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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の推理〜  作者: スズキ
第三話 「完璧すぎたアリバイ」 VS人気生配信者/堀部唯
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解決編・わたしは戻る



 二宮の言葉に、唯は沈黙していた。


「あの、怒らせてしまったのなら申し訳ありません」


「……怒らせているって判るなら、何でそんなこと聞いたの」


 唯はソファから二宮を睨みながら、そう言った。


「まさか、冗談で言っている訳じゃないんでしょう?」


「冗談で人を殺人犯は呼ばわりできません」


 そう言った二宮の表情は真剣なものだった。


「……悪いけど、二宮さん、記憶力悪いんですね。わたしには父が自殺した時、アリバイがあったんですよ」


「それは判っています。お父様が睡眠薬を飲んだ午前二時から四時の間、あなたは部屋で配信をしていました。それは昨日の放送の視聴者全員が認めてくれるはずです」


「そう、完璧なアリバイでしょう」


 唯は自信に満ちた声でそう答えた。


「確かに完璧なアリバイです。しかし、あまりにも完璧すぎます」


「完璧すぎることの何がおかしいの」


「お父様が自殺を試みた時刻、そしてあなたが放送していた時間。それらは不自然と思えるほど、見事に重なっているんです」


「何が不自然だと思うの」


 唯の声は、二宮に対する不安で淀んでいた。


「問題なのは、いつもは配信を毎週日曜のこの時間にしていた。しかし昨日は土曜日なのに何故か放送をした。どうして被害者がなくなった昨日に限って、突然放送をしたのでしょう。あまりにも都合が良すぎます。だからこう考えたんです。昨日放送をしたことで、揺るぎないアリバイを作り、自分は犯人ではないとアピールしたんです」


「昨日放送をしたのと、父が死んだ時間が偶然同じだったという可能性は?」


「それはあり得ません。インターネットで人気のあるあなたが毎週日曜日に一度しか放送をしていなかったという事は、つまりお父様が家に居なくて、見つかる心配が無かったのが毎週日曜日だけだったということ。しかし、お父様が家にいた昨日、あなたが放送をしたのは、最初からお父様が死んでいた事を知っていたからですね」


 静かに二宮の推理を聞いていた唯は、ソファから立ち上がり、顔色一つ変える事無く反論をした。


「……じゃあ、問題のアリバイは? 今の二宮さんの話だと、わたしがわざとアリバイを作ったということになるんですよね」


「そうです。あなたはアリバイ工作をした」


「だったらそのアリバイ工作ってなの、わたしがどんなアリバイ工作をしたのか、分かるというの?」


 唯がそう言うと、二宮ははっきりした声で答えた。


「はい、判るんです」


 唯の口からまさか、という声が漏れた。


 その声を聞いた二宮はテレビの前へ行き、そこにあるリモコン入れの籠から、エアコンのリモコンを出し、エアコンの電源を点けた。


 電気の点いたエアコンからは、涼しい風が吹き始めた。


「このエアコン、どう思いますか」


 二宮がエアコンを見上げながら、唯に問いかけた。


「何って、どう答えればいいの」


「風に当たった感想とか、ひとつ」


 唯は二宮を馬鹿にしたような目で答えた。


「涼しい」


「そう。このエアコン、涼しいんです」


「冷房なのだから当然でしょう」


「問題なのはですね、思い出してください。昨日の昼に僕たちが現場へ来てエアコンを点けた時、出た風が暖かった事なんです。ご存知のように、このエアコンは電源を点けた時、前回の設定で動き出すんです。今、冷房が効いているのも、前にエアコンを動かした時、冷房の設定にした状態で電源を切ったからです。では、なぜ昨日エアコンを点けた瞬間から暖房が効いていたのでしょうか。それを考えた時、アリバイ工作の仕組みが判ったんです。

 あなたはお父様に睡眠薬を大量に飲ませた後、部屋で生配信を始めました。そして、あなたが放送をしている間にお父様は死に至りました。配信が終わったあなたは、このリビングへ戻りエアコンを点けて暖房の設定にしてお父様の死体の体温を上げました。体温を上げることでお父様の死亡推定時刻を遅らせ、それと同時にお父様が睡眠薬を飲んだ時刻も遅らせたんです。テーブルに残されたパソコンにあった遺書の文章データの保存時刻と、睡眠薬を飲んだ時刻が大幅にずれていたのは、エアコンの暖房では、そこまで細かく調節ができなかったからです」


 推理を聞いた唯は、トリックが二宮に分かってしまったことへのショックより、些細なことから真相を見抜いた二宮に感心する気持ちが大きかった。しかし、この程度で引き下がるわけにはいかない。


「……凄い発想力ね。だけど、わたしが本当にアリバイ工作をしたって証拠は何一つとして無かったじゃない。その程度でわたしを殺人犯にできるとでも?」


 言い逃れをした唯だったが、二宮は追及を続けた。


「証拠はあります。まず、昨日の昼、このリモコン入れにはエアコンのリモコンしかありませんでした。テレビとかDVDデッキのリモコンはお父様がいつも何処かへやってしまったから、無かったことに納得できます。しかしどうしてかエアコンのリモコンだけはリモコン入れにあったんです」


「昨日は使ってなかっただけでしょう」


「いえ、昨日はもう九月中旬だというのに、まだ暑かったそうです。昨日の放送の最初であなたも言っていたじゃないですか。そして、もうひとつ根拠があるんです。あなた、警察の大川さんにお父様の解剖はしないで欲しいと言っていましたね」


「ええ、言いました」


「どうしてあそこまで解剖を拒否したのか、それもアリバイ工作をしたことを話に入れると納得できるんです。

 解剖の時、直腸内温度というものを調べるんですが、それは外温に影響されやすい体温と違って、体から発せられる熱で温度が上がります。しかし死んだ場合、直腸は内蔵ですから、温度は外温に影響されずに上がることなく、そのまま下がってしまうんです。ですからあなたはアリバイ工作をしたことでできた温度のずれが発覚するのを恐れて解剖を断ったんです」


 全く、どうしてここまでこの男にここまで判ってしまったのだろうと、唯は舌を巻いた。だが、まだ諦めるわけにはいかない。


「だけど、それはただの状況証拠でしょう。そんなんじゃわたしは犯人だって認めませんよ」


 言い逃れをする唯を見て、二宮は苦笑いをした。


「うーん、あなたは中々しぶとい方だ」


「当然でしょう。今後の人生に関わるんですから」


「しかし、真犯人を見逃すわけにはいきません」


「そこまで言うなら、決定的な証拠があると?」


 唯の問いに二宮は自信を持って、はい、と答えた。


「あなたは警察に通報した時、部屋にある電話の子機を使いましたね」


「ええ」


「どうしてあの子機を使ったんですか?」


「どうしてって、あっ……」


 どうしよう。唯は口にした時、自分の最大のミスに気が付いた。


「そうです。もし本当にあなたがお父様を殺していなかったとするならば、その死を初めて知るのは朝起きて、この部屋に来た時です。だったらその場合、この部屋の置き電話や携帯を使ったはずです。しかしあなたはあの子機で警察に通報をした。そうなるのは、あらかじめ部屋であなたがお父様の死を知っていた場合だけです。これでいかかですか?」


 ここまで言われてしまったら、もうどうしようにもならない――唯は敗北を認めた。


「完全敗北ね。全部二宮さんの言う通りよ……いつから疑っていたの?」


「お父様、一晩で900ミリリットルのボトルコーヒーの殆どを飲んでいます」


「そういえば、そんな話もあったわね」


「はい、この点どうも気になるんです。睡眠薬で自殺する利点は、眠るように死ねる事です。しかしカフェインの入っているコーヒーをこう、ぐびぐびと飲んでいたのはおかしいんじゃないか。そう思ったんです」


 二宮はリビングのドアを開け、唯を見て微笑んだ。


「放送、再開しましょう。視聴者があなたを待っています」


「……うん、やりましょう。二宮さんも出てくれる?」


「堀部唯の最後の配信です。喜んで出演します」


「ありがとう。だけど二宮さん、あなたは一つ間違いをしているわ」


「間違っているって、何をですか」


 ドアの方へ行き、二宮の顔を見ながら唯は胸を張って言った。


「これは最後じゃない。わたしは必ず戻って来る。必ずね」



第三話「完璧すぎたアリバイ」完




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