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第三章 狂信者

第三章 狂信者


 仕事がない休日、三方が起き出してくると部屋の前で山浦と鉢合わせた。


「やあ、おはよう」


「はい。おはようございます!」


 三方は山浦がスーツを着ていることに気が付いて、


「最近調子いいみたいじゃないか。鈴木さんなんかこれで俺はいらねえなんて言ってたよ。

 まあ、でも休日ぐらいは休んだ方がいいんじゃねえかな。……休日振替だっけ?」


「いえ、その、……休日の過ごし方もぜひ教えてほしくて、和樹さんはどのようにすごしていますか?」


 ためらいがちな山浦の言葉に三方は引き受けることにして、


「休日ねえ、でも女性型だし、

 ………教えてくれそうな人を紹介するよ」


「………女性ですか?」


「ああ」


 適当に返答しつつ、三方は端末で電話を掛けた。


「……三方です。お願いしたいことが、………はい。私の同僚がここでの生活に不慣れなので色々教えていただきたいのですが………はい、女性です。………いえ、違います。…それで時間をいただきたいのですが、いつなら……今からですか…、いえ、願ってもないです。それでは、はい、事務所の応接室でお待ちしています。……いえ、無理せずゆっくりでいいです。はい、失礼します」


 三方は、端末をしまう。


「…ありがとうございます。今から、いらっしゃるのですか?」


「すぐに来るらしい。少し待ってくれ。

 まあ心配はいらないさ、今から来てくれる藤川さんはとてもまともな人だから、親身になってくれるよ」


「和樹さん。ありがとうございます。私のために…」


 申し訳なさそうな山浦に、三方は愛想笑いを返して、


「気にしないでくれよ。完成直後の同僚の周りにいるのが鈴木さんと俺だけってのも悲惨だと思ったし」


 その後は、たわいもないことを話すこと幾分か、訪ねてきた藤川に丁重にお礼を言って山浦を任せると、三方は屋上に向かった。




 三方はいつもの休日の様に事務所の五階にあたる屋上に上がると、空を、そして地上を眺めた。空は少しだけ色づいて、清浄に遠くまで透き通って綺麗。地上では日々の生業に励む人々や元気な子供たちが行き交い微笑ましい。穏やかに時間が流れていく。なんと素晴らしい光景なのだろうか。三方は、この穏やかな世界が好きだ。日々積み重ねる人々の営みを、この素晴らしい世界を大切に思っている。だからこそ、この世界から排除しなければならないことがある。その核心は揺るがない。

 日が頂点にかかるころ、その日射が記憶を呼び覚ます。いつか、大勢が倒れ伏し、死に向かうその中で何もできない情けなさに震えた。日光に打たれるのは無力の象徴だ。植物の様に光を糧にする力強さも、雨の様に熱を冷ます優しさも持ち合わせてはいないで。この嘆きを救ったのは偉大な我が師だ。彼は言った「命を救う。これ以上に素晴らしい行いがあるのか」と、そしてその技で大勢を救って見せた。間違いない。我が師こそが正しいと確信して、他者を救う世界こそがあるべきものだと考えた。その世界には、師を否定する、命を奪う輩など存在してはいけない。それが当然の帰結で、三方は、今まで自分が命を奪ってきた罪人について考える。この国では一人殺した程度では死罪とならない、人殺しの屑が生きていてはいけない。自分は正しいことをしたはずだ。いや、正しさへの途中なのだと、全ての罪人を潰して、自害することで、師の理想を実現する世界にたどり着けると、何度考え直しても変わらない結論にたどり着いた。

 三方の休日は、このように世界の素晴らしさと、自分の為すべきことを確かめることで大半は過ぎていく。 




 夕刻、三方はいつものようにトッゲーと戯れて癒されて、夜更かしもせずに床に就いた。




 次の休日、三方が起き出してくると部屋の前で山浦と鉢合わせた。先日と同じようで、服装は先日のスーツから劇的に華やかになっている。


「よう、おはよう。お出かけかい?楽しんでくるといい」


 そう言って、階段に向かおうとする三方を、山浦が呼び止めた。


「いえ、お出かけではなくて……

 ご一緒していいですか?和樹さん」


 三方は、すぐに山浦の真意にあたりを付けられないで、少し考えて


「う〜ん。……いや俺は屋上に行くだけだけど。

 ああ、別にこの建物の中は許可なんていらないから、好きに使ってくれよ。別に外出制限や門限もないから。

 屋上を使うなら、俺は別の場所でもいいからさ」


 山浦は、視線を泳がせて、ためらいがちに絞り出した。


「いえ、その…ですね。

 私が、和樹さんと一緒にいられたらと思いまして…」


 三方は、よく考えずに


「うん?

 別にいいけど、どこ使うよ?」


「屋上でお願いします」


 二人は屋上に移動して、並んで椅子に座った。三方は空を見上げて、次いで山浦に視線を向けた。日光の受けて金髪が煌めいて、そのまぶしさに少し視線をそらした。


「何か…話したいことがあったのか?」


「休日はどのようにすごしているのですか?」


「どのようにっていっても……のんびりしているよ」


「のんびり………ですか」


 山浦は何やら考え込んだ。三方は、あくびを一つ、空を見て、浮かぶ雲を目で追う。


「……休日には、休日には何をすべきでしょうか?」


「やりたいことをすべきだな」


「私は休日に何をすべきなのでしょうか?」


「いや、俺が知ってるわけないだろう」


 三方は、しつこい山浦に少し苛立ってきて、今はオフだ。仕事みたいにまじめに考えるな。適当でいいんだ。と自分に言い聞かせて、心を落ち着かせることにした。

 山浦が向けてきた視線に、三方も山浦の方を見た。山浦は、三方にすがるような哀願するような視線を向けて、


「自分のやりたいことがわからない。わからないんです。

 ここに来る前は、台本があって、何をすればいいか何を言えばいいかが全て書いてあったんです。なので、本当に何をすればいいのかがわからなくて」


 言葉を聞いて、三方は、渋い表情になった。昔、英雄扱いされていたころの山浦がテレビでインタビューに答えるところは見ていたが、台本ありきだったとは。


「…やりたいことをすればいいじゃないか。やりたいことがないなら何もしなくてもいい。休日ぐらい頭を使うのをやめた方がいいんじゃないか」


「それが、私たち機械の休日の過ごし方ですか?」


「いや、もうお前さー。適当でいいじゃん。

 …まあ、なんだペットでも飼ったら?人間の友達作ったり、いや、親しくするために同型を作ってもらうのでもいいかもしれないけど。一人じゃなくて、触れあう他人が必要なんじゃないか?

 もっと適当に適当にでいいじゃん。好きなことがあるなら、それだけやっててもいいし」


 三方は、そろそろこの意味が分からない会話に我慢も限界を迎えそうで。山浦もそのことは感じ取っていて、話足りない様子だったがここで話を切り上げようと考えてか、


「…いろいろ考えてみます。

 また、話を聞いてくれますか?」


「いいよ。でも今は、何も考えずに雲でも数えていようぜ。だらだらしていたら休日なんてすぐに終わるだろう」


 三方の言葉に山浦は真剣な眼差しで雲の数を数えはじめ、それに呆れた三方はため息をついた。




 鈴木に頼まれて、戦場に出た三方は手当たり次第に周りを殴っていく。本日は特に難しいこともなく、ただ被害を拡大すればいいらしい。特に問題なく終わるように思われたが、戦場に巨大な重機が大量投入され向かってきた。前面が鉄の塊の大型車のような姿の重機を三方は正面から受け止めて。軽々と飛び上がると上部の操縦室を叩き潰した。

 着地した三方は違和感を覚えた。右腕の挙動がおかしい。手首から先が動かしづらく、砂を挟んでこすったような不快な音がする。どうやら関節が歪んだらしい。その事実に三方は、耐えきれなくなって叫び声をあげた。


「ああっーーーー!」


 我が師の傑作たるこの身が、あんな鉄塊ごときに、歪んでしまうなんて。三方の心中で突如燃え上がるように、ふがいない自分への怒りか、師の業を傷つけた鉄塊への怒りか、激情が湧き上がった。

 ああ、このように突発的に激情に飲まれるのは何時からだっただろうか。あれは、全ての始まりに。


「みんな、どこー?どこにいるの?みんなー」


 まだ幼い、普通の人間であった頃の三方が石造りの廊下を歩いている。そこは、暗く冷たい牢のような場所で、どれだけ歩いても同じ景色が続いていた。なので三方は心細くなって、


「だれかー、だれかいませんかー?」


 答える声はない。そんな歩みを続けて、三方の心中が絶望に染まりきりかけたころ。ゆっくりと宙を舞う小さな火の玉がどこからともなく現れて、三方をの周囲を旋回し、正面で止まった。恐怖した三方は逃げることもできないで…

 あの時と同じだ。そして時折起こる感情がわきがる時とも。三方の精神は今も石造りの夢幻の廊下に捕らわれて、目の前には揺れる火が浮かぶ。火は踊るように、やがて大きく膨張して、誘うように、嘲るように、駆り立てるように絶えず形を変えた。それを見て三方は、いつもと変わらないように感情が燃え上がる。瞳に映る揺れる火が心の中にすら現れたのかのように、怒りに誘われて。

 現実の三方の瞳が爛々と燃え、感情に誘われるまま、向かってくる重機の群れへ飛び出していった。

 八割ほど潰しまたは転倒させた頃だろうか、物量に押された三方は、突進する重機と残骸の鉄塊に挟みこまれるように、体が潰された。それでも、残党をすべて処理した。しかし、押しつぶされて、胴体の発電器官は使い物にならなくなり、苦痛に顔をゆがめていたのも幾秒か。やがて電力を使い果たした身体は鉄くずほどの役立たずになり下がり、三方はその機能を停止した。



他の話で登場するかもしれませんが、畜生で機械仕掛けで狂信者な三方さんの話はこれで終わりです。

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