第二章 機械仕掛け
第二章 機械仕掛け
最近の三方はというと、昔馴染みの鈴木からの依頼が続いて、深夜の連勤で疲労がたまっていた。そんな次第で、昼食後の日が高い時分に事務所で眠りこけていた。
三方の夢の中、亀やトカゲ、ワニといった爬虫類が高層ビルよりも高く巨大化して暴れまわっていた。人工物は紙のように吹き飛び、巨大な爬虫類がその巨体をぶつけ合って戦っている。そんな大乱闘のさなか、三方のペットであるトッゲーというワニもどきが巨大化して、尾の一振りで他の怪獣を弾き飛ばした。三方はこぶしを突き上げて歓声をあげて……
電話端末の着信で起こされた。三方は、寝ぼけ目をこすって端末を取り出した。
「はい。三方です」
「三方。私だ。至急来てほしい。
執務室で待っている」
…電話は切れた。三方はすかさず鈴木に電話をかけなおす。すぐにつながった。
「鈴木だ。どうした?」
「いや。話が呑み込めないんだけど。何の用なの?」
「至急の案件だ。力を借りたい。
そうだな、車をまわそう。すぐにつくと思うので待っていてくれ」
…電話は切れた。三方は諦めて待つことにした。
自然保護区にも指定されている大庭園の中にある鈴木の別荘の一つで三方は鈴木と向かい合っていた。
「それで何をさせたいんだよ」
「先日の二国の小競り合いで豊岡建機の新型が活躍したことは知っているか?」
「まあね、ニュースでさんざんやっているし、…富の国の英雄、山浦梓、単騎駆けで千人切り。眉唾だと思ったけどねぇ」
鈴木は感心したように眉を上げて
「意外だな。ニュースなんて見ているのか。
標的の情報は送っているから、わざわざチェックなどしていないかと思ったぞ」
「いや、ペットがテレビをつけているんでね」
「…まあいい。それよりも依頼の話だ。
例の新型が次の作戦でも戦場に出るらしい。なので、富の国側の兵士に扮して新型を捕獲してきてほしい」
鈴木が言う、困難に思える依頼の内容に、はじめから有り余っていたわけでもなかった三方のやる気は大きくそがれて、
「捕獲って、生きたまま?
無理無理無理、ピリピリした戦場で誘拐なんてうまくいかないだろうし。絶対潰しちまうよ。ガワだけとか胴体だけとか頭だけってんなら楽そうだけどさ」
「まあ、秘策はある」
鈴木が自信ありげに続けた言葉に、三方は不本意ながらも成功しそうだと納得させられて、しぶしぶ頷いた。
鈴木の根回しで、今回のターゲットである山浦の随員、といっても道中の危険に対する壁や捨て石としてもぐりこんだ三方は土の国と富の国の国境付近へと向かっていた。今回の作戦では、重要な拠点である砦を責めるらしい。砦への道中では、いくらかの奇襲を受けた。三方含めた使い捨て連中で退けることに成功したのだが、性能を制限しているためにぼこぼこに殴られた三方は、破れた外装を他の随員に笑われるなどして不機嫌になっていた。
砦は川辺に鎮座する帯広の金属の塊で、閉ざされた城門は容易には突破できないように見える。下っ端の三方には軍議の詳細など伝わってはいないのだが、指揮官周りは自信満々に見える。どのような方法を使うのだろうか。
砦の目前まで来たところで、硬いだけの鈍重外装をまとった指揮官が命令を出した。どうやら、指揮官含めたのろま組を残して、下っ端を盾にして山崎が玉砕気味に突っ込むらしい。英雄様だかしらないが、遠目に見たかぎり、外装は細工が凝っているものの特別な機構は見受けられず、出力も優れているようには見えない。無駄死にするんじゃないかと三方はいぶかしんで、それならそれで遺体を回収すればいいかと考えて、下っ端集団の最前面に配置された三方は仕方ないので命令に従って突撃した。
鈴木が用意した正規隊のものと同じ外装は、一般の随員程度にまで三方の性能を下げるようにリミッターがついていた。なので思うように動けない三方は転倒してしまい集団の先頭から最後尾付近まで遅れてしまった。
「またか新入り!まじめにやれっ!」
かけられた怒号に三方は歯噛みして、足をもつれさせながらなんとかついていく。
幾分も進まないうちに砦側が無謀な馬鹿どもに気が付いたのか、砲弾が飛んでくる。それに反応するように三方は拾っておいた石を握りこんで、しかしその行いも意味がなかった。空中の砲弾と砦の一部が爆発した。それと同時に三方の網膜に不正な操作をはじいたという表示が点滅を始めた。三方は動きを止めると周囲をゆっくり見まわす。先ほどまで一緒に走っていた集団は動きを止め、…いや、山浦のみが走り続けている。山浦は速度を上げると、外装の金のラインを残像と残して、集団を置き去りに砦に向かう。行く先を見ると、なぜか砦の巨大な扉も開いている。
三方は、山浦が機械の命令系統に割り込む電信を出していると確信した。深く考えるのも面倒と、外装のリミッターを引きちぎると、誘拐の依頼を達成するために山浦を追って砦に向かった。
砦の中で三方は、棒立ちで逃げもしない敵兵を山浦がなぎ倒している光景を目にした。腕や足を振りぬくたびに、いとも簡単に頭部や胸部が陥没し破裂していく。その様子を見ていた三方の脳内を突然強力な電流が駆け巡った。怒りを喜びを嘆きを、他の数多くの感情を混ぜ合わせたために表現しがたいほど混沌とした感情が、エネルギーが理性を頭の外に追いやって、ただ前に進むことだけを考えて、興奮状態となった三方は驚異的な速さで駆けだした。
もはや声にならない雄たけびを上げて三方は山浦に駆け寄る。三方の足と床が衝突する音に気が付いた山浦は振り返って、しかし三方の動きに反応はできずに、振り下ろされた腕に頭を打たれ、顔面から床にたたきつけられた。その衝撃で頭部の外装がはじけ飛んだ。
三方は、倒れた山浦の足首を掴んで振り回した。それは鈍器の様に立ち並ぶ敵兵にぶつけられた。三方はそのまま砦の出口に向かう。振り回されている山浦はむき出しの頭を守るように腕を頭にまわすが、断続的に続く衝撃と苦痛に声が漏れて、しかしそのうめき声も金属がぶつかり擦れる音や肉がつぶれる音にかき消された。
三方は鈍器を振り回しながら砦を飛び出すと、いまだ動けない友軍の集団を適当に蹴散らし、今更になってのろのろと退却しようとしている指揮官と取り巻きも潰して、それでも興奮が冷めやらぬ三方は山浦を引きずりながら森の中へ分け入っていった。
一昼夜走り続けて、バッテリーが少ない警告音が鳴って、ようやく冷静になった三方は脇腹の外装を剥ぎ、体のカバーをとるとコードを伸ばして外装のバッテリーにつないだ。そこで山浦のうめき声に気が付いて、そちらを見ると、白く美しい装飾を誇っていた外装や光を柔らかく返し燐光を纏うような見事な金髪は草や泥にまみれて無残な姿となり、こげ茶の芋虫の様になった山浦が目に入った。三方はかがんで、山浦の顔を覗き込んだ。目と口をかっと開いて、しかし呼吸は弱弱しい。しかし、一日も引きずったわりには、なぜかまだ生きている。生きた状態で持ち帰るのも努力目標なので、三方は過失で死んでしまったことにするつもりだったのだが。顔を見れば腫れも出血もなく、そういえば排泄もしていないのではないだろうか。完全に生身の人間にしてはおかしいと、疑いを持った三方はすぐに一つの答えにたどり着いて、とりあえず確かめてみることにした。山浦の首元を押さえつけて、腹部の外装装甲を引きはがす。
「何を、やめて、やめてください」
抗議の声は弱弱しく、しかし三方はそれを無視して、ゴムの被膜を裂き、インナーを破って、露わになった山浦の肌は、金属のシリンダーやタイルが並んだもので、温かい人間のものではなかった。
「やっぱり。おかしいと思ったんだ。薄い外装に電信の機能なんて、お前も脳みそ歯車じゃないか」
「あああ、見ないで、やめて……ください」
露出した腹を隠すように手をまわして、嗚咽する山浦に申し訳なくなったのか三方は、
「悪かった。悪かったよ、人間だと思ってたんだ。
確認しただけだ。……悪かったから」
三方はバックパックから包帯を取り出して、はがした山浦の装甲をもとの位置にあてがうと包帯を巻き付けて金具で固定した。そして、山浦を肩に担ぐと再び森の中を駆け出した。その道中で、山浦は三方に問いかけた。
「…あなたは何ですか?スパイなのですか?」
「そうそう」
「私はどうなるのですか?」
「知らないよ」
「なんでこんなことをするのですか?」
「ただの雇われだから。いちいち理由なんかいらないよ」
「………あなたも人間じゃないんですよね?」
「そうそう、あんたと同じだ。歯車の身体が不快に鳴る、歯ぎしりの屑だよ」
「………」
続く山浦の言葉はなく。少しの沈黙を挟んで、三方は何の気なしに
「これからが不安なら、人格や記憶の部分は砕いてから持って行ってもいいぜ。生きて連れてこいと言われたけど、最悪残骸でも大丈夫だろう。…たぶん」
山浦は肘を曲げようとしたが、衝撃で変形したためか金属をこする音が響き思うように動かなかった。山浦は一瞬だけ逡巡して、ためらいがちに口を開いた。
「…同族のよしみで見逃してはくれませんか」
「何でだよ?
…まあ諦めな。スリみたいなもんだ。別のポケットに行くコインの様に、俺たち鉄くずの持ち主が変わるだけさ」
「でも!……でも、死にたくないんです」
律儀に会話に付き合っていた三方も、さすがに苛立ってきて、
「うるせえな。この前もさんざん殺したんだろ、英雄様よ。
いや、そもそもだ。もう生きてはいないじゃねえか。あんたが人間素体から作られていても、もう死んでいるし、そうでないなら、最初から最後まで鉄くずじゃないか」
三方が興奮してまくし立てた言葉に、山浦は何も反応を返さないで、それに三方の怒りはさらに燃え上がって、
「嫌だってんなら、俺をぶっ飛ばして逃げろよ。
手はついてるだろ。足もついてるだろ。諦めてんじゃねえよ。諦めるなよ。自分でやれよ。ほら、望む結果があるなら自分でつかんで見せろよ。
おら、俺を鉄くずに変えて、お前が正しいことを証明しろよ」
一通り、言いたいことをしゃべった三方は冷静になって、それ以降は山浦の言葉に付き合うこともなく、黙々と運び、鈴木の手の者に引き渡した。
数日後に、休日にもかかわらず、鈴木から人を送ると連絡された三方は、自分が捕えてきた山浦と向き合っていた。その見事な金髪は短く刈られているが室内でも柔らかく光を返し、薄灰だった瞳は夜闇ほどに濃く変わり、遠慮がちにこちらに視線を向けている。着込んでいるスーツはよく似合っている。…相手が何も言わないので、山浦と思ったけど別人かもしれないと三方は考えて、とりあえず電話を掛けた。
「あ、あのっ」
目の前の人物が何か言っていたが無視した。電話はすぐにつながった。
「鈴木です」
「三方だけど。今回は何を考えてんだよ。えらい美人が来たんだけど。何も説明されてないぞ」
「………それは、…いや、すまなかった。先日君が捕えた新型があまりにひどかったので、我らが師に君と同型に改造してもらった。これからは君の同僚となるので色々教えてやってほしい。
それでは、切るぞ」
電話は切れた。三方は、山浦に鈴木の電話番号を教えるという至極簡単な方法で終わらせようかと考えた。山浦の方に目を向けると、困惑しているような、なんともあいまいな表情をしていて、三方は諦めると、貴重な休日を潰すことにした。
夕方まで時間をかけて、もろもろを終わらせた三方は、山浦に探偵事務所の一室をあてがうと説明を終わらせた。
疲れ果てた三方は、トッゲーの飼育室に入っていった。
トッゲーは、毛布の山の上で寝ていた。最近では、食事はおろか着替えや洗濯まで自分でこなすようになったので三方のやることはほとんどない。三方は部屋に入ってからそのことを思い出して、トッゲーを起こさないように静かに退出しようとして、
「和樹、終わったの?」
目覚めたトッゲーに声をかけられた。三方は振り返って、
「ああ、なんとかね」
トッゲーは歩いて三方に近づくと、三方の顔をまじまじと見上げて、
「疲れているの?休んでない?」
「いや、…そうだな。もう寝ることにするよ」
足取り重く、移動した三方はベッドで横になって、眠りに落ちる前に毛布の中に何かがもぐりこんできた。
「どうしたよ?トッゲー」
トッゲーは三方の手を握って
「ねぇ、癒される?」
トッゲーの心配するような視線と熱を伝える手のひらから、確かに温かさをおぼえた。
「ああ、ありがとう」
三方は目を閉じて、呼吸も穏やかに眠りについた。




