二・問題のハイヒール
龍門寺家での事件が解決してから三日が経ち、栄一と早紀、郷家警視の三人は町中のファミレスに集まった。事件のその後の顛末を、郷家警視が栄一に伝えるためである。
栄一と早紀が学校の授業を終えてファミレスへ来た時、既に郷家警視は席に着いてコーヒーを飲みながら二人を待っていた。
「おっ、やっと来たか」
店内に入った二人に郷家警視は気付き、二人に向かって手を振った。
二人は郷家警視のいるテーブルに座り、店員を呼んでドリンクバーを注文した。
注文した後、二人はドリンクバーで飲み物をコップに注いだ。
「痛てっ」
栄一はそう言って、手に持っている冷たいコーラの入ったコップを離しそうになった。
「どうしたの」
「いや、コップの水滴が絆創膏の中に染みたんだ」
「ああ、確かあの屋敷に行ったときに千枚通しでうっかり指を刺しちゃったっていう、あれ? あの傷まだ治ってないの」
「ああ、結構ざっくりと刺さってな。もう少しで治りそうではあるんだけど」
「うわあ、痛そう。お大事に」
世間話をした二人は、席に戻って乾いた喉を潤した。
一息ついたところで郷家警視が話を始めた。
「それにしてもどうだ、学校の感じは。犯人の龍門寺由香、お前たちのクラスメートだったんだろう」
「……まぁ、皆ショックを受けていましたよ」
栄一が沈んだ口調で呟く。
「だよなあ。仲良く一緒に過ごしてた友達が殺人犯だなんて知ったら、落ち込まないはずが無いよなあ」
「今でもわたし、信じらんない。あの由香ちゃんが人を殺しただなんて……あんなに明るくて、楽しい子がお爺さんに殺意を持っていただなんて……」
「幾多の事件を解決してきた名コンビも、さすがにこれには堪えるよなあ」
場の空気が重くなり、全員が溜息をついた。
「しかし、起こっちまったもんはもうどうしようにもない。彼女が罪を償ってくれることを願うばかりだな」
「……それで刑事さん、俺たちに話したいことがあるって聞いたんだけど」
「ああ、そうだったな。それについてなんだが、お前たちに相談したいことがあるんだ」
「相談、ですか」
「そうだ。見てほしいもんがある」
郷家警視は鞄からジッパー付きのビニール袋に入っている、例のハイヒールを出した。
「これって凶器になったハイヒールですよね」
ハイヒールを見て、早紀はそう言った。
「そう。伊都美薫を死に追いやったハイヒールだ」
「このハイヒールがどうかしたんですか」
「事件が解決して署に戻ったとき、科捜研にこのハイヒールを検査してもらったんだよ」
「なにか、問題があったんですか」
「このハイヒールをルミノール検査した結果、血液の反応が出たんだ」
「だったら、別に問題は無いんじゃないですか?」
「問題はそこからなんだ。念のために血液自体の検査もしたんだが、検出された血液は伊都美薫のものじゃなかったんだ」
それを聞いた早紀は、驚きながら郷家警視を問い詰めた。
「どうしてですか。そのハイヒールのは伊都美さんが殴られた時に出た血が付いているはずじゃあ――」
「そうなんだよ。更に龍門寺一家全員の血液も採って検査したんだが、誰の血液とも一致しなかったんだ」
「……なるほど。確かにそれはおかしい」
話をすべて聞いた栄一は、ぽつりとそう呟いた。
「だからさ、お前たちの知恵を借りたくて話したわけなんだが、どうだ。この謎が判るか?」
「……由香は罪を認めているんですよね?」
「そうだ」
「だったら、別に原因が判らないままでも大丈夫なんじゃないですか?」
「いや、それは無理だ。この事件の担当検事が言うには、きっと裁判で向こう側の弁護士がこのあたりを追求してくるかもしれないらしい。だからなるべく早く原因を考えてみてほしいんだが」
「……判りました、一晩時間をください。明日には何か答えを出してみます」
「頼んだぞ。じゃあ俺はもう署に戻らなきゃならんから、先に失礼するよ」
郷家警視はそう言って、レジに行って会計を済ませて店の外へ出た。
「……凶器に被害者ではない誰かの血、早紀はどう考える?」
「……」
早紀は栄一の言葉に反応せず、ぼんやりと考え事をしていた。




