解決編・事件の終点
二宮が香織の目の前に戻って来た。
「ここに座ってもいいですか」
「……座って」
「では、失礼します」
二宮はさっきと同じ席に座った。
「ええと……先輩。今回犯人はどんな凶器でこの女性を殺害しましたか」
「確か、君にいったはずだけど」
「では、もう一度教えてください」
「折り畳みナイフ」
「折り畳みナイフ。どうしてで折り畳みナイフが凶器だと」
「何言ってるの、画像の中で死体に折り畳みナイフが刺さっていたじゃない」
「なるほど、折り畳みナイフが死体に刺さっているからですか。普通のナイフではなくて、折り畳みナイフが」
「……何がおかしいの」
「ではこれ、もう一度見てください」
二宮が香織に例の画像をもう一度見せた。香織はその画像を見て愕然とした。
まさか、そんなはず。
画像のどこにも、折り畳みナイフは存在していなかった。少女Aの背中には赤黒い傷跡こそ刻まれていたが、そこに件のナイフは突き立てられていなかったのだ。
「あなたよくこの画像を見ずに、先入観だけで僕に画像の内容を教えましたね。あなたはこの画像の女性を殺害した時、凶器の折り畳みナイフを死体に刺したまま残していたのでしょう。ですからあなたは画像の中に折り畳みナイフがあるのだと思い込んでいたんです。
だから画像を見て僕はおかしいと思いました。あれ、どうしてこの人、凶器が折り畳みナイフだと思ったんだろうって――なので、さっき警察の大川さんに現場に連絡してもらって、ナイフの行方を確認してもらいました。
すると彼女からこんなことを聞きました。あのナイフ、事件が起こった後にうっかり持ってっちゃった人がいたんです。ナイフを持って行っちゃった人はその後捕まって、うっかりナイフを死体から抜き取って手にしたところを他の人に見られて、怖くなって逃げてしまったと証言したそうです」
説明を終えた二宮は、最後にこう付け足した。
「つまり、この事件の犯人は、唯一凶器を知っていた、あなたしか居ないんです」
二宮は香織を見つめた。そして香織はもう、負けを認めるしか道は無いと覚悟した。
「……結構、上手くいったと思ったんだけどなあ」
「人殺しなんて、そんな簡単に出来るもんじゃないですよ。隠そうとするなら、尚更です」
香織は溜息をついて、二宮に質問した。
「二宮君、あなたはいつからあたしを疑っていたの? やっぱり、凶器の一件から?」
「この電車であなたを見かけた時です」
その言葉に香織は驚いた。
「嘘、あの時あなたは事件の事なんてこれっぽっちも知らなかったじゃない」
「確かに事件の事は全然知りませんでした。しかし、あなたをここで見た時思ったんです。何で駅まで僕と一緒に走って急いでいたあなたが、何本も電車を逃した僕と同じ電車に乗っているんだろう、って」
「君と同じ様に切符を買うのに戸惑ったから遅れた、と言ったらどうするつもりだったの」
「そのためにあなたがICカードを持っているかどうかを確認したんです」
そう言われた香織は二宮を見て、哀しみを含んだ微笑みを浮かべた。
「こうなることが判っていたら、道案内された時に真逆の方向教えときゃよかったなあ」
香織のその言葉を聞いて、二宮が苦笑した。
「しかし先輩。どうして殺人事件なんて犯してしまったのですか」
「聞きたい?」
「――いえ、止めておきます」
香織の顔を見て、二宮は静かに首を横に振った。
「案外優しいのね、二宮君って」
そういって香織は、自らの犯行を暴いた目の前の少年に微笑んだ。
第一話 「事件を運ぶ列車」 完