五・事態は思わぬところへ
二宮と一緒に部屋の中に入ると、唯は部屋のベッドの下に隠してある、パソコンを含む録画機器一式の入った段ボール箱を出した。
「ちょっと待ってて」
唯は二宮にそう言って机の上にノートパソコンを置き、充電ケーブルのプラグをコンセントに刺して、パソコンの電源を点けた。
準備を終えた唯は、ベッドの横に置いてある電話の子機を観察している二宮を見た。
「その電話がどうかしたんですか」
電話を見ている二宮を奇妙に思った唯は、二宮に声を掛けた。
「あ、いえ、今時珍しいですね。電話の子機なんて」
「ああ、リダイヤルのボタンは押さないでください。警察にかかって大変な事になりますから」
「判ってます。ああ、こちらの電話で警察に通報を?」
「そうですけど」
「携帯とかは持っていないんですか?」
「父に禁じられていましたから」
「そうですか」
そう言った二宮は、唯が準備したパソコンを見た。
「そのパソコンは?」
パソコンには昨夜の生放送のアーカイブが再生されていた。画面には目隠しの仮面を付けている唯が映っている。
『はいっ、皆さん今晩は。ゆいのオールナイトスタジオ、今日は緊急生放送。土曜日だけど、配信しちゃいます! さて、もう九月中旬だっていうのにまだまだ暑い今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか……』
仮面を付けた唯の声を聴いた二宮は驚いた表情をした。
「あれ、この仮面を付けた人の声、唯さんじゃないですか」
その言葉を聞いた唯は、一旦動画を止めた。
「半年前から毎週やってるんです。父に内緒でパソコンを買って……生放送の動画を初めて見た時から虜になったんです。そうしてると、自分でもやりたくなって始めたんです」
二宮は動画を再生し、その続きを観た。
『……夏バテにならない為に夜はぐっすりと寝て、体を休めてくださいね。いや、今寝られたら誰も見てくれなくなっちゃうので、体を壊さない程度に……』
「しかし、奇妙なものですね。同じ人なのに、いま僕と話しているあなたと少し違って見えます」
そう言われた唯は溜息を吐いた。
「たぶん、これを始めて本当の自分が見えた気がするんです。政治家の娘じゃなくて、明るく振る舞うただの高校生なんだって」
「これまで随分と無理をされていたんですね」
二宮の言葉に唯はそうかも、と言って相槌を打った。
「だけど……父にこの事がばれて、すぐに辞めろと言われたんです。その時、おまえは俺の言うことに従っていればいいなんて言われて、心底腹が立ちました。わたしは奴隷なんかじゃない――それが父に対して一番許せない事です」
「そうですか。ごめんなさい、辛いこと思い出させちゃって」
「良いですよ。気にしないでください」
会話が終わり、二宮は息を吐いて、席を立った。
「では、ありがとうございました。そろそろ退散します」
二宮が部屋を出ようと扉を開けた時、彼は一歩手前で部屋を出るのを止めた。
「そうだ、一つお願いしたい事があります」
「何ですか」
唯は少々しつこい二宮に、ややうんざりとした口調で返事をした。
「放送は何時やってるんですか」
「日曜日の朝一時から三時間」
「つまり今日の深夜、やるんですか」
「ええ」
「そうですか」
「あの、それがどうかしたんですか」
「ええとですね」
二宮は次の言葉まで少し間を開けた。
「今日の放送、横で拝見させて頂いても宜しいでしょうか」
「はい?」
「今夜、こちらにお邪魔しても宜しいでしょうか」
唯はそれを聞いて唖然とした。一体この男は何を考えているんだろう?
「ちょっと見てみたいんです。お願いします」
下手に断ったら、かえって怪しまれるかもしれない。そう思った唯はイエスと返事をすることにした。
「……いいですけど」
「ありがとうございます。じゃあ、夜食の差し入れ持ってきますので。では、失礼します」
そう言って二宮は部屋から出ていった。
事態は全く想像もしなかった方向に進んでいる。唯はその事に恐怖と不安を感じた。