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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
108/124

107話

【海の『化け狐』】

 数千匹にも上る体長数メートルの『化け狐』の大群が、海中を埋め尽くしていた。沖合いなのだが、海が激しくうねり始め、巨大な渦が形成されていく。

 アンデッド群は、その頃までに4000体以下にまで数を削られていたが、その全てが巨大な渦に巻き込まれている。

 妖精と精霊も容赦なく巻き込まれているが、もがきながらも何とか渦から脱出して、上空へ避難しているようだ。その半数以上が、慌てた様子でこちらへ向かって一目散に逃げ始めている。


 目が点になっているミンタの隣で、イノシシ型の森の妖精が背中の草の葉をピンと張った。精霊場が急激に膨らんでいるのだろう。マングローブのヒルギ幼木が、ぐんぐん伸びている。

「10体ほど精霊と妖精が、『化け狐』のボスに食われてしまったな……」

「ボス?」

 ミンタが両耳と鼻先のヒゲを立てて、草まみれになりつつあるイノシシ型の森の妖精に顔を向ける。

「ただの群れじゃなくて、統率されているっていうの?」


 答える代わりに、草イノシシが視線を沖合いに向けた。

 ミンタも向けると、水平線上に何かが爆発したような巨大な水柱が発生している。その水柱を内側から粉砕して、巨大な狐の頭が海中から出現した。距離が遠いので無音なのだが、それが一層超自然的な印象を与えている。


 ミンタのフワフワ毛皮のあちこちに、じんましんのように巻き毛が大量に発生した。同時に尻尾も斜め上60度の角度に固定されている。野外用の竹ホウキを立てたような尻尾だ。顔の上毛を含めた全てのヒゲがピンと張って、沖合いに向けられている。

「へ……? 何アレ」


 巨大な『化け狐』は何度か見ているが……ここまで巨大なモノは初めてだ。

 水平線の上に頭だけ浮かんでいるが、その海面から浮き出ている頭部分だけでも長さ300メートルはある。狐らしい両耳も巨大で、海面から上空へ40メートルも突き出ていた。不思議な事に狐の毛皮は、全く海水に濡れていない。


 そんな巨大な『化け狐』だが、こちらへ一目散に飛んで逃げてきている森の精霊や妖精の群れには、特に関心を持っていない様子だ。ひたすらアンデッド群を食い散らかしている。


 呆然としたままのミンタに、クラゲ型の地下水の妖精が寄ってきて、透明なクラゲの触手で盆踊りのような仕草を始めた。

「ミンタさん。早急にアンデッド群を殲滅しなさい。このまま放置すると、あの『化け狐』が居座って、この海域と沿岸が荒野になってしまうぞ。我らが戦っても構わぬが」


 確かに、沖合いの海の色が急激に真っ黒に変色し始めている。渦も際限なく巨大化し続けていて、入江のすぐ外側の海にも不自然な白波が立ち始めていた。

 入江の海中で保護されている地魚の大群も右往左往し始めていて、穏やかな入江の海面から100匹の単位で空中に飛び跳ねてパニックになっている。

 浜辺でも無数のカニやヤドカリが砂の中から飛び出ていて、タコノキとヤシの林の中へ一目散に逃げ込んでいる。その林も、葉の色が黄色くなってきているようだ。

 さらに奥の熱帯森の中では、鳥獣や野次馬で見物に来ていたキジムナー族が、悲鳴を上げて奥地へ逃げているのが感じられる。


 その「キーキー」と耳障りなキジムナー族の悲鳴で我に返ったミンタが、慌てて手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作する。

 応答があり、地下の簡易サーバーが蓄えた精霊魔法の魔力量がウィザード語で表示された。うなずくミンタ。この辺りの精霊や妖精が少なくなったので、魔法場汚染が収まって混線状態が緩和されたようだ。これなら、精霊魔法が使える。

 ミンタの明るい栗色の瞳がキラリと光った。

「よし、魔力が何とか溜まったわね。それじゃあ、光の精霊魔法をぶっ放すわよっ。シャドウ君たち、測位をお願いね。妖精さんたち、魔力〔干渉〕するかもしれないから注意しててねっ」


 すでにペルとレブンのシャドウは、敵アンデッド全てを〔ロックオン〕済みだった。ミンタの呼びかけに即座に応えて敵の座標を渡し、巻き添えを食らわないように現場から急速離脱していく。


 簡易杖に既に火花が散っているが、気にしないミンタだ。そのまま杖の先を、沖合いの巨大『化け狐』の頭へ向ける。

「消し飛べアンデッド!」


 簡易杖の先にミンタの背丈ほどの〔テレポート〕魔法陣が発生して、杖から放たれた攻撃魔法が全て〔テレポート〕された。

 周辺の魔法場汚染や魔法の混線状態がまだ影響して、魔法陣の周囲で空間が火花を散らしている。雷にも似た電撃がミンタにも襲い掛かるが……何とか耐える。


 周囲の精霊や妖精にも雷や火花が浴びせられて、ちょっとしたパニック状態になってしまった。それでも、構わずに魔法を続けるミンタである。


 敵は海中なので、〔紫外線レーザー〕といえども減衰して威力を失ってしまう。しかし、敵の目の前に〔テレポート〕させれば、減衰は最小限度に抑える事ができる。そして、威力は満足できるレベルだった。ミンタが数発の雷を食らいながらも耐えた見返りはあったようだ。

 彼女のブレザー制服の金属部分と、学年章や半ズボンのベルトがスパークして、周囲の生地が焦げてしまっている。尻尾は完全に竹ホウキ状態で、大量の巻き毛が発生していたが、何とか倒れずに済んでいる。


 ミンタがこの魔法攻撃を放った次の瞬間。水平線上に頭を見せてアンデッド群を貪っている巨大『化け狐』をすっぽりと包むような、さらに巨大な水柱と爆炎が起きた。

 さすがに距離があるので、浜辺には輻射熱は届かない。爆音も届かず無音である。何かの怪獣映画の一場面のような風景だ。


 爆炎と水柱の高さは100メートル以上に達しているようだ。目を凝らすと、空中にゾンビやスケルトンの破片が、大量に撒き散らされているのが分かる。

 〔紫外線レーザー〕の直撃を受けたので燃えながら灰になっていくが、灰になる前に無数の数メートル級の『化け狐』群によって踊り喰いされていた。その『化け狐』を巨大『化け狐』が丸呑みして食っている。


 ミンタがジト目になって頭を簡易杖でかいた。その簡易杖が、粉々になって砕け散る。こちらは炭の粉のような状態だ。

「あ。過負荷がかかったせいね。まあ、壊れる事を前提で魔法を使ったんだけど」


 金色の縞模様が2本走るフワフワ毛皮の頭を、魔法の手袋をした両手で「ポンポン」叩いて炭の粉を払い落とす。制服のポケットを探り、〔結界ビン〕を1つ取り出して開け、予備の簡易杖を取り出した。

 それを右手で握って、数回ほど軽く素振りする。

「遠距離攻撃では、やっぱりキレイに光にできないわね。爆発で飛散しちゃうか……」


 ペルとレブンのシャドウが現場に戻ってきて、残った敵がいるかどうかの観測を再開した。彼らもアンデッドなのだが、周囲を飛び交っている無数の数メートル級『化け狐』や、ボス級『化け狐』には〔察知〕されていないようだ。


「さすがはペルちゃんとレブン君のシャドウね。大したステルス機能だわ」

 そして、隣で沖合いを凝視している3体の妖精に、明るい栗色の視線を向けた。

「……これなら、シャドウを復旧作業に使っても問題なかったわね」


 魔力量は、ここの妖精よりもボス級の『化け狐』の方が桁違いに大きい。それは、より高性能なアンデッド〔察知〕魔法が使えるという事でもある。ボス級『化け狐』が気づかないのであれば、ここにいる3体の妖精もペルとレブンのシャドウには気づかないはずだ。



 水平線上の爆炎と水柱が鎮まり、再び真っ平らな水平線に戻っていく。それを遠目で見守りながら、ミンタが疑問を草イノシシ型の森の妖精にぶつけた。

「ねえ、妖精さん。あの『化け狐』って、北極海にいる本体から分離してやって来たのよね。本体って、見た事ある?」


 草イノシシ型の森の妖精が、素直に頭を振って否定した。興奮状態もかなり収まっているようで、草木の生長が停止している。電撃と火花のシャワーを浴びた効果は大きかったようである。

「我らは熱帯の妖精だからな。氷雪に閉じた世界の事は知らぬよ。だが、渡り鳥の記憶を介して得た情報では、天変地異を起こすような危険な妖精だな。他にも南極大陸に1体、月面に1体いるそうだ」


 その程度の情報はミンタも知っている。ペルやレブンがサムカと出会わなければ、いずれ『化け狐』になっていた可能性があった事も。


(そういえば……)とミンタが、ヤシとタコノキの林の奥に広がっている熱帯森の上空に視線を移す。やはりまだ数匹の小さな『化け狐』が旋回している。こちらは南極由来の『化け狐』という事になる。

「確かに、さっさとアンデッドを片付けて正解だったかもしれないわね。2種類の『化け狐』が遊びに来ていたのか……」


 ペルとレブンのシャドウから、敵アンデッドの殲滅を『確定』する知らせが入った。ほっと肩の力を抜くミンタだ。2つのシャドウを呼び寄せる指令を送り、笑顔を3体の妖精に向ける。

「片付いたわね。それでは、復旧作業に戻りましょう」


 沖合いから逃げてきた森の精霊や妖精の群れも、ようやく入江の上空まで辿り着いていた。かなり『化け狐』の大群に食われてしまったようで、10分の1以下の50体にまで数が減っている。

 生き残った精霊や妖精も、五体満足な状態のモノはいなかった。


 森から妖精が出迎えて、負傷している妖精や精霊を森の中へ導いていく。ミンタの隣に陣取っている3体の妖精も怒りと恐怖のせいか、生物としては少々不自然な動きをしている。それでも、『化け狐』群に攻撃をする意思は示していない。少し不思議に思うミンタだ。

(普通なら、これだけ痛めつけられたら、激怒して総攻撃を仕掛けるはずなんだけどな。私たちの時はそうだったし。やっぱり、墓所の意向が働いているのかしらね)


 入江の上空に、最終グループが到着した。これで生き残った精霊と妖精は全て帰還した事になる。

 と、その時。森の上空で旋回していた数匹の小型『化け狐』が、一斉に入江の上空に飛び出した。完全に戦闘態勢で、死霊術や闇の精霊魔法に疎いミンタでも、はっきりと明確な『殺意』が伝わってきた。

 一瞬、背筋が凍りつく。しかし、『化け狐』の群れは、ミンタたちを攻撃する気配はなさそうだ。殺気の向かう先は入江の外海だった。


「!!!」

 ミンタが簡易杖を捨てて、予備の強化杖を〔召喚〕する。

 その明るい栗色の瞳には、入江の外海に、巨大な『化け狐』が浮かび上がってきた様が映っていた。入江の幅は、直線距離で2キロちょっとの長さだろうか。

 その接続幅を埋めるような巨体を海面から浮かべて、じっとミンタや森の妖精たちを見ている。目の大きさだけで、10メートルほどあるだろう。それが2つ、まるで冷たい深海の暗黒のような眼差しだ。吸い込まれそうになる錯覚すら覚える。

 頭の大きさも400メートルはある。胴体だけで全長2キロに達していて、胴体と同じくらいの長さの巨大な狐尾が海面から見え隠れしていた。やはり全く海水に濡れていない。


『化け狐』の頭上には1000匹を超えるほどの数メートル級『化け狐』が、旋回飛行をしてミンタたちを威嚇していた。闇の精霊魔法場と死霊術場が急激に高まっていく。


 森に避難した妖精たちが、戦闘態勢に移行し始めているのがミンタにも感じられた。さすがに、ここまで圧迫されると攻撃する気になるようだ。

 入江の中の地魚は、完全にパニック状態になっている。200匹単位で、盛んに海面から飛び跳ねている。浜辺でもカニやヤドカリの一斉避難が始まっている。

 森からは、精霊や妖精が怒り成分を強めながら、1体また1体と浜辺に姿を見せていた。空間の精霊場の濃度が再び跳ね上がっていく。


(や、やばいわね。このままじゃ、本当に『妖精大戦争』になってしまうわよ)

 ミンタの隣の3体の妖精は、〔石化〕してしまったように硬直して動かない。まさに蛇に睨まれた蛙の図に、少し呆れているミンタだ。先程まで、あれほど威勢が良かったのだが……


 強化杖に、ミンタが様々な術式を走らせていく。魔法場サーバーが過負荷で壊れてしまう恐れがあるが、仕方がない。木星の妖精にも〔念話〕で呼びかける。

(ちょっと聞いてる? こいつらを木星へ〔テレポート〕したいんだけど、受け入れ可能かしら)

 すぐに木星の風の妖精から反応が返ってきた。かなり慌てている様子だ。

(ちょ……! 木星はゴミ捨て場じゃないといったはずだが。もちろん可能だが、止めておいた方が地球の君たちにとって良いだろうと忠告するよ)


 片耳をパタパタさせるミンタだ。

(どういう事? ハグ人形がいっていた事かしら。こいつらを排除したら、地球に天変地異が起きるっていう)

(まあ、そういう事だな。入江の外にいる北極海の狐と、入江の上空にいる南極大陸の狐は、どちらも地球の海流と気象を操っている。力のバランスが崩れると、天変地異が起きるのは自明の理だよ。ついでにいうと、彼らは残留思念や死霊術場を食っている。彼らがいなくなると、地球にアンデッドが溢れかえる事になると思うがね)


「え~……」

 ジト目で聞くミンタであった。『墓所』の連中が創造した世界なので、本来はアンデッド向けの環境なのだろう。死者の世界と似たようなものだ。


 入江の外海が急激に盛り上がり始めた。両側の岬が水没して見えなくなる。

「また津波か」

 ミンタが簡易杖を一振りすると、高さ40メートルの光の壁が再び発生した。あっという間に入江を横断した光の壁になり、津波を押し留める。

 今回は海水の精霊や海の妖精といった専門家の仕業ではないので、津波の高さは10メートル以下になっている。しかし、術式の調整が面倒なので、40メートルの高さで維持するミンタだ。


 その高い光の壁の上空を、森の中から飛んできた南極由来の小型『化け狐』が数匹旋回している。光の壁からは、〔雷撃〕が放たれて『化け狐』に命中しているのだが、効果がない。全く意に介していない様子だ。ミンタが肩をすくめて術式を調整し、〔雷撃〕を停止する。

「彼らまで刺激して、敵に回すと大変だものね。効果もないし」


 外海に陣取っている巨大な『化け狐』と1000匹を超える数メートル級『化け狐』の大群は、なぜか入江の中へ攻め込んでは来なかった。

 正確にいうと、突入しようとするのだが、そのたびに、入江の中にいる数匹の小型『化け狐』によって追い出されてしまっている。


「もしかして、縄張り争いって事かしら」

 ミンタが両耳をパタパタさせて小首をかしげる。隣の3体の妖精も、同じような仕草をしている。


 水棲甲虫型の森の妖精が、触覚を『化け狐』の群れに向けて、他の2体の妖精に話しかけた。

「何か交渉しているようだ。精霊語ではない言語だな。今は我々も事態の推移を見守った方が賢明だろう。他の妖精や精霊が勇み足で攻撃をしないように、抑えつけておくべきだろうな」

 ミンタも賛成する。

「その方が良さそうね。私は、それほど闇の精霊魔法には詳しくないけれど、『化け狐』たちの『殺気』が急激に低下しているわよ」


 そう話をしながら、ミンタがサムカの授業で習った内容と、ナウアケ事件を思い起こす。

「……そうか。餌がなくなったのよ。『化け狐』は天気のような存在だから、餌がなくなると興味を失って、去って行く習性がある」


 そして、外海に陣取っている巨大な『化け狐』の10メートル級の暗い色の両目が、ミンタの頭の上に向けられていると気づいた。そこには、ペルとレブンのシャドウが浮かんでいる。ガックリと肩を落とすミンタだ。

「分かったわ。私が預かったアンデッドを食べたくて、こっちにやって来たのね」

 ステルス化していたのだが、この巨大な『化け狐』には、ついに見つかってしまったようだ。


 〔結界ビン〕を2つ制服のポケットから取り出して、フタを開ける。すぐに2体のシャドウが〔結界ビン〕の中に吸い込まれていった。フタを閉めて、ポケットに突っ込む。そして、ボス級の『化け狐』を睨み返した。

「さあ、これでどうかしら?」


『化け狐』からの視線がミンタから外れた。キョロキョロし始める。

 入江の入口を塞ぐほどの巨体の癖に、何となく可愛らしい仕草だ。津波が引き始めたので、確信する。

「今よ。引き波に乗せて、追い払いましょう」


 何が起きたのか、まだよく理解できていない様子の3体の妖精だったが、素直にミンタの指示に従う事にしたようだ。仲間の森の妖精や精霊群に号令をかける。

「海ごと追い返せ! 我ら森の妖精の力を見せつけてやろうぞっ」


 さすがにリーパット党のように、勇ましく呼応する気勢は上がらないが、生命の精霊場が急激に跳ね上がった。

 葉が黄色くなっていたヤシとタコノキの林が、あっという間に緑に染まり、浜が草で覆われていく。

 入江の中でパニックに陥って暴れていた無数の地魚が、平静さを取り戻して、なぜか数が倍々に増えていく。空気までもが生き物になったかのような感覚を覚えるミンタだ。

 林の奥に広がっている熱帯の森や、岬の向こう側に広がっている広大なマングローブの森も、急激に育ち始めた。猛烈な生命の精霊場の盛り上がりを感じる。


 水棲甲虫型の森の妖精が〔防御障壁〕をかけてくれていなかったら、今頃はミンタも魚や草に変わっていただろう。

「うひゃ……〔精霊化〕と〔妖精化〕の大売出しね。警備隊やカチップさんを呼ばなくて正解だったわ」

 ミンタも簡易杖を振って光の壁を分厚くする。それをそのまま座標移動させて、津波を沖へ押し戻していく。


 さすがに巨大な『化け狐』といえども、周辺の海水ごと沖合いに押し戻されてしまっては、大した抵抗はできなかった。大波にさらわれて沖に流されていく怪獣のようにしか見えない。

 上空を旋回している1000匹を超える『化け狐』群も、ボス級の『化け狐』に随伴して退いていく。餌がもうないので、攻撃するつもりもなくなったようだ。


 しかし海は広大なので、押し戻すといっても限度がある。結局、入江の入口から2キロほど押し戻した海域までしか、退かせる事ができなかった。

 巨大な『化け狐』は、そのまま海中にゆっくりと沈んでいき、1000匹を超える数メートル級『化け狐』と一緒に海中に没して消えた。


 それを見届けて、南極由来の小型『化け狐』たちも森の上空へ戻ってきた。そのまま、上空を旋回して遊び始める。縄張りを維持できて嬉しいのだろう。


 森の妖精と精霊群も復旧作業へ戻っていく。3体の妖精も、ようやく活発に動き始めた。

(かなり『化け狐』を怖がっていたんだろうなあ……)と同情するミンタ。


 地下水の妖精が、そのクラゲ型の体をフヨフヨと上下左右に揺らしながら、ミンタに告げた。

「何とか収拾できたな。『化け狐』どもを退けたのは、我ら妖精にとっては名誉な事だ。周辺の妖精に対して自慢できるよ。では、復旧作業を加速させるとするか。施設が少々、森に食われてしまったようだからな」


 草イノシシ型の森の妖精も上機嫌になっていた。背中の草木が踊っているように揺れている。

「今回の功績を称えて、妖精契約に頼らずとも君に魔力支援する事を約束しよう。まあ、津波と森林破壊や地下水汚染のせいで、今の我らの魔力はパリーほどじゃないから、大した魔力支援にはならぬだろうがね。では、我らも作業に戻るとしよう」


 草イノシシとクラゲが上機嫌で施設の復旧現場へ戻っていく。その後ろ姿を微笑ましく見送るミンタに、最後まで残っていた水棲甲虫型の森の妖精が、長い触覚を優雅に振って告げた。

「我からも礼を申そう。だが、『化け狐』は結局、あの海域に居座ってしまいそうだな。人魚族の連中に謝っておいてくれ。人魚族を庇護する義務は、我ら森の妖精にはないが、気の毒ではあるからな」


 そう言われて、ミンタが改めて入江の外に目を向ける。『化け狐』の姿はもう見えないのだが、確かに巨大な渦が外海に生じつつある。

「あ……そうか。あの海域って、アンデッド群を殲滅した後に生じた残留思念やら死霊術場が、津波の引き潮で溜まっているのか。うう。餌場としては理想的だわ、確かに」


 入江の中でアンデッドの大群を殲滅したのだが、〔浄化〕するために入江の海水を入れ替えていた。排出された海水が、海底の地形により入り江の外側に滞留している。

 その場所で、渦が起きている。殲滅したアンデッドの数は2万を超える。残留思念や死霊術場の量を考えると、確かに良質の餌場である。


 詰めが甘かった事を悔やむミンタの頭を、水棲甲虫型の森の妖精が触覚の先で「ポンポン」叩いた。

「餌がなくなれば去る。100年くらいでいなくなるだろう。気にする事はない」




【人魚族の村】

 海中の人魚の村は、アンデッドによる破壊を伴った略奪と、2回に及ぶ津波の濁流の被害を受けていた。

 まだ濁っている海中をスイスイ泳いで、被害状況を目視で確認するカチップ管理人。ミンタも卵型の〔防御障壁〕を展開して、その中に入り同行している。ちょっとした透明な潜水艇のような印象だ。


 村の家は堅牢な石造りのおかげで、意外なほど壊れていなかった。しかし、ドアや窓はほぼ全て破壊されてしまっているが。家の周囲には、瓦礫が大量に散乱している。

 深刻な表情のまま、村の家を巡回して調査していたカチップ管理人が、ミンタに『浮上する』という合図を手信号で知らせた。


 海上に顔を出して、そのままミンタの〔浮遊〕魔術に乗って岬の上まで上昇する。

 岬も津波を2回も受けたせいで、植生が壊滅して地形が変わってしまっていた。ここで建設中だった避難所も基礎しか残されていない。その周囲では、木々が根元から引き抜かれて流されたので、地面や岩盤が穴だらけになっている。


 新鮮な空気を吸い込んで、肺の中の空気を入れ替えたミンタが、深刻そうな表情のままのカチップ管理人に聞いた。

「それで、復旧はできそうですか?」


 カチップ管理人が、我に返ったような表情になって、慌てて人魚の姿から人型に変化する。といっても、魚族と違い、変化するのは手足の先だけだが。作業服姿の人魚で、ズボンもそのまま履いている。

 足先だけが魚の尾びれになっていたのだが、それを人間の足に変化させた。裸足だが気にしていないようだ。


 岬の大地に両足で立ち上がって、焦げ茶色の瞳を細めてミンタに固い笑みを向けた。ポケットから〔結界ビン〕を取り出して、中から安全靴を取り出して履く。作業服や靴は耐水仕様のようで、体にまとわりつく事もなく、少し湿った服装の人間のような見た目になった。


 海水に濡れていた灰紫色の癖の強い髪を、櫛を使って手早く整えてまとめる。人魚族は、この長い髪を海中で広げて、海中での自在な動きと精霊魔法を得ている。普通は、海水との抵抗が増えるので動きが鈍るはずなのだが、そこは魔法なのだろう。

 その髪も急速に乾いていく。その間に、発音系の器官が陸上仕様に変化したのだろう、ようやく話ができるようになったようだ。一言ミンタに謝った。

「すいません。魚族と違い、陸上で会話ができるようになるまでに、少し時間がかかるのです」


 そして、改めてミンタに微笑んだ。

「はい、ミンタさんと森の妖精さまのおかげですね。2、3週間もかければ、元に直す事ができますよ。ありがとうございました」


 ほっとするミンタだ。口調がいつもの感じに戻り、金色の縞模様が2本走る頭のフワフワ毛皮が、日差しを反射する。口元のヒゲも定位置に戻る。

「良かったわ。ちょっと気が気じゃなかったのよね」


 カチップ管理人が岬の上から、浜辺と将校避暑施設を見下ろす。浜辺がなぜか倍以上の大きさに拡大している事を不思議がっているが、特に質問する気はなさそうだ。復旧作業を続けている森の精霊と妖精の群れに恐縮している。

「後は、私たちが引き継ぎます。ミンタさんから精霊と妖精さまたちに、森へ帰ってお休みして下さるようにお願いしてもらえませんか?」

 ミンタがカチップ管理人と一緒に見下ろしながら、両耳をパタパタさせる。

「もう少しだけ、彼らの気が済むようにさせてあげて下さいな。彼らなりに感謝したいという事なので」


 確かに、建築や土木の知識がある訳ではないので、これではかえって復旧作業の邪魔になるだけだ。本来は、軍の工兵部隊に任せるべき案件だろう。


 ミンタの苦笑混じりのいい訳を聞いて、カチップ管理人も彼なりに納得した様子である。すぐに、魔法具の通信器をポケットから取り出して、海水の水滴を振って払い落し、そのまま電話をかけた。相手は、軍や警察の偉い人だろう。

(そういえば、まだ森の中の避難所に残っているんだったな……)と思い出すミンタ。



 30秒もかからずに要件を話し終えたカチップ管理人が、ミンタに焦げ茶色の瞳を向けた。さすが人魚族というべきか、もう体が乾いている。灰紫色の長い髪もサラサラだ。

「将校様とそのご家族には、前もって、数日間ほどは避難所で暮らす事を了解してもらっています。その確定をお知らせしました。まだ、森の中に野良ゴーストの群れが残っていますから、森の中にいても安全ではないのですよ」


 初耳だ。ミンタが思わず両耳をピンと立てた。

「え? そうなの?」

 今度はカチップ管理人が目を点にした。

「え? 知らなかったのですか?」


 サーバーの魔力節約を優先したせいで、避難所の状況を観察するのを忘れていた事に今になって気がつく。「あはは……」と、とりあえず笑いながら、冷や汗をかくミンタだ。


 まだ森の中に残っているという事なので、ミンタが2体のシャドウに命じて駆除に向かわせる事にした。

 ステルス機能が高いシャドウなので、カチップ管理人には見えないようだ。ミンタから説明を受けても、今ひとつ理解できていない表情をしている。


 ミンタも詳しくは説明せずに岬の上に立つ。尻尾の先が少しだけ海水に濡れているので、適当に振って水滴を払い落とした。そのまま、遠く地平線まで続いている緑の熱帯の森を眺める。

 早速、1体の野良ゴーストを消滅させたようで、その場所に漂っていた死霊術場の気配が消えた。これもカチップ管理人には知覚できていないようだ。

(魔法具で武装している森の中の避難所の警備隊も同様なのだろうな……)と思うミンタ。

「私も以前はゴーストを見る事ができなかったから、気持ちは分かるわよ。見えない癖に、触ってくるとショック状態にさせられる敵だものね。避難民がパニックになりかねないわよね」


 カチップ管理人が無線電話で避難所の警備隊長に連絡をしてから、何度もうなずく。

「そうなんですよね。魔法具で一応は大雑把な位置を把握する事はできますが、ゴーストも動いていますからね。〔ロックオン〕機能がなかなか効かない相手なので、攻撃しても当たりにくいそうなんですよ」


 ゴーストに憑りつかれて精神異常をきたした人の体内には、ゴーストがいる場合が多い。

 しかし、法術にしろ〔紫外線レーザー〕にしろ、ゴーストに命中すると激烈な反応を起こす。憑りつかれた人も爆破に巻き込まれて死んだり重傷を負ってしまうのだ。

 従って、威嚇射撃を行ってゴーストを引きはがしてから、攻撃して爆破するしかない。これは確かに面倒だ。

 その点、シャドウに任せると、シャドウがゴーストを食べて吸収して終了になる。憑りつかれた人にも、特に悪影響は出ない。何よりも派手な爆発が起きないので周辺環境に優しい。



 また1つ、野良ゴーストを退治したようだ。死霊術場の気配が薄まったのを感じたミンタが、若干悔しそうな表情になった。

「私の魔法適性だと、死霊術を使えないのよね。〔察知〕する事はできるようになったけど。便利よね、本当に」


 野良ゴーストが減り始めたのに呼応するように、森の上空を旋回して遊んでいる小型の『化け狐』が、上空高くへ移動し始めた。さすがに『化け狐』はカチップ管理人にも見えるようで、満足そうな笑みを浮かべている。

「おお。野良ゴーストが減ってきているのですね。餌がなくなってきたので、故郷へ戻るようですよ」


 森の上空を飛んでいる『化け狐』は、海中の死霊術場には興味がない様子だ。やはり陸地と海域とで縄張りがあるのだろう。徐々に上空高く舞い上がって行く、数匹の小型の『化け狐』を見送るミンタとカチップ管理人。

 ミンタが両耳をピンと立てた。何か気づいたようだ。

「あ。そうか。野良ゴーストがここに集まってきたから、はるばる南極からやって来たのね。まあ、これまで散々にアンデッド群を破壊したり〔浄化〕したりしているから、目立つのかも知れないな。おかげで、海の『化け狐』を追い払う手助けをしてくれたから、一応は感謝しておかないといけないわね」

「なるほど、そういう側面もあるのですか」と素直に感心しているカチップ管理人だ。


 そこへレブンから音声だけの〔念話〕通信が入って来た。カチップ管理人に一言断ってから〔念話〕に答える。そのミンタが、ちょっと何か考えるような素振りを見せた。

 しかし、すぐに笑顔に戻って音声通信でレブンに答える。

「そうね。こちらの野良ゴーストの掃除が終わり次第、借りていたシャドウを返すわね。この調子であれば、10分間もかからないはずよ。新たな敵影も観測されていないし、サーバーも稼働したし。こちらは何とでもなるから安心しなさい。レブン君」


 カチップ管理人には2体のシャドウの姿や気配は〔察知〕できていない。実感が乏しいせいか、どこか焦点が定まらないような表情をミンタに向けている。


 ミンタがカチップ管理人に愛想笑いをして場をつなぎながら、レブンに告げた。

「レブン君の相手は妖精よね。倒すのは絶対に無理だから、懐柔策を取って丸め込みなさい。その際に、援軍は多い方が良いから、ペルちゃんにいって、バカ鳥を叩き起こして鳥型のシャドウを徴用しなさい」

 レブンが文句を言いかけたが、無視してそのまま話を続ける。

「ついでに、多分まだ学校で日向ぼっこしているクズ熊も徴用すると良いわね。それじゃ、頑張って。非常事態になったら私も参戦するから、慌てずにやりなさいな」

 レブンの反応を聞きもせずに、一方的に話を終了した。


 ミンタが視線を今度は入江の外海に向ける。

 沖合い2キロほどの海域に、巨大な渦が発生していた。直径は100メートルほどもある。北極海由来の『化け狐』群が居座ってしまった場所だ。

 ミンタが両耳と鼻先のヒゲを前に倒して、カチップ管理人に謝る。

「すいません。結局、渦が残ってしまいました。入江から沖合いへ出るのは、厳しくなりますね」


 しかし、カチップ管理人はあまり気にしていない様子だ。焦げ茶色の瞳を細めて、灰紫色の束ねた髪を潮風に揺らせた。もうすっかり塩気も抜けてサラサラになっている。

「いえ。そうでもありませんよ。私たちは人魚族ですからね。あの程度の渦では生活に支障は出ません。むしろ、潮の流れが強まるので、良い漁場になります。隣の港町にも良い影響が期待できますので、総員退避命令もすぐに解除されるでしょう」

「それに……」と小声でミンタに話しかける。

「軍将校と家族さまの中には、泳げないのに船遊びをなされる方が結構いらっしゃるのですよ。これで、無茶な船遊びも減るでしょう」


「なるほど、そういう考えもあるのかあ……」と腕組みをして聞くミンタであった。入江のすぐ外に巨大な渦があれば、外洋に船を出そうとする者は少ないだろう。


「この岬に展望台を設けましょうかね。立派な渦潮ですから、良い観光資源になりそうです。遊覧飛行も企画できそうですしね」

 カチップ管理人の考えに、ミンタも商売人の笑顔を向ける。

「帝都各地からの渦潮観光のツアーもできるわね。宿泊施設の増改築もちょっと思案しておくと良いかも。学校の避難所だけじゃ、経営の旨みが乏しいものね」


「お」と、カチップ管理人がミンタの顔を真っ直ぐに見つめた。

「そうですね。どうせ復興予算の追加申請はこれからですから、挟み込んでおきますか」

「「はっはっはー」」

 現金な笑い声を岬の上で立てる狐娘と人魚であった。




【帝都】

 帝都では、竜族独立派を中心としたテロ組織の連合軍が散発的に爆破攻撃を繰り返していた。広大な赤いレンガ造りの街のあちこちから、黒煙が立ち上っている。


 街の上空には、ソーサラー魔術協会所属の魔法使いの小隊がいくつも飛び回っているのが見える。テロ実行犯を上空から追い詰めて、魔法攻撃をしている。訓練されているのだろう、かなりの手際の良さを見せていた。

 他にも力場術の魔法使いの小隊が飛び回っていて、テロ実行犯に〔レーザー光線〕を撃ち込んでいる様子も見える。幻導術や招造術、それにドワーフの部隊も帝都内に展開しているようだ。


 しかし彼らの中には、学校の先生の姿は1人も見当たらなかった。軍事訓練をしていない一般人なので、当然ではある。今頃は、後方の事務所や補給管理所などで、文句をいいながら雑用をしているのだろう。


 警官でもあるエルフ先生とノーム先生は結局、タカパ帝国軍の指揮下で行動する事になっていた。今は、王城の真上、高度1キロの空中に浮かんで、黒煙が立ち上っている街にライフル杖を構えている。地上の索敵班からの敵情報を基に、赤レンガの建物内にいるテロ実行犯を上空から狙撃する任務だ。


 エルフ先生がテロ実行犯をまた1人狙撃して、空色の瞳を少し曇らせた。光の精霊魔法に精神の精霊魔法を乗せた攻撃で、全くの無音である。

「こういう任務は、私のような警官じゃなくて特殊部隊に任せるべきでしょ。一応、狙撃の訓練は修めているけれど……専門家じゃないわよ、私。特務機関って、どうしてこう便利屋扱いされるのかしらね」


 手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面には、ノーム先生の顔が映っている。彼も同意見のようで、上空を吹く強風に〔防御障壁〕ごと流されながら狙撃している。エルフ先生はさすがに風の精霊魔法が使えるので、上空の風に流されてはいない。

「おっとっと……左様。ノーム警察も僕に丸投げですよ。特殊部隊はとっくに来ているはずなんですがねえ。のんびりと、どこかで見物しているだけのようですな。まあ、僕たちのように顔バレしている特務機関の方が、この場合使いやすいのでしょうよ」


 今は2人とも警察の『特務機関の分室長』という肩書だ。見ての通り、良いように使われているが。エルフとノーム警察の特殊部隊は密入国しているので、よほどの事態にならない限りは表に出ない。基本的に隠密行動だ。


 ライフル杖から放っている魔法は精神の精霊魔法で、敵をショック状態にして気絶させるタイプのものだ。時々、テロ実行犯から上空の先生たちにロケット弾が撃ち込まれるが、難なく〔防御障壁〕で排除されている。


 ノーム先生が無音でまた一人、狙撃して昏倒させてから銀色の口ヒゲを軽く撫でる。

「我が校の生徒も、何名かテロに加わっていましたな。排除したので、これで通常戦力での制圧ができるようになるかな」


 先生たちが狙撃して気絶させた生徒たちは、いずれも元バントゥ党員だった。ペルヘンティアン家が廃されたので、その巻き添えを食らって肩身の狭い思いをしていた連中だ。

 最後に狙撃されて昏倒した3年生の狐族の男子生徒に、軍の小隊が駆け寄っていくのを、手元の画面越しに見るエルフ先生とノーム先生。


 生徒は手際よく回収されて袋詰めになり、どこかへ運ばれていった。恐らくは〔石化〕処理されて、あの地下施設で眠り続けるのだろう。

(生徒からの嘆願もあるし、何よりも貴重な魔法使いですからねえ。記憶なんかを〔改変〕して、洗脳してから〔石化解除〕する事になるでしょうね。また私とラワット先生に、その魔法処置の命令が来るんだろうなあ……)

 少し憂鬱な気分になるエルフ先生だったが、すぐに気持ちを切り替えた。


 学校の生徒を含むテロ実行犯を『全て狙撃して無力化した』という報告を帝国軍にする。軍の担当は、以前に巨人ゴーレム騒動で基地の責任者をしていた狐族の軍人に替わっていた。穏やかながらも厳しい眼光の担当が、2人の先生に礼を述べる。

「了解した。これを以って、狙撃作戦を終了する。貴君らは、所定の場所で待機。ご苦労でした、以上」


 ノーム先生が画面越しにエルフ先生に話しかけてきた。

「どうやら、軍の内部で勢力変化がまた起きたようですな。ようやくまともな軍人に替わったようで良かったわい」

 エルフ先生も同意して、軍の施設に降下し始める。〔防御障壁〕を緩めたのか、べっ甲色の髪が大きく風になびいた。ステルス魔法も弱められたようで、普通の警官の制服姿が次第にはっきりと見えてくる。

「そのようですね。ドワーフのマライタ先生がいれば、この舞台裏も分かるのでしょうが……どこに行ったのやら、あの酒樽」


 マライタ先生も帝都への強制呼び出しを受けて、ドワーフ政府の機関が入っている百貨店に向かったのだが……それっきり何も音沙汰がなかった。


 エルフとノームの政府と警察の出先機関が入っている建物は、今は事務員ばかりになっている。戦闘ができるように訓練を受けた者は、誰もいない有様になっていた。

 今までの騒動で、タカパ帝国情報部からの圧力が強まってしまった結果だと、その事務員から聞いている。エルフやノームの特殊部隊や諜報部隊の活動についても、全く情報が入っていない様子だった。


「しかも、政府と警察も現地責任者が揃って『帰国中』とか、最初から何もしないつもりなのね」

 エルフ先生が降下しながらグチを漏らす。その隣にノーム先生もやって来て、一緒に降下し始めた。

「まあ、今は帝国が荒れておるからな。様子見するのは、まあ妥当だわい。魔法兵器の売り込みも失敗したままだしな」


 まだ色々と文句をいいたそうなエルフ先生だったが、悲し気にうつむく。

「それにしても……生徒を撃つのは、堪えますね」

 ノーム先生も銀色のあごヒゲを手袋をした片手で撫でながら同意している。

「左様ですな。命令とはいえ、教えた事が無駄になった事実を見るのは、つらいものがあるわい」


 数秒間ほど沈黙する2人の先生。間もなくして、軍の施設の屋上へ降り立った。

 すぐに出迎えの兵が数名駆けつけて来て、軽食を手渡してくる。それを受け取ったノーム先生が口調を明るくさせて、大きな三角帽子を被り直した。ライフル杖を〔結界ビン〕内に収納する。

「この休憩時間に、精神の精霊魔法で僕を〔診断〕してもらえますかな。敵の大将の大ダコ氏は、まだ健在ですからな」


 エルフ先生がライフル杖をひとまず〔結界ビン〕内に収納する。そして、軽食が入った箱を両手で持ちながら、固い笑みを浮かべた。

「そうですね。私の〔診断〕はラワット先生がして下さい。テロ実行犯と戦っている生徒たちがいますからね。先生がクヨクヨしていてはいけませんね」



 王城の城壁に設けられている砲台から、砲撃が開始された。その砲撃音が帝都じゅうに轟く。城の上空に浮かんでいる〔浮遊〕砲台からも、砲撃が始まった。

 それらは帝都の外へ向けて放たれていき、流星のような不思議な美しさすら感じられる。


 エルフ先生とノーム先生が軽食を口に運びながら、屋上でその弾道を見上げる。軽食は、学校食堂の食事よりも豪華なものだった。

 しかし、エルフにとっては火を使った調理方法は禁忌なので、パンを含めて食べる物が入っていない。とはいえ背に腹は代えられないので、焼き肉以外は口にする事にしたようだ。隣のノーム先生に、焼けた肉をまとめて手渡す。


 残った茹で野菜の付け合わせを口に運んでパンをかじりながら、砲弾の行き先をドワーフ政府の知り合いに聞いてみる。マライタ先生のツテで知り合った事務員だ。かれもまた酒樽にヒゲもじゃ頭と手足が生えたような体型である。

 彼からの情報を得て、エルフ先生の表情がまた曇っていく。


 とりあえずドワーフの知り合いに礼を述べてから通信を切って、隣で焼肉を上品に食べているノーム先生に知らせた。

「地方都市を制圧したアンデッド群が、2方向から帝都へ攻め込んで来ている様子ですね。総計で3万ほど。大地の呪縛からは、何らかの魔法で逃れているという分析です」


 ノーム先生が軽食の箱を丁寧に閉じて、口元をナプキンで拭く。簡易杖を軽く振って、その原因を探ってみるようだ。すぐに〔調査〕結果が出た。

「アンデッドの足の裏に厚めの氷の靴を履かせているね。大地の精霊場の働きを〔凍結〕魔法で鈍らせているのだろうな。テシュブ先生の授業を真面目に聞いていたのかな。どこで盗聴していたんだか」


 軽く、こめかみを押さえるエルフ先生。

「……次にサムカ先生が〔召喚〕された時には、きつく言っておかなくてはいけないわね。調子に乗って余計な魔法を教えるから、まったくもう。帝都の危機じゃないの」


 その後のドワーフの知り合いからの追加情報によると、さらに後方から数万のアンデッド群が同数の大地の〔エレメンタル〕を引き連れて、帝都へ進軍しているという事だった。


 さらに、砲撃の効果も判明していた。なおも断続的に砲撃が続く中で、エルフ先生がジト目になっている。

「ほとんど効果が出ていないわね。〔防御障壁〕を展開していると見て間違いないかな」

 ノーム先生が食後の一服をしながら、エルフ先生の手元の〔空中ディスプレー〕画面に顔を近づけて確認した。タバコの煙を頭に浴びて、さらにジト目になるエルフ先生だ。

「ふむ。すっかり帝国軍の武装が〔解析〕されておるね。〔防御障壁〕で全て対処されておる。大した成長ぶりだよ、あの大ダコ君は。亡命してくれれば、ノーム世界で大歓迎する事、間違いなしだな」


 そんな不適切な発言は、聞かなかった事にしたエルフ先生だ。周囲をキョロキョロと見回して、王城の最も高い尖塔の屋根に目を留める。浮き砲台にも視線を向けたが、こちらは諦めたようだ。大地と接続していないので、ノーム先生には都合が悪い。

「あの場所が最も高い足場ですね。ラワット先生、あそこから敵を狙えるかどうか調べてみましょう」




【リーパット党の奮戦】

 帝都の市街地では、リーパットが40名ほどの生徒たちを指揮してテロ実行犯と戦っていた。敵の多数が狐族という事実に怒り心頭の表情である。

「何という事だ! 狐族の誇りを失いおって、この愚か者どもがあああっ」


 本当は学校の生徒も交じっているのだが、その事には気がついていない。魔力が学内最低なので、〔察知〕魔法も満足に使いこなせないせいなのだが、今はそれが良い方向に働いているようだ。

 知らないおかげで、士気が高い。


 40名の生徒の中には魔力が高い者もいるので、彼らは〔察知〕していたが……特に何も言わなかった。

 エルフ先生とノーム先生による狙撃で、今は全員が倒されている。そのため、あえて知らせる必要はないと考えたのだろう。一応、側近のパランとチャパイには知らせているようだが。


 彼ら生徒の義勇団だが……軍と警察の指揮官がまともな軍人に置き換わったおかげで、事実上は用済みになっていた。士気は高くても、やはり軍事訓練を修めていない『ただの学生の集まり』に過ぎない。


 実際のテロ組織との戦闘は軍と警察の部隊が担当しており、リーパットたちは後方の市街地の治安維持の仕事をしているだけだった。

 既に軍と警察によって制圧完了された区画の警戒任務なので、特に何もする事はない。数名の暴徒や、強盗にスリ犯を見つけては叩きのめす程度だ。


 リーパットはそんな状況でも、嬉々として御山の大将をしていたのだったが……新しい舞台を見つけてしまったようである。

 砲撃が始まったので、ブルジュアン家の者に〔空中ディスプレー〕画面を通じて問い詰めてみたところ……知ってしまった。


 通信を一方的に切ったリーパットが黒茶色の瞳をギラギラと輝かせて、配下の40名ほどの生徒たちに大声で告げた。

「数万のアンデッドの群れが、帝都の城壁の外に集結してくるぞ! 我らが魔法の数々を、今こそ帝国に知らしめるのだっ。我に続けえええっ」


 そう言って、リーパットが最寄りの城壁に向けて駆け出した。歓声を上げて呼応した40名ほどの生徒たちが、すぐにリーパットに続く。側近の2人もリーパットのそばに駆け寄って一緒に叫んでいるので、誰も制止する者がいない有様だ。慌てているのは、ブルジュアン家の連絡員だけだった。




【レブンの町の避難所】

 帝都の周囲にアンデッドと大地の〔エレメンタル〕の大群が押し寄せている情報は、レブンの耳にも届いていた。

 今は避難所がある岬の先端部に立って、まだ瓦礫が大量に浮かんでいる真っ黒い海の水平線を眺めている。魔法でつくられた津波だったせいか、岬から眺める範囲では水位は正常に戻っていた。沖合から新たな津波が来るという情報もない。

(相手がアンデッドと津波だからなあ。防衛できた町は少ないよね。数万っていう知らせだから、上陸したアンデッドのほぼ全てが帝都へ向かっているという事か。ミンタさんがあと10人もいれば、防衛できただろうけれど)


 しかし、(ミンタ級の魔力の魔法使いが10人もいる方が、帝国にとっては危険なのではないかな?)とも考えるレブン。ついでに、暴走したサムカ熊の事件を思い出す。

 ムンキンとラヤン、それにペルとジャディの様子も、低速回線を介しながらも大よそ理解できていた。とりあえずは無事のようなので、それで良しとする。


 この岬の上の避難所は敵の攻撃を退ける事ができたのだが、それでも死者が数名出ていた。突入してきた敵アンデッドとの白兵戦になってしまった区画があったためだった。

 レブンもサーバーが無いために自身の魔力を節約していて、避難所全域の状況は把握できていなかった。〔念話〕ができる者が1人もいなかった事もあっただろう。襲撃を受けた区画からの救援要請を、自治軍本部から受けた時には遅かった。


 突入してきた敵は10体余りだったので、すぐに応援が到着して殲滅できた。しかし、学校の生徒と違い、死者を〔蘇生〕〔復活〕させる術がないので、悔しく思うレブンだ。

 とりあえず、負傷者も30名ほど出ていたので、彼らの治療の手伝いを紙製のゴーレムに命じる。さすがにゴーストに医療行為は無理だ。

 レブン自身も魔力の上限があるので、法術と死霊術とを同時に行使できない。仕方なく、索敵の仕事に復帰する。


 通信回線がまだ復旧していないので、帝都沿岸部の被害状況は分からないままだ。そこへ1体のゴーストが飛んできて、レブンの頭の上で停止した。レブンがゴーストを見上げて頬を緩める。

「スロコック先輩が放ったゴーストだね。伝書鳩の仕事お疲れさま。しかし、ようやく1羽めかあ……」


 すぐにゴーストから情報を受け取る。ほっと安堵するレブン。

(良かった。スロコック先輩の避難所は軽微な損害で済んでいるのか。でも、他の町の避難所の様子までは分からないから、まだ油断はできないよね)


 スロコックが知らせてきた情報は、彼の自治軍の部隊が防衛している避難所だけの安否情報だった。他の魚族や、人魚族の町や避難所の様子は不明のままである。それでも、スロコック家が支配している魚族の町は多いので、沿岸部の半分ほどは無事である事が分かった。

 一方で、ムンキンやラヤンが防衛している竜族の城塞都市は内陸にあるので、敵軍が上陸済みである事は確実だ。


 レブンがセマン顔で黒髪をかく。

「帝都に近い、どこかの町が突破されたんだろうなあ。っていう事は、ここの避難所や南の学校避難所を襲撃したのは、精鋭だったけれど本隊じゃなかったのか。数万の本隊の上陸を、僕たちに邪魔されずに成し遂げた……大ダコ君、かなり賢いな」


 レブンが情報をファイルにして、スロコックのゴーストに渡す。そのままゴーストは、スロコックがいる避難所へ向けて飛び去っていった。入れ違いにレブンのゴーストが海の中から飛び上がって、手元へ戻ってくる。

 その哨戒中のゴーストからの報告では、海中の故郷の町には大ダコ軍の姿はない。映像情報を見る限りでは、家や施設は特に破壊されてはいない様子だ。占領せずに、そのまま素通りして去っていったようだ。

「もしかすると、ミンタさんやムンキン君の活躍のおかげかな。敵の戦力がかなり削られたのかも」


 レブンが映像情報とスロコックから得た情報を、自治軍本部と臨時役場に転送しながら、少し安堵する。この程度の損壊被害であれば、復旧までにかかる時間も長くかからないだろう。

 次いで、叔父が経営している魚の養殖場からの映像を確認する。


「ここも、思ったよりも死亡率は上がらなかったんだな。良かったよ」

 海中に沈められた広大なネットで囲われている養殖場では、魚の群れがゆっくりと回遊している様子が映っていた。アジやサバにカツオの系統の魚が養殖されている。ネットの下面には、病死に事故死した魚が見えるが、数はそれほど多くはない。掃除係ともいえるカニやエビが群がっていて、迅速に食べられて骨になっていた。


 当初の予定では、養殖している魚を仮死状態にするのであったが、その後レブンが考え直していた。捕獲した海賊スケルトンを数体使って、避難所から餌を運び入れて与える事に変更していたのであった。

「思ったよりも、敵のスケルトンが多かったからね。使わない手はないよね、叔父さん」

 映像を通じてスケルトンが魚に餌を与えている様子を見ながら、レブンが頬を緩める。このスケルトンたちには、他に町の掃除も命じてある。


 水の精霊場の強さも表示されてきたので、その数値を見る。レブンが軽く腕組みして感心した表情になった。数値は正常どころか、養殖の最適値に近いほどだ。餌の量さえ確保できていれば、今頃は豊漁だったかも知れない。

「うーん……海の妖精が庇護しているという事かな。どうせなら、僕たち魚族も庇護してくれれば良かったのに」


 養殖場の映像も臨時役場に転送する。叔父たちにも送りたいところだが、魔法適性がない上に通信用の魔法具も持っていないので現状では無理だ。

 とりあえず、叔父たちが避難している施設へ向けて、紙製のゴーレムを1つ〔結界ビン〕の中から取り出して放っておく。本当ならばレブンが直接叔父に会いに行って知らせれば良いのだが、今はまだ仕事中だ。


 紙製ゴーレムが飛行機に変形して、叔父たちがいる避難所へ向けて飛んでいくのを見送る。

 そのレブンの手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面が発生した。海の妖精の探索に出していたゴースト群からの一報だ。

「きたか」


 ミンタに指示された通りに、音声通話だけの送信を学校にいるペルとジャディ、それにサムカ熊に送る。すぐに反応が返ってきた。ミンタから根回しがされていたようである。


 状況を簡略に説明したレブンが、シャドウの支援をペルとジャディ2人に求める。快諾する2人だ。ジャディの威勢の良い声が真っ先に返ってくる。

「おう、任せろ! 今すぐにでも〔テレポート〕して向かいたい所だけどな、まだサーバーが省力運転中なんだよな。シャドウだけだったらソーサラー魔術の〔テレポート〕で送りつける事ができるから、そいつで何とかしてくれ」


 ペルからも、はっきりした口調で返事が届いた。

「ティンギ先生が、ここに残った方が良いって何度もいっているの。〔予知〕だと思うんだけど、理由を教えてくれないの。シャドウはミンタちゃんの所にあるから、仕事が終わり次第、レブン君の所に向かわせるね」


 ミンタが守っている学校避難所には魔法場サーバーが稼働している。シャドウのような質量のない幽体の〔テレポート〕であれば問題ないはずだ。

 ジャディのシャドウは、その手法が使えない。しかし、自身の魔力を使うソーサラー魔術の〔テレポート〕魔術を使ってくれるそうなので、これも問題ないだろう。


 レブンが改めて、岬の避難所の位置座標を二進法の圧縮情報で送信する。映像情報や魔法の術式といった複雑な情報を送受信する事ができないので、こうして簡略化している。それを副回線で実行しながら、サムカ熊にも援護を要請した。

「テシュブ先生も、支援を何かして下さい」


 しかし、返答は思わしくないものだった。申し訳なさそうな口調でサムカ熊からの声が届く。

「済まない。今は、軍と警察が混乱していて指揮命令系統がバラバラだ。彼らからの許可がない以上、うかつには動けないのだ。現に、警戒されているようでね、他の先生たちは帝都の警備に借り出されたが、私とティンギ先生は待機扱いにされてしまった」


 帝国全土で大暴れしているのがアンデッドなので、貴族を警戒するのは当然だろう。故ナウアケに帝国が頼って失敗した過去もある。

 誘拐された人たちは特に後遺症も残らず元気にしていると、校長から聞いている生徒たちだ。左遷や退職した人も多かったそうだが……


 サムカ熊が先生らしい口調で話を続ける。

「できる限り、君たち生徒の力だけで対処してみなさい。緊急事態になれば私とハグも援護に向かうよ。授業の実習の延長線だと思ってやってみなさい、レブン君」

 まあ、ある程度こうなる事は予想していたので、大きな落胆はしないレブンである。

「分かりました、テシュブ先生。評価を楽しみにしています」


 ムンキンからも雑音混じりの弱々しい音声での応答が入ってきた。彼の故郷は自家発電ユニットの電力の一部を魔力に融通して〔変換〕しているので、かなり節約しているのだろう。

「ざざざ……俺は大地の精霊を活用……ざざざ……っれ、特に注意する……ざざざ……」

 ラヤンからはもっと酷くて、ただのモールス信号のような『ブザー音』が送られてきているだけだ。内容は『気楽にやれ』というようなもので素っ気ない。


 ジャディからは雰囲気を全く無視した激励が、強力な出力で割って入ってきた。思わず耳を押さえるレブン。

「いいか、レブン! オレ様の『ブラックウィング改』が到着するまで無茶するんじゃねえぞっ。〔妖精化〕とかシャレにならな……」

 ぶつん。

 通信が切れた。


 レブンの表情が引き締まる。これもまた予想していたようで、顔が魚に戻ったりはしていない。

 一応、全チャンネルで通信が妨害されている事を確認し、それを岬の避難所にある自治軍本部に報告する。魔法具での通信は大丈夫のようだ。こういう点は、さすがドワーフ製である。


 〔念話〕も遮断されているようで、ゴーストとの通信ができない。すぐに光の精霊魔法を介した〔通信〕魔法に切り替える。水中でも使用できるように非常に長い周波数の電波で、こちらは問題ないようだ。一般に『長波』と呼ばれている電波である。

 ただ、この周波数では通信できる情報量が非常に少なくなるので、前もってゴーストに組み込んでおいた術式のオンオフしかできない。


「こういう点はゴーレムや〔式神〕の方が便利だよね。ミンタさんだったら、素粒子のミュオンで通信する事もできるだろうし。まあ、僕は僕のできる事をするだけだな」

 ムンキンからもらった紙製ゴーレムを呼び出して、それに色々と指示を下す。ゴーストの管理人権限も、この紙製ゴーレムに委譲しているようだ。

(『呪い騒動』で色々と学んだからね。僕とゴーストとの直通回線は危険すぎる。形式上は『このゴーレム君による作戦行動』にしておかないとね)


 実際には〔呪い〕だけではなく、幻導術にも〔カウンター攻撃〕魔法が存在する。

 遠隔地にいる敵の術者を標的とした全自動型の迎撃魔法だ。当初の教育指導要綱では項目に挙げられていなかった分野の魔法である。そのため、レブンもプレシデ先生から選択科目授業で学んだのは、つい最近の事であった。


 すぐに紙製ゴーレムを介して、海中の状況が数値情報でレブンに届き始めた。通信速度が非常に遅いので、映像や画像の送受信は不可能だ。

 さらに新規の魔法術式の送信も厳しい。ゴーストに前もって仕込んでおいた魔法術式だけでの勝負になる。


 現場海域の地形や敵の位置情報は、ゴーストが放ったソナー音波によるものだ。ソナーを打つと、ゴーストの位置も必然的に敵に知られる事になってしまうのだが、他に手段がない。

 ゴースト2体がペアになって、交互にソナーを打ちながら海中を逃げ回っているのが分かる。そのペアが次々に消失していた。


 とりあえず、2体のゴーストのペア1組だけは、ソナー打ちをせずに現場海域に潜ませる事にする。かなりのゴーストが消滅してしまったが、それなりの情報は得られたようだ。

 レブンが厳しい表情のままで、消滅したゴーストたちに礼を述べる。

「ありがとう。これで敵の状況がつかめたよ」


 ソナー探知の数値情報を、レブンが紙製ゴーレムに命じて演算させる。あくまでも実作業はゴーレムに任せるようだ。得られた演算結果も、そのままレブンが見たり自治軍本部へ送信する事はせずに、いったん紙に印刷する。

 それを〔ゴーレム化〕させて、紙飛行機に変形させてから自治軍本部と臨時役場へ向けて飛ばした。

 レブンも紙に印刷された情報を簡易杖を持っていない左手で受け取り、それを改めて自身の〔空中ディスプレー〕画面に読み込ませる。かなり面倒な手続きになるのだが……カウンター魔法攻撃の対策上、仕方がない。


 その紙に印刷された情報によると、敵が潜んでいる海域は水深50メートルほどで岩場だった。意外に浅瀬に潜んでいたので驚くレブン。

「水の精霊魔法を使う上では、少し不便な環境だな。大量の水がある場所ほど、強力な魔法が使えるはずなんだけど……」


『海の妖精』と思われる強大な魔力は、岩の塔の中から浸み出ていた。どうやら、逃げないように岩で作られた檻のような場所に閉じ込められているようだ。

「確かに、これは魔力源というか魔力電池として利用されていそうだね。これなら、説得ができそうだな」


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