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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
110/124

109話

【ミサイル再び】

 必要な関連情報を担当官から受信して受け取った校長が、事務職員に命じてサムカ熊をテントへ呼ぶ。すぐにサムカ熊が頭にハグ人形を乗せたままの姿で、のっそり歩いてテント内へ入って来た。

「また、ミサイル攻撃かね。シーカ校長」


 校長が少し肩をすくめて応えながら、画面向こうのミンタに迎撃命令を出す。ミンタもサムカ熊と同じような反応をしている。

「またミサイル? このどさくさに紛れて何をしているのよ、バカ軍は」


 校長が幻導術の魔法具を使って、手早く関連情報をこの2人に〔共有〕してもらう。

「帝都にいる先生方には情報部から知らせが届くようですが、念のために私の方からも情報を流しておきました。さて、ミサイルですので迅速な迎撃が不可欠です」

 小さくため息をついてから、話を続ける。

「学校の保安警備システムは、まだ稼働率が半分程度しかありませんので、ミサイルを防御できない恐れがあります。その場合、テシュブ熊先生に迎撃をお願いしたいのです。ミンタさんには、迎撃の全権を委譲しますね」


 校長の頭の上に乗っているハグ人形が両手を頭の上に上げて、丸印を作っている。召喚ナイフの管理人からも問題ないという意味だろう。余計な因果律干渉を未然に防止するためなのか、無言のままだが。


 そのハグ人形の意図を理解したようで、サムカ熊が軽く腕組みしながら校長に聞く。

「ふむ、それは構わないが、どこまですれば良いかね? ミサイル迎撃だけか、発射基地までついでに〔消去〕するか。このミサイル攻撃は、恐らくは帝都の上層部の誰かが黒幕だろう。それも始末するか。どちらもシャドウに任せれば事足りるのだが、どうするかね? 敵国の軍を殲滅しても構わないのであれば、シャドウをもう1体放ってみるが」


 ミンタも質問内容は同じだったようだ。先にサムカ熊にいわれたので、口元のヒゲをモニョモニョ動かしている。

「私の方は『全権委譲』って事だから、好きにやります。テシュブ熊先生のいう通りに、やってみましょうか? シーカ校長先生」


 校長が慌てて両手と尻尾をパタパタ振って否定した。

「い、いえ。ミサイルの迎撃だけで結構です。それ以上の仕事は、情報部に任せましょう」

 情報部の担当官も、サムカ熊とミンタからの質問に内心驚いている様子だ。しかし、表面上は平静さを保っているが。その彼から、続報が入った。

「今、反乱したミサイル部隊から、短距離ミサイルが発射されました。核弾頭を搭載しています。着弾まで、学校向けが3分、将校避暑施設向けが4分です。関連情報を更新しましたので、詳しくはそれを参照して下さい。では、健闘を祈ります」


 この通信は通常音声のままだったので、事務職員が詰めているこのテント内の緊張が一気に高まった。

 学校が半分休校状態なので、事務職員は今は10人余りしかいない。その彼ら全員の不安そうな視線が校長に集まっていく。校長も頭と尻尾の白毛交じりの毛皮を緊張で逆立てながら、それでも努めて冷静にサムカ熊と画面向こうのミンタに告げた。

「で、では、ミサイルの迎撃をお願いします」


 サムカ熊が首をかしげた。

「ん? もう済んだぞ」

 ミンタは少しドヤ顔になっているが、サムカ熊に続いて画面向こうから答える。

「こちらも終わったわよ」


 一瞬、2人が何を言っているのか理解できない様子の校長だったが……すぐにミサイルの反応が全て消失した事に気がついた。さすがに目を丸くしている。情報部の担当官は、既に回線を切っていたが、彼も同じような表情をしている頃だろう。


 サムカ熊が校長と事務職員たちに視線を投げてから、軽く説明する。ミンタはもう別の仕事をしているようだ。どこかへ駆けていって、画面から姿が見えなくなった。

「情報部が提供してくれた、ミサイルの発射位置座標と、飛行軌道の情報が正確だったからね。ここまで分かっていれば、後は〔消去〕するだけだから造作もないのだよ。シャドウを飛ばす必要もなかったな」


 ほっとした空気がテント内を流れて、事務仕事が再開された。校長も安堵した表情になっている。

「さすがですね、テシュブ熊先生。私はそれほど魔法に詳しくありませんので、説明を受けてもよく理解できませんでしたが……迎撃成功できて何よりですよ」


 教育研究省の独自回線を使い、校長が帝都のミサイル迎撃状況を確認する。こちらも、既に迎撃魔法を各種色々と放ったばかりのようだ。

「帝都にはカカクトゥア先生とラワット先生がいますから、心配は無用ですね。敵国の情報ですが……教育研究省ではまだつかめていません。まあ、後は専門家の情報部や、軍と警察に任せれば良いでしょう」


 仕事が終わったので、とりあえず両手をプラプラさせるサムカ熊であった。一応、校長に聞いてみる。

「本当に、敵国とやらへの攻撃は不要かね? タカパ帝国がまだこうして混乱しているから、攻め込むには好都合だと私も思うのだが」

 校長が両耳を軽くパタパタさせて寂しげに微笑む。

「不要だと思いますよ。『帝国』と看板に書いてある通り、我がタカパ帝国の軍事力は世界屈指ですから。特殊部隊が敵国内に展開済みという情報もあります。そろそろ、暗殺などで敵国の要人を排除する作戦が始まる頃でしょう」

 とりあえずは、それで納得する事にしたサムカ熊であった。


 そこへ、聞き慣れたドラ声がテント内に響き渡った。

「よお、熊先生。遅れちまったな、すまんすまん」

 行方不明だったドワーフのマライタ先生が、赤いクシャクシャ髪と顔を覆うヒゲを作業用の手袋をした左手でゴシゴシこすりながら、大股歩きでやって来た。右手は大きな筒をワシづかみして持っている。


 校長がジト目になって、手袋をした両手を腰ベルトに当てて文句を言う。

「マライタ先生、いったい今までどこに行っていたのですか。連絡がつかずに、困った人が多数出ていますよ」

 ガハハ笑いをして、文句を受け流すマライタ先生だ。

「すまんすまん。ちょいと実験室に呼ばれてしまってな。外界との連絡が一切できない場所だったんだよ。たまった仕事は、後で片づけるから勘弁してくれ。シーカ校長」


 どうやら、まだ『秘密の施設』が、どこかに残っているようだ。普通であれば、その違法施設について問い詰める場面なのだが……空気を読んでマライタ先生の話を促す校長だ。

「それで、その筒は何ですか?」


 マライタ先生が白くて下駄のような歯を見せて、ニヤリと笑った。赤いゲジゲジ眉が愉快そうに上下して跳ねている。

「おう。よくぞ聞いてくれた。お待ちかねの『中性子物質を加工したマジックミサイル発射器』だ。色々と実験したが、ほとんど全ての〔防御障壁〕が無効化されたぞ。命中すれば、ありとあらゆる物が中性子化する。『ありとあらゆる物』だ、例外はないぞ」


 これまた理解できていない様子の校長である。周辺の事務職員たちも無視して黙々と事務仕事をしていた。サムカ熊も理解できていない様子なので、落胆するマライタ先生だ。

「おいおい……とんでもない武器なんだぜ、これって。あらゆる防御が不可能で、命中したら強制的に体が中性子に〔変換〕される。もう少し、大ダコやミサイルが頑張って時間稼ぎをしてくれていればなっ。試し撃ちできたんだが」


 ハグ人形がようやくサムカ熊の毛糸の頭の上で寝返りを打って、マライタ先生の方に顔を向けた。まだ寝そべっているままだが。

「試さなくて正解だわい。そのミサイルは、中性子星で採取した物質を撃ち出す仕掛けだろ。1発分だけでも、いくらの質量があると思っておるんじゃ。この大陸ほどの質量になるぞ。そんなモノを地上で振り回したら、あっという間に地球が壊れてしまうわい」


 キョトンとした表情のマライタ先生と、同じような表情のサムカ熊に校長であった。マライタ先生が恐る恐るハグ人形に聞く。

「……実験室では強力な統一力場で包んでたな、そういえば。マジかよ、ハグさん」

 ハグ人形が寝そべったままで口をパクパクさせた。

「マジ」


 ガックリと肩を落とすマライタ先生。まだ、何がどうなったのか理解できていないサムカ熊と校長に、顔を向けて寂しく微笑んだ。つい先ほどまでの威勢の良い顔とは、まるで別人だ。

「すまねえな……もうちょっと待ってくれ」

 そのまま背を丸めて、とぼとぼとテントから出ていく。


 まだ理解できていない様子のサムカ熊と校長が、寝そべっているままのハグ人形に聞いた。

「ハグ。どういう事かね?」

「ハグさん。できれば解説していただけませんか?」

 ハグ人形が面倒臭そうにサムカ熊の頭の上で起き上がり、あぐらをかいて座った。

「地球の危機を救ったんだよ、たった今な。解説は面倒だからしないぞ」




【レブンの町の避難所】

 レブンの町の避難所がある岬に3体のシャドウが戻ってきた。レブンが岬の先端で出迎えて、シャドウの状態を直接見て確認している。

 今回は長距離移動をした上に、各種の魔法を遠隔操作したために、術式のエラーがいくつか発生しているようだ。それらを手動で手直しする。


 その作業も数分ほどで終了し、最終確認を済ませたレブンが大きく安堵の息をついた。

「……よし、これで良いかな。借り物だから、きちんと修理調整してから返却しないとね。やはり大ダコ君がスパイ術式や破壊術式をシャドウに叩き込んでいたか。戦闘が長引いていたら、シャドウが機能不全を起こしていたかも知れなかったな」


 死霊術は術者との距離が近い方が有利になる。それが敵のアンデッドであっても、操っている術者が遠くにいる場合は、より近い場所にいる対抗術者に乗っ取られる恐れがあるのだ。

 レブンが大ダコによって製造されたアンデッド群を支配できたのも、距離が近かった事が大きい。今回は、大ダコの方が近かったために、反対の事をされかけていた。

 もちろん、レブンはシャドウたちに対抗術式を装備させていたが、それでも完全には大ダコからの〔干渉〕を防ぐ事はできなかった。その事もあり、レブンが作戦を急いだのであったが。


(シャドウが上手く動いてくれたから、良しとしよう。大ダコ君が使用した干渉術式は、後でまとめて研究ネタに使えばいいかな)

 この世界では、死霊術使いの人数そのものが非常に少ない。大ダコが使用した術式であっても、レブンにとっては貴重な研究材料になる。


 術式の調整が終了したシャドウをペルとジャディに返すべく、〔テレポート〕魔法陣を起動させる。

(……チューバ先輩たち、今度こそ安らかに眠ったかな。学校の復旧が終わったら、また慰霊碑を建てないといけないな。僕も学校に戻ったら精神状態の〔診断〕を受けないとね。多分、心的外傷をそこそこ受けているはずだ)


 大ダコが魔力の増大に固執していた理由が、チューバ先輩ら3人の〔復活〕だったと分かり、切なく感じる。死霊術使いのレブンに言わせれば、最初から全く見込みのない固執だ。


 生体情報と個人の遺伝子情報を含んだ組織片を用いて、法力サーバーを使って、ようやく個人の〔蘇生〕や〔復活〕ができる。それでも、遺伝子情報や記憶などに多くのエラーが発生するので、〔蘇生〕〔復活〕後すぐに法術で〔治療〕を開始しなくてはならない。

 死霊術の場合は簡便だが、死体のままだ。生きた細胞での〔蘇生〕〔復活〕は望めない。


 大ダコが挑戦していたのは上記2つの方法とは違う、生命の精霊魔法を使った〔復活〕だ。パリーが行使した事がある魔法だが、これは本来、妖精という不死の存在が扱う魔法である。不死ではないタコでは、どうやっても成功する見込みはない。

 例えるなら、ハグが行使する〔ロスト〕や〔呪い〕などの闇魔法は、レブンでは使えない。


 一応、最終的には蜃気楼の向こうに、確かに3人が〔復活〕したように見えた。しかし、それが元の3人であったのかどうか。今となっては確認できない。

『化け狐』と大ダコの魔法戦が盛大に行われたので、一帯には高濃度の魔法場汚染が起きており、本人確認のための調査関連の魔法が機能しなかったためだ。さらに、〔復活〕の痕跡は、続く核爆発の暴風で四方へ吹き飛ばされてしまっていた。


 レブンの目に焼きついた『蜃気楼に揺らぐ3人』の映像は、学校での〔治療〕で〔消去〕される事になるだろう。関連記憶も、強烈な感情の想起とは連動されないように〔改変〕されるはずだ。

 つまり、もう一度映像を見ても「ふうん……」程度の感想しか思い浮かばなくなる。


 そう思ったレブンが、何気なく〔結界ビン〕に、その脳内記憶映像を保存した。ビンのラベルに『重要』と記す。後で慰霊碑の中にでも納めておくのだろう。『重要』と書いておけば、納入を忘れる事もないはずだ。



 〔結界ビン〕をポケットに突っ込んで軽く肩と首を回していると、小窓表示が生じてスロコックの顔が映った。結構、大暴れしていたようで、顔がススまみれになっている。

 その彼が青緑色の瞳をキラリと光らせて笑みを浮かべた。

「お。ようやくつながったか。どうかね? レブン殿。こちらは敵アンデッドを全て撃退したぞ」


 レブンがにこやかな笑顔で答える。

「僕の避難所も撃退しましたよ。無事なようで良かったです。他のアンデッド教徒の方は大丈夫ですか?」

 スロコックがドヤ顔で笑う。

「無論だ。つい先ほど、教徒たちと安否確認が取れた。皆、ケガを多少しているが無事だ」


 レブンも安堵したが、すぐに真面目な表情になってスロコックに聞く。

「さすがですね。敵アンデッド群は上陸して内陸の町で交戦していましたが、今は制圧済みだそうです。どこかの魚族の避難所が突破されたのでしょうか?」


 スロコックが画面上で難しい表情になった。

「だろうな。今、各地の被害状況を調査中だ。概要が判明するまで、まだ数時間ほどはかかるだろう。我がスロコック家が防衛した避難所の数がかなり多いからな。帝国の海岸沿い避難所総数の半分くらいはある」

 口調がやや沈んでいく。

「我が管轄していた地区は全て防衛できたのだが、魔法学校の生徒がいない避難所も多かったからな。特に、我が家の庇護下ではない町村の場合では、厳しかったのかも知れぬ」


 レブンもその予想に同意する。

「そういう事なのでしょうね。実際、アンデッドのゴーストは、一般人には〔察知〕しにくいものですから。憑りつかれてしまうと、パニックになって防衛線どころではなくなりますよね」


 幸か不幸か、魔法学校の生徒たちは、ほぼ全員がゴーストを〔察知〕できる体質になっている。そのせいで、スロコックのような一般生徒が、アンデッド教を興す事にもなっているのだが。


 そのスロコックが再び黒いフードを頭から被った。口調が、更に中二病的なものになる。

「では、まだ魔力が不安定なので、これで。また連絡を取り合おう、レブン殿」

 そういって、一方的に画面が消える。レブンも大きく背伸びをした。

「アンデッド教も、ちょっとは役に立ったようで良かったよ……ん?」


 岬の下の海面から声がする。聞き覚えのない人工的な響きのある音声なのだが、レブンにはすぐに分かった。急いで岬から顔を伸ばして海面を見下ろす。

「ようこそ、海の妖精さま」

 丁寧に、海中に到着したばかりの海の妖精に挨拶をする。まだ海面や海中には津波で生じた大量の瓦礫があり、海水も黒く濁ったままなのだが、それほど不快に思っていない様子で安堵する。

「すいません、海の妖精さま。まだ海が濁ったままでゴミだらけです。近くに石像がいくつか沈んでいますが、壊さないで下さいね」


 半分に欠けたクラゲ型の海の妖精が、10本にまで増えた細い半透明の触手を海面から出して、フルフルと振った。

「ゴミには触れずにおくとしよう。汚れた海だが、仕方あるまい。こうなったのも、我が起こした津波のせいだからな」


 レブンがすぐに、遠くの山の尾根に集団避難している自治軍本部と臨時役場に、海の妖精が岬下に到着した事を知らせる。すでに概要は承知しているので、すぐに自治軍大将と2人の町長が〔空中ディスプレー〕画面に顔を見せた。

 レブンが位置調整をして、〔空中ディスプレー〕画面を岬下の海面に浮かんでいる海の妖精の目の前まで移動する。すぐに、交渉が始まった。レブンが聞いていても仕方がないので、彼だけ会話の輪から外に出る。

「さてと……後は偉い人たちに任せれば良いよね」


 海の妖精と自治軍大将や町長に、「借りていたシャドウを返します」と一言断ってから、起動していた〔テレポート〕魔法陣にペルとジャディのシャドウを飛び込ませた。そのまま魔法陣も消去する。

(後で2人には、何か学食でおごってあげないといけないかな。残念だけど、この辺りには土産にできそうな物はなさそうだし。流木なんかじゃダメだよね、きっと)


 海の妖精と町の偉い人たちとの交渉が続いている間に、岬の避難所の被害状況を映像付きで報告するレブン。今はまだ、ここには彼1人しかいないので仕方がない。

 町のゴーレムもいる事はいるのだが、性能が低くて細かい作業はできない様子だった。むしろ、テントが2つも消滅したので、その犯人探しに駆け回っていて邪魔ですらある。

 臨時役場と自治軍本部が入っていた簡易テントは、地面ごと〔海水化〕されて更地になっていた。テントや机などの備品も消滅していて、草の1本も残っていない。その映像を送信する。


「避難していて正解でしたね。僕も、まさかここまで強力な攻撃だとは予想していませんでした」

 コメントもついでに送信するレブンだ。


 次に、周辺の避難民の住居区画の状況を撮影する。ここは幸いにも大して被害が出ていない。画面向こうから、役場の人たちの安堵の声が漏れ聞こえてくる。

 岬のあちらこちらに設けられていた砲台やトーチカも撮影して回る。こちらも、部分的に破壊されているが、簡単な補修で済みそうだ。今度は自治軍の将校たちから、安堵の声が漏れ聞こえてきた。


 魔法場汚染や、死霊術場に残留思念の調査を簡単に済ませる。数値上は問題ない値だ。

「戻ってきても、支障ないと思います。ですが、アンデッドの破片がまだ散乱していますので、掃除が先決かと。それと遺体の回収も……ですね」

 死肉と骨なので、早くも森から山犬や山猫にオオトカゲなどが岬に集まって来ている。上空には鳶やワシなどが旋回し始めている。津波が去ったばかりだというのに、迅速なものだ。


 町民も数名が死亡していて、地面に倒れているのが見える。

 彼らの位置情報も知らせて、保護のために簡易杖を使って〔防御障壁〕をかけて回る。すぐに医療部隊と自治軍の警察が〔テレポート〕してやってくるだろうが、それまでの間の現場保全だ。


 そのような作業を1人でやっている間に、ペルやミンタから色々と情報をもらった。

 自治軍の補佐官や、臨時役場の担当者にも、色々な情報が集まり始めているようだった。ドワーフ製の通信網が稼働して、各地の魔法場サーバーが仮稼働し始めたおかげだ。


 それによると、最も気がかりだった周辺の敵国からの侵攻は起きていないと分かった。敵国といっても、どの隣国を差しているのかは、まだ不明だが。衛星国や属国の治安も急速に回復しているようだ。

「こういう点は、さすがにタカパ帝国って感じだなあ」


 これだけの帝国全土に渡る被害を受けていても、治安が回復しつつあり、外国からの侵攻も跳ね返している。(大した帝国だ)と、つくづく思うレブン。

 まだ、通信が途切れ途切れのままのムンキンとラヤンの故郷の城塞都市も、治安が回復した様子だ。彼らも無事なので安堵する。


 沿岸部の各地の避難所や町村での死傷者は、まだ集計中との事だが500名という数字だった。これには、疑問を抱くレブンである。これから数字が大きくなるのだろうが、それにしても初期数値が少なすぎる気がする。


 学校の生徒たちで今回のテロに参加していた人数は、2名増えて26名に上っていた。皆、〔石化〕処理をされて、警察によって搬出されている。

 テロで死亡した生徒数は59名。彼らは学校で〔蘇生〕や〔復活〕できるので、今は〔石化〕処理されたまま待機中である。負傷した生徒は100名に達するようだが、法力場サーバーが稼働しているので、今は全員が完治している。

 翌日になれば法力サーバーが本格稼働する予定なので、〔石化〕処理されているテロに参加しなかった生徒たちも〔蘇生〕〔復活〕できるだろう。



 海の妖精と町長、自治軍大将との話し合いがひとまず終了したようだ。画面向こうの臨時役場と自治軍本部が、にわかに慌ただしくなった。

 レブンが岬の下をのぞくと既に〔空中ディスプレー〕画面は消えていて、半分の姿の半透明なクラゲが気楽に触手をヒラヒラ振っている。周辺の海域が急速に黒色から奇麗な青色に変化している。瓦礫も〔海水化〕されて、次々に消滅しているようだ。

「やあ、レブン君。しばらくの間、ここに居候する事になった。よろしくな」


 レブンも微笑んで手を振り返す。

「そうでしたか。それは良かったです。何か必要な物事がありましたら、遠慮なく僕や役場に申し出て下さいね」

 実際は、この海の妖精の攻撃で多数の人命が失われているのだが、その点の追及はしない。妖精の価値観は獣人とは大きく異なる。その上、機嫌を悪くさせてしまうと、また面倒事が起きるのが目に見えている。祟り神を祀るようなものだ。


 その海の妖精が、また新たな半透明のクラゲ触手を数本生やして海中に漂わせながら、レブンに答える。

「そうしよう。ここであれば、『化け狐』どもも簡単には襲ってこないからな。実はな、北極海に巣食ってる大型の『化け狐』が、我と大ダコを食いにやって来つつあったのだよ。今の我の魔力では、対抗できぬのでな。避難場所の提供には感謝しておる」


『化け狐』の群れがやって来ているのはレブンも知っている。ミンタからの映像情報を、波間に浮かんでいる半透明のクラゲに見せて聞いてみた。

「あの、海の妖精さま。それって、コイツではありませんか? ここからかなり南の施設を襲った『化け狐』です」

 熱帯の海の入江いっぱいに長大な『化け狐』が居座っている映像を、海の妖精に見せてみる。尾を含めた全長は数キロほどもある巨大な怪物だ。

(ミンタさんでなければ、対処できなかっただろうな……)と思うレブン。


 しかし、海の妖精は力なく触手を数本ほどフルフルと揺らして否定した。

「こんな小さな雑魚ではない。もっと巨大で強大だ。こんなのは、大魚に従う雑魚の群れの1匹に過ぎぬよ」

「え~……」

 レブンが思わず魚顔に戻ってしまった。


 何かの笑いのツボに嵌ったようで、愉快に笑い始める海の妖精だ。

「ははは。何、気にするな。ここは陸地が近いし、生命に満ち溢れておる。北極の『化け狐』が最も嫌う場所だ。奴は海中が縄張りだからな、ここのように陸地が近くて水深の浅い海には近寄らぬのだよ」

「ん?」

 きょとんとするレブンだ。慌てて顔を魚からセマンに変えながら、一応聞いてみる。

「……あの。もしかすると北極海の『化け狐』は、僕らが何もしなくても用事が済んだら勝手に引き上げていったのですか?」


 今度はクラゲの動きが止まった。

「常識だろ。そんな事」

 ガックリと岬の上に突っ伏すレブンに、海面から愉快そうに語りかける海の妖精。

「君たちは、寿命が短いからなあ。知らぬ事が多いのも仕方あるまいよ。ともあれ、君たちの『早とちり』のおかげで、我はこうして安全な場所へ避難できたのだ。感謝しておると言ったであろう? そういう事だよ、魚族の死霊術使い」




【石像の安置室】

 広大な人工林に囲まれた教育研究省の施設の地下にある石像の安置室。そこでは、ティンギ先生に呼ばれたサムカ熊が施設長と共に、ある1つの石像の前で腕組みをしていた。


 石像は、学校の地下サーバー室で爆破テロを起こした、旧バントゥ派のマスック・ベルディリ本人だった。サーバー室で復旧作業中にテロを起こして逮捕されたので、制服ではなく当時の体操着のままだ。

 安置室には新たな棚が設けられていた。四段構造の棚には、新たに〔石化〕処理された人たちが収められている。


 狐族の施設長が、手持ちのブラシを使って石人形についた埃を払い落としながら、小声で説明した。

「今回のテロ事件の実行犯です。刑務所に収監すると食費などがかかるので、こうして〔石化〕して安置しています。魔法学校の生徒は26体ですね。前回のテロ実行犯とは別の区画にしています」

「他に〔石化〕処理された方が100あまり。〔石化〕処理される前に射殺されて、集団葬になった方もかなりいると聞いていますよ。軽度の犯罪者は僻地の開拓基地に送られています」


 このあたりの事情は、サムカ熊やティンギ先生も知っている。室内なのでパイプは吹かしていないせいか、少々歩くのが速くなっているティンギ先生も、近くの石像についた土埃をハンカチで拭いた。これも学校の生徒で、竜族の男子学生だ。ベルディリとは違い、彼は制服姿である。

「こうして〔石化〕された生徒は、まだマシだな。バントゥ君なんかは跡形もないからね。だけど、一応は人なんだから、乱雑に扱わないでほしいものだけど。我が校の校長を連れてこなくて正解だったな、これは。この石像の群れを見たら、それだけで卒倒してしまう」


 〔石化〕処理された者たちは、重なり合って棚に押し込められていた。重い石像で、しかも大量に運び込まれたので、施設職員の手に余ったのだろう。

 ゴーレムに命じて作業させたようだが……やはり精密作業ができないので、棚に雑に押し込められた状態になっていた。施設長が両耳を前に伏せて謝罪する。

「申し訳ありません。なにぶん、一度に搬入されたもので。職員の業務時間を調整して、後できちんと安置します。すでに多少、欠けたり割れたりしていますが……校長には、くれぐれも内密にお願いしますね。彼は宰相派の有力者になってきていますので」


 ベルディリの石像の前で腕組みをしていたサムカ熊が、おもむろに左の熊手を石像の頭に乗せた。頭の上に、いつの間にか寝そべっていたハグ人形に聞く。

「どうかね? ハグ。何か仕掛けがあるかね? 私では何も感知できないが」

 ティンギ先生と施設長の視線が、ハグ人形に集中する。


「はあ……」

 これ見よがしに大きなため息をついたハグ人形が、「よっこらせ」と起き上がり、サムカ熊の毛糸製の頭の上であぐらをかく。仕草が完全に二日酔いのオッサンだ。

 銀色の細い毛糸でできた髪を適当にポリポリかきながら、ついでにあくびをする。人形なのだが。

「ステルス対策が強化されておる。サムカちんの魔力では判別できぬよ。ホレ、コイツじゃ」


 そう言って、どこからか釣り竿を出した。釣り糸を石像の脳天に垂らして、無造作に引き上げる。すると石像の脳天から、赤っぽい糸のような物が引っ張り出されてきた。


「おお……」

 素直に感心しているサムカ熊とティンギ先生。施設長は魔力適性がないのか、見えていない様子で、首をかしげている。


 ハグ人形が釣り竿のリールをキリキリ回して、赤い糸を引き出そうとする。

 しかし、途中で何かに引っかかったのか、止まってしまった。石像の頭から数センチほど赤い糸を引き出した状態で、ハグ人形が釣り竿を上下左右に振ったが……やはり引き出せない。

 そうこうする内に、釣り糸が「プツリ」と切れて、赤い糸が再び石像の頭の中に戻ってしまった。


 釣り竿を消去したハグ人形が両手を肩まで上げて、降参のポーズをとる。

「引き抜くのは無理じゃな。前回よりもさらにコイツの脳に深く絡みついておる。無理に引き抜くと、自爆でもしそうな気配じゃな」

 棚に押し込められている他の石人形に顔を向ける。

「〔石化〕された生徒には、ほぼ全て、この糸が埋め込まれておる。まあ、テロは終わったから、術式ももう起動しないだろ。引き抜かずに放置しておいても、問題はないぞ」


 ティンギ先生が簡単に施設長に解説した後で、サムカ熊に話しかける。

「不審な感じがしたから、熊先生とハグさんを呼んだのだけど……的中してしまったようだね。まあ、放置しても問題ないなら、このままで良いかな。引き抜かなければ、爆発とやらも起きないようだし」

 サムカ熊が腕組みをして唸った。

「うむむ……生徒たちが突如テロに参加したのは、これが原因という事かね? どこまでも面倒な事ばかりをするドラゴンだ」


 ハグ人形がまたサムカ熊の頭の上で寝そべりながら、否定する。

「いや、違うな。テロってのは、時間をかけて準備をするものだ。計画的にな。この生徒どもは、ドラゴンの糸が頭に絡まっていなくても、テロに参加しただろうよ。むしろ、糸のおかげで冷静な行動ができなくなって、テロの規模が小さくなった可能性の方が高いだろう。現に、コイツらは簡単に捕まっておる訳だしな」


 ティンギ先生が興味深く聞いていたが、腕時計を見て施設長に告げた。

「おっと。あまり長いをしても良くないな。我々が微生物を含んだ湿気を放っているから、石像にカビが生えてしまう。〔検査〕が終わったから、もう石像を戻しても構わないよ」

「ああ、そうですね。では、早速」

 施設長がゴーレムに命じて、ベルディリ石像を棚に戻す作業をさせる。

 そのまま、施設長と共に安置室から出て、〔テレポート〕魔法陣を使って上の教育研究省の施設内へ転移した。


 移動先は施設の2階にある施設長室の隣の小部屋だった。魔法陣の術式を停止させてから、施設長室へ移動する。すでに、テーブルには紅茶と茶菓子が用意されていた。

 窓からは、うららかな冬の日差しが差し込んでいて、紅茶の香りが部屋に満ちている。


 サムカ熊とティンギ先生がテーブルの席に座って、窓の外の人工林を眺める。やはり、生命の数が圧倒的に少ないようだ。ちょっと安堵するサムカ熊であった。視線をテーブルに置かれた紅茶カップに向ける。

「またもや、ドラゴンのせいで迷惑をかけたようだな。困ったものだ。死者の世界で私が所属するウーティ王国宰相閣下の話では、そのドラゴンは指名手配されて、今は逃亡中だそうだ。ドラゴン世界の警察が追っているそうだが、捕まえる事は容易ではなさそうだな」


 ティンギ先生が早速紅茶をすすって、バタークッキーを数枚口に放り込む。

「犯人が絶対不死の『イモータル』だからなあ。ともあれ、『赤い糸騒動』はこれで一応終結だな。ドラゴンも警察に追われている身では、簡単に我々の世界へやって来る事は出来ないだろうし」


 それについては、無言で返事を留保するサムカ熊と頭上のハグ人形であった。

 代わりに、サムカ熊が紅茶の香りを熊鼻を寄せて楽しむ。何度もボロボロにされているので、その都度、鼻や両目のボタンが別の物に変わっていた。まあ、特に誰も注意を払っていないが。

「この一連の騒動で、私がここに定期的に〔召喚〕されている事は、確実に知られただろう。いつ〔召喚〕されるかも、恐らくは掌握されたと考えて良かろう。ドラゴン襲来に備えておく必要があるか」


 しかし、頭上のハグ人形はニヤニヤ笑って寝そべったままだ。

「備えるって、いったい何をどうするんだい。ブレス1発で、学校なんか湖にされちまうぞ」

 サムカ熊がティンギ先生と顔を見合わせて、眉をひそませた。確かに、指摘の通りである。


 ティンギ先生がさらにもう3枚のバタークッキーを口に押し込んだ。

「まあ、ドラゴンとの模擬戦闘くらいは、しておいても損にはならないさ。学校の復旧が終わったら、考えてみようかね。図上演習だけでもやっておけば、多少はマシだろ」


 サムカ熊が紅茶のカップをテーブルに戻して、ティンギ先生に聞いてみる。

「ドラゴンか。似たような物であれば、確かソーサラー魔術のバワンメラ先生が知っていたのではないかな?ジャディ君から少し聞いているが」


 ティンギ先生が口の中のクッキーを紅茶で洗い流して答えた。

「残念だけど、それは期待できないだろうな。あの秘密結社は、結局誰が首謀者だったのか分からないままなんだよ。バワンメラ先生はただの雑用係だったから、何も知らない。多分、記憶を色々と〔操作〕されてもいると思うけれどね」


 サムカ熊の頭の上で寝そべっていたハグ人形も、上体を起こしてティンギ先生の言葉に同意する。

「だな。リッチー協会の捜査からも逃げおおせた程だ。相当な魔法使いだな。恐らくは、メイガスだろうさ。ドラゴンの可能性もあるんだが、これは低い。ドラゴンの死霊術使いは、リッチー協会の名簿にも載っていない」

(ドラゴン族にも死霊術使いがいるのか……)と目を点にしているサムカ熊とティンギ先生だ。そんな2人の表情を見てから話を続ける。

「イモータルやイプシロン連中は独自の社会を有している。巨人やドラゴンや魔神なんかは、簡単に世界〔改変〕できてしまうほどの魔力の持ち主だ。相互監視をしているのだよ。これ以上、世界が消失したり行方不明になっては困るようでな」


 施設長室の空気が変質して、火花が空中にいくつか弾けた。部屋が暗くなり、視界も赤っぽく変わる。

 何が起きているのか理解できていない施設長が、金縛り状態になってカタカタ震え始めた。ティンギ先生も金縛りに陥っているが、どこか楽しそうだ。


 サムカ熊が頭上のハグ人形に警告する。

「おいハグ。因果律が崩壊しかかっているぞ。話してくれるのは結構だが、内容には注意して欲しいものだ」


 ハグ人形が少々ふて腐れた仕草をして、サムカ熊の頭の上で座り込んで腕組みをする。

「本当に、世界というモノは繊細で困るわい。そうだな、ワシの口が少々饒舌になってしまったな。反省するよ。ともかく、現状の情報では、模擬戦用のドラゴンを貸してくれそうな所はないな。アンデッドでも良ければ、墓所にでも聞いてみると良かろう」


 部屋の異質な雰囲気が、急速に解消されて元に戻っていく。

 金縛りが解けて「ほっ」とした施設長が、まだ少し震える手で紅茶カップを取り、口に運んだ。ティンギ先生は、少し落胆したような表情になったが、すぐにいつもの雰囲気に戻っている。またもやポケットからパイプを取り出そうとして……途中で禁煙だと思い出して引っ込めた。

「分からない事ついでに言うと、知り合いのセマンの冒険家から聞いた話に1つ興味深いものがあった。今回の騒動では、世界中の国々でも騒動がたくさん起きたようだよ」


 これには、施設長も興味がある様子だ。両耳をピンと立ててティンギ先生の顔を注視する。施設長が急いで紅茶カップをテーブルに戻したので、「カチャカチャ」と音が鳴った。

「そのようですね。私の情報源は教育研究省経由ですから、情報が質と量ともに不足しがちなのですよ。差支えない範囲で教えて下さい。特に、地下の石像たちに関わる事であれば」


(基本的な考え方は、校長やアイル部長と似ているのだな……)と思うサムカ熊。帝国情報部や軍と警察には、このような考え方の人は少ないように思える。

 ティンギ先生が更に3枚ほどバタークッキーを口に押し込んで、紅茶で洗い流す。施設長が空になったカップに紅茶を注ぎ入れ、新たな茶菓子を持ってくるように、手元の通信器にささやく。

 ティンギ先生が、にっこりと微笑んだ。

「ちょうど、昼食前の軽い軽食の時間に当たりましてね。久しぶりに良いティータイムになりますな」


 早速、事務員がドアを開けて入室してきた。手際よく新たな紅茶ポットに交換し、新たな茶菓子を補給して、音もなく一礼して退室していく。

 サムカ熊とハグ人形は紅茶カップから立ち上る香りを楽しむだけだが、ティンギ先生の食いっぷりに半ば呆れながらも感心して見ている。どちらも人形なので飲食は苦手だ。


 新たな茶菓子の中にマシュマロを発見して、幸せそうに微笑んだティンギ先生が視線を施設長に戻す。

「周辺の敵国が侵攻準備をしていたけど、結局、軍事行動は起こさなかった。ラッキー、みたいな論調だよね。特にタカパ帝国の上層部って。でもまあ、当然ながら事実とは違うんだな、これが」


 今回のテロ事件の最中に、タカパ帝国の衛星国や属国を含む、ほぼ全ての諸外国で、要人の不慮の死が数千人の規模で起きていた。

「私の〔占い〕では、もっと多い人数になるけどね。諸外国の軍や警察の指揮系統が麻痺状態に陥ったのは事実だよ。で、それをやったのが、タカパ帝国の特殊部隊。ステルス魔法処理された戦闘服で、全く気づかれないまま要人暗殺をやってのけたのかな。まあ元々、狐族は隠密行動が得意な種族だからね。ノウハウは色々と蓄積されていたようだよ」


 サムカ熊が熊頭を傾けて、腕組みをしながら呻く。

「むう……帝国が大変な事態に陥っているのに、そのような事をしていたのかね。本末転倒のような気がするが」


 ティンギ先生がニヤリと笑った。

「確かに、危険な行動だとは思うよ。しかし結果的にテロは鎮圧されて、対抗派閥は力を失った。リーパット君のブルジュアン家も勢いを無くした。宰相派が1人勝ちしているのは事実だね。諸外国の敵対勢力も、大きく力を削がれたし。むしろ、親タカパ帝国派が、諸外国で一気に増えた可能性の方が高いくらいだな」


 施設長が興味深く両耳をピンと立てて話を聞いていたが、概ねティンギ先生の話に納得している様子だ。

「……なるほど、信ぴょう性はそれなりにありそうな話ですね。証拠は一切残っていないでしょうから、検証する方法はありませんが。国内や周辺国が安定するのであれば、私としては歓迎ですね。石像の安置室を増築するのは、地下なので大変ですから」


 サムカ熊は腕組みをしたままで唸っている。

「むむむ……確かに真偽は分からないな。これからも分からないままだろう。私としては、〔召喚〕契約がこれまで通りに行われれば、それで良い。通商契約が結ばれそうな機運だからな。領主としての立場では微妙なのだが、王国や王国連合にとっては良い話だ」


 施設長は、サムカの貴族としての立場や仕事については知らないのでキョトンとした表情をしている。サムカ熊も説明する気はなさそうで、ティンギ先生に黒いボタン目の視線を向けた。

「さて、リーパット君だが。徒党を組んでいるのをよく見かけたが、今回のテロ事件で退学や休学になりそうかね? 私としては、これ以上、学校の生徒が減るのは気の毒に思う。死霊術や闇の精霊魔法の選択科目授業も、最近は受講生徒数が少しずつ増えているからね」


 ティンギ先生が紅茶を飲み干して、すぐにポットから注いで入れる。湯気と共に、別の種類の紅茶の香りがカップから立った。大きなわし鼻を寄せて香りを楽しんでから、マシュマロも早速1枚口に入れる。

「彼については心配無用だよ、熊先生。帝都でのアンデッド撃退作戦の雄姿が、今、どんどん喧伝されている。多分、今回のテロ事件解決の英雄にされそうだね。ブルジュアン家や宰相派にとっても、ちょうど良い落とし処なんだろうな。徒党の人数が増える事も間違いないよ、これは」


 サムカ熊がやや冷めた紅茶カップを再び熊手で持って、香りをかぐ。

「貴族社会と、そういう点では変わらないのだな」




【魔法学校】

 帝国内のテロや津波被害は、実際のところ、かなり深刻な状況ではあった。

 学校の生徒たちも、ほぼ全員が故郷の復旧作業の手伝いのために一時帰省していた。おかげで、学校にいるのは少数の事務職員と校長ぐらいだ。


 地下階の修理が終わったので、ゴーレムやアンドロイド、〔式神〕が、地上の簡易テントにある事務用備品を地下階へ運び戻している。それらの監督作業を校長や事務職員が担当していた。

 彼らの身長は1メートルほどしかないので、力仕事には不向きなのだ。


 幻導術の魔法具を使って、作業工程の管理と進捗状況の確認を行っている校長に、ティンギ先生からの報告が入った。それを聞いて案の定、顔を曇らせる校長だ。

「……そうですか。いえ、確認作業ありがとうございました。後は、教育研究省の上層部に任せましょう。では、休校開けまでゆっくりして下さい。ああ、テシュブ熊先生には戻ってくるように伝えて下さいね。力仕事をいくつかお願いしたいのです」


 土製ゴーレムが机とイスを10個ほど運んでいく。その後ろ姿を見送った校長が、小さくため息をついた。

「〔石化〕処理された生徒たちへの、復帰嘆願書を書かないといけませんね。罪を償った後は、貴重な帝国の人材として活躍してもらわないといけません」


 一時帰省している魔法学校の生徒たちは、どこの故郷でも歓迎されているようだった。サーバーがない町村が多いので、魔力や法力を詰めた〔結界ビン〕を多めに持たせている。

 現地で最も必要とされているのは、情報網と物資網だ。停電もまだ帝国全土で続いているので、これらを魔法で肩代わりしている。


 情報面ではドワーフ製の通信器と、幻導術の通信魔法具を介した情報網が構築されつつあった。音声だけでなく、映像やデータを含めた情報も自在に送受信でき、質量が小さい手紙程度の物であれば〔テレポート〕して転送させる事ができるので、かなり好評だ。


 物流面では〔テレポート〕魔法陣を活用した配送網が、急速に構築されていた。これも、魔法具を使用したものだ。おかげで、必要な場所に必要な量の物資を届ける事ができる見通しが立ちつつある。

 人の〔テレポート〕移動も可能ではあるのだが、魔法適性がない者が使うと転送時に事故が起きる恐れがあるので、許可制になっている。


 これらに使われる各種の補助魔法の術式の整理に、学校の生徒たちが活躍していた。

 様々な種類の魔法が同じ場所で行使されると、〔干渉〕して不具合が出る事が多い。その調整作業には、魔法適性を有する者が適任であるためだ。


 それらの進捗状況を手元の〔空中ディスプレー〕画面で確認する校長。教育研究省からの情報なので、軍や警察ほど詳しいものではないが、概要を知るだけであればこれで充分だ。

(調整作業が完了するまで、あと2、3日ほどかかりそうですね。先生方もまだ帝都から戻ってこれない様子ですし、仕方がありません。土日や休日がかなり潰れそうな流れですから、事務職員の休日出勤やら残業手当の増加分を、いくつか想定しておく必要がありますかね。省からの追加支出が出れば良いのですが)




【海上】

 リーパットがこれ以上ないほどのドヤ顔で、帝都の王城前通りをパレードしている映像が、帝国じゅうに放送されている。一種の戦勝パレードのような有様だ。

 彼の両隣には、側近のパランとチャパイも立っていて、主人と同じようなドヤ顔をしている。その主従のすぐ後ろには、リーパット党の生徒たちが並んでいて、パレードの観衆に手を振って応えているのが見えた。コントーニャもちゃっかり参加していて、カメラに向かって上品に微笑んで手を振っている。

 ちなみに、リーパット党は皆、学校の制服姿であった。狐族ばかりなので、半ズボンに裸足ではあるが。


 その映像は、陸地から近い海上でも受信できていた。レブンとペル、ジャディ、それにミンタとムンキン、ラヤンのいつもの面々の姿が、海上の上空に見える。彼らもまたブレザー制服を着ている。ジャディだけは事務職員用の制服姿だが。


 熱帯雨林に覆われた陸地の沿岸とはいえ、サンゴ礁の外に広がる冬の外海なので、波の高さが3メートル以上もある。とりあえず海面から10メートルほど上空で〔浮遊〕していた。

 海上周辺では、体長1メートル足らずの小型の『化け狐』が、3匹単位の群れを作って、海上のあちらこちらに浮かんでいる。特にこちらへ攻撃する様子は見られないので、レブンたちも放置している。


 パレードの映像中継を見ているムンキンが早速、腕組みして尻尾を振り回しながらジト目になった。

「このバカ、何もしていねえだろうが! なんでコイツが英雄扱いされてんだよ」

 ジャディも凶悪な顔に、凶悪な琥珀色の瞳をギラギラ輝かせて同意する。

「だよな。おい、ムンキン。今から帝都へひとっ飛びして、爆撃してやろうか。粉微塵にならないと、バカだって理解できねえぜ。1回殺そう」


 ラヤンがジト目でグルグルと尻尾を振り回す。

「は? 〔治療〕や〔蘇生〕させるのは、私たち法術クラスなんだけど。この忙しい時に、余計でつまらない仕事を持ち込まないでくれるかしら」

 ミンタがラヤンの肩に手を乗せて、同意している。

「そうね。バカは放置しておきましょ。そのうち自滅するだろうし」


 皆が皆、冷たい塩対応をしているので、1人でパタパタ踊りを始めているペルであった。

「ちょ、ちょっと……同じ学校の生徒なんだから、もう少し仲良くしようよ、ね?」


(ペルさんでも「もう少し」程度なのか……)と内心で苦笑しているレブンである。今は〔空中ディスプレー〕画面の小窓表示を通じてスロコックと話しているので、真面目顔のままだ。

「スロコック先輩、被害状況と復旧状況が大よそ分かりました。ありがとうございます」


 スロコックは海中にいるようだ。セマン顔ではなく、マグロ頭になっている。彼の背後では、200人もの作業員が忙しく復旧資材の配送を行っている様子が見えている。皆、マグロ顔だ。

「復旧資材の備蓄をしていたのが、功を奏したな。今回の大規模テロの主犯格の1人である、海の妖精を助けるのは、今のスロコック家では無理だ。魚族の敵みたいな扱いになっている。済まないがレブン殿、よろしく頼むよ」


 レブンが真面目なセマン顔のままでうなずく。

「はい。僕の故郷の町でも、かなりの議論になりました。死者も出ていますからね。町長の判断で、何とかこうして僕だけが協力できる運びになりました。これ以上の災害を起こさないように尽力しますね、スロコック先輩」


 レブンが通信している近くでは、ムンキンがバングナンと通話していた。バングナンもかなり疲れた表情で、狐の毛皮が荒れている。ムンキンが濃藍色の瞳を細めてニヤニヤしながら冷かしている。

「さすがのバンナも疲れ果てたようだな。無茶して体を壊すなよ」

 バングナンが褐色の瞳をギラリと光らせて、鼻先のヒゲをピンと伸ばす。

「うるせえよ、ムンキン。力場術の魔法を撃ちまくったからな、疲れて当然だろ。まあ、俺の故郷は内陸の森の中だから、今回はほとんど無傷だった。ムンキンの町はどうよ?」


 ムンキンが柿色のウロコで覆われた頭を、日差しにキラリと反射させて、口元を緩める。

「テロ攻撃を食らったんでな。発電所の復旧がまだ終わってない。こいつが済めば、一息つくはずだ」

 今度はバンナが、ニヤニヤ笑いだした。

「お前こそ、体を壊すなよ」


 ムンキンから少し離れた空中に浮かんでいるラヤンも、〔空中ディスプレー〕画面を介して法術専門クラスのスンティカン級長と話し込んでいる。スンティカン級長は故郷の町にいるようで、作業服姿だ。彼もまた疲れているようで、服装も結構汚れている。

「俺の故郷の町は、そろそろケガ人の〔治療〕も山を越えそうだよ。マルマー先生の秘書や助手みたいな仕事を、分担してくれて感謝しているよ。ラヤンさん」

 ラヤンが「フン」と鼻息をついて、口元を緩める。

「構いませんよ、スンティカン級長。故郷の様子が心配なのは、よく理解できますから。担任の先生の面倒事は、私たち全員で分担すれば解決します。解決しない場合は、マルマー先生のせいですし」


 スンティカン級長も鉄紺色の瞳を細めて、笑いを堪える様子になった。

「そう言うな。とにかく、故郷へ戻れて大いに助かったよ。医者が足りなくてね。俺は医師資格を持っていないんだが、それでも役に立てたよ」

 ラヤンが素直に喜ぶ。

「そうですか。私も故郷では、医療行為が大きく制限されています。この点も重要な課題点という事でしょうね」


 ミンタがその会話を聞いて、微妙な表情になっている。画面では、ノーム先生の精霊魔法専門クラスのニクマティ級長の顔が映し出されていた。彼もまた、会話が聞こえているようで微妙な表情をしている。

 ミンタが「コホン」と小さく咳払いをした。

「……まあ、私も色々と法術〔治療〕を故郷でやっちゃったけれどね」


 そして、明るい栗色の瞳をニクマティ級長に向ける。

「それで、級長さん。私たちのクラスには、ケガ人は出ているの? ごめんね、カカクトゥア先生クラスの生徒全員の面倒まで任せてしまって。60人にもなるのよね?」

 ニクマティ級長が黒茶色の瞳を理知的に光らせた。ついでに小さく咳払いをする。

「気にするな、ミンタさん。もう慣れたよ。ケガ人は出ていたけれど、もう完治している。心置きなく、海の妖精の処置をしてくれ」

 素直に感謝するミンタ。


 そこへ別の小窓表示が生じて、コントーニャのにやけた顔が映し出された。

「よ! ミンタちゃーん。元気してるー?」

 問答無用で画面を消去するミンタ。改めて、ニクマティ級長に頭を下げた。

「もう少しの間だけ、よろしく頼むわね」


 レブンが少し感心しながらミンタの様子を見ている。ペルが故郷の両親と談笑している様子も見て、彼女の紺色のブレザー制服の裾を軽く引っ張った。いつの間にか眼下の波間に、半透明のクラゲが現れている。

「お待たせ。海の妖精さまが到着したよ」


 海の妖精は、まだ半分になった半欠け姿のままだった。半透明の細長いクラゲ触手は100本程度にまで増えているのだが、まったく元気さが足りない。


 レブンたち全員が〔空中ディスプレー〕画面を終了して、〔防御障壁〕を展開して海中へ落下していく。〔防御障壁〕は水中に入ると卵型の空気の玉のような形状になる。ちょっとした個人用の潜水艇のような見た目だ。

 さすが外洋だけあってゴミや瓦礫もなく、海水が非常に澄んでいる。海底までは50メートルほどあるのだが、太陽光が届きにくいせいか海底は見えず、青黒い底なし沼のような印象がある。


 レブンは海の中は慣れているのだが、狐族のペルやミンタは興味津々の様子で、キョロキョロと上下左右の海の中を見回している。ムンキンとラヤンは、ただの深い沼や川といった印象を持っているようだ。ジャディは何か挙動が怪しい。


 そんな様子のレブンたちに、海の妖精が話しかける。

「我への礼儀のつもりなのだろうが、わざわざ制服姿になる必要はないぞ。そうそう、我が触手に触れると〔妖精化〕や〔精霊化〕されてしまう。注意するようにな。陸上の者たち」


 ミンタがジト目になって文句を言う。

「だったら、その触手全部を引っ込めてもらえないかしらね」

 レブンがミンタの無礼な物言いに慌てるが、海の妖精は穏やかに半透明の半欠けクラゲ本体を海流に揺らすだけだ。

「すまぬな、狐族の娘。我の魔力が弱いので、上手く変形できぬのだ。〔妖精化〕や〔精霊化〕されても、すぐに元に戻してやるから、それほど気にするな」


(妖精も相変わらずだな……)と思うレブンである。


 隣で潜航しているジャディが、背中の黒い鳶色の翼を広げてバタバタし始めた。羊族用の事務職員制服を加工したものなので、彼だけ服装が違っていて目立っている。

「うがー! やっぱりダメだ。水中はダメだ。オレ様は帰るぜっ。プルカターン支族も今は運送業で稼ぎ時だからなっ。やってられるかよ、こんな濡れ仕事! じゃあな」

 そのまま海面から飛び上がって、カラス型のシャドウと共にどこかへ飛び去ってしまった。ついでに八つ当たりで、上空をフワフワ飛んでいる小型の『化け狐』の群れをいくつか蹴散らしていく。


 ジト目になって見送る一同だが……ジャディの行動はいつもの事なので、特に何も言わない。


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