108話
【海底の岩の塔】
岩の塔を警護している敵軍は、全てアンデッドだった。水の精霊や〔エレメンタル〕は1体も見当たらない。そのアンデッド群の種別を数値情報から推測する。
「ゾンビとスケルトン、それにゴーストの計100体か。キリの良い数字ってことは、敵も余裕がないという事かな。普通なら、索敵部隊やら独立小隊やらが展開されているはずだけど、見当たらないな」
自治軍本部に、味方のゴーストの〔操作〕に支障が出ていない事を報告して、作戦実行の許可を申請する。10秒後、自治軍本部の将軍補佐官から音声で許可が下りた。
「作戦を許可する」
レブンの明るい深緑色の瞳がキラリと光る。
「了解しました。作戦を実行します」
生き残っていた2体のゴーストに、術式の開始を簡易杖を振ってレブンが指示する。同時に、現場海域のあちらこちらに死霊術の魔法陣が出現し始めた。逃げ回っていた味方ゴーストが作成していたものだ。
魔法陣の数は一気に500個にも自己増殖して、敵のアンデッド群に襲い掛かり始めた。
以前に狼バンパイアが学校を襲撃した際に用いた、盾形〔攻性障壁〕の死霊術版だ。
ゾンビとスケルトン程度のアンデッドでは、大した魔法は使えない。そのために、魔法兵器を携帯して迎撃している。レブンのゴースト群もこの攻撃を食らって壊滅してしまったのだが、代償として術式を〔解読〕する事ができていた。
……そのはずなのだが、レブンが放った盾形〔攻性障壁〕が次々に魔法兵器で撃ち壊されている。セマン頭のままで、数値情報を見ながら腕組みをする。
「攻撃魔法を他にも用意していたのか……まったくもう、どこのドワーフだよ。こんな高性能な魔法兵器をタコに売りつけたのは。僕の町の自治軍よりも高性能じゃないか」
とはいえ、敵の数が100体しかいなかった事が幸いした。敵の数倍の数の盾形〔攻性障壁〕で圧迫する、単純な物量作戦が功を奏したようだ。数分で敵が沈黙し、ほっと一息つくレブン。
「海の妖精もそうだけど、基本的に妖精はアンデッドが嫌いだからね。大量の護衛は置けないんだよね。残念だったね、大ダコ君」
まだ残っている敵アンデッドの残党の位置情報を得て、盾形〔攻性障壁〕の第二波攻撃を済ませる。これで敵アンデッド群は全滅だ。
レブンの町の避難所がある岬から応援に飛んできて、現場海域に到着した新手の味方ゴースト群に、周辺海域の索敵と自動攻撃を命じる。死霊術場の反応は観測されていないので、敵の残存兵力はいないと思われるのだが……念には念を入れるレブンである。
さらに、生き残りの2体のゴーストに、海の妖精が囚われている岩の塔を調査させる。
1分後。数値化された観測情報が、紙製ゴーレムを経由してレブンの元に『紙に印刷された情報』として届き始めた。同時に、周辺の敵兵力が存在していない事も確認する。
それらを自治軍本部と臨時役場に紙飛行機で送りつける。さらに、自治軍と臨時役場に無線電話で連絡した。
「では、これより岩の塔内に閉じ込められている、『海の妖精』の救出作業に入ります。予定通り、その場所から一時避難して下さい。敵による魔法反撃の恐れがあります」
一斉に避難所全体が慌ただしくなり、町民全員を含めた大移動が始まった。まだ機能している〔テレポート〕魔法陣に、住民が次々に飛び込んで姿を消していく。
避難先は、津波被害から免れた内陸の山岳地の尾根に設定されている。
住民に交じって、レブンの叔父が手を振って励ましているのが見えた。親や兄弟、親戚たちもレブンに手を振って〔テレポート〕していく。故チューバ先輩の故郷の住民も、レブンに手を振って励ましてくれていた。
「本当は、避難なんかせずに済めば良かったんだけどな。まだまだ勉強が足りないなよね……」
レブンが申し訳なさそうな表情で、叔父や町民たちに手を振り返す。
ついでに海中の町の生け簀の養殖魚へ与える餌を担いで、ぎこちない動きで岬から海へ飛び込んでいく、数体のスケルトンにも一応手を振った。魚への餌やりは、どんな状況でも欠かせない。
スケルトンは能力が低いのでレブンに挨拶を返したりはできないが、手を振って応援したくなるレブンであった。
「復興時に、現金収入があるのと無いのとでは、全然違うからね。頑張ってよ、スケルトンたち」
その次に避難していくのは、役場の人たちだった。今はレブンの町と故チューバ先輩の町の、町長と役人たちによる合同組織になっている。こちらはレブンに文句を色々と言っている。
素直に頭を下げて謝るレブン。
「行政の仕事が中断してしまうので、気持ちはよく分かるつもりですよ。すいません。多分、1時間ほどで片がつく予定ですので、ご容赦下さい」
最後に、自治軍が退却するのを見送る。作戦案を提出した際には、部隊をいくつか残すといわれたのだったが、『呪い騒動』の映像情報を見せて納得してもらった。自治軍が所有する自律型のゴーレムは残す事で、何とか折り合いがついたという次第である。
(本来なら〔海水化〕攻撃を受けた段階で、総員退避してもらうべきだったんだろうな。僕もまだまだ詰めが甘い)
まあ、ただの学生なので、仕方がない面はある。レブンの作戦案も、実際に〔海水化〕攻撃の脅威やアンデッド群の威力を目の当たりにしないと、受諾される可能性は低かった。
最後に将軍が、数名の補佐官と一緒に〔テレポート〕して姿を消した。これで、この岬に残っているのはレブンだけだ。
一応、自治軍のゴーレム部隊が防衛態勢に入っている事を再確認して、それを避難先の自治軍本部へ無線電話で知らせる。
「手順の全てを完了しました。本作戦の実行を申請します」
すぐに、音声通信で自治軍の担当官の声が届いた。
「こちらも避難民の点呼を完了した。作戦実行の許可を与える」
「了解しました。作戦を実行します」
レブンが通信を切って、1呼吸する。
「それじゃあ、ゴースト君。始めようか」
レブンが現場海域に展開しているゴースト群に、簡易杖を振って作戦開始の指令を下した。
本当ならば、ペルたちのシャドウが到着するのを待つべきではある。しかし、索敵中の味方ゴーストが、海中に新たな敵影を複数確認したので、先手を打つ事にした。
数値情報しか送られてこない上に、いちいち紙製ゴーレムを介して紙に印刷された情報を基に判断する……という手間が加わるので、さすがに少しイライラ気味のレブンだ。紙束を持つ左手が疲れてきた。
40秒後。
レブンの明るい深緑色の瞳に、安堵の色が浮かんだ。
「……よし。設置完了。ゴースト群は、安全圏まで一斉退避」
命令の通りに、ゴースト群が一斉に岩の塔から離脱していく。その距離を確認して、レブンが命じる。
「爆破」
岩の塔に500枚も食い込んでいた盾形〔攻性障壁〕が一斉に爆発した。
妖精は生命の精霊場の塊でもあるので、死霊術場と激烈な反応を起こす。岩の塔も生命の精霊場を高濃度で帯びているので、接触すると大爆発を起こすという仕組みだ。
ちなみに、盾形〔攻性障壁〕の最外殻は氷の精霊魔法で包まれていて、この層が緩衝材になっていた。合図で最外殻を〔消去〕して爆破させたという形だ。
岩の塔の構造上、応力がかかる部位は先程の調査で判明していたので、効率的に破壊できたようだ。ゴーストからの観測数値の変化を注意して見守る。
すでに、紙の山がレブンの足元にできつつあった。ゴーレムの大きさも今では半分くらいに小さくなっている。後で、リサイクルしてゴーレムに戻す必要があるようだ。
紙束を次々に見ていたレブンの深緑色の瞳がキラリと光る。
「……よし。塔の倒壊を確認。囚われの妖精さま、お迎えに参りましたよ」
相変わらず、映像情報は届かない。それでも数値情報から推測するに、相当に衰弱しているのが分かる。レブンがセマンの髪をかきながら詫びた。
「弱っているところ、本当に申し訳ありません。ですが、もう少し弱って下さい。〔エネルギードレイン〕魔法を開始」
この魔法はさすがにゴーストに任せる事はできないので、紙製ゴーレムを介して攻撃する。
ゴーレムも魔力に抗しきれずに、さらに半分くらいにまで小さくなってしまった。〔エネルギードレイン〕魔法に少し巻き込まれてしまったようだ。
完全な遠隔攻撃な上に、現地の情報が数値だけなので、傍から見ると魔法攻撃をしたようには見えない。
しかし、次の瞬間。紙製ゴーレムが〔海水化〕した。現場海域に展開していた全ての味方ゴーストも、反応が〔消失〕する。遠くから迫ってきていた敵影も、全て〔消失〕してしまった。
レブンが持っている簡易杖も〔海水化〕されて溶け始めたので、急いで放棄する。
さらに、杖を持っていた左手の指の感覚が消えてきたので、闇の精霊魔法の〔闇玉〕を使い、肘の先から腕をスッパリと切り落とした。
急いで、用意していた法術を封じた〔結界ビン〕を開けて、鮮血が断続的に噴き出す肘の断面の血止めをする。切り落としたレブンの左手は、あっという間に〔海水化〕されて地面に吸い込まれて消えてしまった。
強化杖を〔結界ビン〕から取り出して、それを用いて自身の〔診断〕を行う。
「……ふう。腕だけで済んで良かったよ」
招造術が入った〔結界ビン〕を開けて、中から包帯の布状のゴーレムを取り出す。それに強化杖を当てて左腕の形に〔変形〕させる。それを、そのまま血が止まったばかりの左肘に接続する。切断面が包帯に覆われて見えなくなり、臨時の左腕が形成された。
その布の左手の動作状況を確認する。布の手に付いている5本の指を動かして、軽いジト目になった。
「うーん……反応速度が少し遅れるなあ。この点は要改良だな」
臨時役場や自治軍本部が入っていたテントは、見事に〔海水化〕して消滅していた。一方で、他の避難所施設には被害は出ていないようだ。
「これなら、被害は大した事なさそうだ。被害報告をしながら、作戦を継続っと」
現場海域の味方ゴーストが全滅してしまったので、現地に散乱しているままの敵のアンデッド群を〔操作〕する。レブンが用いた対アンデッド攻撃は、アンデッド本体を破壊して行動不能にさせる面もあるが、支配権を奪う事も目的だ。そのための盾形〔攻性障壁〕攻撃であった。
幸い、大ダコからは距離が離れているので、レブンの命令の方が早く届く。
レブンの〔再起動〕命令に応じたのは、それでも数体のスケルトンだけだったが……今はそれで充分だ。スケルトンなので、骨であれば何でも利用できる。すぐに行動可能になったが、手足が数本あったり頭が無かったりと、見た目はかなり悪い。
スケルトンに観測任務を与えて、現場海域の状況を調査させる。同時に、崩壊した岩の塔から姿を見せているクラゲ型の海の妖精の位置座標の特定を急がせた。このまま逃げられては困る。
〔念話〕回線が何とかつながったので、警告を送るレブン。
(降伏して下さい。〔エネルギードレイン〕魔法をさらに受けたいですか?)
すぐに、やや驚愕した声色で、海の妖精から返信がきた。
(な、なんと。我の〔精霊化〕攻撃を凌いだというのか、君は)
包帯布になっている左手を潮風に揺らせて、肩をすくめるレブン。
(片腕は海水にされてしまいましたが、まだ生きていますよ。さて、どうしますか? まだ戦いますか?)
まあ、あれほど何度も見ていれば、対処方法も考えつくものだが……その点は黙る事にする。
海の妖精が即答する。
(降参する。妖精のしきたりに基づき、我に抗した者は認める。糞タコから解放された事、感謝するぞ)
あっけない返事に少々面食らっているレブンだったが、すぐに嘘偽りではない事を見抜いた。妖精は基本的に正直な性格だ。パリーのような、ひねくれた妖精は若干異なるようだが。
(では、今後は僕の指示に従って下さい。もう、大ダコの命令に従う必要はありませんよ)
レブンの〔念話〕に、再び即答してくる海の妖精だ。よほど嬉しいのだろう。
(心得た。して、君は我と『妖精契約』を結ぶつもりかね? 君は波動から察するに魚族のようだから、強力な精霊魔法を行使できるようになるだろう)
ところが、レブンは即答で断った。
(いえ。契約は結びません。海の妖精さまの魔力量が膨大過ぎます。僕が使うと、まず間違いなく魔法の暴走が起きますよ。それは、海の妖精さまにも僕にも良くない事です)
これまで、散々パリーの魔力暴走を経験しているので、迷いも未練もない言い切りぶりだ。
これには海の妖精がかなり驚いたようで、数秒間ほど微妙な間があいた。
(ふむ……珍しい奴だな。まあ、よかろう。では、我と君の関わりはどのように規定すれば良いかね?)
レブンが明るい深緑色の瞳をキラリと輝かせた。
(『友人』で良いですよ。僕の町が復興したら、遊びにきて下さい。養殖した魚を御馳走しますよ)
海の妖精が愉快そうに笑い始めた。
(ほう、ほう。それは楽しみにしておこう)
レブンが視線を頭上に向けた。ペルとジャディ、それにレブン自身のシャドウが揃って到着して空中に浮かんでいる。それらに待機命令を出して、レブンが通話に戻る。
(それでは、早速で申し訳ありませんが……大ダコへの魔力支援を終了して、安全な場所へ避難して下さい。この岬の周辺海域でも構いませんよ)
数秒間ほど間をあけて、海の妖精から返事が届いた。何と〔念話〕ではなく、直接音声だ。長距離の〔空間指定型の会話〕魔法だとレブンが直感する。
「心得た。我からの魔力支援を停止した。ついでに、帝国全土を覆っていた〔通信妨害〕魔法も解除しておいた。君は魔力量が少ないようだからな、〔念話〕では消耗が大きいだろう」
音声と数値情報だけの通信回線が、一気に大容量回線に切り替わった。慌てて、レブンが現場海域のアンデッドたちにかけていた調査に関わる魔法の術式を更新する。
もう、紙製ゴーレムを介した面倒な通信回線は不要になったので、アンデッドの観測部隊とレブンとの直通回線にした。
レブンの手元に〔空中ディスプレー〕画面がいくつか発生し、現場海域の映像情報が映し出された。スケルトンなので眼球がないのだが、近くを泳いでいた金目鯛の魚の眼球を、招造術で〔複製〕してスケルトンの眼窩に組み入れて使用している。当然ながら魚眼レンズなのだが、視界は確保できた。
それを見て、思わず冷や汗をかくレブン。
「海の妖精さま……よくぞ無事でしたね。ゆっくりと休んで回復に専念して下さい」
画面に映し出されているのは、一面の岩塊が散乱している暗い海底に、クラゲ型の海の妖精がユラユラと〔浮遊〕している様だった。クラゲ型の半透明な体は半分以上欠損しており、クラゲの触手も全く見当たらない。
「半身を、大ダコに取り込まれたのですね。お見舞い申し上げます」
クラゲ型の海の妖精が、その半透明の椀型の体を大きく揺らめかせる。海流に押し流されている様子だ。
「どこかで大地の精霊の塊を取り込んだようでな。不意打ちで倒されてしまった。タコは我の庇護下にある生物であるから、まさか攻撃してくるとは予想もしていなかったわい」
興味深く聞くレブンだ。パリーに当てはめると、庇護下にある森の獣が反逆したようなものだろうか。
(そういえば……前に、湖でも似たような事が起きていたなあ。たまに起きるのかな、こういうのって)
海の妖精の元気がないので、とりあえず褒める事にする。
「そのような満身創痍の姿で、あれほどの津波と海水の精霊や〔エレメンタル〕の大群を指揮したのですね。さすがは、偉大な海の妖精さまです。ここまでできる妖精は、他にはいませんよ」
やはり正直な性格のようで、簡単に元気になっていく。細いながらも数本のクラゲ触手も発生し、ヒラヒラと海中を漂い始めた。
「そ、そうかね? そうだな、我ほどの妖精はそうそうおらぬからな。我が武勇が陸上でも広まったという事か。うむ、悪くはないな」
(こういう性格なので、大ダコが仕掛けた罠にかかったのだろうな……)と思うレブンである。
(しかし『本来の実力』を発揮していたらと思うと、背筋が凍る思いだな。ある意味で、大ダコ君に感謝しないといけないのかな)
そのような事を考えていたレブンに、クラゲ型の海の妖精が口調を大真面目な感じにした。また新たに1本のクラゲ触手が、半分になっている半透明の椀から生えてきている。回復力も、相当なもののようだ。
「我が魔力を回復するまでの間、君のいる岬の下で休ませてくれ。先程から、『化け狐』どもが、我の管理する海域にまで侵入し始めておってな。奴らと戦うのは、今は避けたいのだ」
すぐに臨時役場と自治軍本部へ伺いを立てる。こちらも、今は通信障害が回復しているので映像を使った通信が可能になっていた。ドワーフ製の通信用の魔法具も、本来の能力を発揮している。
1分間もかからずに、レブンが微笑みながら画面向こうの海の妖精に告げる。
「許可が下りました。どうぞ、岬の下で休憩して下さい、海の妖精さま」
海の妖精がゆっくりと岬へ向けて海中を移動し始めた。それを見守っていたレブンの手元に、再び自治軍本部から通信が入る。将軍の補佐官の1人からだ。
「レブン君。たった今、帝国軍情報部から、敵大ダコの位置座標が判明したという情報が入った。今まで、海の妖精によって探知を妨害されていたようだな」
レブンの顔がパッと明るくなる。
「そうですか。やりましたね。では、後は帝国軍に任せれば良いという事ですね」
補佐官のセマン顔が仮面状になった。どうやら、そう簡単な話ではないらしい。
「帝国軍の攻撃内容は、我々自治軍にもまだ分からない。しかし、敵は海中深くに潜んでいるのが問題だ。使用できる兵器種が非常に限定されるのだよ」
元々、帝国軍は海戦が得意ではない。
「現状では、恐らく、敵標的を破壊でき得る攻撃手段を多くは持ち合わせていないだろう。我々魚族の自治軍も、かなり消耗している。町民の安全確保で精一杯というところだ」
雲行きが怪しくなってきたので、レブンの目が少しずつジト目気味になっていく。
「……状況は理解しました。では、何らかの手段を用いて、敵大ダコを海中から陸上か空中に引き出す必要があるという事ですね」
そのまま、手元の〔空中ディスプレー〕画面で何か演算を開始する。数秒で演算が終了して、その結果を自治軍本部へ送信する。
「僕が3体のシャドウを使って、海中に潜んでいる敵大ダコをどこか適当な場所へ〔テレポート〕させます。敵の質量と予想される魔力量から、僕が〔テレポート〕で飛ばす事が可能な範囲も地図に表示しました。この範囲内で、適当な地点をご検討下さい」
しかし、数分後に得られた回答は否定的なものだった。今度は補佐官ではなく自治軍大将が顔を画面に出してくる。セマン顔なのだが、かなり険しい表情をしている。
「レブン君。残念だが、候補地の全てが帝国軍参謀部から却下された」
思わず、ジト目を険しくするレブンだ。そのレブンに大将が表情を変えずに補足説明をする。
「帝国軍参謀部の見立てでは、敵目標を破壊するためには『核ミサイル』を使用するべきだという意見が大勢を占めている。これは海中の敵を想定して、ドワーフ政府を通じて購入された兵器だ」
レブンのジト目がさらに険しくなった。
「……それって、本来は大ダコ対策のために用意された物ではないですよね。まったく、帝国は……」
恐らくは、帝国に反逆した魚族の自治軍を対象にした兵器だろう。
しかし、(今はその点について抗議する場面ではない)と、レブンが気持ちを切り替えた。口調からトゲがなくなり、表情がいつものセマン顔に戻る。
「そうなると、困りました。僕の魔力では、この範囲が精一杯ですよ」
「あら。私たちの事を忘れちゃ困るわよ、レブン君」
唐突にミンタの声が割り込んできた。
「ここの学校避難所の魔法場サーバーを短時間だけ貸してあげるわ。大ダコの質量って、観測値では20トンちょっとでしょ。その程度なら、このサーバーの魔力で地球の裏側まで〔テレポート〕させる事ができるわよ」
ペルからも返事がレブンに届いた。こちらはまだ、地下階の壁や天井の〔修復〕を続けている様子だ。結構、土埃まみれになっている。
「学校の魔力サーバーも復旧したよ。まだ本格稼働はできないけれど、魔力支援はできると思う」
そして、ペルとミンタが別回線で幻導術のプレシデ先生と何事か会話したようだ。すぐに〔空中ディスプレー〕画面に顔を向け直す。
ペルがかなり深刻そうな表情になって、レブンに告げた。
「帝国軍の核ミサイルだけど……プレシデ先生の話だと、海中での爆破は避けた方が良いみたい。半径15キロの範囲内の全ての生物が死滅するって。そんな事したら、今度は海の妖精さんと大戦争をする羽目になるよ。肝心のマライタ先生とは連絡が取れないなあ。どこに行ってるんだろ」
その情報は自治軍大将も知っているようで、苦虫を噛み潰したような表情を続けている。
「さすが幻導術だな。情報が筒抜けか。その核ミサイルの威力のために、参謀部も帝国内での敵目標への攻撃に否定的なのだよ。帝国外で、できるだけ影響が及ばない場所が理想的なのだが……どこか心当たりはあるかね?」
ミンタがジト目になって肩をすくめる。
「帝国内で核爆発なんか起こしたら、国じゅうの妖精や精霊が怒り狂って、帝国を滅ぼそうと攻め寄せてくるわよね。木星の妖精さんは喜びそうだけど。帝国外って、それって外国でしょ。外国に核攻撃して無事で済むとは思えないわね。っていうか、本当に核攻撃しか手段がないの?」
ペルが今度はサムカ熊が映っている小窓画面と何か会話をする。これもすぐに終了して、会議に復帰した。
「テシュブ熊先生と相談したんだけど、この案はどうかな。以前に、この世界でのテシュブ先生の居城がある場所に、オーク軍の基地があったよね。今は潰れて、『化け狐』の巣になっているけど。ここなら、ちょうど地球の裏側だし、砂漠だし、周辺数百キロに国も町もないよ。この場所へ大ダコ君を転送すれば良いかも」
ミンタがすぐに演算してニヤリと微笑んだ。鼻先のヒゲがピンと画面方向を向いている。
「問題ないわね。学校の魔力サーバーと、ここの魔法場サーバーの両方を使えば、正確に〔テレポート〕して飛ばす事ができるわよ。現地に〔テレポート〕魔術刻印がないけれど、私たちが以前使用した魔術刻印が近くにあるから……よし、測量完了。簡易測量だから旧城の真上じゃないけれど、誤差20メートル程度ね。許容範囲だわ」
レブンもミンタの演算結果を確認してうなずいた。
「そうだね。じゃあ、僕がこれから作戦案を書いて、自治軍に提出します」
将軍が少し明るい表情になりながら、それでも眉間にしわを寄せた表情でうなずく。
「そうか。では、早急に作戦案を提出してくれ。こちらで査定してから、帝国軍に提出してみよう」
レブンが先行して3体のシャドウを放つ。たちまちアンコウとカラスと子狐型のシャドウが音速を突破する速度で、水平線の向こうへ飛び去っていった。向かう先は、大ダコが潜んでいる場所だ。
幽体でステルス状態に移行したので、爆音も衝撃波も何も起きない実に静かな出撃となっている。
大ダコが潜む座標まで3分ほどで到着するという表示を見て、レブンが作戦案を自治軍本部宛に提出した。将軍や補佐官が映っている〔空中ディスプレー〕画面が消去され、会議中という狐文字のバナーだけの表示に切り替わる。
「ふう……」と一息つくレブン。
「助かったよ、ミンタさん、ペルさん。ありがとう」
ミンタが微笑みながら肩をすくめてみせた。
「どういたしまして。でも、核攻撃なんかするよりも、私たちが〔エネルギードレイン〕魔法で大ダコを集中攻撃して、〔闇玉〕なんかで消滅させた方が手っ取り早いんじゃない?」
ペルが両耳をパタパタさせて、土埃を払い落としながらミンタに話す。
「一番の手柄は、私たちじゃなくて帝国軍にした方が良いと思う。あんまり、強力な魔法攻撃を見せてしまうと、普通の人たちが怖がるもの」
レブンが同意しながら苦笑している。
「地球の裏側まで質量20トンもある物体を〔テレポート〕で飛ばす事も、相当に脅威だと思うけれどね。でも確かに、目立たないように心掛ける事は大事かもしれないな」
ここでレブンが何か思い出したようだ。ペルに顔を向ける。
「それはそうと、ジャディ君はどうしてる?」
ペルがジト目になって両耳を再びパタパタさせた。
「知らない。ケガが治ったら、すぐにどこかへ飛んで行ってしまったよ」
ミンタが呆れた表情でつぶやく。
「本当に、あのバカ鳥は肝心な時に使えないわね」
レブンが「コホン」と小さく咳払いをして、一応彼を擁護した。
「ま、まあ……元気そうで良かったよ」
【帝都のリーパット党】
その頃。帝都を囲む高い城壁の上には、リーパットが理想的なドヤ顔をして、仁王立ちをして高笑いをしていた。さすがに制服ではなく、汚れても構わないような作業着姿だ。足元も今は丈夫なブーツで固めている。
踵部分と膝には、魔法具が取りつけられていた。マライタ先生が作っていた、運動エネルギーを魔力に〔変換〕する魔法具だ。
リーパットが見据えている城外には、5万ものゾンビやスケルトンの群れが集結していた。悪臭が酷く、ちょっとした悪夢のような光景となっている。
そのほとんどは魚族である。腐敗がかなり進行して、ゾンビでも半分スケルトンのような姿になっていた。知能は全くない様子で、操り人形のような動きをしている。銃器や刀剣のような武器らしい武器は全く装備しておらず、衣服もズタボロだ。
その全ての敵アンデッドは棒切れや板切れを持って振り回し、その先から海水を噴き出し続けていた。その海水は、いうまでもなく触れた物を全て海水に強制〔変換〕させるものだ。そのせいで、城壁のあちらこちらが溶解して崩落が起き始めている。
リーパットが手下の生徒たち40名ほどに向かって檄を飛ばす。
「よいかっ! あやつらを決して城壁に取りつかせるなよっ。撃て撃て撃ちまくれえっ!」
「おう!」
城壁の上に展開している40名ほどの生徒たちが一斉に応えて、簡易杖を城外の敵群に向けた。
軍事訓練を積んでいる訳ではないので、指揮統制も大して行き届いていない。そのために、生徒たちがそれぞれ勝手に判断して魔法攻撃を開始した。側近のパランとチャパイも必死の形相で魔法具による攻撃を始めている。
一方で、コントーニャは鼻歌混じりの気楽さで、同じ魔法兵器を撃ちまくっているが。彼女は幻導術専門クラスの生徒なので、的確に敵を〔ロックオン〕している様子だ。
その魔法具の兵器は、半分ほどは力場術の〔火炎放射〕や、〔紫外線レーザー〕だった。残りは法術の対アンデッド〔浄化〕法術になっている。
どちらも死霊術場とは激烈な反応を引き起こす魔法なので、城外のアンデッド群が大爆発を起こし始めた。コントーニャが大喜びしている。
もちろん城壁上には帝国軍や警察の大部隊が展開済みで、とっくに城外の敵に総攻撃を開始していた。
リーパットが強引に城壁の一角を占拠して、勝手に行動をしている状況だ。それでも、ブルジュアン家の子息が率いる義勇兵部隊なので、軍と警察も特に干渉はしていなかった。
人数もたったの40人ほどなので、戦力としても大したものではないため、実質上は無視されているといっても良い。
軍と警察の大部隊の攻撃は、主にドワーフ製とソーサラー魔術協会提供の、対アンデッド用の魔法兵器によるものだ。レブンの町の自治軍が有している魔法兵器と基本的には同じなのだが、性能はこちらの方が圧倒的に優れている。
〔紫外線レーザー〕攻撃の場合では、命中した際に起きる敵アンデッドの爆発はそれほど大きくない。風船が破裂する程度の爆発に留まっているので、周辺環境にも優しい仕様だ。
しかし、爆発後に生じる灰の量は同じなので、城外があっという間に灰だらけになっていくのは避けられないが。
そのせいもあって、リーパットの義勇兵部隊の活躍が非常に目立っている。爆炎だけでも相当なものだ。戦果は大したものではないのだが。
敵アンデッドは魔法は使えないのだが、海の妖精の〔加護〕がまだ残っているようで各種の〔防御障壁〕が展開されていた。そのため城壁からの通常攻撃や魔法攻撃も、半分程度しか効果を出していない。
棒切れや板切れの先から絶え間なく噴き出している海水が霧状になってきていて、城壁に触れた部分が溶解を始めてきた。
敵アンデッドの衣服も容赦なく溶けて〔海水化〕しているので、腐敗した全裸のゾンビやスケルトンの大群になりつつある。しかし、魚族がセマンに変化した姿なので、手足の先を含めた所々が魚のパーツになっているが。
海水の霧は城壁を吹き上がってきて、帝国軍や警察の部隊にも襲い掛かり始めた。しかし、さすがに獣人族だけあって、迅速に回避しているようだ。リーパットの義勇兵部隊にも海水の霧が吹きつけてきたが、彼らも難なく回避している。
リーパットがドヤ顔のままで叫んだ。
「ははは、ばかめ! 我ら狐族の敏捷性の前には、このような霧など無意味だっ。生徒どもよ、攻撃を続けろ! この愚かなアンデッドどもに思い知らせてやるのだあっ」
気勢が生徒たちの間から起こり、一層激しい魔法攻撃が繰り出された。爆炎と爆音がさらに大きくなる。
通常の音声会話ができない程の爆音になってきたので、側近のパランとチャパイの提案で〔指向性会話〕魔法に切り替わる。リーパットは当然ながら不得手なので、魔法具を取り出して生徒たちに檄を飛ばし続けるようだ。
そうこうする内に、城外では爆炎と土煙に灰や霧が充満して視界が遮られてきた。軍と警察の大部隊は、敵影を〔ロックオン〕しにくくなったようで、少し混乱しているようだ。
その様子をパランとチャパイから聞いて、ドヤ顔のままで横目で鷹揚にうなずくリーパット。
「これだから魔法が使えぬ者は。我らは敵の死霊術場を〔探知〕できるから、このような土煙の中でも何ら問題ないというのになっ」
まあ実際のところは……生徒の義勇兵の中にコントーニャのような幻導術が得意な者がいるので、彼らによる〔探知〕のおかげだ。招造術専門クラスの生徒も何名かいるので、彼らが作成した紙飛行機型の索敵用ゴーレムも、城外を縦横に飛んでいる。
リーパット主従は残念ながら成績が学校最下位なので、こういった気の利く魔法は使えていない。しかし、そのような事は気にしないリーパットだ。ドヤ顔のままで、パランとチャパイに命じる。
「我らの索敵情報を、軍と警察にも渡してやれ。数名ほどなら『我が配下の者を索敵用に融通してやっても良い』とも伝えてやれ」
もちろん軍と警察部隊にも索敵専用の部隊がある。今頃は、土煙の中でも索敵ができるような装備に変更中なのだろう。パランとチャパイもその程度の知識は有しているのだが、ここはリーパットの命令に従う事にしたようだ。
「はい、リーパットさま!」
2人が口を揃えて答え、そのまま土煙が巻き上がる城壁の上を駆け去っていった。その後ろ姿を満足そうに見送るリーパット。
「うむ。これで我がブルジュアン家の家名もさらに高まる事だろう」
実際は、今までの失態が積み重なって、軍と警察の上層部がブルジュアン派閥から宰相派閥へと一新されていたのだが……気がついていない。
城壁の外の敵群の動きに変化を認めて、リーパットが片耳をピクリと立てた。尻尾の先も微妙に曲がっている。
「……ん? 敵の動きが鈍ってきたぞ」
40名ほどの配下の生徒たちによる容赦のない魔法攻撃は今も続行されていて、視界はさらに悪化の一途を辿っている。
しかし、敵の死霊術場の大雑把な位置と量は、リーパットにも〔察知〕できるようになっていたので、異変に気がついたようだ。やや険しい目になって、土煙の中の敵を探っていたが……すぐに、ドヤ顔に戻っていく。
「ふふふ、そうか。魔力切れを起こしてきておるな」
配下の生徒たちにそのドヤ顔を向けて、大きく叫んだ。一応は〔指向性会話〕魔法の魔法具を使用しているので、この爆音の中でも音声が伝わっているようだ。
「皆の者! 敵がひるみ始めたぞっ。我、勝てり! 今こそ全力を以って敵を叩けっ」
「おおおおっ!」
土煙の中で生徒たちの気勢が上がった。リーパットも城壁の上で仁王立ちになって、魔法具を使いながら敵を攻撃する。
「撃て撃て撃て、撃ちまくれえっ!」
爆音がさらに激しくなり、城壁の上に吹き上げてくる土煙や灰の量も増えてきた。軍と警察の部隊も、本格的な攻撃を再開したようだ。土煙で視界が利かないが、あちらこちらで爆音が轟き始める。
そんな中、パランとチャパイが戻ってきた。そのまま床に這いつくばるように伏せて、リーパットに謝罪する。最初にパランが顔を砂まみれにしながら、リーパットに報告する。
「リーパットさま、申し訳ありませんでした。何度も軍に申し述べましたが、連中は聞く耳を全く持ち合わせておりません」
次いでチャパイも同じように砂だらけの顔をリーパットに向ける。
「リーパット様。警察も頑固で断られてしまいました。面目もありません」
しかし、リーパットは全く気にしていない様子だ。ドヤ顔のままで、両耳をピコピコ動かす。
「まあよい。敵が怖気づいたようだぞ。今が叩き時だ。貴様らも攻撃に参加せよ」
「は! かしこまりましたっ!」
同時に2人が答えて、すぐに砂塵の中へ駆け去っていった。リーパットが土煙の中で高笑いをする。
「かははっ。これで、我もブルジュアン家での地位が上がる。見ているか、バントゥ。正義は我にあるのだっ」
【大ダコ転送】
茶番じみた事をリーパット党がしていたのだが、そんな情報は知らないままのレブンとミンタ、それにペルであった。
岬から水平線を眺めているレブンの手元にウィザード語で表示が出て、すぐに地図の映像が出た。そこには、3つの光点と、1つの色違いの光点が記されている。
「よし。シャドウたちが作戦海域に到着したね。このまま、大ダコの真下に〔テレポート〕魔法陣を描画開始」
ミンタが小窓画面の中で感心している。
「さすがステルス性能が優れているシャドウね。大ダコ君も気がつかないか」
ペルが少し照れながら、地下階の階段の壁の〔修復〕を続ける。内部照明も次々に復旧しているようで、非常灯が消えて、画面の明るさが徐々に明るくなってきていた。
「今はサーバーの魔力支援があるし。幻導術の魔力を死霊術場に〔変換〕しているよ。かなり効率は悪いけれど、それでも助かってる」
死霊術はウィザード魔法の一種なので、魔力の相互〔変換〕が可能だ。しかし、その効率はかなり悪いが。
大ダコは海の妖精からの魔力支援が切れたために、大幅に魔力量が減っていた。今や、満足な〔防御障壁〕も展開できない有様だ。
そのために、大ダコに気づかれないままで、〔テレポート〕用の魔法陣を設置する事が可能になっている。
その描画作業を画面を通じて見守りながら、レブンが別画面を見る。そこには、〔テレポート〕先のオーク軍砦跡地の状況が表示されていた。ちょっとした丘になっているだけで、建物などは全く見当たらない。
少し顔を引き締めるレブン。
「居座っている『化け狐』の魔力量が、かなり高いね。やっぱり正確に真上に、大ダコ君を転送させるのは厳しいかな。できれば、『化け狐』と衝突して欲しいのだけど」
ミンタが片耳をパタパタさせて肩をすくめた。
「誤差が20メートル程度だから、まあ、当たる事は当たるわよ。タコの足の先くらいは、『化け狐』の尻尾の先に触れるんじゃない? 保険として、〔テレポート〕時に、『化け狐』相手に集中攻撃でもやってみる? そこまでやれば、『化け狐』も起きるでしょ」
ペルは別の意見のようだ。遠慮がちに両耳をペタリと前に伏せて、鼻先と口元のヒゲを全て顔に貼りつかせている。
「死霊術場に反応するはずだから、何か餌というか、囮というか、そんなアンデッドを大ダコ君と一緒に〔テレポート〕して送りつければどうかな?」
レブンが素直にうなずく。
「そうだね、じゃあ、その2つとも試してみるよ。スケルトンの破片なら、作戦海域に結構散乱しているみたいだし、これを使ってみようかな」
レブンが作戦海域のシャドウに命じて、スケルトンの材料となる骨片を集めさせる。数体ほどは作成できそうだ。死霊術場はシャドウから供給する事にして、海中に漂っている残留思念をいくつか捕獲する。
その作業をシャドウにさせていると、自治軍本部から連絡が入った。小窓表示で大将の補佐官の顔が映る。
「レブン君、待たせたね。君の作戦案を、こちらで精査して修正を加えた作戦案にした。それを、帝国軍の参謀部へ提出したのだが、先程返答が来た。実行の許可が下りたから、早速始めてくれ。以上だ」
レブンの手元に修正された『作戦決定稿』が届く。それを数秒ほどで高速読み取りして、うなずくレブンだ。ぎこちないながらも、自治軍方式の敬礼をする。
「かしこまりました。これより、作戦を実行します」
ミンタにも作戦内容が伝えられているようで、ニヤニヤしてレブンを見ている。
「結構、変更が加えられたわね。でもまあ、大筋では変更点はないし、頑張りなさいな」
ペルも両耳をパタパタさせて、両手もパタパタさせている。多分、尻尾もパタパタしているのだろう。
「頑張ってね、レブン君」
レブンが包帯製の左手でセマン顔の髪をかいた。右手は強化杖を持って、水平線の向こうにいるシャドウたちに向けている。
「ははは。大ダコ君が予想以上に弱ってくれたから、このまま放置していても構わないと思うけれどね。もう、周辺海域に『化け狐』の群れが侵入してきているようだし」
ここでレブンが、ペルとミンタ、それに自治軍の補佐官の視線を『左手』に感じた。そういえば、まだ説明していなかった。
「あ。左手は海の妖精を救出する際に、〔妖精化〕攻撃を食らって無くなってしまいました。後で法術で治してもらうので、心配しなくてもいいですよ。それと、臨時役場と自治軍本部のテントも、海水になって消えてしまいました。申し訳ありません」
「お、おう……」
微妙な表情で返事を返すミンタたちであった。補佐官はテントが溶けて消えた事を知って、少し慌てているようだ。資料か何かを残したままだったのかもしれない。
レブンの手元に、シャドウからの魔法陣の描写終了の知らせが届いた。同時に、3体のスケルトンの作成が完了した知らせも届く。レブンの強化杖のダイヤ単結晶が青く輝いて、攻撃魔法の発射準備も完了したようだ。
それらを再度確認するレブン。
「……よし。術式エラーはない。では、作戦を開始します」
同時にレブンの強化杖から30本もの〔マジックミサイル〕が放たれて、それら全てが〔テレポート〕されて消えた。現場海域では、作成されたばかりの3体のスケルトンが大ダコに抱きついた。
この時になって、ようやく大ダコが異変に気がついたようだ。8本の巨大な足を振り回して暴れ始めた。水の精霊魔法がまだ使えるので、巨大な渦が海中に発生する。
海底に散乱していた岩塊が渦に巻き込まれて、海中を飛び回り、互いに衝突して粉々に砕かれていく。現場海域に散乱しているアンデッドの破片は、これによるものだろう。
レブンが首を少しかしげた。
「……僕たちの他に、既に誰かが大ダコに攻撃をしていたのかな? そんな情報は入っていないけれど。まあ、いいか」
海底に堆積していた砂泥が一気にかき混ぜられて、何も見えなくなった。とりあえず視覚情報以外のチャンネルで、現場の映像を再構築する。
15秒後。20トンもある巨大な大ダコの姿が幻のように消えた。
岩塊を含んだ渦も勢いを失っていき、岩が海底に落下して転がっていく。可視光線領域での映像は、まだ海中が濁っているままなので何も見えないままだ。
次の瞬間。砂漠にあるオーク軍砦跡地の上空400メートルに、大ダコが出現した。土砂や海水も大量に〔テレポート〕されてしまったようで、局地的な豪雨になっている。
ペルのシャドウが大ダコと一緒に〔テレポート〕しており、このシャドウを介して現地の鮮明な映像が映し出された。
雲一つない砂塵混じりの青空の中に放り出された大ダコは、バランスを取ろうとしているのか、8本の巨大な足を最大限に広げて傘状になっている。
胴体は数メートル、足は胴体側の太さが1メートル弱で長さが10メートルほどもあった。かなりの巨体だが、やはり海の妖精の魔力支援がないせいか、それほど力強い動きではない。
その大ダコが重力に引かれるまま落下して、砦跡地から10メートルほど離れた岩場に激突した。
足を広げた程度では、この巨体を減速させる事はできなかったようだ。ペルの子狐型シャドウからの中継映像ではモノラル音声にしているので、本当に何かの映画の一場面のような音響になっている。
『化け狐』は海水の集中豪雨に打たれながらも、砦跡地の丘の上で丸まって眠っていたのだが、レブンが放った30発の〔マジックミサイル〕の直撃を受けて爆発炎上した。
さらに、スケルトン3体が上空から落下して、大ダコの上に衝突して砕けた。こちらはすぐに散らばった骨を拾い集めて、自身を手早く組み立て直して立ち上がる。
ミンタがニヤニヤしながらコメントする。
「まさに、青天の霹靂、寝耳に水ってやつね」
ジャディのカラス型シャドウも〔テレポート〕されてきて、すぐに上空を旋回しながら観測体制に移行した。これでさらに詳細な現地情報が得られる事になる。
ジャディ本人よりも役に立っているのだが、ミンタも含めて今はコメントしない。
爆炎の中から『化け狐』が巨大な上体を現して吼え、砦跡地の丘の上で起き上がった。周辺を旋回飛行していた小型の『化け狐』が、次々に『化け狐』の体に飛び込んで融合していく。
30発もの〔マジックミサイル〕の直撃を受けているのだが、全くの無傷なので少し落胆するレブンだ。
大ダコも岩場の上で8本の巨大な足で体を支えて起き上がった。すぐに、融合して巨大化しつつある『化け狐』に気がついたようだ。戦闘態勢に移行する。ステルス魔法を発動させたようで、大ダコの姿が急速に透明化していく。
そのような映像を見ながら、やや顔を青ざめている補佐官がレブンに告げた。
「今、帝国軍から核ミサイルを発射したという連絡を受けた。現地着弾まで2分という事だ」
「2分?」
いくら高速の弾道ミサイルでも、たった2分間で地球の裏側まで飛びはしない。
画面越しに顔を見合わせているレブンとペル、ミンタである。そこへ、画面の隅に自治軍大将がひょっこりと顔を出した。補佐官が恐縮して場所を譲ろうとしたが、やんわりと断る。
「恐らくは、潜水艦からの発射だろうな。我々自治軍にも欲しい所だが……ま、あまり口外はしないでくれ」
それっきり、また画面から姿が消える。
補佐官が「コホン」と軽く咳払いをしてから、レブンに告げた。
「潜水艦は、それ自体が機密の塊なのだよ。大将のいう通り、できれば口外しないように頼む」
レブンとペル、ミンタが再び画面越しに顔を見合わせて、軽く肩をすくめる。とりあえず今は、大ダコに集中しないといけない。
レブンが補佐官に改めて敬礼をする。
「了解しました。後で、誓約書を一筆書きます」
画面上では、大ダコと『化け狐』の戦いが開始されていた。どちらも体長が10メートルを超える巨体なので、怪獣の戦いのような特撮映画感がある。
『化け狐』は、やはり死霊術に反応したようで、まず最初に3体のスケルトンを吸い込んで吸収してしまった。餌になっただけのスケルトンに合掌するレブンである。
しかし、この初撃が大ダコではなくスケルトンに向けられた事が、かなり決定的になった。
大ダコが足を3本『化け狐』に向けた。その次の瞬間。足全体が青く輝いて、足先から大口径の〔紫外線レーザー光線〕が放たれた。
かなりの出力の〔レーザー光線〕のようで、周辺の空気がプラズマ化して白く発光している。〔レーザー光線〕の直径は60センチもあるだろうか。
この光線は紫外線領域の波長なので、本来であれば肉眼では見えない。しかし、ペルとジャディのシャドウのおかげで紫色の光に〔変調〕されて、ディスプレー画面上では見えるように加工されていた。
その3本の〔レーザー光線〕が、爆炎の中で吼えている『化け狐』に命中した。爆炎が一気に10倍ほどに膨れ上がり、炎色も赤から青白い白に変わる。レブンが放った〔マジックミサイル〕の火力を遥かに上回る高温の火球が、『化け狐』と砦跡地を全て飲み込んだ。
『化け狐』が帯びている魔法場は、闇の精霊魔法場や死霊術場が主なので、紫外線光とは激烈な反応を起こす。サムカが常時展開しているような太陽光の紫外線を防御する〔防御障壁〕を、この『化け狐』も展開しているのだが、その〔防御障壁〕が一瞬で消滅した。
こうなると遮るモノが無いので、激烈な反応が止まらなくなる。
青白い火球が弾けて大爆発が起きた。砂漠に衝撃波が幾重にも走り、溶けた大地が気化して爆炎に混ざり、辺り一面を薙ぎ払う。
砂塵が大量に舞い上がり、視界があっという間に利かなくなった。と、思った瞬間、映像がプツリと途絶えた。電波障害にシャドウが巻き込まれたのだろう。
幸い、シャドウにはそれほど被害は出なかったようで、15秒ほど経過してから中継映像が復旧した。そこには、砦跡地が爆炎に包まれて蒸発する中で、苦悶の絶叫を上げる『化け狐』の巨体が映っている。
大ダコは容赦なく『化け狐』ににじり寄りながら、大口径の〔紫外線レーザー〕を連射している。3本の足が、〔レーザー光線〕の放射エネルギーの副作用でボロボロと崩れている様子が見えた。
大地を溶かすような爆炎の中で、『化け狐』が吼えながら燃え始めている。かなり苦悶しているようで、燃えて炭化しつつある手足で溶岩化した大地を跳ね上げている。
その炎に包まれている『化け狐』の巨大な口が大きく裂けて、真っ黒な闇を吐き出した。
口から溢れた液体のような闇が、棒状に収束していく。そして、それが大ダコに向けられて放たれた。〔槍〕のような形状の『闇の塊』が何本も飛んでいく。
大ダコが無事な足を1本前に出して、〔防御障壁〕を張る。3本の〔レーザー光線〕は依然として連射し続けている。
闇でできた〔槍〕が〔防御障壁〕に衝突した。〔防御障壁〕が瞬時に消滅して、〔槍〕がそのまま大タコの足を1本消し去る。
さらに続けて、数本の闇でできた〔槍〕が大ダコに襲い掛かり、胴体や他の足に突き刺さった。大ダコの胴体が大きく削られて〔消去〕され、足がさらに1本消えた。
爆炎の中で、大きく裂けた口を歪ませて、笑うような表情を見せる『化け狐』。第2射をすべく、裂けた口から再び液体状の闇が溢れ出していく。
大ダコが3本の〔紫外線レーザー〕を、一回り以上も太くして放射した。胴体は半分近くも削られて消し飛び、足も2本失っているのだが、全く動揺していない。それどころか、体全体が青白く発光し始めている。
『化け狐』を包み込んでいる青白い火球がさらに巨大化して、溶岩化した岩砂漠を気化していく。火球は膨張を続けて、ついに大ダコ本体をも飲み込んでしまった。
ペルとジャディのシャドウが緊急避難を開始して、音速を超えた速度で現場から離脱していく。何とかギリギリで大爆発から逃れる事ができたようだ。
映像が復旧されて現地の様子が映し出される。さすがに今は望遠カメラから撮影したような映像になっていて、大気の揺らぎを受けて、画面が波打って揺らいでいた。
溶岩化した岩砂漠には、『化け狐』の姿は見当たらなかった。消滅してしまったようだ。大ダコは溶岩の中に浮かんでいるが、胴体はほぼ消失していた。足が3本だけ残っている。足の周囲にはくすんだオレンジ色をしたガスが立ち込めているが、それがタコ足に吸収されていた。
その3本の足から、何か生えてきたように見えた。人型のような姿なのだが……画像が蜃気楼のように揺れているので、はっきりとは見えない。しかし、ミンタたちには『それ』が何なのか瞬時に理解できた。
「バントゥ先輩だわ……他にチューバ先輩とラグ先輩よね、あれって」
ペルとレブンも無言でミンタに同意している。レブンが口元を魚に戻しながら、つぶやく。
「……死者を〔復活〕させるために、大ダコ君が頑張っていたのか。魔法場の特徴からして、アンデッドじゃないね。生きているよ。凄いな……」
タコの組織で人体を〔合成〕しているようなのだが、それが急速に獣人特有の組織に〔変換〕されている様子がうかがえる。1つは狐族、他に竜族らしき姿、さらにマグロに手が生えたような姿だ。
その3体のいずれもタコの足から上半身を出して、両手を振り回している。足も形成されつつあるようで、タコの足からそれらしき形が飛び出してきた。
まず最初に、狐族らしき姿の物体に頭が構成されて、目鼻が整い、狐族の毛皮が頭を覆い、そして口が開いた。ほぼバントゥになったソレが、口を大きく開けて何か叫んだようだ。溶岩状に溶けた岩砂漠の上で、異様な存在感を発揮している。
他の2体も竜族のラグと、マグロ型の魚族のチューバ本人の姿に急速に〔形成〕されていく。
次の瞬間。核ミサイルが着弾した。
新たな火球に包まれて、ほぼ本人の姿に育っていた3人が、あっけなく蒸発して消滅した。タコの足も蒸発して消えてしまった。
その一部始終を、声も無く見守るしかないレブンとペル、ミンタであった。
キノコ雲が収まった爆心地には、もう何も残ってはいなかった。ただ、冷え始めた溶岩状になった岩砂漠があるだけだ。
早くも新たな『化け狐』の群れが飛来してきて、爆心地の上空で旋回し始めている。間もなく、さらに巨大な『化け狐』が到来して、この場所に居座るのだろう。
【奮戦リーパット党】
大ダコの消滅は、タカパ帝国の戦線にも即座に影響を及ぼした。
帝都の城壁上で奮戦しているリーパットの目にも、それは明瞭に映し出されていた。彼は土煙と煤まみれになりながらも魔法具と簡易杖を駆使して、城壁を登ってくるゾンビやスケルトンを爆破して吹き飛ばしている。
40人ほどの配下の生徒たちも必死の形相で、攻撃魔法を連射している。彼らの先頭に立って奮戦している様は、腐っても名家の子息の威厳を帯びている。
そのリーパットの黒茶色の瞳が、ギラリと光った。壁をよじ登ってくる敵アンデッド群の動きが停止し始めていたのだ。
土煙と煤と灰が濃く立ち込めているので、視界は数メートルほどしか利かない。そのため、可視光線以外の波長の電磁波を放つ魔法具を使って確認する。
簡易杖を持った右手を高く掲げて、土煙の中で奮戦している配下の生徒たちに〔指向性会話〕魔法具を使って高らかに告げた。もちろん、リーパット自身の魔力量は微々たるものなので、魔力を込めたカートリッジを魔法具に差している。
「敵の動きが止まるぞ! 魔力切れだっ。気合いを入れ直して敵を叩けえっ」
「おおーっ」
砂塵の向こうから勇ましい気勢が返ってきた。
それを満足そうに聞きながら、側近のパランとチャパイを呼びつける。これも〔指向性会話〕魔法具を使ったので、すぐに2人が砂塵の中から姿を現した。彼らもまた全身が土と煤と灰まみれだ。
そんな2人の姿にも、満足そうな視線を投げかけるリーパットである。
「よいか。軍と警察に今一度知らせよ。敵の魔力が切れかかっておる、今こそ敵を殲滅する好機だ。『我らの配下の生徒を数名ほど、索敵用に貸し出しても良い』とな。行け!」
「はいっ。リーパットさまっ!」
2人が同時に応えて、そのまま砂塵の向こうへ駆け去っていった。
今度は彼らの背中を見送る事はせずに、すぐに城壁を見下ろす。
濃い土煙が立ち込めているので敵影は見えないが、索敵用の魔法具を使って〔ロックオン〕した。簡易杖を向けて、力場術の風魔法を発動させる。〔紫外線レーザー〕などを使うと、城壁まで爆発で損傷してしまう恐れがあるからだ。
砂塵が渦を巻き始めて、鋭い旋風に変化した。それを〔ロックオン〕した砂塵の向こうの見えない敵に向けて放つ。
「食らえ! アンデッドどもっ」
《ゴウ!》
重低音を含んだ風切り音が発生して、鋭い〔旋風〕が城壁に沿って吹き抜けていく。
索敵用の魔法具を介して、数体のアンデッドが城壁から引きはがされて風圧で引きちぎられ、そのまま地面に落下して砕け散っていく様子が、記号化された光点として確認できる。
周囲の生徒たちも残りの魔力を全て使い切る勢いで、様々な魔法攻撃を繰り出している。その轟音や爆音、土煙の中で、閃光や火球が何度も発生する。
そんな中、ドヤ顔をして仁王立ちしているリーパットである。
「よし、勝ったな!」
一方で、土煙の中でコントーニャがジト目になっていた。簡易杖の底部に新たな〔結界ビン〕を差し込んで魔力補給をしている。
「幻導術の〔索敵〕と〔測位〕にー、敵の攻撃の〔撹乱〕をしているのはー、私たちなんですけどー」
実際……リーパット主従や党員たちが使用している魔法兵器は、魔力を有しない者を想定して設計されているようだ。〔ロックオン〕等の機能は電子式になっている。
それはそれで充分な性能を有しているのだが、敵が死霊術場の塊であるアンデッド相手となると別だ。魔法場の影響で、電子機器が誤作動を起こしやすくなる。
結果として、〔ロックオン〕ができなくなったり、誤射を引き起こしてしまうのだ。
その『補正』を、コントーニャのような幻導術専門クラス出身の党員たちが引き受けていた……というのが実態であった。
しかし、魔力が低いリーパットには『その事』も充分に把握できていない様子である。コントーニャが文句を言いたくなるのも当然だろう。
いうまでもない事だが、リーパットの再びの申し出も当然のように却下されてしまった。
また、リーパット率いる義勇兵部隊も40名ほどしかいない素人集団なので、戦果という面では大したものではない。
しかし、プロである軍や警察の大部隊にとっては、ある程度の励みにはなったようだ。一連の迎撃作戦も、大きな混乱もなく順調に進んでいる。
そのような話を狐族の情報部の担当官から聞いて、とりあえず謝る校長であった。魔法具を使わずに、彼の手元に〔空中ディスプレー〕画面を発生させて、頭をペコペコさせている。
学校の魔力サーバーの稼働率が70%台に乗ったので、かなりの魔法が使えるようになってきていた。
しかし、依然として地下階の廊下や、階段の修理が終わっていない。そのため、事務職員はまだ全員が、運動場に設けた簡易テント内で事務仕事などをしている。
天幕が風で揺れて「バタバタ」音を立てたりして、かなり騒々しい。天幕の破損部分の補修は一応終わっているのだが、再び破れてしまった部分も生じていた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ブルジュアン家には、教育研究省の名で1通、苦情を書いておきます。軍事行動や警察行動の支障になっていては、義勇兵部隊を組織した意味がありませんね」
しかし、情報部の担当官は特に気にしてはいない様子だ。軽く肩をすくめた程度で、ペコペコしている校長に声をかける。
「いえ、気にする事はありませんよ。リーパット君たちを配置した場所は、帝都防衛上あまり重要な地区ではありませんし。ブルジュアン家のわがままを聞き入れただけですから」
かなり、身もフタもない話をしている。
ようやく校長のペコペコ運動が終了して、少し安堵の表情になった。
「大事な生徒たちです。危険の少ない区画へ配置して下さって感謝しますよ」
今度は情報部の担当者が申し訳なく思ったのか、狐の両耳を手前に倒した。表情はそれほど変わっていないのだが、やはり感情は耳やヒゲに表れてしまうようだ。
「今回の帝都各地のテロ事件では、魔法学校の生徒も数多く参加していましたね。残念ですが、情報部としては見逃す事はできません。相当の処罰を受けてもらう事になります。校長先生や他の先生方への責任追及についても内々で調査中ですが、今のところは罪に問われるような事にはならないと思いますよ」
校長が大きく肩を落として、寂しく微笑んだ。
「私の監督が至らなかったせいですよ。もっと早くに不穏な芽を摘み取っておくべきでした。この一連の事件が落ち着いたら、退職して遺族の元を巡るつもりです」
情報部の担当官も、さすがに残念そうな表情になっている。しかし、口には出さずに業務連絡を続ける事にしたようだ。両耳が再びピンと立つ。
「情報部がつかんでいる情報の一部を知らせます。テロに賛同する者が帝国軍にも多数いる事が、内偵調査で判明しつつあります。そのほとんどは、こちらで対処する予定ですが、そちら学校側で対処して欲しい案件が1つあります」
今の軍や警察は、旧ペルヘンティアン派閥と、追放されつつあるブルジュアン派閥、それに台頭しつつある宰相派閥の三つどもえ状態に陥っていた。最近になってようやく宰相派が優勢になったので、指揮命令系統が回復してきているが……それでも以前ほどではない。
そういう事情は校長も察しているので、素直に話を聞いている。ちなみに、教育研究省は宰相派に属している。
情報部の担当官の表情が険しくなった。
「ミサイル部隊のいくつかが、参謀部や軍上層部の命令を無視しているのですよ。内偵を進めたところ、周辺の敵国と通じている可能性が高いという結論になりました。間もなく、校長がいる学校と、ミンタさんがいる南の将校避暑施設に向けて、短距離ミサイルが発射されます。このミサイル迎撃をお願いします」
小さく咳払いをしてから話を続ける。
「どちらも帝都から離れた僻地ですので、周辺に対空防衛部隊を置いていないのですよ。なお、帝都にも発射される可能性が高いのですが、これは情報部が対処します。帝都には今、多くの魔法使いが集結していますからね。彼らに任せます」
(そういえば、以前にも学校へ向けてミサイルが撃ちこまれたなあ……)と思い出す校長だ。校長も白毛交じりの両耳をピンと立てて、口元のヒゲもピンと張った。
「分かりました。幸い、テシュブ先生の〔分身〕がいますので、彼にお願いしますよ。避難所はミンタさんに頼む事になりそうですね」