一・霧矢栄一の推理
怪我をしたとき、あなたはどうやって対処してますか? 傷口に消毒液を付けていませんか?
しているなら止めておきましょう。消毒液が傷を治すための赤血球などを、細菌諸共殺してしまうからです。
ケガをしたときは傷口を水でしっかりと洗い、絆創膏を貼り、自然に治るのを大人しく待ちましょう。
間違ってもかさぶたを無理やりはがしたりしないように。
ここは資産家一族として知られている名家、龍門寺家の豪邸。四日前、この屋敷で殺人事件が発生した。まず初めに主人の龍門寺卓三がナイフで頸動脈を切られた状態で殺されているのを発見され、二日後には屋敷の若き女使用人、伊都美薫が殺害された。彼女は後頭部を謎の凶器で殴られ、更衣室で全裸になった姿で発見された。
この事件に警察は一切の手がかりを見つけることができず、一時は迷宮入りになるとも思われていたが、遂に事件解決の時が来た。屋敷中の人間と刑事たちが、龍門寺卓三の孫娘である龍門寺由香の招待でこの屋敷に招かれた高校生探偵、霧矢栄一の要請で大広間に集められた。
「皆さん、集まっていただき、ありがとうございます」
集まった人々を見て、栄一は最初に言った。
「おい、霧矢。こうやって人を集めたという事は、犯人が判ったのか」
集められた事件関係者の一人、大塚郷家警視は、栄一に言葉を投げかけた。
「はい、犯人はこの中に居ます」
栄一のその一言で、集まった人々がざわめきだした。
「いったい、誰が殺したっていうのよ」
「まさか、こんなちんぴらの高校生が事件を解決するなんて」
やがてそういった声が収まっていき、部屋が静かになると、栄一の推理が始まった。
「第二の殺人で伊都美さんが殺された時、多くの人に恨みを買っていた龍門寺卓三と違って、彼女には殺される理由がありませんでした」
「じゃあ、どうして薫さんは殺されたの」
栄一の助手であり、幼馴染でもある市井早紀は栄一にそう言った。
「第一の殺人が起こった後、彼女が挙動不審な態度をとっていたのは覚えていますね」
「ああ。それもあって最初は彼女が犯人だと疑っていたんだが、殺されてしまったことで事件が振り出しに戻っちまったんだ」
郷家警視は、推理をしている栄一に横から口を挟んだ。
「ええ、彼女は犯人ではなかった。殴られたのは後頭部で、しかも凶器の所在が判らないままなのだから、龍門寺卓三氏を殺してしまったことによる良心の呵責に耐えられずに自殺した、というのは考えにくい。だったら彼女はどうしてあんな態度をとっていたのか、それは――」
その場にいる人々全員が推理に耳を傾け、息を呑んだ。
「彼女は、龍門寺卓三を殺害した犯人を目撃してしまったのです」
栄一のその一言で、またもや部屋にいる人々はざわめきだした。
「彼女は第一の殺人が起こる直前、コーヒーを出すために龍門寺卓三の部屋へ行きました。そして戻ってきた時、彼女の態度は明らかにおかしかった。そして龍門寺卓三の死が判明したのはそれから三十分後、それまで彼の生きた姿を見た人は誰一人として居なかった。つまり伊都美さんはあの時、龍門寺氏の息絶えた姿を見てしまったのです」
「じゃあ、何で薫さんはそのことをわたしたちに伝えなかったの」
早紀が栄一に疑問を問いかけた。
「……彼女にはどうしてもその死を明かせない理由があった。それは龍文字卓三を殺した人物が、自分が最も愛し、信頼する人だったから。そしてその人物は――」
そこまで言った栄一は、事件の真犯人を力強く指差した。
「お前だ! 龍門寺由香!」
栄一に指差された由香は、額に汗をにじませながら栄一を見た。
「お前は伊都美さんとは幼いころから姉妹のように過ごしてきた。だからこそ伊都美さんはお前が龍門寺卓三を殺した瞬間を見ても、お前を庇うために他の人にそのことを伝えなかった。
しかし、殺害現場を見られたお前は気が気じゃなかったはずだ、もし全てを話されたら全てがおしまいだと恐れ、口封じのために伊都美さんを殺してしまったんだ!」
それを聞いた由香は顔を青くしながら、栄一の方を見た。
「……証拠はあるの? 全て霧矢君の推測じゃない。それだけじゃあたしを犯人なんかにできっこない。それでもあたしを犯人だと言い張るなら、証拠を出してよ!」
「……証拠ならある」
栄一のその一言で、由香の顔はサッと青ざめた。
「伊都美さんが殺された更衣室のロッカーには彼女の持ち物から一つ、無くなっているものがあった」
「それは何だ、霧矢。教えてくれ」
郷家警視が、期待と好奇心を含んだ口調で栄一にそう言った。
「それはハイヒールだ。伊都美さんは屋敷を歩くとき、常にハイヒールを履いていた。しかし彼女が使っていたロッカーの中には服があったけれど、ハイヒールだけが無かった。では何故ハイヒールは消失してしまったのか。それは――このハイヒールこそが、不明だった伊都美さんの殺害に使われた凶器だったからだ」
「……!」
その言葉に、由香が焦りと驚きの表情を浮かべた。
「伊都美さんの遺体は裸。つまり殺された時、彼女はハイヒールは履いていなかった。更衣室で彼女とお前が二人きりになった時、お前は伊都美さんを殺すチャンスは今しかないと思って、咄嗟に近くにあったハイヒールで彼女を殺したんだ!」
「そこまで言うなら、そのハイヒール、出してみてよ! そしてあたしとの関係を証明してみせてよ!」
由香のその叫び声は屋敷中に響いた。そして、その反響が静まった時、栄一は由香に言葉を投げかけた。
「……由香、お前が履いているそのハイヒール、どこで買った?」
由香はその瞬間、激しく動揺した。
「こ、これは……」
「お前が今履いているそのハイヒール、おれに渡してくれ」
「……」
「何故、お前がそのハイヒールを渡さないか、その理由は――そのハイヒールが殺人に使った凶器だからだ。犯行に使った後、ハイヒールの処分に困ったお前はそれを隠すために、ずっとそれを履いていたんだ!」
そして栄一は最後の言葉を告げた。
「調べればすぐに判る。だから由香、もう、諦めるんだ」
そう言われた由香は、全身の力が抜けてしまったかのように立ち崩れてしまった。




