六・抜け出す二人
涼香たちが体育館へ到着した時、既に全校生徒の殆どが整列をして待機していた。
生徒会のメンバーが教員席の近くの席に座り、会の進行役の琴音が舞台袖のマイクの前に立って礼をすると、喋っていた生徒たちはすぐさま口を閉じて静かになった。
『今から平成二十九年度、卒業生と語る会を始めます。それでは県警からお越しになった大川千尋さんです。皆さん、拍手でお迎えください』
琴音がそう言うと生徒たちが拍手をし、舞台裏で待機をしていた千尋が出てきた。舞台にちょこんと置いてあるパイプ椅子に座り、その前にあるマイクに向かって話を始めた。
『えー……どうも、警察から来た大川千尋です。今日は講演会に呼んで頂き、大変光栄です。わたしの話が皆さんの今後の人生に役立ってもらえば嬉しいです。ではこれから一時間、よろしくお願いします』
千尋が生徒たちにあいさつをしながら笑顔を振りまくると、生徒たちから拍手の音がした。千尋はその音を聞いて、えへへと笑う。
『では、まず初めに生徒から大川さんへの質問のコーナーを始めます。警察の仕事や、学生時代の思い出など、色々な事を大川さんから尋ねてましょう。では、質問がある人は手を挙げてください』
パイプ椅子に座って司会を聞いている涼香は、隣の席に座っている瑠衣に話しかけた。
「あれって、事前に質問してくれと生徒会から頼んだ人に当てるんですよね」
「うん、そしてあたしたちから頼まれた通りの質問をする」
「それ、一種のやらせなんじゃないでしょうか」
「それは仕方ないよ。警察の極秘情報だとか、答えづらい質問とかに触れたら大変だし」
話をしながら涼香は、二年生の列に居る日沙里が自分の指示通りに列から立ったのを見た。立ち上がりながら日沙里は周りの生徒と会話をしているように見える。出ていく口実でも話しているのだろう。
「副会長、私、少し席から離れます」
「どうしたの、急に」
「体育館の後ろの方に行ってマイクの聞こえ具合を確認してきます。ちょっと、声が小さいような気がしたので」
「え、そうかなあ。あたしは大丈夫だと思うけど」
「一応、念のために聞いてきます」
「あ、じゃあ、わたしも行った方がいいかな?」
涼香の隣の冷夏が声を掛ける。
「いいよ、私一人で行くから。二人はここに居て」
席から立って、涼香は体育館の後ろに向かった。扉の前で誰も自分を見ていないことを確認して、涼香は体育館から出ていった。
体育館から出て校舎との間にある中庭を見ると、日沙里が校舎へ向かっていた。後をつけるように涼香は日沙里を追いかける。
校舎へ入って、指定場所の涼香はトイレへ入った。中には先に来ていた日沙里が居る。
「さて、あの件の事、どうするつもりなの?」
日沙里が涼香に向かって薄ら笑いを浮かべる。
「今日の所は、これで」
涼香はポケットから五千円札を出し、それを日沙里に渡した。
「こりゃあ助かるなあ。メモリースティックを最近買って、金欠気味だったんだよね」
日沙里は自分のポケットから財布を出し、涼香に背を向けて財布に五千円札を入れようとした。
「カメラ、今持っているんですか?」
「持ってるけど、あの写真を消すつもりは無いから」
「……そう」
涼香は自分に背を向けている日沙里に近づき、ポケットから用意した手袋を嵌めて細い縄を出し、縄の両端を持ち、それで日沙里の首を力強く絞め始めた。
「うっ!」
日沙里が抵抗し、首を絞める涼香の手を引き離そうとしばらく暴れたが、次第にその力は弱まってゆき、そして力尽きると、支えの無い人形のように倒れてしまった。縄から手を放した涼香の息が乱れる。
はあ、はあ、と荒い息を吐きながら涼香は日沙里の持ち物を探る。ポケットから日沙里のカメラを見つけ、カメラからメモリースティックを出して、カメラを日沙里のポケットへ戻した。
もうそろそろ体育館では質問コーナーが終わっている頃だろう。縄を持って、涼香はトイレから走り去り、体育館へ戻る。途中で彼女は中庭にある焼却炉に犯行に使った縄と手袋を入れた。
体育館の扉をこっそり開けて、涼香は瑠衣や冷夏のいる席へ戻る。
「今戻りました」
「随分長かったね」
「あんまり動くと、見ている人の邪魔になると思って、中々戻れませんでした」
「で、聞こえ具合はどうだった」
「特に問題はありませんでした。杞憂だったみたいです」
涼香は舞台の上の席に座っている千尋を見た。冬場だというのに、大量の汗をかいている。
「まさか、あの大川って人、あんなことをしでかすなんて、びっくりですよね」
「確かに、人選ミスだっただろうねえ。来年はもうちょいしっかりした卒業生にしてもらった方がいいよね」
ごもっともです、と言って涼香はにやりと笑った。事は全て計画通りに進んだようだった。
たじたじになりながら舞台で千尋が話を続け、ようやく講演会は終わった。
そして会が終わった直後、手洗いに行った生徒によって日沙里の絞死体は発見され、全校生徒は安全のためという名目で学校に閉じ込められ、学校に居合わせた千尋を中心に警察の捜査が開始された。




