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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
114/124

113話

【サムカの館】

 サムカの館では、執事のエッケコが不満そうな表情で古着姿のサムカを見つめていた。

 執事の背後には、数名のオークの小間使いが厳重な防護服を着ていて、きらびやかな甲冑や、宝剣、宝槍を両手で抱えている。別の小間使いは、一張羅と思われる新品の古代中東風の衣装を何着か抱えている。

 皆、闇魔法場に当てられているせいで、足元がかなり危うい。


 サムカが腰に両手を当てて、山吹色の瞳を細めながら首を振った。

「エッケコ。気持ちはよく分かるが、貴族相手の合戦ではない。イモータルの指名手配犯の捕り物だ。害獣駆除と同じだから、汚れても構わない服装で充分だぞ」


 執事が薄い赤柿色のハゲ頭を垂れた。彼はきちんとした執事服だ。そして、それでも名残惜しそうにしながらも、完全防護服の小間使いたちに衣装や装備を元にしまうように命令する。

「かしこまりました旦那様。確かに貴族相手ではございませんね。出過ぎた真似をしてしまいました。お許しください」


 執事が明らかに落胆している口調なので、錆色の短い前髪を軍手をした左手でかくサムカ。

 確かに、この姿では野良仕事にでも出るようにしか思えない。装備も使い古されたベルトに吊るされた、表面がかなり剥げ落ちた鞘に収まった長剣が1本あるだけだ。

 その柄を軍手をした左手で「ポン」と叩く。代わりに執事から中古の赤茶けたマントを受け取って、それを肩にかけた。

「ペルさんやレブン君からの情報では、今回の討伐作戦では魔法兵器の威力測定も行う。イモータル相手に兵器の試験が行えるとあって、魔法世界も乗り気のようだしな。そのような兵器の演習と博覧会の会場に、甲冑姿の貴族がいては場違いであろう」


 執事が頭を垂れたままで恭順する。続いて、作業用の革靴を差し出した。さすがにこれだけは靴墨もよく塗られていてピカピカしている。新品の靴ではないが。

「左様でございますね。我が方の一般向け兵器の開発も、ワタウイネ宰相閣下の筋から聞くところによりますと難航しているそうでございます。貴族の武器を売る事ができない以上、致し方ありませぬ」


 貴族や騎士が身に着けている武装や装飾品は、闇魔法場を強く帯びている。そのために、魔法適性のない一般人が触れると精神障害などが起きてしまう。いわゆる『呪いの武器や宝具』と呼ばれるものだ。

 そのために、その悪影響を無くした一般人向けの武装や装飾品を、ワタウイネ宰相の号令の下で試作しているのだが……なかなか思うように進捗していない様子である。


 やや重い雰囲気になったので、再びサムカが柄を軍手で叩いた。くぐもった金属音が、さらに綿で包まったような音になる。

「ドラゴン相手では、ほとんどの武器は通用しないものだ。前に一度戦った相手だから、なおさらだな。であれば、廃棄予定の剣で充分だろう。それと、このホウキも調整が終わったのでね。実用試験を行いたいと思っていたのだよ」


 そう言って、サムカがズボンのポケットからホウキを取り出した。取り出すといきなり巨大化して、長さ3メートルほどのホウキになる。それを持って、ホウキの柄の先で床の石畳を叩く。


 執事がそれでも不安そうな顔をしている。

「確かに、昨日ようやく飛行できるようになりましたが……まだ細かい修正は必要かと愚行いたします」

 サムカが微笑んで、ホウキを再びポケットに突っ込んだ。マントの中に入れた時と同じように、ポケットが全く膨らまない。中に何もないような感じだ。

「まあ、何とかなるだろう」


 そこへ騎士シチイガが、大きな足音を立ててサムカと執事がいる部屋へ走り込んできた。足先から手の先まで完全な甲冑姿で、実用本位のフルフェイスの兜も背中のフックに引っかけている。この甲冑を装備しての戦闘は、まだそれほど多くないようで、傷や風化跡も目立っていない。

 腰ベルトには見事な宝剣が2本吊るされており、鞘に埋め込まれた30個もの宝石がキラキラと輝いている。甲冑を保護する黒いマントにも、地味ながら美麗な銀糸の刺繍が全面に施されている。


 騎士シチイガの後ろにつき従っているアンデッド兵は、長大な槍と控えの長剣を抱えて立っている。当然ながら、動くたびに金属音が鳴る。魔力差のせいだろうか、サムカと違って、くぐもったような音ではない。

「ま、間に合った……不肖シチイガ・テシュブも、我が主に随伴いたしたく存じます。城を湖に変えたドラゴンなど、わたくしめにお任せあれ。きっと再起不能にしてご覧に入れます」


 サムカが鞘から手を離して、ベルトに親指を引っかけた。見た目では、サムカの方が部下に見える。

「やれやれ……たくさん仕事を命じたのだが、もう片付けてしまったのかね。私にはもったいないほどに優秀だな。しかし、今回は害獣駆除だ。貴族と騎士が連れ添って参加しては、かえって物笑いの種にしかならぬぞ」


 確かに言われてみればその通りなので、それっきり唸って押し黙る騎士シチイガであった。


 サムカが赤茶けたマントのほつれた場所に指を差し込んで、さらに穴を大きくさせながら、山吹色の瞳を細める。

「まあ、私に万一の事が起きても、速やかに、ここで〔復活〕できるように準備は整えてある。心配はいらぬよ。それに私がドラゴンに殺された方が、ドラゴン世界の警察に強く抗議する事もできるようになるしな。もしかすると、通商ルートの開拓ができるやも知れぬ。シチイガとエッケコは、私が留守の間、領地と領民を守ってくれれば良い」


 騎士と執事が顔を見合わせた。険しい表情になってサムカに申し述べる騎士シチイガである。甲冑姿の重武装なので、体のあちらこちらから金属音が鳴っている。

「お言葉ですが、我が主。替えの体は、熊ではありませぬか。それも、ステワ様から不要だと押しつけられた個体です。せっかく、全ての熊ゾンビを売り払ったばかりでしたのに……」

 口調を厳しくしていく。

「そんな不用品を替えの体にすると、またステワ様に軽んじられてしまいかねません。くれぐれも、ご自愛下さりますよう、伏してお願い申し上げます」


 サムカの脳裏にも、悪友ステワがギャンブル仲間のピグチェンと組んで嬉々として、熊となったサムカを冷やかしにやって来る姿が明確に浮かんだ。

「まあ……確かにゴミのようなモノだが、仕事をする上では問題はないよ。体力だけは充分にあって、丈夫だしな。たった100年ほどの戯れだ。交易で利益が出ているから、その次の死体は、良質な物が手に入るだろう。さて……そろそろ〔召喚〕の時間だな」


 サムカが手元に小窓表示の時刻表示を呼び出す。

「今回は、土産は期待せぬようにな。上手くいけば、ドラゴンのウロコの1枚くらいは持ち帰る事ができるかも知れぬがね」

<パパラパー!>

 どこかでラッパ音が鳴り、古着姿のサムカが水蒸気の煙に包まれて、そのまま消えた。範囲指定はかなり正確になっていて、一緒に巻き込まれて消える物は見当たらない。


 騎士シチイガが腰に吊るしている宝剣の柄を《パンパン》叩く。少し悔しいのだろう。

 それでもすぐに気持ちを切り替えて、胸を張って執事に顔を向ける。少し乱れた黒錆色の前髪を、籠手を装備したままの片手の手甲で弾いた。

「仕方あるまい、我が主の命令に従う事としよう。我は、巡回指導の続きをする。何かあれば、すぐに魔法具で知らせてくれ」


 執事が禿げ頭を低くして恭順した。

「かしこまりました騎士様。私も、館の雑務に戻る事といたします」

 騎士シチイガが大きな金属音を立てながら、部屋を退出して廊下を歩いて去っていくのを見送る。

「やはり、仕事の最中だったのですね。騎士様」




【門の近くの召喚場】

<パパラパー!>

 水蒸気の煙の中からサムカが姿を現した。いつもの校長とサラパン羊の声がする。今回も門の近くに設けられた魔法陣だった。


「おお、今回も成功ですね。サラパン主事」

 校長が褒めると、冬毛で丸々になっている主事が転がるように胸を反らせて、ドヤ顔になった。

「うはははっ。こんな環境でも〔召喚〕できてしまう私の才能が、我ながら恐ろしいほどですなっ。出世街道まっしぐらですわい、うははははっ」


 いつものやり取りなので、聞き流すサムカである。門には商人や農家の姿は他に1人もなく、数名の事務職員が掃除道具を持って、立っているだけだ。

 壁のない境界線に掘られている溝から時節、噴水のように水や電撃が走っていて、学校の敷地内へ飛んできた虫を撃墜している……はずなのだが、なぜか1匹も虫が飛んできていない。まるで森の中に何もいないかのような静かな門前だ。


 早速、床に描かれた魔法陣の消去と、供物の撤去作業が始まった。雨除け屋根の柱のそばに校長が立っているので、そこまで歩いて移動する。

「今後の予定だが。通常通りに地下階の教室へ向かえば良いのかね?」


 サムカの〔召喚〕魔法陣が消された後に、すぐに〔テレポート〕魔法陣が出現した。事前に準備しておいたのだろう。その上にサラパン羊を押し転がして、校長がサムカにうなずく。

「はい、そうですね。では主事様、今回は申し訳ありませんが、もうお帰り下さい。これより先は軍事作戦になりますので、教育研究省の管轄外になります」


 〔テレポート〕魔法陣の中央に羊を送り込んで、校長がパック詰めしたプリンやババロアにチーズケーキなどを手渡した。それらを不満そうな表情のままで受け取る毛玉羊だ。

「……むう。仕方あるまい。かなーり不本意だが、ものすごーく不本意だが、この菓子に免じて許し……」

 〔テレポート〕されて消えた。


 続いて、掃除を終えた事務職員数名が〔テレポート〕魔法陣に入っていき、そのまま姿を消す。ほっとする校長である。

「これで、魔法適性のない者は、ここから全員退去できました。私は、この作戦では部外者なのですが、省からの命令もありますので見届けます」


 サムカが鷹揚にうなずく。

「うむ。しかし、危険である事には変わりはない。少しでも身の危険を感じたら、すぐに〔テレポート〕して避難するようにな」

 校長が固い笑顔ながらも了解する。

「はい。では、健闘を祈っております。私は撤退時間まで、ここで作戦状況を観察していますね」


 サムカが1人で運動場へ足を踏み入れた時……懐かしい魔法場を上空から感じた。やや呆れた表情になりながらも、空を見上げる。

「よほど、私に会いたかったようだな。ドラゴン君」


 上空の一角が突如球形に崩壊し、三次元の穴が発生した。その穴からドラゴンが這い出てくる。

 大きさは意外にも尻尾を除いた胴体長が10メートル程度で小さい。尻尾の長さは胴体と同じく10メートルほどで、背中の両翼は20メートル弱といったところか。

 体全体が蜃気楼のような影に包まれているので、ドラゴンの顔などは識別できない。魔法使いが姿を隠すために着ている、フード付きのローブのような魔法なのだろう。


 それでも、サムカの記憶にあるドラゴンの姿とは違うようだ。思わず立ち止まって、運動場の入口付近で見上げながら首をかしげる。

「ん? 姿が違うな。別のドラゴンかね?」


 ドラゴンが空中で翼を広げて、羽ばたきもせずに空中に浮かびながら大音量の重低音で笑い始めた。喉が太いので、声帯も分厚いようだ。クジラの鳴き声をさらに大音量にして凶悪化したような声である。

「はははは! これが我の本体だ。貴様がこれまで2度対峙したのは、我の〔分身〕に過ぎぬ」

 サムカがジト目になって腕組みしながら、運動場の中央へ歩んでいく。

「面倒な種族だな、まったく……」



 その頃。地下の教室では、ペルとレブン、ジャディに、ミンタとムンキン、ラヤン、それにリーパットと側近2人が席に座って待っていた。教室の隅には墓用務員もひっそりと立っている。

 教室の外の廊下には40名ほどのリーパット党員と、〔赤い糸〕を頭の中に埋め込まれた他の10名ほどの生徒たちが殺気だった表情で控えている。前の時間の授業で実習でもやったのか、一部の生徒は制服ではなく、体操着のままだ。


 廊下の奥には、紙製や土製のゴーレムに〔式神〕がズラリと隊列を組んでいるのが見える。廊下の天井には1000個に達する数の〔オプション玉〕が光を放って浮かんでいた。臨戦態勢は万全のようだ。


 運動場でサムカが早くもドラゴンと対峙しているとは、まだ知らない。そのため緊張しながらも、まだどこか寛いだ空気があった。

 教室の隅に立ってヘラヘラ笑っている墓用務員に、ムンキンが顔を向ける。

「なあ、墓さん。ドラゴンとは戦った事があるのか?」


 墓がヘラヘラ笑いを浮かべたままで首を横に振って否定した。

「いいえ。こういう連中の相手をするのは、『化け狐』たちですよ。今回も、無理に戦わなくても良いのですが」

 ミンタがジト目になって墓を見据える。

「そんな事になったら、タカパ帝国が荒野だらけになって滅んでしまうでしょ。私たちの就職先がなくなる対処方法は却下よ」


 ムンキンもニヤリと笑ってミンタに同意する。

「だな。竜族としても、タカパ帝国が滅んでしまうと色々と困る。これまでの騒動で、竜族の自警団や自治軍の発言力が上がってきたからな。僕としては、今さら毎日、養殖の淡水魚ばかりの生活には戻りたくないっていうのが本音だけど」

 レブンもムンキンの本音部分に共感している。

「僕も同意見ですよ、墓さん。魚族の町の復興には、帝国からの支援が不可欠です。帝国が滅んだり内乱になったりすると、復興が遅れて困ります」


 廊下に立っている生徒たちからも、口々に様々な意見が飛び出してくる。それらを興味深い様子で聞き入る墓用務員だ。


 しかし、コントーニャだけは面倒くさそうな表情である。両耳をパタパタさせながら、魔法の手袋で耳掃除を始めた。

「どーでもいいから、そんな事ー。さっさと頭の糸を取り除いてよねー」


 墓用務員が一通り聞いた後で〔指向性の会話〕魔法に切り替えて、教室内の生徒だけに話しかける。

「なるほど、多様な社会というのも興味深いものですねえ。まとめるのが大変ですが。ドラゴンですが、墓所に似たようなアンデッドがありますよ。それで良ければ、後日、実習訓練でもしましょうかね」


「あるんだ……」

 ジト目になって互いに顔を見合わせるミンタたちである。どうやら、墓所内には危険な魔法兵器が大量に眠っていると考えて良いかもしれない。

 実際、墓所の連中の時間は300万年前の魔法大戦で止まっているようなものだ。行使する魔法も、現在使用されている魔法の体系とは異なっている。


 とりあえずミンタが代表して、墓用務員に〔指向性会話〕魔法で答えた。さらに念を入れて、墓が立っている場所だけで聞こえるように〔空間指定〕した会話魔法にしている。

「そうね。このドラゴン騒動が落ち着いたら、シーカ校長先生に聞いてみるわ。多分、遅れに遅れた授業の挽回が最優先になると思うけど」

 ムンキンがジト目になったままで深く同意している。尻尾も《バシバシ》と床を叩きっぱなしだ。

「この騒動のせいで俺たちが留年なんて事になったら、ドラゴン社会に殴り込むぞ」


 先程から黙って唸っているラヤンに、ペルがおずおずと声をかけた。

「あの……ラヤン先輩?」

 ラヤンが紺色のジト目になってペルを見返す。思わずパタパタ踊りを始めかけるペルだ。

「授業時間が始まったんだけど。アンデッド先生は遅刻してるし、ドラゴンも遅刻しているし。ティンギ先生の〔占い〕だったんだけど、今回は外れたのかも。やばいわ」

 慌ててペルがラヤンを落ち着かせようと、「あうあう」言い始めた時……


 《ズドン!》

 地響きがして警報が鳴り響いた。


「来たか!」

 ムンキンが真っ先に天井に顔を向けて叫ぶ。廊下の外の生徒たちからも気勢が上がる。

 リーパットもムンキンに負けじと声を張り上げた。教室から廊下に飛び出して、ブンブンと両手を振り回す。

「ドラゴンに鉄槌を下す時が来た! 我に続けえっ」

「おおー!」

 40名ほどいるリーパット党員と、10名ほどの一般生徒が拳を振り上げてリーパットに呼応する。そのまま、気勢を上げながら地上へ駆け上っていった。紙製や土製のゴーレムや〔式神〕群、〔オプション玉〕なども一斉にリーパットについていく。

 コントーニャだけは全くやる気のない顔で、最後尾で適当に気勢を上げているようだが。


 そんな大軍勢になったリーパット部隊が、入れ違いに地下階へ降りてきたノームのラワット先生とすれ違った。

 興奮しているリーパットはもう完全にノーム先生の事が眼中にない様子だ。挨拶する事もなく、吼えながら一直線に階段を駆け上がっていく。側近の2人も同様に頭に血がのぼった表情で、ノーム先生を無視してリーパットに続いて駆け去っていった。

 その後に50名の生徒たちが叫びながら続いていく。彼らの中には数名ほどノーム先生に挨拶する者がいたが、やはり少数派だ。

 最後尾のコントーニャがノーム先生ににこやかに挨拶していく。

「すいません、ラワット先生。赤い糸のせいですので、怒らないでくださいね」


「おお。元気だな、君たちは」

 ノーム先生がリーパットたちを励まして見送り、そのまま階段を下りていく。


 そのノーム先生が地下の教室にひょっこりと顔を出した。今は機動警察官の制服姿に、防護アーマーやヘルメットを被った完全武装だ。肘や膝にもプロテクターが付いていて、靴も頑丈な軍用ブーツである。

 手に持っているのは改良型のライフル杖だ。しかし、教室内で状況確認しているミンタに告げる口調は、いつものままだが。

「カカクトゥア先生も配置についたよ。準備は良いかね? じゃあ、始めようか」



 上空では、蜃気楼に包まれたままのドラゴンが違和感を感じていた。〔火炎放射〕のブレスをサムカに放ったのだが、命中していない。運動場に〔火炎放射〕が直撃したのだったが、その運動場も全くの無傷でクレータもできず、地面が熱で溶けてもいない。

「……幻術か。小癪な真似をするアンデッドめ」


 運動場に突っ立っているサムカが、錆色の前髪をスッと軍手で払う。さすがに土煙までは完全に回避できなかったようだ。

「私も少しは魔法を勉強したのでね。驚いてくれたようで嬉しいよ、ドラゴン君」

 実際は、サムカではなく幻導術のウムニャ・プレシデ先生と、招造術のスカル・ナジス先生の合作による魔法なのだが……黙っている事にする。


 蜃気楼状態だったドラゴンの輪郭が急速にはっきりと明瞭になってきた。本気になったようである。

 ドラゴンが咆哮した。声という代物ではなく、音響兵器だ。

 無数の衝撃波が発生してドラゴンから同心円状に音速で広がっていく。


 サムカにも容赦なく衝撃波を伴った巨大な音圧が襲い掛かった。これは想定していたようで、難なく〔防御障壁〕で防ぐサムカだ。

 しかし、サムカ以外の全ての物や術式にとっては致命傷だったようである。冬空の下の亜熱帯森林がどこまでも続く『風景』がかき消された。運動場や学校施設も消え去る。

 どうやら、全て幻導術による〔空間偽装〕だったようだ。ドラゴンの咆哮で、術式が稼働していた〔結界〕空間が破綻して崩壊、消滅してしまった。


 代わりに出現した風景は、一面の赤く焼けた大地だった。


「うお……?」

 上空に浮かんでいたドラゴンが、バランスを失って落下する。危うく真っ赤に焼けた大地に墜落する寸前で、何とか立て直して羽ばたき、大量の砂塵を巻き上げて地上15メートルの高度まで上昇した。


「ど、どこだここは!?」

 キョロキョロして長い首を上下左右に振っているドラゴン。その姿がはっきりとサムカの目に映った。


 赤いザクロ色の宝石のようなウロコに覆われた体。まさにドラゴンと呼べそうな凶悪で威厳のある顔には、珊瑚朱色で磨かれた赤サンゴのような色に輝く鋭い瞳が2つ輝きを放っている。

 しかし、前回、死者の世界で会った時と比較すると、大きさは10分の1といったところだろうか。あの時は、尻尾を除いても全長100メートルはある巨体だったのだが。


(文献で知る一般的なドラゴンよりも小さいな。若い奴だったか)

 サムカも〔偽装〕を解除する。赤く焼けている地面からは数センチほど浮かんで離れている。〔防御障壁〕も各種展開しているようだ。

「ようこそ金星へ。歓迎するよ」




【金星にて】

 ドラゴンの瞳がギラリと光った。口にズラリと並んだ巨大な牙の列からは、炎の吐息が漏れている。その炎が突如消えた。

「き、金星だと……?」


 金星の大気には酸素はほとんど含まれていない。二酸化炭素が主体の空気組成だ。炎が維持できないのは当然である。

 気圧も地球の90倍以上に達し、気温に至っては500度にもなる。風はそれほど強くないために、砂塵などで視界が遮られる事はなく、見通しは良い。それでも見える風景は、草木どころか水たまりもない、赤く焼けた荒野だが。


 強烈な気圧に押し潰されているドラゴンだったが、すぐに慣れたようだ。フラフラせずに再び上空15メートルの高度でピタリと静止した。

 感心するサムカである。

「ほう。さすがはドラゴンだな。この気圧でも平気で飛べるかね」


 ドラゴンが口元から、水や岩やガスなどを色々と吐き出して環境を伺いながら、サムカを睨みつけた。通常であれば、この一睨みで〔石化〕してしまうものなのだが……サムカには効いていない。

「我は、地球のタカパ帝国の魔法学校上空に〔テレポート〕したはずだったのだが、どうやって騙した」


 サムカが答えようと口を開いた瞬間。地下階へ降りる階段からリーパット部隊が駆け上がってきた。ゴーレムや〔式神〕に〔オプション玉〕の大群も引き連れているので、いきなりの大部隊の登場だ。

 魔法具で〔防御障壁〕を形成して、自身の体を金星の過酷な環境から守っているリーパットが、ドヤ顔で胸を張り、上空のドラゴンを見上げた。両脇を固めるパランとチャパイも同じようなドヤ顔をしている。総勢50名の生徒たちもドラゴンを睨みつけている。ただ、最後尾のコントーニャだけは、面倒臭そうな表情だが。


 リーパットがドヤ顔のままで大音声を上げた。魔法の手袋をした左手で、「ビシリ」と上空のドラゴンを指さす。

「それは我が答えてやろう、愚かなドラゴンよ!」


 サムカが話すのを止めて口を閉じた。

 リーパット部隊が携帯して起動させている〔防御障壁〕用の魔法具から、警告表示が出ているのが見える。長時間の使用はできないようだ。数分間も維持できないだろう。しかし、全く気にしていないリーパット部隊である。

「貴様が、我らの頭に植えつけた『糸』を頼りに、世界間移動をしているのは分かっているのだ! ならば、貴様を死地に誘き出す事もまた容易っ。トカゲの浅知恵など、我に通用すると思うなよ!」


 サムカが一応、ドラゴンに補足説明する。

「君が『赤い糸』を植えつけた石像も、全て金星のこの場所へ持ち込んである。〔テレポート〕座標を間違うのは、当然だろうな。私も以前、土中に〔召喚〕された事があってね。気持ちは少し分かるつもりだよ」


 ドラゴンが咆哮して、口から〔赤いビーム光線〕を放った。しかし、またリーパットの大部隊に命中しない。リーパットと側近2人、それに総勢50名もの『赤い糸同志』が大笑いを始めた。コントーニャだけはニヤニヤ笑いをしているようだが。

「ばかめ! 幻導術で貴様の〔ロックオン〕を阻害している事にまだ気がつかないのかっ。そのようなヘロヘロ光線、怖くもなんともないわあっ」


 リーパットの大音声に、素直に感心するサムカだ。敵を煽る才能はある方だろう。


 しかし、肝心のドラゴンは意外にも冷静である。大きく裂けた口から、ズラリと並んだ鋭い牙が見えた。ほくそ笑んでいる。

「バカは貴様だ。『赤い糸』が埋め込まれている以上、貴様らは我の意のままに操られる事を忘れたか。そら、貴族を殺せ、仲間どうしで殺し合え」


 しかし、リーパット部隊は動かない。それどころか、制服の腰ベルトに付いている魔法具をドラゴンに見せつけた。

「残念だったな! 我らはすでにパリー先生によって〔妖精化〕されている最中だっ。もはや我らは獣人ではない」


 リーパットの制服の中から、ボトボトと無数の甲虫が湧き出て地面に落ち始めた。地表の温度が500度もあるので、すぐにひっくり返って焼け死んでいく。他の50人の生徒たちも全く同じだ。

 かなりの激痛に顔をしかめながらも、リーパットが高笑いを始める。彼の魔力は校内最低なので、まともな〔鎮痛〕魔法は使えない。文字通りの『やせ我慢』である。


 と、〔妖精化〕で発生する虫の種類が変化し始めた。羽虫になって空中を舞い始めている。パリー先生が虫の種類を〔変更〕したのだろう。大量に飛び交い始めた羽虫の群れの中で、リーパットたちが高笑いを続けている。

「このまま〔妖精化〕が完了すれば、虫と化した我らは貴様に飛びかかるぞ! ざまあみろ糞イモータル」


 再び上空で静止飛行しているドラゴンが咆哮して、今度は500発もの〔赤いビーム光線〕を一斉発射した。

「おのれ、この獣どもがああああっ」

 さすがに、面制圧用の〔ビーム〕攻撃を食らっては、〔ロックオン〕されていなくても避け切れない。

 リーパット部隊が立っている場所を含む、200メートル四方の焼けた大地が、豪雨のような〔赤いビーム光線〕を受けて溶岩状に溶けて……あっという間に爆発的に気化した。

 酸素がないので爆炎は生じないのだが、気化した大地が煙状になって爆風となる。


 この爆風も難なく〔防御障壁〕で防いだサムカの目の前に、ぐつぐつに煮えたぎる溶岩大地が現れた。先程までリーパット部隊が立っていた場所だ。

 〔式神〕やゴーレムに〔オプション玉〕も半数ほどが消滅していたが、残りは回避に成功したようで、溶岩化した大地の縁に残って立っている。

「幻導術の〔ロックオン〕阻害魔法か。ドラゴンといえども苦労するようだな」


 サムカも溶岩化した大地から10メートルほど飛び退いた。校長もさすがに危険を感じたようだが、まだ見守るつもりのようだ。今は5キロほど離れた丘の上に避難している。


 〔ロックオン〕の原理は様々な方法があるが、ドラゴンが使っているのは、単純に視覚情報に頼るもののようだ。これならば、空間を走る光の向きをランダムに魔法で曲げたりする事で、正確な敵目標の座標が得られなくなる。

 最初にサムカが学校に〔召喚〕された際に、法術使いや魔法使いの先生に攻撃を受けたが、これを回避したのも同じ手法だ。さすがに今は通用しなくなっているが、このドラゴンには使えたようだ。


「いくらイモータルで絶大な魔力を有していても、戦闘経験が少ないと、こんな初歩的な罠に陥ってしまうという良い教訓だな。次の授業で使ってみるか」



 リーパットの高笑いが再びした。それも溶けて溶岩状の大地になった場所からである。〔ステルス障壁〕が解除されて、リーパット部隊全員が出現した。既に体の半分ほどが羽虫に置き換わってしまっていて、腰から下は消滅している。再び羽虫が大量に湧き出して空中を舞い始めた。

 〔妖精化〕に伴う激痛による脂汗を大量にかきながらも、気丈にドラゴンを嘲笑し続けているリーパットだ。他の50人ほどの生徒たちも、顔面蒼白のショック状態になりつつも高笑いをしている。


「ほう……これは大した精神力だ」

 素直に感心するサムカ。


 ドラゴンも面食らってしまったようである。リーパットが次第に羽虫の群れになりながらも、残っている両手をドラゴンに振り上げて叫んだ。

「貴様、それでもドラゴンか! 自慢のブレスとやらも、我らには効かぬぞっ。それでも絶対不死のイモータルか!」

 サムカが口元を緩める。


 一方のドラゴンはさすがに怒り心頭に達してしまったようである。再び衝撃波を撒き散らして咆哮し、口を大きく開けた。先程とはまるで別物の、強烈な魔力場が発生する。ドラゴンの周囲の空間が激しい火花を放ち始めた。

「消し飛べ! この虫どもがあっ」


 ドラゴンが一際激しく咆哮して、先程までとは別次元のブレスを放った。〔青い色のプラズマビーム〕だ。金星の大気がプラズマ化して、ドラゴンも包み込む。二酸化炭素はプラズマ化しにくいのだが、容赦ない。


 さすがに眩し過ぎるので、サムカにも何が起きているのか目視はできなくなってしまった。爆風が何度も吹き抜けていき、砂塵に周囲が覆われて視界が利かなくなる。

「仕方ないな……」

 サムカがつぶやいて、軍手をした左手を頭上に掲げる。瞬時に視界が回復する。闇魔法による砂塵の〔消去〕だ。


 そこには、左腕を失ったドラゴンが上空15メートルで静止飛行して浮かんでいた。因果律崩壊に巻き込まれてしまったのだろう。

「腕1本で済んだか。これの回避には長けているようだな、ドラゴン君」




【サムカ飛ぶ】

 再び爆音と爆発がドラゴンを包み始めた。

 まだしぶとく残っている、ゴーレムと〔式神〕、それに〔オプション玉〕群が、一斉攻撃を始めている。サムカが砂塵を〔消去〕したので、遠隔攻撃を行いやすくなったのだろう。

 〔レーザー光線〕が主体のようだが、〔石化〕魔法や、〔旋風〕魔法、〔マジックミサイル〕も大量に放たれている。爆発の閃光がドラゴンだけでなく、サムカの白い磁器のような顔も照らす。


 サムカが山吹色の視線を、溶岩の湖と化した大地に向ける。そこには当然ながらリーパット部隊の姿はなかった。生命の精霊場の反応も消滅している事を確認する。

 足元の赤く焼けた大地までもが溶け始めて溶岩状になってきているので、空中に浮かんで〔防御障壁〕を調節した。ポケットから3メートルの長さのホウキを取り出して、その柄の上に立つ。これまでのようにフラフラして浮かんでおらず、ピタリと空中に静止して浮かんでいる。

 満足そうに微笑むサムカだ。

「ふむ。ようやく安定したようだな。使えそうだ」


 そして、ホウキの上に立ちながら、視線を溶岩大地に向ける。

「見事な死に様だった。次に死んだら、我が王国で丁重に出迎えた方が良かろうな。良質な騎士見習いに育つだろう」


 5キロ離れた丘の上で伏せて見守っている校長も、無事である事を確認する。爆発の熱風が届いたのか〔防御障壁〕用の魔法具が破損したようで、急いで交換している。気温が500度もあるので、手間取っているとすぐに丸焼けになってしまう。


 サムカが視線を爆発に包まれているドラゴンに向けて、腕組みして改めて告げた。

「腕1本もっていかれたな。私が証人だ。しばらくの間は、肩身が狭くなりそうだね。ドラゴン君」


 サムカの手元に小さな通信用の小窓が出現して、エルフ先生の音声通信が届いた。彼女はこの最前線にはいない様子である。

「やっと飛べましたねサムカ先生。遅すぎです。これよりタカパ帝国軍とブトワル王国警察による、兵器級魔法での攻撃を開始します。シーカ校長先生が心配ですので守って下さい」


「了解した」

 サムカが空中に浮かんだまま、爆発の閃光に包まれ続けているドラゴンから、さらに距離を置く。位置も変えて、校長がいる丘が90度左の角度で見えるようにした。微妙にホウキが震えるのを、逐次修正していく。


 その時。同時にまだ残っている500個の〔オプション玉〕から、一斉に〔マジックミサイル〕や〔レーザー光線〕に〔ビーム光線〕が放たれてドラゴンに命中した。

 爆発の閃光がさらに眩しくなり、ドラゴンを包んでいる火球が3倍以上に膨らむ。火球の温度も急上昇したようで、赤色から白色に変わっている。


 爆音とそれに伴う衝撃波を幾重にも伴った爆風が発生し、すでに2キロほど距離を離しているサムカにも襲い掛かった。

 その溶けた岩石混じりの爆風を〔防御障壁〕で防いだサムカが、軽く腕組みをして微笑む。

 ホウキの柄先が〔防御障壁〕の外に出ていたようで、1メートルほど焦げ落ちてしまっている。まあ、使用には支障が出ていないので、そのままにして視線を火球に戻した。

「ここぞとばかりに強力な精霊魔法を使うと見える。半径5キロは危険区域になりそうだな」


 爆発が連続して起き続けているので、ドラゴンが浮かんでいる爆心地が巨大なクレーターに変わっていく。

 クレーター内には赤々と燃え盛る溶岩が満ち、爆風に巻き上げられて四方八方に、灼熱の赤いしぶきを撒き散らしていた。ちょっとした地獄のような風景だ。

 二酸化炭素ばかりで酸素がない大気なので、火炎旋風などは起きていない。炎獄になっていない事に少し感謝するサムカだ。アンデッドは燃えやすい。


 しぶきとなって空中に吹き上げられた溶岩は、粉塵状になって黒い雲を形成していく。しかし、金星の大気は分厚い上に、上空には時速100キロを楽に超える猛烈なジェット気流が渦巻いている。

 そのため、黒い雲も上空に滞留できずに、あっという間に金星の暴風に吹き流されて霧散していくばかりだ。おかげで、太陽光がそれほど遮られる状態にはならず、視界はまずまず良好である。


 もちろん、地球の視界とは比較にならないほど悪いのではあるが……少なくともサムカの目には2キロ離れた先のドラゴンを包む火球は見える。校長も丘に張りついたまま動いていないので、魔法具を使用すれば丘からでもドラゴンが見えるのだろう。



 30秒後。ようやく片腕を失ったショックから立ち直ったのか、白く輝く火球の中のドラゴンが動いた。強烈な殺気を感じて、サムカが警戒する。丘の上に伏せて観測している校長に〔念話〕を飛ばし、追加の〔防御障壁〕も飛ばした。

(シーカ校長、ドラゴンが反撃をする。避難の準備をしておいてくれ)


 校長が返事を〔念話〕で返そうとした瞬間。ドラゴンを包んでいる白い火球の中から、400本もの〔青白いビーム光線〕が全方位に向けて放たれた。

 サムカにも1本直撃して、多重〔防御障壁〕の半分以上が吹き飛ばされる。校長の方を見ると、幸運にもビームの直撃はなかったようだ。ただ、目を点にして全身の毛皮を逆立てているが。


 視線をドラゴンに戻したサムカが、軽く錆色の短髪頭を軍手でかいた。

「……まあ、こうなるだろうな」


 〔青白いビーム光線〕群は、そのほとんどが味方の〔オプション玉〕群を貫いて破壊し消滅させていた。空中に浮かんでいるゴーレムも紙製の物は全滅している。〔式神〕も紙製が多かったので半数以上が消滅していた。

 当然ながら、〔オプション玉〕を介した帝国軍と警察の魔法攻撃も継続不可能になっている。

 一方のドラゴンは、両翼を大きく広げて1回だけ羽ばたいた。その動作だけで、火球がかき消されて消滅する。


 姿を現したドラゴンは、片腕をなくした以外は全くの無傷だった。火傷も負っていない。しかし、こうなる事はサムカも予想していたので、特に驚く事はなく、〔防御障壁〕の〔修復〕作業をする。


 ドラゴンがニヤリと口元を歪めて、広げていた両翼を小さくまとめた。それでもピタリと空中に静止して浮かんでいる。先程の〔青白いビーム光線〕は、ドラゴンの周囲の空間から発射されたようだ。

 サムカでも空中に魔法陣を出して、その中から放つのだが、魔力が強いイモータルには魔法陣は不要のようである。


 なおも、10発ほど断続的に〔青白いビーム光線〕を四方八方に放ちながら、ドラゴンが嘲った。

「馬鹿め。その程度の攻撃魔法で、我が傷つくと思うたか」


 エルフ先生の声がサムカに届く。

「予想通り、効果なしですね。帝国軍と警察は、これを以って実射実験の終了とします。それなりに、良い実射データが入手できたようで、大将や長官も喜んでいましたよ。核やら化学兵器やら、使い放題だったようですね。それに、地球と金星間の超長距離の遠隔攻撃の機会は、なかなかありませんし」

(言われてみればそうだな……)とサムカも思う。


 光速通信でも地球と金星を往復するだけで、少なくとも数分は確実にかかるものだ。

 今回は、〔テレポート〕魔法陣を介した〔超光速通信〕を採用しているので、地球側との時間差は数秒間ほどに短縮されている。その実践運用も含めて、貴重な情報収集の機会になったのは間違いないだろう。

 ドワーフ政府が深宇宙開発や異星人文明との交易まで計画している以上、タカパ帝国としても、この程度のノウハウは得ておく必要があるのはサムカでも想像できる。


「……それにしても、見事に金星を穴だらけにしたものだ」

 サムカが少々呆れた表情で、赤く焼けた金星の大地に開けられた600個もの穴を眺める。

 上空にも大穴が開けられていて、ちょうど巨大な台風の目の中のような空に変わっていた。金星の大気は地球よりもかなり分厚いのだが、相当に高高度まで台風の目が達しているようだ。

 そのせいで、金星の上層大気を流れるジェット気流が寸断されて、今まで吹き飛ばされていた黒い煙が真っ直ぐにどこまでも立ち昇っていく。




【金星穴だらけ】

 サムカが苦笑する。

「金星の気象も、一部変えてしまったようだな」


 ノーム先生の声が届いた。やや雑音が混じっているのだが、聞き取る事は容易だ。

「驚いたよ、テシュブ先生、カカクトゥア先生。あのビーム、金星を貫いてしまっている。地球方面にも何本か向かっているから、それの対処を地球側の魔法協会に頼んでおくよ」


 さすがに目が点になるサムカだ。

「とんでもないな。なるほど、私の〔防御障壁〕が半分ほど消し飛んでしまう訳だ」

 エルフ先生も動揺が隠せない口調になっている。

「そ、それで、金星の状況はどうなんですか? まさか、爆発したりはしないでしょうね」


 ノーム先生の笑い声が返ってきた。

「ははは。この程度なら金星が割れたり爆発したりはしないよ。重力は偉大だからね」


 通信は丘の上の校長も〔共有〕して聞いている。ほっとしているようだ。サムカとエルフ先生も、宵の明星の金星が生き残った事を喜ぶ。


 しかし、ノーム先生の口調が別の雰囲気を帯びた。

「その代わりといっては何だけど……金星の大地の妖精と風の妖精が激怒しているね。作戦を前倒しで進めた方が良いだろう。なぜか数が少なくて魔法場も弱いけど、充分に脅威だよ」


 穴だらけの大地と、巨大な台風の目状の空を眺めて、素直に納得するサムカだ。こんな事をされたら、きっとどのような妖精でも激怒するだろう。

 ましてや、金星の妖精はかなり凶暴である。いまだにドワーフ政府による地質探査機器が全滅を繰り返しているほどだ。風の妖精も、まだ断続的に木星に攻め込んでいるというミンタの話も聞いている。


 ドラゴンは相変わらず〔青白いビーム光線〕をあちこちに放って、大地に大穴を10個単位で作り続けている。

 空中に浮かんでいるゴーレム群も、今や10体余りを残すのみになってしまった。全て土製のゴーレムだが、ひとつ残らずビームの攻撃を受けて大破している。頭だけ残っている個体も多い。

 〔式神〕もつい先ほど、最後の1体がビームの直撃を受けて蒸発したばかりだ。


 エルフ先生が生徒たちに指令を下した。

「では、魔法攻撃を開始して下さい。帝国軍と警察を優先したのでドラゴンの反撃をかなり受けていますが、実習には差し支えないはずです」


 エルフ先生からの攻撃許可が下りた瞬間。「待ってました」といわんばかりに、残っていた10体余りの土製ゴーレムから、70個もの魔法陣が発生した。その全ての魔法陣から、〔レーザー光線〕や〔ビーム〕、〔マジックミサイル〕に〔旋風〕の精霊魔法、〔雷撃〕や〔石筍の弾丸〕などが一斉に放出されていく。


 当然、〔防御障壁〕を多重で展開するドラゴン。

「馬鹿め。そのような魔法攻撃が我に通用するか」

 大きな口を歪めて笑う。


 ……が。生徒たちの魔法攻撃は、ドラゴンが展開している〔防御障壁〕の直前で〔テレポート〕して、ドラゴン本体や体内に転送されていった。頑丈なウロコの内側で攻撃魔法が次々に炸裂し、《ボコボコ》とコブのような腫物に全身が覆われていく。

 さすがに驚愕するドラゴンだ。畳んでいた巨大な両翼を大きく広げて、一気に上空数400メートルの高度まで上昇する。


 それでもなお、体内での魔法の炸裂は止まらない。たまらず大きな口を開けて吼えるドラゴン。

「こ、小癪な真似をっ。我と対峙して戦わず、ひたすらに遠隔攻撃をするとは、何という卑劣な者どもかっ」


 さすがに全方位のビーム攻撃は中断し、巨大な台風の目状の空を縦横に飛び回って逃げ続ける。しかし、体内への魔法攻撃は全く止まない。


 サムカがドラゴンを目で追いながら、軽くため息をついた。

「『絶対の不死』というのも、意外につらいものなのだな。普通の生物であれば、今頃は死んで楽になっているだろうに」

 サムカもペルとレブン、それにジャディに〔念話〕で攻撃許可を与える。

(ウィザードやソーサラー、精霊魔法専門クラスの生徒も、それなりに手応えを得ただろう。では、我が教え子も参戦するとするか)

 すぐにジャディの〔念話〕が返ってきた。

(遅いッスよおおおおっ! 待ち過ぎて羽が全部抜け落ちてしまうッス)




【シャドウ参戦】

 3つの〔テレポート〕魔法陣がサムカの近くに生じて、シャドウが飛び出してきた。そのまま、音速を超える飛行速度で、右往左往しながら上空を飛び回っているドラゴンに殺到していく。


 やはり飛行能力はジャディのカラス型シャドウがずば抜けている。先頭を切って飛び、ドラゴンにあっという間に追いついてしまった。そのまま100個ほどの〔闇玉〕を風で包んだ自動追尾ミサイルを斉射する。

 ドラゴンの多重〔防御障壁〕があっという間に穴だらけにされて、消滅してしまった。


 〔防御障壁〕を失ったドラゴンに、なおも容赦なくカラス型シャドウからの〔風のミサイル〕が次々に命中していく。驚いたことに、ドラゴンの頑丈なウロコが削り取られていく。

 もちろん、ドラゴンの再生能力は尋常ではないので、瞬時に〔復元〕して元通りになってしまうのだが……驚愕するドラゴンだ。なおも体内で、延々と魔法が炸裂し続けているのも気に食わないらしい。


「調子に乗るなよ、この糞どもがああっ」

 体の周りから、40本もの〔青白いビーム光線〕を乱射しつつ、大きな口を開けてブレスを吐こうとする。しかし、何か放たれたようだが、すぐに消滅してしまった。ブレス不発である。

 イライラが急激に高まっているドラゴンが再び吼えた。衝撃波が台風の目状の空一面に広がっていく。溶岩の海と化しつつある赤く焼けた大地も、衝撃波を受けて粉砕され続けている。


 校長もそろそろ身の危険を感じているようで、撤退用の魔法具を抱きしめて背を丸めて伏せているのが見えた。なかなかに肝が据わっている。


 地上近くでゆっくりと飛行して回っているサムカを、ドラゴンが上空から見下ろして、赤い宝石サンゴのような2つの瞳で睨みつけた。

「地球でない環境であれば、我のブレスを封じる事ができると思ったか!」

 ……まあ、実際に〔火炎放射〕系統のブレスは封じる事ができている。そのために、今は〔光線〕系統のブレスに切り替えている。


 サムカがドラゴンからの〔青白いビーム光線〕のブレス攻撃を、ホウキに乗ったままで「ひょい」とかわして山吹色の瞳を細めた。ブレスとはいえ光速のビーム攻撃だったのだが、見事に〔予測〕して回避している。ドラゴン側の〔ロックオン〕もサムカが無効化しているのだろう。

 ビームは金星の溶岩化した大地に突き刺さって、大きな穴をまた1つ開けた。これも金星を貫いたのだろうか。


 ホウキの柄が今は2メートルしかないので、術式を微調整するサムカだ。ホウキの振動が収まったので安堵し、視線をドラゴンに戻す。

「それもあるが、死霊術や闇の精霊魔法の実習授業の場としても、この金星は適しているのだよ、ドラゴン君」


 ドラゴンの両翼がいきなり穴だらけにされて〔消去〕された。さらに尻尾や首に背中にも10個ほどの大穴が開く。苦痛に吼えるドラゴンの上空に、やっと追いついた子狐とアンコウ型のシャドウが見えた。

 レブンが驚いたような口調になっている。

「うわ。『深海1号改』の攻撃能力が1桁以上も上がってる。これまでの金星実習でも、これほどじゃなかったんだけどな」

 ペルも同様に驚いている口調だ。

「う、うん。『綿毛ちゃん2号改』こんなに強かったっけ……?」


 ドラゴンが翼を瞬時に〔復元〕して、そのまま対空迎撃の〔青白いビーム〕を放ちながら回避運動をとっている。今も体内で魔法がいくつも炸裂し続けているので、動きが少し鈍い。

 〔石化〕や〔液化〕魔法も混じっているようで、時々ドラゴンの体の一部が〔石〕になったり〔樹脂化〕や〔液化〕している。


 罵声を上げて喚くドラゴンを見ながら、サムカが簡単に説明した。あくまでも授業の一環で進めるつもりのようだ。

「金星は地球と異なり、生物がいない。水もないし、分厚い大気のおかげで闇の因子も強く機能する環境なのだよ。木星に少し似ているともいえる」

 今も夕暮れのような明るさだ。

「こういう環境では、死霊術場や闇の精霊場は、邪魔する魔法場がないので強く働く。君たちが感じている状態が、本来の死霊術であり闇の精霊魔法であるという事だ。こういう感覚を学んでおくと、地球で使用する際に、どの程度〔干渉〕されて弱まっているのかが感覚的に分かるようになる」


 この辺りの説明は、これまでの金星での実習で聞いている。ジャディだけは鳥頭なのか感心しているようだが。サムカが穏やかな声で話を続けた。

「加えて、今はイモータルのドラゴンがここにいる。彼は光と生命系の魔法場を帯びているので、死霊術や闇の精霊魔法と衝突すると激烈な反応を起こす。それ故に、君たちの攻撃がより強力に作用するのだよ。強力なアンデッドに法術をぶつけた際の爆発と同じ原理だな」


「なるほどー……」

 素直に感心するペルとレブン、それにジャディの声が返ってきた。ちなみに彼らは今、金星にはいない。既に〔テレポート〕で退避して、地球の地下階のサムカの教室の中だ。

 その教室にはサムカの使い魔たちがいるので、金星にいるサムカ本人との通信や魔法行使に便利であったりもする。ミンタとムンキン、ラヤンは、それぞれの担任の元に戻っていた。


 サムカが口調を少し和らげて補足説明する。

「本来であれば、私の領地で実習するべきなのだがね。騎士や兵もいるし、魔物狩りもできるからな。しかし、君たちへの魔法場汚染が心配だから出来ない。まあ、代替案という事で理解しなさい」


「はーい」

 再び素直で元気な返事を3人がする。


 さすがにエルフ先生が文句を言ってくるが、適当に受け流すサムカである。

「そういう事だから、遠慮なく全力で魔法を行使してみなさい。ペルさんも、魔力バランスが維持できる範囲内で頑張ってみなさい」

 ペルが緊張した口調で答えた。

「は、はいっ。風の精霊魔法と〔飛行〕魔術を組み合わせて、バランスを取って攻撃してみますっ。あ。〔石化〕魔法や、生命の精霊魔法も使ってみようかな」


 サムカが再びドラゴンからの〔ビーム〕攻撃を華麗に回避してうなずく。

 またもや〔ビーム〕によって溶岩の海に大穴が開いた。確かに、こんな授業を学校や領地で行っては、方々からクレームが殺到するだろう。

「うむ。それで良い。レブン君は『水の精霊魔法を使えない環境』でどうするか、色々と試してみなさい」


 レブンの戸惑ったような口調の応答が返ってきた。

「は、はい……分かりました。うう、どうしよう……とりあえず、風と光と闇で頑張ってみようかな」


 サムカがドラゴンの体当たりを回避して同意する。戦闘訓練をほとんどしていない敵なので、簡単にあしらっている。

「そうだな。その方針で良いだろう。しかし金星では、地球とは別の妖精が風と大地を支配している。精霊魔法よりも、ソーサラー魔術やウィザード魔法の方が効率が良いだろう」


「あ。そうですね。分かりました、テシュブ先生っ」

 明るい口調に戻ったレブンからの返事を聞いて、最後にジャディに話しかけた。

「さて、ジャディ君だが。聞いての通り、金星では別の風の妖精がいる。契約をしていない以上、ここでは大した風の精霊魔法は使えないだろう。何か策は考えてきたかな?」


 すぐにジャディの自信に満ちた応答が返ってきた。教室内でドヤ顔になっているのがサムカにも容易に想像できる。

「そりゃもう、完璧ッスよ、殿っ! いくぜ、プルカターン支族っ」


 ジャディの号令に合わせるように、カラス型シャドウの周囲に突如500体ものゴーストが発生した。すぐにゴースト群が飛行隊列を組んで、ジャディのシャドウに付き従う。

「授業をさぼって、支族の猛者どもに死霊術を叩き込んできたんスよ、殿っ。奴らからの魔力支援で魔力激増って奴ッス!」


「ほう……」と感心するサムカ。危うくドラゴンからの〔ビーム〕ブレスが当たるところだったが、何とか紙一重で回避する。ホウキの先が少しだけ消し飛んだだけで済んでいる。

 今度は上空に向けてビームを放ってきていたので、台風の目状の雲の壁に大穴が開いた。

「授業を抜け出ていたのは感心しないが、良い着眼点だな。では、存分に実習してみなさい」


「うおおおおっ。食らいやがれ糞ドラゴン!」

 ジャディのカラス型シャドウ率いるゴーストの大群が、見事な高速旋回飛行を繰り返して、ドラゴンに波状攻撃を行っている。翼や尾、脚が〔闇玉〕の集中攻撃を受けて消滅するが、次の瞬間には元通りに〔復元〕を果たすドラゴンだ。


 レブンが操るアンコウ型シャドウにも、いつの間にかネズミ型のゴーストの群れが付いていた。サムカへの報告はされていないが、アンデッド教徒が作成したゴースト群である。こちらもジャディほどではないが、しっかりとした隊列を組んで、一撃離脱攻撃をドラゴンに繰り返している。


 ジャディ隊とレブン隊も魔力の低いゴーストが多く従っているので、シャドウ本来の機動力には程遠い。それでも、生命のいない金星という環境では、ゴーストでもかなりの高速機動ができていた。音速の2倍弱といった飛行速度だろうか。

 ドラゴンの方は反対に音速を突破できない飛行速度しか出せていないので、これでも充分に有効だ。


 ペルの子狐型シャドウだけは単独行動をしていて、ドラゴンから常時2キロの距離を維持して追尾していた。彼女のシャドウの特徴は、その強力なステルス機能にあるためだ。

 飛び回る敵の鮮明な映像と共に、正確な測位情報も併せて、共有回線で自軍に送っている。おかげで、地球にいる生徒たちの魔法攻撃が、空中を飛んで逃げ回っているドラゴンの体内で正確に炸裂し続けていた。


 エルフ先生の声がサムカに届いた。少し気楽な口調になっている。

「サムカ先生。教え子のおかげで暇になってしまったようですね」

 ホウキの柄の上に立った姿勢で、サムカが空中を適当にゆっくりと〔飛行〕しながら、錆色の短髪を軍手でかく。

「そうだな。もう、回避運動をとる必要もなさそうだ。少々、暇だな。ようやく、ホウキの乗り方のコツが分かってきたのだが」


「ふふ」と小さな笑い声がして、エルフ先生の声が続く。

「ドラゴンの誘導ごくろうさまでした。蒸発死したリーパット君たちですが先程、マルマー先生からの報告で、無事に全員が〔復活〕を終えたようです。ハグさんによる〔診断〕では『赤い糸』は検出されていません。良かったです」


 サムカも素直に喜んでいる。ドラゴンの周囲から放たれた〔マジックミサイル〕数発が飛んできたが、無造作にこれらを〔消去〕した。

「そうかね。それは良い知らせだな。万一〔復活〕に失敗したら、私が責任をもって死者の世界で騎士に育ててみるつもりだったのだが」


 クスクス笑いが聞こえる。ミンタやムンキンもエルフ先生と一緒にいるようだ。

「ブルジュアン家の、死者の世界での『分家』ですね。まあ、それはそれで面倒な事が起きそうな予感がしますが」



 そこへ、ドワーフのマライタ先生の野太い声が割り込んできた。

「おう、テシュブ先生。『ドラゴン殺しの剣』ができたぜ。今からそっちへ転送するから、受け取ってくれ」

 穏やかではない名前の剣である。


「マ、マライタ先生! 今までどこに隠れていたのですかっ。今は軍事作戦中なのですよ! 自分勝手な行動は、軍令によって処断される事くらい知っていますよねっ。本当に、ドワーフって、どうしてこう、いつもいつも……」

 エルフ先生がマライタ先生に口論を仕掛け始めたのを、急いでなだめるサムカである。

「童話で登場するような名称にしたのか。まあ、それでも良いが……了解した。受け取るに適した空間座標を送るから、そこに剣を転送してくれ」


 まだエルフ先生が文句を言い続けているが、完全に無視してマライタ先生がガハハ笑いをした。

「おう。そうそう、1つ注意点がある。絶対に刀身に触れるなよ。死ぬぞ」

「? どういう事かね? マライタ先生……」

 サムカとエルフ先生が質問しようとしたが……さっさと通話を一方的に切られてしまった。再び音信不通、居場所不明というウィザード語の表示だけになる。


「まったく……これだからドワーフは」

 呆れた口調になるエルフ先生。先生の背後でミンタとムンキン、それにニクマティ級長たちも、マライタ先生に対して非難の声を上げているのが漏れ聞こえる。

 その60名ほどの生徒たちを静かにさせて、エルフ先生がサムカに告げた。

「サムカ先生。捨ててしまいなさいな、そんな剣。どうせ2メートルもない刀身でしょ。巨大なイモータル相手に何もできませんよ。ウロコを切る程度じゃないかしらね」


 サムカの手元に、鞘に収められた一振りの長剣がテレポートされてきた。ドワーフの科学力によるテレポートなので、魔法を使ってはいないのだが……見ためは完全に魔法と同等だ。

 それを〔飛行〕しながら受け取る。サムカが何か違和感を感じたようで、思わず首をかしげてしまっているようだ。

「……ん? 魔法場の発散が全くないな。魔法の剣ではない……が、かなり高度な重力操作が施されているみたいだ。よほど重いのか?」


 そこへ、今度はノーム先生の通話が割り込んできた。

「そりゃあそうだよ。中性子星の物質を使った剣だからね。恐らく、宇宙でも指折りの質量だよ、その剣は。重力操作しないと扱えないさ」


 サムカが剣をとりあえず腰ベルトに吊るす。鞘のつくりが適当なせいで、かなり貧相に見える剣だ。サムカが携帯してきた廃棄予定の剣よりも安物に見える。

 サムカとエルフ先生も魔法工学に関しては素人も同然なので、よく理解できない様子だ。しかし、ノーム先生の言う事なので、そのまま信用する。ノーム先生は、酒さえ入っていなければ真面目な人である。


 鞘と剣の柄との噛み合わせが出来ていないので、最近覚えたソーサラー魔術の〔石化〕魔術で修正を施す。隙間が石で埋められて、「カチャカチャ」音を立てなくなった。

 念のために、柄と鞘とを魔法の糸で〔結束〕して、何かの弾みで剣がすっぽ抜けないようにしておく。スケルトンを操作する魔法の糸の応用だ。

「時代遅れの貴族には、ふさわしい武器だよ、クーナ先生。ホウキにも乗っているしね」


 ノーム先生は校長と一緒にいると分かった。溶岩に囲まれた丘の上で、気楽な表情で手を振っているのが見える。今まで彼は地球にいるとばかり思っていたのだが、実は金星に来ていたようだ。

 道理で彼が話す際には、生徒たちの話し声が混じっていないわけだ。しかし、今のサムカにとっては好都合である。

「ラワット先生。申し訳ないが、シーカ校長を守護してもらえないだろうか。私が向かうと、ドラゴンからの攻撃に巻き込まれる恐れが高いのだ」


 サムカの申し出に、手を振りながら応えるノーム先生。ライフル杖も掲げている。

「了解したよ。そろそろ金星の大地と風の『大妖精』がやって来る頃だ。怒り成分の塊になっているから、テシュブ先生も巻き込まれないように気をつけてくれ……」

 そのセリフが終わらない内に、溶岩の海と化した大地が激しく揺れ始めた。地鳴りが全方位から響いてくる。

 上空も様相が一変して、台風の目のような巨大な壁状の雲が分解した。強烈な暴風が天空から吹き下ろされて来る。


 精霊場が爆発的に上昇していくのを肌で感じるサムカ。ドラゴンからの〔ビーム〕を再び事前回避して、さらに数本の〔マジックミサイル〕を迎撃し、ドラゴンから離脱を始める。かなりホウキ乗りが上手になってきているようで、波乗りのサーファーみたいな挙動をしている。


 同時に、シャドウを操作してドラゴンを穴だらけにして攻撃し続けている、教え子3人に告げた。

「妖精が襲撃してきたようだ。一時、離脱して様子を伺いなさい」


「了解!」

 3人から即答で反応が返ってきた。

 同時に見事な〔飛行〕隊列を組んで、ジャディとレブンの部隊がドラゴンから音速を超えた速度で急速離脱していく。ペルの子狐も〔テレポート〕して、校長とノーム先生が伏せている丘の上空に避難している。


 ゴーレムを介してドラゴンに魔法攻撃を継続していた生徒たちにも、攻撃中止とゴーレムへの魔力接続の解除がエルフ先生から命じられた。

 すぐに実行されて、制御を失ったゴーレムが溶岩の海の中に落下して沈んでいく。大地属性なので、溶岩に浸かっても短時間であれば問題ない。

 子狐シャドウが一時退却したので測位情報を失ったのか、ドラゴン体内への魔法攻撃も中断されてしまった。


 不意に攻撃が止んだので、不審に思うドラゴンである。しかし、とりあえず勝利宣言をする事にしたようだ。大きな口を開けて、ズラリと並んだ鋭い牙を見せつけながら吼えた。

 衝撃波が同心円状に幾重にも広がっていき、眼下に広がっている真っ赤に煮えたぎる溶岩の海に大波を刻みつけていく。

「もう、魔力切れか。他愛もない弱者どもめ。では、満を持して我の反撃をその目に焼きつけるが……が?」


 両翼を大きく広げて吼えているドラゴンが、上空から飛んできた巨大な雲と、溶岩の海から飛び出てきた巨大な牙に『食われた。』

 雲も牙も、直径が600メートルはある。


 尻尾を含めても体長が20メートルほどしかないドラゴンは、羽虫のように上下から押し潰されて、あっけなく飲み込まれてしまった。


 雲はなおも巨大化し、太陽光をほぼ遮って辺りが夜のように暗くなっていく。一方、溶岩の海は赤や黄色に光るイオンガスを放出しているので、地面の方が明るい。

 上空では硫酸でできた雲が下降気流に乗って降りて来たようで、雲間放電して無数の雷が起こり始めていた。地面に雷が届き始めるのも時間の問題だろう。しかし、水は金星にはほとんどない。雨になる代わりに、硫酸塩の粉が降る事になり、さらに埃っぽくなっていく。


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