105話
【ラヤンの故郷の城塞都市】
その頃。ラヤンの故郷の城塞都市でも、野戦病院長からの許可が下りて、〔式神〕と〔オプション玉〕をテロ実行犯探索に差し向けていた。
やはり、敵のステルス魔法が強力だったので、しばらくの間は〔探知〕できなかったためにジト目になっているラヤンだ。2度めの爆発音が城塞都市内に轟くのを、苦々しい表情で聞く。
「こういう魔法って苦手なのよね。サーバーが無いから余計に苦手」
そんな文句と言い訳をしていたラヤンだったが……ムンキンから送られてきた紙製ゴーレムが携えていた対策方法を受け取ってしてほっとした表情になった。すぐに、その術式を彼女の〔式神〕と〔オプション玉〕に実装させる。
ムンキンのゴーレムが飛行機型に変形して、飛んで帰っていくのを見送りながら、口元を緩めた。
「後で、アメ玉でもあげるわね。ムンキン君」
果たして、そのパッチ処理は有効だったようだ。すぐに敵の位置が割り出せた。その情報を自治軍本部へ送信する。
『テロ実行犯は、学校の生徒だった』というムンキンからの追加情報を見て、深くため息をつきながら、その情報も自治軍本部へ流す。ムンキンの推測にも目を通していく。
「やれやれ……法術がこういう風に悪用されるなんてね。学校に戻ったら、マルマー先生にも伝えておく必要があるわね」
その後テロ実行犯は数分で全員が発見されて、銃撃戦の末に射殺されたという報告が入った。再び死亡確認のために、2人の医師が看護師数名を引き連れて駆け出していく。
その背中を見送るラヤンの手元の〔空中ディスプレー〕画面では、テロ実行犯の身元確認作業が行われていた。その判明した者の中に学校の生徒がいるのを確認して、肩を落とす。
射殺されたテロ実行犯の名簿には、竜族レタック・クレタという名前があった。2年生の招造術専門クラスの級長だ。成績は上位なのだが、サーバーがない場所では魔力切れも早かったのだろう。
もちろん、ムンキンの故郷を襲撃したウースス級長がしていたように、〔結界ビン〕にウィザード魔法の魔力を封じた電池を用意していたのだろうが、それでも限度がある。結局、魔力が切れてしまうと、ただの訓練されていない新兵以下でしかない。
「バントゥ党の残党だったわよね。本当に、どうしてこんな事になったのかしら」
同情は全くしないラヤンである。城塞都市の生命線の自家発電ユニットを破壊されてしまい、敵の侵入を許してしまった事は、どう考えても許せるはずはなかった。
魔力の節約のために、〔空中ディスプレー〕を消去する。代わりに音声通話だけの小窓画面に切り替えた。
続いて、野戦病院長からラヤンに命令が下った。病院長は魔法具を使っての通信である。電話を受けるような要領だ。ラヤンが紺色の目を据わらせて答える。
「了解しました。侵入した敵アンデッドへの法術攻撃を開始します」
〔式神〕と〔オプション玉〕の術式を再び変更する。今度は対アンデッド〔浄化〕法術の実装だ。ラヤンがいる緊急治療室まで呼び戻す時間が惜しいので、現地での術式変更を行っている。医療支援の法術も用意しておかなくてはならないので、少し手間取っている。それでも2分後には全ての〔式神〕と〔オプション玉〕を発進させる事ができた。
「じゃあ、アンデッドを滅ぼしてきなさいっ」
ラヤンが画面越しで〔式神〕と〔オプション玉〕群に告げた。かすかな風切り音しかしないために、画面を通じて発進の様子を見ると、無音で滑るように空中を滑走するゴーストのようだ。
たちまち、法術攻撃を食らって爆発する敵アンデッドの音が城塞都市に響き始めた。その振動音と床の揺れに身を任せながら、ラヤンが別隊の〔式神〕と〔オプション玉〕からの観測情報を受信する。
魔力の都合上、映像情報ではなく数値だけの情報が送られてきていた。それが自動で演算処理されていく。
その様子を見ていたラヤンの目が、数回ほど瞬きする。演算を3回繰り返して誤差を調べる。許容範囲の演算誤差だ。
「……津波の水位が引いてきているわね。ってことは、ここを攻めている敵には、海水の精霊はいないという事か。幸運だったわ」
ラヤンの故郷の竜族の城塞都市は平均以上の規模なので、敵が拠点とするには適しているはずなのだが。何か不満点があったのだろうか。
ラヤンがさらに調べてみると、海の精霊がいた痕跡となる水の精霊場が観測された。当初はいたようだが、どこかへ移動してしまったらしい。ジト目気味になって、事務机を両手で軽く「パンパン」叩く。
「つまり……私の街は簡単に制圧できると大ダコ君が判断して、他の重要都市の攻略に送ったのね。ずいぶんと舐められたものだわ」
しかしまあ、城塞都市が停電して、南門が破壊されてアンデッド群の侵入を許してしまっている現状では、そう判断されても仕方がない。
ラヤンが拙いながらも、水の精霊場の濃淡の程度を〔オプション玉〕経由で調べる。すると、北東方向が最も濃度が高く、南西方向が低くなっていた。海の精霊は、北東に向けて移動していったようだ。そして、その方向には、ムンキンの故郷の城塞都市がある。「なるほど」と理解する。
「ムンキン君の街の攻略支援に向かったのね。そして、苦戦して魔力が減衰してしまったという事か」
(ムンキンに少し感謝しておこうかしら……)と思うラヤンであった。
ともあれ、おかげでラヤンの街では、海の精霊がいないので〔海水化〕攻撃の脅威はない事が判明した。その情報を自治軍本部へ送信する。
さらに、別の〔オプション玉〕から、地下の自家発電ユニットの魔法場汚染の観測結果が届いた。それを入念に確認して、ほっと安堵する。それもすぐに自治軍本部へ送信して軽く両目を閉じた。
(汚染は排気すれば許容値にまで下がるわね。今は、負傷者の治療が最優先だから、排気は無理だけど。津波が引いたら余裕ができるから、それまで待ってもらいましょう)
そういった内容の提案を野戦病院長に上げる。法力を詰めた〔結界ビン〕はあるが、精霊場や力場術の魔法場を詰めた物は用意していなかったのだった。停電になる事を予想していなかった。
もちろん、法力から魔力への〔変換〕は出来る。しかし、それなりの〔変換〕損失が出てしまう。使用できる魔力量は、どうしても少なくなってしまうのだ。それよりは、負傷者の治療と、医師団の精神管理に集中した方が良い。
「……敵の戦術は、やはり事前に準備を整えていたと考えて良さそうね」
地下の自家発電ユニットの爆破状況と、魔法場の種類を見たラヤンが、少し頭をかしげて腕組みをする。
警備員か保守担当者に幻導術で化けたテロ実行犯が、〔テレポート〕魔術刻印を仕掛けたと推測する。実行犯のレタック・クレタ2年生は、招造術の専門クラス生徒で級長でもあり、成績も上位だ。
それでも、力場術を使ったこれだけの威力の〔爆裂〕魔法と〔火炎放射〕魔法は、サーバーがない条件では使う事が難しい。サーバーなしでは、ミンタくらいしか使えないだろう。
つまり、前もって〔結界ビン〕に攻撃魔法を詰めておいた事になる。その〔結界ビン〕を、〔テレポート〕魔法を使って魔術刻印経由で取り寄せ、使用したのだろう。
当然ながらクレタ2年生は、〔爆裂〕魔法や〔火炎放射〕魔法の巻き添えにならないように、〔結界ビン〕を時限式か遅延発動式にして、設置後は速やかに離脱していたはずだ。
そのような手筈を取っていたと仮定すると、かなり計画的だと思われた。決して、突発的な思いつきでテロ行為をした訳ではない。
しかし、さすがにこの推論は仮定が多いので、自治軍本部へ送信する事はしなかった。「フン」と鼻を鳴らすラヤンだ。
「これだけ周到な準備ができるのなら、その努力を就職活動に向けて欲しかったわね」
ゆっくりと津波が引いていくのが、観測中の〔オプション玉〕からリアルタイムで数値情報として読める。津波が城塞都市周辺から引くまでに、30分ほどかかりそうだ。
後には大量の瓦礫が残されるので、その掃除で気が重くなる。結局、城塞都市へ到達した津波は高さ2、3メートル程度のものだったが、それでもこの被害だ。農地や養殖池は深刻な被害を受けてしまっていた。
なおも城内ではアンデッドが法術によって爆破される音が、あちこちで起き続けている。しかしこれも、30分ほどで排除完了できるだろう。
自治軍も反攻に転じていて、〔紫外線レーザー〕魔法具で着実に敵を爆破して灰にしている。そのせいか、緊急治療室の緊張の空気が少し和らいでいくのを感じる。
その時、ムンキンからの〔念話〕がラヤンの頭の中へ飛び込んできた。音声だけの通信だが、ドヤ顔になっているムンキンの顔がありありと想像できる。
(よお、ラヤン先輩。待たせたな。たった今、全ての海の精霊を大地に〔吸収〕させたぜ)
大地の精霊魔法を使った、『溝方式の罠』の話を聞くラヤン。精霊は不死だが、相性上、優位の精霊に支配される性質がある。この場合は大地の精霊になる。
〔吸収〕された海水の精霊は、変質して大地の精霊の一部になるのだ。
ラヤンに簡単に説明したムンキンが、少し口調を柔らかくした。
(これで一件落着なんだけど、ケガ人が凄い数出てるんだよ。手が空いたら、済まないけれど、僕の街まで応援に来てくれないかな。申請は通しておくからさ)
ラヤンも口調を和らげた。
(良かったわ。概ね、撃退作戦は成功という事かしらね。そちらへ治療応援する余力は、あると思うわよ。こちらは死傷者がそれほど出ていないから)
〔念話〕を終えて、ラヤンが野戦病院長にムンキンの街への医療救援について提案を書く。それを送信して、一息ついた。
「少し前の、大熊や大フクロウの襲撃時の防衛体制だったら、かなり危うかったかも知れないわね。さて、〔式神〕と〔オプション玉〕をいったん呼び戻しますか。法力や魔力の補充をしてあげないと」
【地下階2階のサーバー部屋】
学校地下2階の魔力サーバーや、法力サーバーが設置されている部屋では、マライタ先生と幻導術のウムニャ・プレシデ先生、それに彼らの専門クラス生徒たちの総勢60名ほどが、大騒ぎしながら復旧作業を続けていた。彼らは故郷の救援に向かわずに、学校に残っていたのであった。
力場術や精霊魔法のクラスとは違い、後方支援の性格が強い魔法分野なので、残る判断をしたのだろう。
故郷へ戻ってもサーバーが無かったり、あっても機能していないので、大して役に立てないという事情もある。通信だけであれば、普通の通信機器で何ら問題ない。
魔法工学の専門生徒も、帝国各地に配備されている魔法兵器が全て使い捨て型なので、特にする事がなかった。
ペルは選択科目なのだが、ジャディの看病のついでに手伝っている。
そのジャディはすっかり回復して、運動場の一角に生えている高木の頂上付近に作った自身の巣に戻っていた。ふて腐れている様子であるが、暴れまわったりはしていないので見守る事にしたペルである。いつものように、『肝心な時に役に立たない病』は治っていないようだ。
今は、ムンキンとラヤンからの敵撃退の報を〔念話〕で受け取り、それを紙にメモしている。サーバーが停止してしまっていて、送電も停止している状況なので、こういったアナログな手段をとっているのだ。
今は部屋だけでなく地下階全てが停電していて、非常灯だけが灯っている。
マスック・ベルディリがペルの元へやって来て、「ポン」と軽く肩を叩いた。いつものように穏やかな顔で、クルミ色の瞳をじっとペルに向ける。
「済まないね。ペルさんも他に仕事があっただろうに。ここは私たちに任せて、ジャディ君の話し相手になってくれても良いんだよ」
ペルが微笑んで、同じ狐族の3年生の先輩を見上げる。
「いえ。ジャディ君はもう大丈夫です。私も一応、魔法工学を学んでいますから、何かお手伝いできる事があれば、遠慮なく仰って下さい。ベルディリ先輩」
一瞬の間が空いて、ベルディリ先輩が優しく微笑んだ。
「そうかい? 今のところは、私の班では特にないよ。マライタ先生に聞いてみると良いだろうな」
そういって、やや足早に持ち場のサーバー機械の方へ戻っていった。その背中を見送りながら、ペルが右耳をパタパタさせて、眉に相当する上毛と鼻先のヒゲの先を先輩の背中に向ける。
「……いつもの先輩じゃないな。どうして『殺気』が出ているんだろ」
かなり訝しんだペルだが……とりあえずメモをした紙を、すぐに紙飛行機型のゴーレムにして校長宛に飛ばす。校長は魔力が弱いので、〔念話〕を使ってしまうと返って校長の負担になるためだ。
一方サムカ熊やエルフ先生たちには、その心配はないので、〔念話〕で一斉送信をして知らせる。
マライタ先生も校長と同じく魔力が弱いが、同じ部屋で復旧作業をしているので、紙飛行機ではなく、直接声で伝える。マライタ先生はペルのいる場所から10メートルほど離れた場所で、サーバー機械の陰に隠れていた。姿が見えない。しかし、すぐに野太い元気な声が返ってくる。
「おう、了解したよ、ペル嬢。なかなか頑張っているようじゃないか」
ペルが恐縮している。
「そ、そうでもありませんよ。マライタ先生」
そこへ、校長がサーバー部屋に入ってきた。紙飛行機型ゴーレムを両手いっぱいに抱えている。どうやら、考える事は皆同じのようだ。
校長の後ろには、出入りのゴミ収集業者の作業服を着ている羊族の男が1人立っている。「報告を受け取りました」と校長がペルに述べて、マライタ先生に疲れた顔を向けた。
プレシデ先生も作業中だったのだが、校長が来たので機械の陰から顔を出して挨拶している。彼にも会釈をした校長が、後ろに立つゴミ収集業者の男を紹介した。
「この方は、情報部の人です。すいませんが、もう一度、状況を説明してもらえませんか?」
喧騒が収まる。
情報部の男が校長に促されるままに、口を開いた。同じ羊族なのに、サラパン主事とはまるで別物の鋭い雰囲気を発散している。野生の羊とでも言えるだろうか。しかし、冬毛で体は丸々になっているが。
「ご紹介に預かりました、情報部の者です。機密保持上、私の名前等は明かせませんので、了解下さい」
(だけどこうして今、顔バレしてしまったから、彼は今後ここには現れる事はないのだろうな……)と予想するペル。幻導術や招造術などを使わない普通の変装では、ここの生徒たちには通用しない。
情報部の人の話によると、戦況は思わしくないそうである。沿岸部の町村や、河川沿いの竜族の城塞都市のいくつかが、アンデッド群と津波攻撃によって音信不通になっていた。
さらに、竜族独立派が帝国各地で同時多発テロを起こしていて、いくつかの竜族の城塞都市や、一般の町村が彼らに制圧されていた。魚族の海中の町もほほ全てがアンデッド群に制圧されており、陸上の避難所もその多くが音信不通の状況であった。
魔法学校の生徒たちが守っている町村は耐えていたが、それでも15人ほどが死亡している。今は強制〔テレポート〕で学校へ戻り、ソーサラー魔術のバワンメラ先生とその専門クラス生徒たちの手で、〔石化〕されている状況だ。法力サーバーが稼働していないので、〔蘇生〕や〔復活〕ができないためである。
とりあえず〔石化〕させて、生命状況を一時停止させている。死体のままで放置してしまうと、亜熱帯のここでは腐敗がすぐに進んでしまうからだ。
帝国軍と警察は、帝都と少数の重要都市の防衛に専念している状況で、各地への救援は望めないという情報部の話に、改めて落胆するペルであった。魔法工学と幻導術の専門クラス生徒たち60人も、ペルと同じような表情になっている。
情報部の人の話が終わり、校長が話を引き継いだ。白毛がまた少し増えてしまったようだ。
「死亡した生徒たちの〔蘇生〕や〔復活〕ができるように、法力関係のサーバーの復旧を最優先でお願いします。一応、〔石化〕処理で現状維持はできていますが、他の生徒や職員の動揺を抑えるためにもサーバーの復旧を急ぐ事が必要です」
それについては、マライタ先生とプレシデ先生も賛成している。マライタ先生が赤いモジャモジャヒゲを作業用のごつい手袋で撫でながら、太いゲジゲジ眉を上下させた。
「うむ。妥当な命令だな。すでにそういう方向で復旧を進めているぞ。間もなく簡易な法術であれば使用できるようになる。もう少し待ってくれ、シーカ校長」
プレシデ先生は、さすがに今はスーツ姿ではなくて作業服だ。黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を肩下で揺らして、切れ長の吊り目の奥にある黒い深緑の瞳をキラリと光らせている。
「幸い、以前に使用していた法力場サーバーが残っているのでね。これは無事なんだよ。これに、生徒たちの最新版の生体情報を読み込ませれば、使えるようになる」
校長の表情がパッと明るくなった。白毛交じりの尻尾もパサパサ動き始めている。
「そ、そうですか。良かった。生命の精霊魔法に頼ろうかと考えていたのですが、時間がかかるのが問題なんですよね」
マライタ先生が作業に再び取り掛かる。生徒たちも一斉に作業に戻った。
「電力も、ラワット先生が作った魔法陣のおかげで充分確保できる。帝都が停電になっていても、この学校だけは安全だ」
プレシデ先生も不本意ながら同意して、作業を再開した。大きなサーバー機械の中に顔を突っ込んでいるので、もう姿が見えない。
「帝国の電力網は、すでに壊滅状態ですからね。復旧するまでに1週間以上はかかるでしょう。ランプ用の灯油や、暖炉用の薪が不足するでしょうから、買い占めておくと小遣い稼ぎにはなるでしょう」
情報部の羊がキラリと目を輝かせたのを、軽く肘で突いてたしなめる校長だ。そして、2つめの要望を口にする事にした。
「サーバーのみならず電力網が機能していませんので、軍用や警察用の通信にも支障が出ています。すみませんが、情報部専用の通信と、収集した情報の分析業務の復旧も併せて進めてくれませんか?」
帝国各地には情報部員が潜伏していて、彼らから随時、様々な情報が帝都にある情報部の本部へと送信されている。その通信には魔法具が使用されているのだが、軍用のサーバーを介しているので今は使えない。そのサーバーの肩代わりを、この学校のサーバーに頼みたいという事だ。
さらに、本部のサーバーも機能を停止しているので、送信されてきた情報を分析できない。それも頼みたいという事になる。
かなり虫の良い申し出なのだが、マライタ先生とプレシデ先生が即答で了解した。情報部とのつながりが強まる上に、通信内容を横から傍受できるからであるが。盗聴とも言うが。
今や2人の先生はともにサーバー機械の中に入り込んで作業しているので、姿は見えず、声しか届かない。しかし、口調から、まんざらでもない様子が伺える。
「おう、いいぜ。困った時は助け合わないとなっ」
「構いませんよ。後で何か見返りを要求しましょう」
ペルと校長が揃って両耳をパタパタさせた。まあ、こういう性格の先生なので今更ではある。
一方の、ゴミ処理業者の制服を着ている情報部の羊は、ほっとした表情になっている。
「助かります。では、よろしくお願いしますね」
律儀に礼を述べて、さらに校長にも礼を述べている。まあ、これで彼の仕事は終わりで、次からは別の担当に替わる事になる。少し本音が出ているのだろう。
「そうは、いきませんよ」
いきなり、作業中の魔法工学の専門クラス生徒の1人が立ち上がって、〔マジックミサイル〕を10発放った。
ペルの子狐型シャドウが自動迎撃を始め、〔マジックミサイル〕に〔闇玉〕をぶつけて〔消去〕していく。〔闇玉〕の出力調整が間に合わなかったらしく、〔マジックミサイル〕だけでなく、その周囲の空間まで一緒に〔消去〕してしまっているが。
ペルと校長、それに情報部の羊にも〔マジックミサイル〕が2発飛んできたが、1発はシャドウが〔消去〕し、もう1発はペルの闇の精霊魔法の〔防御障壁〕に飲み込まれて消滅した。
しかし、放たれた全ての〔マジックミサイル〕を一度に〔消去〕できる事はできず、サーバー室内で数個の火球が発生し、爆発した。
爆風と衝撃波が室内を蹂躙し、爆炎が天井や床に壁を溶かす。それらが気化して真っ黒い煙になり、視界が全く利かなくなった。室内照明も吹き飛ばされて消えてしまい、爆炎の炎の色に部屋が染まる。
生徒たちの悲鳴や怒声が室内に響き渡る中、〔マジックミサイル〕を乱射した生徒の声が、高笑いと共に聞こえた。
「バントゥ君、君の無念を晴らす時が来た! 多文化共生はタカパ帝国が発展するためには必要不可欠だ。それを踏みにじった、今の上層部は許せない。かくなる上は、この帝国をいったん滅ぼして、民族ごとに小国を林立させるしか道は無いっ。その邪魔をする者は、例え恩師といえども……ぐはっ」
爆炎で赤く照らされる室内で、演説めいた事をいい放っていたテロ実行犯が、苦悶の声を上げて倒れた。
ペルが簡易杖の先を彼に向けて、今にも泣きそうな顔をしている。
「ベルディリ先輩……それ以上はいけません」
ペルがサムカと出会う前――授業についていけないペルは、魔力にあまり頼らない魔法工学に傾注していた。それは今もそうなのだが、その際に、優しく接してくれた3年生の先輩であった。
彼の名前はマスック・ベルディリ。魔法工学の専門クラス級長だ。成績は上位に位置していて、クルミ色の瞳が理知的に輝く狐族の男子生徒である。旧バントゥ党員でもあり、よくリーパット党と口論をしていた。
バントゥが死亡した後は、他の旧バントゥ党員と同じく、関連する記憶を〔消去〕して大人しく授業を受けていたのだったが。
すぐに、幻導術の専門クラス生徒たちが数名で彼を取り囲んで、幻導術を使って昏睡状態にさせる。ペルが闇の精霊魔法を放って、すでに昏睡状態にさせていたのだが……『念には念を』という事だろう。そのまま、数人がかりで抱えられて、サーバー室の外へ連れ出されていった。
驚いて腰が抜けたのか、床にうずくまっている情報部の羊の手を取って立ち上がらせ、ペルが状態を確認した。
「よかった。お怪我はありませんね」
手を離し、ほっとした表情になって、やや固い笑みを情報部の羊に向ける。
校長も腰を抜かして隣でうずくまっているので、ペルが同じように立ち上がらせて確認する。彼にもケガはなさそうだ。
マライタ先生がサーバー機械の中から顔を出して、キョロキョロしている。生徒の誰かが、すぐにソーサラー魔術で灯を点したようで、部屋の様子が目で分かるようになってきた。
マライタ先生とプレシデ先生が、一様にほっとした表情を浮かべている。
マライタ先生が酒樽のような体を起こして、丸太のような腕を組み、大きな鼻を鳴らす。
「おお……あの爆発でもサーバーと周辺機器は無傷だったか。良かった良かった」
プレシデ先生も作業服についた汚れを払って、簡易杖を回して機器類の状況を確認する。
「この魔法場は、ペルさんですね。良い機転でした。危うくサーバーが全滅するところでしたよ」
ペルがとっさに、全ての機器類に闇の精霊魔法の〔防御障壁〕を被せていた。
生徒と先生たちは、自力で〔防御障壁〕を展開できるので関与せず、校長と情報部の人の保護に〔防御障壁〕をかけている。しかし、長時間かけ続けると、魔法場汚染の恐れがあるので、今はもう消去しているが。
そのおかげで、床や天井が高熱で溶解するほどの爆発だったにも関わらず、サーバー機器類と校長たちは無傷で済んでいた。
生徒たちが無事を確認し合って歓声が湧き上がる中、ペルの表情は陰ったままだ。
「……お世話になった優しい先輩だったのにな」
そんなペルにマライタ先生の檄が飛ぶ。
「おい! そこのペル嬢っ。悲しむのは後にしろ。今は一刻も早く法力場サーバーを復旧して、情報部に媚びへつらう事が最優先だ。ワシも、あのベルディリ級長がテロとか信じられんが、今は考えるな!」
「は、はいっ」
ペルが跳び上がって背筋をピンと伸ばした。ついでに黒毛交じりの尻尾と、両耳に顔じゅうのヒゲもピンとなる。
同じように、魔法工学専門クラスの生徒たち30名ほども、ペルと同じように背筋をピンと伸ばしている。彼らにとってはベルディリ級長は兄貴分にも等しい存在だったので、ショックもかなり大きい様子だ。視線が定まっていない生徒が多数出ている。
そんなマライタ先生も悲痛な表情になっているので、見かねた幻導術のプレシデ先生が機械の中から顔を出した。
「簡単には割り切れませんよ。ここは私たちのクラスが頑張るしかなさそうですね。精密作業ですから、意識が散漫な人は邪魔になるだけです」
マライタ先生が、赤いモジャモジャヒゲをかきむしりながら呻く。
「……そうだな。ワシもかなりショックを受けておるようだ。声を荒らげるとか、ワシらしくないな。ここは申し訳ないが、頼むよ」
そして、顔をペルと魔法工学の生徒たちに向けた。皆、顔が青いままだ。
「サーバーが復旧したら、法術での精神〔治療〕をしよう。ワシも受ける。とりあえず今は、精密作業は禁止だ。周辺機器の配線の取り換えや、補修に専念するようにな」
「はい……」
力のない返事をしてくる魔法工学の生徒たちであった。ペルも存在感が薄くなったままである。
魔法工学の専門クラス生徒たちは、ペルが〔防御障壁〕で保護し損ねた回線などを優先的に修理する事になった。ペルもそれに従う事にする。
一方で、サーバー機械の中での作業は、幻導術専門クラスが担当する事になった。さすがに先程までの喧騒は鎮まって、黙々とした作業だ。
それを見ている校長と情報部の羊に、配線作業中のペルが微笑みかけた。
「念のために、マルマー先生に診てもらって下さい」
確かにその通りなので、素直に従ってサーバー室から出ようとする校長たちである。校長もかなり憔悴している表情で、元気がない。
機械の中で作業しているマライタ先生が、思い出したかのような口調で赤いモジャモジャヒゲ顔を出した。
「おお、そうだ。ちょっと待ってくれシーカ校長。ここのサーバーが復旧しても、通信回線は死んだままだぞ。多分、ほぼ帝国全土の通信網がテロで破壊されているはずだからな。全土で停電だし」
情報部の羊が「ビクリ」と背中と尻尾を震わせて、マライタ先生に振り返った。
「な、何か良い方法があるのですか? マライタ先生」
校長は一応予想していたようで、それほど驚いてはいない。何か含んだような視線をマライタ先生に向けているだけだ。どうやら、これが狙いだったらしい。
マライタ先生も校長の思惑を察して、「コホン」と小さく咳払いをして改まった口調になった。
「あー……ドワーフ政府との交渉をしてもらう必要があるが、実は、お前さんたちの帝国上空にはドワーフ政府の観測衛星や小型観測器が多数飛んでいる。かなり高度なステルス装備をしているから、見つける事は無理だがな。そいつを一時借りて通信網を確立させる事ができるはずだ」
その情報部の羊は知らなかったようで、かなり驚いている。しかし、情報部の前大将は知っていたので、現体制の情報部への引継ぎが出来ていないのだろう。
釣られるように、プレシデ先生も機械の中から顔を出した。
「実は、幻導術の魔法協会も、同じような観測網を帝国内に構築済みだ。通信観測衛星とかではなくて、魔法によるものだがね。ドワーフの通信規格に簡単に同調できるから、使えると思うよ。魔法協会長に打診してみると良いだろう」
帝国の情報部としては、面目丸つぶれのような提案をしてくる2人の先生だ。校長も微妙な表情のままで、黙って情報部の羊の反応を待っている。
ペルは口を開けたまま呆然としている有様だ。作業中の生徒たち60人も、少しざわめき始めた。同時に、室内の照明が回復する。爆発で破壊された照明器具も、早くも元通りに直されつつあるようだ。
プレシデ先生が、褐色で辛子色の顔を少し斜に構える。続いて、肩先で跳ねている黒い煉瓦色でかなり癖のある髪を、作業用の手袋でかき上げた。切れ長の吊り目が照明に照らされて、明るい深緑に輝く。
恰好をつけているのかも知れないが、作業服姿なので今ひとつ冴えない。
「ノームのラワット先生が作成していた、太陽光から発電する魔法陣との再接続が完了ですな。生徒の皆さん、通電したので作業用の魔力を電気から取る事ができます。感電しないように気をつけながら、作業を進めて下さい」
「はーい」
呑気な返事が、機械の中に潜って作業している幻導術の30名の生徒たちから返ってきた。魔法工学の生徒たちも、機械の外で配線交換をしながら答える。
生徒たちそれぞれが、治療用の法術を封じた〔結界ビン〕を一式携帯していたので、そのビンを開けて簡易杖を使い、自身を〔治療〕しながらであるが。
早速、魔法の出力を上げる生徒が幻導術専門クラスから続出してきたので、ペルが校長と情報部の羊に再び〔防御障壁〕をかける。魔法場汚染の恐れがあるからだ。
電気が通ったのは地下階全体のようで、サーバー部屋の外からも歓声が聞こえてきている。
情報部の羊も上司への無線電話を終えたようだ。少々固いながらも、笑みを口元に浮かべて校長に頭を下げる。
「上司も掛け合ってみるという返事でした。もうしばらく時間がかかるでしょうが、ドワーフ政府と幻導術の魔法協会への正式な依頼をすると思います」
すでにマライタ先生とプレシデ先生は、顔を引っ込めて機械の中で作業中だ。ペルが機械回りの掃除をしながら、不安そうな視線を向ける。
(マライタ先生、大丈夫かな……)
しばらくの間、マライタ先生の様子を見ていたペルであったが、特に問題は無さそうなので安堵する。
(作業に集中する事で、不安を和らげているのかな。私も見習わなきゃ)
プレシデ先生は早速魔法を色々と使い始めている。2人からの返事は特になかったので、代わりに校長が情報部の羊と握手をして頭を下げた。
「地下階までご足労をかけました。魔法学校としても、協力は惜しみませんよ。では、地上へ戻りましょうか」
校長がペルに視線を向けて微笑んだ。
「ペルさん、〔防御障壁〕をかけてくれてありがとう。生徒に命を救われました。私たちはもう戻るので、作業に戻って下さい」
ペルが慌てて直立不動の姿勢になって、黒毛交じりの尻尾を後方45度上方の角度で固定した。掃除したばかりの床が、また埃と破片と何かの部品で覆われてしまった。ゴミ箱をひっくり返してしまったらしい。
「は、はいっ」
校長が先導して情報部の羊をサーバー部屋から連れ出し、一礼してそのまま去っていく。(そういえば、シーカ校長は死んでも法力サーバーが復旧すれば〔蘇生〕や「復活」ができるけど、同行している情報部の人は違ったんだ……)と改めて思い返す。
闇の精霊魔法でも、〔ログ〕を基にして〔蘇生〕や〔復活〕させる方法はある。しかし、サムカやハグと違って練習する相手がいないので、この魔法に関しては封印状態のままだ。
死者の世界とは違い、気楽にホイホイ殺せる相手がいないので、これは仕方がない。もしいたとしても、ペルの心情的には無理だろう。
この場合もし使うとすれば、ベルディリ先輩が放った〔マジックミサイル〕が校長たちに命中したり、爆炎に飲み込まれる『前』だ。
ペルが〔闇玉〕などを使って、校長たちが先輩の攻撃で殺される前に殺して、その体を全て〔消去〕する必要がある。〔闇玉〕によって〔消去〕されなかった部位は〔ログ〕に記録されないために、〔蘇生〕や「復活」の対象から外れるからだ。
そのような冷徹な行動を、ペルに期待するのは無理がある。
(法術を勉強して使えるようになる方が、精神上も良いよね、やっぱり)
気持ちを切り替えて、マライタ先生の指示に従って復旧作業に戻る事にするペルであった。まずはゴミ箱を起こさないといけない。
ペルがサーバー機械の間を、風の精霊魔法を使って掃除し始めて少し経過した時、マライタ先生の大声が部屋の中に響き渡った。
驚いて機械の中で頭をぶつける生徒が続出して、騒然となる。もちろんペルも頭を機械にぶつけてしまっていた。すぐに法術を起動させて、自己〔治療〕する生徒たち。
そんな生徒たちに構わず、マライタ先生が丸太のような腕で機械のケースを「ゴイン」と叩く。あっけなくケースが「ベコリ」とへこんでしまったが気にしていない。
心底うんざりした表情で、プレシデ先生が機械の中から顔を出した。
「何だね、マライタ先生。部屋は広くないんだから、大声なんか出さなくても聞こえるのだがね」
「そうだそうだ」と幻導術の専門クラス生徒が同調する。さすがに今回はマライタ先生が悪いと思っているようで、彼の専門クラスの魔法工学の生徒たちも無言で反論していない。
マライタ先生も少し反省した様子になって、とりあえず殴ってへこませた機械のケースを、裏側からもう一度殴って元に戻した。
「おう、すまんすまん。『バックドア』の部品を見つけたんでな。マスック・ベルディリめ。成績も素行も良いから油断していたわい」
幻導術の先生と生徒たちは『バックドア』という単語が耳慣れないようで、今ひとつ反応が鈍い。
一方で、マライタ先生の魔法工学の生徒たちは、騒然となってしまった。もちろん、その中にペルの姿があるのはいうまでもない。
『バックドア』とは、外部の盗聴者や諜報者が回路に仕掛ける部品の事だ。ウイルスプログラムや乗っ取りプログラムと違い、これは部品がその役割を果たす。主にシステムの情報を盗聴者に送信したり、システムに介入したりする事が多い。そんな物が魔力サーバーの魔法回路内に仕掛けられていたのだった。
マライタ先生が、赤いクシャクシャ髪を厳つい手袋をした両手でガシャガシャかき回す。
「そういえば、何度かここで実習をやったなあ……その時か」
「ええ~……」
プレシデ先生と幻導術の専門クラス生徒全員から、呆れた声が一斉に上がった。これには、さすがにペルも反論できない。
プレシデ先生がかなり体を斜に構えて機械の中から上体を見せ、その細い深緑色の瞳を黒くする。
「生徒を信用するのは、教師としては立派ですが……調子に乗り過ぎましたな、マライタ先生」
ここにムンキンとラヤンがいれば、「プレシデ先生もだけどなっ」というツッコミが入っただろう。ともあれ、ぐうの音も出せない様子のマライタ先生だ。それでも、何とか弁解をしようとする。
「……だがよ。生徒の多くがバントゥ党員だったりリーパット党員だったりするじゃねえか。そんなのを全て除外していたら、授業なんかできねえぞ。生徒の素行経歴データを参照して、そこから逸脱した行動をした段階で判断するしかねえだろ」
(まだ、盗聴盗撮を続けているのか、このマライタ先生は……)とジト目になるペルである。さすがに魔法工学の専門クラス生徒の中にも、ペルと同じような顔になっている者が出ている。
プレシデ先生が大きくため息をついて、説くようにマライタ先生に告げた。
「そんなもの、幻導術でいくらでも改ざんできますよ。教育指導要綱だけではなく、その応用発展分野も教える事が今はできるようになっているんです。改ざん魔法なんか、私が50個はすでに教えていますよ」
「そうなんだ……」と、ジト目をプレシデ先生に向けるペル。プレシデ先生が調子に乗ったような口調になり、少しドヤ顔になる。黒い深緑色の瞳が光る細目を、さらに細めた。
「マライタ先生も、私の授業を受けに来ますか? 歓迎しますよ」
マライタ先生はまだショックの中に沈んでいるようで、反応が鈍い。そのおかげか、大きな騒動には至らずに、再び黙々とした復旧作業が再開された。
とりあえず、『バックドア』の部品がすぐに特定されて、同様の部品がまだ潜んでいないかどうか、緊急に調査が行なわれる事に決まった。
早速、得意気にプレシデ先生が簡易杖をクルクル頭上で振り回して、サーバー部屋全体の調査を開始する。すぐに10個以上もの反応が上がり、生徒たちがざわめく。
これはどう考えても、とてもマライタ先生の授業中に隠れて設置できる数ではない。
すぐに、入念にステルス偽装された〔テレポート〕魔術刻印が、プレシデ先生によって発見された。
「ついでに、〔テレポート〕魔法についても臨時授業をしましょうか? マライタ先生」
もう、「ぐぬぬ……」と唸るしかないマライタ先生だ。
つまり、テロ実行犯のマスック・ベルディリ3年生は、マライタ先生の授業中にこっそりと、この〔テレポート〕魔術刻印を設けていた。後は、時間を見つけては他のテロ実行犯と〔ステルス障壁〕を自身にかけて侵入し、せっせと『バックドア』部品を魔力サーバーに組み込んでいったのだろう。
ペルも再度ショックを受けている中、プレシデ先生の指揮で幻導術の専門クラス生徒たち30人が、瞬く間にバックドア部品を除去してしまった。
再びドヤ顔になるプレシデ先生だ。斜に構えている上体が、いつも以上に斜めに傾いている。
「では、復旧作業を再開しましょうかね、マライタ先生。しばらくの間は、部屋の掃除でもやっていて下さい」
サーバーを用いる魔法体系は、法術とウィザード魔法の2つだ。
ソーサラー魔術は自身の魔力を使うので基本的にはサーバーを必要としない。もちろん、大出力の魔法を使う場合には、魔力パック等の補助を使う事が多いが。
精霊魔法も同様で、契約した精霊や妖精からの魔力を使う。この場合は、精霊場という魔法場が強い場所ほど、強力で高度な精霊魔法が使用できる。このサーバー室のような地下では、主に大地の精霊場が強いので、他の精霊魔法が使いにくいのだ。反面、死霊術や闇の精霊魔法は使いやすくなる傾向がある。
この魔力サーバーや法力サーバーだが、魔力や法力を収集し、精製して貯蔵し、必要に応じて術者に配信する機械システムと呼んでよい。
法力は信者の法具を介して収集され、魔力は契約している魔神などから世界を超えて供給されている。
今回のテロは、その供給ルートに介入する形で破壊活動を行うタイプだった。
サーバー内に組み込まれた『バックドア』部品により、供給される法力や魔力の値が書き換えられて、誤った情報がサーバー本体に届けられる。
同時に、『バックドア』部品からテロ犯に向けて正確な供給量が無線などで知らされる。テロ犯が『バックドア』部品を介して、サーバー本体に偽の命令を出す事も可能だ。
サーバーは電子の流れに魔力や法力を乗せて魔法回路を流し、電池のような構造物に保管する。魔法や法力をできる限り既存の物理化学法則に準じさせて、因果律崩壊を未然に防ぐためである。
そのため、サーバーの構造は蓄電設備がついた変電所に似ている。
送電網というシステムは、マライタ先生が講義で話していた通り、供給量と消費量とがほぼ一致している必要がある。どちらかが大きく過剰になったり不足になったりすると、それだけでシステムが機能不全に陥る脆弱なものだ。今回のテロは、その脆弱性を狙った物だった。
もちろん、消費先には魔法学校の生徒たちも含まれている。原理的には、過剰な法力や魔力を生徒に流して、過負荷を与える事で生徒を昏倒させる事もできる。しかし、テロ実行犯も同じ生徒だったので、この作戦は採用されなかったようだ。
また、魔法場サーバーや法力場サーバーといった小規模な簡易型サーバーが残っていた事も、良い方向へ作用したといえる。こうした簡易サーバーの魔法回路では低魔力や法力を流すので不安定化しやすいため、より丈夫にできている。使用者も、魔法や法術に熟練した者ではない事が多いせいでもあるが。
そのため、高性能な魔力サーバーや法力サーバーが過負荷で破壊されても、稼働できたのであった。
マライタ先生の事前対策は、講義でも説明していたような一般的なものだった。テロ行為が起きると、通常時とは異なるデータが多く流れる。これら異なるデータは、テロ実行犯によって作成された『改ざんデータ』だ。それを除外するプログラムを組み込んでいた。
しかし、『バックドア』部品のせいで、サーバーに入力されるデータが、ほとんど全て『改ざん済み』にされていたのであった。これでは意味を為さない。
このような手法でのテロは、魔法世界ではサーバーの規模が巨大なので、改ざんデータが足りずに埋もれてしまい、大した効果を上げる事はできない。そのため、このテロを軽視していた事も、マライタ先生の見落とした点だろう。
これは量子暗号通信を採用しているサーバーシステムではある。しかし、通常の物理化学法則から逸脱した魔法や法術が相手では、大した堅牢性を期待できない。
一方、幻導術では、これらのテロ手法を想定して対処する事を考える。というか、テロの手法を考える事が幻導術の柱の1つでもある。
今回の例でいえば、『バックドア』部品を設計運用する事と、それを発見駆除する事の2つを同時に考える分野になる。この面では、魔法工学よりも当然ながら詳しくなる。しかし、これまでは満足に教えてもらえない教科であったが。
ともあれ、テロ実行犯が仕掛けたバックドア部品を外し、悪意のあるプログラムを見つけて駆除する。
まずは校長からの要請に従って、負傷者の〔治療〕〔蘇生〕や死者の〔復活〕のために、簡易サーバーである法力場サーバーを再稼働させる事になった。
さすがに簡易サーバーだけあって、内部の魔法回路での破損部位は少なかったようだ。意外に簡単に再稼働できて、数分間ほど慣らし運転させてから魔法回路の様子を最終確認する。
ようやく、ここでマライタ先生の険しい表情が少し和らいだ。赤いゲジゲジ眉がコマ送り的な動きで上下に動いている。
「うむ、良かろう。再稼働完了だ。マルマー先生に早速知らせるとするか」
プレシデ先生の声が別のサーバー機械の中から聞こえる。
「それは上々。こちらの魔法場サーバーも、間もなく再稼働できますよ。現在、最終確認中です」
サーバー室で復旧作業をしているペルを含めた2つのクラスの生徒60人の間から、小さな歓声が上がった。マルマー先生と法術専門クラス生徒による、遠隔法術〔治療〕が功を奏したようで、先程のショックから立ち直る生徒が増えてきている。おかげで、作業の士気もさらに上がったようだ。
すぐにマルマー先生からの応答が音声で入ってきた。イライラしているようだが、ご機嫌な雰囲気も出ている声だ。
「遅いぞ、『ネジいじり』共。待ちくたびれたではないかっ」
サーバー部屋の生徒たちから、一斉に不満の声が上がり始める。
マライタ先生も黒褐色のジト目になって、大きな鼻をさらに大きく膨らませたが……特に文句は言わなかった。
「済まなかったな。で、どうだい? サーバーが使えるようになったかい?」
音声だけで映像がまだ届いていないのだが、風の音がする。どうやらマルマー先生は運動場にいるようだ。
「うむ。悪くはないな。まあ、低出力の簡易サーバーだから、このようなものだろう。〔石化〕処理しておいた生徒たちの〔蘇生〕と〔復活〕作業はできるようになったから、安心して良いぞ。まあ、作業完了まで15分ほどかかるだろうがね。それと、後でこっちへ来い。精神〔治療〕は応急措置だけだと後遺症が残るぞ」
マルマー先生の返事を聞いて、サーバー部屋の緊張感がかなり和らいだ。ペルも焼き切れた配線を、手作業で1つ1つ〔修復〕魔法で直す作業を続けながら、ほっと安堵する。
マルマー先生がいると思われる運動場には、他にも先生や生徒たちがいる様子だ。彼らの声も一緒に聞こえている。その中に、エルフ先生とノーム先生の声が混じっている事に気がついた。
(あ。そうか。〔石化〕した生徒たちを守っていたのかな)
実際、ペルの想像は当たっていた。〔石化〕されたり負傷している生徒たちを「治してあげるわ~」と、パリー先生が出しゃばっていたのであった。選択科目の受講生徒たち30人ほどを引き連れて、運動場に乗り込んできている。
相変わらず枝毛と切れ毛が目立つウェーブのかかった赤い髪の先を、腰辺りで跳ねさせて、頬を意図的に膨らませている姿だ。他の森の妖精の姿とは違って、かなり人間らしい姿と仕草になっている。
服装はエルフ先生からの度重なる指摘を受けたおかげで、スーツ姿の先生らしい服装になっていた。そのスーツも学校の事務職員の制服を流用した物で、草を編んだサンダルはそのまま履いているが。
「あたしに任せなよ~。ちょちょいのちょいで~全員治してあげるからさあ~」
いつもの間延びした声でヘラヘラ笑うパリー先生だ。その彼女と背後の生徒たちを、エルフ先生とノーム先生が険しい顔をして両手を広げて阻止している。不審な会社員が乱入しようとしているのを、警官が制止しているようにしか見えない。
「だめよ、パリー。あなたが魔法を使うと、いつも魔力過剰で大変な事になっているでしょっ。〔石化解除〕だけで済まなくなって、生徒が別の得体の知れないモンスターに変わってしまいます。止めなさい」
ノーム先生も銀色の垂れ眉をヒョコヒョコと上下に動かしながら、両手を広げて足を地面に踏ん張っている。
「左様。ここはマルマー先生の顔を立ててはくれませんか」
エルフ先生とノーム先生の専門クラスの生徒たち60人弱も、先生の後ろに並んで簡易杖をパリー先生に向けて威嚇している。陣頭指揮を執っているのは、ノーム先生のクラスのニクマティ級長だ。
「パリー先生の『生命の精霊魔法』の授業は、本当に素晴らしいんです。ですので『こんな事』で、私たちの先生への評価を下げないで下さいよ」
そのような押し問答を、地下階からの非常口付近で座って眺めているのは、サムカ熊とティンギ先生だった。ジャディが高木の頂上に設けた巣で体操をしているのを見てから、パイプをふかしているティンギ先生にサムカ熊が聞く。
「どうやら、サーバーが復旧するようだな。ティンギ先生も、これから何かする予定かね?」
ティンギ先生が紫煙を吐いて、森からの風に流しながら口元を少し緩ませる。彼はいつものスーツ姿だ。足元は履き潰されたスニーカー靴だが。
「特にないな。授業も、生徒たちが帰省して数が減ってしまったからねえ……当面は熊先生と同じく私も専門科目は休講だね。選択科目の授業ばかりさ」
ポケットを探って何か菓子がないかどうか調べ始めながら、今度はサムカ熊に聞き返す。
「テシュブ熊先生はどうなんだい? 生徒たちが結構活躍して、ピンチにも陥っているようだけど。応援に向かわなくても構わないのかい?」
サムカ熊が腕組みをして熊頭を傾けた。ついでに丸い玉のような熊尻尾をピコピコ振る。
「やはり応援に向かうべきと思うかね? リボンも持っているから、死んでも問題ないと思うのだが。死んだら死んだで、死者の世界で歓迎すれば良いだけだしな。良い騎士見習いになれるはずだ」
ティンギ先生が愉快そうに目元を細めて紫煙を、「ふいー」と吐いた。
「そういう考え方は、嫌いではないな」
【サーバー再稼働】
さて、そうこうする内に、魔法場サーバーが再稼働した。
今度はウィザード先生たちが、生徒と一緒に喜んでいる。それでも、やはりマルマー先生と同じように、文句を最初にいうのは忘れていないようだが。
やはり最初に大声で喚き始めたのは、力場術のタンカップ先生だった。いつも通りの季節感皆無なタンクトップシャツ1枚に半ズボンだ。体を筋肉でパンパンに膨張させて、運動場の中央で仁王立ちしている。どこかの門にある彫像のようだ。
「マライタ先生にプレシデ先生、及び生徒どもっ。遅すぎるから寝ているかと思ったぞ。たるんでおる!たるんでおるぞおっ。何事もテキパキやれい! この本の虫どもがっ」
ひとしきり言い放った後で、当然のように簡易杖を頭上に掲げて振り回す。力場術の専門クラスの生徒たち30人もタンカップ先生の後ろに整列して、簡易杖を高々と頭上に掲げている。
ムンキン党のバングナン・テパ級長が、褐色の瞳をキラキラ輝かせて応じた。口元と鼻先のヒゲが見事にピンと張っている。
「サーバー復旧記念に、何か撃ちましょうよ! タンカップ先生っ」
すぐさま、タンカップ先生がタンクトップシャツを筋肉で膨らませて、ガハハ笑いを放った。
「うらああっ。試し撃ちをしてやろう! 全員、上空に向けて何でも良いから撃ち放てえっ」
「おおーっ!」
すっかり生徒たちも豪傑モードになっていて、荒々しく返事をしている。
そのまま、冬空に向けて〔レーザー光線〕や〔火炎〕、〔竜巻〕に得体の知れない〔ビーム光線〕などなどを撃ち放ち始めた。まるで統制が取れていないために、爆音がひどい。
上空には次々に爆発の火球が発生して、衝撃波まで運動場に突き刺さってくる。しかし、さすがにパリー先生が運動場にいるので、森の方向には1発も放っていないが。
他の先生や生徒たちは、もう慣れてしまっている。慌てず騒がず各自が〔防御障壁〕を展開して、爆音や衝撃波に熱風などを防御している。
墓用務員も運動場に顔を出していてニコニコ笑顔で見物しているのが、爆風が行き交う運動場の隅にチラリと見えた。
怒っているのは法術のマルマー先生と、彼の専門クラスの生徒たちくらいだろうか。今まさに運動場で〔石化〕している生徒たちを〔蘇生〕や「復活」させている最中だ。負傷者の〔治療〕も並行して行っているので、土埃がもうもうと舞い上がる環境では文句も言いたくなるだろう。
もちろん、〔防御障壁〕を展開しているので、〔治療〕上の支障は出ていない。
しかし、結局マルマー先生が怒りだしてしまった。豪華な法衣をひるがえして、過剰な装飾がつきまくった大杖を振り回している。
「やかましいわああっ! 〔治療〕や〔石化解除〕にエラーが生じるだろうがっ」
専門クラスのスンティカン級長も、マルマー先生に続いて怒り出した。彼は集中力が必要な〔石化解除〕と、解除後の〔治療〕を行っていたのだが、隣の助手をしている生徒に後を任せた。
鉄紺色の瞳がギラリと輝いて、頭と尻尾の渋い柿色のウロコが見事に逆立っている。
「調子に乗るなよ、このバカどもっ。今後、一切〔治療〕してやらないぞ!」
しかし、そんな程度の抗議や非難で、大人しくなるような力場術の連中ではない。
タンカップ先生が10発ほど〔レーザー〕や〔ビーム〕、〔マジックミサイル〕などを放ってから、高笑いを運動場に響かせる。
「おうおう、まずまずじゃないか。久しぶりに良い運動ができる。おい、生徒ども! 思い切り撃ち放てっ。ストレスの発散には最適だからな!」
再び、生徒たちから勇ましい応えが返ってきて、一層上空の花火大会が激しくなった。爆音が酷くなり、森の中の鳥獣や原獣人族が、悲鳴を上げて森の中へ逃げていく。今のところは、まだヘラヘラ笑いをしているままのパリー先生だ。
そんな爆音と閃光が運動場に行き交う中、招造術のナジス先生とその生徒たち30人が、ジト目ながらも背伸びしているのが土煙の隙間から見える。
ナジス先生も相変わらずの白衣風ジャケットをすっぽりと着ていて、そのポケットに両手を突っ込んでいる。肩の上までだらしなく垂れている褐色で焦げ土色の髪も、やはり一向に手入れをする気がないようで、枝毛と切れ毛だらけだ。
猫背気味の上体をさらに猫背にして、紺色の細い垂れ目を調子に乗っているタンカップ先生とその生徒たちに向けている。さらに、ソーサラー魔術のバワンメラ先生とその生徒たちまでが、歓声を上げて上空を旋回飛行し始めたので、その様子も見上げている。
「ずず」
「頭の中まで筋肉と興奮神経で出来ている連中ですね、ずず」
「魔法場サーバーしか復旧していないのですから、ずず」
「このような無駄遣いをするバカどもには、ずず」
「魔力を分配する必要はありませんよ。ずず」
そもそも……このような事態になったのは、ナジス先生の授業で逃げ出した実験用タコのせいなのだが、反省は口だけのようだ。ちなみに招造術の魔法協会も、口だけの遺憾を表明しているに留まっている。
そのナジス先生が、講義を受けている生徒たち30人に振り返る。
「僕たちまで、あのような愚か者どもに付き合う必要はありません。ずず」
「作業用ゴーレムの術式確認を急いで行いましょう。エラーを見逃さないようにして下さい」
「はい」と返事をする生徒たち。こちらは、かなり冷静である。すぐに、副級長が生徒たちを数名ずつの小グループに分けて、そのまま担当ゴーレムの術式確認作業に入った。
級長だったレタック・クレタ2年生がラヤンの故郷の町でテロ攻撃をして死亡しているのだが……特に何もコメントはしないようだ。魔法工学クラスと違い、かなり薄情というか割り切りが早い。
もう、何事も無かったかのように副級長の3年生が狐耳をピンと立てて、クラスの生徒たちを統率している。
校長や事務職員たちも、運動場の片隅に簡易な事務所テントを設けて作業をしている。こちらは、魔法が使えない者が多いので、爆音と土煙に閉口しているようだ。
一応は魔法具を使って簡易な〔防御障壁〕をテントにかけているのだが……それでも先生や生徒たちが展開している〔防御障壁〕に比べると効果が劣る。
生徒の中では、リーパットが演説気味に大声で文句と非難を行っている姿があった。リーパット党員は帰省している者が多いために半数ほどに減っているが、それでも20名余りがリーパットを囲んで気勢を上げている。
先程の地下サーバーの爆破テロの実行犯が『旧バントゥ党員』だという情報を得たようで、演説とも威嚇ともつかない口調だ。
「ペルヘンティアン家は滅んだというのに、まだタカパ帝国に逆らおうとする者がいるっ。我らブルジュアン家は断固として対処するぞっ。我が学校の生徒の中に潜んでいるテロ分子どもを洗い出して、一掃するのだっ。特にバントゥ党の残党どもは念入りに確かめる必要がある! そもそも……」
長々とした演説が始まってしまった。声を張り上げるリーパットの両側には、側近のパラン・ディラランとチャパイ・ロマが陣取っていて、拳を振り上げて聴衆を煽っている。
狐族純血主義者の集まりなので、聴衆は狐族の生徒しかいないのだが。
他のムンキン党やアンデッド教徒の姿は見当たらない。彼らは良家の子息が多いので、今頃は帰省しているのだろう。
リーパットもこの演説が終われば故郷に戻るようで、側近のパランが手元の時刻表示を見ながらスケジュール調整を始めているのが見える。
地下階のサーバー室では、マライタ先生が大きな安堵の息を吐いていた。赤いモジャモジャヒゲを作業用手袋をした両手で「ゴシャゴシャ」といじっている。白い大きな歯も見える。
「よし。何とか魔力サーバーや法力サーバーも、復旧の目途が立ったぞ」
別のサーバー機械の中で作業をしていたプレシデ先生も顔を出した。こちらも、ほっとした表情になっている。
「こちらもですよ。簡易サーバーが稼働してくれたおかげですね。作業効率が2桁ほど上がりましたよ」
作業をしている2つのクラスの生徒たち60名ほども、次々に担当の仕事を完了しているようで、背伸びをしている。ペルも何とか分担された故障部位を修理できたようだ。かなり疲れた様子で、床にペタンと、うつ伏せ状態で倒れている。
地上の校長にも知らせが入ったようで、すぐに音声だけだが通信がサーバー室に入ってきた。
「ありがとうございます、マライタ先生、プレシデ先生。それで、本格復旧はいつになりそうですか?」
マライタ先生がプレシデ先生と目を合わせて、互いの情報を統合する。マライタ先生が、赤いモジャモジャ頭を片手で無造作にかいた。
「……そうだな、明日の今頃だろう。サーバーの自己修復機能が動いているから、後は、サーバーが自力で直す。今日一杯は、済まないが……簡易サーバーだけで我慢してくれ。シーカ校長」
プレシデ先生も同意見だ。背伸びをしたおかげで、若干斜め立ちが真っ直ぐになる。
「簡易サーバーとは異なり、手作業ではこの先の修理は難しいのですよ。量子回路ですからね、私たちが修理で関与するだけで魔法回路に影響が出てしまいます。繊細な作業になるので、こうしてサーバー自身に直してもらう方が都合が良いのですよ」
「よく分かりませんが、なるほど……」と素直に校長が答えていると、別の誰かの声が割り込んできた。この声は情報部の羊だ。どうやら、まだ校長と一緒に事務テントにいるらしい。
「お話の所、恐縮です。情報部の仕事を請ける事はできますか?」
校長も穏やかな口調から、少し形式ばった口調になって、地下のマライタ先生とプレシデ先生に聞く。
「すでに帝国側とドワーフ政府、幻導術の魔法協会との合意は取りつけたそうです。先程、教育研究省の上層部から私に連絡が届きました。そちらのサーバーで実行できそうですか?」
校長と情報部の羊からの質問を聞いたマライタ先生とプレシデ先生が、顔を見合わせてニヤリと笑う。マライタ先生がその赤いモジャモジャヒゲを適当に手袋をした手で整えながら、下駄のような白い歯を見せる。
「まだ魔法場サーバーしか稼働していないから、本格的な仕事は無理だけどな。まあ、それでも帝国全土からの映像を含めた送受信と、基礎的な演算程度なら大丈夫だぞ」
そういった瞬間。ペルを含めた地下階の生徒全員の手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面が発生した。
画面は2等分されていて、片方にはマライタ先生とプレシデ先生の顔が、もう片方には校長と情報部の羊の顔がそれぞれ明瞭に映し出されている。
数秒ほど置いて、小窓表示で情報部の窓口の狐族の人の顔も映し出された。「おお」と嬉しそうな声を上げる校長と情報部の羊。
マライタ先生が赤いゲジゲジ眉を大げさに上下させる。
「ドワーフ政府の許可が出たんで、通信衛星なんかも使えるようになったな。帝都とも繋がったぜ」
さらに今度は、小さなアイコンが大量に画面隅に表示され始めた。プレシデ先生が斜めに立ちながら、その切れ長の吊り目の深緑色の瞳を輝かせる。
「幻導術の協会からも許可が出ましたよ。各種の魔法も遠隔操作で使用できます。簡易サーバーですから、簡単な魔法に限りますけどね」