々に強まってきていて、水面に白波が立ち始めている。無理な〔地球化〕の反動が起き始めているようだ。

「それは私も同意見だよ、ドラゴン君」


 ドラゴンの全身が大爆発を起こした。無数の〔闇玉〕がドラゴンを包み込んで、体表を削り取りながら爆発している。

 それと同時に、待機していた教え子たちが〔操作〕するシャドウ部隊が突入を再開した。音速の2倍ほどになる高速だ。ゴースト群を引き連れた突撃陣形でドラゴンに体当たりして、そのまま体を突き抜けて大穴を開ける。同時に、〔闇玉〕の空爆が開始されて、水面上に立って隊列を組み始めていた木の精霊群が〔消去〕されていく。


 驚愕するドラゴン。

「な、なぜだ? 我の〔防御障壁〕は完璧だぞ。それにエントどもは不死だ。消えるはずがない」


 さらに宇宙から、エルフ先生部隊の〔レーザー〕攻撃の集中攻撃が再開された。これもドラゴンを貫通して穴だらけにしていく。


 サムカが再び淡水の海面上をゆっくりと旋回〔飛行〕しながら、慌てているドラゴンに説明した。ドラゴンが自動攻撃を本格化させて、〔青白いビーム光線〕を再びサムカに放ち始めたが全て回避されている。

 サムカとドラゴンとの距離が15キロ以上も離れているのだが、普通に音声で話すサムカである。どうせドラゴンが盗聴しているので、〔念話〕や〔指向性会話〕魔法などを行う必要はないと判断したのだろう。

「これだけ、おしゃべりの時間が取れればね。その間に、君の〔防御障壁〕の術式を半分程度は〔解読〕できるさ。〔防御障壁〕が想定していない魔法の術式を使った攻撃をすれば、この通り、当たるのだよ」


 ドラゴンが〔防御障壁〕の術式を〔操作〕し始めた。光の波長が次々に変化して、ドラゴンの体表の色が、赤から青まで様々に変化している。それでも、攻撃を防ぐには至っていない。ひたすら穴だらけにされている。もちろん瞬時に〔復元〕して元通りになるのだが、ドラゴンのイライラを増幅させるには充分だ。


 ついでに、エントとドラゴンが呼んだ精霊群についてもサムカが説明する。本当に、実習授業を行っているかのようだ。

「木の精霊もそうだが、生命の精霊場は、闇の精霊魔法や死霊術場と衝突すると激烈な反応を示すものだ。その結果、強力な魔法場汚染が起きるのだよ。後は、因果律崩壊が起きて、この世界から排除されてしまう。確か、1000年前に私が君にしてあげた手法だな」


 苦悶の唸り声を上げるドラゴンに、サムカが腕組みをして話を続ける。

「ドラゴン君も、その〔防御障壁〕を解除してもらえると、すぐに世界から弾き出してあげるのだがね。まだ未練が残っているのかな」

 淡水の海面からは、今も次々に木の精霊が湧き出してきている。しかしシャドウ部隊による〔闇玉〕空爆によって、大爆発を起こして吹き飛ばされていく。

 空間に再び火花が散り始め、ドラゴンが呻いた。やはりサムカの話を聞いていたようである。

「おのれ、どこまでも小癪な真似を……!」


 このまま続けると、因果律崩壊がドラゴンの近くで起きると危惧したのだろう。木の精霊の生産が中断された。

 たちまち、木の精霊が空爆によって吹き飛ばされて、海中にいる地球の精霊や妖精群に食われてしまった。


 早速、ジャディが自身のシャドウを介して、地球から罵声をドラゴンに浴びせる。こちらも通常音声だ。

「バカはオマエだったなあ、ドラゴン! 頼みの精霊軍は、オレ様たちが壊滅してやったぞ。見たかっ」

 ジャディが率いる飛族の連中も、ゴーストを介して罵声を放ち始めた。


 地球の地下教室内で、ジト目になって顔を見合わせているレブンとペル。ジャディたちは今は、森の上空を飛び回っていて教室には残っていない。彼らの狂喜乱舞している映像を、手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて眺めるしかなかった。

「どちらが賊なのか、よく分からないね、これじゃ」

 レブンのため息混じりの感想に、隣の席のペルも両耳を伏せて同意する。

「この映像って、帝国軍や警察に宰相閣下まで届いているのよね……ついでに、私の故郷にも。うう……恥ずかしいよ」

 レブンも、彼の故郷の町の避難所にこの映像が流れていると想像して、魚顔に戻ってしまった。

「うわ……指摘されると、確かに恥ずかしいな。もしかすると、ドラゴンを応援する帝国民すら出てきそうな雰囲気かも。放送してはいけない単語もたくさん使われているし……後で墓所が怒るかもしれないなあ」


 大ダコ騒動によって帝国内の通信回線は、ドワーフとソーサラー協会製の規格に一新された。しかし、こういった不適切映像の自動取捨選択をする機能は、まだ不充分なままだ。

 そんなわけで、金星での作戦状況が帝国全土に垂れ流しにされている状況であった。この作戦中に、情報部がまったく顔を出していないのも、これの対処に追われているせいである。マライタ先生とバワンメラ先生の姿が見当たらないのも同じ理由だ。


「リーパット先輩だけが目立ったような気がする。また更に威張り始めるんだろうなあ」

 レブンのため息混じりの予想に、再び同意するペルであった。両耳ばかりか口元のヒゲまでが頭の毛皮の中に埋没している。

「そうだと思う。アンデッド教徒さんも目立ったみたいだし、騒がしくなりそうね」

 レブンがジト目になって天井を見上げた。

「僕は、彼らの教祖でも何でもないんだけれどね。家柄の高い先輩とかいるから、なかなか納得してもらえないんだよねえ……困った困った」



 ミンタが真面目な口調でエルフ先生に報告している。さすがに作戦中なので共有回線を使ってはおらず、クラス内で密かに開発していた『独自仕様の暗号通信』を使っている。術式は光の精霊魔法なので、サムカやシャドウには使えない。

「木星の風の妖精さんが激怒しています。金星の因果律崩壊の『木星へのなすりつけ』で。「金星を攻め滅ぼす」って言ってますが、何とかなだめてみます。カカクトゥア先生」


 エルフ先生が軽くため息をついた。ライフル杖での射撃を中断して、別の術式を稼働させる。

「木星にも多大な迷惑をかけているのね。ミンタさんよろしく。しかしまったく、このドラゴンは。しかも、まだドラゴン社会の警察からは何も音沙汰ないしっ」


 とりあえず、サムカにシャドウ部隊をいったん離脱させるように指示する。木の精霊が全て消滅したのもある。

 加えてこれ以上、作戦空域をステルス状態のままで飛び回ってもらうと、誤射で撃ち落してしまう恐れが出てきていた。それほどに、ペルの闇の精霊魔法の効果が強いのだ。


 60名の生徒たちにも、『攻撃を順次終了して、次の攻撃の準備に取り掛かる』ように指示を下す。ドラゴンに不審に思われないように、〔レーザー〕攻撃の密度はあまり変えていない。


「この程度の攻撃では、あのドラゴンに因果律崩壊を誘導させる事はできないようですね。仕方がありません、次の攻撃オプションに移行します」

 あまりやりたくない様子のエルフ先生だが、このままの攻撃では効果がないと判断したのだろう。実際にエルフ語で、警察上層部からの矢の催促が先程から彼女に届いている。

「エルフって、実は好戦的なのよね。警官になって初めて分かったけれど」


 そこへ、ドラゴンの咆哮が光速でエルフ先生の部隊にまで届いた。ほぼ真空のこの場所に、どうやって音声を叩きつけてくるのか。その仕組みが不明だ。

 〔遮断〕の方法が分からないので、顔をしかめて細長い両耳をパタパタさせるエルフ先生。ミンタとムンキンは、ニクマティ級長と一緒になって、ドラゴンに罵声を放っている。


 距離としては、サムカが最もドラゴンに近い位置にいるので音圧も更に酷い。さすがにイライラしてきている様子のサムカであった。瞳の色が徐々に鮮やかな黄色に変わってきている。

「この大声だけで、討伐対象になるに充分だな。して、ドラゴン君。地球への総攻撃は中止かね?」


 サムカの挑発に、簡単に乗るドラゴンであった。やはりまだ若いのだろう。

「やかましい! 木の兵隊を潰しただけで、いい気になるなよ。我はこの星の全てを支配下に置いている。オマエらが小賢しく送り込んだ、地球の妖精もだ。この妖精どもを我の支配下に置いて、逆に地球を襲わせてやる。それで地球は終わりだ!」


 サムカが軽くため息をついて、ベルトに両の手を引っかける。2本の長剣が互いに当たって、くぐもった音が鳴る。

「行き当たりばったりの作戦だな。そんなだから、ドラゴン世界で指名手配の犯罪者になるのだぞ」


 そのようなサムカの忠告に、嘲笑で応えるドラゴン。赤いサンゴ色の瞳を、何本かの稲妻が包んだ。尾を含めると40メートルに達する鮮やかなザクロ色の体と、同じくらいの大きさの両翼にも細かい稲妻が走り始めている。

「我がこの世界の主になれば、それで済む事。さあ、地球から来た妖精どもよ! 我に従え。地球の住民どもを皆殺しにしてくるのだっ」


 一際大きな咆哮を上げるドラゴン。音響兵器と化した命令が、衝撃波をいくつも伴って金星じゅうを駆け回っていく。

 すでに灼熱の突風が吹き始め、沸点に近づいて湯気が立ち始めた淡水の海が、台風前のように大きくうねって白波を立てて来ていた。天変地異が起き始めている。

 その白いしぶきを上空に巻き上げている波頭が、ドラゴンの大声で砕かれて爆発したようになる。それが同心円状にいくつも重なり、淡水の海面に津波のように広がっていく。


 しかし、荒れ狂い始めた海面に浮かぶクラゲ型の海の妖精や、上空の突風に乗って飛行している風の精霊の群れには、何ら変化が起きない。波間に漂ったり、旋風の一部になったりしているままだ。


 ドラゴンが再度、大音声で命令を下すが……やはり無視されてしまった。

「な、なぜだ? 我は精霊や妖精どもよりも、遥か上位のイモータルだぞ。なぜ、命令を聞かぬ」


「ばかね~。供物も出さない奴の~いう事なんか聞くかよ~ばか~」

 聞き慣れた間延びした声がして、パリー先生が〔テレポート〕してきた。ちゃっかりと、サムカの隣に出現している。

 食事中だったようで、両手には学生食堂の軽食メニューで新作のチョコレートパンとクリームパンが、しっかりと握られていた。それをサムカに見せびらかしながら、寝間着の内ポケットに突っ込む。

 以前のスーツは〔草木化〕してしまったのだろう。サンダルも苔むして草まで生えている。寝間着からも何本か木の芽が生えている。見た目は、かなり浮浪者ぽい。

「テシュブ先生もご苦労さまね~。こんな~どうでもいい事に~関わるなんて~、お人よし~」


 サムカもドラゴンも半ば呆然として、場違いな服装で出現したパリー先生を見つめている。

 パリー先生が、もぐもぐして食べていたパンを飲み込んで、ドヤ顔になった。

「主人公は~遅れてやってくるのよ~。ドラマで見たわ~」


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