三・電車内での再会
「……うん。座って良いよ」
「では、失礼します」
二宮が香織の隣に座った。
「あたしの名前も言っておこうかな。あたしは葉桜。葉桜香織」
「葉桜先輩、さっきはありがとうございました」
――先輩?
「あのさ、あたし、前に君に会ったこと、あった?」
「いえ、初対面です」
「じゃあ何で先輩って呼んだの? 制服で学校が判っても、学年までは判らないじゃない」
香織は殺人を犯した直後だという事もあってか、震えた声でそう言った。
「ああ、校章見たんです。先輩が制服に付けている三ツ谷高校の校章、色が三年生の緑ですから」
「ああ、そんな事か。それじゃ、二宮君は赤色だから――一年生か」
「そうです、ぴかぴかの一年生なんです。ってそんなことより、あなたに案内してもらった後大変だったんですよ」
「何があったの」
「券売機で切符買ったんですがね、あそこにある路線図がどうもややこしくて見づらくて……切符選ぶのにあたふたしてたら、電車を二、三本乗り過ごしちゃいました」
「あのさ、定期持ってないの?」
「いえ、持ってません。それにどこのホームへ行けばいいのかも判らなくて、駅の中で迷っちゃって……判る訳ないでしょう。あそこ迷路みたいですよ、絶対設計ミスだ」
「そんな調子でこれまでよく学校に通学できたわね……もしかして、電車通学、今日が初めて?」
「ええ、昨日まで自転車通学だったんです。昨日自転車を駐輪場に停めてたら、鍵をつけ忘れて盗まれちゃいまして」
「ははあ、そりゃ災難だったねぇ。これから自転車はどうするの」
「とりあえず防犯登録はしてあるので、見つかったら連絡が来るんですけど、それまでは電車通学することにしたんです」
「それはお気の毒さま」
香織がそう言った所で、二宮が新しい話題を出した。
「そういえば先輩は使っているんですか。あの、何と言いましたっけ……おサイフマネーじゃなくって、あの……」
「ICカードのこと?」
「そうそう、ICカード。あれ、使ってますか」
「うん、通学の時に毎日使ってるよ」
「あれって、便利なものなんですか?」
「便利だよ。毎朝君みたいに切符買うときあたふたすることないし」
「別の電車に乗って、学校とは違う方向へ行くときはどうするんですか」
「普通に切符代チャージすれば大丈夫なんじゃない? 別のホームの電車に乗ったことないから、よく知らないけど」
「ふうん、また勉強しておきます」
会話に区切りがついたので、香織が周りを見渡した。すると乗客の殆どが携帯を見てざわざわしていた。
「皆さん、どうしたんでしょうか」
「何かあったのかな」
「例えば何が」
「どっかの駅で何か……」
香織はここで言葉を止めた。このまま言ったら駅の事件に関わっていると宣言してしまうようなものではないか。
「ええっと、何ですか」
「……芸能人が結婚発表したとか」
香織は思いついたことを適当に言った。
「こんな朝早くにしますかね? ちょっと、ネットニュースを見てみます」
二宮がポケットから携帯を出して、画面を眺めた。
「うーん、特に何もありませんね。皆さんは何見ているんでしょうか」
「ツイッターか何かで話題が流れてるんじゃない?」
「なるほどツイッターですか。やってないけど見れるかな」
しばらく二宮は携帯を操作していると、彼は急に顔が青ざめて、「うっ」と声を漏らした。すると携帯が二宮の手からするりと滑り落ちた。