四・二宮の罠
二宮が落とした携帯を香織が拾うと、画面には一枚の画像が表示されていた。
その画像には、倒れて歪んだ表情をしている少女Aが移されていた。首から流れ出た血で、赤い水たまりができている。
二宮は顔を青くしたまま、目を手で覆っていた。
「……こういうの、駄目なクチなの?」
「血を見るの、嫌いなんです。早く閉じて」
「そんな怖がることないでしょ。ほら、手、外して」
「嫌です。言葉で教えてください」
香織は「はぁ」と溜息をついて二宮に説明を始めた。
「女の人が折り畳みナイフで首を切られて、その周りに血が出ているってトコ」
「本当ですか」
「本当だって」
二宮が顔から手を外して恐る恐る画像を見た。
「うーん。あんまり見てて気分の良いものじゃないですね」
そのツイートには“笹ヶ峰駅で人が血を出して倒れてた!とりあえず駅員さん呼んだけど、死んでる、よね?”とある。
「下に返信が出てますね。“うわ、やば”――他にもこれと似たようなあんまり中身のない文章が下にずらりと並んで」
「まあ、たしかに”やば”としか言いようがないけど」
「しかしあなたは大したものです。この画像を平然と見られるんですから」
そりゃ、自分がやったからね……とは死んでも言えない。
「やっぱり、ホラー映画とか好きで慣れてるんですか」
「えっ、まあ……月に一、二本位ね」
香織は二宮の勢いに押されて、ホラー映画が好きなどという、つく必要のない嘘をついてしまった。ああ、もっと他に誤魔化し方があっただろうに。
「やっぱり、テレビで放送されたら必ず観るようにしてるんですか?」
「……まあね」
嘘だ。テレビなんてここ最近全く見ていないし、そもそも、ホラー映画は苦手だ。だが二宮に怪しまれないようにするためには、上手く話を合わせるしかない。嘘に嘘を重ね続けるしかないのだ。
「それじゃ、最近テレビでやってたホラー映画観ました?」
「ええ、観たけど」
「そうですか! 僕も観たんですよその映画! 怖い顔の機械が大勢の人を殺していくもんだから、とにかく怖くて怖くてですねえ」
判った、ターミネーターだ。あまり映画を観ない香織でもその位は知っている。
「ターミネーターでしょ、あたし、あの映画大好きなんだよね」
本当は観たことないから好きでも嫌いでも何でもないのだが。
「ターミネーター」
「うん、ターミネーターでしょ。あれ、好きじゃないの、あの映画」
「いや、僕、あの映画好きですけど、違う映画ですよ」
「えっ?」香織は言葉を失った。
「ほら、チャイルド・プレイングですよ」
「え、チャイルド・プレイング?」
「ほら、殺人鬼がおもちゃに乗り移って人殺しちゃう話」
まずい、うまく誤魔化さなければここまでついた嘘がばれてしまう。
「あ、ああ……そっちか。うん、あの映画も面白いよね。いつ放送してたかな、あの映画」
「ええと、いつの番組でしたっけ」
二宮が自分の携帯で調べごとを始めた。
しかしこの調子では駅に着くまで心配だ、もしかしたら自分が事件に関わっていると判ってしまうのでは――
いや、それは無いだろう。二宮が事件について知っている情報はあの画像一枚だけなのだから。
「あっ、判りましたよ」
急に二宮が声を出して、考え事をしていた香織は驚いた。まさか、ばれたというのか?
「な、何が」
「チャイルド・プレイングの放送日です。ええと、あれ?去年の八月です。“深夜のロードショー、夏のホラー祭り”ううん、どうしてだろう」
何だって?
「あっ、そうだ、思い出しました。去年録画したやつを、おとつい姉が暑い暑いと喚いていたから涼むために観ていたんです。んー、どうして勘違いしてたのかなあ」
とぼけたような顔をして、二宮はべらべらと話を続けた。その姿を見て、香織は二宮に向かって眉をひそめた。
「――二宮君、聞いていい?」
「何ですか」
「これは何のつもりなの」
「何って、他愛もない世間話ですよ、ははは……」
嘘に決まっている。これは罠だ。二宮は確実に自分に疑念を抱いている。
どうして彼は自分が怪しいと思ったんだ? いつ、何を言った時……?
香織はへらへらと笑っている二宮に怯えるしかなかった。




