五・ヒロイン談義
古本屋を出て、一行は早紀の家へと向かった。栄一からすれば、この日三度目の訪問である。
家に着いて玄関に入ると、階段前の廊下で早紀の父親が俯いていた。栄一は彼に近づいて声を掛けた。
「おじさん、なんて言ったらいいか……」
早紀の父親は栄一の声に気付き、反応した。
「栄一君か。私もあまりの事で何が何だか……」
「おばさんは?」
「トイレで登美と一緒に閉じこもって泣いている」
トイレが好きな親子だな。
「まさか、突然こんな事が起こるだなんて……」
二人が話をしている時、階段から郷家警視が降りてきて、早紀の父親に話しかけてきた。
「市井さん、少しお話しなければならない事があるのですが」
「ええ、では応接間で」
「判りました。ではそちらで」
早紀の父親が応接間のあるほうへ行き、郷家警視もそれに続こうと歩いた時、千尋の方を振り向いて指示をした。
「大川、俺が話をしている間お前が現場を見ておいてくれ。あとその制服を着ている少年が二宮って奴か」
「ええ、二宮と申します」
「来てくれて悪いんだが二宮君。君もう帰って良いぞ」
「え?」
「これは不幸な事故だ。市井さんは足を滑らせて頭を棚にぶつけて亡くなった。だから君の出る幕は無い。霧矢が居れば十分だ」
「何か根拠があるんですか」
「霧矢と市井さんの妹さんが現場に入ってくるまで家の全ての鍵が閉まっていた。つまり事件当時、この家自体が完全な密室だったって訳だ。殺しのセンはまず無いな」
やったぞ、栄一は心の中でガッツポーズをした。事は栄一の思い通りに進んでいるようだ。
「ふうん……まあ、折角呼ばれたんです。思い出にしたいので参加させてください」
人の死んだ所を見て思い出にするなんて、どういう奴だ。栄一は二宮の問題発言を聞いて思った。
「まあ、別に構わんけど、邪魔するなよ」
「ありがとうございます。ああ、そうそう。警察への通報は誰がしたんですか」
「俺だけど、それがなにか」
栄一が名乗り出た。
「そうでしたか。では行きましょう」
二宮は栄一に向かって微笑むと、すぐさま階段を上った。
「おい大川、お前、いつもあのガキを相手にしてたのか」
「……はあ」
「苦労してるんだな、お前も」
まあ、頑張れよ、と郷家警視は千尋を慰めて、栄一のほうを見た。
「辛いだろうけど、市井さんに会ってきてくれ」
「……ええ」
「それじゃあ、また」
そう言って郷家警視は応接間へ向かった。
栄一と千尋は、上の早紀の部屋に向かった。部屋に入ると、鑑識の人間と二宮が世間話をしていた。
「――で、あなたもジャンプ読んでたんですか」
「まあ、仕事で検査結果が出るまで暇だから、そんな時間に読んでたんだけど、ニセコイが終わってからは買ってなくて」
「ニセコイ、お好きだったんですか」
「ええ」
「で、誰派でした」
「へっ?」
「小野寺さん? それとも千棘ちゃん?」
「……小野寺さん」
「僕、鶫さん派」
「鶫さんかあ。確かに彼女も可愛かったもんなあ」
漫画のヒロイン談議をしている二人に、千尋が割り込んできた。
「ニノ、あんた少女漫画だけじゃなくて、ジャンプも読んでるの」
「ええ、大川さんも読んでいたんですか」
「わたし、橘さん派」
「マリーですか。大川さんも趣味が良い」
雑談をしているメンバーを無視し、早紀の死体と再び対面した栄一は、早紀の両手の状態に注目した。
早紀の指が何かを摘んだ様に中途半端に閉じていたのだ。栄一に掴みかかった時に、手を摘んだ状態で突き飛ばされ、そのまま死んだのだろう。
これでは早紀が死んだときに誰かと揉み合っていたという事が知られるかもしれない。幸い誰も気が付いていないようだから、今のうちに手を広げておこうと栄一は早紀の手に触れようとした。
その時、二宮のあれえ、と言う声が聞こえた。
二宮は突然雑談を打ち切って早紀の死体へと向かい、彼女の手を見た。
「市井さん、両手の指が何かを摘んでいたのかのような状態で亡くなってます。もしかしたら亡くなる直前、誰かを掴んで揉み合いになっていたのかもしれません。霧矢さん、よく気が付きましたね。さすが今話題の高校生探偵だ」
二宮はそう言って、栄一に向かってにやりと笑った。
彼の声を聞いて、千尋や鑑識のメンバーが近づき、本当だ、どういう事だ、と口々に呟く。
どうして雑談をしていた二宮がタイミング良く、こちらの動作に気が付いたんだ? もしかしたら、会話に熱中するふりをして、わざとこっちが手出しするのを待っていたのでは――
まさか、と栄一は思ったが、もしかしたら、この男は自分の脅威になるのではないかと同時に感じた。




