二宮浩太郎からの挑戦状 其の五
涼香がピロティを離れて、暫くぼんやりと考え事をしていた二宮は、再び生徒会室に戻った。部屋の扉を開けると、部屋には琴音が居た。二宮は彼女に声を掛ける。
「澄川さんはもう帰ったんですか」
「ええ、さっき荷物を持って出ましたよ」
「他の人たちも?」
「ええ、今ここに居るのはわたしと……」
琴音は目線を二宮から机の方へ向けた、机には椅子に座ってだらんとうつ伏せている千尋が居た。
「この人、どうしたの」
「さっきPTAから解放されてここに来たんですけど、ずっとこんな調子で」
「良い大人が情けないなあ。これじゃまるで粗大ごみじゃないか」
呆れた二宮が千尋を起こそうと、彼女の頭を叩いた。
「こら、起きなさい」
「うう……」
千尋は唸るばかりで、ろくに返事をしなかった。
「これじゃ駄目ですね。放っておきましょう」
「いいんですか」
「そのうち、回復するでしょう」
「もし回復しなかったら?」
「その時はここに置いていきましょう。下手に助けたらこの手の大人はどんどんダメになっていきますから」
そう言って二宮はけらけらと笑った。
「あ、椅子に座っていいですか」
「ええ」
「失礼します」
椅子に座った二宮はふーっ、と息をついて両腕を上に挙げて体を伸ばした。
「そういえば……あなたと澄川さんは、どういうきっかけで付き合ったんですか?」
椅子に座ってくつろいでいる二宮に、琴音が話をした。
「きっかけですか。うーん、何だったかな」
思い出そうと二宮が頭に手を当てる。
「あー……確か文化祭で劇をやって、そこで共演したのがきっかけだったかな」
「ラブストーリーとかだったんですか」
「いや、ミステリーやったんです。僕が探偵で彼女が犯人」
「はんにん、ですか」
「ええ、記憶力がいいから長台詞が出来るってことで、クラスの脚本担当のやつに抜擢されましてね。そこからどうしてか仲が良くなって、付き合ったんです」
「デートではどこに行ったりしたんですか」
「気になりますか」
「そういうのに、ちょっと興味あるんです」
「そう言われても、本屋に行ったり、図書館に行って本読んだりしただけですよ」
「変わってますね。恋愛漫画のデートとは全然違う」
「二人揃ってあんまり遊びとかに興味が無いもんですから。図書館のノートパソコンをいじったりとかはしましたけど」
「へんなの。それで仲は良かったんですか」
「まあまあ良かったはずですけど」
「じゃあ、どうして別れたんですか」
その質問に、二宮が深い溜息をついた。
「ある事件に二人で巻き込まれたことがあるんです。そして、それを解決した時、その事件の犯人には哀しい動機があったんです」
「……どんな事件だったんですか?」
「さあ、確か恋人同士の確執だったか何かだったかな。もう殆ど忘れてしまいましたがね……それでその犯人を自首させるべきだと僕が言うと、澄川さんは猛反対して見逃すべきだと言ったんです。それで大喧嘩して、別れました」
「そう――あまり聞かなかった方が良かったのかな」
琴音がしんみりとすると、机にうつ伏せていた千尋が急に顔を上げて目を覚ました。
「……今何時?」
「午後の五時半過ぎ」
二宮が自分の携帯を見ながら呟き、千尋が顔を部屋の窓に向けた。
「確かに、もう暗いなあ」
そう言って、ぼさぼさになったボブカットの髪を手で整える。
「なあんでこんな目に遭っちゃったのかなあ」
「講演会の事ですか?……あれは本当にすいませんでした」
琴音が千尋に頭を下げて謝った。
「いや、もういいのよ、それは……」
「だったらどうしてそんなに落ち込んでるの」
「……あんたの事よ、ニノ」
「え、僕?」
「そういえば、男子学生をこの学校に入れるとはけしからん、とPTAの方々にそれを咎められたらしいですね」
琴音が二宮にいった。
「話には聞いていたけど、そんなにこういう事に厳しいの? この学校」
「そうなのよ。”神聖な学校に男を入れる事が生徒の精神を堕落させる!”とか何とかうるさくて……」
「それは災難でしたね。どうしてそこまでうるさいんでしょう」
「数年前に学校に潜入した男が、生徒会の重要なデータが入っているノートパソコンを盗んだ事件があったらしくてね。それでもともとそういうのに敏感だったのが、さらに酷くなったなったらしいけど」
「どんなデータが入ってたの」
「犯人は生徒の写真と、身体測定で計ったスリーサイズの記録が目当てだったらしいけど」
「あらま」
二宮が間抜けた返事をする。
「聞いたことがあります。一台のパソコンにいっぺんに重要な情報をたくさん入れておくと、盗まれたとき大変だから何台も備品のパソコンを購入して、データを分散させているらしいですよ。この生徒会でも役員に各一人ずつ支給されています」
「随分と金持ちな学校だなあ」
「あと、書記の平野さんはノートパソコンのタッチパットが苦手らしくて、マウスを支給してもらってましたね」
「……あ、書記で思い出しました」
「どうしたんですか」
「一つ、聞いておきたいことがあったんです。講演会の原稿って、書記の人が書くんですか?」
話を聞いた千尋が嫌な顔をした。
「……ちょっと、講演会の話はもういいでしょ」
「いや、これはとても重要な事だから確認をしないと」
「原稿ですか。まず平野さんが書いたものを刑事さんに送信して、その文章を何枚か印刷して、それを生徒会に回したんです」
「質問のコーナーはどうしたんですか」
「各役員が知り合いに頼むんです。あんまり話が広まると、やらせだと騒ぎになるので、知ってるのは質問者と、わたしたち生徒会だけです。あとは先生で知ってる人が何人か」
「生徒会の皆さんは質問の内容を全部把握しているんですか?」
「ええ、印刷した紙を見ればいつでも判りますよ」
「その紙、誰が印刷したんですか」
「平野さんと澄川さんが、印刷室へパソコンとマウスを持って印刷に行きました」
「そうですか、どうもありがとう」
「あ、そういえば」
「何か思い出したんですか」
「平野さんが印刷室から早く帰ってきて、後から澄川さんがパソコンとマウスと印刷した紙を持って帰ってきたんですよ」
「それはどうして」
「さあ、どうしてだったんでしょうね」
「……」
「どうしたんですか、二宮さん」
黙りだした二宮に琴音が心配して声をかけた。
「大川さんさ……」
「な、なに」
「関係者の指紋は全部取ってあるよね」
「そりゃあ、あるけど」
「澄川さんの指紋のサンプルと、指紋採取キットを持ってきてくれない?」
「どうして」
「それはいいから、早く」
「は、はいっ」
千尋が走って生徒会室から出ていった。
「あの……一体どういう事なんですか?」
琴音が心配そうに二宮を見る。
「ええと、名前は……」
「井ノ原琴音です」
「井ノ原さん、今すぐ書記に連絡して彼女のノートパソコンを持ってきてもらってください」
「え、ええ……」
部屋から出ようとした琴音だが、後ろから二宮に声を掛けられた。
「ああ、あともう一つ。澄川さんをここに呼んできて、お願いします」
「……はい」
そういって琴音が部屋から出ていくのを二宮は見届けた。




