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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の推理〜  作者: スズキ
最終話 「最後のあいさつ」 VS名門女子校生徒会役員/澄川涼香
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解決編・二宮浩太郎への挑戦状



 午後六時が過ぎたころ、涼香は学校の生徒会室に再び訪れることになった。部屋の扉を開けると、涼香を呼んだ張本人である二宮が机の前に立っていた。


「お待ちしてました」


 涼香と二宮、二人だけの空間に微妙な空気が流れ始めた。


「電車で会長から携帯に連絡が来た時は少し驚いたわ。急に呼び出されるなんて」


 涼香が自分の鞄を下ろして、窓から外の夜景を見た。


「で、わざわざここへ来させたからには、私が犯人だという証拠を見つけたの?」


「ええ」


 そう返事をし、二宮は自分の推理を始めた。


「今回の事件で一番重要なのは、どうして講演会の質問のコーナーの間にあなたは犯行現場にいたにも関わらず、どうして大川さんの失敗を知っていたか、という事です」


「早速犯人扱い? 少し腹が立つわね」


 涼香が二宮の推理に口を挟んだ。


「まあ、ここはその方が分かりやすいので」


「別にいいわ。続けて」


「それはどうも。ええと、どこまでだったかな……はい、思い出しました。どうしてあなたが大川さんの失敗を知っていたか、これが事件解決を妨げる大きな壁でした。あなたが実際に被害者を殺したのならば、どうして大川さんの失敗を知ることが出来たのでしょうか」


「方法としては、人から聞くって方法があるけどね」


「確かにそれも一つの手段かもしれない。だけどその聞かれた人は、どう考えてもこんな質問をされるなんておかしいと思うはずです。その人の証言から足がつく可能性が十分にあるわけだから、その方法は絶対に採れない」


「よく判っているじゃない。だけど、それだともう他に知る方法は無いわよ」


「ええ、人に聞く以外に、講演会の後にあの失敗を知る方法は無い。だとしたら、他にもう一つあなたが知る方法があります。いや、知るというより、あなたは最初から知っていたんです。大川さんが質問のコーナーで失敗をすることを」


「何? まさか私がエスパーだと言うつもりなの?」


「いいえ、超能力なんて使わなくてもあなたには大川さんにミスをさせることが出来たんです。それに利用したのが……これです」


 二宮は机に置いてあるノートパソコンを涼香に見せた。


「書記の平野さんにお借りしました。彼女はこのパソコンで講演会の質問のコーナーの原稿を書いたそうですね?

 さて、彼女はくだんの原稿を書き終わった後、大川さんにメールで質問内容を送り、その後印刷室で質問の原稿をコピーして、それを生徒会メンバーが指名した生徒が教えられた質問を講演会で読みました。そしてその後、例のイヌ事件に至ってしまった」


「知ってる。それのどこがおかしいの」


「さて、問題なのはこの間にいつ、どういう方法でイヌ事件の下準備をとったのか。まず方法ですが、あなたは質問の原稿を書き替えたんです。これはいつ、に繋がりますが、大川さんにメールを送った後、質問の文面を変えて大川さんに書き換える前の質問を、質問をする生徒には書き換えた質問を覚えさせたんです。そしてあなたは本番でイヌ事件を引き起こさせました。

 もちろんお互いに質問内容が違うと判ってしまったら面倒ですから、練習が行われないようにするためにあなたは大川さんに”練習しなくても大丈夫だろう”とでも言って誘導したのでしょう。これが方法です。

 たぶんあなたとしては、突然予告されていたものとは違う質問に大川さんがまごついてしまうというシナリオを想定していたのでしょうが、それの斜め上を言ってしまったのが、まあ、大川さんらしいといえるでしょうねえ。

 話を戻しましょう。今度はいつ、書き換えを行ったのかの話です。まずさっきも言ったように大川さんにメールを送った後にこの計画は行われました。そしてその後印刷室で原稿は印刷された。この時、書記の平野さんとあなたが印刷室へ向かった。これは間違いありませんね?」


「ええ」


「そして印刷室から先に平野さんが帰ってきて、その後あなたが印刷した紙とパソコン一式を持ってここに戻ってきました。これも間違いありませんね?」


「そうだけど」


「だとしたら平野さんが印刷室を離れた時、あなたは文面を書き換えるチャンスがあったんです。そして実際にあなたはその文を書き換えて印刷し、生徒会を通じて質問をする生徒に伝えました。これがいつ、です」


 推理を一旦終わらせ、口を閉じた二宮は得意そうな顔で涼香を見た。


「確かに、筋は通ってる。それに上手く行かない事もない計画ね。つまり、浩太郎の推理が正しければ、刑事さんに送ったメールには、私たちの用意したものとは別の質問が書かれていたということになるわね」


 追い詰められた涼香だが、二宮に向けている表情には余裕がまだ残っていた。


「だけど私が本当にその計画を実行したっていうがあったというの? もしかしたら、私じゃなくて別の誰かが、質問の文面をひっそりと書き換えたって可能性もあるんじゃない?」


「証拠ならあります。ご存知でしょうが、この学校の生徒会では役員に一人一台ずつノートパソコンが支給されています。ということは各役員はそれぞれ自分のパソコンで作業をする。つまり他の人のパソコンに触れる機会は無いはずなんです。

 しかし、今話した計画をあなたが行ったとするならば、あなたは書記である平野さん専用のパソコンに触ったことになる。だからこのパソコンから指紋を採取して、あなたの指紋を見つければいいんです」


 そして二宮は千尋から借りた指紋採取キットを出し、パソコンに指紋採取用のアルミパウダーをパソコンに掛ける用意をした。


「ちょっと待って」


 涼香が準備をしている二宮を止めた。


「どうしました?」


「浩太郎、まさかそのパソコンから私の指紋が出ると思っているの?」


「そうです」


「あんた、馬鹿ね。今からその粉をキーボードにかけて指紋を採ったとしても、いくつも重なった持ち主である冷夏の指紋しか出ないわ。たとえ私がそのパソコンで文章を書き換えたとしても、それが本当に私の指紋なのか確かめようがないじゃない」


「つまり、証拠になるあなたの指紋が出ないと?」


「そうに決まってるでしょ」


「なるほど、でも物は試しです。やってみましょう」


 そう言って二宮はアルミパウダーをキーボードにかけ、ブラシで粉まみれのキーボードを掃いた。余分なパウダーを落とすと、キーボードからはいくつも重なってぐちゃぐちゃになっている指紋が出てきた。


「ほら、言ったとおりでしょ。これじゃ証拠になる訳が無い」


 涼香が溜息をついて、部屋の壁にかかった時計をちらりと見た。


「いつまでもこんな無駄なことに付き合ってる暇は無いわ。もう帰るわよ」


 涼香はそう言って部屋から出ていこうとした。しかし、


「ちょっと待ってください」


 という二宮の声に止められた。


「まだ一つ、調べていない所が残っています。ここです」


 二宮はそう言って、パソコンのタッチパッドを指さした。そしてそこにパウダーをかけ、ブラシでパウダーを落とすと、中央にはこすれた指紋、そして左下にはくっきりとした指紋が現れた。


 それを見て涼香は愕然とした。まさか、そんなまさか。


「さて、この指紋をあなたの指紋と比べてみましょう」


 そして二宮は浮かび上がった指紋の横に、涼香の指紋サンプルを置いた。並んだ二つの指紋は、全くと言っていいほど同じだった。


「これは、あなたの指紋です。澄川さん」


「どうして、どうして冷夏の指紋が出なかったの」


 涼香は想定外の事態に困惑するばかりだった。


「あっ、もしかして……」


「そうです。書記の平野さん、ノートパソコンのこういったタッチパッドが苦手だったんです。だから学校にマウスを支給してもらってたみたいです。そんな人がこのタッチパッドで操作したりなんかしません」


「だけど、どうして私がタッチパッドを使うって思ったの」


「去年付き合ってた時、僕たちは図書館に行ってパソコンを使ったりしました。そこであなたはマウスを使わず、タッチパッドを使っていた。それを思い出したんです」


「……ああ。確かに、そんな事もあったわね」


 ちっぽけな記憶から、計画の全てを立証されてしまった涼香の呟きには、悔しさが滲み出ていた。


「これで証明できました。あなたはこのパソコンを使って一種のアリバイ工作を行ったことが。もう、認めてくれますよね?」


 二宮のその言葉で涼香は覚悟を決めた。悪あがきなんてするだけ無駄だ。みっともない、もう認めよう、と。


「お見事。全部、浩太郎の言う通りだわ」


 涼香の言葉を聞いた二宮、は哀しい目で彼女を見つめていた。


「残念です。あなたのような頭のいい人が殺人を犯すなんて、どうして」


 そう言って二宮は深い溜息をついた。


「被害者の升野は最低の人間だった。人を脅して、金を取ってその人を悲しませるような人間よ。そんな人がこの先、どんな多くの人の人生を脅かすか……だから殺したのよ」


 涼香は堂々とした口ぶりで二宮に動機を語った。しかしそれを聞いた二宮の顔は曇ったものだった。


「澄川さん、それは間違っている」


 二宮は哀しく、そしてまっすぐな目で涼香を見た。


「考えなかったんですか? あなたが殺人を犯したことで、どれだけの人に迷惑がかかるのか……」


「迷惑? あの女が死んで、誰に迷惑がかかるというの?」


「僕が言っているのはそういう話じゃない。あなたの事を言っているんです」


「……私?」


「この学校は名門校です。将来の夢の為に血のにじむような努力をして、入学してきた生徒が大勢いるはずでしょう。しかし、生徒の、ましてや生徒会役員であるあなたが殺人を犯したなんて世間に知られたらどうなると思いますか? 当然、この学校の評判は地に落ちてしまうでしょう。あともう少しの所で夢を掴めたはずの人が、夢を諦めなければならなくなってしまうはずです。

 この学校の先生たちは? 生徒から犯罪者を出したことで、世間から大きな批判を受けるかもしれない。そして、自分の為にあなたが殺人者になってしまったと、あなたが救った人が知ってしまったら? そしてこの人たちの中で将来に絶望してしまった誰かが……自殺するかもしれない」


「まさか……」


「そんなことあるわけないって、どうして言い切れるんですか? いいですか? この世に正しい殺人なんて、ある訳が無いんです。どうあがいたって誰かが傷つくに決まっているんです。どうしてそれに気付くことが出来なかったんですか?

 宜しいですか? 僕たちはただの学生です。どんなに頭が良くても、どんなに正義感があっても、しょせんはただの学生なんです。人を自分の手で裁く権利なんてありません。

 僕たちがするべきは、世の中の何が正しくて、何が間違っているのかを追求するために学び続ける……それだけです」


「……」


 二宮の訴えに、涼香は黙るしかなかった。


「行きましょうか」


「……ええ」


 歩き出した二宮だったが、扉の前で急に足を止めた。


「ああ、そうだ」


「どうしたの?」


「いや、この事件でまだ一つ、判らなかった事があって」


「言ってみて」


 二宮はすうっと息を吸って口を開いた。


「どうしてあなたは僕をここに呼んだんですか? 呼んだところで、あなたには何の得にもならないというのに」


「……ああ、それはね」


 涼香は扉から、二宮の立つところへ戻った。


「完全犯罪をするなら、浩太郎にも解けない犯行をしたかった。浩太郎にも見抜けないような、完全犯罪をね……結局、あんたに負けてしまったけれど」


「そんなもんです。罪は必ず暴かれる、それが世の中の鉄則です」


 その言葉に涼香はそうね、と言って、頬に涙を流しながら二宮に微笑んだ。



 最終話「最後のあいさつ」完




これらの事件は創作であり、二宮浩太郎は架空の高校生です。

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