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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
ドラゴンと貴族を討つ者たち
112/124

111話

【草むしり】

 魔法を使って草むしりをしても良いという校長の許可があったので、早速使いまくるミンタたち5人であった。

 ペルとレブンがシャドウを〔結界ビン〕の中から呼び出して、草むしりを命じようとするのを、ミンタとムンキンが制する。

「ちょっと待って、ペルちゃん。シャドウは実体がないから草を直接引っこ抜く事はできないでしょ」

 ペルが素直にうなずく。

「うん。だから、〔闇玉〕を放って雑草を〔消去〕するつもりだけど……」

 レブンもそのつもりだったようで、首をかしげている。ムンキンが少しドヤ顔をして、簡易杖を手元でクルクル回した。

「それをしたら、地面が穴だらけになるだろ。ここは僕たちに任せてくれ」


 そう言ったムンキンがミンタと視線を交わして、同時に簡易杖を頭上で1回転させた。もちろん無詠唱である。

 光の輪が2つ発生して、まるで校庭を立体スキャンするように広がって、そして消えた。ムンキンがドヤ顔のままで、簡易杖を制服のズボンのポケットに押し込む。

「光の精霊魔法に、生命の精霊魔法を乗せたんだよ。これで除草はほぼ終了だな」

 運動場の隅に生えていた緑色の帯が全て消失して、土色になっている。


 感心しているペルとレブンに、ミンタが簡易杖を腰ベルトのホルダーに収めながら微笑みかけた。こちらも、かなりドヤ顔風味だ。

「見晴らしの良い地形では、光の精霊魔法の方が便利って事ね。ペルちゃんとレブン君のシャドウには、校舎の隅や窪地に残っている草の除草をお願いするわ」

「はーい」

 素直にシャドウを放って、まだ草が残っている場所に飛ばすペルとレブンである。


 そんな2人の横で、軽いジト目になっているのはラヤンであった。簡易杖を腰ベルトのホルダーに収めて、肩をすくませている。

「その生命の精霊魔法の使い方は、かなり『邪道』だと思うけど。パリー先生って、良からぬ事ばかり教えているわね」

 ミンタとムンキンが、ラヤンのジト目に視線を向けてニッコリ笑う。

「テシュブ先生も言っているでしょ。全ては『方針次第』だって」


 先程、ミンタとムンキンが使用したのは、光と生命の精霊魔法の合わせ魔法である。

 通常、光の精霊魔法を使った〔殲滅〕魔法では、対象物を強制的に光に〔分解〕して消滅させる。今回は、雑草の地上部分について、この手法を用いている。

 その一方で、草の根といった地下部については地面が邪魔で光が届かない。地面ごと光に〔分解〕するわけにもいかないので、生命の精霊魔法を使用したという二段構えの魔法だ。


 一般的には、生命の精霊魔法は法術と並んで、病傷の〔治療〕や、体組織の欠損部分の〔修復〕によく使われる。しかし、以前にラヤンがヒドラ退治で使用したように、法術の使い方によっては相手をガン化させて殺す事も可能だ。そして、それは法術だけではなく、生命の精霊魔法でも同じ事がいえる。


 今回は、地下部の草の根を構成している植物細胞を、全て暴走させて壊死させていた。急激な細胞活性の上昇を支えるには、養分や酸素、それに遺伝子等で産生される各種タンパク質の充分な供給が欠かせない。

 これが足りないと、いわゆる窒息飢餓状態になって細胞が死んでしまう。細胞が死ぬと組織も崩壊して壊死に至る。


 ミンタとムンキンは更に徹底して、細胞が病原菌等の侵入時に分泌する各種の活性酸素や、細胞を破壊する物質の分泌も併せて行わせていた。蜂の巣に例えると、前者は蜂を自殺させるだけなのに対して、後者は互いを殺し合わせるようなものだ。2つの手法を合わせる事で、迅速に巣の崩壊を引き起こす事ができる。

 そのような事をしたので、ラヤンが怒るのは当然といえよう。


 軽い口論を始めたラヤンとミンタから少し離れて、ペルとレブンの作業を冷かしていたムンキンが、こちらへノソノソ歩いてくるサムカ熊の姿を見つけた。地下階へ降りる階段の1つから運動場へ姿を現したので、恐らくは地下階の教室の修理をしていたのだろう。

 ムンキンが口論の声に負けじと、大声でサムカ熊に両手を振る。

「こんにちは、テシュブ熊先生。どうかしましたか?」

 次第に口論に熱がこもり始めていたミンタとラヤンも、不満そうな表情ながらも口を閉ざして大人しくなる。


 サムカ熊が熊手で頭をかいた。最近は、歩き方が本物の熊に似てきている。

「うむ。シーカ校長から先程通知が届いてね。私も草むしりをする事になった。管理不行き届きらしい」

 ペルがそれを聞いて、珍しく少し憤慨している。

「テシュブ熊先生は、帝国から学校の外へ出る事を禁止されていました。今回の件は、私たちの責任だと思いますっ。作戦なんかは、軍や自治軍にも申請して『許可』を得たものばかりなんですがっ」

「不当な処罰には抗議するっ」と息巻くペルを、レブンとミンタが慌てて抑えつけてなだめる。


 レブンも少し考えるところがあるようで、口元が魚に戻ってしまっている。

「まあまあ、落ち着いてペルさん。組織のシステムっていうのは、こんなものだよ。僕も、後で故郷の自治軍や町長から、何か罰を受ける事になると思うし」


 ミンタも半分ほどはペルの言い分に同意しながらも、あえて口調を厳しくして、ペルをしっかりと抱きながら説く。

「ペルちゃんの担任はテシュブ先生でしょ。立場上、当然の処置だと思うわよ。っていうか、軽すぎるくらいだけど」

 一方のムンキンとラヤンは、『どうでもいい』と顔に表して、尻尾を「パシパシ」と地面に叩きつけている。当然ながらコメントはない。


 ミンタによる結構大胆な抱擁に、ペルが目を白黒させて尻尾を逆立てているのを見守るレブン。どうやら落ち着いてきた様子? なので、レブンが顔をサムカ熊に向ける。ちょっと真剣な表情だ。

「除草作業はシャドウに任せていますので、そろそろ終了します。手伝って下さらなくても構いませんよ。それよりも……」

 レブンの口調が真面目な感じに変わったので、サムカ熊も顔をレブンに向けた。4人の生徒たちもレブンの顔に視線を向ける。

「食堂でティンギ先生から伺ったのですが……今回の大ダコ騒動と連動したテロに、ドラゴンが関わっていたそうですね。〔石化〕処理された魔法学校の生徒から、『ドラゴンの赤い糸』が検出されたと聞きました」


 天を仰ぐサムカ熊である。(……どこまで口が軽いのか、あのセマンは)

 とりあえず、顔をレブンに向け直した。

「……うむ、その通りだ。しかし、ドラゴンの糸は前回よりもさらにステルス処理されていて、私でも発見ができない。このハグは可能だがね」

 そう言いって、サムカ熊が毛糸で覆われた頭の中から、ハグ人形を引っ張り出した。人形が手足をパタパタさせて抵抗している。

「なんじゃ、なんじゃ! 昼寝の最中だぞ、邪魔をするでない」


 ハグの抗議を完全に無視したサムカ熊が、ハグ人形を両手の熊手で包み込んで、レブンたちにも楽に見えるような高さまで下ろした。ちょうどサムカ熊の腹の上あたりになる。

「ハグ。ティンギ先生が口を滑らせたようだ。地下安置室の石像について、レブン君らの質問に答えてやってくれ。ドラゴンの魔法だから、私よりも魔力の高いハグの方が適任だろう」


 ハグ人形も、頭を抱える仕草をして天を仰いだ。

「あの、セマンめ……騒ぎを起こすためなら、何でもやりおるな」


 仕方がないので、ハグ人形が簡単に説明を行った。

 テロに参加した魔法学校の生徒たちだが、捕まって〔石化〕処理されて、今は教育研究省が管轄する施設の地下安置室に保管されている。

 その石像の頭部に、ドラゴンの魔法と思われる『赤い糸状の幽体』が発見された。以前のリーパットの事例を参照するに、この糸が凶暴化を促進するようだ。しかし、今回の糸はさらに脳に深く侵入して絡まっていて、摘出は不可能になっていた。


「殺して〔復活〕させれば解決するがね。しかし囚人だから、おいそれと殺すわけにはいかぬのだよ」

 ハグ人形の非常に淡々とした口調の説明を聞いて、気分が悪くなっている様子のレブンたち5人の生徒だ。


 ムンキンが吐き捨てるように答えた。頭や尻尾の柿色のウロコが所々逆立っている。

「帝国のやり方も相当酷いけれど、ドラゴンも同じくらい酷いな。なんだよそれ」

 ミンタがジト目で腕組みをして呻く。かなりドン引きしているようで、顔の全てのヒゲが顔にピタっと貼りついてしまっている。

「……口外すると、私たちまで〔石化〕処理されてしまいそうなくらい『危険な情報』ね、それって。カカクトゥア先生やラワット先生も知っているの?」


 ハグ人形がペコリと頭を縦に振って、その勢いのままでサムカ熊の両手の平の上で前転した。

「赤い糸の報告は、帝国上層部にもエルフとノーム警察にも伝えてある。少なくとも概要は知っておるじゃろ」

 それを聞いて、ドン引きしたままで何か考え始めるミンタである。


 ラヤンの表情が、ミンタのそれに反比例するように険しくなってきた。尻尾で「パシン」と地面を1回だけ叩く。

「その赤い糸だけど……ハグさん以外では発見できないのよね。他にもまだいるんじゃないの? 例えば、前科者のリーパット先輩とか。前回発見されたのが『偽物』という可能性もあるわよ」


 その予想は、サムカ熊以外のラヤンたち全員も感じ始めていたようだ。ラヤンの推測に誰も異を唱えようとしない。ハグ人形も察して、押し黙っている。

 ラヤンがジト目のままで、提案した。

「怪しい生徒を再〔検査〕しましょう。まずは、リーパット先輩よね」




【リーパットの赤い糸】

 リーパットは絶えず何か演説していたり、何か威張っていたりしているので、すぐに見つかった。


 今は地下階へ降りる階段の1つの前に陣取り、午後の授業前の演説をしている真っ最中だ。

 側近のパランとチャパイが両脇を固めて、リーパットの演説に合わせて拍手や歓声を強要する合図を、観衆である生徒たちに送っている。観衆はほとんどが党員で、今は20人ほどいるだろうか。コントーニャの姿は見当たらなかった。


 リーパットが拳を振り回して、観衆に向かって吼えている。

「今回のテロ実行犯には、我が校の生徒が多数参加していたという話がある。しかーし! 我と我の配下の者たちによる、帝都防衛戦の功績で、魔法使いの地位は向上したっ。我の傘下に加わるのだ! さすれば、魔法使いの勢力がさらに強まり、我がブルジュアン家の旗の下、愚かな宰相派を国政から排除できるであろうっ」


 パランとチャパイが両手をグルグル回して、拍手と歓声を出す合図を送る。それに合わせて、20名ほどの党員が「わあああああ」と拍手と歓声をリーパットに送った。


 見事なドヤ顔で満足そうにうなずくリーパットの横顔をジト目で見ていたムンキンが、ズカズカと聴衆の中に踏み込んで入っていく。そのままリーパットの襟元をつかんで睨みつけた。

 先程までのドヤ顔はどこへやら、全身の狐毛皮を逆立たせて硬直するリーパットである。


 慌てて、両脇に控えていたパランとチャパイが、血相を変えてムンキンに駆け寄ってきた。

「竜族ふぜいが、無礼だぞ!」

「ブルジュアン家に挑戦するとは愚かなっ。リーパット様から離れろ、トカゲ野郎が」


 しかし、反対にパランとチャパイが吹き飛ばされてしまった。風の精霊魔法である。ついでに20人ほどいた党員も一緒に吹き飛ばされて、30メートルほど離れた森の中へ落下していった。


≪バサリ≫

 翼が羽ばたく音がして、上空からジャディが舞い降りてきた。琥珀色の両目がキラキラ輝いている。

「よお、ムンキン。ケンカか? ケンカするのか? だったらオレ様も混ぜろ」


 そのジャディを、容赦なく光の精霊魔法で撃ち抜いて撃墜するミンタである。断末魔の声を発する余裕もなく、白目をむいて仰向けに倒れて痙攣しているジャディの頭を、とりあえず裸足のままの狐足で踏む。

「アンタは寝てなさい。邪魔よ」

 パニック状態になって目が泳いでいるリーパットに詰め寄っていく。

「ちょっと〔検査〕するわよ。抵抗すると撃つから大人しくしていなさい」


 ムンキンに襟首をつかまれたまま、口をパクパクさせて恐慌状態のリーパットを見て、ペルとレブンが申し訳なさそうに説明した。

「すいません、リーパット先輩。ドラゴンの糸がもしかすると、まだ先輩の頭に残っているかもしれないのです。すぐ済みますので、じっとして下さいますか?」

 ペルに続いて、レブンがハグ人形を制服の懐から取り出す。

「ハグさん。では、お手数ですが、よろしく検査お願いします」

 ハグ人形がレブンの手袋をした両手の上で、面倒くさそうに銀色の細い毛糸の髪をかく。

「わかった、わかった。後で、紅茶の1杯でもおごれよ」


 全く訳が分からないままのリーパットが、「わーわー」喚きながら必死で暴れて逃れようとする。しかし、がっしりとムンキンに関節技を極められてしまい、立ったまま動けなくなってしまった。

 それでも、涙目になりながらも気丈に歯をむいて吼える。

「き、貴様らああああっ! このような無礼、断じて許さぬぞっ。ブルジュアン家の家名にかけて、貴様らを退学させて監獄へ送り込んでやるっ」


「あー、はいはい。ちょっと黙ってろ、先輩」

 ムンキンが躊躇なくリーパットの肩と肘の関節を外した。激痛が走り、目をむいて口を開けっ放しにするリーパット。それを見たラヤンが、ジト目になってムンキンに文句を言う。

「えー……〔治療〕なんかする気、無いんだけど、私」


 ハグ人形もラヤンに同情している様子だ。激痛で痙攣しているリーパットの頭の上に飛び乗り、見事に逆立っている狐の毛皮を適当に踏みならして、足場を設ける。

「さすがに良く手入れが施されている毛並みじゃな。赤髪のどこかの妖精と違って、枝毛も切れ毛もないわい。ダニやシラミも見当たらないな」

 なかなか気に入った様子のハグ人形だ。調子はずれの鼻歌を口ずさみながら、両足を曲げて両手をリーパットの頭皮に乗せる。畑に埋まっているジャガイモでも引き抜くような姿勢だ。

「じゃあ、さっさと済ませるか。よっ……と」


 ぬいぐるみのハグ人形の両手が引き上げられた。その両手には赤い糸が貼りついている。

「うわー……」

 面倒くさそうな表情で、その糸を見つめるミンタたちである。リーパットは頭の上の糸なので、直接見る事はできていないのだが、感覚はあったようだ。激痛で痙攣しながらも、驚愕の表情になる。

「な、なななっ! 何という事だっ」

 肩と肘の関節が外されているので満足に動かないのだが、それでも両足をバタバタさせてもがく。尻尾も竹ホウキ状態のままだが、地面をバサバサ音を立てて掃き始めた。


 レブンがため息を1つついて、リーパットに説明する。

「リーパット先輩。申し訳ありませんが、まだドラゴン由来の赤い糸が、先輩の脳に絡まっています。テロ実行犯の生徒たちからも同じ糸が検出されているのですよ。ドラゴンの支配を受けやすい状況にあるのは変わりません」


 白目になりながらも、気丈にレブンの説明を聞くリーパットだ。かなりの怒りも加わったせいか、全身の痙攣が一層激しくなってきた。

「ま、まだ残っていたというのかっ。おのれドラゴンめ! ゆるさ……ぬ」

 プツリとリーパットの痙攣が止まった。それどころか、紐が切れた操り人形のように「ガクリ」と力なく気絶する。


 ハグ人形が銀色の細い毛糸頭をかいて、口をパクパクした。

「……お。すまんすまん。うっかり必要以上に糸を引いてしまったわい。脳梗塞を起こしてしまったな。ラヤン嬢、すまんが、ちょいと〔蘇生〕してやってくれ」

 ジト目になったままのラヤンが、これ見よがしに大きなため息をついて、簡易杖をリーパットの頭に叩きつけた。「コーン」と澄んだ音が運動場に鳴り渡る。


「……は!? 我はどうしていたのだ? いきなり真っ暗になったが」

 リーパットが《ガバッ》と起きて、周囲をキョロキョロ見回す。ラヤンがジト目のままで告げた。ついでに尻尾で地面を1回叩く。

「おかえりなさい。先輩、さっき死んだのよ。って、ハグさん。その手の赤い糸……」


「ん?」

 ハグ人形が、両手に絡まっている赤い糸の束に気がついた。ミンタたちも気がつく。リーパットにもようやく見える位置になったようだ。ハグ人形が、愉快そうに笑った。

「ほう。抜けたわい。ワシの予想の通り、一度死ねば抜けるようじゃな。ドラゴンは死なぬから、死んだ際の想定を考えていなかったという事かの」


 リーパットの頭から引っこ抜かれた赤い糸の束は、すぐに蒸発して消滅してしまった。因果律崩壊だ。ついでにハグ人形の両手も一緒に消滅したが、これはすぐに〔修復〕されて元通りになる。


 まだ混乱している様子で、茫然とした表情のリーパットである。そんな彼を無視して、ハグ人形が〔修復〕したばかりのぬいぐるみの両手を頭上に掲げた。

「魔法場は把握したぞ。では、他にも赤い糸が頭の中に埋まっている生徒がいるかどうか、ちょいと調べてやろう」


 何かの電磁波が両手から学校の敷地内に向けて放たれた。

 すぐに、地下階や森の中から、生徒たちの悲鳴と呻き声が返ってきた。ちょっと嬉しそうな口調になったハグ人形が、手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を発生させて、マップ表示に切り替え、それをミンタたちと〔共有〕する。

「おう。結構まだ残っておるようだな。今、倒れた生徒を殺して回れば、問題は解決だな。偉いなあ、ワシ」


 ミンタがさすがにジト目になって腕組みする。

「ばか。そうホイホイと生徒を殺せるわけがないでしょ。でもまあ、そうね。これで対処が容易にはなったわね。感謝しておくわよ、ハグさん」


 赤い糸が頭に埋まっている生徒のリストが、すぐに形成されていく。

 それを一目見たレブンが、口元を少しだけ魚に戻した。視線を、まだ半分程度しか状況を理解していないリーパットに向ける。リーパットには、先程からペルが丁寧に説明を続けていた。

「生徒の名簿ですが……リーパット先輩。これ、あなたの党員ばかりですよ。ほぼ、全員じゃないですか、これ」


 リーパットが何か叫んで、ペルを突き飛ばしてレブンに駆け寄ってきた。そのままレブンも突き飛ばす勢いで、〔空中ディスプレー〕画面をのぞき込む。あっと言う間に、怒りの形相になっていく。

「た、確かに……! おのれドラゴンめ、我の手下まで支配しようと画策しておったというのかっ。許せぬ!」


「手下って、言い放ったよ。この先輩……」

 レブンとムンキンが視線を交わして肩をすくませる。地面をコロコロ転がっていたペルは、ミンタが風の精霊魔法を使って救助している。

 一方のラヤンは、険しい表情になりつつあった。

「リーパット先輩。今、これを以って、あなたたちはテロ実行の潜在犯になります。あなた方の意思に関わりなく、体をドラゴンに〔操作〕される恐れが高いという事ですね。どうしますか? いったん自殺してみますか?」


 リーパットの代わりに、ハグ人形がニヤニヤしながら答えた。

「もう、それも無理じゃよ。引っこ抜いて脳死させてみる手法は、早くも対処されて無効化されているわい。今となっては、ワシが引っ張っても死なぬ。というか、オマエさんの手下の生徒ども〔不死化〕しておるぞ」



 リーパットが再びキョトンとした表情になった。代わりにレブンが、慌てて手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作する。その表情が完全にマグロに戻った。

「げ……本当だ。〔アンデッド化〕じゃないけれど、〔不死化〕してる」

 ラヤンが頭を抱えた。

「うわあ……どうするのよコレ。無限〔蘇生〕する状況になってるじゃないの」


 森の中から、ブツブツ文句をいいながらリーパット党員が運動場に戻ってきた。

 それを発見したムンキンが、試しに簡易杖を向けて〔レーザー光線〕を撃ち込む。撃たれたのは側近の1人のパランだったが、見事に命中して、両膝から上が全て蒸発して消滅した。爆炎と爆風が起きて、運動場に立つムンキンにも土煙が届く。

 パランの隣を歩いていた、もう1人の側近のチャパイが爆風で吹き飛ばされて、地面を10メートルほど転がって動かなくなった。首と背骨が折れたようで、異様なポーズをとっている。魔力が弱いので〔防御障壁〕も強固なものではないのだろう。

 他の党員も巻き込まれ、爆風で吹き飛ばされて、大ケガをして……いなかった。


 瞬時にパランの膝から上が〔再生〕して、制服まで元通りになった。当の本人は何が起きたのか理解できていない様子で、今になって悲鳴を上げて腰を抜かして運動場にへたり込んでいる。

 吹き飛ばされていたチャパイ他の党員たちも、何事もなく起き上がり、同じように再び腰を抜かして座り込んでしまった。


 ムンキンがジト目になって、その様子を確認する。

「……そうだな。〔不死化〕してるな、こいつら」


 ミンタがペルを抱き起こしながら、軽くため息をつく。手元の〔空中ディスプレー〕画面を改めて見て、赤い糸容疑者リストに、コントーニャの名前があるのを確認する。

「そうね。ドラゴンの恩恵ってやつね、きっと」

 ペルが制服についた土汚れを両手で払いながら、リーパットの頭の上で寛いでいるハグ人形に視線を向ける。この人形は彼の頭の上がかなり気に入ったようで、今は大の字になって寝ていた。

「ハグさん。どうしよう……」


 リーパットもようやく理解が追いついたようだ。慌てて頭上のハグ人形を両手で「ガシッ」とつかんで目の前に引き落とし、ギロリと睨みつける。

「そ、そうだっ。どうする気だ、この浅はかなアンデッドめっ」

 ハグ人形がリーパットに握り潰されながら、嬉しそうに悲鳴を上げる。

「あ~れ~、しんじゃう~」


 そのハグ人形に、ミンタたち全員の簡易杖が向けられた。〔ロックオン〕まではしていないが。ペルが真面目な表情で重ねて問う。薄墨色の瞳が静かに光っていて、鼻先のヒゲと黒毛交じりの両耳がピタリとハグ人形に向けられている。

「どうすればいいの? 教えてハグさん」


 ふざけて悶えていたハグ人形が、軽く頭を振って口調を元に戻した。

「まったく……余裕をもって行動せねば、何事も上手くいかぬぞ。せっかくワシが場の雰囲気を和らげてやろうと、気遣いをしてやったというのに、オマエさんらは、ぶつぶつ……」

 しかし、誰1人として弁明を聞くつもりはなさそうだ。


 仕方なくハグ人形が口を大きくへの字に曲げて、リーパットの両手で握り潰されながらも偉そうにふんぞり返った。

「そうさな……こういう場合は、術者に殺されるのが手っ取り早いかね。そういう事だから、リーパット君。さっさとドラゴンに面会して殺されてきたまえ。さすれば、道が開かれよう」


 その肝心のドラゴンが、どこにいるのか分からないのだが。指名手配中で逃げ回っているのだから、そうそう簡単に見つかるとは思えない。

 ちなみに、リーパットだけは赤い糸が頭から抜けているので支配される事はなく、ドラゴンに面会する必要はない。


 ミンタがペルと視線を交わして、肩をすくめた。ハグ人形の代わりにリーパットに告げる。

「この人形は無視しなさい。私とペルちゃんで打開策を考えてみるわ」

 リーパットが瞬間湯沸かし器のように激高した。

「殺すだの、打開策だの、勝手な事をほざくなっ。我の事は我が……きゃん!」


 セリフの途中で、ミンタがリーパットを光の精霊魔法で撃った。たまらず白目をむいて失神する。頭から地面に倒れていったので、慌ててレブンが体を支えた。「フン」と鼻を鳴らすミンタだ。

「ああ、もう、うるさいなっ。ちょっと黙っていなさい」


 ラヤンがジト目をミンタに向ける。尻尾が16ビートで地面を叩き始めている。

「何をやってるのよ、このバカミンタは。余計な仕事を増やすな、このバカミンタ」


 森の中から〔再生〕したばかりのリーパット党員たちが、党首の一大事を知って殺到してくる。まだ〔再生〕したばかりなので足元がフラフラしていて、おぼつかない様子だが……大した忠誠心である。

 特にムンキンによって、膝から上を全て吹き飛ばされたばかりの側近パランの形相には、鬼気迫るものがある。

「リーパットさまに何をするかあっ! この狼藉者どもめっ」


 もう1人の側近のチャパイも、似たような形相で怒鳴りながら駆けてくる。しかし、ミンタやムンキンの姿を認めて、走る勢いが徐々にヘタレ始めているようだが。


 そんなリーパット党員の来襲を不敵な笑みを浮かべて見つめながら、ムンキンがラヤンを急かした。

「ほら、ラヤン先輩。さっさとリーパット先輩を〔治療〕してやらないと、ケガ人がさらに20人ほど増えるぜ」

 ジト目のままで、深くため息を1つつくラヤン。ついでに地面を1回だけ尻尾で叩く。

「分かったわよ。まったく……っていうか、法術ならムンキン君もミンタも使えるでしょ。手伝いなさいよ。っていうか、コレをやったのはミンタ、アナタでしょ! 手伝えバカっ」


 渋々ながらも、ラヤンの命令に従うムンキンとミンタであった。

 殺到するリーパット党員の相手は、必然的にペルとレブンに引き継がれてしまう。仕方なくシャドウを出して、さらに15体のゴーストも〔結界ビン〕の中から放ち、防衛ラインを引く2人だ。


「リーパットさまあああっ! ご無事ですかっ。うわ、返事がないぞ。コラ、貴様らああっ。成敗してやるから、アンデッドどもを片付けて、そこへ直れっ」

 アンデッド群のバリケードに行く手を阻まれても、それでも「ギャンギャン」喚くパランとチャパイである。彼らの大音声に、〔防音障壁〕を設けて対処するペルとレブン。ジャディ対策の効果が良く出ているようで、リーパット党員の抗議を完全に無視している。


 ゴーストはあえて見えるようにしているため、魔力が低いリーパット党員でも視認できているようだ。結構、凶悪な形相をしているネズミ型のゴーストなのだが……パランがその1体を蹴りつけた。

「このような、アンデッドなど、造作も無いわああああああ!? ぐぎゃっ」

 反対にショック状態に陥って倒れる。その様を見て、チャパイ他の党員が慌てて数歩引き下がった。


 レブンが少し呆れた目をしながらも、丁寧な口調で警告する。

「そういう事です。触れたらショックを起こしますよ。今は、ラヤン先輩たちがリーパット先輩を〔治療〕中です。お静かにお願いします」


 そして、背後に視線を向けた。いつの間にか、黒マントに黒頭巾のアンデッド教徒が数名ほど忍び寄って来ていた。マントの下の制服のポケットの中から〔結界ビン〕を取り出して、やはりネズミ型のゴーストを1体ずつ取り出している。

 そんな彼らにも警告するレブンだ。

「スロコック先輩、君たちもですよ。騒ぎを意図的に大きくするのには反対します」


「ちぇー……」

 ブツブツ文句を漏らしながらも、レブンの警告に従うアンデッド教徒たちであった。リーダー格のスロコック占道術級長が黒いローブの裾を整えて、他の教徒に指示する。先日大暴れした過激派の魚族の男子生徒もいる。

「仕方あるまい。今は引く事にしようぞ」

 そういいながらも、かなり渋々、ゴーストを〔結界ビン〕の中に戻すスロコック級長である。そのままレブンに一礼してから、地下階へ降りる階段に向かって去っていった。用事が済んだのか、黒マントと頭巾も脱いで〔結界ビン〕の中に収納している。


 別の一団も、つまらなそうな表情になって地下階へ降りていく。こちらはムンキン党員だろう。力場術のバングナン級長の姿が見える。褐色の瞳を曇らせて、簡易杖を運動場の真上の上空に向けて、何か〔レーザー光線〕を乱射している。

(血の気の多い生徒が増えてきているなあ……)と気が重くなるレブン。騒動を迅速に収めたのが功を奏したようだ。もう少し長引いていたら、アンデッド教徒やムンキン党が乱入していただろう。



 ラヤンがジト目のままで、軽くため息をついた。

「……ふう。終わったわよ。さっさと次の授業なり実習なりに向かって下さい、リーパット先輩」


 リーパットは数秒間ほど状況が読めずにキョロキョロしていたが、すぐに血相を変えて跳び上がった。同時にゴーストとシャドウの壁が消滅したので、パランとチャパイが率いる20名ほどのリーパット党員に囲まれる。


 今度は、ミンタとムンキンがリーパット党員らによって蹴り飛ばされた。運動場をコロコロ転がっていく2人に向かって、リーパットが吼える。

「よ、よくも我に恥をかかせてくれたなっ! 後で我がブルジュアン家の名を以って処罰してやるから覚悟しておけっ」

 激高するリーパットと彼を囲んで唸り声を上げる党員たちが、ミンタたちと睨み合いを始めた。


 ムンキンとミンタがケンカを買おうとするのを、ラヤンが制服の奥襟を引っ張って止める。

「治癒したばかりだから、しばらく安静にして下さい、リーパット先輩。この1年坊主2人は、私が取り押さえておきますから、次の授業へ向かって下さいな」


 リーパットもまだ足元が定まっていない様子だ。ラヤンの言葉に素直に従う。文句はきっちりといっているが。

「フン。行くぞ、パランとチャパイ。このような雑魚に関わっている暇はない」


「あ? 何だとコラ!」

 と、言いたげのミンタとムンキンである。実際に口にしているのだが、ペルが音声を闇の精霊魔法で〔消去〕しているので、周囲には聞こえていないようだ。


 チャパイとパランが「わーわー」と非難しているままだが、それでも何事もなくリーパットたちが地下階段を降りていった。コントーニャと他数名の党員が、階段の下から顔を出して礼儀正しくリーパット主従を出迎えている。

 そのまま微笑みながら、ミンタに向けてチラリと視線を投げかけて口元を緩めた。同時に〔念話〕を送ってくる。

(ここは任せなさいな、ミンタ。後で赤い糸を引っこ抜く作業を、よろしく頼むわね)


 ミンタがジト目になりながら、コントーニャに軽くうなずく。

(はいはい。とりあえず、そのバカ3人を大人しくさせてよね)


 リーパットたちが意外にも素直に、コントーニャの誘導に従って階段を降りていく。その様子を見て、ほっとするペルとレブン。

 その一方で、ハグ人形は残念そうにレブンのセマン髪の上で、手足をパタパタさせて駄々をこねていた。

「つまらん、つまらんぞー。戦えよおお、暴れろよおお。何のためにワシが手を貸してやったと……」


 そんなハグ人形を完全に無視して、レブンが森の中からひょっこりと姿を現したパリー先生に挨拶した。

 ほとんど条件反射のように、ハグ人形がレブンの頭の上で立ちあがる。愛想笑いをパリー先生に向けて、敬礼じみた挨拶をした。人形なのだが、かなり表情が豊かになっている。

「おっと、退散退散。レブン君は、サムカちんよりも貴族向きじゃな。死んだら推挙してやるぞい。ではまたな」

 消え去り際に、余計な事をいうハグ人形である。ハグ人形が水蒸気の煙を出して姿を消す。<パパラパー>音がどこからか鳴った。


 当然パリー先生にも聞こえるように話しているので、パリー先生がヘラヘラ笑いを満面に浮かべて、こちらへヒョコヒョコふわふわ歩いてくる。

 このところは、先生らしい上下のスーツ姿だったのだが……そのスーツ生地のあちこちから草や木の枝が生えてきていた。コケやキノコも生えているようだ。さすがに森の妖精である。

「なになに~貴族がどうしたの~」


(うわー……また面倒な人がやってきたよ)

 そのような感情を素直に表情に出しているミンタとムンキン、ラヤンにレブン。しかし、ペルだけは薄墨色の瞳をキラリと光らせて、黒毛交じりの尻尾をパサパサ振った。

「パリー先生。お時間良いですか? いくつか聞きたい事があるんです」




【パリー先生のご意見】

 ペルから簡単に経緯と現状を聞いたパリー先生だったが……ヘラヘラ笑いは続けたままだ。むしろ、笑いが酷く邪悪なモノになってきているように感じる。

 スーツの裾から生えている亜熱帯樹木のイタジイの芽を数本引き抜いて、森の中へ弾き飛ばしたパリー先生が、赤髪の先を風に揺らした。

「そうね~。その赤い糸ってのは~やっぱり~ドラゴンの仕業かもね~。私も似たような事するし~」


「するのかよ!」とツッコミかけたムンキンとレブンを、ミンタとペルが肩を持って抑える。ラヤンが代表して聞いた。

「では、パリー先生でしたら、ドラゴンの糸を除去できますか?」

「そんなの無理~」

 即答するパリー先生であった。ガックリするラヤンたちに、相変わらずのヘラヘラ笑いを向ける。

「イモータルの魔法は~、イモータルやイプシロンじゃないと~除去できないわよ~。妖精じゃ無理~」


 ミンタが腕組みをして、片耳を数回ほどパタパタする。

「……それじゃあ、やっぱりリーパット党員の皆さんには、ドラゴンに会って、殺されてもらうしかなさそうね」


 ムンキンも同じように腕組みをして、尻尾で数回ほど地面を叩く。

「ドラゴンは死なないんだろ? 妖精や精霊から怒り成分を分離して処理したように、何か似たような戦術が使えないかな。戦闘意欲を削げば、どこかへ退散するかもしれないぞ」

 レブンがセマン顔のままで髪をかく。

「……そうだよね。海の妖精の時も、大地の精霊の怒り成分を分離処分したし。ドラゴンにも応用できるかも。最終的には因果律崩壊を起こさせて、この世界から弾きだして、ドラゴン社会の警察に突き出す……って手法になるのかな」


 唐突に、パリー先生が真面目な表情になった。

「そのドラゴンと戦うのは~、お勧めしないわよ~」

「え?」

 一斉に生徒たちの視線がパリー先生に集中する。真面目顔のままで、パリー先生が話を続けた。足元の地面から草の芽が次々に生えてきている。

「そのドラゴンって~、話の通りだと~、生命の精霊場持ちでしょ~。私たち妖精と仲間~」


 ペルがサムカの話を思い出した。

「あ。そうか。死者の世界でテシュブ先生が戦った際に、生命の精霊場を使った攻撃をしてる。生徒の脳内に赤い糸を忍ばせる事ができるのも、生命の精霊魔法の一種を使ったせいだと考えれば……」

 レブンが納得する。

「そうか。だからアンデッドのハグさんでは、今回は対処できなかったのか。でも、同じ精霊場のパリー先生でも無理なんですね」


 パリー先生が実に朗らかに答えた。腰まで伸びている赤いウェーブのかかった髪の先が、上下左右に揺れる。

「そうね~無理ね~。上位魔法だからね~」


 それを聞いて、ミンタが険しい表情になる。金色の毛が交じる尻尾が物憂げに地面を掃いている。

「ドラゴンが上位魔法の行使者って事は、森の妖精は全て、支配下に置かれるって事ですよね」


「ギョッ」とするミンタ以外の生徒たち。パリー先生がニコニコしながらうなずく。

「そうね~。支配っていうか~大事な仲間って感じ~? ドラゴンが~ブレスなんかで森を攻撃したら~私も反撃するけど~、それ以外では静観するわね~」

 相変わらずの間延びしまくっているパリー先生の話を、辛抱強く聞く生徒たちだ。


 ふと、嫌な予感が急激に膨らむのを感じたラヤンが、恐る恐るパリー先生に聞く。

「……それじゃあ、私たちや帝国軍がドラゴンを攻撃したら、森の全妖精がドラゴンの味方につく……という事ですか?」

 パリー先生が素敵な微笑みを浮かべながら元気にうなずいた。

「そうね~! 帝国なんか滅ぼしちゃうぞお~悪の帝国は滅ぶべし~」


「マジかよ、オイ……」

 沈黙するミンタたちであった。


「それじゃあ~、先生はこれから実習授業をするから~これで~」

 ピョコピョコとスキップしながら、パリー先生が手を振って運動場の中央に向かっていく。既に30名ほどの生徒たちが待っていて、実習のための準備運動をせっせとしているのが見える。そろそろ、次の授業が始まる時刻だ。


 ミンタが金色の縞模様が2本走る頭のフワフワ毛皮に、ドリル状の巻き毛を大量に発生させながら、その頭を手袋をした両手でかいた。

「こ、これは色々と考えないといけないわね。とりあえず、今は次の授業に向かいましょ。放課後にここへ集まって議論するわよ。いいわね」




【墓地の一角】

 死者の世界では、逃げ戻ってきたハグの本体が、いつものオーク墓地の片隅の空き地でサムカと雑談をしていた。

 今回の状況をハグから聞いたサムカが、端正な白い磁器のような顔に走る眉を寄せて腕組みをしている。

「むう……そのような事が起きているのかね。困った事態だな」


 ハグ本人はいつものように空中に浮かんで、ゆっくりとサムカを中心に周回している。それでも、気温や太陽の明るさが落ちてしまっているが。墓地の空き地に生えている雑草も元気を失って萎れ始めている。が、これは除草になるので、そのまま放置している。

 ハグの服装も相変わらず酷い状態だが、自身で服の所々をパッチ当て等をして補修している。ハグ人形での手縫い作業を続けているおかげだろうか。

「問題は、やはりドラゴンが帯びている魔法場だな。生命の精霊場だから、我々アンデッドには天敵に等しい。恐らく、ペルさんたち生徒にも影響が及ぶだろう。同じ生命の精霊場を有しているからね」


 サムカもハグの指摘に同意する。こちらは、これからオーク自治都市内の定期巡回の時間のようで、赤茶けたマントに作業服の姿だ。腰ベルトに無造作に吊るされている長剣も長年雑に使用してきたのか、かなり鞘や柄が摩耗している。

 その柄に軽く、軍手をした手で触れるサムカ。

「なるほどな。私がオーク軍との戦闘で使う闇魔法のように、ドラゴンも生徒たちを支配下に置く事が可能かもな」

 ちょっと考えるサムカ。

「生命の精霊場が弱い場所で戦うべきだろうな。土中か、深海、洞窟の中……といった場所か」


 サムカの考えを、肩をすくめながら否定するのはハグ本人である。館の方から、執事が数名のオーク族の使用人を引き連れて、茶の用意を運んでくるのを見つめながらサムカに告げた。

「どちらも厳しいだろうな。ドラゴンの肉体は大地の属性だし、血液は水の属性だ。闇にも強力な耐性を持つだろう。まあ、イモータルだから、魔法攻撃は効きにくいと思って良いだろうさ。攻撃されればされるほど、怒って魔力が膨れ上がる恐れも充分にある」


 サムカも執事たちの姿を草の向こうに認めて、軽く手を振る。

「魔力を膨らませて、因果律崩壊に誘導する手法しかあるまい。その戦術を、次回の〔召喚〕時にいくつか教えておくとするか」


 ハグ本人が執事に手を振った。足を自身で凍結させ、地面に着地する。

 数秒間ほど地面を見つめていたが……首を少しかしげて、淡黄色の木蓮の花の色の瞳を閉じる。地面が〔風化〕し始めている。

「やはり、こうしても魔力漏れが起こるか。リッチーになった事には後悔などしておらぬが……こうした面倒事がつきまとうのは、考え物だわい」


 そして、目を再び開けてサムカに向ける。

「ドラゴンもバカではないぞ。むしろ、我々よりも賢いと見るべきじゃろう。因果律崩壊を回避する魔法を用意しておるかもな。ワシなら、そうやって準備を整える」


「ハグさまー……」

 執事の声が2人のいる墓地の片隅にまで届いた。ハグ本人が地面を凍結させながら、サムカに微笑む。

「とりあえずは、茶にするかね? サムカ先生」




【力場術のクラス】

 午後からの授業はペルの場合、ウィザード魔法力場術のタンカップ先生のクラスになっていた。あまり得意な科目ではないので、地下階の教室の隅の方にひっそりと座る。

 すぐに同級生の友人たちが寄ってきて冷かしてくるが、笑顔で応対している。その様子を見ると、ペルもかなり学校に慣れてきている様子だ。それでもやはり頑なに教室の隅から出て行こうとはしていないが。


 ミンタの提案で、放課後に集まるまでに『それぞれの授業の先生にドラゴン対策について質問してみる』事になっていた。友人たちがひとしきりペルと雑談して、自身の席へ駆け足で戻っていく。その後ろ姿を見送って、両耳をペタリと前に伏せて机に突っ伏すペルだ。

「うう……人見知りする癖を、何とかしなきゃいけないなあ」


 教室にはリーパット党の側近パランの姿もあった。つい先ほど森の中へ吹き飛ばされて、さらに1回死んできたばかりだ。しかし、早くも元気になっているようで、教室の隅で丸くなっているペルの横顔をジロジロと睨みつけている。

 おかげで、さらに恐縮して尻尾を抱え込んでしまったペルであった。ちなみに、魔力は圧倒的にペルの方が高いので、一対一で戦っても万に一つも負ける可能性はないのだが。


 教室は、ほぼ満席になっていた。生徒数は30名弱というところだろう。


 エルフ先生とノーム先生、それにマライタ先生、マルマー先生は、まだ帝都に釘づけにされたままで、学校へ戻ってきていない。

 一応はゴーレムやアンドロイドを用いて先生の代役をさせているが……教育指導要綱だけに忠実に沿った授業をするので、ドラゴン関連の質問は受け付けてくれない。


 一方で、ウィザード魔法の4人の先生とソーサラー魔術のバワンメラ先生は、学校に戻ってきていて授業をしていた。

 大地の精霊群が帝都を襲った際に、本部施設が倒壊して今もそのままなので、帝都での仕事もすぐに終わったらしい。要は帝都から追い出されたという事でもあるが。


 堂々とした筋肉隆々のタンカップ先生が、教室にズカズカと足音を立てて入ってきた。相変わらずのタンクトップシャツと半ズボン姿である。日焼けも相変わらずだ。

 やや癖のある黒柿色の角刈り髪を無造作に片手で払い、鉄黒色の吊り気味のギョロ目を光らせて生徒たちを見渡す。ペルの姿を見つけるが、以前とは違って露骨な嫌悪の表情にはなっていない。ただ、マジックで描いたような太い1本眉毛を、数回上下させただけだ。


 教壇に立ち、やはり無造作な手つきで〔空中ディスプレー〕画面を呼び出す。

「よし、では授業を始めるぞ」


 すぐにペルが席から立ち上がって、両手をピンと真上に上げる。パランのきつい視線が、真っ先にペルの横顔に突き刺さるが、何とか我慢している。

「せ、先生っ。1つだけ質問して構いませんかっ」

 声が裏返ってしまった。


 30人弱の生徒たちの視線が一斉にペルに集まっているので、全身のフワフワ毛皮が逆立っている。紺色のブレザー制服も、内側から膨らんだ毛皮に押されてパンパンになってしまった。黒毛交じりの尻尾も、当然ながら竹ホウキ状態になっている。

 顔のヒゲというヒゲが四方八方をバラバラに向いているペルの顔を見つめてから、タンカップ先生が鷹揚に答えた。

「何だね、ペル・バンニャ1年生」


 薄墨色の両目を白黒させながらも、頑張って質問するペルだ。

「は、はいっ。ドラゴンについて、何かご存じの情報がありますか?」


 ペルがパタパタ踊りをしながらも、手短にリーパットたちに残っていた赤い糸の話をする。

 パランの睨んでいる顔が驚愕の表情に変わった。彼も知りたい情報なのだろうか、視線をタンカップ先生に向ける。


 教室の中が驚きでざわめく中、険しい表情になって聞く力場術の先生だ。緊張で半分涙目になっているペルを席に座らせて、丸太のような筋肉質の腕で腕組みする。

「……むう。そうかね。由々しき事態だな。だが、残念だが、俺様もイモータルであるドラゴンの生態については詳しくない」


「そうですか……すいませんでした。質問はこれだけです」

 ペルが半分ほっとしたような口調で、先生に礼を述べる。パランもかなり落胆したような表情になった。


 しかし、タンカップ先生のギョロ目が黒光りし、勝手に話を続ける。

「しかし、そうだな……うむ、今回の授業では、予定を変更して『プラズマ』について教えるとするか。学校が休校の間は、教育指導要綱にない項目を教えても構わないからな。ドラゴンといえばブレス攻撃、ブレスといえば高温プラズマ放射だからな。何かの参考になるかもしれないぞ、ペル・バンニャ1年生」


 そのドラゴンは、先程ペルが話した情報では炎のブレスを吐いては『いない』のだが……とりあえず黙ってうなずくペルであった。

 パランの瞳にも輝きが戻った。受講している生徒たちも、タンカップ先生の提案に賛成している。


 今は休校中で、まだ全校生徒が学校へ戻ってきていない。そのために、授業内容は必然的にこれまでの復習が主になっていた。これはこれで良いのではあるが、やはり知識欲を刺激する面では物足りない。

 その反面といっては何だが、復習の必要性が薄い生徒たちに対しては、教育指導要綱にない話題を授業で扱っても良い雰囲気になっていた。

 そのせいでパリー先生を筆頭にして、バワンメラ先生たちが好き勝手な授業を少し取り入れている現状である。力場術のタンカップ先生も、復習授業ばかりの日程に飽きてきたのかも知れない。


 タンカップ先生がこの教室の〔防御障壁〕や耐爆強度等を、手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて手早く確認する。黒い大きな目が満足そうに細められた。

「うむ。修理が行き届いているな。これならば、プラズマの実習授業を行っても問題なかろう。地下にある教室だからな、実習している間に落盤事故でも起きると面倒だ」


 教壇に立ちながら簡易杖を一振りした。正面の大きな黒板型ディスプレー画面に、典型的なドラゴンの模式図が表示される。それに視線を向けながら、先生が分厚い筋肉で覆われた胸板を反らす。

「俺様も君たちと同じく、成体ドラゴンの実物は見た事はない。従ってこれから話す内容は、一般的な通説に基づくものになる。実際のドラゴンに当てはまるかどうかは、保証の限りではない。この事は理解しておくようにな」


「はい!」

 元気な応答が30名弱の受講生から返ってくる。


 それを満足そうに聞いたタンカップ先生が、簡易杖で黒板型ディスプレー画面を「ペシペシ」叩く。ドラゴンの模式図が切り替わり、『ブレスの仕組み』という表題が付いた画面になる。もちろん、ウィザード語表示なので、複雑な分子模型に数多くの衛星が回っているような文章だ。


「ドラゴンといえば『ブレス攻撃』だな。高温のプラズマガスを口から吐く。温度はドラゴンによって違うが、まあ、数千度というところだな」

 もちろん、このような高温ガスを体内で生成すると、普通の生物であれば体も炭になるか蒸発してしまう。絶対不死のイモータルならではの攻撃手段といえるだろう。

「もちろん、ドラゴンといえども熱いのは嫌いだろうからな。直接プラズマガスが体に触れないように〔防御障壁〕などで包み込んでいるはずだ」


 その場合、問題になるのは因果律崩壊である。この世界の物理化学法則から、あまりにも逸脱する魔法を使った〔防御障壁〕では好ましくない。


「絶対不死とはいえ、ドラゴンもブレスを吐くたびにポイポイと世界から弾き出されては、ストレスが溜まる。力場術の視点から推測されているのは、プラズマガスを強力な磁場で包む方法だな。タカパ帝国ではまだ実用化されていないが、核融合炉の仕組みだ。似たような例を挙げると、『太陽のシステム』ともいえるか」


 プラズマガスを磁場を用いて、磁力線がらせん状になるように包み込むと制御する事ができる。それでもなお、中性子線などの放射線が大量に発生するので、被曝しないように対処する必要はあるが。


「核融合炉や太陽では、水素やヘリウムのプラズマを使う。ドラゴンの場合も恐らくは同様だろう。酸素ガスや窒素ガスでは効率が悪いからな。水素の場合は、ドラゴンの体内で水を電気分解して作ると、体内で活性酸素を大量に抱え込む事になる。なので、空気中の水分を〔テレポート〕して集めて、電気分解していると推測されている」


 カンニング用の小型〔空中ディスプレー〕を手元に出しながら、それをチラチラ見て授業を進める先生だ。まあ、辺境の雇われ外国人教師なので、知識量が残念なレベルに留まるのは仕方がない。

 生徒たちも見て見ぬふりをしている。


「核融合炉では、安定制御されたプラズマの高温を用いて、湯を沸かして蒸気発電をする。技術が高まれば、プラズマから直接電気を取り出す事も可能になるが、それができるのはドワーフくらいだな。我々魔法使いは、魔法で電気を取り出している。この術式は機密情報が多いので、教える事はできないぞ」

「え~……」

 低くざわめく生徒たちだ。特に魔法工学の専門クラス生徒の受講者は、失望を露わにしている。ペルも両耳と、口元のヒゲの張りが弱まってしまったようだ。


 術式の詳細は、タンカップ先生も知らないようで……「コホン」と大きく咳払いをする。

「発電するだけであれば、それで充分なのだが……『ブレス攻撃』に使うとなると、更なる工夫が必要になる。安定しているプラズマを、意図的に局所的に不安定化させる。太陽の例で言えば、『フレア』を発生させると考えれば良いだろうな」


 強力な磁場の中に閉じ込められた高温プラズマでは、時々、大きな揺らぎが突然発生する事がある。この際に、プラズマガスが磁場を突き破って外へ放出されてしまうのだ。太陽のフレアも同様の現象である。


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