七・対決の始まり
通報を受けた警察が天照女学院に集まり、生徒たちが教室で教師からの指示を待っているなか、生徒会のメンバー四人は生徒会室に集まって待機をしていた。
「生徒の誰かが殺されたって話だけど、一体誰なんだろう」
「講演会の間に起こったらしいですけど」
「犯人は外部の人でしょうか」
「そうでなかったら犯人は先生、もしくは生徒の中にいるってことになります」
「じゃあ、まだ犯人は学校の中に……」
彼女たちの間で疑問と不安が混じった会話がされる。そんな中、千尋が生徒会室に入ってきた。
「お疲れ様です」
琴音が入ってきた千尋に声を掛けた。
「それは捜査のほう? それとも講演会のほうですか?」
千尋が顔を赤くしながら俯く。
「まっ、まあさっきのことは一旦忘れてくださいよ」
「そうですよ。とりあえず、今は捜査の方に、ね?」
瑠衣と冷夏が講演会で大失敗した千尋をなだめる。
「そ、そうね……うん! 今は捜査に集中、集中!」
「その調子ですよ」
「うん。あ、そうそう、これから捜査情報を生徒の代表のあなたたちに伝えるけど、くれぐれも内密にね……まだ先生たちにしか話してないから」
千尋が鞄から捜査資料を出して説明を始めた。
「殺害されたのは生徒の二年生の升野日沙里さん。さっきここに来て、カメラでわたしたちを撮った生徒よ」
「そう……それで犯人の目星はついているんですか?」
涼香が自分にとって、最も重要なことを訊く。
「いや、今のところ全く……」
千尋の顔が曇る。
「とりあえず、生徒全員の指紋を採って、アリバイを訊くから。勿論あなたたちも例外じゃないわ。ちょっと不愉快かもしれないけど、勘弁してね」
「判りました。だけど、事件が起こったのは確か講演会の間って聞きましたけど」
「そうだけど」
「だったらその時、皆体育館に居たから、全員にアリバイがありますよ」
「私もすこし席を外しましたけど、体育館で大川さんの大失敗を見てましたから」
「う」
「質問のコーナーで答えを間違えちゃって……」
「ごめん、その話は止めて」
涼香の言葉で千尋が軽く傷ついた。
「ごめんなさい、もう言いません」
「とにかく、今から指紋の採取はするから」
入って、という千尋の言葉で廊下にいた警察の鑑識員が指紋の採取キットを持って入った。
「では、これから指紋の採取をします。まず誰からやりますか」
「私からやります」
涼香から始まった指紋の採取は、琴音、冷夏、瑠衣の順番で行われた。
「手を洗ってきてもいいですか」
インクで汚れた指を見せながら瑠衣が千尋に申し出た。
「ええ、行ってらっしゃい」
「あ、じゃあ、あたしも」
瑠衣に続いて冷夏も部屋を出ていった。
「あなたたちはいいの」
「いえ、もらったティッシュで大丈夫ですから」
「汚れとか、そういうのに無頓着なのね。モテないわよ」
「今モテたって、校則で禁止されてますから」
「そういえば、そんな校則もあったわね。まっ、ずっとそのままじゃ卒業しても、一生彼氏ができないだろうけど」
「まぁ……そうかもしれませんけど」
「わたしは昔いましたけどね、彼氏」
「えっ、居たの、彼氏が」
「ちょっと、それは校則違反なんじゃ……」
千尋と琴音が涼香の言葉に衝撃を受けた。
「だから昔いた、って言ったでしょう。安心してください、今は居ませんから」
「だけど真面目な澄川さんに彼氏がいたなんて。一体どんな人だったの?」
「そうですね……甘いものが好きで、一見真面目な感じだけれど、本当はかなり自己中な性格で、人に迷惑ばっかりかける男でした」
「そんなどうしようにもない人と付き合っていたの?」
「まさか、私は何もできない人に好意を持ったりはしませんよ」
「だけど澄川さん、前のテストで学年一位だったでしょう。そんな優等生のあなたが付き合った人って、どんな人だったの」
「……ぼんやりとしてるようで実は鋭い観察眼を常に働らかせている。そして周りで事件が起きると現場に現れ、一旦怪しい人物を見ればその罪を暴いてしまう――あたかも推理小説から抜け出したような男です」
「そ、それって、まさか……」
千尋が恐る恐る涼香から聞き出そうとする。
「お察しの通りですよ。二宮浩太郎です」
涼香が二人に向かって笑みを浮かべた。
「まだ犯人の目星は付いてなかったんですよね」
「え、ええ……そうだけど」
「ここは一つ、浩太郎に捜査を任してみたらどうですか」
「え、アイツを呼ぶなんてそんなの嫌だよ」
「そうですよ、”元”彼氏なんだから澄川さんも会いにくいんじゃ……」
「気にしないで良いですよ。ここは一つ、彼のお手並みを拝見してみましょう」
千尋は少しの間頭を悩ませた後、ポケットから携帯を出した。
「ねえ、他の学校はもう放課後になったのかな」
「今、四時半です。今頃帰り道のコンビニで漫画でも読んでいると思いますよ」
千尋は判った、と言って二宮に連絡をかけた。
そして十分後、校門の前で待っていた涼香たちの前に、自転車に乗った二宮が現れた。制服を着てふらふらと走るその姿は、付き合っていた時と全く変わらなかった。
校門に入って自転車を降りた二宮は自転車を押しながら涼香たちを見た。
「お久しぶりです」
「こちらこそ」
「自転車置き場、どこにあるの」
「向こうの武道場のほう。案内するわ」
「どうも」
最後に会った時と、全然変わらないな……涼香は自転車置き場に向かう二宮の姿を見て、そう呟いた。




