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季節を殺し、季節は変わる

作者: 枡狐狸

 四季はそれぞれ、妖精が運んでくる。


 代わりばんこで移動していた妖精だけど、妖精は全部で四匹。季節の始めと終わりに他の妖精とは顔を合わせるけど、一匹は会ったことがない妖精がいる。


 私、冬の妖精は夏の妖精と会ったことが無い。


 夏の妖精のことは、春と秋の妖精から話を聞いていた。

 とても明るく、太陽のように魅力的な妖精なんだって。陽だまりのような笑顔で、自分たちも暖かい気持ちになれると言っていた。


 まるで私とは正反対。


 何度も話を聞いているうちに、会ってみたいという気持ちが強くなっていった。


 だから、春の妖精が来れないようにした。


 冬は一か所に留まり、本来春が訪れる期間もそこに留まり続けた。

 きっと、待っていれば夏はやって来る。そう思って。





「いつ来るかな~」


 私は夏の妖精が来るのを心待ちにしていた。


 今は春の分の季節も独り占めしているから、他の存在に怒られないように人に紛れて過ごしている。

 いつもは順番に回って、お供え物を貰ったら適当に過ごしていた。だから今回は人の姿になって生活するのは初めてで、いろんなことが新鮮で楽しい。

 最初はばれないかとドキドキしていたけど、今じゃもうすっかり慣れたものだ。


 もう少しで、本来春の期間も終わる。


 この国は私の力を集中させて春が来れないようにしているから、春の妖精とは会っていない。


「もし会ったら、怒られちゃうしね」


 どっちみち、次に会ったときに怒られるとは思うけど、その前に夏の妖精と会いたかった。

 一回くらいなら、許してくれるよね。もし駄目なら次の私の季節を譲ってあげよう。


 とはいえ、まだ夏が来るまで時間はある。今日は何をして遊ぼうかな。


「ミミズクさん、ミミズクさん」


 町の端にある森に入り、友達に声を掛ける。

 ホウホウと鳴き声がする方を探して近づく。


「え? まだ眠い? そんなこと言わずに一緒に遊ぼうよ~。ほら、おやつも持ってきたよ」


 私は手に持っていたポーチから包みを取り出す。包みを開けると、中から鼠の死体が出てくる。

 鼠捕りに捕まっていた鼠を見つけて持ってきたの。


「はい、どうぞ~」


 私はそれを、ミミズクさんに向かって投げる。木の上に居るミミズクさんのところまで届かなかったけど、それが地面に落ちる前に、ミミズクさんは木から飛んでキャッチした。


「それ食べたら一緒に遊ぼ?」


 私がもう一回誘うと、今度はホーホーと同意してくれた。


「えへへ、やっぱり食べたあとは運動しないとね。フリスビーを持ってきたよ!」


 言いながら、ポーチの中から木製の円盤を取り出す。軽い材質だから、安全にも気を遣った逸品だよ。

 でもミミズクさんはまだお食事中だから私はジッと待ってる。


「あれお嬢ちゃん、何してるんだい?」


 後ろから声を掛けられて振り返る。そこには猟銃を肩に掛けた男の人が立っていた。


「狩人さん、こんにちは」

「こんにちは。でも僕は別に狩人じゃないんだけどね」

「でも、いっつもそれ持ってるよ?」


 そう言って猟銃を指差す。

 狩人さんとはこの近くで何度か会ってるけど、いつも肩に猟銃を背負っていた。


「ああこれ? この辺りにはいろいろと動物が出るからね。ついでだよ」

「ふーん?」


 つまり、動物を狩る狩人さんだ。


「それで、お嬢ちゃんは何してたの?」

「ミミズクさんに差し入れしてたとこ~。あ、ミミズクさんを撃っちゃ駄目だよ?」

「ミミズク?」


 狩人さんはミミズクさんのことが見えてなかったみたい。もっと近づいてきて、お食事中のミミズクさんを見つけた。


「うわっ、何あれ鼠? うわぁ……」

「? どうしたの?」

「あの鼠、お嬢ちゃんが持ってきたの?」

「そうだよー。鼠捕りから取ってきたの」

「うわあ……本当、子供は無邪気で恐ろしいよ」


 よく分からないけど、狩人さんは食事風景が苦手な人みたい。潔癖症なのかな?


「あんまり見ていたくないし、僕はもう行くよ。風邪には気を付けてね」

「ばいばーい」


 手を振って狩人さんを見送る。

 狩人さんが居なくなったところでミミズクさんのお食事が終わった。いよいよ円盤の出番のようだねっ。


 その後は日が傾くまでミミズクさんと遊んでから寝る場所に戻った。





「あれ?」


 今日もいつものように森へ行くと、いつもは見ない顔があった。


「熊さん? 珍しいね。初めましてだよ」


 そこに居たのはとっても大きな熊さん。私が居る間はいつも寝てる寝坊助さんだから、会うのは初めてだ。

 なんだか元気がなさそう。まだ眠いのかな? 低血圧?


「ん? どうしたの?」


 熊さんが私に何か伝えようとしてくる。なになに?


「えー、春はまだかって? 今回はお休みだよ」


 一回休み。春は飛ばして夏が待ってるよ。


「お腹空いた? じゃあ今度何か持ってきてあげるよ。……え? みんな困ってる? ええー、でも、もうちょっとで夏が来るからー」


 動物さんたちは私が妖精だってことに気付いてる。人間さんは簡単に騙せるんだけど、不思議と姿を変えてもばれちゃうんだよね。

 困ったなあ。もうちょっとで夏が来ると思うんだけど、待ちきれないみたいだ。


「夏が来るまでお願いっ。私、一度でいいから夏の妖精に会ってみたいの」


 ぺちんと両手を合わせてのお願い。ね? 今回だけだから。


「ああー、そういうことだったのか」

「え?」


 聞いたことのある声が聞こえてきた。

 きょろきょろと辺りを見ると、木の陰から狩人さんが出てくる。


「狩人さん、どうしたの?」

「だから狩人じゃないってば。ああでも、狩人と言えなくもないかな?」


 やっぱり狩人さんじゃん。


「いやね、僕、今回の冬の異変の調査をしてたんだよ。いつまで経っても冬は終わらないし、妖精は姿を見せないしで国中てんやわんやだからね」

「……そう」

「まさか、君がその妖精だったとは」


 どうやら、見つかっちゃったみたい。


「もうちょっとで夏が来るから……」

「こんな寒空じゃあ、夏は来ないでしょ。春を飛び越していきなり夏が来るなんて、とても現実的じゃない」


 私は熊さんと同じようにお願いをしようと思ったけど、それを狩人さんは否定した。


「え、でも、もう夏の時期だし……」

「本来ならね。でも、それを崩したのは君だよ、お嬢ちゃん」


 ……それじゃあ、私はどうやっても夏の妖精には会えないってこと?

 俯いた私の耳に、かちゃりという金属質な音が聞こえてきた。不思議に思って顔を上げると、狩人さんが猟銃を肩から降ろしている。


 その銃を、私に向ける。


「なんで……」

「君はその妖精としての本分を見失い、役割を放棄した。一度歪んだ季節が元に戻るのにどれくらい掛かるのかは分からないけど、君が次の季節を担うことはないよ。危険すぎるもの」

「でも、私が居ないと冬は来ないよ」

「確かに冬の妖精が居ないと冬は来ない。けどね、妖精は必ず四匹なんだ。増えも減りもしない。分かるかな? 一匹減ればその分新たな妖精が生まれるんだよ」


 妖精が減る。


 私が居なくなる。

 そんなこと考えたことなかった。妖精はとっても大切な存在で、悠久を重ねる存在だから。


 でも、私は続けることができなくなったみたい。どうしてだろう。

 焦がれたから。不偏じゃなくなったから。

 よく分からないけど、それでも駄目な理由が浮かんでくる。


 元気のない熊さんが私を見つめている。


 ああそっか、みんなにたくさん迷惑を掛けちゃったもんね。

 私のわがままで。


 夏の妖精はみんなを暖かい気持ちにしてくれる。私もそうなりたくて、そういう存在になりたくて会いたかったんだけど。

 みんな不幸。まるで正反対。


「私が居なくなっても、誰も困らないんだね」

「君は大切な存在だけど、居なくなれば代わりは生まれる」

「居るだけで困らせちゃうんだ」

「……君は歪んだからね」

「じゃあ、しょうがないのかな?」


 そう、しょうがない。

 狩人さんは猟銃の引き金に指を添えた。


「君たち妖精は季節の象徴であり季節そのものだ。だから、あるべき姿で居続けなければいけない。君という人格はここで消えるけど存在はあり続ける。これは、歪んだ象徴をあるべき姿へと戻す、浄化とも言えることだよ」


 どこか遠くから銃声が聞こえる。

 それが目の前からだと気付いたけど、そんな考えもどこか遠くへと離れていく。


「はあ、これだけの事件の理由が夏の妖精に会いたかっただけだなんて、子供は無知で無垢で無邪気で、それ故に大人には予想も付かないとんでもないことをしてくれる。――僕にはそれが恐ろしいよ」


 そうして存在を否定された妖精は、雪のように消えていった。

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