二宮浩太郎からの挑戦状 其の三
「はいっ、皆さん今晩は。ゆいのオールナイトスタジオ、昨日と違って、今日はいつも通りの日曜日の放送です。昨日の放送を見逃した方はアーカイブでご覧ください」
部屋の片隅から二宮が、配信者となった唯をひっそりと眺めていた。その姿を見た唯は、少し二宮を振り回してやろうかという気持ちが芽生え、放送スケジュールから外れた事をし始めた。
「皆さんに重大発表です。今日は何と、放送開始から初のゲストをお招きしましたっ」
「えっ」
唯の言葉に二宮はたじろいた。
「恐らくメディア初登場の男子高校生、名前は……言っていい?」
「いや、出されて困るもんじゃないですけど……」
二宮はパソコンのカメラに映らないように、できるだけ遠くから唯に返事をした。
「ではご紹介します。二宮浩太郎さんです」
唯が二宮の腕を引っ張ってカメラの前へ引きずり出した。
「えー、照れちゃうな……どうも、二宮浩太郎と申します。二宮って苗字ですが、別に二宮和也とか二宮金次郎とは何の関係も無いのでそこら辺お願いします」
「お願いしますって、何をお願いするんですか」
「いや、こんな体験初めてなもんで、何を言っていいのか分からなくて変な事を言ってしまいました。すいません」
「気持ちは分かりますが、緊張しないでリラックスしてくださいね。さて、この二宮さん、あらゆる事にちまちまと疑問を感じて深入りしようとするある意味しつこい性格を持った人なんです。そうですよね?」
唯がへらへらと照れ笑いをしている二宮に質問をぶつけた。
「え、あ、そうですね。どうも僕、そういった類の問題について考えるのがある種の趣味なんです」
「そうなんですか。では、今日の最初のお便りはラジオネーム、ピカさんから。『ゆいさん、今晩は』はい、今晩は。『今回はゆいさんに聞いてみたいことがあって送らせて頂きました』はい、何でしょう。『ボク、学校のクラスで気になる女子がいるんです』おっ、青春してますねえ。『ボクは彼女の事が気になってしょうがないのですが、彼女はボクの事、どう思っているのか判りません。よく、彼女と目が合うことがあるのですが……』なるほど、それは気になっちゃいますね。『ゆいさん、どう思いますか』
そうかあ、目が合っちゃうかあ。これは脈あるとわたしは思うなあ。そうそう、二宮さんはどう思いますか」
突然の質問に二宮は戸惑った。
「僕が、ですか」
「うん、折角だし、何か思ったことを言ってみて」
「では、お言葉に甘えて……」
二宮は姿勢を正し、深呼吸をした。
「残酷な事を言いますけど、僕は脈、無いんじゃないかと思います」
「えっ、どうして、目が合うんだよ。脈があるとしか考えられないじゃない」
「ええと、そうですね。何て説明したらいいのかな……そうだ、唯さん、タンスとかの角に足の小指ぶつけた事、ありますか」
「あー、ありますあります。よくぶつけるんですけど、あれ、もの凄く痛いですよねえ」
「では前に小指をどのくらいの頻度でぶつけますか」
「頻度かあ……うーん、正確に調べてるわけじゃないけど、二、三ヶ月に一度くらいかなあ」
「そうです。よくぶつけるといった割にはそんなに高い頻度でぶつけてませんよね」
「あ、それもそうかあ。だけど、それがお便りと関係あるの?」
「はい、人間というものは印象に残りやすいことがたまに起きると、それがしょっちゅう起こっていると勘違いしてしまうんです。ですから、今回の……えーっと、名前、何でしたっけ」
「ピカさん」
「ピカさん。そのピカさんの場合、数回その気になる方と目が合っただけで、何度も頻繁に目を合わせていると思い込んでしまっていると思われます。ピカさんもう一度、よくこれまでの事を思い出してみてください」
二宮の考えに、唯は感心するばかりだった。
「はあーっ。だけど、望みがゼロってわけじゃないよねえ」
「いや、そうかもしれませんが……」
二宮はそう言って、マイクへ顔を近づけた。
「最後に一言。残念ながらあなたが思っているほど、世間の方はあなたの事を気にしていないんです。それは憧れの女性の方も同じだと思います。今後の人生の為に覚えておいてください。二宮浩太郎でした」
そして二宮はマイクから顔を離した。
「……えーっ、ピカさん。こんな夢の無い人の影響を受けないように、青春、頑張ってくださいねっ」
「あれ。僕、彼に悪い事言っちゃいましたか」
「そりゃそうでしょ、彼が生きる希望失ったら、二宮さんのせいですからね」
そう言われた二宮は、ごめんなさい、とマイクに向かって呟いた。
「はい、では二宮さんが反省した所で大喜利のコーナー、始めていきます。お題は皆さん覚えていますね。
ある晴れた日、道を歩いていたら、向こうから赤い洗面器を頭にのせた男が歩いてきました。男は洗面器の中の水を一滴もこぼさないように、ゆっくり歩いてきました。私は『ちょっとすいませんが、あなたどうしてそんな赤い洗面器なんか頭にのせて歩いているんですか?』と聞いてみました。すると男は答えました……
はいっ、さて男は何と答えたか? では最初は二宮さんに答えてもらいましょう」
「えっ、答えるんですか」
「ゲストなんだから当然です。シンキングタイムは三十秒。よーい、スタート」
二宮は頭を抱えて考え始め、すぐに三十秒経った。
「はいっ、シンキングタイム終了。では、大丈夫ですか」
「大丈夫です。何とか思いつきました」
「じゃあ始めます。
ある晴れた日、道を歩いていたら、向こうから赤い洗面器を頭にのせた男が歩いてきました。男は洗面器の中の水を一滴もこぼさないように、ゆっくり歩いてきました。私は『ちょっとすいませんが、あなたどうしてそんな赤い洗面器なんか頭にのせて歩いているんですか?』と聞いてみました。すると男は答えました……
では、男は何と答えたでしょうか?」
「えー、それは……」
二宮が答えを口にし始めた、その時。
『プツンッ』
な、何事だ?
二宮が答えかけた瞬間、部屋中の明かりが音を立てて急に消えてしまった。
「これって、停電……?」
明かりの消えた部屋で、最初に声を発したのは唯だった。
「そうみたいですね。ブレーカーが落ちちゃったのかな」
「うーん、まずいな、こりゃ」
唯は唯一電気の点いている、ノートパソコンの前に出た。
「えー、大変申し訳ありませんが、とんでもない放送事故が発生したので、今日の放送は一旦中止します。再開のめどが立ったらまたツイッターでお伝えします。ではまた」
唯はそう言って、放送を切った。
「あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろ」
唯はベッドにぐったりと横になった。
「ブレーカーを戻さないと。いつまでも暗闇なんて嫌ですからね」
そう言った二宮は、部屋を出ようとした。
「ブレーカーはどこに」
「リビングの方、ついてきて」
二人は部屋を出て、リビングへ入った。
唯は、部屋の高い場所にあるブレーカーの装置の蓋を開けようとしたが、開けるためには少々背丈が足りなかった。
「僕が開けましょうか」
二宮は装置の蓋を開け、ブレーカーのスイッチを切り替えた。
スイッチが切り替わると、部屋中の明かりが点いた。
「これで一件落着ですね」
「良かった、じゃあ戻って再開の準備をしなきゃ」
唯は部屋に戻ろうと、リビングのドアのノブに手をかけた。
「あ、準備の前に一つ聞きたいことが」
二宮は唯の後ろから声をかけた。
「えっ、このタイミングで?」
「ええ、今しかチャンスが無いものですから」
ドアから離れた唯は、ソファに座った。
「では宜しいですか」
「ええ、手短にね」
「はい、では……」
二宮はソファに居る唯に背を向けて、声を発した。
「お父様を殺したの、あなたでしょう」
……さて、今回の事件で堀部唯は巧妙なアリバイ工作を行いました。彼女としては完璧に行ったつもりだったのかもしれませんが、あともう一歩の所で彼女はその痕跡をここ――現場に残してしまいました。
彼女はどのようなトリックを使ったのか、そのヒントは朝の現場検証にあります。あの時何があったか、解決編の前に皆さんもう一度思い出してみてください。二宮浩太郎でした。




