表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
107/124

106話

【ネットワーク復旧して……】

 地下サーバー室で復旧作業をしていた60人ほどの生徒たちも、今はほとんどが作業を終えていた。談笑が部屋の中に響き始めている。

 ペルの提案で、先程のテロ行為で逮捕連行されたベルディリ級長の情状酌量申請を行う事になったようだ。幻導術の副級長が首をかしげてペルに聞く。

「彼は、君たちを殺そうとしたんだが。それでも許したいのかい? 先程、僕らの級長だったウースス3年生も、テロ実行犯と判明した。現地で殺されたそうだ。僕らは裏切り者の元級長になんか、情状酌量申請はする気ないぞ。一般市民を無差別虐殺しようとした奴なんか、死んで当然じゃないのか?」


 ペルが魔法工学の副級長と顔を見合わせて、寂しそうに微笑む。

「そうですね、指摘の通りだと思います。でも、私たちにとっては立派な級長だったんです。私たちを殺そうとするまでは」


 生徒たちがそのような議論をしている間に、各種術式が順調にサーバーに流れ始めたようだ。画面向こうの情報部の羊と、小窓画面の中の帝都の窓口の狐の表情も、満足そうなものに変わっていく。

 校長も同様で、狐目を細めてマライタ先生とプレシデ先生に礼を述べた。

「ようやく帝国全土からの情報が集まり始めました。ありがとうございます。これで、帝国軍や警察も事態の把握が行いやすくなります。今までは帝都市内ですら情報収集に支障が出ていましたから」


 情報部の羊が真面目な顔に戻って、2人の先生に礼を述べる。

「情報部の上司からも『感謝する』というメールが届きました。では、私はこれで失礼します。忙しくなりそうだ」

 そのまま情報部の羊と窓口の狐の映像が消えた。ログオフしたようだ。


 ペルが早速、ミンタに映像込みの通信回線を開く。ミンタが守っている学校避難所のサーバーも再稼働を始めたようだ。ミンタの顔が小窓表示ながら映し出された。手を振るペル。

「ミンタちゃん、お待たせ。こちらはマライタ先生とプレシデ先生の尽力で、簡易サーバーが復旧したよ」


 ミンタが手を振り返している。

 背後では地下水や大地の精霊に、森の妖精たちが、施設の地下に溜まった汚泥と瓦礫を〔消化〕したり虫などに〔変換〕したりして、除去作業を行っている様子が見える。

 水棲甲虫型の森の妖精がテキパキと要領よく泥水の排出を指揮している。クラゲ型の地下水の妖精もフヨフヨと椀型の体を伸縮させながら、地下に溜まっている泥水を地下水脈へ〔テレポート〕している。

 イノシシ型の森の妖精だけが、どうも手持無沙汰でウロウロしている。地下なので勝手が悪いのかもしれない。


 そんなイノシシ型の妖精にミンタが仕事の指示を出してから、画面に顔を向けた。

「こちらも復旧作業中よ。まだ敵アンデッドが5000ほどこちらへ向かっている最中ね。それまでには、こちらのサーバーも復旧できると思うわ。まあ、間に合わなくても、精霊や妖精がこんなにいるから余裕で敵を撃退できるけど」


 いつの間にか、精霊や妖精を多数味方につけて作業させているミンタに、目を丸くして驚いているペルだ。これは共有回線なので、サーバー室にいる60人ほどの生徒たちも同じように驚いて、ドヨドヨざわめいている。


 しかし、マライタ先生には大した光景には見えなかったようだ。平然とした顔でミンタに聞く。

「ミンタ嬢。そっちの簡易サーバーの状態はどうだい? 自己修復できそうか?」

 ミンタが手元の別小窓画面を見てから、マライタ先生にうなずく。

「サーバー自体は緊急停止しただけなので、壊れていません。魔力供給も残った建物屋上や、森に設置された魔法陣からの供給量で何とかなりそうです。岬の魔法陣は津波で破壊されていますけど、5000のアンデッド相手なら問題ないかと」


 その関連情報がミンタから、マライタ先生とプレシデ先生に送信されてきた。それを見てうなずく2人の先生。魔法関連なので、プレシデ先生が判断してミンタに答える。

「そうだな。それじゃあ、何とか凌いでくれ。学校指定の避難所は使えそうにないんだな?」


 ミンタが申し訳なさそうな表情になってうなずく。

「すいません。将校避暑施設も含めて大破しています。森の中の軍将校向けの避難所は無傷なんですけど」

 プレシデ先生が肩をすくめた。

「軍と警察は、今は仕事が山のように湧いてきている最中だな。私たちが避暑施設を使用したいという申請を、検討する余裕も時間もないだろう。シーカ校長、教育研究省の権限で何とかなりますかね?」


 校長が画面の向こうで微妙な表情になった。口元のヒゲが顔の毛皮に埋まってしまっている。

「……省も今は大忙しですよ。後回しにされるだけですね。幸い、ここ学校は無事ですから、避難する必要はないかと思います。ミンタさん。敵を撃退後に、そちらの避難希望者を募ってみて下さい。少数名でしたら、学校で受け入れできると思います。それと負傷者の〔治療〕もですね」


「分かりました、シーカ校長先生。カチップ管理人に提案してみます」

 ミンタが答えた後、ペルが薄墨色の瞳を画面向こうのミンタに向けた。

「ミンタちゃん。私にできる事があったら、遠慮なくいってね。遠隔魔法も使えるようになったから、そっちのシャドウの精密操作もできるよ」


 ミンタの肩に、ペルの子狐型のシャドウが乗ったのが映る。幽体なので直接触れる事はできないのだが、ミンタがにこやかな笑みをシャドウに向けて手を伸ばした。

「ありがとね、ペルちゃん。精霊さんと妖精さんが大勢いるから、シャドウは使わない方が良いと思う。敵に間違えられて攻撃されかねないし」

 確かにその通りなので、ペルが残念そうな表情になった。鼻先と口元のヒゲが張りを失ってテロンと垂れる。

「……うう、そうだよね」


 ミンタが明るく笑ってペルを反対に励ました。

「学校の復旧を頑張ってちょうだい。じゃあね」

 ミンタが映像を切らずに、そのまま現地の精霊や妖精に精霊語で何か指令を下し始める。


 代わりにジャディが小窓表示で顔を出した。相変わらず高木の頂上の巣にいるようだ。今回も見事なまでに役に立っていない。

「何か起きたら、オレ様にいえ。ひとっ飛びして片付けてきてやるぜっ」


 ペルが素直にうなずく。

「うん。ジャディ君なら風の精霊魔法が上手だから、精霊や妖精さんとも仲良くできるよね。その時はお願い」

 ジャディが自信満々なドヤ顔になって、枝の上に移動して鳥胸を大きく張っている。

「おう、任せろ」


 プレシデ先生が「コホン」と軽く咳払いをして、ジャディに告げる。

「できれば、君は『枝の上』にいてくれた方が良いんだけどね。森の中にいくつか、盗賊団の反応が出ているんだよ。それと、帝都の状況が判明してきていてね。僕たち教師にも帝都の防衛警備に行く命令が出そうな雰囲気だ。そうなると、この学校の防衛力が大きく落ちる」


「え!?」

 校長を含めた生徒たち全員が、慌てて手元の〔空中ディスプレー〕画面を見た。


 帝都市内でも数ヶ所でテロが起きていた。テロ実行犯との戦闘が続いている映像が次々に表示されている。その戦闘の中で射殺された、テロ実行犯の顔写真も映し出された。

「!!!」

 校長が声にならない叫び声を出して、倒れて画面上から見えなくなった。

 小窓画面越しに、大勢の事務職員が気絶している校長を抱きかかえて、マルマー先生のいる救護所に走り出していくのが見えている。


 学校のあちこちでも、生徒の悲鳴が上がり始めた。その声を画面越しに聞きながら、ペルが青い顔をして呆然と立ち尽くしている。

「こんなに多くの学校の生徒がテロ実行犯になっていたの……!?」


 射殺された顔写真の数は、すでに50人に上っていて……さらに増えている。その写真の中に、学校の生徒の顔が20ほどあった。死体は射殺後、所定の場所へ運ばれたという注釈が付けられている。


 マルマー先生の顔が小窓画面に出た。かなり焦っている様子だ。

「お、おい……〔石化〕処理されて戻って来ている生徒だろ、これって。どうするんだ? このまま〔石化解除〕して〔蘇生〕させてもいいのか?」


 校長が気絶してしまったので、誰もどうしてよいか分からない様子だ。10秒ほどして、教育研究省の人が小窓画面に顔を見せた。狐族の彼もかなり狼狽している。

「軍と警察に問い合わせた。『石化は解除しないで欲しい』という事だ。マルマー先生、そういう事なので、テロ実行犯とは無関係の、他の生徒の〔治療〕と〔石化解除〕に尽力してほしい」

「お、おう……」と同意するマルマー先生。

 生徒の間にも動揺が広がってきていて、学校中が騒然とし始めた。


 それをはね退けるような力強い声が上がり、生徒と先生全員の手元の〔空中ディスプレー〕画面に、リーパットの顔が大写しになった。

「帝都が危ないのかっ。我は至急帰還するぞ! 我に続くものはいるかっ」

 側近2人がすぐに申し出る。同時に学校に残っていたリーパット党員も呼応し始めた。


 エルフ先生が画面越しに顔を出して、リーパットを叱りつける。

「いけません! 今、帝都に向かっても混乱に巻き込まれるだけですよっ」

 その警察服の袖を軽く引っ張るノーム先生。エルフ先生にゆっくりと顔を振った。

「残念だが、リーパット君の本家であるブルジュアン家から『帰還命令』が出ている。それに、僕たちにも『帝都へ救援に向かえ』という命令が出た。行っても、何かできるとは思えないけれど……命令は命令だよ」

「ぐぬぬ……」と、ジト目になって黙り込むエルフ先生だ。警官なので命令は絶対である。


 そんな運動場の騒動を画面越しに見ながら、「アワアワ」慌てているペル。同じサーバー部屋の60人ほどの生徒たちも動揺して、マライタ先生とプレシデ先生をじっと見つめている。

 2人の先生は少しの間……何か話し合い、すぐに生徒たちに顔を向けた。


「ワシらは、このままサーバー復旧作業を続ける。故郷が心配な者は、遠慮なくすぐに帰省してくれ。シーカ校長が倒れたから、事後承認になるが……まあ、仕方ないだろう」

 プレシデ先生もマライタ先生に同意する。それでも、なおも斜めに立っているが。

「私も賛同するよ。今は、一刻も早いサーバーの再稼働が必要だからね」


 その言葉が効果を出したのか、60人ほどの生徒たちの動揺がすぐに収束した。既に級長2人がテロ実行犯になっていた事を知っていたので、大きな動揺に至らなかったおかげもあるのだろうか。

 2人の副級長が早速、帰省希望者を募り始めていく。


 そんなテキパキした対応に感心しているペルの手元に、小窓画面が3つ現れた。レブンとムンキン、それにラヤンからだ。白黒画面ながらも顔が認識できる。

 開口一番、ムンキンが肩をすくめた。

「シーカ校長が倒れたそうだな。すまんな、こちらにはサーバーが無くてな。通信できるまでの魔力を溜めるまでに時間がかかってしまった。ウースス先輩がテロ実行犯だった事は、ラヤン先輩にゴーレムを飛ばして知らせたんだが……伝書鳩方式はキツイな」


 ラヤンも残念そうな表情をして、マルマー先生とも通信をしている。

「音声通話しかできなかったのよね。しかも、招造術クラスには連絡がつかなかったし。そちらの幻導術の副級長には、サーバー室のテロの後で何とか連絡を入れる事ができたけれど……かなりの人数の生徒がテロに加わっていたのね。驚きだわ」


 ペルが納得したような表情になる。

「あ。そうか。サーバー室では機械の修理で使う魔法が大量に使われていて、混線状態が酷かったんですよ。それで外部と通信ができなくなってたのかも。テロの爆発で魔法場が吹き飛ばされて、混線状態が緩和されたのかな」

 サーバー室の生徒たちも、ペルの推論に同意している。今後は、排気システムの充実を提案した方が良いだろう。


 レブンが口元を魚に戻しつつ、犠牲者と射殺者名簿が更新されていく様子を見ている。

「名簿を見ると、元バントゥ党員ばかりだね。僕たちの行動が敵に読まれていたみたいだなあ。ペルさん、学校にまだテロを起こす予定の生徒が残っているかもしれない。警戒するように先生に伝えて」


 ペルが「はっ」と顔を青くする。周囲で復旧作業をしている生徒たち数名も、同じ反応をしている。どうやら無意識のうちに、この可能性を否定していたようだ。

「そ、そうだね。わかった」


 急いでマライタ先生に懸念を伝えるペルだ。隣の副級長はプレシデ先生に伝えている。2人の先生も冷や汗をかきながら、他の先生たちに知らせ始めた。


 その様子を見てペルが、ミンタたちとの通信を終了する。魔力の節約をしなくてはならない。そのまま、サーバーの自己修復機能の対象外の細々とした回線を直したり、壊れた床や壁の補修を手掛ける事にする。

「ふう……大変な事になったなあ」




【帝都へ向かう人たち】

 結局、プレシデ先生やマライタ先生の予測の通り、ほとんどの学校の先生に対して帝都防衛と警備の『命令』が下されてしまった。

 エルフ先生とノーム先生は警官なので、命令に従う義務があるのだが、他の先生は一般人なので義務はない。しかし、給料の査定に影響すると脅されては、従うしか道はなかったようだ。渋々、帝都へ向けて〔テレポート〕していく先生たちである。


 エルフ先生がライフル杖を肩に担いで、マルマー先生に頭を下げた。

「先生に〔治療〕を押しつけてしまう形になってしまいました。本当に申し訳ありません」

 マルマー先生は、校長の精神状態を法術で〔診断〕している最中だった。気絶から回復したばかりで朦朧としている。マルマー先生が肩をすくめながらも、努めて気楽な口調で答えた。

「命令とあれば、従うしかないでしょうな。簡易サーバーが稼働したので、ここは何とかなる。ですが、できるだけ早く戻ってくれると嬉しいですな。あまり役に立たないとはいえ、今はエルフの手も欲しいですからなっ」

(この余計な一言さえなければ、そこそこ良い先生なのにな……)とジト目で思うエルフ先生であった。


 死因が『テロ行為をしたための射殺』となっている〔石化〕生徒たちは、24人に達していた。彼らの〔蘇生〕や〔復活〕は行わない事になっている。

 そのため、マルマー先生と法術専門クラスの生徒たちは、他の〔石化〕処理されている生徒たちの〔蘇生〕や〔復活〕作業に専念していた。

 〔石化〕解除後に意識がある生徒や、心肺停止状態の生徒であれば、通常の〔治療〕や〔蘇生〕法術で対応できる。一方で脳死状態になっている生徒や、バラバラ状態の生徒は〔復活〕法術をかけるしかない。


 負傷者も10名ほど出ているので、スンティカン級長の指示に従って分担して〔治療〕を受け持っている。さすがに、今まで何度も実施しているので手慣れた印象だ。皆、落ち着いている。

 これから故郷へ戻る生徒については、校長が完全に回復していないので、担当教師が代わりに一時帰省の許可を出している。



 残念な事に、学校に残っていた生徒の中に、まだ3人のテロ実行予定者が残っていた。

 精神の精霊魔法による一斉調査ですぐにばれてしまい、その際に自爆しようとしたのだが……全員ともエルフ先生とノーム先生による〔麻痺〕魔法を受けて無力化されている。今は〔石化〕処理されて、運動場の一角に他のテロ犯と一緒に安置されていた。


 それもあってか、リーパットがいつも以上の大声を張り上げて生徒たちを鼓舞している。すでに帝都向けの〔テレポート〕魔法陣を起動させていて、出発する直前だ。

「よいか! 〔石化〕されたテロ犯人の事は今は忘れろっ。帝都を何としても防衛せねばならんのだ。軍と警察も、我らの応援を心待ちにしているっ。今こそ、我らの力を見せつけようではないか!」


「おおー!」

 リーパットに同行するのは、総勢40名の生徒たちだ。彼らも学校に生体情報と組織サンプルを保管しているので、〔蘇生〕や〔復活〕が可能である。それでも校長は、気絶していなければ反対していただろう。


 やはり訓練が圧倒的に不足している学生の群れなので、行動もバラバラ気味だ。それでも次々に気勢を上げながら〔テレポート〕して出立していく。

 コントーニャもちゃっかりと参加していて、口元を少し緩ませた顔で気勢を上げて〔テレポート〕していった。


 ウィザード先生とソーサラーのバワンメラ先生も、いそいそと帝都へ向けて〔テレポート〕していく。


 その後ろ姿を見送るノーム先生。彼もエルフ先生と同じくライフル杖を肩に担いでいる。マルマー先生に挨拶を終えたエルフ先生に歩み寄って、大きな三角帽子を少し被り直す。

「あまり……こういう光景は、生徒に見せたくないものですな」


 エルフ先生が空色の瞳を曇らせてうなずく。

「そうですね。シーカ校長先生がいないと、ここまで野放し状態に陥るとは思いませんでした」

 そして、運動場の隅にある、地下階へ降りる非常階段の縁に座って、こちらを眺めているサムカ熊とティンギ先生に軽いジト目を向ける。

「学校に残るのは、サムカ熊先生とティンギ先生だけです。マルマー先生にも先程帝都へ向かうように、命令が出ました。本当に頼みましたよ。何か問題が起きたら、許しませんからね」


 サムカ熊が階段の縁に腰かけたままで、両手を上げる。

「よかろう、引き受けたよ。私も帝都へ向かっても構わないぞ。本体のサムカと違い、私は人形だからな。〔召喚〕契約の対象外だ」


 隣で呑気にパイプを吹かしているティンギ先生が、紫煙を一筋吐いてサムカ熊の毛玉ボディを肘で突いた。

「君はここへ残った方が良いよ。パリー先生の暴走を抑える事ができるのは、君だけだからね」


 そのパリー先生はスキップしながら森の中へ入って行くところだ。その後ろ姿をジト目気味のまま見送るエルフ先生。

「……そういう事です。私と一緒にパリーも帝都へ向かうように、エルフ警察や帝国軍に要望したのですが却下されてしまいました。ですので実に不本意ですが、パリーはここに残ってもらう事になります。パリーも森から出るのを嫌がってますし」


 パリーが帝都へ行くのを断ったのは、単に面倒臭がっただけだ。管理する森から離れる事は、妖精の『自主規制』では禁止されている。今は複数の盗賊団が森の中に潜んでいるので、それも理由になってしまっていた。パリーの事なので、賊をおびき寄せでもしたのだろうか。


 エルフ警察も要望を却下したのだが、これはパリーが帝都へ向かったところでエルフ先生が魔力を制御できないだろうという判断によるものだ。実際にこれまで何度も、パリーからの過剰魔力供給のせいでエルフ先生の魔法が暴走している。

 帝国軍もその情報は得ている。そのため、余計な不安因子を帝都へ呼ぶ必要はないという判断であった。これも妥当だ。


 結局、パリーは森の中に戻ってもらい、〔テレポート〕魔法を介して帝都にいるエルフ先生やノーム先生へ魔力支援をするという手筈になった。

 これならパリーが帝都にいないので、エルフ先生やノーム先生の魔法が暴走しても、〔テレポート〕魔法を遮断すれば制御できる。


 ノーム先生が大きな三角帽子を少し被り直して、ライフル杖で自身の肩を「ポンポン」叩きながら、銀色の口ヒゲの先をピョコピョコさせる。

「我々までテロ実行犯になるよりはマシでしょうな。パリー先生の魔力は、妖精の中でも上位ですからね。うっかり僕たちの魔法が暴走すると、帝国王城を大破しかねない」


 エルフ先生も一応は頭では理解できている様子だ。ノーム先生の言葉に、ジト目のままだが同意する。

「パリーを1人にさせる事の方が、重大な事故を招きそうですけれどね。ですが『命令』ですから、従いますよ」

 そのジト目をサムカ熊に向ける。空色の瞳がイライラで灰青色になっている。

「重ねてお願いしますよ。帝都から帰ってきたら『学校が森に飲まれて消えていた』なんて冗談は聞きたくありませんからね」


 隣でパイプを吹かしているティンギ先生とサムカ熊が、顔を見合わせて深くうなずく。

「心得た。だが、魔力量ではパリー先生の方が上だ。場合によっては、ハグ人形や墓用務員の助力を仰ぐ事になるだろう。それでも構わないかね?」


 すでにハグ人形が、サムカ熊の頭の毛糸の中からチラチラ顔を出してアピールしている。墓用務員もいつの間にかニコニコしながら、こちらへゆっくりと歩いて来ていた。


 それらを完全に無視するエルフ先生。瞳の色を再び空色に復活させて、サムカ熊に向ける。

「許しません。あのバカ共に任せたら、さらに騒動が大きくなるに決まっています。『化け狐』までやって来たらどうするんですか」

 ぐうの音も出せないサムカ熊。


 隣のティンギ先生が愉快そうに口元と目元を緩めて、紫煙を吹き出す。

「非常に説得力があるねえ。私の煙〔占い〕でも、『災いが膨れ上がる恐れあり』という警告が出ているよ」

 いつの間にか、占道術を行って〔占い〕をしていたようだ。ティンギ先生の占いはラヤンとは違い、的中率が異常なほど高い。大人しく従う事にするサムカ熊だ。


 文句をいいながら、ハグ人形がサムカ熊の頭の毛糸の中に潜り込んで消えた。墓用務員もニコニコ笑顔のままで立ち止まっている。


 サムカ熊が両手を再び肩まで上げて、降参の仕草をした。

「了解した。では、この熊人形だけで対処するように努力するよ。まあ、目下の危険因子は、森の中の盗賊団ぐらいだろう」

 エルフ先生がジト目のままで咳払いをする。

 パリーがヘラヘラ笑いを浮かべながら、エルフ先生に手を振って森の中へ消えていく。エルフ先生とノーム先生が揃って、真顔のままで手を振り返した。

「それと、墓用務員もですよ。何を考えているのか全然分からないのは、パリーと同じですからね」


 運動場では、最後まで残って〔治療〕の指揮を続けていた法術のマルマー先生が、帝都へ〔テレポート〕する順番になっていた。

 校長はかなり回復してきているようで、簡易ベットに寝ていながらも事務職員たちに仕事の指示を出している。魔法の手袋をした指先がまだ震えているが。


 マルマー先生もスンティカン級長に色々と指示を飛ばしていて、最後に鋭い視線をサムカ熊に向けた。級長は故郷へ戻ったはずだったが、すぐにマルマー先生によって強引に呼び戻されていたようである。

「二度と暴走してはいけませんよ! 我の仕事をこれ以上増やさないようにっ」

 散々な言われようである。


 サムカ熊が両耳をパタパタさせて応えた。

「安全回路が機能しているから、私の暴走は心配しなくて良い。帝都での医療活動、大変だろうが無事にやり遂げてくれ」

 ティンギ先生がパイプのタバコを入れ替えながらマルマー先生に告げる。

「帝都では、テロ事件が何度か起きているのだろう? さっさと向かった方が良いな。負傷者が生きている間に〔治療〕しないといけないのだからね」

 帝都の住民は、一般の獣人族なので魔法適性が乏しい。死んだらそれっきりだ。


 マルマー先生が、派手な飾りが多数ついている大きな杖を〔結界ビン〕の中から取り出して、大げさな身振りで頭上に掲げる。

「分かっておる。帝都の法術使いは我よりも有能だから、行かなくても問題ないと思っておったのだがな。事態は我が思う以上に深刻なのやも知れぬ。まあ、それでも彼らの手伝いをする程度だ。それに加えて、真教の布教の好機でもあるからな、人手が欲しいのだろう。〔テレポート〕魔法を起動」


 すぐに魔法陣がマルマー先生の目の前に出現した。級長にもう一度振り返る。

「よいか、バタル・スンティカン級長。布教の好機は、この学校でも同じだ。我が戻るまでに1人でも多く、教徒にするようにな」

 この期に及んでも、まだ布教に精を出すマルマー先生だ。さすがにジト目になっている級長と法術専門クラスの生徒たち20余名である。なお、ラヤンを含めた数名の生徒は故郷へ戻っている。


 同じようなジト目になっているエルフ先生とノーム先生に、マルマー先生がドヤ顔を向けた。

「では、お先に。生命の精霊魔法を使う場面はないですぞ。我が真教の法術使いに全て任せたまえ。はっはっは」

 そのまま〔テレポート〕して消えた。


 エルフ先生がライフル杖を肩に担いだまま、軽くため息をつく。

「そうね。そうしたいわね」

 ノーム先生は手元の〔空中ディスプレー〕画面を、小豆色の瞳でじっと眺めていたが……エルフ先生の独り言に同意した。

「そうなりそうですな。帝都のテロが沈静化し始めておる。私たちが向かっても、もう特に何もする事はないはずですぞ」


 エルフ先生が再び小さくため息をついた。腰まで伸びる、べっ甲色の髪に静電気が走って、軽くボサボサ状態になっている。

「でも、『命令』だしね。行かないと」

 そう言って、2つの〔テレポート〕魔法陣が発生した。サムカ熊に空色の視線を投げるエルフ先生。

「では、行ってきます」


 サムカ熊とティンギ先生が、気楽な仕草で両手を振って見送った。「カチン」ときている様子のエルフ先生だが、そのまま〔テレポート〕して姿を消す。次いでノーム先生が片手を振ってから消えた。


 これで学校に残っているのは、サムカ熊とティンギ先生だけになった。

 校長がベッドの上から手を振って、事務員たちに指図しているのが見える。あの様子であれば、間もなく業務に完全復帰できるだろう。

 ハグ人形が、サムカ熊の頭の毛糸の中から顔を出した。

「やっと失せたか。さあて、サムカ熊君。何をして遊ぼうか」



 地下のサーバー室でも、マライタ先生とプレシデ先生が帝都へ〔テレポート〕する準備を終えていた。

 両先生も作業服のままだ。さすがにプレシデ先生は、服についている汚れを魔法で落として小奇麗にしているが、マライタ先生はそのままだ。


 ペルが見かねて、闇の精霊魔法を使って汚れを〔消去〕する。

「……これで一応は汚れを落としました。ですけど、着替えた方が良いと思いますよ。マライタ先生」

 ペルの指摘に、相変わらずのガハハ笑いで応えるマライタ先生。

「これで充分だ、充分。綺麗すぎると、仕事をしていないんじゃないかって怪しまれる」


 そして、プレシデ先生との各種情報共有をしてから、それぞれの専門クラスの副級長に色々と指示を飛ばした。専門用語の塊を略語で短縮したような指示なので、一部理解できないペルである。後で副級長に聞いてみないといけない。


 しかし、サーバーの復旧作業は目途が立っている。手作業で修理できる部位は全て完了していて、床や天井も〔修復〕されていた。照明も元通りになっている。

 従って、魔法工学と幻導術の生徒たちがこれからすべき事は、サーバー室の外の地下施設の教室や、廊下などの破損部位の修理だ。


 ジャディのような暴れ者がいるので、教室や廊下に階段は頑丈な造りになっている。それでも結構多くの場所が壊れてしまっていた。

 魔力サーバーが稼働すれば、こういった修理も魔法で全自動〔修理〕ができるのだが、今はまだ簡易サーバーが稼働しているだけだ。魔力の節約は必要である。

 地下施設は学生の宿舎や食堂も含まれるので、今では広大になっている。そのために、総勢60人弱の生徒たちで手分けして作業する必要があった。幸いな事に、帰省希望の生徒が数名しか出ていなかったので、人手は何とか足りそうだ。


 ペルもそのグループの1つに割り振られて、地下階の非常階段の修理を担当する事になった。今はもう非常灯ではなく通常の天井照明に戻っているが、サーバー能力が低いせいか、やや暗い。

「次は、ジャディ君だよね。暴れないように、何か仕事を振らないと」

 ペルが階段の壁に埋め込まれている回線の破損した部分を、壁を壊さずに招造術の〔修復〕魔法で直しながら、手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を出した。それを通じてジャディに呼びかける。

 すぐに応答があった。

「何だよ、ペル。何か敵が現れたのかよ」


(この戦闘狂は……)と、内心呆れるペルである。しかし、表情や口調には出さずに状況を説明していく。

「……そういう事なんだけど。ジャディ君も手が空いていたら、修理を手伝ってくれないかな?」

「するわけねえだろ、このバカ」

 即答で否定されてしまった。

 画面の中のジャディが枝に足でつかまりながら、ゆっくりと揺れている。その琥珀色の瞳が鈍く光った。凶悪な表情がさらに凶悪になる。

「オレ様は誇り高い飛族だぞ。何が悲しくて地面の下に潜らないといけないんだよ、ああ?」


 予想された返答と態度なので、それほど落胆はしていないペルだ。

「分かった。それじゃあ、サムカ熊先生のお手伝いをして。今は森の中のパリー先生の監視をしているみたいだよ」

 今度も即答で返ってきた。

「おう! 任せろっ。殿おおおおおおっ」

 それっきりで画面が消えた。ジャディがサムカ熊の元へ飛んでいったのだろう。

「よし。これでジャディ君も暴れないわね」

 かなり、ジャディの扱いに慣れてきた印象のあるペルである。


 しばらくして……ジャディがサムカ熊とティンギ先生の指示に従って、森の上空を旋回し始めた。上空からのパリー先生の監視だ。


 ペルが修理作業を続けながら、画面を見る。

(でも、ジャディ君。あまりパリー先生に接近しないでね。出来心を起こして、ジャディ君を撃墜しようとするかもしれないから)

 ペルが〔念話〕で注意を促す。その点は、ジャディも了解しているようだ。文句をとりあえず言いながらも、素直に高度と距離をとっている。何度も何度も撃墜されているのだけの事はあるようだ。



 ペルが班の仲間生徒たちと非常階段の回線の〔修復〕を再開してしばらく経った後……レブンからの通信が入ってきた。共通回線を使っているので、関係者全員向けだ。

「海の妖精の座標が分かりました。これより、僕のゴーストを飛ばせて回収に向かいます」


 レブンがいる避難所にはサーバーが無いので、ある程度魔力を溜めてから、詳細な位置情報を送るという事であった。それでも、良い知らせに活気づく関係者たちである。

 その中には、情報部本部の受付の狐族の人も含まれていた。残念ながら、羊族の人は任務を解かれたようで、ペルの〔空中ディスプレー〕画面上では顔が見当たらない。

 なぜかリーパットの顔も交じっていて、どこかで陣頭指揮を執っている。帝都に到着した先生たちも、それぞれ仕事をしているようだ。しかし、ドワーフのマライタ先生の顔は見当たらない。


 学校側からは校長だけが映っているのだが、すぐにベッドの上からレブンに注意してきた。

「レブン君。くれぐれも注意を払って進めて下さい。学校の法力サーバーが本格稼働するのは明日以降です。今、死んでしまうと、大きな痛手になります」

 帝都へ到着した先生たちも、同じような注意をレブンにしている。持ち場へ移動しながらのようで、音声や映像が途切れ途切れだ。簡易サーバーでは、この程度が限界のようである。


 リーパットもレブンに上から目線の姿勢のままで告げた。隣にはいつもの側近パランとチャパイの2人がいて、リーパットの代わりに現地の生徒や住民に、大声で指示を飛ばしている姿が見える。

「レブン! 僻地の仕事だが、帝国民には違いないからなっ。負傷者を出すんじゃないぞ!」


 次にサムカ熊とティンギ先生の顔に切り替わった。運動場の非常階段の縁で、相変わらず日向ぼっこして座っている。パリーの監視は、ジャディ任せにしているようだ。

「レブン君。海の妖精の魔力は大きなものだろう。さらに海中だから、いくら魚族の君でもまともに立ち向かっては〔妖精化〕されてしまうだけだ。強硬策は取らず、懐柔策で味方につけるように工夫してみなさい。上手にできれば、私の授業での加点扱いにしてあげよう」

 あくまでも授業の一環として、レブンを見守るつもりのサムカ熊であった。隣のティンギ先生が愉快そうにパイプを吹かしている姿が、画面の隅に見切れて映っている。


 帝国軍と警察、それに教育研究省や情報部までもが、サムカ熊の勝手な指示に怒り始める。しかし、そのような非難は全く聞いていない様子である。隣の見切れティンギ先生もニヤニヤしているばかりで、サムカ熊をたしなめるつもりは全くない。

 仕方なく、校長とエルフ先生がこの作戦を今から関係各所に申請するという事で落ち着いた。


 早くも余計な仕事を抱え込んでしまったエルフ先生が、画面越しでサムカ熊に空色のジト目を向けて作戦案を書いている。

「もう、だからいったでしょう。いきなり問題を起こして、ぶつぶつ……」

 校長もベッドの上で書類を整えながら、エルフ先生のグチに同情している。その割には口元が両者ともに少し緩んでいるようだが。

「死霊術に詳しいのは、レブン君とテシュブ熊先生だけですからね。軍や警察を含めて、どこも専門ではないので反論できませんよ。ですが、もう少し根回しをする習慣を身に着けてもらいたいですね」


 サムカ熊が熊手で頭をかいた。巻き添えになって、エルフ先生と一緒に作戦書類を整える手伝いを始めたノーム先生にも礼を述べる。それから、再び校長に顔を向けて詫びた。

「済まない。この熊人形は本人とは違って、自律行動しているんだよ。従って多少、本人とは異なる。破壊プログラムや部品は正常に機能しているから、不要だと判断したら迷わず、この熊人形を破壊すれば良いだろう」


 そのスイッチは、校長や先生たち全員に行き渡っている。隣のティンギ先生も持っているはずだが、ニヤニヤしているだけだ。


 校長が少し怒ったような表情になった。鼻先のヒゲが一斉に画面向こうのサムカ熊に向けられる。

「それは教師としての責任を放棄する意味合いを含みますよ。絶えず、自身を顧みながら行動して下さい。そうしないと、生徒たちの学習意欲にも悪影響を及ぼしかねません」

 確かにその通りなので、素直に反省して謝るサムカ熊であった。


 レブンから続報が通信で届いた。

「僕が作成したゴーストを2体、座標に向けて飛ばしました。到着まで10分かかる予定です」

 そして、口調を少し砕けたものに変える。

「作戦の許可がまだ下りていないですけど、構いませんよね?」


 校長先生が「コホン」と咳払いをする。

「構いませんよ。作戦の前倒しに過ぎません。先程、全部署から内諾を取りつけました。ですが形式上は違反です。学校に戻ったら、反省文の提出と食堂の掃除をしてもらいます。停学や退学処分にはしませんから、存分にやってみなさい」




【将校の避暑施設】

 そのような通信を聞いて、声を殺してクスクス笑っていたミンタが、手元に生じた警告メッセージを見て背伸びをした。

 サーバーは掃除が完了して送電も回復しており、再稼働前の最終確認の段階だった。地下なので、精霊や妖精たちがそそくさと地上へ退出していくのを見送る。

「さあて、と。第二回戦の始まりね」


 ここも学校のサーバーと同じく、サーバー自体が自己診断を行っている。最終確認の完了までの残り時間が、小さな〔空中ディスプレー〕画面に表示されている。

 それを見たミンタが軽く腕組みをして、尻尾で床を掃いて鼻先のヒゲをピコピコ動かす。

「5分弱か。もう少しの我慢ね」


 本来ならばミンタが手動で破損部位を修理して動作確認すべきなのだが……あいにく、そこまでの実習訓練は積んでいない。知識だけはあるのだが、それだけでは不充分だ。

 ミンタもその事は承知している様子で、サーバー自身の自己修復機能と自己診断機能をフル稼働させている。必要な電力は、施設屋上や森の中に設置されている魔法陣から得ているので問題なさそうだ。


 電力の半分をミンタが使う光の精霊場に自動〔変換〕するように調整する。予定では自己診断が完了してから、精霊場の蓄積が開始される。そのため、実際にミンタが精霊魔法を節約する事なく、自由に行使できるようになるまでには、さらに時間がかかる。

 それまでの間は、ミンタが持参した〔結界ビン〕に詰めた精霊場を節約して使うしかない。強化杖も魔力の消費量が大きいので、今は簡易杖を使っている。


 もちろん、ヒドラの越冬洞窟前の魔法陣と洞窟内部の魔法回路のように、電気から直接光の精霊場へ自動〔変換〕して、ミンタの杖に直結させる事もできる。

 しかし、そうしてしまうと、このサーバーに供給される電気が途絶えてしまう。そのため、この手法は採用していなかった。ミンタにとっては魔法行使の制限解除までの時間が増えてしまうのだが、仕方がない。


 簡易サーバーとはいえ、できる限り早急に再稼働させないと、森の中の避難所にいる将校家族や人魚族に不都合な事が起きる恐れがあった。そろそろ使い捨て型の魔法具が魔力切れになる頃なので、避難所のトイレや水道、照明などが使えなくなるのだ。

 上流階級の人たちなので、不便な思いをさせると後々、この学校避難所が使いにくくなってしまうだろう。そのあたりの感覚は、商家の娘らしい。


 カチップ管理人とは、定期的に〔通話〕魔術で短時間の簡単な連絡を交わしている。彼も魔法適性が乏しい一般人なので、通信も魔法具を使っている。

 本来ならば回線を開きっぱなしにしておくべきなのだが……そうしてしまうと、カチップ管理人側の魔力がすぐに切れてしまうのだ。


 幸い、キジムナー族の動向は穏やかなままなので、避難所にいる軍の警備隊も暇な様子だとカチップ管理者から聞く。

(まあ、今は恩を売っておくべきだと考えているのかしらね。これでキジムナー族の就職口が増えると良いけど)



 ミンタが地下のサーバー室から出て、階段を上り地上へ出る。

 地上も精霊と妖精たちのおかげで、かなりゴミや瓦礫が消滅して見通しが良くなっていた。津波で破壊されたヤシとタコノキの森の跡地にも、早くも木々の苗が芽吹いている。

 海水も地下水の妖精の魔法で、着実に〔淡水化〕されているようだ。副産物として生じた汚れた色合いの海塩の結晶が、大地の精霊に食われて消えていく。


 ペルとレブンのシャドウは、浜が精霊と妖精だらけなので、今は入り江の沖合いで哨戒作業をしてもらっていた。敵アンデッドや海水の精霊は全滅しているので、何も反応はない。


 ミンタが森の妖精に挨拶して浜辺へ出る。

 彼らは今は、施設内外の瓦礫を〔妖精化〕して、虫やトカゲに強制〔変換〕させている。浜辺は掃除がほぼ完了したので、精霊や妖精が森の中へ戻り始めていた。


 軽く背伸びをして、ミンタが深呼吸する。あまり精霊や妖精のそばにいると、間違って〔精霊化〕や〔妖精化〕されてしまう恐れがあるため、できるだけ距離をとっておいた方が良いのだ。

「そう考えると、パリー先生って凄いのね」

 夢の中で、一度何かに変えられたような覚えがあるが……それはカウントしていない。


 沖合いの水平線は穏やかなままだ。冬の季節風の影響で波が立ってはいるのだが、浜から眺める範囲では平穏そのものである。足元の白砂に澄んだ熱帯の波が、静かに打ち寄せては引いていく。

 つい先ほどまでは、真っ黒な津波の奔流が渦巻いていたはずなのだが……精霊と妖精の力は大したものだ。さすがに浜の形までは〔復元〕できなかったようで、浜の面積が2倍ほど大きくなってしまっているが。大地の精霊が、大量の瓦礫をそのまま白砂に〔変換〕したせいだろう。


 レブンのアンコウ型シャドウから放たれていた、観測用の〔オプション玉〕からの映像が届き、ミンタの手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面に表示された。カチップ管理人の故郷の村の様子が映っている。音声は入っていないので、無音のカラー映像だ。

 それを見たミンタが、金色の縞模様が2本走る頭のフワフワ毛皮を、手袋をした手でかく。いくつか小さな巻き毛が発生している。

「結構……破壊されちゃったわね。しばらくの間は、森の中の避難所暮らしになりそう。まあ、キジムナー族と和解する良い機会になるから、いいか」

 前向きに解釈するミンタであった。


 次にペルの子狐型シャドウから、沖合いの観測情報が送られてきた。それを見たミンタが両耳をピンと立てる。

「来たか。もうちょっと遅く来てくれても良いのに」


 シャドウから送られてきた地図対応の数値情報を、演算処理して映像化させる。沖合い10キロのラインを埋め尽くすように、大量の赤い点が表示された。この点全てが敵アンデッドである。

 総数は当初の観測の通り5000余りだ。


 岬の人魚村を観測していたレブンのシャドウを、沖合いの敵群の迎撃に向かわせて、ペルのシャドウにも同じ命令を下す。

 敵群には海水の精霊や妖精の反応は見られない事を確認し、同時に敵群から5000発の〔マジックミサイル〕が発射された事を知った。

 ここへ着弾するまで50秒ほどかかるという観測情報を見てから、ミンタが冷静に簡易杖を水平に振る。


 敵が放った〔マジックミサイル〕の倍の数の〔マジックミサイル〕が、ミンタの前方の空中に発生した。それらが一斉に放たれる。騒音対策が施されているようで、全くの無音で飛翔していく。

 空になった〔結界ビン〕を10個ほど縮小して、豆粒サイズにしてからポケットに収める。

「前もって作り置きしていて良かった。でも、早くサーバーが起動しないと、使い切ってしまいそうね」


 自身が放った1万発の迎撃ミサイルを見送りもせず、ミンタが施設内で復旧作業をしている精霊と妖精の群れに精霊語で告げた。

「敵が来ました。作業を中断して一休みして下さい」


 背中に草が生えているイノシシ型の森の妖精と、クラゲ型の地下水の妖精が、すぐに瓦礫の山の陰から姿を現した。そのまま音もなく空中を滑るようにして、ミンタが立つ浜辺までやって来る。

 背中のサトウキビ型の草がさらに育って、草丈が2メートルに達しようとしているイノシシ型の妖精が、開口一番でミンタに告げた。よく見ると、草だけではなくマングローブ林に多いヒルギの苗木もいくつか生えている。

「来たか。我らも攻撃に参加しよう。森を傷めつけられた仕返しをせねばならぬ」


 クラゲ型の地下水の妖精も、その半透明の椀型の本体から何本もの透明なクラゲの触手を出して、隣の草イノシシに同調する。

「地下水も海水に汚染されたからな。我も少々怒っておる。意趣返しをせねば収まらぬよ」



 水平線上の上空で、5000個の火球が発生して赤く輝いた。爆音はまだ届いていないので、無音のままだ。それを横目で見たミンタが、明るい栗色の瞳を輝かせて微笑む。金色の毛が交じった尻尾も跳ねて、白砂が宙に舞う。

「もちろんですよ。存分に気晴らしをして下さいな。敵には精霊も妖精も含まれていませんから、気兼ねなく攻撃できますよ」


 すでに攻撃する気満々だったようで、イノシシとクラゲ型の妖精が精霊語で咆哮した。それに呼応するように、他の森の妖精からも咆哮が上がる。精霊は口がないので、怒り成分を大量に分泌し始めた。


(げ。もしかして、私、ヤバイ!?)

 ミンタが焦った。精霊場が爆発的に強まっている。ヒゲの先や巻き毛の先がチリチリし始めた。慌ててどこか適当な場所へ〔テレポート〕しようとしたミンタを、すっぽりと〔防御障壁〕が包み込む。すぐにチリチリが収まる。


 ほっと安堵しているミンタに、ゲンゴロウのような水棲甲虫型の森の妖精が近づいてきた。こちらも、さらに巨大化していて、直径4メートルにもなる腹部を浜辺の日差しに反射させて、玉虫色に光らせている。一対の触覚もさらに50センチ以上は伸びていて、節の多い棍棒のような先でミンタの頭を「ポフポフ」と叩く。

「失念しておったわい。君は妖精ではなかったのだったな」


 さすがにジト目になるミンタだ。体に異常が出ていない事を手早く法術で確認してから、顔を水棲甲虫型の妖精に向ける。一対の複眼も日差しを乱反射していて結構まぶしい。

「危うく〔精霊化〕と〔妖精化〕を併発して死ぬところだったわ。アンタたちの術は防御できないんだから、本当に注意してよねっ」


 愉快そうに長い触覚を上下に振る、水棲甲虫型の妖精だ。草イノシシとクラゲも体を同じように揺らしている。

「我らとしては、君が〔妖精化〕して仲間になると嬉しいのだがね。不老不死で魔法が使い放題だぞ?どうかね?」

 妖精たちの申し出を、ジト目のままで丁寧に断るミンタだ。

「遠慮しておきます。家族や親戚に友達と、気楽に会えなくなるのは、ちょっとね」


 3体の妖精が、互いに顔を見合わせるような仕草をする。その彼らの上空では、他の妖精や精霊が群れになって空中に飛び上がり、沖合いへ向けて飛んでいく。その数は500にも上る。「こんなにいたのかあ……」と驚いているミンタ。

「敵に精霊も妖精もいないからって、ちょっと極端過ぎない? さっきまでの私の努力は何だったのよ」


 サトウキビと、タコ足の根と枝を持つヒルギ幼木を背中に生やしている、草イノシシ型の森の妖精が〔防御障壁〕に包まれているミンタに頭を寄せて、小声で答えてくれた。

「妖精大戦争が起きなければ、我らもこうして『遊んでみたい欲求』があるのだよ。君の先生のパリーを見れば分かるだろう?」


 クラゲ型の地下水の妖精も、半透明の椀型の本体をミンタに寄せてきた。

「そういう事だな。まあ、森を破壊されて地下水を汚染されなければ、我々もここまで怒りはしないよ」


 最後に、水棲甲虫型の森の妖精が左の触覚だけを背後の森の上空に向けた。そこには、いつの間にか数匹の『化け狐』がいて、ゆっくりと旋回している。


「げ。いつの間に……」

 絶句しているミンタに、水棲甲虫型の森の妖精が小声で告げる。

「そういう事でもある。のんびりと処理する時間は、もう残っていないのだよ。ちなみに、『化け狐』は海中からもやってきているぞ」

 ミンタが両耳をパタパタさせて、鼻先のヒゲを顔の毛皮にペタリとつけた。

「うう……そうなんだ。確かに、のんびりとアンデッドを片付けている余裕はなさそうね」



 地下の魔法場サーバーから『自己診断を完了して起動した』という知らせが届いた。これから、ミンタ向けの精霊場が蓄積されていく事になる。

「……もう少し、時間がかかりそうね。本当、妖精契約を手当たり次第に結びたくなる気分だわ」


 ちなみに今は、数多くの精霊や妖精がこの場所にいるので魔法が混線しやすくなっている。そのせいで、ミンタでも強力な精霊魔法を使える状況ではなかった。

 妖精契約を近くの妖精と結べば、その妖精からの魔力供給が確保できるので精霊魔法が使いやすくなる。しかし、木星の風の妖精と妖精契約をしているので、〔干渉〕が起きて魔法の暴走や機能不全などが起きる恐れがあった。


 敵の姿はまだ水平線の向こう側なので、目視では確認できていない。

 しかし、〔マジックミサイル〕の魔法兵器を全兵士が携帯しているようで、再び5000発が発射されたとペルのシャドウを介して知る。

 それらは、続くペルのシャドウからの弾道計算によって、敵に向かって飛行中の森の精霊や妖精が標的だとも判明した。そのため、対応を精霊と妖精に任せるミンタである。

「私からも〔マジックミサイル〕を撃ち込んだけれど、アンデッド群は無傷か……〔防御障壁〕を展開しているようね」


 恐らくは、前回の敵への攻撃の詳細情報が報告されているのだろう。ミンタが使った魔法の術式を〔解読〕して、無効化する〔防御障壁〕を用意してきたようだ。


 ミンタの鼻先と口元のヒゲがモニョモニョ動く。

「アンデッドと海の精霊は、ここにはもう残っていない。となると、観測しているのはキジムナー族か。大ダコ側へ内通している者がいるのね」

 これは予想されていた事なので、特に何もしない。今頃は、〔精霊化〕か〔妖精化〕されてしまっただろう。

 いくら森の妖精の庇護を受けているといっても、これだけの数の精霊と妖精が密集している現場にいれば、ひとたまりもない。


 望遠鏡などを使って、遠方からミンタたちを観察している者も残っているだろうが、これは魔法場サーバーが稼働すれば幻導術で何とでも誤魔化せる。

 さらに、観察者を魔法で〔操作〕する事も可能だ。その辺りの自動防衛システムは魔法場サーバーに組み込まれているので、ミンタが手を下すまでもない。


 ペルのシャドウからの観測で、5000発の〔マジックミサイル〕が全て〔精霊化〕や〔妖精化〕されたという情報が映像と共に入ってきた。爆発もさせずに、エネルギーの塊である〔マジックミサイル〕を虫や水に強制〔変換〕させている。


 ミンタが呆れた声を上げる。

「本当に、滅茶苦茶な魔法よね。どうやったら魔法エネルギーを虫にしてしまえるのよ。遺伝子とかどこから用意してるのかしらね。そのくせに因果律に触れないのが、理不尽だわ」

 そして、大ダコに少し同情する。

「本当に、こんなテロなんかせずに、どこかへ就職すれば良かったのにね」


 そんなミンタの様子を興味深く眺めている3体の妖精。草イノシシ型の森の妖精が、背中の草を大きく揺らして鼻を鳴らした。

「パリーが学校に興味を抱いた理由が、何となく理解できたよ。これは良い時間つぶしになる」

 思わずジト目になるミンタに、笑うかのように体を揺らす3体の妖精だ。


 クラゲ型の地下水の妖精が、その半透明の椀型の本体を一際大きくバウンドさせた。

「そうだな。ここまで怒ったり楽しんだりしたのは、久しく経験がない。確かに、良い娯楽だわい」



 ペルのシャドウから、再びアンデッド群が5000発の〔マジックミサイル〕を精霊と妖精群に斉射したという知らせが入った。レブンのシャドウも、間もなく現場に到着する見込みだ。

 すぐに、全ての〔マジックミサイル〕が再び無効化されて虫や水になったと、映像付きで続報が送られてきた。まだ敵影は水平線の向こう側で、爆発などの光も見えない。実にのんびりした平和な海岸だ。


 その数秒後。500もの精霊と妖精群が、敵アンデッド群5000に激突した。

 2つのシャドウからの映像では、猛烈な爆発で画面が真っ白になっている。音声は相変わらず録られていないので、無音のままだ。敵は海中を泳いでいるようだが、それが小隊単位で真っ白い火球に飲み込まれて消滅していく。

 水平線上に、チカチカと白い光が瞬くのがミンタたちからも見えた。音などは届いていないので、非常に地味な風景だ。


 ミンタの前に、やや大きめの〔空中ディスプレー〕画面が生じた。そこに観測情報が、図形やグラフ化されて表示されていく。2つのシャドウからの情報に基づくものだ。

「サーバーと精霊魔法を節約する羽目に陥るなんて、予想していなかったから本当に助かったわ」


 まだまだ背後の施設内や森の中には、100体を超える精霊や妖精がウロウロしている。精霊場が強すぎて混線状態だ。これでは精霊魔法は使えない。もし使うと、パリーから魔力支援を受けた時と同じような事態になってしまうだろう。魔法の暴走である。

「かといって、邪魔だから森の中へ帰れともいえないし。困ったものよね。魔法場サーバーが稼働したら、精霊魔法が使えるかなと思ったけど……演算し直してみたら危険値を超えてる。サーバーを直した意味が無くなってしまったじゃないのよ。まあ、避難所の人たちは、安心できただろうけれどさ」


 ミンタの文句に、3体の妖精が顔を見合わせて体を揺すっている。こういう事になるのは、予想していたようだ。

 水棲甲虫型の森の妖精が長い触覚を上下に振って、ミンタを慰める。

「機械式であれば使えるかと思ったのだが、そうでもなかったか。まあ、アンデッドどもを片付けるのは、我らに任せてくれて構わぬぞ。不快だからな、奴らは」


 ミンタがさらに不機嫌になった。同時に、魔法場サーバーから『精霊魔法の魔力量が溜まった』という通知が入る。

「パリーもそうだったけれど、妖精って、どうしてこう、一癖も二癖もあるのよ。これって、今までの私たちの努力が無駄って事じゃないの?」


 イノシシ型の森の妖精が背中の草を大きく揺らしながら、他の2体の妖精と顔を合わせて、その後でミンタに視線を向ける。

「そうでもない。我ら妖精には、不死である故の面倒な決まり事があるのだよ。今回の件も、我らがいきなり関わるとさすがに因果律崩壊になり得る。君たちが色々と頑張ってくれたおかげで、我らの行動にも許容範囲が広がるのだよ」


 ミンタの両耳がピンと立って、鼻先のヒゲが全て草イノシシ型の森の妖精に向く。彼の話は、ハグ人形が何度もグチっている内容に似ている。本当なのかどうかはミンタに確認する術はないので、とりあえず聞き流す事にしたようだ。


 ペルとレブンのシャドウからの戦況報告が更新されたので、目を通す。満足そうな笑みを口元に浮かべるミンタだ。ディスプレー画面の表示を3体の妖精に見せて解説した。

「順調に敵の数が減っているわね。この調子だと、数分後には敵は全滅よ」


 喜ぶイノシシとクラゲ型の妖精だ。しかし、水棲甲虫型の妖精は、長い触覚を地面に垂らしてしまった。首をかしげているミンタに、機械的な口調で告げる。

「残念だが、時間切れだ。『化け狐』の大群が戦場へ到着したぞ」


 首をかしげたままのミンタの両目に、水平線上で大きな爆発が起きたのが映った。

 すぐに、2体のシャドウからの現地映像が届く。つい先ほどまでとは、全く違う風景がそこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ