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召喚ナイフの罰ゲーム  作者: あかあかや & Shivaji
アンデッドは津波に乗ってやってくる
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99話

【ポンコツゴーレム退治】

 ナジス先生は、ペルと先生たちが収集している敵ゴーレムの観測情報を、そのまま生データで本国の魔法協会へ流していた。さすがに気が引けているのか、ペルの視線から目を逸らして言い訳している。

「僕は一介の辺境教師ですからね。ずず」

「本部の優秀な魔法使いたちに対策を任せた方が良いんですよ。ずず」

「そもそも、こんな最前線に僕がいる事自体がおかしい。ずず」

「後で魔法協会から帝国軍に公式に抗議してもらいましょう」


 ペルが、とりあえずナジス先生に同意した。後方支援の人がこんな爆風と衝撃波が吹き荒れる最前線にいても、あまり意味がない。


 また1つ。赤レンガ造りの2階建ての建物が、〔赤外線レーザー〕と〔ビーム光線〕の集中攻撃を受けて溶岩化して爆発した。溶けた元レンガ片が爆風に乗って花火のように飛び散る。

 そのいくつかがペルの〔防御障壁〕に衝突して、音もなく〔消去〕された。爆発による地面の揺れで足元を軽くふらつかせながら、ペルがナジス先生に聞く。

「危険ですから、ナジス先生は学校へ避難しますか? 私はシャドウの〔操作〕をしないといけないので、もう少しここに残りますけど」


 ナジス先生が白衣風ジャケットの裾を整えて、短いゴム長についた土汚れを手で軽く拭いた。

「そうだな、じゃあ、僕はここで失礼し……」

 サムカ熊がナジス先生の細くて歪んだ肩に熊手を乗せる。

「残念だが、少々遅かったようだぞ」


 ナジス先生の目の前に、突如〔テレポート〕魔術刻印が発生した。

 その次の瞬間。魔術刻印から〔赤いレーザー光線〕が放たれてナジス先生に命中する。〔防御障壁〕が全て突破されて白衣風ジャケットが燃え上がった。

「ひゃ……っ」

 意外に可愛い悲鳴を上げたナジス先生に、追加の〔防御障壁〕が発生した。

 〔レーザー光線〕は光速なので、サムカ熊が事前にナジス先生に対して仕込んでいたのだろう。それが自動起動して、闇の精霊魔法の〔防御障壁〕がナジス先生を包み込んだのであった。


 燃え上がったジャケットが瞬時に消火されて、赤外線レーザーを全て〔遮断〕している。魔法場が正反対なので、通常では爆発を引き起こすのだが、間に〔テレポート〕魔術を挟みこんでいる構造だ。


 同時に、全員の手元にある〔空中ディスプレー〕画面では、記号で表示されている敵ゴーレムに多数の熱反応の表示が出た。敵からの攻撃をそのまま敵に〔テレポート〕して返しているのだろう。

 おかげで、周辺は今や〔テレポート〕魔法陣と魔術刻印だらけになっている。


「つい先ほど、我々全員が〔ロックオン〕された。光の精霊魔法だから、学校へ逃げても、こんな風に〔テレポート〕魔法を介した〔レーザー〕で攻撃されるぞ。学校施設や生徒に危害が及ぶ恐れがあるから、ナジス先生はここで大人しくした方が合理的だろう」

「合理的って……」と、ペルが少し引いている。ナジス先生もペルと同じような表情をして、サムカ熊を見上げた。


 サムカ熊は今はもう立ち上がっていて、ラジオ体操のような準備運動を始めている。しばらくの間、激しい動きをしていなかったので、ぬいぐるみの各パーツの強度の確認だろう。

 そのサムカ熊にも、容赦なく〔赤いレーザー光線〕が〔テレポート〕されて飛んできた。それを難なく〔テレポート〕し返して、体操を続けるサムカ熊だ。

 また1発、〔赤外線レーザー攻撃〕を〔テレポート〕し返して、熊頭をエルフ先生に向ける。

「それで、攻撃許可は下りたのかね? 一応、格闘戦の用意もしたが」


 さらに数発の〔赤いレーザー光線〕が〔テレポート〕された。既に術式を〔解読〕しているので、全て〔防御障壁〕で防御し、ケガなどは負っていない。

 その一方で、ペルと先生たちが潜んでいる赤レンガ造りの建物が、レーザーの高熱で溶岩化して爆発を始めていく。


 溶岩からの輻射熱を〔防御障壁〕で〔遮断〕して、額の汗を制服の袖で拭いたエルフ先生が首を振った。

「まだです。敵は反撃を受けて立ち止まっていますから、まだ時間稼ぎはできますが……自国製の軍用兵器の処分なので、色々と面倒なのかも」

 エルフ先生にも2発ほど〔赤外線レーザー〕が命中したが、こちらも〔テレポート〕されて敵に返っていく。しかし、爆風が吹き荒れて視界が50センチ以下にまで下がってしまった。ペルももう肉眼ではエルフ先生やノーム先生の姿を見る事ができなくなっている。


 爆音もひどくなっているので、〔指向性の会話〕魔法に切り替えるエルフ先生〔分身〕。

「何というか……格好の標的にされていますね、私たち」


 ペルは、ナジス先生の〔防御障壁〕の強化を支援していた。そこへ不意に緊急通信回線が開いて、何面もの小窓画面が出てくる。その1つの小窓から、聞き慣れた怒鳴り声がペルに浴びせられた。なぜか、いきなりジャディの顔が大写しになっている。

「コラ、ペル! オマエだけ戦ってずるいぞっ。オレ様に代われ!」


 キョトンとするペルに、別の小窓表示のレブンが現れた。セマン顔のままだが、明るい深緑色の瞳を少し曇らせている。

「僕たちは、そちらへ行かないように『命令』されてるんだよ。それから、シーカ校長先生が怒っているよ。ペルさん」

「え?」

 ペルがナジス先生に薄墨色の瞳を向けると、《ふい……》と視線を逸らされた。それで、大よその状況を理解するペルである。


挿絵(By みてみん)


「……『ナジス先生のお手伝いに呼ばれた』と思ってたんだけど。うん、分かったよ。シーカ校長先生に謝っておく」

 ミンタが申し訳なさそうな顔で、ペルに頭を下げた。彼女の制服の後ろ襟を、エルフ先生〔分身〕にしっかりとつかまれている。隣のムンキンも同じような姿だ。

「ペルちゃん、ごめんねえ。私も参加したかったんだけど、〔分身〕先生に見つかっちゃって」


 こちらのエルフ先生本人がやって来て、ペルの頭越しに、小窓画面のミンタとムンキンに冷ややかな空色の視線を投げつける。

「当然です。今は授業中ですよ。このような『雑用』に参加する時間の余裕はありません」


 ナジス先生が背を丸めて、ペルの背中に隠れてしまった。彼の身長は150センチあり、ペルよりも50センチほど高いので、ペルの体の外側にはみ出てしまっているが。

 そんなナジス先生に厳しい視線を送って、エルフ先生が「コホン」と小さく咳払いする。両耳が少しだけ上下にピコピコ動いている。

「私の〔分身〕、結構良い仕事しているわね。そのまま、おてんば狐娘と竜君を抑えつけておきなさい」

 そういって、強引に通信回線を切断した。


 エルフ先生がペルに厳しい視線を向ける。もうすっかり警官の顔だ。

「ペルさんは、ここにいてナジス先生を守っていなさい。ラワット先生とサムカ熊先生もです。これは、エルフ政府の失敗ですから、私が1人で処置します」


 しかし、ノームのラワット先生が反対してきた。彼の顔の横には小さな〔空中ディスプレー〕画面があり、彼の上司らしきノームの顔が映っている。

「心情は理解できるけど、ここは私にも協力させてほしい」


 その時、ひと際多くの〔テレポート〕魔術刻印が作動して、14本もの〔赤いレーザー光線〕が襲い掛かってきた。

 今まで身を潜めていた赤レンガの建物が丸ごと溶岩化してさらに気化して爆発し、また視界が50センチになる。


 なおも毎秒1本のペースで〔赤外線レーザー〕が襲い掛かる中、呑気な口調でノーム先生が話を続ける。もう、土煙と爆炎で互いの姿が視認できないのだが、魔法で〔探知〕しているので問題なさそうだ。これまで通りに〔指向性会話〕魔法を使っている。

「上司からの命令でね。軍用ゴーレムの破壊を手伝えってさ。ついでに適当にゴーレムの情報を拾ってこいともいわれてしまった。カカクトゥア先生が拒否しても手伝うことになるけれど……どうせなら、手伝いを歓迎してもらいたいな。その方が、お互いに気持ちよく仕事ができると思う。それと、ドワーフのマライタ先生も、これから関わるそうだよ」


 ジト目になるエルフ先生。視界が利かないので直接は見えないのだが、ノーム先生とマライタ先生のニヤニヤ笑顔を連想しているようである。

 爆風が吹き荒れる中、飛んでくる瓦礫を〔防御障壁〕で光に強制〔変換〕したり、弾道軌道を変えたりしているので、彼女は全くの無傷だ。さらに、彼女の周囲の空間が、静電気を帯びてぼんやりと青く光っている。


 サムカ熊も動作確認を一通り完了して、爆風と爆炎が吹きすさぶ中で背伸びした。本当に寝起きの熊みたいだ。この熊も全くの無傷である。

「私も戦闘準備を完了しているぞ。貴族にエルフの技術が知れたところで、利活用できない。心配は無用だ」


 両耳をパタパタさせながらも、ガッカリと肩を落としてため息をついたエルフ先生であった。すぐに手元の小さな〔空中ディスプレー〕画面に映っている上司に、空色の瞳を向ける。

「……という申し出があるのですが、どうしましょうか」

 二言三言、エルフ先生が上司とエルフ語でやり取りを始めた。



 その間に、周辺の建物が全て〔レーザー光線〕の攻撃で溶けて爆発して消えてしまった。大量の小さな瓦礫が固まった溶岩に埋まっている更地になる。

 そして、砂塵と爆炎の向こうから、エルフ製の土製ゴーレムが駆けてきた。やはり時速30キロ程度しか出ていないので、それほど緊迫感が感じられない。


 軍用ゴーレムだけあって、姿は巨大なクモ型だった。脚は倍16本で、楕円型の土でできた胴体に、同じく土でできた球形の頭部がくっついている。胴体の直径は3メートルほどで、相当な重量のようだ。全ての脚の先が地面に食い込んでいる。

 頭部にはクモのように一対の複眼型のカメラがあり、その複眼を取り囲むように、20個もの単眼型のカメラが配置されている。胴体にも多数の単眼型カメラがあり、それが爆炎の閃光を反射してキラキラと赤く輝く。

 その全ての複眼型と単眼型のカメラが、ペルと先生たち5人に照準を固定していた。


 敵の〔赤外線レーザー〕と〔赤いレーザー光線〕〔レーザー光線〕は、空中に発生している10個の〔オプション玉〕から放たれていた。ビーム攻撃も同様だ。本体からは攻撃していない。魔法のカウンター攻撃をゴーレム本体が受けないためのシステムなのだが、まるで意味はなかったようだ。

 クモ型ゴーレムが〔オプション玉〕を使ってペルや先生たちへ〔レーザー〕攻撃をするが、その全てが〔テレポート〕でそっくりそのまま返されている。『返却』先の座標は、〔オプション玉〕ではなくゴーレム本体だ。


 しかし、さすがに堅固な〔防御障壁〕を展開しているらしく、3種類の〔レーザー光線〕の『返却』を食らっても、大した被害は出していない。しかし、輻射熱だけは防御できておらずクモの体表面が赤く溶け始めているが、まだ動作に支障は出ていないようだ。


 砂塵の向こう側にうっすらと影として透かし見えているクモ型ゴーレムを、ノーム先生が手元の〔空中ディスプレー〕画面で確認しながら、銀色の口ヒゲを片手で軽くひねる。

「ふむ……僕たちによる最初の反撃で、脚が10本ほど根元から破壊されたようだね。すぐに〔防御障壁〕を〔修正〕して攻撃を防御しつつ、自動〔修復〕したようだ。まあ、それでも時速30キロだけど」


 そう言ったばかりのノーム先生が、簡易杖を〔防御障壁〕の中から一振りする。

 土煙の向こう側からこちらへ駆けてきているクモ型ゴーレムが大爆発を起こして、全ての脚を砕かれて地面にめり込んだ。爆音と共に、地響きがペルと先生たちが立つ場所まで届く。


 土煙がひどいままなので、ノーム先生が〔空中ディスプレー〕画面で敵ゴーレムの状態を確認し、再び口ヒゲの先を指でねじる。

「止まったな。脚の切断面には、僕が大地の精霊魔法をかけたから、もう自動〔修復〕はできないよ」

 そして、まだ互いの顔が土煙に遮られて見えないので、〔空中ディスプレー〕画面を介してエルフ先生に謝った。

「済まないね。先に無力化させてもらった」


「いえ、助かりましたよ。おかげで上司から、攻撃許可がようやく下りました。このままノームに破壊されるのを黙って見ている訳にはいかないそうです」

 ノーム先生に礼を述べるエルフ先生だ。一陣の〔旋風〕が巻き上がって、土煙を吹き飛ばした。あっという間に空気が澄んで、視界が完全に回復する。

 溶岩化してそのまま固まっている地面からは、まだ蒸気が立ち上っているが、視界を妨げるほどではない。


 ペルと先生たちから6メートルほど離れた場所に、止まっている軍用ゴーレムがあった。固まった溶岩大地の中に、体を半分ほど突っ込んでいる。まだ起動しているようで、根元から失った16本の脚をジタバタさせている。

 ゴーレムの周囲に浮かんでいた〔オプション玉〕は、サムカ熊が全て〔闇玉〕をぶつけて消し去っていた。


 サムカ熊も頭を熊手でかいて、エルフ先生に謝る。

「済まないな、クーナ先生。これ以上接近されると、教え子のペルさんに危害が及ぶ恐れがあったのでね。無力化をしてしまった」


 エルフ先生が簡易杖をべっ甲色の前髪に「コンコン」当てて微笑んでいる。

 彼女の肩先に生じている、出窓型の〔空中ディスプレー〕に映っているエルフの上司は、目を点にして驚いているようだが。(この上司は新任らしいな……)と思うサムカ熊とペルである。

 それを察したのか、エルフ先生が肩までの金髪を軽く片手ですくって、土埃を払い落とした。

「じゃあ、後は完全に破壊しましょうか。ええと、マライタ先生。聞いていますか? 助手をして下さると助かります」


 ガハハ笑いが、ノーム先生のスーツの内ポケットからした。

「ばれてたか。じゃあ、さっさと破壊するか。そのゴーレムには、面白そうな仕掛けや術式は組まれていないみたいだしな。ゴミはさっさと片付けるに限る」


 ゴミと直接聞いて、エルフ先生の上司が顔色を青くして……そのまま画面ごと消えた。エルフ先生が警官の制服についた土埃を軽く両手で払い落として、口元が笑うのをこらえている。

「え、ええと。コホン。上司から以降の処理を任されましたので、ゴミ掃除をしましょうか」


 ナジス先生がやっと安心したようだ。ペルの肩越しに首を伸ばして、周囲をキョロキョロと見回した。

「ずず」

「やれやれ……エルフには困ったものですね。ずず」

「招造術の魔法協会も全面的に、お手伝いに協力すると決まりました。ずず」

「早く、その軍用ゴーレムが爆発する前に処分しましょう」


「爆発?」

 その場にいる先生とペルが、耳を疑ってキョトンとした顔になった。

 ナジス先生が鼻をすすり上げて、もったいぶった動きで、ペルの背中の向こうから姿を現した。この場面だけを切り取ると、立派な魔法使いのように見える。

「そうです、爆発ですよ。その出来損ないゴーレムは、魔法回路が杜撰なんですよ。ずず」

「もう、内部の魔法が暴走を開始しているはずです。ずず」

「放置しておくと、因果律崩壊を引き起こしますよ、ずず」


 マライタ先生も愉快そうに豪快に笑いながら、ナジス先生に同意した。声だけなので、ノーム先生がガハハ笑いをしているような印象になっている。

「ワシは魔法については詳しくないが、その辺はナジス先生の言う通りだ。熊の先生、その爆発寸前のゴミをさっさと消し去ってくれ」


 サムカ熊がエルフ先生に顔を向けた。すでに上司もいなくなったエルフ先生が軽く肩をすくませて、簡易杖で自身の左肩を「ポンポン」叩く。

「それが一番手っ取り早いですね。じゃあ、お願いします。サムカ熊先生」

 許可を得たサムカ熊が、両手の熊手から爪を伸ばしていく。それを適当に伸び縮みさせながら長さを調節し、ゆっくりと前に出た。

「では、消すか」


「ちょ、ちょっと待ってくれますか」

 慌てた様子でナジス先生が両手を上げて立ち上がった。珍しく猫背がシャンと伸びている。

「せっかくの機会ですし、ずず」

「ゴーレムの安全な破壊方法を、授業の一環で教えたいのですが、ずず」

「どうですかね?」

 そういって、ナジス先生がペルに顔を向ける。

「教材としては、とても良い出来損ないゴーレムなんですよ。ずず」

「なかなか、ここまでの出来損ないっていうのは、探してもなかなか見つからないんですよ。ずず」


 エルフ先生が沈痛な表情になって、こめかみに右手を当てる。

「……本当に、エルフの尊厳が瓦解するには充分な言い方ね。まあ、私の目から見ても、これはゴミだけど」

 そして、ペルに微笑んだ。

「許可します。爆発するまでに処分できれば、文句はありませんよ」



 こうして、ゴミ処理を兼ねたウィザード魔法招造術の授業が始まった。

 ペルを介して、選択科目と専門クラス両方の生徒に、自動的に映像と各種情報が発信されている。希望者にも配信されるようで、早速ミンタとムンキンの名前を見つけるペルだ。

 魔法回路の暴走状態の監視は、ノーム先生とマライタ先生が担当している。サムカ熊は、もし暴走が決定的になったら、強制〔消去〕する準備を整えて待機している。


 ゴーレム用の魔法回路自体は超電導回路をベースにしていることが多いのだが、これは磁場に弱いという性質がある。実際に、バーテンをしていた土ゴーレムのような汎用性型の場合では、0.5テスラ程度の磁石を当てるだけでも機能しなくなる。


 しかし、軍用ともなるとゴーレムの魔法回路もかなり高度な構造になって、『対処済み』になっている事が多い。

 超電導回路の厚さを、原子1個分程度まで薄くして疑似的な二次元状態にする。さらに、回路内部に量子力学の『反転対称性の破れ』を生じさせると、相対性理論により、200テスラにも達する内部磁場を有するようになる。

 この内部磁場のおかげで、外部から磁石などで磁場を当てても超電導状態が維持され続けるのだ。


 この手の出来損ないゴーレムでも、55テスラまでであれば外部磁場を当てても超電導状態を邪魔されない……のであるが、この現象は魔法がない環境では、絶対零度に近い低温環境でしか起きない。それを魔法によって常温環境でも起きるようにしている。


挿絵(By みてみん)


「つまり、ずず」

「この調節を行っている魔法を、破壊すれば良いという事ですね。ずず」

 今は生徒がペルしかいないので、ナジス先生との対面授業になっている。

 エルフ先生やノーム先生、それにサムカ熊までいるので、緊張しまくりのペルだ。すでに全身のフワフワ毛皮が見事に尻尾まで逆立っていて、両耳と顔じゅうのヒゲが緊張で直立不動になっている。それと反比例するように、薄墨色の瞳はより白くなって生気を失いつつあるようだが。


「ワ、ワカリマシタ、ナジスセンセイ」

 明らかに声も上ずっていて、変な調子になっている。

 ナジス先生に言われるまま、術式を簡易杖に読み込ませて起動した。それを、まだ溶けて固まった地面にめり込んでいるままの、クモ型ゴーレムに向けてかける。


 瞬時に、ゴーレムの動きが完全に停止した。ドヤ顔になっているのは、ペルではなくナジス先生だが。ペルは緊張でそれどころではない様子で、黒い縞模様が3本走っている頭をフラフラさせている。


 しかし、ナジス先生は授業を続行するようだ。彼の頭には、〔空中ディスプレー〕画面が数枚食い込んでいる。魔法協会からの直通回線なのだろう。彼1人では、とてもこのような内容の授業はできない。

「さて、これで魔法回路が停止しました。ずず」

「この〔解除〕魔法は覚えておくと良いでしょう、ずず」

「大方の軍用ゴーレムで適用できます。ずず」

「無論、通常はこれに、管理者用の暗証情報とかで鍵がかけられているものなのですが、ずず」

「この出来損ないには何もかかっていませんでした。ずず」

「本当に、出来損ないが出来損ない足るに充分な理由ですね。ずず」


 散々にいわれるエルフ先生である。さすがに肩先の金髪から、静電気が≪パチパチ≫走っている。

「授業を進めて下さい、ナジス先生。爆発まで、残り時間がありませんよ」

 ペルが白目になりながらも、「え?」とナジス先生を見た。これで破壊完了ではないのか。


 ようやく、ナジス先生が普段のヘラヘラ笑いの表情になり、猫背に戻った。両手を白衣風ジャケットのポケットに突っ込む。

「はいはい、分かっていますよ、そんな事。ずず」

「ペルさん、まだ半分しか終わっていませんからね」


 魔法回路は破壊できたが、魔法を発するコアは健在だ。ペルが持っている強化杖では、ダイヤ単結晶がコアに相当する。

「ゴーレムのコアは、体の内部深くに収められている事が多いのですよ。ずず」

「直接物理的に攻撃して破壊できれば良いですが、ずず」

「全長数キロというような、巨大なゴーレムの場合では困難になりますね、ずず」


 このクモ型の大きさであれば、〔爆裂〕魔法などで粉々にすることが可能だ。しかし、ナジス先生が言うような巨大なゴーレムでは難しい。

 ペルが使っている簡易杖のコアと、強化杖のコアとの違いは『演算速度』だ。一般的な魔法具である簡易杖の場合では、演算速度はピコ秒周期である。これは一般向けのゴーレムでも同じだ。一方で、強化杖や軍用ゴーレムのコアは、フェムト秒周期になる。約50兆分の1秒の周期だ。

 演算速度が速いと、敵の攻撃を受けてから対処するまでにかかる時間も短縮される。時間をかけてじっくり攻撃すると、対処されて無効化される事になってしまうのだ。従って、軍用ゴーレムの破壊では、一撃必殺が重要になる。


「コアの成分は魔法原子です。ずず」

「正確には、単原子ではなくて、原子が多数集合して構造体を構成したものですが、面倒ですので魔法原子と呼称します。ずず」

「分子ではありませんよ。ずず」

「力場術の〔光線〕魔法を使って、少なくとも2ヶ所から同時にコアに向けて〔レーザー冷却〕を仕掛けます。ずず」

「それで魔法原子が強制停止します。演算速度も極端に落ちますので、ずず」

「通常の武器を使ってもコアを破壊できますよ。詳細は添付資料を見て下さいね。ずず」


 ペルたちが強化杖で使用しているダイヤ単結晶コアについても同じ事がいえる。炭素原子1個ではなくて、多数の炭素原子がダイヤ単結晶を構成している状態だ。

 その結晶中の中性子数を魔法で疑似的に〔操作〕する事で、コアとしての機能を発揮する。


 ちなみに、ハグが使うような基礎古代語魔法では、単原子だけで稼働する仕組みなので別の機構となる。更にいうと、魔法使いの脳内にある魔法原子は有機分子状になっているので、原子としてではなく分子として扱う。


 エルフ先生とノーム先生も、にわかに興味を抱いたようだ。ペルと一緒になって添付資料に目を通している。

 フェムト秒周期のコアを有する軍用ゴーレムの場合では、〔レーザー冷却〕もフェムト秒周期のパルスレーザーを使用するとある。〔レーザー冷却〕は、本来はガス状の気体に対して行うものだ。コアのような固体に対しては、本来は有効ではない。それについては、補助魔法を使って対応する事になる。


 ペルが今回もナジス先生の指示通りに、魔法を簡易杖を使ってかけた。簡易杖の能力では足りないので、補助魔法で一時的な能力の向上を施している。一時的に強化杖と同等の性能にしたようなものだ。

 《ズズン……》

 何かが粉砕して爆発する音が、クモ型ゴーレムの楕円形の胴体の中央部から響いた。どうやらコアは頭部ではなく、胴体の内部にあったようだ。そのまま動かなくなった。


 完全に粗大ゴミになったゴーレムに近寄って、片手で胴体を《バンバン》叩くナジス先生。少し嬉しそうである。

「はい、以上で完了です。ずず」

「本当は、コアを停止してから、別の魔法で念入りに破壊するのですが、ずず」

「この粗悪品は、コアを停止しただけで、その衝撃で壊れましたね。ずず」

「後は、クズ屋にでも売れば良いでしょう。キロ売りできますよ。ずず」


 ドワーフのマライタ先生も、ゴーレムがゴミになった事を確認した。ノーム先生のスーツの内ポケットから声だけがする。

「うむ。ワシも確認した。もう完全にゴミだな」


 ほっとするエルフ先生とペルである。その2人に、サムカ熊が声をかける。

「ほっとしているところ、申し訳ないが、我々も早急にここを立ち去った方が良かろう。帝国軍が攻撃を仕掛けてきたぞ」

 同時に全員の手元に警報が鳴り響いて警告表示が出た。それぞれエルフ語、ノーム語、ウィザード語なのだが内容は一緒のようだ。


 エルフ先生とノーム先生が顔を険しくする。

「ミサイルが飛んで来ていますね。この施設を丸ごと破壊するのね、まったく……」

 エルフ先生がグチをこぼしながら、帝国軍の将軍や高官に、軍用ゴーレムの破壊完了を知らせるメールを送る。しかし、反応はなかった。ノーム先生も同じことをしたが、やはり返事は来なかった。


 サムカ熊が熊頭をかいて、エルフ先生に相談してみる。

「何なら私がシャドウを放って、ミサイル群を消し去っても良いが。どうするかね?」

 落胆していたエルフ先生がノーム先生と目を合わせた。すぐに申し出を断る。

「いいえ。このまま〔テレポート〕で退避しましょう。これ以上、私たちが出しゃばっても良い事にはならないでしょうから」

 ノーム先生も大きな三角帽子を被り直して、垂れ眉を手で整えた。

「左様。後は、偉い人たちに任せればよい。お。到着まで残り20秒か。急いで逃げるぞ。おい、そこの情報部の人、死にたくなければ今すぐ逃げなさい。脱出用の魔法具くらい持っているのだろう?」


 サムカ熊も気がついていたようで、特に何もいわない。驚いているのはナジス先生だけのようだ。一応、ペルが口頭で簡単に告げていたのだが。


 すぐに、まだ残っている瓦礫の影から、2人のステルス装備に身を包んだ軍人が姿を現した。狐族の精悍な男なのだが、ヘラヘラと愛想笑いをしてペコペコと頭を下げている。

「わかりました~では失礼」

 〔テレポート〕用の魔法具のようで、瞬時に2人の姿がかき消された。マライタ先生の声がノーム先生のスーツから聞こえる。

「それじゃあ、逃げるぞ。トンズラだ」



 ペルと先生たちが〔テレポート〕した先は、基地から直線距離で30キロほど離れた森の上空だった。

 ノーム先生が、空中に刻まれている〔テレポート〕魔術刻印を消去する。何らかの攻撃が〔テレポート〕されて、ペルと先生たちに襲い掛かる可能性が無いわけでは無い。魔術刻印を消せば自動追尾は難しくなる。

「前回の熊騒動の後で、魔術刻印をここに印しておいたんだよ。役に立って良かったわい」


 その森の上空に浮かんでいる5人に、30キロ彼方からの閃光が届いた。

 地平線の向こうなので、基地がどうなったのかは視認できない。しかし、基地のある方向の空が数回ほど明るく輝いたのは見えた。


 エルフ先生が金髪を肩の辺りで森上空の風になびかせて、軽いジト目になっていく。

「……これで軍用ゴーレムの処理も『完了』という訳ね。さすがに核ミサイルは使っていないけど。でも、あの熱量でしたら、何の痕跡も残らないでしょうね。また、上層部で色々と面倒な動きが起きそうだわ」

 ノーム先生が同意して、三角帽子についた塵を片手で払い落とす。まだ少し残っていたらしい。

「左様。学校の先生の仕事に専念したいものですが、なかなか上手くいかないですなあ」




【サムカの領地】

 死者の世界では冬の季節風がさらに強まり、うす曇りの日が続いていた。高原とはいえ乾燥した亜熱帯性気候なので、寒さはあまり感じられない。

 オーク自治都市が近くに見える農場では、丁寧に耕されて平畝にされた圃場の通路を、サムカら3人が視察している姿があった。農場長のオークが、腰を低くしながらサムカを案内している。


 サムカの後ろには護衛役の魔族ルガルバンダの姿もあった。さすがに身長が4メートルもある大型の魔族なので、平畝の間の狭い作業用通路を歩くのに難儀している様子だ。

 薄日はしっかりと差しているので、農園を巡回するサムカと農場長のオーク、それに魔族のルガルバンダの巨体の足元にも薄い影が生じている。


 オークの農場長の説明を受けているサムカが、満足そうにうなずいた。騎士シチイガは、今回は別件で不在のようである。

「うむ、そうか。発芽率が3倍に上がったか」

 オークの農場長も豚顔をにこやかに微笑ませて、ハゲ頭に数本生えている毛を季節風になびかせた。

「はい、領主様。ホウレンソウは苦みがあるので、なかなか人気が出ませんが、この品種は苦みを半減させています。問題は、発芽率が低い事でしたが、これで何とか商業栽培の目途がつきそうです」


 冬野菜は発芽に低温が必要な品種もかなり多い。サムカの領地は高原とはいえ亜熱帯気候なので、あまり寒くはならないのだ。

 充分な低温に曝されていないと、発芽不良を起こしてしまう。発芽しなかったり、一斉に発芽しなかったりする。収穫量や作業に直接影響する問題だ。


 サムカが赤茶けた中古マントを季節風になびかせて、発芽して間もないホウレンソウを軍手をした左手で触れる。作業用の古着姿なので、どう見ても領主とは思えない。靴だけは実用本位ながらも新品だが。

「それは上々。氷の精霊魔法を使った冷蔵庫が、上手く機能したようだな」

 サムカが授業中に、ふと考えついた打開策であった。種子を凍結させずに冷やす加減が、少々難しかったのだが無事に解決し、試作品の大型冷蔵庫を作り上げていた。


 ホウレンソウから手を離して、すっくと立ちあがる。

「では、冷蔵庫の量産を認めよう。事業の拡大を許可する」

 オーク農場長が平伏した。

「ははっ! ありがたき幸せにございまするっ」


 そのまま農場を後にするサムカが、隣のルガルバンダに山吹色の視線を投げた。身長差が2メートル以上あるので文字通り見上げている。

「警備役、ご苦労だな」


 ルガルバンダが声もなくニッカリと笑った。ヒグマ顔に白い牙がズラリと並んでいて、見事な歯並びだ。当然のように虫歯は見当たらない。

 そのまま振り回せばサムカを粉砕できそうな腕を4本、グルグルと回す。彼もまた野良着姿で、武装は背中に背負った槍1本だけだった。サムカも含めて鎧は装備しておらず、ルガルバンダに至っては裸足である。

「なあに、退屈すぎて眠っちまいそうだぜ」


 サムカが少し首をかしげた。

「ん? 私と同じくナイフ召喚を続けているのだろう? 契約が終了したのかね?」


 ルガルバンダが黒褐色の固い髪を束ねた後頭部をかいて、そのヒグマのような口元からのぞく白い牙を再び見せる。

「ある意味ではそうかもな。昨日、〔召喚〕主が戦死したんだよ。ワシは傭兵として〔召喚〕されていたからな。〔召喚〕儀式の最中に敵に襲撃されて、そのままだそうだ。ナイフ管理者のリッチーがそう知らせてくれた。今は、こうして無職ってわけだな」


「そうか……」と黙祷をその場で捧げるサムカだ。サムカも、ここ2週間ほどは新屋敷の増改築とオーク自治都市の復旧工事に忙殺されていたので、ナイフ召喚者でつくるネットコミュニティには参加していなかった。

「私も弔問にうかがおうかね? 君は、我がオーク兵の軍事教官で、世話になっているからね」


 サムカの申し出を、照れながらも遠慮して断るルガルバンダであった。太い眉の下の朱色の瞳が、鈍く輝く。

「嬉しい申し出だが、遠慮してくれ。どうも、召喚ナイフのせいで死んだのだ、とか何とか、遺族が騒いでいるようでな。テシュブの旦那にも火の粉が降りかかるかも知れねえ」


 サムカが腕組みをして、整った眉をひそめる。

「確かに、〔召喚〕儀式は時間がかかるからな。同じ場所に長時間いては、敵にとっては格好の標的になるか。了解した。後日、落ち着いたら、お悔やみの手紙だけでも出しておこう」

 ルガルバンダが少し呆れたような表情になり、そのまま微笑んだ。

「まったく、本当に貴族らしくねえ人だな。普通の貴族なら、俺たちのような魔族やオークなんかには関心を持たねえもんだ」


 サムカが両目を軽く閉じて、錆色の短髪頭をかく。

「我が悪友ステワに、よくからかわれるよ。貴族としては『よろしくない』行為だからな。しかし、そうか、仕事が途絶えてしまったのか。収入源が減るのは良くないな」

 少し考えてから提案してみる。

「地味だが、果樹やワイン用ブドウでも植えてみるかね? 換金作物だから、少ないながらも現金収入が見込めるぞ。今の穀物を含めた野菜輪作や養鶏だけでは、いささか心もとないだろう。酪農や養豚に魚の養殖もあるが、初期投資がかかるし、何よりも餌の確保が意外に面倒でな。今は推奨できぬ」


 今度はルガルバンダが4本の腕で腕組みをして考え込んでいる。

「……そうだなあ。魔法世界の天変地異も収まってきたし、世間の混乱も収まりつつあるんだよな。平和になると、ワシら傭兵の仕事が減るのは避けられねえ。一族の連中と相談してみるか。返事はその後でいいだろ」

 サムカが山吹色の瞳を細めてうなずいた。

「うむ。それで構わぬよ。だが、苗の接ぎ木や移植には最適期間がある。できれば、その期間中に開始できるように、暑くなる前に決断してくれると助かるよ。では、後で栽培暦と単位面積当たりの収穫量の見込みと、予想される売値の情報を送っておこう。売り値は、先物市場の値だから、まあ……あくまでも参考値だな。外れる事もよくある」

 ルガルバンダがヒグマのような顔で笑って、分厚い胸板を4本ある太い腕の1本で「ドン」と叩いた。

「それだけ資料があれば充分だ」


 そして、サムカとルガルバンダが同時に手元の時刻表示を見た。サムカがルガルバンダから数歩離れる。今日は屋敷から近い農場の巡回だったので、馬ではなく徒歩だった。

「では、私はこれで失礼するよ。私の警護、感謝する」

 ルガルバンダが朱色の瞳を細めた。

「おう、今後も気楽に申しつけてくれ」


<パパラパー>音がして、水蒸気の煙が立ち上り、サムカの姿がかき消された。ルガルバンダが4本の腕を頭上に高く伸ばして、背伸びをする。

「さてと。ワシも村に戻るか。平和ボケしそうでヤバイな」




【オープンな召喚施設】

 水蒸気の煙が収まると、そこは野外だった。

 地面にコンクリート床を設けて8本の支柱を立て、素焼きの薄い赤瓦の屋根を支えている簡素な施設の中に出現する。雨宿りできるバス停留所みたいな施設だ。壁がないので、外から丸見えのオープン構造である。


 サムカがキョロキョロと周囲を見回す。支柱だけで壁は設けられていないので、周囲の景色が一望できる。

「ん? ここは見覚えがあるな……どこだ?」


 この赤瓦のオープン施設には電気も来ているようで、ランタン型の白熱灯が屋根に数個取りつけられている。床面には、いつも通りの〔召喚〕用儀式魔法陣が描かれていて、きちんと所定の供物が所定の場所に供えられていた。


「おお。今回も成功ですね。さすがサラパン主事」

 校長がサラパン羊の両手を取って褒めちぎっている。サラパン羊も当然のような顔で、冬毛でまん丸になった体でふんぞり返っていた。さすがにスーツは新調して、2回りほど大き目のサイズにしたようだ。

「ふははははっ。私にかかれば安心安全ですよっ。はははっはー」


 相変わらずの馬鹿笑いをしながら、サラパン羊がサムカの赤茶けた中古マントを、白い事務用手袋をした両手で「パンパン」叩く。もう、すっかり慢心し切っている。

「君も私に感謝するようになっ。これほどの成功率を叩き出す者は、そうそういないからねっ。次は、何か土産を持ってきてくれたまえ」

 あからさまにサムカに賄賂の要求をする羊である。


 校長がジト目になっているのを、横目で微笑ましく見ながら、サムカがうなずく。

「そうだな。ハグと何が良いか相談しておこう。死者の世界の物産は、基本的には君たちには有害だからね。慎重に選ぶ必要がある」

 サラパン羊がひと際大きな声を上げて馬鹿笑いをし、「ポンポン」とサムカの中古マントを叩いた。

「そうかね、そうかね。期待しているよっ」


 校長がサムカに少し非難めいた視線を投げかけてくる。しかし、すぐに社交的な笑顔に戻ってサラパン羊に頭を下げた。

「ご足労ありがとうございました、サラパン主事。地下の食堂に、地元産のマンゴーが入荷していますよ。天候が少々寒かったので小ぶりですが、良い出来です」

 サラパン羊が新調したスーツの襟を正して、鷹揚にうなずく。サムカの真似だろうか。

「うむ。では試食してくるとするかな。いや~、仕事をやり遂げた後の果物は美味いからなっ」


「ではではっ」と挨拶もそこそこに、サラパン羊が毛玉が跳ね転がるような動きで、運動場に向けて走っていった。

 その背中を見送って、ほっと一息する校長である。苦労が絶えないのか、頭と尻尾の白毛が増えてしまっているように見える。

 ちなみに校長が着ているスーツは新調されておらず、少し生地の表面の光沢に陰りが生じているようだ。足元は相変わらずの半ズボンで裸足である。

「あまり、主事を調子に乗せないで下さいね、テシュブ先生。教育研究省は、帝国の混乱の影響をそれほど被ってはいませんが、派閥争いはあります」

 生徒の間にも派閥があるので、理解するサムカである。校長が周囲に一応視線を走らせてから話を続ける。

「帝国軍や警察、それに上層部の『とある方々』の威信が陰る中で、我が校生徒や先生方がヒーロー然として活躍しているでしょう? それが痛快だと声高に主張する勢力が、省内にあるのですよ。彼らの目的は、軍と警察や宰相グループへの影響力を増強させる事ですが……しょせんは、戦闘経験のない素人文官ですからね。よろしくない事態に陥る恐れがあるんです」


 サムカが山吹色の瞳を閉じて、無骨な腰ベルトに軍手をした両手を引っかけた。ベルトは修繕が施されており、先日使用したビスも新しく打ち直されていた。ベルトに吊るされている地味な長剣の鞘が、くぐもった音を立てる。

「ふむむ……どこも似たような動きなのだな。了解した。私は田舎領主で権謀術数には全く疎いのでね、出来る限り関わらぬようにするよ。まあ、それでも、あのハグが謀略大好きだからなあ。召喚ナイフの商売に支障が出ない範囲だろうが、ある程度の事態は覚悟しておいてくれ」


 校長が肩を少しすくめながら、両耳を数回パタパタさせて微笑んでうなずいた。口元と鼻先のヒゲがバラバラな方向に向いてしまっているので、内心は色々あるのだろう。

「ですよねえ……情報部とも連携して、要注意人物には既に監視がついています。もちろん、私やテシュブ先生も監視対象ですが、これである程度は、騒動が起きる前に何とか察知できると思いますよ」


 今度はサムカが軽く肩をすくめた。険しい表情ではないので、それほど面倒には感じていない様子だが。

「なるほどな。道理で、先日の熊人形が帝国軍基地へ向かった際にも、情報部が律儀についてきていた訳か。今も、森の中から望遠で監視しているようだな。あまり、しつこくするとパリー先生であれば怒ってしまいそうだ」

 ありうる話である。

「校長の方から、情報部に「命を大事にしろ」と使えておきなさい。私は契約上、彼らに直接攻撃はしない決まりだから、安心して監視して結構だ」


「はい」と答えた校長が早速、手元に小さな〔空中ディスプレー〕画面を発生させた。そこに顔が映っている軍人に狐語で進言し始める。その様子を見てから、サムカが視線を外に向けた。


 床に描かれていた儀式〔召喚〕魔法陣は、すでに狐族の事務職員数名によってきれいにモップで拭き消されていた。供物も全て回収されている。

 季節が冬の最盛期に近づいているせいか、供物の内容も少し変わっている。

 虫やカエル、トカゲにヘビの中には、亜熱帯でも冬眠状態になる種類があり、体脂肪が大幅に増える。太ったサムカの状態で呼び出すのは失礼なので、適正な体脂肪の種類に変えられていた。

(これらは、狐族のオヤツになるのだろうな……)と思うサムカである。


 今回〔召喚〕された場所は、校長室やテント内ではなかった。

 どうやら学校敷地内への出入り口の門の隣だろう。この門は最初の〔召喚〕時に、校長と一緒に通過した事があったので、サムカの記憶に残っている。


 門では近隣の農家が、収穫物を乗せた荷車を牛型の原獣人族に引かせてやって来て、積み荷と手持ち荷物の検査を受けている。巨大な牛型の原獣人族が、かなり従順に狐族の農家に従っていた。使役するために、狐族特有の妖術である〔魅了〕を農家が使っているのだろう。


 反対に、学校から出ていく者の中には、ゴミ処理業をしている竜族の商人が混じっていた。サムカと目が合って、丁寧に商人らしく微笑んで礼をしてくる商人に、サムカも鷹揚に目だけで挨拶を返す。


 検問をしている門番は、大地の〔エレメント〕と木製のゴーレムの2種類だった。それぞれ数体配置されている。〔エレメント〕はノーム先生、ゴーレムは招造術のナジス先生の作だなと直感するサムカ。彼ら特有の魔法場が感じられる。

 検問用の行動術式や、関連システムはマライタ先生の作だろう。空中に表示されている案内文や、搬入状況の様子を知らせる〔空中ディスプレー〕画面は、幻導術のプレシデ先生の作だな、と思う。おかげで、それほど長蛇の渋滞列にはなっておらず、比較的順調に列が流れている。



 情報部への報告を済ませた校長がサムカの視線の先に気がついて、穏やかな声で解説してくれた。

「先生方の協力のおかげです。……まあ、実際は先生だけの力ではなくて、彼らの母体である各魔法協会の助力のおかげですけれどね。24時間連続稼働で自律駆動になりますから、各魔法協会の専門家による魔法のようですよ」


「そうだろうな」と納得するサムカである。とても学校のウィザード魔法の先生の能力では、ここまでの事はできない。ノーム先生だけは、現地の大地の精霊や妖精の支援を受けているようだが。


 校長が検問作業を見ながら話す。

「学校では、多少の変動は毎日ありますが約500人も生活していますからね。ちょっとした町のようなものです。生活物資も大量に必要としますし、し尿や排水を含めてゴミも相当量が出ます。大地や水の精霊のおかげで、かなり〔消化〕してはいますが、それでもまだ大量のごみが出ますね。リサイクル利用ができるゴミは、ああして業者に引き取ってもらっているんですよ」


(なるほどな……)と思うサムカであるが、ふと、自領のオーク自治都市の排水処理はどうなっていたかと思案した。ゴミは清掃獣に一任しているのだが。(戻ったら、エッケコに聞いてみるか)と思う。

 まだ、少しだけ授業開始までに時間があるので、先程から不思議に感じていた事を聞いてみることにした。

「シーカ校長。学校敷地を囲う塀や柵壁は設けてないのだな。熊人形からの報告では、相変わらず狼族や牛族などの賊が森の中をうろついているそうだが」


 校長が白毛が交じる頭の毛皮を申し訳なさそうにかく。尻尾も同調して微妙にコンクリート床を掃いている。

「すいません、テシュブ先生。タカパ帝国から分配される建築資材が全く足りていないのです。本来であれば、しっかりとした壁を巡らせて危険を寄せつけないようにするべきなのですが……今は、地下の各施設の建築が最優先でして。少ない資材は全てそれに使われています。これも、本来でしたら地上に建物を建てるべきなのですが、基礎工事もできないほど資材不足が深刻でして」


 サムカの領地でも似たような状況なので、素直に納得している。こちらの場合は悪友ステワの融通で、資材不足はかなり緩和されてきていた。さすがに物流の拠点だけはある。当座の復興資金や運転資金についても、ピグチェン卿がほとんど無利子で融資してくれている。

(その分、罰ゲームが増えそうだがね……)

 内心でため息をつくサムカであった。


 そんなサムカの様子が、校長には学校運営に失望したように映ったのだろうか。にわかにパタパタ踊りを始めて、明るい声で弁解し始めた。検問を受けている狐族の農民が、校長の慌てぶりに首をかしげている。

「が、学校の保安警備システムですが、今は魔力サーバーが復旧したので機能しています。壁や塀はありませんが、代わりにパリー先生による、水の精霊の〔罠〕を仕掛けてありますよ」


 校長が説明するには、壁や塀の代わりに浅い溝を掘って、その中に水の精霊を潜ませているという事だった。確かに、浅い溝が直接地面に刻まれている。溝の底には水たまりも見えた。

 その溝の上空を横切ろうとした虫が、溝からの不意の水鉄砲を浴びた。瞬時に虫が〔液化〕して水に溶け込み、「ポトリ」と地面に落下する。そのまま地面に吸い込まれて消えていく。

 水鉄砲の射程は、実に上空10メートルまであるそうだ。


 サムカが腕組みをしてうなずく。

「なるほどな……強制的に溶解してしまう魔法か。〔精霊化〕だな。対抗魔法がないから、かなり有効な防御壁になるという事か。いかにもパリー先生が考えそうな手法だ」


 〔精霊化〕はサムカも何度か見たことがある。

 サムカのような貴族であっても、手に水をかけられてしまったら最後、手を切り落としてしまわないと全身に〔精霊化〕が及んで、最終的にはスープ状の液体にされてしまう。

 灰と違って、そうなってしまってからでは、〔蘇生〕や〔復活〕は不可能だ。全身がスープにされる前に、浸食された部位を切除するしかない。〔解毒〕や〔解呪〕は原則として不可能である。

 そして、全身が〔精霊化〕されてしまった後では、事前に保管していた生体情報と血液を基に、〔復活〕処理をする手法しかない。


 校長も、その凶悪性は理解しているようだ。白毛が交じる尻尾の毛皮を少し緊張で逆立たせ、両耳と顔じゅうのヒゲをピンと張った。特に鼻先のヒゲが緊張のせいで震えている。

「はい。ですので警告システムを、カカクトゥア先生に頼んで組み込んでもらっています。虫とは違い、賊の狼族や牛族は帝国の住民でもありますからね。むやみに殺して良いという訳では決してありません」


 意外かもしれないが、ステワやピグチェンのような普通の貴族が聞くと、首をかしげるような理屈だ。サムカはオークや魔族との親交が深いので、例外的に校長の思想に理解を示している。ただ、サムカも牙が欠けたりして機嫌が悪い時は、問答無用で賊を殲滅してしまうが。


 エルフ先生が組み込んだ術式は、やはり精霊魔法だった。パリー先生が仕掛けた水の精霊に付随する形で、獣人や原獣人、それに獣が近寄ってくると、自動で静電気の火花を放って警告するというものだ。

 サムカが腕組しながらも理解する。

「ふむ。狐語による警告も同時にするのか。私の館にも応用できそうだな」


 校長がサムカから、荷車を引いている大きな牛型の原獣人に視線を向ける。

「たまに、荷役仕事をしている原獣人が、暴走する事があるのですよ。見ての通り、かなりの力持ちですから、安普請の塀では簡単に突破されてしまいます。電気による警告はその点で有効だと思います」


 それにはサムカも同意だ。この牛型の原獣人は、四足歩行で肩高が1メートル半ほどある。サムカから見れば小型だが、校長などの狐族や竜族から見れば充分に巨体だ。重量は150キロ以上あるようなので、これが爆走して体当たりを塀に仕掛けてきたら、安直な構造の場合は簡単に破壊されるだろう。

(ルガルバンダのような魔族では、さらに考える必要があるかな……)とサムカが考えている。その横顔を見上げていた校長が、手元の時刻表示を確認した。

「では、そろそろ教室へ向かいましょうか」


 校長と一緒にサムカが運動場へ向かっていく。

 隣を歩いている校長がやや光沢を失ったスーツの背中を丸めて、尻尾も動かしていない様子を見ていると、(寒くなっているのだな……)と思うサムカ。その白毛交じりのフワフワした狐頭を横目で見下ろして、今さっき思いついた事を口にした。

「あの防御壁だが、思ったよりも実用的に思える。魔法具にして、帝国内の妖精や精霊の協力を得る形で実用化できるのではないかな?」


 校長が寒さで少し丸まっていた背中を伸ばして、サムカを見上げた。黒い瞳がキラリと輝いている。

「そ、そうですね。可能かもしれません。放課後にでもパリー先生とカカクトゥア先生、ノーム先生に相談してみます。見込みがあれば、教育研究省に企画書を提出してみましょう」

 そして、少し口調を固くした。

「実は、帝国の混乱に乗じて、周辺の敵対国が侵攻するのではないかという話がチラホラと出ています。我が帝国なので、あまり悪く言えませんが、属国や衛星国にこれまで厳しく当たってきましたからね。不満は確実に鬱積しているでしょう。その火種に敵対国が軍事支援して、一緒に攻め込んでくる恐れは充分すぎるほどあります」


「うむ、そうだろうな」と同意するサムカだ。校長が声を固くしてひそめたままで話を続けた。こんなことをしても、どうせドワーフ製の分子型盗聴器に音声を拾われているのだろうが……指摘はしない。

「教育研究省の特定の派閥を喜ばせる事になってしまいますが、帝国内の混乱がさらに大きくなるよりはマシでしょう。システム化しておけば、後でマトモになった軍や警察に、移譲したり共有したりできる道もできますし」


 ここで、生徒が数名やって来て、校長とサムカに礼儀正しく挨拶をして去っていった。『話はここまで』と判断したのだろう、校長とサムカもそれ以上の話はしない事にした。

 代わりに校長がサムカに聞く。

「そういえば、テシュブ先生は復旧後の地下階へ入るのは初めてですね。地図を渡しましょうか? かなり複雑化してしまいまして、迷子になる事務職員が出ている有様なのです。魔法が使える生徒には、特に問題は生じていないのですが」


 サムカが山吹色の瞳を細めて、両方の軍手を左右に小さく振る。

「いや、不要だ。熊人形が先行して、全て調査し終わっている。迷うことはないよ。それよりも……」

 サムカが花壇があった場所に視線を向けた。今は完全に更地になっていて運動場の一部になっている。

「慰霊碑を復旧が済んだら再建してほしい。我らアンデッドは死者だが、こういう手向けは嬉しいものだ」


 少し感動しているようで、黒い瞳がウルウルしている校長だ。サムカの話にすぐに賛同した。尻尾が元気よくバサバサ振られる。

「分かりました。まだ先の話になってしまいますが、慰霊碑を再建する場所は確保しておきますよ。生徒作成のゾンビの名前を刻むのも、今なら可能でしょう。それとええと、ナウアケさんでしたね。私はテレビで見ただけの関係ですが、お名前を碑の隅に刻んでおきましょう。バントゥ君たちもですね」


「うむ」と満足そうに微笑むサムカである。錆色の短髪が森からの風にそよいで、冬の日差しを反射した。中古マントや古着作業服も、それなりに日差しを返している。


 そのサムカが、1本の高木に目を留めた。ちょうど旧寄宿舎跡地の一角に、不自然なまでに高い南洋杉がそびえ立っている。高さは30メートルにもなるだろうか。

 その頂上直下の幹には、ハンモックが1つ吊るされていた。それを見て、(ジャディ君の巣だな……)と理解するサムカだが、まだ首を少しかしげたままだ。

「校長。あの高木だが、昨日までは生えていなかったはずだ。熊人形からの情報には記載されていない」


 次第に増えてくる生徒たちの群れに、校長が巻き込まれながら高木を見上げる。

「ああ。あの南洋杉ですね。今朝ですが、パリー先生の計らいでジャディ君専用の部屋を用意したのですよ。飛族の彼は、やはり地下に住むことを承諾してくれませんでした。ですので、こうして生命の精霊魔法を使って高木を1本生やしてもらいました。彼も満足しているようですよ」

 そして、サムカが熊人形から得た地下施設の地図を見て、教室の場所を指し示した。

「この教室ですね。うん、さすがは熊先生ですね。正確な地図です。では、教室までいつもの通りにご案内しましょう」


 確かに、校長が一緒にいてくれると、生徒たちがサムカに群がってくる頻度が抑えられている。

 特に、アンデッド教徒には効果的のようだ。校長の視線を浴びただけで、スロコックたちがいそいそと退散してしまった。

 校長が片耳を数回パタパタさせて、鼻先のヒゲの先を回転させている。表情にはこれといって変化がないが、少し困惑している様子である。スロコックたちの後ろ姿を見送った。

「『呪い騒動』で、大暴れしていましたからね。一応、成績表には、生徒の学習態度と法令順守の態度が問われる項目があるのです。やはり、まだまだ魔法使いへの偏見や警戒はありますからね。就職する上での判断材料の1つなのですよ」


 サムカが微妙な表情になる。

「むむむ……済まないな、シーカ校長。ああいった者にも、専門クラス生徒としての門を開けておくべきだった。熊人形が行っている選択科目では、あの程度のゴースト作成が精一杯なのだよ。他の一般生徒には、全く魔法適性がない者が多いからね。どうしても低い方に合わせた授業内容になる」


 校長がサムカを慰めるような口調で、そっと中古マントに手を添えた。

「お気になさる事はありませんよ、テシュブ先生。専門クラスへの登録申請は、生徒に委ねてあります。テシュブ先生が最初に〔召喚〕された回と、その次の回までに申請しなかった彼らの責任です」

 そういう規則ではある。校長が真面目な表情になる。

「それに本気であれば、ミンタさんやムンキン君、それにラヤンさんのように、私に直談判してきますよ。彼らはそれもしませんでした。『趣味』で死霊術を学びたいという感覚なのでしょう。そういう者には、選択科目で充分ですよ」


 それでもまだ微妙な顔をして腕組みしているサムカに、校長が白毛交じりの右耳を数回パタパタさせた。

「アンデッド教徒の生徒は、名家の子息が多いのです。代表格のライン・スロコック君は、占道術専門クラスの級長ですし、タカパ帝国の南沿岸部一帯を支配する最大の魚族の名家の長男です。周辺国との貿易で巨万の富を築いていて、帝国宰相からも重用されていますね」

 その情報はレブンからも聞いている。校長がスロコックに同情しながら話を続けた。

「その分、重圧も感じているのでしょう。魔法に抵抗が残る我々の獣人世界では、魔法使いというだけでも警戒されます。それが死霊術であれば、家名に泥を塗る所業だと考える人が多いのも事実でしょう。興味があっても、専門申請できない事情があるのです」


(そういえば、私の授業を受けに来る生徒は、皆、平民の出身だな……)と思い出すサムカだ。一番階級が高いのはミンタだけだろう。その彼女も、地方都市の商家出身に過ぎない。リーパットのように政治的な力は持ち合わせていない家系だ。

「分かりやすい説明だな。我が悪友ステワからも、毎日のようにいわれる内容だ。「騎士シチイガの将来を考えるなら、テシュブ家の家名を輝かせる努力をしろ」とな。確かに、土いじりをしていては、家名が有名になる可能性はない」


 少し落ち込んでしまったサムカを見つけたリーパットが、生徒たちが大勢移動している中で、何か大声で演説しながら弾劾しようとやってきた。しかし校長の姿を見るなり、「ぐぬぬ」と唸って、きびすを返して去っていく。人除け効果は大したものだ。

 そのまま校長がサムカを教室の前まで案内し、サムカの顔を見上げて微笑む。

「では、この後は授業に集中して下さい。専門や選択の区別なく、生徒たちの期待に応えて下さいね」




【地下階2階のサムカの教室】

 校長を見送って、サムカが教室の引き戸を開けて中へ入った。

「テシュブ先生、こんにちはっ」

 いつもの元気なペルの挨拶が、サムカの耳に飛び込んできた。同時にジャディがいつものように号泣しながらサムカの足元に飛んできてタックルしてくる。

「殿おおおおっ。待っていたッス! お元気そうで何よりッス」


「うむ。皆も元気そうで何よりだ」

 ジャディの膝下へのタックルにも動じないサムカが、ジャディの体を床から浮かせて、そのまま教壇に向かう。ほとんどサムカの膝に突き刺さったような状態のジャディに、サムカが山吹色の瞳を向けた。

「ジャディ君もな。高木の頂上の新いの居心地はどうかね?」


 ジャディが「パッ」とサムカから離れて、床に膝をついた状態で見上げてきた。鳶色だが黒っぽい赤褐色の冬の羽毛に覆われた凶悪な顔には、ウルウルした琥珀色の鋭い瞳が輝いている。

 背中の翼を小刻みにバサバサさせているので、突風が教室の中を吹き荒れ始める。しかし、さすがにもう対処済みなので、破壊されるような物は出ていない。生徒たちも全員が〔防御障壁〕を自動生成していて、嵐の中でも平然と席に座っている。


 サムカが教室の天井や壁に視線を流して、ドワーフの技術とノームの魔法に感心する。

(ふむ。改修中という事で、使い魔やシャドウを配置していなかったのだが、大したものだ。これならば、もう配置して教室を保護する必要は無さそうか? いや、やはり配置して、様子を見るのが堅実だろうな)


 これであれば使い魔やシャドウがいなくても、教室はもう大丈夫だろう。ジャディの風には闇の精霊魔法も含まれているのだが、見事に無効化されている。廊下側の窓ガラスや、天井の照明も強化済みのようで、ヒビ1つ入っていない。


 しかし、パリー先生やエルフ先生が調子に乗ったり切れたりして、暴走する危険はまだ残っている。ノーム先生によると、今後は大深度地下の大地の精霊の襲撃は起きないという予測だが……これも絶対ではないだろう。各種の避難施設や魔法陣も用意されているが、安全対策は多い方が良いはずだ。


 さすがに地下の教室で暴風を起こし続けるのは良くないと理解しているのだろう、すぐにジャディが翼を畳んで嵐を鎮めた。

「パリー先生に頼んで、木を1本生やしてもらったッス。眺めが良くて、風も通って良いッスよ、殿っ」


 ご機嫌な口調で報告するジャディに、サムカも頬を緩める。

 パリーの怒りに触れて、飛族の一族が森から追い出されてしまったのだが……何とか関係改善は進んでいる様子だ。森の死霊術場と残留思念の、地道な『掃除』が功を奏したのだろう。

「今回、〔召喚〕時に学校の門を見たのだが、地元農家の他に商人も出入りしているな。シーカ校長の事だから商人の身元調査はしているだろうが、完全ではないだろう。セマンの関与もあるだろうからな。ジャディ君の新居は、監視をするには格好の位置にある。勉学や訓練の合間で構わないから、それとなく警戒をしておいてくれ」


 ジャディが喜び勇んで席から飛び上がった。机とイスが吹き飛ばされて、床と天井を数回ほどバウンドしながら行き来する。ドワーフ印なので壊れる心配はないのだが、それでもペルが軽いジト目になっている。

「了解ッス、殿っ! この不肖ジャディ、監視任務を受命するッス。任せて下さいッスよおおおおおっ。不審者は、ぶっ殺して良いんスよねっ」

 ジャディにサムカが微笑んだ。

「我が領地であれば殺戮を許可するが、ここは学校だ。1週間程度の気絶に留めておきなさい。殺さずに敵を無力化する事も重要だ。生かしておいて初めて得られる情報もあるからな」

 ジャディが敬礼した。タカパ警察式を適当に真似ている。

「ははあああっ。それも訓練ッスね! 任せて下さいッス」


 すかさず、ラヤンの刺々しい口調での批判が始まった。頭と尻尾の赤橙色のウロコが若干逆立っていて、紺色の瞳が二人を明らかに軽蔑している。≪スパーン≫と尻尾で床を鋭く叩いた。

「まったく、この戦闘狂どもは。バカ鳥が下手に暴れてケガ人続出したら、〔治療〕しに駆けまわる事になるのは、私たちなんだけどっ。法術を便利屋とでも思ってるんじゃないの?」


 ミンタも金色の縞模様が2本走る頭を、白い魔法の手袋をした手でポリポリとかいた。いくつか巻き毛が発生している。木星の風の妖精と契約してから、徐々に巻き毛の発生量が増えてきているようだ。おかげで、ミンタの毛皮のフワフワ具合が加速している。

「そうなのよね。私たち生徒や先生は、生体情報がサーバーに保管されているから、死んでも〔蘇生〕〔復活〕できるけれど、農家や商人には無いのよね。死んだらそれっきりだし、〔治療〕も情報不足で効率的に行えない。調子に乗って手足や首を吹き飛ばしても、エラーが出て後遺症が残ったらマズイわ」


 ジャディが黒い鳶色の冬羽毛で覆われた首を膨らませて、ついでに制服も中から膨らませた。ちなみに、ジャディも今は事務職員用の制服を着ている。

 羊族向けの制服なので、制服の中から羽毛を膨らませても破れない仕様だ。学生には羊族がいないので、こうなったらしい。以前に支給された学生向けのブレザー制服は、結局全てボロボロになってしまったせいもある。

 ちなみに、いつもの上下のツナギ作業服は、高木の巣の中に置いてきているそうだ。

「へっ、うるせえな。分かったよ。オレ様の支族も、今は『カタギ商売』になってるからな。あまり悪評は立てられねえ」


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