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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
103/124

102話

【アンデッド付き津波】

 津波の先端部は、すでに内陸1キロまで達していた。真っ黒い波しぶきと大量の土埃のラインが、地平線の向こうまで続いているのが岬から見える。

 ラインのすぐ内側は、無数の木々の瓦礫が山になって蠢いている。その手前からは延々と真っ黒い海面だ。こうして見ると、世界が海に飲みこまれているような錯覚に陥る。避難所がある岬の高地が、細長い半島のようになっていた。


 轟音も当然ながら発生しているのだが、これも津波の〔防御障壁〕と一緒に遮断されているので、不思議なほどに静かである。しかし、足元の岩盤から伝わる地鳴りまでは遮断できていないので《ビリビリ》とした振動が体に伝わってくる。


 レブンが野次馬町民と一緒になって、メガホンの警告に追い立てられ避難所内へ引き下がる。そのレブンの明るい深緑色の瞳に、沖合いから新たな津波の壁がこちらへ向けて迫って来ているのが見えた。

「これは魔法で強化されているみたいだな。高さは、30メートル以上ありそうだ」


 上空を飛び回って警戒しているヒラメ型ゴースト群が、レブンに警報を発してきた。すぐに手元に〔空中ディスプレー〕画面を呼び出して情報を整理する。

 隣を小走りで避難所へ向かっている町民が、驚いたような顔になった。

「え? もしかして君は魔法使いかい?」


(しまった、つい学校の中にいるノリで魔法を使ってしまった……)と反省するレブン。

 すぐに画面を小さくして演算を継続させながら、周囲で興味津々の様子で驚いている町民に愛想笑いをする。彼らはレブンの町の住民なのだが、彼が魔法学校の学生である事は知らない様子だ。恐らくは出稼ぎに出ているのだろう。

「はい。魔法学校で勉強している学生のレブン・イカクリタです。お手伝いにやってみました」


 簡単に説明するレブンであるが、以前と変わって、それほど警戒や侮蔑されていない事に気がついた。

(少しは立場が良くなったのかな……)と内心で嬉しく思う。イカクリタ家への批判も、かなり和らいでいる印象だ。この騒動が落ち着いたら、叔父や家族親戚に会いに行く予定である。


「イカクリタ家の坊主か。そういえば、魔法使いだったよな。今やオレたちも魔法使いだぜっ。魔法銃なんかバンバン撃ってるからよっ」

 そんな会話になって、少々面食らうレブンだ。魔法銃は一般の人でも使える仕様なのだが、その点には言及しない事にした。ともあれ、(あのドワーフ製とソーサラー魔術協会提供の魔法兵器のおかげなのかあ……)と、内心複雑な心境になる。


 そう考えていると地震のように地面が大きく揺れて、爆発音のような重低音が鳴り響いた。レブンと一緒に小走りで避難していた町民が、全員悲鳴を上げて転ぶ。

 レブンだけは補助魔法をかけていたおかげで転ばずに立てていたが、その眼前一杯に真っ黒い波しぶきが上がった。津波の第二波が岬に激突したのだ。対津波の〔防御障壁〕を展開済みだったが、それでも相当な威力だ。


 第一波とは桁違いの衝撃に目が点になったレブンだが、すぐに演算結果を自治軍本部に送信する。そこには、演算の結果の通り、多数のゾンビやスケルトンの群れが津波に混じっていた。姿からして、魚族である。

 腐敗や体の欠損の度合いが中途半端に進行しているので、これらは帝国周辺の魚族が死んで〔アンデッド化〕したものだろう。近隣の魚族の海賊ゾンビであれば、今頃はスケルトンになっている頃だ。


(ゴーストからの観測だと、ゾンビは3000、スケルトンは2000というところかな。ゴーストはいないようだね)

 しかし、なおもゴースト群に警戒するように指示を送る。

 本来ゾンビなどのアンデッドは、土地に縛りつけられたりするために、一定の範囲内でしか行動できない。しかし、このアンデッドはかなり自由に海中を移動できている。つまり、かなりの死霊術の使い手が敵という事になる。

(海中だから、陸上ほどには縛りつけられないんだけど。それでもまさか、タコが死霊術使いになるなんてね。予想していなかったなあ)


 波しぶきと共に空中に舞い上がったゾンビとスケルトン群は、そのまま崖下へ落下して、真っ黒い海に飲みこまれていった。今は崖下10メートルで海面が渦巻いている。

 ゴーストからの映像では、崖に多数のゾンビやスケルトンがしがみついていて、崖をよじ登ってきている様子が映し出されていた。

 しかし、渦巻き荒れ狂う海面に飲みこまれて、崖から引きはがされて海に落下している。さらに、手先や足先が人化しておらず、ヒレのままだ。これでは崖を登りにくい。

「もう少し、上陸作戦の練習を行った方が良かったかもね。大ダコさん」


 レブンの手元で小さな小窓画面が出た。それには狐語で南の学校避難所にも津波が到達した事が記されている。津波の高さは10メートルで、アンデッド兵らしき者は観測されていない。

 しかし、楽観はしないレブンであった。現地にいるミンタにメッセージを送る。

(「油断せずに警戒を続けて下さい」……と。ミンタさんは優秀だけど、増長する癖があるのがね。僕のシャドウのツッコミ機能を作動させておくかな)


 続いて、スロコックからもメールが送られて来た。レブンの顔が険しくなって引き締まる。

(津波の沿岸到着が本格化し始めたのか。陸上に避難を完了しておいて正解だったね。ええと、こちらの情報をファイルで伝えて……と。これでよし)

 ファイルを送信し終えて、頬を緩めるレブン。

「ゴースト伝書鳩だと、やっぱり時間がかかって非効率だよねえ……今回は出番なしかな」


 岬の先端部にある迎撃陣地の自治軍兵が配置について、無反動砲のような大型の魔法兵器を構えている。その陣容がレブンが避難した先の後方陣地からも見えた。1人の兵につき、替えの無反動砲が20個ほど整然と並べられている。


 一方、レブンたち一般人が有志で迎撃作戦に参加する、ここ後方陣地には、それほど大量の魔法兵器は用意されていなかった。しかし、それでも1人2台以上はある配分だ。当然ながら士気も高い。

 後方陣地では、数か所に担当将官の顔が映った備えつけの空中ディスプレー画面があり、その彼からレブンたちに攻撃指令を出す手筈になっていた。レブンも周りの有志隊員と同じく、2台の無反動砲型の〔紫外線レーザー〕照射兵器を両脇に抱えて、陣地内で伏せている。


 レブンは自身が放ったヒラメ型ゴーストからの映像を得ているので、必然的に人が集まってきた。この映像は、全部隊にも〔共有〕されているのだが、空中ディスプレーの数が少ないので、よく見えない人もいるようだ。

 崖に取りついては、大波で引きはがされて海中に沈んでいく敵ゾンビとスケルトンの様子が先程から映し出されている。それを見ている有志隊員の半数ほどが笑い出した。


 レブンも頬を緩めている。

(まあ、確かにバカに見えるよね。ゾンビやスケルトンに対してだと、細かい命令は出せないからなあ)


 ヒレの手足で崖を登りきったゾンビやスケルトンもいたが、すぐに紫外線照射を十字砲火で受けて、あっけなく灰になっていた。

 敵の数が少ないせいもあるのだが、レブンたちが控えている後方陣地には、攻撃命令は一向に出されていない。徐々に不満を漏らし始める有志隊員だ。(こうなるのは、やはり練度が低いんだろうなあ……)と思うレブン。



 そこへ、新たな警報が出された。レブンの簡易杖が自動で観測結果を演算して、映像化と〔解析〕を行っていく。そこには、津波の第三波の接近が報じられていた。レブンたちの表情に戦慄が走る。

「……予想される津波高が40メートル!?」


 同時に空中に多数の敵アンデッド反応が出た。まだ距離は10キロほど離れているが、1000体ほどのゴースト群が一直線にこちらへ向かっている。距離まで観測できなかったという事は、津波とゴーストはある程度のステルス仕様なのだろう。

 津波の到着まで残り2分という表示が出て、後方陣地内でも動揺が走り始めた。さらに後方の避難所内では、悲鳴めいた声も上がっている。


 レブンが口元をセマンにしながら、メモを走り書きしていく。

「そうかあ……魔法で強化すると、ここまでできるのかあ。敵の中に海の精霊か妖精が加わっていると考えて良さそうだな」


 そして、とりあえず自治軍作戦本部にメールで、〔テレポート〕魔法陣の使用者認証の解除を提案した。緊急時では認証にかかる時間は障害になり得る。混乱を助長する要因になるからだ。

 既に、いくつかの避難所以外の場所に設けてある〔テレポート〕魔法陣が、津波に飲まれて水没し、使えなくなっていた。使用できる〔テレポート〕魔法陣の数も減っているので、いったん混乱が起きると悪化しやすい。


 津波警報が間に合ったようで、水没した〔テレポート〕魔法陣があった場所にいた人たちは、津波到着前に無事に避難所へ〔テレポート〕して戻ってきていた。

 津波を目撃したのかかなり興奮していて、魚頭に完全に戻っている人ばかりだ。話をしている内容をレブンが〔指向性会話〕魔法の応用で聞くと、周囲の避難所の住民に、武勇談めいた体験談を声高に語っている。そんな人たちが既に15人以上も出ている現状を見ると、津波被害はかなりの広範囲に及んでいるのだろう。


 目を転じると、この岬を直撃した第二波の津波が、内陸部へ向けて突き進んでいるのが見える。元マングローブの森で覆われていた陸地は、今では轟音と共に盛大な波しぶきを立てて水没していた。


 この岬の周囲では水深が一気に30メートルほど上昇したが、内陸部では1メートル弱にまで減衰しているので、少し安堵するレブン。

(やっぱり、地震と違って海底地すべりに精霊魔法を〔付与〕した津波だな。大地の精霊場が強い内陸では、衰えるのも早いみたいだ。それでも、僕の予想以上の津波だなあ。町長と将軍閣下の危機意識は凄いや。以前の避難所だったら、今頃は海中だよ)


 それでも今後の状況によっては、この避難所を放棄する事を考える必要があるようだ。

 岬の高台は内陸部の山から続く丘陵に繋がっているので、津波で島になって孤立する事にはならない。せいぜい、細い半島状になるくらいだ。

 しかし、問題は敵が送り込んできているアンデッド群である。すでに津波に乗って内陸部まで侵入していて、半島状になりつつある丘陵地のあちらこちらに上陸を始めていた。


 この辺りには他に町や村はないので、真っ直ぐにレブンたちがいる避難所へ向けて丘陵地を走って攻め込んで来ているのが見える。

 足先が魚のヒレのままで人化していないのだが、ヨロヨロしながらも、しっかりと走っている。ダイビング用の足ヒレを付けたままで走っている様な印象だ。


 一方スケルトンはヒレの骨のままだ。やはり、細い骨なのですぐに砕けてしまい、くるぶしから先が無くなってしまっている。それでも走る事ができているので、少し感心しているレブン。


 レブンが上空に放っているヒラメ型ゴーストからの映像でも、この避難所を包囲するようにゾンビとスケルトンが集結しているのが分かった。

 その情報を自治軍本部へ送信しながら、町民の早期退却を重ねて文章で提案する。現在の状況を見ると、最も離れた内陸部の予備の避難所が最適に思える。

(内陸だから、僕たちのような魚族にとっては、嬉しくない移動になるけどね。でも、アンデッドと戦うよりはマシだよ、きっと)

 判断は町長と自治軍大将が行うので、学生のレブンが口出しできる事は、今はここまでだ。



 とりあえず、レブンは有志隊員と共に行動することにする。

 後方陣地に備えつけられている大きめの空中ディスプレー画面を通じて、自治軍の将校が攻撃目標の指示を矢継ぎ早に行っていた。訓練も充分にしていない各区の自警団経験者からなる有志の一般住民なので、指示といっても自治軍が撃ち漏らしたアンデッドの掃除になっているが。


 自治軍が有しているドワーフ製の〔紫外線レーザー〕兵器は、前回の戦闘を経て性能が更新されたようだ。レーザー光線なのに、ソーサラー魔術の光魔法やマジックミサイルと同じく、軌道が曲がって敵に命中している。


 今も敵アンデッド群は岬の崖をよじ登ったり、内陸部側の半島部分に上陸している。迎撃陣地からでは目視できないような崖の角度や半島の窪みが多数あるので、直進しかできないレーザー攻撃では不便だ。その対応なのだろう。

 曲がる〔紫外線レーザー〕が雨のように撃ち込まれて、見えない場所で敵のアンデッドが爆発して灰に帰っている。その様子もレブンの放ったゴースト群からの映像で〔共有〕されていて、周囲の有志隊員の間から喝采が上がる。


 撃ち漏らしのゾンビやスケルトンが、ヨロヨロと半島の岩陰から出てくる。それを1体1体丁寧に、〔紫外線レーザー〕魔法具で撃ち滅ぼして、灰にする作業を続けるレブンたちだ。

 この数分間で、自治軍の攻撃を逃れて岩陰から出てきたのは3体だけなので、自治軍の攻撃精度はかなりのものなのだろう。


 ちょっと暇なので、校長宛てに事情を記したメールを送る。どうやら学校は休校になったらしい。

 しばらくの間、魔法具に自身の簡易杖を当てて術式を調べる事にするレブン。しかし、10秒ほどで諦めた。魔法兵器なので、厳重なプロテクトがかけられている。術式が〔解読〕できない。


 小さくため息をついたレブンが、施設のテントの向こう側に広がる水平線に視線を向けた。

「第三波の津波が、そろそろ岬に激突する時間だな」


 こちらへ飛行している1000体ほどの敵ゴースト群も、ここから7キロの上空まで迫ってきていた。時速100キロ程度の飛行速度だ。津波は時速300キロになるので、津波の方が先に岬へやって来る計算になる。

 再び、簡易杖を魔法兵器に当てて術式を調べてみるレブンだ。やはり〔解読〕できない。

「機密保護された魔法回路の区画ばかりだなあ。さすがに〔側溝攻撃〕をしたら怒られるだろうし。光線が曲がるから、ソーサラー魔術の系統だとは思うけど。僕も魔法工学の授業をもっと受けないといけないかなあ……」



 そんな事を考えていると、自治軍から避難所全域にスピーカーで注意が呼びかけられた。

「こちらは自治軍本部です。間もなく津波の第三波が到達します。揺れに注意して、慌てずにアンデッドに対処して下さい。繰り返します……」

 その最中に、津波が岬に激突した。さすがに先ほどの津波の衝撃とは桁違いの揺れが岬を揺らす。


 避難所の中から、子供の悲鳴や泣き声が上がる。しかし、出火や何かの爆発は起きていないようだ。混乱して飛び出してくる住民もいないようで、安堵するレブン。

「しかし、もう少し早く知らせて欲しかったな」

 まだ、注意を繰り返しているのを聞きながら、口元を魚っぽくさせる。もう津波が到着しているのだが、この辺りの注意喚起放送はマニュアル通りなのだろう。


 津波が岬の崖に衝突して、派手に波しぶきを吹き上げた。雨のように海水が頭に振りかかってくる。一緒にマングローブの木の枝や幹も吹き上げられて、頭上から落ちてきた。それにスケルトンやゾンビも多数混じっている。


 その1体を、空中で紫外線レーザーを当てて爆発させて灰にしたレブンが、空中を漂う灰に憐みの視線を送った。

「アンデッドも大変だな。意識があったら、こんな仕事は絶対に引き受けないだろうな」


 このアンデッド群はバンパイアではないので、咬まれたりしても〔アンデッド化〕する事はない。その点では安心なのだが、襲い掛かってくるのは変わりない。

 能力が低いので魔法具や銃器は操作できず、手にしているのは棒切れや板だ。それらを振り回して攻撃してくる。従って、距離を置いて攻撃すれば大丈夫だ。


 ……なのだが、見た目が腐乱死体と白骨死体にボロをまとった姿で、悪臭も放っている。そのために、生理的な嫌悪感が優先されてしまう様子である。

 間もなくして、やはり有志隊員が悲鳴を上げて総崩れになった。まあ、上空から津波の波しぶきと一緒に、ゾンビとスケルトンが降ってきたので仕方がない反応だ。


 レブンが1人残って、後方陣地で背伸びをする。簡易杖を振って、投棄された〔紫外線レーザー〕魔法具を空中に浮かべ、迫りくるアンデッド群に向けて〔ロックオン〕する。

 同時に、予備の〔紫外線レーザー〕魔法具が収められている箱のフタも全開にして、いつでも取り出せるようにしていく。魔法具が計100本も空中に浮かんでいるので、かなり壮観な風景だ。

「節約しながら攻撃……と。敵アンデッドの魔力量に対応して、〔紫外線レーザー〕の出力を自動調整……完了」


 ゾンビやスケルトンの陸上を走る速度は大したものではない。そのため、ゆっくりと調整作業を行う。そして、敵とレブンとの距離が2メートルまで接近した瞬間、迎撃を自動で開始した。


 〔紫外線レーザー光線〕なので目には見えない。そのために、棒切れを振り回しながらゆっくりと走り寄ってくる敵が、瞬時に爆発して灰になっていく。そんな『結果』だけが眼前に繰り広げられた。


 たちまちの間に、敵を40体ほど灰の山にして殲滅してしまったレブンである。しかし、興奮するでもなく冷静な表情だ。

 魔法具の魔力残量を確認して、それに応じて空中に浮かんでいる魔法具の配置を変更していく。空中を大量に舞う灰に、レブンが深緑色の瞳を向ける。

「ごめんね。本当は僕の支配下に置きたいんだけど、敵に僕の存在が知られるのは良くないんだよ。それに、住民のアンデッドに対する反応がまだまだ厳しいんだ。見ての通りにね」


 それに加えて、アンデッドが放つ死霊術場の影響もある。

 レブンや魔法学校の生徒であれば、それなりに耐性があるのだが……魔力のない一般人では恐怖してしまうものなのだ。生命の精霊場と相反する魔法場なので、本能的に恐れてしまうのだろう。


 なので、上空を飛び回って戦況を観察しているヒラメ型ゴースト群には、〔ステルス障壁〕をかけて見えないようにしている。それでも人によっては、悪寒を覚える者もいるようだが。

 映像の撮影を行っているゴーストについても自治軍や役場からは、避難民に対して『透明の監視用の魔法具による映像』という適当な説明で終わっていた。(これもまあ、仕方がないかな……)と思うレブン。


 さすがに自治軍兵士には、レブンのゴーストによるものという説明がされているようで、時々将校からレブンに問い合わせが入る。

 それに答えながら、レブンがゴースト群に対空戦闘支援の準備をさせた。ゴーストはシャドウと違い、魔力が低く能力も弱い。一度に複数の命令を出すと混乱して、動かなくなる恐れがあるのだ。


 今までは地上の戦況を観察する事に専念させていたが、今後はそれを2体のゴーストだけに任せる。残りの5体には命令を切り替えて、飛来してくる敵ゴーストの位置座標の〔測定〕に専念させる事にした。

 対空攻撃は、自治軍に任せる形だ。その方が、レブンの存在を敵に知らせる事にならないので都合が良い。

(僕のゴーストは野良ゴーストに『偽装』しているから、多分気づかれないはず。野良なら攻撃なんかしないで、ただ傍観しているだけだからね)



 ようやく第三波の津波の波しぶきが落ち着いて、岬の上に打ち上がる波がなくなった。それに伴って、上空から落ちてくるアンデッドやマングローブもなくなる。

 しかし海面は、岬の直下まで盛り上がったままだ。水深が一気に40メートル弱ほど上昇している事になる。


 岬は水没を免れていたが、その周囲はすっかり海に飲みこまれてしまっていた。

 岬から内陸の山地につながる細長い尾根には、2000余りのアンデッド群がひしめいている。上陸に成功したのは3体に2体の割合のようだ。他は津波の渦に巻き込まれてバラバラになったのだろう。


 レブンが残っている後方陣地が、期せずして最前線の攻撃陣地になりそうだ。自治軍の攻撃陣地は、岬の先端部分に集中しているためである。

 セマン頭を魔法の手袋をした左手でかくレブン。

(……まあ、急きょ設営した避難所だものね。敵は海から来るものと思い込むのは分かるよ。津波もせいぜい10メートル以下だという当初予測だったし)


 空中に浮かべていたドワーフ製の〔紫外線レーザー〕魔法具を、魔力切れで使用済みの魔法具の上に乗せて簡易砲台に仕立てる。空中に浮かばせ続けるには、まだレブンのソーサラー魔力は充分ではない。

 それでも、無人砲台がいきなり100台も構築された。予備の魔法具が収まっている箱を、その砲台に近づけて、交換しやすいように配置する。


(曲がるレーザー光線で助かったよ。さて、ゴーストが2体だけだから〔ロックオン〕の効率が落ちるかもしれないなあ)

 ちょっと考えて頭を振るレブン。

(ゴーストの追加は止めておいた方が良いよね。これ以上、『野良ゴースト』が増えるのは不自然だ)


 すでに、砲台になった魔法具が自動で迎撃を開始していた。レブンが何もしていなくても、自動で敵を〔ロックオン〕して〔紫外線レーザー〕を照射し、爆破して灰の山に変えていく。

 敵は普通にジョギングで走る速度でこちらへ向かって来るので、光速の前には静止しているのも同然だ。たちまち灰の丘が生じはじめていた。


 レブンの性格上きちんと撃滅して、灰になった敵アンデッドの種類と数を、自動でゴーストに観測させているのだが……その数が一気に500を突破した。ちょっと面食らうレブンである。

(いきなり攻め込んでくるんだ。まあ、僕のような魔法使いがいないと思ってくれている証拠かな)


 ドワーフ製の〔紫外線レーザー〕魔法具が、次々に魔力切れを起こして機能を停止していく。それを砲台から転がして落とし、予備の魔法具に切り替える作業を行う。

 アンデッドへの攻撃は全自動になっているので、レブンは交換に専念できている。レーザー攻撃なので、射線上に誤って出なければ撃たれる恐れはないし、攻撃時の爆風や砲音に閉口する事もない。

 反面、次々に駆け寄ってくるゾンビやスケルトンが爆発して灰になっていくので、かなり異様な風景になってはいるが。敵アンデッドが勝手に自爆しているようにしか見えない。


 敵が持っていた棒切れやボロボロの衣服だけが、灰の山の中に蓄積していく。それをチラリと横目で見たレブンが、交換作業を続行しながら考えている。

「……あの灰の山、防壁に使えるかも知れないな」



 その時、再び南の学校避難所からの報告がシャドウから入った。それを見て魚口をへの字に曲げる。

(やっぱり、5000のアンデッド群が押し寄せたのか。津波の高さも、ここと同じ40メートルかあ。大ダコ君の魔力って凄いな。ミンタさん、頑張って)

 それでも、シャドウのツッコミ機能は切らないままのレブンであった。


 さらに、スロコックからのメールが届いた。それを読んで安堵する。

(襲来したアンデッド群は、各町平均で500か。やはり、僕の町と、ミンタさんの所が目標だったんだね)


 ミンタに励ましのメッセージを書いていると、襲い来るアンデッド群の灰化の数が不意に数倍になった。レブンがそのままメッセージを送信して、上空のゴーストからの情報を確認する。

(自治軍の砲台か。岬側の敵は、山場を越えたのかな。良かったよ、もう予備の魔法具が底をつき始めていたところだった)


 自治軍本部に、後方陣地の残り魔法具の数を更新して知らせる。この調子で攻撃を続けていれば、あと数分で全弾撃ち尽くすところだ。このタイミングで援護射撃が届いたのは、きちんと几帳面に本部へ知らせていたおかげだろう。


 しかし、備えつけの空中ディスプレー画面は、まだ砂嵐状態のままだ。これだけの魔法具を連射しているので、魔法場汚染や術式の混線が起きているせいである。

 残念ながらレブンは学生の身分なので、自治軍の制式通信器は受け取っていなかった。そのせいで、命令や指示がレブンのいる後方陣地には届かない状況だ。


 今は、ゴーストの観測ネットを使って自治軍本部へ連絡している。しかし、これも送信限定で受信ができない仕様だ。受け手の相手がソーサラー魔術使いでないと通信魔術を行使できないためである。ウィザード魔法はサーバーが現地に無いので使えない。精霊魔法使いもレブンの他には誰もいなかった。

(これも、改善点として後で報告しておこう。でもおかげで、僕がこうして好き勝手にできているんだけど。後で怒られるだろうなあ)



 にわかに避難所から雄叫びが複数聞こえてきた。

 レブンが魔法具の交換をしながら視線を向けると、数名の若い魚族の男が魔法具を抱えて、避難所から飛び出てきた。かなり興奮しているようで、頭が完全に黒マグロ状態に戻っている。

 棒を振り回しながら駆け寄ってくるゾンビやスケルトンに向けて、その彼らが〔紫外線レーザー〕を放ち始めた。上空を飛ぶゴーストが〔ロックオン〕支援しているので、全発必中で次々に灰の山を築き上げていく。


「助かるよ。今は砲台が多いほど良いからね」

 レブンが独り言で礼を述べて、交換作業を続ける。その時、ゴーストから『敵の動きが止まった』という知らせを受けた。手元に〔空中ディスプレー〕画面を出して、地図と重ね合わせて確認する。

「……確かに、動きが止まったな。どうしたんだろ」


 ゴーストに様々なチャンネルで観測するように命じて、30秒間ほど待つ。

 その間にも岬からの砲台攻撃が続行されて、着実にアンデッドが灰になっていった。レブンがいる後方陣地の砲台もそろそろ全弾終了の時が近づいてきている。

 避難所から飛び出て来ている魚族の若者の数も、どんどん増えて、今や50名にもなっていた。間もなく、ここでは彼らが主要な攻撃勢力になるだろう。


 そんな彼らを横目で見ていたレブンの表情が凍りついた。

「水の精霊魔法場……!」

 レブンが後方陣地の中で立ち上がった。すぐに制服のポケットから〔結界ビン〕を取り出し、そのまま陣地のコンクリート床面に叩きつけて割る。<ポン>と音がして、彼の強化杖が出現した。それを両手で握って、敵群へ向ける。

「間に合えっ」


 ダイヤ単結晶が青く輝いて、杖の魔法回路に魔力が怒涛の勢いで流れ始めた。前もって起動させて休眠状態にしていた、いくつかの死霊術とその支援魔法を一斉に稼働させる。

 普通であれば、術式をウィザード語で詠唱して、段階を踏みながら魔法を起動させる。しかしこれは緊急時に備えて、発動キーだけ必要な状況にして休眠させていたものだ。サムカの実習とこれまでの騒動の経験のおかげだろう。


 1秒も経たずに、強力な死霊術が強化杖から放たれた。

 射線からはかなり離れているのだが、それでも魚族の若者たちが10名ほど悲鳴を上げて昏倒する。

 味方の岬砲台や若者たちの魔法具からの〔紫外線レーザー〕の一部が、レブンの放った死霊術の射線上にぶつかり、爆発を引き起こした。真っ赤な火球がいくつも発生し、それが重なり結合して膨張し、直径10メートルの爆炎に成長する。


 輻射熱がレブンの肌を焼く。すぐに〔防御障壁〕を展開して火傷になるのを防止する。近くの50名いる魚族の若者たちにも大きめの〔防御障壁〕を被せる。

 その次の瞬間、爆風と衝撃波が襲い掛かってきた。


 レブンが強化杖を敵陣に向けたまま、上空のゴーストに状況を確認させる。まだ爆煙と土煙が、狭い岬半島に立ち込めていて、視界が回復していない。

 すぐにゴーストからの観測結果が手元の〔空中ディスプレー〕画面に表示された。今は急いでいるので、狐語への翻訳は後回しにされていて、全てウィザード語による表示になっている。


 その情報を一読したレブンが、魚状態だった口をセマン状態にした。

「よし、間に合った」



 土煙が収まると、狭い半島上にひしめいているアンデッド群が仲間割れを起こして、互いに棒切れを振り回していた。

 棒切れの先からは海水が放出されている。その海水がゾンビやスケルトンの表面にかかると、瞬時に溶解して、同じ海水に変わってしまった。そのまま真っ黒い海面に流れ落ちていく。


 岬からの砲撃は変わらずに続行されていて、順調にアンデッドが1つ1つ灰にされていた。片や50名の若者たちは、悲鳴を上げて避難所へ我先に逃げ帰っていく。

 倒れたままの人が10人ほど残されたので、レブンが大地の精霊魔法を使ってベルトコンベア方式で避難所へ送り届けるようにした。ゆっくりと歩く程度の速度で、搬送されていくのを見送る。

「ごめんなさい。後で謝ります」


 敵陣を見ると、壮絶な内乱状態に陥っていた。レブンが死霊術で〔支配〕できたアンデッドは、ほとんどがスケルトンだった。それでも800体ほどを〔支配〕できている。その彼らが木の棒を振り回して、ゾンビや敵スケルトンに放水していた。

 先程の魔法場の衝突による爆発で、150体ほどの敵が燃え尽きたようだ。おかげで今残っている敵の総数は、2000弱ほどになっていた。その内の800体ほどがさらにレブンによって離反した事になる。それらが海水の掛け合いで次々に溶解して、急速に数を減らしていく。


 ほっと安堵するレブンである。

「〔精霊化〕攻撃だった……この場合は、海水に〔変換〕されてしまう魔法だね。体にかかったら最期だ」


 爆発で一時的に風の精霊場を強めて、水の精霊場を抑制した事が功を奏したようである。いくら〔精霊化〕といえども、陸上で他の精霊場が強い場合では効果範囲が狭くなる。

 そうしてからアンデッドを支配下に置いて、同士討ちを仕掛けたのだった。〔精霊化〕はかなり強力なようで、アンデッドの衣服や棒切れも容赦なく海水になっている。

 それに留まらず、地面もかなり〔海水化〕しているようだ。早くも10センチほどの厚みで、アンデッドの同士討ちが繰り広げている尾根筋が溶け落ちて低くなっている。

「しかし、これで敵に海の精霊か妖精がいる事が確定したなあ……ゴーストに探してもらおう」


 自治軍本部に、敵の中に海の精霊か妖精がいる事、それが〔海水化〕攻撃をアンデッドを通じて仕掛けてきた事を、急いで報告する。

 加えて時速100キロほどの飛行速度で接近中の敵ゴースト群1000体が、岬まで2キロの上空まで接近したという知らせをゴーストから受け取った。それも情報を〔解析〕して、ゴーストが撮影しているリアルタイム映像と共に自治軍本部へ送信する。これで、自治軍がゴースト群を〔ロックオン〕して攻撃できるようになるはずだ。


 そのせいか、岬砲台からの援護射撃が半減した。この〔紫外線レーザー〕攻撃は、レブンが支配した敵スケルトンまでも一緒に灰にしていたので、レブンにとっては都合が良くなる。

「ここは何とか制圧できそうだから、空襲に備えた方が良いよね」


 再び避難所の中から、10名ほどの魚族の若者が魔法具を抱えて飛び出てきた。かなり逆上しているようで、完全に黒マグロ頭に戻っている。その彼らが狐語で喚いて敵アンデッド群を罵りながら、闇雲に〔紫外線レーザー〕を照射し始めた。まだ、上空のゴーストによる敵の〔ロックオン〕が完了していない段階なので命中していないが。


「ちょっと待って待って。今、〔ロックオン〕してもらうから、ちょっと待って」

 レブンが慌てて上空の2体のヒラメ型ゴーストに命じて、今や15名に増えた魚族の逆上若者たちが持つ魔法具とのデータリンクを再開させる。シャドウであればこのような手間は不要なのだが、能力が低いゴーストなので、負荷の軽減調整が欠かせないのだ。



 数秒後。ゴーストからの測位情報が彼らの魔法具に読み込まれて、正確な攻撃とアンデッドの撃破ができるようになった。もちろん、そのような事は知る由もない若者たちである。レブンも特に何も言わず、射撃支援を続行する。

 レブンが支配しているスケルトンには攻撃しないように、〔ロックオン〕の術式を〔調整〕して、一息ついた。


 〔紫外線レーザー〕がアンデッドに命中して灰にさせる事ができるようになったせいか、若者たちの興奮が盛り上がってきている。さらに避難所の中から、数名ずつ魚頭の若者が魔法具を担いて飛び出てくる。

 その都度、ゴーストとのデータリンクに追加していく。(恐らく、最終的には先程出てきていた人数程度に増えるだろうな……)と予測するレブンだ。


 最後まで攻撃を続けていた後方陣地に設けた砲台が、魔力切れで沈黙した。その事を自治軍本部へ報告して、レブンが軽く背伸びをする。

「……あとは、僕のスケルトンたちがどこまで頑張ってくれるかだね。距離の差で僕の方が優勢だから、何とかなるかな」


 術者がどれほど魔力が高くても、使役するアンデッドへ行動の指示をする時間差は短縮できない。エルフ先生が使用している精霊魔法は光速通信だが、このような死霊術でも亜光速の電波通信に準じている。

 そのために、術者と使役アンデッドの間の直線距離が短いほど、より早く大量の指示が出せるのだ。もちろん、時間差は1秒もない僅かな差になるが、このような混戦状態では決定的な差になる。


 特にこの場合は、海水に変わる〔精霊化〕魔法が起動している状態なので、振りかかってくる海水をいかに迅速に回避できるかが勝負の分かれ目になる。数分の1秒の差で水しぶきを回避できるレブン配下のスケルトンが有利なのだ。


 その盛大な水かけ戦闘を後方陣地の中から見ながら、レブンが敵の術式に少し不自然な点がある事に気がついた。口元を魚のそれに戻しながら考えるレブン。

(……あ、そうか。海の精霊じゃなくて妖精だな、これは。精霊だったら機械的に術をかけるから、敵のアンデッド群が混乱状態になる事は起きない。ただひたすらに、僕たち目がけて攻撃して来るはず。でも、アンデッド群は混乱して同士討ちをしている)

 見た目は『水かけ祭り』だが。

(……ということは術者には自我がある。妖精だな。しかも、あまり本気で攻撃する気はなさそうだ)


 レブンがさらに敵群の混乱状態を注意深く観察していく。

(アンデッドの死霊術は多分、大ダコ君だけど、この〔精霊化〕魔法は違う。術者の連携が取れていないから、こうして混乱状態になってる。このアンデッド群が全部上陸してから、〔精霊化〕の魔法がかけられたから、妖精は近くの海中にいて戦況を観測しているはず……)

 ちょっと考えて、深緑色の瞳を明るく光らせた。

(妖精だったら、説得交渉ができるよね。ゴースト君、〔探索〕を『海の妖精に限定』。〔念話〕で呼びかけ開始。それを自治軍本部と〔共有〕……っと)


 まだ半島の尾根では、大地を〔海水化〕しながらの盛大な水かけ戦が続いていた。敵群がこちら避難所へ攻め込んでくる余裕はなく、ひたすら同士討ちの混乱の中にある。

 40名に増えた魚族の若者たちも、安定して敵ゾンビを狙撃して灰にしている。


 岬砲台からの援護射撃はすっかり止んで、代わりに上空に飛来した1000体ものゴースト群へ向けて、対空攻撃を開始していた。

 〔紫外線レーザー〕攻撃なので、目視できず爆音や砲音もしない、実に静かな攻撃だ。砲台周辺の空気が帯電して青白くなっている程度である。


 ゴースト自体は半透明なので、視認が困難な相手だ。しかし、レブンの放った5体のヒラメ型ゴーストによる、〔ロックオン〕支援が有効に機能している。的確に〔紫外線レーザー〕を敵に命中させ、爆発させて消滅できているようだ。

 魔力がない一般の魚族から見れば、何も敵影が見えない空を撃つ事になる。しかし、撃てば爆発が上空で起きるので、驚きつつも砲撃や射撃を続けているようだ。


 レブンが上空を見上げながら、セマン頭をかいた。敵ゴースト群は、ちょうど岬から1キロ上空で立ち往生している。岬砲台からの対空砲撃があまりにも正確なので、術者が混乱しているのだろう。

「うーん……これで僕のような死霊術使いが、自治軍にいるって敵に完全にばれたかな」


 敵ゴーストは何も武装していない状態で飛んで来ていた。元々、ゴーストは魔力が低いので、魔法具の装備は困難だ。攻撃魔法もそれほど使えない。基本的には体当たりして相手を麻痺させたり、ショック死や発狂させる戦術になる。

 ゴーストの利点は、幽体であるので一般人には知覚が難しい事と、死霊術場なのでステルス効果がある事だ。音もなく姿をくらませて、敵に体当たりするのが一般的な攻撃方法である。


 しかし、その隠匿性をレブンによって明らかにされてしまっては、ただの透明で、のろまな標的でしかない。〔紫外線レーザー光線〕を浴びて、爆発して消滅するばかりだ。


「これがシャドウだったら、厄介だっただろうな。ここには死霊術使いや魔法使いがいないと誤認した大ダコ君の失敗だね」

 レブンの提案でもう一つ行ったのは、この避難所の書類上の避難民を、故チューバ先輩の故郷の町民名義にする事だった。実際に町民はレブンの町民と一緒になって、ここへ避難している。

 チューバ先輩は帝国に対するテロ実行犯となり、その結果、彼の町民も帝国から冷遇されてしまった。大ダコ対策で各地に分配された、ドワーフ製やソーサラー魔術協会経由の対アンデッド用魔法具も、ほとんど届いていない。


 レブンの町は自治軍の活躍があり、帝国からも信任が厚い。そのおかげで、魔法具の割り当ても今回からは大幅に増えていた。そう事情もあり、チューバ先輩の町の避難を引き受けたのであった。

 この避難所の名義は、このチューバ先輩の故郷の町名なので、敵の上陸目標になる可能性が高かった。なおかつ、帝国から貴重な魔法使いを、テロ実行犯の故郷の町の避難所へ派遣するとは思っていなかったのだろう。

「多分、主力は別の場所。ミンタさんの所かな」


 海の妖精が大ダコの魔力源であれば、最も安全な上陸拠点に配置するはずだ。つまり、この場所になるとレブンが想像する。ところが、この場所は難攻不落の要塞化していて、しかも死霊術使いまでいたのであったが。

 しかし、自治軍と町長が、町民を囮として岬の避難所へ残したままなのは……レブンもどうかと思う。アンデッドは生命の精霊場に敏感に反応するので、町民がより多く集まっているほど真っ直ぐに向かってくる性質がある。それにしても子供や老人は、もっと安全な場所へ避難させた方が良かったのではないか。

 そのような事を色々と思い、この点も提案書に書いておこうとメモしておく。


 そんな事をしている間に、岬の上空のゴースト群が突撃を開始した。大爆発が次々に空中で起きる中、徐々にこちらへ向かって迫ってくるのをレブンが見上げる。尾根筋のアンデッド群もまだ500体ほど残っているが、こちらは間もなく無力化できるだろう。

「敵に後詰部隊がいない事を祈るよ」




【将校の避暑施設】

 レブンが心配していた南の学校避難所では、ミンタが閉口していた。レブンが予想した通り、ここには大ダコ軍の主力と見られるアンデッド部隊が集結して攻め込んでいた。


 計5000体ほどのゾンビとスケルトンが主力なのは同様だが、加えてここにはクラーケン族のゾンビ部隊が2000体ほどいた。さすがに手足は欠損していて胴体だけの姿になっているが、それでも長さ3メートル以上はある。

 さらにゴースト群が5000体ほどこちらへ向かって飛行してきていた。


 ペルとレブンのシャドウが調査してきた情報では、他に上位ゾンビのリベナント部隊が500、上位ゴーストのシャドウ部隊が500、それぞれ後詰で沖合いに控えているようだ。

 さらに水のエレメント遊撃部隊が1000体ほど湾内の各所に展開して、突入態勢を整えているらしい。大勢力である。


 レブンの場合と同じく、ゾンビとスケルトン部隊は棒切れや板切れを持っていて、すでに〔精霊化〕攻撃の海水を振り撒き始めている。彼らは統制がきちんと取れているようで、海水を誤って浴びて溶けるような失態は見せていない。

 クラーケンゾンビ部隊は、その棒切れを10本ほど体に突き刺していて、そこから〔精霊化〕魔法を帯びた海水を放出している。長距離砲のような長さ数メートルの曲がりくねった流木も体に突き刺しており、同じように流木の先端部から〔精霊化〕の海水を、こちらへ向けて放水している。


 リベナント部隊は、どこから調達したのか新品の魔法兵器を携帯している。見た目が無反動砲なので、〔レーザー光線〕か〔マジックミサイル〕の系統だろう。シャドウ部隊も合計で1000個を上回る〔オプション玉〕を発生させて、〔闇玉〕の放出攻撃の準備を整えている。


 そんな大部隊が、ミンタの展開した高さ40メートル長さ100キロの光の〔防御障壁〕に行く手を阻まれて、海中で立ち往生していた。ついでに高さ40メートルに達する津波も受け止めている。


 ペルとレブンのシャドウは、すでにミンタが張っている巨大〔防御障壁〕の内側を往復飛行して、敵の動きを警戒している。

 簡易杖で「ポンポン」と自身の肩を叩きながら、両耳をパタパタさせているミンタだ。

「魔法場サーバーが機能していて助かったわ、まったく……」


 敵の〔精霊化〕攻撃の海水鉄砲は射程が数メートルしかないので、ミンタたちには届いていない。クラーケン族ゾンビの長距離砲は50メートルほど海水が飛ぶが、それでも浜辺まで届いていない。


 飛行できるゴーストとシャドウ部隊は、当然ながらミンタの〔防御障壁〕を飛び越えようとするのだが……〔防御障壁〕の真上で〔雷撃〕を食らって爆発し消滅していた。サムカが校長に教えてもらった、学校敷地の境界に刻まれた浅い溝の防衛システムと同様の対空防御である。


 レブンが残していた100体の味方ゾンビ隊は退去させていた。敵の数が多すぎる上にリベナント部隊までいるので、残って迎撃しても、あっという間に全滅するだけだ。

 そのため、今はミンタが張っている長さ100キロの〔防御障壁〕の両端に分かれて配置されていた。敵が〔防御障壁〕を迂回して上陸したり、将校避暑施設へ攻め込んで来たりする場合に備えての警戒である。

 とはいえ、敵ゾンビやスケルトンの駆け足程度では、〔防御障壁〕の端から上陸してここまで来るのに5時間以上はかかってしまうが。


 白い砂浜にはミンタだけが立っていたが、そこへ背後の将校避暑施設からカチップ管理人が、妖精たちを連れて小走りで駆けてきた。さすがに今は執事服やスーツ姿ではなく、少し汚れている作業服だ。足元も安全靴である。

 妖精たちは、イノシシ型の地元森の妖精と、クラゲ型の地下水の妖精、それに近くの湖の水棲甲虫型の妖精の3体だった。大きさは、ミンタの身長に合わせてなのか体高1メートル半といったところだ。カチップ管理人よりも少し高い程度になる。

 そして、相変わらず地面からわずかに浮いて、そのまま滑るように移動してきた。


 疲労の色が濃く見える人魚族のカチップ管理人が、ミンタに報告する。

「ミンタさん。指示通り、施設内の住民と職員は全員、森の中の避難所へ退去しました。ここはもう、私とミンタさんの2人だけです」

 ミンタが振り返って明るい栗色の瞳を細める。

「ありがとう。これで気兼ねなく魔法が使えるわね。カチップさんも、ここにいると危ないから避難しなさい。敵はアンデッドにくせに日光に耐性をもってるから」


 カチップが入り江を真っ直ぐに横断する高さ40メートルの光の壁を眺めて、焦げ茶色の目を丸くしている。隣の妖精3体は表情が人と違うのでよく分からないが、同じように感じているようだ。〔浮遊〕する高さが不安定に上下している。イノシシ型の妖精の体からは草も生えているので、その葉が動きに合わせてザワザワ揺れている。

「凄いですね……前回もそうでしたが、『魔法の力』は想像を超えますよ」


 ミンタの鼻先のヒゲが数本ピョコピョコ動いた。ちょっとご機嫌になったらしい。

「今は魔法場サーバーが稼働しているのよ。学校の魔力サーバーほどじゃないけれど、この程度の魔法なら、サーバーを独占使用すれば簡単よ。力場術から光の精霊場への魔力の〔変換〕効率がちょっと悪いけれど、独占使用なので問題ないわね」


 光の壁の上空で、50体のゴーストが〔雷撃〕を浴びて爆発した。上空にはゴーストの大群が到着して、光の壁の向こうで旋回している。まるで透明な竜巻のようだ。

 海中でも同様の爆発が何度も起きている。アンデッドは死霊術場を帯びているので、光の精霊場と衝突すると、このような爆発的な激しい反応を起こす。


 カチップと3体の妖精も、おおよその事は理解できているようだが……実際にここまで大規模なのを見るのは初めてのようだ。以前に施設建物を丸ごと1つ爆破されているが、今回は長さ100キロもある光の壁だ。


 とはいえ、ある程度は慣れている様子である。すぐに冷静に戻った。カチップ管理人が腕時計型の魔法具を使い、手元に〔空中ディスプレー〕画面を発生させる。その画面上で、避難所からの報告を受けた。灰紫色の癖が強い長髪頭をかく。

「この施設の軍の警備隊からですが、何か任務を要求しています。避難所の警備の他に何か手伝える事はありますか?」


 ミンタが両耳をパタパタさせて、ハエでも追い払うような仕草をする。

「特にないわよ。むしろ近くに来ると、私が使う魔法の巻き添えになってしまうわよ。魔法場汚染も発生するから、数日間は寝込む事になりかねないかも」


 さすがに「ギョッ」とするカチップ管理人だ。思わず一歩退く。それでも、これまでの経験があるおかげなのか、険悪な表情にはなっていないが。

 その代わりに、背後の将校避暑施設に視線を投げる。まだ、先日の騒動で破壊された2階建ての建物は、瓦礫の掃除が終わっただけだ。建物の柱も割れて中の鉄筋が露出している。床面も割れて傾いているので、基礎工事からのやり直しになりそうだ。

「これ以上、施設を破壊しないように頼みますよ。帝国内の混乱で、ここの将校と家族も大いに不安を抱えています。住いが破壊されると、路頭に迷う事にもなりかねません」


 さすがに軍の将校ともなると、道端で暮らすような事態にはならないと思うが……とりあえず了解するミンタだ。

「分かったわ。でも、敵の攻撃次第よ」

 ここでミンタが仕事を思いついた。鼻先のヒゲをピコピコ動かしながら、カチップ管理人に告げる。

「そうだ。総員退避している隣の港町にも、津波とアンデッドが襲っているはずよ。そこへ戦闘部隊を派遣したらどうかしら」


 カチップ管理人が思わず吹き出しそうな表情になった。しかし、すぐに真面目な表情に戻る。

「そ、そうですね。伝えますね」

 イノシシ型の森の妖精が背中の草をヒョコヒョコ揺らして、口を挟んでくる。

「そうだな。我も仲間の妖精に、退治に向かうように命じるとするか」

 ミンタが微笑んで、妖精3体に頭を下げた。

「よろしくお願いしますね。一応、敵ですし」


 そして、ふと思い出してカチップ管理人に聞いてみる。

「そういえば、森の中の避難所って……原住民のキジムナー族の態度は、もう敵対的ではないの?」

「ぐぬぬ……」

 渋い顔になるカチップ管理人だ。それだけで察するミンタである。


「それじゃあ、そのキジムナー族への警戒を厳重にする仕事も、併せてすれば良いじゃない」

 まあ、確かにテロ実行協力犯の出身部族でもあるので、妥当な仕事ではある。

「これを機会に、キジムナー族への圧迫を和らげると良いんじゃないかしらね。安心して避難できるような環境と関係になるだけでも、将校家族や人魚族にとっては有益だと思うけど。今回は海からの攻撃だから、岬の避難所は使えないし」


 難しい顔をしたままのカチップ管理人に、ミンタも(少しいい過ぎたかな?)と反省する。そこで、話を変えてみた。

 岬の下の海中にあるカチップ管理人の故郷の人魚族の村に、視線を向ける。今は光の壁の外なので、敵の占領下になっている。

「カチップさんの村だけど、破壊しても構わないかしら」


 この問いかけは、彼も予想していたようだ。固い表情のままだが、うなずいた。

「……やむを得ない場合に限りますが、破壊しても構いません。既に貴重品などは、森の避難所へ運び出してあります」


 再び光の壁の上空で、50体のゴーストが〔雷撃〕を浴びて爆発した。同時に海中でも閃光が40ヶ所で起こり、海面が盛り上がって爆発する。

 リベナント部隊とシャドウ部隊も光の壁に向けて総攻撃を開始したようだ。高さ40メートルの光の壁が幅1キロに渡って光り輝く。津波の高さはまだ40メートルを維持したままだ。通常の津波であれば波が引いていくのであるが、さすがは水の精霊魔法の威力だといえる。

 しかし、光の壁の内側、ミンタたちが立っている側の海面は鏡のように穏やかだ。最近になって回復してきたという魚群も平和に回遊している。


 精霊化の海水放水だけは、光の〔防御障壁〕を貫通してこちら側へ来ているが、やはり射程が短すぎてミンタたちが立つ砂浜へは届かない。


 そんな様子を眺めながら、ミンタがカチップ管理人に作り笑顔で微笑む。

「そう。できる限り壊さないように努力するわね。保証はできないけれど」

 そしてカチップ管理人から、隣で〔防御障壁〕見物をしている3体の妖精に視線を向けた。

「妖精さんたちも、ここから避難して下さい。もし、敵に海の精霊や妖精がいれば、妖精大戦争になりかねません。魔法場汚染が大変深刻になりますし、場合によっては因果律崩壊も起きかねません。私も、さすがに〔精霊化〕や〔妖精化〕されれば、それで最期ですし」

 本当は、生体情報と生体組織のバックアップが学校にあるので〔蘇生〕や「復活」ができるのだが、その点についてはい及しない。


 妖精たちが体を寄せ合って何事か相談したが、すぐに結論に達したようだ。代表してイノシシ型の森の妖精がミンタに顔を向けた。背中に生えている草の葉が大きく揺れる。今は里芋の葉の形だ。先程まではヤシの葉の形だったが。

「短時間に限るが、了解した。これだけのアンデッドが集結しているので、『化け狐』の群れがじきに押し寄せて来るだろう。到着までの時間だけ猶予を与える」


 地下水の妖精が、そのクラゲ型の体を縦横に伸縮させながら補足説明する。

「それまでに敵を殲滅しておくれ。『化け狐』どもが集まってくると、さすがに我々も放置はできぬ。この森が荒野になっては意味がないのでな」


 水棲甲虫型の妖精が頭を振り子のように縦に振って、一対の大きな触覚をミンタに向けた。ゲンゴロウを巨大化したような姿である。

「我ら妖精が関わると大事になる。穏便に済ませるには君のような魔法使いに頼むのが有効だと、これまでの事件で我々も学んだからな。今回も頼むぞ」


 ミンタがドヤ顔をして微笑んだ。金色の毛が交じる尻尾が優雅に砂浜を掃く。

「任されたわ。保証はできないけれど、やれる事はしてあげる」




【光の壁】

 妖精3体には、直線距離で1キロほど森の奥へ下がって待機してもらうことになった。彼らの魔法場の影響がミンタやシャドウに及ばないようにするためだ。


 ペルの子狐型シャドウによる観測で、妖精たちがちょうど直線距離で1キロ離れた事を確認するミンタである。金色の毛が交じる両耳と尻尾が、同調してパタパタ動いている。

 白浜で日差しを浴びているので、ミンタの毛皮がキラキラと輝いているようにも見える。上機嫌のようで、眉に相当する上毛と口元のヒゲが、両耳と尻尾の動きに合わせて上下にピョコピョコしている。

「妖精に命令できるようになるなんて、少し前までは想像もしていなかったわ。やるじゃないの、私ってば」


 木星の風の妖精と契約できた事が、かなり大きな自信になったのだろう。ミンタが明るい栗色の瞳を転じて、600メートル先の入り江の真ん中を横断する巨大な光の壁を見た。

 依然として津波の高さは40メートル弱を維持したままだ。おかげで、巨大な『海の断面図』がミンタの立つ浜辺からはっきりと見えている。入り江の水深が10メートルほどなので、海底からでは差し渡し50メートルに達する巨大な光の壁だ。

 それが入り江を横断して、さらに両側の岬も横断して、水平線の向こうまで左右に50キロずつ延びている。


 本来ならば、水族館の大水槽のように無数の魚の舞い踊りが、光の壁越しに見えているはずだ。しかし今は、醜悪なゾンビとスケルトンで光の壁が全面埋め尽くされていた。ちょっとしたホラー映画の一場面のようだ。

 その壁の手前を、レブンのアンコウ型のシャドウが往復して飛んで警戒している。

「レブン君と友達にならなかったら、どうなっていたのかしらね、私って。リーパットみたいになってたのかな。その点には感謝するわよ、レブン君。それとオマケでテシュブ先生」


 ペルの子狐型シャドウが森の中から飛んで戻ってきたのを横目で見て、入れ替わりにレブンのシャドウを光の壁の中へ突入させた。

 普通のアンデッドであれば光の精霊場と衝突して爆発するのだが、ペルとレブンのシャドウだけは例外措置を施している。アンコウ型シャドウが、たちまち海の断面奥へ去って見えなくなった。

「さすがに魚族のアンデッドね。水中での機動力が段違いで良いわ。さて……と」


 高さ40メートルの光の壁には、なおもゾンビやスケルトンが体当たりして爆発している。爆発で生じた水蒸気が、光の壁に沿って猛烈な速度で上昇していく。そして、40メートル上の津波海面まで到達しては、爆音と共に上空高くまで波しぶきを吹き上げている。


 その爆発の水しぶきに混じって、15体のゾンビやスケルトンも空中に吹き上がる。そのままの勢いで光の壁を越えようとするのだが……壁からの自動迎撃の〔雷撃〕を浴びて爆発四散していく。


 その空中には、すでに5000体にも達するゴースト部隊が竜巻のように旋回していた。その竜巻から100体ほどのゴーストが波状突撃をして、ミンタが立つ浜辺へ向けて上陸しようとしているのだが……これも光の壁の〔雷撃〕で爆発消滅している。


「リベナントやシャドウが、どう動くかよね。それと海水の〔エレメンタル〕もか」

 〔エレメンタル〕というのは、精霊魔法の1つだ。この場合は海水を人形型にまとめて、使役できるゴーレムや〔式神〕のような存在にしている。

 大雑把にいえば、海の妖精の下位互換が海の精霊で、さらに下位互換が海水の〔エレメンタル〕ともいえる。アンデッドでいえば、ゾンビやスケルトンのようなものだ。


 なお、陸上では姿を維持できなくて水たまりやプリン、粘菌状態になってしまう。骨格や筋肉組織がないためだ。さらに精霊場の相性により、大地に吸収されてしまう結末が待っている。飛行も当然ながらできないし、加熱されて蒸発すると、それっきりだ。凍ると動かなくなる。ゾンビやスケルトンよりも不器用なので、棒切れすらも持つ事ができない。

 しかし、水中では別だ。周囲の水との区別が困難になるので、かなりのステルス性能を有する。敵を包んで溶解したり、大水圧をかけて潰したりするのが、代表的な戦術になる。ミンタが決して海中へ入らないのも、それを警戒しての事だ。


 光の壁の奥の海中に潜んでいるリベナントとシャドウは、どうやら情報収集と、突破に向けての各種演算作業をしている最中のようだ。ゴーストやゾンビにスケルトンをぶつけているのも、その一環だろう。


 ペルの子狐型シャドウによる広域観測により、敵の大部隊は分散せずにミンタの正面に集結しつつある事が分かってきた。総員退避済みの隣の港町でも、アンデッドの反応が急速に減少しているという観測である。早速、森の妖精による攻撃が効いているようだ。

 ミンタが手元の〔空中ディスプレー〕画面を見ながら、両耳を数回パタパタさせた。

(やっぱり、私がいるここへ戦力を移動させているみたいね)


 どうやら、光の壁を迂回して攻め込むつもりは無いようだ。土中に潜り込んで、光の壁を越える事もしていないと分かる。自由に動くアンデッドとはいえ、さすがに土中に潜ると大地の精霊や妖精に捕まってしまうと判断しているのだろう。そして、それは正解でもあった。

(さすがはシャドウにリベナントね。少しは考えるじゃないの)


 光の壁を一点突破する戦術は、犠牲を多く払うが有効だ。もちろん、サムカのような貴族や騎士ともなれば、そのような無謀で消耗が激しい戦術は最初から除外するものだが。

(レブン君が考えるように、ここの軍勢には指揮官がいないようね。どこか遠くに潜んでいる大ダコからの遠隔操作と直接指令かな。まあ、そうよね。そんなにレブン君並みの死霊術使いが敵にいたら、今頃は引き抜き大会の真っ最中でしょうし)


 まあ実際……こんな大ダコの下で、暗くて冷える海中で仕事をするよりは、ウィザード魔法協会で優雅に茶菓子をとって仕事をする方が良い労働条件だろう。多分、給料や福利厚生も、協会側の方が良い条件になるはずである。

 元々、死霊術使いの人口そのものが少ないので、どこでも引く手あまたなのだ。


「大ダコ君も、こんな場所で帝国にケンカを売ってるよりは、さっさと魔法協会に魔法適性判定つきの履歴書でも送った方が幸せなんだけどな。よほどの恨みや義務感があるのかしらね」

 だいたい当たっているミンタの予想であった。


 全ては、文字通り血を吐く恨みを残して非業の死を遂げた、バントゥ・ペルヘンティアンの残留思念を大ダコが取り込んでしまったせいだ。さらに魚族の側近チューバ・アサムジャワや、竜族の側近だったラグ・クンイットの恨みを大量に吸収してもいる。

 しかし、この裏事情をミンタが知る由もない。


 ペルの子狐型シャドウを、カチップ管理人の故郷である岬の真下の海中にある人魚族の村へ向かわせる。この村は光の〔防御障壁〕の外側になっていたので、今頃は敵による略奪を受けている最中だろう。

「一応、できるだけの事はするって約束しちゃったしね。索敵しておきましょう。でも、海水のエレメンタルは、全部把握できないかもしれないわね」


 その対策を考えているミンタの手元に、レブンのアンコウ型シャドウからの連絡が入った。それを見て、満足そうに微笑む。

「さすがシャドウね。私も欲しいわ、本当に」

 すぐに、ミンタが手元の〔空中ディスプレー〕画面を操作して、何かの調整を済ませた。キラリと明るい栗色の瞳が、白浜の日差しを反射して輝く。その1割くらいは、光の壁に衝突して爆発しているアンデッド群の最後の閃光も含まれているようだ。

「では、消えてしまいなさい」

 ミンタが簡易杖を振って術式を起動させた。


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