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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の推理〜  作者: スズキ
第二話 「影か、女か」 VSライトノベル作家/極英フミヤ
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解決編・十分前の来訪



 午前九時五十分、アパートの部屋でフミヤはパソコンで原稿を書きながら京佳を待っていた。

 

 早く京佳が来るまでに切りの良いところまで書き終えてしまおう、とフミヤはキーボードを打ちながら思った。


 その時、玄関のチャイムの音が部屋に響いた。その音を聞いて「早いな」とフミヤは呟くと7、原稿を上書き保存し、パソコンを閉じて玄関へ向かい、扉を開けた。


「先生、おはようございます」


 玄関に現れたのは京佳ではなく、二宮だった。


「うーん、片付いていますねえ。昨日とは大違いだ」


「……何の用?」


 フミヤが刺々しい口調で二宮にそう言った。


「先生に少しお訊きしたいことが。あの、部屋に上がって宜しいでしょうか」


「もうすぐ人が来るんです。お引き取りを」


 フミヤは二宮を追い返そうとした。


「大丈夫です。そんなにお時間は取りませんから」


 二宮が勝手に部屋に入っていった。フミヤはちょっと、と言って二宮を追いかけた。


「聞きたいことって、何ですか」


 早いこと用件を済ませて、フミヤは二宮を帰らせようとした。


「昨日聞いたことで……あなたと竹崎巧さんの関係についてです」


「それは言ったでしょ。あの人とぼくには、何の関係もない」


「はい、確かにあなたはそう言いました。しかし、それがどうも引っかかるんです」


 二宮が鞄の中のファイルから書類を出した。


「それは?」


 フミヤは二宮が出した書類を見て尋ねた。


「竹崎さんが通っていた整形外科での、彼のカルテです。昨日、警察の大川さんに頼んで調べてもらいました」


 二宮が一旦、巧のカルテを下げた。


「昨日ここに来た時に竹崎さんの遺体を調べてみたところ、彼の手が腫れていたんです。そして、彼の財布には整形外科の診察券がありました。もしかしたらこの手の腫れと、彼の通っていた整形外科には関係があるんじゃないかと思い、それを警察に調べてもらったところ、なんと彼は病院で腱鞘炎の治療を受けていた事が判りました。状態は最悪で、よくお医者さんに手を休ませろと怒られていたそうです」


「それがこの事件とぼくに、何の関係が?」


「まあ、少し待ってください。まず、腱鞘炎は手や指の関節を酷使することで起こる炎症だそうです」


「それはぼくも知っています。前に原稿を大量に書いたときに、起こったことがある」


「はい。ではどうして、竹崎さんは腱鞘炎になってしまったのでしょうか」


「大学のレポートを書いたり、仕事でパソコンを使った事務作業が原因だとか」


「それは無いでしょう」


「どうして」


「竹崎さんはフリーターなんです。だからそんなにパソコンを使う機会は無いはずなんですよ。たとえ趣味で使っていたとしても、痛くなったら少しくらい手を休めるはずです。だから余計に彼が腱鞘炎になった理由が判らなかったんです」


「ふうん、それで」


「ここからが問題です。もしフリーターの彼が腱鞘炎になったのか原因を考えてみたところ、ひとつ可能性が浮かんできたんです」


「可能性って?」


「竹崎さんには実は職があった。そしてその職業とは、他人からは気づかれにくい、室内でパソコンを使う職業……つまり、作家だった、という可能性です。そして警察が彼の人間関係を調べたところ、大手の出版社から、彼がインターネットのサイトで連載している作品を書籍化する契約をしていた事が判ったんです」


「成程、二宮さんが言いたいことが判りましたよ、つまり……」


「そう、あなたの家を知っていた同じ小説家の竹崎さんはあなたと接点があったと考えられる訳です」


 二宮が語った推理を聞いて、フミヤは笑い出した。


「二宮さん、あんたさ、考えが飛躍しすぎだよ」


「はい?」


「いい? 向こうはたまたまネット小説がヒットしただけの素人作家。こっちは自分で言うのもなんだけど、結構な人気作家。この二人に接点がある訳が無いじゃないですか」


「つまりあなたが言うには、竹崎さんがこの部屋に侵入したのは……」


「全くの偶然というわけだ」


 フミヤがそう言った時、急に部屋で猫の鳴き声が聞こえた。


『ニャーッ』


 突然聞こえてきた猫の鳴き声に、部屋の空気は硬直した。近所の野良猫だな、と思ったフミヤは気を取り直して、二宮に強く言葉を吐いた。


「とにかく、あの泥棒は、勝手にこの部屋に入って、勝手に殺されたんだよ。それで文句は無いでしょ」


 しかし、二宮はフミヤの言葉に反論した。


「考えれば考えるほどそれはおかしいと思うんです」


「どうして」


「疑問点その一、自分の本が出て収入源ができるというのに、どうして空き巣なんてしたんでしょうか。そこまでする位、お金が欲しかったんでしょうか」


「急に必要になったんだろ」


 フミヤは二宮の疑問に反論した。しかし、二宮は更に反論した。


「彼の財布にはかなりの金額が入っていました。そして、彼は出版社から契約金を既に貰っていたそうです。空き巣をする程、お金に困ってはいなかったはずです」


 二宮は続けて推理を述べた。


「はい、疑問点その二。この事件で竹崎さんは、空き巣の共犯者に殺されたことになっています」


「知ってるよ、それのどこがおかしいの」


「では、彼が共犯者に殺されたのだとしたら、原因はなんだったのでしょう」


「あのダメ女刑事が言ってただろ、戦利品の山分けとかじゃ……」


「そうです、戦利品を分ける分量を巡って、彼らは争ったということになります。しかし動機がそうだとすると、明らかにおかしい点があるんです」


「何が」


「この部屋から、金目のものが一切盗まれていなかったんです。高そうなパソコンも貯金箱も通帳も、殺すぐらいだったら何か盗むはずですよ。しかし現場は荒れていただけだったんです、これはおかしい」


「人を殺したんだ、大急ぎで逃げるに決まってる」


「普通ならそうです。しかし犯人はおかしなことをしたんです」


「おかしなこと?」


「竹崎さんのポケットに、玄関の扉をピッキングするのに使ったであろうクリップが入っていたんです」


「それのどこがおかしいんだ」


「判らないんですか? 竹崎さんは腱鞘炎です。そんな手でピッキングなんてできる訳が無い。だとしたら、ピッキングをしたのは共犯者だということになります。しかし、だったらどうして共犯者はわざわざ竹崎さんのポケットにクリップを入れたのでしょうか。意味が分からないうえに、やけに余裕のある行動です。本当に共犯者が殺したのならば不可解な点が多すぎる。そもそも、本当に共犯者なんて居たのでしょうか?」


「つまり、あんたが言いたいのは共犯者なんて居なかったと?」


「はい、しかしその場合、竹崎さんはどうやってこの部屋に入ったんでしょうか? ピッキングしようにも、腱鞘炎で侵入できません。ならば、こう考えるしかありません。竹崎さんは、部屋の鍵が開いている時にこの部屋に入り、部屋の住人……つまりあなたに殺されたんです」


 ここでフミヤは苦しい状況となった、しかし、彼にはまだ打開策があった。


「判ったよ、認めますよ。ぼくが竹崎を殺したんだ」


 その言葉を聞いて二宮はにやりとした。しかしフミヤは更に言葉を続けた。


「勘違いしないでくださいよ、あれは正当防衛なんです。侵入してきた竹崎を見て身の危険を感じたから殺してしまったんです。これで問題ないでしょ」


「だったら、なぜ隠したんですか」


「そりゃ、人を殺したなんて世間に知られたら、評判が下がるからですよ」


 フミヤは満足げに二宮に言った。


「それは嘘でしょう。本当に正当防衛ならば、コップなどではなく、もっと威力のあるもの――例えば、あなたが受賞した文学賞のトロフィーだとか、確実に人を殺せるような固いもので殴るはずです。衝撃を与えればすぐ壊れるようなコップで殴ったという事は、あなたが飲み物を飲んでいるようなのんきな状況から、あることをきっかけに突発的に殺人に及んだということです」


 二宮の意見をフミヤはせせら笑った。


「そんな空き巣に入られてのんきな状況になる訳、無いでしょ」


「そうです。ならばこう考えるべきなんです。竹崎さんは、空き巣としてではなく、来客者としてこの部屋にいて、あなたに殺されたと」


「証拠は?」


「あなたが昨日おっしゃった中学校時代からのガールフレンドの市川さん……本当はそんな人居ないでしょう。アパートの大家さんが見たあなたの部屋にこそこそ入る人、あれは架空のガールフレンドである市川さんではなく、竹崎さんなんでしょう。どうですか」


 二宮の言葉に、フミヤは笑いながら反論した。


「あんたね、それは証拠じゃなくてこじつけでしょ。ぼくは、竹崎をこの部屋に入れたことは一度も無いんだよ」


「……つまり、アパートの大家さんが見たのは竹崎さんではなく、市川さんだと?」


「そう」


「市川さんなんですね? 中学校二年生の時から関係が続いていて、映画館やディズニーランドへ一緒にデートへ行った市川さんなんですね?」


「そうだよ! おれの部屋に来るのは市川だ!」


 フミヤがそう叫んだ時、部屋が静まった。そして静寂を突き破るように、二宮が急に声を出した。


「……だそうです、倉石京佳先生」


 そう言って、二宮はポケットから携帯を出した。携帯の画面には京佳の携帯の電話番号が表示されていた。


「今日、このアパートに来た時、偶然彼女に遭遇して、極英先生のお宅へ向かってると聞いたので協力してもらったんです」

 

 急に起こった最悪の状況に、フミヤは頭が破裂しそうになった。


『ニャーッ』


 携帯からさっきの野良猫の鳴き声が聞こえた。成程、部屋で猫の鳴き声が聞こえたのはそういう訳だったのか、とフミヤは思った。


『……極英先生、わたし、今日のこと楽しみにしてましたけど、帰ります』


 京佳の言葉を聞いてフミヤは携帯に向かって叫んだ。


「違う! 市川なんて奴はいない、信じてくれっ」


 そう言ったフミヤを京佳に代わって、二宮が問い詰めた。


「では誰なんですか、あなたの部屋にこそこそ出入りしていた人は。今度こそ本当のことを教えてください!」


 もう、フミヤに逃げ道は無かった。頭が真っ白になり、疲れ果てたフミヤは掠れた声で二宮に言った。


「……竹崎巧だ、おれの部屋に出入りしていたのは竹崎だ」


「では、彼を殺したのも?」


「おれだよ、おれが殺したんだよ」


 その言葉を聞いた二宮は通話先の京佳に話しかけた。


「先生、協力ありがとうございました」


 そう言って二宮は電話を切ると、がっくりと床に跪いているフミヤを見下ろした。


「……なあ、二宮さん。聞きたいことがあるんだ」


「何でしょう」


「いつからおれを疑ってた?」


「そうですねえ、最初に僕がこの現場に来た時のことを覚えてますか?」


「ああ。あのときはあんた、ずいぶん周りに迷惑をかけてた」


「その時です。被害者の遺体を見る前に、あなたは警察の大川さんにこう尋ねましたね?『どうしてその被害者は殺されたんですか?』と」


「そうか、つまり……」


「はい、あなたは部屋の中の死体は誰かに殺されたものだと最初から知っているんだろう? そう思ったわけです」


「そうか……そうか。くだらないミスだな、本当に」


 フミヤがそう言って自嘲すると、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「極英先生、行きましょうか」


 それを聞いたフミヤは立ち上がって、部屋から出ようとした時、二宮がフミヤに話しかけた。


「先生、そういえば一つ、気になることが」


「まだ何か?」


「喫茶店でやった小説家の適性検査、あの結果を教えて欲しいんですけど」


「ああ、あれの結果ね……喜んでくださいよ、あんた小説家に向いている」


 それを聞いた二宮は驚いた。


「へえ、僕、小説家に向いていたんですか、じゃあ、試しに何か書いてみようかなあ」


「完成したら、真っ先におれに送ってくださいよ」


「それはどうして」


「竹崎に続いて、二代目ゴーストライターにしてあげますから」


 それを聞いて、二宮は黙った。


「もう、冗談に決まってるでしょ。こんなの、二度とごめんだ」


 と、フミヤが笑って言うと、二宮も苦笑した。二人の笑い声が部屋中に響き渡った。



第二話「影か、女か」完



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