十・宣戦布告
帰宅規制が解除されて殆どの生徒が帰宅し、静まりかっている校舎内を涼香と二宮は歩いていた。
「綺麗な建物だなあ。やっぱり、私立校はそういう掃除の業者を雇ってもらってるの?」
「全部自分たちでやってるわよ。そういう先入観があるだけなんじゃない」
「そうかなあ。どう考えても僕の通ってる高校より、色んな所でお金がかかってそうなんだけど」
「……」
涼香が急に返事をせずに黙りだした。
「あれ、どうかしました」
「浩太郎さ、まさかわざわざ世間話をするためだけに呑気に私と散策している訳している訳じゃ……無いよね?」
涼香は少し前から感じていた疑念を二宮に口にした。
「まさか、深い意味なんてありません」
「今日は月曜日、つまり浩太郎が大好きなジャンプの発売日。なのにあんたが家に帰ろうとせずに、こんな所でふらふらしているなんて、どうもおかしいと思ったのよ」
そう言われて二宮は一瞬黙ると、涼香に向かって口を開いた。
「あの事件で気になる事があったんです。だからあなたに相談を」
「そう。聞かせて」
校舎からピロティに出た二人は、ピロティにあるベンチに座って話を始めた。
「そういえば、事件が起こった時は生徒会の皆さんは何してたの」
「井ノ原会長は刑事さんと一緒に舞台にいて、その他の人は体育館の前の方に置いたパイプ椅子に座って、話を聞いていたわ」
「席を離れたりは?」
「私は質問のコーナーの時に席を少し離れたわ」
「なぜ」
「マイクの音が体育館全体に聞こえているかチェックしたのよ」
「ふうん」
「他には無いの?」
「ああ、忘れていたことが。一番気になるのは、何故犯人はわざわざ講演会をやっている時なんかに犯行を行ったのか、ということ。あの被害者を殺したければ、放課の間とか部活中、いや、いっそのこと学校の外でも良かったはずなのに」
「確かに抜け出したのが判れば、一発で犯人候補になってしまうわね」
「だからこんな事をしたからには、それなりの理由があったと考えられる。これに関して意見が欲しいのだけども」
「意見、って何を言えばいいのよ」
「例えば、誰にも怪しまれることなく体育館から抜け出して、それでも人にずっと体育館にいたという態度をとれるようにする方法とか」
「やけに具体的ね」
「更に言えば、講演会での大川さんの失敗が起こった中、犯行現場に行ったとしてもその失敗を知ることができた方法が何なのか知りたい」
「やっぱり」
「はい?」
「ねえ浩太郎。講演会の間、どのタイミングでも事件が起こった可能性はあった。だけど、よりにもよってなぜあの刑事さんが失敗した時に、あんたは事件が起こったと考えるの?」
「……」
「浩太郎、あんた私が事件の犯人だと思っているでしょう?」
「まさか、そんなことを考えている訳ないじゃないですか」
二宮が下手な言い訳をした。
「隠さないでよ。さっきの浩太郎の質問、どう考えたって私が犯人だった場合の犯行方法についての話だったでしょう。正直に思っている事、全部言いなさいよ」
二宮が涼香の話を聞いて、溜息をついた。
「分かりました、白状しましょう。澄川さん、僕はあなたが今回の事件の犯人だと思っている」
「いつからおかしいと思ったの。いつから私が犯人だと?」
「生徒会で被害者のカメラからメモリーカードが抜けていたという話が出た時、あなたは被害者はメモリースティック目当てで殺されたと言った」
「ああ、つまり……」
「確かに被害者のカメラからはメモリースティックが抜けていました。しかし、どうして抜き取られたメモリーカードが、世間的にはマイナーなメモリースティックだと、なぜ知っていたのか。それが引っかかってから、どうも怪しいと」
「私がよく使っているメモリーカードがメモリースティックだから、と言ったら?」
「それで僕が納得すると?」
「浩太郎が納得しなくても、警察はそれで通してくれるだろうけど」
「そうでしょうねえ」
「それに第一、私はずっと体育館に居たのよ。それに刑事さんの失敗も知っている。このアリバイ、浩太郎は崩せるっていうの?」
涼香はベンチを立って、二宮の方を見た。
「それじゃあ、私、帰るから。お疲れさまでした」
ピロティから出ようと、涼香は二宮が座るベンチから離れた。その時、後ろから二宮の声が聞こえた。
「澄川さん、僕は必ずあなたの犯行を暴いてみせる。あなたは必ず、どこかで犯行の痕跡を残しているはずだ。それを見つけ出してやります」
「……楽しみにしてるわ」
涼香は二宮に振り向いてそう言って微笑んだ後、二宮を残してその場を後にした。




