四・最低の男
警察の人間が帰った後、二宮はリビングのテーブルに座ってゆったりとしていた。
「あの、個人的に聞きたい事って何ですか」
唯は冷蔵庫からりんごジュースを出し、それをカップを注いで二宮に渡した。
「ええとですね、今回のお父様の死で気になることがあるんです」
「気になること?」
「ええ、お父様が睡眠薬を服用した時刻ですが、覚えていますか?」
「確か、午前二時から午前四時でしたっけ」
「そうです。しかしお父様の遺書の文章が保存された時刻は午前零時五十四分。これ、おかしいと思いませんか?」
「何がどうおかしいんですか……あっ」
「そうなんです。お父様はこの文章を保存して暫くしてから自殺したという事になるんです。文章を保存して、自殺するまで午前零時五十四分から午前二時までと、一時間も経過しているんです。遺書を書いてから自殺までの間、何をしていたのでしょう。大変気になります」
二宮は疑問点を言った後、ジュースを一口飲んだ。
「二宮さん、こうは考えられませんか」
「何でしょう」
「父は政治家とは思えないほど決断力の無い人でした。だから死ぬ時も遺書を書いたはいいものの、土壇場で死ぬのが怖くなって、一時間もずっと睡眠薬を飲むのを躊躇ったんじゃないでしょうか」
二宮はそれを聞いて、ふうん、と相槌を打った。
「まあ、確かに県政改革をするとか何か言ってたらしいですけど、何もしてなかったですからね」
そこまで言った二宮は、唯を見て言葉を詰まらせた。
「あ……すいません。お父様の事、こんなに悪く言っちゃって」
「いいですよ、父は政治家としても、父親としても最低の男でしたから」
「お察しします」
会話を終え、部屋には少々どんよりとした空気が流れた。
そういえば、エアコン、点けてなかったな――唯は部屋の暑さを感じた。二宮の千尋たちへの脅迫の後、エアコンは消したままにしてあった。
「あの、二宮さん。エアコン点けていいですか」
「いいですけど」
唯がテーブルから立ち上がり、リモコン入れが置いてあるテレビの方へ向かおうとした。すると二宮が急にテーブルから立った。
「あっ、失礼します」
二宮は唯の前を通ると、リモコン入れの籠の中にあるエアコンのリモコンに手を伸ばした。
「すいません、僕どうも寒がりなもんで。僕に温度を調節させてくれませんか」
「いいですけど」
二宮がどうも、と言ってエアコンの電源を点けた。
電源が入ったエアコンからは、またもや熱風が流れ始めた。
「二宮さん、さすがにこれはどうかと」
「いけない、あの時に冷房に切り替えないまま電源を切っちゃったから、設定が残ってました。今すぐ切り替えます」
二宮はエアコンの設定を切り替え、部屋には涼しい風が流れた。
「これでいいでしょうか」
「ええ、大丈夫です」
リモコンを籠に戻した二宮は、テーブルに戻った。
「あの、唯さん、失礼を承知でお聞きしたいことがあるんですが」
「何でしょう」
「どうも話を聞く限り、あなたとお父様との関係はあまり良くなかったとの印象を受けるのですが、その辺りどうだったのでしょうか」
唯は父親との事を話すべきか少し躊躇した。が、別に大丈夫だろうと判断して、二宮に話すことにした。
「……ええ、わたしと父との関係は最悪そのものでした。いつも父はわたしに色んな事を押し付けて、わたしを優秀な娘にしようとしたんです。それも自分のイメージアップの為に」
「それは、随分と苦労されたんですね」
「酷い父親でしょう。いつも自分の事しか考えてなかったもの、テレビで文句を言われても文句言えないと思うわ」
「そうですか。しかしその父親と一緒に住んでいたのだから、大したものです。ですが、たまにはどうしても許せない事があったりしたのではないでしょうか」
「許せない事……」
唯は三日前父親から受けた耐えがたい屈辱を思い出した、“おまえは俺の言うことに従っていればいいんだ……”
「あります。どうしても許せない事が」
「あるのですか」
「わたしの部屋に来て。そこで教えてあげます」