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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の推理〜  作者: スズキ
第二話 「影か、女か」 VSライトノベル作家/極英フミヤ
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二・影の男



 フミヤが自分の住むアパートの一室に戻った時、そこにはひとりで黙々とパソコンのキーボードを打つ男、竹崎(たけざき)(たくみ)がいた。


「今戻ったぜ」


 アパートに戻ったフミヤは、パソコンの画面に向かう巧に声を掛けた。巧からの返事は無い。その姿を見て相変わらず不愛想な男だ、とフミヤは思った。


 ここまで読んで察している方もいるであろう。そう、巧はフミヤのゴーストライターだ。


 フミヤが巧と知り合ったのは二年前の事だ。出版社で巧が持ち込んだ原稿を見かけ、自分の作風に似ていると思ったすぐ彼はすぐに巧にコンタクトを取った。この頃、依頼原稿の多さで多忙だったフミヤはゴーストライターを欲していた。


 交渉はすぐにまとまり、巧はフミヤのゴーストライターとなった。二人の関係は世間に明かされることも無く、二年の月日が流れた。


 しかし月日の流れとは残酷なもので、名誉と幸福な生活を手に入れたフミヤにストレスにより心体共に悪化していった巧と、格差が大きく広がっていった二人の関係は険悪なものとなっていった。


 最初のころは上手くやってたのにな、と思いながらフミヤは台所の冷蔵庫からボトルコーヒーを出し、コップに出して飲んだ。


「悪いけどさ、明日は外へ行ってきてくれよ。金、渡してやるからさ」


 もし京佳に巧のことを知られたら大変だ。明日は一日、巧にはどこかへ行ってもらわなければ。


「倉石京佳だろう。せいぜい楽しくやんな」


 巧の言葉にフミヤは面食らった。


「何で知っているんだよ」


「作家ならネットニュースぐらい読めよ。あんたらのこと出てたぞ」


「そうかい」


 こいつの事がばれるより何万倍もましだ、とフミヤは思った。


 巧が席を離れ、フミヤが声を掛けた。


「どうしたんだよ」


「トイレだよ。悪いか?」


「別に」


 フミヤはさっきまで巧が使っていたパソコンを覗いた。


 ――何だ、これ。


 フォルダの中に謎の文章ファイルがあった。気になったフミヤはその文章ファイルを開く。ファイルに書かれていた文章は小説だった。だがフミヤが全く知らない小説だった。巧が勝手に書いたのだろうか?


 巧がトイレから部屋に戻ってきた。フミヤが巧に謎の小説について聞いた。


「なあ、今お前のパソコン見たんだけどさ」


「見たのか、あの小説」


「おれはあんなの書けって言った覚え無いぜ」


「そりゃあ、俺が自分で書きたくて書いたんだからな」


 巧がインターネットのサイトを開いた。Web小説の投稿サイトだった。フミヤも無名時代、利用したことがある。


「お前、ここに投稿してるのか?」


「悪いか?」


「……いや」


 フミヤは巧の管理ページを見た。ゴーストライターをやっている割には、かなり高い更新ペースで投稿しているようだ。人気作家のフミヤの小説の作風に似ているからだろうか、人気ランキングの上位に入っている。


「先週、出版社から書籍化の依頼がきた。第二の極英フミヤとして売りたいらしい」


「引き受けるのか?」


 部屋に不穏な空気が流れる。巧が間を開けて言った。


「引き受けることにした」


 それは困る。今の多忙なフミヤにゴーストライターが居なくなると、かなり苦しいことになる。


 それに巧が表舞台に出れば、フミヤと巧の関係が世間に発覚する恐れがある。それだけは避けなければ。


「おれのゴーストライターが嫌になったのか」


「大変な割には利益が少ないからな」


「五割はどうだ、印税の配分を四割から五割に増やしてやる」


「嫌だね」


「六割は」


「判ってないな」


 巧はフミヤのギャラ増加の提案を断った。


「俺はな、あんたみたいに名声が欲しいんだよ。ついでにいえば女も」


 フミヤは巧の言葉を聞いて、体中が凍りつくような感覚がした。血が冷たい水の様になって流れている様な感じがする。


「考え直せ。落ち着けば考えも変わるはずだ」


 巧はフミヤの言葉を気にもかけなかった。


「悪いが、もう出版社とも契約をしたんだ。契約金をもらった以上、今更あんたにはどうにもできないね」


 どうしよう、フミヤの頭が真っ白になった。


「近いうちに別のアパートへ引っ越す。それであんたとの関係も終わりだ」


 巧の言葉がフミヤの頭の中で反響する。フミヤの手が無意識にコップに伸びていた。


「引き留めようと考えないことだな。もし、引き留めようとしたら――判ってるな?」


 巧がそう言って笑い出した。巧の笑い声が部屋中に響く。


 フミヤはカップを振り上げて叫んだ。


「裏切者!」


 フミヤが振り上げたカップで巧の頭を強く殴った。コップの破片が部屋中に飛び散り、倒れた巧の頭がデスクの角に勢いよくぶつかった。


 数秒経って、放心していたフミヤの意識が戻った。


「……おい、悪かった。大丈夫か、おい」


 フミヤが倒れている巧に声を掛けた。


「おい、聞こえているか、おい!」


 フミヤは叫んで、巧の胸に耳を近づけた。


 巧の体から心臓の鼓動は聞こえなかった。彼は死んでいた。


 フミヤは殺人を犯したショックによる体中の震えを感じながらも、これからの事を考え始めた。


 どうやって巧の死を隠すべきか――? いや、まず自分と巧の関係が、警察の捜査で明らかにならないようにしなければいけない。


 まず最初に考えたのは、死体をどこか別の場所に運んで埋めてしまう方法だった。しかしここはアパートだ。死体を運んでいたら隣人に見つかる危険がある。


 最終的には巧をこの部屋に侵入した泥棒に仕立てることにした。最初はフミヤが正当防衛で巧を殺した事にしようと考えたが、正当防衛でも殺人は殺人だ。自分のキャリアに穴が開くことを恐れたフミヤは考え直し、巧は実際には居ない、一緒に部屋に忍び込んだ空き巣の共犯者と揉めて殺されたことにした。


 偽造工作の為、パソコンのキーボードなど巧が触ったものの指紋を全て拭き取り、捨てられるものは全て捨てることにして、アパートの裏にあるゴミ箱に捨てることにした。パソコンに関しては、ゴーストライターとして巧が書いた原稿はUSBメモリに移動させ、それ以外のデータは全て消去して引き出しにしまった。


 その後は部屋中の引き出しや押し入れを荒らし物取りの犯行に見せかけ、そして最後は巧のポケットに手を伸ばし、使わなくなったクリップを真っすぐに伸ばして、ポケットの中に入れた。この部屋の鍵を無理やり開けて、侵入したように見せかけるためだ。部屋の鍵を最新の開けられにくい物に変えなくて良かった、とフミヤは思った。


 フミヤは暫く外に出てアリバイを作ることにした。その間に部屋で事件が起こったことにすればいい。


 部屋を出たフミヤは周囲に警戒して外に出た。近くの住民に目撃されたら面倒だからだ。


 そしてフミヤは誰にも見られることなく、無事にアパートから離れることができた。部屋の鍵を半開きにしておいたから、その様子を怪しいと思った誰かが中に入って、中にいる巧を目撃して警察に通報して自分の所へ連絡をよこすだろう。


 さて、どこへ行こうか。映画館はどうだろう。いや、もっと目立つところが良い。そうだ、喫茶店はどうだろう。あそこなら映画館よりアリバイの証明がしやすい。


 十分程歩いて、フミヤは行きつけの喫茶店に到着した。暑い野外から涼しい店内にフミヤが入った時、カウンターには八月だというのに詰襟の真っ黒な厚い生地の制服を着た学生が、店員に何か言っていた。



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