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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
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110話

【海の妖精のお願い】

 レブンが「コホン」と小さく咳払いをしてから、海の妖精に聞く。海流の強さは相当なものだが、皆、流されずにいる。一方、海の妖精からヒラヒラたなびいている100本ほどの触手は、下流方向にまとめて向いている。おかげで、触手を避けるのも容易になっていた。

 レブンたちが海の妖精の上流に移動していく。

「それで、依頼というのは何でしょうか? 海の妖精さま」


 半欠けクラゲが、波高3メートルになる外洋の海中で気楽に浮き沈みしながら答えた。ちなみに、海中なのだが〔指向性会話〕魔法を使用しているので、通常音声での会話ができている。クラゲには発声器官は見当たらないが、そこは妖精の魔法で何とかしているのだろう。

「うむ。我の魔力の回復が思うように進まぬのだ。避難場所は、陸に近くて水深が浅いからな。水の精霊場が弱い。このままでは、回復までにさらに日数がかかる。そうなると困る事になるのだ」


 確かに、クラゲの本体は半欠けのままで、それほど回復しているようには見えない。触手だけは増えているようだが、それだけでは不足なのだろう。

 妖精の回復が遅いのは一目瞭然なので、レブンたちも素直に話を聞いている。


 海の妖精には、人のような目や口などの感覚器官は一切ないのだが……雰囲気で海上を見上げたようになる。

「君たちも見ただろうが、上空や海中に『化け狐』どもが侵入し始めておるのだ。我が弱っているために、好機と見て、巣を作ろうと伺っている。これは何としても避けたい」

 そう言えば、上空に小さな『化け狐』の群れが飛び回っている。海中にもいるのだろう。


 いち早くレブンが妖精の危惧を察したようだ。口元が魚に戻ってしまっているが、努めて冷静に質問してみる。

「あの小型の『化け狐』は斥候で、やがて巨大な『化け狐』が来襲して、この海域に居座る恐れがあるという事ですか?」

「うむ」と半透明のクラゲ椀が、上下にポヨンと伸び縮みして肯定した。

「上空の『化け狐』は南極由来だから気にする事はないが、問題は海中にいる北極由来の連中だ。このまま、手をこまねいていると、この海域が『化け狐』の巣にされてしまう」


 ミンタがようやく理解したようだ。両耳をパタパタさせて腕組みする。

「なるほどね。ちょうど、私が守備を担当していた、南の学校避難所に居座っている『化け狐』の巨大版になる……という事ね。あの渦が発生したら、交易船や客船は航行できなくなったり、大きな迂回航路をとらないといけなくなるわね。反面、観光の目玉にはなるけれど。海も透明度が上がるみたいだし」


 タカパ帝国は、衛星国や属国だけでなく様々な諸国と貿易を行っている。特に、陸運では面倒な燃料や食品の輸送では、海運が占める割合が高い。ちなみにミンタの実家は陸運業なので、少々微妙な立場ではあるが。


 ミンタの解説でペルやムンキンにラヤンにも、ようやく事の深刻性が理解できたようだ。レブンは先程から深刻そうな表情をしたままである。ムンキンが腕組みして、尻尾をグルグル振り回した。

「だけどよ、『化け狐』を追い払うとか、僕たちにできるのか? さらに巨大で強力な『化け狐』がやって来るんだろ?」

 ラヤンもムンキンの不安に同意して、同じように尻尾を振り回す。

「一時しのぎじゃ、意味は無いわよ。私たちが、ここにずっといる訳にもいかないし、シャドウやゴーレムに任せても、限度があるわね」


 海の妖精が、大きく半透明のクラゲ椀を上下左右に動かした。

「その頼みではない。我の魔力を手っ取り早く回復させたいのだよ。その手伝いを頼みたいのだ」


 顔を見合わせるレブンたちにクラゲ型の海の妖精が、流されている触手を海底方向へ曲げて示す。

「この真下の海底に、『宝物庫』がある。大ダコがクラーケン族や魚族の海賊と共にかき集めた魔法具が、数多くあるはずだ。君たちには宝物庫に入ってもらい、我の魔力補充に役立ちそうな宝物を探してきて欲しい。宝物庫に我が入ると魔法場の〔干渉〕が起きて、爆発したりする魔法具があるのだよ。君たちであれば、何とか対処できると見込んでの頼みだ。どうかね?」


 キラリと目を輝かせるレブンだ。先程までの難しい表情が、嘘のように消えうせている。

「宝探しですか、面白そうですね。僕はやってみたいな。皆はどう?」

 レブンの問いに、即座に賛成するムンキンとミンタ。彼らも目がキラキラしている。

「おう! 海の妖精が公認してくれるなら、断る理由がないなっ。やるぜ」

「魔法使いじゃない海賊が集めた宝物だから、大きな魔力を有する魔法具は期待できないと思うけど。でも、面白そうね。探検隊に加わるわよ」


 一方で渋い顔をしているのは、ラヤンであった。尻尾を振り回しながらジト目になっている。

「宝泥棒への対策で、罠がたくさん仕掛けられているんじゃないの? ここにはサーバーがないから、簡単な〔治療〕しかできないわよ。死んだら〔石〕にして持ち帰るけど、それでも良いなら私は外で見物してるわ」

 異存はないレブンたち3人だ。


 最後に、ペルが片耳をパタパタさせて口元と鼻先のヒゲをモニョモニョ動かしながら、遠慮がちに口を開く。

「ミンタちゃんが予想するように、強力な魔法具はないと思う。魔力の属性についても、海賊や大ダコ君が価値があると判断している訳だから、水の精霊場を帯びている魔法具が多いと思う。なので、海の妖精さまに〔加護〕の目的で魔力支援を私たちに施してくれると、危険性も低くなるかも」


「なるほど」と思うレブンたちと妖精。妖精がクラゲ椀を上下に伸び縮みさせて、すぐに同意した。

「よかろう。我の魔力を支援してやろう。妖精契約ではないから、わずかな魔力支援に留まるが、それでも身を守るには役に立つであろうな」

 すぐに、レブンたち全員の〔防御障壁〕の表面に、ゆっくりと動く水の渦が発生した。海の妖精が簡単に解説する。

「かなり弱いが、水の〔加護〕を与えた。水の精霊魔法がこれで使いやすくなったはずだ。では、探索をよろしく頼む」




【海賊の宝探し】

 レブンが先頭になって海中を潜航していく。彼は魚族なので、セマンの姿のまま海中で変化している必要はないのだが……ここは他の生徒たちと同じ姿でいこうと考えているのだろう。なので、空気の玉のような〔防御障壁〕を展開している。

 後ろにはムンキンとミンタがぴったりと付き、その後ろにペル、最後尾にラヤンが少々呆れ顔でついていく隊列だ。


 潜るにつれて、急速に太陽光が届きにくくなり……青と闇の世界に変わっていく。

 魚の種類も海面辺りの細長いサワラのような形状の魚から、丸みのある鯛の仲間の魚に種類が移り替わっていく。イカだけは辺り構わず好き勝手に泳ぎ回っているが。

 それでも、魚の種類も数も圧倒的に少ない事が気になるレブンである。

「魔法場汚染の影響かな。誘爆させないように注意しよう」


 しばらくの間、周囲をアンコウ型シャドウに探索させた後で、ようやく安堵した表情になった。

「良かった。アンデッドや海賊の残党はいないね。罠にさえ気をつけていれば良さそうだな」

 ムンキンは少し不満の様子だ。尻尾をグルグル回している。

「なんだよ。敵影なしかよ。拍子抜けだな」


 ミンタも肩透かしを食らったような仕草をしている。金色の毛が交じるフサフサ尻尾が、ムンキンと同じくグルグル回っている。

「残念ね。でもまあ、大将の大ダコ君が死んだから、こうなるのは当然か。アンデッドが残っていたとしても、今はもう、ただの死体か骨だろうし」

 ペルが同意する。

「そうだね、ミンタちゃん。術者が死亡してるから、アンデッドはいないよね。海賊も逃げ散ってしまったのかな」


 なおも周囲を警戒しているレブンがうなずく。

「アンデッドじゃない海賊は、もう逃げたようだね。手ぶらで逃げるとは思えないから、宝物庫が空になってる可能性が高いかも」

 ムンキンが少し顔を険しくした。

「ん? って事は、目ぼしい魔法具は、もう持ち逃げされてるって事か?」

 レブンがセマン顔の髪を手でかく。

「だろうね。でもまあ、強力な魔法具は持ち出せないはずだよ。それが残っていれば良いけれど。あ。見えてきた。皆、海中用に視覚の調整を済ませておいてね。今のままだと、暗すぎて見えにくいでしょ」


 レブンの指示通りに、全員が視覚の調整をソーサラー魔術を使って行う。

 明るく明瞭になった視界に、海底に広がる大きな廃墟の町が見えてきた。海の妖精が、触手を互いに巻きつかせてモジモジさせながら弁解する。

「海賊の本拠地だ。色々あって、我がこの町を破壊してしまったのだ」


 確かに妖精の言う通り、町は完全に瓦礫の山と化している。〔精霊化〕や〔妖精化〕も徹底したようで、魚を含めて生きている者の気配がまるでない。


 ミンタがかなり呆れた表情になって、眼下に広がる廃墟を見回した。

「海賊の本拠地って事だから、かわいそうとは思わないけれど……それでも壊し過ぎよね」

 ムンキンもかなり落胆した様子だ。

「だよな。一応、〔探知〕魔法をかけたけど、魔法具らしき反応は1つもないな」


 半欠けのクラゲ椀型妖精が丸くなってモジモジしている。

「もしかして、我が目的の魔法具ごと町を粉砕してしまったのか?」

 それについては、レブンが否定してくれた。先頭を進んでいたが、後ろを振り向いて妖精に微笑む。

「この町の家には魔法具は元々ないと思いますよ。魔法具は高価ですから、人の出入りが激しい住居には置いていないはずです。あるとすれば、宝物庫や武器庫でしょう」



 瓦礫の山になっている町の上、数メートルの海中をゆっくりと回るレブンたち。町のあちらこちらで、深い亀裂が走っているのが確認できた。溝の幅と深さは10メートルほどで、長さは200メートルも伸びている。まるで町を切り刻んだような印象だ。

 視線が自然と海の妖精に集まっていく。再び海の妖精が姿を丸くして、モジモジする。

「……すまぬな。調子に乗って町を切り刻んでしまったのだ。今は少し反省しておる」


 レブンがジト目ながらも微笑んだ。

「そうでしたか。海賊の本拠地を攻撃して下さった事は感謝しますよ。敵の戦力が、これでかなり減ったのは間違いありませんから」

 そう言いながらも首をかしげる。

「でも、その割には残留思念が見当たらないなあ。これだけの大破壊が起きたら、死者の数も相当多いはずなんだけど。あ……」

 そして冷や汗をかいて、セマン頭を手でかく。

「……そうか。ここで死んだ海賊も、大ダコ君がアンデッドにしたのか。なるほどね」


 しばらくして、周辺を探索していたレブンのシャドウが戻ってきた。報告を受け取ったレブンの明るい深緑色の瞳がキラリと光る。

「魔法具の反応が見つかりました。この先の丘に生じた亀裂の中からです」

 ムンキンが妖精にニヤニヤした顔を向ける。

「良かったじゃないか。町を切り刻んだおかげだな」



 町の外れにある丘にも、数本の深い亀裂が走っていた。その1本が、地下の施設に届いている。

 ここは、以前にチューバがセマンの男や海賊と共に、潜入した施設であった。しかし、レブンたちには知る由もない。

 丘には、砲台やら魚雷発射台がいくつかあったが、全て機能を喪失してガラクタになっていた。念のために、レブンとペルがシャドウを放って確認する。

「お金になるから、ごっそりと持ち去られてしまっているね。砲身や砲弾、魚雷も全て残っていないや」

 レブンのシャドウからの観測情報に、ペルも同意した。彼女も子狐型のシャドウを手に乗せて、報告を受け取る。

「そうだね。砲台は全て使えない状況だね。多分、施設内も同じだと思う」


 ペルの予想通り、亀裂の中から見える施設内部にも盛大に略奪が行われた跡が残っていた。ドアや机、壁紙や照明灯に床のタイルまで、見事に引き剥がされている。

 それを見て、大いに落胆するレブンとムンキンだ。

「あああ……何て事だよ」

「時間の無駄だったかもな、なあ、レブン」


 背中を丸めてブツブツいっている2人の後ろに浮かんでいるミンタも、かなり落胆しているが、ある程度は予想していたようだ。口元と鼻先のヒゲを片手で撫でて、片耳をパタパタ数回動かす。

「人魚族の村と同じかあ……ま、こうなるわよね」

 ラヤンに至っては、ドヤ顔になっているようにも見える。

「素人が泥棒の真似なんかしても、プロには敵わないって事ね」


 しかし、ペルは何かを感じ取った様子だ。鼻先のヒゲをピコピコ動かして、両耳をピンと立てて施設内部に向けた。肩に乗っている子狐型のシャドウも同じような仕草をしている。

「……魔法具の反応はあるよ。まだ、この中に残っているんじゃないかな」

 ミンタがまだ両耳を伏せたままでペルに顔を向けた。尻尾はダランとしているままだが。

「そうね。私も魔法場を〔察知〕したわ。探検するだけしてみましょうか」


 海の妖精には、「施設内へ入らずに外で待機するように」と、レブンがお願いする。妖精も一緒に潜入したがっている様子だったが、渋々納得した。

「……むう。確かに、今の我が入ると、触手に触れて全てが海水になったりヒトデに変わったりする、か……」

 レブンがペコペコ頭を下げてご機嫌を取っている。

「すいません、海の妖精さま。狭い場所ですので、うっかり触手に触れてしまう恐れが高いのです。どうか、外で待機していて下さいませんか」


 ミンタとムンキン、それにラヤンは、ジト目になってレブンと妖精に文句を言いたそうにしているが……ペルがパタパタ踊りをしながら抑え込んでいる。

 そのおかげで、妖精も素直に同意してくれた。長く伸びて海流にたなびいている100本ほどの半透明の触手を、これ見よがしに見せつけて、半欠けクラゲ椀を上下に揺らす。

「仕方あるまいな。宝物庫の手前まで入りたかったのだが、外で待つとしよう。上首尾を期待しておるぞ」


 一応、連絡係としてムンキンが紙製ゴーレムを1体、妖精の側に残そうとしたが……触手を振られて断られた。首をかしげるムンキンに、妖精が答える。

「この辺りは、時々海流の向きが変わるのだ。わが触手に触れてしまう恐れがある。我の心配は無用だ。君の全魔力を以って探索に専念してくれ。その方が、良い成果を期待できるだろうからな」

 まあ、確かにその通りなので、反論せずに素直に従うムンキンだ。

「分かったよ。僕の魔力よりも、妖精さまの方が桁違いに大きいしな。もし、何かあったら、施設内へ避難してくれよ」


 町全体を見渡してみても動く者や魔法場の気配がないのだが、ラヤンだけは不安を感じているようだ。小さな布製の〔式神〕を〔結界ビン〕の中から1つ取り出して、強引に妖精に押しつける。

「わがままいわないの。黙って従いなさい。この〔式神〕は、私と直通回線を結んでいるから、何か起きたらすぐに知らせるのよ、いいわね?」

 渋々受け入れる妖精。

「むむむ……我は、妖精の中でも上位の魔力を誇るのだぞ。今は確かに弱っているが、不死である事には変わりはない。……だが、この依頼は我が発したものだ。仕方あるまい、受け入れてやろう」


 ジト目のままのラヤンだ。尻尾がブンブン回っているので、かなり不機嫌なのだろう。それでも、特にこれ以上何も言わない。レブンたちにジト目視線を向けた。

「それじゃあ、さっさと宝探しするわよ。どうせ、大した魔法具なんか残っていないだろうけど!」



 ラヤンの言う通り、施設内部はごっそりと物品が持ち去られた後だった。

 ドアですら、蝶つがいと、それをドア枠に固定するネジごと持ち去られている。机やイスに棚に至っては1つも見当たらない。


 ミンタが肩をすくめて部屋を見て改めていく。水中なので、空気の玉型の〔防御障壁〕を小さくして、動きやすくしているようだ。

「本当に、一切合切、略奪してるのね。ネジなんか売っても二束三文にもならないのに」


 爆発が起きていたようで、壁や天井に亀裂が走っている。破片もかなり大量に床面に落ちて散乱していた。ヒトデが多く見られる。半数以上は粉々になっているが、生きているモノもまだかなり残っていた。

 それらのヒトデを見たミンタが、鼻先のヒゲをペタリと顔に貼りつけて怪訝な表情になる。

「これって、〔妖精化〕で生じたヒトデよね。元は海賊か。第二の人生を楽しんでね」


 しかし、レブンがそれを否定した。少し顔が青ざめている。

「違うよ、ミンタさん。死霊術場を帯びてる。これ『バンパイア』だよ。多分、〔バンパイア化〕した人が、〔妖精化〕で崩壊してヒトデになったんじゃないかな」


『バンパイア』と聞いて、全員の表情がこわばった。ミンタがジト目になる。

「つまり……バンパイアがいて、そいつが〔妖精化〕されていく間に、海賊に噛みつきまくった……って事ね。噛みつかれた海賊もヒトデになって、ここがヒトデだらけになったと。なるほどね、この施設の破壊具合も納得。さぞかし大パニックだったでしょうね」


 ミンタを守る〔防御障壁〕にもなっている卵型の空気の玉は、外にいた時よりも半分以下の大きさになっていたが、特に支障は出ていないようだ。狐族も竜族も肺呼吸なので、水中では溺れて窒息してしまう。そのために全身を空気の玉で包んで〔防御障壁〕化している。

 小さくなると、その分だけ空気の量が減るので呼吸に支障が出そうなものであるが、そこは魔法で上手に調節しているのだろう。さらに、水圧への対処も兼ねている〔防御障壁〕なので、ちょっとした個人用の潜水艇のようなものだ。


 ラヤンからの連絡が音声型の〔念話〕で入って来た。

「バンパイアの成れの果てがいたわよ」

 すぐに、その現場映像が手元の〔空中ディスプレー〕画面に映し出される。爆発の影響か、床には大小のコンクリートやレンガの破片が散乱していて、足の踏み場もない有様だ。ヒトデの破片もかなり大量に見られる。

 その中に半分瓦礫に埋まる形で、魚族の男の頭が2つ転がっていた。首から下は見当たらない。

 男の頭は、口を大きく開けてラヤンを威嚇している様子だ。口の中にはバンパイアの証拠ともいえる鋭い二対の牙が見えている。両目も赤く光っていて攻撃する気満々のようだ。あいにく手足がないので、唸るだけしか出来ていないが。


 念のために少し距離をおいて2つの頭を観察していたラヤンが、ため息をつく。

「バンパイアでも〔妖精化〕は止められないのね。誰がバンパイアにしたのか知らないけれど……酷い事をするわね、まったく」

 2つの頭には、大小のヒトデが貼りついている。ゆっくりと育っているようだ。

「多分、〔バンパイア化〕された後で、海の妖精が放った〔妖精化〕攻撃を食らったみたいね。さすがに死者だから、ヒトデになるのが遅いようだけど、時間の問題かな。明日には、全てヒトデになっていると思うわ」

 そして、映像を通じてレブンに聞く。

「ねえ、レブン君。何か調べたい事がある? なければ、かわいそうだから、さっさと〔浄化〕して灰にしてあげたいんだけど」


 画面の向こうで、レブンが即答で同意した。画面の端ではミンタがジト目になって、ヒトデをつまんでいる。

「〔浄化〕して下さい、ラヤン先輩。アンデッドでもバンパイアになると、ある程度の感覚があります。苦痛も感じるようになっています。『海賊の中に死霊術使いがいた』という事だけ分かれば、それで充分ですよ」


 ラヤンが簡易杖を取り出して、瓦礫の中に転がっている2つの頭に向ける。

「了解」

 小さな爆発が起きてバンパイアの頭が2つ、灰になった。水中なので周辺が灰と泥で濁ってしまったため、視界が利かなくなる。

「……安らかに眠りなさい」

 軽く黙祷を済ませてから、次の部屋の探索に向かうラヤンであった。


 レブンが改めて、施設内部の死霊術場の有無をシャドウと共同で調査する。しかし、反応はなかった。

「うーん、バンパイアを含むアンデッドは、他には見当たらないなあ。僕たちの他には、誰もいないみたいだね」


 手元の〔空中ディスプレー〕画面に映っているムンキンが、簡易杖をあちらこちらに向けて調査しながらレブンに告げる。

「僕たち以外にも、魔法具探しに来ていた海賊がいたんだな。で、バンパイアと〔妖精化〕攻撃に腰を抜かして逃げていった……って感じだと思うぜ。それでも、お宝は海賊が根こそぎ持ち去ってしまったみたいだけどな。ネジやドアノブまで持ち去るとか、どんだけだよ」

 実際、彼らの推測は結構当たっている。


 ミンタが画面向こうでムンキンの想像に同意している。彼女も簡易杖を向けて、宝探しの最中だ。何も見つからないので、ジト目気味になってきているが。

「そうだと思うわよ、レブン君。推測だけど、複数の宝物目当てのグループがいて、彼らがここで争ったって事かな。その中に死霊術使いがいて、海賊を〔バンパイア化〕させて競争相手を襲ったのかも。でも、そのバンパイアは既に〔妖精化〕攻撃を受けていて、バンパイアと噛まれた海賊が、こうして最終的にヒトデになったと。宝物は持ち出されてしまったから、今はもう誰もいないわね」


 ペルからもミンタと同じような考えを聞いて、うなずくレブン。

「そうだね。状況から考えて、そういう事かな。それじゃあ、罠にはくれぐれも気をつけて、魔法具の反応を探して下さい」

 すぐに、ラヤンから発見の知らせが届いた。

「見つけたわよ。かなり崩れているけれど、ここが宝物庫に間違いないわ。皆さん来なさい。でも、お宝が残っているかどうかは知らないわよ」


(さすが占道術クラスの生徒だなあ……)と感心しながら、ラヤンが待つ場所へ急行するレブンたち。

 施設の奥は、さらに爆発の影響で崩壊が酷くなっていたため、通路が瓦礫で塞がっていたりしている。おかげで、何度か迂回して遠回りして向かう事になってしまった。

(しかし、すごい爆発だな。瓦礫の位置からして、施設の外からの攻撃じゃない。施設内からの爆風と衝撃波で破壊されている。酷い混乱だったんだろうな)


 そのような事をつらつら思いながら、2分ほどかけてラヤンの待つ場所まで辿り着くレブン。結局彼が一番早く到着していた。ラヤンが少し呆れながらも微笑んでいる。

「さすが魚族ね。水中移動は手慣れているわねえ。私も、ここまで来るのに結構時間がかかったのに」

 レブンが恐縮して、それから周辺を見回す。

「うは。崩落しまくりじゃないですか。爆発が起きた場所は、ここみたいですね」


 天井が全て落ちていて、岩盤が露出している。壁も全て吹き飛ばされて粉々で、やはり岩盤が露出していた。床には大量の瓦礫が山積みになっている。

 壁の一部には大穴が開いていて、外の海中が見えている。そこから差し込む淡く青黒い光が、部屋を物悲しく照らしていた。

 部屋自体は、相当に大きい。奥行きと幅ともに15メートルほどもある。天井も高く、岩盤までは5メートルほどもありそうだ。床面には粉々になったヒトデが散乱していて、生きて動く影は何一つ見当たらない。


 まず最初にアンコウ型のシャドウを部屋の中で泳がせて、罠がないかどうか念のために確認する。同時に崩落する危険があるかどうかの強度検査もする事にした。

 その間にムンキンとミンタが到着し、最後にペルが息を切らせてやって来た。

「ご、ごめんなさい。道に迷ってしまって」

 ミンタが〔防御障壁〕を接続して、ペルの肩を直接「ポン」と叩く。空気の泡の〔防御障壁〕なので、接続や離脱が簡単だ。

「私も迷ったし、気にする事はないわよ、ペルちゃん」


 ムンキンも一言ペルを励ましてから、崩落しまくりの大部屋を見回す。

「すげえな。天井まで吹き飛ぶとか。それで、どうだよ、レブン。大部屋に入っても構わないのか?」


 レブンが手元の〔空中ディスプレー〕画面で観測結果をまとめていたが、その結果が出たようだ。明るい深緑色の瞳をキラリと輝かせる。

「うん、大丈夫だね。罠はあったけど、全て停止されてる。多分、ここにいた海賊たちが、ここの宝物を持ち去るために罠のシステムを切ったのかな。入っても問題ないよ。だけど、崩落の危険が高い区画は、今から安全処理するから、ちょっと待って」


 レブンがシャドウに命じて、天井のあちこちに〔闇玉〕を発生させた。これで、天井の岩盤が落ちてきても、〔闇玉〕に〔消去〕されて床まで落ちてこない。

 すぐにその処理が終わり、レブンがホテルのドアマンのように丁寧な所作でミンタたちを出迎えた。

「ようこそ、宝物庫らしき部屋へ。宝探しを始めよう」



【宝物庫ぽい部屋】

 真っ先に大部屋に突入したのは、やはりムンキンであった。簡易杖をあちこちに向けて、魔法具探しを始める。表情がすぐに明るくなった。

「お。魔法具の反応が多数あるぞ。どこだどこだ」


 ミンタとペルもすぐに大部屋に入って、簡易杖を振り回している。ペルの子狐型のシャドウも一緒になって、宝探しを開始する。

「わあ……確かに魔法具の反応がたくさんある。それに何だろ、イモータルの気配までするわね」

 ミンタが首をかしげる横で、ペルが早くも何か見つけたようだ。子狐型のシャドウが瓦礫の山の向こうで尻尾を振って、皆に手招きしている。

「あの辺りに何かあるみたいだよ、ミンタちゃん」


 レブンとラヤンも大部屋に入る。しかし、性格のせいなのか慎重だ。

 瓦礫の山の間にキラリと光る物体を見つけて、ソーサラー魔術の〔牽引〕魔術を使って引き寄せる。これは、ちょっとした〔テレポート〕魔術の一種で、瓦礫の奥にあるような物を〔ロックオン〕して、手元に引き寄せる魔術だ。もちろん、自身の魔力を使うソーサラー魔術なので、有効射程は3メートルちょっとしかないが。


 レブンとラヤンがそれぞれ手に引き寄せたのは、古びた金貨だった。レブンがセマンの髪を手でかいて、肩をすくる。

「うーん……金貨かあ。確かに、この部屋が宝物庫だったと分かった。だけど……この分では、やはり金貨のような財宝は全て持ち去られてしまった後みたいだね。残念」

 ラヤンも紺色のブレザー制服の袖で金貨を拭いて、本物かどうか確かめる。

「まあ、普通そうよね。でもまあ、記念品が手に入ったから私はこれで満足よ。魔法具だと、法術に〔干渉〕してゴミになる場合が多いのよね」


 ペルのシャドウが見つけたのは、大部屋の最深部にある扉だった。やはりここも爆発の影響で、大量の瓦礫とヒトデの破片で埋まっている。それをシャドウが適当に〔闇玉〕を放って〔消去〕し、扉までの通路をつくってくれていた。

 天井の崩落は最近起きたようで、扉には海賊が開けようとした痕跡が生々しく残っていた。爆破跡や鋭い何かで斬り裂こうとした跡が、扉とその周囲の壁一面にびっしりと付いている。


 その傷跡を呆れた様子で眺めていたミンタが、床に瓦礫と一緒に散乱している木片の山に視線を落とす。

「元々は『隠し扉』だったようね。木片の量から見て、大きな棚か何かを扉の前に置いていたみたい。でも、結局、扉をこじ開ける事ができなくて撤退した、というところかしら」

 ペルもシャドウを傷だらけの扉に貼りつかせて調査しながら、素直にうなずく。

「そうだと思う」

 そして、両耳を軽くパタパタさせて扉を見つめた。

「扉には対物理攻撃と各種魔法用の〔防御障壁〕が組み込まれているね。そんなに難しい術式じゃないけど、面倒だから、〔闇玉〕で扉を〔消去〕しちゃおうかな」


 ミンタが金色の毛が交じる尻尾をゆっくりと振って、軽く肩をすくめる。

「それで良いんじゃない? 術式〔解読〕と〔解除〕とか面倒だし。強力そうな自動反撃の術式は見られないから、派手にやっちゃえ」


 ペルが扉に簡易杖を向けてシャドウを避難させる。鼻先のヒゲが左右非対称にピコピコ動く。

「〔電撃〕の自動反撃魔法は、一応かかっているけどね。それじゃあ、やっちゃいます」


 音もなく、ペルの簡易杖の先から数個の〔闇玉〕が撃ち出された。直径20センチほどのソレは、音もなく扉に衝突して、やはり音もなく大穴を開けていく。

≪バリバリバリ!≫

 大部屋じゅうに青白い電光が走った。

 扉があった周囲の海水が電気分解されて、大量の塩素ガスなどが発生する。普通であれば、それだけで即死するほどの塩素濃度と電撃だ。


 しかし、ペルとミンタは卵型の空気の玉の中で平然としている。子狐型のシャドウも、塩素ガスの泡が大発生している海中で、平然と身づくろいをしている。


 大部屋の中にいるムンキンとレブン、それにラヤンにも〔電撃〕が容赦なく襲い掛かったが……これも全て空気玉の〔防御障壁〕で遮断している。次いでやって来た塩素ガスの泡の群れも、難なく受け流している。しかし、ジト目になるレブンだ。

「乱暴すぎだよ。この部屋はすでに、天井やら壁の強度が弱くなっているんだよ。崩落したら、あ……」


 《ガラガラガラ……》

 案の定、天井が砕けて、大量の岩塊が降ってきた。〔闇玉〕では防ぎきれない量だ。レブンがムンキンと視線を交わして、面倒くさそうに簡易杖を上に向ける。


 大地の精霊魔法が発動した。落下してくる岩塊が互いに接着して、変な形状の柱になる。同時に〔闇玉〕の防御陣を消去した。

 その変な柱は、床を覆っている瓦礫片とも接着して、何とも不思議な形状の岩の柱になってしまった。変な柱はさらに伸びて、崩落した天井にも届き、崩落を抑える支柱のような役割をする。

 例えるならば、『大量の鍾乳石が天井と床をつないでいるような見た目』ともいえるかもしれない。石灰岩ではなくて通常の岩石であるために、鍾乳石のような優美さは全くないが。


 かなりの瓦礫が変な柱の材料にされたので、大部屋の見通しが良くなった。大部屋の入口付近にまだいるラヤンからも、最深部の傷だらけの扉が見えるようになる。

 ラヤンが大部屋の床の隅に挟まっていた金貨を、もう1枚拾い上げて、尻尾を軽くクルクル回す。上機嫌らしい。

「ちょっとした観光地にできそうね」


 傷だらけの扉に開けられた数個の大穴は、カウンター防御魔法の術式も破壊してしまったようだ。〔電撃〕と塩素ガスはそれっきり発生しなくなった。

 扉の内部と水圧が違っていたようで、扉の穴から海水が噴き出してくる。ミンタがジト目になって、噴き出してきた海水が、瓦礫や変な柱を溶かしていくのを見つめる。

「溶解液かあ。また古典的な罠よね。魔法が使えない海賊だから、まあ、こんなものなのかしら。拍子抜けだわ。それじゃあ、今度は私が対処するわね、ペルちゃん」


 ペルが念のために、子狐型のシャドウを自身を包む空気の玉の中に呼び込んで、扉の前から離れていく。

「うん。それじゃあ、お願い」

「ほいな」

 ミンタが一声返事して、簡易杖をチョイと振った。


 あっという間に、瓦礫と変な柱の溶解が止まり、扉の穴からの海水の噴出も止まった。扉の奥から、何かの破裂音がする。

「魔法具による溶解液噴出ね。その魔法具を光にしたから、観光資源は無事よ。不細工な岩の柱だから、観光客が寄ってくるとは思えないけれど」


 ペルが〔闇玉〕をさらに10個ほど撃ちこんで、扉を周辺の壁ごと完全に〔消去〕する。部屋の中が外から丸見えになった。

 部屋は奥行き10メートルほどもある、ちょっとした大部屋だった。内部は全く荒らされておらず、多数の本棚がある図書館のような構造だ。棚にはびっしりと魔法具が収められている。

 部屋の中央部には、特に貴重な品を収めていると思われる岩石製の大きな収納箱が見えた。


 ペルが片耳をパタパタさせて、棚の上に数多くの迎撃用魔法具が設置されているのを発見する。どこからか魔力を得て起動しているタイプのようで、この廃墟の中でも術式が起動している。

 それらの魔法具からの魔法場を確かめながら、ペルが隣で目をキラキラさせているミンタに告げる。

「まだ自動迎撃魔法の〔防御障壁〕が数枚かかってる。じゃあ、これもついでに〔消去〕しておくね」


 さらに数発の〔闇玉〕を部屋の中に撃ち込む。〔防御障壁〕があっけなく消滅した。さらにその〔防御障壁〕を発生させていた魔法具も、数個ほど消滅する。


 続いて、子狐型のシャドウを先に部屋の中へ飛び込ませた。棚の上と天井と床、それに壁の一部に侵入者迎撃用の自動追尾型ミサイルポッドが数個ほど設置されていたので、これらも〔闇玉〕で掃除していく。

「これで、もう入っても大丈夫だと思う」


 ムンキンがレブンとラヤンを連れて、ようやく合流した。宝物庫の様子に目をキラキラさせて、隣のレブンの肩を《バンバン》叩いている。

「おう、結構残ってるじゃないか。じゃあ、遠慮なくいただこうぜ、レブン」

 レブンも思わず口元と目元をマグロに戻しながら、元気よくうなずく。

「そうだねっ。何があるかな~」


「キャッキャ」と浮かれて、宝物庫へ空気玉に入ったまま突入していく2人だ。その後ろ姿を少々呆れた顔で見送っているラヤンが、ペルとミンタに顔を向けた。

「しっかし、闇の精霊魔法って凄いのね。罠を頑張って仕掛けた、海賊さんの気持ちにもなりなさいよ」


 何かよく分からない指摘を受けているペルである。軽くパタパタ踊りを始め出した。

「え? ええ!? だって、外で海の妖精さんが待ちぼうけしているから、時間がもったいないよお」

 ミンタがラヤンと目を交わして、軽く微笑む。

「ラヤン先輩がいったのは、便利過ぎる魔法は、慎重に使えって事よ。他の魔法使いから嫉妬されやすいし、闇の精霊魔法それ自体が『悪い魔法』っていうイメージだからね。警戒されて嫌がらせを受ける恐れがあるのよ」

(それをミンタがいうか……)とラヤンがジト目になっているが……素直にうなずくペルであった。

「そ、そうだね。うん、分かったよ、ミンタちゃん。私も最近、気が緩んでいた気がするし」



 ムンキンとレブンが、20個ほどある大きな収納棚を引っかき回して魔法具を取り出し、それを〔結界ビン〕の中に次々に押し込んでいる。その様子をラヤンが横目で見ながら、ミンタとペルに促した。

「ほら、アンタたちもさっさと宝探ししてきたらどう? もたもたしていると、あの2人に全部取られてしまうわよ」


 ミンタがペルと顔を見合わせて、肩をすくめて尻尾をクルクル回す。

「後で山分けするから大丈夫よ。鑑定は魚族や竜族みたいな、水に縁の深い種族に任せた方が確実だし。それに、ここにある魔法具の大半は、水の精霊場を強く帯びているから、海の妖精さんに渡すべきだしね」

 思っていたよりも冷静なミンタに、内心残念がるラヤンであった。もちろん、そのような感情は顔には出さず、素敵な笑みをミンタに投げる。

「そう、それは良い心がけだわ。感心、感心」


 そう言いながら海の妖精に、ラヤンたちが宝物庫に到着して収集していると知らせる。そう送信しながら首をかしげた。

「あれ? 妖精さん、忙しく泳ぎ回っているわね。よっぽど暇なのかしら」


 ペルが妖精がいる方向に簡易杖を向けて、「びくっ」と全身の毛皮を逆立たせた。黒毛交じりの尻尾も見事に竹ホウキ状態になっている。

「わ! 『化け狐』の大群に追いかけられてるっ」

「はあ!?」

 ミンタが怪訝な表情になって、ペルが簡易杖を向けている方向に彼女の簡易杖を向ける。すぐに同じように尻尾が竹ホウキ状態になる。

「げ……ヤバイじゃないの。巨大な『化け狐』が次々に、ここへ向かって泳いで来ているわよ」


 ラヤンは残念ながら、そこまで精密な〔探知〕魔法が使えない。竹ホウキの狐娘2人の表情を見て、状況を察する事にしたようだ。

「それじゃあ、さっさと宝探しを終えましょう」

 〔指向性会話〕魔法を、目をキラキラさせて宝物を収集中のレブンとムンキンに使う。

「おい、さっさと収集しなさい。水の精霊場を帯びている魔法具は、手当たり次第に妖精さんに〔テレポート〕して渡しなさい。鑑定する暇はないわよっ」


 外の状況は、妖精の半欠けクラゲ本体に貼りつけていた布製の〔式神〕を通じて、大よその事が分かった。ラヤンが半眼になって反省している。

「私とした事が。〔式神〕に周囲の警戒をさせるのを忘れていたわ。通信限定にしてた。まさか、もう『化け狐』がやって来るなんて想定していなかったし、仕方がないわよね、うん、そうよね」

 ミンタとペルが視線を交わして、真顔になった。コメントもしない。


 代わりに、レブンが〔指向性会話〕魔法で返信してきた。

「了解です、ラヤン先輩。妖精さんの座標は捉えていますので、手当たり次第に、ここの宝物を〔テレポート〕して送りつけますね」

 ムンキンは若干残念そうな声色で返信してくる。

「う……仕方がないな。分かった。僕もここの宝物を片っ端から〔テレポート〕してみるよ」


 そう返信し終わるや否や、レブンとムンキンが宝物が収められている大きな収納棚ごと、次々に〔テレポート〕して飛ばし始めた。思い切った方法だが、一番手っ取り早い。

 棚が次々に消えていくので、奥行き10メートルほどの宝物庫の見晴らしが良くなっていく。15秒ほどで、全ての収納棚が〔テレポート〕されてしまった。残っているのは、部屋の中央にある岩製の大きな収納箱だけだ。これは、〔テレポート〕処理を保留する。


 ミンタが岩製の収納箱に近寄って、簡易杖をかざす。

「……この中からイモータルの気配がするわね。組織片か何かが入っているみたい」

 ムンキンも近寄って来て、同じように簡易杖をかざす。

「だな。だけど、生命の精霊場は感じられない。死霊術場も感じられないな。魔力源として使う電池のような物じゃないか、これって。この部屋の防御や迎撃魔法具の魔力源だろ」


 ラヤンは宝物庫の入口付近に浮かんだままで、手元の〔空中ディスプレー〕画面を通じて見ている。

「それじゃあ、これも妖精さんに〔テレポート〕して渡せば良いわね。魔力電池なら好都合だわ」


 レブンとペルも遅れて岩製の収納箱のある場所へやって来た。ミンタとムンキンと同じように自身の簡易杖を収納箱にかざす。

「妖精さんに渡すのは僕も賛成だけど、その前に、この岩の収納箱に封じられている、大地の精霊を何とか処理しないといけないね」

 ペルもうなずく。

「うん。これって多分、以前に学校を襲撃してきた精霊の、怒り成分が分離した物だと思う。魔法場が一致してる」


 ミンタが鼻で笑った。

「ふふん。じゃあ、簡単ね。ちょっと私に任せなさい」

 ペルやレブンが止めるのも聞かずに、簡易杖を岩の収納箱に向けて〔マジックミサイル〕を至近距離で連射した。


 爆炎が岩の収納箱を包み込んで、周辺の海水が瞬時に水蒸気に変わる。次の瞬間、宝物庫が吹き飛ぶほどの大爆発が起きた。

 ミンタたちは〔防御障壁〕を展開しているので無事なのだが、宝物庫の床や壁が高熱で溶けてしまった。天井は完全に爆発で吹き飛ばされて、外の海中とつながってしまっている。

 その元天井の大穴の向こうに、50匹余りの『化け狐』の大群に追い回されている半欠けクラゲが見えた。右往左往して逃げまどっている。


 ラヤンが心底呆れた表情をしながら、半欠けクラゲを見上げた。

「やっぱり、これっぽっちの魔法具じゃ魔力の回復は無理だったわね。大人しく『化け狐』の餌になるしかないかな、もう」


 しかし、爆炎が収まった爆心地に平然と浮かんでいるミンタはドヤ顔になっていた。岩の収納箱から、真っ赤な岩の塊が生えてきている。大地の精霊の怒り成分だ。それに簡易杖を向ける。

「大地の精霊は、熱を帯びた風に弱いのよね。さあ、出てきなさい」


「ボコッ」と、音を立てて大きな真っ赤な溶岩状の塊が、岩の収納箱から飛び出してミンタに襲い掛かってきた。それを〔テレポート〕魔法陣で包んでどこかへ飛ばしてしまう。

「故郷の大深度地下に返してあげたわ。ちょうど、ノームの秘密研究所の座標が残ってたから、そこに転送。ミュオンを使った〔テレポート〕だったけど、上手くいったわね」

 ムンキンがニヤニヤしている。

「おお。あの場所か。大地の精霊にとっては最適だな」


 そして、ただの岩の収納箱になったので、ムンキンが遠慮なく叩き壊した。中にはコハクの板が1枚あり、その半透明な板の内部には1枚の大きなウロコが封じられている。

 それに簡易杖を「ツンツン」当ててみる。簡易杖が爆発して粉々になった。ジト目になるムンキン。

「げ。確かに尋常じゃない量の魔力を帯びてるぞ。分類不能の魔力だな。やっぱり、ミンタさんの予想通り、イモータルの体の一部か」


 ミンタも慎重に簡易杖を近づけて調べてみる。しかし、大した情報は得られなかったようだ。鼻先のヒゲが心持ち垂れてしまった。

「ドラゴンのウロコでもなさそうね。ドラゴンのゴーストや糸が帯びている魔法場と違う。何か別のイモータルみたいね」


 そして、〔テレポート〕魔法陣でウロコを包み込んだ。大きく開けた天井から見える、『化け狐』の大群に追われて逃げ回っている半欠けクラゲを見上げる。

「これなら、かなりの魔力補給ができるわね。じゃあ、〔テレポート〕させるわよっ」


 次の瞬間。ウロコが魔法陣ごと消えて、天井がまぶしく輝いた。半欠けクラゲが太陽のように強く発光し始めている。ペルたちの視線がミンタに集中したので、さすがにドヤ顔を止めた。

「ま、まあ……こういう事もあるわよ」



 宝物庫の入口にいるラヤンから、中央にいるミンタたちに〔指向性会話〕魔法が飛び込んできた。

「宝探しは終了。さっさと外に出るわよ、1年坊主たち」

 レブンが顔を魚に戻したままで、少々慌てながら同意する。

「そ、そうですね。海中の精霊場が爆発的に急上昇しています。下手すると、僕たちも海水やヒトデにされてしまいますよっ」

「うひゃあ……」

 魚族のレブンが言いうので、顔を真っ青にさせるミンタやムンキンたちだ。慌てて、大穴が開いている天井の開放部から外へ飛び出した。そのまま緊急浮上する。


 ミンタが尻尾を竹ホウキ状態にさせて、パタパタ踊りを始め出した。

「う、わ。〔テレポート〕魔法も魔法場の混線で使えないわよ! 浮上速力を最大にしなさいっ。圧力調整を失敗して窒息しても、ヒトデになるよりマシよ!」

 そういって、一番魔力が弱いラヤンに〔防御障壁〕ごと体当たりして、そのまま抱きついた。狼狽して目を白黒させているラヤンに、鋭い視線を向ける。

「その浮上速度じゃ、手遅れになりかねないわっ。窒息して魔法酔いするだろうけど、我慢してね、ラヤン先輩!」


 レブンのマグロっぽい目に、周囲を泳いでいる鯛やイカなどの体から、ヒトデが大量に湧き出してきたのが映った。小型の『化け狐』からも大量のヒトデが湧き出ている。別のサワラのような魚や『化け狐』は、〔海水化〕して溶けて消え始めた。

「う、海の妖精さまっ! ちょ、ちょっと待って、待って下さいっ」



 海面が漂うヒトデで埋まり始めた中、勢いよく空中に脱出するミンタたちであった。

 すぐに〔防御障壁〕を解除して、自身の状態を慌てながら確認する。

「な、何ともない……わね」

 ミンタが安堵したのか脱力して、抱えていたラヤンを落としてしまった。窒息状態なので、声にならない悲鳴を上げて、ラヤンが海面ギリギリで止まる。


 すぐに波高3メートル級の波が覆いかぶさってきたので、慌てて上空へ避難していく。

 涙目になって尻尾と両手両足をブンブン振り回しながら、法術で潜水病を自力で〔治療〕して窒息状態を治し、そのままミンタに食ってかかった。

「ば、ばかっ! いきなり離すなあっ」


 ミンタが笑ってごまかす。

「あ、あはは……ごめん、ごめん。先輩って、意外にしぶといのね。今頃は血管じゅうに気泡が発生しまくって、瀕死になってるかと思ったんだけど」


 ムンキンとレブン、ペルも顔面蒼白のまま、茫然と空中に浮かんでいた。自動で自身の状態を〔診断〕して、やはり潜水病を発症していたので、自己〔治療〕を施す。

 30秒ほどかけて肺から血が混じった水を排出して、声が出せないパニック状態から平静さを取り戻したムンキンが、怒りの目を海中のクラゲ妖精に向けた。尻尾がこれ以上ないほどの勢いでブンブン回っている。

「こらあっ! 全滅するところだったじゃないかあっ! 何を考えてんだよ、このバカ妖精!」


 さすがにペルとレブンも、ムンキンの叫びを抑え込む気力はない様子だ。窒息状態から回復したばかりで、まだ目の焦点が定まっていないまま、キョロキョロと周囲を見回している。


『化け狐』の大群が、上空と海中それぞれ一目散に逃げ散って行くのが見えた。体長100メートル級の『化け狐』も10体ほど迫っていたが、これらも逃げていく。

「……とりあえず、『危機は去った』という事で良いのよね」

 ミンタが鼻先と口元のヒゲを両手で撫でて整えながら、海面に浮かんでいるクラゲに聞く。


 クラゲは今や完全体になっていて、半透明の白っぽい満月のような姿だ。クラゲ椀の直径もいきなり15メートルに育っていて、文字通り無数の半透明の触手を海面一杯に伸ばしている。相変わらず、目や口はないのだが、ちゃんとした声で返事が返ってきた。

「そうだな。『化け狐』どもは、全て逃げ帰っていったよ。これで、この海域は安全だ」


 それでもなお、ラヤンは険しい表情のままだ。まだ少し、水が肺の中に残っているようで、法術を再度使用して〔治療〕する。

「げほげほ……それは良かったわね。で、私たちも無事なのよね。海水になったりヒトデになったりしないわよね」


 目下、一番聞きたい情報なので、ミンタたちもかたずを飲んで眼下の波間に揺れている巨大クラゲに視線を集中させる。そっけない返事が、そのクラゲから返ってきた。早くも妖精らしい傲慢さが鼻につき始めてくる口調だ。

「水の〔加護〕を我が与えておいたであろう。直接、我に触れぬ限りは、心配無用だ。本来ならば、その無礼な物言いだけで、充分に罰する動機になるのだがな。今回の活躍に免じて見逃してやろう」


 ほっとするラヤンたち。巨大クラゲが更に巨大化し始めた。触手の数も今や1000本に達する勢いだ。

「うむ。最後に得た魔法具が効いたようだ。これは……おお、なるほど。龍の顎の下にある『逆さ向きのウロコ』だったか。道理で桁違いの魔力を帯びている訳だわい」


 勝手に喜んでいる声色の海の妖精だ。『龍』と聞いて、ミンタがジト目になる。

「げ……やっぱりイモータルの脱皮殻だったのね。古代語魔法の授業で知っただけだけど、相当に危険なイモータルみたいよ。杖が爆発するのも分かるわ」

「龍って、太陽風とか銀河風の精霊なら見た事があるけど……イモータルにも龍って居るんだ」

 キョトンとして顔を見合わせている、ミンタ以外の生徒たち。


 これには海の妖精も意外に感じたようである。

「ん? 知らぬのかね?……まあ、確かに龍は陸上では見かけぬか。良かろう、簡単に説明してやろう」

 ミンタが止めるのも聞かずに、勝手に海の妖精の説明が始まった。ちょっとジト目になる生徒たちだ。


 龍に限らず、ほとんどの絶対不死生物であるイモータルは、ドラゴンや魔神、巨人たちが棲む第6世界と呼ばれる異世界にいる。この獣人世界には『いない』ことになっている。


「しかし、君らが使うウィザード魔法は、魔神などイプシロンの魔力を借りて行使する。イモータルはイプシロンほどの強力な魔力は有しておらぬが、世界改変や因果律崩壊を引き起こすには充分だ。そいつらは、世界間を勝手に行き来しておるのだよ。一応、魔神どもの警察が監視しておるようだが、まあ、ザル監視だな」


 ここまで話した海の妖精が話をいったん止めて、半透明の満月型のクラゲ本体を伸ばしたり縮めたりした。

「……ん? 因果律崩壊の兆候が起きぬな。君らに誰か話した者がいるようだな」


 ついさっき、ハグ人形が仕出かしたばかりだ。互いに視線を交わして微妙な表情になるミンタたちである。一方の海の妖精は少し調子に乗り始めた。元々、おしゃべり好きなのだろう。

「まあよい。ちと空間を歪めて驚かそうと思ったのだが、残念じゃ。さて、話の続きだが……」

 声の調子が良くなっている海の妖精である。反対にミンタたちは難しい表情になって黙り込んでしまったが。


 そう易々と因果律崩壊を起こされては、たまったものではない。〔ロスト〕や〔妖精化〕とは別の意味で、因果律崩壊は厄介な現象だ。この世界から弾き出されてしまうので、普通の生命は素粒子に分解されてそれっきりになってしまう。

 さて。龍というイモータルだが、これは海生生物である。魔力を使えば飛行したり、土中を潜ったりする事も容易だが、様々な異世界を渡り歩いて海中を泳ぎ回っている。


「龍は、イカが好物なのだよ。それもクラーケン族がな。それで、たまにやって来る。おかげでクラーケン族が変な進化をして、あんな海賊上等の蛮族になってしまったがね。生き残るために魔力を強く帯びたせいじゃな」

「なるほど」と手元に〔空中ディスプレー〕画面を出して記録するレブンである。

「クラーケン族の海賊と魚族の自治軍との戦闘を、遠くから見た事があります。確かに、強力な精霊魔法を使いますよね。なるほど、元々は龍対策のためだったのですね」


「うむ」とクラゲ椀を伸縮させる妖精だ。会話の邪魔になるのか、波高3メートルの高波はなくなり、湖面のような緩やかな波に変わっている。

「無論、長居すると魔神どもの警察に見つかる。ゆえに数時間しか滞在しないがね。それでも、クラーケン族の進化を引き起こすほどには脅威だという事だな。まあ、今回の大ダコ騒動で、この海域のクラーケン族は絶滅してしまったが。さすがにゾンビにされる想定はしていなかったようじゃわい」


 すっかり波がなくなった海面に漂いながら、妖精が話を続ける。波音がしなくなったので、聞きやすい。

「さて。龍だが、基本的にはヘビと同じだ。魔力が高まると脱皮する。その脱皮殻も弱い魔力を帯びている。しかし、すぐに海水に溶けて分解してしまうがね。ちなみに、脱皮した海域は魔力が高まって、魚介類の楽園となる。その脱皮殻をすぐにコハクの中に封じ込めた物が、宝物庫に大量に収められておったのだよ。この処理をすれば、海水に溶けてなくなる事にはならぬからな」


 ムンキンとレブンが顔を見合わせた。

「……あ。棚の中にあった〔結界ビン〕の山の事か。確かに1000個ほどあったけど、そういう事かよ」

 ムンキンの残念そうな感想に、レブンも同意する。

「そんな魔法具だったら、数個ほど僕たちが確保しておくべきだったね。残念」


 海の妖精が少し愉快そうな口調になって告げた。

「残念だったな。全部、美味しくいただいたわい。まあ、それだけでは魔力回復には充分ではなかったが。ウロコや皮の破片じゃ、魔力量も大したことはない」

 実際……そのコハクに封じたソレは龍の接近を知らせるセンサーとして使われていた。魔力量が低いのも仕方がない。


「ただ、最後のコハク板は別だったがね。アレは、恐らく、龍の魔力の要の1つ、喉元の特別なウロコじゃよ。おかげで完全回復どころか、魔力強化までできたわい」

(いきなり発光したのは、そういう理由か……)と納得するレブンたち。余剰の魔力が光に〔変換〕されてクラゲ体から溢れ出たのだろう。半欠け状態だったクラゲが、完全体になった上に巨大化までしている。確かに魔力強化といえる現象だ。


 レブンが微笑んで海の妖精に話しかける。

「『海が豊かになる』という事ですよね。結果として良かったです。陸上で避難生活を送っている魚族の人たちも、復興を行いやすくなります」

 巨大クラゲが、より大きく半透明の満月型の椀を伸縮させて応える。

「うむ。君らには世話になったからな。それなりの便宜は図ってやろう」


 ミンタが少し深刻な表情で質問してきた。

「海の妖精さま。その龍ですが、どの程度の頻度でこの世界へやって来るのでしょうか? 私たちにとって脅威なのか、魔力契約を結ぶ事ができそうな相手なのか、少しでも良いので、お考えを述べて下さい」


 言われてみれば、その通りだ。ペルたちも一斉に、眼下に漂う巨大クラゲに注目する。

 しかし、クラゲの返事はそっけないものだった。数本の半透明な触手を海上に伸ばして、ヒラヒラ振る。

「我にも分からぬ。何しろ異世界のイモータルだからな。我の知る限りでは、龍と魔力契約を結んだ者はいないな。ドラゴンと違い、龍は孤独が好きなようでな。社会性も全くない。もっぱら海中を泳ぎ回るから、君らの社会には影響は及ばぬだろうさ。滞在時間も短いしな」


 少し残念そうなミンタである。レブンが次の質問をした。

「海の妖精さま。龍以外にもイモータルがこの世界へやって来る事はあるのでしょうか?」

 巨大クラゲが軽く伸縮する。

「当然だ。魔神どもの警備網はザルだといっただろう? そうだな、ちと負荷がかかるだろうが一瞬だから我慢しろ。見た方が手っ取り早いからな」


 次の瞬間。水平線いっぱいに異形の怪物が群れをなして移動している風景が見えた。上空にも、文字通り空を覆う勢いで、形容しがたい怪物の群れが縦横に飛び回っている。それは海中も同様だった。


 目を点にして驚愕しているミンタたちだが……その光景は1秒ほどで消えてしまい、いつもの穏やかな世界の風景に戻った。

 声も無くパタパタ踊りをしているミンタとペルに、危うく海中に落下しかけているムンキンとラヤン、完全にマグロ頭に戻っているレブンである。


 そんな彼らに、愉快そうな口調で巨大クラゲが告げた。

「〔察知〕できぬだけじゃな。まあ、こいつらは遊んでおるだけで、何も悪さはしない。魔神どもも、こやつら全てを捕まえる気は全くない。我の推測だが、この無数の第6世界のイモータルどもが、他の異世界に出入りしている事を利用して、君らが使うウィザード魔法や、世界間移動魔法が機能しておるのかも知れぬな」


 そして、おもむろに巨大な半透明クラゲの表面に、コハク板や宝珠、宝剣に魔法具や書物などが浮き上がってきた。

「宝物庫に収められていた物だが、返すとしよう。魔力は我が全て吸収してしまったから、ただの美術品や本になっておるがね」


 とりあえず、ミンタたちが空中からクラゲ本体に着地して、ポケットから〔結界ビン〕を取り出した。その中にコハク板や宝珠などを入れる。


 ミンタが心底ガッカリした表情になっていた。尻尾も両耳もヒゲも全て力なく垂れてしまっている。

「あーあ。本当にただの美術品になっちゃったわね。何のために苦労して宝探ししたのよ、もう」

 ペルがミンタの丸まった背中を撫でさすって慰めている。彼女も相当に落胆している様子だ。

「『化け狐』さんが、たくさん来てしまったもの。時間が足りなかったよね」

 レブンとムンキンも見るからに落胆している。こちらはもう声も出せないようだ。


 一方で、ラヤンだけは比較的元気である。魔力を失った魔法の本や宝珠などを、手際よく〔結界ビン〕の中にヒョイヒョイと収めながら、尻尾をクルクル回した。さすがに今は、床になっているクラゲ本体を尻尾で叩く事はない。

「ほら、さっさと後片付けしなさい。これだけの騒動を起こして冒険までやって、まだ不満とか。ありえないわよ。このガラクタは、後で考古学のアイル部長にでも押しつければ良いでしょ。もしかすると、何か学術的に価値がある物が交じっているかもしれないし」


 そう言って、ポケットから2枚の金貨を取り出して見せた。日差しにキラリと反射する。

「私は、これで充分だけどね」


 ムンキンとレブンが、うって変わってニコニコ笑顔になった。彼らもポケットから金貨を数枚取り出して見せる。こちらはラヤンと違って磨いて汚れを落としていないので、岩のような見た目だ。

「記念品は僕たちも確保してるぜっ」

「結構年代物の金貨みたいだよ。タカパ帝国が興る前の王朝時代の物みたいだ」


 ミンタとペルも口元を少し緩ませて、ポケットから金貨を数枚取り出した。こちらも岩みたいな見た目だ。

「金の含有量が低いのよね。前王朝の時代の金貨だから、こんなものなのだろうけど。売買は一応できるけれど、タカパ帝国内じゃなくて、外国の方が高く売れるわよ。それでも、これ1枚で帝都の屋台飯3回分程度だけど」

 やたらに詳しいミンタである。ペルが薄墨色の瞳を輝かせた。

「さすがペルちゃん。そうかあ、これ1枚で帝都で1日暮らせるんだ」




【運動場の簡易テント】

 ラヤンの言う『ガラクタ』は、全て考古学部のアイル部長にそっくり渡す事になった。申し出を取り次いだ校長が、目を白黒させている。ちなみにまだ運動場の簡易テント内で仕事をしていた。

 他の事務職員は半数以上が地下階の事務室へ移動し終わっているので、このテントも間もなく撤去される見込みだ。


 アイル部長に、〔空中ディスプレー〕画面を通じてガラクタの山を見せる校長。アイル部長はどこか別の施設の部屋で事務仕事をしていた様子だったが、目を皿にして画面に食いついてきた。

「お、おお!? これは、これは凄いですなっ。いったいどこで見つけたのですかっ?」


 レブンが代表して答えた。ミンタたちは後ろで笑いをこらえている。

「海賊本拠地があった町の宝物庫です。今は海賊も逃げ去り、廃墟になっていましたので、調べてきました。休校中の自由研究の題材になるかなと思いまして。どうですか、これ」

 校長がこめかみを押さえてジト目になって、レブンたちを見ている。後で説教を食らう事になりそうだ。


 一方のアイル部長は、日焼けで荒れた毛皮を興奮で逆立たせている。パタパタ踊りを必死で抑えている。

「そ、そうかね。『海賊の宝』というやつだね。すぐに職員を送って回収するよ。その廃墟の調査もしてみたいのだが、海賊はいないのだね?」


 海の妖精の姿が頭をよぎったが、ニッコリと微笑むレブンであった。

「はい。宝物庫は、落盤防止のために僕らで大地の精霊魔法を使い、補強措置をしてしまいましたが、それ以外の場所は現状を維持しているはずです」

 実は、その奥の部屋が天井が抜けるほどの大破状態なのだが……とりあえず黙っている事にする。


 アイル部長が手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作して何か通信していたが、すぐにガックリと肩を落とした。

「むう……調査申請をしてみたが、却下されてしまった。まだ教育研究省もテロ騒動のせいで混乱が続いているからね、しばらくは動けないかなあ。残念だ。レブン君、現場に魔法具がまだ残されている可能性はあるかね?」


 レブンがミンタと視線を交わした。ミンタが無言で首を振る。尻尾はクルクル回りっぱなしだが。レブンが「コホン」と軽く咳払いをして、口元をセマン状態にしながらアイル部長に答える。

「いいえ。残念ですが、もうほとんど残っていないと思います。僕たちが魔法で一括回収してしまいましたので、それに漏れた少数の魔法具や宝物くらいかと」


 その回答に、どちらかというと安堵している様子のアイル部長だ。

「そうかね。では、君たちが見つけてくれた海賊の財宝を検証する事に注力してみよう。発掘許可が下りない以上、その方が良いだろうね。ありがとう、じっくりと鑑定する事にするよ」


 アイル部長が〔空中ディスプレー〕画面を切った。校長がジト目になりながらも、まずは礼を述べる。

「動機がかなり不純なような気がしますが……とりあえず無事で戻ってきた事に感謝しますよ。これ以上、学校の生徒が事件を起こすと、この魔法学校の存続も危うくなりますからね。結果論ですが、今回こうして『宝物の発見』という功績も残せました。今回は、学校敷地内の草むしりで妥協します。魔法を使っても構いませんので、手早く済ませなさい」


 それでも面倒くさそうな顔をしているミンタの背中から、ペルがおずおずと顔を出して校長に聞いてみる。

「あの……まだ休校は続きますか?」

 現状は休校になっていて、授業も名目上は単位外の選択科目や講習会という分類になっていた。そのくせ、朝から晩までぎっしりと時間割が詰まっているが。


 校長が腕組みをして、白毛交じりの両耳を数回パタパタする。尻尾も同期して揺れている。

「帝都各地へ帰省している生徒たちが戻り始めるのが、明日以降になります。生徒たちの故郷では『魔法を駆使して、復興の大きな力になっている』という報告を多数受けています。ですので、生徒を引き留めたいと望んでいる被災地側との折衝次第という所でしょうか。それでも、今週中には学校を本格的に再開する予定ですよ」


 ペルも〔テレポート〕魔法を使って、たびたび故郷の村を行き来している。自律行動型の紙製ゴーレムや、ネズミなどの森の獣の死体で作ったスケルトン群を村や畑に配置して、復興作業の手助けをしていた。

 これが、かなりの効果が出ているようで、以前ほどの差別的な扱いは受けなくなっていた。ペルが村内へも自由に出入りできるようになった事も、大きな変化の1つだろう。


 特にネズミのスケルトン群による農地警備は、相当な効果を発揮している。治安が悪い時期には、森に潜む狼族などの盗賊団が活発化しやすくなる。彼ら賊による農作物の強奪は、村にとって深刻な問題になる。それが、ほぼ抑えられているので、村人の喜びようも大きい。

 校長に報告すれば、喜んでもらえる事請け合いな話だが……気の弱いペルなので話していなかった。彼女にしてみれば主役は村の自警団で、スケルトンやゴーレムは脇役に過ぎない認識だ。まあ、校長の事なので、とっくに把握していると思えるが。


 ペルが素直にうなずく。

「そうですか。それじゃあ、そろそろ村に配置しているゴーレムやスケルトンを撤収させないといけないかな。自警団への引継ぎも始めないと」


 ムンキンとラヤン、それにレブンも(引継ぎを始める頃かあ……)と考え始めたようだ。

 特に〔治療〕関係で関わっているラヤンは、事務方とはいえ色々と問題が山積しているようである。いきなり深刻な表情になって、手元の〔空中ディスプレー〕画面で何か演算を開始した。

 ムンキンとレブンは基本的には自治軍への支援活動だったので、特に大きな引継ぎ上の問題はなさそうである。


 ミンタの故郷は墓所のせいで街ごと更地にされてしまい、今は復興中だ。商家である彼女の実家は、土建資材の確保と輸送で大忙しらしい。

 当然、ミンタにも『戻ってこい』という矢の催促が今も来ているのだが、無視している。どうも、今戻ると仕事を多数押しつけられて、学業どころではなくなると予想しているようだった。そして、それは概ね正しい予想だろう。

 今もまた矢の催促シリーズのメールが届いたと、ミンタの手元の〔空中ディスプレー〕画面に知らせが出る。それを文面を見ないまま消去して、ミンタがペルたちに顔を向けた。

「それじゃあ、草むしりを済ませましょ」


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